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この三段論法を使って、小論文を書くことだって可能です。それぞれの段の文章を作り、その文章に肉付けをしていけば立派な小論文になります。またこの三段論法を応用した【消去論法】というのも存在します。、、、そのテレビ番組で、これは取り上げていたでしょうか?、、、見た人は教えてくださいね。これは簡単です。二者択一の結果を述べるときに用いることができます。もちろん、第一弾は全体のこと、第二段は部分のこと、第三段は結論の基本は踏襲したままですよ。たとえばこうです。「この食堂にはカレーとラーメンしかメニューがない」「私はカレーを選ばなかった。」「だから私が食べたのはラーメンだ。」まず第一弾で、この食堂のメニュー全体・または選択肢2つ全てのメニューを述べる。第二段で、消去した方を述べる。第三段は、自然に選択した方を述べるようになる、、、というわけです。この基本がわかれば、二者択一以上の選択肢の結果を述べることもできます。例です。「その日、その映画館ではSF映画・ホラー映画・アクション映画・コメディー映画を上映していた。」「彼はSF・ホラー・コメディーを選択しなかった。」「だから彼が見たのはアクション映画だ。」、、、といった感じです。
2014.09.23
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もうひとつの重要なポイント!それは『常識にとらわれてしまっている』ことなんです。たとえば今回の結論「ペンギンは鳥である」。これは生物学的に常識ですね。常識だから「わかってる」と思ってしまい、それを説明する論理展開を頭に入れずに読み進めてしまうのです。その証拠に、入試でも模試でも常識的なことをつらつらと述べているだけの論説文は得点率が低いんですよ。「そんなん当たり前」なので「作者が何を言いたいのかが分からない」または「作者の論理展開が頭に入らない」のです。でも反対に常識的な考えを覆すような文章は読みやすいんです!本の題名なんかは、この現象を利用したものが多いです。たとえば最近流行り(?)の『長生きしたければ病院にいくな!』的な本や、『学年でビリの生徒が有名大学に現役合格した』的な本なんかがまさにそれです。題名からして『読みやすそう』なんです。逆に『長生きしたければ病院にいこう』とか『学年でトップクラスの生徒が有名大学に合格した』とかいう題名の本なら、そんなに売れないのです。頭のなかで「当たり前やん」と思ってしまい、思考しようとする意欲を削ぐんですね。
2014.09.19
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このうように、自分の頭に入ってきている情報が、文章・図表・画像・音声のそれぞれ単独なのか!または組み合わせなのかをしっかり認識することは非常に重要なのです。もちろん国語のペーパーテストでは文章中心で、たまに図表が用いられるというパターンがほとんどですが、、、さあ、もうひとつの重要なポイントに話を移します。このペンギンの卵の論理について、何の疑問も抱かなかった人にある落とし穴の話です。あの番組を見た高校生で、何の疑問も持たなかった諸君!自分が疑問を感じなかった理由はどこにあると思います?おそらくその理由が、あなたたちの現国の得点を大きく下げていますよ!!!
2014.09.16
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番組内では映像でも文章の内容をフォローしていたのですよ!その映像の情報が頭に入っていたが、番組を見ていたときのあなたを納得させたわけです。「鳥は卵を産む」このときは鳥の複数枚の絵を提示して、その絵の真ん中にペンギンの着ぐるみを着た女の子が立っています。鳥の絵はみんな同一方向に羽根を広げて羽ばたいています。そのとき、着ぐるみを着た女の子も羽根を一生懸命動かしています。「ペンギンは卵を産む」このときは、鳥の絵がひっくり返されて、それぞれの鳥の卵の絵が提示される。ペンギンの着ぐるみの女の子もペンギンの卵の絵を持って画面に見せる。そして結論が現れる!「だからペンギンは鳥である」と。これは映像によって「鳥」の定義を頭の中に擦り込んでいるんですね。口ばしがあって、体のほとんどが羽毛で覆われていて、二枚の羽根で羽ばたくという定義です。だからこの文章が論理的に納得し得るのです。しかしこれらの定義を示す映像がなくなれば、、、、説得力を失うわけです。だって文章だけで読むと、「鳥は卵を産む」「ペンギンは卵を産む」「だからペンギンは鳥である」、、、といわれても疑問が残ってしまうわけです。なぜなら、卵を産むのは鳥類だけではありませんよね!魚類、両生類、爬虫類、昆虫等々、卵を産む生物は他にたくさんいますから。
