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生還女性が初めて語る「あの時」 「焼け死ぬのか、溶けるのかな…」58人が死亡、5人が行方不明となった戦後最悪の火山災害、御嶽山の噴火は27日で発生から1年。~東京都内の40代の女性が初めて取材に応じた。火山灰が積もった山頂付近で、周囲の登山客が次々と息絶える中、生還を信じ救助を待ち続けた女性。「備えの大切さを伝えたい」。噴火で受けた傷は今も癒えないが、当時の状況を振り返る決意をし、「あの時」を語った。もう手を振る力はほとんど残っていなかった。噴火から一夜明けた平成26年9月28日午前11時半。火口付近の八丁ダルミにある石像の石造りの台座に寄りかかった女性は、頭上を飛び交う自衛隊などのヘリに向けて救助を求めようとしたが、わずかに右手を振るのがやっとだった。降りしきる噴石で左腕を失い、腰や背中にも傷を負った。動くたびに激痛が襲い、貧血で何度も意識が遠のいた。「私に気付いていないのかもしれない」。なかなか近づいてこないヘリを見ながらそう思っていると、手元の携帯電話に着信があった。~生死を分けたのは何だったのだろうか。「御嶽山は初心者でも気軽に登ることができるだけに、十分な準備をしている方は少なかった。生き残れたのは運もあるが最低限の準備をしていったからだ」と言う。女性は登山の際、日帰りでも簡易テントは必ず携行し、3000m級の山にはダウンジャケットも持っていった。夜になるまで生存していながら周囲で亡くなった登山客は、ダウンジャケットや簡易テントは持っていなかったようだった。生死を分けたのは「その差」と思っている。(以下略)---ろくでもない産経新聞でも、たまには良い記事が載ることもあるようです。簡易テントとダウンジャケットが生死を分けた、と。もちろんそれが本当に事実かどうかは検証不可能ですけれど、しかし私も、その差が生死を分けた可能性は高いのではないかと、記事を見て感じました。残念ながら、私自身はダウンジャケットを山にもっていったことはありません(厳冬期の北アルプスでも、持っていったことはない)。しかし、秋山の場合は、ほぼ冬山に準じた衣類は持っていくようにしています。長袖の下着はさすがに暑いので、半そでにしますが、それ以外は冬山と同じです。で、簡易テントは私も必ず持っていきます。日帰りでも。簡易テント、登山用語ではツェルトと呼びますが、これは登山の必携用具だと私も思っていて、通常は日帰り登山でも持って行きます。逆に言うと、テント泊の登山ではあまり持っていきません。(テントを持って更にツェルトを持つのは無駄なので)これがツェルト(を袋に収納した状態)です。大きさの比較がないので、長さ約40cmのケーナを隣に並べてみました。右側は通常の1人用テントとそのポール、左側がツェルトです。広げると・・・・・・室内では、写真に納まりませんでしたが、こんな感じです。恥ずかしながら、袋から出したのは15年ぶりくらいです。別売りのポール(ストックで代用可)とフライシートを組み合わせれば、簡易ではないテントとしても使えなくはありません。こういう形です。昔の三角型のテントになります。実は、私もポールとフライを持っているのですが、ポールは内側のゴムが伸びきっていていますし、フライは行方不明になってしまいました。17~18年前に一度使っただけですから。「簡易テント」と言いながら、ポールを立てて張り綱を張って三角テント型にするのは、現在主流のドーム型テントよりずっと難しいのです。ドーム型テントは自立式といって、張り綱がなくても形を維持できますが、ツェルトは張り綱を張らなければ形を維持できません。風に対しても、ドーム型テントより弱いと思われます。というわけで、ツェルトはテントの代用品としては、少々使い難いところがあるのですが、山での雑用品または緊急用品としては重要なのです。たとえば、職場の同僚と冬山にテントを張った際は、かさばる装備はツェルトに入れてテントの隣の置いておく、ということがありました。深夜に駅に到着して、翌朝のバスの出発までツェルトに包まって仮眠、ということもありました。当然、もし山で道に迷って夜になってしまったとしたら、山の中でツェルトに包まることになるはずです。まさしく、引用記事の女性がしたように。一応そういう事態への備えとして、2000mを越えるような山には、ツェルトをもって行くようにしているわけです。そういう目的のためにはポールもフライも必要ないので、本体だけしか持っていきません。重さは200~300g程度(最近は100gという軽量製品もある)しかありませんから、邪魔にはなりません。実際には、山で不意のビバークに追い込まれたことはないので、もう15年も袋から取り出したことがなかったわけですけど。今後も山に行くときは必ずもって行くだろうと思います。
2015.09.30
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菅官房長官「子ども産んで貢献を」 福山さんの結婚うけ菅義偉官房長官は29日、フジテレビの情報番組で、歌手で俳優の福山雅治さんと俳優の吹石一恵さんの結婚について「この結婚を機に、ママさんたちが一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれたらいいなと思っています。たくさん産んで下さい」と発言した。菅氏は、番組後にあった同日の記者会見で発言の真意を問われ、「結婚について聞かれたので、大変人気の高いビッグカップルで、皆さんが幸せな気分になってくれればいいと思っている中での発言だった」と説明した。「『産めよ増やせよ』との政策を連想する人もいる」との質問には、「全く当たらない」と反論。「安倍晋三首相も、不妊治療を受ける方を応援する趣旨の発言をされている」と述べ、不妊治療の支援策などに取り組む政府の姿勢を強調した。---「国家への貢献」のために子どもを作るという発想は、私の理解をまったく超えています。本人は「まったく当たらない」と言っているそうですが、私には「産めよ増やせよ」と同じ発想としか思えません。我が家も子どもがいます(一人っ子ですけど)が、「国家に貢献」とか、そういうことをかけらほども考えたことはありませんし、そんなことを目的に掲げて子どもを作る気など、まったくありません。おそらく、世の親のほとんどは、私と同様に、「国家への貢献」などということを考えて子どもを作っているわけじゃないでしょう。要するに、骨の髄まで国家主義の発想が染み付いているから、こういう言葉が口に出るのでしょう。先日の「一億総活躍社会」とかいうのも同じですけど、なんで1億人がみんな活躍しなけりゃならないの?別に、活躍なんかしなくてもひっそりと幸せに生きたっていいじゃないですか。安倍のノリだと、一億総活躍の次には一億玉砕が待っているような気がしてなりません。それにしても、まだ結婚しただけで子どもが出来たわけではない(と、報じられています)カップルを見て「ママさんたちが一緒に子供を産みたい」って、いったいどういう発想かと、こちらも不思議です。結婚したら自動的に子どもが出来るものでもあるまいに、先走りすぎにもほどがある。
2015.09.29
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昨晩と今晩(この記事は29日の早朝に書いているので一昨晩と昨晩ですが)は、中秋の名月とスーパームーンでした。地球と月の距離がいちばん接近するときと満月が重なり、いちばん遠いときと比べて月の大きさが14%増しになるのだそうです。それにしても、「中秋の名月=満月」だと思っていたのですが、1日ずれているんですね。本当の満月は、日本時間で言うと28日午前12時前、つまり真昼間なので日本からでは見えないわけです。28日の夜は、満月と言っているけれど、実際にはわずかに欠けた状態というわけです。本当の満月の時間帯が夜にあたっている地域では、27日夜から28日未明(現地時間)にかけて、皆既月食が観察されています。日本では観察できないので、ほとんど報じられていませんけど、ヨーロッパ・アフリカ・南北アメリカで広く観察されているようです。というわけで、残念ながに私は日本にいるので皆既月食は見られませんでしたが、スーパームーンは写真に収めました。原寸大だとこうなります。確かに、上から右にかけての輪郭が、他の部分に比べて若干ぼやけているのが分かります。この部分が、すでに影がかかっているのですね。もう少し暗めの写真こちらも原寸大ついでに、昨晩の中秋の名月も撮影しています。私は、天体撮影はそんなにやったことがありません。(月と金環食くらいしか撮ったことがない)ただ、大雑把なコツとしては、露出補正ができるカメラを使用すること(つまり、スマホのカメラ機能では厳しくて、専用機のデジカメが必要)望遠レンズでなければ厳しい(小さな点にしか写らないので)できれば三脚があったほうがよい(満月なら必ずしも必要ではありませんが、皆既月食では必要)タイマーが必要で、露出は目いっぱいアンダー補正をするシャッター時間が長い場合は、シャッターを切る瞬間に手振れが起こりがちなので、タイマーで撮影(もちろん、デジタル一眼レフでレリーズを使えるなら、そのほうがなおよいけれど)要点はその2点くらいでしょうか。ついでに、以前撮影した皆既月食の写真も。(2014年10月8日)金環食(2012年5月21日)金環食の撮影は、平日朝出勤途中だったので、三脚は使っていません。手持ちで充分。更に、露出をアンダーにするだけではなく、PLフィルタで光量を落としています。コンデジなのにPLフィルタ(笑)。もちろんレンズに装着はできません。レンズの上にフィルタを手で押し付けて撮影しました。2年以上前なので記憶が定かではありませんが、PLフィルタは2枚重ねにしたような記憶があります。(フィルム一眼レフ用の、口径の違うPLフィルタ2枚を持っているので)ちなみに、この写真すべて、使ったカメラはこちらです。キヤノンのPowershotSX150IS、4年前に購入したもので、値段は2万円しませんでした。レンズの絞りがF8までしか絞れない、ファインターがない以外は、一眼レフと遜色がない機能があります。
2015.09.28
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西穂高岳の写真、昨日の続きです。山頂から登ってきた稜線を振り返ります。思ったほど困難ではなかった、と書きましたが、改めて振り返ってみると、結構なルートです。稜線を更にアップ。中央がピラミッドピーク、その左側の、頂上が平らになっているのが独標です。どちらも山頂に人がいます。ピラミッドピークの山頂はそんなに広くないので大勢は立てませんが、独標はかなり大勢の人がいるようです。そのうちの何割くらいが山頂まで来たのでしょうか。更に奥には、西穂山荘の赤い屋根も見えます。こうやって見ると、独標は目の前です。それもそのはず、直線距離では独標から西穂山頂まで、800mくらいしかないのです。激しいアップダウンに難所続きなので、コースタイムは1時間半にもなっていますが、平地なら、早足で10分の距離。前穂高岳と北尾根。更に、岳沢への斜面。一般的に、前穂高より西穂高のほうが難易度は高いとされているようですが、私自身の感覚では前穂高より西穂高のほうが簡単に感じました。でも、それは多分前穂高のときより岩場に慣れたからそう感じているだけで、客観的な評価ではありません。焼岳が眼下に見えます。実は、今回の山行は、当初はテント2泊で西穂高の次は焼岳に登ろうと思っていたのです。しかし、実際は1泊で切り上げてしまいました。上高地まで下ってきたら疲れてしまったのが原因ですが、こうやって、より高い山から見下ろしてしまったら、もう、がんばって登ろうという気は、なかなか起きませんね。我ながら順番を間違えました。先に焼岳に登ってから西穂を目指せばよかった。登ってきた稜線、焼岳、そしてはるか彼方に乗鞍岳。その先に御嶽山もありますが、雲が多くて、この写真ではよく分かりません。ただ、時々噴煙が上がっていました。あの噴火から、もう1年なんですね。山頂には30分くらい滞在したでしょうか。下山にかかります。登りの際、いちばん厄介だった場所です。登りは一枚岩でしたが、下りは・・・・・・、実は一枚岩のところは登りの人たちが行列していて、下りは通れませんでした。足をかけられる場所が限られるので、一枚岩の上では登りと下りの行き違いもできないません。仕方がないので、一枚岩から少し外れた場所を下りました。ケーナを吹いた場所。ピラミッドピークの手前(7峰かな)、登山道からちょっと外れたところがピークになっています。写っているのがピラミッドピーク。やはりケーナを吹いた場所からの撮影です。遠方にロープウェーの柱が見えますね。ピラミッドピークまで戻ってきて、山頂を振り返ります。ピラミッドピークから独標を撮影。丁度独標の延長線上に大正池が見えます。同じ写真のアップ。独標からの下り斜面です。斜面と言っても、ほとんど直角に近いです。私の印象では、西穂高でいちばん厄介なのは、山頂直下の一枚岩、その次がこの独標からの下りです。ここが降りられれば、多分山頂まで何とかなるだろうと思います。ここも難所ということになっています。第10峰の絶壁と、その手前にあるやせ尾根。でも、やせ尾根は片側にハイマツが生い茂っているので、あまりやせ尾根には見えませんでした。絶壁も、独標からの下りほどには難しくなかった。というか、ここが難所というのは、帰宅後に写真といろんな資料を見比べていて、「そうだったのか」と気がついた次第です。独標まで戻ってきました。山頂方面を振り返ります。登りのときと光の方向が変わっているので、朝、日影になって見えにくかった場所もはっきり写っています。もっとも、写真としては陰影が強いほうがよいのですが。独標からも下ってきました。下から見上げると、西穂高の山頂は遠くに感じます。前穂高北尾根と紅葉。同じく前穂高岳と紅葉。今年は8月後半が長雨で低温だったので、紅葉はあまり期待できないかなと思っていましたが、そんなことはありませんでしたね。例年より紅葉の進み方は早いようですが、なかなかきれいな紅葉です。で、西穂山荘でデポしてあった大型ザックを回収して、上高地に下山したわけです。
2015.09.27
