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私たちが叔父の店に送り込まれるのは部活が唯一休みになる年末とお盆の時期の3日間!一日に15時間ほど働いて最終日にもらえるお金は1万~1万5千円。もちろん中学生にとってはかなりの大金なので、当時は喜んでいたのですが...高校生になって他でアルバイトをするようになったら「あんときの時給はなんぼやってん!」と考えるようになりました。それでも...兄たちはしなかったのですが、私は高校生になっても3日ほど何も予定のないときは叔父の店の手伝いに行っては小遣いを稼ぎにいきました。中学生のときは仕事を覚えるので精一杯だったのですが高校のころにはさすがに仕事の流れを覚えていたので、叔父と話をする余裕ができました。そのときに、経営者として叔父が考えている『商売』についての考えを聞かせてもらえる機会に恵まれたのです。その中でも一番印象に残っていて、一番核心を突いているように思えるのが『冷コー』の話でした!
2014.12.31
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10歳だった叔父が選んだ職場は商店街にある魚屋。生まれたときから食料の乏しい生活をしてきた彼は、魚屋で働けば好きな魚を食べることができると思ったのかもしれません。彼はそこで12年働いて修行を積んだ後、22歳で独立し青果店を経営することになります。私の兄弟は中学生になるとその叔父の店に「丁稚奉公」と称して母に送り込まれて、社会の厳しさや仕事の厳しさをたっぷりと味わうのが恒例となったのです。今でいう職場体験ってやつですね!そこではこっぴどくしごかれましたわ(‐_‐;その青果店に送り込まれるのは、部活が唯一休みであるお盆と暮れの大みそかの3日間!朝4時に起きて大阪中央卸売場で果物を仕入る。仕入れた果物をトラックに積み込んだら市場内の食堂で朝食...この時点で時刻は7時頃ですがもう体力は限界に達しています。そしてその足で商店街に向かい開店作業...夜8時の閉店までは12時頃に30分ほどの昼食休憩があるのみで働きっ放し...これを繰り返す3日間でした。
2014.12.30
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私の授業を(特に社会)を受けた人は覚えていると思います。「結局世界で起きている、または起きてきたことは何でもその根底は経済なんや!」って台詞を!中にはその考えに共感して経済学部に進学した人もいましたね。さてここで私に『仕事』とは何か『経済』とは何かを教えてくれた人の話を紹介したいと思います。大いに参考にしてください!その人は約1年前に他界した私の叔父です。彼は昭和19年12月生まれ。そう!太平洋戦争の終戦前年です。彼が生まれたときにはすでに日本の戦局は悪化の一途を辿っていて十分な食料もない時期でした。生後八か月に終戦をむかえても食糧事情は改善されることはなく、物心がつくころにも食べ物が乏しい生活は続いていました。彼には兄が1人姉が3人しましたが、その頃には結婚して家を出ていました。母親は戦争中の苦労がたたって病弱で父親は職人でしたが戦地から生還した後は勤労意欲を無くしてしまい家庭にほとんど収入がない状態だったので10歳で仕事に就いた、、、叔父の社会人としての人生はこうして始まったのです。
2014.12.28
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その前にもう一言!我々大人側の問題点...といった書き方をしましたが、それを言葉通りに解釈するなよ学生たちよ!!!大人側の説明力が必要になったのは大人のレベルが下がったのではなく若者のレベルが下がってる、というとんねん。なんでレベルが下がってるかも言うたろか!分かれへんやろ!想像もできへんやろ!そらそや。お前らは絶対的に読書が足りてない。だから想像ができへんのやろ!就職に対する身の振り方が!読書が苦手ならしっかり映画を見なさいよ。世界の名作と言われる作品をみなさいよ。アホみたいな恋愛映画は見るクセに、ビクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』を知らんってどういうことやねん。ポール・ケインの『永遠の都』は読んだことあるか?無かったとしても題名くらいは知っているか?No やろ。教員を目指してる連中!チンギス・アイトマートフの『最初の教師』は読んでモノ言うてんねんやろな!今日俺にメールよこした大学生1人に高校生2人!てめーらのレベルも考えんと、何もかも大人や世の中のせいにするなよ。...その他大勢の読者の皆様...失礼しましたm(_ _)m。
2014.12.26
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学生さんと話をしていて、最近はこういったことをあまり考えない若者が増えたような気もします。その原因は明確!我々大人に、仕事と収入のバランスをざっくりでもいいから若者に伝える能力が欠如してきているのです。就職に希望を持てない。仕事に興味がない。就労意欲がない。...こういった感覚を持つ若者も大人に恵まれていないことが原因であることが多いですよ。この状況に危機感を感じた人たちが中心となってキッザニアなんかが作られている経緯もあるのです。はやり小学校3年か4年あたりで、一度仕事や就職について考える機会があったほうがいいですね!それではここで少し話題を学生諸君に向けたいと思います!戦後復興期から日本を好景気に導いた世代の大人たちの『仕事』あるいは『経済』に関する感覚を紹介します。私も最近になって少し理解できるようになってきたのですが...
