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少なくともまともな翻訳レベルではない物を私たちはこれまで甘受してきたのではないかという懸念がある。少なくとも、私はアクション・フレーム・オブ・レファレンスの中の、極めて制限された社会で生きてきた。だから、初めから狭い視野でしかない。あとは、空想力でしかない。私は、戦後生まれの日本人であり、粗製濫造の人間形成という文明を生きてきたのであり、マスプロの洗礼を受けた人間のひとりに過ぎない。謂わば幼稚なアメリカ型教育を受けて大した能力も無い。細々と生きることを半強制されてもいる。人並みであるかどうかは別として、在り来たりの余命を愉しむだけ幸いだと言えなくもないだろう。それが、諦観かも知れず、本懐とすべきかは知らない。何れにしても、50歩百歩の世界でしかない。現在、個人的趣味でいくらかの本を読みながら、ブログを投稿している。気がつくのは、外国語の翻訳レベルに疑問があることと、ワードにしろ漢字変換レベルの疑問である。日本語は、切捨てられようとしているのだろうか。マクロ的にみれば、多くの杜撰の所以で消えて行く文化がいくつもあるが、日本語も相なのだろうか。論文の殆どが、言語の壁を乗り越えられずにいる。日本語を棄てなければ、世界と会話できないところまで行くのであろうか。私たちは言語を失うだろうか。少なくとも子孫たちにはその選択をしなければならない日が来るのではないか。こうしてワードを使っているが、定められたソフトのルールの中で書いてもいる。そして、翻訳レベルの問題だ。一向に進化しないのは、必要としないからだろうか。>さくらのころのランドマークタワー。
2006.10.31
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大抵の本には「あとがき」というのがある。「解説」なら、まあ仕方がないが、後付のはなしで、わかるのも在るが、腹の立つものが多い。関係の無い留学の話や、有名教授を引き合いに出しだり、こじつけるものが多い。成果の無い論文に限って姑息なのものが多いのは見苦しい。研究とは、さっさと成果を上げて、それを公表すべきだろう。学ぶのか、研究なのか、訳の解らない研修などしないことだ。いつまでもひとり立ちしようとしないから、いつまでも、成果を上げられないのではないか。自己陶酔ではないだろうか。「あとがき」は、自分のものでしかない。何故だらだらと書くのだろうか。長文になるのは、迷っているからだろう。大抵の話は3分間でいいとすれば、文章も同じではないか。>弘明寺の近く。
2006.10.31
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夏の賑わいも段々と遠ざかり、冷たい風が吹き出してくる。明日は11月だ。何か、浦島太郎になりそうだ。まあいいけど。喩え、何でも構わない。自分の目が捉えるものしかできはしない。他人のいうことを聞かないことだろう。他人と違うことを考えることだ。他人に烏合しないで自分で考えること。写真も整理もそろそろ飽きたので、スローダウンすることにした。ゲーテとその時代は、あと少し。
2006.10.31
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1832年一つの大きな時代、ゲーテの時代は終わった。ハイネは「神々は去った。ゲーテは死んだ」と書いた。晩年のゲーテは、自由主義者に反対した保守派であった。「自由」は、人間の心の中にあって、この世で実現できると思い上がるのは、許されざる錯覚に過ぎないだろうか。政治から完全に身を退いたあとも、彼は謂わばワイマールの「顔」であり、人びとは、フラウエンプラーン広場に面した「ゲーテハウス」を訪れ、文学界の帝王に伺候した。しかし裏腹に、若い世代はゲーテへの反発を強めて行く。その代表格がペルネとハイネだ。日本の憲法学は、ワイマール憲法に多くを学んでいる。日本とドイツのつながりは、長い歴史の遺産でもあるだろう。いつも行っている女子大に、ドイツ人講師が派遣されている。巧みな日本語で講義や講演もされているあと数名ドイツからの先生がおられるらしい。大学の交流がされている。何度か講演を聴いたが、新鮮だった。異文化交流は、これから必要な課題だろう。ひとりでのんびり秋の夜長を愉しんでいる。
2006.10.31
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かって日本でさえ無数の「愛国者」がいた。我が子さえ国に差出す父母がいたのだ。少年たちは、必死の旅さえ逆らえなかったのだ。それを愛国心だと信じさせられていた。教師は、その尖兵として働いた。ドイツも同じだ、ナチズムは教師によって拡大した。教育は、両刃に剣である。敗戦後61年間は何であったか。またぞろ再軍備をしようというか。平和主義は国民のこころに確固たる信念になっているだろうか。髪を染め、臍を出して街中を歩いていても驚くには当たらない。しかし、こころの荒廃は、すべてを崩壊させるに違いない。女たちが、平和を忘れる時、国家はどうであったか。男たちが、強者に諂う時、戦争の為に目を塞ぎはしなかっただろうか。すべてが、遺物に為るかも知れないと懼れることはないだろうか。ひともいつか鉱物の塊となり、エジプトのスタチューのように、立ちつくすのではないだろうか。明日は、もう11月だ。釣瓶落としの夕闇が広がって来た。「いつの時代も若者は老人よりラディカルに考えたものだ。彼らは現在よりも未来に生きる。」
2006.10.31
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「悪魔踊りやバカ踊り、骸骨踊りばかりがドイツだと思うなよ。」ファウストの<先触れ>は言う。ゲーテの好きな女たちが、ゲーテをして、ドイツ文学を世界の文学まで押し上げた。日本文学は、女たちを貶めて、自らの文学を取るに足りないものにしただけではないか。夫のいるマリアンネと、あれだけ、愛の詩を贈ると言う事をしてのけるゲーてとは、如何なる者だろうか。それが詩人なのだろう。さすれば、日本の詩人とは、何ぞや。こそこそ、まるで他愛も無いガキではないか。然も、ゲーテは19世紀の人ではないか。私たちは何をしているのだろう。ゲーテさえ、ゲーテ文学さえ自分たちの物ではないではないか。何のための留学というのだろうか。ただお仕着せのカリキュラムを履修して、帰ってくるだけが海外研修だろうか。そんなことを何百年続けても、ゲーテさえ理解できないだろう。ゲーテのように女が好きだといえる男が、日本にどれだけいるだろうか。日本の男たちが霞んでくるようだ。>写真は、横浜市南区 春の弘明寺。
2006.10.31
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朝から、図書館にいる。「西東詩篇」の中の、ズライカ書の箇所を読んでいた。読んでいるのは「ゲーテ全集」で出版が大正15年5月版。「汝この日より逃れ行くべからず。汝が急ぎ行きつかん日も 今日より善きに非ざればなり。・・・」なのだ。翻訳が旧過ぎる。ズライカは、マリアンネのことで、ハーテムは、ゲーテだと言われる。優れた「相聞歌」として知られている。昨日、ネットで「西東詩篇」を調べたら、余り多すぎて少し意欲をなくしてしまった。それくらいある。ゲーテ66歳の老人とマリアンネ30代の人妻との恋愛といえば、些か萎れてしまいそうだが、大詩人ゲーテであり、マリアンネも只者ではない詩人なのだ。読み解く力があるだろうか。そして、彼女のいくつかの詩が、この「西東詩篇」に収められている。「愛しながら互いによみがえるのは、天国の歓喜でしょう」と、大いなる愛を予告し、ハーテムの詩は「あなたの胸の中で私はよみがえった運命を喜ぶのです」と表白する。これは、単なる男と女の「相聞歌」ではなく、大詩人と対等に類稀な女性詩人との練り尽くされた軽妙な遊戯的表現ではないだろうか。そして、夫のヴィレマーがいる。養女を妻にした男だ。ハイデルベルクの古城に、あの「二裂葉の銀杏」があるそうだ。「ハーテムは、もう一度、春の息吹と夏の灼熱を感じます」と刻まれたベンチがあるそうである。 「・・・・われ一つにしてまた二つなるを?」>写真は、横浜「みなとみらい」で見かけた練習船海星。学生が帆に登って歓迎の礼? 遠景は、レインボー・ブリッジ。余り、嵌りたくは無いが、もう暫く、ファウストを中心に読んでみたい。
