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たとえば、授業がうまくいかない。たとえば、学級経営がうまくいかない。だからといって、「生徒のせい」「生徒が悪い」といってしまうと私の言う『まず先生ありき』の発想になってしまいます。それでは何も前に進みません!人を変えようと思うならまず自分が変わる!!この当たり前の方程式を応用して、生徒を変えたいなら、クラスを変えたいなら、まず教師である自分が変わらなければならないのです。だからと言って、今日や明日に急に変身できないのが人間ってものです。長期戦を想定して、自分のできる範囲で行動すればいいですよ。中にはこれがうまくいかず、授業が、学級経営が、うまくいかないことを苦にして自殺してしまう先生だって決して少なくありません。ただ学校の先生だから、公務員だからって、世間的に見てみぬふりをされて報道さえされない場合だってあるのです。だから私はよく言うのです。先生といっても完全無欠でもなければ聖人君子でもないのです。日々、よりよく、よりよく、を模索する中で先生も先生として成長していくべきなんですよ。しかしそうでない先生達は、何かにつけて「これでいい」といった独自の決まりというか法則、または限界を勝手に設定してしまいます。その方が楽だったり得だったりするんです!それらが一度その学校やグループで定着してしまい制度化されてしまうと、なかなか変えることが難しくなります。またそれらのほとんどは「教える側の者に有利」なものなので、さらに手をつけ辛いのです。そのうちそれらは特権化し既得権益化してしまうので、なおさら教える側は断固として変化を受け付けなくなってしまうのです。そして自分達に損になる変化を受け入れたくないから、外部の目線が入らないように、外部の意見を黙殺できるように手段を講じるようになっていくのです。だからよく聞くでしょ?何か問題を起した学校や組織に対して、外部の有識者を集めて、とか外部の調査委員会に調査を任せるとか、、、、、なぜ「外部」を入れるのか?それは「内部」の人間で凝り固まっていたから以外の何物でもないのです。
2013.03.31
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「根底にあるべき先生像」これも結論から申し上げます!それは「生徒あっての先生であることを常に忘れない先生」です。それは同時に、「患者あっての医者としての先生」であり、「国民・県民・市民・町民・村民あっての政治家としての先生」であり、「指導を受ける人あっての指導者としての先生」であることを意味します。絶対に「まず先生ありき」ではないのですよ!!!そこを勘違いしてしまうと、取り返しのつかない状態になってしまうのです。「まず先生ありき」の考えを先生側の目線で言い換えると「まず自分ありき」となるのです。「まず自分ありき」とは、常に自分が大切、常に自分の気持ちが大切、常に自分の立場が大切、常に自分の立場の方が上、、、となって傲慢な気持ちにつながってしまうのです。例えばこんな政治家がいました。その政治家が2回目の選挙に当選したときのことです。当選はしたのですが、初選挙のときに比べて票数が何千票か減ったらしいのです。で、その政治家の1言は、、、、「あんだけしてやったのに!」なんですわ!そら票も減ります。なぜならその政治家は「まず自分ありき」で「まずは自分が大切」だからです。有権者は見てますわ、ちゃんと。でもなんでその政治家は2回目も当選したのか?支援者の努力以外の何物でもありません。でもその愚かな政治家は「自分の力で当選した」と思い込んでいるのです。同じことは、勿論生徒に勉強を教える先生にもいえます!