2014.12.25
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こんなこともあります。20年ほど前...日本が『一億総中流時代』とか言われて、日本が好景気に沸いた時代!あの頃は年収600万円なんてそう夢ではありませんでしたよ。就職して10年から20年も頑張ればそれくらいは普通のラインだという意識がありました。でも10年ほど前『年収300万円時代を生き抜く』といった内容の本がバカ売れしました。ここ最近では『年収200万円生活』といった本まで出回っています。しかもよく売れているらしいです。つまり時代が変わったんです。年収が低くなるのだから、仕事にかける時間はそれに比例して少なくなるのが正常でなないでしょうか?ところが、年収は低い、でも昔の感覚で仕事に時間を費やさなければならない...そんな状況を我々の世代が作ってしまうから、ブラック企業なんてものを生んでしまう側面もあるのではないでしょうか?もちろん薄利多売ではありませんが、収入が低いなら長時間働いて収入を増やすことは大切です。それに働いても働いても賃金に反映されない...あるいは『働き貧乏』的な現実があることも分かります。私だってそうですから!だからこそ、これから就職する人たちには仕事と収入のバランスを正しく考えられる能力を身に着けさせなければならないと思うのです。またそれができれば「楽して儲けたい」なんて甘えた考えは生まれないでしょうし、楽して稼げる話に容易に飛びついて騙されることのなくなっていくのです。
2014.12.24
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たとえばこんなことがあります。最近よく売れている本の中に「死に際して後悔すること」のようなものが多くあります。臨床医など人の死と多く向き合ってきた人が書いていることがほとんどです。そんな本の中に必ずと言っていいほど書かれているのは『仕事ばっかりするんじゃなかった』という後悔です。結構10位以内に入っていることが多いです。また驚くのは10位以内のその他の項目は、あるいは仕事ばかりする人生でなかったとしたらできていたことじゃないのか!と思う内容なんです。『もっと家族と過ごせばよかった。』とか『もっと友達を大切にしておけばよかった。』とか『もっとしたいことをしておけばよかった。』とかなんです。もちろん仕事中心の人生を否定しているわけではありませんよ!しかしこういった考え方をもつ人がいても、だれもそれを否定しきることはできないのではないですか?と言いたいのです。仕事はします。するときは一生懸命します。でも仕事以外の時間も十分に確保します。そういった意味合いで『人並みに働けば十分』と言っている若者も多いのです。...だったら違う言葉を使ってもっと明確に表現しろよ!!!と思う人もいるでしょうが、今回はそこは大目に見てやってください。
2014.12.22
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仕事に力は入れたくないが給料は年々上がってほしい!やて...ナメとんかいボケ!!...と思う人も多いでしょう。私もまずはそう思います。仕事をしてお金をもらうってことがどういうことか分かってないガキが考えることですね。しかし、我々世代はもしかしたらそういった感覚を少し変えていかなければならない時期が来ているのかも知れないのです。全く変えるのではないですよ!少しです。これから就職考えるときには、この少しの軌道修正をした頭をもって望まないといけないかも知れませんよ。たとえば学生諸君も新入社員たちも、『仕事に力は入れたくないが給料は年々上がってほしい!』と思う全員が『全く仕事はしなくないが給料は上がってほしい』と言っているわけではないはずなのです。『もちろん仕事はしますが、仕事、仕事!仕事が人生の全て...という人生はどうかと思う。』という意見が大半ではないかと思うんです。日頃学生諸君と接していて、それは強く感じるのです。決して心底怠けた意見ではないのです。
2014.12.21
