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つぶやき:2010.10.29-2010.10.31 今朝 想ったのですが、仰げば尊し の美しい歌が自然に歌えなくなってしまった。検事やマスコミが 本来の崇高な任務を忘れて、おかしなことを始めている。政治家も、やはり教育が良くないのでは? 教育の本質とは 何でしょうか。 確かにそこは大問題ですね。無駄、マイナスの部分を減らすのは考えられますが、それをやりすぎると、全体が縮小で、ちじんでしまいます。そこで、新しい芽をどんどん伸ばさないと: 再生核研究所声明 34: 日本のビジネス -- 日本料理店の海外展開 軽い菅氏と偽メール事件にひっかかるような人たちに 国を任せようとは 思いませんでしたが、小沢氏がいれば 大丈夫か と考えました。 やはりうまく行っていませんね。 菅氏たちの背信は、許されませんね。 検察不信とは、あってはならないことだと考える。世に不信が出ているのに 追求しない国会は 既に相当おかしいのではないでしょうか。 検察とは 何をするところでしょうか。 本当ですね。人物評価は、上に立つ人の 大事な観点ですね。そこがきちんとしていないので、変な検事や教師、裁判官などが生まれているのではないでしょうか。 いわゆる西欧先進国から見れば、小沢氏の問題は、日本国そのものが 野蛮国に見えると思います。 国会議員さんたち、あれ何しているの となるのでは、みんなで、馬鹿丸出しをしているようですね。 国民もマスコミも 恥ずかしさが 分からない。 菅内閣は アメリカ、中国の信頼を失って 孤立していますね。 私は、人物を見抜いているのだと思います。トラの威を借りる狐や、友人、恩人を裏切る人、言葉を他がえる人は、どこでも信頼されませんね。 変な政治家ばかり、出していると 日本国そのものの信頼を失い、結局、国家的な損失ですね。 立派な人物、政治家がいるのに育てられない、残念です。それは、日本国の文化レヴェルが低いためと考えます。マスコミのレヴェルを見れば分かりますね。 まして、多くの人の期待で選出された政治家の逮捕は 慎むべきだと考えます。 ここですが、政治家の皆さんの身分をあつく保証し、国会議員を軽々しく逮捕する様な検事は 解任する くらいの元気が 国会議員にはないのでしょうか。 怖いのでしょうか? 細分化はもう時代遅れだよ : 本当に、それが、人間を盲目にし、奴隷にしているのですね。 新奴隷時代です。 検察が意地悪に徹底的に調べて、不起訴処分にしたものを 何を更に聞く必要があるのでしょうか。詳しい検察から聞いた方が正確ですね。逆に 検察の人権問題を議論すべきではないでしょうか。余りにもおかしな議論と思います。 小沢氏は 逆に 国会に臨んで、検察、マスコミを 人権侵害の立場から、逆襲することも考えられる。 細かいことは 不起訴を決めた検察に答弁させれば 良いですね。 既に検察の取り返しのつかない重罪だと考える: 小沢氏が有罪ならば、繰り返し不起訴処分の決定を行ったことが、でたらめであったことになる。もし無罪ならば、大騒ぎして、首相のポストを左右させ、政治介入を行った事実。(再生核研究所声明23で注意を喚起している。)批判政党としての存在価値はありますが、今、検察権力を批判しないのでは吠えない番犬。 RT: 今日、1番の苦笑です。日本共産党を支持はしませんが、それはそれで日本の政治にとっても不幸だと思う。自党の拡大だけが目的化して、自滅の道を歩んで居るとしか、思え無い。 政権交代の大義を忘れて、友人、恩人を裏切り、政治理念さえ 変えているように見えますね。 政権に目がくるんだ? もともと おかしな人たちだ という人もいるのですが? 議論を発散させることなく、次を 徹底的に突くべきではないか?: 日本国の首相になろうという人に 疑いをかけていて、結局、起訴できませんでしたと 検察は言っている。そんなことが許されるでしょうか。 おかしい。 日本の検察。 職人って良い響き、逆に役人って嫌な響: ー 職人は富と価値を創造する人ですね。素晴らしい。役人は税金を使う立場ですから、間違うと、まずい形になる危険性がいつでもありますね。ですから、公僕の精神を絶えず、反芻する必要が。 今後も買ってくれる国がないとやっていけない体質?:米がサウジに兵器600億ドル分を売却へ イランを牽制 ー 日本は どのくらい買ってくれる? どうしたらいいか? 首相が補選敗因に小沢氏の「政治とカネ」問題を挙げる ー これは あべこべで、政権交代の大義を裏切った、裏切っている菅氏自身への 不信認であると理解します。 お金が同じで、往来が 自由な ー パスポートの提示も求められない ー EU内で、戦争は もはや起きないのでは。 地域戦争で自滅するような国には、なりたくないですね。EUは進んでいる、アジアは遅れている。 EU主要国で、捜査情報の事後公示・捜査の再検証・取り調べの可視化と弁護士同席・自白を含む陳述書の無効化を法制化した。Scotland Yardは「犯罪捜査できない」と反発した。女王と首相は「そんな捜査官は我が国に不要。全員解雇する」と言い放った。犯罪捜査は真実の探求とのこと。 女王と首相は「そんな捜査官は我が国に不要。全員解雇する」と言い放った: ねつ造したり、政治介入する検事は 如何すればよろしいでしょうか。 生命が進化して、神のような生物が 出現するだろう。 その時は、我々の歴史を 正確に評価するだろう。 猿山の生態を観測するように。 国会は 検察の不起訴決定を どのように理解しているのか。誰でも分かるのでは? 分からないのが、分からない。首相になろうという人に 疑いをかけて、 不起訴決定とは、そんなことが許されるでしょうか。 休もうとしたのですが、やっぱりおかしくないでしょうか。日本国の首相になろうという人に 疑いをかけていて、結局、起訴できませんでしたと 検察は言っているわけですね。 そんなこと許されるでしょうか。 おかしい。おかしいぞ 日本の検察。 マスコミ、検察、政治家の皆さん、美しい日本国を建設しようではありませんか。このようなことを続けていれば、私たちの時代は 暗黒時代として歴史に紀録されることにはならないでしょうか。 夜明けを 切り拓こうではありませんか。 検察は出すぎですから、先ず 予算を大幅に減らして、力を削ぐべきではないでしょうか。 小沢氏の問題についての見解が聞きたい:検察、マスコミの政治的介入で、政治的な弾圧ではないかと。目の前にある 日本国の大事から逃げないで欲しい。 検察、裁判所、マスコミの主なる役割とは、社会正義、公正な社会を実現すること ではないでしょうか。マスコミにはさらに、文化の向上に尽くすがあるのではないでしょうか。 もう1度 原点をお互いに確認したいと思います。それらは何の為にあるのでしょうか。 伊藤氏の最後の言葉。法律家は、法的手段で戦ってこそ、法律家ですから:このひどい言葉、 今ひらめいたのですが、この言葉、大事なことを言っている、法律家で、正常な人間性、感覚を失った専門家の危険性では? 伊藤氏の最後の言葉。法律家は、法的手段で戦ってこそ、法律家ですから:ひどい、散々人を傷つけていて。自分たちは結構な身分で、仕事をしていたのに、被告人はさらし者。人権の問題はどうなっているのでしょう。失った時間を返して. と。 どうも気分が良くないですね。検察が不起訴に決定したものを更に裁判となると、今度は検察が前面に立って対処すべきでは。検察の処置が良くないと言っている訳ですね。検察に対処して頂くのが筋では。裁判などに付き合わされたら、人生終わってしまう。人権は? 今回の検察、マスコミの行動を批判できなければ、日本の平和運動など いい加減なものだと言えないでしょうか。まこと平和の問題に 直結する本質的に大事な問題ではないでしょうか。
2010.10.31
2010年10月31日9:57自公、思惑にズレ 審議拒否一致も今後不透明: 公明党は補正予算案には賛成だが「クリーン」を標榜(ひょうぼう)する党として「政治とカネ」の問題を放置できないという苦渋の選択だった: 公明の見解は 変では、追及されるべきものは、検察、マスコミの方では 次を参考にしてください. 自民党の案に対する反対は 道理です。 しかし、お金の問題、予算の問題は、反対すれども、案を通すのが、道理ですね。 それが、政権の重み ではないでしょうか: 既に検察の取り返しのつかない重罪だと考える: 小沢氏が有罪ならば、繰り返し不起訴処分の決定を行ったことが、でたらめであったことになる。もし無罪ならば、大騒ぎして、首相のポストを左右させ、政治介入を行った事実。(再生核研究所声明23で注意を喚起している。) 検察が意地悪に徹底的に調べて、不起訴処分にしたものを 何を更に聞く必要があるのでしょうか。詳しい検察から聞いた方が正確ですね。逆に 検察の人権問題を議論すべきではないでしょうか。余りにもおかしな議論と思います。 検察不信とは、有ってはならないことだと考える。世に不信が出ているのに 追求しない国会は 既に相当おかしいのではないでしょうか。 検察とは 何をするところでしょうか。- 元のメッセージを表示 - 2010年10月30日(土)08:00 自民、公明両党は29日、平成22年度補正予算案をめぐる11月1、2両日の衆院本会議に欠席する方向で調整を始めた。民主党の小沢一郎元代表の国会招致に民主党が応じる姿勢を見せないことが理由だ。ただ、公明党は補正予算案には賛成だが「クリーン」を標榜(ひょうぼう)する党として「政治とカネ」の問題を放置できないという苦渋の選択だったのに対し、自民党は補正予算案に反対で、政権を揺さぶるねらいもあり、両党の思惑は必ずしも一致していない。 川端達夫衆院議院運営委員長(民主)の職権で衆院本会議の日程が決まると、自民党の逢沢一郎国対委員長は「出席できない」と反発し、公明党の漆原良夫国対委員長も「参院がねじれている自覚もない」と、民主党への不満をあらわにした。 ただ、自民、公明両党幹事長らの29日の会談では、自民党が補正予算案審議入りの条件として中国漁船衝突事件のビデオ映像の全面公開と財政健全化責任法案の成立を挙げたが、公明党はこれらに消極的な姿勢。補正予算案に賛成したい公明党は今後、審議に参加するタイミングを模索し、両党の溝は徐々に広がっていきそうだ。(岡田浩明)
2010.10.31
2010年10月31日籠の中の野性: 環境の影響を受けると 考えるのが 自然ではないでしょうか。 社会でも 影響は 受けると考えるべきですね。 恋、食欲、闘争、生と死、など 原始的な部分、生命の本質的な部分は、動物やその他の生命と同じですから、 野性的な部分は 永遠に残るのではないでしょうか。 籠の中で動めく鳥は野性を失うまいとしているのでしょうか?人は社会の中で野性を秘めたまま生きているものなのでしょうか?そもそも人にとって野性的なるものがありますでしょうか?
