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サンデルとかいう哲学によりカネをかせぐ人間の講義が話題になり、哲学が巷を賑わせているようであるが、幸いながら、講義を聴いたことはないが、学生と対話する授業が斬新なのかもしれないが、それが哲学だとはどうも思えない。 そこで、私が現段階で現代人に相応しいものと考える哲学を、サンデルなる者に対するアンチテーゼとして、この際、述べてみたい。 そもそも哲学でカネを稼ぐことなど、哲学者にあるまじき態度といえるからでもある。 学問で生計を立てることぐらい疾しいものはないと思う。 本来、自分に起こる問題は、自分で解決できるように、神様が予め想定し、人生の機会として与えてくださっているのであるから、自分で解決せずに、誰かに解決してもらおうという疾しい精神を誇大させようとする存在は、人生に対して真剣に生きないことを助長し、精神の堕落を増大させる誘因を与えていることを物語るものであるからである。 自分でない他人、まして専門家などは、所詮他人にすぎず、まるであてにならないではないか? 権威に媚びるな、なぜ、自力で解決しようとしない。自分故の問題なのだから、解答は自分のなかにある。それを見つけるのが哲学である。哲学者に聴くのは哲学ではなく、猿真似である。 天は自ら助ける者を助ける さて、サンデルなる者や、現代の哲学者に近いと常識として思われている学者なる職業に就く人間は、単なる逃げ道や逃げ口上を探しているだけにすぎないと思われる。 つまり、学問という仮面を被った欲望の奴隷にすぎない。 そこで、このような現代人特有の思い上がった堕落精神に対して、その正反対の、対極に存在するのが、哲学者ディオゲネスで、その人生を紹介することで、現代の哲学と呼ばれる猿真似に対する常識を根底から破壊したいように思う。 ディオゲネスという人物は、以下のホームページをみるとよくわかるだろう。 http://www.owari.ne.jp/~fukuzawa/diogenesu.htm 『彼はあるとき、「国に広く流通しているものを変えるのがおまえの使命である」という神託を受けた。』 この情報が本当だとするなら、当初、ディオゲネスは、恐らく裕福な両替商の息子として生まれた自分の境遇を鑑みて、「国に広く流通しているもの」を貨幣と捉え、贋金をつくったようである。 彼は神託通り、贋金をつくるのが目的ではなく、流通しているものを変えることが目的だったわけで、贋金と断定された時点で、その目的は失敗に終わったといえる。 この行為のため、両替商という身や財産を没収され、追放されるが、仏教でいういわば出家の身となり、ディオゲネスを哲学に近づけることになる。 金持ちが天国に行くには、駱駝が針の穴を通るより困難である。 続けて、奴隷商人に、奴隷として売られるが、奴隷商人を驚かせる発言をする。 『人間はだれも何者かの奴隷になっている。とくに自分の欲望の奴隷になっている。欲望こそが人間の主人なのだ。欲望にあやつられて動く人間は、みんな奴隷である。 私もまた欲望を持っているが、欲望に支配されることはない。どうしてかといえば、私は欲望よりももっとすばらしいもの、もっと強力でよろこばしいもの、すなわち真理に従って生きる道を知っているからである。真理に従っているかぎり、私は私の主人である。そして私は神々のように幸福である。 真理こそはすべての支配者である。しかし、人々はその存在すら知ろうとしない。したがって、真理の存在を知っている私は自分自身の主人である。そして真理を知っていることで、他人をも支配することができる。なぜなら、自分を支配することができる人間だけが、他人から自由であり、他人をも自由にできるからである。』 この発言を聞いていたクセニアデスという富豪に身を買われ、家庭教師として活躍し、奴隷の身から解放される。 自由の身になってアテネに行ったディオゲネスは、そこで、ソクラテスの弟子のアンティステネスという哲学者に遭遇し、弟子になることを希望する。 アンティステネスは、ディオゲネスを弟子にすることを嫌がり、拒み続け、棒で殴ったという。 その際、ディオゲネスは、たとえ棒で殴られようとも、弟子になろうとする精神は少しも破壊されないと言ったので、弟子にしたという。 『アンティステネスがソクラテスから学んだことは、「物欲にふりまわされてはいけない。そうしたものを捨て去り、精神を鍛えて、魂のためにだけ生きなければいけない」ということだった。アンティステネスはこのソクラテスの教えを実践することこそが哲学者の正しいあり方だと考えた。 また、ソクラテスから学んだことは、「幸福になるには徳だけで足りる」ということだった。彼はそのために困苦に堪え、ソクラテス的な克己心を鍛えた。杖と頭陀袋の他は持たず、上着を二重に折って下着の兼用としたという。 彼自身はあまり弟子をもたなかった。彼の生き方があまりに厳しかったからだ。なぜ弟子に厳しくするのかと聞かれて、「医者だって患者にはそうしているよ」と答えた。彼はデイオゲネスにも下着を許さなかった。 アンティステネスの偉いところは、ただそう考えただけではなく、そうした生活を自ら実践してみせたことである。彼は財産を捨て、粗末な身なりをして街に現れ、人々にそうした簡素な生き方のすばらしさを説いた。ディオゲネスはアンティステネスのなかに真の哲学者のあるべき姿を見た。そして彼も又アンティステネスのような生活をはじめた。 ディオゲネスはこうして野良犬のような生活をしながら、アテネの市民たちが所有する奴隷の数で他人を評価し、お互いの富を競い合うのを皮肉な目で見ていた。祭壇に生け贄を捧げ、その後に御馳走をたらふく食べて健康を害しているのを愚かなことだと思った。 「健康を祈って生け贄をささげておきながら、健康を害するほどの御馳走を食べている。人間が生きていくための糧は神々から容易に授けられているのに、そのことが見えなくなってしまったのは、人々が蜂蜜入りの菓子だとか、香油だとか、その他そういった類のものをほしがるからだ」 「競争の際には、隣の人を肘で突いたりして互いに競い合うのに、立派な善い人間になることについては、誰ひとり競い合おうとする者はいない」』 アンティステネスは哲学を以下のように考えていたという。 「哲学から得られるものは、自分自身と交際する能力だ」 対して、弟子のディオゲネスは、哲学を以下のように考えていたという。 「哲学から何が得られたかって。それはたとえどんな運命に対しても心構えができているということだろうね。」 この2人から哲学とはどういうものかと考えるなら、 「自分の人生に起こる問題は、自分のなかに解答が隠されている。解答を見つけるのが哲学の役割である。」 というところだと思う。 どんな人間もこの宇宙の一つである。宇宙のなかの一つなのだから、宇宙である。つまり、あなたの問題は、宇宙の問題でもあるし、宇宙の問題は、あなたの問題でもある。 だから、どの段階で、問題の解決を図るのかが、あなたの役割である。 あなたが生じさせた問題なら、あなたのなかで問題となる段階において解決を図るのがよい。問題を先送りしたり、他人任せにせず、複雑化させないことが重要である。 問題を速やかに解決するのに必要なのが哲学である。問題を問題としないために哲学はあると思う。 だから、哲学は、問題を提起することでは断じてない! むしろ、問題を議論することは野暮なことで恥じるべきである。人知れず、解決するのが哲学者、すなわち、真なる賢者の態度であろう。ましてや、カネをかせぐなどはもってのほかといえるだろう。 あなたの常識は、あなたの欲望を表現したものにすぎない!! 汝を、汝の欲望から解放するのは、汝自身にある。 だから、「汝自身を知れ!」という主題が、古代ギリシアの学院に掲げられたのである。 そして、ディオゲネスの神託であるが、すなわち「国に広く流通しているものを変えるのがお前の使命である」というものだが、それはつまり、当時の人間の生活態度であったわけだが、当時の人々を、貧しきなかでも幸いなる犬のような生活へと、結局、変えることはできなかった。 しかし、現代はどうだろうか? 現代こそ、ディオゲネスの神託が有効になる時代ではないだろうか? 「国に広く流通しているもの」とは、人間の常識、つまり意識にある。 人間の進化は、外の生活態度にあるのではなく、生活態度を通して、徳性を身につけ、魂を磨くことにある。 つまり、魂の内なる問題にある。 魂のなかの垢、つまり精神のなかの歪み、欲望を是正することなのではないか? つまり、外を通じて、内に反映させることにある。 ディオゲネスへの神託が有効となる時代は、正に現代だと思われる。意識を変えるべき変革の時代が到来しているように思われる。
2010年12月22日
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しかし、国政をなんだと思っているのだろうか? 政治については語るのをやめてきたが、あまりに酷いので、いい加減堪忍袋の緒が切れた。 小沢問題よりも景気雇用対策、領土外交問題が重要なのは、日本人なら誰でも知っていることだが、政治家たちは自分たちの権力しか頭にないので、わからないようである。 ともかく、小沢問題は、問題を炊きつけているマスコミが一番悪いと思う。 小沢を離党させたからといって、もはや一連の不祥事や官僚のいいなりで、無能だとわかった菅政権の評価があがるわけがない。国民は真剣に怒り始めた! 正直、政権交代は失敗だったと思いはじめ、菅なら麻生の方がまだよかったと、庶民、国民は思い始めている。 そもそも、菅を選んだのは、マスコミである。 「総理大臣がコロコロとかわるのはみっともない」という馬鹿な論理をもちだして、小沢じゃ選挙で戦えないと地方の民主党の票を集めたのが仙石である。 その仙石はあまりにも独断専行が強く、野党の不評を買い、国会で問責決議を受けた。 全く先がみえていないのはどういうことだろう。 実際、菅-岡田では連戦連敗である。まるで素人同然で、この無能2人に、前原が加わって、尖閣問題が浮上した。 大臣職を引き継いだ馬淵が問責というより尖閣問題当時の前原が問責をとるべきだろう。 前原という人は、過去のメール偽証問題で、離党していても不思議でない人物であるが、アメリカとのコネがあるのか、民主党にいられる神経が不思議である。就任早々ヤンバダム問題を起こし、尖閣問題で2度目であるから、自民党全盛期だったら、とうに大臣辞任で、離党勧告が出ていただろう。 とにかく、マスコミが権力をもちすぎた! 日本が没落したのは、小泉-竹中政権のせいである。歴史を検証すればすぐにわかる。急激な規制緩和のせいで、日本経済が外資参入に対して、防御ができなくなったのである。 日本の円が、米国に買われ、投資欲を生み、バブルとなって破滅しかえってリーマンショックのようなモラルハザードを起こし、経済体制を根底から崩壊させた。 急激な規制緩和は双方共に大打撃を受けるということがわかったはずである。 資本社会では、自由競争がいいといいながら、マスコミが自由競争からはずれているのはおかしい。マスコミにも新規参入や自由競争を導入し、政府の単なる広告機関は淘汰すべきである。 その証拠に、マスコミのせいで、小泉政権ができ、マスコミのせいで菅が総理を続け、マスコミのせいで、国民不在の小沢問題という権力闘争が起きている。 マスコミの不公正で、日和見な報道をなんとかしないとダメだろう。 とにかく、やるべきことは景気雇用対策、金融財政改革だろう。
2010年12月21日
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歴史的に、世界の南に向かって、現代の当たり前な、無味乾燥の散文的な知性を伴って、歴史的出来事の生成を見ていくことも許容されるだろうが、東に向かっては許容できない。というのも、東側(アジア)を見るとき、イマジネーション(霊視)「夢の覚醒意識」のなかで、見なければならないからである。 アジアの背景にある古代アトランティス後の太古アジアの力強い秘儀のエフェソスの神殿を見なければならない。アジアでは、祭司、つまり賢者たちが、弟子の1人1人に、宇宙の神-霊的な存在との関連を明らかにし、この講義において描写したような、ギルガメッシュの時代に受け入れることができたような叡智の文明が存在していたからである。 更には、この驚くべき神殿(エフェソス)がアジア中に拡散された様子を観ると同時に、アジア中に拡散された神殿のなかで、色褪せてしまった多くの叡智をまだ維持しながら、既にギリシア精神のなかに移行していたエフェソスがいかに中心になっているか、を見なければならない。 (エフェソスという言葉の発音は、日本語でいえば、「おへそ」の発音に似ている。胎児は母胎にいるとき、臍から養分を吸収する。まるで、古代人が、エフェソスから、宇宙の叡智を吸収するのと同じである。 最近では、臍の緒の血液から、再生医療が行われている。また臍の緒に関する風習、特に日本の臍の尾を桐箱に入れ取っておく習慣は、意味深い。恐らく、エフェソス「おへそ」神殿の歴史が、日本の風習に形骸化したのだろう。 臍の緒に関する質問 http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/031212hombri.html) アレクサンダーの遠征により、現代人はもはや、エフェソスで神々の啓示を受け取るために、古代東洋のように、星位や季節の到来を待つ必要はなく、黙想をすれば、人格的な成熟に至ったとき(徳性を増したとき)に、供犠を捧げることで、神々に近づくことができ、神々の恩寵の豊さが、人間のところにやってくる。 そして、人智学徒は、このようなイメージ(光景)により再現される世界、すなわちヘラクレイトスの時代に、講義で述べた人物たちが準備されていたのがわかり、[紀元前]356年、アレクサンダー大王の誕生した日に、エフェソスの神殿から火炎が燃え上がる意味がわかる。 アレクサンダーは(天から)生まれ落ち、師アリストテレスを見つける。そして、天へと昇っていくエフェソスの火炎から、この出来事を理解できる人々にとっては、次のような言葉が響いてくるかのように聞こえる。 「太古の物質的なエフェソスが、中心中核として記憶のなかに存在できる場所に、永遠なる霊的なエフェソスを建設する。」 以下のように秘儀の地(エフェソス)にあった、この古代アジアのイメージ(光景)が霊視できる。 前景に燃え上がるエフェソスやその弟子たちがいて、ほぼ同時期より少し後に、人類の進化のなかで、古代ギリシアが与えることのできた叡智を、アジアにもたらしたアレクサンダーの遠征が見える。そしてその結果、アジアが内実としてなくしてしまった叡智が、再び像として、アジアに到来した、という光景である。 そしてまた、霊視により、遥か彼方を見晴らせば、そこには、巨大な存在として生きる存在により、イマジネーション(霊視)に翼が与えられ、イマジネーション(霊視)的に捉えるべき歴史における真の太古の叡智の断絶(隠蔽)に遭遇する。 そのときはじめて、ローマの世界や中世の世界、いわゆる現代の人間にまで継続する世界が、前面に上昇してくるのが見える。歴史上の時代区分(古代、中世、近世他と、歴史上の区分と称している出来事の基点)は、根本的に、誤った観念や幻想しか呼び起こさない。 この講義により、魂の前にイメージとして浮かびあがらせた、このイメージ(光景)だけが、このイメージを益々深く追求していくのなら、今日に至るまでの、ヨーロッパの歴史的出来事の生成のなかに生じている秘密についても、真の展望を、与えてくれるだろう。この真の展望については第6講で更に続ける。
2010年12月18日