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先日こんなデータが発表されました。日本生産性本部調べです。2014年度新社会人2200人への調査結果です。仕事に関して...「人並みに働けばいい」が52.5%で過去最高の数値に!ちなみに「人並み以上に働きたい」は40.1%だそうです。人並みに働くということの定義は定かではありませんが、ともかくがむしゃらに働く必要を感じない新社会人が半数以上いることになります。それに対して、給料については...「業務成績や能力より、年齢や経験を優先して査定してほしい」が44.1%とこれも過去最高になっていたそうです。つまり、仕事に力は入れたくないが給料は年々上がってほしい!と望んでいる新入社員が最も多いといえるわけです。
2014.12.20
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ここ最近『就職』の話題に入る前に、世代間の考え方の違いを理解することから入ったほうがよさそうな雰囲気があります。たとえば私です。昭和41年生まれの48歳です。私の世代の人間はおそらく頭のどこかに『一度勤めたら生涯勤めあげる』という感覚があると思います。なぜなら我々の親の世代にその考えをもった人が多いからです。確かにそれは理想的かとは思いますが、現実としてそうはいかないこともあると知ってる世代でもあります。我々の世代はバブル景気と呼ばれた好景気の時期とここ最近の不況の時期の両方をも知っているからです。しかし今現在学生をしている諸君にとっては、日本は借金大国で不景気な国である...いや、でしかないんです。しかも少子高齢化社会で、その比率は年々悪化していくことは確定しているんです。我々の世代と学生諸君の間で、就職に関して考え方の違いがあるのは当然なんです。まずはこれを頭に入れましょう!でないと、この話はできないと思います。
2014.12.19
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義務教育は文字通り義務なので一定年齢に達すると否応なしに学校に通うこととなります。義務教育課程が修了してもまだ進学する道ももちろんあります。そして最後に必ず直面するのが就職なんですね。これらの道筋は憲法でもそれとなく唱っています。つまり学生の皆さんが最終的に行きつく先は就職なんですね!今年はなんだかこの就職について学生諸君と話をする機会が多かったような気がします。そして話をした多くの諸君が疑問を呈いていたのは「就職をどうとらえるか!」だったように感じます。具体的に「この職に就くにはどうしればいいか?」といった話はほとんど皆無でした。今回はそんな皆さんとの会話の内容を紹介したいと思います。勿論保護者の皆さんもおつきあいくださいね!
2014.12.18
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今日、我が教室の卒業生の大学生から連絡がありました。まあ今回の話題とは別件の連絡だったのですが...そこでこの機会に彼に私の仮説を話してみました。すると返ってきたのは...「先生はよく生徒の顔色を見てましたよ。顔色で健康状態の変化を気にしていましたね。その延長上というか応用技ですか?」との言葉でした。確かに今でもそうなんでうけどね。でも私の仮説に対する意見は「個人差があるのではないでしょうか?」でした。やはりまだまだ検証が必要だってことですな!ちなみに彼は最後に一言残しました。「先生は生徒の健康面の顔色より精神面の顔色をうかがった方がいいんじゃないですか。」やて!「なんで大人が子どもの顔色うかがわんなアカンねん!」と返すと...「先生は変わりませんね。」と言われました(‐_‐;
2014.12.16
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今日も授業中に生徒たちの手元を見ていました!う~~ん...仮説を若干訂正しなければならないというか、少々詳しく言い直さないといけないみたいです。苦手な教科・単元・問題に挑戦している人は筆記用具を持つ手に力が入っている!というのが正確かと思います。もう心のどこかでギブアップしている生徒は力が抜けているんですわ。今日は授業の最初に数学の計算問題の過去問を5問解かせました。生徒の1人は分数と平方根に苦手意識があったのです。5問の中の最後の問題が、平方根を含んだ分数の問題だったんです。その問題に取り掛かったときの彼の手からは、一気に力が抜けました。すかさず私が「お前今(5)の問題見た瞬間に戦意喪失したやろ!」というと、返ってきた返事は「なんでわかったんですか?」...でしたわ。まだまだ検証の余地あり!ですな!