2010.10.31
2010年10月31日9:56 関係悪化「理由は中国側に」=民主・枝野氏: わざわざ恥をかき、 マイナスのことをする人 がいるものですね。 大事な問題を 棚上げして これでは、国民は大変ですね。 念のため、中国の偉大な政治家 とう小平氏は、領土問題は 棚上げして 友好親善関係 を深めようと 現実的な対応を提案して、それを慣例、暗黙の了解事項としてやってきたものを、 逮捕などの明確な行動をとったのが、問題の発端ですね。 トラの威を借りる狐のようなまねは よして、アジアの問題は アジアでと、責任のある対応をとるべきではないでしょうか。 アジア植民地に戻りたい。 UEは 貨幣を一緒にしたり、往来を自由にしたり、アジアより進んでいますね。 全然 視野の狭い、政治家が日本には多いですね。 情けない。 2010年10月31日(日)16:03 民主党の枝野幸男幹事長代理は31日、岡山市で記者会見し、日中関係に関し「こじれている理由はひとえに中国サイドにある」と述べ、ハノイでの首脳会談を拒否した中国の対応を批判した。 枝野氏は、尖閣諸島沖での漁船衝突事件に触れ「中国船が領海侵犯して日本の法に触れた」と強調。「日本側の事情なら打開の努力をするが、こちらが関係修復のために何かすべきだとは思わない」とも語った。
2010.10.31
2010年10月30日9:10 ホントは若者も政治をやりたいぞ! : 35歳の若い研究者にお会いしたのですが、 私たちの意見を反映させる 代表者がいない というような ことをお聞きしました。 特に若い人の利益が 守られず、若い人たちが 吸い上げる努力のが 現状だと思います。 まだ、団結もできず、孤独の状態が多く、たとえ組織に入っていても うっかり発言できないような 環境は いたるところに 見出される現象ではないでしょうか。 そこで、年長者やしかるべき立場にある人は、若者の意見を積極的に聞き、吸い上げる、そのような努力をすべきだと思います。 積極的に聞いて、吸い上げる努力ですね。言いたくても言えない環境が 多くある実情に思いを 致したいと思います。 また、若者たちも 社会や政治は 大きな世界ですから、 己を空しゅうして、積極的に 吸い上げる努力があるのではないでしょうか。 てらケイ 提供:テラの多事寸評2010年10月29日20時11分「投票しない若者」 「政治に無関心な若者」--もう聞き飽きたってくらい、世間で言われています。こうした指摘は事実で、若者の投票率は低いし、政治に熱心な関心を寄せる若者もあまり多くありません。以上のような若者に対する世間の指摘は、たいてい次のように続きます。「若者が投票に行かない(政治に関心を持たない)から、若者の暮らし向きはよくならないんだ!」--今回はこの結びの一文に対して、異を唱えてみようかなと思っとります。◆ 勝ち目のない戦いはしたくない若者の政治的無関心の要因として、よく挙げられるのは以下のものです。投票人口の世代的な偏り・・・「年長世代の方が投票人口多くて、いくら投票しても若者の声が反映されねーよ」 一票の格差・・・「都市部の若者の票は人口密度によって薄められ、地方の高齢者の票田に勝てねーぞ」 若者がバカになった・・・根拠不明。これらの要因によって「若者の政治的シラケムード」が醸成されているっていうのがよくある指摘です。この説明は、部分的には正しいものの、核心的な問題をとらえきれてない。以上の説において、指摘されていないもうひとつの大きな要因、それは「議員の平均年齢の高さ」です。国会議員の平均年齢は50歳以上と非常に高く、30代までの若年層議員は被選挙権の影響があるにしても全体の9%ほどしかいません。ちなみに、地方議員の平均年齢もそれに劣らず高く、地方議会で一番平均年齢が低い神奈川県議会でも53.2歳です。全国の都道府県議会議員(地方議員)の数は2,708名(平成21年12月時点)で、うち40歳未満の若年層の代議士は190名足らずしかいません。年長世代によって選出された年長世代の代議士が、どうして若年世代の代弁者たりえるでしょうか?投票しないから若者は負けるんじゃない、投票する前からもう負けているんだ!連日の仕事で心身ともに疲れているのに、せっかくの休日を費やしてまで、年寄りしか立候補してない勝ち目のない戦いのために投票所なんぞへ行きたくはないだろ常識的に考えて・・・。ようするに、若者が投票に行かないから政治がよくならないのではなく、そもそも投票する対象がいないから若者は政治に参加しない、ってことです。ハイ。◆ 参入障壁を取っ払うというわけで、若者の政治的シラケムードは、投票人口の偏りや票の格差以上に、代理人の不在が大きな要因であることがわかりました。「じゃ、若者の政治参加を促すには、どうすりゃいいのよ」ってことを考えてみます。投票する対象がいないことが若者の政治的無関心の要因なら、投票する対象をつくればよいということになります。つまり、若年層の代弁者が立つ。ところが、若年層の代弁者はほとんど現れないし当選しない。なぜでしょうか。そこには、色々な参入障壁があるからです。参入障壁をかわしつつ当選するには、どうしたらいいのか。参入障壁の内容を説明しつつ、ちょっと考えてみました。 若者が多い都市部の地方議員がよい 兼業政治家を認める ネット選挙を解禁する1.について。・・・やっぱイキナリ国会議員になるのはキビシイよ。田舎には若者がただでさえ少ないのに、お年寄りには勝てない。立候補の際に必要な供託金がまず大きな問題。衆議院小選挙区だと300万円かかる。比例だとなんと600万円。運良く若者が都会で国会議員選挙に当選したとして、いざ議会に行ってみたら地方選出のベテラン高齢議員たちの駒にされて、~チルドレン扱い、なんてオチはイヤでしょ。ってことで、若年層が比較的多い都市部で、年長議員の駒にされず自立的に政治を行える地方議員がよいでしょう。県議会だけじゃなくて、政令市の議会とか、特別区の議員さんもいいかもね。ちなみに地方議員の供託金は比較的安く、たとえば都道府県議会議員だと60万円です。2.について。立候補の時点で無職になるのは、若者にとってはマジでリスク高い。落選⇒無職のコンボに、若い人は耐えられないよ。落選・即ニートのコンボ食らっても生きていけるのは、やっぱり「貯め」の多い年長世代の議員さんたちだからね・・・。3.について。人員を総動員する旧来の選挙活動は、時間的にも費用的にも若者には不利。老いも若きもネットの利用人口が増えているんだから、ネット選挙活動を解禁する。そうすれば、若者はより多くの政治情報にアクセスできるし、立候補者側は時間や費用の削減になるので効率的。以上のことから、若者の政治的無関心を改善するためには「国会のように政治的に埋没しない、都市部の地方議会で・兼業をしながら・ネットで選挙活動をする若い立候補者が現れる」とよいってことがわかりました。若者の多い都市部で、若者の代弁者が地方議員に立候補すれば、そりゃあ支持されるでしょう。若い人が地方議員に立候補するためには、兼業とネット選挙活動を認めて、年長世代の「貯め」にモノをいわせた政治的参入障壁を取っ払ってフェアにすることが不可欠です。そうすれば、地方議会でさえ高齢者が牛耳ってるという現状に風穴が空けられる。若者の政治参加の促進は、地方議会からはじまります。ってなわけで、若くして政治を志す人は、都市部の地方議会で立候補しましょう! あなたの志ひとつで、若者の政治参加は改善される! ・・・かもしれない
2010.10.30
2010年10月30日9:26 自殺の小6、「友達っていいな!」と遺品の漫画 : 孤独で淋しかったのですね。 切ない、哀しい。 アヴェイロでは みんな仲良しで、本当にうらやましい。 お互いに握手をして、久しぶりに会うと、男女でも、恋人でなくても 頬づりをするのですね。 教会に行くと、隣のひとと握手をする 習慣がありますね。 お互いに会うと 嬉しそうに みなさん挨拶をしますね。 変な競争社会の 雰囲気が 日本社会を 暗い社会にしていると思います。 競争社会から個性を活かせる社会に再生核研究所声明4 (2007/3/17) 現在、日本を覆っている不安な状況を打破し、明るい未来を切り拓く第1歩として、憲法第25 条の精神を高揚させ、最低生活の保障による連帯を確認することの必要性を訴えている[声明3(p.41)]。いじめ、犯罪、モラルの低下、そして全国に広がる財政赤字など、それらの大きな原因として、経済環境の厳しさとともに、貧しい競争意識と受験勉強に代表される貧しい戦後の教育内容にあると考えます。考え方を変えるのは簡単ではありませんが、精神、考え方を競争社会から個性を活かせる社会に変えていく必要性があるのではないでしょうか。 その理由は、 1)まず競争とは、1つの価値、ある判断の下での順位になり、その点では個性や、特殊性を排除した価値観の画一化に繋がる危険性を有している。例えば現在の受験制度では多くの場合に受験科目の得点で順位が定められ、概ねそれによって合格、不合格が定まり、その流れで入学の大学が定まり、そして同様に大学の伝統的な序列で一定の評価が定まっていく流れになっていると考えられる。もちろん伝統的に行われてきた体制はそれなりの理由があり尊重されなければならないと考えますが、評価をこれらで一元的に考えることには大きな問題があると思います。例えばそのような流れ以外の道を選んだ人たちの立場です。スポーツ選手や、芸術家、芸能関係者、技術者、職人、棋士、実業家などなどです。 2)スポーツなどの世界では競争はかなり明確に理解でき、競争の世界として、もちろん結構だと思います。