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前回の続き。西洋の文化にも勿論よいところがある。それは過ちを認め、反省するところである。残念ながら東洋の文化にはこの点で遅れている。だから、下手すると狂信に走ってしまうきらいがある。あほ総理などその典型である。似非宗教になっている。 つまり、ホメオパシーがよいといえば、なんでもホメオパシーに走り、盲信してしまうのはよくない。 人間は物質界で生きているので、物証は必須である。西洋文化から生まれた科学的認識は必要なのである。お互いの良い面を合わせて中道を進むに越したことはない。 では続きである。 ★ ★ ★ また、アメリカついては、以下のような記事もありました。 がん患者の9割強が代替医療を経験~米国最新がん事情 米国代替医療への道 米国が「がん」に宣戦布告したのは1971年。ヴィクトリーまでの道のりは まだ遠いが、死亡率は年々減少傾向を示している。 がん予防で「納豆」 など日本の伝統食が注目され、既存の西洋医療と代替医療を組み合わせた 治療効果への関心も高まっている。 (略) がん患者の97%が代替医療を試みる 死亡率減少という朗報に加え、がんと代替医療に関する興味深い調査報告も 最近発表された。フレッド・ハッチンソン癌リサーチセンターの調査報告で、 1997年2月から1998年12月にかけて乳がん、または前立腺がん、大腸がんと診断されたワシントン州西部に住む大人356人を対象に電話でインタビューしたところ、約97%がなんらかの代替医療を利用しており、その結果、ほぼ全員が体調がよくなったと答えたという。 ここで注目すべきは、代替医療によって、> ほぼ全員が体調がよくなったと答えたという。 部分です。 上の記事によりますと、アメリカの代替医療には、 ・マッサージ療法 ・バイオフィードバック(体内活動の状態を測定し、その情報を音や形などで示す) ・催眠療法 ・イメージ療法(患者の想像力を使った療法) ・クリスタル療法(パワーストーンを使った療法) ・キレーション療法(キレート剤を点滴して行う解毒治療) ・マグネット療法(磁気療法?) ・サプリメント利用 ・音楽療法 ・瞑想 ・ヨガ (これらがアロパシーよりマシなのは、自主的に行うという面にある。誰かに強制的にやらされているのではアロパシー以下である。要するに、治すという気持ちである。治す意志があれば生き方が変わるからだ。) などがあるようで、今ひとつわからないものもありますが、アメリカでは、ガン患者の 97%が、これらを利用していたというのです。 ちなみに、上に「音楽療法」というものがありますが、この原点は、聖書にあるようで、新約聖書「サムエル記」というものの中に以下のくだりがあります。 サムエル記上/ 16章 16節 王様、御前に仕えるこの僕どもにお命じになり、竪琴を上手に奏でる者を探させてください。神からの悪霊が王様を襲うとき、おそばで彼の奏でる竪琴が王様の御気分を良くするでしょう。 サムエル記上/ 16章 23節 神の霊がサウルを襲うたびに、ダビデが傍らで竪琴を奏でると、サウルは心が安まって気分が良くなり、悪霊は彼を離れた。 竪琴は、最近の話の流れでいえば、ライアーと同系統のものですね。 ライアー(シュタイナーが設計した竪琴) ・リラ・コスモス HP 日本が抗ガン剤市場のターゲットにならざるを得ない事情 しかし、上の欧米の「三大療法からの離脱ぶり」を見て、ふと思ったのです。 「ああそうか。アメリカやヨーロッパでは、抗ガン剤があまり売れていないんだ。・・・とすると、抗うつ剤と同様にターゲットにする国は・・・」 そう、日本です。 あるいは、今のアジアの国は、どこでも西洋薬が大好きなので、中国や韓国も大きな市場になるかもしれないですが、それでも、薬漬け大国の日本は最大のマーケットなのだと思います。 なので、売り手としては、 間違っても、日本というこの特大市場を逃していけない。 間違っても、日本で代替え医療とか食事療法が主流になってはいけない。 間違っても、東洋医学やアーユルヴェーダを行う医者が出てきてはいけない。 ・・・ということなのかもしれないですね。 残念ですが、製薬会社にとって、今後も日本はどこまでもターゲットになり続けるような気もします。 下は、2013年の医薬品の売り上げ上位10位です。 2013年度決算・医療用医薬品国内売上高ランキング ・2013年度決算・医療用医薬品国内売上高ランキング 1位のプラビックスというのは、血液をさらさらにして、血栓の治療に使う薬だそうですが、1168億円の売り上げです。 あとは、降圧剤が多数ランクインしています。 降圧剤が、 ・寝たきり老人や認知症を増加させている可能性 ・脳梗塞を増加させる ・ガンを増加させる可能性 については、それらを提唱している医師たちの主張などを、 ・健康ブームの中でガンが増え続ける理由… 2015年04月10日 の中で書いていますので、ご参考下されば幸いです。 私自身は、降圧剤というのは、この世にある薬の中で最も不要なもののひとつだと認識しています。 そういえば、うちの父親が降圧剤を飲んでいることを最近知りましたので、何が何でもやめさせるつもりですけれど、もちろん、こんな「降圧剤はやめなさい」などということは、身内以外には言えないですので、どんな薬でも、飲む飲まないはもちろん自己責任ではあります。 私は基本的に、 「一生飲み続けなければなりませんよ」 と言われて処方される薬には「医療の放棄」を感じます。 つまり、「一生飲み続けなければなりませんよ」というのは、処方した医師が、「私にはその病気や症状を根本的に治すことはできませんよ」と言っているに等しいからです。 上の「売り上げランキング」に戻りますと、DPP-4阻害剤というのは糖尿病の薬で、抗リウマチ、鎮痛消炎剤、抗ガン剤、と続きます。 ちなみに、上の表のページでは、売り上げが 100億円以上あった薬をすべてランキングしていますが、抗ガン剤のアバスチン以外にも、 ・売り上げ 100億円以上の抗ガン剤は 15種類 もランクインしていました。 ちなみに、抗ガン剤は、2014年はさらに売り上げを伸ばしていて、2013年は8位だったアバスチン(売り上げ 754億円)は、医療ニュースのミクス Online によりますと、2014年は「2位」にまで浮上し、売り上げも 1000億円を突破したそうです。 14年の国内医療用薬市場 抗がん剤アバスチンが売上1000億円突破 ミクス Online 2015.02.13 IMSジャパンは2月12日、日本の2014年(14年1月~12月)の医療用医薬品市場が薬価ベースで 9兆9834億2600万円、前年比1.4%増だったと発表した。 前回薬価改定があった12年は前年比0.7%増だったが、14年は4月の消費税率引き上げ相当分が薬価に加わったこともあり、前回改定時よりも伸び率が大きく出たものとみられる。 製品別売上をみると、抗がん剤アバスチンが売上1000億円を突破し、国内製品売上ランキングで第2位となった。 日本の1年間の薬の売り上げが 9兆9834億・・・。 貨幣経済か資本主義が崩壊でもしない限り、この輪廻から抜け出すのは容易ではなさそうです。 ところで、西洋医療でガン治療を受けた場合でも「ツイていた時」には、生還できることがあるのだなあという話を最近うちの奥さんから聞きました。 ステージ4の末期ガンが見つかってから15年間元気な女性 うちの奥さんは、介護関係の仕事をしていますが、昨日、以下のような会話をしました。 奥さん 「あなたは抗ガン剤は良くないって言うけど、何となくそう思っちゃうことがあった」 わたし 「どんなこと?」 奥さん 「いつも介護に行く女性の方なんだけどね、この間行った時に、『わたし、末期ガンだったのよ』って言うのよ。驚いて『ガンが見つかったんですか?』って訊いたの」 わたし 「うんうん」 奥さん 「そしたら、笑って、『違う違う、15年も前の話よ』って言うの。何でも、喉頭ガンのステージ4の末期だったらしいの」 わたし 「喉頭ガンの末期から 15年?」 奥さん 「その方はね、『ツイていたのかどうかわからないけど、先生もいい人だったし、15年間、再発も転移もないのよ』って言うのね。それで訊いたら、その時の担当医は、『抗ガン剤も放射線治療も必要ありません』って言って、手術だけして、それで終わりだったんだって」 わたし 「あ、そりゃツイてる」 奥さん 「そして、『そんな経験してるから、ガンはそんなにこわくないと思うようになったのよ』って言ってた」 わたし 「でも、喉頭ガンで手術したら、喉に不自由が残るのでは?」 奥さん 「喋るのに少しだけ不便があるけど、生活は大丈夫だって」 わたし 「そういういいお医者さんに会えるのも人徳かね」 この> 「ガンはそんなにこわくないと思うようになったのよ」 というだけでも、これは一種の覚醒ともいえるような気もします。 もちろん、ガンはどんな治療をしても、あるいは、治療をしなくとも、それで死んでしまうこともあるでしょうけれど、先ほどのスウェーデンの実験にあった、 早期前立腺ガンの患者 223人を、まったく治療せず10年間、経過を経過をみた。 その間に 124人が死亡しました。 しかし、ガン死だったのは、わずか19人。 というのを見ましても、特に高齢の場合、「積極的治療」の意味とは何なのか、ということも問われているような気がします。ガンになりやすい高齢では他にもいろいろと死因はあるわけで、どうやったって、いつかは人は亡くなるのですから、せめて、抗ガン剤での激しい苦痛など経験なしに、そこに辿りつきたいとは思います。 しかし、先ほどの欧米のガン医療の現状を見ましても、アメリカやヨーロッパでは、抗ガン剤などの使用量が相対的に少なくなっているため、その売り上げを「補う」ために、今後も日本では抗ガン剤での医療はさらに継続、あるいは拡大していきそうです。 今ではガンは身近なものです。なってしまった時にどうするかを決めるのは、最終的には自分の意志であるべきだと考えます。そして、なる前からそのことは考えていいはずです。 ★ ★ ★ 人間に意識があるように、細胞にだって意識はあるはずである。だから、細胞を殺しても、その細胞の意識はなくならない。だから抗癌剤を投与することは、正常細胞も殺すので、癌化を招き、更に意識上でもどんどん癌化させていっていることになる。 人間は様々な細胞の意識を統合した意識をもつ。だから、「治してもらう」のでは駄目で、「治す」でないと意識が統合されない。薬が治すのではなく、薬を切欠として人体の自然治癒力が意識統合を図り、治すのである。 オカルトでいうなら、免疫はガンの意識を浄化させているのである。西洋の文化は死んでいる。偽ユダヤによって殺されてしまった! たとえ病気が治癒しても生き方が変わらなければ意味がない。医道とは生き方を創造的、平和的に変えることなのである。
2015年05月30日
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前回は、西洋の文化がいかに唯物的で金持ちだけを想定し差別的であるか、そして対照的に、東洋の文化が霊的で、貧困を救い公平的、道徳的であるかの話を紹介した。 日本では、文化に、「道」をつける習慣があるが、本来それは人道、道徳を基準にしているからである。今度は、医療、つまり医道についてみていきたい。勿論、医道という名称は一般的ではないが。 以前、ガンに対する新説を紹介したが、それは多様な感染に適応するためにB細胞が遺伝子組み換えをするように、人体はガンになることによって、免疫を多種多様にするために、T細胞を遺伝的に組み替え、細胞の多様性を拡大しているのではないかというものだった。 つまり、レギュラトリーTリンパ球(制御性T細胞)が、多様性を司っているのではないか、と考えられるわけである。 以下を参考に がん細胞 http://www.stnv.net/med/cancer_cells.htm http://oka-jp.seesaa.net/article/419794428.html 以上の話から、ガンを敵対視するのではなく、自由な良い面を取り込み、利用していく発想から、従来のアロパシー的な治療よりも、ホメオパシー的な人体がもつ自然治癒力、つまり免疫の多様性を向上させる治療が有効であることがわかる。 そのような話を以下に転載する。 ★ ★ ★ アメリカでもヨーロッパでもガン治療の主流が「代替医療」か「治療しない」ことによってガン患者の死亡率がどんどん低下している中で日本は… http://oka-jp.seesaa.net/article/419794428.html (中略) 何がガン患者たちを死に向かわせているのか 何かこう、最近、立て続けに、芸能人の方とかのガンでの訃報を目にします。 それがどなたの訃報記事かというのは別として、読みますと、たとえば、ある方の記事の中には、> 治療は2週間に1度のペースで、4種類の抗がん剤を2種類ずつ組み合わせる形で行っていた。とあったり、あるいは、やはり昨日亡くなった別の方の記事では、> 抗がん剤治療を行うなどして11月5日に退院。抗がん剤治療を継続しながら3カ月後の…という下りがあったりして、「急激に容体を崩して」亡くなっていく方々の治療が、どれも同じ方向での治療であったことがわかります。 そして・・・この方々は有名人ですので、このように取り上げられていますが、おそらくは、同じようなかたちで、毎日毎日 1,000人ほどが亡くなっていることになると思います。 この「毎日 1,000人」というのは、2014年の日本のガン死亡者の数 36万 7,100人を 365日で割ったものです。 ・国立がん研究センター 日本中のガン治療にあたるお医者さんたちは、毎日毎日、3大治療で治らずに死んでいく患者さんたちを夥しく見ているはずなのに、それでも方向性は変わらない。 そして、ガンで亡くなる人の数は、毎年毎年うなぎ登りで増えていて、ここ数十年は減った年がないという。 ・厚生労働省 過去記事の、 ・毎年50兆円が医療費と介護費に消えていく国家の中で「地獄化し続ける老後」… に、新潟大学名誉教授の安保徹さんの「医学生時代の苦しい経験」を記したことがあります。 安保徹 × 石原結實 対談『体を温め免疫力を高めれば、病気は治る』より 東北大学を卒業した後、青森の県立中央病院で2年間、内科の研修医をやりました。「父のように患者さんを治し、世のため人のために尽くそう」と理想に燃えていました。 でも、夢は無残に打ち砕かれました。 私が勤務していた間、15人のガン患者さんを担当しましたが、一生懸命に手を尽くしても、次々に亡くなっていくのです。生還率はゼロでした。 ほどほど治る患者さんも混じっている環境なら、「たまに亡くなるなら仕方ない」と割り切ることもできるのですが、15人が 15人とも、バタバタと亡くなっていく。強い抗ガン剤を使う結果、あっという間に弱っていくのです。 あまりにも、みんながみんな、具合が悪くなって死んでいくので、「ああ、これはダメだ」と思いました。 自分の無能力にさいなまされ、患者さんへの慰めの言葉も見つからないような状況で、私は絶望し、最後には無気力になってしまいました。 「こんなことを続けて、本当に病人を救えるのだろうか?」と、現代医学に疑問を抱いたのはそのときです。 この若き日の安保医師が思った、 「こんなことを続けて、本当に病人を救えるのだろうか?」 と、今のお医者さん方は思わないのだろうかと・・・。 まあ、別に非難めいたことを書きたいわけではないですが、「本当にこの方法は患者さんに対して効果的なのだろうか」と、ほんの少しだけでも疑問を持つ人たちはいないのだろうか・・・というようなことは、どうしても思ってしまいます。 芸能人の方なら、お金も多少はあるでしょうし、医療関係者の知り合いも多いだろうに、結局は「同じ方向」での治療に進み、そして、ほぼ助からない。 今、日本の医師の数は 30万人いて、過去20年間で 50%増えたことが、JB Press の記事に書かれています。 この中で、ガンと向きあう医師の数がどのくらいいるのかはわからないですが、「何万人」に近い単位でいても不思議ではないです。 その「何万人」のほとんどの人たちが、同じ方向でのガン治療を行っている。 しかも、この「3大治療」に固執する傾向は、今では先進国では、おそらくは日本だけではないかと思います。 たとえば、アメリカのガンでの死亡率は、この30年間、劇的に減っていて、ガン患者そのものも減り続けています。 下は大ざっぱなグラフですが、こういう曲線となっていて、今のアメリカのガン死亡率は、1990年代からどんどんと下がり始め、今は 1970年代くらいのレベルまでに戻っています。ガンの死亡率が増え続ける日本とは真逆です。 ・アメリカのがん死亡率 これは、アメリカが30年くらい前から、放射線治療、抗ガン剤治療、手術などの三大治療から脱しはじめて、食事、健康食品、東洋医学、瞑想、音楽療法などをはじめとした「代替医療」の比重を高くすることを、国家プロジェクトとしておこなったためのようです。 「日本の癌治療は、アメリカの20年以上遅れている!」というサイトには、 WHO (世界保健機関)が、医学的根拠があるとして認めている代替え医療、 ・栄養免疫学を背景とした食事療法 ・機能性食品などのサプリメント療法 ・ストレスを減らして免疫力を高める心理療法 ・東洋医学(漢方・鍼灸・気功など) ・インド医学(アーユルヴェーダ) (どれもホメオパシーと考えられる。) などに関して、現在のアメリカでは、約60パーセントの医師が代替え医療を推奨しているそうで、その結果は、上のグラフに現れていると思われます。 つまり、抗ガン剤や放射線治療から抜け出したことにより、「ガン死亡者を減らすことにアメリカは成功しつつある」ようなのです。 エビデンスがどうのこうのではなく、三大治療をやめれば、「ガン患者はあまり死ななくなる」ということが、アメリカとヨーロッパの医療で確認されているのに、なぜか、日本では、死にやすくなる方向の医学ばかりになる。 ヨーロッパなどでは、もっと過激で、「ガンには何もしない」という治療法が普通に存在していることが、安保徹さんと船瀬俊介さんの共著『ガンは治るガンは治せる―生命の自然治癒力』(2007年)には書かれています。 スウェーデンのガン治療 早期前立腺ガンの患者 223人を「まったく治療せず」10年間、経過をみた。その間に 124人が死亡しました。しかし、ガン死だったのは、わずか19人。よって、研究者たちは「手術による前立腺全摘は標準的治療とはいえない」と結論付けています。 日本では男性諸兄は前立腺ガンで病院を訪ねると例外なく「切られる」。あるいは放射線を浴びせられる。しかし、スウェーデンの医者たちは、これら治療を「必要ない」という。だから、スウェーデンの前立腺ガン「治療」は「何もしない」で様子をみるだけ。 カナダのガン治療 肺ガンも、日本では、ほぼ 100%抗ガン剤を盛られ、放射線を当てられ、手術で切られます。ところが、カナダでは、もっとも多い治療法は「何もしない」なのだ。なんと「無治療」が22%。 最近の研究では、「何もしない患者が、もっとも治りやすい」ことが、わかってきたという。 手術」は、たったの6% (日本は 17倍)。抗ガン剤は 5%(日本は 20倍)。「抗ガン剤」と「手術」は 12%(日本は 33倍)。日本では、国際的レベルにくらべて、抗ガン剤は 20倍、手術は 17倍も多い。 アメリカの場合 アメリカ医学界も急激に「三大療法」から代替療法になだれを打っています。まさに 1990年のOTAリポートが、大転換点となったのです。 アメリカ政府の代替療法への予算は、1990年以降の 10年間で、300万ドルから 2億ドルへと、67倍にも激増。すでに六対四で、ガン治療の現場でも代替療法が優位に立っています。 そのためアメリカでのガン死者は年々約 3000人ずつ減り始めています。 また、アメリカついては、以下のような記事もありました。 がん患者の9割強が代替医療を経験~米国最新がん事情 米国代替医療への道 (米国の場合、医療費が高額という理由もある。代替医療は安くすむ。) 米国が「がん」に宣戦布告したのは1971年。ヴィクトリーまでの道のりは まだ遠いが、死亡率は年々減少傾向を示している。 がん予防で「納豆」 など日本の伝統食が注目され、既存の西洋医療と代替医療を組み合わせた 治療効果への関心も高まっている。 (略) がん患者の97%が代替医療を試みる 死亡率減少という朗報に加え、がんと代替医療に関する興味深い調査報告も 最近発表された。フレッド・ハッチンソン癌リサーチセンターの調査報告で、 1997年2月から1998年12月にかけて乳がん、または前立腺がん、大腸がんと診断されたワシントン州西部に住む大人356人を対象に電話でインタビューしたところ、約97%がなんらかの代替医療を利用しており、その結果、ほぼ全員が体調がよくなったと答えたという。 ★ ★ ★ 次回に続く。偽ユダヤによるTPPの目的がよくわかる。TPPは保険医療への原爆である。
2015年05月30日
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先日、クールジャパンの宣伝の一貫と思われるTV番組で日本茶についてやっていた。例の如く、日本茶は素晴らしいというオチなんだが、どこがどう素晴らしいのか全く疑問である。 この手の番組は、外国人に「素晴らしい」と語らせることで、体裁を気にするこの国の住人に、素晴らしいと洗脳し、褒め殺しにするものだろう。この手の番組をみて慢心してはいけない。 大体、外国人は個性的なので、10人いれば1人位は変わった好みの日本茶が好きという者もいる。その1人を拡大解釈して、外国人が日本茶を絶賛しているなんて報道するのはほとんど詐欺である。まぁバラエティだからそんなに目くじらたてることもないが…。 海外に出てみるとわかるが、日本が話題に上ることはほとんどない。日本人はよく中国人や韓国人、フィリピン人、タイ人などと間違われるし、日本は中国の一部と思っている人も多い。英語が下手だと、日本人に思われるようである。同盟国のアメリカでさえ、そんな感じである。つまり、日本が想うほど、アメリカは日本のことなど考えてもいないのである。 早い話、日本の片想いなんである。だから、日米同盟なんて声高に叫んでも、アメリカの結婚詐欺師に利用され、捨てられるだけなんである。それが現実だと思う。しかしアメリカはこれまで世界に酷いことをしてきたことが少しづつ明らかになり、しかも老齢で衰えがきているので、これまで通りの思い通りに進まなくなってきている。 パックスアメリカーナは終わり、アメリカの独断専行が許されなくなっている。つまりアメリカの価値観がもはや通用しなくなっているというわけなのである。 もう勘弁してくれ! アメリカさんよ!! ノーモア、アメリカである。 アメリカの価値観といえば、資本主義に代表される唯物主義、快楽主義、競争主義である。これらアメリカの価値観はどれも金持ちを前提にしているものばかりである。デカい家に住み多くの使用人を抱え、大家族で別荘を沢山もつといった物質主義のものである。カネがかかかってしょうがない燃費の悪いアメ車が象徴である。 アメリカの象徴は白頭ワシではなく、燃費の悪いアメ車なんである。 だからドルが全てなんである。カネしか頭にない。カネのためならなんでもするが、カネにならないものには見向きもしない。アメリカ人はカネの話か、自慢しかしないといわれる。漫画「ドラえもん」のジャイアンのイメージぴったりである。 多民族国家にも関わらず、どこか白人の金持ち主義のイメージがある。 対照的に、日本の価値観は、被差別や貧困を土台に生まれてきたものが多い。特に食べ物などは、貧しい生活のなかから生まれてきたものが多い。贅沢なもんばかり食ってたら、恐らく納豆など生まれてこなかっただろう。 また、最初に紹介した、恐らく、お茶などもそうであろう。最初に紹介したお茶の番組では、外国人はお茶を苦い飲み物としてしか感じてなく、なんであんな苦い飲み物を好んで飲むのかわからないという意見が大半だった。 苦いといえばコーヒーだって苦いではないか? コーヒーを好んで飲む外国人だっているだろう。 コーヒーの苦いはよくて、お茶の苦いはよくないのは、確かにお茶の方が渋味があるからかもしれないが、ではお茶独特の渋味というのはどういうもので、渋味という味覚はどこからくるのか? そういう奥深い知識まで言及しないのは、バラエティ番組だからハードル下げたらそれまでなんだろう。 どうしてお茶が日本文化と呼ばれるまでになったのだろうか、そのようなことがわかる話を以下に転載する。 ★ ★ ★ メチャクチャの語源 http://ameblo.jp/hiroo117/entry-10479229078.html 伊藤肇氏の心に響く言葉より… 安岡先生から「茶は三煎して味わう」と教えられた。 浄境(後で解説を紹介)に栽培された芽茶(めちゃ)に最初はややぬるめの湯をかけて、芽茶のもつ甘さを味わう。 この甘いという味は、味の初歩的なもので、幼児にも未開人にもよくわかる。 だから、人間も未熟なうちは「あいつはまだ甘い」ということになる。 次の第二煎は、少し熱くした湯でタンニンのもつ渋さを味わう。 この渋いという味は甘さよりは一歩進んでおり、人間も中年近くなってやっと、「渋い魅力がでてきた」といわれるようになる。 第三煎は熱湯を注いで、カフェインのもつほろ苦さを味わう。 この苦いという味は、人生も五十をすぎないと、ちょっとわかってこない。 蕗(ふき)のトウで酒を楽しむ年代である。 ところが、この茶の心得のない人間は、せっかくの芽茶にいきなり熱湯をかけるから、甘さも、渋さも苦さもごちゃごちゃに出てしまって、風味もあらばこそ、単にニガニガしい味になってしまう。 すなわち、メチャクチャ(芽茶苦茶)の語源である。 青年とは、ある意味において、「甘さ」の段階しかわからない連中のことだ。 (いまのアメリカで、まだ数百年の歴史しかない若者である。) 当然、「甘さ」を基盤にして勝手なことをいうが、これを「渋さ」も「苦さ」も十分しっている大人が叱ろうとしない。 (大人とは、歴史の古い国たち。) 変にものわかりのいいオジさんになっているところに現代社会の大きな欠陥がある。 (ネオコンにへこへこするこの国の親米売国連中) 青年とおとなとは厳しさを通じて結びつかなければならない。 (日米関係はいつでも解消できるような厳しさがないと駄目! それでないと対等の同盟ではない。) 青年を甘やかすようなおとながいたら、青年は警戒すべきである。 (金持ちが沢山いながら誰も国を救おうとしないばかりか、他国を唆し、騙すのが米国である。) 『帝王学ノート』伊藤肇・PHP文庫より 酸(す)いも甘いも噛(か)み分ける、という言葉があるが、人生の辛酸(しんさん)も、成功も、いいことも悪いことも、どちらも知っているということだ。 この両方を知っている人は、人生経験が豊富で、人間味がある人だ。 人間味という味(あじ)は、何にもまして深くて、魅力がある。 人の痛みがわからない人は、相手の立場に立つことができない人だ。 人生には、年齢を重ね、経験を積まなければわからないことはいくつもある。 自分の娘を嫁に出すことになって、初めて父親の心境がわかる。 父や母を亡くしてみて、はじめて父母のありがたさに気付く。 若い頃は全くしなかったのに、父母と同じように神棚や仏壇に自然に手を合わせるようになる。 甘さには、抗しがたい魅力がある。お腹いっぱい食事した後に、甘いものを食べてしまうのと同じように。 若さには、甘さと同じように、大きな魅力があるのは確かだ。 昨今は、若さに異常に価値観を置く。しかし、砂糖だけでは、料理はできない。 塩味も、辛味も、酸味も、必要となる。 現代社会には、いぶし銀のごとく、渋く、そのうえ、苦味も十分熟知している年齢を重ねた大人が必要だ。 甘さの段階しかわからない若者には、渋みと苦味がわかる大人が、厳しさを伝える必要がある。 大人が、若者と一緒になって、はしゃぎ騒いでいては、それこそ世の中は、メチャクチャになってしまう。 (戦争で金儲けするのは卒業すべき。) 変にものわかりのいい大人には魅力がない。 (米国議会で米国におべっかするこの国のアホには全く魅力がない。) ★ ★ ★ 以上のように、日本茶には、茶をたてて人物を味わう文化がある。石田三成が太閤秀吉に茶をたて立身出世した逸話は有名である。 茶はもともと中国からきたもので、そのときは唐茶といっていまの日本茶とは違っていたという。中国から持ち込んだ僧のなかで茶が賭博となりバサラ茶と呼ばれ、味を当てる賭け事から、原住民のわびさび茶となってはじめて文化となったようである。千宗易は原住民出身である。 さて、続けて、安岡正篤氏の茶の解説を以下に紹介する。 ★ ★ ★ 「茶を栽培するには、塵埃のかからぬ浄境の欲を言えば、近くに川の流れがあって、朝な夕なに川霧が かかり、太陽の直射が避けられ、やがて日が昇ると 徐々に晴れ渡る、そういうところがよい。その浄境に栽培された茶の良い新芽を摘んで造るのが芽茶である。 茶はそもそも煎ずるものである。湯加減を良くして、その芽茶を第一煎で、中に含まれている糖分の甘みを賞する。 次に第二煎で、茶のタンニンをもつ渋味が出てくる。子供は皆甘いものが好きである。人間も未熟な者を甘いという。それがいろいろと人生の経験を積んでくると渋くなる。 しかし、渋いというのは、甘いの反対や相克ではない。甘さが内奥に溶け込むのである。現にタンニンを分析するとカテキンという甘みを抽出する。 この茶をほどよく三煎すると、初めて苦みがでてくる。化学的に言えばカフェインのせいである。 これは中枢神経に働いて眠気を覚まし心気を爽やか にし強心利尿によって疲労を救う。人間もこの苦みがでてこなければならない。良薬は口に苦い、苦言を好むほどの人間でなければ話せない。 いきなり芽茶に熱湯を注いで、甘いも渋いもなく苦々しくしてしまうのが「芽茶苦茶」である。 さて、その極意は、甘いとも渋いとも苦いとも言えない、うま味である。 それを別にまた「淡」という。淡とは水のように何とも言えない味、それこそ無の味という。」 ★ ★ ★ というように、安岡正篤氏によると、淡とは「君子の交わりは淡きこと水の如し、小人の交わりは甘きこと醴の如し」で有名な淡の交わりのことで、世間では淡泊と誤解しているが、淡とは、水のように変幻自在の臨機応変の意味をもつと解説している。 つまり、淡とは、堂に入るというか、人道や道徳に通じているという意味で、上善は水の如しといわれるように、最高の善のことである。 友であっても悪逆非道は許さないという緊張した関係である。また仕えていても諫言することでもある。なにが人として守ることにあたるかをよく知っていることである。 その人にいま人として何か必要なのかを茶をたてて悟らせることであるから一期一会というわけである。それには勿論、霊能力は当然必要とされる。そういう達人が少なくなった。アホバカばかりだ。 外国人が素晴らしいと言うからなんだというのだ。日本人自身が素晴らしいと思わなければ意味がないんだよ。外国人にいわれてそうですかじゃ、クールジャパンではなくクレイジージャパンだよ。もっと頭を冷やせ!