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先週土日に行った西穂高岳のリバーサルフイルムの写真が完成しました。新宿を朝6時半発の臨時特急あずさ(懐かしい旧型の183系でした)で松本へ、バスに乗り換えて上高地へ。いつもなら上高地バスターミナルまで行きますが、今回は登山口の位置の関係で、帝国ホテル前で下車しました。赤い屋根の有名なホテルですが、入ったことはありません。12時半頃登り始めて、西穂山荘テント場着が3時丁度だったので、標高差約850mを2時間半で登ったわけです。速くはないけれど、テント装備を担いでいることを考えれば、悪くはないペースかな。上高地は晴れていたのですが、西穂山荘付近は曇り、時々雨でした。しかし、夕方、雲の向こうに霞沢岳が姿を現しました。なかなか幻想的な姿です。しかし、この後天気は再び悪化、夜通し雨がぱらついて、夕飯も朝食もテント内で炊事する羽目に。朝も曇りで、テントはびしょ濡れ。テントを張りっぱなしにして乾かしたいところでしたが、テント場が非常に狭く、8時半までには撤収してくださいというのです。やむを得ずびしょびしょのテントを片付けて、ザックごと小屋にデポして、最小限の荷物を持って西穂高岳に出発です。時刻は6時前。天気は曇りでした。晴の予報でしたが、こりゃダメだ、と思っていたら・・・・・・見る見るうちに天気が回復してきました。写真は笠ヶ岳です。西穂高の全貌が見えてきました。右から2つ目のピークが独標、見た目一番高く見えるのがピラミッドピーク、いちばん左が西穂高岳山頂、ここを目指します。紅葉の斜面の向こうに前穂高岳と北尾根が見えます。稜線上は、紅葉がいちばんの見頃を迎えようとしているところでした。登ってきた稜線を振り返ると、まだ雲が多いながらも、焼岳と乗鞍岳が見えます。独標の目の前まで来ました。一応、ここまでが初心者の来られるところ、ということになっています。が、実は独標も結構急な岩場ではあります。↓は、昨年末に登った、冬の独標。で、独標の頂上まではすぐに到着しました。目の前にピラミッドピーク、これから向かう西穂高山頂、更にその先に穂高連峰最高峰の奥穂高岳が見えます。登ってきた道のりを振り返ります。焼岳と乗鞍岳が見えます。で、先に進みます。独標から西穂方面へのくだりが、西穂高岳へのコース中でもかなりの難所で、ここが降りられれば、その先はだいたい同程度の難易度です。私は、10年前に独標の隣のピークまでは行ったことがあるので、ここを下るのは大きな問題はありませんでした。(もっとも、積雪期は、この下りにアタックしたら途中で行き詰ってしまい、断念しました)あんな難所、こんな難所は、iPad miniでしか写真を撮っていないので、分かりにくいのですが、右奥の人がいっぱいいるのが独標のピーク、その手前(やや独標と区別がつきにくいですが)が10峰、そこから下ったやせ尾根も、難所ということになっているようです。晴天無風だったので、私は特に難所とは感じませんでしたが。ピラミッドピークに到着。独標と山頂の中間付近になります。独標からの絶壁が降りられれば、このピラミッドピークまではそれより困難なところはありません。だから、「ピラミッドピークまで」という登山者も何人かいました。ピラミッドピークを過ぎて、あいかわらずのやせ尾根の急登が続きます。西穂高の山頂は、目の前に見えます。このあたり、iPad miniでばかり写真を撮って、一眼レフはあまりシャッターを切っていません。と、いうわけで、いきなり山頂に着いてしまいました。前にも書きましたが、頂上直下の一枚岩がいささか面倒でしたが、正直なところ、事前に覚悟していたほどには困難という印象はありませんでした。もちろん、晴天でほとんど無風という絶好の条件だったからですけど。眼前に奥穂高岳、そして遠方に槍ヶ岳が見えます。奥穂高は独標からでも見えますが、槍ヶ岳は山頂まで行かないと見えません。目の前に、ドドーンと奥穂高岳がそびえています。すぐ近くに見えますが、この西穂高から奥穂高への稜線は、一般登山道としては日本最難関と言われます。(一般登山道としては、です。バリエーションルートでは、もっと困難なところはいくらでもあります。)奥穂高から、吊尾根を経て前穂高岳への稜線。奥穂高は2000年に、前穂高は昨年秋に登りましたが、吊尾根はまだ歩いたことがありません。とくに困難なわけではありませんが、テント装備を担いで前穂高まで(あるいは奥穂高まで)登るのは、ちょっとキツイなあ、と。続きは明日以降に。
2015.09.26
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<民主党・共産党>岡田氏と志位氏 選挙協力協議継続で一致民主党の岡田克也代表と共産党の志位和夫委員長が25日、国会内で会談した。志位氏は安全保障関連法廃止を旗印にした連立政権構想と国政選挙での選挙協力について、正式に提案した。岡田氏は構想を前提とする選挙協力は困難との考えを示したが、協議の継続では一致した。会談で志位氏は「共産が候補者を立てずに野党候補を推す場合もある」と明言。昨年の衆院選の沖縄での選挙協力を例に、「保守の方々とも国民的な結集は可能だ」と訴えた。これに対し、岡田氏は「保守層・中間層の支持が減り、結果的に(政権交代の)目的が達成できなくなるという議論もある」と指摘。連立構想についても「ハードルが高く、果たして現実的なのか」と否定的な考えを示した。岡田氏は会談後の記者会見で「政策が一致していないと国民にとって困ったことになる。選挙協力もなかなか難しい」と述べた。一方、民主、維新両党は25日、党首会談を開き、来夏の参院選に向けた共通公約作りや選挙協力を進める「連携協議会」を来週に設置することを確認した。10月末までに共通公約の骨格をまとめ、選挙協力の協議は10月中旬から本格化させる。---何かと足元がフラフラしがちな民主党ですが、安保法案をめぐっては、最後まで妥協に堕ちることなく安倍政権との対決を貫き、共産党や、かつて袂を分かった生活の党とも共闘を続けた点は大いに評価したいと思います。が、その延長線上での共産党からの選挙協力と連立構想に対しては、つれない返事に終始したようです。当初は、岡田党首が積極姿勢と報じられていましたが、党内の反対意見が多くてトーンダウンしてしまったのでしょうか。民主党と共産党では基本政策の隔たりが大きい、というのですが、それを言うなら民主党内極右派議員と社会党・社民党出身議員の基本政策に隔たりはないのか、民主党政権時代の前半に連立を組んだ社民党とは基本政策の隔たりがなかったのでしょうか。更に言えば、現在の共産党の基本政策が、民主党内のリベラル系議員とどこまで違うかというと、もはやその差はさほど大きくないと思います。確かに、共産党は表向きは現在でも自衛隊は憲法第9条に反するから、将来的には解散すべきだ、としています。しかし、実際には「国民の合意での憲法第9条の完全実施(自衛隊の解消)に向かっての前進をはかる」としており、明らかに遠い遠い目標としていることが分かります。それに比べると、日米安保破棄のほうが、やや近い目標になっていますが、いずれにしても、いろいろな前提条件を並べて一歩も二歩も引いた表現になっており、「政権に就いたら日米安保破棄、自衛隊解散を強硬に主張するぞ」などという強い意思は感じられません。かつて自社さ政権時代の社会党と同じで、政権についたとたんに、自衛隊解散という主張は棚上げするであろうことは確実と思われます。そもそも、その場合に共産党が入閣を求めるかという問題があります。私は、多分入閣は求めない(閣外協力に留める)だろうと思います。現在の共産党の自衛隊に関する主張はこちらを参照。共産党は、国政において他党との選挙協力にここまで踏み込むのは画期的なことですが、志位が言及した沖縄の例に見られるように、共産党にも変化の兆しは確実にある。沖縄の場合は、1区で共産党、2区で社民党、3区で生活の党、4区で自民党を離党した無所属候補を、辺野古基地移設反対派が統一して推す、という共闘で、4選挙区全部で自民党に対して勝利しています。翁長沖縄県知事も、元々自民党の政治家でした。もっとも、その沖縄の辺野古基地移設反対派の枠組みの中に、民主党は入っていません。民主党政権時代に、普天間基地県外移設の公約を放擲して沖縄を裏切った民主党は、もはや沖縄においては勢力はなきに等しいのが現実です。そういう意味では、沖縄を例にとって選挙協力を口説いても、民主党の心は動かないかもね。しかし、そうやって沖縄の野党共闘にそっぽを向いてまで「保守層・中間層の支持」を大事にする民主党、というのでは、自民党と何が違うの?と言わざるを得ません。とはいえ、参院で言えば、1人区と2人区のうち自公が議席を独占する可能性のある選挙区だけは、選挙協力とまでいかなくてもいい、候補の調整くらいは実現してほしいと思いますけどね。もちろん、衆院の小選挙区も同様です。もっとも、その場合共産党が候補を取り下げて民主党に一本化するのは簡単でも、民主党が候補を取り下げて共産党に一本化するのは、もめるでしょうね。共産党が衆院の小選挙区、及び参院の1人区、2人区で勝てる可能性があるのは、京都の一部が思い浮かびます。それ以外は、かつて共産党が小選挙区で勝ったことがある高知くらいでしょうか。あとは、前述の沖縄。もっとも、沖縄では民主党はもはや候補を立てられないので、候補調整はすでに実現しているも同然です。他にも探せば数選挙区ていどはあるかもしれません。これらの、ごくわずかな選挙区で民主党が共産党に譲れるかどうか、次第でしょう。共産党の票はほしいが共産党に票は譲らない、では、候補調整すら無理でしょうから。共産党は一昨年の参院選以来党勢が上り調子なので、民主党にソデにされたからといって、選挙での損得では特に不利益はないでしょう。むしろ、候補調整を行えば議席は減る可能性が高い。それでもあえて共闘を呼びかけたのは、安保法制反対で盛り上がった共闘の機運に水をかけるイメージをもたれたくない、ということでしょう。民主党の側が拒否した場合は、共闘できなかったのは民主党のせいになりますから。つれない返事と書きましたが、党首会談はこれで終わりではなく、継続協議することでは一致したそうです。今後の展開に期待しましょう。そして、民主党全体との共闘はできなくても、個別の選挙区のいくつかで共闘が実現できれば(沖縄のように)、まずは上出来というところでしょう。
2015.09.25
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安倍首相「GDP600兆円」表明へ、介護離職ゼロ目標も=政府筋安倍晋三首相は、24日夕に開かれる自民党の両院議員総会後に記者会見を開き、名目GDPを600兆円にする目標を打ち出す。総裁再選が正式に決まるのを機に、経済最優先の姿勢をあらためて強調し、「介護離職ゼロ」の実現など社会保障制度改革にも力を入れる姿を示す。複数の政府関係者が明らかにした。安倍首相は会見で、成長戦略のさらなる推進で強い経済を作り出すことなどを柱とした、新たな「三本の矢」を表明する。雇用・所得の拡大を通じて経済の好循環を回し、引き続き地方創生や国土強靭化を進める方針だ。また、女性や高齢者の活躍推進などで労働力を確保するとともに、党総裁選でも公約にした介護離職ゼロの実現や幼児教育の無償化を進め、社会保障改革を加速させる。名目GDPは2014年度に約490兆円だったが、今後600兆円まで増やす目標を掲げる。内閣府が7月に公表した試算では、実質2%・名目3%以上の高い経済成長率が続く場合、20年度に594.7兆円まで増える見込みだが、総裁の任期である18年度時点では554.3兆円にとどまる。---言うだけならいくらでもできるのですが、GDPを600兆円とは現実的な目標とは思えません。日本のGDPが過去最高だったのは1997年、523兆円です。そこから考えても、とうてい実現可能とは思えません。もっとも、実現できないことが明らかになった時点では、安倍はもう政権の座にいないので、実現可能性などどうでもよく、人目につくアドバルーンを揚げればよいのかもしれません。ただし、名目GDPですから、狂乱インフレですべての物価が猛烈に上がれば、見かけ上GDPを膨らませることはできるでしょう。GDP600兆だって達成できてしまうかも知れませんが、それを喜ぶ人がいるとも思えません。そんなふうにして、滅茶苦茶なかたちで目標を実現してしまうくらいなら、失敗するほうがまだマシ、かもしれません。
2015.09.24
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先日、「沖縄を返せ」という歌について記事を書いた際、「(原曲は)沖縄の雰囲気のまったくない曲」と書きました。沖縄民謡の音楽的な特徴をひとことで説明すれば、レとラを抜いた、「ドミファソシド」という5音音階を基礎にしている、ということに尽きます。この音階をただ奏でるだけでも、沖縄っぽさが醸し出されるのだから不思議なものです。「音階」と言えば、通常われわれは「ドレミファソラシド」という7音音階を思い浮かべます。厳密に言えば、半音も含めて12音音階ということもできますが。ところが、世界の伝統的な音楽には、7音のうちのいくつかが抜けている音階がかなり多いのです。ただ、レとラを抜いく5音音階は沖縄以外ではあまり例がないので、音階を弾くだけで「沖縄っぽい」という感じに聞こえるのでしょう。一方、沖縄以外の日本の民謡の音階ははどうかと言うと、実はこれも5音音階なのです。。ただし、沖縄音階とは抜く音が違う。ファとシを抜く(通称ヨナ抜き)と呼ばれる5音音階です。これは、日本特有のものではなく、実は世界各地に同じ音階があります。実は、私のやっている南米のフォルクローレも、先住民系のメロディーはヨナ抜き5音音階を基礎にしています。そのため、日本の民謡と南米のフォルクローレの曲調の類似性がしばしば指摘されることがあります。たとえば、この曲なんか「日本の民謡をフォルクローレの楽器で演奏しました」と言っても通用してしまうそうです。フォルクローレで使われるサンポーニャという笛は、通常ト長調/ホ短調で調律されています。だから、いろいろな手立てで半音を出さない限り、他の調は演奏できない、はずなのですが、実際には半音を出すための手を講じなくても、たいていの曲はハ長調/イ短調でもメロディーがふけてしまうのです。それは、これらの曲が5音音階でできているからです。ただし、注意しなければいけないのは、ヨナ抜き5音音階は日本の民謡とフォルクローレだけの共通点ではなく、世界中に同じタイプの5音音階が存在するということです。非西欧世界に限られるわけでもなく、ヨーロッパの民族音楽でもヨナ抜き音階は存在します。スコットランドの音楽がそうなのだそうです。クラシックの名曲でも、少なからず例があります。たとえば、ドボルザークの交響曲第9番「新世界より」の第2楽章、「遠き山に日が落ちて」という歌として有名ですが、後半一部に例外はありますが、大体はヨナ抜き5音音階でメロディーが作られています。スコットランド民謡が原曲である「蛍の光」も同様です。また、日本の「民謡」と書きましたけど、民謡に限らず、日本の伝統っぽい雰囲気を前面に出す音楽、たとえば演歌などでも同じ音階が使われます。こうやって見ると、実はむしろ5音音階のほうが世界の標準で、7音音階のほうが例外的、なのかも知れません。
