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そして2つめの選択肢は、侵略に対して戦うという手段です。もちろん戦えば双方に戦死者が出ることは回避できないでしょう。しかしここではこの問題の次に考えなければならないことに話題を向けますね。人命なんかどうでもいい!ってわけではないですよ。人命に関する問題は様々な場所で語られていますから、、、。でもこの問題の次に考えなければならないことは、私の知る限りほとんど語られていないんですよ。それが危険だと思うんです。それは、、、、『じゃあ戦えば必ず勝てるの?』という問題です。これをしっかり検証しておかないと、いざその状況になったときに『戦いました』『たくさんの死者がでました』『でも負けました』となってしまう可能性が非常に高くなってしまいます。これでは絶対にダメなんです。
2014.08.31
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このような事態になった場合、2つの選択肢がありますね。1つは先に述べたように、戦争回避のため侵略を受け入れることです。そうすれば戦争回避という目的は達成して、戦闘による両国共に死者は出ないでしょう。ただその後を考えてみましょう。もちろん『日本』という国は無くなります。侵略してきた国の一部の地域になるでしょうね。そしてその国に統治されるのです。アメリカで言えば、ハワイのようになります。中国で言えば、新疆ウイグル自治区やチベット自治区のようになります。、、、みなさんはハワイの経緯って知ってます?、、、中国の自治区ってどんな場所で、何が起こっているか知っています?、、、あるいは、、、、日本人は出ていけ!ってことになって、日本人全員が行く当ても住むべき場所もなく難民として彷徨うことだって考えられます。さらに、日本人がどこか一か所に集められて殺される可能性だってゼロではありません。後で、事故だったとか伝染病が原因とかウソの報道をされて片づけられたりして、、、「そんなことはないわ!」と思うあなた!!!確かに今私が述べたことは、言い過ぎかも知れないし、恐怖心だけをいたずらに煽る意図がある、と言われても反論の余地はありません。しかしですよ!可能性として全くのゼロではないでしょうよ。
2014.08.30
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この話題、、、22で終わっておくべきなんですけどね!教育ブログという性質上ではね。しかし今私は学校の先生ではありません。まあ学校の先生時代もここから先の話をして物議を醸したこともありましたけど、、、。ここでもやはりこの先に触れておきたいと思います。確かに戦争は不幸しか生みません。私も戦争は反対です。なぜなら、人の命が失われるからです。でも、この先に話をすすめたいと思います。ある意味極論かもしれませんが、それでも考えておかなければならないことなんですよ!いきますよ!『では他国が日本を侵略しようとして武力で攻めてきたとき、戦争をしたくないという理由でその侵略を受け入れてもいいのか?』この問題を真剣に考えておかずに、ただ『戦争反対』というのは危険ではないのか!と私は思うのです。みなさんはこの問題について考えたことはありますか?
2014.08.29
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では、具体的に戦争をしないために、どういった方面からのアプローチが考えられるか?やはりそれは戦争が始まる原因から考えるのがいいと思います。戦争の原因として考えられるもの、、、みなさんは何点挙げられますか?そしてそれと同じくらい大切なのは、「本当は戦争なんかしたくない」という本音をいかに引き出して、行動するか!でもあるのです。それらのポイントについて現時点での私の考えはもちろんあります。でもそれに触れるのはまたの機会にします。それまでお互いしっかり考え続けましょう!「平和」って何なのか?という問題も含めてね。
2014.08.28
