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2013.02.23
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カテゴリ: 読書案内
【有川浩/阪急電車】
20130223

◆列車内でくり広げられる一期一会

タイトルからして何かその道のマニアが好みそうな内容なのかと思いきや、実はこれ正統派の青春恋愛小説だ。しかも発想がユニークで明るい!
じめじめとしたしみったれた色恋も時には良いが、平時に読むならこのぐらい爽やかでハートフルな内容の方がありがたい。
私は残念ながら阪急電車の今津線は利用したことがないが、この小説を読むと、何やら出会いを求めて乗車してみたくなるから不思議だ。
著者は有川浩(意外にも女性)で、代表作に『図書館戦争』シリーズや『フリーター、家を買う』などがあり、今や押しも押されぬ売れっ子作家である。
『阪急電車』の目次はこうだ。
宝塚駅、宝塚南口駅、逆瀬川駅、小林駅、仁川駅、甲東園駅、門戸厄神駅、西宮北口駅、そして折り返し・・・という具合だ。
これだけ見ると「なんじゃこりゃ」となる。だが、このわずか8つの駅にまつわる短編がリレー形式でつながっており、様々な人間模様が彩り鮮やかに描き出されている。それはまるで、車窓の景色が移り変わるように、自然な速度で見る者を和ませるのだ。

印象に残るのは宝塚南口駅の章だ。
純白のドレスを着てカツカツとヒールの音を鳴らして乗車したのは翔子。

新郎は翔子の元カレ。つまり友だちに寝取られてしまったわけだ。
せめてもの復讐だと、新婦以外のゲストは白のドレスは着てはいけないところを、翔子は純白のドレスで出席してやった。
いろんな恨み言が翔子の胸中を過ぎる中、列車は走り続ける。
そこへ、おばあさんに手を引かれた女の子が来て翔子の方を見ると、「お嫁さん」と嬉しそうに声をあげるのだった。

こういう鮮やかなシーンを書き上げる技巧はお見事。
恋人を奪われ、しかもその友だちの結婚式に出席し、絶望的な表情をしていたであろう翔子に、無垢な少女がうっとりするというくだりは救われる。翔子が単なる負け犬ではない、翔子の持ち味である華やかさ、明るさが、その純白のドレスを通して滲み出ているからだ。
また、その次の逆瀬川駅の章では、少女を連れたおばあさん(この人物もまた毅然としたご婦人だ)が、翔子にさり気ないアドバイスをする。
この各駅停車の列車内でくり広げられる、一期一会がたまらなく愛おしく感じる。

「人数分の物語を乗せて、電車はどこまでもは続かない線路を走っていく」

そのとおり。電車はどこまでもは続かない。
人生も同じ。必ず終点がある。だとしたら私たちは、その都度出会った大切な人たちの言葉を胸に、大切に人生を生きてゆくのが賢明ではないか。


『阪急電車』有川浩・著

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.46)は綿矢りさの『蹴りたい背中』を予定しています。

~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話
■No.19 谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。
■No.20 車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか
■No.21 松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場
■No.22 川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!
■No.23 丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの
■No.24 宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!
■No.25 岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話
■No.26 柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?
■No.27 宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし
■No.28 向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ
■No.29 樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰
■No.30 南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る
■No.31 東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説
■No.32 辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説
■No.33 田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説
■No.34 沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る
■No.35 浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー
■No.36 有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇
■No.37 田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く
■No.38 連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味
■No.39 重松清/エイジ もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?
■No.40 大崎善生/パイロットフィッシュ おしゃれで、どこか老成した主人公「僕」の語り口調
■No.41 小川糸/食堂かたつむり 癒しを求めて何となく手に取る小説
■No.42 中島敦/山月記 声に出して読みたい小説
■No.43 瀬戸内晴美(寂聴)/美は乱調にあり まともな死に方しないと言い放つ女
■No.44 渡辺淳一/君も雛罌粟われも雛罌粟 夫に恋い焦がれてパリまで向かう





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最終更新日  2013.03.02 09:40:36
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