2014.12.15
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今日もなんですよ!論説文で思うように点が取れなかった生徒を1人呼んで臨時授業をしました。彼女は中3にしては論理的な思考ができる生徒なんで、文章を読み進める方法を伝授すれば問題は解決すると思っていました。そこで入試問題の過去問の論説文問題を渡して、最初はいつものように文章を読んでもらいました。そのときはやはりいつものようにペンを持つ手に力が入っているんです。つぎは読み進め方を説明して、また別の年度の過去問を呼んでもらったら、、、力が抜けているんですよね。やはりこの仮説は「当たらずとも遠からず!」ではないかと実感しております。
2014.12.14
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もちろん例外はあります。学習意欲が無さ過ぎて筆記用具を持つ手に力が入らない...得意単元だからやる気満々過ぎて力が入りすぎる...なんてこともありますが、それは日頃その生徒と接していると分かると思います。ともかく!苦手意識から手に力が入り過ぎている生徒は、明らかに、あるいは微妙に姿勢が悪いです。厳密に言うと背骨が歪んだ姿勢で学習に取り組んでいます。その姿勢の悪さが微妙な肩こりや偏頭痛をうみだして、集中力を奪っているような実例も見てきました。勉強に限らず、スポーツなんかでも、実力を発揮するには身体も頭脳もリラックスしている状況がベストであることは最近の脳科学でも証明されていますからね。
2014.12.12
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実は鉛筆や筆記用具を持つ指にかかっている力なんです。苦手な教科・単元・問題に取り組んでいるときは、その力が強い傾向があるように感じるのです。筆記用具に接している指の部分だけ、その他の部分より白っぽくなっているのです。ここ数年私自身がその指の色の違いで「苦戦しとるな!」と無意識に判断していることに気付いたのです。寝たいのに寝られないときには、無意識のうちに額やこめかみに力が入っているといわれているのと同じ現象ではないかな...と勝手に思っています。もちろん筆記用具を持つ手に余分な力が入っていると、疲れやすくなります。つまり集中力が続かないともいえるでしょう。手の指先に余分な力が入ると肩が凝ります。肩の凝りは脳に不快な感覚を届けてしまいます。でもそのとき脳は勉強のことを考えているんです。つまり、脳がその教科・単元・問題を不快なものとして勘違いして認識する可能性が高いのではないか...なんて推測しているわけなんです。
2014.12.11
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ここ数年、授業をさせてもらっていて気付いたことがあるんです!それは鉛筆の持ち方と学力の関係なんですが...鉛筆の持ち方が正しいとか間違っているとかの問題でもあるんですが、今回はちょいと違っています。鉛筆など筆記用具を持つ手をみて、その生徒がその教科・単元・問題を得意としているのか不得意と感じているのかがある程度見抜くことができるようになったんです。同業者の皆さん!気づいたことはありますか?学生の皆さん!皆さんは得意な問題とそうでない問題に対峙するとき、筆記用具の持ち方に違いがあると思いませんか?
2014.12.10
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そうそう!1つ断っておきますけど、授業の目的や本質に関係ないクレームには耳を貸さない...とは言いましたけど、それはあくまでメソッド的な問題だけですよ。教える側の能力的なクレームは、クレームというか意見です。真摯に受け止めなさいよ。最近よう聞くんですわ。「うちの先生は声が小さくて授業が聞こえないんです。」なんでクレーム。まあ、学校の先生のクレームを塾の先生である私に言うな!って話なんですが、それでも生徒が困っているのは確かです。『声が小さい』『板書の文字が汚い』『チャイムが鳴っても授業を終えない』等々の問題は、授業以前の能力的な問題ですからね。混同しちゃあきまへんよ!!
2014.12.09
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勿の論で、ただ単なるクレーマー生徒や同じ類の親にも毅然として対応しなければなりませんよ。そんな連中に振り回されて自らの授業の方向性を見失うことはあってはならないのです。教わる側のレベルの低下にこちらが合わせる必要はないのです。まあその必要があるもっともっと低レベルな状況も無きにしもあらず・・・という現実が存在することも認識していますがね。そんなわけでみなさん!!!授業の本質・目的・方針を見失わないように日々気を付けてください。恐ろしいのは、日々少しづつ方向性を見失っていく事実に気付かないことなんです。日々自らの授業の羅針盤を確認しながら進んでください。その羅針盤の示す方向は、状況によって変化することもあります。しかしそれは枝葉の部分であって、根幹の部分は変化してはいけないのです。それを見失った結果で英会話教室の女性講師が自殺をしたのであれば、それは本当に悲しいことです。人に何かを教える仕事に携わっている人間、またそれを目指している人は、要注意ですよ!!!
