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つまり我々は1に満たないことを乗法的に積み重ねていると、それは何かを取り崩していることになるのだ。1は100%であり10割である。この現実を算数は我々に厳然と突きつける!そして1はまた特殊な数字であることも数学は証明する。整数を素数とそれいがいの数に区分したとき、1はどちらに属するのか・・・数学が苦手な学生諸君は簡単に素数だということが多い。素数の定義は「1とその数でしか割り切れない数」となっている。つまり素数は因数(その数を割り切れる数)が2個あり、その1個が1でなければならない。1の因数は1である。1しかないのだ。だから1は素数ではない。なので1は素数以外の数と分類されるのだ。素数のようでその実は素数でない数字、、、それが1だ。中3以上の人たちは分かるだろうが、素因数分解のときに1を用いないのも納得できるだろう。それは整数を1で何度割っても結果は同じだから、ではなく1は素数でないから素因数にもカウントされないのだ。
2019.05.24
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我々ができる最大限の1・・・これに算数の世界ではまた別の実に厳しい現実をつきつける。百分率と割合の単元だ。百分率の単元でで100%を式に表わするとき「1」と表記する。割合の単元で10割を式に表わすときも「1」と表記する。こうなると「我々はせいぜい何かできて1である」・・・なんて言い方の意味が変わってくる。せいぜいで100%のことができているのかとの問いを自分自身に投げかけなければならなくなってくる。しかもそれを認識もせずに乗法的に成果を積み重ねようとすると、事態は後退してしまう。たとえば達成率90%のことを積み重ねたとする。90%でもできればすごいとも思う。でも算数の世界はそれの思いを完膚なきまでに砕いてしまう。式にするとそれがよく分かる。90%のことを乗法的に5回積み重ねたとする。90%は式にすると0.9だ。式は、0.9✖0.9✖0.9✖0.9✖0.9✖0.9 となる。そしてその答えは、0.59049なのだ。
2019.05.23
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だから私は学習塾を始める人にアドバイスを求められたときにいつの言うのだ。最初に来てくれた1人の生徒と二人三脚で授業を進めること!つまり1+1で2の授業をコツコツと確実に繰り返すことが重要なのだ。まだ生徒が1人なのに、いきなり10人20人の生徒を集めようと授業をしてしまうと、やること言うこと全てが面白いくらい空回りする。そして数か月後または数年後に教室をたたむときになってはじめて空回りしていてことに気付くのだがそれでは後の祭りだ。では話題を我々が最大限努力してできる成果の1に戻そう。数学の世界ではこの1に関して厳しい現実を我々に突きつける!1はもう表記しないのだ。つまり1は存在するが存在しない数字なのだ。2×a は 2a と表記する。5×a は 5a だ。しかし、1×a は 1a ではなく a と表記する。だから1は存在するが存在しない数字なのだ。我々ができる最大限の1は存在意味がないので表記されない・・・悲しいかなどことなく納得できる。でも安心してほしい!我々の1はその前後に乗法(掛け算)でつながる文字がある場合のみ表記に値しない数字となる。ところがその前後に乗法(掛け算)でつながる文字がない場合はしっかり1と表記される。なので我々は乗法的な飛躍的な効果を期待せずに、常に定数項(数字だけの項)であることを常とするべきなのだ。1の存在を確実なものにするか、無くてもいいものにするのかは、ひとえに我々のスタンスにかかっている。
2019.05.14
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しかし私のような者でも仲間が集まれば少し話が変わってくる。たとえできることが1だとしても、仲間がひとりできれば1+1で2の力を発揮できる。それが10人になれば1+1+1+1+1+1+1+1+1+1で10の力になる。もちろん仲間が3人を超えれば乗法(掛け算)で表記することも可能なので1×10で10となる。ところがやはり気をつけたいのは、仲間と2人で力を合わせるときだ。功を焦って乗法(掛け算)的な成果を望めば空回りする!1×1は1だからだ!最初の1人目の仲間が現れてくれたときこそ功を焦らず必要以上の成果を求めす、加法(足し算)の着実な歩みを心がけるべきだ。1+1にできてやっと2になれるのだから。こうなってくると数学や算数ってあるいは人生を物語っているのでなないかと本気で思えてくる。