2015.09.22
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昨日は西穂高岳に登ってきたわけですが、この登山道、一般ルートとしては比較的難易度が高い部類とされています。が、しかしもちろん、熟達した登山者でなくても、ある程度岩場に慣れていれば登ることができます(中級者程度?)。事故はありますが、おそらく事故発生率は0.1%にも満たないでしょう。写真で見ると、とんでもないところを歩いているように感じますけど、実際歩いてみれば、写真から受ける印象ほどではありません。しかし、ではここを乗り物で踏破しようとしたらどうでしょうか。オフロードバイクでもキャタピラトラクターでも、絶対に不可能であることは間違いありません。人間は、様々な乗り物を開発してきました。速度とか、輸送力という意味では、人の足より人が開発した様々な乗り物のほうが、圧倒的に優れています。しかし、人間が開発した乗り物が力を発揮するには、一つの条件が必要です。それは、専用の軌道があるということです。道路や鉄道です。道路は、舗装されているか否かだけでも、走る車の走行性能は大きく変わります。まして、砂利道ですらない場所では、人間の開発した乗り物は、まったく力を発揮することができません。丁度1年前に御嶽山が噴火したとき、災害派遣で出動した陸上自衛隊が、89式装甲戦闘車という車両を何両か現地に持ち込みました。あれはいったい何のために持ち込んだのかと思ったら、まったく使われることなく引き上げて行きました。「途中まで進出した装甲車を中継基地とすれば」などとおバカなことをいう自称「軍事専門家」がいたらしいですが、もちろん、装甲車は御嶽山の「途中まで進出」することなどできないのです。御嶽山は、日本の3000m級の山の中では、もっとも簡単に登れる山の一つです。技術的には困難な場所は皆無であり、人並み程度の体力があって悪天候でなければ、誰でも登れる山です。一方、装甲車や戦車は、人間の開発した乗り物の中ではもっとも不整地の走行性能に優れた部類に属します。ところが、人間の足では技術的のもっとも平易や登山道ですら、キャタピラ付きの装甲車でも手も足も出ないのが現実です。つまり、不整地を踏破することにかけては、人間の足は、あらゆる乗り物を凌駕する、圧倒的な能力を持っているわけです。(整備された場所での)速度とか輸送力という単能的なスペックでは乗り物にはまるでかなわないけれど、万能性という意味では人間の足をしのぐ乗り物は存在しません。ま、残念ながら現代人は素足での能力はやや制約があって、靴を必要としますけど。人間に限らず、地球の生命の進化上、すべての動物は、反復運動によって推進力を得ています。陸上の動物は、足を前後に動かすことによって移動するし、魚は胴体を左右にくねらせる(クジラ類は上下にくねらせる)ことで移動しています。昆虫や鳥も、羽を上下に往復運動させることで飛行しています。人間社会ではこれだけ発達している、車輪という移動システムは、自然界には存在しないものです。車輪だけでなく、スクリューやプロペラ、タービンに類するような回転運動で推進する仕組みは、生物界には存在しません。どこか、遠い宇宙の別の星に、車輪式の動物がいるかどうかは定かではありませんが・・・・・・。たまたま、最初に進化した動物が、推進力を得る手段として往復運動を選んだため、その子孫のすべてもそのくびきから脱することができない、ということなのでしょう。しかし、有利不利ということで考えても、人間が整備した環境下以外では、回転運動系は圧倒的に不利で、とても競争には勝てなかっただろうなと思います。ま、何にしても、人間は歩いてこそ人間です。
2015.09.21
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連休中も国会前へ、と、言いたいところですが、山に行きました。昨日9月19日から1泊2日で西穂高岳に登ってきました。東京を朝出発して、上高地(帝国ホテル前)に12時20分頃到着、昼食を食べて出発、西穂山荘に3時前に到着。幕営場が狭くて、あやうくテントが張れないかと思いましたが、なんとか場所を確保して幕営(テン場があんなに狭いとは思いませんでした)。上高地は晴れていましたが、上は終日曇り時々雨。今日20日は、夜明け前後は曇りでしたが、歩き始めてすぐ晴れて、それ以降は快晴。最小限の荷物で西穂高岳を往復して、上高地に下山しました。それなりに覚悟して行ったのですが、去年登った前穂高のほうが大変だった気がします。山頂直下の一枚岩がちょっと厳しかった。それに次ぐのが独票から最初の下り。独標を下れれば、4峰までは問題なく行ける、と思いました。下山時、ピラミッドピークの一つ先(7峰ですかね?)で、例によってケーナを吹いてきました。テン場はラッシュアワー状態。ぎゅうぎゅう詰めでした。3時に着いたのでは遅すぎたようです。昨日はずっと曇り時々雨でしたが、夕方に雲が薄くなって、霞沢岳がうっすらと見えました。今朝。5時半ころまでは雲が厚く、「晴の予報は外れたか」と思ったのですが、6時前にぱっと晴れて、以降快晴。ラッキーでした。独標から左手前よりピラミッドピーク、その右奥が西穂高岳本峰、いちばん右奥が奥穂高岳。独標から西穂方面への下り。いきなりですが、ここが断崖絶壁。ここを下ることができれば、4峰までは行ける、かな。一番奥が独標(11峰)、その手前が10峰。10峰の先(この写真だと手前)がやせ尾根というのですが、確かにやせ尾根で、写真こちら側は絶壁で切れ落ちていますけど、向こう側はハイマツの壁になっているので、そんなにやせ尾根感はありませんでした。9峰からの下り、この岩場の通過もプチ難所。矢印の手前の岩の凹みに足をかけて通らなければならない。私の身長では、歩幅には充分余裕はありましたし、手でがっちり岩をつかんで渡るので、怖さは感じませんでした。先ほどのプチ難所の遠景。うん、落ちたらまっさかさまだ。冷静に写真を見ると、それなりにやばそう。勢いでパッと渡ってしまったので、そのときは何も感じなかったけど。ピラミッドピークに到着。いよいよ西穂高本峰の山頂が近づいてきた。写真左手のやせ尾根の急登、その先が鎖場で、いかにも「絶壁の細い道幅のトラバース」に見えたので、「ここがこのコース最大の難所に違いない」と思ったんですけど、実際に行ってみたら、ここは全然たいしたことがなかった。鎖場も、鎖にほとんど触れることなく通過。なお、事情により写真は下山時に撮影したものです。いよいよ西穂高岳山頂直前。しかし、間違いなくここが、このコースいちばんの難所。取っ掛かりの少ない一枚岩を登っていく。所々に凹みがあるのでそこに足をかける。先ほどのプチ難所と同じですが、あちらは1歩だけですが、ここはそれが10メートルくらい続く。登りはいいけど、下りは足をかけるところが見えにくいので大変です。山頂から先ほどの難所を見下ろす。ただ、ここは、下が絶壁じゃないので、落ちても打ち所が悪くなければ骨折くらいで済みそうです。それにしても、独標から上の稜線が全部写っていますけど、歩いているときは、自分の周囲数メートルの岩しか見ていないので、何箇所かの難所を除けばさしたる問題もなく登ってしまいますが、こうやって全体像を見てみると、とんでもない場所。山頂です。槍ヶ岳をバックに記念写真。奥穂高と吊尾根、前穂高。ここから奥穂高へのルート・・・・・・いつの日かは歩いてみたいです。いつの日か、ね。今はちょっと難しいかな。奥穂高岳、北穂高岳、槍ヶ岳。ここまで登った甲斐がありました。下山時。ピラミッドピークの一つ手前のピーク(ということは7峰?)からピラミッドピークを撮影。登山道はピークではなく、その少し下を通過するので、ここでケーナを吹きました。(他の登山者のジャマにならないから)独標まで戻ってきてしまいました。梓川が見渡せます。丸山まで下ってきて、登ってきた西穂高岳の全景を撮影西穂山荘で、デポしてあったザックを回収して、上高地へ下山しました。昨日の登りより今日の下りの方がはるかにきつかった。荷物も、物理的には水と食料が減った分軽くなっているはずなのに、絶対登りより重く感じます。毎回思うのですが、私にとっては登りより下りの方がきついです。まあ、ともかくも帝国ホテルまで戻ってきました。ここに泊まれたらいいねえ、でも、一泊いくらするんでしょうか。一応これで、奥穂高岳(2000年)、北穂高岳(2009年)、前穂高岳(2014年)に引き続き、今回の西穂高岳で穂高連峰中の4つの穂高岳全部に登ったことになります。ただ、もちろん、穂高連峰を全部制覇したわけじゃありません。次は、いよいよ西穂ー奥穂の縦走(国内の一般ルートでは最難関と言われる)、と言いたいところですが、ウーム、それはさすがにすぐには難しいです。でも、今日も西穂ー奥穂ルートを目指す人、結構いました。特にテント組では多かった。私は、仮に西穂ー奥穂間の縦走を目指すとしても、テントでは絶対行かない。荷物が重いとルートの難易度は比例するので、小屋泊りにします。それと、さすがに単独行では行かないな。フイルム一眼レフでも撮影したので、例によって後日公開します。
2015.09.20
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高校生の政治活動容認 文科省案、校内は制限来夏の参院選から選挙権年齢が18歳以上に引き下げられることを受け、文部科学省は高校生が政治活動に参加することを認める通知案をまとめた。高校生はデモなどの政治活動が制限されていたが、学校外については条件付きで容認する。今後検討を進めるため、通知案の文面が変わる可能性もあるという。10月ごろまでにすべての高校に通知する方針だ。高校生の政治活動は1969年、学生運動が高校まで広がったため、旧文部省が「国家・社会は未成年者が政治的活動を行わないよう要請している」などと通知。休日や放課後を含む学校外についても「望ましくないと指導する」と制限してきた。今回の通知案では、学校外の政治活動について、「生徒の主体的な判断で行う」とし、認めることにした。特に高校3年生のうち有権者となる18歳以上が特定の候補を応援する選挙運動は尊重する考えだ。暴力的、学業に支障があると認められれば、制限または禁止などの指導をすることになる。ーーー学校内の政治活動に一定の制約があることは仕方がないとは言え、学校外、つまり私生活における政治活動に、なぜ文科省が制限を加えるのか、どういう権限があるのか、私にはさっぱりわかりません。いくら未成年といったって、1人の個人です。あとは、各家庭で決める問題であって、文科省が決める問題ではないでしょう。学校内の政治活動にしても、例えば平和学習とか政治的に対立するテーマを取り上げると、すぐに政治活動とレッテルを貼ろうとする人たちがいて、結局触らぬ神に何とやら、何も触れない方がよい、となっているのが現状です。もっとも、現実は文科省の考えなどすっ飛びこえて、先に進んでいます。一連の国会前集会でも、数はそう多くはなかったけど、高校生と思われる服装の参加者も目につきました。18歳選挙権導入は、ここ数年悪い方向にしか動いていなかった日本の政治のなかで、数少ない、良い方向への変化だと私は思っています。それに伴って文科省が、高校生への無意味な政治活動制限を外すことも。それでもまだ制限付きで認める、なんて言っていますけど、ともかく変化であることは間違いないでしょうから。もちろん、それによって、右方向の政治活動に参加する高校生もいるでしょうけど、それはそれで良いではないですか。
2015.09.19