2006.10.31
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地球温暖化の影響だと報じられていた。猛暑が原因で、暑さに弱い種が消えようとしているからだ。地中海の花が増えるだろうといわれる。暑さに強いからだ。それもやがて限界が来ることだろう。原因を解決しない限り、将来、「イングリッシュ・ガーデン」も遺物になるだろう。今時、80歳まで生存できないひとは、癌でもないかぎり、敗者でしかないだろう。どれだけでもそこまではたどり着ける時代だからだ。ばたばたと80歳までに、有名人が死んでいるが、勝ち負けをいうひとが自滅しているではないか。政府などは、早く死んだが楽ですよ。などという医療制度を作ろうとしている。これは欧米で、健康でなければエリートになれない路線の延長でもある。国家は、健康で働く人のためのものだといいたいらしい。だから、80歳まで病気もせずに、自分で健康でいられるようにしなさいなのだろう。処だ、植物たちが、根を上げ始めている。気温が、地球で此処100年で1℃上昇したと騒いでいたが、これからの100年で4℃といわれてもいる。本当だろうか。1℃で、数十万から数百万の微生物が死滅するといわれている。それだけではない。生態系が破壊されてくるだろう。少なくとも、健康に注意して、アクシデントに遭わない限り、80歳までは生きれるだろう。女性はもっとだろうが、それを阻むものが、現実は、自分だけではない。>鎌倉の浄妙寺 「はるばるとまいりて おがむ観世音 ほとけのおしへ 弥陀の浄土へ」
2006.10.31
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私のイメージから去らないものの一つに、暑い朝、アスファルトの道路の隅に干乾びて死んでいた蚯蚓たちの姿がある。それは、これまで何度もみたのだった。恐らく、生まれた地を離れて、新しいニッチへの旅立ちでもあっただろう。彼らは、ニッチに届くことができなかった。ネズミの集団が、新天地を求めて湖に飛び込む話もある。アポートシスもある。私の明日のイメージは、決して明るくはない。「子供たちの十字軍」のように、極地を彷徨うのだろうか。こどもたちの、持って生まれた知恵では、飢えて、凍えて死ぬしかないのだろうか。蚯蚓たちには、雨が降ればよかっただろうか。もし雨が降っても横断しようとする道路は砂漠に通じただろうか。絶望するものにパンはない。死に行くものには、薬はないのだ。何故、生物は絶望しないのだろうか?また、朝が来るからだろうか?繰り返して勇気が湧いてくるのは、何かの力だろうか? そのエネルギーは、外には無い。もうどれだけ、寺社を廻っているだろうか。そこには、沈黙を守り続ける空間。
2006.10.31
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浜松フラワーパークの花の写真のブログを見ましたが、いいですね。花を追いかけるなんて素敵ですね。女性がデジカメで綺麗な写真を載せているのをあちこちで見るようになりました。何か、これから動き出してくるものの息吹を感じますね。男たちの玩具で終わったものがどんどん形をかえて、モノになるのではないか。弱者が弱いのではなく、弱くしているからではないか。その柵を払拭して、新しい価値をも生むのではないか。気がついたのですが、楽天ブログが1日50件。投稿できるようにしたようですね。やっと告知を見ました。それで、5件以上できた訳ですね。5周年記念とかいってますけど、そんなことを言うようなら、大した会社ではない。土台制限することが可笑しいのであって、もしできないならできない理由をはじめから言うべきでしょう。都合の悪いことを言わないから信用されない。問題が在ることは、何にでも在ることで、それをどうして克服するかでしょう。自分の会社は、社長が悪いのであれば、辞めさせればいいのであって悩むことはない。そのかわり自分に与えられた責任を果たせばいいのであって、そのエリアをきちんとすることでしょう。何でも隠して、甘い汁を掠めようとするから、捩れた社会にもなる気がします。まあ、いいたいことを素直に表現していけばいいのではないでしょうか。フラは、踊る動作で、ことばを使うのですね。まあ手話もありますが、ひとのコミュニケーションは、これから色々出てきそうですね。>ワイキキ
2006.10.30
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ハーバードで「釣り」が一単位になった話を聴いた時、ふと「スターバックス成功物語」を思い出した。当時、教育入院していて、病院周辺のあちこちを運動療法で散歩をさせられていた。古本屋で見つけた。序でに医学書専門店もみつけたけどね。つまり、「商品」を探している。「売れるもの」を探しているのだ。癒しや、安らぎも、ひとのこころも「商品化」した。物だけではなく、ソフトとしての結婚式や、お見合いや、精子や、あらゆるものを商品にして稼ごうというのだろう。その売れる「アイデア」を探している。だから、これまでのエリートでは、発想が出て来ないのかも知れない。彼らはいわば「去勢された者たち」でしかない。中国の「宦官」の働きは、どう評価できるのだろうか。或いは、今日のゲイではないか。彼らは、女性たちの理想のタイプではないのか。しかし子孫を残すことができない。ひとの、種としての使命は、子孫を残すことではないか、それを棄てようとしているだろうか。もう子孫を残そうとすることを放棄しようというだろうか。ヒトの制御にスイッチが入ったのだろうか。地上に65億人がひしめき、やがて100億人を超す日が来るだろう。現代に於ける錬金術は、果たして、何を目指しているのだろうか。中世と同じ運命だろうか。やがて、ソフトは食い尽くされるだろうか。世界は破綻の運命だろうか。彼らは、淘汰されるだろうか。まだ先は見えない。見たくもないかも知れないが・・・。人間は、やがて高見に上ることが在るだろう。そして、振り向くだろう。そこに何が見えるのだろうか。>遠景は、ダイヤモンドヘッド。
2006.10.30
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今日女子大の付属図書館に行った目的は、ゲーテの「西東詩集(篇)」を見つけることだった。どうにか「ゲーテ全集」第二巻で見つけた。単行本にあるのではないかと探したが、それは無かった。どうやら詩篇の内容の所為だろうか。日本語に翻訳されたものが少ないのかも知れない。日本で一部の者しか読まれないのは、悲しいことだ。「ゲーテ全集」も大正末期から昭和3年までに出版されたものだ。全18巻である。これだけものが昭和の初期に出ているのに、後どうなのだろうか。ただ女子大の図書館になかっただけなのかも知れないが、何とも貧弱な気がした。あとで、ネットで調べてみようと思う。そんなはずは無いと思うので。小物ばかり研究するのではなく、ゲーテのような人物に取組み討ち死にしてもいいではないか。それくらいの気概があって欲しい。何も萎縮することはないだろう。ことばの壁も時間をかければいいだけではないか。ゲーテももとをただせば、普通の人であろう。それを、高見にすえるのは読者でなければならない。読者がその偉大性を発見しなければ意味がないのだろうと思う。他人の評価を気にするようでは、本物を見ようとしないことではないか。明日も、「西東詩篇」にあってくるつもりだ。>写真は、オアフ島の国立太平洋記念墓地。ハワイ出身の事故に遭った宇宙航空士が埋葬されている。