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戦争と、それを起こそうとする人間の本質をしっかり学んだあと、、、、ここが重要なんですが!戦争を起こさせない新たな手段を見つけなければなりません!!!これまで繰り返されてきた手段では無理ですわ。また無責任な意味でいうわけではありませんが、我々の世代では無理かもしれません。その方法の基本は本当にシンプルなものであるべきなんです。それこそ子供の発想です!そしてそれを実現する知識と実行力が必要です。たとえば今月放送されたあの番組を見ましたか?太平洋戦争が激しさを増す中、生徒の絵日誌を書かせた小学校教諭の話、、、あの先生が終戦直後に生徒たちに書かせた作文の中から、全員に読み聞かせた1つの作文がありましたね。「これからは、家族が仲良く、地域が仲良く、国が仲良く、世界の全ての人たちが仲良く暮らせるようになればいいと思います。」当時小学5年生だった少女が書いた作文です。、、、そんなん無理や!と思うのは大人の考え。じゃあ世界のみんなが仲良くするにはどうすればいいのか!これを真剣に考える。こういうところから始めなければならないと思いますよ。
2014.08.27
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正常な感情や判断力のある人であれば、どの国の人であってもおそらくは、誰も殺したくないし誰にも殺されたくないのです。例外の人たちもいますよ!連日報道されていますよね。主義・主張の違いのために、、、過去の遺恨の復讐ために、、、人を殺している人間がいます。しかしそれらはほんの一部です。ほとんどの人は、殺したくないし、殺されたくないのです。では、それを人々に強要する戦争とは何なんでしょう?これを真剣に考えなければならない時期に来ているのです!とっくの昔に来ていたのですが、そこに思いがいく人が少なかったんですよ。特に若い世代の皆さんはしっかり考えなければいけません。戦争の、そして戦争を起こす人間の本質を、鋭く見抜く洞察力を養わないと!!!そのためには、戦争の全体像をしっかり描いた本を読み映画を見て、しっかり考えてください。アニメでもそのあたりをしっかり描いている作品はありますよ。出版業界も映画業界もテレビ業界もくだらん恋愛物を作る暇なんか無いんやけどな~。ホンマに何しとんねん!!!またそういった低俗なものに執心する連中も連中やけど、、、、。
2014.08.26
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このあたりのことを、、、たとえばアメリカ人の人たちはどう思っているのでしょうか?アメリカは第二次世界大戦以降『世界の警察』を自負し、様々な戦争に兵力を投入してきました。もちろん戦死者数もものすごい数です。またそれまでの戦死者を出しながら、様々な国に兵力を投入した結果、それらの国々から感謝されているのかと言えば、反対に反感を買い、それがテロや新たな戦争を生んでしまう事態すら招いているのです。それまでして戦死者を出してきている自分の国を、またそれらの戦闘で命を失った人々のことを、心から納得して誇りに思っているのでしょうか?実は数人のアメリカ人の知り合いに聞いたことがあります。といっても3人ほどですが、、、、偶然かもしれませんが、全員が否定的な意見を述べました。つまり誰も自分の国の人たちの命が奪われることに納得していないのです。もちろん誇りに思っているわけでもないのです。もし、日本で同じようなことが起こったとき、我々日本人は失われた命に対してどういった感情を抱くのでしょう?みなさんはどんな感情を抱くと思いますか?
2014.08.25
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以前私がそのように思えていたのは、自衛隊員の顔が見えていなかったからです。しかしここ数年、バイクの指導の仕事で自衛隊の人たちとご一緒させてもらえる機会ができたのです。確かに彼ら彼女らは、いざというときに日本国民を守るための訓練をしています。我々一般人には想像もつかない厳しい訓練ですよ!でもだからといって、何か危険な事態が起きたときに、「それ!我々国民の命を守れ!」と言って彼ら彼女らを簡単に危険な現場に送り込んでいいのでしょうか?そしてもし彼ら彼女らの命が失なわれることになったとしたら、「よし、それでこそ自衛隊、ようやった。これで自分は安全や!」と言って胸を張って暮らしていけるのか?、、、私はそんなことを考えるよになったのです。知り合いになって情が移った、というわけではありませんよ。そこはしっかり切り離して考える冷静さは維持しています!