2019.05.13
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その点、私のようなひとり者は様子が異なる。累乗になることは永遠にない。ひとりで何をしても何を頑張っても、2乗や3乗になることはない。ひとりで物事にあたるのだから、よくできてその数値は1である。そこに無駄な努力を足して累乗を目指したとしても、1の2乗は1であるし、1の3乗も1だ。たとえ100乗しても1000乗しても、元の数値が1なので結果は1でしかないのだ。なのでそこは累乗を求めるのではなく、人一倍頑張って1+1=2をこつこつと目指すしかない。それを来る日も来る日も、毎回毎回、命尽きるその日まで、ただひとりで、自分の身体と精神力だけを頼りに、愚直に繰り返すしかない。1+1+1+1・・・と繰り返すしかない。そこには奇跡的逆転なんかは絶対にない。それを覚悟して、自覚して、生きていくことが重要なのだ。もちろんそれを悲観する必要はない。身体か精神がもたなくなって人生の歩みを終えるときにしみじみと振り返ればいい。愚直に繰り返し続けた1を積み重ねた量を見ながら自らの歩んできた道のりを思い起こして、自分自身を、そして自分の人生を、せめて自分で少しだけ褒めてあげようではないか
2019.05.12
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二十数年前の2月初旬の雪の舞う日、私の父が泥酔状態で雑居ビルの2階から転落して脳挫傷となった。運び込まれた病院で手術を受けて、執刀医に意識の回復は望めないと言われた。母は「そんなことはない」と毎日病院に通い意識のない父に話しかけ続けた。5日後、父は意識を取り戻した。次に主治医に右半身は不随になると言われた。母は「そんなことはない」と毎日病院に通い、父の右半身をさすり続けた。3週間後父は右手で箸を持って食事をはじめ、1か月後には自力で歩行できるようになった。退院の前日、主治医に記憶は戻らないと言われた。確かにその頃父は母に「あんただれ?」と毎日言っていた。それでも母は全くめげることは無く「何言うてんのん?うちやん!お父ちゃんの美人の嫁さんやん!」と明るく接し続けた。そんなことを限りなく繰り返し、半年後に父はほとんどの記憶を取り戻した。父が手術を受けてから記憶を取り戻すまで、母は息子の私に「大丈夫、大丈夫、お母ちゃんが何とかするから。お父ちゃんと頑張るから。」と笑顔でいつも言っていた。おそらく母はその言葉通りに頑張ったのだ。人一倍頑張ったのだ。人一倍とは、日本の古い言い回しで、人ひとりができることをもう一人分するという意味がある。つまり、人一倍とは今の表現ではその人の持てる能力の二倍頑張ることなのだ。そしておそらく父も母に応えようと人一倍・・・つまり二倍頑張ったのだと思う。だからこそ父は回復し、その後痴ほう症を発症するまでの約10年間を普通に健康に過ごすことができたのだ。これは私の両親2人がそれぞれ協力して4の力を出した結果だ。その4は、2人が二倍の力を出したのではなく、2人の力が2乗になった4である。同じ4でも、その重みが違うのだ。
2019.05.11
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そこに赤ちゃんなんかが生まれてしまうとその破壊力は凄まじくなる!なぜなら3倍ではなく3乗になるのだからここは計算通りではあるが、やはりそれも数字以上の何かがそこに存在するとしか思えない。もうなん十年もしょ~もないことが原因で確執が生なかたじ、仲違いなんてレベルではなくいつ殺し合いが始まってもおかしくない家族がいた。私は一時期その家族の双方の愚痴をよく聞かされていた。本当にうんざりだった。ところがその家族の一番下の娘に子供ができて、その子がニコっと笑ったというだけでその一家はそれまでの確執が無かったかのように仲良くなったことがあった。ただのアホ一家だという見方もできるが、生まれたばかりの子供の威力だとも捉えることができる。もちろん結婚をして生活をする上では、いつも2人で力を合わせて・・・となれる訳ではないこともいろんな夫婦を見て知ってはいる。しかしだ。いざと言うとき、いざと言うときにその2の2乗の力が発揮されるのだ。
2019.05.10