2014.12.08
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そしてこれもまた『逆も然り!』なんです。授業に対するクレームがあっても、その授業のどの部分に対するクレームなのかをしっかり認識しながら聞かないと、授業の目的そのものを変えなければならない事態に陥りますよ!たとえばこんなことがありました。ある学習塾にお助け講師として半年だけ通っていたときのことです。その塾のある女性社員が授業の持っていき方に困っていました。簡単にいうとこうです!1 ある女子生徒に授業内容のダメ出しをされた。2 指摘された箇所の改善に努めた。3 そのうち授業の目標が、その女子生徒1人を満足させることになってしまった。そしておまけとして、その女子生徒は「この女は私のいうことは何でも聞く」とたかをくくったのでしょう。毎回授業の後にダメ出しをして遊び出したんです。『ダメ出し遊び』ですね。そして陰で「あの先生は私のいうことをなんでも聞くバカな女!」なんて言っていたんです。自分の授業目的を見失った先生の典型的な末路です。
2014.12.07
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何をもってその授業を成功とするのか!これを明確にしなければ、冷静な判断をくだすことは厳しいのです。では最近の私の実例を紹介しましょう。先月まで中3生の公民で、日本国憲法で保障されている権利についての授業をしました。私はよくこの授業をするのに、ドラえもんに出てくるジャイアンを引き合いに出します。このブログでも触れたことがありますよね!ジャイアンがいかに自分の権利ばかり主張して他の人の権利を侵害しているか...そして実際には彼のような横暴を許さないために憲法ではどのような権利を国民に用意しているのか...勿論この授業で私が成功とするのは、憲法で唱っている権利の流れを理解してもらうことです。流れを理解できれば、数多くの権利を頭に入れることができます。なので「今日の先生のジャイアンの話は面白かった」と生徒に言われても、それは私の授業の目的ではないので「よっしゃ~!」なんて思ってはいけないのです。あくまで「たくさんある権利のことが頭に入った。」と言われて、なおかつ試験でその知識を発揮できてはじめて「よっしゃ~!」と思っていいのです。
2014.12.05
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まずは素直に喜んでもかまいません。しかし必ず少し時間をおいてから、その言葉を冷静に分析する冷静さが必要です!危険なのは、1人の生徒に好評だったかも知れないが、全体としてはどうがったかを忘れてしまうことなんです。もっと言えば、その言葉はその生徒の本心であったかどうかも分析の対象になりますよ。少人数の生徒に好評だったことと、授業全体の成功度は切り離して考えなければならないのです。そしてこれはまた逆も然りなんです。少数の生徒に不評だったとしても、授業全体としての完成度はどうがったかを冷静に分析するべきです。ただ私も含めて教える側の人間は、得てしてこの不評の敏感になり過ぎる傾向があります。これがさらに危険なのです。これらを冷静に分析するためには、絶対必要なことがありますよ!それが欠けている人ほど、この危険に陥りやすいです。
2014.12.03
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で!ここまでは授業を受ける側(教わる側)のレベルの低下の問題なのですが、、、これに呼応して教える側のレベルも問われるのです。こういった言動をとる生徒を目の当たりにしたとき、それがクラス全体の意見を反映したものだと思い込んでしまうのですよ。経験の浅い先生、または生真面目な先生に多いように感じます。どの生徒がどんな言動をしても、それがクラス全体の総意であるのか否かを見極める、あるいは感じ取る力量が不可欠なんです。そんな状態に陥ったときに、指摘してくれる先輩や同僚がいてくれればいいのですが、、、、それも期待薄なのが現状だと思います。学校の先生の場合は遠慮があったり、塾の先生であれば他人の成功や失敗に口を出さないことも往々にしてあるからです。ですからなおさらです。それも自分で見抜く能力が求められているのです!まあ、偉そうに言う私もかつてはそうだったんですが、、、、たとえばこうです。自分が担当する授業が終わったあと1人の生徒がやってきて「今日の授業面白かったし良く分かりました」と先生に言ったします。先生はその言葉をどう捉えるべきでしょうか?
2014.12.01
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