2014.08.23
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第二次世界大戦・太平洋戦争の後でも、世界で様々な戦争が起きてきました。ベトナム戦争、朝鮮戦争、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、、、これらの戦闘でどれくらいの人が命を落としてきたか、、、、。でもこれらの戦闘で命を落とした日本人はいないのです。もし、ここ最近の日本の方針転換で、近い将来に日本の自衛隊員が命を落とした時、我々はその事実に耐えられるのでしょうか?また第二次大戦後、戦闘での死者を出してきていないという事実を終わらせることの意味を、我々はちゃんと理解しているのでしょうか?実は私も3年ほど前までは、こんなことを考えたことはありませんでした。理由は簡単です!自衛隊員の顔が見えていなかったからです。それまでの私の考えはこうです!自衛隊が「戦力」なのか「実力」なのか、そんな憲法上の言葉遊びなんて知ったこっちゃない。武器をもってそれを使う訓練をしている限りは、戦闘で命を落としたとしても、それは覚悟の上であり、彼ら彼女らの喜びであるはず。それが嫌なら税金もらって飯を食う資格なんかない!
2014.08.22
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私が気になること、、、。それは万が一、本当に万が一の事態が起こったときに、、、、ですよ。同じく万が一、本当に万が一、日本人の血が流れることを、政府が、また我々が現時点でどれくらい覚悟できているのか?、、、という点なんです。たとえば集団的自衛権の行使容認に反対している人たちの意見の核心もここにあるんですね。だれかの命が奪われるような事態になれば、だれが責任を取るのか?または、そんな事態になったときに、その命の重さを背負って、その命の犠牲の上に立って、再びのうのうと平和に生活を続けていく覚悟があるのか?ここをしっかり論じておかないといけないような気がするんですよ。『弱腰』といわれ『エコノミック・アニマル』といわれ、挙句『平和を金で買おうとする卑怯な国』とまで言われながらも、太平洋戦争後戦争や戦闘で1人の国民の命も失ってこなかった日本、、、それでいい!という人も、やはり命の犠牲の上に立った国家の建設を否定する人たちなんです。ちなみに、私の知る限り、戦争を経験したひとは、必ず集団的自衛権行使には反対ですし、命の犠牲の上に成り立つ国家を望まないです。我々戦争を知らない人間は、これらの意見に真剣に耳を傾けなければならないはずなんです。
2014.08.21
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日本をとりまく情勢が変わってきている。「何か」が起きてからでは遅いので、それが起きる前に、起きたときに対処できる体制を作っておく、、、湾岸戦争前後から今まで、日本政府がしてきたことはそういうことなんですね。ここまでは理論上考えられることは、私は理解できます。政治家・評論家・ジャーナリスト等の中で「情勢が変わったからといって、どこの国が日本に攻め込んでくるんだ!そんな国は無いし、そんなことは起こらない」と声高にいう人もいますよ。でも私はそんな連中の言葉には貸す耳がありません。なぜなら、万が一、そんな事態を起こってしまい、日本が巻き込まれたとしても、そんな連中は何の責任も取らないからです。万が一の確率でも起こる可能性のある危機であれば、可能な範囲でそれに備える!これは行政として取るべき行為ですから。でも、ここまでは理解できても、、、やっぱり気になることがあるんです。
2014.08.19
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私は個人的には、ある程度の一貫性はあると思います。23年前、1991年の自衛隊ペルシャ湾派遣のときから、反対派の人たちは「日本が戦争をできる国になる!」と言ってきました。その意見、その危険性も理解できます。でも、実際に戦争は起きてきませんでした。これは政府の言う「日本の安全のため」との言葉を守ってきた結果だと評価はできると思います。ただ、冷戦が終わってからの日本の動きは『政府は日本を何かから守ろうとしている行為』と感じるんです。では『何から?』、、、、。ここが明確になっていなんですね。想像はある程度できますが、、、、まあ政府もそこを明言はできないでしょうけどね。でもこのあとの日本政府の動きで気になることが1つあります。
2014.08.18
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たとえばですよ!このブログでも取り上げた集団的自衛権行使容認の話題、、、、。当初はテレビもラジオも新聞も、あ~だこ~だと一斉に報道しました!やはりこのブログでも紹介したように、「日本を平和に保つためだ!」という人と「日本を戦争に導いている」という人との意見に分かれました。、、、そこだけ聞いていれば、両者の意見はどちらにも賛成できます!、、、しかし、長い目で過去を振り返ると!!!!昨年、2013年12月13日に政府は、特定秘密保護法案を公布しました。法律が公布されたってことは1年以内に施行されますよ!13年前の2001年には、法改正で法律上、自衛隊がPKF(平和維持軍)への参加を可能にしました。22年前の1992年には、PKO(国際連合平和維持活動)協力法等が成立していますよ。23年前の1991年には、実際に湾岸戦争時のペルシャ湾に自衛隊を派遣して、非戦闘地域での機雷の掃海活動を実施しています。ちなみにこれらの全ては自民党政権下での決定です。みなさん、この流れを知っていますか?あるいは覚えていますか?そしてこれらのときどきに政権政府が言ったことを覚えていますか?覚えている人!その内容に一貫性を感じますか?感じませんか?
