全31件 (31件中 1-31件目)
1
さあ、『人格形成』は分かったから、もっと具体的な話を!!と思われている人も多いかと思います。(まぁ、ちゃんと読んでくれている人がいれば、ですが、、、)まず中3生しか教えない「なまけた塾」の呼び声高い我が「ゴマ塾」では、数学を大きく4つのパートに分けます。1:計算パート2:図形パート3:関数パート4:確率パートで、入塾希望者面談で苦手科目を聞いたときに「数学が苦手」と言った生徒に対しては、さらにこの4パートの中から、「一番戦える気がするパート」と「一番戦えない気がしているパート」を聞きだします。あとは、授業で実際各パートをどれくらいの基礎から教えるべきかを探ります。で、必要であれば、小学校の学習内容までさかのぼって授業をします。しかし、この4パートの中でも最もしっかり特訓しなければならないのは、計算パートです。ここがしっかりできないと、図形も関数も確立も解く事ができません。そこで私が数学の授業をしていて、最近の中学生の皆さんが苦手としていることが多い単元を紹介しておきます。今後の学習の参考にしてください。まずは小学校の内容から、【分数の計算】特に、「分数の足し算引き算」と「分数の掛け算割り算」の違いが頭の中でゴッチャになっている人が多いですよ!これはある意味「通分」と「約分」の違いが理解できていないということもできるでしょう。それと、分数の割り算を、掛け算の式に直して計算することも苦手な人が多いです。[÷]の後ろにある分数を、逆数にして掛け算に持ち込むってヤツです。【小数の計算】これも苦手な人が多いです。まずはしっかり足し算・引き算ができるように!勿論、掛け算・割り算もできないといけないのですが、『《ある正の整数》に1より小さい数を書けると、その元の《ある正の整数》より小さい数になる』といった概念が無い人も多いです。この概念というか感覚は結構重要です。【分数と小数の計算】これに至ると更に怪しい生徒さんが多いです。特に小数を分数に変える技術を早く身につけることが大切ですね!、、、ついでに整数を分数に変える技術もしっかり把握しておきたいところです。まずはこの3つの単元ができるようになると、数学は勿論のこと、理科の計算問題の正解率が跳ね上がることも多いです。また、この3つをしっかり克服した後で、文章問題にじっくり取り組むのもお勧めです。結構、《時間・距離・速度の問題》《割引価格・定価をつける問題》《食塩水等の濃度の問題》などがスラスラできたりもします。文章問題の克服に取り掛かるときは、いきなり「答え」を求めようとするのではなく、まずはしっかり『式をたてる』ことを目標とします。慣れないうちは、1つの式を考えるだけで30分とか1時間とかかかる場合があるかもしれませんが、焦らず、腐らず、しっかり考えてください!その「う~ん、、」って考えている時間が、その「あ~でもない、こ~でもない」と考えている時間があなたの成績を必ず上げてくれます。その考えている時間があなたの脳(厳密にいうと数学脳)を鍛えてくれているのです。まぁ、文章問題に踏み込むかどうかよりも、はやりまずは小学校の学習内容をしっかり把握するための学習時間を確保してください。この作業はできれば、中学2年の冬~春休みの間にしっかり済ませておきたいところです。
2010.10.31
コメント(0)
勉強を通して『人格形成』、、、というと、「そんなことしている間がない」といわれることがあります。何も特別な時間を用意する必要なんてないのです。【授業中に】おこなうのです。以前にも申し上げましたが、【先生は授業が命】なのです。よく【授業以外の何か】で、何とかしようとする先生がいますが、それはまた逆効果です。うどん屋はうどんの味が命!蕎麦屋は蕎麦の味が命!ラーメン屋はラーメンの味が命!先生は授業が命です!!まずは何をさておいても授業を充実させる、授業で勝負をする!授業は知識も大事ですが、突き詰めれば、その先生の人間性が最重要となります。まずは生き方が「先生」と呼ばれるにふさわしいこと!これは何も完全無欠である必要はありません。そんな人間はいないですし、、、もっと泥臭いリアルな人間像でいいのです。喜怒哀楽が当然のようにあり、それでもなお『人間として正しい方向に向かおうとする』姿勢をもち続ければいのです。しかしこういうと、よく生徒に信頼されるために何かの行動を起す先生がいます。それも本末転倒です。その人の人間性は、みせかけだけのポーズなのか、または本心から正しい方向に向かおうとしているのかは生徒は鋭く見抜きます!その人間性を感じられない人間が先生という立場になってしまい、きれいごとばかり並べても生徒は納得しません。先生方!授業で勝負をしましょう。人間性で立ち向かいましょう。私の尊敬する方がよく言われる言葉があります。「誠実」と「真心」です。口でいくら立派なことを言っても、所詮その人の評価はその人の「日頃の振る舞い」で決まっているのです。それに自信が無い人間が、口でなんとか自分の素晴らしさをアピールしようとするから、前回申し上げたような、情けない大人が増殖するのです。先生方よ!保護者の皆さんよ!全ての大人たちよ!我々の『人間としての正しい生き様』を子供たちに見せつけようではありませんか!!子供たちが「あんな大人になりたい」と思える大人が少ないのは、子供達の不幸以外の何物でもありません。
2010.10.30
コメント(0)
