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もう8月も終わりだというのに、まだ続きます!高校生の国語の話題が、、、、実は先週ある文章を英訳してほしいとの依頼がありました。よくあるんです。特別なことが無い限りいつもこうした依頼は受け入れるのですが、今回はまず受け入れるべきか否かを迷いました。依頼主は私の大学時代の後輩。彼も私と同様に学習塾を経営しています。彼の教室の卒業生の現役高校生からの依頼だということでした。私は彼に「自分で訳せば?」といったのですが、「自分では手に負えない内容ですから」との返答が返ってきました。お世辞でもなく彼の英語力はなかなかのものなので「おかしいな」と思って訳を聞いたのですが、、、、作文の内容は、将来の夢について!文章量は400字原稿用紙に1枚半、つまり600字程度!作文は勿論日本語で書かれている。で!すでに1回その高校生が通っている有名予備校の先生に、その作文を英訳してもらったとのことでした。「? ほなそんでええやん」と言った私でしたが、その次に飛び出した言葉に私は耳を疑うより先に怒りがこみ上げました。
2013.08.31
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先日懐かしい人から連絡があった。私がはじめて中学校の教壇に立ったときに副担任をしてくれていた先生であった。彼女から連絡があるときは、ただの安否確認か元生徒の結婚式の知らせか、あるいは悲しい知らせと相場は決まっている。今回は悲しい知らせだった。彼女が届けてくれたのはKさんの訃報だった。Kさんは私がはじめて担任をしたクラスの保護者だった。大柄で子沢山、いつも笑顔で元気いっぱい!それがKさんだ。当時新米先生だった私を会うたびに満面の笑顔で激励してくれた。「先生は先生のまんまでいいんや。子供の顔を見たら分かる。みんな生き生きとしとる」といつも言ってくれた。KさんはPTAの役員もしてくれていた。私が教員としてはじめてPTA役員会に出るとき1人の先輩先生から役員の皆さんに運動場の一画に砂をいれてもらえるように依頼するように言われた。その運動場の一画については「なんでここだけこんなにえぐれてるんやろ?」と私も気にはなっていた。私はその先輩教員に尋ねた。あの一画を埋まるのに必要な砂の量、そしてその費用についてだった。しかしその先輩教員は「そんなことは保護者に任せたらいい。いつもそうやってやってもらってる。」としか言わなかった。役員会当日、私は言われたとおりに役員のみなさんに話をした。すると案の定、私に質問が集中した。「どれくらいの量の砂が必要か」「その砂はどこからもってくればいいのか」「どうやってその砂を運搬するのか」「何人の人手が必要なのか」等々、、、私は助け舟を求めてその先輩教員に目線を向けたが、彼は「我関せず」の表情を決め込んでいた。その横顔を見て私は「またやられた」ことを知った。右も左も分からない新人にイヤな役目や辛い仕事を押し付ける手段だ!そのときだった。Kさんが声をあげた。「先生!わし暇やからやっとくわ。任しとき。」思わず私が「いいんですか?」と言うと「かまわんよ。次の議題にいこうや。早よ帰って一杯やりたいわ。」との即答で笑いまでとって、その場を和やかにしてくれた。役員会の後、私はその先輩教員に詰め寄ったが『暖簾に腕押し』『ヌカに釘』だった。これが悪い意味での公務員の習性だ。翌日の昼過ぎ、私が2階の教室で授業をしていると、炎天下の中1人で軽トラ一杯に乗せた砂を黙々と運動場のえぐれた部分につめてくれているKさんの姿が見えた。授業を中断して駆け寄っていきたい気持ちではあるが、そうもいかない。その日の授業を終えて掃除の時間になってやっと私に運動場へ出る時間ができた。しかしそのときにはもうすでにKさんの姿は無く、運動場はきっちり整備されていた。