2014.08.17
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まずは、いざ戦争となったとき自分は戦地に赴かないくせに「ああしろ」「こうしろ」と指示だけ出す立場になる人間に注意です。その人間の言っていることは、本当に正しいのか?それを見極める幅広い知識と洞察力・想像力が必要です。今でいうと安倍総理、閣僚、政権与党の人間がそうですよ!だがら我々は政治をしっかり見て聞いて知っておかねばならないのです。あとは戦争で儲かる連中と、自分の地位や権威を高める連中です。こういった連中にとってうれしいことは、多くの人間が無知であることです。国民が無知なら、政府の人間はしたい放題なんでもできます。国民が無知でなくても、したい放題をする政府もありますけどね、、、。またこういった連中は、徐々に論調を変えていきます。その場その場では正しいことを言っているようでも、1年前と、2年前と言っていることが微妙に違ってくるのです。この「違い」をしっかり認識しないと危ないのです。
2014.08.16
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今日は69回目の終戦記念日でした。テレビでも終戦や戦争に関する報道や番組が放送されています。9歳のころ終戦を迎えた母は「もう戦争はたくさんや」と今日一日で何十回も言ってます。戦争をしてハッピーエンドだった、、、なんてことは無いのです。じゃあ、みんなが戦争なんかしたくないのに、なんで戦争は起こるんでしょう?それは戦争を良しとする人がいるからです。「戦争!戦争!戦争しないでなんとする!!」という人もいれば、「本当は戦争なんかしたくはないがやむを得ず、、、」という人もいます。ではそんな人たちは、いざ戦争が終わったときに諸手を挙げて心底喜んだのでしょうか?答えは多くの場合「No」です。、、、でも、多くの場合、、、ということは「Yes」の人たちも少数はいるわけですね。我々戦争をしたくない人間は、戦争で喜ぶ人間は誰か!をしっかり認識しておかなければならないのです。そしてその人たちの論理・論調に乗らないための知識が絶対不可欠なんです。
2014.08.15
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先の第二次世界大戦の発端は1929年の世界恐慌であったことは明らかです。世界恐慌とは、世界中を巻き込んだ経済問題だと思ってください。その結果、資本主義経済の国々が国力を弱めてしまい、軍国主義の国が世界を席巻する準備を進めました。その10年後の1939年には何がありました?そう、ドイツのポーランド侵攻です。これで世界が第二次世界大戦に突入していくんです。2008年には、やはり世界を巻き込む経済問題であるリーマンショックが起こりました。やはり資本主義国家は経済力が落ち込み、国力が低下してきています。その状況を背景に、実際に領土・領海を広げようと画策している国があるでしょ!2018年には何が起こるのか、、、、私は本気で心配しています。
2014.08.14
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今日でカウラ事件からちょうど70年経ったそうです。みなさん『カウラ事件』ってご存知ですか?今日、ロシアが北方領土で、日本政府の反対を全く無視して過去30年間で最大といわれるほどの軍事演習をおこないました。みなさん『北方領土』って何か知っていますか?なぜ今そこでロシアが大規模な軍事演習を実施するのか考えていますか?みなさん、今現在ウクライナで何が起こっているか知っていますか?戦争に無知な国民が多ければ多いほど、その国は危うい道に足を踏み入れてしまいますよ。
2014.08.13
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我が教室の卒業生の皆さんにはよく言いましたよね。どんな話を聞いても「いい話」「かわいそうな話」と他人事のように感じているうちは、その話はそれを聞いた人の血肉になっていない!大切なのは、どこまで厳しくその話を自分に当てはめて考えられるかや!、、、って。戦争や内戦や各種の紛争のニュースが流れたら、それが起こった原因を自分なりに調べるんです。で、どうすればそれらを起こさずに済んだのか?また、それらはどのようにすれば終わらせられるのか?あるいは、実際にそれらはどのように終わった、終わらせられたのか?そして、なぜ同じことが日本で起こっていないのか?同時に、同じことが日本で起こる可能性はないのか?たとえば、今現在ガザで起こっている空爆!この原因をどれくらいの日本人がざっくりでいいから知っているんでしょうかね?本当に不安です。これほどインターネットが普及している時代に、大切なことを知ろうとしない日本人が多すぎるのではないでしょうか?