「勉強すること」とは「生き方を学ぶこと」だと、つくづく感じますそれを学ばないで、勉強だけを追いかけている人や追いかけてきた人は、かなり多いような気がします。そんな人が、公務員だったり、公益性の高い団体職員だったり、議員だったり、教職に就いていたりするから、この国はダメな方向に向かっているのです。例を挙げれば、、、私の周りにも呆れるくらい多いのが「自分の理論だけ優先」するタイプの人間、、、もう、うんざりです。「自分をよく思わせる」「自分の評価を上げる」「自分に好感をもたせる」「自分がどれだけ素晴らしい人物かをアピールする」、、、とにかく【自分のため】に今まで学んできた全てに知識を総動員して生きている人間が多いです。そういった連中は『語るに落ちる』という言葉を知らないのでしょうかねぇ、、、例えば、会う度に「忙しい、忙しい」をアピールする人間。「お前が忙しかろうが何だろが、こっちは全く興味がない!ちゅうねん!!」「お前が忙しいかどうかは、こっちが見て判断するっちゅうねん!」ですわ。例えば、会う度に「自分がどれくらい立派な仕事をしているか」をアピールする人間。「お前が立派かどうかは、こっちが見て判断するわ!言葉でアピールせなアカン段階では、そんなにたいしたことしてないっちゅうのがなんで分からんのや!!」「お前が立派かどうかは、こっちが見て判断するっちゅうねん!」ですわ。例えば、会う度に他人を非難する人間。「その場にいない第三者を非難することで『自分がいかに正しいか』『自分がいかに深く物事を洞察しているか』をアピールするのは、逆効果でかえってお前の人間としての評価が下がることに何で気付かへんのや!!」「お前が正しいかどうかは、こっちが見て判断するっちゅうねん!」ですわ。例えば、その人の専門分野について、テレビや雑誌等で得ただけの表面的な知識をひけらかす人間。私の場合では《教育》《英語》《バイク》に関して、表面的知識だけでかかってくる人間。「はぁ~そうですか、、、って聞いてるのは、感心してるんじゃなくて、知識レベルが低くて相手にできないだけやっちゅうねん」ですわ。これは傲慢な言い方に聞こえるかも知れませんが、そうではないのです。私の場合も自分の専門分野のことに関してそんなに詳しくない人から、率直な意見や疑問を投げかけていただいて、多くのことを学ばせてもたってきました。しかし、そうではない、表面的なある意味薄い知識で、私をやりこめようとするような連中に対して言っているのです。例えば、会う度に「寝てないんです」「寝てないんです」と睡眠不足をアピールする人間。「俺に話しかけてる間があったら、早よ家帰って寝ろっちゅうねん」ですわ。例えば、会う度に「しんどいんです」「○○が痛むんです」と体調不良をアピールする人間。「早よ医者いけっちゅうねん」ですわ。、、、これらの人間の特徴は『自分目線の思考能力しかない』という点です。私は、中学生に授業を通して、勉強することを通して、これらのような『自分目線の思考能力しかない』ような人間にならないようになる重要性を伝えるように心がけています。勉強で自分の苦手単元を克服することは『自分のいい面は勿論のこと、悪い面にも目を背けないで見つめる。そしてそれを克服する』ことなのです。その体験を繰り返すことで、『自分を冷静に見つめる目線』しいては『他人の目線から自分を見つめること』が可能になります。人間は若いうちに、勉強と向き合うことで、人としての『在り方』を学ぶ必要があるのです。人間はある程度の年齢になっても、何かを学び続けて、常に自分自身の『人間としての在り方』を見つめ続けなければならないのです。それをしない人間が、周りの皆さんの協力を得て何かの地位につく。それで自分がすごいと勘違いするから、それをアピールし続けないと不安で不安で仕方ないのです。子供たちにそんな哀れな生き方だけはさせたくないです。また書き込みが長くなってしまいましたが、この一点だけを取ってしても、やはり勉強をすることは『人格を形成する』ために必要なのです。いくつになっても必要なのです。
2010.10.29
コメント(0)
というわけで、私自身もここ数年で、人生で一番苦手としてきた数学を克服することができたのです。今ではなんだか数学の問題を解くのが楽しい!さらには、難しい問題に出会う事が嬉しい!といった、「数学中毒」ともいえる症状に陥る状況にまで至ってしまいました。ですが、今日勉強を始めて明日数学が分かるようになるっていう簡単なものではありません。それまでは地道な地道な毎日の積み重ねが重要になってくるのです。その一歩としてさらに重要なのは『自分が分からないのはどこか?』『自分が苦手な単元はどこか?』『自分が苦手な問題はどのような問題か?』を明確にすることです。私の専門は英語です。以前にも申しあげたように、『英語が分かりません。教えてください。』と言われても、処置のしようがありません。『毎日コツコツ頑張れ!』といってその場を終わらせるしかできないのが実情です。しかし、『助動詞を用いた文章の訳し方がいまひとつわかりません。』とか、『疑問詞を使った普通の疑問文と、間接疑問文の違いが分かりません。』とか、『英文和訳が苦手です。』とか、『長文読解の正解率を上げたいのです。』といったように、できるだけ具体的な(ある意味ピンポイントな)質問をしてもらえれば、こちらの先生としての出番です。そのような、できるだけ具体的な(ある意味ピンポイントな)質問ができるまで、しっかり学習を進めておいて欲しいのです。それができればかなり効率の良い学習が可能となります。また、学校の先生にも質問して塾の先生にも同じ質問してみてください。それもさまざまな意味でいい勉強になります。バイクだって同じです。『速く走るにはどうすればいいですか?』と聞かれれば、正直『アクセルを開けなさい!』としか言いようがありません。しかし『低速コーナリングが苦手です。』とか、『コーナー立ち上がりのアクセルを開けるタイミングがよく分かりません。』といったように、質問が具体的になればなるほど指導も効率よくおこなう事ができるのです!というわけで、みなさん!苦手な教科の、苦手な単元の成績を上げるための勉強ではなく、まずは『どこが分からないのか!』を明確にするための勉強を、先生にできるだけ具体的な(ある意味ピンポイントな)質問をするための勉強を今日からしてみませんか?分からない部分を1つ1つ根気よくクリアしていくことができれば、そう遠くない将来にその苦手教科があなたの得意教科に、その苦手単元があなたの得意単元に変わる日が突然やっきますよ!!