これだけの量の砂をどこで用意したのか!これだけの量の砂を1人で軽トラックに積んで1人で降ろすのは、どれほど重労働であっただろうか!、、、それを考えると本当に申し訳ないことをしてしまったと痛感した。私はKさんに電話をして丁重にお礼をいった。電話の向こうでKさんは笑って「わしもたまには身体を動かさんとな。また何かあったら言うてよ。」と言ってくれた。もちろんKさんは暇なわけではないことも私には分かっていた。自分の仕事を後まわしにして運動場に砂を入れてくれたのだ。いつも笑顔で話かけてくれたKさん。しかし私にとってKさんといえば、あの黙々と軽トラから砂を降ろす汗まみれの大きな背中だ。『言葉でも理屈でもない。人は背中で語るものだ!』それを私に教えてくれたあの大きな背中だ!Kさんは覚えておられるでしょうか?あれははじめての家庭訪問のときでした。教壇に立ってまだ1ヶ月もしない私に、県外からやってきて、だれも知る人のいないあの小さな島で生活をはじめて1ヶ月もしない私に、「わしは難しいことは分からんけどこの島のことだけはよう知っとる。だから島で困ったことがあったら、わしでよかったら何でも相談してよ!おこがましいけど島での先生の親父やと思うてや。わしは子沢山やから1人くらい増えたってビクともせんけん!」と言ってくれましたね。今でもKさんは私にとって『島の親父』です!これからもその大きな背中を追いかけますよ!何の恩返しもできていない私ですが、その背中を忘れす追いかけることだけは続けます。だからこれからも見ていてくださいね。
2013.08.30
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ともかく国語は本当に重要です!だって特別なことがない限り、どの科目も日本語で勉強するわけですよ。その日本語の基礎を学ぶ国語ができないなんて全く持って意味がわかりません。先日、小6と中3生に対しておこなわれた全国学力テスト、、、、どの科目も文章題の正解率が情けないほど低かったらしいです。文章が長いともう読まない。文章で解答しなければならない問題は最初から解答しない。、、、そんなことでこの先どうやって生きていくねん!それに日頃から使っている日本語が全くもっておかしい!変なイントネーションや意味不明の造語を使うことはできるのに、正しい日本語を学ぼうともしない。それに考えたことありますか?だいたいの入試って国語から入るんですよ。その意味が分かりますか?評論文で論理的思考能力が無いことを露呈させた受験生!物語文で人の気持ちを理解できないことを露呈させた受験生!そんな受験生に「うちの学校に来てほしい」と思うわけがないのです。もっと性根を入れて!もっと本気で!泣き言を言わずに、人のせいにもせずに、自分の力と創意工夫で毎日毎日来る日も来る日もコツコツと!しっかり国語と向き合ってください。
2013.08.29
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この文章の読み返しなのですが、、、、一度授業で解説を受けたものや試験で一度読んだ文章をそのまま何回も読み返しても勿論問題ないのですが、そのような文章には自分で入れた線や目印、または解説なんかを書き込んでいる場合がありますよね!できればその書き込みが出来るだけ無いものが好ましいです。教科書であれば、その本文を授業に入る前にコピーをしておく!試験問題であれば、できれば余りの問題用紙を先生にもらう!それらの手段がダメなら、自分で書き写す!パソコンに打ち込んでもいいでしょう。さーっと読むより、書いたりパソコンに打ち込んだりした方が文章がよく見えてきますよ。文章問題に強くなるには、文章をできるだけ多く読むこと、、、、それと同じくらい大切なのは、自分で文章を多く書くことです。それがたとえ自分で作った文章でなく誰かの文章を書き写すだけでも『書くこと』は確実に文章力を上げますよ!