例えばお相撲さんは優勝を目指して努力されているわけです。しかし歌い手さんた30第1章 美しい社会のためにちは、それぞれの個性と持ち味を活かしていろいろな人が活躍されていますが、それとて、いろいろな評価が下されますが、その時の競争とは考えられてもお互いに芸を高めていくような、いわば精進の競争であり大いに勧められるべき競争と言えます。 3)これに対して貧しい競争とは、相手との比較ばかりに気を取られ、自分を見失った競争であり、自分の個性を活かせないところで、相手より優位に立とうする競争のことです。自分の向かないところで、無理して競争に駆り立てられている状況はないでしょうか。 4)日本の教育の重点が、いわゆる学力中心で、知識中心になっていないでしょうか。そして、いわゆる頭のよい人、学力のある人がすべてのような一元的な価値判断が余りにも強すぎはしないでしょうか。勉強の嫌いな子や勉強のできない子、いわゆる優秀でない人と言われている人が、それゆえに低く見られてはいないでしょうか。勉強ができず、学力がなくても、いわゆる優秀でなくてもいろいろな長所があって、よい個性を持っているのにそれらが評価されず、また無視されるようにはなっていないでしょうか。これでは、勉強のできない子は学校が嫌いになり、やがて社会から疎外されるようになってしまわないでしょうか。絵が得意で感銘させる人や、工作がうまく名人的と思われる人の才能を引き出せない社会は社会の大きな損失にはならないでしょうか。運動会などやキャンプ生活などで多くの体験授業などがあれば、いろいろな才能が発揮され、学力以外のいろいろな個性や、才能を発見できる機会が出て来るのではないでしょうか。もちろん実社会は大きな世界です。 5)学力中心による教育では、生徒の個性を活かせず、一元的な価値判断で多くの個性と才能をうずもらせてしまうだけではなく、才能を活かせない生徒は社会から疎外され、不満が増大する31第1章 美しい社会のためにことになり、社会は不安定になると思います。 6)個性を活かせる社会とは、社会にはいろいろな人が必要であり、それぞれ自分の得意な分野や好きな分野で、個性が活かせるようなところで社会に参加して、助け合っていくような社会のことです。強い人も弱い人も、考えることが得意な人も苦手な人もそれぞれ長所もあり短所もあり、それぞれが補完し助け合っていく社会です。このような社会では、苛めも、犯罪も生じる土壌がないのではないでしょうか。 7)財政赤字について触れましたが、無いお金を使うということ自体が無責任の結果ではないでしょうか。短期的に赤字ということは仕方がないことですが、赤字を増大させていくというのは余りにも無責任と言われても仕方がないのではないでしょうか。これらは学力を付けることばかりに走り、責任感のない自己中心的な教育が生み出した日本人全体の精神的な土壌から起きているという根強い原因が背後にあるのではないでしょうか。 8)何かというと経済効果や活力のある社会という観点が問題になりますが、少数の自爆テロを起こす人を抱える社会はどれほど経済的にマイナスを生むことでしょうか。そのような状況では、あらゆる所で厳重な警備を必要とする社会になってしまいます。例えば新幹線を守るにはどれほどの経費がかかることになるでしょうか。 それに対して、社会に強い不満を持つ人を生み出さない社会とは何と素晴らしい社会でしょうか。この観点からも、憲法第25条の精神を思い出すことは大変いい状況を生むのではないでしょうか。 皆さん、競争社会から個性を活かせる社会を目指そうではありませんか。32 群馬県桐生市の小学6年、上村明子さん(12)が自殺し、家族がいじめを訴えている問題で、明子さんが生前、「やっぱり『友達』っていいな!」というタイトルの漫画を描き残していたことが27日、わかった。 B5判のノート3ページにシャープペンシルで描かれたイラストは、「関口桜」という名の小学5年の女児が新しい学校に転入してきたという設定。 「転校生。5年生の女の子。おとなしくて恥ずかしがり屋だけど、みんなの人気者」という主人公は、担任の先生から「転校生なので仲よくしてあげてください」と紹介され、「これからよろしくお願いします」と新しいクラスメートにあいさつしている。 子ども部屋で遺品を整理していた家族が見つけたという。母親(41)は「やっぱり友達がほしかったんだな。自分がかなえられなかったことを漫画に託したのだと思う」と寂しそうに話した。
2010.10.30
2010年10月30日9:06 「努力は必ず報われる」はウソ!? 「飽きること」のススメ : 結論は、そのとうりですね。 また、あきらめ、見切りを付けることも大事なことですね。 計算機は飽きないので、重大なミスを続ける危険性があるのに対して、人間には飽きるという素晴らしい能力を持っていると思います。 食欲でも、知識力でも、研究でも、芸術でも結局、自分の器、能力に合うように うまくできているのではないでしょうか。 そこで、自分に合うように、自分の好きなように生きるが 大事ではないでしょうか。 結局は 自分が すべてですね。 ところが、これが環境に、人間関係に影響されますから、汝 自らを知れは、実は 簡単ではなく、深いですね。 人生、世界の存在していることの意味について再生核研究所声明12 (2007/9/17) 天才教育や世界の在りようについて考えていましたら、結局は人生とは何か、存在している意味、目的が大事であると考えました。なぜならば、この世の全ての問題は、結局は一人ひとりの心の問題に帰するからです。そこで、次の文章を思い出したので引用して、全ての基礎にしたいと考えます。人生における基本定理 ......1995 年1月13 日朝、目覚めの後、ひとりでに数学のアイディアがうかんだときのように、「人生の意義は、......にある」という言葉がわいてきた。 私はもの心ついてから......自分が生きていること、そして死ななければならないことを知って以来、人生そのものの意味について、最も中心的な問題として考えてきた。その核心は、人間は生まれ、生き、死んでいくものであるが、それらがどのような意味があるのか、そして、そのような人生においてどれ程の価値があるのかという、半ば悲観的な見方......実際、人生は何の意味もないのに、人は死にたくないから、そして人並みにあるいは人並み以上になりたいから、あるいは人に尊敬されたいから等の漠然とした気持ちで生きているのではないか、と。また、そのような人生、人間の目標はどのようなものか、という基本的な問題への疑問であった。「人間としての存在の究極の意味、価値は」「人類の目指すべき基本的な方向とは」21第1章 美しい社会のために これらの基本的な問いについて、私が、全体的に、直観として得た解は、「人生の意義は、感動することにある」 というものである。「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」というような、人生における真剣な問いについて、これは十分な解答になっていると思われる。 人類の価値──真、善、美、聖──などの基礎を、我々の素朴な「感動させるもの」におき、また同時に生と死を、感動することと感動の止むことに置き換えれば、我々は死を安らかに受容できると思われる。 人類の永遠の課題──神、自由、不死──の解決のための確かな道筋を与えるばかりではなく、人間存在における三位一体の理──存在、知、愛──を、渾然一体のもの「感動」として捉らえたことになろう。 また、藤村操は、「......人生は不可解である......」という遺言を残して自殺したが、彼を何かに真に感動させ、「人生の意義は、感動することにある」として、彼を救うことができたかもしれない。何が「人間を感動させるのか」を問うて行けば、「人生如何に生くべきか」の基本的な方向を捉えることができるし、それは多くの人間が素朴に、あるいはぼんやりと抱いていたものと大きな相異はなく、この「人生における基本定理」は、多くの人間によって受け入れられるばかりではなく、新鮮な感動をもって人生の基本的な指針を与えてくれると思われる。?謝辞 群馬大学名誉教授の松井弘次先生の本、『色にまみれて』を読み、先生の「愛と熱情」に「感動した」と同僚達に述べているうちに、基本定理は自然に思い浮かんだものであり、「魂の解放」22第1章 美しい社会のためにに導いて下さった先生には深い感謝の気持ちを表したい。?追記 基本定理を自覚した後の心情は、・人生はそれ以上のものではないという寂しさ、さまざまな人生の肯定・何か絶対的で永遠的なものを失ったような寂しさ・感動できる人生を送ることは容易ではなく、逆に人生は苦悩に満ちている・人生のことは、考えれば考えるほど、わけが分からなくなる 等であるが、それにも関わらず、人生の方向と限界を知り、夢中で人生を送っているよりは、はるかに賢明になったように感じている。(群馬大学工業会報より抜粋)?参考 藤村操が遺書として残した「巌頭之感」の本文 悠々たる哉天壤、 遼々たる哉古今、 五尺の小躯を以て比大をはからむとす、 ホレーショの哲學竟(つい)に何等のオーソリチィーを 價するものぞ、 萬有の真相は唯だ一言にして悉す、曰く「不可解」。 我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。 既に巌頭に立つに及んで、 胸中何等の不安あるなし。 始めて知る、 大いなる悲觀は大いなる樂觀に一致するを。 10月29日 22時37分 「こんなにがんばっているのに、どうして上手くいかないんだ!」