2010.10.28
コメント(0)
私の専門教科は英語です。小学校3年の頃から算数が苦手な教科になっていき、中学・高校と数学に苦しみながら生きてきました。学校勤務時代は、数学がわからないことを売り(?)にして、生徒達と盛り上がることもしばしば、、、。ときには自分の担任のクラスの数学で授業に生徒と共に机を並べて参加させてもらい、クラスの数学が苦手な生徒達と、あ~でもない、こ~でもないと問題に取り組んだこともありました。学習塾講師になってからも、何回か社長命令で数学の授業を担当させられたことがありましたが、勿論ヘタな授業しかできず、私の数学の授業はいつの間にかうやむやに消滅していく運命を辿りました。社長が「ゴマに数学の授業を!」と言わなくなると内心「しめしめ、俺の専門は英語やっちゅうねん!」と思ったものでした。しかし6年前に自ら教室をオープンさせたときは、数学の授業をしないわけにもいかず、「数学は苦手です」と生徒や保護者の方に宣言して、それでもよければ入塾をしてもらいました。で、6年経った今はどうかと言えば、なかなか数学の授業をするのが楽しくなってきています。ここ6年間で自分自身が数学の各単元で、どの辺りが理解できていなかったのか?が次第に明確になってきました。また自分はそれをどのように克服したのか?の体験をそのまま活かすことで、数学の授業の内容が良いものになってきたのです。数学が分からない人間が、数学の授業をする!一見、普通なら考えられない、あってはならない状況が、次第によい結果を生んでいったのです。大切なポイントは1:苦手な教科・単元だからこそ、真正面から向き合う。2:まずは楽な裏技や簡単で速い解き方を求めない。3:「どうせ自分は分からないのだから」と開き直って、基礎の基礎から勉強する。だと思います。最初は苦労もします。「やっぱり数学なんか大嫌いぢゃ~!」とノートや参考書を床に投げつけることもあるかもしれません!「やっぱり俺はアホや~」と落ち込むこともあります。「いつまでかかるね~ん、、、来世紀までかかっても分からへんぞ~」と気が遠くなることもあるかも知れません!!しかしそれでも諦めないで数学と向き合えば、そのうち「あれ?できた!!」「お!できる」という場面がチラホラ出てきます。そうなれば頭の中で『数学的思考』が定着してきているのです。それを繰り返すことで、数学の《奇跡の逆転ファイター》に変身出来る可能性が高くなります。まずは数学全体ではなく、「これ!」と決めた単元と集中して付き合ってみてください。この3つが定着すれば、結局難易度の高い問題のようであっても、所詮は簡単な基本事項の組み合わせであることに気付くのです。皆さん!それを信じて今日から苦手教科や苦手科目と付き合ってみてはいかがですか?早く始まれば始めるほど、早く《奇跡の逆転ファイター》に変身出来る日がくることでしょう。心より健闘を祈ります!
2010.10.27
コメント(0)
またやってくれそうですね、、、大学入試センター試験が、難易度別に2種類用意しようという作戦(?)が検討されることになったみたいです。現在の学校教育の実情から、「簡単バージョン」の問題が用意されそうです。この「簡単バージョン」の登場に関してはおそらく賛否両論だと思います。しかし、私が心配なのは、それで日本の知的レベルが保てるのか!という点です。【ゆとり教育】で日本の子供達の学力を下げるだけ下げて、挙句の果てに大学入試の問題の難易度を下げるって、いったいどういう了見なのかが全く理解できないです。日本の将来のことなんか関係なく、「今」のこと、「目の前」のことしか考えていない、腐りきった公務員的発想としか言えないですわ!!でも、もしその制度が導入されて、学力的に大学入試を諦めざるを得なかった生徒さんが大学進学を果たし、その専門分野で能力を開花させるとこができるのなら、私は大賛成です。しかし昨今の日本の若者事情を目の当たりにすると、それよりもしっかり勉強をしてこず、たいした学力もなく、何の目標も向上心も無いのに、とりあえず遊びに大学に進学する連中が増殖する比率のほうが断然高いと思います。やはり、この国には何も期待はできませんね。子供の将来は、心ある、危機感のある保護者の皆さんが真剣に考えていかなければなりません。生徒の将来は、心ある、危機感のある先生が真剣に考えていかなければなりません。そして、普通に当たり前に勉強をして、ある程度の人格の形成も経る子供を・生徒を育てていかなければなりません。
2010.10.26
コメント(0)
では、『人格』とは何なのでしょう?今、手元の携帯電話のモバイル辞書で調べてみると、、、【一人前の人間として認められるだけの判断力や道徳性。その人の品格。人柄。】とあります。再三申し上げておりますが、勉強の大きな目的は、この【人格】を【形成】することだと私は思うのです。勉強を通して、自分の長所を知り、それをどう活かすか!勉強を通して、自分の短所を知り、それのどう向き合うか、またどう改善するか!それを繰り返すことによって、人格は形成されていくのです。勉強ができても、その知識を悪用するようでは、その人は人間として失格です。勉強ができても、それを自分をよく見せるための手段のみに使う人も、やはり人間として失格です。逆に成績が思わしくなくても、勉強に挑戦していく人は、その勉強は人格の形成に役立っていると言えるでしょう。自分の苦手なものに自分自身の壁に挑戦していく人は、周囲の人に、見知らぬ人に、優しくできることも事実です。一時期の成績の変動に左右されることなく、常に勉強を持続させることのできる判断力と精神力が身につけば、人間として正しい方向に進んでいくことが可能になるでしょう。このブログの最初に紹介した「ルールを守らない人間」は、この過程を十分に経ることなく生きてきた人間なのです。
2010.10.25
コメント(0)