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学院でなされた前回述べた出来事は、先進した波と、残存した波が相互に働きかけあうものだった。 この相互作用により、多少とも無意識にせよ、実際、ある意味、古代ギリシアではアーリマン的な先進した形の文明生活の波の到達と、彼方のアジアでは、ルシファー的な形で残存し、残された文明生活の波の到達との、エフェソスにおける、[両者の]調停という使命が必要になった。 (エフェソスは、太古の叡智を形骸化した遅れた文化と、太古の叡智を占有した進みすぎた文化を調停し統合していたようである。) そして、アレクサンダーは、彼の誕生日に、エフェソスが物質的に崩壊してしまった為に、東洋と西洋を照らすような太陽光をもつ霊的なエフェソスを建設しようとした。深い意味でアレクサンダーの意図の根底に存在した構想は、西南アジアを通ってインドの内部まで届く光と、アフリカのエジプトを通って、東ヨーロッパまで届く光をもつ霊的なエフェソスを建設することだった。 この背景を知らないと、西洋での、人類の歴史上の進化を理解できない。というのも、このような出来事が起こった直後に、太古の由緒あるエフェソスの叡智を広範囲に拡げようとする試みが行われた後、結果として、エジプトのアレクサンドリアにおいて、歪んだ写字の形だが、かつてのエフェソスにおいて、叡智を広く行き渡らせる輝く文字が保存されたからである。 そして、このエフェソスにあった遅咲きの花が咲き誇った後、西洋の彼方では、全く別世界であるローマの精神が勃興していた。ローマの精神は、もはやギリシアの影像とは関わりなく、人間の本質のなかには、太古の時代への追憶だけしか残されていないローマの精神が起こった。 従って、歴史上、研究すべき最重要な転換期は、エフェソスの火災の後、アレクサンダーによって霊的なエフェソスが建設されたときにあたり、この霊的なエフェソスはその後、最初はローマの精神に、次いでキリスト教他の、更に西側で勃興していく(アーリマン的な)精神により、西洋から押し戻される。 (恐らく、このアーリマン的精神を現在に受け継ぐのが米国の精神であろう。また、アジアで形骸化し、遅れたルシファー的精神を現在に受け継ぐのが中国「中華」の精神であろう。 日本は、その調停を果たすべき地理的に絶好の位置にある。日本に、アレクサンダーのような存在が現れるように思える。恐らく、個人的には、皇室なのではないか?と思っている。 大和の精神とは、調停の精神なのではないか? 「調停『ちょうてい』」は、「朝廷」と読める。もう1つの極となるのは、やはりパレスチナ地帯であろう。 私的な感想だが、地球を人間の脳とするなら、右脳の中心が日本で、左脳の中心がパレスチナのような感じがする。) 人類の進化は、次のような結論に達するときにだけ理解できる。 「知性で理解し、意志から働きかける現代人の意識で、心情気分を持ったまま、古代ローマを振り返ってみることはできる。現代人の(覚醒)意識から、古代ローマ全てを理解できる。 しかし、古代ギリシアや古代東洋を、(現代人の意識から)振り返ってみることはできない。その場合、イマジネーション(霊視、心眼)「夢の覚醒意識」のなかで見なければならない。そのためには、霊能力が不可欠である。」 (古来、日本では、神道や仏教が盛んなのは、霊能力を身につける訓練が盛んだったのだろう。日本の文化や風習には、霊能力獲得法、つまり秘儀参入法に近いものが沢山残っている。 例えば、葬式の寝ずの番などが、それである。また、皇室が残っているのは、将来に対しての調停を果たす役割を秘儀参入者たちが予測していたのかもしれない。)
2010年12月18日
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さて、ギルガメッシュという人物の性格(ギルガメッシュの時代として既に述べたが)を思い浮かべ、更に熟考すれば、アレクサンダーとアリストテレスとの活力ある交流のなかで、古代東洋(イシュタル)とエフェソスに結びついていた叡智が復元され、新たな形をとって再生されたことがわかる。 この事実をイメージして欲しい。この両者の魂のなかで途方もない強度をもって生きた巨大な記録であるエフェソスの秘儀が、この両者の魂のなかに存在していなかったら、つまりアレクサンダーとしての受肉において、アレクサンダーがエフェソスの秘儀に遭遇していなかったら、どういうことになったか! この仮定をイメージし、更に、アレクサンダーが生まれた日に、ヘロストラトスが、燃える松明を、エフェソスの聖域に投げ込み、そのためエフェソスのディアナ神殿は、アレクサンダーの生まれた日に、冒涜者の手によって燃え尽きた、という事実を正しく評価しなければならない。 ヘロストラトス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%88%E3%82%B9 記念碑的な記録と結びついていた叡智は、アレクサンダーから失われた。地上の記録はなくなり、結局、ただ歴史的使命として、アレクサンダーの魂とその師アリストテレスの魂のなかに、残された叡智だけとなった。 さてここで、彼らのなかで、魂として生きた叡智を、第4講において大地の方向性から霊視したように、アレクサンダー大王の使命として霊視できる事実と結びつけてみる。すると、古代東洋において、実際に神-霊的存在の現実的(リアル)な顕現である叡智が、エフェソスとともに消滅してしまった事実がわかるだろう。 エフェソスの他の秘儀は、たとえそれが非常に活力ある伝統であっても、また特に霊的素質をもつ者に霊能力を呼び起こすような伝統であっても、根本的に伝統を保持し続けているだけの衰退した秘儀にすぎなかった。太古の時代の偉大さや巨大さは既に消滅していた。 アジアからきた叡智は、エフェソスとともに消滅した。このような事実を知れば、アレクサンダー大王の魂のなかの決意を正しく評価できるだろう。 それは、「かつて獲得していた叡智を失った東洋に、古代ギリシアの影像のなかに自ら保管してきた形で、その影像の叡智を、再びもたらさなければならない!」という決意である。 東洋が失った叡智を、古代ギリシア文化の影像の形で東洋に再びもたらすために、同時に、できる限りアジアへ移動しようというアレクサンダー大王の思いが生じた。 そして、このような事実から、実際、驚くべき形で行われたアレクサンダー大王の遠征は、文化的な征服ではない、ということがわかる。アレクサンダー大王はヘレニズム(古代ギリシア文化)を、外(物質)的な形で、東洋にもたらしたのではなく、様々な形で、土地の風習を受け入れるばかりでなく、その土地の人々の心や心情を思いやった。 ヘレニズム http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AC%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0 アレクサンダーが、エジプトのメンフィスに行くと、彼は、それまで支配していた様々な霊的な奴隷拘束からの解放者とみなされる。また彼は、ペルシア帝国に、ペルシアには不可能だった文化、文明を浸透させた。 アレクサンダーは、インドまで進出する。彼はヘレニズム文明とオリエント文明との間に宥和や調和を生み出すという計画を立て、様々な場所に、学院(アカデメイア、大学)を創設した。後世にとって、最重要な意味を持つ学院(大学)は、エジプト北部のアレクサンドリアに創設した学院(ムセイオン、アレクサンドリア図書館)である。 アカデメイア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%87%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%A2 アレクサンドリア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2 アレクサンドリア図書館 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8 ムセイオン http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3 最重要なことは、アレクサンダーがアジアの様々な場所に、大小の学院を設立し、後世、アリストテレスの様々な著作と、アリストテレスの伝統が培われた、という事実である。そして、これは数世紀を経て、西南アジアにまで影響し続けた。アレクサンダーが始めた古代叡智の伝道は、弱々しい残像が常に繰り返されるような、いわば海岸に波が押し寄せる形で影響し続けた。 アレクサンダーははじめに力強い一撃で、彼方のアジアの、インドの中へと、自然(霊)の叡智を植え付けたが、早期に訪れた死のために、アラビアに行くことが主目的だったが、アラビアまで行くことができなかった。 アレクサンダーは、インドやエジプトの中へと、自然霊の叡智として、アリストテレスから受け取った古代の叡智を移植した。 それから、アレクサンダーは、古代の叡智を様々な場所に根付かせた。叡智を受け取るべき人々が、強制的な馴染みのないヘレニズム的な異文化と感じるのではなく、馴染み深い自身の文化と感じることで、実り豊かな叡智となるように据えていった。 実際、古代の叡智の伝道というような困難を完遂できたのは、アレクサンダー大王のような火を吹くような輝きを放つ性質の持ち主だけで、常に後援軍がやってきたからである。 (アレクサンダーは、当時の哲学者を大切にしたという。特に有名なエピソードに、哲学者ディオゲネスとの微笑ましいやりとりがある。 犬のような乞食生活をしていたディオゲネスに、アレクサンダーは招待をしても、一向に挨拶にこないので、自ら会いにいき、ディオゲネスを気に入り、願い事を聞いたが、ディオゲネスは「日向ぼっこの邪魔になるからどいてくれ」、とだけいった、というエピソードである。) ディオゲネス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%82%B2%E3%83%8D%E3%82%B9_(%E7%8A%AC%E5%84%92%E5%AD%A6%E6%B4%BE) 後世、多くの学者もまたギリシアを出て行ったが、特に、ある学院は、数世紀にわたり、繰り返しギリシアからの移住を経験した(ギリシアの郊外のエデッサから、ゴンディシャプールまで移住した)。 エデッサ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%B5 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%B5%E4%BC%AF%E5%9B%BD ゴンディシャプール http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%BC%E3%83%AB この学院では、途方もないことが成し遂げられた。東洋からきた叡智(下図の右から左への赤[rot])が、ヘロストラトスの松明によってエフェソスで止められ(下図の明色[hell])、これが、古代ギリシアにあった影像により、再度照らし出された(下図の左から右への明るい緑)。 (シュタイナーは、この学院で、現代の科学の基となるアラビアの科学の前身が生まれたと述べている。) この照らし出しは、東ローマの暴虐(1)により古代ギリシアの哲学者たちの学院が紀元後6世紀に閉鎖に追い込まれ、古代ギリシアの哲学者たちが、ゴンディシャプールの学院へと逃れていった最後の幕まで続いた。 (1)東ローマの暴虐:ユスティニアヌス(東ローマ皇帝(527-565)、農民の息子)は、529年にアテネに対して、当地では哲学を教えてはならないという勅令を発した。そのため、アテネの最後の哲学者7人がローマ帝国を去り、ペルシアに移住した。 ユスティニアヌス1世 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%83%8C%E3%82%B91%E4%B8%96
2010年12月18日
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さて、よく熟考すれば、アレクサンダー大王のなかに入り込んだ個体(個人、魂)は、ギルガメッシュの時代の、今日でいうブルゲンラント地方に至る西への旅のときに、ヒベルニアの秘儀に触れた。ヒベルニアの秘儀の叡智は、依然として西洋に古代アトランティス時代の強い余韻があった時代に、この人間(ギルガメッシュ)の個体(魂)のなか、非常に古い形で生きた。 この古い形の叡智は、死と新たな誕生(転生)との間に(霊界で)経過する魂の状態を通じて担われていった。それから、2人の友、すなわちエアバニとギルガメッシュは、今度の転生において、(アリストテレスとアレクサンダーとして)まさにエフェソスにいた。 そして、このエフェソスの地で、以前の過去生のギルガメッシュの時代に、多少ともまだ潜在意識的に、神-霊的な世界との関係を体験した経験を、(転生後)非常に意識的に体験した。このエフェソスの時代は、以前の過去生(前世)のときの活動的な時代に魂のなかに引き入れた体験を消化し加工する、比較的穏やかな人生だった。 (ギルガメッシュは、イシュタルの秘儀に疑問をもち、ヒベルニアの秘儀に触れたが、次に転生して、アレクサンダーとして、エフェソスの秘儀の地に生まれることになる。) さて、熟考するなら、この両者が、古代ギリシアの頽廃期のマケドニアの全盛期に再び出現する前に、この古代ギリシアを通過していった変化とは何だったのか! 海を越えて拡がりエフェソスをも包含し、小アジアの奥にまで入り込んでいた古代ギリシアの叡智は、古代の神々の時代の余韻を、「影像」のなかに全てもっていた。人間と霊界との関係は、「影像」のなかでまだ体験できた。 しかし、古代ギリシアの精神は、この影像のなかから徐々に抜け出し、そして、ギリシア文明がいわゆる神(天上)的な文明から、純粋に地上的な文明へと入り込んでいく様を、歴史的に、いまでも段階を追って見ることができる。 今日の唯物論的で外面的な歴史では、歴史的生起のなかの最重要な出来事が全く触れられていない! 古代ギリシア精神の全体的な理解にとっても重要な出来事は、古代人が超感覚的世界(神界や霊界)と関わってきたが故の古代の神性の影像が、古代ギリシア文明のなかにあった為に、古代ギリシア人が、徐々に神々の世界から抜け出て、人間自身の完全に独立した、1人1人の個人的な霊能力を用いるようになった、ということである。 このような出来事が段階的に起こった。古代の神々の時代では、なおも直接感じられていた存在が、古代ギリシア時代では、芸術的な像(影像)のなかに出現する様子を、アイスキュロスの劇のなかにまだ見ることができる。 ところがソフォクレスになると、人間は、いわばこの神-霊的な存在と自分とを1つに感じることから、引き離される。そして、それから、世のなかには様々な観点があるが、霊的な観点からすれば、有名無実な歴史家の名前と結びつく歴史書が登場する。 ソフォクレス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%B9 実際、古代ギリシアでは、歴史を記述することは必要なかった。一体、何のために人間は歴史(を記述すること)が必要なのか? 当時は、重要な過去の出来事を示す生きた「シルエット(影像、影絵)」があった。歴史は、秘儀において、啓示される真実のなかに読みとられた。活力ある生きた「影像」が存在した。一体、歴史として何を書き留める必要があるのか。 やがて、これらの影像が下の世界(潜在意識)に沈んでしまう時代がやってきた。人間の意識はもはや影像を受け取ることができなくなった。この段階に至ってはじめて、「さあ、歴史を書こう」、という動機が生まれた。 このとき、最初の歴史の散文家ヘロドトスが登場した。そして、この時から多くの歴史家の名を挙げることができる。いわば人類を、神-霊的な存在から引き離し、純粋に地上のなかに据えることだけを常に目指すようになった。 ヘロドトス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AD%E3%83%89%E3%83%88%E3%82%B9 しかし、古代ギリシア精神が完全に地上的になっていく、その上には、常に1つの輝きがあった。次の第6講で述べるが、この輝きはローマ精神にも中世にも受け継がれなかったが、常に輝きがあった。古代ギリシア文明の黄昏のなか、光を失ってゆく影像から、それらが神的な起源を持っていた事実を、なおも感じ取り、感受していた。 そして、文化の断片とでもいえる形で、当時のギリシアに存在していた、あらゆる存在のなかの叡智全てを解き明かすことのできる隠れ家として、エフェソスがあった。ヘラクレイトスや、当時最も偉大な数々の哲学者たち、すなわちプラトンやピュタゴラスも皆、まだエフェソスから学んでいた。 エフェソスとは、ある時点まで、古代東洋の叡智を維持してきた存在だった。そして、アリストテレスとアレクサンダーに転生した2人もまた、ヘラクレイトスよりも少し後になってから、その叡智を経験できた。東洋の秘儀のなかにあった太古の叡智が、エフェソスの秘儀のなかに遺産として残されていた。 エフェソスの秘儀に生きていた本質は、特にアレクサンダーの魂と密接に結びついた。そして、歴史的な出来事が起こる。愚者は、この出来事を表面的な偶然とみなすが、この出来事は正しく人類の進化の内(精神)的な関連に奥深い根拠を持つ出来事である。 この歴史的な出来事の意味を見通せるように、魂の前に以下のことを呼び起こしてみる。 熟考すれば、後にアリストテレスとなった人の魂と、アレクサンダー大王となった人の魂の、この両者の魂のなかで、太古の時代(前世)に由来し、内(精神)的に加工された叡智(ヒベルニア)が生き、次いで(転生で)、エフェソスにおいて彼らにとって途方もなく価値のある叡智が生きたことがわかる。 (ここで少し要約すると、後にアレクサンダーとなるギルガメッシュは、イシュタルの秘儀から発したウルクの都市を侵略し、霊界を良く知るエアバニとともに平和に統治したが、イシュタルの秘儀に馴染めずに、あるとき疑問をもつ、すると、イシュタルの神が試練を与え、エアバニは殺され、ギルガメッシュは永遠の生命を求め、西へと旅に出て、ヒベルニアの秘儀に辿り着き、秘儀の一端に触れたが、完全ではなく、霊界からのエアバニの援助でなんとか古代の秘儀を再興する。これがギルガメッシュの前世だった。 ついで、アレクサンダーとして転生し、エフェソスの地で、前世のヒベルニアの秘儀からの叡智を思い出し、エフェソスの叡智と融合させ、古代アジアの叡智、イシュタルを再興する旅、つまりアレクサンダーの遠征にでる。) アジアがまるごと、とでもいえる叡智が、ただしエフェソスで、古代ギリシア的になった形で、この両者の魂のなかに、特に後にアレクサンダー大王となった魂のなかに生きた。