2013.03.30
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しっかり結論から申し上げると、、、、「先生」と呼ばれる理由のほとんどは、『先生という職業だから!』にすぎないんです。「先輩」と呼ばれる理由は、『単に年上だから』『単に経験年数が多いから』にすぎないんです。当たり前のこと過ぎていちいち文章にするまでもないことですが、それが意外と違うのです。「先生」と呼ばれて、自分の方が優れた人間だとか、自分の方が立場が上だとか、勘違いする連中がいるのです。そう思えるからこそ、生徒たちに理不尽な暴力をふるったり、暴言を吐いたり、生徒たちのためにあるお金を自分のお金だと思って着服できるのです。全柔連はこのパターンにはまっていたと思われます。ちなみに「先生」と呼ばれる職業は、学校や塾の先生や何かを教える立場の人以外なら、医師、政治家が考えられます。医師なら患者に対する態度、政治家なら選挙期間以外の時期での有権者への態度で分かるものです。また「先輩」と呼ばれて、自分の方が優れた人間だとか、自分の方が立場が上だとか、勘違いする連中もいると思います。そういう連中は、後輩に偉そうにすることが当然の特権かのように思った言動をしているはずです。このように、まず考えるべきことは「先生とは何か?」ということなのです。先生をしている人、また先生を目指している人はそれぞれの理想の先生像があると思います。その先生像は十人十色でいいと思いますし、そうであるべきだとも思います。しかしその「根底にあるべき先生像」は共通しているべきなのです!、、、と偉そうに言っている私も、この「根底にあるべき先生像」にたどり着くのには10数年もかかりましたが、、、、。
2013.03.29
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問合せをいただいた皆さんに本日メールを出しました。「もしかして今現在体罰を受けて悩んでいるの?」と、、、。しかしみんなそうではないみたいですね。少し安心しました。中には「指導者を目指しているので、いろいろ考えておきたいのです」「先輩として後輩に決する自分はどうなのか?が心配になりました」または「今年教育実習にいくので気になっています。」との明確な返事をくれた人もいました。みんな成長したね!私は嬉しいですわ。さあ、では本題に入ります。今回の全柔連もそうですが、「先生」や「先輩」と呼ばれることの意味を正しく理解することから見直すべきだと私は思います。ここからは、このブログで過去に述べきたことをまとめるような文章が続くと思いますが、よい機会ですからお付き合いいただきますよ。例えば先生を目指している人は、ある日突然「先生」と呼ばれる日が来ます。それはアルバイトで家庭教師や学習塾講師をはじめた日であったり、教育実習にいった日であったりします。皆さんははじめて「先生」と呼ばれたらどう感じますか?あるいはすでに「先生」と呼ばれたことのある人は、はじめてそう呼ばれたときにどう感じましたか?「先輩」と呼ばれた日も突然来たでしょ?新入生や新入部員が入って来た日であったりしたはずです。はじめて「先輩」と呼ばれたときにどう感じましたか?
2013.03.28
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前回のヤンキー自転車の台数についてのお問合せに続き、今回は全柔連(全日本柔道連盟)についての私の見解についての問合せメールが数件舞込んできました。不思議なことに、それらのメールをくれたのは全員学生さんなんです!やはり『教わる立場』の学生さん達にとっては気になる問題なんですね。そのリクエストにお応えして、私の資格試験挑戦の話題は後回しにします。でも、生徒・学生諸君!いつも言うように、私の見解や意見が正しいものとは思わないでくださいね。あなたはあなたなりの見解や意見を持っていていいのです。、、、、というか持って欲しいのです。大切なのは、今、その若い年代のこのときに、問題意識を持って自分なりにいろいろ考えてみるということなんです。私の言うことなんか「ああ、こんな意見を持っているおっさんがおるねんな。」位の軽い気持ちで読んでくださいね。勿論、いろいろ考えた上で「このおっさんの言う事には賛成!」と思ってもいいし「このおっさんのアホな意見には反対!」でもいいし「もうちょっとよく考えてみよう」でも全く問題ないのです。ちなみに前回の『体罰について』の話題の発端は、確かに柔道の女子選手が体罰問題を内部告発したことも大きな原因の1つでした。そこから、体罰を頭ごなしに否定するのは危険だという論を展開してきました。でも、だからと言って全柔連の体勢を肯定しているわけではありません。
2013.03.27
