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2017年11月29日
森雅裕『あした、カルメン通りで』(十一月廿六日)
この辺のずるずる遅れたようにみえる刊行日を考えると、『歩くと星がこわれる』で描かれたデビュー作の刊行の遅れは、『画狂人ラプソディ』でも『モーツァルトは子守唄を歌わない』でもなく、この『あした、カルメン通りで』の刊行の経緯を描いたものではないかとも思われてくる。たしか、ゴールデンウィークが挟まって、担当の編集者が休みを取ったせいで、刊行がさらに遅れたという描写があったはずである。あとがきの日付が4月5日になっているところに、著者の無念を感じるのは間違っているだろうか。
それは、『椿姫を見ませんか』では江口寿史が表紙絵を担当していたのに、同シーリーズでありながら、くぼた尚子に変わっているというところにも伺える。一冊目は何とかうまくいったけど、二冊目は喧嘩別れに終わって別の漫画家にお願いしたということだろうか。シリーズ三冊目の『蝶々夫人に赤い靴』でも、版元が代わったにもかかわらず、表紙絵はくぼた尚子が担当している。
またあとがきに、何人もの協力者に謝礼を述べているのだが、その中に、「様々な調べものでは中央公論社の新名新さんに協力を仰いだ」というのがある。すでに中公から本を出すようになっていたとはいえ、講談社から出した本のあとがきに同業他社の編集者への謝辞を入れるというのも、普通のことではない。講談社の編集部との関係はますます拗れていたといってもよさそうである。
今となってははっきりとは思い出せないのだが、たしか80年代末に大学への進学で東京に出て、神保町の東京堂書店か書泉で森雅裕のコーナーを発見して森雅裕を再発見したのである。そこに並んでいただろう『椿姫を見ませんか』『あした、カルメン通りで』『マン島物語』など数冊の森雅裕の本のうち、どれを最初に購入したのだったか。森雅裕は推理作家だという思い込みから、バイク小説の『マン島物語』は後回しにしたのは確かなのだが……。90年になってからだったかなあ。
とにかく『あした、カルメン通りで』が、大学に入って読んだ森雅裕作品の最初の一冊目か二冊目であることは確実である。カバーは白い半透明の紙に書名と著者名しか書かれておらず、表紙絵は単行本本体の表紙に描かれて、透けて見えるというこり過ぎた装丁のこの本、表紙の紙がパリパリで持ち歩いているうちにぼろぼろになって、思わず二冊目を購入してしまったんじゃなかったか。それとも二冊目を買ったのは、なくなる前に確保するためだっただろうか。保存用なんてことにはしないで二冊とも普通に読んでいたし、必要があれば貸し出しもしていたけど。
『椿姫を見ませんか』で一部に熱狂的なファンを生み出した鮎村尋深と森泉音彦のコンビの再登場である。舞台は東京の私立の芸術大から、北海道大学に移る。これはマリア・カラスの来日の際の謎に迫るという内容からの要請であろう。カラスの生涯最後の公演の舞台が札幌の厚生年金会館だったというし。
物語は大学院を出て北大で日本画の講師をしている音彦のもとに、欧米でオペラ歌手として活躍をし始めた鮎村尋深が現れるところから始まる。出会うばしょは北大ではなく、厚生年金会館の近くの路上で、鮎村尋深には故障したアルファロメオというお供がついていたけれども。この話にも、森雅裕お得意の音楽、絵画、そして今回はバイクではなく外車が登場する。
多分、推理小説として考えると、人は死なないし、謎がいまいちよくわからないし、解決されたのかされないのかよくわからないまま放り出されるところがあって、それほど出来のいい作品ではないのかもしれない。その分は、件の二人はもちろん、鮎村尋深の師匠の老齢の音楽家ミルクールや、音彦の教え子の女子大生など、一癖も二癖もある登場人物たちの掛け合いが楽しませてくれる。
恐らく、推理小説を書かせたい出版社と、殺人事件にしたくない著者との間に葛藤があり、その妥協の産物が有名オペラ歌手の死の謎ということだったのだろう。著者もあとがきで書いているが実在の偉大なオペラ歌手マリア・カラスを直接題材にしたために、歯切れが悪くなった部分もあるようだ。
しかし、推理小説として読まなければ、謎を解ききれないまま、はっきりとこうだったのだという結論が出ないまま物語が終わるのは、余情があって悪くない。人の人生だってはっきりと結論の出ることは多くないし、なんてことをこの本を読んで考えたのだったかな。森雅裕の作品には、ジャンルわけが難しい作品が多いけれども、これもそうかなあ。一応推理小説の枠なんだろうけど、枠の外に出たがっているような印象を受けてしまう。
文庫化もされていて、絶対に持っていたはずなのだけど、現在手元にない。解説が結構面白かったような記憶があるので、読み返したいのだけど。今更買うわけにもいかんしなあ。
2017年11月27日25時。