2013.08.27
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「一度読んだ文章をもう一度読むのは無意味だ」と思う人も多いですが、そんな人に私は必ず言います。「ほなお前はその文章を完全にマスターしてんねんな!よし、ほんならこの文章が何段落構成かと、各段落の主旨を述べてみてくれ!もちろん文章を見ないでや!!」今まで全員が何段落構成かさえ答えられない状態でしたよ。同様の事例に関してはこれ以上多くは語りませんが、、、、完全にいえることは、やはり『文章問題が苦手な人に限って文章を大切にしていない!』ということです。考えてみてください!たとえば高校三年間で、それまで接した文章を全て10回以上繰り返して読み込んだ人と、一回も読む返しをしていない人で、文章を理解する能力にどのような差が生まれるか!!正直言って、受験生になってから「文章問題ができない」なんて台詞を吐いている人の多くはもう手遅れである場合が往々にしてありますよ。しかしながら、ただ読み返せばいいって訳ではないです!国語の評論文であれば、その作者か書いた論の展開を確認しながら読む。国語の物語文であれば、その場面を想像しながら登場人物の心の状態を逐一確認しながらよむ。古文であれば、その場面を想像しながら書く文章の動詞・助動詞からその文章の伝えんとしていることを確認しながら読む。勿論単語やその他の文法項目のチェックも忘れない。漢文であれば、その文章が伝えようとしている内容と、文法項目を確認しながら読む。これをしっかり繰り返すのです!
2013.08.26
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ではそろそろこの話題も終わりにしたいのですが、、、、最後に質問です国語が苦手だといっているあなた!今まで問いてきた国語の問題文をどうしていますか?今から述べることは、古文に漢文、もちろん英語の長文にもいえることなんですけど!国語が苦手な人ほど、自分が解いた国語の問題文を放ったらかしにしています。国語の試験問題や教科書の文章を、試験が終わった、授業が終わったといってそのまま捨て去ってはいませんか?それでは全く意味がありません!大切なのは『読み返し』をすることです。同じ文章を何回も何回も繰り返し読むのです。これが本当に実力を生むんですよ。
2013.08.25
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実はこの『頭の中で文章を映像化する』という技は、英語の長文問題でも使えます!英文だけから意味を読み取ろうとするから無理なんです。実は今夜の授業で1992年のセンター試験の英語の過去問を解いたのですが、その問6の長文問題が正にそうでした!その場面や状況が頭の中で映像化できていれば簡単に訳せる文章も、文章だけから意味を読み取ると訳せないんです。出題者もそれを熟知していて、その部分を出題するんですね。みなさんも経験あると思いますよ。分からない単語なんて1語も無い文章にも関わらず訳せない文章に直面することって!そのときなんですよ。それまでの文章を映像化できていれば「あ、こういうことね」と理解できるわけです。『映像化する』ということは、それまでの文章の内容を頭の中で整理しておくことなのです。やはりこれは現代文でも古文でも漢文でも英文でも共通しているポイントなんですよ!
2013.08.24
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そして、作者の論の展開を頭の中で整理するときに有効な手段が『映像化する』または『図式化する』ことなのです!勿論、頭の中で!ですよ。私はどちらかというと『映像化する』方ですね。文字を文字ばかりで頭に入れるのは、おそらく限界があるように思います。そこで私はその文章を勝手なイメージで映像化するのです。すると1回読んだだけでその文章で作者が述べている持論の展開の流れを頭に整理することが、よりスムーズになります。この『文章を頭の中で映像化する』という方法は、私が授業でよく言うことです!この方法は特に物語文の攻略に有効ですが、国語以外の文章問題でも効力を発揮します。私に言わせれば、文章問題が苦手だという人は、突き詰めるとその文章を頭の中で映像化することができないことが原因なのです!