2015年05月29日
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前回はニセモノは裁かれ地獄に行き、ホンモノは神に祝福されるというような話を紹介した。わかりやすくいえば、この物質界に来るのは、天国への通行許可書をもらうための試験と思えばよいかもしれない。 この物質界で平和に暮らせたら、天国の扉を開くことが許可される、というわけである。 では、平和を乱すものとは何か?というなら、この世界での独占から生じることがすぐにわかる。特に情報の独占である。情報を独占し、偽の情報を流す連中は平和を乱す悪魔である。 例えば、先の大戦の大本営発表などである。もし、当時の新聞が全て廃刊になっていたら、戦争はおこらなかっただろう。というのも検証すればわかるが、ほとんどが嘘で、偽ユダヤによる洗脳だったことがネットで明らかになっているからである。 特にポツダム宣言は黙殺するように図られたことがわかり、原爆投下が事前に用意されていたことが明らかになっている。新聞は自分たちの利益のために大多数の犠牲を招いたのである。そのツケはいずれ払わされるだろう。嘘は必ずばれるからである。 だから物質界では全てを共有しないと平和に生きられないようになっている。物質は必ず滅び、限られているのはその証拠である。 本来、国民主権の国家では独占や機密が生じる方がおかしい。機密ということは嘘が流れる余地を生じさせるからである。しかも、その嘘により洗脳できる。例えば、記者クラブなんていう機密保持の団体があるから、国民に真実が伝わらないのである。 情報を独占し、修行を怠り、この物質界で不安定な足場を求め、上位に君臨するなど砂上の楼閣を築くようなものである。 こういう連中は地獄にいくから覚悟するがいい。 たとえ命をかけてでも真実を伝えようとするかどうかで、天国への通行許可書がもらえるか、あるいは落第して物質界で自堕落な生活に耽り、嘘をついた裁きが怖いので、できるだけカネをかけて最新医療に頼り死を恐れるかの選択となる。 というのも、ホンモノの情報とは霊界のことだからである。ホンモノは滅びたりしない。物質界は滅ぶから、物質界の情報は皆一時的なもので、嘘なんである。 そのことを魂は知り、自分の罪は自分で知っているから怖いのである。 誰しも自分の中にいる神さまは裏切れない。 さて、前回の話の続きである。ニセモノの代表を偽ユダヤ人として聖書は語るが、偽ユダヤ人だけでなく、慢心しているニセモノの人間全てへの警告なんである。嘘をついて自分を上位にもっていこうなどという浅はかで愚かな獣への警告なんである。 ★ ★ ★ (ユダヤ人ではないのに自称している人たちは、羊の仮面をつけた狼のよう) 繰り返しますが、上記のように聖書、黙示録は二度にわたって偽ユダヤ人について言及します。ですから、そのように思えるかどうかは別として、とりあえず偽ユダヤ人は地上に存在するのかもしれない、と頭の片隅に思い、その可能性があるかどうかを別途吟味、確認することが必要かと思います。 さて、そのような目、視点で物事を見、また偽ユダヤ人について考えるとき、現在世の中で、ユダヤ人であると自他共に認められている人々が、じつは人種的にその出所が怪しいことに気付くと思います。 何を言っているのかと言うと、中東のイスラエルに住み、また、アメリカに住み、アンネ・フランク、キッシンジャーに代表されるあの白人の「ユダヤ人」たちは、果たして本物かどうか、その出所が怪しいと言いたいのです。 このことは、私の言い掛かりでも何でもなくて、知る人ぞ知る事柄です。そもそも彼らは、その肌の色からして本物のユダヤ人とは異なります。 なぜなら聖書によれば、真のユダヤ人はセム系、黄色人種であるはずだからです。 白人ではないはずなのです。 少し詳しく説明しましょう。 聖書で言うノアの洪水後、ノアの3人の息子から世界のあらゆる民族が誕生します。 そして3人の息子はそれぞれ、世界の3大人種、すなわち黄色人種、白色人種、黒色人種の祖先となります。 すなわち息子セムは黄色人種の祖先となり、ハムは黒色人種、ヤペテは白色人種の祖なのです。 そして、アブラハム、イサク、ヤコブ、すなわちイスラエル民族の先祖は、聖書の系図をたどっていくかぎり、セム族、すなわち、我々と同じ黄色人種であるはずなのです。 しかし、我々がもし、現代のイスラエル人、ユダヤ人の風貌を見るなら、それは明らかに黄色人種というより、白人系、ヤペテ系としか見えません。代表的なユダヤ人であるアンネ・フランクもキッシンジャーも、どう見ても白人系の顔だちをしています。聖書的に言うなら、セム系ではなく、ヤペテ系なのです。 ですからこの件に関しては、ヨハネの黙示録が正しく、彼らは偽ユダヤ人である可能性があるのです。 (アンネ・フランクはヤペテ系) (ニセモノは自分たちを悲劇のヒーロに仕立て上げる。そんなことをするより自分達で救えばいい話である。仲間が悲劇のなかにいたとき、あなたたちは一体何をしていたのか?と問いたい。戦争で金儲けをしていたのは誰だ!) ユダヤ人、アーサー・ケストラーの書いた「ユダヤ人とは誰か」(副題:第十三支族、カザール王国の謎)、三交社はこの主題、現在のユダヤ人が、じつはアブラハム、イサク、ヤコブ(イスラエル)に連なるセム系の民ではなく、ヨーロッパ黒海付近の帝国カザール(ハザール)出身の白色人種であることを書いたものです。 この国の民が8世紀頃ユダヤ教に集団改宗したため、彼らは今でもユダヤ教を信じていますが、しかし、人種的なことを言うなら、その出所は真のユダヤ人とは無関係な白人系の民族なのです。 ★ ★ ★ 嘘や不正で物質界での上位の地位につくことは天界からいえば、奈落の底に堕ちることになる。天界と地上では立場が逆転するから、快適な暮らしをするほど地位が低くなり、過酷な自然のなかでホームレスのように暮らす方が感覚が磨かれ、霊界での地位が高くなる。 実際に、動物の集合魂は、人間の魂より上位にあるらしい。植物は動物よりも更に上位に君臨するらしい。それは物質界では人間たちに食され、犠牲になっているからである。 例えば、国家なんてものは、国家の理念はあるが、実際にはないもので、このようなないものを利用して他に犠牲をしいたものは、霊界では立場が逆転するので、犠牲者が上位にくるので、犠牲を強いた者は、自分の未熟さや愚かさ、恥ずかしさを感じ、もう一度、物質界で修行しなおしたいと思うわけである。 そのことは次のヨハネの福音に書かれている。 ★ ★ ★ ヨハネによる福音書 5章19~29 そこで、イエスは彼らに言われた。「はっきり言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする。父は子を愛して、御自分のなさることをすべて子に示されるからである。 また、これらのことよりも大きな業を子にお示しになって、あなたたちが驚くことになる。すなわち、父が死者を復活させて命をお与えになるように、子も、与えたいと思う者に命を与える。 また、父はだれをも裁かず、裁きは一切子に任せておられる。すべての人が、父を敬うように、子をも敬うようになるためである。子を敬わない者は、子をお遣わしになった父をも敬わない。 はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。はっきり言っておく。死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。 父は、御自身の内に命を持っておられるように、子にも自分の内に命を持つようにしてくださったからである。また、裁きを行う権能を子にお与えになった。子は人の子だからである。驚いてはならない。時が来ると、墓の中にいる者は皆、人の子の声を聞き、善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して裁きを受けるために出て来るのだ。 (以下は人智学による解釈。) そこで、イエスは彼らに言われた。「二度と間違いを犯さないように、はっきり言っておく。人間は神の叡智(言葉)によらなければ何事も出来ない。神の叡智によって、人間は何事もなすことができる。 神は人間を愛して、ご自分の叡智を全て人間に示される。また、時には人智を超える叡智をお示しになって、人間は驚くことになる。 すなわち、神が死者を復活させ、新たな生命をお与えになるように、人間も再生したいと望めば、認識(意識)により新たな生命を受けることができる。 人間が高度に霊化され、最終的に人間の咽頭が生殖器となるときには、人間は、言葉で生命を与えることが出来るようになる。人間は一つの宇宙となる。人間の神性が言葉となり生命を与えるのである。 そして新たな生命が進化を始める。初めに言葉があり、言葉は神とともにあり、言葉は神となる。 こうして宇宙が拡大して行く。 また、神は直接には誰も裁かず、裁きはゴルゴダの秘儀の後、人間の中のキリスト意識に任せておられる。かつて全ての人が神(の意識)を尊重したように、人間同士の個人個人(の意識)も尊重するようになるためである。 キリスト(意識)を尊重しない者は、キリストをお遣わしになった神も尊重できない。 天国から地獄にいくことがないように、はっきり言っておく。 私(キリスト)の言葉を聞いて、私をお遣わしになった方を信じる者は、永遠の生命を得、また、裁かれることなく、死から生へと移っていく。 何度言っても耳を傾けない者にははっきり言っておく。死後に(エーテル界にいる)キリストの声を聞く時代がくる。今(現代)がその時代である。死後に、キリストの声を聞いた者は、キリストの言葉のなかに(意識をもって)生きる。 神は、御自身の内に生命を持っておられるように、人間にも自分の生命(自我=自己認識)を持つようにして下さったからである。 また、ゴルゴダの秘儀を通して、人間の中に裁きを行うキリスト(意識)をお与えになる。 キリストは人間の中にいる。驚いてはならない。時代(現代)がくると、死の門を通った者は皆、キリストの声を聞き、善を行った者は輪廻して新たな生命(意識)を受けるために、悪を行った者は輪廻して裁きを受けるために生まれてくるのだ。」 (キリストは人類の全ての罪の責任を背負って神の裁きを受けたので、今度はキリストが人類を裁くことができる。これが人智学の解釈によるゴルゴダの秘儀である。) ★ ★ ★ 現代人の覚醒意識のなかに既にキリスト意識が芽生えているのである。その意識の声に耳を傾けるかどうかは個人の自由の意志に委ねられる。
2015年05月28日
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戦争法に血眼になっているアホ総理をみていると洗脳の恐ろしさを感じざるを得ない。制限された情報しか取り入れていないのだろう。要するに偽ユダヤの操りロボットなんである。官僚がシナリオを描いているのは見え見えである。 戦争というのは殺人である。それも大量殺人であるから、天国にはいけない。平和に生きることを学ぶために物質界に修行にきているのに、戦争を起こせば、その時点で失格で落第だからである。戦争に関わった魂は戦争で犠牲となった人々の苦しみを何十倍にも経験することになるので覚悟するがいい。 天国に行きたくなければ戦争を承認すればいい。しかし、取り返しのつかないことをしたと思って悔いても御終いである。裁きは厳格に下される。 物質界にいる間は死者の怨念に耳を閉ざすこともできるだろうが、いずれ死者と同じあの世にいくので、いやがうえにも落伍者として聞くことになるだろう。聞かなければ、反省もできす、自分の行為を客観視できないからである。 自分の行為が地球に宇宙に何を与え、どう影響したかで、その魂の成長が問われる。 戦争で金儲けするなどは魂を消耗させるだけである。 戦争がなくならないのは戦争で金儲けをしている連中が物質界で野放しになっているせいである。 たとえ戦って勝とうが憎しみを増幅させ、やがて復讐の連鎖が拡がるだけである。 先の大戦のベルリン裁判、東京裁判は表面的に裁かれたが、単なる口封じに終わった。本当の悪人はまだ隠れたままであることは明白である。それはその利権に絡んで次々と戦争が起こされてきたことでわかる。この悪魔たちが裁かれない限りは戦争はなくならず、人類は次の進化段階には進めないだろう。落伍者が続出するだろう。 憲法を守らない国家の指導者により戦争は起こされる。だから指導者には人格者を選ばないと駄目である。 戦争法と呼ばれる改憲法が憲法を守らない不埒な者のせいで制定されようとしている。それを黙って見過ごすかどうかは、本当の悪人を隠れたままにするかどうかにつながる。人類が自らで巨悪を拒まない限りは巨悪とともに地獄へと滅んでいくだろう。 はっきりと嫌だといわない限りは認めたことになる。悪魔につくのも人類の自由である。 ポツダム宣言も知らず、憲法を守らない者が国家の指導者とは本当に不思議である。知性が失われた証拠である。 そのことを巧く表現している話をお馴染みの播州武侯祠遍照院さんのブログより抜粋紹介する。 ★ ★ ★ AKB48は、阿呆ではない。アベシンゾウよりも憲法と民主主義を理解しているから。 渾沌堂 http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/ リテラ より 上記文抜粋・・・・・・・・・・・ 自民党がAKB国会招致を断念した本当の理由 安倍首相と真逆の憲法思想の持ち主だったから? 現在、自民党が進めている「選挙権年齢の引き下げ」。現在、20歳以上と決められている選挙権年齢を18歳以上に引き下げるというもので、今国会で法案の審議を行い、6月2日に採決される予定だ。 だが、そんななかで妙な話が洩れ伝わってきた。29日には本法案について国会に専門家を呼び、意見を聞く参考人質疑が予定されているが、自民党はその参考人にAKB48のメンバー・内山奈月を選定。しかし、昨日26日に内山の国会招致を断念したというのだ。 自民党は断念した理由を、本人の都合が合わなかったことと「党幹部から「パフォーマンスと思われかねない」との異論が上がったため」(朝日新聞より)としている。だが、これはほんとうだろうか? そもそも「なんでAKBを呼ぶの?」と疑問の方に解説すると、内山は“特技は憲法暗唱”という特異なキャラをもつメンバーで、昨年7月に『憲法主義 条文には書かれていない本質』(PHP研究所)なる本を出版。南野森・九州大学准教授による憲法講義を内山が受ける模様を収めた同書は「わかりやすい憲法入門書」としてヒットを記録したのだ。 憲法についてよく知る現役大学生のAKBメンバー。このキャッチーさに自民党が飛びついたのは確実で、最初からパフォーマンス目的だったはず。それに、AKB側にとってはメンバーが国会に参考人として呼ばれるのは名誉あることなわけで、第一、政治に接近するのが大好きな秋元康総合プロデューサーが断るはずはない。では、どうして内山の国会招致は立ち消えたのか。 その答えは、きっと内山自身の本にあるだろう。というのも、前述した『憲法主義』を読めば、内山は安倍首相とは逆をゆく憲法思想の持ち主であることがよくわかるからだ。 たとえば、集団的自衛権の容認をめぐる憲法第9条1項・2項の解釈問題。安倍首相は強引に解釈改憲を行ったが、こうした解釈改憲について内山は〈解釈改憲が手軽に行えるとしても、それを繰り返すことは非常に危険〉と言及。しかも、内山はこうも述べる。 〈憲法の価値とは、「誰が草案を書いたのか」とか「草案の素晴らしさ」がそれを決めているのではない。(中略)憲法が「その国に根づいているか」、「安定しているか」、「運用されてきたか」ということが、その憲法の価値を定めているのだ〉 そう、安倍首相が主張する「現行憲法はGHQによる押し付け憲法だ」という主張を内山は否定し、憲法の価値はそこにはないと斬り捨てているのだ。 また、本の出版後に内山は、あの「しんぶん赤旗」にも登場。ここでも解釈改憲について、「内閣がしていることを国民が知らないということが、一番問題なのではないかと思います」と言い、国民へ満足な説明も行わないまま改憲を押し進める安倍政権の批判ともとれる発言を繰り出している。 さらにダメ押しは、憲法記念日前の5月1日に出演した『NEWS23』(TBS系)でのコメントだろう。憲法特集に若者のひとりとしてVTR出演した内山は、南野の憲法講義でもっとも興味深かった点は?という質問に、こう答えた。 「いちばん衝撃を受けたのは、日本国憲法は国民が守らなければいけないものではなくて、国家権力が守らなければいけないものだった、ということですね」 「日本国民は日本国憲法に逆に守ってもらっている。国民の権利を守るために日本国憲法があるということを知って、ステキだなって思いました」 憲法とは、権力者が守るべきものであり、国民が権力者に権力を濫用させないために「憲法を守れ」と命ずるもの。──安倍首相がまったく理解しない、そして憲法改正によって否定しようとしているこの「立憲主義」の精神に、内山は「ステキ」と最大の賛辞を贈っている、というわけだ。 内山は護憲派・改憲派という立場表明は行っていないが、これだけを読んでも、安倍首相などよりもずっと憲法について重要な知識と理解をもっていることがわかる。若い人に興味をもってもらうためにも、内山を国会に呼ぶのはおもしろい試みだとも思うが、逆にいえば、自民党にとっては内山のこうした主張はおもしろくないはずだ。 きっと自民党の人間たちは、内山をたんなる“AKBの憲法キャラ”くらいにしか認識していなかったのだろう。憲法を暗唱できる、かわいらしい慶應大生アイドル。そんなふうにナメてかかっていたら、よくよく調べると自分たちに都合の悪い発言がボロボロと出てきた。そして一気に青ざめて、国会招致を取りやめた。──舞台裏はこんなところだろう。 この自民党のマヌケさは笑えるが、それにしても内山が国会に呼ばれなかったのは少し残念である。ぜひ、内山には国会で「みなさんは立憲主義を理解していますか?」と投げかけてほしかったものだ。(水井多賀子) (中略)・・・・・・・・・・・・・・・抜粋終わり いや~アベチョンとそのお仲間は、AKBよりもはるかに下等とばれた。 いっそ、秋元をけしかけて、AKBグループで日本の内閣を組閣した方が、本当に日本の万民と社稷のためになるだろう。 今上さんと秋元と小沢の三人黒幕で。 如何だ! お読みくださりありがとうございます。 ★ ★ ★ 憲法論議ではアイドルの勝ちである。この国では政治家は専門分野にも関わらず、専門外のアイドル以下なんである。つまりニセモノはホンモノに勝てない。 取り巻きに抱えられて不正で地位についたニセモノよりは、実力でアイドルになったホンモノが正しいことをいうのは当然でもある。 自衛隊よりも、アイドルを派遣し、偽ユダヤたちを「月に代わってお仕置きよ!」で懲らしめる方がマシだろう。 ニセモノたちをアイドルが裁く時代がくるのかもしれない。 ニセモノといえば、聖書に記載されている偽ユダヤのことである。偽ユダヤたちはユダヤと自称しながら、その証を示すことがない。その話を以下に紹介する。 ★ ★ ★ (4)聖書は偽ユダヤ人について語る http://remnantnotudoi.jimdo.com/%E8%81%96%E6%9B%B8%E3%81%AE%E6%9A%97%E5%8F%B7%E3%81%8C%E9%A0%90%E8%A8%80%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F-%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E3%81%AE%E7%81%BD%E5%AE%B3/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AF%E8%81%96%E6%9B%B8%E3%81%AE%E4%B8%AD%E5%BF%83%E6%B0%91%E6%97%8F-%E3%83%A6%E3%83%80%E9%83%A8%E6%97%8F%E3%81%AE%E6%9C%AB%E8%A3%94%E3%81%8B/4-%E8%81%96%E6%9B%B8%E3%81%AF%E5%81%BD%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E4%BA%BA%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E8%AA%9E%E3%82%8B/ さて、ユダヤ人とは聖書のある意味、中心民族なのですが、そのユダヤ人に関して、新約聖書ヨハネの黙示録は驚くべきことを言っています。以下の通りです。 9. 「わたしは、あなたの苦しみと貧しさとを知っている。♢♢しかしあなたは実際は富んでいる。♢♢またユダヤ人だと自称しているが、実はそうでなく、かえってサタンの会衆である人たちから、ののしられている事も知っている。 (キリストはユダヤ人の苦しみと貧しさとを知っている。しかしユダヤ人は実際は霊的に恵まれている。また、ユダヤ人だと自称しているが、実はニセモノの悪魔の僕たちからユダヤ人が罵られ、騙され、虐げられていることも知っている。) (ヨハネの黙示録2:9) 9. 見よ。サタンの会衆に属する者、すなわち、ユダヤ人だと自称しながら実はそうでなくて、うそを言っている者たちに、わたしはこうする。見よ。彼らをあなたの足もとに来てひれ伏させ、わたしがあなたを愛していることを知らせる。 (悔い改めよ。悪魔の僕たち、すなわち、ユダヤ人と自称しながら実はニセモノで、嘘をついている者たちに、キリストは裁きを下す。覚悟しなさい。ニセモノを、ホンモノの前に明らかにし、罪を認めさせ、キリストがホンモノを愛していることを報せる。) (ヨハネの黙示録3:9) 上記のように、黙示録は「ユダヤ人だと自称しながら実はそうでなくて、うそを言っている者たち」について言及しているのです。黙示録には、それ以外の偽者については、すなわち偽アメリカ人にも、偽イギリス人にも言及していませんのでこのこと、偽ユダヤ人が終末の時代、黙示録の時代には、大きな意味を持つことをも想像できるのです ★ ★ ★ 次回に続く。
2015年05月28日
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最近仏教と医療を融合しようという運動があるという噂を聞いた。不思議に思うのはこの国では医療は西洋からきたもので、仏教は東洋からきたものだからで、現状のままだと水と油なのではないか? ということである。 似非宗教で有名な創価が、医学部を持たないのは、お題目を唱えればなんでも叶うという理念に矛盾してしまうからだそうで、思わず笑ってしまった。所詮ニセモノなんである。 この国には既に神道と融合した薬師如来がいるではないか? 薬師如来のイメージは東方のキリスト教のイメージによく似ているようにみえる。 つまり、先に西洋と東洋の哲学が融合しないと絵に描いた餅になる。東西に通じる知性、つまり哲学がないと駄目なんである。 そういう知性は実は既にある。人智学である。 人智学までいかなくとも、霊魂を想定することでわかるはずである。霊魂というといかにもオカルトなんで、意識、あるいは心と呼ぶことにする。 先日、TVでドイツ人留学生が四国の御遍路をするのをみたが、御遍路では、88の寺を巡る先々で「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」と唱えてお参りするらしい。 このお遍路は、想像力を逞しくすれば、四国を宇宙や地球と模して、88という語呂から無限(∞)に巡るという意味をもつのではないかと思う。8が2つ合わさっているのは、陰と陽の意味で、隅々という意味だろう。寺は、オカルトでは卍を表し、チャクラ(蓮華)を意味する。つまり、正負のエネルギーの出入口である。 このことから、人体にもおそらく88の正負のエネルギーの出入口があるはずである。東洋医学のツボ(経穴)とも関係があるのだろう。 さて、8といえば御釈迦さんが説いた八正道が思い浮かぶ。御釈迦さんは天上天下唯我独尊で有名だが、自己流の解釈では、天も地も私という一人の尊き存在からなる、つまり「I am that I am」の「私は私からなる」といったのではないかと思う。 その「私」とは、空海さん風にいうなら大日如来のことで、簡単にいえば、一となる(全てと結びつく)心だろう。 つまり、空海さんは世界を平和にするには、大日如来の一となる心を人類皆が共有すればいいと思ったわけで、まず、そのような心をつくりあげなければ、何をしても無駄であることを悟ったわけなのだろう。 ではそのような心をどうしたらつくりあげられるのか、といえば、この世で起こる神羅万象全てを実際に体験しないといけないわけで、その初歩の段階をお遍路という実際にホームレスになるシステムとして四国につくったのだろう。 お遍路をみて空海さんは流石だなと思った。 あのお遍路のなかには医療も含まれている。というのは病は気からというが、心のバランスの乱れから生じるからである。特に慢心である。自分が他より優れているなんて思ったら忽ちバランスを失い病気に罹る。心臓が肺より優れているからといって肺を馬鹿にしたら肺は怒って呼吸しなくなり血液に酸素が流れなくなるわけである。 そのことはシュタイナーの呼吸の講義でも紹介したが、人間の感情の動きは、呼吸を通じて血流に反映されるからである。つまり呼吸を意識的に制御することで、血流を変えることができ、感情も制御できるわけである。 そういうバランスが崩れたとき、病気となってあらわれる。だから病気は心を強くするものだと思えばいい。 シュタイナーの呼吸の講義でもわかるが、恥ずかしさは血流を皮膚表面に流し、怖れや恐怖は血流を心臓に戻すように流れる。そういう感情から血流を流すのではなく、呼吸を意識して制御することで、血流を変え、感情を制御できるようになれば、病気もかえって、強化につながるわけである。 だから、仏教はそのまま既に医療なんである。正確にいうなら、現世の身体をつくるだけでなく、未来の身体、更には永遠に不滅な心をつくるものである。未来の身体はいま生きている人生での心構えからつくられる。 いまどう生きるかで未来の身体がつくられるのである。我思う故に我在りである。 個人として自立し、自由な平和を保つ意識こそが、次の木星意識をつくりあげる。つまり神殿をつくるのである。 空海さんはわかっていたから、平和で揺らがない、不動心といわれる心をつくるためにお遍路をつくったのだろう。 特に米国のアホバカ1%の偽ユダヤの連中はお遍路をして自分たちの誤った考えに早く気づいてほしい。 空海さんの教えは、私には「南無大師遍照金剛」に集約されているようにみえる。 そこで、「南無大師遍照金剛」の意味を読み解いてみたい。以下の解説が参考になる。 ★ ★ ★ 法話のページ http://www2.ocn.ne.jp/~daishiji/r1houwa7.html 南無大師遍照金剛 中谷昌善 四国八十八ヶ所を巡礼する人をお遍路さんといいます。昔は歩いて一ヶ月も二ヶ月もかかってお参りをしたそうです。現在はバスや自動車などを使う方が多いようですが、十日から十二日は必要だそうです。それでも、昔のように歩いて巡礼される方もいらっしゃるようです、とても大変ですが、その苦労の分すばらしい信仰体験をつまれるのです。 お遍路さんの白衣の後ろには「南無大師遍照金剛」と書いて有りますね。また道中、心の中で南無大師遍照金剛と御宝号を唱えながら修行されるのです。 南無大師遍照金剛にはどんな意味が含まれているのでしょうか。一緒に考えていきましょう。 「南無」はインド語のナモ、ナマス、ナマッハを音写つまり発音の音に近い文字で作った当て字です。意味は帰命、帰依する、永遠に、心から信じお従い申しますという信仰の誓いを表します。 「大師」は偉大なる師、という意味で日本では大師号として朝廷から徳の高いお坊さまに贈られました。お大師さまは空海と言う僧名ですが弘法大師という大師号を九二一年朝廷から給わりました。日本では二十数名の高僧に贈られていますが、「大師は弘法にとられ太閤は秀吉に取られ」と言われるよう大師と言えば弘法大師、お大師さまのこと表すのです。 (南無大師で、永遠の法という意味だろう。) 「遍照金剛」はお大師さまの灌頂名です。大日如来と言う仏さまの別名なのです。奈良の大仏さまは正式にはルシャナ仏ですが、その別名は大日如来さまなのです。お大師さまが中国に渡り真言密教の教えを授かったとき、最後の仕上げとして灌頂と言う儀式を受けられました。 目隠しをして合掌した手にはお花(チャクラ)を持ち、仏さま、如来さま、菩薩さまの書かれた曼荼羅の上にその花を投げるのです。仏さまとの縁結びとでも言いましょうか、お大師様の花は大日如来の上に投げられたそうです。二回して二回とも同じ場所に投げられたそうです。この不思議に驚かれた恵果和尚はお大師さまに大日如来の別名遍照金剛を灌頂名として授けらたのです。 「遍照」とは仏さまの慈悲の光明で照らされていると言うことです。夜に街を歩いても街灯が有れば明るくて安全です、営業時間の終わったお店でも店内には電灯が灯されて防犯灯の役目をしています。暗闇では犯罪が起こりやすく悪がはびこりますが、明るいと安心出来ますし、悪ははびこることが出来ません、善の世界になるのです。太陽でも、電灯でも物に当たれば影が出来ますが、仏さまの私達を救おうとする慈悲の優しい光は影を作ることなく世界の隅々まで照らされているのです。 (遍照は隅々まで照らす心の太陽のことだろう。) 「金剛」ダイヤモンドです。ダイヤモンドは最も強くて堅い物質です。またその原石を磨けばその輝きは素晴らしいものになります。私達凡夫をこの苦しみから救ってあげるんだ(?)と言う仏さまの堅い決心と不滅永遠の徳を表しています。 (人体は炭素からできている。ダイヤモンドも炭素からなる。つまり遍照金剛は人体を太陽の心により照らし出すという意味である。「救ってあげるんだ」ではなく「自分で自分を救い出せ」という意味。悪だってもともとは善の神から出たものである。) 遍照金剛、大日如来さまは全ての神仏の根本の仏さまであり、その大日如来の一徳一徳を表すと各々の仏になるのです。寿命を表すと阿弥陀さま、優しさを表すと観音さま と言う具合です。 (太陽霊のことである。仏像のほとんどは太陽霊を表現したものである。キリストは太陽霊の一つの形態、仏陀は水星霊らしい。つまり各惑星には霊体がいる。地球は物的形態なので、肉体をもっているにすぎない。) 南無大師遍照金剛とお唱えになるのは弘法大師お大師さまを拝み、その後ろには大日如来さまが控えられ、また全ての神仏へとつながっているのです。御宝号の深い意味を噛み締めながら「南無」と信じるこころを開いて、「大師」お大師さまに守られて、「遍照」他人に対しても優しさ思いやりを持って「金剛」自分自身に厳しく、そういう修行の日暮らし信仰を持ち、お大師さまと同行二人の人生の道を、幸せに向かって一歩一歩精進して参りましょう。 ★ ★ ★ 以上を参考に、「南無大師遍照金剛」を要約すると、「永遠の法を世界の隅々まで行き渡らせるように身をもって光輝くように照らし出します。」という宣言であろう。 永遠の法とは、カルマの法である。現在の自分の行いが将来の自分をつくるということである。要するに、自分の心や意識が、健康や病気をつくり出すということなんである。 だから有体にいえば、ネガティヴな想いをポジティヴに変えることである。病気に罹って意気消沈するのではなく、病気に打ち克って新しい身体を手に入れると思えばいい。 霊魂は永遠で死ぬことはない。トカゲの尻尾のように、切り取られてもやがて新しく生まれ変わるのである。人間の場合、それが次の再生であり、輪廻転生である。この世のあらゆる立場を経験してみて、はじめてこの世から解脱できる。 そういうことを仏教は説いている。キリストの復活は、仏教と矛盾しない。だから、仏教のなかに既に医療は含まれている。それに早く気づくべきである。仏教徒の修行が怠慢な証拠でもある。霊魂をみれないのは霊魂をみれる心眼をつくっていないからである。 医療と仏教が別々にみえるのは同じようにみる知性がないからである。お遍路で出会い、お遍路を勇気づける四国の住人たちのおもてなしの親切心が医療である。快適で贅沢な生活のなかでは慢心して感じる心を失ったのである。 いま日米の指導者たちは慢心の代表であるから、このままいけばいずれ日米全体がホームレスになるだろう。既に地方からホームレスの波が広がっている。 実際に経験しないとわからないアホバカに効く薬はないね。人生は思ったことと逆に進むから学びになるのだよ!