2014.08.12
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大切なのはまず戦争を知ることです。これは与えられる情報を見聞きすることではないですよ!あくまで能動的に自ら知ろうとすることなのです。皆さんどうですか?学校の歴史の授業で習った戦争の話以外で、戦争について学んだことはありますか?学ぼうとしたことはありますか?「ない」って人!今まで何をして生きてきたんですか?くだらん恋愛ドラマやバラエティー番組を見ている暇があれば、しっかり戦争について知る機会を持ちなさいよ!だから日本は「平和ボケ」って言われるんです。たのんまっせ!!!そんなに難しいことではありません。戦争を背景にした映画やドラマや小説、あるいはゲームでもいいです。それに触れたときに、次の3つのポイントのどれかについて真剣に考えてみてください。1 なぜ戦争が起こるのか?2 どうやって戦争を終わらせるのか?3 戦時下の民間人はどのような運命をたどるのか?あるいは先の第二次世界大戦や太平洋戦争を題材にして考えてもいいです。
2014.08.11
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逆説的に考えると、この微妙なバランスを保ってきた日本政府の外交はかなり成功してきた!と言えるかもしれません。それはときには『弱腰外交』と揶揄されてきた側面もあります。確かにただの文字通りの弱腰な外交だったときもあります!でもときには、対立や戦争を避けるための譲歩ととれる弱腰もあったのです。でもここ数年、そのいい意味でも悪い意味でも『弱腰』な外交に付け入って、自分たちの主張ばかりをゴリ押ししてくる国が現れたのです。これからの日本の課題は、こんな国々とどう渡り合って平和を保つか!、、、なんですね。またその課題に直面するのは、我々の世代ではなく現在の若い世代の皆さんなんですよ。戦争はするべきではないんです。それは戦争を経験した人たちが口をそろえて言ってます。我々はその言葉を真剣に受け止めるべきなんです。では、戦争をしないためにはどうすればいいと思います?まずは具体的に何をするべきだと思います?
2014.08.10
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こんな話はほんの一部ですよ。ここで書けないようなもっと悲惨な話もいやというほどあります。しかもこのような悲劇は現時点でも世界各地で繰り広げられています。テレビで見ませんか?ガザ地区への空爆、、、、。ここ数日で何人の命が奪われているか知っていますか?日本ではあんなことは起こらないと思っている人も多いでしょう。かく言う私自身も心のどこかで思っている部分があります。「日本は平和でよかった、、、」ってね。でも今の日本の平和なんて、本当に微妙なバランスの上に成り立っています。知れば知るほどこわいです。少しでもこのバランスを崩そうものなら、日本なんて瞬時に戦争状態に入りますよ。いや、戦争状態ならまだましかもしれません。ほんの一瞬で国土の一部が乗っ取られ、その地域の人たちは瞬時に殺戮されていまいます。もっと怖いのは、この微妙なバランスを崩そうとする人たちも国内にいることかもしれません。その人たちの言うことは、部分的には理解できます。でも大局的にみると本当に危険なんです。
2014.08.09
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つい今さっきまで母が立っていた自分の目の前の空間をただ見つめるだけの彼の背後から父の声がしました。「お前は走って逃げろ!」振り返ると自分の方を見つめている父の足元には、動かなくなった妹が、ついさっきまで一緒に逃げていた妹が、静かに横たわっていたのでした。絶命した妹の首はおかしな方向に曲がっていました。それは首を絞めて殺したというよりは、首の骨を折って殺した、という方が正しいことを告げていたのでした。「早く行け。お父さんは後から追いかけるから!」その言葉にうなづいた彼は一心に走り出しました。走り出した時、一度だけ父の方に目線を向けた彼に、父は大きくうなづいたそうです。彼はそれ以来、父に会うことはなかったそうです。その消息は今もわかっていないそうです。、、、みなさん!これが戦争なんです。いや、正確にいうと、戦争をするとこんな話が数えきれないほど起こるのです。こんな話が自分の身に降りかかってくるのです。それが戦争なんです。