2013.08.23
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そしてカウンセリングの要領で作者の言いたいことを、言っている順番に頭の中に整理していけばいいのです。しかしこの『整理』をするときに、他の事が頭の中にあれば、その分『整理』がし難くなります。他の事とは言い換えれば雑念とでもいいましょうか、、、ともかく、気楽に、でも集中して、作者の言い分を自分の頭の中に入れていく!この作業を自然にできるようになれば、国語の文章問題は怖くなくなりますよ。「なるほど、この作者はこれについて述べたいんやな!」「そういう理由でこのことを述べたいのか」「お、話題を変えたぞ!作者の言いたいこととどうリンクするんや?」「ここで『例』を入れてきたな」「この『例』は、この段落の結論にリンクしてるんやね」「こんどは『対比』を入れてきた。でもこの『対比』は作者の言いたいことの反対の方向に行くぞ!どうするねん!」「あ、やっぱり次の段落の最初の接続詞は逆説や。さっきの『対比』の内容を否定しておいて『結論』を強調する気やな」、、、、といった具合です!!このように作者の『結論』のみならず、論の展開まで頭に入っていれば、もう解けない問題はなくなりますよ。
2013.08.22
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評論文を目前にして「さあ、今から読むぞ」というときの『心得』『気持ちの持ち方』!その答えはカウンセリングにあります。ちなみにカウンセリングというのは、人の悩みや相談を聞いてあげてその解決のために助言や指導をすることなんです。しかし評論文を読むときは、聞いてあげるだけでいいんです!助言も指導をする必要はまったくありません。というか助言も指導をできるわけがありません。とにかく作者が勝手に何かについて問題提起をして、その提起した問題を作者が勝手に自分であれこれイジリ倒して、最後には作者が自分で勝手にその問題に対して結論を出すわけですから、、、、、それを読む我々は、ひたすら「うんうん」「へぇ~」「そうなんや!」「そうそう」「それで?」「なんで?」「どういうこと?」「なるほどね!」と話を聞いてあげればいいだけなのです。しかし本当に聞いてあげることはできません。だって作者本人がいるわけではありませんので、、、、だから『聞いてあげる』代わりに『読んであげる』!この感覚で評論文に接すると、意外と内容が頭に入ってくるものですよ!一度お試しあれ!
2013.08.21
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では話を戻しましょう!評論文を読むときの『心得』『気持ちの持ち方』です。皆さんは評論文を目の前にしたとき、どんな気持ちですか?得意な人は「よっしゃ!まかしとけ。」といった気持ちだと思います。しかし苦手な人にとっては、心の中で何やらイヤ~な気持ちがこみ上げてくるものです。しかも文章全体に思わず目がいってしまい、、、「長い文章やな~」と思って更にイヤ~な気持ちになるものです。そんなイヤ~気持ちを引きずった状態で、評論文の読解なんてできるハズがないのです。またそれよりも多いのは、文章を読みながら他事を考えてしまう人です。「時間内に解けるかな」「いい点取れるかな」「なんで日本人が日本語のテストされなアカンねん」等々、、、、もうこのあたりの、評論文に対する『気持ちの持ち方』がなっていないと満足な結果は期待できません。
2013.08.20
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ちょっとその前に質問が来ましたので、簡単に説明させてください!評論文を構成する文の成分の『結論』についてですが、、、。『結論』を述べる文章の基本は「《A》は《B》である。」であると言いました。でも文章によっては「《A》は」と「《B》である。」の間に、省略してもいい文章が入ることがありますよ!私に来た質問は「いつの私が結論だと思う文章は長すぎるんです。これでもいいのでしょうか?」という内容でした。もちろん『結論』『例』『対比』全てについていえることでもありますが、特に結論部分の文章は簡略化した方がいいです。その方が、自分の中でその作者の『結論』を明確化することができるはずです。また作者によっては、同じ結論を、言葉や単語を変えて繰り返す場合もあります。このとき文章を簡略化しておけば、『結論』の繰り返しに気付きやすくもなりますから!