2015年05月26日
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「日本人は洗脳されやすい」ことが、ネトウヨなどで巷では話題だが、そもそもネトウヨも日本人とは限らないが、また日本人という一括りの呼び方も一種の洗脳だが、TVで「日本人の3割しか知らない話」をやっていたのはその例証として興味深い。 その番組でやっていたのは例えば「NEWS」の語源はなぜだか、NORTH,EAST,WEST,SOUTHの頭文字をとったものというデマが特にダマスゴミ界隈を中心に広がっているという話だった。その番組によると、英語圏では「ニューズ」と発音するらしく、NEW(新しい)の複数形というのが本来の語源らしい。この話も裏取りしたわけではないので、嘘かもしれないが…。 どうせなら、なぜそのようなデマを信じるようになったのか、というところまで踏み込んでほしかった。報道番組ならそうすべきだが、バラエティ番組なんで、そこまでいかないのだろう。 しかし、ダマスゴミ界隈、特に報道関係者がこのようなデマを信じているお粗末さから、この国のダマスゴミは自分で確かめようとしないアホバカばかり、ということだけは再確認できたわけである。 このようなデマならそれほど問題にならずに笑って済ませられるが、少し前に車エビの食品偽装で話題になったが、日本の食卓でお馴染みのシシャモが、実はカベリンという魚であったという話は詐称に近い。そもそもシシャモは北海道の冬季限定の魚らしく、それでは消費者の需要を満たせないので、似ているカベリンをシシャモと偽って流通させたというのである。 だから、カベリンをシシャモと勘違いして食べている人が多く、カベリンがシシャモになっている人が大半で、もしそのような大半の人が多数派を形成し、カベリンをシシャモにしようといったら、間違った詐称が正式に罷り通ることになってしまう。統計データでも駆使すれば、多数派によりカベリンがシシャモになること請け合いなんである。 そうすると、本当のシシャモがシシャモでなくなってしまうわけで、このような洗脳の深刻さは、偽ユダヤがユダヤを名乗ることなどでネットでは謀略説としても有名なんである。民主主義という名の多数決の盲点はここにある。 このような単なる思い込みが罷り通る例は枚挙に暇がないが、例えば、身近な漢字の問題では、完璧の「璧」を「壁」と思っている人が意外と多い。だから、「完璧は、土でなく玉だよ」といってもなかなか信じてもらえない場面に遭遇する。 このブログでも何度となく取り上げてきたが、特に時代劇の弊害で、日本史を間違って覚えている人が多いのには閉口する。水戸黄門や大岡越前などはその代表で、ほとんどが嘘である。 水戸黄門で有名な嘘は印籠をみせるシーンがあまりに有名になりすぎたため土下座が日本人の謝罪となっているという弊害である。そもそも江戸時代当時に、日本人という一括りの概念はないから、共通の謝罪という作法が確立しているはずがない。 歴史家によると、被差別階級の人が、差別をする貴族階級の人の顔をみないために、顔を伏せたことに端を発するようである。他にも色々な説があるが、土下座はとにかく謝罪ではないらしい。歴史書は権力側に都合よく記載されるので、この点は調査を要する。 しかし、水戸黄門の印籠のシーンはあくまで虚構で、モデルとなった光圀が諸国を旅した記録はなく、八切氏によると、幕末に水戸の列公と呼ばれた徳川斉昭が、征夷大将軍になりたいために先祖を使って大々的に宣伝工作をしたのが間違って伝わったというのが真相に近い。 八切氏によると、水戸光圀とはとんでもない悪人だったそうである。刀の試し切りのために現在の後楽園界隈をふらつきいい女をみつけ仲間と強 姦しようとして捕り物にみつかり、大騒動を起こしたこともあるそうである。この話はいまでは笑い話になるが、当時は役人が責任をとって処罰されているので、トンデモ事件だったそうである。 また八切氏によると切腹もほとんどが虚構らしい。しかし、現在では時代劇のために、切腹を信じている人が大半だろう。有名な赤穂浪士の事件もほとんどが嘘で、柳沢吉保のよる茶番だという。つまり、日本史は現代史もほとんどが嘘だが、近代史や中世など嘘八百のようである。 だから迂闊に信じ込んではいけない。他人の話を専門家だからといって、信じるのは問題で、とにかく自分で調べ、自分のアタマで納得いくまで考えるべきである。専門家なんてものも所詮、自分の分野やその世界しか知らないのである。自分の感性と違って当然なので、専門家の意見はあくまで意見として聞くべきで、自分の直観を信じるべきである。 大体が、時代劇で描かれるような人物は現実にはありえず誇張して描かれているわけで、非現実だからこそ現実逃避したいために、視聴者の衝動が掻き立てられる。非現実な劇と日常生活をごちゃ混ぜにしてはいけない。 現代人は劇はあくまで非現実の世界を描いていることは当たり前の前提にしているはずなのに、例えば、幽霊はほとんどが信じないが、上に挙げた水戸黄門や大岡越前や宮本武蔵や坂本龍馬などのほとんどが虚構の歴史上の人物は信じているから不思議である。 どちらも現代からみれば、過去にはいたかもしれないが、いまはいない幽霊と同じ存在なのである。 では、そのようなゴーストをどうやって見分けるのか? 歴史家がやっていることは歴史的史料から推測することや、もし過去にそのような人物がいたなら、現在はどうなっているか、或は、現在このようになったのは、過去にそのような人物がいたから、という仮説から、それを検証する物証をみつけることである。 しかし、歴史的史料が嘘で、時の権力者に都合の悪い記述が削除されていたら元も子もなく、また、上の話のようにシシャモが途中でカベリンに入れ替わり多数に流通していたりしたら、現在への影響から探るのは非常に困難になる。 ゲーデルの不完全性定理ではないが、物質界を物質で物証するのは限界がある。というのも物質は必ず滅するからである。消滅してしまうものを基準にはできない。 だから、逆説的にいえば、唯物論が多数派になっている現代は洗脳には好都合の時代なんである。民主主義という標語の下で、多数決が利用されるのは、洗脳を効率化させるためである。 その代表機関がダマスゴミで、ダマスゴミは視聴率を求めるほど多数派に洗脳を形成しやすい構造になっている。よく考えもせずに、周囲が決めつけた情報や流通量の多い物質に従って、既成事実化され、判断力を失っていくのである。 このカラクリを知っていた賢者はTVは洗脳ツールで思考力を奪う機械だから、「TVをみると馬鹿になる」といったわけである。TVで報道されたことが正しく、TVで報道されないことは嘘であるという洗脳の奴隷になる。 例えば、TVで流されるものの多くがCMだが、TVが洗脳ツールでなければCMを流す広告料が高騰するはずがない。自分自身の判断で商品を手に入れるのなら、十人十色の価値基準から、特定の商品だけが物凄く売れるということはあり得ない。また逆に特定の商品だけ在庫が残るということもない。 本来、物質界というのは価値があるものほど手に入りづらいのである。手に入れるのが困難なほど価値が高いわけで、逆にいえば、誰でも手に入るのは価値がないわけで、本来、価値がないものを価値があると付加価値という名目の下で洗脳が行われるのである。 誰もが冷静になって振り返ればほとんどが衝動買いだったことに気づくだろう。本当に必要かどうかは、少なくとも自分の価値観がしっかりと確立していることが前提で、多数派の扇動などに躍らせられるはずがないからである。 このようなダマスゴミの洗脳の手口の多くは統計を駆使した摩り替えである。何%というデータは全く意味がない。統計の根拠は唯物論にあり、比較条件のサンプルが全く物質のように同一でないと成り立たず、しかも線形、つまり時間が止まって、比較する物質が安定状態にないと意味がない。 そもそも生物はどの個体も同一ではないので、統計で比較するのが間違っている。勿論、生物統計というのもあるがそれは全体の分布から確率概念で推測する方法で、主に粒子とか、細胞とかの比較サンプルが全体からみて同一視できる条件に限るわけで、少なくとも1万個以上のサンプルは必要とされ、それも時間がとまって、どのサンプルも安定していないと意味がない。 だからほとんどがインチキで、多数派に属するように洗脳しようとする工作である。この国ほど詐欺が罷り通り、騙される人が多い地域は少ないかもしれない。 支持率何%なんていうのは全部洗脳である。第一、人間は皆異なる価値観をもつのだから、それぞれの意見が反映されないとおかしい。皆が納得する方向に進まないと、少なくとも人類の最大多数の幸福にはつながらないから、おかしいわけである。 例えば、米国のように1%の金持ちの少数派の意見が罷り通るのはおかしいわけで、かといって多数派の意見だけで少数の意見を汲み上げずに進むのもよくない。全体が納得するように進まないといけない。 でないと、シシャモといって流通しているのは本当はカベリンではないのか、というような少数の正しい意見が無視されてしまうからである。 そういうわけで、いま最もインチキなダマスゴミである犬HKの話を以下に紹介するが、文字数を超えるので要点だけを紹介する。 ★ ★ ★ 「NHKは素晴らしい」論者はサンデル教授に説教されろ http://gudachan.hatenablog.com/entry/2015/05/24/234803 日本を蝕む最大の教条主義は「NHKは素晴らしい論」である。 そのバリエーションはいくらでもある。 「民放は低俗だ。でもNHKは素晴らしい」 (中略) 「ワイドショーは胡散臭い。でもNHKのニュースが一番しっかりしていて素晴らしい」 ・・・きりがないのだが、この手の主張は対して偉くはない思考停止をしているような残念な大人たちに多い。地方公務員や学校教員など、あとは老人も大抵はそうだと見ていい。 (中略) 私が見る限り、NHKが全体的にNHKらしい「退屈だが、悪ふざけをせず誠実な番組作り」をしていたのは、2005年くらいまでのことだ。以降は、「お堅い国営放送がこんなふざけたことやってるんだぜ」と言うノリの番組がじわじわ増えていき、それがもう主流になっている。典型的なのは土曜日の夜8時だ。 (中略) そんなものを普通の人は見るだろうか? 見る訳ないのである。 それに近いものをこの記事のサンデル教授をめぐるネット上の物議の問題には感じる。 (中略) では、NHKの放送番組の「ミニスカート化」を招いた元凶は誰か。 ほかならぬ「NHKは素晴らしい」論者である。彼らは思考停止・マヒしているため、NHKがどんな低俗番組を作っても、逆に民放のバラエティがどんなに良い企画を作っても、目が覚めないのだ。宗教の信者と同じである。 (中略) NHK職員と「NHKは素晴らしい」論者は、そういう世界の当たり前を叩き込まれるためにいっぺんサンデル教授に説教されたらどうだ。 ★ ★ ★ 私はサンデル教授も米国CIAかなんかの洗脳工作員だと思っている。冷静な知性があれば、原爆を落とすことなくこの国を終戦に導いたはずである。原爆を落とす知性など人類に必要であるのか、少なくともこの国の住人には必要ない。 私には、「NHKは素晴らしい論」が「終戦には広島、長崎に原爆投下が必要だった論」に聞こえる。投下する前に予め、投下論ができていたにすぎない。そのチセイに洗脳するだけなのだ。 巷は恥知らずなチセイに溢れている。
2015年05月25日
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前回、明治維新まで遡って日米の歴史を非常に大まかにみて、米国によるこの国への悪影響を考えてみたが、今度は逆に、西洋側から、この国への植民地支配構想を考えてみると、今のウクライナやISISのカラクリが明らかになるので不思議である。 今のウクライナは、明治の大日本帝国政府を彷彿とさせ、ISISは長州の奇兵隊を彷彿とさせるので、恐らく背後に偽ユダヤの策略があったことがわかる。 西洋の植民地政策は、植民地をつくり資源を奪い取るために、傀儡政権をつくる必要があるが、それには工作員を送り、反政府組織をつくりあげ、資金や武器を送り、民主化という標語で世論を活気し、反政府組織を正当化する。 明治維新の工作員はアーネストサトウやジョン万次郎などの西洋かぶれなどが挙げられる。幕府の咸臨丸渡米も、岩倉欧州使節団も、傀儡政権をつくるための西洋かぶれにする工作と考えられる。 その証拠は、ネットでは有名な、以前紹介したフルベッキ写真である。だからフルベッキも工作員と考えられる。事実、メーソンリーだったようだ。つまり、この写真は、メーソンが傀儡政権を日本につくるための集合写真と考えられる。 フルベッキ写真 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%83%E3%82%AD%E7%BE%A4%E5%83%8F%E5%86%99%E7%9C%9F 文中のフルベッキ写真が単なる佐賀藩士の写真というのなら、なぜ、これほど有名になるのか理解に苦しむ。他の佐賀藩士の写真がなぜ有名でないのか? またフルベッキと関わった藩士は多いのになぜ他の藩士の写真はないのか? など疑問が多発する。 フルベッキが後の元首の写真だといっているのだから、佐賀藩士の写真なら少なくとも大隈が写っていなければおかしいか、フルベッキが嘘をついていることになる。 特に面白いのは西郷の写真はほとんど残っていないのに、この写真に写っているという点である。この写真の西郷が信憑性が高いのは、西郷の影武者をしていた永山弥一郎の顔にも似ているからである。 八切氏によると、西郷は薩摩の独立のために、自分の命が狙われるのを恐れて、写っていた写真を全て焼いたそうである。だからもしこの写真が西郷なら、西郷の手の及ばない写真だったことになる。 ということは逆に西郷には非常にまずい写真ということになる。この写真は恐らく西南戦争のときに西郷軍を攪乱するのに使われた可能性もある。西洋かぶれからすれば、西郷は裏切者になるからである。 薩摩の歴史を紐解くと、クマソの土地柄で民族としては原住民系に近く、大陸からきた藤原氏の大和朝廷を敵対視していたようである。西郷の先祖は原住民系の菊池姓を名乗っていたそうで、だから日本古来の文化を復活させようと思っていても不思議ではない。 つまり西郷の維新とは、原住民系による統治体制の変革で、西洋かぶれの洋行組とは意見が真っ二つに割れるのも無理はない。だから、明治維新とは、各地に追いやられていた原住部落民の失地回復であり、統治体制の入れ替えだったはずだが、途中から西洋かぶれの連中に乗っ取られてしまったわけである。 西郷は、岩倉らが欧州に行ってしまい、連中がいないうちに、西洋かぶれにならないように、独自の維新を断行し、奴隷制度を廃止し、自分ら部落民を奴隷から解放し、四民平等を成し遂げるために、農地改革や版籍奉還などをしたが、帰ってきた岩倉ら洋行組は大隈らから連絡を受けていたが、吃驚仰天で、慌てて明治帝に直訴し、西郷外しを画策する。 西郷は下野し、薩摩を明治政府に従わない独立国にしようとしたが、大久保に裏切られ、挑発され、西南戦争を起こされ、薩摩は降伏する。大久保は役割が終わると殺されてしまう。その後は教科書でもお馴染みのように、西洋かぶれの連中が中心となって戦争の連続となる。 つまり西洋の植民地政策は、西洋の走狗をアジアに巧くつくり出したことになる。このような西洋側の悪徳政策とロスチャイルドのアジア侵略を合わせて考えると、連中が何を考えていたかがよくわかる。西と東を戦わせ、その利権を確保することである。古くはナポレオンを用いて行われた手口である。 古くはイエズス会-イルミナティ-フリーメーソン-ネオコンという流れの偽ユダヤの仕業である。 こういった詐欺に何度騙されれば気がすむのだろうか? そのような詐欺の話を以下に紹介する。 ★ ★ ★ 南沙紛争惹起のもう一つの目的は、AIIBの空中分解 http://plaza.rakuten.co.jp/lalameans/diary/201505240006/ 紹介したいブログ記事を以下にあげていきます。 南沙紛争にユダヤ米国が介入して、日中両国の経済を破壊する。(richardkoshimizu's blog) 「日中貿易は、日米貿易を凌ぐ規模に発展し、日本は大量の中間財・生産財を中国に輸出し、中国は消費財を日本にいやになるほど大量に輸出している」 日本の輸入額第一位は中国から。 日本の輸出額第一は中国向け。 中国の輸入額第一位は日本から。 中国の輸出額第3位は日本向け。 日本にとって最大の貿易パートナーは中国であり、もはや、米国などではない (この事実すら知らない人たちがたくさんいる)。 中国には2万社もの日系企業が進出しており、その半数以上が、中国市場で商品を販売して黒字を出している。 人件費の高騰と税制優遇策の廃止で、中国から撤退した日系企業もあるが、まだまだ、多数が現地で精力的に活動している。 こんな状態で、南沙諸島の紛争に自衛隊が巻き込まれて、日中間が戦争状態になれば、中国は、モノを生産するための中間製品や設備を日本から調達できなくなる。 よって、生産に支障をきたす。 そして、第3位の輸出市場である日本市場を失う。 日本も最大の輸出市場を失う。 中国製の汎用消費財が入らなくなり、イオンの売り場は空っぽになる。 100円ショップも廃業である。 日系企業は国内工場を閉めて中国に工場進出しているので、中国工場から自社製品が入らなくなると、途端に事業が成り立たなくなる。 日中とも経済的に大打撃を受ける。 喜ぶのは、日中の共倒れを期待するユダヤ金融資本である。 よって、米国には無関係の南沙問題にユダヤ米国は介入し、自衛隊を引っ張り出して日中間の関係悪化を促進するのである。 その意味では、戦争を拡大する必要はなく、ユダヤ米軍が小競り合いを演出、捏造するだけで充分である。 皆様のご意見を。 リチャード・コシミズ 南沙紛争惹起のもう一つの目的は、AIIBの空中分解(richardkoshimizu's blog) 南沙紛争惹起のもう一つのシナリオは..... 今、ユダヤ米国が南沙領有問題に介入してきたのは、中国のAIIB攻勢で後がなくなった金融ユダヤ人にとって、最後の賭けなのかもしれない。 AIIB参加国であり、同時に南沙諸島領有権を主張する国でもあるベトナム、フィリッピン、マレーシア、ブルネイ、台湾と中国との関係を一気に壊すことのできる「手口」が南沙武力衝突であろう。 否、それしか手口はない。 実現すれば、ユダ金の不倶戴天の敵、AIIBを空中分解させることも可能かもしれない。 習近平氏は、この機会に資源の独占政策を転換し「共同開発」へと動くべきである。 さすれば、ユダヤ金融資本の目論見は脆くも崩れ去る。 「領土主張」一辺倒は、時代錯誤である。 地球は人類だけのものではない。 二つ前のトピックにあるように、中台が接近してしまった以上、南沙諸島を巡るゴタゴタ以外に、ユダ金がアジアで起こせる戦争はありません。 図らずも、いえ謀ってやってますが、南沙諸島の関係諸国はすべて、AIIB参加国です。 ここで問題を起こせば、AIIBを有名無実化出来る上に、日本の金を使って強化したADBに再び主導権を取り戻せます。 アジアでゴタゴタを起こしておけば、ロシアの中東におけるプレゼンスも低下しますので、そのスキを狙って中東問題の再燃も可能かと思います。 日中関係破壊、AIIB破壊、中東問題再燃、ロシアのプレゼンス低下、石油の地位向上、リンクされているドルの防衛にも繋がります。 ブルネイ、ロシアの石油、天然ガスの流通を停滞させれば、ロックフェラー帝国復活も夢ではありません。 まあ、どうせ夢で終わるのでしょうが…。 絵空事…。 そうでしょうし、そうあってほしいですね。 なるほど!!!!、慧眼です!!!!、これも含めての戦争経済ですね、 日本はもちろん、この形で中国経済をぶっ壊せば金融ユダヤアメリカをそのままにして、金融ユダヤアジアを作り、そこから大イスラエル帝国建設までが容易に繋がりますね、なにより日本と中国の仲を裂きたいのですから当然ですね、これも拡散に上乗せします、あ~忙しい、気合いが入る~。 酔楽人 2015/05/24 14:38>戦争を拡大する必要はなく、ユダヤ米軍が小競り合いを演出、捏造するだけで充分である。 金融ユダヤアメリカに、金がない証拠じゃありませんか… ここを止められたら金融ユダヤはお手上げになりますよね……… ここまでバレたらもう無理ですね。 酔楽人 2015/05/24 14:43 なるほど! そのとおりだと思います。 うまいことやってもしも日本と中国を共倒れにさせることが出来れば、あとはロシアを叩くだけでいいもんねぇw しかし、その手にゃ乗らねえ!w (K)(F)(C) 2015/05/24 14:51 ★ ★ ★ 戦争屋は紛争を起こすことで金儲けしてきたが、米軍に与えるカネが惜しくなり、それじゃ米軍の代わりに日本のカネで自衛隊を巻き込んで紛争で金儲けすれば一石二鳥と考えたわけだよね。どこまでいってもクズな奴らですね。 皆もう気づいているんだけどね。偽ユダヤの連中は恥ずかしいからやめてほしいよね。この国のアホのようだ! 悪巧みはたとえ成功したとしても、あの世で苦しむだけなんだからさ。
2015年05月22日
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歴史に「もし」はないが、開国と呼ばれているキリスト教受け入れがなかったら、日本は対外戦争をしなかった可能性が高い。つまり江戸幕府のままだったら、西洋の植民地にはなってなかったように思える。 学校では、明治維新により西洋の植民地から解放されたと習うが、米国の属国である現状をみれば、どうみてもそれが間違いであることに気づくはずである。 だから、幕府が長州征伐に成功していたら、封建制度がそのまま残る代わりに、外に出ることはなかっただろう。 というのも、明治政府をつくった連中のほとんどが西洋かぶれだからである。ペリーが浦賀に来航し、大砲で脅したせいで、震え上がってしまった。本当ならペリーの野蛮な外交手法こそが人道的に問題となるべきであろう。 西郷だけは西洋からの独立をめざし、薩摩を独立国としようとしたが明治政府を裏で支援する西洋に敗れた。 当時もそうだが、以前から、この国の住人は、西洋人は野蛮だと思っていた。目的を遂げるのに手段を択ばない非道だと思った。だから、西洋人は南蛮人と呼ばれていた。奴隷貿易を生業としていたことから名づけられたのである。 多くのアジア人が苦力として奴隷船に乗せられ、西洋で日雇い労働者や売春婦として働かされたのである。明治以来日本はこの西洋かぶれのせいで、白人の奴隷として、同じアジア人に対して酷いことを行ってきた。 確かに従軍慰安婦は日本の軍人が菊の御紋の名目でしでかしたことで、それは西洋かぶれの頭目の伊藤博文が千代田城を占拠し、幕府の子弟を慰みものにしたことに端を発している。西洋かぶれの裏にはメーソンが暗躍していたことはネットでは周知の事実である。ペリーの恫喝外交も西洋の策略である。 このペリーの野蛮な外交姿勢に対して、この国で攘夷論が盛り上がったのがその証拠である。この国の住人は、物質技術論よりも、精神論を重んじていたからである。それはいまでも祈祷など、苦しいときの神頼みでわかる。 この祈祷の精神を西洋の悪魔は利用して口封じとして悪辣な特攻をつくりだした。それはいまでも岸に打ち上げられた大量のイルカとクジラの映像からわかる。かつては日本の若者が犠牲となったのである。連中は同じ人間や哺乳類を犠牲にし現在の贅沢で快適な生活をつくりあげた。 つまりペリーの来航こそ、この国とっての悲劇だった。しかし、別の観点から悪をも起こせる自由への扉ともいえる。 「自由の国」というのがアメリカのお題目だったが、最近わかったのは、それは戦争をするためで、わずか1%の少数のための支配を確立するためだった、ということである。 日本はアメリカに負け、アメリカを自由の教師としてきたが、いまは反面教師にしないといけない、ということである。 もう勘弁してくれ! とても付き合いきれないよ! と日本は本心で思っている。沖縄は、「お前、正気か、まだアメリカについていく気なのか? それなら分かれる。」と三行半をつきつける寸前である。そのうち、沖縄に呼応して、愛想尽かして、それぞれが独立していくだろう。 「アホバカな上司の下で働くなんて真っ平御免だ!」といわんばかりに。 そのことがわかる話を以下に紹介する。 ★ ★ ★ 日本人から「アメリカへの関心」が消えた。 http://plaza.rakuten.co.jp/lalameans/diary/201505200009/ 日本人から「アメリカへの関心」が消えた。 昔は、音楽は....映画は....なにもかもアメリカのものだった。スターとはアメリカ人のことだった。 JAZZに酔いしれた。ハリウッド映画に涙した。 日本企業は、競ってエリート社員をアメリカのアイ―ビーリーグに留学させた。 文化芸術の中心だったアメリカ。シリコンバレーに世界の注目が集まった。 今は? 誰もアメリカに興味を惹かれない。だえれも留学しない。アメリカの音楽? 懐メロ以外、久しく聞いていない。 つまり、アメリカに魅力がなくなったんだよ。ユダ金がおかしな国に作り変えてしまったから、アメリカの魅力がなくなったんだよ。 残念です。ユダ金を撲滅して、再生してほしい。 「アメリカへの留学者数は0.49倍(47,975人→23,387人)」に減っている。 (richardkoshimizu's blog) 日本人の海外留学者数は、全体でみると減っています。 「日本から海外への留学者数は、2000年と2010年を比べると0.76倍(76,465人→58,060人)」に減っています。 しかし、「2000年と2010年の数字からそれぞれアメリカへの留学者数を引くと、2000年から2010年にかけて日本から海外への留学者数は1.23倍(29,958人→36,770人)に増加している」わけです。 つまり、アメリカ留学者数だけが激減している。 アメリカ以外の国では、むしろ留学者数は増えている。 「アメリカへの留学者数は0.49倍(47,975人→23,387人)」に減っている。 留学者は、将来のキャリアでの有用性、世界の中心的国家、最も優れたところで学びたい、自分の好きな国、安全な国.... といった条件で留学先を選びます。 つまり、米国に「魅力」がなくなったということです。 だからこそ、ユダヤ米国政府は日本人に「米国修学旅行」をすすめてみたり、必死です。 日本人エリートが米国で洗脳教育を受けてくれないと、対日支配ができなくなる。 エリートではないロボット1号20円型やコロンビア42しか留学しなくなってしまって、ユダ金もカスのお相手大変ですね。 留学者減、これが米国の凋落を直接あらわすデータです。 ちなみに一番、留学者数の増加が著しいのは「中国」です。 留学志望者も馬鹿ではないですね。 海外への留学者数激減は米英だけ、他国への留学は増加!なぜ? http://www.yuichiroanzai.com/blog/2013/05/%E7%B1%B3%E8%8B%B1%E3%81%B8%E3%81%AE%E7%95%99%E5%AD%A6%E7%94%9F%E3%81%A0%E3%81%91%E3%81%8C%E6%BF%80%E6%B8%9B%E4%BB%96%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%81%B8%E3%81%AE%E7%95%99%E5%AD%A6%E7%94%9F%E3%81%AF%E5%A2%97%E5%8A%A0.html ★ ★ ★ アメリカと付き合ってわかったことは、確かに物質性ではアメリカは魅力的だったけど、精神性においては日本の方が優れていた、ということなんである。 またアメリカンドリームはハリウッドがつくった単なる虚構で、貧困は益々酷くなっている、というのがわかったので、アメリカかぶれの連中が逆に疎ましくなってきたのだろう。親のスネをいつまでも齧って独立できない子供のように。 つまりアメリカ留学組が逆に馬鹿にされるようになったわけである。日本の大学では通用しない小泉の息子などその典型。 その象徴がアホ総理である。いつまでも祖父のスネをかじる幼稚なボンクラである。 いまネットではアメリカはダメリカと呼ばれている。というのは、ダメリカが金融偽ユダヤによりつくられ支配され貧困さを増しているのに他国の資本を強奪するために戦争をやろうとするトンデモな国だからである。 そのことがわかる話を紹介する。 ★ ★ ★ 欧米市民の圧倒的多数が国際情勢に対する別の見解を知るため、ロシアのメディアをはじめとした情報ソース (richardkoshimizu's blog) 知らしめるべきことを知らしめず、金融ユダヤ人のための「利益誘導目的の報道」しかしない世界のメディア。 だが、「贋物」は人を動かさない。 世界中の心ある人たちが、金融ユダヤ主導の欧米日メディアから離れていく。 そして、真実を報道するごく一握りのメディアに殺到しつつある。 これこそ、ユダヤ金融悪魔の落日を象徴する出来事です。 読売、産経、NHKの金融ユダヤ人から裏給与を受け取っている皆さん、国民の怒りはあなたを直撃します。 (ゴミウリ、犬HK、ウソヒなどと呼ばれている。産経は統一教会系なんではじめから相手にされない。) 余生を惨めに悲惨に生きてください。 国民は、あなた方を決して許しません。 ユダヤメディアの信用が本拠地の欧米ですら、崩壊中。 日本人もさすがに少しは見習ってほしいもんです。 ----- http://jp.sputniknews.com/life/20150519/351654.html 欧米市民の圧倒的多数が国際情勢に対する別の見解を知るため、ロシアのメディアをはじめとした情報ソースの多様化を図っていることが英国ICMリサーチの調べで分かった。 ★ ★ ★ ユダヤ資本の入っていない情報誌を求めての脱欧米化が、この国の真の独立の課題となるだろう。 いまの米国ほど醜い国はなく、これからは利益よりも芸術、美術的感性が求められる。 まずそれには、麻薬撲滅と軍事廃絶が人類の課題となるような話を続けて紹介する。 ★ ★ ★ 李克強総理、ラテンアメリカを訪問、米国の神経を尖らす (richardkoshimizu's blog) 米ユダヤ犯罪帝国と統一麻薬密輸教会の資金源、南米のコカイン利権が、中国の対南米攻勢で風前の灯火? そりゃ、ロックフェラーの爺さん、やきもきするでしょうね。 何しろ、ロックフェラー・ロスチャイルド 世界の富独占帝国の「正業」は麻薬ですから。 アフガンは米軍を送ってヘロインを解禁させ、今や、世界のヘロインの97%? を独占。 だが、肝心のコカインビジネスが..... 中国の介入で破たんしたら.... 世界のジャンキーが減少して、人類には福音となります。 悪魔は、退場です。 それで、最近、オバマ政権がキューバににじり寄っているのは、コカインの対米密輸中継拠点であるキューバとの関係をよくして、麻薬利権を確保することですか? ちなみに、キューバを作ったチェ・ゲバラはもちろん、ユダヤ人です。 最近の研究では、カストロもユダヤ人といわれています。 キュ―バは、ユダ金の作った国です。 (映画は偽ユダヤの宣伝広報媒体なので、大体の真相は映画の内容とは逆と考えたほうがいい。真相をもみ消すために重要なところを変えて映画をつくる。) スレチ失礼致します。 【中国の攻勢に対し、アメリカは打つべき手がない】 ・李克強総理、ラテンアメリカを訪問、米国の神経を尖らす http://www.xinhuaxia.jp/social/69616 【抜粋】 アメリカの裏庭と目されるラテンアメリカには、近年、中国指導者がしばしば姿をみせている。 過去2年あまりで習近平・中国国家主席が2回ラテンアメリカを訪問した。 今度李克強総理の訪問に対し、海外メディアは「ラテンアメリカへの中国の攻勢」として大いに報道した。 米誌「フォーブス」によると、【アメリカが寝ている時、中国はラテンアメリカを味方に引き入れており、中国はアメリカの裏庭を狙っている】という。 2009年以来、中国はブラジル最大の貿易相手国、最も重要な外資投資元となった。 2000-2015年に両国貿易額は100億ドルから25倍増の2555億ドルに上った。 一方、中国はチリとペルーの最大の貿易パートナーで、アルゼンチンの2位の貿易パートナーである。ドイツ紙「ハンデルスブラット」によると、【中国の攻勢に対し、アメリカは打つべき手がない】という。 ★ ★ ★ 米ローマ帝国の滅亡が近づいている。世界はアメリカの催眠術から目覚めつつある。アメリカがしでかした大罪を明るみにし裁くときであろう。
2015年05月22日