隣県の二輪協会の主催するライディング・スクールに参加してきました。参加といっても、選手ではなく、指導員ではなく、他県でどんなことをしているのかを視察させてもらいに行ったのです。まぁ、乗りもしないで指導もしないでの約6時間はなんと長く感じたことか、、、。しかし、それよりも強く感じたのは、バイクの技術向上を目指す中にも【人格の形成】が大きな目標となっていることです。例えば。前車との車間距離も考えずにとにかく速度を出す!もしそのプレッシャーで前車のライダーがミスをして転倒につながり、その人が怪我をしたらその車間距離を考えないで走った人間はどのように責任を負うのでしょう?そういうライダーは『人間として全体を見渡すことができない』『自分さえよければいい』という部類の人間なのです。バイクの技術があっても、人間として失格です。ちなみにバイクの世界は、速く走ってみせようとする者ほどヘタクソですので(詳しくは別の機会に)、バイクの運転技術的にもたいしたこと無いのです。しかも車間距離をあけておいた方がコーナー脱出時の加速が楽しめる(あるいは経験・学習できる)から、ライディング・スクールの趣旨に合っているのですよね。それが分からずに、とにかく自分が速く走っていることを誇示する人物、、、どこの県にもおるのですね、、、。しかしバイクの技術向上を目指す過程で人格の形成もできている人は、前のバイクが自分よりペースが遅くても、それなりに安全マージンを確保して走ることのできる判断力を運転技術があるのです。一人が危ないと、みんなが危ないことも知っている!バイク乗りとして、人間として、どちらが正常な行動・判断なのかは一目瞭然です。人間にはこの【人格の形成】が、生きていくためにはこの上なく重要な要素なのです。【ゆとり教育】によって削除された要素なのです。
2010.10.24
コメント(0)
日本の国技・相撲の横綱は《心・技・体》の充実が求められるのは有名な話です。どんなに強くても、横綱としての振る舞いも要求されるのです。最近他のスポーツはどうでしょう?強ければいい。よい結果さえ出さればいいといった考えの人間が目に付くようになりました。それではいけないのです。「威厳をもつ」ということと「礼儀知らず・世間知らず」は全く違うのです。それを教わらない子供たち。その必要性を認めようとしない子たちのなんと多い事か!?そんな子供が親になって、その子供に一体どんな教育をするのでしょうか?ここ数十年間に世界は、いや日本は物質的に豊かになりました。しかし精神的には貧弱になり過ぎました。それに【ゆとり教育】なる悪しき制度が拍車をかけてしまったのです。勉強の究極の目的は《人格の形成》です。スポーツにしても、趣味にしても、やはり究極の目的は《人格の形成》です。それができていない限りは、いくら成績がよくても、いくらスポーツができても、全く意味をなさないのです。前回紹介したマンガの主人公の先生はこうも言います。「【正義の心】のない【力】は、結局は無力なんです。」と、、、。この【力】とは、さまざまな能力のことを意味すると思います。勉強ができる能力・スポーツができる能力・いろいろな能力がありますが、人間として正しい心をもっていないと・人格の形成ができていないと、その能力は無きに等しいのです。
2010.10.23
コメント(0)
勉強する目的とは何でしょうか?そのときどきによって様々な目的があると思います。しかし、大きな目的は何なのかということをが最近忘れられているような気がしてなりません。スポーツでも同じだと思います。勉強もスポーツも自己への挑戦という点では共通しているからです。では、その大きな目的とは、、、、【人格の形成】なのです。いくら勉強ができても人間性が育っていなければ意味が無いのです。いくらスポーツができても、人間性が育っていなければ意味がないのです。最近は、学習や努力で身につけた知識を私利私欲のために悪用する人間がいます。最近は、スポーツができるからといって、何をしてもいい、何を言ってもいいと勘違いしている人間もいますし、それを賛美するような人間までいます。それでは意味が無いのです!あるマンガの主人公の話です。その主人公には、戦い方や魔法を教える先生がいました。その先生は自らの生徒達に言います。「私は思うんです。修行で身につけた力というのは、人のために使うものだと思うんです。」と、、、。これは、その先生が生徒達の人間性をも高めようとした台詞なのです。【ゆとり教育】は、この『人間性教育』も放棄した教育なのです。『なんでも自由』『何をしても許される』という考えは絶対に間違いなのです。勉強の本来の意味をも失ってしまったこの国に何の期待もできません。この危機感をもつ大人が、かえていかないといけません。家庭では保護者が、学校では先生が、地域では近所のおじさんおばさんが、かえていかなければならないのです。
2010.10.22
コメント(0)
本日、私の母が白内障の手術を受けました。母はお産以外に入院した経験がなく、非常に不安そうな様子でした。また、眼球をどのように手術するのかを、模型を使ってまでリアルに説明していただいたので、場所が場所だけに母も私もかなりナーバスになってしまいました。しかし、本日、まずは右目の手術が終わりました。その手術に何人もの看護師・薬剤師の方が我々に接してくれましたが、結局我々母子は彼女たちの接し方にかなり救われて、心が落ち着きなした。彼女たちは、それぞれ専門の知識と経験を得るために、かなりの学習をしてきたはずなのです。その過程で、例えば患者との接し方、例えばあらゆる機材の扱い方、例えば薬の調合法や、正しい使用法等々、様々な学習をすなければならなかったはずです。しかし彼女たちは、それ以外のものも身につけた上で、その職業に就いたのです。身につけてくれた、それ以外のものに我々母子や我々以外の患者さんたちは救われたのであって、救われてきたのです。その学習の過程で彼女達が学んできた「学習以外の何か」とは何だと思われますか?【ゆとり教育】とは、そこを疎かにしてしまう教育なのです。【ゆとり教育】とは、そこを疎かにすることを許される教育なのです。だからあるべき《人間の姿》が育たないのです!!
2010.10.21
コメント(0)
勉強の目的とは何でしょうか?そのとき、その人によって、目的は違うと思います。しかし、突き詰めればその目的は1つだと思います。最近はその意識といか認識が忘れられている感じがします。児童・生徒の皆さんは、今、何のために勉強をしていますか?