2013.08.19
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ここまでの知識を用いて一度全国模試や入試の過去問の評論文に目を通してみてください。論文の構造が頭に或る程度入っていますから、今までより内容が理解できるはずですよ!しかもこれらの構造が分かっていれば、あなた自身も論文を書くことが可能になります。それが小論文ですよ。さて、ここでもう一歩突っ込んで皆さんに伝えたいのが、今までの評論文の成分や性質を分かった上で更に心がけておきたい『心得』というか『気持ちの持ち方』についてです。中には「『心得』や『気持ちの持ち方』なんかで読解力が上がる訳が無い」と一笑に付す人もいますが、そうバカにしたものではありません!『心得』とか『気持ちの持ち方』といった抽象論で逃げるつもりは毛頭ありません。しっかり論理的に説明しますね!
2013.08.18
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『固定概念・先入観』を持って文章を読んでしまう人と同じくらい点数が取れない人は、『自分の意見』を入れて文章を読んでしまう人です。評論文はあくまでも作者の意見・作者の考えを理解してあげることが重要なのです。そこには『固定概念』も『先入観』も、勿論『自分の意見』も必要ないのです。できればその試験時間だけは、その文章の作者の意見や考え方を自分の意見や考え方として捕らえることが重要なのです。『自分の意見』は必要ないのですから、『感情』も必要ありませんよ。万一自分の意見と正反対の評論を展開する文章にブチ当たったとしても、そこは極々クールに対応してください。例えば私の場合、全国模試の評論文で教育に関するものが出たとき、「それは絶対ちゃうぞ!!」と思う内容のものが出てくることがあります。しかしその「ちゃうぞ!!」との意見や感情は全く必要ないのです。そんなことは忘れて、ただただ、淡々と淡々と、その文章の作者の思考を理解することに努めるのです。このように冷静な状態で文章に取り組むことも本当に重要なのです。
2013.08.17
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この文の成分の見分けと『言い換え』『独特の表現』を押さえていけば、評論文は頭の中に入ります、、、、と言いたいところですが、、、全員が全員そううまくいくわけではありません。中にはそれでは無理だという人もいます。今度はそういう人の特徴を紹介しましょう。一言でいうと、頭が硬い人なんですけどね!まずは、先入観・固定概念を持って文章を読んでしまう人です!結構センター試験の問題は、このタイプの人に点数を取らせないようにしていますね。この固定概念・先入観は、多くの場合一般論だったり道徳的な考えだったりします。だいたい、いちいち自分の言いたいことを論文にするような人間が、その面倒くさいプロセスを用いてまで一般論やだれでも口にするような道徳論を述べると思いますか?ですから評論文を読むときは、自分の意見や考えを絶対に交えないことが重要なのです。つまり文章を読む前に、頭をカラッポにすることが大切ですよ!
2013.08.16
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もう一つは、『作者独特の表現』『作者独特の語』です。これらも出題されることが多いですよ!ただこれは単語レベルの話です。『作者独特の考え』は、すなわち『結論』ですから。たとえば、前に紹介した評論文の中で作者は『分かる』ことを『ローテク』と言い換えました。そこからさらに『ローテク教師』と『ハイテク教師』の『対比・比較』に入っていく文章を展開します。ただの『ローテク』と『ハイテク』を『対比・比較』するのはよくある話です。しかしそれらの語に『教師』を付け加えることが、この作者独特の表現なのです。そしてこれらの独特の表現は、何を意味しているのかをしっかり頭の中で整理しながら読み勧める、、、、これが思考しながら文章を読むことにつながるのです!