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捕鯨問題を調べてみて、同じ哺乳類を軍事兵器に利用する偽ユダヤ悪魔たちの残忍さに驚愕してしまうが、やはり連中が悪魔であることを改めて確信した次第である。 よくもまぁ、それ以上の悪いことをしておいて、水族館のイルカショーを悪く言えたものである。 アメリカ先住民を追い出し土地を奪いアフリカから奴隷として黒人を連れてきて建国した悪魔たちなので、血は争えないということなんだろう。 悔い改めるのはどちらなのか? はっきりさせるためにシュタイナーの聖書の話を紹介する。 ★ ★ ★ コリントの信徒への手紙一15章50~58 兄弟たち、わたしはこう言いたいのです。 肉と血は神の国を受け継ぐことはできず、朽ちるものが朽ちないものを受け継ぐことはできません。わたしはあなたがたに神秘を告げます。 わたしたちは皆、眠りにつくわけではありません。わたしたちは皆、今とは異なる状態に変えられます。最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。 ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを必ず着ることになります。 この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。 「死は勝利にのみ込まれた。 死よ、お前の勝利はどこにあるのか。 死よ、お前のとげはどこにあるのか。」 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。 わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。 (以下要約) 神の子たち、父ははっきりと宣言するのでよく聞きなさい。人間の肉体は天国にはいけない。というのは物質は必ず滅び、滅ぶものが不滅の永遠を引き継ぐことはできないからである。 あなたがたに神秘を告げるからよく聞きなさい。 あなた方も含め、宇宙全ての存在は死ぬことはない。ただ、今とは異なる状態に変化するだけである。 父があなた方のなかにいて、人生の終わりの時を告げる言葉を発せられると同時に肉体を捨て、霊魂の存在に代わるだけである。 神が言葉を発せられると、人間は霊魂として永遠に滅びない存在となり、肉体を捨てると同時に、私という感覚を失うが、本当の私という存在がなくなることはなく、ヘビの脱皮のように変わるだけなのである。 滅ぶべき肉体が滅ぶことのない霊魂となり、死すべき肉体が死なない霊魂へと必然的に変わるのである。この変化とともに滅び行く肉体が永遠に滅ぶことのない霊魂を宿し、この死すべき肉体が死なない霊となるとき、次のような言葉が実現する。 「肉体の死は霊魂の勝利となった。 死よ、お前の勝利は人生のどこにあるのか。 死よ、お前の遺産はどこに引き継がれたのか。」 死の遺産とは、人生から作り出す道徳・倫理上の罪であり、その罪はお互いに赦しあうことなく人間が人間を裁くために作り出した律法から生じる。 なので、エーテル界に出現しているキリストの指導により人類が必ず勝利を賜るようになっている神の永遠のカルマの法に感謝しよう。 わが愛する子どもたち、いま述べた真実から、人間が作り出した律法の中に潜む、巧みに隠された欲望や衝動に動かされ騙されないようにしっかりと個人的意識で立ち、あなたのなかの父である主の言葉に常に耳を傾け、律法の上位に位置する道徳・倫理に沿って生きるように励みなさい。 主の言葉に従っているなら自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずである。 ★ ★ ★ 何のためにアメリカにキリスト教が布教したのか、罪深き人々は耳を傾け、悔い改めるためである。 アメリカがどういう国なのかがわかる話を以下に続ける。 ★ ★ ★ 息子よ、私は知らなかった。申しわけないが、ほんとうに知らなかったのだ。 http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-765.html 「チャイナ迷路」ローレンス・ガーデラ 1981年の書である。 本書を読んだきっかけは、下記ブログ記事を読んだからである。 (richardkoshimizu’s blog)さん http://richardkoshimizu.at.webry.info/200901/article_14.html 戦争の真実 30年ほど前に白血病で死んだアメリカ人がいる。ローレンス・ガーデラという。40歳半ばで死んでいる。彼はなぜ若くして白血病を患ったか? ガーデラは生涯に一冊だけ本を著している。邦題「チャイナ迷路」として、二見書房から邦訳出版されている。当初、この本は「ノン・フィクション」としてNYの出版社から出された。出版準備のさなかに、ガーデラは白血病で死ぬ。さらに彼の死後、「小説」として、別の出版社から再度出版されている。 時は、朝鮮戦争の末期だ。ガーデラは、海兵隊に憧れていた。年齢をごまかして州兵となる。喘息の持病を隠していたことを咎められ、兵隊を続けたいなら海兵隊に入れと促される。大喜びで海兵隊に移籍する。まだ、17歳だ。そこで、「特殊任務」を命じられる。6人で数週間の猛訓練を受ける。6人とも、「軍規違反」など脛に傷を持つ連中ばかりだ。低空で飛ぶ輸送機からパラシュート降下する訓練が主体だ。訓練が終わるとすぐに、敵地に投入される。 中国東北部の山岳地帯にパラシュート降下する。吉林省の人造湖、松花湖の地下にある秘密原子力研究所の爆破が任務だ。だが、俄か編成の小部隊で、しかも特殊任務の経験もろくにない連中に、合衆国は本当にこんな大仕事をやらせるのか?運がよかったこともあり、研究所の一部の設備の破壊に成功する。 しかし、共産軍大部隊の反撃と追撃を受ける。たまたま見つけた武器庫を開けてみると、米国製の武器弾薬が詰まっている。なぜ、中共軍に米製武器が?と17歳の子供は訝しがる。そして、共産軍をその武器で次々と打ち倒し全滅させる。戦車内部に手榴弾を投げ込む。倒した敵の一人をみて愕然とする。 自分たちを訓練し、送り込んだ米国人の一人だったからだ。 所持品を調べてみるとCIA要員であることを示唆するものが出てくる。なぜ、CIAが共産軍と一緒に?ガーデラは、共産軍が殺しても殺しても次々と、飄々として出てくるのを不思議に思う。殺されに出てくるようなものだ。実は、共産軍は、麻薬を投与されているのだ。恐怖を感じないからこそ、マシンガンの前に平気で出てきて撃ち殺されるのだ。 作戦は終了する。だが、救援がこない。無線で救援を求めても、米軍は応答しようとしない。中国東北部の山地に置き去りにされる。ここから1000マイルの大逃避行が始まる。中国人のゲリラ部隊に助けられる。共産軍にも国民党軍にも組しない反政府ゲリラだ。中共政府に反抗する蒙古人の部隊も加わる。ゲリラの頭目は、美しい中国女性だ。共産軍をあちこちで撃破する。ソ連の軍事顧問団も殲滅する。 あちこちで、共産軍が狼藉を働いている。共産軍に帰順しない部落を丸ごと抹殺している。女子供をまとめて虐殺する。ほかの部落に対する「脅し」が目的だ。共産兵は、麻薬を投与されているので、虐殺行為に罪悪感を持たないのだ。三週間の逃避行の後に、連運港にたどり着く。その間に、戦闘で6人は二人に減っている。女頭目と恋仲になる。褥を共にする。 米軍に無線で救援を求めても反応がない。試しに殺害したCIA要員の名前で発信してみる。すぐさま反応があり、船で迎えに来るという。船に忍び込んでみると、驚いたことに、ガーデラらを訓練し送り込んだ連中が三人いる。拳銃を向けられたので、すぐさま三人とも射殺する。死体を探ってみると、やはり、CIA要員であることを示す書類が出てくる。いったい、なぜ、CIAが? 突如、潜水艦が現れ、ガーデラを収容する。(もうひとりの特殊部隊員は、中国に残ることを選択した。)すぐさま、何やら薬を飲まされて昏睡する。気がつくと、一ヶ月たっている。米本土の病院にいる。米軍は、ガーデラが経験したことを一生涯、一切口外しないように口止めする。 時の大統領、トルーマンまでやってきて「国家のために沈黙してくれ」と依頼する。ガーデラは、それを受け入れる。この時点でも、まだ17歳だ。19歳で結婚する。30歳で工事現場の監督となる。だが、30代後半になって白血病を発病する。余命幾許もないと悟ったガーデラは、自分の17歳のときの三週間の体験をノンフィクションとして出版する。 ガーデラは自分が経験したことの意味をわからずに人生を終えている。なぜ共産軍とCIAが連携していたのか? なぜ共産軍が米製武器を持っていたのか? なぜガーデラらは中国大陸に放棄されたのか? この書籍は、生々しすぎる。「小説」であるとするならば、ガーデラは大変な才能の持ち主だが、これ以外に出版した記録はない。内容が当時の史実に完璧に合致している。創作であるとするには、無理がある。彼が記述したことは、おそらく事実であったろうと推測する。そして、その深い意味を知らずに世を去ったガーデラに、真相を伝えたい。●米軍は、この作戦を成功させる気はさらさらなかったと考える。失敗はしても、核施設を攻撃することで、中国&ソ連と米国間の軋轢を激化させるのが目的だったのではないか? 成功させる気があるなら、もっと熟達した精鋭部隊を大量投入したはずだ。6人の半端な海兵隊員にできる仕事ではない。だが運がよかったこともあり、半ば成功してしまった。だから生還されてしまっては困る。 よってCIAが共産軍を指導して米特殊部隊を全滅させようと試みた。●ガーデラは核施設攻撃の際に被爆した。結果、四十代半ば白血病になった。●なぜ、共産軍が米製武器を持っていたのか?国民党から横流しされたのか?違うだろう。米国から供与されたものだったろう。 もともと、国民党も共産党もユダヤCIAの計略のもとに戦わされて来たに過ぎない。中国を共産化するために、ユダヤ米国は共産軍を裏支援し、国民党を意図的に負けさせたのだ。●そもそも、中国共産党の生みの親は米英のユダヤ金融資本である。上海や香港でのアヘン事業の収益をつぎ込んで共産党を育成した。したがって、中国共産党の初期の資金源は、やはり、麻薬であった。麻薬でつながった共産軍とユダヤCIAが連携していて少しも不思議はない。●ゲリラ頭目の女性は、実は、張学良の姪だったという。張学良といえば、日本軍に爆殺された北方軍閥の長、張作霖の息子である。国民党の蒋介石を一時拘束して、第二次国共合作を強要した人物である。女頭目は双子の金髪の息子を産んだという。ガーデラ17歳のときの作である。●なぜ、ガーデラは抹殺されなかったのか? 事情を知る特殊部隊の仲間が、中国に残ったがゆえに当局はガーデラの抹殺を思いとどまったと思われる。その人物は「ガーデラを殺せば、全てをぶちまける」との警告書をガーデラにもたせたのだ。 戦争の真相は戦史の表層だけをなぞってもなにひとつわからない。われわれは戦争が常に「一握りの謀略者」たちの手で企画運営されることを知らねばならない。 今(2009年)ガザで起こっている戦争も、もちろん、同じ類の猿芝居である。もう、こんな茶番劇をやめさせよう。 世界の真相を世界の大衆に知らしめる努力が、今われわれに要求されているのである。 リチャード・コシミズでした。 ★ ★ ★ 最後の審判の日は近い。
2015年05月21日
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またかという感じで捕鯨問題が巷を賑わせているが、この問題は、この国が多民族であることをよく現わしている。ほとんどのこの国の住人は捕鯨、特にイルカなど全く関わりをもたないどうでもいい問題であろう。 しかし、どうでもいい問題だからこそその裏には大きな策謀が潜んでいるものである。 直観的にはTPP問題があげられる。グローバルという名目のその実は白人主義の価値観であるからだ。その証拠に、捕鯨問題をあげつらうほとんどが白人である。 「イルカが可哀想」という感傷的な価値観である。 では、「牛や豚はどうなのか?」 インドの古くからの価値観では牛は神聖な動物なんで、牛を食うことはない。しかし、その価値観で、他国、特に欧米の国に干渉することはない。 TPPというのは要するに白人主義の価値観に染めるということなんである。 勿論、和歌山県にも問題がある。というのは、捕鯨が日本の文化のようにいわれているが、よく調べもせずに、文化とするのはやりすぎで、習慣や風習というべきである。極論すれば、地球上の少数民族のなかには、人肉を食べる習慣をもつ民族もいたわけで、その民族が、人肉を文化などといいだしたら話がややこしくなるだけだからである。 さて、このような問題の解決としては、キリストの姦通の女が参考になる。以下ウイキより抜粋 ★ ★ ★ 姦通の女 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BD%AA%E3%81%AE%E5%A5%B3 イエスを試すために、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来た。律法では石打ちの死刑に値する。イエスは「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」と言った。これを聞いて誰も女に石を投げることができず、引き下がった。また、イエスも女の罪を許した。 ★ ★ ★ 自分の罪を棚に上げて、他者の罪を攻めるのはどういう神経の持ち主なのか? 肉食しない。水しか飲まない。という人であってはじめてこの問題を取り上げることができる。しかし、そういう人であっても、所属する社会や国家の成員がいかなる理由であろうと食肉や捕鯨をしていたら、同等の立場にいることになる。 勿論、言論の自由は認められるが、それと同等の立場から食肉の自由も認められることになる。牛肉はよくて他の肉が悪いというのは同等の立場からは認められないからである。 だから、もし、イルカやクジラが可哀想と思うのなら、以下の軍事兵器開発で犠牲になっている同じ社会に所属している成員の行為を問題とすべきだろう。 ★ ★ ★ イルカやクジラの大量座礁や大量死。米海軍がその関与を認める。訓練や実験による海中の爆音によるもの。 http://2logch.com/articles/25745.html クジラやイルカが集団で海岸に大量座礁するというニュースが定期的に世間をにぎわしている。 この原因は、米軍の潜水艦から発せられる大音響のソナー音にあるのではとかねてから指摘されていたが、ついに米海軍はこの事実を認めたそうだ。 米海軍の訓練や実験によって、器官に気泡が生じたりするほどの大音響が海に響き渡る。 多数のクジラやイルカたちが、方向感覚を失い、体に傷を負い、脳内出血を起こる。 米海軍は近頃、環境影響研究報告を発表し、軍の訓練や実験がアメリカの東海岸、メキシコ湾、ハワイ、南カリフォルニアに生息する海の哺乳動物に壊滅的な影響を及ぼしている可能性を認めた。 海軍はこれらの海域で、アメリカ海洋大気圏局のプログラム準備のために実験を行ってきた。 海軍の推定によると、模擬実験のせいで、東海岸沖で186頭、ハワイや南カリフォルニアで155頭のクジラやイルカが死んだ可能性があるという。さらに重症を負ったものは、11267頭にものぼり、方向感覚を失うなどの異常行動も多数確認されているという。 こうした海軍の見積もりに疑問を呈する者もいる。天然資源保護協議会(NRDC)の政策アナリスト、マイケル・ジャスニーは、それほど頻繁でない騒音でさえ、ヒゲクジラの採餌パターンを混乱させ、その個体数に悪い影響を与えることがあると指摘し、ソナー(音波探知機)訓練の後、ハワイ沖でおびただしい数のクジラが座礁した例をあげた。 http://karapaia.livedoor.biz/archives/52141185.html 大量座礁 ★ ★ ★ 一方に目をつぶり、他方に目を尖らせるのが、米国を支配する1%の偽ユダヤ金満たちの遣り口なんである。米軍のイルカ、クジラ大量殺戮行為には無言なのは、捕鯨問題の告発者が米軍の戦争屋と同じで裏でつながっているということなんである。 イルカ漁で不運にも犠牲になる生命と、軍事兵器開発で犠牲になる生命のどちらが地球上では問題とすべきなのか? そんなことがわからない位人類は馬鹿になってしまったのか? ネット検索していて出てきた以下の情報もつけ加えておく。 ★ ★ ★ ロシアが接収した「ウクライナの軍用イルカ」とは The Huffington Post UK | 執筆者: Jessica Elgot http://www.huffingtonpost.jp/2014/03/27/ukraine-dolphin-russia_n_5039947.html The killer dolphins now belong to Russia ウクライナの軍用イルカたちは、仕える対象をロシア海軍に乗り換えた。 クリミア半島のセヴァストポリで、軍用イルカの訓練プログラムを行ってきた研究所のスタッフによると、今後、軍用イルカに関する仕事はすべてロシア海軍が監督することになるという。ロシアの国有通信社RIAノーボスチが報じた。 軍用イルカは、水中スパイ装置や、フロッグマンと呼ばれる敵のスキューバダイバー(水中工作員)、海底の機雷など、水中の軍事的脅威を識別するよう訓練されている。 このようなプログラムは、一般の人が聞くと滑稽なように思われるかもしれないが、イルカは水中において、最新鋭の人工ソナーシステムをはるかに上回る感度を備えている。さらにイルカは、プロペラの音で味方の潜水艦と外国の潜水艦を区別できるという。 かつては旧ソ連軍やアメリカ軍が、人間を攻撃するイルカを訓練していたという報道もある。加圧した二酸化炭素を注入できる装置を装備し、敵のダイバーを攻撃するイルカだ。 ソ連の崩壊後、同国のイルカたちはウクライナに移管された。障害児童の治療といった市民向けのサーヴィスにも利用されたが、港湾内での奇襲攻撃対策や船の防衛のための訓練も行われた。 そして2012年には、ウクライナ海軍が、イルカを使った対人攻撃という構想を復活させようとしているとも報じられた。イルカの頭部に装着した特殊なナイフや銃を使って、敵の水中工作員を攻撃するよう訓練する計画だ。 今回、RIAノーボスチが取材したスタッフによると、「研究所の研究者たちは、イルカたちの水中での作業効率を高めるための、新たな装置を開発していた」という。 「専門家たちは、イルカの水中ソナーが検知した物体を信号に変換し、オペレーターのモニター上に表示する新しい装置を開発していた。しかし、ウクライナ海軍にはこうした技術にかける資金がなかったため、一部のプロジェクトは中止に追い込まれていた」と、このスタッフは語っている。ロシア軍はこうした計画を再開する可能性がある。 この研究所では軍用アシカも訓練されていた。彼らの未来も不透明だが、スタッフは、イルカやアシカの訓練が再開されることを期待していると述べている。 軍用イルカを積極的に利用しようとしてきた国は、ロシアとアメリカだけだ(アメリカは、1990年代の湾岸戦争と、2003年のイラク戦争において実戦で使用したとされる)。 しかし2000年には、セヴァストポリに拠点を置いていたある訓練センターが、保有するすべての海産動物をイランに売却した。このときは、同センターが保有していたセイウチ、アシカ、アザラシ、シロイルカなど、合わせて27頭の動物がペルシャ湾に送られている。 以下の動画では、アメリカ軍で行われているイルカの訓練の様子を見ることができる。 (動画はリンク先参照のこと。) ★ ★ ★ 水族館のイルカショーが子供騙しに思えてくる。米軍や偽ユダヤ金満悪魔たちは、イルカ漁をされると困る軍事的機密でも隠しているのだろうか? 白人たちが自分達の罪を他の人種になすり付けているようにみえる。戦争兵器に利用され不要になると岸へと打ち上げられ自殺として殺されるほうが遥かに残酷に思えるが。イルカをみていると、自衛隊を暗示しているようにもみえる。
2015年05月20日
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古代の宗教書といわれるバガヴァット・ギーターからもわかるが、この世に生まれる目的は、個人としての自由な幸福を確立するための意識を育てることである。キリスト風にいえば、個人の神殿を建てることである。仏教風にいうなら、仏になることである。 そういう古から伝承されてきた秘密に早く気づくべきだろうが、悪魔に唆されたまま地獄に堕ちて何度も失敗を繰り返す輩ばかりなのが現状でもある。 そんなわけで、俗世間のそんな輩たちの闘争混乱ぶりを示す、なかなか鋭い話をお馴染みの播州武侯祠遍照院さまのサイトで見つけたので以下に転載紹介する。 ★ ★ ★ 疑うのは、信じる能力があるから。 渾沌堂 http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/Page/2/ http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-967.html より 上記文抜粋・・・・・・・・・・・ ロックフェラーの投資は全てクーン・ロエブ商会の共同経営者[ロスチャイルドそのものだ!]の承認を受けなければならない 私は他の真実告発系のジャーナリストやブロガーの悪口を言うのは好きではないのだが、たまたま上記の動画を見てしまい、あまりの「嘘八百の内容」に黙っていられなくなって、記事にすることにしました。日頃はこの二人のブログ等は全く見ていません。 この対談の前提として、「R.K氏とさゆふらっとまうんど氏の電話対談?」があったようである。さゆふらっとまうんど氏はR.K氏と親交があったようだが、R.K氏に疑問を持ち始め、電話したようである。これは私も以前から感じていたことだが、R.K氏は創価学会やロックフェラーのことは叩くが、ロスチャイルドや天皇のことは叩かない。こういったR.K氏の姿勢について「何故なのか」と、さゆふらっとまうんど氏が訊くと、「天皇は金を持っているだけで、武力を持たないから問題ない」といった回答にならない返事をしていた。 過去の戦争に関することや、日本赤十字社と天皇財閥との関係にも一切触れずにこういった発言をすることから、残念だが、R.K氏はその筋の勢力と繋がっているとしか思えない。人工地震や不正選挙等を告発し、この世界の不正と対決している日本の代表格のような(装った?)著名者であるだけに、この発言は大変残念である。 この対談が成立したきっかけは、さゆふらっとまうんど氏がPART氏に連絡を取ってきたことが発端であったようである。私が思うに、さゆふらっとまうんど氏は正義感が人一倍強い人物であるようだが、如何せん、こういった「彼ら」の実体に関する知識が不足しているようで、こういった知識を有していると、さゆふらっとまうんど氏が判断したPART氏に、「この世界の陰謀の実体」を教えてもらおうとしたようである。 (追記:今、さゆふらっとまうんど氏の新しいブログ記事を見たら、PART氏に対して疑問を感じているようなので、さゆふらっとまうんど氏は知識があるか否かは別として、まともな思考能力を持った人物だと私は判断します。) ここからが、私のこの動画に関する感想である。 さゆふらっとまうんど氏は、「この世界の陰謀の実体」を訊く相手を明らかに間違っていると思います。PART氏は、まず初歩的な間違いを語っています。それは何かというと、PART氏が意図的に間違っているのか単なる無知なのかは判りませんが、「ロックフェラーとロスチャイルドが対立しているという前提で話をしている」ということです。 ロックフェラーはあくまでもアメリカにおけるロスチャイルドの代理人であり、対立しているなどという話は、全くの嘘デタラメです。こんな初歩的なことを知らない(または意図的に偽っている)人物が、バールとバフォメットの違いなどの意味不明な悪魔論を展開して人を煙に巻こうとしても、根本的に全く信用できないのは自明の理であるでしょう。 ロックフェラーはロスチャイルドの承認を受けなければ、自由に自らの資金を使用することもできないのです。この「事実」を証明する文章を、「ロスチャイルドの密謀」(ジョン・コールマン・太田龍)から紹介します。 ひょんなことから、その事実が露見してしまったことがある。1974年のことだ。ネルソン・ロックフェラー(1908-1979)が、ウォーターゲート事件の大謀略を仕掛けられて退陣したニクソンの後継ジェラルド・フォード大統領によって副大統領に指名された。当然ながら個人資産を公表しなければならない。確かに公表はした。だが信じられないことに所有不動産はナシ、不動産税はゼロ、と。米上院委員会で脱税でないことを証明、説明しなければならない瀬戸際に立たされたのだ。 副大統領職をあきらめるか、それとも秘密のカラクリを明かすか、厳しい選択だ。えい、ままよである。ロスチャイルドとの関係をばらす方に賭けたのだ。 平たく言えば、「ロックフェラー家の資産は、ロックフェラービルの中に鎮座しているロスチャイルドの代理人が全て財政管理をしているので自分には分かりかねます。疑うのならそちら(ロスチャイルド)にどうぞ」というわけだ(これはアメリカ合衆国上院議事録に存在する、れっきとした事実である)。 この辺りのことは、ユースタス・マリンズ著「世界権力構造の秘密」にしっかりと書き込んである。 「1950年、ニューヨークタイムズ紙の内側の小さなスペースに、クーン・ロエブ商会の英国経営者L.L.シュトラウスがロックフェラー兄弟の財政顧問に任命されたという記事が載った。 つまり、ロックフェラーの投資は全てクーン・ロエブ商会の共同経営者[ロスチャイルドそのものだ!]の承認を受けなければならないというわけだ。ジェイコブ・シフ以来、常にこういう風に行なわれてきたのである」 以上、転載終了。 これで皆さん、分かってもらえましたですよね。PART氏は、「この世界の陰謀」に詳しいかのような“素振り”を見せておきながら、こんな初歩的なことも知らないようなのです。 これだけでは有りません。PART氏は「天皇とロスチャイルドが同一勢力である」(厳密には天皇はロスチャイルドの配下であるというのが正解)という真実を語りながらも、「敵対する」ロックフェラー(=アメリカ)と「偶然」に戦争を起こし、天皇(=日本)が負けたのだと、「偶然」に第二次世界大戦が勃発したかのように語っている・・・。呆れてものも言えない・・・。 当ブログを以前から見ていただいている読者の方なら説明不要だと思うが、PARTという馬鹿(はっきり、こう言わせてもらいます)は、「八百長戦争」の実体を全く理解していない馬鹿か、「彼ら」の工作員のいずれかである。あの戦争が八百長だったということは、当ブログの戦争に関する記事を見ていただいたら、「通常」の思考能力をお持ちの方ならご理解いただけるものだと思います。 以前に何回も書いているので詳細は省くが、一つだけ「分かりやすい証拠」を、もう一度、記しておきます。(あの戦争が八百長であったことの詳細は、鬼塚英昭氏の「日本のいちばん醜い日」や「原爆の秘密」を読まれることをお勧めします。) それは明治天皇以来今上天皇に至るまで、「天皇はガーター騎士団の一員である」という事実です。 (英国でこのことが問題になったようである。日本で問題にならず、英国で問題になるのが面白い。) このことは具体的にはどういうことがと言いますと、「天皇はエリザベスの臣下の一員に過ぎない」ということです。ということは、「臣下の一員に過ぎないヒロヒト」が、「自らが奉仕する対象であるはずのエリザベスの統治する国家であるイギリスと戦争を起こした」ということになるのです。これが何を意味するかということは、これ以上言わなくても分かるでしょう・・・。 「エリザベスの属する戦争を起こしたい勢力」(=「彼ら」)は、敵対勢力を捏造することによって戦争を創りだしたのです。敵対する勢力が存在しなければ、戦争を起こすことができないのです。ショッカーがいなければ、仮面ライダーは「正義の戦い」ができないのです。その敵役を演じることを仰せつかったのが、ヒトラーであり、ヒロヒトだったのです・・・。 はい、これが「八百長戦争」の証拠です。もう一つだけ書いておきましょうか。 東京大空襲で東京は焼け野原になりましたが、皇居は全く空襲を受けていません・・・。 こういった「事実」に一切触れないで、さもこの世の中の裏情報を伝える素振りをしているPARTなる人物を信用してはいけません。たとえ自分の無知から語っていたとしても、こういった明らかな「虚偽情報」を拡散することは許されることではありません。さゆふらっとまうんど氏は「お仲間」ではなく、単に自分の無知のため、トリックに嵌っているのだと思います。 太田龍氏やユースタス・マリンズ氏のような「真実告発者」の伝える書をきちんと読まないで、うわべだけのネットの情報のみで「この世界の陰謀の実体を知った」と思い込んでいる人間は、このような偽情報に騙される可能性が高くなるでしょう。こういった偽情報に嵌ってしまうと、私が「彼ら」と呼んでいる「本当の悪魔勢力の正体」を見誤ってしまいます。 「嘘八百のこの世界」の実体は、とても複雑怪奇です。 「彼ら」の遣わす「狡猾な情報操作」に騙されないよう、くれぐれもご注意ください。 何?「そういうお前はどうなんだ」「お前こそ奴らの回し者なんじゃないのか」ですか? 十分に怪しがってください(笑) 「こんなことを書いたって1円にもならないのに、なんでこんなヤバイことを書いてしまうのだろう」と、自分でも思います。早く「普通のブロガー」になりたいのですが、あまりにこの世界が嘘にまみれていて、胡散臭い情報が拡散されているので、気が付いたら、私が「真実はこうなのだ」と感じたことを書かずにはいられないようになってしまうようです。自分でも損な性分だと思いますが、少しは社会のため人のために役立っているとしたら、幸いに思っています。・・・・・・・・・・・・・・・・・ 抜粋終わり 天皇を疑えないと、本当のことはわからん。 お読みくださりありがとうございます。 ★ ★ ★ ネットでは長州らによる孝明天皇暗殺はもはや周知の事実となっている。英王室、バチカン、ガーター騎士団などとともに、天皇とは何か再考する機会なのかもしれない。
2015年05月20日
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先日、ゆとり世代を取り上げるバラエティ番組をやっていたが、ゆとり世代には暗黙糧の社会的常識が通用しないということを念頭に置く必要性を感じた。 バラエティ番組はゆとり世代の常識のなさをいじって笑いを提供するのが主旨なんで周りにゆとり世代がほとんどいない私にとっては特徴がわかって面白かった。 確かにゆとり世代にはコミュニケーション能力のなさや空気の読めなさを感じるが、それを問題にするならむしろ、ゆとり教育をし、ゆとり世代をつくり出した政治家たちや大人たちの方だろう。 だから大人たちが詰め込み教育により当たり前とされた常識を疑うことなく宗教のように盲信し、弱者に強制してきた自らが受けた詰め込み教育の反省をする良い機会に思える。 この国では江戸時代の封建制度もあり、明治期以来、官僚制という年功序列のピラミッド構造が主体となり、その細部の関係は江戸期のコネ、つまり主従関係や徒弟制度などから切り貼りされ、上司と部下の上下関係に代わっていった経緯がある。 しかし、最近の少子化による外国人労働者や女性労働者の参入などにより、この国独特の従来の絶対服従という悪しき労使関係が緩和され、ネットの導入などで海外の新しい自由や平等の概念が取り入れられ、昨今のセクハラ、パワハラなどの告発となっているわけである。 つまり、従来通用していた常識が通用しなくなっている。これは時代の流れである。 高度成長という美辞麗句のために多くの人が過労死で死んでいった、現在からみればほとんどがブラック企業とされるだろう。冷戦時代の米ソの潰しあいの漁夫の利の恩恵もあり、それがいまでは円高による単なるバブル経済、金融詐欺だったことがわかっている。 高度成長の時代やバブル経済は過去のもので、もはや通用しない。 例えば、ゆとり世代は縦関係をつくるための飲み会を極力避ける傾向にあるが、それは従来の上下関係が現代社会ではもはや通用しなくなっている警告ともいえる。 例えば、忘年会や新年会をウイキで調べると、その年を忘れるため、前年を忘れるために開かれると間違って理由が記載されているが、せっかく経験した年月を忘れるアホバカがいるだろうか、そんなことなら、理性を働かして、酒は有害なんで一切飲酒をやめるべきであろう。 二日酔いなんてなったら本末転倒で酒なんて百害あって一利なしである。しかも酔っ払いが公共の場でゲロを撒き散らしたり、悪態をついたりしたら大迷惑なのだから。 外国人がこの国にきて驚くワースト1が酔っ払いである。エレガントな飲み方を教えるならわかるが…。残念ながら飲み会で語られるのはほとんどが先輩風を吹かせた愚痴のようである。 だから、忘年や新年の「年」というのは、「歳(年齢)」のことであろう(昔は数え歳なんで元旦に皆歳をとった)。つまり年齢を忘れて、つまり上下関係を忘れて集うということに意味がある。日常の身分から離れて裸の付き合いをするから意味がある。 逆に仕事での上下関係をブライベートまで持ち込まれたら、海外では下手すると人権侵害にまで拡大解釈される可能性もある。 勿論、海外でも接待はあるだろう。しかし、それは仕事として認められているはずである。この国では仕事としては正式に認められず、参加自由という名目で、飲み会に参加しないと後でいじめられたり、仕返しされたりすることもある。グローバル化を唱えるのなら、従来の非合理な仕来たりは犠牲にしないといけない。 建前と本音ということでわざわざ説明するのもこの国の過去の奴隷制度や封建社会の残像としての不自由さを彷彿とさせる。そういう悪しき伝統のせいで、先の大戦で敗戦を招いた反省はどこにいったのだろうか。多くの日本兵が戦場で飲酒や麻薬中毒になっていたという。 余談が長くなったので、話をゆとり教育に戻す。 そもそもゆとり教育の主眼が、詰め込み教育に対する反省であることはよく知られている。だから、ゆとり世代と接することで、その態度を改め、反省すべき立場にあるのは、大人たちの方なんである。 そこで、ゆとり教育を調べてみると、妖怪中曽根内閣の臨教審によるそうで、教育の民営化が目的である。リクルート問題のような教育を金儲けの道具として利用した面も否めない。端的にいえば、教育を民間の自由競争に曝すというわけである。 つまり、教育を民営自由化すれば、資本の差から格差が拡がる。金持ちは家庭教師や塾などで教育に金銭をかけることができるが、貧困な家庭はとても無理である。つまり教育を平等に受ける権利が阻害されることに気づいていない。 実はこのときからこの国に巣食ったCIA発の偽ユダヤウイルスによる改憲への芽が生じていたのである。 戦後のこの国の住人はとにかく経済優先で生きてきたことがこのことからもわかる。エコノミックアニマルという蔑称も与えられた。 ゆとり世代という称号よりもエコノミックアニマルという蔑称の方が問題で、恐らくその名称は家庭を顧みずに金儲けに邁進した競争好きな全共闘世代や団塊の世代たちに送られたものなのだろう。気がつけば、日本の国土の大半が放射能で汚染され、かつて300万人もの犠牲者を出した軍国化への道に後戻りしている。 ゆとり世代を馬鹿にする団塊の世代たちの罪はどこにいったのだろうか? 自分さえよければいいと、ゆとり世代を罵れる権利などあるのだろうか? 団塊の世代や全共闘世代については以下のサイトを参考に。 【日本の世代名まとめ】ゆとり世代、バブル世代、しらけ世代、ポスト団塊の世代… http://degitekunote.com/2014/08/20/generation-name-japan/ さてでは、ゆとり教育は従来の教育と比べて、どう違うかの具体例を考えてみるが、以下のサイトが参考になる。 ★ ★ ★ ゆとり教育で不足した学力はどこで補完するのか ~社会人になるために~江見 圭司 http://www.accumu.jp/vol20/%E3%82%86%E3%81%A8%E3%82%8A%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E4%B8%8D%E8%B6%B3%E3%81%97%E3%81%9F%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%A7%E8%A3%9C%E5%AE%8C%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B.html (以下に適当に抜粋する。) とにかく,数学・算数と理科の内容の削減はすさまじかった。よく知られるのは,小学校で円周率が3.14ではなく3と教えるというものである。これはマスコミがたたきすぎたために,教科書の方では3.14で教えても検定合格になった。また,中学校の理科ではイオンがなくなったため,高等学校「理科」の生物ではイオンという概念を一切用いて説明できないことになった。このことは科学の歪曲と捉えられた。 3.1. 小学校算数で排除された反比例 3.2. 定着しない素因数分解 3.3. 濃度を知らない高卒者 3.4. 四則演算の順番がわからない高卒者 3.5. 大小関係がわからない高卒者 3.6. 漢字を読めない高卒者 ★ ★ ★ 巷でゆとり教育といわれているのは第3次ゆとり教育のことらしい。上のサイトをみればわかるように、理科、算数、数学、漢字などの基礎教育が大幅に削減されたようである。つまり、学校の課題から外され、自主学習するか、民営自由化の流れで家庭教師か塾で習うしかなくなったわけである。 理数系の基礎学習を疎かにすると合理的思考ができなくなる。また漢字習得が欠けると主に世代間の断裂を生じさせる。母国語と理数系の習得は人間として生きるために不可欠のものである。というのも、それらを用いて人間は思考し、神の叡智に近づけるからである。 教育の平等化からいっても、政府の怠慢なのだが、それがわかる話を、ゆとり教育が成功しているといわれているフィンランドと比較するために、その話をウイキから抜粋紹介する。 ★ ★ ★ フィンランドの教育 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%86%E3%81%A8%E3%82%8A%E6%95%99%E8%82%B2 OECD生徒の学習到達度調査(PISA:数学・科学・読解力の3教科のみ)においてトップの成績をあげ、全ての項目で日本を上まわったフィンランドは週休二日制であり、授業時間も日本よりかなり少なく、また、「総合的な学習」に相当する時間も日本より多く、「ゆとり教育」に近い内容である。 具体的な中身として一つは、中学校の教育に特筆されるのは三分の一にわたる(成績の低い)生徒が特別学級に振り分けられるか、補習授業をうけていることがある。 低学力の生徒に対する個別の教育により底辺の学力を上げるだけでなく、優秀な生徒にはそれ相応の特別な教育がおこなわれている。つまり、生徒の能力の違いを前提にして全体の学力を上げている。 生徒の個別の能力差に沿った教育が行われているため、無理に能力の低いものを能力の高い授業に適応させる必要がないために「遅れる」ことはあっても「落ちこぼれる」ということはない。 特定の基準を満たさない生徒にそぐわない授業内容を押しつける必要がないから「ゆとり」があるわけである。 また、高校入学は中学の成績に基づいて振り分けが行われており、よい高校やよい課程に入学するには中学でよい成績をおさめなければならない。 他には、授業の組み立て方や教科書の選定など、教育内容の大部分を現場の裁量に任せられているという特徴もある。また、フィンランドは授業時間は少ないものの、日本にはない様々な教育の工夫が試みられている。 多くの学校で学費が無料であるため、低所得の世帯でも安心して教育を受けさせることができる。 このようなシステムがフィンランドにはあるため、フィンランドで講師を務めたこともある中嶋博早大名誉教授は、落ちこぼれをつくらず楽しんで学ぶ教育がフィンランドの教育であると述べており、フィンランドに留学経験のある者は、中高一貫の学校が多いため、(中学)受験を気にせずじっくりと学習に取り組む事ができ、学習への理解が不足している、いわゆる「落ちこぼれ」の生徒は義務教育中であっても、じっくり教育を受けるシステムが確立されていると述べている。 ★ ★ ★ 日本と大きく異なるのは、フィンランドには教育の平等化や機会均等化の理念があり、日本の場合は憲法に明記されているにも関わらず、教育のほとんどが民間に丸投げで、教育の機会格差が生じているところである。 実際の大きな違いはフィンランドでは教育がほぼ無料なので、極論すれば日本のように金銭で誤魔化して入学したり進級するといったことがほとんどないことであろう。 例えば、日本には母国語が不自由で漢字が読めない総理がいたり、とても大学の教科を修めたとは思えない憲法や歴史の無知さを曝け出して海外から見下されるアホバカ総理がいて、博士号を取得したドイツの首相に皮肉をいわれたりすることはないわけである。 選挙で勝てばいいていうもんじゃないんだよ。選出後にどれだけ多くの人を自由な幸福に導けたかなんである。 ゆとり世代を馬鹿にするより、全共闘世代や団塊の世代の競争好き、闘争好きを問題にすべきに思われる。
2015年05月19日
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実体経済を超えて仮想経済がインフレーションを続けている。実体経済に見合わない株価が上昇しているが、私はこれを金融ブラックホールと呼びたい。株価を維持するために実体経済を食い尽くしていくからである。 実体経済への見返りは全くない。もはや実体経済を反映した数値ではないからで、借金が増えるだけである。 実体経済を反映している数値を出すならとっくに崩壊している。それは実体経済を反映しない天文学的資産を所有するアホバカ金満偽ユダヤ人がいることからもわかる。つまり数字だけが独り歩きしている。 実体経済と仮想経済が乖離をはじめるだろう。理論が破綻すると恐らくオーバーフローになるから、陰と陽が反転するだろう。最も持つ者が最も持たざる者になり、最も持たざる者が最も持つ者となる。 このブラックホールの行く末が実際どうなるかはわからないが、以下のお馴染みのサイトや、ネット界隈ではいずれ破綻すると予想されているので一応転載紹介する。 ★ ★ ★ NYダウ最高値に更新について http://golden-tamatama.com/blog-entry-1891.html さて、しばらくバカバカしくなって書いてない金融関係ですが。 NYダウが最高値を更新したとか。 まだ懲りずにやってるようです。 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150519/k10010084081000.html NYダウ 最高値を更新 週明け18日のニューヨーク株式市場は大型の企業買収の発表を受けて市場が活気づくことへの期待感などから買い注文が増え、ダウ平均株価は最高値を更新しました。 18日のニューヨーク株式市場は婦人服の小売り業界で大型の企業買収が発表され、市場が活気づくという期待感が広がったことや、アメリカの金融政策を決める会合に参加するメンバーの1人が講演で利上げに慎重な考えを示したことを材料に買い注文が増えました。 このため、ダウ平均株価は先週末より26ドル32セント高い、1万8298ドル88セントで取り引きを終え、ことし3月につけたこれまでの最高値を更新しました。 確かに、最近の株価は上がりっぱなしですね。 ただ、以下はゼロヘッジというサイトから。 どうも、株価は頭打ちになってきたんじゃないかという指摘。 確かに以下のチャートを見るとそろそろ天井に近づいてきたようにも見えますが。 以下もゼロヘッジという海外サイトから。 NACMが公表してるデータ。 これを見るとアメリカの貿易に関する借入申請がほとんど却下されてることがわかります。 リーマンショック時の数値より悪くなってます。 要するにアメリカの企業は借金して何かを輸入することがほとんどできなくなってるんですね。 そりゃウォルマートも閉店するでしょう。 実体経済がかなり悪化してるのが分かります。 こういうのを見ると、最近の株高は、実体のないマネーが株式市場に流れてるだけで、見せかけだけですね。 (ダマスゴミの嘘情報と同じ。) リンゼー・ウィリアムズ氏は今年の9月~10月に崩壊が来ると言ってますが。 まぁ、どうなんでしょうね。 ワタスはどうしてもこのまま株高が続くとは思えないんですが。 山高ければ谷深し。 かなりの暴落が来ると思ってるのですが。 本当にありがとうございますた。 ★ ★ ★ 嘘の情報を垂れ流し、買収された専門家の意見で補強する。そんな不正が罷り通ると思っているのだろうか。一体、この物質界に何しに生まれてきたのだろうか? 物質界とは全く関係のない自己の欲望を満たすためなのか? 株価教を布教してどうするのだろうか? 全くアホらしい。 というわけで戒めのためにシュタイナーの話を紹介する。 ★ ★ ★ 物質の文化の理解 アルジュナの魂は、永遠の世界、至福の世界に憧れる。 しかし、崇高なクリシュナの意識のみから生まれ得る必然的な個人的自我を獲得するために、アルジュナの魂は日常の混乱した戦いへと赴かされる。 彼は、この荒々しい戦いから眼を逸らそうとする。アルジュナの魂には、周囲の生命は、自分とは全く無関係なもののように感じる。・・・ 勇士アルジュナが、他の勇士たち・軍団に取り囲まれている、というイメージは崇高で、素晴らしい。彼は目のまえに広がる全てを自分とは無関係な、縁遠いものに感じる。 しかし、神は彼に、この世界の本質を示唆しなければならない。クリシュナという神が、アルジュナに教えなければ、彼はこの世を理解できないからである。・・・ アルジュナは、此岸・地上を理解すべき人間の魂である。・・・・・・・・・クリシュナという神がアルジュナに物質の文化を教えねばならない。 「シュタイナー古代秘教講義」p40 ★ ★ ★ つまり、バガヴァット・ギーターによると、この世に生まれてきた目的は、個人的自我(仏教でいうなら仏の心)を獲得するためで、古くなった集合意識(民族的自我)を捨て去ることであるという。 どんな人も生まれながら自由で、何者にも支配されず、従属させられることなく、平和に生きることが宇宙から祝福され権利として与えられているのである。 ただし、そのためには集合意識を個人的意識に発展させないといけない。個人的意識を育てることで、その意識により何者にも依存することなく自立しないといけない。 昨日、TVで仏教の番組をやっていたが、「仏とは何か、仏に救われるのか」という質問に対し、御釈迦さんは、「仏に救いを求めるのではなく、自分が仏となり、自立することが肝要である」と答えたことをお坊さんが述べていた。 仏が個人的自我、つまり個人的意識とわかれば、何かに救われようとする集合意識ではダメで、それでは魂の上では退行になるので、まずは血縁を切り離し、出家し、何かにすがろうとする意識を捨てないといけないわけで、それから、個人に目覚め、個人的意識を育てないといけないわけである。 つまり、天は自ら救う者を救うということなんである。宇宙の進化に沿えば、宇宙の進化と共に自然と救われるわけである。自分の魂の進化の方向性を見誤ってはいけないわけである。 それにはカルマの法則を知る必要があるのはいうまでもない。カルマの法則とはブーメラン効果のことである。 しかし、巷は迷える子羊ばかりで、誰かに依存したり、権威にすがったり、物質やお金で解決したりと落第者ばかりである。これでは、次の進化段階に進めない落第者ばかりで地獄の世界で苦悩や苦痛を繰り返すだけである。
2015年05月19日
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大阪に住んだことが皆無で付き合いもほとんどないので大阪都構想詐欺にはほとんど関心はなかったが、結果だけは少々気になった。すんでのとこで詐欺に気づいたというとこだろう。 大体、東京嫌いの大阪が、都構想などはコンプレックスを象徴する何者でもない。大阪が都になったからといって、大阪の一人芝居というとこだろう。 一体東京都とどう違うのか? 「大阪都って説明してね、お兄さん、大阪都って何ですの。説明しろといわれましても、意味わからんからできまっせ~ん。いや、ちょと待ってちょと待ってお兄さん…。」 と永遠に説明できずに、ブルースブラザースを彷彿とさせるグラサン二人組が歌う大阪都だけが独り歩き続けるのがオチである。 しかし、僅差の否決というので、大阪のコンプレックスの大きさには驚いた。これが京都だったら、なんで東京の真似せなあかんねんと即座に否決だろう。 面白いことにコンプレックスというのは一方的な片思いに近く、東京は大阪になんの対抗心もないようで、大阪がなぜに東京にそんなに対抗心を燃やすのかわからないらしい。恐らく、東京は地方出身者の集まりなんで、大阪だけを特別視するわけにはいかないのだろう。 東京は八方美人なんである。だから、地方出身者は東京にいくとバレないように訛りを改めるそうだが、大阪人だけは改めないのは対抗心故だろうか。 だから東京みたいになってしまうと、せっかくの大阪らしさが消えてしまうような気がする。以下にお馴染みのサイトから都構想の話の転載紹介をする。 ★ ★ ★ 維新バブル完全崩壊w http://my.shadowcity.jp/2015/05/post-7076.html 維新崩壊ですw 江田代表も、維新がバブルだというのに気がついていたんだろう。バブルはいつか、崩壊する。身の振り方を決めるのには、早いに越した事はない。この人、元官僚です。ハシゲは官僚の堅実さとは対極の存在で、足りない部分を補い合って、天下を取ろうという目論見もあったんだろうが、ハシゲが抜けちゃったら、地味な自分だけではナニも出来ないというのを知っているので、ここで潔く維新から身を引いて、次のステップアップを狙おうという事ですかね。 維新・江田代表が辞任の意向表明 まぁ、予想されている通りに、いずれは民主に合流するんだろう。でも、民主も、あの疫病神みたいなオカダが党首やってる限り、浮上の芽はないです。 ★ ★ ★ さて、前回紹介した集合的自我と個人的自我の違いを、神と仏にあてはめると神と仏の違いがわかる。日本人が呼ぶ神とは多くが集合的自我で、仏が個人的自我であるように思える。 その証拠に、神に参拝しに行くときは集団で、仏を崇拝しに、つまり仏教徒になるときは個人である。 このことに、仏教がバガヴァット・ギーターの影響を受けていることがわかる。御釈迦さんは簡単にいえば、個人としての悟りを説いたので、まず血縁を絶つことの出家が前提となったわけである。 古い神を捨て、新しい仏に帰依せよといったわけである。 このことは悪い意味で、大陸の仏教をこの国に根付かせるのに利用された。つまり神道の古い神を捨て、大陸の新しい仏に帰依せよというわけである。それからというもの、この国は神派と仏派にわかれて死闘を繰り広げた。 特に戦国時代は顕著で、信長は神派、朝廷は仏派の代表となった。信長は仏派弾圧のためにキリスト教を利用したが、秀吉は、キリスト教の植民地政策に不信をもち、神派から仏派に乗り換えた。 家康も神派だったが、キリスト教による神派乗っ取りに会い、仏派取り込みのために、公武合体という神仏融合策を考えた。それが綱吉のときに生類憐みの令となって仏派主体による神派弾圧につながった。 江戸期の仏派による神派への弾圧がキリスト教侵攻とともに幕末に神派再興につながり歪な明治神道ができる。 このように歴史的な移り変わりを遡ってみると、この国では集合的自我と個人的自我が共々曖昧な中間の状態でいったりきたりしていることがわかる。その態度は、正月に神社に参拝し、お盆に寺に供養にいき、年末にクリスマスを祝うというような入り乱れた現代の風習に現れている。 このような風習を個人的な意識で行えば意味があるのだが、ほとんどの人々が周囲がやるからやるという周囲に流された感じでやるのである。このことから集団的自我から抜け切れていない霊魂の未熟性が明らかになる。 「集団的自衛権」なんていうのも、個人的自我が確立できないでいるモラトリアムなのかもしれない。アホ総理は大人になりきれない子供である。ハシゲも結局は威勢はいいが、積木崩しの破壊だけしかもたらさなかった。 結局、昔からこの国の仏教徒は俗世間に没落し、真の悟りに目覚めなかったために、個人的意識が根付かないまま、集合的意識を幻想として追想する過ちを繰り返している。それが顕著に現われたのが現代のこの国の無責任な事なかれ主義にある。 そのことがわかるシュタイナーの話を抜粋紹介する。 ★ ★ ★ 心の憧れ 「バガヴァット・ギーター」は古代の霊能力のあった時代の終焉に位置し、「バガヴァット・ギーター」のなかには古代の霊能力の最後の余韻が響いている。 古代の霊能力(EDN;エデン)から追放された人間の認識・理念・思想・感受の再構築のために何千年もかけて取り組もうとした最初の一人が、(霊能力の)死にのぞんだソクラテスである。 この能力は、古代の霊能力といま準備中の新しい霊能力との中間期に発展する。人智学的な世界観の告知と受容を通して新しい霊能力の獲得に向けて努力すべきである。 ある意味クリシュナの弟子アルジュナとソクラテスの弟子との間にある淵ほど深いものはない。現代は、人間の霊魂が、何世紀にもわたって生命を外(物質)的に認識しようと努めた後、再び霊界との結び付きを探求する時代である。 クリシュナが弟子アルジュナに告げるなかに響く素晴らしい形而上の世界へと自らを導く新しい方法を探求する魂が人間のなかには生きている。だから、「バガヴァット・ギーター」の根底に流れる叡智が、人間の霊魂に相応しい深い憧れとして響いてくる。 古代の人間の霊魂は自分を霊界に結びつける絆を心から信頼していた。超感覚的存在、物質界の彼方にある霊界は、霊魂には馴染み深いものだった。 いま人間は新しい方法で超感覚的・霊界への通路を再び探求する時代の出発点にいる。 いま探求する霊能力が現在とは異なる方法で獲得されたとはいえ、かつて存在していたと思えば、この新しい探求への励ましのようにも思われる。 このかつて存在していた霊能力は、東洋の聖なる神の詩、つまりクリシュナが弟子アルジュナに語った崇高な「バガヴァット・ギーター」のなかに発見できる。 「シュタイナー古代秘教講義」p46 ★ ★ ★ かつて関西にあった古代都市を再び新しい方法でこの世に蘇らせるのなら大阪都構想も絵にかいた餅にはならなかっただろう。封印を解くには人物が悪すぎたということだろう。この出来事から目覚める人間がどれ位いるのだろうか?
2015年05月18日
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ひょっとすると黒のスーツだらけというのは、この国の葬式を意味するのではないかと思うほど、この国はおかしくなっている。簡単にいうと欧米化され、昔有り触れた日本的なものが失われていっているようなのである。 面白いのは、表面上は欧米化しているが、政治などの中身は逆に古い体制の帝国主義に似てきている。これは憲法が無視されていることでもわかる。 最近「日本人なら〇〇である。」というヘンテコな概念が一人歩きしているのを前回紹介したように、畳など日本文化とされている多くが消滅の危機に瀕しているので、逆に希少価値が上がってきているようにみえる。 日本人一括り論と共に白米や手作り味噌なども巷で議論沸騰であることが、次の話よりわかるので転載紹介する。 ★ ★ ★ 文化のバックラッシュに乗せられる日本人はキモい http://gudachan.hatenablog.com/entry/2015/05/15/141345 日本人の文化のバックラッシュをめぐる騒動が相次いでいる。 このところ、マスメディアやネットで物議になることといえば、大概は時代錯誤の伝統賛美に起因することばかりだ。現代アーティストの柴田英里女史の「米と味噌汁幻想」についての以下の指摘は大変重要だ。 私はよくわからないのだが「はなちゃんの味噌汁」という物語については、医学的観点から疑問があるとしてネット上では反発の声一色に染まっているようだ。しかし、こうした物語を好みたがる日本人は、一杯のかけそば的感覚でこの味噌汁を通じた愛の物語に感動してしまうようだ。 科学より感情を優先するなんて、日本人的といよりはむしろペイリンを支持するような愚かなアメリカ人にソックリである。 現代の先進国での日常風景とか、人類普遍的な理念に照らし合わせるとメチャクチャなトンデモだろうが、「三丁目の夕日的な昭和賛美」の感覚の文化的バックラッシュの文脈に載せるとそれだけで全肯定できてしまう脳みその日本人はキモすぎる。 しかし残念ながら、その存在は一定数に上るわけで、私はこれが今の日本の課題だと思う。味噌汁=国民全員の体験と言う幻想には無理がありすぎだろう。 本来「手作り味噌汁」の文化は古臭く、恥ずかしいものである。1974年にインスタント味噌汁が発売されているし、この頃には食生活の欧米化もあった。朝食が米と味噌汁ではなくパンとコーヒー主流になっていったわけである。 1980年代にもなれば、この多忙な現代社会に朝から米を炊いて手作り味噌汁を食べているのは後進的な田舎の人間くらいだという常識が当たり前になったはずで、それをバブルから30年経ったいま時にいちいち美化するのは私には「お里の知れたヤセガマン」に見える。 ついでにいえば米が日本の伝統と言うのも大きな嘘だ。第二次世界大戦以降のことであり、農業発展でコメが大量生産できるようになった頃には、パン食が広まっていたのだ。 文化のバックラッシュは極めて田舎者的な概念で、東京の平均的な人間には通用しないようなものだ。新宿のビル街や世田谷区の閑静な住宅街を想像してほしい、こんな現代都市空間において誰もが当たり前のものとして「味噌汁信仰」を持ち出すような人間がいれば、明らかに平均的な感覚から浮いていて、絶対に浮いているはずだ。私ならゲラゲラ笑ってしまうよ。 しかし、古来の地方の郷土の伝統にも一致しないのである。日本本来の原風景のような地帯であれば、負の要素を含めた「伝統」が今に生きていたり、あるいは昨日のことのように語られているために、「疑似伝統」はやっぱりバレてしまう。 高度な都市社会もなければ、日本本来の伝統もない。ただ古臭いだけで低迷する地方都市の人間がこのような現象を起こしているんじゃないかと思う。 人気モデルの畳に土足炎上騒動とかもそうで、東京の普通の人間の感覚なら「ファッションモデルが何してもどうでもいいだろ」というものである。街中は彼女を起用した広告看板がやたらあったりして、人気度が高い。 古臭い人間がバカなネトウヨと束になっていくらネガキャンを言いふらそうが、彼女の名声を打ち消すことは絶対にできない。安藤美姫といい、都会的なセンスを持ったタレントほど燃えるのも、結局は国道4号線沿いの文化的程度の連中が反発しているだけだろう。 「文化のバックラッシュ」までひっくるめたアメリカ化なのである。 アメリカで、南部や中西部の共和党支持層のキモさが際立ったのは、ついここ近年のことである。ジーザスキャンプとかインテリジェント・デザイン論とかも提唱されて話題になったのは平成以降のことだ。 どこもかしこも、モータリゼーションでインターステート沿いにウォルマートとかがあって人生すべてが全国チェーン店で完結するような残念な無機物没個性地帯が氾濫するようになった結果、住民たちはトンデモ系のバックラッシュに走るようになった。 それと同じことが起きているというだけである。 私はただの首都圏在住者ではなく、東北地方や東海地方に詳しい。 秋田県にも静岡県にも何度も旅行に行っており、行く度に壊れていく景観に気づかされる。みんなどこもイオンとかブックオフとかすき家とかエネオスの林立するチェーン店沿いになり、自然とミスマッチな建売住宅や大東建託アパートが田んぼ沿いにあったりして、それはそれは「現代的」ではあるが、湘南とか横浜の平均基準からして果てしなくレベルが低くてつまらないのである。 もはやこっちの方が、若者でもお神輿を担いだり、お寺でバザーを開くような「生きた伝統文化」が目立つくらいだ。 首都圏以下の「過剰すぎる現代無機空間」で精神的空洞性を起こした人間が、それを埋める極端な拠り所として文化的バックラッシュに載せられるのなら、それはバイブルベルトであっても国道4号線沿いであっても有害極まりないことだ。 私はアメリカのカントリー・ウエスタンも大好きだし、富田勲の「新日本紀行」のBGMが似合うような東京からは見えない日本古来の悠久なる伝統風景にはその次くらいに心躍るものがあるのだが、そういうものを軽視したダメな人間たちがいる現実には吐き気しかない。 ★ ★ ★ 間違った幻想による集団催眠的な懐古主義に陥っている。どうもこの国では奴隷制度が隅々まで行き渡っていたために、個人的自我への目覚めに乏しい感じをうける。表面的な個性、欧米のモノマネへの個性、つまり単なる幻想を求めている。それがブランド志向などのモノ的差別に陥っている。 どんな文化も精神が重要で、物質性は副次的なものなんである。 というわけで、シュタイナーのバガヴァット・ギーターの話から集合魂と個人的魂の違いを紹介する。 ★ ★ ★ 民族魂と自我 ・・・なぜアルジュナには骨肉の争いに関わる出来事が強く影響するのか? 古代の霊能力は血(血縁)と結び付いていた。同じ血が一族の血管のなかを流れること(血縁)が、古代には神聖で崇拝すべきことだった。霊能力、つまり古代の集団魂の知覚は純血に結び付いていた。 古代の血縁からなる人々は、現代のような個人の自我をまだもたず、集合意識しかもたなかった。太古の人々が今日の人間が感じるような個人的な自我を感じず、血の共同体(血縁)のなかにいたのが霊視できる。 では、今日の人間には民族魂・集合魂は何を意味するのか? 今日でも確かに民族はしばしば熱狂の対象になる。しかし、人智学から「民族魂・集合魂は個人的な自我に太刀打ちできない」ことがわかっている。これは酷な表現だが事実である。 古代の人間は自分を「私」と呼ばず、自分の種族・民族を「私」と呼んでいた。 (日本人がよく、自分の家や会社を「うち」と呼ぶのと似ている。) この集団魂への感情がまだアルジュナのなかに生きており、彼は周囲の骨肉の争いを見る。彼は自分を「私」とは呼べず、「私」をまだ理解していなかった。 彼は同じ民族の魂のなかに現れる集団の自我をよく感じていたために、周囲で行われている荒々しい戦いに恐怖した。 このアルジュナの身になってみると、彼の心のなかには同族を殺すことへの恐怖が感じられる。・・・まるで一つの魂に属する身体の各部が切り刻まれるように感じた。・・・兄弟同士の戦いが右手と左手の戦いのように感じるとき、彼の本心は何を感じているか、を考えてみる。 そうすると「バガヴァット・ギーター」の冒頭の内容がわかる。アルジュナは、まだ個人的な自我を把握できない。戦いのときに不自然に現れる集団の自我しか把握できない。このような気分のなかで、偉大な師クリシュナが彼の前に現れる。 偉大な比類なき芸術のように、神聖な神クリシュナがアルジュナに対面する。人間が正しい意味で進化・浄化するなら捨て去るべき集合魂を、彼はアルジュナに教える。 クリシュナの教えを追っていく。彼は何を教えたのか? 彼は何を教えたのか? 個人的な自我について教えたのだ。日常の個人的自我について教えた。 「私は大地のなかにいる。私は水のなかにいる。私は空気のなかにいる。私は火のなかにいる。私はあらゆる心のなかにいる。私は神聖な「あうん;阿吽」(梵語)のなかにいる。 (阿吽は宇宙の始まりと終わりも表す。) 私は森を吹く風である。私は至上の山である。私は至上の川である。私は至上の人間である。私は聖者のなかの聖者、古の霊能者カピラ(仙人の1人)である。」 カピラ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%94%E3%83%A9 クリシュナは「私は個人的な自我以外は認知しない。私は世界を私である個人的な自我でのみ認める。」と語った。クリシュナの教えから個人的な自我以外は語られない。 アルジュナはまだ個人的な自我が把握できない。アルジュナが個人的自我を把握できるために、まるで全宇宙的な利己主義者のような、自分自身しか認めない神が現れる。この神は、他の者たちにも彼以外には何も認めないよう要求する。 土・水・火・空気のなかや地上に生きるもの全てのなか、三界(物質界、アストラル界、神界)に生きる全てのなかに、彼しか見ないことを要求する。 自分のみを認識するよう要求する存在が人類と対面する。真理の光のなかで「バガヴァット・ギーター」を読めばクリシュナが人類に認識させようとしている個人的自我が、どのような言葉で表現されているかがわかる。 クリシュナは(集合自我を超える)全宇宙的な自我を語る。崇高な「バガヴァット・ギーター」から霊聴に聞こえてくる音は「人間たちよ、全てを包括する私という全自我を君たちが認めるなら、君たちには(個人として)救いがある」というリフレインが響いてくる。 人間の霊魂の発展は大きな謎を提供する。大きな謎が人間に与えられるのを認めたときにだけ、正しい光の下で霊魂の進化を認めることができる。 最も崇高な教えが全宇宙的自我と結び付くのを把握するという課題の前に立てば、解くのが困難な謎が与えられたようにみえる。論理ではなく、生命のなかに大きな矛盾を見ることで神秘が明らかになる。 幻想を超えて真理に到達するのも人類の課題である。マーヤー(幻想)のなかに「全宇宙的自我」と名づけられるものが本当は何なのかを認識できなくてはならない。 この謎を通して、マーヤーから真実の光に到達しなければならない。 「シュタイナー古代秘教講義」p43 ★ ★ ★ 真実は自分でみつけてはじめて意味を持つ。
2015年05月15日
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私の記憶が確かなら、先の大戦の大義名分は欧米列強のアジア植民地支配から脱し独立するためだったはずだが、この国は完全な米国の属国になってしまったのは一体どういうことなのだろうか? この疑問をアホバカたちに投げかけたいがアホバカはあまりにアホバカすぎてこの問いかけの意味すら理解できないだろう。洗脳されている連中はそのことに気づかない。 つまり大義名分が単なる建前だったということなのだろう。先の大戦の反省ができないのは、大義名分が全くの嘘だったからだろう。現在、米国の属国というこの国の政治がその証拠で、ネットではCIAの傀儡政権ということが明らかになっている。 米国の戦争屋の言いなりなんである。以前紹介したが、戦時中石油が足りないとされていたが、どこから調達していたかといえば、白洲次郎がパナマ運河経由でロックフェラーのスタンダード石油からというから、米国市民も仰天の裏切り行為なんである。 もし米国が負けていたら、ロックフェラーは売国奴になったわけだが、予め米国が負けることがないとわかっていたから、敵国に石油をあげることができたわけである。この一例をとってみてもわかるが、日本は米国に嵌められたのである。 こういう悪辣な連中は、他者に愛国心を求めながら自分は利己的で平然と売国行為をするような腐った精神の持ち主たちなんである。先の大戦を詳細に調べれば、このような悪辣な連中が枚挙に暇がないほど出てくる。 こういうアホバカたちを見分ける簡単な方法は、日本人だって色々いるのに、日本人と一括りにし画一的にみて発言する傾向をもつかどうかである。 日本人という一括りの概念は、日本史の歴史のなかでは、明治以降の近年にできた一種の虚構である。これは忍者や腹切りなどが間違って伝わっていることからもわかる(詳細は八切史観を参考に)。明治でさえ、日本人とは一括りにせずに、皇族か臣民かの身分で分けていたようである。国歌も国旗も明治以降のものである。 八切史観によれば、国旗の日の丸の赤は平氏、白は源氏を表し、庶民の旗で、皇族は菊の御紋を使ったそうである。つまり、歴然とした身分差別が存在したのである。それは軍隊もそうで、庶民は皆兵されても将校にはなれず。いまでいう官僚のキャリアとノンキャリの差があったそうで、海軍なんかトイレも差別されたそうだ。 このような当時の状況すらも知らずに、例えば、最近の改憲論者のアホバカたちは、明治憲法を称賛する傾向にあるが、明治憲法の臣民の意味も理解できていないから、全くアホバカとしか言いようがない。 だから、戦争に負けて悔しがったのは皇室を取り巻く連中や将校たちで、庶民といわれ差別されてきた多くの日本人は喜んだといったほうが歴史認識においては正解だろう。 庶民を差別し、戦場に送ったアホバカたちが敗戦の責任をとらずに生き恥を曝したから、いまだに日本人は皆同じ画一的な価値観をもち、馬鹿の一つ覚えのような価値観を他者に強要する過ちを犯しているともいえる。 例えば、その一例を挙げると、最近の日本では黒のスーツがやたらと目につくようになったが、スーツを着る歴史の長い欧米では、黒のスーツは特別な状況、つまり葬式や夜会にしか着ないという。だから、黒スーツの人がそこらじゅうにいる日本をみると、葬式だらけのように感じるらしい。黒スーツが非日常なのは、映画「メンインブラック」からもわかる。 全く画一的で不自由である。誰が強制したわけでもないのに、黒のスーツがいつのまにかフォーマルウェアになっているのである。よくよく調べるとリクルートスーツとして量販店が売り出した影響らしい。 勿論、欧米にも服装のルールはあり、しかも厳格らしく、TPOでそのルールに合わせないと社交性に乏しいアホバカとみなされるらしい。服装はステイタスでもあり、身分に応じた装いが求められ、階級が上位ほど割と地味目の衣装が尊ばれ、服装で目立たずに、服装以外で個性を表現するのが基本のようである。 つまり服装は約束事を守れるのかどうかというあくまで社交性の基準のようである。 英王室や米国の大統領などが、なぜ割と地味な服装なのか、疑問だったが、調べてみてよくわかった。この点をみても、国際舞台で日本の歴代のアホバカ要人たちが派手な服装や目立つ服装をするアホバカぶりが再確認できる。 で、この間のアホの米議会での低レベルの英語発表のときの服装だけは誰かがアドバイスしたのか及第点だった。とにかく協調性が問われる国際舞台では服装では目立たないというのが約束事なのだろう。日本をアピールしたいのなら和服を着るのが無難だろう。 この一つの例をとってみてもわかるが、日本のアホバカたちは空気が読めないのである。 また、おかしいのは、日本人は〇〇すべきだと画一的価値観を押し付けるわりには、その価値観がどこからきているのかの理解に乏しい。そして、詳しく聞いてみると、ほとんどが誤った認識から生じている。 例えば、以下の「日本人なら神社に放火しない」などである。なぜかと聞けば、恐らく、神様の祟りが怖いとか、罰が当たるとか応えるのだろうが、では、神様を信仰しているのかと聞けば、占いのように曖昧な応えしかでてこない。信仰している神様の名はなんだと聞いても、わからないという人が大半だろう。 厚切りジェイソンではないが、「WHY JAPANESE PEOPLE!」である。 なかには神を信仰している者もいるだろうが、ほとんどは昔からの風習に奴隷のように従わせられているだけなのである。 そういう勘違い「ホワイジャパニーズピープル!」アホバカ日本人が増えていることを表す話を以下に抜粋紹介する。 ★ ★ ★ ボンダイ 若者論から国際論まで、幅広く論じます! http://gudachan.hatenablog.com/entry/2015/05/13/153935 日本人を単純化・美化して一括りにしたがる風潮はヤバい 日本人なら「神社に放火するはずがない」という暴論に対して反駁が広がっている。 この手の主張は従来なら「日本を愛する普通の日本人」限定のものだった。しかし、最近では愛国番組が増えて、かわいいファッションモデルが「ファン」から土足騒動で糾弾されるような事例もあるため、そうと言い切れなくなってきている。 日本人を単純化・美化して一括りにしたがる風潮はヤバい。 仮に「現代」だけみても、たとえば平成の20年間のうち、発生した凶悪犯罪の数は計り知れない。地下鉄での生物化学兵器テロもあるし、通り魔や学校襲撃なんかも何度も起きた。犯人はみな、日本人である。 こういう風な考えを提示すると、「凶悪犯罪者は特殊な心理を持っているから一般人とは異質だ」と反発したがるのが「日本を愛する普通の日本人」の特徴だ。確かに一部の精神異常かもしれない。では、いじめ問題やブラック企業やお役所仕事の横行する問題はどうだろう。いずれにしても先進諸国と比べ日本の方が事情は劣悪で、外国人がびっくりしてしまう事例がいくらでもあり、日本社会に広く蔓延している。もしかするとあなた自身も共犯者であるかもしれない。それが「美しい日本」の誇れる姿だろうか。 日本の片隅のどこかの小さな動物園の猿の名前一つで過剰に騒ぐ連中の民度が、マトモとは思えない。あの騒動に乗っかったのは日本人全体からすれば一部かもしれないが、その一部があまりに多すぎるためにマスメディアが報道したり、施設側がイギリス大使館に大真面目に相談するという流れとなった。 あれも日本人の中でも後進的な部類の精神風土がにじみ出ているものである。西洋的に例えれば、せいぜい「中世の魔女狩り」を彷彿とするものであり、当のイギリス人たちはさぞそのシュールさに笑っただろう。 これが果たして「世界が称賛する優れた先進的な日本人」の姿だっただろうか。私にはそうは思えない。欧米諸国はおろか、アジア周辺国でも珍しいほどの恥さらしの存在であり、それこそ日本から追放してやりたい連中だが、でもそういう人間たちが「日本すごい系」の番組や本の視聴者層に一致するのである。 日本人を単純化・美化して一括りにしたがる風潮は、だからこそヤバいのだ。 ★ ★ ★ 「なぜ日本人は畳を土足で踏めないのか」というのは、恐らく、畳が古代の貴族の敷物で、大陸から侵略してきた貴族の領域なので、土着民は踏み入れてはならないと奴隷教育をされてきたせいなのかと推測できるわけである。そういう意味では、日本人=奴隷ということなんである。自分も奴隷なのに、奴隷が生意気なという卑しい精神が隠れている。これが「出る杭は打たれる」の真相である。 日本国内で嫌われている人物が海外で好かれるわけがない。