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さらに学習塾業界に入って10年後に独立した後はさらに数学と接することとなり、数学の考え方を理解できるようになってきた。それは数字の重みが理解できるようになってきたと言った方が正しいかも知れない。それまでは数字は数字で、それ以上の意味は無いと思っていた。しかしそのうち数字の重みを感じるようになった。たとえば4だ。2を二倍すれば4になる。でも2を二乗しても4になる。4は4なので、どりちらも同じだと思っていたのだ。でも最近それは違うように感じはじめてきた。ここからは数学では証明できない話になる。文系人間がへたに数学に触れた結果に至った考えかもしれないが気長にお付き合いいただきたい。特に結婚に関してこれを強く感じさせられることが最近多い。1人の人間ともう1人の人間が公に寝食を共にする。最初のうちは人間1人の力と1人の力を合わせるので2の力で生活を続ける。そして何かがあれば、または何かをきっかけにその2人が二倍の力を発揮すれば2の2倍で4の力を発揮できる。ここまではただ当たり前のことを述べているだけだ。しかしある時期から、同じことをしても2人の力を二乗させた4の力を発揮するようになる。2人の力を二倍させて得た4の力と二乗させて得た4の力を比較すると、後者の4の方が強力で、破壊力と突破力が段違いなのだ!
2019.05.09
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大学入試はもちろん国・社(日本史)・英のみで勝負をして、文学部に入学!これで完全に数学から解放されると安心したのもつかの間、大学4年間の前半の2年は一般教養とかいって理数系の授業も受けなければならなかった。それでさえも必要最小限の労力でなんとか単位を取得して卒業。教員採用試験での一般教養の試験では、簡単な計算問題以外の数学の問題は完全にパスして文系教科の問題のみで戦った。そして公立中学校の教壇に英語教師として立つことになり、これで完全に数学から回避した人生を送った。しかしそれも束の間・・・自分のクラスの生徒たちに数学が分からないことを自慢してしばらくは過ごしたが、逆にここから数学を勉強する姿を見せるのも教育の一環かと思い、数学担当の先生の同意を得て自分のクラスの数学の授業を生徒と共に受けることにした。そして生徒たちとワイワイ言いながら受けた授業で・・・何やら少し数学が理解できるようになってきた!
2019.05.08
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私は文系人間だ!そして私の脳も文系脳だ!これは自他ともに認める事実である。算数に関してはもうはっきりと小学3年の最初に挫折した。中学で数学になってからは少しはあがいてみたが、やはり何か納得がいかない。式の中に文字が入った時点で怒りを覚えた。問題:230円のショートケーキをx個買って30円の箱に入れてもらったら、合計金額が1410円になった。xを用いた式をたてて、ショートケーキ1個の値段を求めよ。このような文章題には、もうツッコんでほしくてボケているとしか思えなかった。まず、自分で買った個数がなんでわかれへんねん!仮に誰かに買ってきてもらったとしたら、「なあなあ、これ全部でなんぼしたん?箱はただやったん?」って聞いたんかい!それはそれで失礼やぞ!しかもそんなにケーキの個数が知りたいねんやったら、箱あけて数えたらええやんけ!ほんでこんなしょうもないこと知るためにある学問なんか、数学って!第一、式に文字が入っててどないすんねん!そんなことが頭に渦巻いてもう数学的思考力が停止してしまう。さらに「こんなふうに考えることの方がどっちか言うたら数学的とちゃうんかい!」とまで思ってしまう始末であった。そんな私の数学の授業を中学校3年間担当してくださったT先生は私のことをかなり不憫に思ってくださっていた。部活も終わった中3の2学期末テストの数学のある日の前夜、どうしても分からない問題があったので夜12時半ごろ私はT先生の自宅に電話をした。すると3コールで出たT先生は開口一言目に「ゴマやろ?試験直前のこんな時間に電話してくるのはお前しかおらんわ!」と言ってケタケタと笑い私の質問に答えてくださったことは、今となっては懐かしくも有難い思い出である。全ての電話機にナンバーディスプレイ機能なんかは無かった頃の話だ。
2019.05.07