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とうとう、今日も国会前へ行ってしまいました。今週は、15日以外毎日行ってしまった。もっとも、月曜と今日以外は、30分ほどしかいませんでしたけど。実は、金曜夜なので、原発再稼動反対集会もやっているのです。ただし、おそらく参加者の多くは安保法案反対に流れているので、参加者は2~300人ほど。私も、こちらも参加したかったけど、今日は安保法制。ところで石田純一さんが国会前デモでスピーチ 「戦争は文化ではありません」われわれは、いろんな歴史をずっと続けて、ここまでやってきております。なかには諸外国から問題になっている、そういう時期もありました。ただ、僕たちが言えるのは、今ここで、いろんな方の意見があるという、そういう国、まだものを言える国、そういうことは僕たちはまだまだ救いがあると。そして、こんなにたくさんの方が毎日、毎日。今日も、僕は京都も見てまいりました。京都でもすごく、河原町通り、デモをやっておりました。やっぱりあの、ここ何年も政治やなんかに無関心で何も言ってこなかった人たちでさえ、こうやって立ち上がっているんです。一つだけ言いたいことがあります。攻められたらどうするんだ。そういうことをいろんなTwitterやメディアでも聞きます。でもそれは、われわれが今まで、自民党と言えども多様性があって、個別的自衛権、攻められたらそこで周辺事態でなんとかなるわけですよ。ここへきて、確かにアメリカは同盟国でありますけども、わざわざ中近東に行って、その彼らを助ける必要があるのか。ないですよね。われわれは世界が誇る平和国家です。戦後70年たちました。これを100年、150年していきたいと思います。われわれの子供たち孫たちが、ずっと平和で暮らしていけるように、この国を守るというのは、個別的自衛権でも守れるんです。なんでわざわざ集団的自衛権が必要なのか。そんなにアメリカの機嫌が取りたいですか。アメリカはもちろんわれわれの友達で、同盟国ではあります。でもやはり、間違ってる、違ってる、なんかそういうことは友達でもちゃんと言えなくちゃ、おかしいと思います。先の世界大戦で、みなさま、310万人の尊い命が亡くなっているんですよ。一説では400万人とも言われています。最後の大空襲からポツダム宣言を、やっぱりスルーして、その間また何十万人と空襲で、一般の人が亡くなっている。インパール作戦では20万人も日本兵がアジアに出て行って、帰ってきたのは2万人です。18万人が飢えと病気と、そして戦争で、弾丸でも亡くなっている。戦争は文化ではありません。絶対にわれわれは誇るべき平和をずっーと、もう一度言います、戦後70年、80年、100年、続けていこうではありませんか。よろしくお願いします。---今回の安保法制については、芸能人もずいぶん発言しています。その中でも超弩級に驚いたのが石田純一と渡辺謙。渡辺謙は、「ザ・ラスト・サムライ」とか「硫黄島からの手紙」の配役からの勝手な思い込みで、少なくとも左派寄りの芸能人ではないと思っていたし、石田純一は、失礼ながらおおよそ政治的な主義主張の存在を感じさせる人ではなかったので。人は見かけで判断してはいけないなと、改めて思いました。中でも、石田純一は国会前の抗議行動に自ら参加、それも昨日と今日の2日続けて来たそうで、気合が入っているな、と思いました。スピーチの内容もすばらしい。しかし・・・・・・、戦争は文化ではない、は笑いました。(そのとおりではあるけど、その台詞を自分で言っちゃうか、と)今回の安保法案について間違いなく言えることは、狭い意味の左派、非武装中立論者だけでなく、自衛隊も日米安保も認めている人に中からも、相当の反対が出ていること。現役の自衛官が公然と反対、とは言えないでしょうが、実際には内部ではかなり動揺はあるようです。そりゃそうです。外国の侵略から日本を守るために戦う、という決意はあっても、外国の戦争に参加する決意をもって自衛隊に入った、なんて人は、そう多くはないでしょうから。自衛隊OBで反対を明言する人は、決して少なくはないですし。憲法学者の小林節とか、従来の人脈では保守派に属する人からも反対の声が上がっています。著名人、タレントなどが数多く発言したことも、特筆すべきでしょう。今日午前中は、俳優の石田純一が、国会前でスピーチを開いたそうです。およそ、石田純一に政治的主張を感じたことがなかったので、驚きました。驚いたといえば、渡辺謙の発言もも驚きましたけど。それだけ、今回の安保法案は滅茶苦茶だ、ということです。そして、反対派がほとんど内部分裂しなかった。自衛隊を認めるような奴らはニセモノの反対派だとか、そういう種類の足の引っ張り合いが起こらなかったことが、大きいのではないかと思います。かくいう私だって、自衛隊は違憲、とは今は思っていませんし。残念ながら、もう可決は避けられないのでしょう。しかし、抗議行動の人波の多さが、可決をかなり遅らせたことは間違いありません。次は、安倍はいよいよ憲法を変えることを企むのでしょう。そのとき、今回これだけ多くの人が安保法案に反対の声を上げたことが大きな力を発揮するのではないでしょうか。
2015.09.18
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実は、今日も国会前に行ってきました。が、今日はその話ではありません。沖縄の基地問題に関する集会でよく歌われる歌に、「沖縄を返せ」という曲があります。原曲は、こんな曲です。意外に古い曲で、1956年の作曲だそうです。作詞:全司法福岡支部、作曲:荒木栄だそうです。最近、相棒がYouTubeでこの曲をよく聞いているのですが、私自身の正直な印象は、「沖縄を返せというタイトルなのに、沖縄民謡と全然関係ない曲調だな」というものでした。ありていに言って、沖縄音階(ドミファソシドの5音音階)ではないので、沖縄の雰囲気がまったくない曲です。1950年代では、沖縄民謡に対する正確な理解なんてものがなかったのも仕方のないことではあるでしょうが。歌詞も固き土をやぶりて 民族の怒りに燃ゆる島 沖縄よ我らと我らの祖先が 血と汗をもて 守り育てた 沖縄よ我らは叫ぶ 沖縄よ 我らのものだ 沖縄は沖縄を返せ 沖縄を返せという内容ですが、何となく、違和感を感じないこともありません。本土側の視点の歌詞、という気がするのです。でも、この曲が、沖縄復帰運動の中で沖縄の人によって盛んに歌われたことは事実なのですが。しかし、最近になって、この曲に沖縄民謡バージョンがあることを知りました。大工哲弘アレンジ、沖縄民謡版「沖縄を返せ」原曲とまったく同じメロディーなので、やはり沖縄音階ではありませんが、それにもかかわらず、三線の伴奏のつけ方と歌い方で、見事なまでに沖縄民謡に化けています。とても、原曲と同じ歌とは思えません。そして、歌詞は原曲とほとんど同じなのですが、一文字だけ変えている部分があります。一番最後の「沖縄を返せ 沖縄を返せ」が、「沖縄を返せ 沖縄へ返せ」になっているのです。この、たった一文字の違いで、原曲に感じた違和感がなくなるのだから不思議なものです。言葉というのは微妙なものですね。このアレンジが発表されたのは1994年だそうです。原曲の38年後に発表され、今では多分こちらの歌詞のほうが一般的かもしれません。先日9月12日の国会前集会でも、この歌詞で歌われていました。(厳密には、「沖縄に返せ」となっていますが、これは「沖縄へ返せ」と同じニュアンスと言っていいでしょう)編笠をかぶって三線を弾いている金城さんは、中野で「あしびなー」という沖縄料理店を営んでいます。私は、毎年10月に、あるお祭りで一緒に演奏させてもらっています。まさか、国会前で会うとは思っても見ませんでしたが。
2015.09.16
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連日安保法案反対の国会前集会の記事を書いていますが、今日は家にいます。さすがに毎日は行けないので。さて、安保法案のどこがそもそも問題なのかについて、改めて考えて見たいと思います。問題の本質は、これまで違憲とされてきた集団的自衛権を合憲だと憲法解釈を変更した(解釈改憲)ことです。新しい憲法解釈に基づく自衛隊法その他の一連の法改正が、今回の安保法案です。集団的自衛権とは、すでに何回も説明していることですが、同盟を結ぶ他国が攻撃を受けた場合に、それを自国に対する攻撃とみなして共同で反撃する権利のことです。自国が攻撃を受けたときにそれに反撃するのは、個別的自衛権です。現状の自衛隊法の条文は、以下のようになっています。第三条 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。(以下略)第七十六条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃(以下「武力攻撃」という。)が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律 (平成十五年法律第七十九号)第九条 の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。 (以下略)これが、改正案だと以下のようになっています。第三条自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。第七十六条内閣総理大臣は、次に掲げる事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(平成十五年法律第七十九号)第九条の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。一 我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態二 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態これまでの自衛隊法第3条では、「直接侵略及び関節侵略に対してわが国を防衛すること」が主たる任務だとしてきたのに、「侵略」という言葉を外しています。同じく、第76条でも、自衛隊出動の条件として「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」という項目が付け足されています。つまり、日本が直接攻撃されなくても「密接な関係にある他国」が攻撃されたら、それに「反撃」するぞ、という内容です。そもそも、前述のように、戦後一貫して政府が「違憲」としてきた集団的自衛権を、「解釈を変えました」というひとことで「合憲」だと言い換えるやり方は滅茶苦茶です。本来憲法改正を要するような変更を、改正せずに済ましてしまうのでは、今後憲法のどんな条文も、時の政府の意向次第でどうとでもなる、ということになります。安保法制が通れば次は徴兵制では、という危惧に対して、政府は「徴兵制は憲法が禁じているので導入しない」と言っています。しかし、憲法には「徴兵制を禁じる」という条文はなく、18条(奴隷的拘束の禁止)が根拠となっています。だから、「やっぱり徴兵制は憲法第18条に反しません」と解釈を変えればどうとでもなってしまいます。つまり、「徴兵制は憲法が禁じているから」という政府の言い訳が、まったく信の置けないものとなります。安保法案賛成派は、「中国が攻めてきたらどうする」みたいなことをやたらと言いますが、中国が攻めてきたら、それに反撃するのは、従来から政府が認めてきた個別的自衛権の問題に過ぎません。現行の自衛隊法の規定には「直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛」と書いてあるのですから、この規定に従って反撃するだけの話です。集団的自衛権とは関係がない。安保法制が目指すものは、結局のところ「我が国と密接な関係にある他国」つまり米国が攻撃を受けたら、日本もそれに対して反撃するぞ、ということにつきます。前記の例で言うと、中国が日本は攻めず、米国を攻撃した場合です。中国は日本を攻めているわけではないのに、日本の側は中国を攻撃する、それは日本と中国の関係では、日本から中国への先制攻撃ということになります。それをやられれば、もちろん中国は日本に対して反撃するでしょう。つまり、そもそも日本を攻撃してきたわけでもないのに、日本が「反撃」(という名の先制攻撃)をかけることによって、日本に対する攻撃も呼び込むことになります。安倍政権は、「我が国の存立が脅かされ~る事態(存立事態)」だけだと強調するのですが、実際のところ、「存立事態」の明確な定義はないので、まさしく解釈改憲の問題と同じで、恣意的にどうとでも解釈されかねません。そして、「米国が攻撃を受けたら」と書きましたが、現実には太平洋戦争以降、米国が関わった戦争のほとんどは、米国は「攻撃を受けた」と言いつつ、実際には米国の側が先制攻撃をかけることで始まっています。もっとも露骨なのはベトナム戦争でしょう。トンキン湾事件で北ベトナムが先制攻撃をかけたと称して、それに「反撃」したものの、それは真っ赤な嘘であったことが後に発覚しています。アフガン戦争やイラク戦争だって似たようなものです。大量破壊兵器の存在を叫んで戦争を始めたものの、あとでそれがウソであったことが発覚したイラク戦争も、似たようなものです。結局のところ、米国が「攻撃を受けた」と称する(その実は、米国が攻撃をかけて始まった)戦争に、日本が参戦することになる可能性が高いのです。先ほど、私は、中国を例にとって説明しましたが、現実的には、中国と米国が、日本の頭越しに直接戦争になる事態は想像し難いものがあります。日中間には様々な対立点がありますが、米中間にはそれほど大きな対立点がないからです。可能性から言って、集団的自衛権の発動が問題となり得る事態がどこで発生するかといえば、一つは朝鮮半島が考えられます。北朝鮮が韓国(及び在韓米軍)に攻撃をかける、現在の北朝鮮の戦闘能力は低いので、可能性は低いですが、皆無ではない。もっとも、北朝鮮軍が韓国と在韓米軍は攻撃するのに在日米軍に対しては一切攻撃をかけない、などという事態はいささか考え難いですが。仮に、そういう事態が起こったとして、複雑な日韓関係の状況を考えれば、自衛隊が朝鮮半島で軍事行動に参加、などということが絶対不可能であることはありえないことは明らかです。もう一つの、より可能性が高いのは西アジアでしょう。イラク戦争やアフガン戦争など、この地域で米国はずっと戦争を行っています。そこで米国が行う戦争に、日本が参戦を余儀なくされる可能性は高いと思われます。日本は、中国韓国に対しては、歴然たる侵略国でした。東南アジアに対してもそうです。しかし、それ以外の国を日本が侵略したことはありません。西アジア諸国を日本が侵略したことは(これまでは)なく、だから対日感情も悪くはありません。それに対して欧米諸国はこの地域に対して植民地支配や様々な悪事を働いた過去があるので、対米感情対欧感情は、よくありません。現に、過去イスラム過激派による米国やヨーロッパを標的としたテロ事件は数多く起こっていますが、日本を標的とした事件は、皆無とは言いませんが格段に少ない。しかし、今後西アジアで米国が行う戦争に日本も加担することになれば、米国の手先としての日本に対する感情は、対米感情とリンクして大きく下がることになるのは確実です。日本が直接テロの標的になる可能性も激増せざるを得ません。結局、安保法案は、日本が関わる必要のない戦争に参加を強い、出す必要のない戦死者を出し、悪化させる必要のない対日感情を悪化させ、進んで日本をテロの標的に差し出す、そういう結果を招く法案であると言わざるを得ません。それでもこの法案を強行しようというその本音は何か。突き詰めていえば、「最近米国の日本を見る目が冷たいから、いざと言うときに米国に見捨てられないように戦死者の血で米国への忠誠を示しておきたい」と、そんな本音は国会審議の場では絶対出てきませんが、突き詰めて言えばそういうことなのでしょう。だけど、そもそも日米関係が目に見えてギクシャクし始めたのは、明らかに安倍政権になってからです。その原因の一部は安倍政権の歴史修正主義的な態度でしょう。また、米国から見れば、無人島に過ぎない尖閣諸島の領有問題などは、どうでもよいことで、巻き込まれることなど御免こうむりたいという意識もあるはずです。結局、最近米国の日本に対する目が冷たい原因の相当部分は、安倍政権が招いているとしか言いようがないのです。そして、日本が戦死者の血で忠誠を示せば、たとえば尖閣諸島の領有をめぐって日中が争ったときに米国が血を流してくれるのか。米国から見れば、まったくどうでもよいであろう無人島の領有権のために?とてもそうは思えません。国際関係は、そんな義理人情だけで動くものではないですから。それでも血を流すべきだというのなら、自衛隊員ではなく安倍晋三が最前線に行くべきでしょう。