2015年05月14日
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神を信じる信じないは自由だが、不正をして目的を遂げようとする愚か者が増加しているというのは、甚だ問題である。不正やインチキに対して敏感だったこの国の住民が、ダマスゴミの洗脳のせいで詐欺が横行する現状をみて、神様が愛想を尽かすのも時間の問題かもしれない。 振り返ると、小泉政権からこの国は滅亡の奈落の底へと突き進んでいるが、アホ政権になって不正だらけで、少子化によりこの国の底力も失いつつあるようだ! 不正をすれば、身を滅ぼすという長年の教訓を忘れているアホバカにはもはや何を警告しても無駄なんだろう。 実情を調べるために数字があるのに、実態を反映しない数字で水増しし独り歩きさせれば実態を捉えられなくなり混乱して構造が歪になり崩壊していくのは自然の現象から明らかなんである。 嘘をつけば信頼をなくすことの恐ろしさを知らないのだろうか? 巨大なローマ帝国やソ連が崩壊したのは数限りない不正を行ってきたツケだったのではないのか? 当時、ソ連がいうことに耳をかすのは少数だった。いま米国がいうことに耳をかすのは日本ぐらいである。 武力で恐喝しても、心のなかは変えられない。 嘘や不正の恐ろしさをこれから知ることになるだろう。日本は嘘や不正で滅んだ国となるのかもしれない。 アホバカに何をいっても無駄なんで同じ失敗を繰り返すしかないだろう。あほ政権でこの国は亡ぶだろう。その兆候は水増しされた経済数値が物語っている。所詮実力のないアホバカが上にたつのが問題なんである。 それでも一応、警告だけはしておきたいので、お馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ★ ★ ★ 日銀が、ユニクロの筆頭株主になっちゃいました http://my.shadowcity.jp/2015/05/post-7045.html 日銀が、ユニクロの筆頭株主になっちゃいました、という笑い話なんだが、どういう意味かというと、日本の資本主義が終わってます、という事だな。放置したら崩壊するので、日銀がせっせとカネを刷って、日本の資本主義を買い支えている。官製相場どころじゃない、官製資本主義w 焦点:ETF増額に期待、日銀がユニクロ「大株主化」の副作用も <日銀がファーストリテの実質大株主に> ただ、市場の一部からは日銀によるETF買い入れに対し「個別銘柄への影響を考えると倫理上、問題が生じる」(大手投信)と懸念する声も出始めている。 日銀が公表しているETF購入合計額は、4兆8618億円。時価総額で案分すると、日経平均連動型ETF5銘柄の合計で約2兆6400億円、TOPIX連動型ETF4銘柄の合計で約2兆1700億円の残高となる計算だ。 日経平均の構成比率9.6%、TOPIXで同0.4%となっているファーストリテイリングで算出すると、日銀の保有分は合わせて約2620億円。 時価総額5.0兆円の同社にとって、約5.2%にあたり、大量保有報告書の提出が義務付けられている5%ルールに抵触する。時価ベースに換算すれば「約7─8%程度を占める」(国内証券)との試算もある。 アメリカと大企業にカネを貢いで、世間じゃ、増税、増税w みんな、どんどん貧しくなって行くので、不況はとどまるところを知らず。悪循環ですw 永遠に、この大不況は終わらない。終わるのは、破綻する時ですw 日本銀行による日本株の「爆買」副作用で日銀がユニクロの大株主に名を連ねる異常事態にw、というわけで、例によって2ちゃんねるでは無責任なネットすずめたちがピーチク騒いでおります。ニュース速報板からです。 ----------------------- 国営にして労基法守らせれ ----------------------- ユニクロに物言う株主になるといいなw せっかくだからユニクロの社員の給料待遇改善してやれよw ----------------------- 昔広島じゃユニクロ着てたら笑われたのにな その服ユニクロじゃろーwってな感じでさ ----------------------- ↑え? こっちでは今でも笑われるけど? ----------------------- ↑今は笑われないのかよwwww ----------------------- ETFからは運用手数料が引かれる 日経平均連動ETFの運用手数料は年間0.2%程度 2.6兆円所有なら、毎年約50億円が運用会社に流れ込みます ----------------------- ↑ETFは薄利多売だな~ ----------------------- その調子でワタミの株を買って株主の強権でワタミ解散させろ ----------------------- みんな国営になっていくのか ----------------------- もう相場操作に近いのか ----------------------- 国民服に昇格。 昔の中国みたい。 次は自転車。 ----------------------- >>1 これは・・・ まだ日銀国債買い入れの方がましだわ ----------------------- もう時間の問題ですわ 避難準備だけ怠るなよ ----------------------- 国営で薄給ブラックとかどんな冗談だよ笑 トリクルダウンなんてないんだよあり得ない ----------------------- もはや日本は完全に国家社会主義国家 安倍ちゃんをナチス呼ばわりした左翼の方が正しかった ----------------------- 国営企業w ----------------------- 日経吊り上げの為に寄与指数の高い銘柄の狙い撃ち。ユニクロは225指数から外すべき ----------------------- 国営企業だったのか・・・(><) ----------------------- ユニクロとトヨタ、ソフトバンクが日経平均を支えてる、ここらへんが暴落すると日経平均はだだ下がり ----------------------- で、誰がジョーカーを掴むのかな? ----------------------- 金融危機になったらあっという間に手放すから諸刃の剣 ----------------------- ユニクロ公社 ----------------------- 中国が民主化して日本が社会主義化とか笑える ----------------------- ユニクロの株主総会に日銀総裁が出るのか胸熱 ----------------------- 小学校の先生「円安と株高を同時に実現するにはどうすればいいと思う?」 安倍ちゃん「円を沢山印刷して、それで株を買えばいいと思います!」 ----------------------- バブルより怖いドーピングしてるな。 基軸通貨ならまだわかるが、ローカルカレンシーと大差ない円通貨で共食いしてたら、あるときバッタリ絶命すんぞ。怖すぎる。 少しづつハイパーインフレが近づいてんな。 ----------------------- キチガイ病院に行くとキチガイがたくさんいるんだが、病識がない、というのもキチガイの特徴なので、キチガイは自分はキチガイじゃないと言い張るわけです。今の日本ですw ----------------------- 日銀さん、お願いだからもっと生地厚くして あんなペラッペラのボロきれなんか、着れるか ----------------------- 日本経済は風船爆発ゲームみたいなもんだからな 借金でどんどん風船が膨らんでいく 次のヤツに渡すまでにどれだけクールにカッコ付けられるかというだけの話 ----------------------- 売り崩されないよう、外資の空売り規制しろよ。 日銀はクルクルパーなんですか? ----------------------- いかに官製相場なのがよく分かるな。 ----------------------- 安倍ちゃんのお友達、か... 安倍ちゃんのお友達だから、公的資金をブッ込んでの1民間企業を買い支えかよ... ----------------------- こんなんで2万超えたと大騒ぎして下痢弁を盲信する糞ウヨ、恰好ヨス ----------------------- どうしようもねぇな、まったく 政府が政治の結果として株価操作する気持ちはわかるけど 証券会社に騙されて高値掴まされた年寄りとかどうするつもりだ これから増えるぞ ----------------------- すき家やワタミも買ってやれ ----------------------- なんでユニクロ選んだの? しまむらだっていいじゃん ハニーズなら被災地応援なのに ----------------------- ↑ファストリ株の株価が日経平均に大きな影響があるからだよ 日経平均株価って名前付いてるけど そのほとんどはファストリ、ファナック、KDDIの株価だけで上下してる ----------------------- 株価なんてただの指標 業績悪化を隠すために使われてるだけ ----------------------- なんというか、暴落のはじまり臭い動きしてないか? 暴落というか2万が異常だから元に戻る動きというか・・・ 利確してしばらく様子見る ----------------------- 自分で刷った金で株を買う チートだわ ----------------------- FRBが緩和縮小始めたら一気に来るよ 日銀と年金でどこまで支えられるか見ものだな ----------------------- 日経平均にはいってる企業に金ばらまいてるだけ(´・ω・`) ----------------------- はやく日本から逃げないとやばいなこれは ----------------------- 昔から政府は株価操作はしとるで。PKOとか言ってな。 ところが民主党時代はやらんかったのよ。ガチで市場任せにした。 その結果があの低飛行っぷり。まぁあれが日本経済の本当の姿やで。 ----------------------- ↑今は、経済政策の効果で「上がっている」部分と政府の購入で「上げている」部分が分からない ----------------------- これだけインチキしてやっと日経20000 www 市場を歪めるな ボケ! ----------------------- 自民党は共産党と合流したほうがいいな。 ----------------------- 日経平均株価の約10%がユニクロ成分だからな て、全然平均じゃねーじゃん、偏りすぎだよw ----------------------- ↑ほんとだよな ユニクロとソフトバンクとファナックで20%だぜwww ----------------------- 人民服ください ----------------------- もう竹島の10個や20個攻め落として 東シナ海から人民解放軍追い出せるぐらいお金使ってる。 ----------------------- 株価吊り上げて景気がいいと言い張る さぁこの先どうなるかな ----------------------- 日銀が大株主なのかよ ならシャツの袖をもうちょい長くするように言ってくれw ----------------------- 「業績悪化を隠すための株高」という見方は、多分、正しいね。今の世の中、すべてが逆だ。「景気が良いから株高」なのではなく、「株高だから景気が良い」と言い張る。「株価が高いから、業績も良い」ハズだという、なんつうか、詐欺の手口ですw (株価なんかよりこちらの方が重要なんではないかな、ということで転載) 主要政令指定都市一人当たり所得の推移 (そういや大阪にも改革詐欺者がいましたね。大阪のことなんで私もはじめは騙されちゃいました。今度は都構想詐欺か?) ★ ★ ★ 芸術国家には程遠い。詐欺術国家ですな。醜いねぇ。
2015年05月14日
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人智学を学んでいくと、キリスト教の父=子=聖霊の三位一体が、古代エジプトのイシス=オシリス=ホルスの三位一体と同じで、聖母マリアが子キリストを抱える像が、古代エジプトのイシスの目を表しているように、キリスト教は、古代エジプトのトート=三度生まれのヘルメスの教え、更には古代ヘブライのゾロアスターの拝火教に源流があることがわかる。 余談だが、イシスの目とは、肉体では松果体のことで、オカルトでは第三の目とも呼ばれるが、端的に喩えるなら、ウルトラマンのカラータイマーのような霊界に帰れコールをする。つまり霊性を消耗し過ぎると、肉体に不都合が生じるので、早く寝なさいというサインを出す。 また人智学から、バガヴァット・ギーター(神の詩)や古代アトランティスのタオを理解すればするほど、仏経が、これらの教えに由来することがわかる。 つまり、シュタイナーによると、あらゆる宗教の源流は、霊界の法(カルマの法)を、現世に伝えることから派生してきたそうである。 そこで、来るべき時代には、西洋と東洋の思想が融合し、更には、キリスト教と仏教が同一視されるようになることが預言されている。それには人類が、再び霊能力を取り戻さなければならない。霊界からみれば、どれも同じだからである。 というわけで、キリスト教や、仏経の源流となっているバガヴァット・ギーター(神の詩)についてのシュタイナーの話を紹介する。 ★ ★ ★ バガヴァット・ギーター http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%AC%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC バガヴァット・ギーター 今日の人間に必須なことは、内面(精神)で真理を体験し到達することである。実際に真理を体験したいなら、外界の変化の無常を感じなければならず、数限りない悲しみや悲劇を味わうと同時に至福の喜びも体験しなければならない。 つまり、あらゆる存在から流れ出る生命力の息吹とその儚さを体験しなければならない。 生命の息吹と、感覚(物質)界の儚さに、自分の関心を結びつけなくてはならない。外界に、これまでにない苦痛と同時に至福を感じとれたなら、ついで自ら(の認識)を存在させている概念や理念に集中しなければならない。 そうすると、「この概念と理念のなかに、私は宇宙の秘密や出来事の一端を捉える。」というイメージが浮かび上がる。 これは、私(シュタイナー)がかつて著書『自由の哲学』のなかで用いたのと同じイメージである。真理を体験したいのなら、単なる知識として捉えるのではなく、完全な孤独を体験しなければならない。 更にまた別の感情が生じる。外界全てを超え広がる、壮大な理念界(神界)の体験をし、同時に、自分の概念や理念のなかにとどまろうとすれば、「今いる、この空間と時間から離れなければならない」という深い苦悩が浮かび上がる。 それは孤独の体験であり、凍りつくような寒さの体験である。 そして、「いま、私は、この孤独な理念(概念)のなかにいる。」のを体験する。・・・ ついで、理念(概念)界のなかで、自分が孤独となり、道に迷うのを体験する。心を深く掻き乱すような体験である。 そうして、「全ては私自身である。私一人のなかに全てが生きている、というのは真実である。」と悟るようになる。すると、あらゆる存在への疑念が無限に大きくなるのを体験する。 理念界で、自らの理念を体験し、心に、存在への疑念が切実に浮かび上がると、「私に理念を与えたのは、物質界の時空の無常さではない」という事実をはじめて理解する機が熟す。 苦悩と疑念の後に、自分を内面(精神)から解放すると、疑念の正しさを知る。というのも、物質界の時間や空間から理念が生じたものと信じ込んでいたので、この疑念が起こるのは当然だったからである。 しかし、そのとき何を感じるのか? 理念界を精神界から体験した後、理念界をどのようなものに感じるのか? そのとき初めて、霊感が授かるのを感じる。 それまでは、無限の荒地が、深い淵のように自分の周囲に広がっているのを感じていたが、そのとき、深い淵から出現した岩の上に自分が立つのを感じはじめる。 「いま私は精神界と結び付いている。感覚(物質)界ではなく、精神界が私に理念界を与えたのだ!」と悟るようになる。 以上の体験は現在の人間の霊魂が経験する次の進化段階である。今日では既にガラクタとなっている真理を再び真剣に取り扱いはじめる段階である。 上述のような感情を心の中に担うことが、大きな衝撃の後にクリシュナからアルジュナに与えられた以下の第一の真理への準備となる。 「有為転変のなかを生きる永遠の精神についての真理」 概念や理念は悟(知)性には抽象的に語られる。 クリシュナはアルジュナの心に語りかける。 悟性には全く凡庸にみえるものが、心には無限に深く崇高にみえる。 以上の事実から、「バガヴァット・ギーター」の冒頭の深い震撼から必然的に第一の段階(真理)が現れるのがわかる。 さて、次の段階である。・・・・・・ クリシュナがアルジュナを神秘の世界に導いて、理念界を明らかにした後、アルジュナに次の段階を示すのはごく自然に感じられる。いかなる霊魂も正しい出発点を見つければ神秘の世界に到達できる。 そのために、・・・クリシュナは当時のあらゆる教条主義を拒まねばならない。彼は徹底的に、あらゆる教条主義を拒んだ。第二の段階で、厳しい言葉がみつけられる。何世紀にもわたって、当時の最高の人々にとって神聖であった『ヴァーダ』の内容が徹底的に否定される。 「ヴェーダの言葉に拠るな。ヨーガに拠れ」。つまり、汝自身の心の内面に拠れ、ということである。 (ヨーガとは、人間の内面から神を探求する姿勢のことである。古代インド文化で開発された。) 『ヴェーダ』に虚偽が含まれているのではない。・・・当時の人間の霊魂の進化段階から更に出発することを、クリシュナは、彼に教えようとした。あらゆる独善的な叡智はあえて無視されねばならない。・・・高次の超感覚界の具体的な真理に本格的に参入するのに前提となる事柄が、アルジュナにも前提とされねばならない。 「バガヴァット・ギーター」以来、一般の人間に当たり前となるものに、クリシュナはアルジュナの注意を向けた後、彼がヨーガを通して得るべき真理を認識するように導いた。アルジュナは初めてヨーガを体験する。これが次の段階である。 第二段階として、「バガヴァット・ギーター」の最初の四章の内容から、真理が人間個人の経験へと劇的に発展しながら進行していくのがみえる。 クリシュナはアルジュナに、ヨーガの道を述べる。彼は、日常の概念と理念についての霊視から、ヨーガを通してのみ到達可能な次の段階に至るために、アルジュナが体験すべき道を述べる。その概念と理念に正しい光を当てる必要がある。 アルジュナはヨーガへと導かれねばならない。これが第二段階である。 第三段階には、再び劇的な発展があり、再び神秘の真理が語られる。・・・・・・ 現代的な意味で、ヨーガは意識を拡張に導き、固有の包括的な存在との同一化に導く。そうして各個人は地球全体に織り込まれるのを感じる。しかし、そう感じても、自分が、ある一定の時間と場所に縛られているとは感じない。 自分の人間性が地球の始まりから終わりまでどう進化するかを感じる。地球の進化を貫く人類の進化の無限の連綿を感じる。そのようにヨーガは、地球の進化のなかで輪廻転生していく霊魂と自分が一つであるという感覚へと進む。それが第三段階である。 このギーターという崇高な叙事詩は、内面的・芸術的に段々と高まっていく構成のなかに、神秘の真理をうつしだしている。第一に通常の概念のなかでの示唆、第二にヨーガへの指導、第三に地球を超えた素晴らしい生命の輪廻転生についての叙述である。 そこでは、クリシュナはアルジュナに、 「君の心のなかに生きる魂は、今まで何度も生きてきた。君はそれを知らないだけで、私は体験してきた自分の輪廻転生を振り返り、知っているのである。私は君を霊的に高めて、私が(過去の)自分を感じるように、君が君自身を自覚できるようにしよう。」 という見解を述べる。 これは新しい劇的な瞬間である。深く秘められた真実と同時に美しい瞬間でもある。人類は日常の意識や思考の世界から、自分の心のなかにあり、地球の様々な転生を通して生きていく永遠の生命である魂の概観へと進む。 「シュタイナー古代秘教講義」p64 ★ ★ ★ 平和に生きるということは宇宙全体を見渡す能力をもつことである。
2015年05月12日
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ドローンという人工物が話題となっているが、利便性を求めてつくりだした人工物がその利便性のためにかえって人類の敵ともなる可能性をこの人工物は端的に示している。 独占欲が強いアホバカな奴ほど規制をつくりたがるが、規制をつくればつくるほど喜ぶのは無法者である。法律をつくっても守らなければ意味がないからである。 前回、シュタイナーの「がん」についての見解を述べたが、その見解を人間社会にあてはめてみると、法律の及ばない、法律の盲点を掻い潜る無法者こそ「がん」であることがわかる。 「がん」である無法者にどうやって法律を浸透させるのか、が問題である。 ドローンは目にみえる人工物だが、規制や法律は目にみえない人工物である。 例えば、増税して、生活が豊かになるのなら、法律は人類の友となるが、逆に生活が苦しくなるのは、法律が人類の敵となる可能性を示している。 では、なぜ増税で生活が苦しくなるのかといえば、税金が生活に反映されていないからである。例えば、以前、述べたように、自然の法則の重力などは厳密に質量をもてばどんな存在にも課されるが、人間のつくった規制や法律には、従わない無法者がいて、税金を着服したり、税金を払わないアホバカがいるからである。 つまり、厳密に公正に適用されていないからである。 無法者に法律を守らせるために罰を与えるというのが現代のやり方だが、これには大きな問題がある。人間は自由であるからだ! つまり、無法者にも自由に選択する権利が与えられるからである。だから、自由を認めながらも同時に法律を守らせないといけないわけである。 唯物論者はアホバカなんで、それは不可能だと答えるだろうが、自由というのは、心の問題であり、要は法律を守ることを自分で自主的に選択できるようになればいいのである。 昨日、TVで「スカッとするTV」という番組をみたが、そこで、北風と太陽の童話を彷彿とさせる興味深い話があった。 北風と太陽 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%A2%A8%E3%81%A8%E5%A4%AA%E9%99%BD 「あるとき、北風と太陽が力比べをしようとする。そこで、旅人の上着を脱がせることができるか、という勝負をする。1.まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとする。しかし寒さを嫌った旅人が上着をしっかり押さえてしまい、北風は旅人の服を脱がせることができなかった。2.次に、太陽が燦燦と照りつけた。すると旅人は暑さに耐え切れず、今度は自分から上着を脱いでしまった。 これで、勝負は太陽の勝ちとなった。」 この童話と似た話で、レストランでゲームをして騒ぐ連中に、店員が他の客に迷惑なので静かにしてくださいといっても聞かずに、他の客が、これから恋人に告白するので、それに協力してほしいといって、静かにさせたエピソードである。 この方法がいつも巧くいくとは限らないが、言葉の表現一つで変わるという見本となる。 つまり、店員の言い方は丁寧なのだが、いわれた無法者の立場に立つと、自分たちも客なのに、他の客のためになぜ我慢しないといけないのか、という否定的な感じを受ける。無法者は、とかく仲間外れにされるのに敏感なんである。 無法者のほとんどが、おのぼせの天狗なんで、鼻から規則や法律に従う気などないが、かといって、仲間はずれにされ、排除されるのを嫌うというジレンマがある。 自分たちに非がある無法者は、その非を指摘されると立場を失うので逆上する。 だから、無法者に規則や法律を説くのは無駄で、無法者の長所を認めてやり、仲間として参加させてやるのがよい。 無法者にだって美学がある。紹介した話では、恋の成就が美学であったわけである。 これは何度も紹介したが、陰陽の法則を利用したやり方で、キリストが裏切り者ユダを十二使徒に加えたやり方なんである。 法律の内容ではなく、どうしたら法律を守るように導けるかの問題である。 規制や法律をつくるのではなく、ドローンや税金をどうやって生活向上に役立てるか、の運用の問題である。 人工物を運用するにはやはり芸術的感性が不可欠である。 この国は商業立国から、芸術立国になるべきである。商社ではなく、芸社(仮の表現)が主要産業を担うべきである。芸社⇒芸者から転じるべきである。とにかく、昨今、ゲイが話題である。 例えば、以下の『芸術立国論』が参考になる。 『芸術立国論』 http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0112-f/ それには、東洋の宗教と西洋の宗教が、この国で融合する必要がある。そのためには人智学が非常に有用になるだろう。 昨日、TVでキリスト教徒と仏教徒の話し合いの番組をみたが、人智学により、この両者に橋を架けることが一種のターニングポイントとなるだろう。両教徒もきづいていたが、キリスト教も仏教も源流は同じ霊界のカルマの法則からきているからである。 人智学による芸術的な超感覚性を現代にもたらすことで、あらゆる宗教を融合し、この国を総合芸術の湧き出る源泉とすべきだろう。というのも、平和に必須なのは芸術的感性であり、この感性こそ、人類に、法と自由な運用を両立させる愛への参画行為を可能とさせるためである。 かつてのこの国ではキリスト教と仏教が激しい戦いを繰り広げていたが、いまや両者は共存関係にある。というのも、両者は超感覚的意識からすれば、同じものだからである。 つまり、人類が求めるべきものは超感覚的意識なのである。この感覚について、様々な宗教が、多種多様な表現をしてきただけの違いにすぎない。超感覚というのは、違いが生じる物質的感覚を超えなければいけないからである。 人はその感覚を超えるのが不安で恐怖なのと、億劫なので、容易い物質的感覚に骨を埋めようとする。 しかし、その感覚は魂の抜け殻であり、死骸なのである。そのようなシュタイナーの話を紹介する。 ★ ★ ★ 思考とは生前の魂の死骸 http://ameblo.jp/kmasaaki0911/entry-11887871443.html 近代の知的・唯物論的な時代の中で、覚醒意識(認識)への没頭という特性は、芸術的感性を多かれ少なかれ疎遠なものにしてきた。 今日の学問に没頭すると、死んだ思考の中に骨を埋めることになり、自然現象の中にも死んだ思考を探求することになる。自然史として語られる学問の誇りと思われている知的遺産は全て死んだ思考なのである。 地上を超えた存在から地上の感覚的存在へと下る前の魂の死骸(抜け殻)が、思考なのである。 ~芸術と美学~ P3 ★ ★ ★ 例えば、法律は魂の死骸である。だから、法律に縛られる魂は、人工物に敵対される人間である。法律の運用こそ、美的感覚と超感覚から法律を生かす存在なんである。 仏像をつくって魂入れずではダメなんである。そういうことするから、闘いや戦争になるのだ! 美的感覚を取り戻すべきである。この国は醜くなりすぎた! モンスターだらけである。
2015年05月12日