2010.10.20
コメント(0)
「ゆとり教育」が導入されて、子供も大人も、社会全体がおかしくなっています。確実に!!例えば、タバコです。私が中学高校時代も未成年にも関わらず喫煙をしていた者はいました。ただ、隠れて吸っていました。未成年の喫煙は勿論法律違反で許されないことですが、まだ隠れて吸っていました。しかし最近の中高生はどうでしょう!公衆の面前で堂々と吸う連中がいます。こんな若者を生み出したのは「ゆとり教育」の成果です。悪い事をする、犯罪を犯すのも「ゆとり」のうちなんですよね。例えば交通事故です。ひき逃げ、証拠隠滅なんて今や日常茶飯事です。これも例を挙げればキリがないですが、日本をこんなだらしない道徳心のかけらも無い国にしたことが「ゆとり教育」の成果です。保護者の皆さん!せめて我が家庭内だけでも!先生方!せめて我がクラスだけでも、我が担当クラスだけでも!「脱・ゆとり教育」をしませんか?
2010.10.19
コメント(0)
では、鳴り物入りで登場した「ゆとり教育」の残したものは何でしょうか?勉強しない子供、、、「できない」のではなく「しない」子供です。勉強させられない教師。勉強させられない保護者。「子供だったら何をしてもいい」、「未成年だったら何をしてもいい」、という人間として間違った考えをもつ子供と若者。それを止めるどころか注意すらできない大人。先生を敬わない児童・生徒。生徒から、保護者から、社会から、軽蔑されるような行為・犯罪を犯す教師。常識をわきまえない保護者。いたずらに少ない授業時間。成績が下がっても、それが「ゆとり」とか「個性」とか「自主性に任せている結果」だと言い放つ、恥知らずの言い訳。、、、そもそも「ゆとり」って何だったのでしょうか?「ゆとり教育」と同時に導入された、隔週週休2日制。そして訪れる完全週休2日制!!それで子供たちに自由な時間が増えたのです。言っておきますが、「自由」って重たいンですよ!!「自由」な時間を有効に有意義に使うには、それなりの能力が必要なのですよ!!「自由」な時間を有効に有意義に使うには、それなりの覚悟が必要なのですよ!!それが分からない大人が「ゆとり」という「怠け」を子供に押し付けたのです。我々大人はこの悪しき「ゆとり教育」と戦わなければなりません。子供たちはそれ以上に戦わなければなりません。
2010.10.18
コメント(0)
ほんとにヒドイですよ!ここ十年ほどの小・中・高校生の学力の低下ぶりは、、、。確かにこの「ゆとり教育」なる劣悪制度下でも、頑張って勉強をしている生徒さんも多いです。この最悪の状況下で何とか死に物狂いの工夫で、より分かりやすい授業を目指して日々奮闘されている先生も当然ながら存在します。だた、そうでない生徒や先生の比率を驚愕的に上昇させてしまい、そうでない生徒や先生のレベルをもうどうしようもないくらいにどん底に落としいれたのが「ゆとり教育」なのです。今日のニュースを見ましたか?中3生男子が公園にいるホームレスの男性に、コンビニから持ち出した熱湯をかけて全治数週間の火傷を負わせて警察に捕まったらしいのです。そんな行為を何のためらいもなく実行させてしまう。それを許しているのが「ゆとり教育」なのです。さらに怒りがこみ上げたのは、その中3男子のコメント!「石を投げるくらいにしておけばよかった」、、、ですよ!!中3にもなって、人に石を投げるくらいならオッケーだと判断するのですよ!!おそらく今までこの少年に、『してはいけないことはいけない』と本気で立ちはだかった大人がいなかったのです。その上に、この生徒の学習能力のレベルの低さも事件の要因になっているのも間違えない事実です。これは『突き詰めれば、勉強とは何のためにするものなのか!』との問題に直結するのです。たとえ試験でまあまあの成績を取っていても、日常生活上でそれを活かした人間として正しい判断力ができなければ、それは学習能力レベルが低いと言わざるを得ません!!何度も言うようですが、犯罪教師連中もまさにこも類です。
2010.10.17
コメント(0)
やはり考えれば考えるほど納得いかない、もっと正直にいうと怒り心頭になってしまうのが、「ゆとり教育」の存在です。本日、中学2年生の女の子とそのお父さんがわざわざ我塾を訪ねてくれました。中3生しか募集しない我塾によくあるパターンで「成績の悩み相談」的な教育相談希望の父娘でした。そら、悩みます!そら、無理ですもん!!だって完全週休2日制を実施したままで、「新学習指導要領」とかなんとかいいながら、土曜日に学校が授業をしていたときの授業内容の量に戻したのですから、事実上学校の授業をあてにするのは不可能なんですもん。皆さん、「土曜日くらい、、、」なんて思っていないですか?例えば土曜日に3時間授業があったとします。1ヶ月4週と考えれば、以前は1ヶ月で12時間の授業が、完全週休2日制の今よりも多く確保できていたのです。1ヶ月12時間は1年で144時間になります。今日来てくれた女の子は中2です。小学校1年から考えれば7年半学校に通ってきた訳です。彼女が週休2日制導入前当時の生徒と比べれば、144時間×7.5年間で1080時間授業が少ないのです。1080時間は45日間と同じです。彼女は、また彼女の学年は45日間分の学習時間を「ゆとり教育」とかいう意味の分からない制度に奪われてきたのです。それでいて学習内容量だけ、週休2日制導入前に戻すとは、、、、。『愚策』という言葉さえ生ぬるいです。学習量を元に戻すなら、授業時数も元に戻さなければならないのでは?なんで、そんなことが分からないんですかね?教育現場を知らない、生徒の現状を知らない、保護者の皆さんの苦悩を知らないような連中に、それらの決定権を与えているこの国に「明日」なんてありません!!!おい!文部科学省!!どない責任取るんや!!おい!当時「ゆとり教育」とか偉そうに言うとった連中!!!!なんとかコメントしてみい!!