2015.09.15
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本日9月14日も、国会前で安保法案反対の包囲行動があります。私も、仕事でトラブルがなければ、参加するつもりです。6時半に着くのは、たぶん無理ですが。今日は、カメラがありません。iPad miniでは、夜の写真は厳しいかな。なので、写真はアップできるかどうかわかりません。明日以降も連日行動がありますが、さすがに私も連日は難しい。ともかく、今日だけは、なんとかして。以下追記国交省前に着いたのですが、人がいっぱい。向こう側も人がいっぱいで、横断歩道が渡れません。播磨屋本店のスローガン・トレーラーがいました。ここにいてもまったく先に進めないので、大回りをして国会前に向かいました。国会前の道路も人でいっぱい。丁度、決壊したところでした。つまり、警察が参加者を歩道におし留めることをあきらめて、バリケードを撤去し始めました。あっという間に、道路は人でいっぱい。国交省前には7時前に着いたのですが、ここにたどり着いたときは7時半を回っていました。スピーカーで、本日の参加者4万5千人と言っていたような気がします。感覚的にはもっと多いようにも思いましたが、夜なので国会前庭庭園には人がいないはず、日比谷公園にまでは列は続いていないだろう、といったことを考え合わせると、そんなものだったのかもしれません。ところで、こんな記事がありました。FNN世論調査で分かった安保反対集会の実像 「一般市民による集会」というよりは…産経新聞社とFNNが12、13両日に実施した合同世論調査によると、国会周辺など各地で行われている安全保障関連法案に反対する集会に参加した経験がある人は3.4%にとどまった。共産、社民、民主、生活各党など廃案を訴える政党の支持者が7割を超えた。最近注目を集める反対集会だが、今回の調査からは、「一般市民による」というよりも「特定政党の支持層による」集会という実像が浮かび上がる。(以下略)---一連の集会を何とか否定したいという産経の熱意だけは分かります。が、特定政党の支持者は「一般市民」ではないのでしょうか。だとすると、自民党支持者が集まる集会とか、産経の読者が集まる集会も「一般市民の集会ではない」と言ってよいことになるでしょう。「各地で行われている安全保障関連法案に反対する集会に参加した経験がある人」は3.4%にとどまった、のだそうです。「とどまった」と言いますが、1億2000万人の3.4%は何人ですか?400万人です。私は、それはとてつもない数字と思います。かつて、60年安保のとき、岸首相は「国会周辺は騒がしいが後楽園球場は満員だ」と言ったと伝えられています。だけど、その巨人(言うまでもなく日本でいちばん観客動員数の多い球団)の1シーズンの観客動員数は、現在でもせいぜい300万人です。1960年当時は150万人ほどでした。しかも、延べ入場者数なので、1人が10試合見に行けば10人とカウントされます。一方、安保法制反対の集会は、今年5月頃から始まって、まだ4ヶ月に過ぎません。プロ野球の1シーズンより短いし、アンケートの結果だから、1人が何回参加しようが、一人が参加した、という数字にしかなりません。それで400万人(もちろん、誤差があるので概算の数字ですが)。私は、多さに驚きました。そういうアンケートが行われれば、「行った」という回答は1%を切る(それだって、人数にすれば100万人を上回る)と思っていたので。また、特定政党の支持者が7割ということは、どのとうも支持していない人が3割ということです。たった3割、ではありません。それを人数にすれば100万人以上です。特にどの党を支持しているというわけではない人が、100万人も「安保法制反対」という集会に足を運んだというのです。わざわざ集会に足を運んだ人の背後には、同調する意見がその何倍もあることは言うまでもありません。3.4%に「とどまる」という産経新聞の価値判断とは裏腹に、それは、とてつもなく大きな数字です。で、改めて、全国で400万人が安保法制反対の集会に参加した経験があるというのに、最大規模の集会であった8月30日に3万人しかいなかったなんて、ありえるはずがなかろう、というものです。
2015.09.14
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辺野古移設:市民ら2万人、国会囲む…断念求め米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に反対する市民集会が12日、東京・永田町であり、学生や高齢者らが国会周辺を取り囲んだ。週明けにも埋め立て承認の取り消しを表明する方針を固めた沖縄県の翁長雄志知事を支持し、同日移設作業を再開した政府に移設断念を強く求めた。市民団体「止めよう!辺野古埋め立て 9・12国会包囲」実行委員会の主催。主催者発表で2万2千人が参加した。国会前で午後2時から集会があり、安次富浩・ヘリ基地反対協議会共同代表が「辺野古に基地を造らせないというのが沖縄の心。それを顧みることなく、『唯一の解決策』と押しつける政治姿勢は構造的沖縄差別だ」と指摘した。玉城義和・島ぐるみ会議事務局長は「来週は沖縄最大の山場。県民は火の玉となって知事を支える」と訴えた。---私も参加してきました。2時少し前に到着しましたが、すでにかなりの人が集まっていました。ミニ三脚の脚を目一杯伸ばして撮影してみました。8月30日のときにこの手を使えばよかった。しばらくこの場にいましたが、先に進んで見ることにしました。向かい側の歩道も人がいっぱいです。集会の中心点付近です。この場にとどまることはできないので、歩きながら撮影。取材陣も大勢いました。ここが演台。辺野古埋め立てはNo!!です。国会に面した通りも参加者でいっぱい。しかし、私は早々に隊列を抜け出し、国会前庭庭園で、練習を始めてしまいました。私の管楽器ケースは、この日はこんな感じでした。笛一式全部持ってきたのです。ついでに、写真には写っていませんが、フルートも持ってきました。みっちり1時間以上練習して、集会に戻ったら終わるところでした。でも、まだ頑張って集会が続いているところもありました。沖縄三線とカチャーシー。実は、知り合いでした。編笠かぶっている三線の方は、中野で「あしびなー」という沖縄料理店を営んでおり、中野の某祭りでも、度々ご一緒させていただいています。お店自体は、行ったことがなかったのですが、今年2月に初めて、演奏仲間と行きました。そう、この衣装で「あれ?見たことあるぞ」と気づいたわけです。沖縄民謡も大好きです。ただ、自分じゃ演奏できないですけど。三線、いつかは弾いてみたいなあ。
2015.09.13
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還付金制度:麻生財務相「けちつけるなら代替案を」財務省が消費税率10%への増税の負担軽減策として提案した還付金制度は、2017年4月の消費増税に間に合わない可能性が大きい。制度は来年1月から始まるマイナンバー制度の個人番号カードの利用が前提。しかし、総務省は11日の公明党税制調査会の総会で、現状の予算措置では初年度で1000万枚の交付にとどまり、最大でも年間4000万枚と説明した。全国民が交付を希望すると行き届くには3年かかる計算だ。全国の小売店へのカード読み取り端末の設置にも時間がかかり、麻生太郎財務相は11日の記者会見で、17年4月の増税との同時導入には「こだわらない」と述べた。さらに、財務省案への批判に対し「けちつけるなら代替案を出さなきゃ。代案を出してもらったらそれで良い」と突き放した。公明党の上田勇政調会長代理は10日の与党協議で「制度に欠陥があると消費税引き上げ自体、できなくなる可能性だってあるのだからよく考えてほしい」と懸念を示した。---実は、私は消費税の軽減税率という方策には反対です。軽減税率理由は、リンク先の過去の記事に書いたとおりです。食料品に軽減税率と言っても、超高級品から安価なものまで一律に軽減税率を適用するのは公平性の観点から問題があるし、かといって、「松茸や松坂牛には軽減税率は適用しない」みたいなやり方は複数の税率が混在して、いたずらに混乱を招くだけで現実的ではありません。(そもそも、軽減税率というやり方そのものが混乱の元だと思われますが)ではどうすべきか。消費税増税なんてやめりゃいいのです。(きっぱり)その分は、所得税の累進課税再強化と、法人税の引き下げをやめて補充すればよろしい。しかし、どうしても消費税増税はやる、というのなら、次善の策として軽減税率ではなく還付金という考え方そのものは、私は賛成とはいいませんが(消費税増税そのものに反対なので)、悪い案とは思いません。ただし、です。マイナンバーの利用実績に基づいて還付などという、還付金を人質にしてマイナンバー利用を強いるやり方は姑息であり、マイナンバーカードの有無で還付金を返すか返さないかを差別するというのは、法の下の平等にも反していると思います。で、麻生は「けちつけるなら代替案を出さなきゃ。」と言ったそうですから、私も代替案を提示してみましょう。第一は、前述のとおり消費税の増税自体をやめる、ということ。第二は、それでもどうしても消費税増税を行うというなら、1世帯、あるいは1人いくらという定額を最初から還付してしまうことです。それでは還付とは言えないかも知れませんが、ならば、昔あった定額給付金という名称でも一向に構わないでしょう。その額を食料品に使ったかどうか分からない、というかもしれませんが、いかなる人間も霞を食って生きていくことはできないのであって、何か食べ物は食べているはずです。農家だって全部の食物を自給しているわけではありません。その上で、所得制限とかそういうケチなことは言わない。所得制限を設けると、それだけで手間と事務コストも激増するからです。減税幅を圧縮するために事務コストが激増したのでは意味がありません。そういえば、マイナンバーを使った還付金は、そのためのマイナンバー管理団体「軽減ポイント蓄積センター」に3000億円かかるという報道もあります。1人上限4000円、つまり1億2000万人全員が上限まで還付を受けたとしても4800億円の還付金(実際の還付金は、手続きができない、面倒がる、マイナンバーカードを受け取らない、上限ま買っていない等々の理由で、実際の還付金はそれより大幅に少ないでしょう)のために3000億円の事務経費って、あまりに馬鹿馬鹿しすぎます。
2015.09.12
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鬼怒川堤防が決壊、9人不明 鹿沼の土砂崩れで1人死亡台風から変わった低気圧の影響で関東や東北は10日も記録的な豪雨となった。気象庁は栃木県と茨城県に大雨特別警報を発令。茨城県常総市では、鬼怒川の堤防が決壊して濁流が住宅に流れ込み、9人が行方不明になった。栃木県鹿沼市では土砂崩れがおき、1人が死亡した。同日夜には宮城県で非常に激しい雨となり、気象庁は仙台市などに土砂災害警戒情報を発表し、警戒を呼びかけている。鬼怒川上流域の栃木県では10日夕までの48時間の雨量が600ミリを超え、9月の平均雨量を上回った。10日午後9時時点での48時間降水量は、栃木県日光市瀬川で605・5mmに達したほか、同市五十里でも604・5mm。いずれも観測史上1位の値を更新した。茨城県でも300mmを超える記録的な大雨になった。避難者数は、関東と東北の各県で少なくとも1万3千人に上った。茨城県常総市では午後0時50分、鬼怒川が66年ぶりに決壊。約6500棟がある一帯が冠水し、住宅が流され、県警などに「人が流された」との通報が相次いだ。(以下略)---今年は、夏の前半は猛暑でしてたが、お盆明け頃から一転して雨雨雨、ひたすら雨続きでしたが、その最後にまた強烈な雨が来てしまいました。昨日から、東京も断続的に強烈な雨、それも台風に特有の、豪雨→ぱたりと止み→また豪雨という繰り返しでした。気象庁のレーダーで見ると、23区東部から千葉、茨城栃木にかけて、南北に極端に細長い雨雲が丸一日以上居座り続けて、しかもレーダー画像が真っ赤(つまり、雨量が強烈に多い)なので、これはヤバイなと思っていたら、案の定でした。今回の台風は、中心気圧や最大風速という意味では、弱い勢力の台風でした。暴風圏はなく、ということは、最大風速は25mに達しなかった、ということです。でも、雨は強烈でした。秋雨前線に進路を阻まれていたので台風の速度がなかなか上がらず、降雨が長く続いたこと、台風(崩れの低気圧)が過ぎた後も、そこかに湿った空気が流れ込んで雨が続いたことなどが原因です。強い台風、大型の台風が危険なのは誰にでも分かることですが、弱い台風、小さい台風も時によっては危険、ということです。風の強さは台風の強さにある程度比例しますが、雨量は必ずしも台風の強さとは比例しないわけです。こういうことがあるので、気象庁は台風について「弱い」「小型」という表現をしなくなっています。降水量が48時間で600mmを超えた、というのも凄まじい話です。引用記事には「9月の平均雨量を上回った」とありますが、東京の9月の平均降水量は209.9mmです(年間で最も降水量が多いのが9月)。つまり、3か月分の降水量が2日間で降った、ということです。滝のような雨が何時間も続いた、ということです。足立区在住の友人がフェイスブックに江戸川の写真をアップしているんだけど、河川敷がない。全部水没しています。東京では堤防を越流したり、まして堤防決壊ということは起きていませんけど、こりゃ大変だ。それにしても、震災のときにも思いましたけど、人間の科学技術がいくら進歩したように見えても、自然災害の前では人は無力なものです。もっとも、地震と違って、気象災害は、かなりの精度で予測が可能です。今回も、台風の進路は数日前から分かっていたし、気象庁は10日の午前0時過ぎには栃木県に特別警報を出しています。台風や雨雲の進路を変える力は人間にはないけれど、事前に予測する力はある、はずです。その力を有効に使えれば、人的被害を最小限に抑えることも不可能ではないと思うのですが、現実にはなかなかそうなりません。外国の戦争に加担する話ことより、自然災害の被害を局限することのほうが、はるかに重要なことだと私は思うんですけどねえ・・・・・・。ともかく、被災者が一刻も早く救助されることを願っています。