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ため息無しには語れないような内容が続きましたので、ここで話題を変えたいと思います。実はこの土日にある資格試験を受けました。資格試験に挑戦するのは、、、12年ぶりでした。12年前は完成したばかりの広島県の運転免許センターに3日間こもりきって、二輪車安全運転特別指導員の資格を取るべく奮戦していました。今回はバイクにも中学高校の教科指導にも関係のない、私にとって全く未知の世界の試験に挑戦したのです。実はこの話題は結果発表があってからにしよう!と思っていました。なぜなら、不合格だったら格好悪いからです、、、しかし発表を待たずにこの話題に入ります。結果がダメだっても、それもいいかなと考えが変わりました。「先生をしている人だから大丈夫!」なんて思っている人がいれば、先生をしている人だって勉強をしなければ何もできないってことが分かってもらうのも悪くないかと考えたからです。そして私があらためて「勉強ってこいうことなんよね!」と実感したことを紹介していきます。今、勉強している人たちに、何らかのヒントになればと願っております。
2013.03.26
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また同様に、深夜徘徊をする子供達にも共通点があります。それは「自分は自由だ!」と思っている点です。全く「自由」の意味をはき違えているのです。またこの「はき違えた自由」を生む土壌の根幹には、やはり「大人に叱られない」という環境が大きな影響を与えています。私の知る限りでは間違えなくそうです!特にここ20年での未成年者の深夜徘徊率はかなり上昇していると思います。やはり問題なのは、いうべき事をいえない大人と、自由をはき違えている子供の増殖が原因ですよ!、、、、どんな話題になっても、突き詰めれば原因はここになってしまうような気がするのは私だけではないはずです。
2013.03.24
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そしてそれらの事件を起した家庭にも共通点があります。親が子供にしっかりものを言えない。、、、これです!原因はいろいろありますがザッと挙げてみると、、、1:仲良し親子を気取って、親が教育を放棄している。2:放任主義を気取って、親が教育を放棄している。3:ものわかりのいい親を気取って、親が教育を放棄している。4:反抗期だからといって、親が教育を放棄している。5:夜に親が家にいない。、、、以上の5点が考えられます。しっかりした、いや、普通の親なら、深夜に子供を外出させるわけがありません。それをさせる親は異常だといえるのです。親が異常なら子も異常である、、、といえば失礼かも知れませんが、全くいえないわけでもないのが事実です。
2013.03.23
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未成年者が夜11時以降に屋外を歩き回ることを、深夜徘徊といいます。刑法には抵触しませんが、補導の対象にはなります。また地方自治体によっては条例で更に厳しく定義しているところもあります。「刑法に抵触しないから」といって放置していてもいいのか?、、、といえば、そんなことはありません。未成年者が深夜に自宅にいないで、ウロウロしていて良いことが起こるはずがありません。私の知っている実例をサッと挙げると、、、1:窃盗をした後逮捕された中学生2:器物破損で訴えられた小学生3:無免許運転で検挙された中学生・高校生4:放火未遂事件を起したあげく高校進学できなかった中学生5:住居侵入で検挙された小学生これらの事件を起した本人達に共通していることは、、、、1:遊び半分の軽い気持ちだった。2:事件を起した後、どういう処分が待っているかを全く知らなかった。、、、の2点なんです。
2013.03.22
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本日は我が県の公立高校の合格発表日でした。そして春休み期間に入った途端、、、、今この時間にも中高生らしき人間が、話をしながら通りを歩いています!なんで?普通の親なら、絶対に許さないでしょう!なんで子供にこんな時間の外出を許すのでしょう?春休みに入ったからといっても、、、、あるいは入試が終ったからといっても、、、、したらアカンことは、あくまでしたらアカンのですけどね、、、、。叱らない大人、叱れない大人。叱られないことが約束された子供。そう遠くない未来に、この国から「秩序」という言葉は消えてなくなっているでしょうね。
2013.03.21