2006.10.30
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シンガポールの路地裏。個人的な趣味で載せております。人間は、それほど変わりませんが、その地の風景には、歴史と拠って立つものが見えたりするものです。路上にも数々の時間の流れが在るでしょう。確か、月餅の老舗の店がありました。ガイドが案内してくれて、皆で買い、歩きながら食べたのを思い出しましたが、この通りでしたが、店の名前を忘れました。
2006.10.30
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アジアの路地裏は、見ようによっては、社会を反映した鏡でも在るだろう。どれだけ表通りに高層ビルを建てても、裏に廻れば、薄汚れた路地裏が見られたりするものだ。日本も相だろう。国際都市シンガポールは流石に、観光立国だけに路地もきれいに清掃されているようだ。夜はどれだけ安全かもある。ニューヨークも昼間は安全でも夜になると安全ではないと聞いている。貧富の差の齎す影響は、既に限度を超えているのではないか。それを後追いする日本の政治の軽薄さも只事ではない危うさが在るだろう。空気とその環境としての佇まいは、何かを語っている。この写真もよくみると意外と多くの物を映し出してもいるだろう。人間の目は、自分の関心のあることしか捉えられないが、カメラは全部を写し出して見せてくれる。ここはチャイナタウンの一角だと思う。中国系の人が多いだけに、中国語の看板が目立った。日本人にとって中国はライバル意識が強いが、中国は相ではないようだ。常任安保理に見られるように世界も同じだ。日本人は、余程自覚を持たなければ、この日本語も、何時までの文化だろうかと寂しくなってくる。
2006.10.30
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ヴェトナム社会主義共和国を感じさせるものは、紅い旗だった。至る所に紅い旗は翻り。ここは紅い旗の国なのだと思い知らされた。ホーチミン市からミトーへ向かう国道1号線沿いの幾つかの集落にも、見られた。中国も、「五星紅旗」だ。革命を象徴する旗でもある。ヴェトナムの国旗は、「一星紅旗」だ。仏教徒が多いといわれるが、寧ろ純粋な信者ではなく、中国からの影響が多いだけに儒教や道教のなどが混在しているようだ。次いで、植民地時代の影響で、カソリックも信者がいるらしい。市街は、人で溢れている。南国ではどこでも相だが、女性たちが元気だ。女性が元気なのは、平和な国なのだろう。子供や女性たちが、相でない国は、大きな何か悩みを抱えている気がする。国家は、弱いもの虐めをしがちだからでもある。人影の少ない路地を歩くと、その国の姿が見えるかも知れない。ゴミが溢れていたりする。屯する人がいたり、空ろな目をしているひとが多いかも知れない。日本の路地も、そういうひとたちがいない訳ではない。紅い旗に、何を思うか、個々人で違うだろう。夕方になると公園のあちこちで恋人たちの姿を見かけた。この国では、デートもバイクは欠かせないようだ。少なくとも、この国で戦争がないのはいい。
2006.10.30
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叙述の明快なことと、思想に澱みがないことが、一切の基礎であるべきだろう。併し、それには才能も必要だし、相応の識見もいるだろう。難しいのではなく、難しくしている。写真はシンガポールで、、思わず撮ったが、解説できない。ただ見惚れてしまった。まだ、サイトで、調べてはいない。いやはや、知りたいことはヤマほどある。それこそ、写真を撮影する時くらい被写体のことくらい解って撮りたいが、知識が付いていかないのは、怠慢の所以だ。「ゲーテ全集」は、全18巻。大正14年頃から昭和3年発行。大村書店。ゲーテは明治から知られていた。こういう本が読まれていたことに、何か誇らしいものを感じる。あれだけ、自由を抑圧されていた時代に、ゲーテを愛する人もいたのだ。鴎外たちだけではない、自由人もいたのだろう。空腹になると、目が見えなくなる。(嘘)なってもいけないので、また明日くることにして、今日は引き揚げます。
2006.10.30
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女子大の図書館に、ゲーテを探しにきた。最もはやく来るべきであった。ゲーテの一部をみてもそこしか、みえないではないか。訳詩もいいのがある。「幸福といい不幸というも、我々を寄せ集めておく、事物に原因があるのだ、それで孤独より危険なものは何もない。我々の想像力で身を高めようという自分の性質に迫られ、文芸の空想的なイメージに養われて、いろんなものを作り上げる、そこへ行けば我々は最下のもので、我々以外のものすべてのものは我々より立派にみえ、外のものはどれもわれわれよりも完全である。だがこうなるのは、当然のことだ。我々にいろんなものが不足しているからだ・・・」はあ、当面、必要とするものが、この図書館にはあるようだ。もう1年以上通ってきたいる野で、温かく迎えてくれるので愉しくなる。家にいると野暮用ばかりで、家事までさせられるので、こちらの方がいいに決まっているが、食事が面倒だ。何故こうも図書館は、側面のサポートをしないのだろうか。ゆっくりリラックスできることも大切なのだが。翻訳者が違うと、こうも違うだろうか。文語体だが、「ゲーテ全集」の方がいい。これも年齢の所為だろうか。「若きウェルテルの悩み」の中で、「ひとの幸福になるのもは、またその不幸の泉になるということは、一体止むを得ないことか」 (同書「8月18日」より)このまま飢餓になるまで、ここにいます。オーバーか。
2006.10.30
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門外漢でこの言葉(精神分析)のほんとうの意味までもよく知っている人はごくまれだ。というフレーズをみつけた。C・G・ユングの「現代人のたましい」の戦前訳したものだ。ことばも時代とともに語彙を変化させてしまうが、文章は硬いが含蓄が在るものが多いだろう。プロがアマをバカにするのは、中たっているところも在るが、目くそ鼻くそを笑うということもある。元々壁を創りたがるのは、ちゃちなスペースだからだろう。小さな穴を掘っただけなのに、誰も彼も門外漢にするような人もいるに違いない。諦めの悪い研究者が、日本には多いのではないか。今更外国語ができないからと凹むより、ネットや翻訳ソフトを使えばいいのだ。外国語が苦手なのは、自分だけの責任ではない。日本の外国語教育が悪いのだ。下手な英語教師が、ネイチャー・イングリッシュに勝てるはずが無い。それた蛇足だが、少し英語ができるからと威張ることは無い。母国語でもない外国語を子どもの頃から母国語並みには使えるひとはどこにでもいる。要するに、お玉杓子が、何時までも蛙に変態しようとしないだけではないか。もう手足がなくては餌は獲得することができないのだから・・・。一般の人を門外漢にすることで、自分たちの権威を守ろうとした大学は、今後消えて行くだろう。個人も同じだ。宗教も、時代に適応できなければ、その力を喪失させるだろう。かべは外に対しては強くとも、内からの崩壊をとめることはできない。土台、門外漢などといって排除したがるのは、所詮、狭いスペースでしかない。取るに足りないものだろう。>チャイナタウンの最古の中国寺院 シアンホッケン寺院。
2006.10.30