2015.09.10
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「大学がタダと言われ…」低所得者層を狙う「米軍リクルート活動」元陸軍兵ジョナサン・ロー(26)にとっては、ニューヨーク州北部の小さな街にある高校内に設置されていた陸軍と海兵隊のリクルートテーブルが、入隊への入り口となった。なかでも陸軍のリクルーターは、こう言った。「大学にタダで行けますよ。入隊し、教育を受けて、さらに国に貢献することができます」「すごいな!」とローは思った。~2005年、陸軍の歩兵スナイパーとして入隊。08年から1年8カ月、イラクに駐屯した。到着してわずか2週間で、親しい仲間を失った。午前2時の暗闇での撃ち合いだった。その場面を思い出したのか、それまで笑みを絶やさなかったローが、突然涙目になり、「きつかった。今はコントロールすることができる」と自分をなだめるように言った。~米軍リクルーターが、中間・貧困層の若者に向けて「売り」にしている4点セットがある。「大学、お金、旅、愛国心が手に入る、と言われた」元陸軍兵マーティン・スクロギンス(28)はそう説明する。大学卒業までの奨学金や生活費・ボーナスが保証される。国内外の基地に駐屯し、自費では行けない見知らぬ土地に行ける。そして一兵士として愛国心を高め、米国民を守るという使命を果たして家族や人々に尊敬される──。まさに中間・貧困層の若者にとっては「サクセスストーリー」だ。学費が年間数万ドルかかる大学に行けるという見返りこそ、スクロギンスとローの2人が入隊した最大の理由だ。だが、戦場から戻ってきた今、ローはこう話す。「除隊したら、『軍務、ごくろうさま』という紙を一枚もらっただけ。非軍人の生活に戻るのがいかに大変なことか、誰も教えてくれなかった」いわんや、リクルートされた際に、従軍後の余生の困難を知る術はない。PTSDによる不安、寂しさ、無気力、睡眠時無呼吸症候群。~悪夢で叫びながら目覚める夜は今でも続く。「非軍人の生活に移行するのは、すごくすごく大変なんだ。今は、もう以前の自分ではない」※AERA 2015年9月14日号より抜粋---米国は、ベトナム戦争終結とともに徴兵制から志願兵制に変わりましたが、その実は、徴兵制でなくても貧困層からいくらでも志願兵を集められる、と踏んでいたから、ということなのでしょう。数年前に、硫黄島での戦闘を描いた「父親たちの星条旗」という映画がありました。硫黄島での戦いを日本側の視点から描いた「硫黄島からの手紙」とともに話題になりました。太平洋戦争における有数の激戦地であった硫黄島の、すり鉢山山頂を米軍が確保した際、山頂に星条旗を立てるシーンが撮影されて、そこに写っていた6人の兵士たちは一躍英雄に祭り上げられたのですが、6人のうち3人は、硫黄島でのその後の戦闘で戦死、生き残ったのは3人も、あまり幸せな戦後ではなかったようです。特に、先住民出身のアイラ・ヘイズは、過酷な戦場の記憶から精神を病み、酒びたりとなって、硫黄島の戦いからわずか10年後、32歳の若さで、野垂れ死に同然で人生を終えました。あとの2人も、さほど恵まれた戦後ではなかったようです。レイニー・ギャグノンも54歳で死去し、70歳まで生きたジョン・ブラッドリーも、このときの経験を口にすることは一切なかったといいます。積極的に語りたいと思うような経験ではなかった、ということでしょう。映画の中で、英雄ともてはやされている間は、いろいろな人が「退役したらわが社で働いてほしい」みたいなことを言ってきたが、いざ連絡を取ると、全然雇ってくれなかった、というような話をしているシーンがありました。英雄ともてはやされるのは一時、人々は、そんなことはすぐに忘れ去ってしまいますが、人生はその後も長く続きます。まして、英雄にもならなかったその他大勢の兵士は、言わずもがな、でしょう。で、これは米国での話ですが、日本は果たしてどうでしょうか。現役幹部自衛官が激白、貧困家庭を襲う「経済的徴兵」の闇防衛省と財界が手を組み、若者を戦地に送り込む─。そんなおぞましい計画が国会で明らかになった。政府の答弁によれば、13年7月、民間企業の新入社員を自衛隊に2年間入れるという計画案を経済同友会に赴いて説明。この資料には明記されていないが、自衛隊入隊と引き換えに、奨学金(学生ローン)の返済を免除するという“アメ”が用意されている可能性が高い。というのも、奨学金に関する有識者会議で「(延滞者に防衛省で)1年とか2年のインターンシップをやってもらえば」と発言しているからだ。延滞金の大幅減免を求める意見については、「それは難しい」と一蹴した。借金を膨らませて若者を貧困に追いやり、戦場に追い立てようとする腹がすけて見える。もともと経済的困窮を理由に自衛隊を目指す例は少なくない。九州地方のAさん(20)も、その1人だ。防衛大には「9条があるからという前提で、みんな入ってきていた」と振り返る元防大生のAさん学費がタダのうえに月10万円あまりの給料が出るのは魅力だった。「戦争に行くかもしれないなんて思ってもいませんでした。やりたかったのは救助活動です。勧誘に来た担当の自衛官も、“憲法9条があるから戦争に行くことはないよ”と何度も言っていました」入校すると、金持ちの子息はほとんどいなかった。Aさんよりはるかに貧しく、親に仕送りをしている学生もいた。「戦争になるなんて考えの学生は、まずいなかったです。純粋に大学に行きたくて来たという人ばかり」しかしAさんは、先輩たちから陰惨ないじめを受け、精神的苦痛から退校を余儀なくされる。現職幹部の1等空尉・Bさん(50代)は言う。「僕の周りの隊員はみんな辞めたがっています。そして独身者や若い者から次々に辞めています。戦争やるために入った者などいません」しかし、一方で辞められない人たちがいる。「30歳から40代前半の世代で“曹”という階級の隊員。いわば中間管理職のクラスです。家庭がある。住宅ローンもある。自衛隊を辞めても働くところなどありません」経済的理由から辞められない彼らは、“経済的徴兵”されているも同然だというのだ。隊員の間では「もし死んでも住宅ローンは保険で完済される」と、戦死を想定した声も出ているという。もっとも本当に完済されるのかは疑問だ。防衛省共済組合のやっている住宅ローンには、日本生命の団体信用生命保険がついている。しかし保険約款に免責条項がある。4項の「戦乱その他の変乱」がそれだ。(以下略)---日本の自衛隊においても、リクルートの実情は米軍と似たり寄ったりだったわけです。違うのは、日本には憲法第9条があり、自衛隊が実戦に参加したことも、戦死者を出したこともない、という点です。その安心感があるからこそ自衛隊に入った、という人も少なくないようです。しかし、安保法案が通ってしまえば、今後はその点も米国と同様になってしまうでしょう。政府は「戦争法案ではない」などと言っていますが、他ならぬ自衛隊の内部で、この法案が通れば戦死者が出ることを敏感に嗅ぎ取っている人が多いようです。記事で指摘されている住宅ローンの問題くらいは、実際にそういう問題が発生すれば、「鶴の一声」で何とかするのかもしれません。しかし、自衛隊が海外での戦争に派遣されて戦死者続出という事態になったとき、戦死者の遺族も、生還した自衛官も、その後の人生が幸せなものになるとは、とても思えません。
2015.09.09
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菅長官「全国で皆が苦労した」 翁長氏の戦後認識に反論菅義偉官房長官は8日の記者会見で、沖縄県の米軍普天間飛行場の移設問題で翁長知事が「戦後の土地の強制収用が原点」と主張していることについて、「賛同できない。戦後は日本全国、悲惨な中で皆が大変苦労して平和な国を築いた」などと反論した。翁長氏は移設問題をめぐる政府と県の集中協議で、「戦後、普天間の住民がいない間に強制収用されて造られた基地だ。危険になり老朽化したから(代替基地を)出せというのは理不尽だ」などと、政府が進める同県名護市辺野古への移設計画を批判していた。菅氏は会見で、こうした翁長氏の戦後認識に反論したうえで、「沖縄県には米軍基地が非常に多い」とも指摘。今春、米側から西普天間住宅地区が返還されたことなどを挙げ、「努力を一つひとつ積み重ねて沖縄県民の期待に応えたい」と語った。---「戦後は日本全国、悲惨な中で皆が大変苦労して平和な国を築いた」のだそうですが、そういう言い方は問題があるでしょう。確かに戦争によって日本中が悲惨な目にあったのは確かです。しかし、その悲惨な目は全国一律だったわけでもありません。東京も空襲で焼け野原になりましたが(父の生家も、川崎にあった母の生家もともに焼失した)、土地を米軍に取られたわけではありません※。※母の実家の土地は、焼け野原になったあと、一家で疎開していた間に他人がそこに家を建ててしまって、取られてしまったそうです(登記も燃えてしまったために、取り戻せなかったらしい)が、それは個人間の紛争であって、戦勝国に取られたわけではありません激しい地上戦が行われたため、非戦闘員の死者の割合も、非常に高いものがありました。当時沖縄の人口は60万人に達しませんでした(沖縄本島に限れば、更に人口は少ない)。しかし、民間人の死者は公式には9万人以上、実際には15万人とも言われます。更に、軍人の中で沖縄出身者の戦死も2万8千人(こちらは、比較的正確な数字)に登りました。つまり、総人口の5人に1人から、ひょっとすると3人に1人くらいに達します。ごく大雑把に、「県民の4人に1人が犠牲になった」と言われることが多いですが。太平洋戦争の日本の犠牲者は310万人と言われますが、もし沖縄と同じ割合で死者が出ていたとすれば、日本全国で1400万から2300万人になっていたかもしれない(当時の日本の人口は約7000万人)、と言えば、沖縄が受けた被害がいかに巨大であったかは理解できるでしょう。しかも、多くの土地は米軍に接収されたまま現在に至り、また日本本土が戦後の復興を遂げつつある中、高度経済成長期の後半になるまで、沖縄はその本土からは切り離されていました。そういった現実がある中で、「全国で皆が苦労した」などという一般論で、沖縄が置かれてきた境遇を相対化するのは、まったく間違った言い分であるとしか思えません。
2015.09.08
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アンポ法案は「とりま廃案」 中国に利するだけのアンポ反対デモごっこ…安全保障関連法案に反対するデモには中高生も参加しているが、女子高生の掲げるプラカードのうたい文句を読んでみたものの、2年後に還暦を迎える小欄には「???」であった。《とりま廃案》《とりあえず、まあ》を略した“若者言葉”だとか。小欄にとっては「とりま大収穫」となった。法案の中身も知らない人々が、左翼やメディアの「戦争法案」レッテル貼りで、いとも簡単に洗脳されていく…。《とりま》の3文字は、衆愚政治の恐ろしさを図らずも証明した次第。若い世代に限らない。70代女性にデモに加担した理由を尋ねて仰天した。「戦争するって、法案に書いてあるんでしょ?」デモごっこは「利中運動」プロ活動家の暗躍・扇動にもかかわらず、航空写真に映るデモは「お花畑」に見える。「安全保障デモ」なのだから当然だ。国家権力の弾圧がないばかりか、国家権力が「安全」を「保障」してくれる、いわば「半官半民デモ」。従って、肩・ヘソ丸出しのブランド服で着飾る女子大生も安心して参加できる。鐘や太鼓を打ち鳴らし、シュプレヒコールはラップ風、日本屈指のファッションタウン表参道~原宿を練り歩く光景はもはやカーニバル。《60/70年安保闘争》でも、日米安保条約の条文も読んだことのない学生が「アンポ反対!」を流行病(はやりやまい)のように絶叫したが、背後関係はともかく、今次デモは表向き、病にも至らぬ「アンポ反対ごっこ」の様相を呈する。お気楽さは、海外の学生運動と比べれば顕著だ。台湾では2014年、中国と調印した貿易協定に対し、中国の台湾併呑に危機感を抱く学生が決起し、立法院を占拠する《ひまわり運動》に発展。半年後香港では、中国共産党に圧倒的有利な選挙制度に反対する学生が核となり《雨傘革命》が決行された。日本・台湾・香港のデモに共通するキーワードは中国でも、対中スタンスがまるで異なる。台湾・香港は中国支配を嫌う人々による「反中運動」的要素も含む。一方日本のデモは、わが国の領土・領海=資源奪取を狙う中国などに備え、安倍晋三政権が整備を目指す法律群を廃案にせんとするのだから、中国の侵略を手助けする「利中運動」に他ならぬ。法案に断固反対する外国が、中国と北朝鮮のみとの現実も利中運動の傍証だ。日本の左翼は中朝と共闘していることになる。珍妙な「日本市民」たち香港の場合、参加者たちは中国共産党の残忍性を熟知しつつ命懸けで反抗した。自由と民主主義が完全に守られているわが国で、安倍政権より「自由と民主主義を守れ!」と連呼する珍妙な「日本市民」にはこの際、新たな活躍の場を紹介したい。中国。(以下略)---なんというか、安保法案反対デモに対する、凄まじいばかりの敵意だけはよく分かりますが、書いていることが滅茶苦茶すぎて、とてもじゃないけど「新聞」などと呼べるレベルに達していません。アジビラ以外の何者でもない。70代女性にデモに加担した理由を尋ねて仰天した。「戦争するって、法案に書いてあるんでしょ?」というのは、もし事実とすれば確かにいささか誤った認識とは私も思いますけど、野口裕之も他人のことはまったく言えないレベルです。