2010年12月18日
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古代東洋の秘儀において、経験できる大いなる巨大な存在のうちの、少しでも知ろうとするなら、まず時が熟すまで待たなければならなかった。 秘儀に付随する供犠、いわゆる超感覚的な試行を、秋に行なうか、もしくは春にまた別の試行を行うか、或いはまた別の試行を真夏、もしくは真冬に行なうかにより季節に応じて、そのときだけに経験できる、と言う具合だった。 (天皇の宮中祭祀が季節毎に執行されるのも、古代東洋の秘儀に源流があるのかもしれない。) 宮中祭祀 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E4%B8%AD%E7%A5%AD%E7%A5%80 また、月が特定の相をとることで、正しい時期と知ることのできた時期に、関連する神々に供犠が捧げられる、ということもあった。そのとき、神々は秘儀のなかに姿を現わした。実際に、神々が顕現した。 更にまた、古代東洋の秘儀においては、神的存在が、再度、顕現する機会がやってくるまで、おおよそ30年ほど待たなければならなかった。例えば、土星に関わる神的存在全ては、30年毎に秘儀の領域に参入できるだけで、月に関わる神的存在全てはおおよそ18年毎等々だった。 従って、古代東洋の秘儀の祭司たちが得た壮大で巨大な認識や観照は、時間や空間に左右される形で獲得できた。例えば、洞窟の奥深くでは、他の場所とは全く異なる啓示が得られ、また山の頂上では、別の啓示が得られた。また、別のアジアの山奥深く、もしくは、また海岸地帯他にいるときには、別の異なった啓示が得られた。 つまり、地上の空間と時間への依存が、まさに古代東洋の秘儀における特質だった。 古代ギリシアでは、東洋における大いなる現実(リアリティ)は消滅していた。(影)像(イメージ)だけが残っていた。けれども、古代ギリシア人は、古代東洋とは違い、季節や時間の流れや場所に依存することなく、(影)像(イメージ)を得ることができた。 古代ギリシア人は、人間として正しい形で準備、例えば、正しい黙想や、人格上の供犠を捧げれば、この(影)像を得ることができた。供犠と人格的成熟のある段階に到達すれば、いわば人格者として到達したが故に、大いなる宇宙の出来事と宇宙的な存在たちの影にアプローチできるようになった。 これは、古代東洋から、古代ギリシアへの秘儀の本質における大きな変化で、古代東洋の秘儀は、地上の様々な場所や空間の条件に依存し、対照的に、古代ギリシアの秘儀では、自分が神々にもたらした人格上の供犠(人間性、道徳的認識)に依存した。 古代ギリシアでは、神が、眼にみえる姿で、自分のところへと訪れるような準備段階を経て、自分に神が訪れるに相応しい人格者であると、神々に評価されたとき、神々は、眼にみえる影像の姿で訪れた。このような秘儀参入により、古代ギリシアの秘儀は、新たな人類を、真に準備する叡智となった。 さて、古代東洋の秘儀(イシュタル?)と古代ギリシアの秘儀との中間の位置に、エフェソスの秘儀があった。 エフェソスの秘儀は、特殊な位置を占めていた。というのも、エフェソスで、秘儀に参入した古代人たちは、古代東洋の巨大で壮麗な真実をまだ多少とも経験できたからである。人間と大宇宙(マクロコスモス)の関係、大宇宙の神的-霊的な存在たちと人間との関連についての内なる感受や感覚により、まだ神々の真実に触れることができた。 エフェソスでは、地上を超えた存在について、まだ多くの叡智が感じ取られていた。そして、エフェソスの秘儀の女神アルテミスと1つになることで、以前述べた宇宙の歴史における生命的な関係がもたらされた。 「植物界はお前の世界である。地球はただ、お前から植物界を受け取った。お前は動物界を克服した。お前は動物界を置き去りにしなければならなかった。お前が人間となることができるために置き去りにせねばならなかった動物たちを、お前は、ありったけの同情をもって眺めなければならない。」 このように大宇宙と自分が1つであると感じる、この感情が、エフェソスの秘儀参入者たちにはまだ直接の体験から、現実(リアリティ)から、伝えられた。 しかし、エフェソスでは、西洋に向けられた最初の秘儀として、季節、もしくは時代の流れ、要するに地上における時と場所からの独立があった。エフェソスでは既に、古代人が行なう黙想や、神々への供犠と帰依を通じて、どのように自分を成熟させるか、という精神的な秘儀参入法が注目されていた。 その結果、実際、エフェソスの秘儀は、秘儀の真実の内容を通じる点でまだ古代東洋の叡智を含み、また、自然とは独立し、人間の精神的な進化へと、いわゆる内面における人間的意識性へと前進していたことで、既に古代ギリシア精神の叡智への傾向をもっていた。 エフェソスの秘儀は、いわば古代の大いなる真実に、人間が近づくことができた東洋における最後の秘儀だった。というのも、東洋では、既に秘儀が頽廃に至っていたからである。 古代の真実が最も長く維持されていた場所は、西洋の秘儀(ヒベルニア)のなかだった。キリスト教成立後、数世紀になおも、ヒベルニアの秘儀について、当時の人間は語ることができた。しかし、ヒベルニアの秘密は、根本的に、二重の秘密に満ちている。 というのも、第4講で述べた、ヒベルニアの2つの立像に関する事実、1つは太陽像でもう1つは月像、つまり1つは男性像で、もう1つは女性像だったが、この立像の秘密自体を、今日(1924年)、いわゆるアカシャ年代記から探究することが、困難な状況だからである。 2つの立像に関する事実に精通した参入者たちにとって、東洋の秘儀(イシュタル?)の像にアプローチし、2つの立像の秘密を、アストラル光(叡智)のなかから取り出してくることは、比較的困難ではなかった。 しかし、取り出したアストラル光(叡智)のなかで、ヒベルニアの秘儀にアプローチしようとすると、はじめの段階で何か麻痺(眩惑)のようなものに見舞われ、跳ね返される。この古代アイルランドのヒベルニアの秘儀は、本質的には、純粋さを最も長く保っているにも関わらず、今日(1924年)では、もはやアカシャ年代記のなかに自分の姿を見せようとはしない。 (霊視できず、封印されているようである。)
2010年12月18日
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前回述べた、人間(アダム・カドモン)による地球への植物の分離を感じていた古代人たちは、地球に植物をもたらすことに関連し、自らを神、つまり水星の主神と密接で親和的な関係をもつ(精神的)存在と感じた。 自分が地球に植物をもたらした、という上記の感情を通して、人間は、水星神と特別な関わりを持つに至った。 植物とは対照的に、動物について、古代人は、次のように感じた。 「動物を、地球にもたらすことはできなかった。動物を切り離し、動物から自分を解放しなければならなかった。さもないと正しい形で、現在の人間の形姿を発達できなかった。」 いわば、人間は、自分から、動物を追い出し、その結果、動物は、人間から押し出され(上図の黄より外の4箇所の赤)、人間より、低次の段階で、動物は、自身の進化を遂げざるを得なくなった。このようにギルガメッシュの時代や、それに続く時代の古代人は、自分が動物界と植物界の間に据えられている、と感じた。 人間は、植物界に対し、自らを、神々の代理として、いわば地球に授精する担い手と感じたが、動物界に対し、動物という重荷を下ろし、そのため動物は退化するが、動物という重荷を脱し、人間になる為、あたかも動物界を自分から突き放した(見捨てた)、ように感じた。 ところで、古代エジプトの動物礼拝全体は、上記の(霊的)直観と関連している。アジアに見られる動物に対する深い同情の多くも、上記の直観と関連している。そして、その直観は、一方では植物界との、他方では、動物界との親和性を感じていた、古代人の偉大な自然観だった。 動物界に対しては解放を、植物界に対しては緊密な親和性を古代人は感じていた。古代人は、植物界を自身の一部と感じ、親密な愛のなかで地球を感じていた。なぜなら、地球は、人間のかつての一部であった植物を、自らのなかに受け入れ、根づかせ、しかも、自らの素材を樹皮とし、木々として、衣服のように、植物を覆うことさえしてくれたからである。 物質的な外界に対する古代人の意識のなかには、全てに道徳があった。古代人が、草原の植物に近づき、植物のなかに自然の成長を感じるだけでなく、植物の成長と人間との道徳的関係も感じ取っていた。動物に対しても道徳的関係を感じ取っていた。古代人は動物を超えた、と感じていた。 東洋では、これまで述べてきた秘儀から、大いなる霊的な自然観が流出していた。古代ギリシアでは、当時、秘儀は存在していたが、真の霊的な自然観を伴うことは、東洋よりも稀だった。古代ギリシアの秘儀は確かに壮大だったが、本質からして、東洋の秘儀とは区別された。 東洋の秘儀全てにおいて、古代人は、地球上で、この地球を通して自らを感じるのではなく、自分を万有宇宙に組み込まれた存在として感じていた。古代ギリシアにおいて最初に、秘儀の本質から、自分が地球と結びついた存在に感じるという段階に至った。 従って、東洋の秘儀のなかで現われ、もしくは感じられた真実は、本質的に、霊界(霊的世界)だった。古代の東洋の秘儀において、供犠を捧げ、祈りを唱える祭司たちの下に、神々自身が出現した、と表現されるとき、絶対的な真実が描写されていることに他ならない。 秘儀の神殿は同時に、神々を地上に迎える場所だった。神殿で、神々は天の宝として人間たちに贈るべき真実を、祭司、いわゆる賢者たちを通じて人間たちに贈った。一方、古代ギリシアの秘儀では、神々の像(映像、イメージ)、複製(模像)、影像のような存在が現われた。 古代ギリシアの神殿では、真の純粋な像だが、その影像のような存在で、東洋のような神的存在たちそのものの現実の存在ではなく、影像が現れた。そのため、古代ギリシア人は、古代の東洋の秘儀の一員であった参入者とは、全く異なった感情を持った。 古代ギリシア人は以下のように感じた。 「神々は存在するが、人間にできることは、神々の(影)像を得ることだけで、記憶において、体験のイメージだけが得られるのと同じで、もはや体験そのものを得ることはできない。」 この感情は、古代ギリシアの秘儀から発した深い根本的な感情だった。 自分たちは宇宙の記憶のようなものをもつが、宇宙の現象そのものではなく、宇宙の(影)像であり、神々の(影)像は持っているが、神々そのものではなく、太古の地球である土星(紀)、太陽(紀)、月(紀)上での経過に関する(歴史的な)像はもつが、土星、太陽、月上での現実、例えば、かつて自分が子供のときの体験に結びつくような現実感はもはやない、と古代ギリシア人たちは感じた。 対照的に、太古の土星、太陽、月との現実的な結びつきを、東洋文明の古代人たちは、アジアの秘儀から得ていた。 このように古代ギリシアの秘儀の本質には、(影)像(イメージ)のようなものがあった。神的-霊的な現実の影(像)のような霊的存在たちが現われた。しかし、このような事実は別の重要な事実をもたらした。というのも、古代東洋の秘儀と古代ギリシアの秘儀の間には、また別の相違があったからである。
2010年12月18日
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第5講 古代の秘儀のなかでも、エフェソスの秘儀は特殊な位置を占める。西洋の歴史において、アレクサンダーという名に結びつく進化因子と共に、このエフェソスの秘儀を考察せざるを得なかった。 全古代文明の源は秘儀の本質にあったが、東洋から、西洋へ、まずギリシアへと経てきた叡智の本質の、このエフェソスの秘儀における急激な変化のなかに参入するときにだけ、新旧の歴史の意味を読み解ける。そして、この急激な変化とは大体以下のようなものだった。 かつての東洋の秘儀(イシュタル?)に参入すると、偉大な意味深い真実を、秘儀の祭司たち自らが観たものから、弟子たちに啓示できた、という印象を受ける。 時代を遡るほど、秘儀参入の祭司、つまり賢者たちは、神々自身、いわゆる惑星界、もしくは地上の現象を導く、様々な霊的存在を、秘儀のなかに直接再現でき、実際、神々は秘儀参入の場である神殿に現われた事実がみえる。 人間(ミクロコスモス)とマクロコスモス(大宇宙)との関係は、実際に様々な秘儀において明かされ、ヒベルニアの秘儀やアリストテレスがアレクサンダーにまだ語ることができた霊的存在について、第4講で述べたような壮大な方法で明かされた。 また、古代の東洋のいかなる秘儀においても、現代のように、特に道徳や道徳的な観念が、自然の観念と、厳密に分離していなかった。 アリストテレスが、アレクサンダーに、水の元素霊(精霊)たちが支配していた北西を指し示すことで、北西からくる存在は、今日のような、風等その他の純粋な物質的現象を生起するといった、単なる物質的な観念だけではなく、物質的な観念と同時に道徳的な観念もやってきた。 太古では物質と道徳は1つだった。物質観と道徳観が1つだったのは、そもそも、古代の秘儀において与えられた(霊的)認識を通して、人間は自らを全自然と(古代人は、自然霊を知覚していたので)一体のものと感じていたからである。 例えば、ギルガメッシュの生涯と、エフェソスの秘儀へと近づいた、次の受肉(アレキサンダー)の生涯との間に過ぎ去った時代のなかに、人間の自然に対する関係における、ある1つの転換がある。ちょうどその時期に、人間と自然霊との関係に関する(霊的)直観が活力をもって現れる。 人間と自然霊との関係は以下のようなものだった。自然のなかの元素霊(自然霊)たちの作用や、惑星の経過のなかでの知性的存在たちの作用について、当時、知っていた全てを通じて、古代人は次のような確信に至っていた。 「外には、植物界が様々に広がっているのが見える。