2010.10.16
コメント(0)
本日の二輪指導の受付時間、、、、今まで、自分の住所の漢字を書けないという若者は何人かいました。最初は「鶴」だったり「綾」だったりしましたが、そのときは『こんな漢字も書けないで16歳以上になったのか!』と怒りを通り越して、本気で呆れました。しかもめったに書かない漢字ではなく住所の漢字です。信じがたい話ですが、昨年は漢字の「一」を書けない若者が来ました。住民表の住所が「1丁目」ではなく「一丁目」なのですが、どうしても「1丁目」としか書けません。『1を数字ではなく漢字で記載するように!』言うと『1は漢字で書いたことが無い』というので、書き方を教えて書かせました。なんで二輪指導員の私が漢字を教えないといけないのでしょうか?しかし、本日はその【上】が出現しました。なんと、、、、自分の生年月日を知らないのです。今までどうやって生きてきたのでしょう?今後どうやって生きていくのでしょう?今まで親は何をしてきたのでしょう?今まで先生はなにをしてきたのでしょう?しかし、ここ数年の体験で私は知っています。そのうち『生年月日を知らない』を上回る呆れた若者が現れるのです。《ゆとり教育》という悪しき制度が無くならない限り、このような若者の人数は増え続けて、知的レベルは下がり続けるのです。おい!文部科学省!!お前ら、責任取るんやろうな!!最近『公務員に刑罰を!』という声が上がっています。私は大賛成です。
2010.10.15
コメント(0)
例えば携帯電話の普及です。携帯電話が普及する前のことを思い出してください。友達の5人や6人の電話番号を暗記していなかったですか?最近は自分の携帯電話の番号さえ知らない人もいるくらいです。確かに携帯電話の電話帳機能は便利ですが、やはりこの身近な例を取っただけでも、日常での脳を鍛えるチャンスを少しずつ我々は失っているのです。皆さんも日常に存在してくれている「脳を鍛えるチャンス」を見逃していませんか?子供たちにあるべき「脳を鍛えるチャンス」を邪魔していませんか?毎日の【少しずつ】が、何年も積み重なったら取り返しのつかないような大変な差を生んでしまうのです。
2010.10.14
コメント(0)
例えば最近の我々の生活環境です。以前に比べて格段に便利になりました。私は本年44歳になる昭和41年生れです。私が十代のころに比べても信じられないくらい便利な世の中になりました。しかしその便利さが人間をダメにしています。その便利さが人間に脳を使わなくてもいい環境を作ってしまっています。だいたい何でも思い通りになる生活、、、、だから自分の思い通りにならないものに対して、無気力になったりキレたりする人が多いのです。本当に子供の将来を考えるのなら「なんでもしてあげる」「なんでも与えてあげる」「できるだけ便利な生活をさせてあげる」行動はとらないことも必要なのです。
2010.10.13
コメント(0)
日々、子供の脳を鍛える方法として、『子供を大切にし過ぎない』『何もかも親がしてあげない』という方法もあります。人間は多少のストレスや悩み事や克服しなければならない課題が存在しなければ、脳は退化してしまいます。ボーっと生きている公務員や政治家がいい例です!連中の悩むごとや課題は、我々民間の目線からすれば、悩み事でも課題でもありません。子供たちをそれらの連中と同じ環境に置いてしまってはいけないのです!!
2010.10.12
コメント(0)
家庭での日常生活の中で、脳を鍛えることは簡単なようで難しいかもしれません。特に強制的でなく、自然におこなうことができるとベストなのです。まず基本は、我々大人が『些細な事に疑問を抱くこと』です。いつもアンテナを張り巡らせておくことが重要です!これも慣れてくれば自然に、しかも常にその状況を維持することができます。それで【いつも頭を動かしておく】【いつも脳を鍛えておく】という当たり前の事が身につくのです。
2010.10.11
コメント(0)
勉強、勉強と肩肘張らなくとも、まずは脳を鍛える習慣を身につけることが大切です。とにかく【自分で考える】【自分で選択する】【自分で責任を持つ】等々、、、『自分で』させることが大切なのです。【子供を大切にすること】と、【生徒を大切のすること】は、【何もさせないこと】ではなく【何も考えさせないこと】でもないのです。「時には悩ませる」「時には困らせる」「時には必死にさせる」「時には叱られる」、これがあってはじめて、「楽しいこと」や「嬉しいこと」や「楽なこと」もより鮮明に心に焼きつくのです。「楽しいこと」「嬉しいこと」「楽なこと」ばかりの生き方では、それらが当たり前のことになり、脳にも感情にも何の刺激も無く、『何も考えなくても生きていける』『なにもしないでも、なんとなく毎日が送れる』ような人生になるのです!!とにかく【自分で考える】【自分で選択する】【自分で責任を持つ】等々、、、『自分で』させる機会を多く用いて、日々少しずつ脳を、心を、感情を刺激していきましょう!!