そもそも、「理由を尋ねて仰天した」とは、いかにも自分が現場で聞いたかのような書き方ですが、本当にそうなのでしょうか?確実に証明はできないけれど、産経のこのデモに関する報道はかなり遅く、現場で取材をしたのではなく、Youtubeなどネット上に公開された動画、映像を元に記事を書いているのではないかという疑いを抱いています。だとすれば、当然野口も現場には行っていないでしょう。ま、これについては断定は避けますけど。航空写真に映るデモは「お花畑」に見える。のだそうですが、上空からの航空写真だけでそんな風に見えてしまうというのは、なかなか驚くべき視力と思わざるを得ません。ま、要するに先入観で見ているだけ、ということですが。国家権力の弾圧がないばかりか、国家権力が「安全」を「保障」してくれる、いわば「半官半民デモ」。これもまあ意味不明の書き方です。確かに、日本では言論の自由、集会の自由は保障されています。別に、日本に限らず、民主国家と呼ばれる国々ではいずれも同様です。自由、集会の自由が保障されている環境下でデモを行うと「半官半民デモ」になるという理屈は、まったく理解不能です。その伝でいえば、民主国家におけるすべてのデモ(示威行為)は「半官半民デモ」ということになるでしょう。安保法案反対集会の前日に行われた安保法案賛成デモ(主催者発表で参加者500人)もそうだし、後段で野口が絶賛する台湾の反中国デモだって、台湾は言論の自由集会の自由が認められているので同様です。そもそも、憲法には基本的人権の尊重が謳われているので、国家権力が国民の「安全」を「保障」してくれる、ということもできます。野口理論に基づけば、日本人が生きて呼吸をしているだけで、半官半民の存在、ということになりそうです。要するに、今回の集会を何とか揶揄したいと、その意思だけは分かるのですが、揶揄の仕方がまるっきりお子ちゃまレベルということです。日本のデモは、わが国の領土・領海=資源奪取を狙う中国などに備え、安倍晋三政権が整備を目指す法律群を廃案にせんとするのだから、中国の侵略を手助けする「利中運動」に他ならぬ。安保法制に反対すると、条件反射的に「中国の手先」「韓国の手先」呼ばわりする意見はよく耳にします。単なる論理の貧困さを示しているだけとしか思えません。安保法制とは、集団的自衛権に法律上の根拠を与えるものです。つまり、友好国が攻撃を受けると、それを自国に対する攻撃とみなして反撃することを認める内容です。事実上は、米国が行う戦争に日本が参加することになる。仮に中国が日本を軍事的に攻撃することがあったとして(その可能性は非常に低いと私は思いますが)、それに反撃するのは、個別的自衛権に属する話なのであって、集団的自衛権とは無関係です。「中国の侵略を手助けする利中運動」なんてのは、程度の低い印象操作に過ぎません。自由と民主主義が完全に守られているわが国果たして、日本が自由と民主主義が「完全に」守られているか、他の先進諸国と比較してどうなのかは、いささか疑問の余地ありと思います。中国や北朝鮮よりはマシなレベルであることは確かですが、その程度で「完全に」などと胸を張ってもね。それに間違いなく言えることは、自由と民主主義を維持するためには、不断の努力を要する、ということです。例の「沖縄の新聞をつぶさないと」「マスコミをこらしめる」発言がいみじくも明らかにしたように、政治家は、放っておけば自分にとって気に食わない意見は潰してしまいたい、という欲求がある。あの種の発言は、議員たちの雑談レベルでは日常茶飯事だといいます。中でも、とりわけ現在の安倍政権の取巻き政治家に、そういった傾向が強いように伺われます。だから、ああいう発言が次々と出てくるわけです。もちろん、腹の中で何を考えるのも自由ではありますが、そういう政治家に完全フリーハンドを与えてしまうと、まさしくナチスドイツのようなことになりかねません。そういえば、公然と「ナチスを見習ったらどうか」などと口走ったどこかの元首相(現副総理)もいました。珍妙な「日本市民」にはこの際、新たな活躍の場を紹介したい。中国。まさしく論理もへったくれもない。日本人に生まれた以上、日本国内のこと、日本の政治、日本がこれから進む道に、他国のことよりも関心が強いのは、ごく自然なことです。中国にいろいろな問題があることは事実ですが、それに対して反対したり、中国の政治を変えていくのは、中国人が行うべきことでしょう。まさしく八つ当たり理論というものです。まあしかし、以前の記事にも書きましたが、産経新聞の阿比留瑠比と野口裕之という二大有名人がそろって8.30国会前集会に対して、こんな愚劣な批判記事を書くとは、それだけ安倍礼賛陣営が焦っている、ということですね。
2015.09.07
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昨日は、キラ・ウィルカのライブでした。信濃町のペルー料理店「ティアスサナ」にて、直前にお知らせしたように、超満員でした。幸い、入れずに帰ったお客さんはいなかったようですが。第1部8曲、第2部8曲+アンコール2曲、全18曲演奏しました。これだけの曲数を演奏するのは本当に久しぶりです。いつ以来かなと考えてみたら、2012年4月に同じくティアスサナで演奏したとき以来3年半ぶりです。それ以降は、キラ・ウィルカでも、他のグループでも、一度に10曲以上演奏したことはありません。だいたい、キラ・ウィルカが人前で演奏すること自体、実は2013年秋以来、ほぼ2年ぶりなのです。とりあえず2曲だけYouTubeにアップしました。Jallalla Chuquiago(チュキアゴ万歳)Charla del Jilakara(長老たちの会話)18曲中、ペルーが1曲(コンドルは飛んでいく)、チリが1曲、あとはすべてボリビアの曲という、ひたすらボリビア漬けのライブでした。それにしても、このグループ、私が参加したのは2001年でしたが、グループ自体の結成はその更に数年前で、あと2~3年で結成20年になるそうです。私が入ったときからだって14年経っています。当時は、私も30代前半でしたが、いまや40代後半。担当楽器は、実はいちばん最初はボンボ(太鼓)だったのです。それがだんだん笛の割合が増えて、ほとんど笛担当になりかかったところで、ギター奏者が休業したため、突然ギター担当に。更にギター奏者の復帰→再休業→新しいギター奏者の参加と、メンバーの変動がある度に、私の担当楽器も再び笛→ギター→笛とコロコロ変わりました。要するに穴埋め担当ということで(笑)30代はじめ頃までは、日常練習していなくても、本番の演奏直前に2回くらい練習すれば、ちゃんと笛の音が出たものですが、30代後半から、そうは行かなくなりました。一時期、ケーナの3オクターブがほとんどマトモに音が出なくなってしまったのです。それ以来、毎週音出しをしていないと、すぐに音がおかしくなってしまいます。年齢のせいですかね。もっとも、今は毎週3日は音出しをしている(土日と、平日も何とか1日は練習日を確保)ので、若い頃より音は出ているかもしれません。ちなみに、動画は映像部分をiPad miniで撮影、音声はICレコーダー(音楽用のもの)で録音して、張り合わせています。iPad miniは、音声はモノラル録音なので、そのままの音声では、記録としてはともかく音楽として聞くのはちょっと厳しいです。
2015.09.06
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安倍首相のミヤネ屋生出演に安保委員長が不快感安倍晋三首相は4日、読売テレビの情報番組「情報ライブ ミヤネ屋」に生出演し、「決める時は決めなければならない」と述べ、安保関連法案の今国会中成立に強い意欲を見せた。ゲストが首相の「暴走」に言及すると、「暴走して私がどこへ行くというのか」と反論。自身のヤジに関しては「反省している。穏やかな性格なのですが」と釈明した。首相はこの日、閣議の後空路大阪へ。目的はテレビ出演で、出演後に帰京した。しかし、安保特別委員会の開会日でもあり、同委員会の鴻池祥肇委員長(自民)は理事懇談会で「一国の首相としてどういったものか」と、不快感を表明。野党は「そんなに暇なら委員会に出て答弁すべき」と抗議。8日まで首相が釈明しなければ、9日以降審議に応じない方針。---とうとう、身内である自民党出身の安保特別委員長にまでダメ出しされています。そういえば、先日批判した産経新聞の政治運動屋阿比留瑠比の記事に「国民の負託を受けて議席を得た国会議員がなすべきは、デモに加わり、利用することではなくて審議を尽くすことではないのか。」なんて一節がありました。8.30の集会は日曜日でしたから、当然国会の審議はありません。国会の審議のない日にデモに加わることがどうして悪なのか(そもそも、今審議しているのは参議院であり、社民党吉田党首以外は衆議院議員ですけど)私にはまったてく理解できません。一方、安倍首相は、国会で審議がある平日に、審議に出ずに大阪まで行ってテレビ番組に生出演したわけです。阿比留瑠比の言い分に基づけば、それこそ「国民の負託を受けて議席を得て首相になった者がなすべきは、テレビに出演し、利用することではなくて審議を尽くすことではないのか。」と言うべきなんじゃないですかね。もちろん、彼は安倍の太鼓もちだから、そんなことは口が裂けても言わないことははっきりしてますが。で、私自身はその番組を見ていないので、内容については何ともいえませんが、引用記事によればゲストが首相の「暴走」に言及すると、「暴走して私がどこへ行くというのか」と反論。だそうです。安倍自身はどこにも行かないよ。戦争の命令だけ下して、実際に戦地に行くのは自衛隊員だからね。安倍自身は戦場に行くわけがない。それにしても、先日はフジテレビの番組に出て生肉騒動、今度は読売テレビですか。就任・辞任・総選挙後ならともかく、それ以外のときに特定の局の番組に首相が生出演する、という行為自体、私の知る限りではきわめて異例です。それが2度目ともなると、異例というより異常という感が強くなります。
2015.09.05
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自民総裁選、安倍首相が立候補表明 野田聖子氏も意欲安倍晋三首相は1日、8日に告示される自民党総裁選に立候補する意向を表明した。一方、立候補の可能性を探る野田聖子前総務会長も1日、自らの政治資金パーティーで、論語の一節を引いて「義を見てせざるは勇なきなり」と語り、総裁選出馬に意欲を見せた。今後、野田氏が立候補に必要な推薦人20人を集めることができるかが焦点となる。~総裁選への立候補を正式に表明したのは安倍首相だけ。党内の7派閥はすべて首相支持を打ち出しており、再選される公算が大きい。告示後の9月中旬以降には政権が最優先課題に据える安全保障関連法案の参院採決が控え、首相は同月下旬に国連総会に出席するため訪米する予定。首相をはじめ安倍政権の幹部たちは、無投票による首相再選をねらい、内外の政治課題に集中したいのが本音だ。政府高官は「総裁選をやると、全国遊説から何から、ものすごいエネルギーがいる。ないほうが良いに決まっている」と話す。---産経新聞のような狂信的信者集団は別にして、安倍政権への国民の支持は、たいして高くはありません。調査によっても異なりますが、支持率より不支持率のほうが高いか、せいぜいどっこいどっこい程度です。それにも関わらず、自民党内で安倍に対抗して総裁選に出ようという人が、ほとんどいないというのです。厳密に言うと、出たい気持ちはあっても推薦人の確保に目処が立たないとか、惨敗したらその後の政治的発言力の低下を危惧してとか、要するに安倍を敵に回して勝てる自信がないから出られない、ということでしょう。安倍は、自民党内でそんなに強大な存在なんですかね。そんな中で、野田聖子だけが出馬を模索しているそうです。野田聖子は特に好きな政治家でもなんでもないですけど、少なくとも安倍よりは何割かマシではあるでしょう。でも、何となく結局最後は出馬しない(できない)んじゃないか、という気がします。推薦人になるだけでも、後で報復人事をやられかねないと危惧する議員が尻込みして、推薦人が確保できないんじゃないでしょうか。少なくとも期待はしません。しても裏切られるだけだろうから。もし出馬したら、ちょっとだけ見直しますけど。それにしても、あんな安倍首相に党内誰も逆らわない、というのは、自民党が安倍の金太郎飴集団と化した、ということでしょうか。60年安保のときには、自民党内で安保改定に反対(欠席)した議員も少なからずいました。(必ずしも条約そのものに反対ではなく、強行採決に抗議して、という趣旨だったようですが)自民党は、極右も昔からいたけど、それだけではなく、いろいろな考えの人が集まっていた、それが自民党の懐の深さでもあったわけです。今では、そういう気骨ある議員は、自民党内で村上誠一郎(安保法制に公然と反対を唱えて採決で欠席した)だけになってしまったということでしょうか。ま、そういう政党になった、ということなら、それで構わないんですけどね。どの道支持する気など皆無ですし。
2015.09.04