と嘆いた経験、皆さんもあるのではないでしょうか? よく「努力は必ず報われる」という言葉を聞きますがそれは本当なのでしょうか。 本書『飽きる力』の著者である河本英夫さんは「絶対に嘘。そのようなことがあったためしがない」と断言しています。「ここまでがんばってきたのだから、もう少しがんばり続ければ何とかなるかもしれない」という思いで、ひたすらがんばり続ける人に対しても「その状態は本人もきつく、周囲から見ても痛々しいほど」と指摘。ある種の「一生懸命病」と言えるそうです。 では一体、出口の見えない迷路にさまよってしまった時、私たちはどうしたらいいのでしょうか。ここで、河本さんが勧めているのが「飽きること」。飽きることによって、進んでいく速度を少しでも遅らせ、さまざまなことを感じ取るための隙間を空けていくことが大切だと言います。 例えば、アスリートが「こんな練習ばかりしていてもなぁ」と感じ、そこだけに力点を置いているとほかのところが見えなくなってしまうのではないかと感じ取ることが、「諦める」ではなく「飽きる」ということなんだとか。 職場の仕事においても「飽きる」ことで、見えるものがあると言います。あえて「こんな仕事には飽きた」と自分自身につぶやいてみましょう。「こんな仕事辞めてやる」では、他人向けの自己主張になってしまうのでダメ。「こんな仕事には飽きた」と言うことで、何をどうしたらいいかという隙間が生まれ、そこからいくつかの選択肢が広がっていくのです。 恋愛だって、好きな人を諦めなくてもいいんです。ただ、飽きてみることで、自分自身に余裕が生まれ、そんな時に相手から連絡が来るみたいなことってよくあることですよね。 なかなか成果が出なくて悩んでいる人は、いっそのこと「一生懸命」をやめて、「飽きる」にシフトしてみてはいかがでしょうか。
2010.10.30
つぶやき: まして、多くの人の期待で選出された政治家の逮捕は 慎むべきだと考えます。 ここですが、政治家の皆さんの身分をあつく保証し、国会議員を軽々しく逮捕する様な検事は 解任する くらいの元気が 国会議員にはないのでしょうか。 怖いのでしょうか? 細分化はもう時代遅れだよ : 本当に、それが、人間を盲目にし、奴隷にしているのですね。 新奴隷時代です。 検察が意地悪に徹底的に調べて、不起訴処分にしたものを 何を更に聞く必要があるのでしょうか。詳しい検察から聞いた方が正確ですね。逆に 検察の人権問題を議論すべきではないでしょうか。余りにもおかしな議論と思います。 小沢氏は 逆に 国会に臨んで、検察、マスコミを 人権侵害の立場から、逆襲することも考えられる。 細かいことは 不起訴を決めた検察に答弁させれば 良いですね。 既に検察の取り返しのつかない重罪だと考える: 小沢氏が有罪ならば、繰り返し不起訴処分の決定を行ったことが、でたらめであったことになる。もし無罪ならば、大騒ぎして、首相のポストを左右させ、政治介入を行った事実。(再生核研究所声明23で注意を喚起している。)rkernel批判政党としての存在価値はありますが、今、検察権力を批判しないのでは吠えない番犬。 : 今日、1番の苦笑です。日本共産党を支持はしませんが、それはそれで日本の政治にとっても不幸だと思う。自党の拡大だけが目的化して、自滅の道を歩んで居るとしか、思え無い。 政権交代の大義を忘れて、友人、恩人を裏切り、政治理念さえ 変えているように見えますね。 政権に目がくるんだ? もともと おかしな人たちだ という人もいるのですが? 議論を発散させることなく、次を 徹底的に突くべきではないか?: 日本国の首相になろうという人に 疑いをかけていて、結局、起訴できませんでしたと 検察は言っている。そんなことが許されるでしょうか。 おかしい。 日本の検察。 職人って良い響き、逆に役人って嫌な響: ー 職人は富と価値を創造する人ですね。素晴らしい。役人は税金を使う立場ですから、間違うと、まずい形になる危険性がいつでもありますね。ですから、公僕の精神を絶えず、反芻する必要が。 今後も買ってくれる国がないとやっていけない体質?:米がサウジに兵器600億ドル分を売却へ イランを牽制 ー 日本は どのくらい買ってくれる? どうしたらいいか? 首相が補選敗因に小沢氏の「政治とカネ」問題を挙げる ー これは あべこべで、政権交代の大義を裏切った、裏切っている菅氏自身への 不信認であると理解します。 お金が同じで、往来が 自由な ー パスポートの提示も求められない ー EU内で、戦争は もはや起きないのでは。 地域戦争で自滅するような国には、なりたくないですね。EUは進んでいる、アジアは遅れている。 EU主要国で、捜査情報の事後公示・捜査の再検証・取り調べの可視化と弁護士同席・自白を含む陳述書の無効化を法制化した。Scotland Yardは「犯罪捜査できない」と反発した。女王と首相は「そんな捜査官は我が国に不要。全員解雇する」と言い放った。犯罪捜査は真実の探求とのこと。 女王と首相は「そんな捜査官は我が国に不要。全員解雇する」と言い放った: ねつ造したり、政治介入する検事は 如何すればよろしいでしょうか。 生命が進化して、神のような生物が 出現するだろう。 その時は、我々の歴史を 正確に評価するだろう。 猿山の生態を観測するように。 国会は 検察の不起訴決定を どのように理解しているのか。誰でも分かるのでは? 分からないのが、分からない。首相になろうという人に 疑いをかけて、 不起訴決定とは、そんなことが許されるでしょうか。 休もうとしたのですが、やっぱりおかしくないでしょうか。日本国の首相になろうという人に 疑いをかけていて、結局、起訴できませんでしたと 検察は言っているわけですね。 そんなこと許されるでしょうか。 おかしい。おかしいぞ 日本の検察。 マスコミ、検察、政治家の皆さん、美しい日本国を建設しようではありませんか。このようなことを続けていれば、私たちの時代は 暗黒時代として歴史に紀録されることにはならないでしょうか。 夜明けを 切り拓こうではありませんか。 検察は出すぎですから、先ず 予算を大幅に減らして、力を削ぐべきではないでしょうか。 小沢氏の問題についての見解が聞きたい:検察、マスコミの政治的介入で、政治的な弾圧ではないかと。目の前にある 日本国の大事から逃げないで欲しい。 検察、裁判所、マスコミの主なる役割とは、社会正義、公正な社会を実現すること ではないでしょうか。マスコミにはさらに、文化の向上に尽くすがあるのではないでしょうか。 もう1度 原点をお互いに確認したいと思います。それらは何の為にあるのでしょうか。 伊藤氏の最後の言葉。法律家は、法的手段で戦ってこそ、法律家ですから:このひどい言葉、 今ひらめいたのですが、この言葉、大事なことを言っている、法律家で、正常な人間性、感覚を失った専門家の危険性では? 伊藤氏の最後の言葉。法律家は、法的手段で戦ってこそ、法律家ですから:ひどい、散々人を傷つけていて。自分たちは結構な身分で、仕事をしていたのに、被告人はさらし者。人権の問題はどうなっているのでしょう。失った時間を返して.と。 どうも気分が良くないですね。検察が不起訴に決定したものを更に裁判となると、今度は検察が前面に立って対処すべきでは。検察の処置が良くないと言っている訳ですね。検察に対処して頂くのが筋では。裁判などに付き合わされたら、人生終わってしまう。人権は? 今回の検察、マスコミの行動を批判できなければ、日本の平和運動など いい加減なものだと言えないでしょうか。まこと平和の問題に 直結する本質的に大事な問題ではないでしょうか。 今ひらめいたのですが、いわゆる デラックの超関数 を計算機で初めて捉えたのは、京大の藤原宏志先生ではないでしょうか。実ラプラス変換の逆として、超関数を実際グラフで 納得させるように見事に捉えている。2010.10.22.16:45 野蛮な先史時代には と思うでしょう: ー 夜明け前 よっちゃんの想い ー とは歴史を進化させましょうと 言っているのですね。未来から見ているのです。 確かに事実を報道しないのはおかしいですね。今回は、前例、慣例を破り、逮捕した日本に過失があったと思います。わざわざ緊張させたのは 日本ですね。嫌いなら、棲み分けで。アメリカとも中国とも友好でなければ 日本はやっていけないと考えます。 今だに 野蛮な時代、夜明け前であることが分からないばかりか、時代を後退させようとしている人さえ 多い。 明るい月の光の下、キャンパスを散歩して戻ったところですが、提案です: 逃亡のおそれなきときは、逮捕はしないというのは如何でしょうか。まして、多くの人の期待で選出された政治家の逮捕は 慎むべきだと考えます。逮捕は 野蛮な習慣の名残では。 新党大地代表の鈴木宗男前衆院議員(62)が、東京都内の病院で受けた検査で食道がんが見つかったことが分かった。 : 特赦とか恩赦をして、日本を明るくして欲しい。 政治家の皆さん、お互い政治家同士ではありませんか。 道理や、正義、人権の問題であり、また文化の問題でもあると考えて、積極的に意見を述べています。 おかしい、日本。どうした日本ですね。
2010.10.29