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習慣とは怖いもので目が醒めると起き出してしまう。寝てればいいのに・・・と妻から言われますけどね。よく考えたら寝ぼけています。脳と動作が少しずれて居ります。写真は、スタバを探しに外出した時だったかな?兎に角シンガポールの街角です。大きな木を見ると写真を撮りたくなります。ひとびとのお姿はついでであります。何せ、種としてのヒトより植物は長生きしておられるので敬意を表したい。緑がないと落ち着かない。こんなところで死にたくないと思うのでしょうか。ひとはいつ死ぬかわかりませんからね。サリンやテロで巻き添えになるというか、そんなのは、すぐ諦めのつくことではない。そんなに達観もしていない身です。何気なく撮った写真が良くて、狙った写真が間が抜けているのはアマチュアの証明なのでしょうね。私は、それに加えて、どんなブログの写真になるかよく分からないで載せております。少し、胸苦しさと口の中の厭な感じがなくなりましたが、まだ神経は、サハラ砂漠を通過中です。そろそろ5時を過ぎました。
2006.10.29
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「これ以上、何もありません。鼻血も出ません」後13分で今日が明日に変わる。勿論私は眠ります。あなたも眠りませんか?今日はいい一日でしたか。どうやら、くだらないというか、無為に過ぎた一日、の感じですね。余りいい写真もないなあ。時々嫌がらせのように投稿できないし、草柳大蔵も・・・だし、無感動な一日は過ぎてゆく。明日もどうなるかわからないけど、まあ夢は持ちましょう。もちつづけることが無駄になりませんように。なんてね。ちと酔っております。明日は、図書館に行く元気が出るでしょうか。どうぞ、少しだけの美人ではつまらない。ぞっとするような女性になってください。
2006.10.29
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何せ、この際整理したい。写真は古くなるばかりだ。まあ老後の愉しみにしようとCD-Rにして蓄積したものが在る。放置していた。このままだと腐ってしまう。それで、只今整理中だ。余りブログに載せる気が無くて撮影したし、人物と一緒に撮ったものが多い。ちと出すには遠慮がある。タンダムでもあるので、いささか良い加減な物だ。別に、写真が良ければ、コメントも必要ないが、ごまかしで書いている。シンガポールは、日程も短かったし、余り本数も多くは無い。まあ、暫くお付き合いください。
2006.10.29
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日没からオープンする「ナイトサファり」でユニークな動物園。トラムに乗って動物たちの夜の生態を垣間見ることができる。ひんやりとした湿度と静寂が、別世界へと誘うようだ。市内から20分の場所にあり、幻想的な雰囲気を醸し出している。トラムは、運が良ければ日本語解説付きがある。手馴れた運転手が、長い電動トロッコを走らせていた。トラとかキリンとか、夜の闇の中で照明に浮き上がって見えるのは壮観だ。残念ながら、構内は撮影禁止だ。ふと気づいたが、相当暗い中を人々が歩いていた。徒歩で見て廻ることもできるようだ。子どもの頃、夜道をひとりで山の小道を歩いたり、高い木に登り枝の上で、何か安らぎを覚えたことを思い出した。自分が目だけになるのもいいかも知れない。感性を取り戻すいい機会かも知れない。
2006.10.29
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日本人観光客は外国で評判が悪い。併し、日本人にも言い分はあるだろう。それでも批判に対して訊く耳を持たねばならない。シンガポールは、国際都市であり多くの国の国民を知っているが、日本人が、外国語を話せないのは軽蔑されるべきだと考えているようだ。多くの日本人観光客は、長い間働いて、やっと子育ても済み、出かける人が多いだろう。かってはも農協の老人グループが多かった。折角、外国を旅行するのだから、訪問先の国のことばくらい少しは喋べる努力をするのは訪問先への礼儀でもあるだろう。それとバカにされることを遣っているのではないか。それだけのことをしないことには軽蔑まではしないものだ。グローバル化を公言しながら、外国語をきちんと教えるシステムをつくろうとしない政府にも責任がある。外国語は、殊に若いうちに始めないと中々長期記憶にならないものだ。そんなことは何十年も前からわかっているのに、いつまでも掛け声ばかりで何もしていない。口ばかりではないか。現に一般人が、外国語で外国人から褒められた話は余り聴かない。65億人の中の、日本人は、1.2億人の人口だから、外国人が日本語を覚えてくれる可能性は極めて低いというより、不可能だろう。であれば、日本人が外国語を覚えるしかないではないか。日本人は、自分の世代で、終わろうとしているだろうか。髭は剃らなければ、いつまでものびてしまうだろう。
2006.10.29
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「褒めころし」というのがあった。一昔まえに右翼が街頭演説でこれをやったものだ。然し、いまも形を変えてあるのではないだろうか、相手を褒め上げて身動きを止めさせてしまう。日本では、とくに「先生」などといって、如何にも畏敬の念を現しておいて、裏腹のことをする等だ。世間知らずの自惚れ屋が多いのだろうか、大学が、学生減の時代に晒されようとしている。先日の講座のテーマ「コーポレート・ガバナンス」論の潮流;会社は誰のものか?の中で、講師は、大学の経営戦略を案じていた。それこそ、大学は誰のものか?を問わなければ、淘汰されるだけだろう。可笑しいのは、経営学や、経済学を説く大学が、かかる事態をのりこえられないとすれば、何をかいわんやである。まともな仕事をしていないことを表白するようなものではないか。それは、日常のライフフタイルでもわかる。自己批判しないからだろう。「ただめしを食おう」という浅ましさが、学問を貶めてもいる。自戒しない先生たちは、もはや「褒めころし」にも価しなくなるだろう。>シンガポールで不思議なものをみた。スリ・ヴィラマカリアンマン寺院でリトル・インディアの中心にある1855年建立。ヒンドゥー教寺院。
2006.10.29
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地元のガイドは、違うところに行こうといったが、私たちはこのツアーのハイライトだと思っていた。予想通り、素晴らしかった。何を基準にするかは難しい問題だが、時々変な奴がいる。世界初の夜間動物園の趣旨を理解しないガイドもいるのだろう。碌なカメラも無いので、頭の中のイメージとして残してきたが、暗闇にうかぶ野獣というのは、見たものでないと解らない感動があることを知った。飼い馴らされた動物は、野生ではないかもしれないが、それでも檻の中にいるのとは違う自由さがあるようだ。「百聞は一見にしかず」というが、まさに、このことだろうと思った。ツアーなどと侮る無かれ、初めての人が組めるスケジュールではない。見る側が、どこまで理解できるかでもあろう。私は、ザルでも何でも、見て見たいと思う。そして、嗚呼、そうかと子供のようにあとで気づくものがあればいい。シンガポールでは、多くの宗教が混在している地域を見物したが、その時は、ガイドの後ろからついていきながら、これは何だろうと思った。頭が悪いし、フットワークも良くないので、牛のように二度噛みしなければならない。そのチャンスがないかも知れないが、幾つかは残っていて出番を待っている。ナイトサファリ観光で、かって人類も彼らの牙に恐怖したのだろうと思い。暗いジャングルを眺めていたものだ。今日は、夏のようだ、妻がパンジーの苗を買ってきたので、鉢と土を買ってきて植えつけたところだ、よく仕事を創ってくれる。汗を掻いてしまった。もうすぐ11月になる。
2006.10.29