2013.08.15
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『結論』『例』『対比』以外で押さえておきたい要素!その一つは『言い換え』です!何かを別の言葉に言い換えていることを敏感に読み取る必要があります。それができないと、次から次へと文章中に出てくる単語量が増えすぎてしまい、思考力を奪われてしまう受験生も少ないないですよ。もちろんこの『言い換え』が出題されることだってあります。【傍線部3と同じことを述べている部分を文章中から15字で書き抜け】といった問題です。一昨日私の授業で高校3年生と解いた評論文を例に挙げると、、、その作者は『[分かる]とはどういうことか?』という問題を投げかけます。その文章中で『言い換え』がふんだんに使われていました。『分かる』=『納得』=『コツコツやること』=『「なるほど、そうか」とうなずかせる』=『めんどうくさいこと』=『いわばローテク』、、、といったように、『分かる』ということを5つの言い換えで表現していました。はやり問題の中に【『分かる』と同じ意味で用いられている語を漢字二字で本文中より抜き出せ】というのがありました。勿論正解は『納得』です。ちなみに私はこの『言い換え』を見つけたら、その語を丸で囲み、元の語と線でつなげておきます。この作業をしていれば、自分の思考の手がかりにもなるし、何より出題されたときに「どこやったかな」と文章中を探して時間の浪費を最小限にとどめることにもなりわけです。
2013.08.14
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また、文章中の[ X ]部分に当てはまる語を次の中から選べ! なんて問題にこの『対比』『比較』が用いられることも多いのです。しっかり文中の『対比』が見えていて、さらに【対比の軸】が頭の中で構築できていれば、いとも簡単にこの設問の正解を導きだせるのです。先ほどの例文でいえば、、、、『夏は暑いが、[ X ]は寒い。』で、[ X ]部分に当てはまる語を次の中から選べ!とくる訳です。[ X ]は『寒い』とリンクしていて、『夏』と対比関係になっている!正解は『夏』だと導き出せるわけなのです。もちろん何回もいいますが、こんな簡単な文章で出題されることはありませんよ。だって高校の現代文対策の話ですからね。さて、ここまでで現代国語の評論文の攻略法として、『文の成分を知る』。そしてその文の成分とは、大きく分けて『結論』『例』『対比』分類されることを紹介してきました。この確実に3要素を読み取るだけで評論文を思考的に読んだことになりますが、これらに加えてもう少し押さえておきたい要素を紹介しておきます。
2013.08.13
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この『対比』『比較』の文章を見つけたら、それがどの結論につなかっているものかを考える!それと同じくらい大切なのは【対比の軸】を考えることなんです。たとえば「夏は暑いが、冬は寒い」!この文章を読む限りでは、【対比の軸】は2つ考えられます。それは【季節軸】と【体感温度軸】です。作者がどちらの軸でその『対比』を述べているかは、それまでの文脈によって変化します。つまり、それまで作者が【季節】について述べているのか、それとも【温度】について述べているのかで変わってくるのです。先生によっては「国語は対比を読み取ることが一番だ」なんて言い切っている人もいるくらいです!勿論、文章中に複数の『対比』が存在するものも少なくありません。その場合、『対比』は複数でも【対比の軸】が共通していることもあるし、『対比』の数だけ【対比の軸】が存在することもあるのです。なので『対比』を読み取り【対比の軸】を見つけることが大切なのです。ちなみに【対比の軸】は文章中に書かれていないことが多いので、自分で考えなければなりません!それが《思考しながら読む》ということでもあるのです。
2013.08.12
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この『対比』『比較』は文章中で基本的に次のような形で登場します。(、、、説明するまでもない!という先生もいますが私はここから入ります、、、)【≪A≫は<ア>だが、≪B≫は<イ>だ。】これが『対比』『比較』の文章です。≪A≫は<ア>にリンクしていて、≪B≫は<イ>にリンクしています。また、≪A≫は≪B≫との対比関係になっていて、<ア>は<イ>と対比関係になっています。ごく簡単な例文で説明しましょう。『夏は暑いが、冬は寒い』「夏」は「暑い」にリンクしていて、「冬」は「寒い」にリンクしています。また、「夏」は「冬」と対比関係になっていて、「暑い」は「寒い」と対比関係になっているのです。そんなこと分かってるわ、、、と思っているあなた。これは例文が簡単だから分かるのです。これが「夏」や「冬」でなくもっと難解な単語だったら!『夏は暑いが』と『冬は寒い』の間に、3段落ほどの文章が割り込んできていたら!それだけでこの『対比』に気付かない人が多いんですよ。