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ともかく!このままの風潮でいけば、そのうち先生が生徒に言葉で注意しても「心がキズついた!体罰だ!とんでもない教師だ!」と言われる時代がやってきます。いや、すでにもう来ているかも知れません。先生達は、好き勝手に行動する生徒がいても笑顔で優しい言葉をかけるしか手段が無くなります。それでいて、「生徒のしつけができない!成績も上げられない!生徒にいうことをきかせられない!とんでもない教師だ!ろくでもない学校だ!」と罵られるのです。家庭だって同じではありませんか?最近は「親が子供を叱るのはよくないことだ」といった風潮があります。「叱るのは親が悪い」、、、、叱られる原因を作っている者は責められずにそういわれるのです。この国はどうなっていくのでしょうね、、、、。
2013.03.20
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さて、教育における「覚悟」の話題からすこし話がそれてしまったようですが、、、、結構そうではないのです!何度も申し上げますが、必要があれば体罰も辞さないという「覚悟」が必要なのです!決して必要もないのに簡単に生徒に殴る蹴るをしていいと言っているわけではありません。ただ、この「覚悟」も持たずに体罰をしてしまうから、今回のような問題が起きるのです。確かに生徒を20~30発も殴るのは異常です。しかしそこに「覚悟」があるなら、20~30発殴るれっきとした理由があるはずです。また、それが原因で生徒が怪我をした、あるいは今回のように生徒を自殺に追い込んでしまった、、、、そうなった場合、「覚悟」があっておこなった体罰であれば、その身の処し方も考えているはずなのです。この「覚悟」の微塵も無い体罰は、ただの暴力であり、ただのハラスメントであり、世間に責められて当然の行為に成り下がってしまうのです。
2013.03.19
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この話をすると「部外者の暴走バイクに学校の先生が注意しなければならないのか?」という人もいるのですが、学習環境を整えるという面では先生の仕事の1つであるといえるでしょう。あるいはさっさと警察に通報するか、証拠写真が画像を撮って警察に提出するか、様々な別の手段があったと思います。しかし「なんとかしたい」と思っていた先生がいたということが重要なんです。今回の話題は「体罰について」です。そして私は「教育を正しくおこなうには、ときとして体罰も必要なときがある!」ということを主張してきたわけです。だからと言って、生徒にガツンといくべきときにいけない、、、と悩んでいる先生を責めているわけではないのですよ!状況によってはそのときそのときの「役割」があります。しかも最近は『ゆとり教育』のおかげで、普通なら狂気の沙汰としか思えない言動を平然とおこなうことができる子供達の割合が増えてきているのも現状です。身の危険を感じるときは、無理をする必要はありません!またこの内容に関しては近々述べさせていただきます。
2013.03.18
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私がそのとき彼女に言ったのは「役割みたいなものですから、気にしないでください」でした。私は二輪が専門です。いざとなったら瞬時にエンジンを止めることも、しばらく走れなくする術も知っています。また一般の運転免許所有者に比べれば勿論道路交通法にも詳しく、それこそ必要なら警察に通報するべきかどうかも判断できます。これらの点に関しては、あのときあの学校にいた全ての職員の中で、私が1番専門知識があったはずです。また、ある程度の体格があって、ある程度格闘技をかじった経験もあります。しかも暴走バイクが出現したときは、授業の無い空き時間だった。どう考えても私が暴走バイクに対応するのが一番の適任でしょう!それを私は「役割」という言葉で表現したのでした。だれがその女性教諭を責めることができますか?
2013.03.17
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さて、その『覚悟』について!なんですが、、、、ここからはその『覚悟』も持たずしてただただ世間のバカな風潮に流されて「体罰絶対反対」っていうような連中ではなく、その覚悟の必要性を感じながらもそれを実行に移すことへの難しさを感じている人たちに向って話を進めさせていただきます。例えばこんなことがありました。とある高校で非常勤の講師をしていてときの話です。その頃の私は午前中は高校の非常勤英語講師、昼からは二輪指導員、夜は学習塾講師と三足の草鞋を履いて仕事をしていました。また生徒も先生方もそのことを知っていました。で、ある日授業の無い時間に職員室にいると、学校前の車道を暴走バイクがブンブンと無駄にエンジンをふかして行ったり来たりし出したのです。勿論、私が真っ先に学校を飛び出してその暴走バイクを停めて現厳重注意をしました。そして職員室に帰ると、ある女性の先生が私に感謝の言葉と共に「私も職員室から出て行くべきだとは思いましたが、怖さが先にたって行動に移せませんでした」と言ったのです。皆さんが私の立場なら、この女性教諭に何といいますか?