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これまで猫との付き合いはなかったのに、妻子が、愛猫族になってしまいました。毎日餌を遣るものだから、野良猫まで集ってきました。近所迷惑だというのですが、陰でこそこそ遣っていましたが、最近では公然と遣っている。私は、どちらかといえば、猫より犬の方が好きなのですけどね。というより犬と付き合いはありましたが、猫は、余り無い。扱い方がよく分からないこともある。動物を好きになるのはいいとしても、どうも溺愛なのは、どうもね。本人はいいかも知れないけど傍迷惑もある。その点欧米人は、あくまでも愛玩動物として扱うので見ていてもなれている感じがする。それに引き替え植物はいいですね。誰も文句を言わない。私は、殊に高い木が好きですね。高い木が、喋った話は聴かないし、迷惑もかけない。黙って生きている。まあ、広い空間に住んでいるひとは、いいでしょうけれど、狭いスペースで養うものだからあちこちで摩擦が起きるのではないか。どうも業者が営利主義過ぎるのでしょう。犬は10数年飼いましたが、世話が大変でしたね。「猫可愛がり」ということばがあるくらいだから・・・ね。ヤレヤレ。>これは、シンガポールの植物園で。
2006.10.29
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草柳大蔵の絶筆も日本の教育が書かれている。彼は、何の病気か知らないが、突然に訪れた自身の人生の夕暮れに向き合い病床の中で書かれたものだ。日本に於ける教育制度は、殊に大学前では暗記学問で、感性を踏み付け、物事に対する適応性を遅らせ、一番精神が柔軟な時に閉塞させている。将来とんでもない人間ができてしまうのではないかと懸念している。やはり、彼も最期は、日本の未来を心配したのだ。自由な発想や、自由な創作というのは、確かに、如何に未熟といえど若いころの方が受容体としての感性が豊かだろう。その幾つかの経験が、或いは、学を成した後で、発想や創作に役立つこともあるに違いない。山頂で見た風景とか、初めて触れた昆虫とか・・・が大切なのではないか。勉強を始めたから、すぐに物事は役立つものではない。それは、目には見えずとも蓄積されたものでも在るからだろう。教育は、そのためにも子どもの頃の、伸びやかな教育こそ大事なのではないか。アメリカでは、逆にその自由な教育が、行き着くところピッピーを生み、校内暴力を増加させ、学力が落ちたとして、むしろ態勢を閉め直そうとしている。それが最大のテーマになっているらしい。これだけ複雑な社会になると、ことは単純には進まないが、自由と秩序の間で、どこに適正値を求めるかだろうという。草柳大蔵のことばである。>写真は、博多湾クルーズの時に撮ったが、生憎雨だった。暗雲立ち込め雷もなっていた。これも普段と違う視点の福岡の街だろう。
2006.10.29
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「大学の目標は学問を伝授することではない。真理を産み出すところである」とベルリン大学をベルリン総合大学に改訂して、フィヒテらによって宣言された。しかしワイマール憲法は、ナチズムをも生み出してしまう。如何に、優れた精神をもってしても、その担い手である人間次第でもあるのだろう。優れた素質も使い方を誤れば腐敗もするのだ。草柳大蔵の「絶筆・日本人への遺言」を読んでいると日本人の教養人のレベルが見える気がする。勿論病床で数ヶ月という短い時間の中で書いたものだ。その厳しい状況で書かれたことに胸が詰まる想いだが、突き抜けてくるものがない。恐らく、日本人の知識人とは、柵の中の自由でしかなく、それを自由と信じているのではないか。だから、日本の歴史を愛することができるのではないか。そんな気がしてきた。彼は、小学二年生の句を紹介している。たかいたかいして夕焼けをみたいから「なんという生命力だろう、と感じた。このエネルギーが守られ、すくすくと伸びてゆくには、どんな環境が必要なのだろう」と書いている。それは、或いは死の宣告を受けたものしか解らない境地かもしれない。そして、比喩的でも在る。ここには、死を知るものと、これから生きるものとの相違があるだろう。私たちが、思想を述べる時、引用する人びとは過去の人物でしかなく、それは大抵誤解されているし、個人によって感じるものも大いに違うから、たとえば草柳の思いも欠片ほども私には響いていないかも知れない。それは、それで仕方がないだろう。先を急ごう。
2006.10.28
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表紙の筆者の写真が載っている。テレビでよく見た顔でもある。闘病のあいまに病室のベットで書いたものだという「絶筆 日本人への遺言」である。「ひとは生きてきたようにしか死なない」という本も、書いている人物が、突然に訪れた自身の運命を静かに受け入れ、限りのある時間の中で教育論を書いたものだ。「一日に本を27ページを読みなさい。専門書、教養書、頭が疲れたときに読む本。毎日9ページ読めば一年で約1万ページになる」「人はあやまってつられた動物ではなく、あやまって教育された動物である」(パリ大学教授のショシャール)彼は、「各国の指導者はこれからの国の仕事の中心に「教育」をおき、人間味が豊かで、合理的判断ができ、思いやりのある人間を作ろう、そのためにお互いが努力しようと呼びかけている。最後の章は、「わが事において後悔せず」だ。
2006.10.28
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ある教師は、そういって、こどもたちを指導したそうだ。教室で教わったことなど覚えなくてもいい、ザルで水を掬うようにどんどん頭の中から流しなさい。そのかわり一日を無駄にしないで、身体を億劫がらずに動かしていれば、学校で教わったことはひとりでに「ああ、そうか」になるものだと。いい先生は、いるものだと感心した。私も、こういう先生にこどものころ教わりたかった。それでも、いくつか学校で教わったことが、それこそ「ああ、そうか」あるものだ。「人生塞翁が馬」だとか、中国の話とか、自分の思考の元になっていると気づくことがある。そういえば、今も、ザルで水を掬うような勉強をしている。どんどん忘れてしまう。でも遣るだけ遣った時は、「気分の良い一日を過ごしたなあ」と思える時があるのは嬉しい。だから、他人にも「気持ちの良い一日を過ごしてごらん」といいたい。色々調べて、はじめは感心するひとも、意外と竜頭蛇尾だったりする。「なーんだ」で終わるのが精々だろう。底の浅いものでしかないのは何故だろう。もっと、もっと、自分を豊かな奥行きのある人間にすべきなのではないだろうか。そのためにどれだけの努力をしているだろうか。他人を軽く見るからつまりは自分を軽く見てしまうだろうか。自分を軽く見すぎるから他人を尊敬できないだろうか。
2006.10.28
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世界に指導的理論がないのは何故だろうか?それが、期待されるアメリカが、寧ろ逆行しているし、勿論安倍晋三首相でもない。世界は、クリエーターとオペレーターに分断されつつある。余程特別な才能で無い限り、「蛙の子は蛙」になりかねない。世界中で、ボーダーレスが進めば、益々アイデンティティの衝突が顕在化しかねない。紛争は深刻化するだけではないか。何のための政治なのだろうか。スイスのIMDの「世界競争力ランキング」で、日本はどう評価されているだろうか。それは、政府の機能不全であり、大学教育の質、企業志向、開業の難易度、株主の権利と責任の明確化などが、指摘されている。大学教育が「組織内の管理組織を作る事に傾き、自らリスクを負って創造的な仕事をする人間を教育することを忘れている」とのことだ。最も基本的な教育の精神を蔑ろしていると世界からみられているのだ。子供たちのこころを縛り上げてする教育は、教育ではない。ペーパーテストで、安易な選別をしているのではないか。花を咲かせる為に、全力を尽している植物の方が健気に思えてならない。新庄選手も、プロ野球選手をやめれば「ただのひと」でいいではないか。人気は社会的実力とは無関係だろう。