思いやり予算削減せず、「現状維持」で交渉へ: 交渉って減らすように努力して、妥協ではないでしょうか。残念、情けないですね。 財政難で、困っているとき。 次を参考にしてください: 見て御覧、もう損している、損ばかり:尖閣諸島問題: 日本のデモも中国のデモも マイナスの行動で、お互い損するだけでは?対立を深めて喜ぶ人は、アジア植民地時代に戻したい:米側は中国や北朝鮮の動きを念頭に「安全保障環境の悪化」を強調し、思いやり予算総額の増額を主張。今回の予算化はその一環だ。日中関係を緊張させて、それを利用しようとする人たちが、確かにいて、 扇動しているのではないでしょうか。 自分の国ですね。日本は。日中両国の大きな不幸ではないでしょうか。アジア植民地時代に戻りたい? お金が同じで、往来が 自由な ー パスポートの提示も求められない ー EU内で、戦争は もはや起きないのでは。 地域戦争で自滅するような国には、なりたくないですね。EUは進んでいる、アジアは遅れている。 菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。だが、スト権などの労働基本権を与える前に大幅引き下げに踏み切れば: 余りにも言葉が軽いのでは。食言と言われても。民主党も野党の方もこれでいいのですか? 米財務省は十五日、二〇一〇会計年度(〇九年十月~一〇年九月)の財政赤字が一兆二千九百四十億九千万ドル(約百五兆円)になったと発表した: アメリカ国民と日本国民は連携して、両国の財政を建て直す必要が。円は ドルを支えきれませんね。 要するに戦費などで、アメリカは弱っている、日本も弱っている。共に基地など縮小して 経費を浮かさないといけないのに、逆方法を向いていると言うことですね。これでは衰退の競争では。両国民はしっかりしないと。 今後も買ってくれる国がないとやっていけない体質?:米がサウジに兵器600億ドル分を売却へ イランを牽制 ー 日本は どのくらい買ってくれる? どうしたらいいか? - 元のメッセージを表示 -10月28日(木)3時5分配信 政府は27日、2011年度以降の在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)について、現行水準を維持する方向で米側と本格交渉に入る方針を固めた。 尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件などを受け、日米同盟重視の姿勢を示すため、大幅削減を目指した当初方針を転換する。ただ、米側は増額を求めており、合意には時間がかかりそうだ。 今年度の思いやり予算は総額1881億円。自民党政権下の08年に締結し、来年3月に期限が切れる日米間の特別協定による負担額が1395億円を占める。 政府は現行特別協定の国会審議の際、民主党が米軍基地のボウリング場など娯楽施設で働く従業員の給与も、特別協定に基づき負担する「労務費」で賄うことを批判し、採決で反対したことを踏まえ、特別協定分は減額する方針だ。 一方で、5月の日米共同声明に盛り込まれた「緑の同盟」を踏まえ、米軍住宅への太陽光発電導入など新たな環境対策費を盛り込むことで、特別協定とは別枠である提供施設整備費は増額し、思いやり予算の総額は現行水準を維持するとしている。 政府は次期特別協定の期間は5年間とし、11月中旬のオバマ大統領の来日時に大筋合意にこぎ着けたい考えだが、米側は「東アジアの安全保障環境を考えれば総額は増額するべきで、特別協定分の減額には応じられない」(米政府筋)と反発しており、決着が12月以降にずれ込む可能性もある。
2010.10.28
2010年10月28日8:55 国民総背番号制についてどう思いますか。 行政の無駄を省き、効率を上げるために 賛成です。 何でも、逆用されると 悪くなる面があるので、その点の 十分な配慮を 行うのは 当然ですね。 公正と正義を 執行する検察官が、あべこべのことをされては たまりませんね。人事のあり方など 大いに気をつける必要があると考えます。
2010.10.28
2010年10月27日9:15 靖国合祀の取り消し認めず 那覇地裁が遺族の訴え退ける:素人ですが この判決おかしいのでは ないでしょうか。 たとえば、 私個人が 何かに祭られたら 変な感じがするのではないでしょうか。すなわち、本人、あるいは 遺族の希望しないような 利用は 公正の原則 からいってもおかしいのではないでしょうか。 個人の勝手な 利用にならないでしょうか。 美しい社会はどうしたら、できるか再生核研究所声明1 (2007/1/27)美しい社会とは 最近の世相として、不景気・政界・財界・官界・大学の不振、教育の混迷、さらにニューヨークのテロ事件、アフガン紛争、パレスチナ問題と、心痛めることが多いです。どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。 何年も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。 平成12 年9月21 日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。 1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。 3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。 これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。 現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば──これは容易なことではないが──世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。 また、こういうことを考える教育は、人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし、環境の保全などにも貢献すると思い27第1章 美しい社会のためにます。 特に少年期の教育にあっては、哲学(ものごとの本質と人生、世界を考えること)、道徳、芸術、体育などを中心とする、人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか。国や隣人を愛せるようになる教育、多様性を重視し、個性や隠れた才能を伸ばし、友情を育み、人々が助け合うようになるような教育が望まれます。(『再生核の理論入門』斎藤三郎著、牧野書店、2002 年10 月出版「あとがき」から抜粋)美しい社会とは美し2010年10月26日21時10分 沖縄戦などで死亡した肉親が無断で靖国神社に合祀(ごうし)されたとして、沖縄県内の遺族が神社と国に合祀取りやめと慰謝料を求めた訴訟で、那覇地裁は26日、遺族の請求を退ける判決を言い渡した。平田直人裁判長は「遺族の信教の自由を妨害する具体的な行為があったとは認められない」とした。遺族は控訴する方針。 これまでに軍人・軍属の合祀について争う訴訟はあった。今回は民間人を含めて遺族が望まない合祀が妥当かどうかを問う初の訴訟だったが、同種訴訟と同じく合祀を容認する判断となった。 原告は70代の男性5人で、肉親計10人の合祀について提訴した。沖縄戦でひめゆり学徒隊に動員された17歳の女子生徒や、国に「戦闘参加者」とみなされた2歳の幼児を含む一般住民6人が含まれる。原告は、軍国主義の象徴だった靖国神社に肉親が無断で合祀され「追悼の自由を侵された」と主張。神社が管理する「祭神簿(さいじんぼ)」などから肉親の氏名を消すよう求めた。 国は多くの一般住民が戦闘に巻き込まれた沖縄戦の経緯をふまえ、「戦闘参加者」とみなした一般住民の遺族に給付金などを払っている。原告は、「戦闘参加者」の情報を国が神社に伝えて合祀に協力したと主張し、国も訴えた。 判決では、山口県護国神社への合祀をめぐり遺族が敗訴した1988年の自衛官合祀拒否訴訟の最高裁判決をふまえ、「他者の宗教的行為に不快な感情を持つとしても、法的救済を求めることができるとすれば相手の信教の自由を妨げる」と指摘。靖国神社の「信教の自由」に基づく合祀を尊重する立場を示した。 国の関与については「国の情報提供は合祀に一定の役割を果たした」と認めつつ、「戦没者についての照会への回答は時代の要請に応じた行為で、宗教的な色彩はない」と判断。「国が合祀を推進したとは言えない」とした。
2010.10.27
2010年10月27日9:17 ハーバード大の日本人留学生数 韓国人の1/8、中国人の1/7: これは 重大な問題と考えるべきだと思います。 一流の研究者が 海外で 育ったという歴史的な事実をみるまでもなく、 研究者、学生を世界に展開するのは、国家戦略としても 基本的に大事だと考えます。 軍事で小さくなっていないで、学術で世界に展開した方が 防衛、国家安全の立場、経済面でも良いと考えます。 2010.10.27 17:00 今年のノーベル化学賞受賞が決まった根岸英一氏、鈴木章氏はともに若い時期に海外に飛び出して研究に励んだ。しかし、近年の若者は「内向き」志向が強い。若手社員の意欲低下は企業経営にも影響が甚大だ。 海外に長期派遣される研究者の数がピーク時よりも半減している。海外の大学や研究機関に1か月以上滞在する研究者は昨年度で3739人。ピークだった2000年度の7674人から大きく減少している。 白熱教室で話題のハーバード大学でも、昨年の留学生666人のうち日本人はたったの5人だった。韓国42人、中国36人、シンガポール22人、インド20人に比べると大きく水をあけられている。米国への留学生自体、昨年の日本は3万人足らずで、約10万人のインド・中国、約7万人の韓国の後塵を拝している。 留学生の減少で、日本の大学の存在感も低下している。米国の大学院の博士号取得者の出身大学別ランキング(2008年)では、日本の大学は425位に東京大(23人)が入るだけ。1位の清華大(472人)をはじめ中国の大学がベスト10の3つを占めているのに対し、あまりに情けない。※週刊ポスト2010年11月5日号