2014.09.15
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「鳥は卵を産む」 「ペンギンは卵を産む」 「だからペンギンは鳥である」この文章をはじめて読んだ人はこう思いません?三段論法の展開方法としては間違いないけど、結論の内容には疑問が残るなぁ~、、、と。確かにその通りです。しかし、この文章を紹介したテレビ番組を見た人は違う疑問を感じたようです。私に質問メールを出してくれた高校生諸君、、、といっても2名(-_-;あの番組を見て、この文章に疑問を感じるとはさすがです!実はあの番組の【三段論法】の回には、大切な秘密が隠れています。、、、というより番組の時間の関係上省略されたのかも知れませんが、、、。その秘密の1つはテレビというメディアの特性に隠されています。それを考えれば、質問メールにこたえることができるでしょう!質問はこうです。テレビを見ていたときは何の疑問も感じなかったのですが、その後頭の中で復習していたら疑問点が生じて内容が納得いかなくなったのです!そらそうですよ。
2014.09.14
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彼はその論説文を自分の意見や感情を入れて読んでしまい、作者の伝えたいことが明確に理解できなかったのです。「そんなことってあるか?」と思う人も多でしょうが、この『論理に感情を入れてしまうことによる失敗』は本当によくあるのです。今回題材になっている文章だって、私に言わせれば『感情に流されている故の失敗』なんです。「私はあなたが嫌い」という結論を先に言いたい感情が、第1段に結論をもってくるという間違いを生んだのです。論説文問題に対峙するにあたっては、読み手の感情や感想は二の次三の次、、、あるいは全く必要なんか無いのです。事実、私も長き受験生にこの壁に気付くまでは現代文の偏差値は全くといっていい程向上しませんでしたよ。では次に、やはりその番組で取り上げられた例文についても解説しましょう。実はこの2個めの例文に関する個人的質問メールが多かったので、、、ここで一気に解説したいと思います。「鳥は卵を産む」「ペンギンは卵を産む」「だからペンギンは鳥である」これですね!
2014.09.13
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三段論法の基本を踏まえて文章を並び変えればこうなります。「女子は全員あなたのことが嫌い。」 「私は女子。」 「だから私はあなたのことが嫌い。」第一段が広範囲。第二段が部分的。それらをうけた第三段で結論を述べる。これで言っていることに論理性が出てきたわけです。しかし!!!ここで注意したいのは、【この論の流れに『感情』を持ち込んではいけない】というルールです。かくいう私だって実際に女性にこういわれれば、納得はしないと思います。いかに〈もてない君代表〉であっても、内心「やっぱりな」と思っていても感情的には受け入れ難いです。でも反論をするには、感情的意見ではなく、論理的意見をぶつけなければならないのです。高校現代国語の論説文で、思うように得点を取れない人は、この部分にひっかかってしまっていることがありますよ。たとえばこういうことがありました。切手についての論説文問題が、高校の校内模試で出題されたのです。その学校には、その世界ではちょっと有名な切手コレクターの生徒がいたのです。彼自身も「切手に関する文章!しめた!!」と思ったそうです。しかし、彼の論説文問題の得点は学年でも最下位に近かったのです!