2006.10.28
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ヴェトナムの芸能は盛んのようだ。舞台は、土の上である。民衆に溶け込んでこそ価値があるのではないか。民族性を最も表現しているのかも知れない。舞台の上ではなく、肩を並べて聴くのはいいものだ。「べ平連」の集会を思い出した。日本のあちこちで集会をやり、ヴェトナム戦争に反対していた日本人たちがいたのだ。「平和」を論じ、「ヴェトナムに平和を・・・」と、歌っていた。南ヴェトナム政府が崩壊して30年経過した。時の流れを思うが、社会主義共和国として、独自の路線を模索しているようだ。音楽を聴きながら、土の香りを感じた。さて、先程公開講座から帰宅した。テーマは、コーポレート・ガバナンスの話で、堀江や村上たちが、主張していたのは、70年代、80年代の米国の敵対的買収の話であり、寧ろ、米国では現在では、株主一辺倒ではなくなりつつある、という講義であった。
2006.10.28
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あのアメリカに抗い切った国家とは?一体為し得た、そのエネルギーは、どこから来ているのだろうか。フランス・日本と、それから、永年の中国による侵略によって醸成し培った闘争心だろうか。それを支えたのはやはり国土を知りぬいた女性たちの忍耐だろうか。地べたに穴を堀り、モグラのように暗闇の中でも耐え抜いた生命力は、軽く容易いものではない。泥水を啜り、空腹を耐えたものは、愛国心だろうか。寧ろ人間に対して害虫のように殺虫剤をまく傲慢なアメリカへの復讐心だろうか。指導者のホーチミンは老人だった。老人の智慧がヴェトナムを守るパワーでもあったのだ。そのことを忘れてはならない。そこにキーワードがあるかも知れない。ひとが最後に、人間を頼るものは、肉親であり、親ではないだろうか。親なら子を見殺しにすることは無い、この世界がどのように変わろうとも、そのことだけは、ひとの歴史に輝き、貫かれた人間の伝統ではなかったか。ヴェトナムは、ホーチミンを必要とした。そして、その精神を尊んだ人たちが。彼の名を冠した「ホーチミン市」がある。
2006.10.28
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メコン河の中州のタントン島で闘鶏を飼育しているのを見つけた。まさか賭けを遣る訳ではないだろうが、どこにも愛好家がいるのに」驚いた。それにしても見ただけで強そうだ。精悍な感じが出ている。一見、おとなしそうなヴェトナムの人たちだが、内面には闘争心が強いのではないだろうか。ふと、思い出したが、人事課長をしていたひとが、定年後、私の部下になって親しくなって話したことがあるが、温和な人物と知られていた。そのひとは一寸小柄だったが、通勤電車で不良に因縁をつけられたことがあり、その後、防衛の為にポケットにあるものをもって通勤していたという。それこそそんなもので殴られたら、ひとたまりも無く撲殺されるだろう。それとは知らず因縁をつける奴がいたとしたら、それこそ、哀れな最期になるに違いない。ひとは見かけによらない。闘魂は、外からは見えない。この地で、闘鶏を愉しむ人たちも、誰の子孫か判らないだろう。畏るべし。アメリカ人も、それこそ地べたに潜んでいる人間とは戦えなかったのだ。
2006.10.28
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タイソン島で、昼食は、ミトー地方料理の「エレファント・フィッシュ」(象の耳という名の魚)だった。川魚だが、余り臭みはなく、小骨も無く食べ易い魚だった。出かける前からヴェトナム料理を食べていた、春巻きとかフォーとかだ。「アイランド花どんたく」にも、ヴェトナム料理の屋台があったので、行く前に何度も食べていた。ヘルシーメニューが多くて、成る程アオザイ美人もできるわけだと思った。蚊の対策をして行ったが今回のツアーではいらなかった。勿論対策の必要はあるだろう。ひ弱な日本人には、どんなところにどんな細菌が待っているか分からない。ひとを一撃で倒す昆虫だっているかも知れない。私たちは「知らぬが仏」で生きているのだろう。色々食べたり飲んだりしたが、帰国してからもなにも無かったので、意外と、私などは南国向きではないだろうか。木蔭の涼しい場所で、ハンモックで本でも読んで、昼寝でもしたくなった。騒音もせず、テレビの音も聞こえない世界も悪くは無い。
2006.10.27
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決して、胡桃の外ではない。試行錯誤しながらひとは生きている。時には遣りすぎるし、挫折もする。利巧と言われる科学者だって、100分の1か、1000分の1か、或いはそれ以上の途方もない可能性に賭けた仕事をさえするだろう。併し、それは困難なだけで不可能ではないかもしれない。ひとの今日の進化はそうして成し遂げられてもいる。勿論日々嘗めているのは自己嫌悪だろうが。真理がすぐそこにあった時代ではなくなった。もう救ってくる神は近くにはいなくなっている。日進月歩の科学の進化は、より複雑な社会を形成して来ている。それは味方であり敵である。そして敵であり味方でもある。科学は、最早諸刃の剣だけではない。パンドラの箱にもなる。私たちは、誰も人類を破滅させる為に生きてはいないが、併し、それを遣るかも知れない。遣れるだけの「核」をもってしまった。これは、科学者の哲学の無さが招いた最大の犯罪である。このことの罰は、抗うことのできない事実でもある。善悪は、時としてめまぐるしくところを変えるが、それは、この社会が不完全であり、善だけでは生きれないことを意味してもいる。人は、誤りをおかすだろう。宗教でさえ、かって道具にされた。そして、今もそうかも知れない。それには理由が在るだろう。併し、少なくとも殺し合いの道具にすることは、破滅への道でしかないだろう。>この桟橋は、メコンデルタを流れる母なるメコンクルーズの乗り場だ。それこそ大都会の桟橋ではない。だが世界の多くの人びとは、自分の人生を賭けて、母なるメコンのような赤い大河を渡らねばならないのだ。
2006.10.27
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南シナ海に注ぎ込むメコン河クルーズの拠点ミトーから、ココナッツジュースを飲みながら中洲のタイソン島に上陸した。此処は果樹園とフルーツのサービスと一緒に、少女たちの歓迎のセレモニーがあり、日本の歌で迎えてくれた。素朴な感じのする黒い髪の少女たちだった。余り、スマイルが見られなかった。それがヴェトナム流なのだろう。それでも、花柄なのがいい。褐色の肌が汗で滲んでいた。ここはまさしく南国の島なのだと思った。バナナの木や、ココナッツの林を歩いてきた。フルーツが、新鮮で甘かった。観光としては、まだ洗練されたものではないが、これからなのだろう。国家事業でもあるのだからそのうち、経験を積んで行くだろう。アメリカの資本が入ればあっという間にホテルを建ててしまうのではないだろうか。そして観光化して喰い散らかしてしまうだろう。廃墟にしてしまい。さっさと逃げてしまうのだ。それが彼ら、市場経済の遣り方であり、論理だろう。日本でも金儲けで、レジャー産業があちこちにできたが、殆ど駄目になった。長崎のハウステンポスも、北九州のスペースワールドも、業者に唆されて失敗した。残骸だけが残った。そして労働者の失業だ。
2006.10.27