2010.10.10
コメント(0)
一度、学習塾や学校の先生に集まってもらって、いろんな事例を話し合いたい気がします。【ゆとり教育】が導入されて以来、勉強が苦手な生徒達の質が変化していってるのです。学力以前の問題(いや、問題ともいえないレベルの質問)が理解できないのです。今までどうやって生きてきたのか、これからどうやって生きていくのかを心配してしまうぐらいです。例えばこうです!「縄文時代に使われていた土器は、縄文土器です。では、縄文土器が使われていた時代は何時代ですか?」と質問すると、「う~ん、、、」と考え込まれてしまうのです。で、出てくる答えが「室町時代」なんです。一瞬、どう対処していいか真剣に困ってしまいます。で、どの教科もどの単元もこの状態なのです。得意な教科も単元もまったく無い、、、、、。どう生きてきたら、こんな状態になるのかが不思議なくらいです。今までだれもこの状態に気付いていなかったのでしょうか?そんなはずはないでしょう!親も先生も見過ごしてきたのです。親も先生も気付いても気付かないフリをしてきたのです。本人も見過ごしてきたのです。本人も気付いても気付かないフリをしてきたのです。それが通るのが、それが許されるのが【ゆとり教育】なのです。もちろん生徒が全員そのような状態ではありませんが、その比率が目を覆いたくなるほど高いのです。親が、先生が、まわりの大人が、言うべきことを言う、するべきことをさせる、言ってきかない場合はそれなりの態度を見せる。そんな当たり前の大人が少なくなった結果が今の子供たちを取り巻く環境を作っているのです。教育の現場にいないで、分かったようなことをいかにも事実であるかのように高らかに謳う無責任教育評論家はアテにできません。「教育、教育」という割には、実は「自分はこれだけ頑張っていのをアピールすれば、次の選挙もちょろい!」と思っている政治家もアテにできません。事なかれ主義、お日様西々の公務員先生もアテにできません。子供の人間としての将来に悪影響を与えることよりも、現時点でのしょ~もない面子や屁理屈を優先させる、馬鹿保護者もアテにできません。それらも大人達も【ゆとり教育】の産んだ社会のダニみたいなものです。問題意識のある大人一人一人が、この悪しき【ゆとり教育】に抵抗しなければなりません。でないと、子供たちが不幸です。その子供達の子供にも更なる不幸が待ち受けているのです。
2010.10.09
コメント(0)
家庭で「当たり前」のことをしてこない子供たちが近年急増した原因が、やはり【ゆとり教育】なのです。2年ほど前に【ゆとり教育】を提唱した人物がテレビで言っていました。『まだ現時点では【ゆとり教育】が失敗だったとは誰にも言えない。その結果はまだでていない。』と言ってました。「どこまでアホやねん!」これが私の感想です。ここでもう一度明言しておきますが、『ゆとり教育は大失敗です!』。『ゆとり教育が今の日本を若者を大人をダメにしています。』『ゆとり教育がこれからの日本を若者を大人を更にダメにしていきます。』今、悪しきゆとり教育を完全に捨て去ったとしても、もう手遅れかもしれません。ただ、いくら国の方針が間違っていても、国を動かす立場の人間が現実を知らない馬鹿者どもでも、我々民間でその悪しきものを食い止めることは可能です。その一歩が【ゆとりボケ】した学校の体制・文部科学省の方針を家庭で打破して、しっかり、しかも自然に、家庭でそして地域で、子供達の頭を脳を刺激し続ける環境を作っていくべきなのです。
2010.10.08
コメント(0)
幼児教育は専門ではありませんが、おそらく物心ついた時期から、小学校低学年の時期に「当たり前」のことをできるだけ体験させておくことが大切だと思います。ある意味物心つく前の、あかちゃんの時期からいろんな感覚を体験させておくことも重要かもしれません。例えば、暑い・寒い、痛い・かゆい、気持ちいい・気持ち悪い、などです。もちろん物心ついてからは、さらに好機だと感じます。保育園や幼稚園の時期がいいのではないかと最近強く感じます。ちょっとした遊びなんかに大事な要素がたくさん隠されています。脳を鍛えて、自分で物事を判断して、いい結果でも悪い結果でも、自分の成果であり責任であるという自覚を形成していくのが、昔からある遊びではないかと思います。あとは日常生活で、自然に頭を使わせるというか、自然に色々な情報を子供の脳に与えるとかいったことも必要です。例えばここ数年、我が教室の生徒たちに「お前らはスーパーの食料品売り場に行ったことないんか!!」いうケースが増えてきています。でも聞けばスーパー等の食料品売り場にいったことは、勿論あるのです。中には、お母さんについてスーパー等の食料品売り場にいくのが好きで、毎回のようについていっているという生徒さんもいるのです。しかし、その売り場のことを何も知らないのです。知らないというか、ボーっとしているというか、ただ遊んでるというか、、、、とにかく頭を使っていないのです。
2010.10.07
コメント(0)
もうこれは挙げればキリがありません。まずは以前にも書いた『親に本気で叱られる』こと。本気で叱られることで、人の気持ちを考えたり、自分の今後の行動のとり方を考えたりするのですが、、、、本気で叱られたことが無いから、それができない。『小さい頃に絵本を読んでもらっていない』こと。だから文章力がない、読解力がない、普通知っていて当然の話を知らない。以前高校の国語の文章問題で「カチカチ山のタヌキの状態になりかねません」という一文がありました。しかし数人の生徒が、「カチカチ山」のストーリーを知らないのでそこから授業をしなければならなかた。『トランプをしたことがない』こと。数学の確率の問題で、トランプのカードの種類や枚数を時間をかけて説明しなければならない。例えば、ジョーカーを除けばカードが何枚あるか分からない。例えば、同じ数字のカードが何枚あるか分からない。例えば、数字の代わりにアルファベットを用いているカードが何枚あるか分からない。例えば、『J』は数字でいうといくつか分からない。これらはほんの一例ですが、、、。一体家庭でどんな生活をしてきたのか、全く理解不能な生徒さんが本当に多いです。それが根本的学力の低下や、問題行動に直結していることを親御さんたちは認識するべきです。
2010.10.06
コメント(0)