2014.08.08
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母の額に銃口をあてて両手で拳銃を構えた彼ではありましたが、やはり母の頭を撃ち抜くことができません。彼のおかあさんは目を閉じて手を合わせていたそうです。そのうち彼は悲しさと怖さから泣き出しました。そんな彼に母は「私は女だから敵に捕まったら何をされるかわからないし逃げるには足手まといだから、お前が撃っておくれ。そして早く逃げなさい。」と言ったそうです。でも彼は撃つことができません。しかし次の瞬間、母は目を開けて息子をみつめかと思うとニッコリ微笑みました。その笑顔を見たとき、彼は身体に力が入ってしまい、その結果右手の人差し指が銃の引き金を引いてしまったのです。パン!乾いた音が辺り一面に響きました。彼の母は後ろ側に崩れ落ち、そのまま丘の斜面を転がり落ちて、やがて崖から海に没したのでした。
2014.08.07
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その男性は10歳になったばっかりのときに沖縄戦に巻き込まれたのです。彼は、父・母・妹の4人で自宅を捨てて、迫りくる米軍から逃げました。しかし程なく彼ら一家は米軍に追いつかれます。「鬼畜米英」「生きて虜囚の辱めを受けず」と教育されてきた一家は自決を試みました。彼の父は弾丸が1発だけ残っている拳銃を日本軍兵士から渡されていたそうです。一家は四人、弾は1発!そこで彼の父が下した決断は、まずは自らの手で娘の命を奪い、息子に拳銃で母親の命を奪わせることだったそうです。父から拳銃を手渡された彼は母親と共に海に臨んだ丘に向かって歩き出すのです。歩き始めて間もなく、彼の後方から父親の「すまない」との声の後に妹の苦しむ声が聞こえてきたのでした。父親が自分の娘の首を絞めはじめたことは容易に感じ取れたそうです。しばらく聞こえていた妹の苦しく声が一瞬途絶えたかと思うと「ごめんなさい」と妹の声がしたのです。それは「なかなか死ねなくてごめんなさい」という意味であったと彼は確信したそうです。そして丘の海側の斜面で立ち止まった彼に母親は「ここを撃って」と額を指さしました。彼は言われるがままに弾丸が1発だけ残った拳銃を母親の額にあてるのでした。、、、この話は空想でも作り話でもありませんよ!実話です。たった69年前にこの国で起こった本当の話です。
2014.08.06
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みなさん!『戦争』といわれたとき、どんな感覚でこの言葉を受け止めますか?実は私、10年ほど前に非常勤講師として通っていた高校の校長先生に同じ質問をされたのです。正直な私の答えは「昔の話」「違う国の話」「日本には関係のない話」「映画や小説やテレビやゲームの中の話」という感覚がどこかにあります。そのどこかにある私の感覚を校長先生に鋭く且つ優しく指摘してもらいました!みなさんには、そんな感覚はありませんか?校長先生とそんな話をした数か月後に、偶然あるテレビ番組を見ました。私はそれを見て「これから『戦争』と言われたら、この感覚を絶対に思い出そう。」と決意したのです。その番組は、ある初老の男性が海に向かって「おっかさ~ん」と何回も叫ぶシーンから始まりました。その男性は大粒の涙をポロポロポロポロと流しています。そして字幕が出てきて、番組のタイトルの紹介に入ります。確か【生存者の証言~沖縄戦~】というタイトルだったと思います。「この男性は、戦争でお母さんを亡くしたんやな、、、」と思いました。この私の想像は大きな意味では当たっていたのですが、その詳細は想像を絶するものでした。
2014.08.05