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南国はどこでも女性が逞しい働き者だ。ここはホーチミン市の郊外国道1号線沿いだ。何を売っているのだろうか?椰子も実だけは見える。西瓜や果物類も売っていた。この9月灼熱の暑さは流石だ。恐らく、どんな過酷な環境でもヴェトナムの女性たちは、子を産み、そして育て、夫を支えて家族を守り、生きていけるだろう。朝っぱらから、若い連中は、仕事の始まる前でもデートしている。公園でもどこでもアベックが見られた。誰も非難するものがいないのだろう。恋愛を喜び、自由を謳歌しているのかも知れない。ふと、そんな気がした。出店はそれほど多くはなかった。珍しいくらいだった。舗装されている道路も、まだこれからではないだろうか。緑が豊かに残っている感じだ。開発もいいが自然が破壊されるようでは困る。アメリカナイズされていない国家から、日本人は学ぶことは多いのではないか。ヴェトナム観光もこれからだろう。
2006.10.27
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詳しく知らないが、宮廷民族舞踏なのだろう。壺を持っています。道具を持って舞うのはどこか、日本の伝統舞踏のルーツになるものがあるのではないか。そんな気がした。稲作文化といいアジアには、共通したものが多い。とくに東南アジアには、親近感を覚えるのは、遠い祖先で繋がるものがあるのではないだろうか。太鼓のリズムなどを聴いていると不思議な気持ちがして来る。仲間意識を高揚する為に音楽や舞踏や芸術が利用されたのだろう。民族舞踏も内向きであるからこそ生き残ることができたのではないか、併し、確かに共通するものが在るだろう。天秤を担いで歩くのは、昔は、日本でもよく見かけたものだ。現在のヴェトナムには。日本では風化してしまった風習が探せばいくつもある気がした。
2006.10.27
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本格ヴェトナム料理を食しながら、伝統の民族舞踏です。照明が暗いです。
2006.10.27
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ホーチミン市からミトーまで約60キロくらい。国道1号線が走っている。写真は国道沿いの休憩所で土産店だった。場所は、ホーチミンから通じているベンルックとタンアンの間だろうと思う。昨年の9月で、まだ陽射しが強かった。高圧線が通っているのは、此処くらいしか見なかった。電柱やテレビのアンテナに慣れている目には、新鮮だったし、気をつけてクーラーの室外機を探してみたが殆ど人家にはなかったようだ。ここでは、木蔭で涼をとるのが普通らしい。クーラーが必要なのは、文明に毒された人たちでしかないのだろう。いい風が吹くのだろう。避暑のため、木蔭でハンモックの人が多かった気がする。街灯もないし、車の騒音もない。車は右側通行だ。静かな時間が流れているようだ。メコンデルタの近くであり、平地の道が広がっていて、狭い世界で生きているものにとっては、何とも広々としているのは、いいものだ。何千年の昔からその地に住み着いているものを追い出すことなど、誰もできはしないし、すべきではない。何でもない風景こそ、その国の日常が見えるのではないだろうか。
2006.10.27
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エッセイが案外多いので驚く、猫杓子も書いている。元々エッセイなど書く人は、余程暇な人か、有名人など思っていた。避けていても読む機会がない訳ではないが、私などは、中学時代に実篤や北杜夫などで懲りている。文芸春秋などを読んでいると、ためにするエッセイばかりだ。ところがこのブログも同じようなものになっている。そういえば、所在なげに私も書いてもいる。あすなろ、のつもりもないが、まあ行くところまで行こうと思う。さて、花の写真でも載せたいのだが、どうもサイズの補正が旨くいかない。暫く、ヴェトナムツアーの写真になる。あまり綺麗な写真はないが、まあサラダ記念日の如きものだと我慢してください。本当は、壮観なバイクパレードを撮りたかったがそのチャンスがなかった。信号機が少ないのと、この写真では横断歩道が写っているが、間隔が空いているので多くの人々は、単車や車の中をスイスイと横断していた。ヴェトナムといえば、何といってもアオザイだが、若い女性の執着は、相当なものらしい。丸顔とスマートな姿態は確かに魅力的だ。何かで読んだが、女性の腰が細いのを男性が好きなのは、もともとは女性が妊娠しているかどうかだったらしい。まあ、オスの動物は単純なのだ。>画質も悪いし、見るに耐えないが、市街の写真は数枚しかないので載せました。チョロンの近くだと思います。
2006.10.27
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ホーチミン市からメコン河観光のためミトーへ行く途中バスの中から撮った写真だ。あちこちの箇所が流れている。日本でも昔見かけた田舎の風景がつづいた。養魚場が盛んだとガイドが言っていた。5年後にまた来られたら、国道周辺は一変するでしょうとも。日本と違うところは、広告看板がないことと山並みが見えないことだろう。勿論人家も少ない。ここがあのヴェトナムなのだと思うと、感慨深い気持ちにもなった。ヴェトナム人のガイドは、殆ど戦争の話をしなかった。日本語は流暢で、地元の国立大学を苦学して卒業していた。ミトーの近くで生まれたとも言っていた。貧しい暮らしだったようだ。ツアーに同行した大学講師の女性が、「私たちは、いいガイドに巡り合いましたね。」と私たちに囁いた。南ヴェトナム政権時代に「独立宮殿」と呼ばれていた豪華な建物(統一会堂)を見物した時、丁度アメリカの修学旅行らしい少年少女の集団と一緒になった。彼らは、退屈そうに見て廻っていたが、屋上では寝そべるものもいた。全く緊張感はなかった。地下の展示室に、私たちは案内された。ベトナム市民もいた。そこは、ソンミ事件の写真や、仏教徒の焼身自殺など、生々しい写真が展示してあった。私は、アメリカ人のグループを見かけた後だったので、ガイドに尋ねてみた。「アメリカ人観光客にも見せるのか」と。彼は「ノー」とだけ言って横を向いた。彼が、「メコンが赤い河だから、ヴェトナム人は、ここで生きていけるのだ」と言った人だ。凄いガイドがいると思った。彼は、日本人観光客にもアメリカ人にもすべてにおいて負けてはいない。寧ろ勝利者のプライドをもっている人だ。「さあヴェトナムをどこからでも見てくれ」といっていた。経済的な貧しさも、彼らの所為ではない。いまが貧しくても、彼らには何の障害にもならない。彼らは、未来を手にするだろう。5年後に、もう一度ヴェトナムを見てみたいと思った。
2006.10.27
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どうやら写真の補正ができたようだ。CD-R で入れた写真が掲載できそうである。慣れないので時間ばかりかかってしまった。横浜市は、懐かしい都市になった。単身赴任だったこともあり、歩き回った。それでも、大した写真は残っていない。まあぼつぼつ掲載して行きたい。併し、どうも写真が気になって文章が追いつかない。何せ数年前の写真が多いから、新鮮味がない所為だろう。写真が掲載できるとなれば、デジカメが欲しくなったが、娘が買うので待てといわれている。二つもいらない。どうも当てにはならないが。今度のドイツツアーでは、いい写真を撮りたいとは思うが、何せ寒そうだ。はりきるとずっこける性質なので、あまり考えないことにしている。昨日イオンの中の比較的大きな書店で、ゲーテの関連本を探したが、驚いたね。欠片もなかった。本屋は、狂っていると思ったね。酷いものだ。くだらない本ばかりだ。そう、何せ最近書店に行くことがないし、らしい書店もないところだ。ここ福岡は、文化的には、ど田舎なのだ。都会が好きではないが、行政サービスだけは違うらしい。>ランドマークビルから景観。茶色のブランドは横浜野球場。裏に中華街がある。
2006.10.27