今日のニュースで、我が県の校内暴力の発生率は全国で1位だと知りました。県内の小・中・高校での取り組みとしては、特に小学校で『会話力』『コミュニケーション能力』の向上を目指した実践がおこなわれているとも報道されていました。聞けば《自分の気持ちを言葉にできないから行動に出ている》と専門家は分析をしているみたいです。それも一理あると私も思います。ではそもそもなぜ『会話力』『コミュニケーション能力』が欠如している子供が多いのでしょうか?私が感じているのは、各家庭で【当たり前のことを経験させていない】ことが大きな原因ではないかということです。ほぼ間違いないと確信しています。例えば我が県内で校内暴力防止のために実施されている取り組みの実例をテレビで見ましたが、私に言わせれば「そんなモン学校でせなアカンことか!? それは家庭でしとかなアカンことちゃうんかい!!」です。学校の先生も大変ですよ!!家庭で経験させておかなければいけないこと、家庭で考えさせておけなければならないことまでも学校に押し付けて、いけしゃぁーしゃぁーと保護者顔している連中がいるのかと思うと怒りがこみ上げます。そんな連中はもはや親でも保護者でもない!ただの「産み落とし」です。家庭で当たり前の事を当たり前のようにさせていない、経験させていないことが、子供たちに人間としての大きな欠陥を植え付けてしまっているのです。これは何も校内暴力の問題だけではなく、勉強にも大いに影響しているのです。
2010.10.05
コメント(0)
例えば数学です。中3生であれば、『もうこれでこの単元の関連授業は終わり!』という状況が出てきます。二次方程式や平方根を学習したなら、もう中学生としての【計算問題の単元】は終わりで、新しい単元は出てきません。そうなればもう【計算問題】は勉強し放題です。中1から中3までの計算問題の単元を復習し尽くします!!必要なら小学校の計算単元まで学習しなおすのです。例えば、結構数学が苦手な人で、分数や小数の計算が実は完璧でない人が少なくありません。そこを思い切ってこの機会に克服するのです。分数は中学数学での各計算単元にも必要です。「正負の数」「文字式」「方程式」「1次方程式」「等式の変形」「連立方程式」、、、書き出したらキリがありませんが、どの単元でも分数は出てきます。というか、分数はできていて当たり前と考えられています。分数を克服するだけでも、かなり計算問題の正解率が上がりますよ!!しかも理科に役立ったりしますので、やはり1つの苦手を克服することは大きな成果をもたらします。まだまだ数学で言えば、【図形】【関数】なども一気に中1からの復習を関連付けておこなうことが可能です。中1で学習した【図形】・中2で学習した【図形】・中3で学習した【図形】、それらを一気に順番にじっくりおこなうと、その単元が《必殺の単元》に成長していきます。さぁ、『明日から』でなく『今日から』、各教科を単元別に攻略していってください!!
2010.10.04
コメント(0)
では、受験生に大切なこの時期の勉強法について紹介したいと思います。その1は【必殺の教科】または【必殺の単元】を作ることです。簡単に説明すると、自分の得意教科を更にパワーアップするための勉強を!ということ。定期テストなどの100点満点のテストでは、絶対に95点以上得点できる、それ以外のテストでも満点に近い正解率(95%以上)をマークできる実力を身につけます。そんな【必殺の教科】は1つでもあれば、まずはそれを武器に戦えます。また「いくら得意教科と言っても95点以上なんて無理」という方もいると思います。その場合は、まず得意教科の中で【必殺の単元】を作ります。これは、数学・理科・社会であれば実行はそんなに難しいものではありません。例えば数学であれば『関数は絶対満点』『計算問題は絶対満点』という感じで、自分で単元を選択して、それを2~3週間ほどの期間で集中的に勉強するのです。基礎を1からしっかり確認したら、その後はその単元に関する問題を解きまくります。解けなかった問題はとことん研究します。自分がどの部分を間違っているのか、間違いやすいのかをしっかり追求して、次回類似問題が出たときは絶対間違えないようにします。【必殺の単元】を徐々に増やすことで、その教科を【必殺の教科】に育てていくことが可能です。数学や理科は上記のような感じで、単元別で攻略します。社会は、地理なら地域別・歴史なら時代別・公民なら項目別(例えば「経済」「内閣」「国会」「選挙」など、自分で項目を設定する)で攻略するのです。ちなみに、私の場合歴史であれば《平安時代後期》~《鎌倉時代初期》を【必殺の単元】にしました。源義経の話(厳密にいうと武蔵坊弁慶の人生)が好きだったんです。義経の生きた時代を勉強したら、それが《平安時代後期》だったのです。それをしっかり理解できれば、その前の時代はどうだったか、その前の前の時代はどうだったか、その後の時代はどうだったか、その後の後の時代は?、、、、といった感じで学習が進みました。受験生のみなさんが、その【必殺の教科】または【必殺の単元】を作っていくのが≪今≫なんです。今が好機なんです!好機逸すべからず!!
2010.10.03
コメント(0)
中3生しか募集しない我が教室で、一番といっていいほど重視している時期が、実はこの10月なのです。10月はいろんな意味で、勉強に変化が出てきてしまうことが多いのです。顕著な例として、【夏休みに頑張った】⇒【休み明けの試験で成績が上がった】⇒【少し安心してしまった】⇒【知らない間に勉強量が低下していった】⇒【11月以降に成績が下がる】⇒【志望校を下げる】or【受験に失敗する】という循環です。また別の例として。【夏休みに頑張った】⇒【休み明けの試験の成績が思わしくなかった】⇒【自分の勉強に迷いや疑いが生じた】⇒【知らない間に勉強量が低下していった】⇒【11月以降に更に成績が下がる】⇒【志望校を下げる】or【受験に失敗する】という循環です。この時期に再度肝に銘じなければならないのは『試験の結果に左右されることなく勉強の量と質を維持することが肝要』ということです。もちろん、勉強の量と質を向上させることも望ましいとこです。しかし、なんだかんだと理由をつけて、または不要な慢心や不安に踊らされて、肝心要の受験勉強を疎かにすることはあってはいけません!!受験生の皆さん!【『勉強に王道なし』されど『勉強に無駄はなし』】それと、【継続は力】を日々忘れないでください。
2010.10.02
コメント(0)
あの激しい暑さも一段落して、最近は涼しくなってきました!私は1年間でこの秋という季節が一番好きです。受験生の皆さんも勉強しまくることのできる時期ですから、大いに実力をつけてもらいたい季節でもあります。ところで受験生の皆さん!受験に焦っていませんか?精神的にすこしは焦りはあるかもしれませんが、必要以上の焦りは禁物です。『車は急に停まれない』のと同じで『成績は急に上がらない』ですよ。今回から少し、この時期の受験生の心得、、、的な話題でいきたいと思います!!
2010.10.01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1
![]()
![]()