2013.08.11
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この『対比』『比較』も大きな意味では『例』の一つです。なので『例』と同様に『対比』だけが述べられている段落も存在します。もちろんその段落には『結論』が無い場合が少なくないのです。しかし高校現代国語の評論文を読み解く上では、『対比』と『例』は区別しておく必要があります。どの『結論』に結びつけるための『対比』であるのか!、、、を読み解く。そしてそれ以上に大切なのは『対比の軸』を明確にしておくことです。センター試験や全国模試で、この『対比の軸』に関する問題が出題されたときの正解率がどうやら高くない傾向があるようです。ではまず『対比』『比較』から説明しましょう!文章が長くなってポイントがズレてはいけないので、ごく簡単な例文で紹介しますね。『対比』『比較』といえば、英文法の『比較級』を思い出していただいてもよいでしょう。つまり2人の人や2つの物事を比べることが『対比』であり『比較』なのです。
2013.08.10
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またこの『例』の中に、筆者が一番主張したいことにつながる大きなヒントがある場合も少なくありません。中には「この文章はほとんどが例ですやん!」という評論文もありますよ!ともかく!『結論』を追いかけながら、『例』を分析しながら読み進めていく。これが【思考しながら読み進めていく】ということなんです。では、もうひとつの成分を紹介しますね!それは『対比』『比較』です。ひとつの論を展開するのに、ただの1人よがりの文章では論文と言えません!私の小論文の授業を受けたことのある人たちは「また言うてるわ」と思っていることでしょう。そう!なんどでも言いますよ!!論文には『対比』『比較』が必要なのです。この『対比』に関する問題は、先ほどの『例』に関するものよりも多いと思いますよ。
2013.08.09
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では『結論』以外の成分は何か!それは大きく分けて2個しか存在しません。その1つは『例』『たとえ』『例示』『事例』です。ここでは『例』て統一させていただきます。筆者が自らの『結論』を述べるにあたって、読者のみなさんが理解しやすく、イメージしやすく、つまり説得するために用意するのです。で、ここで大切なのは【『例』の中に『結論』はない!】ということです。中には、1つの段落、あるいは複数の段落に渡って『例』を述べている場合があります。その場合はその段落に『結論』を示すラインを入れることはないのです。だからといってこの『例』はもちろんバカにできません!文章中に意味のない『例』を入れてくる訳なんてないのです。大切なのは「この『例』はどの『結論』につながっているのか」を常に読み取って理解することなのです。文中のある『例』が何を意味しているか?、、、つまりその『例』がどの『結論』につながっているか?を問う問題なんて本当によく出題されますよ!!!
2013.08.02
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さて、ここで言う『文の成分』とは文法的なことではありません。【評論文】や【小論文】を構成する『成分』だと考えてください!まず【論文】には、その筆者が言いたいことが必ずあります。それを『主題文』と言ったり『結論』と言ったりします。ここでは『結論』で統一させていただきます。『結論』はほとんどの場合、断定的な文章で表現されています。たとえば、、、、「○○は△△だ。」「○○は△△である。」「○○は△△です。」、、、といった具合です。中には、「○○は△△だろう。」「○○は△△であるはずだ。」「○○は△△であるべきだ。」、、、等々、少し遠回りというか遠慮がちな場合もあります。この『結論』だけをしっかり読み取っていけば、その文章で筆者が言いたいことがおのずと分かるのです。またこの『結論』は基本的に各段落に1個は存在します。段落によっては複数個存在する場合もあるので、しっかり読み取ります。ちなみに私の授業では、この『結論』部分に絶対に線を引いてもらいます。、、、だったでしょ? 卒業生の皆さん!で!その文章の中で作者が一番訴えたい『結論』はどの部分なのかを見極めることも簡単になるのです。そしてこの『結論』を見極めるには、それ以外の『成分』を知っているとより簡単になるのです。
2013.08.01
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