新緑に芽吹き、生長し、実を結ぶ植物界が広がっている。春に発芽し生長し秋には枯れてゆく1年生植物が、草原に、野原に見え、そこには何百年も成長し続ける木々も見える。樹皮と木質部を外側に持ち、地中深く根を伸ばした木々だ! この外界で、1年生植物や花として根を降ろす植物全てや、堅固とした衝動とともに地中へと深く伸びる成長力全てを、人間である自分は、かつて自身のなかに担っていた。」 以上のような確信である。 今日、現代人は、人間の呼吸によってできた炭酸が、部屋にあれば、自分は、この炭酸を吐き出したように感じる。人間は、自分は、この部屋のなかに炭酸を吐き出したように感じる。 今日の現代人は、わずかしか宇宙と関わり合っていないと言ってよいかもしれない。人間という存在の空気的な部分において、生体組織のなかで生じている呼吸その他の空気的プロセスの根底にある空気において、人間は、大いなる宇宙、いわゆるマクロコスモスと、生命的に関わり合っていることを知らない。 現代人は、吐き出された呼気、つまり最初、体内にあって、現在外にある炭酸を眺めることができる。今日の現代人が(実際に眺めることはほとんどないが、眺めることは可能である)吐き出された炭酸を眺めるのと同じように、東洋の秘儀に参入したか、あるいは東洋の秘儀から外に流出した叡智を受け入れた古代人は、植物界全体を(自ら吐き出した呼気のように)眺めていた。 古代人は、次のように言った。 「宇宙の進化において古代の太陽紀を振り返って見る。そのとき、人間はまだ内部に植物を担っていた。その後、人間は植物を地球のあたり一面に流出させた。けれども、まだ人間が植物を、体内に担っていたとき、まだ植物界とともに全宇宙を包含していたアダム・カドモンだったとき、この全植物界は、まだ水(液体)的-空気(気体)的な存在だった。」 人間は、植物界を、自身から分離(分泌)した。もし、人間が、地球の大きさになり、それから、水という元素のなかで変容し、生じ、枯れ、生長し、様々な変化を遂げ、色んな姿をとる植物の前身を、内に向かって分泌することをイメージできれば、当時の古代人の心情を呼び起こすことができる。 かつては、このイメージの通りであったという歴史を、ギルガメッシュの時代に、彼方の東洋で、教育を受けた古代人たちは語った。古代人は、草原の植物の成長を見ると、「人間は、人間の進化の前段階で植物を分離したが、地球が植物を受け取った。」と語った。 植物の根は、木質や木の性質全てと同様に、そのとき、まだ地球にはなかったが、植物の前身全般を、人間(アダム・カドモン)は、自分から切り離し、地球に受け取られた。人間は、植物の前身全てと密接な親和性を感じていた。 対照的に、高等動物に対しては、古代人は、[植物に対するものと]同じ親和性を感じていなかった。というのも、人間の進化の途上で、人間は、動物的な形成を克服し、動物たちを置き去りにすることで、人間は地上へと到達できた、という事実を知っていたからである。 人間(アダム・カドモン)は植物を地球まで携え、それから植物を地球に委ねた。地球は植物を自らの懐に受け入れた。地球上で、人間は、植物にとっては、神々の仲介者、神々と地球との間の仲介者となった。 従って、上述した大いなる体験は、単純化すれば以下の図のように描写できるが(下図参照)、植物を自ら地球へと分離したような体験を、現実にもっていた古代人たちは、人間は、宇宙(黄)から地球にやってきた存在だ、と感じていた。 人数は問題でなく、第4講で既に述べたように、太古の人間たちは、互いに合体し、1つになっていたからである。人間(アダム・カドモン)は、植物の前身を全て分離し、そして地球は、植物の前身を受け取り、それに、将来、根となるものを与えた(上図の暗緑色の線)。 上記のように、古代人は、自分が、植物の成長と共に、地球を包み込み(上図の赤の覆い)、また地球が自ら分離した植物の前身に包み込まれることに感謝しながら、人間が液体-気体的な植物エレメント(元素霊)の形で、地球に吹きかけた植物の前身が、地球に受け入れられたように感じた。
2010年12月18日
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これまで特徴づけてきた、アリストテレスが、アレクサンダーに与えた教えは、単なる出発点にすぎない。この教えは、内(精神)的な体験に関わっていた。事態を大まかに素描してみるなら、次のような結論に到達する。 アレクサンダーは、師アリストテレスを通じて、「外の宇宙(世界)に、土、水、空気、火のエレメント(元素霊)として生きている存在は、人間の内(精神)にも生きている」、という事実を知るようになった。 このような事実との関連から、人間は、外である大宇宙(マクロコスモス)に対する、真なる小宇宙(ミクロコスモス)であり、人間のなかの、例えば、骨のなかには土のエレメント(元素霊)が生き、血液の循環、すなわち生命として生きている液体全てのなかには、水のエレメント(元素霊)が生きていることを学び、また、空気のエレメント(元素霊)が、呼吸や呼吸の刺激を起こし、言葉の発話のなかに作用し、更に、火のエレメント(元素霊)は、思考のなかに生きている、という事実を理解した。 (アレクサンダーは、アリストテレスにより、エフェソスの秘儀の教えを教えられたといえる。) アレクサンダーは、宇宙のエレメント(様々な元素霊)のなかに、自分が生きている事実を知った。宇宙のエレメント(元素霊)のなかに生きる自分を感じることで、古代人は地球との密接な親和性をまだ感じていた。 今日の現代人は、東西南北へと旅行するが、その方角から、自分に押し寄せてくる全てが本質的に何なのかを感じることはなく、外(物質)的な感覚が知覚する対象しか見ない。現代人は、知覚できる地上的な物質だけを見て、エレメント(元素霊)を知覚できず、見ない。 しかし、古代では、アリストテレスは、アレクサンダーに霊的な存在を教えることができた。 「地上を東へ向かえば、益々一層、乾燥を発生させるエレメント(元素霊)のなかへと参入するだろう。もし、東に、あなた行くなら、乾燥地帯に足を踏み入れることになる(下図右側参照)。」 この発言から、東のアジアへと向かうと、干からびてしまうと想像してはいけない。元素霊の働きは当然、精妙な(精神的な)作用であり、アリストテレスの導きによって、アレクサンダーが自らのなかに、この精妙な乾燥の作用を受容した。 (乾燥といっても、物質的な湿度を意味するのではなく、魂の乾燥、精神の乾燥である。例えば、「乾燥」とは、竹で割ったような性格という感じなのだろう。湿っぽくない、というような感じである。) アレクサンダーは、マケドニアにおいて、自分に言い聞かせた。 「いま、自分のなかには、ある程度、湿った作用がある。東へ向かうと、その湿った作用を減少させ、中和できる。」 人間の身体の表面を撫でると、鼻と眼と口がどう違うのか、を感じ取れるのと同じように、アレクサンダーは、地上を遍歴しながら、地球の霊的な構造を感じた。乾燥地帯のなかに益々一層参入していくときの体験と、西の湿地帯に参入するときの体験とは、いかなる違いがあるかを、感じ取った。 大まかだが、今日の現代人もまた、方位による違いを体験している。(北半球では)北へ向かえば、一般的に、寒さを感じ、南に向かえば、熱や暖かさを体験する。しかし、北西に出かけても、古代のように湿気-寒気を同時に感じない。 アリストテレスは、アレクサンダーの魂のなかに、前世である過去のギルガメッシュが西への道を辿ったときの体験を喚起した。そして、その帰結として、弟子のアレクサンダーは、直接的な内(精神)的体験として、北西に向かって、湿気と冷気の中間状態を体験し、つまり水(の元素霊)を知覚できるようになった。 アレクサンダーのような人間が、北西に進軍する、とは言わずに、「水のエレメント(元素霊)が統治する場所に進軍する」、と言ったのは、単なる比喩的な言い方ではなく、現実的な言い方だった。また、湿気と暖気の中間状態には、空気のエレメント(元素霊)が統治する場所があった。 古代ギリシアの大地の秘儀や、古代サモトラケの秘儀や、アリストテレスにより、直弟子に教えられた事実とは、上述のような元素霊の統治領域のことだった。 そして、冷気と乾気の中間状態、つまりマケドニアからシベリアへの(北東)方向には、地(土)の元素霊、地上的な存在が統治していた領域を体験した。 (風水の方位の、鬼門は北東だが、この講義からいえば、土「固体」の元素霊の統治領域となる。土とは固体で、物質のことになるから、物質のことを古くは、「鬼」と称したので、鬼門ということになる。 ちなみに、北西が、水「液体」の元素霊の統治領域、風水では「天門」と称し、南西が、空気「気体」の元素霊の統治領域、風水では「人門」、南東が、火の元素霊の統治領域、風水では、「風門」で、鬼門以外は、風水との一致はあまり見いだせない。) 地(土)のエレメント(元素霊)とは、固体である。暖と乾の中間状態に相当する、当時では、ギリシアから南東のインドに向かうと、火のエレメント(元素霊)が支配的だった地域が体験された。インドへの進軍は、次のような感じだった。 アリストテレスの弟子(アレクサンダー)は、北西を指し、「水の霊たちが地上へと働きかけるのを感じる。」と言い、また、南西を指し、「ここには、空気の霊たちを感じる。」と言い、北東を指し、「そこでは、主として、地(土)の霊たちが漂っているのが見える。」と言い、最後に、南東のインドの方向を指して、「火の霊たちが漂っているのが見える。」と言い、火のエレメント(元素霊)を見た。 さて最後に、アレクサンダーの次のような発言から、自然や道徳に対する、深い親和性を、現代人も感じるようになるだろう。 「私は、冷たく、湿ったエレメント(元素霊の領域)から、火(の領域)に突入しなければならない、インドへの進軍を行なわなければならない!」というアレクサンダーの発言である。 これは、道徳(宇宙の秩序、叡智)と同様に、自然にも結びついている発言である。この発言については第5講で更に述べる。当時、生きていた霊的な存在が、そのまま見えるように、当時の世界を導出したい。というのも、当時のアレクサンダーとアリストテレスの間で話されたなかに、同時に世界史上の進化における激しい変化の反映がわかるからである。 当時ではなお、過去の時代の大いなる秘儀について、師と弟子の内密な授業で語られることもあった。その後、人類は論理や抽象というカテゴリーだけを一層取り入れ、その他の分野は、拒絶するようになった。 従って、このような古代人の態度から、同時に、人類の世界史上の進化における途方もない激しい変化が示唆される。東洋との関係におけるヨーロッパ文明の全経過のなかで、最重要な転換点である、アリストテレスとアレクサンダーの会話については、また次の講義に譲る。
2010年12月17日
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では、ラムプレヒト司祭の「アレクサンダーの歌」に記述されたアレクサンダー遠征の目的とは、一体何なのか? アレクサンダーはパラダイス(楽園、天国)の門まで行く! なるほど当時のキリスト教的な表現に置き換えられてはいるが、これから詳述していくように、「アレクサンダーの歌」は本質的に、かなり真実と一致している。というのも、アレクサンダーの遠征は、単なる侵略ではなく、もしくはアリストテレスの助言に背いて異邦人をギリシア人と宥和させるために行われたわけでもないからで、アレクサンダーの遠征は、真の霊的に高い目的に貫かれ、実際に、霊的存在から発動されたからである。 ラムプレヒト司祭は、アレクサンダーの生きていた時代から15世紀後に、非常に献身的な方法で、アレクサンダーの遠征を描写したが、彼の書物から読み取れるのは、アレクサンダーはパラダイス(楽園)の門までは行くが、パラダイス(楽園)には入らなかった、ということである。 なぜなら、ラムプレヒト司祭の言うように、パラダイス(楽園)に入ることができるのは、真の謙譲(謙虚さ)をもつ者だけだからである。前キリスト教時代でのアレクサンダーは、まだ真の謙譲(謙虚さ)を持つことができなかった。 というのも、キリスト教が、はじめて真の謙譲(謙虚さ)を、人類のなかにもたらすことができたからである。ともかく、狭量ではなく、広量な心の感覚で、アレクサンダーの遠征を把握するなら、キリスト教司祭ラムプレヒトが、アレクサンダーの遠征に、幾許かの悲劇を感じている様子が人智学徒には見える。 さて、「アレクサンダーの歌」の叙述により、注意を喚起したかった点は、西洋の人類史に先行し、東洋の人類史に付け加えた状態で後続し、描写するためには、このアレクサンダー遠征の例から始めても、驚く必要はない、ということである。 というのも、この例からわかるように、人間の感情の根底にある経験は、中世の比較的後期に至るまで、単なる普遍的な感情として存在していた経験だけでなく、これまで特徴を述べてきた、2つの魂を通じて生じた経験を、実際、非常に劇的に描き出す、この「アレクサンダーの歌」が生み出されるほど、具体的に存在していたからである。 マケドニア史の「アレクサンダーの遠征」は、一方では遥かな過去を、他方では、遥かな未来を示唆している。その際、特に考慮すべき点は、アリストテレスとアレクサンダーの下にあった全ての経験の上に、世界史上の悲劇が漂っている、ということである。 この世界史上の悲劇は、既に外的に現われている。実際、世界史上の特別な運命との関係から、アリストテレスの著作の一部しか、西洋には伝わらず、その後、その一部が、教会に保管されたことで、悲劇として露呈している。 実際、アリストテレスの著作の一部とは、論理学の著作と、論理学に関する著作のみだった。しかし、今日でもなお、アリストテレスの自然科学的な著作に含まれる内容に参入できる人は、宇宙と人間との関連において、アリストテレスの洞察がいかに強力であったか、が見えるだろう。ここで1つの事実だけに注目して欲しい。 今日、人智学徒は、土(固体)状のエレメント(元素霊)、水(液体)状のエレメント(元素霊)、空気状のエレメント(元素霊)、火状、或いは熱エレメント(元素霊)について、そして更に他には、エーテル(生命的要素)についても話す。 アリストテレスはこのことをどのように記述するか? 彼は地球を以下のように記述するだろう(下図参照)。固体状の地球(図参照、明色の核)の周囲に、液体状の地球の水の部分(明るい赤)と、空気の部分(青)、そして全体は火(深い赤)に貫かれ、取り巻かれている(深い赤)。 アリストテレスにとっては、地球は月の領域まで含んでいる。そして、地球を含む月の領域へと(地上の領域だけでなく、月の領域までを含む)、宇宙の星々(天体)や獣帯から、空間-宇宙的なエーテル(外側の明色)が入り込んでくる描像を記述するだろう。このエーテルは、月の領域まで降りてくる。 今日でも、このような内容を、学者たちは、アリストテレスに関する著書のなかに読むことができる。しかし、アリストテレスが、弟子のアレクサンダーに、繰り返し言った内容は、以下のようなものだった。 「この地上-熱的な存在の外側にあるエーテル、すなわち、光エーテルや化学エーテルや生命エーテルは、かつて地球と結びついていた。これらのエーテル全ては、地球にまで達していた。ところが、太古の進化において、月が(地上「地球」から)退き、エーテルも退いた。」 続けて、アリストテレスは弟子のアレクサンダーに次のように言った。 「地上の死んだ外的で空間的な(物質的)世界は、(月とともにエーテルが退いた為)、はじめはエーテルに浸透されていない。しかし、例えば、春が近づくと、元素霊たちが、植物や動物、そして人間のような、生命体として生まれてくる存在たちのために、月の領域から、エーテルを、生命体のなかへともたらす。だから、月は生命を形成する源である。」 ヒベルニアの地において、女性的な形姿の立像の前に立つと、秘儀参入者は、上記のような内容を活き活きと感じた。エーテルは、地球に本質的に属するものではなく、生命が生まれるために、年毎に、元素霊たちにより、必要な限り、地上へともたらされる。 アリストテレスには、人間と宇宙との関係に関する深い洞察があった。その内容に関して述べている著作を、弟子のテオプラストスは、西洋(西方)にもたらさなかった。アリストテレスの幾つかの書物は、上記のような内容の理解が、まだ存在していた東洋へと戻っていった。 テオプラストス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%AA%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%B9 その後、北アフリカやスペインを経由して、ユダヤ人やアラビア人を通じ、再び、ヨーロッパの西側にやってきて、これから述べるような形で、ヒベルニアの秘儀からの文明の残余の影響と衝突した。