2013.03.16
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その覚悟とは何か!いざとなったら力ずくでも言うことを聞かせる覚悟です。深夜のコンビニ前でたむろして喫煙している未成年者が、道路交通法を無視して、まわりの人たちを危険にさらしてまで暴走行為をする連中が、優しく「いけませんよ」と声をかけただけで、「はい、すみません!もう二度としません。」と言うでしょうか?言うわけありません!でも我々大人は、彼らに正しいことをいい続けなければならないのです!そのためには、ときとして力が必要なときもあるんです。その力を含めて「体罰」だと言って全てを否定してしまっては、教育なんてできないときだってあるんです。
2013.03.15
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もう一度申し上げますが、私は何も暴力を肯定している訳ではありません!さらに必要がないなら体罰は無いに越したことはないと思っています。しかし、まだまだ人間として未熟な子供達や生徒達と、先生として接する場合、ときにはある覚悟を必要とすることが往々にしてあることを、声を大にして言いたいのです。それでも「体罰は絶対だめ」という人間に今までも出合ってきました。そんな連中によくいうのは、、、、「夏休みや春休み期間の深夜にコンビニ前でたむろして喫煙している明らかに中高生と思われる集団に、注意してきてみろ!!」、、、、なんです。このブログを読んでいる体罰絶対否定主義者の皆さん!実際にそんな連中に注意して喫煙をやめさせてみなさい!で、その実践報告をこのブログのコメント欄に書き込んでみなさいよ!!!これから春休み時期やから、機会はいっぱいあるぞ!あるいは、暴走バイクを静止させて注意して、今後一切暴走行為をしないと約束させてみなさいよ!それでコメント書き込めよ!!!できないでしょ!それはあなたには「覚悟」がないからです。
2013.03.14
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まず考えられることは、、、、1:無秩序自転車の生徒のほとんどが3年生。 そらく公立高校を受験するためにこの日は学校にきていない。 中学校の秩序は守らないくせに、高校生になろうとしている。 では、受験会場でも無秩序なのか? そんなことはない。卑怯にも「秩序を守ります」というような顔をして受験している。 もちろんこんな連中は高校生になっても秩序を守るはずがない。 人間の成長過程で非常に大切な10代に体得したその無秩序精神は、 高校を卒業しても、社会人になっても、親になっても変わる事はない! この中学校は、中学校の先生は、見事に将来の犯罪者予備軍を生み出したことになる!!2:無秩序自転車の生徒が2年生、1年生である可能性は低い。 無秩序状態を好むバカなヤンキー学生は、上級生がいない日こそ学校で威張りたいので 必ず登校するから!3:では受験日に1台あった無秩序自転車の生徒は、、、、 2年生である!理由は上記の2に該当!! あるいは元々公立高校受験を諦めている3年生である。ともかく!いつもしっかり校則違反無秩序生徒と対峙してきた先生の姿が朝の校門から消えたことに端を発したと思われる、ある中学校の無秩序状態の紹介でした。、、、情け無くも、おそろしい話ですわ、、、、
2013.03.13
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さて!お問い合わせの多い、例の中学校のヤンキー自転車ですが、、、、その後私が見た中では17台が最高台数となりました。その中には3台は校則に則った自転車で、学校指定のヘルメットまでハンドルにかけられていました。つまり!もともと自転車通学を許されていない生徒、あるいは許されていても学校の校則に違反したような車両に乗って登校をしてきたチンピラ生徒達の尻馬に、普通の生徒も3人は乗っかって学校の秩序を乱しはじめた、、、、ということなんです。で!本日我が県の公立高校の入試日はその中学校の無秩序自転車はどうなっていたかと申しますと、、、、。たった1台のチンピラ・ヤンキー仕様の自転車が施錠された校門の外に置かれていました。この1台が意味することは多いですよ!!!
2013.03.12
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明日は我が県の公立高校の筆記試験日です。受験生にとっては今夜はある意味緊張の一夜かも知れません。私にとってもそれは同じです。特に中3生しか教えない私はこの1年の授業を思い出し、あれも教えた、これも教えた、あの問題も解けるようにした、、、この問題も解けるようにした、、、でもあの生徒の苦手な単元は出題されないで欲しい、、、でもこの生徒の得意な単元は出題された欲しい、、、あの単元はもっと時間を取って授業をしておくべきだったのでは、、、、、、等々、、、この1年の授業を思い出さずにはおられません。ともかく、全員の明日の健闘を心より祈ります!みんな!リラックスして、肩の力を抜いて、自分を信じて、実力を出してきてくれ!!!
2013.03.11
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