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「がん」についてのシュタイナーの見解の紹介が途中で終わっていたことに気づいたので、続ける。 ★ ★ ★ また、人体に対してのヤドリギのこの反作用を、例えば、癲癇[Epilepsie]などの症状のなかに発見できる。とはいえ、この反作用は、ヤドリギの寄生的性質というより、俗っぽい表現をするなら-ウィーンの人々にはお馴染みの-自然に特別のソーセージを焼いてもらっている=特別扱いされている、という性質に起因する。 ヤドリギは、通常の季節に繁茂せず、つまり春過ぎに花を咲かせ、実を結ぶのではなく、特別な季節、特に冬期に活動する点で自然から特別扱いされている。そのためにヤドリギは、自然の通常の運行に対抗する反作用を貯える。 自然の活動を観察し、ヤドリギの生長を眺めると、次のような俗っぽい表現が浮かぶ。自然の活動はヤドリギについては気が狂っている、ヤドリギは季節はずれだ! しかし、このヤドリギの特別な季節外れの性質は、人体が物質的に狂ったとき、例えば、癌などには、逆に有用である。大切なことは、このような自然と人体との関係についての理解力を育てていくことにある。 さて、ヤドリギこそ腫瘍などの際、外科医のメスの代替に人体内で適度に希釈(分解)して用いるべき薬である。ただ重要なことはヤドリギの実を薬にするにはヤドリギがもつ他の力との関係を理解し正しく人体に適用することである。 気が狂っているヤドリギの性質は、例えば次のようなことからもわかる。つまり、ヤドリギの受粉という種の存続が、鳥の飛翔に依存し、その移動に結びついていることである。つまり、鳥がヤドリギの受粉を継続して樹から樹へと運ばなければヤドリギは死滅してしまう。 奇妙にもヤドリギの受粉物質は鳥の体内を通過するため、鳥の体内に一度摂取されてから排泄され、別の樹の上で芽を出す。この滑稽さはヤドリギの生長全体を観察すればわかる。更に大切なのは、ヤドリギの粘液質な膠状繊維[Leimsubstanz]を塗布剤などと正しく配合し、ヤドリギがもつ反作用的性質を人体内で徐々に高めていくことである。 更に重要なのは、後ほど話すが、ヤドリギの反作用をもたらそうとしている特定の人体器官に応じて、ヤドリギの生える場所、つまり、どんな樹に生えるかなどを特定していかなければならない、ということである。 また他にもあるが、例えば、このヤドリギの膠状繊維質が、人体のなかの金属、もしくは別の植物に含まれる金属で間に合わせるのもよいが、それら金属と共作用するように、薬をつくることなどである。 例えば、リンゴの樹に生えるヤドリギと、銀の化合物を混ぜることで、その共作用から、下腹部の腫瘍にかなり対抗できる。 さて、以上のような事実を慎重に語らざるを得ないのは、これらの事実が人智学的研究から正しいとわかっていても、実際に治療を始めるには、具体的に、ヤドリギの加工を始める過程で、そもそも根本的に、この過程を正しく進めていく知識がほとんどないからである。 だから人智学的医術は、医師たちのもとで大いに根拠のあること、つまり実際の臨床とともに共作用していく場合にのみ有効となる。 これが人智学と医学との関係を困難にしている。というのも、この両者、つまり臨床的な(物質)観察と、人智学的な(霊)探究は、今日の社会の慣行からいまだ全くバラバラの状態にあるからである。けれども、逆にこの両者が互いに結びつけば、本来、うまくいくという見通しがたつ。 つまり大切なのは、両者を結び付ける経験を実際に集めることである。というのも、現代人はせいぜい臨床的な報告などから検証する以外に、病気についてのこれまでとは異なった知見を得ることがほとんどできないからである。つまり、現代人が必要とするのは、内的な必然性というよりはまさに外的な必然性なのである。 実際の臨床が進めば、ヤドリギの働きは、上述の説明に実際に基づいているのが立証されるだろう。ただそれには方法論が先に進んでいる必要がある。というのも、次のような理由があるからである。 以前述べたように、樹の幹とは、植物の生長にとっては、土壌の瘤であり、その中に植物の種子が含まれ、そこから生えてくるいわば小さな丘みたいなものである。 さて、この小さな丘である幹にヤドリギが生えてくると、このヤドリギは樹の上でくつろいでいるわけで、通常の土から生える植物と比較すれば、地面とは逆に向かって根を張ることになる。 だから、このような逆の植物、ヤドリギのように気違いじみた貴族主義を身につけながらも、ボヘミアン的な寄生の特性は備えていないような植物で実験してみても、同じ結果が現れることが予想できる。 例えば、冬に開花するのが相応しいと認められる冬の植物を用いて、人体の正常な進行とは逆の病的な傾向が出ることを調べれば、この冬の植物が、ヤドリギと同じ作用を持っているのが予測できる。ただし、この一連の実験を、例えば、ヘレボルス・ニゲール[Helleborus niger]のクリストブルーメ[Christblume](クリスマスローズ)といった植物にまで広げていく必要がある。 ヘレボルス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AC%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%82%B9 クリスマスローズ http://100.yahoo.co.jp/detail/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BA/ 実際に、ヤドリギと同様の作用を、クリスマスローズから獲得できることがわかるだろう。ただ、少なくとも、以前述べたように、陰陽の違い、つまり、女性と男性で全く反対に出ることも考慮に入れる必要がある。 女性の場合、ヘレボルス・ニゲールでは、腫瘍に対しての反作用がほとんど得られないが、男性の場合、顕著な反作用が得られる。 ただし、ヤドリギの反作用と同様に、人体内で比較的高い反作用が誘起されるように、投与できた場合に限られる(ホメオパシーの原理により、疾患部位に到達した場合)。 上記のような探求に際し、次のような関係を考慮に入れる必要がある。 「冬に繁茂する植物なのか、夏に繁茂する植物なのか、また、その植物の働きは、ヤドリギのような生長力から得られるのか、もしくはヤドリギの生長力よりは、地面に向かう傾向から得られるのか」 というようなことである。 ヤドリギは地を好まず、黒ヘレボルス[Schwarze Nieswurz]やクリスマスローズは地に接近することを好むので、以前述べたように、どちらかといえば、男性的な作用に親和性をもつ。男性的な作用は、地上の作用に親和性がある。 他方、女性的な作用は、地球外の作用に親和性を持っている。 このような事実を広く考慮する必要がある。つまり、自然の経過に対する霊的な洞察力を獲得することが特に重要となる。 だからこそ、外界からくる様々な作用の特徴を述べ示し、「ボヘミアン、貴族、狂気」などの道徳的な観念を用いて解釈した。このような道徳的な観念は、実際、適切な表現となり得るので、よく用いている。 さて、道徳的な観念の獲得から、薬の体外と体内の働きの間にある特徴的な相違も明らかになってくる。しかし、外と内の違いを考察する前に、道徳性を導く正しい観念を洞察しないといけない。 現在(1920年)出現する新種の病気に対する治療法の獲得のために研究すべき課題は、以前既に暗示したが、例えば、植物の炭を比較的長期間メタンのなかに置き、曝しておくことで、植物の炭に充分にメタンを浸透させてから、軟膏として、擦り込むなどである。 メタンを浸透させることで、軟膏などとして人体に外から働きかけられる。特に、外から人体の働きを促進できる物質を用いて擦り込むとよい。このような技術的方法を見つけることが大切である。例えば、滑石土[Talk-Erde](タルク、苦土)などを用いる技術的な方法をみつけて、軟膏として擦り込むと、外からの働きかけが獲得できる。 メタン http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%B3 滑石 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%91%E7%9F%B3 マグネシウム http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%82%A6%E3%83%A0 大切なのは、人体内と外とでの作用の相違などを見通すことである。健全な考察(合理的な思考)を通じて、一般的な精神医学に対しても、洞察力を鋭くしておかなければ、内と外の相違などを見通すことはできない。 思い切った表現をするなら、人智学者[Geisteswissenschaftter]は、単なる「精神病」という言葉を聞いただけで苛立ちを覚える。 というのも、精神(霊、[Geist])とは、常に健康で、本質的に病むことなどないから、精神病(精神の病)[Geisteskrankheit]という言葉を用いるのは根本的に間違っているからである。精神の病などを語るのは、本来、無意味である。 精神自らの発現能力が、物質的な組織に妨げられることはあっても、決して霊や魂が病むことはない。病気は、精神の発現能力と物質的な組織の妨害などによりそのとき生じている単なる症状にすぎない。 ★ ★ ★ つまりシュタイナーの「がん」についての見解は、エーテルの作用が及ばない物質(肉)体の領域のことである。社会に例えるなら、法律が及ばない無法者たちのいる場所になる。
2015年05月09日
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ソクラテスで有名な「悪法も法なり」を習っているはずのこの国のアホバカたちが、悪法だから守る必要がないとタカをくくって、法の改正に勤しむ姿をみると滑稽で笑止千万である。 つまりそのようなアホバカをみるにつけ、人間のつくる法律のいい加減さに呆れるのである。このようなアホバカがどんな法律をつくろうが既に守る意志がないのだから、無法者なんである。 無法者が法治国家制度の立場を利用すれば国家を混乱に陥れるのは必定である。なんせ悪逆非道の無法者だからである。似非宗教家が御利益御都合主義でそれを助長するから、この国の将来はもはや滅茶苦茶になろう。 困ったときに神頼みするような奴はニセモノなんで、そのような連中に耳を傾けるのは地獄に落とされるだけである。 確かに人間のつくる法は欠陥だらけなんで、ああだこうだいって有耶無耶にすることはできるだろうが、ではなぜ人間のつくる欠陥だらけの悪法が意味をもつのかといえば、法を遵守する精神が美しく、高貴で、尊ばれるからである。 つまり、ソクラテスは、悪法は悪法で欠陥だらけだが、自分の信念、つまり美しく高貴さを尊ぶ精神に従って、死を選択するといって、実際毒杯を飲んで死んだのである。このソクラテスの高邁な精神こそ神の現われであり、死を超えて永遠に生きる法なんである。 確かに悪法は欠陥だらけだが、それを守ろうとする人間の行為は美しく、高貴であるから、それに従うというのである。この態度に比べ、いまのこの国の改憲派は自分だけの理想論を振りかざし、自慰行為のように、他国を罵ったり、同胞を差別し、罵倒したり、醜悪極まりない。 もう見ていて同じ人間なのか? と思わせる位に、のぼせ上がっている天狗である。 このような連中がいくら改憲して法をつくろうがそれを守る意志に欠けるので、守る意志のなさを、理想論を振りかざし、改憲で誤魔化しているにすぎない。アホノミクスと同じなんである。精神の卑しさは隠せない。 改憲した法を実践し、自分が戦地にいち早く赴くというのならまだわかるが、自分は守らずに、他者に守らせる腹積もりがみえみえなんで、自分が守れないことを他者に強要するエゴイズム丸出しなんである。 さて、宗教で語られる法というのは、人間がつくる法ではないことはその文脈からもわかるが、すなわち、神がつくった法は完全無欠である。 例えば、人間のつくった法よりは遥かにマシな自然の法則の、例えば物理で習う重力は、どんなものでも質量を持ちあわせれば、その量に応じて地上に落とされるわけである。落ちたくなければ、質量をできるだけ減らすしかない。 物質界の法則でさえも、人間のつくる法よりは厳格である。厳格な人格をもつニュートンが発見したのも納得でもある。 この法則よりも、更に厳格なのが、宗教で説かれている精神の法、つまり霊魂の法則である。換言すれば、心の法といってもよいかもしれない。現代風にいうなら、心の力学である。現代にも心理学があるが、霊魂を想定していないから絵に描いた餅である。 精神の法というとなんだかわけがわからなくなるが、調和の法則と考えればなんとなく捉えられるだろう。音楽のハーモニーの法則である。例えば以下などを参考に。 ペーター・ヒューブナー 音楽という小宇宙に存在するハーモニーの自然法則 http://www.scientificmusicmedicine.com/jp/07_Articles/16_Harmony_Laws/0501_Harmony_Laws.php 音楽の旋律などを美しいと感じるのは、人間の精神の法と共鳴し共感するからである。つまり、換言すれば、美しいものに参加したいと思う心の働きである。美しいものの一部になりたいと思うからである。 この美しさ、高貴さは、宇宙の隅々にまで浸透し、宇宙を構成しているいわば法則なんである。簡単にいえばルールである。その一つがカルマの法則でもある。カルマの法則とは、簡単にいえば、与えれば与えられる、殴れば殴られるという主客逆転の法則、陰陽の法則でもある。 つまり例えば、どんな法でも指導者が守れば、その行為は守られるし、指導者が守らなければ、その行為も守られないということになる。ここが重要なんである。法律の内容いかんではなく、人間がそれを守ったかどうかの実際の行為の問題で、それが他者の公平な眼でみて美しいか醜いかである。 人間のつくった法を守るか守らないかは、人間の自由なのだが、その自由の選択によって、人間のその選択行為に対する責任は当人が負わなければならないのが、カルマの法則であり、神がつくった完全無欠の法なんである。 だから、憲法を守らなければそれも当人の自由だが、守らなかったその責任は当人が永久に負わないといけないのである。改憲したからといって、過去の憲法を守らなかった行為をチャラにはできない。例えば、憲法を守らない行為で、多くの人が憲法を守らなくなれば、その憲法を守らないという全ての行為に対して責任を負わないといけないのである。 この大事な点をこの国のアホバカは見逃しているのである。無法者の行為が悪貨が良貨を駆逐するように増幅していく。 米国の大統領が米国憲法を守らなかったために戦争が起こり、多くの人命が失われてきたことは、このブログでも何度も紹介した。そのアホバカな大統領は、死後もなお、多くの人命を救わなければいけない義務を負うのである。犠牲となった多くの人々の苦悩や苦痛を、その人に成り代わり、体験しなければいけないのである。 それを一言でいうなら、地獄の苦しみを味わうということになる。大体、戦争など起こす国家元首は鼻から地獄行きである。 このような警告をしても、アホバカは笑いごとで済ますのだろうが、笑っていられるのも、アホバカでいられるうちである。 このようなアホバカを端的に表すのに好都合な出来事があったので、お馴染みの播州武侯祠遍照院さまのサイトから、以下に紹介する。 ★ ★ ★ ネトウヨ・ウヨは、今日も米英にご奉仕です。 渾沌堂 http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/Page/2/ 真実を探すブログ より 上記文抜粋・・・・・・・・・・・ 高崎山自然動物園が5月6日に新しく生まれた猿の赤ちゃんに「シャーロット」と命名した結果、抗議が殺到して名前の白紙撤回を検討する事態になっています。 報道記事によると、高崎山自然動物園が「猿の赤ちゃんにシャーロットと名付けた」と発表したところ、園に「サルに王女の名前を付けるとは英国に失礼だ」などと抗議が殺到したとのことです。 高崎山自然動物園は赤ちゃん猿にその年の出来事にちなんだ名前を付ける習慣があり、特に悪意があってシャーロットという名前にしたわけではないのですが、あまりにも抗議が多かったことから高崎山自然動物園は白紙撤回を検討しています。 ・・・・・中略・・・・・ ☆名前は「シャーロット」 … 高崎山の赤ちゃんザル(05/06 13:41) URL http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000049864.html 引用: 高崎山自然動物園では5月から8月にかけて、サルの出産シーズンを迎え、赤ちゃんザルの第1号にはその年の出来事にちなんだ名前を付けています。6日に誕生した赤ちゃんザルは、応募総数853通の一般公募のなかからシャーロットという名前に決まりました。大型連休最終日の6日も、高崎山には多くの人たちが詰め掛け、母親ザルに抱かれながら現れたシャーロットの姿に訪れた観光客からも祝福の声が上がっていました。 :引用終了 ☆赤ちゃんザルに「シャーロット」命名も抗議で取り消しを検討 URL http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150506-00000119-sph-soci 引用: 野生のニホンザルの餌付けで知られる大分市の高崎山自然動物園が6日、生まれたばかりの雌の赤ちゃんザルを、英国で誕生した王女にちなみ「シャーロット」と名付けたと公表した。だが、その後、園に「サルに王女の名前を付けるとは英国に失礼だ」などと抗議が殺到したため、取り消しを検討する事態となった。~省略~ だが、サルの命名発表後、園には「もしロンドンの動物園のサルに、日本の皇族のお名前が付いたら、どんな気持ちになるか考えてみろ」「英国に失礼だ。撤回してほしい」など、電話等で抗議の声も殺到したという。同園は対応を協議。 :引用終了 ☆Japan: Zoo sorry for naming monkey after new princessURL http://www.bbc.com/news/blogs-news-from-elsewhere-32608553 引用: A Japanese zoo has apologised after naming a baby monkey Charlotte in honour of the newborn British princess, it's reported. The Takasakiyama Zoo, in southern Japan, was inundated with complaints after announcing the female macaque monkey's name on Wednesday, the Kyodo news agency reports. The zoo says the name was chosen after a public vote, a tradition for their first newborn macaque monkey each year. Charlotte received the most votes, although it wasn't exactly a runaway winner, with 59 out of 853 people choosing it. :引用終了 ☆「シャーロット」取り消しか 高崎山の赤ちゃんザル(15/05/06)・・・・・・・中略・・・・・ 何と言うか、この程度で動物園に抗議の電話やメールを送り付けた人の頭の方が心配です。英国王室が怒るのならばまだ分かりますが、全く当事者とは関係のない第三者がこのような抗議をするのはどうかと思います。 動物に有名人の名前をつける人は多いですし、イギリスのメディアも半ば呆れ気味のような感じで報道していました。どうにも、必要以上に権威や地位を拝んで、それに触れる行為を全く許さない方が多いような感じがします。 *夏放送予定の新しいアニメに「シャーロット」という名前がありますが、それもどうなるやら(苦笑)・・・・・・・・・ 抜粋終わり ネトウヨ・ウヨのいやしい品性がよくわかります。 ヤンキーですよな、ヤンキー。 奴らは、権力・権威にはひれ伏して、それを他者にまで強制する。 そのくせ、同朋の不遇な人には、冷淡である。 まあ糞らしい反応だ。 お読みくださりありがとうございます。 ★ ★ ★ どうも昨今のダマスゴミの「日本が世界からいかにも注目されているか」のような洗脳番組のせいで、自意識過剰になっている気がしてならない。この手の番組は、ほとんど日本でしか放映されていない。スコットランドの動物園ならまだしも、英国では辺鄙という意味の極東と呼ばれている日本の動物園で、しかも日本人同士で騒ぐのが滑稽でならないでしょうね。???でしょう。 おそらく日本人は英国のブランド物を身にまとうことで、つまりモノマネすることで、中身まで英王室の一員にでもなった気持ちなのかもしれないが、それは大きな勘違いで、天狗の証拠で、このクレーマーと同じような根性で、改憲すれば欧米の一員になれたとでも思う単なる自慰行為にみえる。 日本人の精神はどんどん醜く、低俗になっていく。それはサルの子に対する蔑視に現れている。ダーウインの進化論では、サルがいなければ、人類もなかったはずである。現代科学では、人類は遺伝子的にサルの子といっているのである。 英米に媚びれば媚びるほど馬鹿にされるのが現実である。媚びない露中が尊敬されているのとは全く逆である。
2015年05月08日
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超感覚の聴覚(霊聴力)をもつ人は、宇宙が圧倒的な調和の中でまるでシンフォニーのように鳴り響くのを聞くことができる。そして、この調和の響きと比較し、個人から個人に届く響きを聞けば、その音響は大小の不調和音として鳴り響くのが聞こえる。 現代人の使命は、継続的な進化を通して、この不調和を解決し、再び調和へと導くことなのである。 この不調和は「私」の昼意識(自我)から生じたが、とはいえ、それは宇宙を支配し導く神々の叡知を通して生じたのである。もし、人間が宇宙の調和の中にとどまっていたなら、決して現在のように一個人の独立した存在にはならなかっただろう。 人間が自由に自らの力で再び調和を取り戻せるように、あえて不調和が導入された。そのために、「私」という意識的な感情が、これまでの調和を犠牲にしてでも、必要だった。 木星意識が点火され、人間が再び宇宙との調和的関係を取り戻すときが来れば、新しい意識の中でも、自我意識を持ち、「私」の感情を保持しているだろう。つまり、人間は宇宙から独立した「私」という存在なのだが、同時に宇宙との調和の中にあるだろう。 前回、新しい木星意識が「恐れと不安」を感じる自我を表現するのを見てきた。しかし、未来のこの意識が、あまりにも早く現れるとき、それは未成熟で場違いなものにもなる。 1つ例を挙げてみる。8月に開花すべき花を温室に入れて、5月に咲かせるようにできる。そうすると、本来開花するはずの8月には、咲かなくなる。開花する力が5月に使い果たされ、8月の環境のなかに本来あるべきその力をみつけられないからである。 たとえ5月に開花しても、温室から出された瞬間に死んでしまうだろう。というのも、その花は、もはや通常の季節の周期には属さないからである。 「恐れと不安」の感情も同じである。今日、その感情には行き場がない(安らぐことがない)。未来には益々そうなるだろう。 (恐れと不安は、木星意識を先取りしたもの、つまり早熟である。例えば、小学生に実力以上の高校の教科を教えれば、理解できないために怖れと不安が生じることでわかる。 だから理解せずに暗記させる詰め込み教育となるが、これは暗記すればするほど暗記に頼ることになり、未知なものに対する柔軟性を失わさせ、かえって恐れと不安を増幅させ、将来、関節炎や硬化症等の素因となるという。) 「恐れと不安」を感じるとき、人間に何が起こるのか? 外界に抗して、しっかりとした中心点をつくり、人間の内面を強化するには、血液が中心へと、つまり、心臓へと押し戻されなければならない。 血液を心臓に戻す行為は「私」(自我)のなかの内面力から生じる。 血液に影響を及ぼす、この「私」(自我)の力は益々強く、益々意識的になる必要がある。 つまり、木星上では、人間は自分を強くする為に、意識的に、自らの血液を、心臓という中心点に向けることができるようになる。 けれども、今日のこの血液の流れと結びついた「恐れと不安」の感情は有害で、不自然である。だから、未来では、血液を心臓に戻す行為と「恐れと不安」の感情が結びついてはならない。 「恐れと不安」とは無縁の「私」(自我)の内面力だけが活動すべきである。 人類の進化全体を通して、外界は、人類に対して益々敵対的になっている。人類にのしかかる外界に、内面力を向けるように益々学ばなければならないが、同時にそこから「恐れと不安」を切り離す必要がある。 特に、秘教の訓練において進むには、全ての「恐れと不安」の感情から、自分を自由にすることが必須となる。「恐れと不安」が正当性をもつのは、ただ自分を強くする必要があるのに気づかせる点だけにある。 とはいえ、人間を苦しめる全ての不自然な「恐れと不安」の感情は、人類の進化全体から消え去らなければならない。 もし木星意識が始まるときに、まだ「恐れと不安」の感情をもっていたなら、どうなるか? そのとき外界は、今日の人間に対する敵対よりも遥かに敵対的で恐ろしい存在となっているだろう。「恐れと不安」の習慣から脱せない人は、将来、恐ろしい戦慄に次ぐ恐怖へと陥ることになるだろう。 (自宅に引き籠り、「恐れと不安」で社会に出れなくなりネット中毒になる若者をみればわかる。) 既に、この状態は今、外界の中に準備されている。それは、以前述べた、やがて来る大天使オリフィエルが支配する恐怖の時代には、以前よりもはっきりと恐怖と不安を自我に現すことになる。 (自我はその恐怖を感じるあまり分裂しようとするという。つまり精神分裂に陥る。これは虐待され続けると精神が分裂することでわかる。黒魔術とは、精神分裂症を発症させ、アスラという悪魔を召喚することのようだ。) その時代が来たとき、人間は自分の足でしっかりと立つことを学ぶ必要がある! (オリフィエルの時代は、2030年位からはじまると最近ではいわれている) 現在の文化そのものが、将来の木星上で人類を脅かす恐怖のモンスターを創造しているのである。今日、人間の技術が、天才的手法で構築している巨大な機械類を見てみれば、人類は将来、自分に向かって荒々しく立ち向かってくる悪魔を自らで創り出しているのがわかる。 (人工知能と将来人類は格闘することになるだろう。) 今日、人間が技術的装置や機械として組み立てるものは、将来、生命を獲得し、恐ろしい敵意をもって、人類に反抗するだろう。 単なる便宜のためや個人や集団のエゴイズムを満足させるためだけに創造される全ての人工物は、人間に対して未来の敵となるだろう。 (人間は自己都合で、自然から利益を取り出しているが、やがて、その利益に対するツケを支払わされることになる。例えば、311の福島原発事故などである。原子力エネルギーを取り出して利潤を上げたツケがいま不特定多数の被曝を生じさせる羽目に陥っている。) 今日、人間は、あまりにも、自身が為すことから有利な便宜を得ることに関心を持ちすぎている。 もし、本当に宇宙の進化に貢献したいと思うなら、(人間に)便宜や見返りがあるかどうかではなく、それが美しいかどうか、高貴であるかどうかなどの芸術性に関心を持つべきである。 (自然環境を破壊すればするほど、今度は人間が破壊される要因をつくる。例えば、人工的にスギを沢山植え過ぎた結果、今度は花粉症に罹るなどである。) 人類の行動を、便利さ(快適さ)を基準に評価するのではなく、美への純粋な喜び、精神性から導くべきである。 (美しい行為かどうかを芸術的に評価すべきである。) 芸術的な必要性を満たすために、純粋な愛と美の中で人間によって創造された全てがまた将来、生命を獲得し、そして、人類の高次の進化のために貢献するだろう。 (これまでの社会は効率化を求めるあまり、人間に機械がとってかわり、今度は人間が機械の奴隷となっている。携帯電話やスマホの依存症で奴隷となっている沢山の人々がいる。) 今日、何千、何万という人間たちが、幼い子供のときからずっと物質的便宜に基づいた活動のみに従事させられているのを見るのは本当に恐ろしいことである。 (すでに漢字がかけなくなり、暗算もできなくなっている。レポートや論文はコピペで済ますなど思考能力を失いつつある。そしてクダラナイクレームだけは人一倍するようになっている。) 彼らは全ての生活において、美しいものや芸術から切り離されている。どんなにみすぼらしい小学校にも最高の芸術作品が掲げられていなければならない。その事が人類の進化にとって無限の祝福となるだろう。 (公園にある石像が裸体で恥ずかしいなどとクレームをつけるアホバカが現代の醜悪な環境を表出している。) 今日、人間は自らの手で、自分の未来を構築しているのである。 今日、絶対的な善も、絶対的な悪もない、という真実をはっきりさせるなら、将来の木星上ではどうなるかについて予測できる。どの人間の中にも善と悪が入り混じっている。善良な人でも自分の中に悪よりも少しばかり多い善をもっているに過ぎないだけで、善ばかりではないことに気づくべきである。 けれども、木星上では、善と悪が混合されることはない。 人類は完全な善人たちと、完全な邪悪の人たちに分かれるだろう。今日育成する美しいもの、高貴なものは木星上では善の強化へと導き、今日のエゴイズムや便利さの追求の結果として生じるものは、将来は悪の強化につながる。 人間は、未来の悪の力に対等に直面できるように、「私」(自我)の内面力を自分のものにする必要がある。全くの「恐れと不安」なしに悪に直面できるように自分を強化するような方法で、意識的に血液を制御できなければならない。 (シュタイナーは、心臓の筋肉が横紋筋なのは、将来随意筋になるためだという。つまり心臓を意識的に動かし、血流を制御できるようになるという。) つまり、血液を内側に向ける力を手にする必要がある。 しかしまた、血液を人体の周辺に向けて流れさせる能力も失うべきではない。 木星意識とは、月意識への回帰を意味することにもなる。人間は偉大な宇宙の法則との調和を取り戻し、カルマの法則と自分が一体であると感じるようになる。 (自業自得を理解すること。) 人間は宇宙の神々と共に流れる力を取り戻すが、月の上で獲得したような夢のような形で、意識するのではない。木星上では、常に、明るい昼の意識と自我の意識、つまり「私」の感覚を保持しながら、宇宙の神々や法則との調和の中で生きる。 そのとき、不調和自体が、カルマの法則により、調和へと解消されるだろう。 そして、宇宙の調和の中へと自我の意識が合流できるために、人類は「私」(自我)の最奥にある力(キリスト意識)が、心臓から輝き出るようになる必要がある。 言い換えれば、人類は、敵に直面したとき、血液を心臓へと導く内面力を、意識的に行えるのと同時に、また意識的に、血液を人体表面へと輝き出せなければならない。 人類が未来の条件に対抗できるのは、心臓をダイヤモンドのように輝かせられるときだけなのである。 内面の発達に向けて努力するには、既に今日、これらの力を徐々に制御し始めていなければならない。 これは意識して息を吸ったり吐いたりすること(呼吸法)を学ぶことにより達成できる。 息を吸い込むとき、宇宙の力に結びつく「私」(自我)の陽の内面力、つまり心臓から人体表面に輝き出る力が活性化される。そして、息を吐き止めるとき、血液は心臓に向かって進み、心臓を確固とした中心にする「私」(自我)の陰の内面力が活性化される。 (阿吽の呼吸の「阿」と「吽」のことで、その形を表現する金剛「ダイヤモンド」力士像は、「阿」形が月意識の恥じらいを克服し、血液を体表に導く表現で、「吽」形が木星意識の恐れと不安を克服し、血液を心臓の中心へと導く表現であることがわかる。) 月意識;「恥ずかしさ」無しに、宇宙と一体となり、「私」(自我)の輝きにより血液を体表へと導く 木星意識;「恐れと不安」無しに、「私」(自我)から血液を確固とした中心の心臓に導く こうして、秘教学徒は、今日でさえ、いま述べた意識的な呼吸の訓練によって、「私」(自我)の制御力を徐々に獲得するのを学ぶ。しかし、まだ教授されてなければ、そのような訓練に熟練者の助けなしに取りかかれると信じるべきではない。 誰でも正しい時が来れば教えを受ける。とはいえ、まだそのような訓練を実践していない人でも、その訓練の目的の理解を深めるのが早すぎるという事は決してない。理解は後になって、その訓練を一層実り多いものにするだろう。 宇宙の中にある霊的で微妙な経過についての理解を益々発達させ、そして、人間の進化計画に沿って来るべき時代へと一歩一歩成長していくべきである。
2015年05月08日
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コメントでご指摘を受けたのを切欠に、7年前の2008年に、あるサイトから転載したシュタイナーの呼吸の講義を今読んでみると、随分とわかりにくい表現のままだったことに気づき、改訂したい。 シュタイナーの聖杯の講義から、聖杯、つまり、霊我(マナス)-生命霊(ブッディ)-霊人(アートマン)の三種の神器を獲得することが、何より人類にとって、来るべき過酷な地球の進化のための修行に必須であることがわかる。 では、続けて、その獲得の方法を大まかに、シュタイナーの講義から拾ってみる。 シュタイナーは、人類の進化全体を霊視して明らかとなる霊魂の偉大な法則と原理(カルマの法則)について、物質界で生じる出来事全てを見渡し、各時代を通して交代で指導力を発揮する偉大な神々について考察している。 大天使(アルヒアンゲロイ)の統治; ガブリエル(1510年~)、ミカエル(1879年~)、オリフィエル また、この神々と対比し、人間の内面を検証することで、霊魂の法則について概略を話す。 秘教探求者は忍耐強く待てる人でなければならない。 日常の感覚界とは異なる、新しい世界がいつか現れることを期待しながら、いつか、自分に 「新しい世界を知覚できるようになる。それができたときには、かつての物質界で知覚していたあらゆる事象の中に、隠れていた多くの神々を見るようになる。」 と悟るのを期待しながら待てないといけない。 この事を理解するには、人間が進化の中で獲得していく、七つの意識の段階について考えないといけない。 これらのうちで、第一(最初)の意識は、鈍くボンヤリとしたレベルの認識だが、人間はこの意識の中で自分を宇宙と一体のものとして感じていた。この意識を「土星」と呼ぶ。 七つの意識の段階; 土星意識、太陽意識、月意識、地球意識、木星意識、金星意識、ウルカヌス(ヴァルカン)意識 土星意識;鈍くボンヤリとしたレベルの意識、深いトランス状態、デルタ波の多い熟睡状態、徐波睡眠の状態 (土星意識とは、深い睡眠のことである。人間はこの深い睡眠状態に入ることで、自然治癒力を発揮する。だから、病気になったときには、この深い睡眠状態に誘導することが重要になる。しかし下手すると、白昼夢を見ながら歩きまわる羽目に陥る。) 土星意識の次の太陽意識は狭い範囲に制限されたが、土星意識よりは明るくなった。 太陽意識;狭い範囲だが明るい(知的)レベルの認識、浅いトランス状態、徐波睡眠を除いたノンレム睡眠 更に人間が月意識を獲得した名残りとして、睡眠中の夢の中でみる像を体験するようになった。 月意識;睡眠中の夢のなかでみる像の認識、レム睡眠 現在、地球上で、人類は明るい昼の意識を獲得している。この意識は、次の木星上で、再び月の像の意識を違った形で再現し、ただし、そのときには昼の意識で明るく照らされた像の意識で、その木星意識を発達させるときにも、かつての月紀とは違い、自我の意識を保ったまま進化する。 地球意識;明るい昼の覚醒した認識 木星意識;明るく照らされた像の認識、イマジネーション(マナス;霊視力)意識 人類は更に2つの意識の段階、つまり、インスピレーション(霊聴力)意識とインテュイション(霊人;神通力;天地合一;神人一体)意識へと順次上昇して行くことになる。 なので、明るい昼の意識はかつての月意識と木星の照らされた像の意識との中間状態に位置する。 金星意識;インスピレーション(ブッディ;霊聴力)意識 ウルカヌス(ヴァルカン)意識;インテュイション(アートマ;霊人;神通力;天地合一;神人一体)意識 秘教学徒は、いつの日か木星意識が、自らに現れるのを待てないといけない。遅かれ早かれ誰でも、この木星意識に到達するだろう。 (これは、各々の人の受容力、その人の内面の準備、精神の鍛錬の程度にかかっている。仏教徒は修行をして精神鍛錬をしている。) 人間は誰でも、内に木星意識の萌芽(マナス)を担っている。未来の意識は、現代人には気づかれないような非常に繊細な一過性の形で現れる。秘教探究は、かなりの程度、自身と周囲に生じる微妙な経過を正しく説明し、学ぶことから成立する。 (人間の心理の経過など。他者が考えていることが手に取るようにわかるなど。端的にいえば共感力である。) かつての月意識もまた完全に消滅するわけではない。その最後の名残りが残り、月意識と新しい木星意識の両方が現代人の中にも霊視できるが、それは現代人の心のなかでは、前者は「恥ずかしさ」の感情の中に、後者は「恐れと不安」の感情の中に発見できる。 月意識;地球意識のなかでの「恥ずかしさ」 (聖書はこのことを、アダムとイブが地上に生まれたときに、裸なのに気づき、「恥ずかしさ」を覚え、裸を隠したと記述している。現代風に要約すると、人間の魂が肉体に宿ったことで、自我が芽生え、自分の肉体をみて、「恥ずかしい」と思ったのである。 それまでは、宇宙と一体という意識や集合意識しかもたなかった。自我がなかったので、裸だという意識がなかったのである。動物は集合意識しかもたないので、裸で平気なのである。月意識では、自我がないから、自分が裸かどうかわからないのである。) 木星意識;地球意識のなかでの「恐れと不安」 血液は「恥ずかしい」という感情から、体の表面や、周辺へと押しやられるが、その感情の中には月意識の最後の名残りが残っている。 逆に、「恐れと不安」という感情の中で、血液は心臓へと向かうが、その中には、木星意識が自らを表現する。現代の自我、つまり起きているときの日常の昼の意識は、これら2つの方向の中間にある。 「恥ずかしさ」;血液の体表への拡張 (恥ずかしいと赤面するのは、血液が顔面の体表に向かうからである。) 「恐れと不安」;血液の心臓への収縮 (恐れと不安のなかで鼓動が高くなるのは、この血液の心臓への流れが増加するからである。) 何かを恥じて赤くなるとき、かつての月意識の思い出の何かを経験している。 例えば、いま月人間を想像する。月人間は、まだ自分のことを「私」とは言えないが、なんらかの集合体の像の意識の中に生き、月人間同士を結び付け、月(当時の地球)全体と調和しているように感じ、月のアストラル(感情)を司る神々の中に安らぎ、まるで母体のなかで癒された音楽を聴きながら完全に眠った状態で生活していた。 (いまでいうところの植物人間の状態。眠り病である。「居眠り先生」という小説が参考になる。) そのような月人間が、ある日突然、 「私は『私』である。私は他の人間とは違う。私は一個の独立した存在であり、私の周囲の存在たちは皆、私を見ている。」 と感じ始めた様子を想像すれば、そのような月人間が感じた「恥ずかしさ」は、月人間の中で圧倒的な力で燃え上がっただろう。 もし、月人間が、そのような未成熟な「私」の感情を経験していたなら、月人間はこの世から消えてしまおうと、恥ずかしさのあまり死んでしまおうとしただろう。我々も「恥ずかしさ」を感じるときには、その場から消えてしまいたい、床の下に入り込みたい、「私」をどこかに消し去ってしまいたいように思うだろう。 (日本人は、この体験はお馴染みだろう。没個性である。この意味で日本人の意識は遅れている。) では、太古の月人間が、いかに周囲の力や存在と調和していたかを思い描いてみる。 例えばもし、敵意を抱いた他の存在が、月人間に近づいてきても、どうしたらよいかなど考える必要もなかった。月人間は本能的に、敵を避ける方法を知っていたからである。 (いまの動物が敵から瞬時に逃げることでわかるだろう。) このような月人間が、もし自我の意識をもっていたら、次のように考えるだろう。 「敵の野生動物が、私を消し去るのを、自然界の神々が赦すはずがない。宇宙の全てが調和するために私は存在し、だから、敵から身を守る手段が必ず存在するのを私は知っている。」 とでも表現できるような方法で行動した。 太古の月人間は、自身が宇宙の神々と完全な調和の中にあると感じていた。 しかし、逆にもし、個人的な「私」という感情が月人間のなかに目覚めたなら、この調和は瞬時に失われただろう。そして、実際、地球上で個人的な「私」の感情が人間に浸透しはじめたとき、月人間と周囲の環境との間に、不調和を次第にもたらすようになっていった。