2014.09.12
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「私はあなたのことが嫌い。」 「私は女子。」 「だから女子は全員あなたのことが嫌い。」これは『三段論法』という論理の展開方法を使っています。「私はあなたのことが嫌い。」ここを第1段、 「私は女子。」ここを第2段、 「だから女子は全員あなたのことが嫌い。」ここを結論としましょう。『三段論法』を用いるときには、、、、第1段は、全体・または広範囲のことを論じるのが決まりです。それに対して第2段では、部分的・または狭い範囲のことを論じるのです。そしてその第1段と第2段で述べた内容に導かれた結論であれば、その論理は間違いないと言えるのです。しかし、今回の例では、、、第1段である「私はあなたのことが嫌い。」では、自分個人のこと、つまり部分的・狭い範囲での内容を述べています。そして第2段「私は女子。」では、「女子」という第1段に対して広範囲のことを論じています。こうして、本来あるべき論理の展開とは逆に論を述べているので、結論である「だから女子は全員あなたのことが嫌い。」に説得力がないのです。ここまではテレビでも解説していたと思いますが、、、では、この例の各段をどのように入れ替えれば『三段論法』として成り立つでしょうか?第3段のはじまりに「だから」を用いることはそのままにして各段を入れ替えてみてください。
2014.09.10
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ある女子が男子に言います。 「私はあなたのことが嫌い。」 「私は女子。」 「だから女子は全員あなたのことが嫌い。」これはそのテレビ番組でも紹介された例文です。よく読んでみると、この女子の論理はどこかおかしいですね。でも「どこかおかしい」「なんとなく変」ではダメなんです!『論法』としてどこがおかしいのかを明確に指摘できないと、、、、。でもその前に、この女子の言い分は間違えてはいないよ、、、と思う人に説明させていただきますね。ここの説明が番組では省略されていたみたいですので!この女子の論理は確かにある意味間違っていないんですね。もっと正確にいうと、部分的には正解なんです。「女子である私はあなたが嫌い。」「だから『女子全員があなたのことを嫌っている』という可能性もある!」、、、と言われると確かにその通りです。でも可能性の話をするのであれば、あと2パターンの可能性があります。『確かに女子の複数人が嫌っているが、残りの複数人は嫌っていない』パターンと、『彼を嫌っている女子は、実はその女子1人だけで他の女子は嫌っていない』パターンです。つまりこの女子の論理は、ざっくりと考えると1/3は正論と言えます。でも残りの2/3は正論と言えない!ということになります。なので「全員が嫌っている」とは言い切れないのです。まあ、モテない君代表の私の経験から言えば、1人の女子に嫌われればもうすでに全員に嫌われていることが多いですけどね(-_-;でもそれも原因は私自身にあって、他の全員の男子に該当するとは言い切れないわけなのです。
2014.09.09
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学生というくくりで考えた場合、やはり校則には従わねばなりません。なので「どんな髪型しようと髪の毛をどんな色にしようと個人の自由だ!」という意見は通らないということになります。だから「理屈を言うな」といわれても仕方ないのです!『理屈』と『論理』の違いを分かってもらったところで、いよいよ本題に入ります。、、、ま、前置きが長いのはこのブログのご愛嬌ということで、、、中高生の皆さんはこれからも、論説文や論文に関わりをもっていかなければなりませんので、特にしっかり学んでほしいです。では、先月テレビで放送されたトピックに沿って説明させていただきますね。まずは基本的な『論法』から!文章を構成するための法則が『文法』、、、倫理を展開するために法則が『論法』なんです。そのテレビ番組はこの『論法』について述べたことが賞賛に値すると思います。ではまずは論法の基本中の基本と言われる【三段論法】から!ある女子が男子に言います。「私はあなたのことが嫌い。」「私は女子。」「だから女子は全員あなたのことが嫌い。」この女子の論理は正しいでしょうか?
2014.09.08
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『理屈』=『道理/筋の通った考え方』なので、「なんで理屈を言ってはダメなのか!」との反論に至ってもおかしくないのですが、、、。やはり『理屈』というのは、その場では正しいかも知れませんが、時と状況が変化すればそれ自体の正当性が崩れてしまうのです。だから「理屈を言うな」と言われるのです。たとえば学校にいるチンピラ連中です。連中の言うことは『理屈』なんです。まあ連中のなかで『理屈』を言っている者はまだましかも知れません。その大半が『屁理屈』ですから、聞く耳なんか持つ必要も価値も無いのです。実例を挙げると、、、茶髪の生徒に注意をします。その生徒が言います。「どんな髪型しようと髪の毛をどんな色にしようと個人の自由だ!」と。その『理屈』は確かに通っています。日本国民というくくりで考えると通っているのです。法律で個人に与えられた自由という範疇には入っているものだと考えられるからです。でも学生というというくくりで考えるとどうでしょう?