2010.10.27
2010年10月26日8:55 シー・シェパードが新船「アバター」女優も動員:捕鯨の件ですね。 この件について、適正にとるのは 牛を食料にしているのと同様に、強い反対はおかしいのでないかと考えてきました。 ところが ツイッターだったと思いますが、違った見方を拝見して、気づく視点が湧いてきました。 問題ありです。 このような観点ですね。 日本は 私の国の沿岸まで来て、どうして私たちの愛する、仲間 鯨をとるのかという視点です。 日本は 世界の海に展開して、魚を独り占め しているように見えるという、海外からの視点です。 これには気をつけるべきではないでしょうか。 世界を荒らしているように見えるのですね。 日本の沿岸で、魚をとっているのは 良いのですが、 他国の近くで、魚をとりすぎ、あるいは 鯨を捕獲するのは 公正の原則 からいっても 慎むべきではないでしょうか。 読売新聞 10月25日(月)19時45分配信 【シンガポール=岡崎哲】米国の反捕鯨団体シー・シェパードは24日、今年1月に南極海で日本の調査捕鯨船団の監視船と衝突、大破した高速船「アディ・ギル(AG)号」に代わる抗議船「オーシャン・アドベンチャラー(OA)号」を新たに導入すると発表した。 既存の2隻を加えた3隻で、今年12月以後、調査捕鯨の妨害を行う計画という。日本政府筋は「暴力的な活動のエスカレートが懸念される」と警戒を強めている。 発表によると、OA号の航行速度は24ノット(時速44キロ)とAG号の6割にとどまるが、全長は35メートルで約1・5倍ある。 12月からの妨害活動には、米映画「アバター」に操縦士役で出演した米女優ミシェル・ロドリゲスさんも参加の意向を示している。
2010.10.27
2010年10月26日8:50 死 について意見を聞かせてください : 生まれて来る前のように と考えるのが 適当ではないでしょうか。 次を参考にしてください: 人間の哀しさをどのように 考えるか、頭では大体理解できているのですが、 あれから少し進んで、人間も、動物も 生命はみな本質的に同じだと 想うようになりました。 考える世界は小さく、余り考えても意味がないようにですね。 超越への道、悟りへの道再生核研究所声明19 (2008/09/14) 人生如何に生くべきか、人生如何に在るべきかについては、[声明1、2(p.26、p.122)]に良く述べられていると考えます。世界とは、個人にとっては、主体的に観れば、帰するところ、自分の感じ、知り、想像する全体であり、それらがより良ければよい人生と言え、結果的には良き感動の多い人生ほど豊かな人生であり、またそのような方向に向かうことこそ、人生如何に生くべきかの道であると考えます。 さらに生物の1種である人間は、あらゆる生物の本能原理である、生きること、子孫を残すこと、そして子孫を育てることに縛られていると考えられる。実際、それらの各々には深い感動が伴うものである。それ故に、それらに真摯に向き合う生き方を、[声明13(p.18)]にも述べられているように、人生において否定することは出来ない。 しかしながら、超越への道、悟りへの道においては、それらのいずれも否定した生き方を受け入れ、存在する生き方を、人間の在りようとして受け入れる心構えをもつ必要があると考えます。それは人間が希求している、神、自由、不死を体現し、魂を解放し、悟りへの境地に達するためにも、修行し続ける必要があると考えます。実際、人生とは死ぬことの練習とも言える。 人間一人ひとりは〈じんかん〉としていろいろな関係をもっているものの、1個の精神的に独立した存在であり、夫婦も親子も、24第1章 美しい社会のためにその意味では独立した存在であり、いつまでも一緒にとはいかず、結局、孤立した存在であり、この意味において、人間の存在は寂しい存在であると言える。人生において、如何に上手くいっても所詮は儚い存在であり、帰するところは幻や儚い夢以上のものではないことを、真実として深く受け止めることこそ、超越への道、悟りへの道に通ずる道と考えます。人生においては、帰するところ、存在する以前の状態に戻ると考えることが、それこそ、すべての生物を支配している普遍的な原理であると考えられよう。生命作用そのものが所詮は儚い営みであると知ることこそ、超越への道、悟りへの道に通ずる道と考えます。これは、生物を支配している本能原理からの精神の解放を意味し、より自由な人生の展開を可能ならしめるものと考えます。これらは、神、自由、不死を体現せしめる道でもあると考えます。しかしながら、人間存在の三位一体の原理──存在、知、愛、すなわち存在しなければ何も始まらず、何も知らず、したがって何も求められない──は、不変的な人生における原理であるとして存在し続けると考えます。神、自由、不死の体現とは、自然と一体となって、自然に溶け込み自らを失うことと考えます。そのときこそ、大いなるものに一切の身を委ねるときです。(ここで述べたことは実は難しいことではなくて、当たり前のことを述べていると考えます──悟ることの原理:お釈迦様も、美空ひばりさんも、また多くの人も、みな同じことを言っていると思います。この地球上には、それこそ、数え切れないほどの生命が生まれては、亡くなってきました。すべての人間も、すべての命あるものは、本質的には、みな同じで、生まれてくる前に戻るということになるのではないでしょうか。すなわち、悟るということは、この道理を受け入れるということにあると思います。悟25第1章 美しい社会のためにるということは、簡単に言えば、生まれてくる前に戻るということを認め、受け入れることではないでしょうか。これは、すべての人間、すべての生命を支配している原理であって、この点においては、すべての生命は、同じ運命におかれていると思います。これを受け入れることが、悟ることの原理だと思います。考えてみると、奇妙なことです。人間は生まれて、元に戻るということが、修行で、悟りへの道となると思います。このことは、実際は、理屈では分かっているのですが、気持ちで受け入れられないというのが、煩悩ということではないでしょうか。[2008/05/30]) 夜明け前 よっちゃんの想い から
2010.10.26
2010年10月26日8:54 自己中心の"中華思想"をいつまで貫けるか? 世界規模で顕在化する中国リスクの行き着く先:中国は、大国になりつつあるのですから、精神的にも大人になって欲しい。 どうでしょうか、孔子様の儒教によって、天子さまの政治 を行い、アジアばかりではなく、世界の平和と安全に貢献したいと 宣言されては。アメリカも、世界の指導国として、兵器の輸出に頼らず、世界の平和を 実現させる努力をして、厳しい財政状況を 海外基地など縮小などに配慮しながら、改善すべきではないでしょうか。 ドルの垂れ流しで、世界経済の混乱を起こしていますね。 足元で中国は、レアアースの輸出規制をわが国だけではなく欧米諸国にまで広げるなど、自国中心主義をさらに鮮明化している。そうした中国のスタンスは、時に世界経済の枠組みを歪める可能性が高い。"中国リスク"が一段と顕在化している。 中国がかつてのように存在感の小さな国であれば、自国中心主義が世界に与える影響は限定的だ。ところが今年、中国はわが国を抜いて世界第2位の経済大国になる。しかも、欧米など主要先進国が景気低迷に苦しむなか、高い経済成長を達成することが見込まれ、今や世界経済の重要な鍵を握る国になっている。 その中国が、世界の世論から批判を受けながら、厳しい為替管理によって自国通貨の過小評価を保っている。また、レアアースの輸出規制を拡大し、わが国をはじめ欧米諸国などの主要消費国へ脅威を与えている。 さらに、中国の自国中心主義は経済面に留まらない。軍事力、特に海軍戦力の増強を背景として、わが国やベトナムなどの近隣諸国と領土問題などのコンフリクト(衝突)を起こしている。 そうした中国の姿は、あたかもケンカの強い腕白坊主がクラスの中で傍若無人に振る舞う姿を彷彿とさせる。今後世界は、中国という国をいかに協調体制の中に組み入れていくか、大きな課題を持つことになる。 中国の事情に詳しい商社の中国担当などに聞くと、「中国は、自国中心主義にならざるを得ない事情がある」との指摘をよく耳にする。広い国土に13 億人の人口を抱え、しかも90%以上を占める漢族のほか、政府が認定する少数民族だけでも55種の民族が入り混じった社会。それが中国だ。
2010.10.26