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真黒い悪臭のする川というより溝川しか見ない都会では、澄んだ清流が本当の川のように感じてもいた。清流にすむ魚が、魚らしいとも。併し、「清くして、魚棲まず」ともいう。ひとも清廉潔白過ぎると、かえって他人に親しまれないで孤立するという。それは、見た目は綺麗でも清流には、生物が少ないこともある。母なるメコン河は、栄養豊かである。だから濁っている。生物が豊富に棲んでもいるしその恩恵で、人間も生きて行けるのだという。メコンを目にして、その話を訊いた。人間の社会も濁っていることを悲観するだけではなく、中身が問題なのだろうと思う。国土は、そこに住むものの長い歴史を積み重ね適応した遺伝子が支える世界でもあるだろう。ヴェトナムも長い悲惨な歴史をもつが、メコンは滔々と流れて人々の生活を支え続けたのだ。そして、それは現在も変わらない。>ミトーの近くを流れるメコン河。ヴェトナム・コーヒーを飲んだが甘いコーヒーだった。ミルクをたっぷり入れて飲むらしい。
2006.10.27
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「対談 目から脳に抜ける話」は、それこそゴミではないだろう。すべてのことは、やってみないとわからないというのが試行錯誤で、これは運動系のいい性質なのだ。ちょっと後ろを向いてはどうかということでもある。後ろを向くとつまり「何がゴミか」ということになるだろう。前向きのひとは、経済の原則がはっきりしており、どんどん先に行こうとする。だから「何がゴミか」の思考が遅れてしまう。自分がゴミかさえ分からなくなってしまう。ゴミの側から考えるという視点が欠落しがちだ。宮沢賢治は、生命連鎖の行き先は「死」だという。みんな死ぬしかない。間引きの考えがある。減数分裂だ。これは、ゴミと同じように、死体の側から人間を見ることをいっている。ひとの未来は、希望だけではなく、絶望もある。例えば臓器の側から臓器移植を考えるという、そういう立場の「変換」を絶えずやるしか仕方がないだろう。つまり「成長の限界」が、若者たちをシラケさせている。「つまらなく」させているのは、自分たちの未来に待っているものが「ゴミ」や「死」であるからでもある。それはファイトの湧く話ではない。ただ、そうした戦略を地上の生命は取ってきたのはは紛れもない事実であろう。やはり、一寸先は闇であった方がいいのかも知れない。併し、「何がゴミか」考える必要は在るだろう。 歴史は知っている。ヴェトナム人は、確かにアメリカ人をゴミにしたことがある。>母なるメコン
2006.10.27
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マクナマラは、要するに、ヴェトナム戦争で、コンピュータを重視して結局負けている。それでもなおかつアメリカには、非常に世界戦略の強い論理信仰を払拭できないでいる。アメリカは、できもしない未来を予測し過ぎるのではないか。そして、正しいデータを準備しないまま強行してしまうのだ。アメリカは、ヴェトナム人を見くびり墓穴を掘った。「手術は成功したけど、患者は死んだ」というのは世の中には履いて棄てるほどある。これは、心理学的には、不安の裏返しでもあるだろう。あの自由の国というアメリカが一番、人種差別を遣り、報道の自由を抑圧していた。安倍新内閣は、そのマクナマラを遣ろうとしていないだろうか。負けるはずはないと、北朝鮮に喧嘩を売っているが、トラの威を借る狐ではないか。論争に勝って、実践で負けるのではないか。犠牲のでない戦争はないのだ。その賭けをしようとしていないか。その論争にだけに目を遣っているのは、危うい判断ではないか。戦後生まれのはじめての首相というのは、勲章ではない。寧ろ、暴走さえしかねないだろう。戦力もないのに、アメリカタイプの防衛システムとは何だろうか。不思議なことをいう内閣だろうか。ヴェトナム人に学ぶべきことは多いのではないか。>昨年夏、ヴェトナムにて。
2006.10.26
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オペ中に、さまにならない場面が見られることはよく聴く話だろう。生きるか死ぬかのオペ中に医者が軽口をたたき、笑っていたりする。医者と患者の立場の違いがある。そういう緊張したオペで、真面目すぎると却って、失敗するという意見もある。確かに長時間のオペの場合、疲れるだろうし、大変な仕事であることも分かるが、そこはプロの仕事である。「慣れてはならず、慣れねばならず」なのだそうだ。オペの場合、慣れてはならないのは、思わぬことが生ずることがあるからであり、慣れねばならないのは、用心過ぎては時間がかかりすぎかねないからだ。処で、今、日本ハムが優勝した。おめでとう札幌!!日本は、医者に甘いのではないだろうか。勿論医者を大切にすべきだし、休息も充分取らせてやるべきだ。長期休暇も与えねばならないだろう。改善はすべき課題でもあるが、甘やかせるだけの仕事をしてはいない。
2006.10.26
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試行錯誤の中で一番ラディカルなことができるのは、高齢化社会の現在、老人たちではないか。何れ死ぬのであれば何でもいえるし、何でもできる。先のことを考えないで思い切ってラディカルなことができるかも知れない。病院通いをしていると思うが、医者は、極端に言えば、検査の結果が出てデータ処理ができないと、正しい診断や治療ができない時代になっているのではないか。診断マシーンではないか。医者と患者は、人間と人間の関係ではなく、もはやデータと患者になりつつあるのではないか。寧ろ人間的な診療に近いものと言う意味ではナースの方でしかなく、医者は、技術者に変化している。どうも役割が変化しているのではないか。何れそんな医者は要らなくなる。臓器移植のレシビエントもドナーも老人は対象外というから、肉体は誰も要らないといわれそうだから、少しは、ラディカルに生きるしかないだろう。
2006.10.26
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横浜からどこからでも見える文字通りのランドマークである。今更載せるのも気が引けないではないが数年前に博多に横浜から帰省したこともあり、写真があったので載せてみた。何とも優雅なビルで、「みなとみらい」(MM21)に遊びに行くたびに見上げて愉しんだものだ。69階建て。総工費2700億円と言われている。まあ、ただ見る分には、高層ビルのひとつでしかないが、日本の建築技術の高さを示しているだけではない。このビルは、バブルの影響で、時価会計では、含み損が1000億円以上の恐らく日本一ビルでもあるから、一般の人とは違いオーナーは、さぞ恨めしいビルでもあるだろう。賃料だけでペイできるとも思えない。以前数回展望台まで登ったことがあるが、数分間でのぼるエレベーターを使う。世界最速だそうだ。但し現在もそうかは知らない。高いが廉いかは知らないが、料金1000円だ。少し前まで、このビルの40階辺りから、周辺を写すライブカメラのサービスがあり、PCで見ることができたので、毎朝楽しみに見ていた。これくらいのビルでも、天候で影響されるらしい。雨が降ったりすると中継ができなくなったりした。何せ、「みなとみらい」というくらいだからスケールの大きいプロジェクトなのだろう。住んでいたところから近いこともあり、休日にはよく出かけたものだ。土日は、何かイベントがあっていて単身赴任者には気晴らしになっていた。今は懐かしい場所だ。最近、みなとみらい駅ができて、横浜駅から地下鉄が繋がり便利になったので客が増えたことだろう。散歩するには、みなとみらいから中華街まで歩くといい運動になったものだ。
2006.10.26
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