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国会前デモを礼賛する異様さ 沈黙する多数の安保法案賛成は民意に値しないとは…8月30日に国会周辺で行われた安全保障関連法案に反対するデモでの参加者の演説と、それに対する一部メディアの過剰な反応がさっぱり分からない。主催者発表では約12万人だが、産経新聞の試算では3万2千人程度の参加者にとどまるこのデモが、どうしてそんなに重視されるのか。デモ翌日の31日の在京各紙をみると、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞が1面でデモを取り上げていた。特に東京は1面をデモの記事で埋め尽くしたほか、2面、3面と社会面見開きで大きく紹介している。まるでこの日は、ほかにはろくにニュースがなかったかのようである。もちろん、憲法は集会や表現の自由を保障しているし、デモが意見表明や対象に圧力をかける手段であることも分かる。とはいえ、チベットやウイグルで反中国政府のデモをするのとは異なり、弾圧も粛清も絶対にされない環境でデモをすることが、そんなにもてはやすべきことなのか。~「こんな憲法違反の法案、通すわけにはいかない。これから(国会会期末までの)3週間、さらに力を貸してください」民主党の岡田克也代表はデモでこう呼びかけた。だが、国民の負託を受けて議席を得た国会議員がなすべきは、デモに加わり、利用することではなくて審議を尽くすことではないのか。また、31日付朝日の1面コラム「天声人語」は、憲法学者の樋口陽一氏の「一人ひとりが自分の考えで連帯する、まさに現憲法がうたう個人の尊厳のありようです。憲法が身についている」との言葉を引き、こう締めくくっていた。「民意の力の見せどころが続く」安保関連法案に自分の考えで賛成している国民は、全く眼中にないようだ。デモに参加しないという圧倒的多数派の沈黙の意思表示は、朝日にとっては民意に値しないのだろう。(以下略)---例によって産経新聞の政治運動屋阿比留瑠比の愚論です。先の投稿で示したように、産経新聞の試算は、国会正面の大通りしか人数を数えずに3万2千人と言っているに過ぎません。実際にはその両脇の国会前庭公園(樹木があるので、航空写真では人は写りません)、国会を囲む道路の歩道部分、国交省前、外務省前、国会図書館の先など、はるかに広い場所をデモ隊が埋め尽くしていたのに、その一部だけを数えて「3万2千人」と言っているのだから、話になりません。また、別の切り口から集会参加者数を推計している方がいます。たがや 亮 オフィシャルブログ国会議事堂駅・永田町駅・溜池山王駅・霞ヶ関駅の4駅の合計で、その日改札を出た人の数は87159人、前週8月23日の日曜日は32078人、その差5万5千人も多かった、とのことです。前週8月23日にも、国会前では集会が行われており、主催者発表で1万4000人の参加者がありました。さらに、赤坂見附駅と桜田門駅がこの計算には入っていません(回答してもらえなかったそうです)。私自身は桜田門駅で降車して国会前に向かったので、実感をこめて言いますが、この駅で下車した集会参加者は非常に多かったのです。加えて、日比谷・有楽町方面から歩いて国会前に向かった人も非常に多かったようです。私自身が国会前から日比谷公園に向かったときには、それほど人がいなかったのですが、それはたまたま私が通った時間帯がそうだっただけのようです。もちろん路線バスで来た人もいますし、遠方から貸切バスを仕立ててきた参加者もある程度いたようです。「帰りのバスは何時に出るから」みたいな会話を何回か耳にしたので、おそらく何千人単位でいたのだろうと思います。これらを総合して考えると、集会参加者は最低限前週の集会より5万5千人以上多かったことは事実上証明されたも同然です。つまり産経と警察の数字はウソということです。数字が明確には証明できない部分も考え合わせると、10万人前後の参加者がいたことは、ほぼ確実と思われます。ちなみに、主催者が12万人と発表した根拠は、当日10万万用意したチラシが全部はけた時間帯からの算定、ということだそうです。ちなみに、私は2時前には現地に着いたにもかかわらず、そのチラシは受け取っていません。たぶん、チラシの配布自体その場所では行っていなかったのだろうと思います。だから、チラシを受け取らなかった人は相当多いだろうと思います。もっとも、逆に1人で2枚以上受け取った人もいるかもしれませんが。で、この集会に対して阿比留瑠比は、「それに対する一部メディアの過剰な反応がさっぱり分からない」のだそうです。ひとことで言って、「馬っ鹿じゃねーの?」と思います。各新聞の主義主張は様々なんだから、寄って立つ主張が異なる相手の反応が自分と異なるのは当たり前のことです。端的に言って、私には、阿比留や産経がなぜあそこまで安倍を持ち上げるのか、理解できません。理解はできませんが、そういう主義主張もあるんだから、彼らが自分たちの主義に従って、紙面を安倍礼賛記事で埋め尽くすのは、彼らの勝手です。もちろん、そんなものに賛成はしませんし、そんな新聞を金を払って購入する気はさらさらありませんが、少なくとも「産経新聞が安保法案に反対しないのはけしからぬ」などと言ったって仕方がない。ところが阿比留は、他紙が自分と同じ価値観、同じ反応を示さないこと自体が許せないようなんですね。つまり、多様な意見というものを認められない人、というわけです。>まるでこの日は、ほかにはろくにニュースがなかったかのようである。日曜日ですから、そんなにニュース満載というわけじゃなかったでしょうね。>弾圧も粛清も絶対にされない環境でデモをすることが、そんなにもてはやすべきことなのかそもそも、今現在はともかく、将来にわたって弾圧も粛清も絶対にないという保障はないと思うんですけどね。仮にそういう保障があったとしても、もてはやすべきことです。私はそう思うし、朝日・毎日・東京の各紙の記者・編集者もそう思ったのでしょう。>安保関連法案に自分の考えで賛成している国民は、全く眼中にないようだ。デモに参加しないという圧倒的多数派の沈黙の意思表示確かに、全国民の中で見れば、集会に参加した12万人は、ごくわずかではあるでしょう。しかし、世論調査によれば、おおむね安保法案に対しては反対多数です。つまり、デモに参加しなかった人の中でも、安保法案に反対、少なくとも賛成ではない人は多数を占めています。で、どのみち、産経新聞だって、例え世論調査で安保法案に反対多数でも、「安保関連法案に自分の考えで反対している国民は、全く眼中にない」でしょう。だいたい、そういうときに産経とか右派陣営が持ち出すせりふは「大衆迎合主義」とかいうやつです。まあ、相変わらずのろくでもない記事ですけれど、考えてみると、この種の集会に対して右派陣営がここまで執拗に攻撃するのは、それだけ彼らも焦っている、ということなのでしょう。もし、たいした影響力のない集会だったら、産経はその存在自体を無視したでしょう。前日の8月29日には、安保法制賛成派のデモがあったそうですが、その参加者数は主催者発表で500人ですから、規模が2桁か3桁違います。脅威だと思っているんでしょうね、だから必死で矮小化しつつ攻撃するのでしょう。参考までに、桜田門駅の出口の様子、国交省前の混雑ぶり、国会前庭公園内の様子も撮影しているので、アップします。桜田門駅の国交省側出口を出たところです。歩道はぎゅうぎゅうの超満員です。桜田門駅立体図この2番出口を出たところです。1番出口は警察が封鎖していました。国会前庭公園北側です。前庭公園入口。以下は集会当日すでにアップした写真ですがこれも前庭公園内(もっとも国会寄りの場所)これほどの人が、前庭公園(北側)にもいました。南側もほぼ同様でした。国交省前も、大変な人の数でした。日比谷公園から国会前まで、高さ5メートルからの撮影だそうです。1脚(そんな長い1脚があるかな?)か旗ざおか物干し竿にカメラを固定して撮影したのでしょうか。これを見ると、日比谷公園周辺にもものすごい人数が集まっていたことが分かります。
2015.09.03
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ライチョウに新たな天敵…ニホンザルがヒナ捕食国の特別天然記念物・ライチョウを研究している信州大名誉教授(鳥類生態学)の中村浩志さんが31日、長野県の北アルプスで実施した生息調査で、ニホンザルがライチョウのヒナを襲い、捕食していることを確認したと発表した。中村さんは「ニホンザルによる捕食がライチョウの減少に拍車をかけている可能性がある。早急な対策が必要」と指摘している。中村さんによると、ニホンザルによる捕食の可能性は以前から指摘されていたが、研究者レベルで確認されたのは初めて。中村さんは8月25日、北アルプス・東天井岳の山頂付近(標高約2800m)でライチョウの生息数や巣の分布を調査中、20匹以上のニホンザルの群れを発見。そのうち1匹が、近くにいたライチョウのヒナを捕まえ、食べるのを目撃した。---十数年前から、高山帯におけるニホンジカの食害が問題になってきました。本来高山帯を住処にしていなかったニホンジカが、近年高山帯に頻繁に姿を現すようになり、高山植物を食い荒らすようになってきているのです。そのため、シカが好まないマルハダケブキとか、有毒のトリカブトなどを除いて、高山植物のお花畑が壊滅する例が、特に南アルプスで顕著になっています。いや、高山帯に限らず、神奈川県の丹沢(最高峰蛭ヶ岳でも1600mあまりに過ぎない)でも、シカの食害はかなり目立ってきています。丹沢では、樹木の皮を剥いでしまうことによる枯死、実生を食べてしまうことによって、跡継ぎの木が育たない、といった問題が生じています。紀伊半島の大台ケ原とか、北海道など各所で同様の問題が生じています。そのため、今は多くの山で鹿の侵入を防ぐフェンスが設置されています。そうなった直接的な原因は、シカの数が増えすぎていることにあると思われます。シカがなぜ増えすぎたかというと、ニホンオオカミの絶滅による捕食圧の減少と、ハンターの減少による狩猟圧の減少が原因ではないかと思います。で、サルの場合はどうなのでしょうか。ニホンザルによる様々な被害(主に人間との軋轢)は近年増えているように報じられています。やはり個体数が増加しているのでしょうか。そうかも知れません。そういえば、上高地(海抜1500m)にはサルがいますが、気のせいか以前より最近のほうが上高地でサルに遭遇頻度は増えたように感じます。サルの場合は、頭が良いだけに、「そこにおいしい食べ物がある」と知ってしまうと、排除するのはシカより大変そうです。鹿避けのフェンスは、おそらく相手がサルではほとんど効果を発揮できないでしょう。そうすると、あとは駆除しかありませんが、高山帯(たいていの場合は国立公園であり、また登山者も多い)でサルでもシカでも、駆除(つまり射殺)というのは、法的にも安全面でも、また後始末の面(1頭2頭ならともかく、何十頭もの射殺体を放置しておくわけにも行かない)、そもそもハンターが減っている現状などから、どうもあまり実現性はなさそうです。もっとも、客観的に考えると、高山帯はサルにとって、あまりおいしい場所ではなさそうに思うのですが、それでも来るのは、やはり数が増えて居場所がなくなってきたから、ということなのかもしれません。
2015.09.02
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東京五輪エンブレム取り下げ 組織委、新たに公募へデザイナーの佐野研二郎氏が制作した2020年東京五輪・パラリンピックのエンブレムについて、大会組織委員会は1日、使用を中止して取り下げることを決めた。この問題では、エンブレムが盗作ではないかとする声や、無断転用した画像で使用イメージ図を作製したのではないかとの指摘が相次いでいた。組織委は新しいエンブレムを公募して選ぶ方針だ。整備計画がいったん白紙撤回された新国立競技場に続き、大会の象徴的存在が再び取り下げられる異例の事態となった。組織委の武藤敏郎事務総長は記者会見で、「佐野氏は使用イメージ画像の無断転用は認めたが、エンブレムの模倣は否定している。組織委も盗作とは考えていないが、今や一般国民の理解を得られなくなった」と使用中止を決めた理由を述べた。(以下略)---少し前に、当ブログでも、遅ればせながらこのエンブレム問題を取り上げました。出来レースにもほどがあるただ、ネット上で検索した限りは、ですけど、ベルギーの劇場ロゴマヘクの著作権侵害が司法の場で認められる可能性は低い、と多くの専門家は見ているようです。もっとも、日本の判例ではそうでも、今回の件はスイスで裁判を起こしているようなので、スイスで判例ではどうなのか、というのは若干気になるところではありますけど。いずれにしても、司法の場では勝てるにしても、誰がどう見たって模倣であることが歴然としているエンブレムを、これ以上使い続けることはマイナスイメージが大きすぎると判断したのでしょう。その判断は正しい、けど、遅すぎたと思います。都、すでに4600万円分発注…肩落とす職員ら都庁では1日午後1時前、テレビでエンブレムの使用中止方針を伝える速報が流れると、幹部職員らがテレビの前に集まり、「本当なのか」「今後はどうなるのか」などと不安そうに画面を眺めていた。都庁本庁舎入り口などにはエンブレムが入ったポスターが掲げられ、名刺にエンブレムを印刷して東京五輪をPRする職員もいた。都によると、これまでポスターやのぼり旗などで約4600万円分の発注を終えているという。(以下略)---このエンブレムは、すでにポスターなどで各所に使われています。その印刷費として、なんと4600万円もかかっていると。盗作の可能性が指摘されたのが7月中だし、そもそも原案の段階では別の作品に酷似していることを審査委員会は認識していたにもかかわらず、エンブレム変更という結論を先延ばしにした挙句、ポスターなどを大量に刷ってしまった後で撤回というのだから、遅きに失したというしかないでしょう。その4600万円は東京都の予算から払うんでしょうか。佐野氏の事務所か審査委員会に請求してほしいと思うんですけどねえ。で、新たに公募するのだそうです。何故でしょうか。先の記事に引用しましたが、審査委員によれば、エンブレムの公募には「日本のこれというグラフィックデザイナーはほとんど参加してくれた。」のだそうです。ということは、他に優れた作品はいっぱいあったはずですが、そこから選びなおすという発想はないのでしょうか。まあ、スタジアムの建設ほど時間を要するものではないでしょうから、まだ時間は充分にあるんでしょうけど。それにしても、スタジアム建設問題にしても、エンブレムの問題にしても、このオリンピックは、印象がよろしくないですねえ。スタジアムの建設問題も、総工費1550億で決着と報じられて、さも大幅に工費が減ったように見えますけど、それは2500億とか3000億とかいう、非常識なとんでもない数字と比べるから、まるで減ったように見えるけど、当初の想定は1300億で、その数字自体が過去のオリンピック・スタジアムの工費から見てとんでもなく高いのだから、1550億はとてつもなく高い額であることにかわりはありません。既存のスタジアムを使えばいいと思うのに、そういう選択肢は一切出てこないのは、それでは建設業界が潤わず、自民党にリベートが来ないかななのか、と勘ぐりたくなってしまいます。
2015.09.01
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