2010年10月25日8:47 先の大戦で玉砕戦死した日本軍兵士は少なからずいたと思います。 無駄死とは 表現すべきではなく、追い込まれた 無念の死 と 捉えたいと思います。時代背景を考えないで、軽々しく戦争を語ることには 気を付けたいと思います。 次のように考察してみました: 再生核研究所声明 45 (2010/07/23): 第2次世界大戦と第3次世界混乱 この課題は重いので、まず ( ... みんなで考えていこうというのが声明の精神です。みんなで、社会を良くするにはどうしたら良いか、自由に意見を交換して、より良い社会を作るために貢献したいと思っています。政治は大事ですから、それを避けず、より良い政治が行われるようにするのは、大事な要素になります。戦争、平和、経済、教育の基本に関わりますから。私は教育もおかしいと思っているので、いろいろ考察して、意見を述べていきたいと思っています。しかし、何よりも大事なことは、個々の意見ではなくて、このようにいろいろ考え、いろいろな意見をまとめ、多くの人の意見を交換していくことと思っています。私は、そのきっかけを与えようとしているに過ぎません。──哲学は教えられない、ただ哲学することが教えられるだけだ──という言葉が想い出されます。私は、専門家や知識をもっている人だけが良識や見識を持っているとは考えず、善良な市民の感覚のなかにこそ、大きな真実と良識があると思っています。ですから、いろいろな広い人たちからのご意見やご提案を期待しているのです。2009 年7月23 日 アヴェイロにて: 夜明け前 よっちゃんの想い(以下YYと略す) 序文 最後)を想起したい。さらに、最近繰り返し注意しているように、イラク問題(YY. 101-102)やロッキード事件におけるもみ消し事件などに見られる(欧米では時間を越えて 真理、真実を追求しようとする文化がある (これは神の前に出るときには 清い心で望みたい という宗教が背後にあるように感じられる)のに比べて、日本には 誤魔かしたり、隠蔽したり、曖昧にする文化があることに 深く根ざしているとも言える。 声明38)というように 日本では、歴史を直視できず、したがって、きちんと反省できず、同じような過ちを繰り返しているという、日本の本質的な弱点を重く受け止めるべきである(過去のことは過去のこと、と片付けるならば、我々は、未来まで片付けてしまうことになる - ウインストン・チャ-チル)というのが、この声明を考えた原点である。 なぜならば、日本は また第2次世界大戦と同じような誤りを繰り返す危険性が極めて高いと考えるからである。 さて、第2次世界大戦とはそもそも日本にとって何であったか、その本質は尊敬する大谷杉郎 群馬大学名誉教授が精魂を込めて書かれた文章の 次の文に簡潔に表現されていると考える: ( 第二次世界大戦と日本の良心 靖国神社問題に対する提案に対して/大谷杉郎(2007/4/12) ... 。第二次世界大戦の本質は、世界列強の世界侵略に対する日本の切ない反逆です。... YY. 84-85)。 実際、当時の厳しい時代背景が述べられ、戦争に巻き込まれていった様が良く表現されている。 時代背景を顧ない表面的な事実の羅列は空しく、アジアの人々と共に時代背景を 反省を込めながら、共有したいと考える。 反省とは なぜ西欧列強にアジアが侵略され尽くされて来たかという重い事実である。日本国がアジアの弱小国家であったら、果たしてアジア諸国の独立が実現していたであろうかと考えざるを得ない時代背景である。さらに、当時の世界情勢を考えると 日本が戦端を切らずとも いずれいろいろな理由をつけて、戦争に突入させられていたのではないかと考えさせられる。さて、現在の世界に目を移したいと考える。 日本国の防衛のためには、核武装が必要であるとか、軍備の重要性を主張する人たちがいる。これに対して、二元論の立場から、第3次世界大戦は起らない、起こせないと主張して、30年を越えている(YY. 217-218)。核兵器は戦艦大和のように もはや使えない無用の長物である。 国防の責任者たちは、また興味ある日本国民は 世界の核兵器使用の危険性について、またハードな戦争に巻き込まれる危険性について 冷静に、正確に、世界の状況を分析すべきである。 第2次世界大戦前にも、冷静に世界の状況を分析できれば、戦端を切るような愚かな役回りをするはずはなかったのではないだろうか。小学生や中学生に地球儀を見せて、世界を相手に戦った様を説明すれば、愚かな選択をしたと子供たちは判断するのではないだろうか。社会体制の在りようを評価しても、世界史における大義ある(声明41)戦争とは言えないと断定せざるを得ない。第3次世界大戦は起きないと考えるが、世界混乱は起きる可能性が高いのではないだろうか。 その形相は金融不安、経済不振に絡んで、世界的な規模になるのではないだろうか。先ず、アメリカと日本の膨大な債務はいずれ、破綻を迎える危険性が大であり、いずれの破綻も世界を直撃し、世界混乱の発端になると危惧される。そのとき、ちょうど第2世界大戦の戦端を切らされた悪周りを 日本が再び背負わせられる危険性が高いと、ちょうど当時の世界状況と最近の国内状況を考えながら、危惧している。この声明の趣旨は、ちょうど第2次世界大戦の戦端を切ったと同じような悪周りを、日本が世界混乱をひき起こす原因にならないように警戒すること、及び世界混乱に陥った場合の対策を国家として講じるように 注意を喚起することにある。民主主義は本質的に衆愚政治になる危険性が高く、国民が賢明になる必要があり、全ての責任は 第2次世界大戦の苦しみと同じように、結局自分たちの上にのしかかることを国民が自戒するのは当然である。ここで、マスコミの果たす役割の重要性を指摘する必要がある。 戦前、戦中、日本のマスコミは何ら有効に機能せず、敗戦において、大きな反省をしたはずであるが、現状は如何であろうか。ただ雑な情報を流したり、偏っていたりして、国家と国民を導く、重要な役割を果たしてはいないと評価せざるを得ない。マスコミは賢明になり、きちんと的確に情報を掌握し、適切に国民に提供するように期待する。また、国を導く建設的な提案を積極的に行って頂きたい。日本の言論界の在りようとレベルも同じようなものであると言える。ところで、上記、世界混乱を避けることができたとしても、永く苦しい時代を 日本は世界と共に 耐えることになるだろう。そのような時代への準備も 多面的に講じる必要があるのではないだろうか。 要の心得は 国際社会そのものである アメリカ、中国、EUとの友好親善関係を大事にして、徹底的に耐えることではないだろうか。日本の文化力は戦前以下であり、欧米のレベルに いまだ達していないと考える。以 上 【質問】その兵士の遺族に対し「○○さんは無駄死に(ムダジニ)だったですね」と言ったらどうなるでしょうか。遺族はどんな感情を持ちますか。戦後60数年も経っていますので、戦死した兵隊さんの親はこの世にいないでしょう。妻がいたとしてもかなりの高齢でしょう。終戦時の赤ん坊だって60を過ぎています。しかしながら、その年数を無視していただいて、玉砕した親、妻、子のいずれの立場でも結構ですので、「○○さんは無駄死に(ムダジニ)だったですね」と言われたら、どんな気持ちになるのか・・・教えていただきたいと思います。先の大戦を肯定的に見ている方、あるいはその逆の見方の方、いろいろな方がいらっしゃると思いますが、いずれの立場でも結構でございますので、お考えをお聞かせください。
2010.10.25
2010年10月25日8:48 「日本は2年で核持てる」と石原都知事: 武器をもたないで、自衛する戦略が 良いですね。 核兵器を お金をかけて、作って、危険な兵器と暮らし、 誰も使えない、役立たない 兵器が どのような意味があるでしょうか。 奇妙な議論と思います。 日本の対米、対中国姿勢の在りようについて再生核研究所声明25 (2009/07/01) 世界の大国、アメリカと中国の存在は、それら両国を抜きにして、世界の平和や経済問題など、語り得ないことはもはや自明の事実である。したがって、それら両国と日本国がどのように向き合うかは国家の重要事項である。日本国の位置づけを行う上でも重要な視点になる。そこで、日本国の在りようの視点から考察を行いたい。 まずアメリカに対する評価であるが、第一に、日本国はアメリカを主とした国々に無条件降伏を行い、しかも戦後復興を援助してくれた国として、別格の位置づけを行い、友好親善関係を深めていくのは当然である。さらにアメリカは、民主主義の大国であるばかりではなく、経済、軍事においても、文化においても世界を指導できるただ一つの超大国であると評価できる。それゆえに、日米安保条約などの関係もそれなりに理解できるものである。しかしながら、戦後60 年を超えて、外国軍が駐留を続けている状況は異常な状態と言わざるを得ない。いまだ日本には敗戦の傷を負い、独立心と自立心に欠け、対米従属の精神が抜けきらないのは、はなはだ残念である。大抵の国々が敗戦を経験したり、過ちを犯してきているのは当たり前なのに、日本国はたった一回の敗戦で、独立国家としての気概を失っているのは誠に残念である。すなわち、アメリカに対しては別格の友好親善関係を維持しながら、敬意を表しつつ、日本国は国家としての独立性と自立性を図るように、より努力することとしたい。これは軍事、経済面ばかりではなく、文化や精神面においても、である。92第3章 外交・軍事 次に、対中国問題であるが、まず、中国はいわば日本の故郷に当たるという格別の認識を確認すべきである。日本人の多くは中国に行って、兄弟や親族と間違えるような人々に会い本当に兄弟国であることを知るでしょう。さらに漢字や儒教を通して、多くの文化の強い影響を受けていて、世界の文化圏から見れば、日本は中国の文化圏の一部であるとみられよう。しかるに中国を嫌ったり、警戒したり、あるいは敵視するような一部の人たちの見方は、はなはだ視野の狭い、独断と偏見に満ちたものであるといわざるを得ない。日本国は、いつも大国中国に対しては、特別な敬意をもって、母なる大国として当たるべきである。 アメリカと中国との友好関係を深め、世界の平和は両国を中心として、国連常任理事国などに任せ、日本は最小の専守防衛の自衛軍を備えるというのは、日本国の在りようの基本として良いのではないかと考える。 