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さてさて、【小説/物語】【随筆】【エッセイ】とカテゴリー別に文章を作ってきましたが、如何でしょうか学生諸君!それぞれのカテゴライズの特性区分を意識しながら読めたでしょうか?特に【エッセイ】が長く続いておりますが、元々このブログの性質がその要素を多分に含んでいたことも要因となりまだまだ続ける気配が濃厚です。まだまだネタには尽きません。ただ読んでいる学生諸君に飽きがきているのか、まあまあの人数の諸君から今度は【小論文】をお願いしますなんて要望もきております。小論文の性質や対策は【小論文】のカテゴリーで述べていますので、それを熟読して臨んでください。・・・と言うか、それを読まずして小論文が苦手だとか書き方が分からないとかほざいているヤツはもう受験なんか諦めなさい! 話にもならんわ!!!・・・それともうひとつ!何人かの学生諸君が内容に関する質問メールを個人的にくれましたが何人かには返事を出しておりません。それは「そこは自分でもう少し深く考えて!」という気持ちからそのようにしております。こういった文章というのは書く者の力量が露呈してしまうと思っている人も多いでしょう。それも事実ですが、しかしながらそれ以上に読む者の力量の方を如実に露呈させてしまいます。返事を出していない人の共通点は「そこだけ読んだら分かれへんよ。」「それに関するネタふりはしっかり別のところでしてるよ。」ということです。近視眼的に読まずにもっと柔軟に読んでみてはどうでしょうか?
2019.05.05
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しかし平成の後半、インターネットの普及も影響したのかそんな我々は連絡を取り合ったり、あるいは音信不通になり行方が分からなくなった友人と再会したりする機会に恵まれた。私もその例外に入ることは無くその恩恵を幾分か受けてきた。そして我々の世代はそれぞれ社会的地位もある程度確立できたり、子育てがひと段落してりして自分の時間を持つ余裕も多少は出てきた。また我々は平成の時代に本当は人として優先すべきものを、やれ仕事がと言い、やれ家庭がと言い、やれ子供がと言いながら後回しにしてきた時代でもあった。令和はそれを取り戻すことはできないかも知れないが、それに目を背けずに優先していくことにも積極的に、前向きに、能動的に実行していける時代にしていきたいものだ。平成の最初の頃、私も多分に漏れず仕事・仕事と仕事に明け暮れた時期があった。睡眠不足・栄養不足は当たり前で2年を過ごした結果、医者から仕事を取るか命を取るか決めなさいとまで言われる事態に自分自身を追い込んでしまった。そして体が動かなくなり一人で寝ていて、家に食べ物が無くなって、全身がしびれ始めてとてつもない寒気を感じ出して、本気で死を覚悟したことがあった。そのとき、意識が徐々に遠のいていくときに、何が悔しかったかと言えば、ここで絶命することではなくするべきことやしたいことを後回しにし続けてきてしまったという事実だった。様々なことを乗り越えて何とか迎えることができた令和の時代である。私は少しでもいいから平成に置き去りにしてしまったものにも向き合って生きていこうと思う。言葉を変えれば令和は昭和を取り戻す時代にしてきたいのだ。
2019.05.02
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などど言っている間に元号は平成から令和に変わった。平成に別れを告げ令和を迎える瞬間は、昨年末にいただいたままになっていたカニを肴に熱燗をいただく予定だった。その前に入浴をしたのだが、思いがけず時間を使ったらしく、令和を迎える瞬間は入浴後の私の日課である風呂掃除をしていた。まあそれも悪くない。確か昭和に別れを告げて平成を迎える瞬間、私は古い友人に手紙を書いていた。その手紙の最後に「この手紙を書いている間に昭和から平成になりました。」と書いた記憶があるし、その本人は今もその手紙を大切に保管してくれていると聞く。平成を迎えた年、私と同年の人たちは22歳だった。高卒で就職した者は社会人としてやっと一人前になれ、現役で大学に進学した者は社会に出る年だった。と同時に多くの者が結婚をし、家庭を持ち、子育てを始める時期でもあった。今のように携帯電話も電子メールもない時代だったので、皆自分の人生に忙しくなりほとんど音信不通となるか、かろうじて年賀状のやり取りを維持するのが精一杯だった。
2019.05.01
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