2014.09.07
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以前勤めていた学習塾の経営者がよく言ってました。「あの人とは論理が合わない」「この人とは論理が合わない」って、、、。でも彼の言っている内容は論理的でもなんでもなかったんです。だから「合わない」んです。合うわけないんです。でも困ったのは、彼が「自分は高尚で論理的」と勘違いしてることろだったんですね。ちなみに彼が日頃口にしていたことは、ただの独りよがりでした。その思考レベルの低さに周りの人間が閉口しているのを見て、「自分の高尚な論理でこいつらを黙らせた」と思い込んでいるのが現状だったのです。もっとわかりやすく説明すると、数学の図形の証明です!あれが論理的なんです。たとえば三角形ABCとDEFが合同なのであれば、いつだれがどこで聞いてもその結論に変わりはないし、納得できるものでしょ!また『論理』は『理屈』とも少し異なります。辞書では『理屈』=『道理/筋の通った考え方』と書かれています。でも『理屈』=『論理』とは書かれていません。なぜか?『理屈』=『道理/筋の通った考え方』は、そのときや時代によって変化することがあるのです。それに対してやはり『論理』は、ときや時代によって変化しないのです。みなさんは今までこんなことを言われたことはありませんか?とくに子供のときに!「理屈を言うな」って。
2014.09.06
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『論理』『論理的』とはどういうことか?自分は論理的だと思っている人!あなたに問います。『論理』の定義は?論理の定義、つまり論理とは何かをちゃんと勉強していないのに「自分は論理的だ」と思っている人も実に多いですよ。そういう人の話は退屈以外の何物でのないんですね。そしてそういう人が目上のときは本当に最悪です。延々とその退屈な話を聞かされますからね、、、しかも同じ話を何回も、、、。人生でその話を聞かされる時間ほど無駄な時間は無いと思います。話を本題に戻します!『論理』とは?ですね。まずは言葉の意味は自ら辞書で調べてください。しかしここで確認しておきたい『論理』の意味があります。それは私の言葉で言うと【いつ、どこで、だれが、聞いても変わらず納得できる、考え方や結論のこと】なんです。とにかくこの概念が本当に重要なんですよ!!!
2014.09.05
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いつかは、いつかは、、、思っていた話題に入ります。『論理』に関する話です。もっとしっかり国語の授業で訓練するべきなんですけど、なかなかそうは文部科学省が許してはくれないみたいですよ。それは国民が論理的になってしまえば政府あるいは政治家が困るからだ!と思うのは私だけではないと思います。まあそのおかげというか、そのせいで論理的な思考ができない人が多いこと多いこと、、、、。かくいう私も完ぺきではないですよ。でも基本は頭に入れています。こんな顔をしていても、そこは一応文学部卒業ですから。中高生の皆さんは、この『論理の基本』を頭に入れれば現代国語の読解力や文章力が飛躍的に上がると思いますよ。お父さん・お母さんは、これを理解して言葉にすれば、子育てがよりスムーズにいく可能性がでてきますよ。また最近あるテレビ局で『論理の基本』を紹介する番組がありました。その内容に関する質問も届いていますので、この話題を参考にしてみてください。では始めます、、、、まずは『論理』ってなに?ここから入ります!
2014.09.04
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学生諸君!この本質というものを、あまり誰も教えてはくれませんよ。自らしっかり学ばないと!!!しかも感情的・感傷的にならないで、あくまで論理的にいろいろ考えてください。「その本質って何なのか?」という目線でね。我が塾の卒業生の1人は言いました。その本質は『経済だ!』ってね。『表向きはそうでないみたいでも、突き詰めれば経済だ!』と断言しました。核心をついた意見だと思います。また別の卒業生は言いました。『欧米は面子、中東は宗教、それ以外は領土だ!』と。この意見には感心しました。皆さんはどう思いますか?できれば中高生は、自ら浅く広く学ぶことからはじめてください。で、「これではないか!」というものを見つけたら、それを掘り下げて考えてみてください。
2014.09.03
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こんな話をしながらも、心の中では「日本は大丈夫」と思っているのが我々日本人です。日本の周辺でいかに危険なことが起こっているのか!もっと海上保安庁や航空自衛隊の皆さんが我々一般人に教えるべきだと思うんですけどね。今の日本ではそういうわけにはいかないようです。何の足しにもならない恋愛番組を放送する暇があれば、どこかのテレビ局がこういう番組を制作せんもんですかね、、、とは思うのですが、スポンサーや視聴率の問題で無理なんでしょうね。『平和ボケ』と言われて久しい我が国・日本です。何をもって『平和ボケ』なのか?それは危機意識が希薄なことが原因だと言われています。平和に過ごしたければ、戦争を含めた『平和でない状況』のことを熟知するべきなのです。学校では教えてくれませんよ!中学生や高校生に公民や政治経済を教えたりしますが、正直言ってその内容はうわべもうわべ!たてまえもたてまえ!、、、ときには政府の都合で偏った考えを受け付けようとしている、、、ホンマにうんざりします。あるいは平和に過ごしたければ、戦争を含めた『平和でない状況』を作りだしてきたものの本質をしっかり知るべきなんです!
2014.09.01
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