2015年05月07日
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憲法記念日を過ぎてみて巷が異様に騒がしいので、警告してみたい。冷静に考えればわかるが、この国はブレーキを失おうとしている。 失ってみてはじめて失ったものの価値を知るのは本当の馬鹿である。 古くから伝わる陰陽の思想やキリストが裏切者ユダを十二使徒に加えたのは、あえて反対の立場を取り入れて、更に謙虚に進歩するためであろう。 馬鹿のネトウヨは、日本は平和ボケとのたまうが、あのアホが総理で下手糞な英語で恥晒しをしている現状こそ平和ボケの証拠で、あのアホが総理なのがそもそも平和ボケである。改憲などといっているアホこそが平和ボケなんである。 「戦わずして勝つ」というのが孫子の兵法でも最善の策とされるように、反対の立場を取り入れることで先を読むことが重要なんである。つまり反対の立場とは、自分に足りない部分であり、だからこそ自分に取り入れて、成長すべき課題なんである。 とにかく小器量の連中が政治ゴッコをやる時期はとっくに過ぎている。このままいけば日本は本当に分断されるだけである。 というか、どうも英米に媚び諂い、同じアジアを蔑視する風潮がみられ、日本人の美徳である謙虚さが失われ、日本独自のオリジナリティがなくなっているように思われる。日本人の大和の精神を再度振り返る必要がある。 それも日本人が優秀でもなんでもなく、古くから多くの民族がこの日本の地において侵略され、地獄を味わった経験から、その怨みを芸術などにして、多くの民族が桜のように散り、水に流し、浄化してきたことを再考すべきである。 平和を失うような愚かなことを二度と繰り返すことなかれ。 平和だからこそ、自由な個人の幸福が追求できるのである。平和を当たり前と思ってはいけない。いまある憲法を守ることこそが重要である。守らない奴が何を言おうが耳を貸すことなかれ。 二度と過ちを繰り返さないために、八切史観の家康の話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ 世良田事件 この事件は、徳川幕府崩壊後、初めての反徳川騒動である。徳川家は、明治三十年になって、徳川の由緒正しさ、出自の正当をことさらうたった「松平記」を創作して配布した。 そして村岡素一郎の「史疑徳川家康」が出版されるや、徳川公爵家の権威で内務省警保局によって買い占めや発禁処分にし、この事件にも、ほおかむりの知らぬ顔を決め込んだ。よって今では隠匿され忘却の彼方である。 群馬県、上州新田庄世良田郷というのは、今も「徳川」の地名が残っている、昔は特殊村落である。 権現様(家康)は此処の出身だから前名は世良田二郎三郎を名乗り、代々新田の長史である岩佐家の系図を「お借り上げ」と称して召し上げ、その代わり岩佐家には新田郷の人頭税を取ることを許可した。この新田家は幕末まで続き維新後は男爵となる。 此の地の人間は絶対に農耕をしないので、富裕ではないが「恐れ多くも此の地は神君家康公の生誕の地である」と、家康の御威光によって、近村から上納米を徴収して幕末まで徹底的に搾取してきた歴史がある。 さて、現代でもこうした特殊村落出身の成功者ほど、その出身を隠したがると、いわれる元祖は徳川前公爵家かも知れぬ。 勿論、家康の血統の尾張の継友を毒殺して、その弟の宗春の子供も一人残らず仕末し、すっかり根絶やしにして、三代家光からは朝鮮の血を引く徳川に変貌したせいもあるが、臆面もなく堂々と、「徳川家康は松平蔵人元康の改姓名」とするような徳川神話を作った。 これは、皇室の藩塀たる華族会長の徳川の祖先が、特殊村落出身ではまずいということで、誤魔化しの発表である。故山岡荘八がその現代語訳の大河小説「徳川家康」をそっくりそのままで書いているので、今では松平元康=徳川家康が通説となっている。 さて、明治時代まで近郊の者は世良田郷の人たちに遠慮し「世良田徳川は権現様の由緒ある地」と別扱いしていたのが、徳川公爵が「権現様は松平元康と同一人物で、三河の生まれ」と世良田生まれを否定したのが一般にも広まったから大変である。 「よくもこれまで何百年も徒食していたな」と、積もりつもっていた積年の恨みが爆発して「二千の近在の者が、僅か二十四人しか住んでいない処へ乱暴して仕返しをした」のが、この世良田事件なのでである。 此の事件で、徳川公爵家は見舞いどころか、全く我関せずと頬被りした儘なのが後の差別問題にも大きな影響を与える結果ともなったのである。そこで世良田徳川の者は鬼石やその他近くの部落に応援を求めて竹槍隊を組織しこれが全国水平社運動の始まりとなるのである。 【紹介者・注】 この一事をもってしても、松平元康が徳川家康だとする説は嘘だと いうことが明白である。ここで留意したいことは、特殊部落から出て世間で立身した者はその前身を隠したがるのか、同じ部落出身者を酷く嫌う。現代でも有名な某会社等も、新入社員は興信所で身元調査を徹底的にさせているし、他の同じ部落出身の社長の処も会社側が極度に嫌っている。 『此処で誤解のないよう断っておくが、差別を容認したり助長するのが目的でこの文を書いているのではない。むしろ全く正反対で、謂われ無き差別は、歴史を正しく理解すれば解消される、という立場だという事を強調しておくものである』 徳川家も家光以降は、此の傾向の先駆であって、臭いものには蓋をしたがるゆえ有名な「三河風土記」は沢田源内の偽作であるし、大久保彦左衛門の「三河物語」は初めのものと大きく変わって、これも家康神話に迎合して彦左衛門の子孫が加筆した偽作である。 何しろ「人間の一生は重荷を背負って・・・」の遺訓が、明治になって勝海舟らの旧幕臣らによって偽造された。が、これは「そんなことは嘘だ」と尾張徳川家ではバラしている。海舟にすれば、幕臣なのに、自分はいち早く徳川を見限り、新政府に巧く取り入った罪滅ぼしか、徳川家のための最後のご奉公だったのだろう。 徳川家は小田原合戦後、それまでの三河遠江駿河を取り上げられ、関東に移ったが家康は世良田徳川の出身だから、同族である関東の地侍もみんな召し抱えた。領地が三倍に増え人手不足もあったろう。 尾張の三河は、一向宗一揆の名目にはなっているが、国中が家康を目の敵にしたから、家康は生涯で半月も岡崎城には居らず、いつも浜松城にいた。だから、「三河譜代」と言うが、家康が召し抱えたのは関東の三河島衆のことで彼らを片っ端から旗本として召し抱えたのが本当のところである。 「野史辞典」に、尾張三河の旗本は一家のみと出ているのはこのためで、旗本八万騎とは全部が三河島の地侍である。だが現地採用の彼らに箔をつけるため尾張三河出身と変えたのか、講談で誤られたか、広められて武鑑すらも間違えている。三河岡崎が家康の出身地なら、徳川家の直轄にする筈だし、家臣の水野五万石にするはずはない。 水平社運動 大正十二年の関東大震災前後から、日本全国の特殊部落の人々が、ただ恰好だけに過ぎない、明治四年に発令された「エタ非人称号廃止令」は返上し、昔のように自分たちの限定職業を戻して欲しいと各地で集まったのが、この運動である。 明治維新後、近代国家建設を目指した薩長政府は、国民に税金を課すことになり、新しく戸籍を作ることになった。これを明治壬申戸籍という。 江戸時代までは百姓は寺人別帳、町人は町人別帳として、それぞれの人口把握はなされていた。しかし、これらの何れにも属さない限定地に住む日本原住民の数は把握されておらず、この当時、お上は数十万人と軽視していた。所がそれは家長のみの数で、大正時代にはいると自らエタと誇らしげに叫ぶ原住民でさえ三百万。 まだ身元を隠して都会などに流入している潜在人口を推定すると二千万に近いことが判明した。そこで叛乱を恐れた政府は慌てて「大和同志会」なるものを官費で各地に作って懐柔策に出た。この時出獄してきた松本治一郎が水平社を作り、小学校での差別や各企業での故なき解雇に対して、むしろ旗をたてて、人間は平等なり、の戦いを開始した。 これが日本労働運動の嚆矢である。こうなると政府としては「大和民族は単一民族なり」とする看板に傷が付くのを怖れ、時の山本権兵衛内閣は己も同系の出身なのにも係わらず、国家機密費をもって、金で動く右翼を作り、それによって水平社退治を全国的に官憲の応援のもとでやらせた。 「水平社運動史」の血生臭い各頁を見れば出ているが、縄文時代さながらに、竹槍で対抗する水平社の闘志に対し、日本刀や散弾銃、時には軍隊払下げ銃の右翼各団体が、一部落つぶせば何百万円の懸賞で襲撃した。 当時奈良から岡山にかけては、殺されるのを恐れて部落民が各地区から次々と逃亡が続出した。妙な話だが、博徒系の右翼団体は歴っきとした日本原住民なのである。 それか゛大正時代になってもまだ「夷をもって夷を制する」と藤原時代そのままで、金でつって戦わせたものらしいが、全く金が義理のこらえ性のない奴隷根性の民族性である。 (この奴隷根性はいまでも同じ。強者に媚び諂い、弱者を虐げる。) 勿論協力しなければ弾圧されるので泣く泣く右翼の連中は命令に従ったのだと「酒井栄蔵回顧録」には出ていて仕方がなかったらしい。昭和56年3月。NHKで当時の生き残りの水平社の人々の回顧放送があったが、苗字にみんな石とか伊の字が付いていて、当人は知らずだろうが、壬申戸籍で新しく部落の者にも苗字を付ける際、多くはその出身地名をつけたがその他は「夷」の当て字変えをしたからである。 終わり 引用参考文献・八切止夫著「天の古代史研究」、「謎の徳川家康」、幕末確定史資料大成・宮武外骨著「明治密偵史」日本歴史資料集大成明治史学会雑誌、松平記、徳川合戦史資料集大成 ★ ★ ★ いかに家康が通史とは異なる人物だったかがわかる。同じ仲間を裏切って自分だけ良い思いをしようという成り上がりの利己主義と、大和の精神とを巧くつなげることが日本人の課題である。
2015年05月04日
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前回の続き。 ★ ★ ★ 世良田二郎三郎のこと 現在徳川物で広く流布されているのは、山岡荘八の「徳川家康」ですが、これの底本と言うか、下敷きになっているのは「松平記」です。これが問題なのです。政権が変わると前体制の悪政を暴露するのが通常です。家康も豊臣の生き残りを九州へ送り(豊臣松園)といった特別部落名さえ今も残ってます。 だから徳川慶喜は「明治の世代わりになっても、徳川期のことや、家康が部落出身だったことは絶対に蓋隠すること」を条件に、金のない新政府に三回にわたって献金した。 さて、明治になって新政府は徳川慶喜に対し「汝その祖崇の地へ戻るべし」と駿府七十万石に戻され、やがて公爵になり、華族会の会長になる。「華族は皇室の藩屏となす」との明治大帝の勅によって明治十六年七月七日から徳川はまた権勢を回復してしまう。 それまで徳川時代の真相を暴露しておけば良かったが、何しろ新政府は学のない軽輩ばかりで天下を取った喜びで酒食に溺れ、明治七年の佐賀の乱からは治安維持に追われていた。現代でも政権党になれば、地元に国家予算を分捕り、利権に預かる政治屋が多いのは慨知のことで、この国は明治以来政治体制はちっとも進歩していません。 閑話休題。 だから徳川時代の事を調べ直す暇もなく神祇省廃止で当時の歴史家に当たる国学者も追放され関知出来ずでした。長州御傭い学者リースが、日本での博士号設定の時、学士会が設立され、これに権威を持たせるため華族会の下に入れ、その指示を受けるようになった。 だから筑摩書房の「明治史論書」にも入っている村岡素一郎の「史疑徳川家康事蹟」が明治三十五年に徳富蘇峰の民友社より刊行されるや狼狽し、宮内省華族会によって買い占めて絶版となった。だがこの本も大変な労作だが「三河後風土記」よりの引用が多すぎる。 しかもこれは贋本、贋系図造りの名人、元禄時代の沢田源内のもので、「松平記」も源内作だからこれを根本史料とした山岡荘八の「徳川家康」はまるで実像が違います。さて前段が長くなりました。本題に入ります。 世良田二郎三郎が徳川家康なのです。 「本多元孝譜」に「永禄四年十一月一日には元康の御名で手紙類を出されていたが、翌五年八月二十一日よりの送信や文書からは家康と改められた」と、当時の秘書役に当たる「物書き方」だった当人がはっきり書き残しているし、これは徳川家公認の指出系図を集めたものだから「まだ徳川初期の寛永年間にあっては、上州新田郡世良田村の二郎三郎という者が、神君東照権現にならせ給うまで、初めは元康と名のられたが、直ぐ翌年夏からは松平家康。次ぎに上下とも変えて徳川家康とならせられた」というのは公認されていた事実のようである。 この徳川という姓は、上州新田別所出身の新田義貞の生き残りの一族が、世良田、新田、日光、徳川と分かれ、元禄年間より本家は、新田を蔭姓として岩松と変わったが、代々、徳川家へ系図を貸してやり、手当を貰っていたが、幕末、皮肉なことに徳川家が倒れると今度は本家の岩松満次郎が先祖の功により「新田男爵」となった。 また、元禄年間以降に編まれた徳川家の歴史では「松平清康ー広忠ー元康」となっているが、岡崎の大樹寺に葬られている広忠には「瑞雲殿広政道幹大居士」となっていて慶長十六年の寺の過去帳では、広忠の供養のため建立された寺だから「大樹院殿大居士」となっている。 一人の松平広忠に二つの法号は変だが、同じ岡崎の松広寺にも広忠の墓があって、そこでは「成烈院大林寺居士」とあるし、その他にも「滋光院大林居士」の法号もある。 一人の死者に狭い岡崎の内で四つも戒名が有ると言うことは複雑すぎる。これは松平元康が徳川家康になったという元禄以降の仮説をもっともらしくするためには、「元康の墓や戒名が在ってはいけないから、四つの戒名を一つにして広忠にしてしまった」のだろう。 これでも家康と松平元康は別人だということが判る。つまり本物の元康は家康の前身とされてしまったばかりに、戒名も墓も判らなくさせられている。 俗史では家康が三河へ入ると一向一揆がおきて、三河武者の大半がそれに荷担して家康に反抗したとなっているが、この真相も、「他所者を追い払おうとした当時のレジスタンス」であろう。 何しろ家康になってからの二郎三郎は松平一族の長老の松平蔵人信孝を明大寺村で殺し、鵜殿康孝も殺し、松平好景も明丹宮で殺し、松平一族は殆ど全滅させている。そして全然無縁の連中に改めて松平姓を付けて糊塗したり、やがて本物の元康の子の「岡崎三郎信康」が成人すると、これに三河一国を返すのが惜しくなり、武田へ通謀ということにして、うるさい築山御前と共に始末している。 俗史では、信長が、我が子に比べ三郎信康が利口なのをやっかんで、家康に命じて殺させたと言うが、本当の妻子だったら家康も殺すはずがないし、信長もそんな命令など出す訳がない。 (俗史の通りだとしたら、嫡子を殺されて黙っている家康がおかしいし、家康は信長の直属の部下でもないのに、親の手で殺させる命令を出せるわけがないし、出せたとしたら、信長に謀反を起こすのが筋である。) この岡崎三郎は信長の猶子、つまり養子身分になって、信の字を名に付けて貰ってる位だから、これを信長か殺せと言う訳がない。 天正二年に家康は鍛冶屋の服部平太の娘”あい”に作らせた長子秀康が、天正七年には後、二代将軍となる秀忠も生まれた。もうこうなると、信康やその母の築山御前は邪魔だから、産後のひだちが良好で自分の子達がよく育つとみきわめがつくや、親子とも始末した。勿論色々と体裁を作って誤魔化したろうが、これが信長に知れる。 と言うのは一介の土民から身を起こし、世良田二郎三郎と名のっても、尾張の名門の出の信長と違い基盤となる領地がない二郎三郎は三河に目を付け、松平元康が死んだ後、後見人と言えば恰好がいいが、本人になりすましたのである。どうも、奇計を持って元康を殺したらしい。これは外国の推理小説に良くあるパターンである。 現在家康モノを経営の手本とする本が出回っているが、この実像の家康を企業経営の手本としては”殺しの経営戦略”となってしまう。そして後に、松平蔵人元康として清洲城で信長と盟約を結んだ。この時人質として信長に取られていた本物の元康の子三郎信康を取り返し、三河と尾張が手を結ぶ一種の平和同盟である。 そして取り決めの誓紙二通に松平元康として署名捺印する。これはまさしく欺瞞、詐欺である。今で言えば私文書偽造だし、他人名義を詐称しての取り決めなどなんの効力も発生しないのは、当時であれ決まりである。これがばれたら信長に殺されるのは明白である。だから以後、信長の言うことを良く聞き、守ったのである。 こうした後ろ暗い負い目があるから、戦国時代には珍しく堅い同盟が続いたのである。だが「永禄四年に取り交わした誓紙の松平元康名が詐称だった」ことがばれそうになった。そこで慌てた家康は、五千両を持って天正十年五月十五日に、安土城へ命乞いにいった。 半額だけ受け取ってもらえてその場は納まったが、家康が京へ行くと五月二十九日に信長は小姓三十騎を連れ、突如として上洛してきた。家康は慌てて船便を求めてその日堺へ逃げた。しかし堺取締の信長の家臣松井友閑は一隻の船も自由にさせず、家康一行を軟禁した。 六月二日本能寺の変が起きた。そこで「フロイス日本史」では「三河の王(家康)を討たんとして信長は兵を集めた。しかし集まった者は裏切って、信長は髪毛一本残さず吹っとばされた」とある伊賀山中を越え、必死もっしの難行苦行で逃げ戻った家康は、直ぐ大軍を出して愛知県の鳴海に本陣、前衛を津島まで出した。 しかし秀吉が十三日ライバル光秀を山崎円明寺川で全滅させてしまった。ところが家康はその五日後に至るまで鳴海で頑張っていた。 勝った者向かいといった勝ち抜き戦の有様なので、この時家康は秀吉を討ちたかったらしい。 しかし情報網を張り巡らしていた秀吉に信長殺しは家康の差し金という弱点をつかまれていたので、やむなく二十日に陣払いして戻っている。そして、他へ知られたくない急所を握られていたばっかりに、秀吉の在世中は諾々とその命令下にあったらしい。 なにしろ用心深い秀吉は、三河衆の筆頭石川数正を引きぬきして、いざという場合に備え生き証人にしていた。その他にも岡崎三郎の長女の夫小笠原兵部少輔秀政と次女の夫本多美濃守忠政の二人も秀吉の臣となってしまったので、これでは家康としては「信康殺し、信長殺し」と続けてボロが出てしまうので、鳴くまで待とうホトトギスと、時節到来まで辛抱していたのだろう。 だから秀吉が死ぬと直ぐ、大阪城を焼いて天下を取った。そしてその間に信長殺しをさせた斉藤内蔵介の娘阿福が他へ嫁し四人まで子があるのに、これを伏見に引きとって子をしこませ、やがて産まれた子と共に江戸の秀忠のもとに送り込んだ。 家康としては、信長の異母妹於市の産んだ達子の子国松には、織田の血脈が流れているから「あれに徳川の家を継がせるなど、もってのほかである」と於福(後の春日局)に産ませた子の竹千代(後の家光)をもって三代将軍家光とした。 秀忠も老いた父の家康から信康殺し、そのためやむを得なかった信長殺しの顛末を聞かされると「徳川家の恩人斉藤内蔵介の娘の子」つまり異母弟にあたる家光が二十歳になるのを待って直ちに将軍職を譲ってしまった。家康は己の晩年の子の家光を三代将軍に決めて駿府へ戻ると安心したのか翌年に大往生をとげた。 しかし三河の人間でないから駿府の久能山へ葬るよう遺言した。所が家光は「自分を将軍にしてくれた父家康の恩に報いるため」まず織田家の血を引く名目上の弟の駿河大納言忠長を上州高崎で殺させ、その母の達子は押し込め同然にした。 ついで家光は世良田村の奥に日光別所があるのに目をつけ、ここへ今も現存する日光東照宮を建てた。戒名も墓も判らぬ松平元康に比べると、二郎三郎家康は幸せである。 ★ ★ ★ 次回に続く。
2015年05月01日
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前回はとんだ道草を食ってしまったが、八切史観の家康の話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ 【家康二人説】(3) <<武田信玄は家康の正体を知っていた>> 上州。ここは当時、榛名山麓箕輪城長野信濃守の勢力範囲で、厩橋城の長野左衛門が世良田辺りは押さえていた。処が天文二十年の大洪水で、それまで北を流れていた利根川が今日のごとく前橋の西へ変わったから、関東管領として上州平井城にあった上杉憲政がこれまでの天険の防ぎを失い、やむなく越後の長尾景虎の許へ逃げ込んだ。 そこで上杉の姓と管領の肩書きを譲られた景虎(後の謙信、謙信という名は江戸期に名付けられたそうである。)が、関白近衛前嗣卿を伴って上州へ攻め込み厩橋城を占領。そこを近衛卿の城として、関東制覇のため小田原攻めを敢行した。 永禄四年九月十日が川中島合戦になるのだが、謙信は小田原攻略に失敗したので、近衛卿が帰洛した後は、北条(きたじょう)高広が景虎の命令で厩橋城の城代をしていた。が、永禄六年十一月になると、武田信玄がこの城を力攻めで奪った。 そこで上杉方も放っておけず取り返した。三年たった永禄九年に、箕輪城を落とした信玄は又も厩橋城を奪った。そして今川義元亡き後の駿遠二カ国もついでに己が領国となさんと信玄は企てた。 信玄は本願寺裏方の姉三条氏を妻にしている立場を利用して、当時一向宗と呼ばれた石山派の僧たちを、住民宣撫工作に招いた。元亀二年の織田信長の比叡山焼討ち後は、英俊、亮信、豪盛と呼ばれる延暦寺の名うての僧たちも、焦土と化した山を下って、信玄の庇護を求めてきた。 そこで信玄は彼らを<宣撫工作班>として信州、上州の各地に派遣し寺を建てて近隣の住民を集め「信仰は御仏、領主は武田」といった説教をして聴かせた。この武田の進出に怖れをなしたのは徳川家康である。 自己防衛のため織田信長と攻守同盟を結び、元亀元年十月には「上杉家文書」「歴代古案」によれば、越後の景虎の許へ音物(金目の贈り物)をなして、同盟を結び信玄に対抗した。しかしそれでも武田の仏教宣撫班が、「武田の権僧正鬼より怖い、どどっと来たって、どどっと斬る」といった触れ唄を御詠歌調で口から口へ流すのには閉口した。 (通史では、景虎への贈り物は信長となっているが、家康のようである。信玄と信長はそれほど仲が悪くない。というのも、信長の野望は、仏教勢力の中枢の朝廷を倒し、神道の部落民を解放する天下統一にあるからである。) 何しろ幕末まで、この地口は伝わり、「甲斐の吃安、鬼より怖い。どどっと吃れば人を斬る」と転用される程だから、その当時にあっても、権僧正の位をもつ武田信玄の威名は鳴り響いていたのだろう。そこで家康は、今は仏法僧で名高い愛知県挙母鳳来寺の猿女と呼ばれる者たちの居る薬師寺に対抗策を講じるように求めた。 現代で謂う”宣伝合戦”である。そこで「家康こそ何を隠そう、鳳来寺薬師寺十二神將の一体の生まれ変わりである」と説いて回った。後には関ヶ原合戦で薬師寺系の大名を皆寝返りさせた程の実力のある全国的な組織ゆえ、「かしこまって候」と、鳳来寺から各地の医王山へ司令が飛び、それぞれの修験者達が家康のために武田に対抗した。 【紹介者・注】 武田の一向宗、つまり後の浄土宗や真宗の本願寺派は、西方極楽浄土を説くのに対して、薬師寺医王派というのは、白衣を纏い、正反対の東方瑠璃光如来、を教える東光派である。教義がまるで逆で、墨染めの衣を纏って読経する、修験、修法を旨とする白衣派であり、「武田一派の本願寺派を折伏せん」と各地から動員されたものである。 こうして双方が宣伝合戦をしている内に、信玄は妻の義弟本願寺光佐の合力でまたぞろ出兵してきた。越中、越前、加賀の一向宗の勢力をもつて、越後の上杉景虎を防ぎ後顧の憂いをなくしたからで、やがて美濃岩村城を落とした信玄は遠州二股の城も降し、二万五千の兵は家康の浜松城めがけて殺到してきた。 家康は十二月二十二日、夜明けと共に、三河岡崎勢を前発させ、遠江勢を己の旗本として全軍を率いて浜松城を出ると、秋葉街道を南下してくる武田勢に向かった。が、あまりの大軍に驚き取って返し、籠城の支度をした。武田勢は姫街道の西へ出て追分けで北方へと隊列を変えた。 家康を討つ胆なら、眼前の浜松城を攻撃すべきなのに、信玄はそうはせず、全く無視して三河岡崎城へ向かおうとしていた。 さて、現在のように徳川史観そのままの「松平竹千代が成人して松平蔵人元康になり、それが姓も名もやがて徳川家康に 改名した」といった伝説を鵜呑みにしていては判らない話しだが、当時の武田信玄は、松平蔵人が誤って森山で斬殺されたのを奇貨として、後家の築山御前めに近よってその倅の岡崎三郎信康めを籠絡、家康はまんまと(松平蔵人の)替玉を勤めている。が、今や当初の約束は守らず、成人した信康に三河を返すどころか横領せんと企てている。 よって戦のたびに最前線に出され、損害の多い松平譜代の石川数正らは堪まりかねている。故に、三河を攻めて彼ら旧松平の者らを解放することこそ、街道制覇の焦眉の急であると(信玄は)全軍を向けんとしていたのである。 さて、前記したが、もともと三河は一向宗の地盤である。だから、不慮の死で急逝した松平蔵人元康の身代わりとなって、世良田二郎三郎(家康)が岡崎へ入って来た時、薬師寺派の彼に激しく抵抗した。やむなく家康はその与党を率いて、一向宗徒と提携した三河松平党の征伐をした。 しかしとても完全に征圧できぬと知ると、家康は引馬城を増築して浜松城とし、さっさと岡崎を引払ってそちらへ移り住んだ儘である。そしてその後はあまり三河へは寄りついていない。 だから三河の土民や地侍達は、「三河解放」を豪語して信玄が乗り込めば、残存一向宗の者らと共に歓迎し、瞬時にして武田方へ靡くのは目に見えていた。だから、名を取るより実をとれと信玄は、目の前の浜松城をまるっきり無視し、この時三河へ向かうとしていたのである。 そこで、閉じ籠もっていた家康も、この浜松城へ攻め込まれんで助かったと、ほっとするよりも、三河へ入り込まれ住民を煽動されたら大変であると周章狼狽。すでに日没になっていたが「追い討ちをかけい」と城門を開かせた。 「三河物語」の中で、大久保彦左衛門は、 「家康公は浜松城から十二キロの余も撃って出て武田勢を追いかけた。もっと真暗になってから奇襲を掛けたら、勝利を得たかも知れないが、三河へ行かれるのを恐れてはやりすぎたので、薄暮の中で捕捉され失敗したのだ」 と説明している。 つまり、この三方が原合戦で、家康は完膚なきまでに敗れ、また浜松城へ逃げ込んでしまい、勝ち誇った信玄は三河の大野へ出られる細江まで一気に進出した。しかし、信玄は瀬戸城に入って越年し、雄図空しくここで病没してしまう。 【紹介者・注】 信玄は一向宗の僧達を自在に使い、己の宣伝をすると同時に、他国(駿河、遠江、三河、尾張など街道沿いの諸国)にも一向宗の勢力はあるので情報収集もしていた。だから家康が元康の替え玉だ、ということも判っていて、己の兵力温存の意味からも、浜松城を力攻めせず、こうした合理的作戦を採ったのだろう。 「加越闘争記」巻一の始めの書き出しにも、はっきりと、「是則ち、仏法は大魔にして、武士の怨敵なり」とでているぐらいで、元亀天正の頃は、徴税つまり年貢を取り課役を言いつける施政権の奪い合いで、仏教徒と非仏教徒の武士は不倶戴天の仇敵同志だったのである。だから、この時代を宗教闘争、民族闘争として捉えれば理解できる。 【紹介者・補記】 さて、八切史観で家康、松平元康を解明すれば以上の様になります。従って松平の血脈は信康(竹千代)で断たれ、松平一族は悉く殺されています。 そして、松平の「姓」は徳川に従うという意味から”属”とされ、大名にもこの姓を与えている。 武鑑を見れば、九州の島津も、東北の会津も松平姓で、この姓は多い。だから、徳川秀忠と御台所(江与の方・信長の異母妹、於市の末娘で信長の姪御に当たる)の間に生まれた国松(駿河大納言忠長)には、織田の血が流れているというので、徳川姓は名乗らせず正式には”松平忠長”である。 「右は神君大御所駿府御城御安座之砌、二世将軍秀忠公御台所江被進候御書拝写之 忝可奉拝誦之者也秀忠公御嫡男 竹千代君 御腹 春日局 三世将軍家光公也 左大臣同 御次男 国松君 御腹 御台所 駿河大納言忠長公也 従二位」 とあるこの確定史料は現在内閣図書館に秘蔵されている<内閣蔵本>の<慶長十九年二月二十五日付、神君家康公御遺文>というのがある。 これは明治四十四年刊の国書刊行会のものに<当代記><駿府記>といった、徳川史料のものと並んで活字本で収録されている。これによると、生母が春日局と御台所との相違をはっきり出している。が、父の方は、忠長の方は明白に御二男としてあるが、家光の方は御長男、とせずに、御嫡男の文字を当てている。 現代では”嫡出”といった用語もあるが、この時代は”猶子”といった名前だけの養子であっても、これが跡目と決まると、<嫡出>とか<嫡子>とか書かれたものであって、一男とか長子という文字が無い限りは、その長男とは認められないことになっている。 これは当時の<陰涼軒日録>や<御湯殿之日記>にも、「嫡男とは長男とは違い、他から入って嫡男となり、そこの倅共と争う事など」と残されている。さて、家康~秀忠~家光~家綱~綱吉と続く徳川家であるが、 八切史観では秀忠は鍛冶屋の平太の娘、おあいの子(後の西郷の局)で、家康直系。家光も於福(春日局)に産ませた家康の子で、秀忠とは異母兄弟である。 この春日局は本能寺で信長を襲った一万三千の軍勢を率いた斉藤内蔵介の娘なのである。 当時於福は稲葉八左衛門の妻で四人の子持ちであった彼女を探しだし、夫の稲葉には五千石の扶持(手切れ金)を与え、夫婦の縁を切らせた。これを伏見城に連れてきて仕込んだ子が家光その人なのである。 しかし、知らぬは本人なりで、家康は家光を自分の種だと思いこんでいたが、本当の父親は天海僧正らしい。これは「八切裏がえ史」や「徳川家康」「家康は世良田徳川の生まれ」の本に詳細。 (天海は、明智光秀の子光慶という説があり、それが本当だと、信長殺しを光秀のせいにした報いで徳川政権を光秀の子に乗っ取られたことになる。因果応報という他ない。) 【紹介者・注】 何故に於福の産んだ子に徳川家を継がせたかの謎も、これ全て「信長殺し」に起因する。徳川史料を鵜呑みにして家光を秀忠の子とすると、何も判らないが、徳川家では家光を秀忠の子としないことには、まずかった理由は、家光及びその子の家綱、弟の綱吉の三代にわたって、神徒系の徳川家が全く仏教系に変貌してしまい、<神仏混淆>と言う時代に変遷してゆく為の糊塗策とも見られる。 (済州島出身の母をもつ綱吉のときに、完全に渡来仏教系となる。生類憐みの令は神徒系弾圧のために行われたという。) 【引用参考文献】八切止夫著「徳川家康」「家康は世良田徳川の出身だった」「元禄太平記」「徳川家康は二人だった」 駿府政事録・大日本国駿州城府分時鐘銘・駿河誌・武徳編年集成・城塁記事 ★ ★ ★ このような歴史をみると、現在も米国の属国であることがよくわかる。古くは中国大陸の属国だったのが、米国に代わっただけで、いつの時代も民が虐げられてきた。次回に続く。
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