2010年12月16日
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ギルガメッシュという名前の人物を霊視すれば、次のような感情を持つだろう。 「この人物は、秘儀に派生した境遇や環境のなかで生きた。」 というのも、古代では、全ての文化や文明は、秘儀を源とする放射から生じたからである。そしてギルガメッシュの名を挙げるなら、彼がまだ故郷のウルク(エレク)にいたときには、確かにまだウルク(エレク)の秘儀には参入していなかったが、秘儀を介して、宇宙との関係から感得した実質性に貫かれた文明の最中にいた事実に変わりはない。 その後、西に向かう旅路での彼の体験は、ヒベルニアの秘儀に直接は通じさせなかったが、ヒベルニアの秘儀の居住地において育まれた叡智(霊能力)にはいわば、通じることができた。この居住地は今日でいうブルゲンラントにあった。 ヒルベニアの秘儀の地での叡智に通じたことが、このギルガメッシュの魂のなかに生きていた。この叡智は、彼の死から新たな転生の間に、更に育て上げられ、継続した為、次の地上生(転生)の際、当のエフェソスにおいて、彼のなかで、魂の深まり(深化)が生じた。 これまで述べてきた2人の人物のために、上記のような魂の深まり(強化)が起こった。いわば普遍的な文明から、この2人の人物の魂のなかへと、一層強く、集約された現実性をもって、反響してきた経験は、ホメロス時代以来、古代ギリシアの地においては、本質的に、美しい仮象にすぎなくなっていた経験だった。 かつてヘラクレイトスも生き、後の古代ギリシア時代、すなわち紀元前6世紀から5世紀頃まで、太古の真実の数々の叡智がなおも感受されていたエフェソスでは、遥か太古には、古代人が感じていた霊的な現実全体をまだ追感できた。 この霊的な現実とは、人類がまだ神的-霊的な存在と直接関わり合っていた頃の、まだアジアが最下層の天であった頃の(霊的)現実のことで、この最下層の天で、人間はまだ、上位の天と結びついていた。なぜなら、アジアでは自然霊たちが体験され、その上の天では、アンゲロイ(天使)、アルヒアンゲロイ(大天使)他が、更にその上の天ではエクスシアイ(権天使)他が体験されたからである。 それから、古代ギリシア時代でさえ、かつては現実であった霊的存在を手懸かりに、その余韻がつくられるだけとなった。かつては現実であった霊的存在が、根源の事実を感受できる英雄伝説の像へと変化していった。 (パルジファル伝説やアーサー王伝説などである。) つまり、古代ギリシアでは、根源の事実の劇的要素がアイスキュロスにおいて生命を得た。他方、エフェソスでは、相変わらず深い秘儀の闇のなかに沈潜し、神-霊界と直接関わり合って生きていた、かの古代の現実の余韻を感じ取っていた。 アイスキュロス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%AD%E3%82%B9 そして、古代ギリシア精神にとっての本質は、古代ギリシア人は、身近な神話や美術等の芸術、つまり複製イメージのなかに、かつて宇宙との関わりのなかで古代人により体験された精神的存在を潜ませた。 さて、古代ギリシア文明が、その絶頂期に達し、古代ペルシア(トロイア)戦争のように、古代アジアの現実(霊、精神)性側からの反撃すら退けたとき、他方では、霊性が崩壊に瀕し、霊-魂-体のなかの太古からの神-霊的な地上への現実(反映)の余韻を、魂のなかに明らかに担っていた人物たちが、どのような体験をしたのか、を思い描いてみる。 アレクサンダー大王とアリストテレスは、自らの魂の体験とは全く合致しない世界、本質的に、彼らにとっては悲惨な世界に生きていた。 奇妙にも、アレクサンダーとアリストテレスの魂のなかに生きていた経験は、彼らが置かれた環境とは別の霊的な関係を持っていた。彼らは、サモトラケの秘儀をそれほど気にもとめなかったが、魂では、サモトラケの秘儀におけるカベイロスとともに生じた霊的観照(霊能力)に多大な親和性をもっていた。 カベイロス http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/kabeiria.html カベイロスから生じた霊的観照(霊能力)は、長い間、感じ取られていた。少なくとも、中世までは、まだ感受されていた。このような事実から、次のような結論に至る。 カベイロスから生じた霊的観照(霊能力)について、今日の現代人は、間違ったイメージをもっているが、中世の13、14世紀頃まで、全ての階級(階層)の人々のうちの幾人かには、少なくとも、古代の東洋のアジアと呼ばれた地域には、はっきりとした霊的観照(霊能力)があった。 何と言っても、中世のある司祭が書いた『アレクサンダーリート』(アレクサンダーの歌)(1)は、非常に重要な文献である。(1)『アレクサンダーリート』:フランケンの聖職者、司祭ラムブレヒトにより1125年頃に著わされた。ドイツ語初の世界的叙事詩。花のエピソードについては、母やアリストテレス宛のアレクサンダーの手紙(5001-5205節)を参照のこと。 リッツェンドルフ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%84%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95 今日の歴史のなかで歪められたアレクサンダーとアリストテレスを通じて生じた霊的な感性に対して、12世紀頃に、ラムプレヒト司祭が著述した「アレクサンダーの歌」は、アレクサンダー大王を通じて生じた雄大な、古代の感覚に近い霊的な感性のようにみえる。 以下を、魂の前に据えればわかる。ラムプレヒト司祭の「アレクサンダーの歌」のなかには、実際に、次のような素晴らしい叙述がある。 「毎年、春がくると、人は森に出かけ、森の緑に辿り着く、森の縁には花々が育ち、同時に、森の縁から育つ花々の上に、森の木々からの影が落ちる位置に太陽がある。そして人は、春に、森の木々の影のなかで、花々の花弁台から、花の霊の子供たちが出てきて、森の縁で輪になって舞い踊るのを見る。」 ラムプレヒト司祭の上記のような叙述において、当時の人々がまだ獲得できた霊的な経験が僅かに仄かに輝いているのをはっきりと認めることができる。 古代人の霊的な経験は、森に出かけ、現代人のように散文的に(味気なく)、ここに草があり、花があり、ここから木が始まる等のような物質的な経験ではなく、古代人が森に近づくと、太陽が森の背後になって、影が花々の上に落ちるとき、この森の影のなかで、花々の被造主である花の霊的な世界全体が古代人を迎えた。 古代人が森に入る前から、花の世界は、古代人のために森にあったが、森のなかで、古代人はまた他の元素霊(エレメンタルガイスト)たちも知覚した。上記の花々の輪舞は、ラムプレヒト司祭にとって特に描写に適した好ましい題材だった。 そして、重要なのは、ラムプレヒト司祭がアレクサンダー遠征の描写に(まだ12世紀の初頭)、元素界(エレメンタル界)の顕現を内包している自然の描写を浸透させ、流れ込ませる叙述を試みたことにある。 宇宙全体への意識により支持されたアレクサンダーのアジアへの遠征が始まり、アレクサンダーがアリストテレスから教えを受けたとき、マケドニアで起こった事実を描写するなら、現代のような、地球の周囲を散文的な(味気のない)描写で表現するのでなく、エレメンタル存在(元素霊)たちの領域を加えた描写で表現する必要がある。 今日の歴史書を読めば(現代では、当然の史実のように思われているが)、アレクサンダーは、師のアリストテレスに不従順で師の助言に逆らい、次のような使命があると思い込んだとされている。 「異邦人たち(バルバロイ)を、文明化された人々である文明的なギリシア人、つまりヘレネスと宥和させ、マケドニア人、異邦人から成る平均的な文化を生じさせなければならない。」 古代ギリシア人 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2 マケドニア人 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B1%E3%83%89%E3%83%8B%E3%82%A2%E4%BA%BA この使命は、確かに現代的な見方からみれば正しくみえるが、実際の真実からみれば、愚かしい間違いである。アレクサンダーの遠征を、ラムプレヒト司祭が全く別の目的に置いている描写を見ると、雄大なイメージが得られる。 そして、ラムプレヒト司祭の描写から、これまでの講義のなかで述べてきた自然-元素界の事実、つまり自然のなかの霊的存在が、自然のなかの物質のなかに入り込んでいるという事実も、秘儀参入の単なる導入部にすぎないようにみえる。
2010年12月15日
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さて、前回述べた事実は、キリスト教が発展する紀元後1世紀までの、ヒベルニアの秘儀の入門者(弟子)が、太陽、及び月の体験に導かれ、当時、宇宙的体験として、壮大に経験されていた体験の短いスケッチにすぎない。 小アジアのエフェソス(エペソ)の地での秘儀の入門者(弟子)たちが獲得した体験は、これとは全く違った。 このエフェソスの秘儀での体験は、後にヨハネの福音書の冒頭の言葉の「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言(ことば)は神とともにあり、言(ことば)は神なりき。」を模範とする表現に見つけられるが、その表現が特に集中的に、全身全霊をもって体験された。 エフェソスでは、ヒベルニアの弟子のように2体の立像の前に連れて行かれるのではなく、エフェソスの有名なアルテミス像の前に連れて行かれた。そして、至る所全てが生命に満ち溢れている、この像と同一化することで、弟子は、宇宙のエーテル(生命的存在)に深く親しんだ。 内なる体験と感情全てをもって、弟子は、単なる地上の(物質的)生活から、宇宙のエーテル的な体験へと浄化させられた。そして、弟子には以下のことが明らかになった。 弟子に第一に伝えられたのは、「人間の言(ことば)とは何か?」という事実だった。人間の言葉、つまり人間を形作る霊性の本質が明らかにされた。 人間を形成する霊性の本質であるロゴス(言語)を手懸かりに、いわゆる自然や世界を形作る霊性(文法)を構成するロゴス(言語)、いわゆる宇宙的なロゴス(言語)である宇宙語(宇宙言語)が、創造的に宇宙(コスモス)を貫いて、どのように活動的に躍動しているかが、明らかにされた。 (心、つまり精神は、言葉を発し、言葉からなっている。仏教でいうなら、「空」である。音といった方がまだわかる。物理的にいうなら、波動「振動」である。粒子も場「空間」のエネルギーの波動から構成されることが、現代物理学でも明らかになっている。) この講義では、エフェソスの秘儀についても、概略を述べるだけだが、それは次のような経過だった。 弟子は特に、話すときの呼吸の吐く呼気(息)に、言葉を刻む(含める)際の体験に注目させられた。例えば、弟子は、次のような体験へと導かれた。 呼気に言葉を刻む(含める)とき、自身の内なる行為を通じて、生命として移行するロゴス(言語)は、空気(気体)のエレメント(元素霊)のなかで生起し、しかも、この発話プロセスに、2つの別のエレメント(元素霊)が結びつく事実を体験するように導かれた。 では、イメージしてみる。呼気(下図右側の中央部の「赤」を伴う「明るい青」の「空気」参照)に、言葉(赤)が刻印される(含まれる)。言葉として形成された呼気が、(言葉を発した人間の)胸から外へと流出すると、生体組織内の、水のような液体のエレメント(元素霊)のなかへ、リズミカルな振動として浸透し、下降していく(下図右側の下部の「明色」と「水」)。 人間は話す際、喉頭の上部に、空気のリズム(振動)を起こす発声器官(声帯)を持っている。 喉頭 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%96%89%E9%A0%AD 声帯 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%B0%E5%B8%AF 言葉を発する行為と並行して、人間の内部では、言葉の振動が液体的身体に浸透し、共鳴する。発声領域の下にある液体が振動しはじめ、内部で共振する。そして、発声と同時に、本質的に感情を伴う。 もし、生体内の水状のエレメント(元素霊)が共振しなければ、分離した状態で、いわば無造作に言葉が外へと出ていき、(自分が発した)言葉に何の共感ももたないだろう。 また、生体内の上に向かって、つまり頭部に向かって、熱エレメント(元素霊;上図右側の上部の「赤」と「熱」)が上昇していき、そして呼気に刻印した(含んだ)言葉は、上方に流れていく熱の波動を伴い、この波動が頭部に浸透し、言葉に思考を伴わせるように働きかける。 そのため、人間が話すとき、三重のエレメント(元素霊)と関わる。つまり空気(気体)、熱(エネルギー)、水、或いは液体のエレメント(元素霊)である。 (言葉を発することで、空気、つまり気体の運動と、水、つまり液体の運動と、そして、熱の運動と関わる。古代では、気体の運動を、空気「風」の精霊、液体の運動のことを、水の精霊、熱の運動のことを、火の精霊として表現していたと思えば、わかりやすい。 つまり、古代人がいう、火の精霊と、風の精霊と、水の精霊は、言葉により生じるわけである。) 人間が言葉を発する際のプロセス、つまり、発声のプロセスに関する霊的存在の活動の全体像が、エフェソスの秘儀参入者の場合、最初の段階で教えられた。 次いで弟子に明らかになったことは、人間の発声プロセスは、過去の太古のある時期に、宇宙が地球に働きかけた出来事が人間化されたものである、という事実だった。 ただ、宇宙が、地球に働きかけたときは、地球のうねりの(発声)活動は、空気のエレメント(元素霊)ではなく、水、つまり液体のエレメント(元素霊、上図の左側の「青」)で、第3講で、述べた揮発-流動性卵白である液体のエレメント(元素霊)だった。 人間が話すとき、呼気の形で、声帯の周囲に、小規模の空気が存在するのと同じように、かつて、地球の周囲に大気として揮発性-液体の卵白があった。 発話(発声)後、呼気の空気が、上方に熱エレメント(元素霊)として移行していくように、地球の卵白は、上方へと、一種の空気エレメント(元素霊)に移行し(上図左側の、「明るい青」)、また下方では、一種の土(固体)のエレメント(元素霊)に移行していった(上図左側の「明色」)。 その結果、人間の発話(発声)の場合、生体のなかで、液体のエレメント(元素霊)を通じて、感情が生まれるのと同じように、太古の地球では、地球を形成する様々な力や、地球の全作用が生じた。そしてまた、太古の地球の上方の空気のエレメント(元素霊)には、地球のなかで創造しながら働きかける、宇宙的な思考活動が生まれた。 かつてマクロコスモス(大宇宙)のプロセスであった出来事が、ミクロコスモス(小宇宙=人間)化した余韻として、人間が発する言葉のなかに生きている事実に、弟子が気づかされたとき、エフェソスの地で獲得された秘儀は、荘厳で、圧倒的なイメージに映った。 エフェソスの秘儀参入者は、発話(発声)という体験のなかに、宇宙語(宇宙言語)の作用を霊視として感じた。太古の地球においては、揮発性-液体のエレメント(元素霊)を動かし、上方では創造する宇宙思考に、下方では地球の様々な力の発生源となっていた宇宙言語(宇宙語)の作用を感じた。 このように弟子は、「発話(発声)」の正しい理解を学び、宇宙的な作用に精通するようになった。つまり、次のような事実を学んだ。 「人間のなかに、人間ロゴス(言語)がある。人間ロゴス(言語)は、人間が、地球紀を過ごす間、人間から作用する、人間のお前は、人間ロゴス(言語)なのである。」 というのも、実際、液体エレメント(元素霊)のなかで、下方へと流出する宇宙言語(元素霊、宇宙語)を通じて、人間は、宇宙言語(宇宙語)から形成されるからである。また、上方へと流出する宇宙言語(宇宙語)を通じて、地球紀の間、人間としての思考を人間は持つ。 「お前のなかで、最も人間的な存在が、ミクロコスモス(小宇宙)的なロゴスであるように、原初にロゴス(宇宙言語)があり、ロゴスは神とともにあり、ロゴスが神であった。」 このような事実がエフェソスでは、秘儀参入者を通じ、秘儀参入者でもある人間自身において、徹底的に理解された。