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真剣に掘り下げるとこの話題だけで1つのブログを延々と書きつづけることができそうなこの集団的自衛権の問題!政府や賛成派は「日本がより安全になる」といい、反対派は「日本が戦争をする国になる」と言っています。でも、この件に関してはどちらの意見も正しいのではないかと思います。日本をどちらの方向に向かわせるのか!そのカギを握るのは我々国民、、、、と言いたいのですが、本当は政治家です。政治家はいつの時代も上手いこと言って、あるいは上手いことも言えず訳の分からないことを言っては、国民をだます、またはだましてきた!、、、このことだけは忘れてはいけませんよ!だますどころか、国民の命を犠牲にして国や政府だけがのうのうと生き残ることだっていやというほどあったのです。それを忘れてしまっては、この国は危うい方向に進んでしまうような気がします。もしそうなれば!戦地に向かうのは我々おじさん世代ではないですよ。このブログを読んでくれている多くの若い世代の、今選挙権のない、君たちなんです。2014年7月1日に、この国でどのような議論の上に集団的自衛権の行使が容認されたのか!これをしっかり知っておき、忘れないでいることが重要です。
2014.08.04
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ということで、、、このような議論が繰り返されながら、集団的自衛権の行使容認が閣議決定されたのです。本年・2014年7月1日のことですよ。これはどこか遠くの国の話ではなく、現在の日本の話です!「集団的自衛権?どうでもいいわ!」という人、思う人が、多ければ多いほどこの国はおそらく戦争の道に足を踏み入れるでしょう。反対に、賛成派であったとしても反対派であったとしても、この問題をしっかり自分なりに把握する努力をし、自分なりの意見を持つひとが多ければ多いほど、この国は平和を維持していくことができるでしょう。みなさん知ってます?政治家が本当に望んでいる国民像って?それはズバリ「国民が政治に無関心であること」なんです。だってそうであれば政治家たちが自分のしたい放題のことができるでしょ!でも我々国民が政治に関心を持つのは、だいたいが自分の損得に関するときだといわれています。仮にそれが事実でも、自国が戦争をするのかしないのかという問題に無関心である人はいないはずなんです。なので我々はこれからも政府の動向を監視し続けなければならないのです。
2014.08.03
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では集団的自衛権の行使容認を認めた場合、友好国が攻撃されたときや戦闘状態に入ったときに日本は必ずその友好国を支援するために武力を行使しないといけないのでしょうか?政府のいうには、そうではないのです。日本国の国民の財産や命に明確な危険が迫っている場合に限る!ってなことを、もっと難しい言葉で発表しています。でも反対派や政権与党の慎重派は、「言葉が不明瞭だ」「説明が不十分だ」と反発しています。、、、その反論もわからなくはないのですが、私思いますに、政治の世界で明瞭な言葉なんかあったためしはないですよ、、、。もっと正確に表現しますと「言語明瞭、意味不明瞭」なんです。話を本題に戻します!「言葉が不明瞭だ」という反論に対して、賛成派や政府は「個々の事例に対しての事例をすべて挙げるのは不可能」といいます。ざっくり簡単な言葉にすると、「友好国が戦闘状態に入るパターンなんて無限大に考えられるから、この場合は支援する、この場合は支援しない、なんて決められない。そのときそのときで政府が正しく判断しますぜ!」ということなんです。それに対して反対派はいいます!「政府の判断が正しいという根拠はあるのか?」賛成派や政府は答えます!「その判断をする政府の人間は、有権者が選挙で選んだ代表者だから、政府の判断は有権者・国民の判断になる。その判断が正しかったときは、有権者・国民の判断が正しかったということ。その判断が間違っていたとしても、それは有権者・国民の判断が間違っていたということ。どちらにしても、すべては国民の判断だ。」ってね。
2014.08.02
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