2010年12月14日
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霊視により、当時のヒベルニアの秘儀の実際の様子を、具象的に描写するが、弟子たちが、ヒベルニアの秘儀参入の準備段階に到達し、いわば、その最終的状態の正反対(対極)に到達すると、弟子たちは、一種の聖域へと導かれた。 聖域には、途方もなく強大な暗示力を持つ、2つの立像があった。巨大な立像の1つは、中身が空洞で、空洞を囲む外側の面、つまり、この立像をつくる表面は極めて弾力がある素材で、指でどこを押しても、この像を内へと押すことができたが、押すのを止めた瞬間、形は元通りになった。 立像全体は、頭部を主として形成され、この像を正面にした人間は、頭部から巨大な体躯の他の部分へと力が放射しているように感じた。というのも、空洞の内部は見えず、知覚もできず、押してみて、はじめて内側の空洞に気づくからである。 この立像からは、頭部以外の体躯全体が、頭部の力により放射され、頭部が全てを為している、と感じられた。 詩情に乏しく無味乾燥な生を送っている今日の現代人が、この立像の前に連れて行かれても、抽象的描像以外の何かを感じる等はほとんどないだろう。なぜなら、人間の魂の内部全体の、いわゆる精神(霊)や魂、そして血や神経で、幻影や錯誤の力を体験してはじめて、このような巨大な姿から、暗示的な猛威を体験できるからである。 この立像は、男性の特徴を持っていた。この立像の傍らに、女性的特徴を持つもう1つ(2つ目)の像が立っていた。こちらは空洞ではなかった。この(2つ目の)立像は、弾力的ではないが、可塑的な素材から造られていた。この立像を指で押すと(弟子たちは、立像を指で押すように促された)、形は壊れ、立像の体には穴が開いた。 (この話から、金剛力士像が思い浮かぶ。) 金剛力士 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%89%9B%E5%8A%9B%E5%A3%AB 1つ目の立像は、弾力があるため、指で押しても、その形態が元に戻ることを経験し、2つ目の立像は、指で押すことにより、像を変形できることを経験した後で、弟子は、秘儀参入の導師に従い、立像のある部屋を去り、別の部屋へと誘導され、可塑性の非弾力な女性的特徴を持つ立像に弟子が指でつけた欠損や変形を、導師がすっかり元に戻してから、また、弟子はこの部屋に連れ戻された。 弟子は、立像が無傷の状態に戻されてから、再度、立像の前に連れ戻された。このように弟子が成し遂げた全ての準備を通して(いまは、事態を概略的に描写できるだけだが)、弟子は、女性的特徴を備えた立像の前で、霊、魂、体による全人間性において、ある内的体験を得た。 この内的体験は、既に以前から準備されてきたものだが、立像の暗示的な作用により極めて完全な形で起こった。弟子は自らのうちに、内(魂)的な硬直感、つまり、内(精神)的に凍りつき、硬直する感情を覚えた。 そして、この硬直感は弟子のなかに、自分の魂がイマジネーション(霊視力)で満たされるという作用を及ぼし(心眼を獲得し)、そのイマジネーション(霊視)から、地球の冬の像、すなわち地球の冬を啓示する像を獲得した。つまり、弟子は内側の霊のなかに、冬の霊的存在を観るように導かれた。 1つ目の立像の男性的な立像の場合、弟子は、通常全身のなかにある生命全てが、血液のなかに流れ込むような、つまり血液が、力に浸透されて皮膚を圧迫するときのように感じた。 (金剛力士像では、「阿形」が男性像で、「阿吽『あうん』」の呼吸の「阿形」というのだから、人間が「あ」という言葉を出すとき、例えば、暑いときなどに「あぁ、暑い!」というように、皮膚表面に血流を押し出し、身体を冷却するときの魂「精神」の働きをイメージでき、「吽形」が女性像で、人間が「う」という言葉を発するときなどの、例えば、寒いときに「うぅ、寒い!」というように、身体内部に血流を戻し、身体を温めるときの魂「精神」の働きをイメージできる。 つまり、金剛力士像は、人間の魂の働き、心の働きを表現したのだろう。 残る、阿吽の「あうん」の「ん」の像は中性で、「阿形」と「吽形」を統合した「執金剛神」の像なのだろう。人間が踏ん張るときに、思わず「んっ!」という言葉を発するのは、魂の「中和」の働きからくる。仏像は、人間の魂の働き、つまり、感情等を表現したものなのだろう。) 執金剛神 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9F%B7%E9%87%91%E5%89%9B%E7%A5%9E 弟子は、2つ目の立像の前では、凍り付いた骸骨になるように感じたが、1つ目の立像の前では、自分の内の全生命が暑熱を帯びて崩壊し、自分が張りつめた皮膚のなかに生きるように感じた。そして、表面を圧迫された立像と融合する全体人間の体験は、弟子を、次のような洞察へと導いた。 「お前は感じ体験する。宇宙で、特に太陽だけがお前に作用するときに、お前がなる状態を体験する。」 そして、1つ目の立像から、弟子は、黄道の区分け(二十四節気)や季節の違いによる宇宙的な太陽の作用を知るようになった。弟子は、太陽と人間の関係を知るようになった。更に弟子は、宇宙の多方面からくる様々な力が、太陽の作用を修正する、という理由を知るようになった。 二十四節気 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%8D%81%E5%9B%9B%E7%AF%80%E6%B0%97 実際、1つ目の立像、つまり太陽の像が暗示する作用に影響を過度にうけない状態に身を置くこともできるようになった。このように弟子は、宇宙に慣れ親しむことを学んだ。 弟子が2つ目の立像、つまり月の像が暗示する作用を感受したとき、つまり内的に硬化し、凍りついた冬の風景を体験したとき(太陽の立像の場合、夏の風景を、まるで自身から生み出したように霊「精神」のなかに体験したが)、もし月の作用だけしかなかったら、人間はどのようになったか、という経験を感じた。 さて、現代において、現代人は、宇宙(自然界)について何を知っているか? 現代人は、宇宙(自然界)について、チコリは青い、薔薇は赤い、空は青い云々というような事実を知っている。しかし、このような知見は、自身を震撼させるような印象ではない。このような知見は、周囲にある極めて日常的な風景を告げているにすぎない。 チコリ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%BC 万有宇宙の秘密に通じるようになりたいなら、全身全霊で集中的に感覚器官にならないといけない。そのため、太陽像の暗示する作用を通じて、弟子は、自らの血液の循環全てに集中させられた。太陽像が暗示する作用を自らのなかで体験することで、自らのなかに、太陽(の力)が存在している事実を知るようになった。 更に、女性的な月の立像が暗示する作用を体験することで、自らのなかに、月(の力)が存在している事実も知るようになった。 それから、更に、様々な内(精神)的体験から、今日の人間が眼で得た体験から、自らのなかに、薔薇がどのように作用するか、また、耳で得た体験から、自らに嬰ト音がどう作用するか等を知り、自らの太陽や月が、それらを通じて、どのように作用するかを、知るようになった。 (女性の生理が月の周期に沿うのは、月の力が生体にある証である。ちなみに、シュタイナーは、地球の潮の満ち引きは、月の引力ではなく、地球のなかにある月の力であると述べている。 かつて、月は地球と一体だったので、そのときの名残であり、現在の月とは直接関係ないと述べている。月が分離した跡を、現代科学は、巨大隕石の衝突痕としているが、隕石の衝突ではなく、月が分離したせいで、地球の環境が変わったという。 勿論、当時、恐竜は存在したが、現代人が考えているような鉱物のような硬い構造の恐竜ではなく、地球の空、つまり大気は、何層にも分かれた液体であり、恐竜はそのなかをクラゲのように泳ぎ、鳥のように飛んでいたという。 ちなみに、シュタイナーは、恐竜の絶滅は、恐竜自身の進化の限界に遭遇したようなことを述べている。簡単にいうと、当時の恐竜は、上層のいまでいう稲妻や火のような存在を食糧としていたが、食べれば食べるほど毒を抱えるようになったという。その毒を克服できず、やがて地球の環境がかわり死滅したという。 このような過去のイメージから、龍伝説が生まれたようである。現代人が、空をみて、龍をイメージするのは、過去の体験が、魂のなかに残っているせいかもしれない。) このように、ヒベルニアの秘儀参入の弟子たちは、古代アトランティス後の時代においてもなお、人間が宇宙に組み込まれている事実を体験していた。この体験は、当時の古代人にとっては直接的な経験だった。
2010年12月13日
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第4講 第3講の課題は、世界史上の進化がどのように起こるか、ということを個々の人物を手懸りに示すことだった。人智学の方向で、(精神的に)前進(進化)するなら、「周囲で生じる出来事の結果を、自分のなかに反映させる」しか表現できない。 (単純にいえば、「思いやり」をもて、ということか?) というのも、熟考すれば、現代(の意識)だけが、この連続講義でも継続し述べてきた理由から、人間は、自らを、自分以外の他の世界から、切り離された個別の存在と感じるように性格づけているからである。 過去全ての時代、そして将来全ての時代において、次のような事実は、はっきりと強調すべきことだが、「人間は自らを全宇宙の一部、つまり全宇宙に組み込まれた存在」として感じてきたし、やがて、感じるようになるだろう。 (シュタイナーは、人間は進化すると、蜂の巣のような群魂になるといっている。キリストが述べた愛の巣、つまりエルサレム「エルシャローム」、神の都のことだという。) 何度も述べてきたように、人間の一本の指は、それ自体で完結した存在ではなく、人間に所属するように、また他方、指が人間から切り離されれば、もはや指ではなく崩壊し、全く別の存在となり、生体組織とは別の法則に従うのと同様に、人間は、地上生という形であれ、死と新たな転生の間の(天上)生という形であれ、何らかの形で、全宇宙と関り合っている存在にすぎない。 このような意識は、過去の時代には存在し、これからまた存在するようになるだろう。この意識が曇り、暗くなっているのは、今日の時代だけで、なぜなら、これから述べることだが、人間が自由の体験を、完全に自らのなかに育成できるように、この意識が曇り、暗くなることが人間には必要だったからである。 そして時代を遡れば遡るほど、益々、いかに人間が、自分は宇宙の一部であるという意識を持っていたか、がわかる。 さて、2人の人物、1人は有名な叙事詩において、ギルガメッシュと呼ばれ、もう1人は、同叙事詩でエアバニと呼ばれた人物を描写し、それから、この2人の人物が、古代カルデア-エジプト時代当時、可能だった人生を生き、その後、エフェソスの秘儀を通じて、更なる魂(精神)の深まり(深化)を経験した様子を示した。 さらに、第3講で、注目した事実は、この同じ人間たちが、その後アリストテレスとアレクサンダーとして、世界史の進化のなかに転生した、ということだった。 しかし、描出した2人の人物たちに生じた出来事の時代では、地球進化の全般の歩みが、どのようなものであったかを、完全に理解できるためには、このような魂たちが、前後の3つの文化期において、自らのうちに受け入れた意識を、更に厳密に見通す必要がある。 ギルガメッシュと名づけられた人物が、西への道を辿り、古代アトランティス後の、ある西方のイニシエーション(秘儀参入)に、なんとか参入することに注目した。さて今度は、更に後の意識を理解するために、後のイニシエーション(秘儀参入)がどのようなものだったか、を霊視する。 勿論、古代アトランティスのイニシエーション(秘儀参入)の余韻が長い間残っていた土地に、エフェソスの秘儀の後のイニシエーション(秘儀参入)を探す必要がある。ドルナハの人智学徒には既に述べたが、ヒベルニアの秘儀がそれに相当する。 しかし、ここで考察することを、完全に理解できるためには、以前述べた事実を幾つか繰り返す必要がある。 アイルランドの秘儀であるヒベルニアの秘儀は、長い間存続してきた。それはキリスト教成立の時代にもなお続き、古代アトランティス民族の叡智の教えを、ある面から最も忠実に保存してきた秘儀である。 さて、まずは、これから、古代アトランティス後の時代に、アイルランドの秘儀に参入を許された秘儀参入者の体験に関する1つの像(イメージ)を取り上げる。 この秘儀参入を受けることになった弟子は、当時、厳しい準備が課せられた。古代では、そもそも秘儀参入への準備には途方もない過酷さがつきものだった。その弟子は、実際、内(精神)的な魂の状態を、まるごとそっくり創りかえる必要があった。 ヒベルニアの秘儀では第一に、人間を取り巻く周囲のなかの虚偽、感覚による知覚に則って、自分の存在の拠り所とする全ての事物のなかの虚偽に対して、強い内的な体験をしながら注意を向ける、という準備が課せられた。 そして、第2に、本当の真実を希求するときに立ち塞がる困難と障害全てに注意を向けさせられた。感覚世界において、人間を取り巻く全ては、根本的に幻影で、感覚は幻影を与え、真実は感覚の背後に隠れている。つまり真の実在は、本質的に、感覚による知覚を通じては、到達できない事実に気づかされた。 人智学に長く親しめば、その事実は既に充分に確信しているというかもしれない。けれども、感覚的な外界の幻影的性格について、そもそも現在の(覚醒)意識のなかで人間が持ち得る知識などは、当時のヒベルニアの秘儀参入のために準備を課された弟子たちが経験した内的な震撼や悲劇に比べれば、無に等しい。 というのも、このように「全てはマーヤ(幻)、幻影だ!」と理論的に言うこと自体が、非常に軽く考えている証拠である。しかし、ヒベルニアの秘儀入門者たちの準備は、自身に、幻影を突き抜け、実際の真実の存在に到達する可能性はない、と言い聞かせる段階にまで進められた。 弟子たちは、最初は、いわば絶望の念から内的、魂的な幻影に満足する、という準備が課せられた。この幻影の本性は、あまりに強圧的で圧倒的なので、幻影を越えてゆくことなどできない、という絶望に満ちた気分のなかに沈潜した。 そして弟子たちのなかに繰り返し、次のような気分が起こった。 「これから、人間は幻影の最中に埋没し続けなければならない。これから、人間は足下の基盤を失わざるを得なくなる。なぜなら、幻影に確実な足場を求めることができないからである。」 古代の秘儀参入に対する準備の過酷さに関しては、今日の現代人は、根本的に、ほとんど想像つかないだろう。内的な進化を真に促す存在の前では、人間は怯まざるを得ない。 弟子たちにとって、存在の幻影的な性格に関する絶望的な気分と同様に、真理を求める努力に対しても事情は同じだった。そして、人間が真理に至ろうとする努力を、情緒のなかで、打ち負かす暗い感覚や、感情のなかで、妨害する感覚や、明澄な認識の光を曇らす感覚全てを知った。 このような準備段階を得て、弟子たちは、次のような結論に至った。 「真理のなかに生きることができないのなら、錯誤のなか、虚偽のなかで生きざるを得ない!」 つまり、これは、人生のある時期に、自らの存在や、真理に対する絶望に至るなら、その人間の人間性が、自身から分離される、ということを意味する。 上記の準備全ては、要するに、人間が、到達すべき目標と正反対の境地の体験を通じて、この目標に深い人間的感情を抱くために必要だった。なぜなら、錯誤や幻影と共に生きる、という状態が、どういう状態なのか、の理解に到達できない人間は、存在や真実を尊重する、という状態も理解できないからである。 (何が悪かということを知らなければ、善も知ることができないのと同じなのだろう。) ヒベルニアの秘儀の入門者(弟子)たちは、真実や存在を尊重するという境地を学ばねばならなかった。
2010年12月10日
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あるブログをみていて、「シュメール」が「スメル」に読めることに気がついた。そこで、検索すると、「スメラミコト」を解説しているホームページに遭遇した。 「スメラミコト」とは、日本の天皇のことだが、そのホームページによると、『スメラミコトを、ヘブライ語で解釈すると、(sum,スム)は「~を置く」、「~を設置する」、そして (el,エル)は「神」になる。よって、2つの言葉合わせると (スメル)となり、「神を置く」、すなわち「神を奉る」、「神を祀る」となり、(migad, ミガド)は「栄光」を意味する言葉である』という。 つまり、「栄光在主」となるという。日本人は古来から神を祭ることを基本にしてきた。いまではほとんど偶像崇拝になってしまったが、「お上(かみ)」という言葉も残っている。 そして、戦中は、「天皇陛下万歳!」といって死んでいったわけである。これは、「スメラミコト!」と言って死んでいたことになる。 シュタイナーは、日本民族には、かつて古代ローマ時代に、キリスト教により感化を受けた魂が、転生しているということを語ったようである。 キリスト教と日本の神道は違うというかもしれないが、神を崇める態度に違いはないと思う。 日本人は無宗教といわれるが、それは日本人が意識していないだけで、自然と生活のなかで、無意識に神を崇めている生活習慣に溶け込んでいるせいであろう。日本人は無意識に神を崇めている。その神に違いがあれど、何かしら崇めている態度には変わりはない。 では、日本人の意識のなかに、どうしてこのような自然に神を崇拝する態度が生まれてきたのだろうか? この日本人の意識こそ、古代の日本の秘儀参入者たちが形成してきたものだろう。この意識はいまでは歪んだ形として残っている。いわゆる米国崇拝である。 明治維新の精神は、明治天皇崇拝にあることに議論の余地はないだろう。明治天皇なくして、明治維新や官軍賊軍というレッテルもなかったわけで、徳川家が賊軍の汚名を帯びないように勝海舟の晩年の努力があったわけである。 戦中は昭和天皇に引き継がれたが、軍部の独裁により、天皇は囲まれ、軍部の裏切りにより、米国に降り、日本の精神は、GHQに骨抜きにされ、米国の物質主義を神に崇めているのが、いまの日本の上層部である。右翼はその反動を演じているにすぎない。 さて、話を「スメラミコト」に戻すと、日本の精神が、シュメールからの移植であることに気がつく。シュメールとは、古代ヘブライ-エジプト文明の中心都市であるように思う。 シュメールは、イシュタルの秘儀と深い関わりがあるようだ。イシュタルの秘儀は、シュタイナーの講義から、古代アトランティスからの伝統的な秘儀参入法を受け継いでいたようである。無理解なギルガメッシュにより冒涜されたので、ウルクの都市では災いが起きたようである。 すると、日本の天皇は、このイシュタルの秘儀を受け継いでいるようである。日本人の意識が、このイシュタルの秘儀を受け継いでいるのなら、なんらかの繋がりがあるものと思われる。 ウイキペディアで、イシュタルを調べると、以下である。 イシュタル http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%83%AB この内容から、イシュタルが出産や豊穣に繋がる女神であることがわかる。どこか、古代エジプトのイシス女神の伝説を彷彿とさせる。日本の神話では、天照大神が女神とされるのも、ここからくるのだろうか? 女神というよりも、この説明の、「その祭司には実際に性同一性障害者が連なっていた」とあるように、日本の側室を置き子種をなくさない制度にも繋がっていたのだろう。日本の神社の巫女にもつながっているのかもしれない。 なにより面白いのが、そのホームページによれば、平安京は、空海によりエルサレムをモデルにつくられたというものである。 平安京を支えた空海の真相 http://judea.naritacity.com/journal_japan_090717.asp 更に興味深いのは、以下のホームページの下にある地図である。 平安京の謎を紐解く空海の存在とカゴメ印の不思議に迫る http://judea.naritacity.com/journal_main_090715.asp この地図をみると、北斗七星(六芒星)と北極星の関係がみえるからである。 再度山-京都御所-国分寺-石神神宮-高野山-便石山-伊勢神宮が北斗七星(六芒星)で、剣山が、北極星と考えられるからである。 北斗七星の中心の石神神宮は、伊勢神宮が祀られる前の最古の神宮であるという。 石神神宮訪問記 http://fukufukuro.jugem.jp/?cid=4 この石神神宮には鶏が神とされているようであるが、鶏は「時を刻む鳥」として有名で、つまり古代エジプトのトート神のことを彷彿とさせる。トート神は、古代エジプトでは時を刻む神とされた。この神宮には、草薙剣が収められているという。草薙剣とは、人間の自我のことである。ヤマタノオロチとは、人間の獣の心、つまり利己心である。 つまり、日本人のルーツが、古代エジプト-ヘブライ文明にあることを伺わせる。 なにより、このホームページが面白いのは、コジツケだとしても、あまりにも出来すぎているところである。国歌である君が代などは、特に驚愕である。 以下に君が代のヘブライ語解釈が載っている。 ~「君が代」に秘められたユダヤルーツ~ http://judea.naritacity.com/journal_japan_080415.asp これによると、「君が代」は、「立ち上がれ ! 神を讃えよ ! 神の選民であるシオンの民は、選民として喜べ ! 人類に救いが訪れ、神の予言が成就した。全地あまねく宣べ伝えよ ! 」となるらしい。 なるほど、ヘブライ語では、イシ(石)は「救い主」の意味をもつらしいが、古代エジプトの女神イシスの名にも通じるものがあり、イワ(岩)は、「ヤハウエ神」の意味らしいが、イワは、エア(イア)神に発音が何処となく似ている感じもする。 エア(イア)神は、ソフ-イエ、つまりソフィアという愛の意味の原語である。ちなみに、ソフは「浸透する」という前置詞の意味で、エア(イア)神の叡智が浸透するという意味になる。「浸透」するといえば、神道も(しんとう)であるが単なるオヤジギャグだろうか? 上記の「君が代」で出てくるシオンは、日本語では、四音とも、紫苑とも、子音ともとれるが、四音の場合、ヤハウエの原語のヘブライ語では、4語YHWHなので、神を表すそのものであるし、しかも、ヘブライ語は、子音表記なので、4語かつ子音となる。 「紫苑」は植物で、なんと花言葉は『君を忘れず』ということだ。君とは、神なので、君が代にかかっていることがわかる。 ちなみに、「シオンの民」のヘブライ語は「チヨニ」からくるという。「千代に、八千代に」という部分である。確かに、千代はシオンに似ているともとれる。 また、このホームページには、童話のカゴメ歌のヘブライ語解釈もあるが、上記の石神神宮と剣山の関係を巧く歌っているようにもみえる。 例えば、六芒星で囲まれた中央の石神神宮には、草薙の剣があるとされ、鶏が神とされているわけで、「カゴの中の鳥」というカゴメの歌詞と合っているし、「夜明け」と「晩」の歌詞には、夜明けとともに、東にある伊勢神宮-京都御所-国分寺が覚醒意識として働き、晩とともに、西にある再度山-高野山-便石山が霊的意識として働く、「鶴と亀がすべった」は、剣山の別名の鶴亀(ツルキ)に、もしくは六芒星が亀で、剣が、鶴を表すのかも、そして、「後ろの正面」とは、カゴのなかの石神神宮と剣山の関係を意味するように思える。 日本人の意識と深く関わっているのかもしれない。それにしても、日本人のいまの意識の根底には、空海という大巨人、恐らく日本の秘儀参入者だろうが、深く関わっていたことがわかる。宗教を用いて、日本人の意識を変革してきたのであろう。 なにより生きることは、過去の良心を受け継ぎ、次世代の人間の意識、徳性を形作ることにあると思われるからである。 そのために必要なのは、やはり国語、歴史、そして哲学であろう。更に、芸術だろう。日本人が先が見えなくなったのは、1に国語、2に歴史、そして3に哲学を等閑にしてきたからであろう。そして、4として芸術が退廃的になっているせいである。 日本語ができなければ、日本人の意識、道徳を受け継ぐことができないし、歴史、特に口伝は、過去の体験を受け継ぐには必須であろう。 そして哲学、ここでいう哲学は、難しい議論をすることではない。自分の精神の土台となるものを探求することである。過去の考えを融合していまの自分の考えがあるわけで、その土台となるものを自分でみつけることである。すると、どうしても神に行き着く。 つまり神を崇拝する謙虚さや真心がなくては人間失格で、思いやりのない獣やモンスターとなるだろう。 更には、芸術で、心を表現し、精神の精細性を高めないと、不可視な霊的存在、つまり万物に宿る神々を表現することができない。そういう意味では、現代の御利益主義の教育は日本人を殺してしまっている。外国語で親を馬鹿にするような民族に将来はないだろう。しかし、いまからでも遅くはない。間違えは改めればよいのである。 シュタイナーの予言によれば、次の文化は、再び古代エジプト文化が再興するからである。古代ローマからギリシア、つまり米国から欧州の物質文明の時代は終焉を迎えるのは確かだろう。ただし悪魔の悪あがきが続くようであるが…。
2010年12月06日
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さて、(13年前に)シュトゥットガルトで語り、また今話題にしている2人の人物は、運命の導きで、エフェソスの秘儀に所属する存在として再び受肉(転生)し、これまで述べてきた概略を親しく魂のなかに受容した。それにより、2人の魂が、ある種の形で、内(精神)的に強化された。 以前は、体験のなかとは言っても、大部分は無意識の体験だったが、体験のなかだけでアプローチした叡智を、2人は、秘儀を通じて直接受け取った。つまり、この秘儀の受容により、この2人の人物における共通の人間進化(意識)的な体験は、2つの別々の受肉に分けられた。 (つまり、これまでの霊的人間と、物質的人間の2つの意識が、2つの個人的人間の意識に移行したわけである。) この出来事により、2人は、自らのうちに、上方の霊界と人間が関連している、という強い意識を持つようになり、同時に、地上全てに対する強い、集中的な感受性を持つようになった。 (さしずめ、お釈迦さんの「天上天下唯我独尊」でしょう。釈迦が生まれたのは紀元前500年頃なので、紀元前2600年頃のシュメールの出来事を綴ったギルガメッシュ叙事詩の2人は先駆者といえる。 シュタイナーによると、古代アトランティス時代は、今から約1万年前で、ポスト「後」アトランティス時代は、その後にはじまり、紀元前2600年という年代判定が正しければ、古代ペルシア文化期から、古代エジプト文化期辺りに相当する。 ちなみに、釈迦の生誕が紀元前500で正しければ、古代エジプト文化期から古代ギリシア文化期辺りに相当する。文化期の移行期には重要な人物が、人間の意識の進化に際して登場している。古代ギリシア文化期から、古代ローマ文化期から現代までは、キリストである。) というのも、ある人間にとって2つの意識が常に混合して流れるなら、2つを切り離せなければ、その2つは融合していく。しかし、2つを明確に分離できれば、双方を、一方に照らして判断できる。そのような分離から、この2人の人物も、それぞれの生から導かれた上方の世界の霊を、以前の受肉の余韻から内部に生きる意識を通じて、一面において判断できた。 さて今や、秘儀において、女神アルテミスの影響下にあるエフェソスの秘儀において、上記のような意識が、2人に伝授されたわけだが、今や2人は、地上の事物が人間の外に、どのように生じたか、人間以外の存在が、人間をも包含していた原初の物質から、地上で、どのように徐々に形成されてきたかを、判断できるようになった。 この2人の人物の人生の後に、ヘラクレイトスが、エフェソスで生きる時代が訪れるが、この2人の人物の人生は、特に内的に豊かな、宇宙の秘密に貫かれて強く光を放つものになった。 ヘラクレイトス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%B9 更に、当時の古代人は、魂(精神)の生活において、単純に地上に水平的に拡がるだけでなく、その本質を上へ伸ばすときには、上に向かって拡がる精神(霊)的存在とも関係をもつ、という強固な意識も生じた。 そして、この2人の人物は古代エジプト-カルディア時代に働きかけ、その後のヘラクレイトスの時代とも言える少し後の時代に、エフェソスの秘儀と関わりをもつ2人の人物の内(精神)的な魂の形成へと(転生し)、この共同作業は継続した。 互いに育て上げた魂の形成が、死を通過し、霊界を通過し、それから、後のある地上生を準備した。この共同作業が原因で、根本的に多くが様々な形で問題となった地上生(転生)を準備した。 そして、この2人の人物が地球進化の歴史的経過に身を置かざるを得なかった上記の方法を手掛かりにすることで、カルマ的に後の地上生へと継続してゆく、前世に由来する魂の体験が、後の時代に変容して組み込まれ、地球人類進化のなかに現われる事象をどのように準備するか、を予見できる。 いま、この2人の例を挙げるのは、この2人の人物が、その後歴史上の進化の極めて重要な時代に登場するからで、この時代については、前回のシュトゥットガルトの講義でも示唆した。既に、上述した事実全てを13年前に、特定の観点から述べている。 古代エジプト-カルディア時代に、遥かに拡がった宇宙的な生(意識)を通過した、この2人の人物の、その後の宇宙的な生(意識)を、内(精神)的に深め、ある意味、魂を強化した結果、2人の人物は、後の受肉において、アリストテレスとアレクサンダー大王として再び生きた。 (エアバニの魂が、アリストテレスに受肉し、ギルガメッシュの魂が、アレクサンダー大王に受肉したという。) アリストテレス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%86%E3%83%AC%E3%82%B9 アレクサンダー大王 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AD%E3%82%B93%E4%B8%96 そして、アリストテレスとアレクサンダー大王の魂の根底に注目してはじめて、シュトゥットガルトの講義の歴史の章で述べたように、ギリシア精神の退嬰のなか、古代ローマ・ロマン民族による統治の出発点となった、この2人の人物のなかに、当時、なぜ、問題のある形で作用したのか、そして、その後、この2人の人物を通じて作用した意識を理解できる。 この点については、更に、次の第4講で引き続き述べる。
2010年12月02日
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人間も含めて、宇宙の進化という光景を、古代人に見せていた秘儀の1つは、後の時代まで維持されていた。その秘儀が、エフェソス(エペソ)の地での秘儀、エフェソスの地でのアルテミスの秘儀である。 エフェソス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%BD%E3%82%B9 このエフェソスの地の秘儀は、中心に女神アルテミスの像を持つものだった。今日、エフェソスのアルテミス女神の模造品を眺めても、乳房を露出した女性の姿という単なるグロテスクな印象を持つだけだろう。このような像が古代には、どのように体験されていたのか、の見当もつかないからである。 古代には、アルテミス像のような体験が重要だった。秘儀参入の弟子たちは準備を終えてから、秘儀の本質的な中心へと導かれた。このアルテミス像が、このエフェソスの秘儀の中心だった。弟子たちが、この中心に導かれると、この像と1つになった。 古代人は、この像の前に立つと、皮膚内の存在(肉体のなかの存在)である、という意識が中断され、代わりに、自分は、この像である、という意識をもった。弟子は、このアルテミス像と一体化した。そして、このようにエフェソスの神々と意識のなかで一体化することは、次のような作用を及ぼした。 地球の周囲の領域、石や木々や川や雲などを見ることはなく、アルテミスの像のなかに参入し、感じることで、自分とエーテル界との関係を、内観できた。古代人は、自分が星々の世界(天空)と、その出来事と1つであると感じた。 古代人は、人間の皮膚内の地上的な物質性を感じず、自らの宇宙的存在を感じた。エーテル体のなかに自らを感じた。 そして、自らのエーテル体で、自らを感じることを通じて、人間の以前の地上生活(前世)の状態と、その地上生活そのものが、明かされた。 今日、現代人は、表面の大部分が水に覆われ、酸素や窒素他の物質を大気に含み、特に、人間が呼吸のために必要とする物質を含む大気圏に囲まれた、一種の岩塊のように、地球を見ている。 そしてまた、今日、現代人が、通常の自然認識なるものを基盤にして、思弁を繰り返し、観察し、観察結果を解釈すると、正しいこと(真実)が明らかになる、と信じている! 今日の状態に先行する最古の時代では、霊視でしか、真実を獲得できなかった。弟子たちが、神々の像と一体化したとき、地球と人類の太古の状態に関する霊視が、エフェソスの秘儀の弟子たちに明かされた。 そのとき、今日の地球の周囲の大気圏が、かつては現在のようではなく、極めて精妙な流動的-揮発性の卵白(蛋白質)であった事実を知った。すなわち、地上に生きる生命全てが生じるために、この地球の上を全生命が流動し、揮発性の卵白の力を必要とし、その中で生きていた。 そして更に観照された事実は、この卵白の中に細かく分散された状態で様々な場所で結晶化する(下図「赤っぽい」参照)傾向を持つ珪酸が、ある意味既に存在し、地球の一種の感覚器官として、宇宙の様々な領域からの影響、つまりイマジネーション(霊力)を自らのうちに受容していた、というものだった。 上記のように、地上-卵白状の大気の珪酸含有物の様々な場所に、イマジネーション(霊力)の真なる外的な容姿があった。 このイマジネーション(霊力)は、巨大な植物体の形態(フォルム)をもち、地上に下降し、物質的状態を装うことから、植物の前身が発達してきた。後に、大気状の物質を受容することで、現在の植物となるが、当初はまだ地球の周囲の流動的-揮発性の形態(フォルム)をとっていた。 後になってから、地面へと下降してきて、植物となった。外の珪酸含有物の卵白アルブミン大気の中には、更に、細かく分散された石灰が埋め込まれていた。この卵白アルブミンの凝固の影響を受けながら、石灰からは動物の前身が発生した。 アルブミン http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%96%E3%83%9F%E3%83%B3 そして人間は、上記の卵白アルブミン大気全ての内部に自らを感じていた。人間は、太古の時代には、地球と一体だった。人間は、上記に述べたイマジネーション(霊力)を通じ、地球の植物の前身として形成された霊力のなかに生き、地上の動物の前身として形成された霊力のなかに生きていた。 根本において、どの古代人も自分を、地球全体に拡がっている、地球と1つである、と感じていた。 従って、『神秘的事実としてのキリスト教』という著書で、古代人の理念の能力に関連してプラトンの教義を叙述したように、古代人は、相互に構成し合い、つながっていた。
2010年12月02日
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ギルガメッシュは、ある古代の秘儀に遭遇したが、その秘儀は、古代アトランティス時代の秘儀を純粋に継承する形の秘儀で、ただし、後の時代ではよくあるように、勿論、変化していた。 実際、この秘儀の地では、ギルガメッシュの(霊的)認識力を判定し、評価する術が知られていた。 その地の人々は彼を出迎えた。当時、秘儀参入の弟子たちの多くに課せられていた試練が、ギルガメッシュに課せられた。その試練とは、七日七晩を通じて、完全な覚醒状態で、ある瞑想をすることだったが、ギルガメッシュはできなかった。 そこで彼は、試練の代替(代用)薬を用いた。この代替(代用)薬は、ギルガメッシュが服用することで、実際にある種の光明(啓示)を得るように、特定の物質から調合された。例外を認める条件に該当する限り、この地方では、たとえ、ある意味疑わしい物質でも、調合された。 このように、今やギルガメッシュにある種の光明がもたらされ、宇宙との関連や宇宙の霊的な構造へのある種の洞察力を獲得した。ギルガメッシュが、この遍歴を終えて再び帰還したとき、彼のなかには実際に、高次の霊的な洞察力があった。 ギルガメッシュはほぼドナウ河に沿って遍歴し、ドナウ沿いを南方に向かって、自分が選択した道に沿って、故郷の地へと戻ってきた。けれども、彼は、私(シュタイナー)が講義で述べた別の正しい秘儀参入法ではなく、幾分問題の多い方法で、古代アトランティス後の秘儀参入法を授けられた為、この故郷の地に到着する前の最初の試練に屈服した。 彼は都市に起こった出来事を聞き、自分の身に降りかかる出来事に対して、恐ろしい怒りの発作に屈した。彼は、都市に到着する前に、その出来事を聞いた。恐ろしい怒りが沸き起こり、この湧き起こる怒りのために(獲得した)光明(啓示)がほとんど完全に曇り、彼は光明なしに、故郷の都市へと到着する結果となった。 とはいえ、これが、この人物の特別なところなのだが、死んだ友人との関係を保ち、この死んだ友人の霊とともに、霊界を覗き見る可能性、あるいは少なくとも霊界に関する情報を得る可能性は継続され、失わなかった。 それでもやはり、イニシエーション(秘儀参入)を通じて、霊界を直接見通す、或いは死後の状態の人物に関する情報を得る、というのは、このギルガメッシュの状態とは、別次元の話である。けれども、不死の本質への多少の洞察力が、ギルガメッシュのなかには残されている、と言うことはできる。 さて今度は、死後の人間の行為を霊視から読みとってみる。死後の行為は、当時も今も、次の受肉の意識のなかに働きかけることで、死後は、まだそれほど強くはないが、(次の受肉の)意識に働きかける! 死後、生命のなかの、内(精神)的な構造のなかへの働きかけは確かに非常に強いが、意識のなかへの働きかけはそれほど強くはない。 これまで2人の人物を描写してきた。ポストアトランティス第3文化期のほぼ中頃の人間の両極端な霊(精神)状態を示し、その生き方から、人間が、霊的部分と物質的部分の2つの部分から成立している事実がよくわかるような代表的な人物たちである。 というのも、ギルガメッシュは、自我意識が下降するという、すなわち自我が物質(肉)体-エーテル体のなかに沈み込むということを成し遂げた最初の人間の1人であったにしても、この二元性をよく意識していたからである。 エアバニという人物は、地上に受肉したことがあまりなかったため、明瞭な認識をもち、その認識から、物質等は本質的に存在せず、全ては霊的存在であり、いわゆる物質というのは、霊的存在の別の形状(フォルム)にすぎない、という洞察を得ていた。 つまり、次のように考察できる。上記のように、人間が本質的に構成されていたのなら、今日の思考や感情全てを、当時の古代人ができなかったのは当然である。 人間の思考や感情全体が、古代人では全く異なっていた。そして、上記の代表的な古代の人物たちがアプローチできた、霊(精神)的で文化的な内容は、今日の学校、つまり小学校や高等学校で学ぶ内容とは全く異なり、秘儀から流出し、何らかの形で伝わり、極めて広汎に告げられた内容だった。そのような文化的な教育内容の本質を育成するのは、基本的に、秘儀の祭司である賢人たちだった。 (日本でいうなら、天皇が教育内容を決めていたといえる。平安時代を彷彿とさせる。) さて、いま述べている2人の人物の特徴は、独自の魂の性質から、いま述べた受肉において、当時、自分たちの周囲にあった秘儀と慣れ親しむことができなかった、という点にある。 ギルガメッシュ叙事詩でエアバニと呼ばれる存在は、地球外に滞在したことで、真の秘儀に精通していた。ギルガメッシュと呼ばれる存在は、古代アトランティス後のある秘儀において、一種のイニシエーション(秘儀参入)を体験したが、彼には果実を半分しかもたらさなかった。 しかし、叙事詩で記述された出来事全てが作用を及ぼし、2人の人物のなかで、先史時代の秘儀に類似した叡智を感得できるようになった。恐らく2人は次のことを話し合っただろう。 「我々は一体どうなったのか? 地球の進化に伴って、我々は共に何をしてきたのか? 我々は、地球進化を通じて、現在の状態になった。我々は、地球の進化のとき、一体何をしたのか?」 ギルガメッシュが悩み、格闘した不死の問題は、当時の人間の魂のなかにある意識を通じて、地上の先史時代の進化には必須の洞察力と関わっていた。 そして、地球の最古の進化段階である太陽状態(太陽紀)、月状態(月紀)云々の時期に、既に受肉していた人間の魂が、その後、地上に受肉した魂として、秘儀にどのようにアプローチするのか、の洞察を同時にもたなかったら、当時の感覚では、本質的に、魂の不死について、思考や感情をもつことはできなかった。 古代人は、自分は地球の一部であり、自身を認識するためには、自分と地球との関係を見通さなければならない、と感じていた。 さて、アジアの秘儀のなかで培われていた秘密というのは、宇宙的な秘密であり、宇宙との関係での地球の進化プロセスを、教義と叡智の内容としていた。その内容は、秘儀のなかに活力ある形で現われ、古代人のなかに理念を与えた。 地球がどのように進化してきたか、そして物質の波とうねり、様々な地球の力のなかで、人間が物質とともに、太陽紀、月紀、地球紀を通じて、どの様に進化してきたか、という概観が、当時の人間の前にもたらされ、この光景が極めて活力ある形で見せられた。
2010年12月02日
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月は、特に地球の人類の最初の偉大な教師たちであった霊的存在たちの宇宙での滞在地だった。かつて地球人類に太古の叡智をもたらし、物質的天体としての月が、地球を去って、太陽系内に自らの位置を獲得した直後に、この月へと引き揚げていった存在たちの滞在地である。 (最近、物質的な宇宙人像をつくり、月の裏側に月面基地があるというような情報をつくる悪魔がいるようである。2012年に人類滅亡というマヤ遺跡を用いたデッチアゲもそのような悪魔の連中の仕業だろう。悪霊が蔓延っている証でもある。) 今日、霊的認識を通じて、真に月を知る能力を持つなら、この宇宙のコロニー(居住地)のなかに、かつて地上で人類の太古の叡智の教師であった霊的存在たちも知るようになるだろう。これらの存在たちが、かつて教えていた内容、そして、人間が自ら、この太古の叡智とある種の関わりを持つことを可能にする衝動も、この秘儀に保管されていた。 とはいえ、例えば、西南アジアのこの秘儀と、叙事詩の中でギルガメッシュと呼ばれている人物との間には、正しい結びつきはなかった。しかし、死後の状態でギルガメッシュと1つになった友人エアバニの超感覚的な影響を通じて、ギルガメッシュのうちに内的な衝動が覚醒した。 それは、魂の不死性に関する何かを経験できるようになる方法(道)を、世界のなかに探し求めようとする衝動である。 (似たような話に、秦の始皇帝が、徐福に不死の薬を探しに東に行かせたという伝説がある。徐福が辿り着いたのが、日本で、富士山は、不死山からきているという噂もある。徐福が日本の皇室に関係しているという噂もある。 南朝と北朝の由来なのではないかと私的には思っている。竹内文書などから、古代の日本はいまでいう観光地になっていたのではないかと思う。一般的に、日本人が外国人に親切なのは、そのような伝統が残っているせいなのではないかと思う。 マルコポーロの東方見聞録は、黄金の国というのは、精神「霊」的に黄金であったのではないかと思う。古代東洋の精神文化の発祥の地という意味である。) 中世には、霊(精神)界に関して何かを体験したいと思えば、人間の内面に沈潜すること(精神のなかに没頭すること)が一般的だった。近代では、更にその行為が内的な経過(精神の活動)となり、当たり前(自然)になっている、と言えるだろう。 しかし、今述べている古代では、地球は、今日の地質学が記述する岩石の塊ではなく、活力ある魂を吹き込まれた霊(精神)的存在だった、という事実を、古代人は正確に知っていた。 例えば、小さな生物が、人間の皮膚上を走りまわり、その生物が鼻や額の上、髪の毛を辿って走りまわる旅で、人間に対する知識を獲得できるのと同じように、当時では、地球(大地)の上を歩き廻ることで、様々な場所で、様々な土地の成立から地球(大地)を知り、その知見を通じて霊(精神)界を洞察していた。 古代人は霊(精神)界を洞察していた。秘儀への接近の有無に関わらず、洞察していた。従って、ピュタゴラスや同様の人たちが、認識の獲得の為に大いに遍歴した、と語られるのは、実際、深い意味をもっていた。 この地球の様々な場所の、霊-魂的-物質的地球の様々な形成の構造から観察され得る認識を、地球の成立の多様性のままに受容するために、古代人は地を巡回した。今日、現代人は、例えば、アフリカやオーストラリアに旅行できるが、観光の対象となる外見的部分を除いて、家での体験に比べてさほど変わった体験をするわけではない。 というのは、地球の様々な場所の間に存在する根源的な差異に対して、現代人の感受性が死に絶えてしまったからである。今述べている古代では、この感受性は死んでなかった。従って、地上の遍歴を通じて不死性の問題の解明の為に、何かを得ようとする衝動は、ギルガメッシュにとって非常に重要な意味があった。 このようにギルガメッシュは、遍歴の第一歩を踏み出した。彼にとって、この遍歴は遥かに重要な結果をもたらした。彼は、近頃(1923年12月)よく話題になるが、その社会的状況は当然ながら非常に変わってしまった地域、すなわちブルゲンラント地方で、古代の秘儀に遭遇した。 ブルゲンラント州 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88%E5%B7%9E 近頃(1923年12月)、ブルゲンラントをオーストリアの一部とするか、ハンガリーの一部とするか議論されたが、このブルゲンラントの地で古代の秘儀に遭遇した。この秘儀の大祭司は、ギルガメッシュ叙事詩ではクシストロス(ウトナピシュテム)[Xisuthros]と呼ばれている。 クシストロス:バビロンのベルの神官ベロッソスは、紀元前280年頃、ギリシア語でバビロニア-カルディアの歴史を著わし、それがバビロンの寺院書庫から発見されたが、ベロッソスは、ジウスドラというシュメール語の名をギリシア語化している。この名は楔形文字(アッシリア語)では「ウトナピシュテム」となっている。 (シュタイナーは、クシストロスをノアの箱舟のノアだと述べている。)
2010年12月01日
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