日本国は、軍事や国際平和の問題を任せて、謙虚にして、内実を図り、文化や経済などで発展し、国際貢献していけば良いと考える。その時、日本国憲法の精神が理想ではなく現実に実践できる時代を迎えることができると考える。 皆さん、軍隊などはなくても、誰も侵そうなどとはしない、美しい国、日本国を築こうではありませんか。暮らしが大事、内実が大事ではないでしょうか。世界に誇れるような、北欧諸国や、ポルトガルのような文化国を作ろうではありませんか。 この日本国の在りようは、集団防衛構想や敵地攻撃を検討したり、防衛力増強を図る立場とは激しく対立する日本国の在りようとして、現実的に極めて重い意味を有するのです。背景には、国、地方の1000 兆円を超える借金と慢性的な財政赤字、疲弊した日本社会と少子高齢化社会、荒廃した日本の教育などに対する配慮があるのです。93第3章 外交・軍事日本の財政の厳しさ国の借金834 兆円、国民1人あたりの借金 約653 万円07 年度3月末地方の借金 200 兆円 (財務省の発表より) 2010.10.24 22:34 このニュースのトピックス:領土問題 東京都の石原慎太郎知事は24日のフジテレビ番組「新報道2001」に出演し、中国の海洋権益拡大の脅威を指摘した上で「米国が日本を核の抑止力で守っているのはうそっぱちだ。日本は2年で核兵器を持てるのに議論がタブーになっている」と述べ、核保有の是非を早急に議論すべきだとの考えを示した。 石原氏は「ドイツは非核3原則とかバカなことを言わずに米国の核をドイツに持ち込ませたから発言力がある」と指摘。「米軍の司令官は『日本は遠すぎて守れない』と言っている。何で日本は自分で核兵器を持たないのか。持てる力は十分にある」と強調した。 尖閣諸島が中国に実効支配される可能性について「日本の軍事力を駆使すれば独自で戦っても制海権、制空権を保持できるが、2、3年たつと分からない。日本が軍事力を付けないとこの問題は白骨化する」と語った。
2010.10.25
2010年10月25日8:44 センター入試、難易度別に2種類 16年導入を検討:入試は国家の重要事項ですので、良く検討して頂きたい。 教育とは何か から 始めるべきでは。 大事なのは有識者の偏った見方でない 総合的な視点ですね。 海外の状況も参考にされると良いのでは。次の考えも参考にしてください: 大学入試センター試験の見直しを提案する再生核研究所声明20 (2008/10/01) センター試験は1988 年、共通テストの試行から始められ、いろいろな変遷を経て、現在は大学入試センター試験と改称されて、20 年もの歳月を経ている。発足時のときの議論では、数年で破綻し、結局は元の形に戻るという観測が多かったが、その後、いつも批判的な意見が多く出されているものの、組織が出来てしまったためにか、惰性的に続けられてきている。そこで、次のような状況を考えて、このような入試の在りようを検討し、大学入試センター試験の見直しを行うように提案いたします。 1)センター試験は、多額の経費と人件費をかけながら、悪い効果を生み、いわば大きなマイナスの仕事を教育界に課していると考えられる。試験の影響としてはマイナス効果の方が大きいと考えられる。その最大の理由は、共通テスト開始時にも既に指摘されていたように、そのような試験では、パターン化して知識の詰め込み方式になり、考える力を落とすという危惧であった。実際、このような弊害はいたるところに現れ、数学の教科でさえ、型を沢山覚え、時間内で解く方法の技術ばかりが、学校教育や受験勉強においても重視されていて、本来の教育のあるべき姿からの大きな乖離が見られる。センター試験は、日本の教育を軽薄な教育にさせている元凶であると考えられる。そのような試験結果は、軽いデータぐらいの重さしか果たすべきではない。しかるに教育界は、そのような試験に対応すべく、多くの無駄、悪い教育をおこなっている。 2)教育においては本来、多様性と個性を活かすことが大事で131第4章 教 育あるはずなのに、型にはめ、一様な水準を作り、貧しい特色のない大学を一様に育てている弊害が顕わになって来ている。センター試験の目指す教育とは、およそ人物たる人間教育や善良な市民を育てる重要な本来の教育とはかけ離れたものであり、日本国を覆っている無責任とモラルの著しい低下の結果を生み出している。教育とは本来何であるかの議論さえ忘れて久しい状態で、魂の抜けた教育であると言える。感性豊かな人間性を高める教育や創造性豊かな教育からは程遠い教育と言える。 3)センター試験の影響は、世に数値化と標準化、規格化を進め、社会の多様な価値や個性を失なわしめ、マイナス効果を世に氾濫させている。 4)永い間、同じような入試制度が続いたため、入試が専門的な技術を要求するような弊害が現れ、不要な特殊な訓練を得た者が有利になるような弊害が現れてきている。 その結果、このようなことに柔軟に対応できる特定の学校に人気が集中して、公立高校の人気が落ちてきている。そのために、経済的な豊かさが、もろに教育条件に反映するような状況を生み出している。このようなことが進めば、広範な生徒達から多様な才能を引き出せない状況を進めると危惧される。また、そのような特殊な教育を受ける者が個性を伸ばし、幸せになるとは限らないと考えられる。 5)2日間にわたって、多くの教職員をいわばロボットのように画一的に働かせて、また多額の国費と人件費を費やして、大きなマイナスの仕事を行うのは好ましくないと考える。 6)センター試験は、世の生徒達にあまりにも細々とした過重な入試対策を要求して、生徒達のみずみずしい才能の開花を疎外し、生徒達の自由な成長を妨げている。学校教育には、人生や世界や、自然のことにじっくりと想いをいたし、友情が芽生え、育132第4章 教 育つような余裕が求められる。大学入試にはより柔軟に、余裕をもって考えられるような社会へと変革が少しずつ進むことが期待される。理想としては、個人の個性を活かせるような多様な可能性を広げるような変革である。もちろん、そのうちには、世の秀才達を集めるような所があっても良いが、そこに殺到するようなことは望ましくないと考える。 7)センター試験は、いわゆる世の秀才や優秀な人達の才能もわざわざ鈍化させ、活かされていないと考えられる。日本でも秀才教育や天才教育ができるような柔軟な制度の確立が求められる。 8)共通テスト開始のとき、多くの危惧と問題点が指摘されたものの、これで多くの人が大変な入試業務から解放されると期待されたものであるが、それは空しく、逆に個別入試を行い、また第二次入試や、追試入試、さらに外国人入試や推薦入試、社会人入試などと、多くの入試が始められ、多くの教員は年中入試業務に振り回される状況になっている。大学の法人化の後には、社会貢献や教員評価、受験生確保のために多くの仕事に追われ、教育研究費の大幅減額とともに、悪い教育・研究環境に陥っていると考えられる。 以上の理由などから、センター試験を見直しする方向での真剣な検討と対応を求めます。現実的な対応としては、入試そのものが日本国の文化に根ざしている以上、そう簡単ではないと考えて、広範な検討や改革を考えていくことを求めたいと考えます。方向性としては、 1)大学入学資格試験と考える方向で、そのときにはセンター試験を簡素化し、センター試験に対する特別な対策はしないですむような状況になることが求められる。133第4章 教 育 2)逆に個別入試を廃止して、センター試験の一部と他の要素、例えば高校の評価や、推薦状や面接で入試を行う。 3)センター試験を原則廃止して、時々高校生の学力のデータ、状況を得るためやその他いろいろな業務を行うことに、センターの組織と機関を使う。 等が検討されるべきであると考えます。教育の在りようについては、絶えず検討を重ねていくこととして、教育というと直ぐに学力と考える傾向が強いが、全人的な教育や人物たる人間教育等の面を考えていく必要があると考えます。 2010年10月25日3時21分
2010.10.25
2010年10月25日8:42 小6女児が自殺、「学校でいじめ」と父: 何だ これは、我が故郷の事件ではないか。 そのような空気が、確かにあると思います。 先生は、関わりたくない、逃げの姿勢が 感じられましたね。 先生は 確かに忙しく、気が回らないようにしている、教育環境が良くないと。 教員の免許の更新制や、成果主義など、悪いことばかり、指導しているように思う。 これは簡単ではないので、夜明け前 よっちゃんの想い 中でも いろいろ意見を述べています。: 教育界の改革を求める再生核研究所声明17 (2008/7/25) 大分県の教育界における不祥事は、いくら日本国が空虚な日本の社会[再生核研究所声明15(p.170)]といっても、流石に健全な批判が湧いてきたのは当然である。身近な点から問題点を考察すると、試験がたとえ公正にできたとしても、全然問題は解決しないのではないでしょうか。第一に、試験問題が適切であるかどうか、広く日本中で検討してみる必要があるのではないでしょうか。さらに、面接試験という大事な場面を迎えますが、あのような体質で、より良い学生を公正に選ぶことができるか、検討する必要があると考えます。 試験内容について、例えば、数学専攻で、教育学部長をされた、ある先生の嘆きを思い出します。大学でいくら専門の数学を熱心に勉強しても、専門の数学は採用試験には出題されず、大学受験や高校程度の数学の問題しか出題されず、それで、大学で熱心に勉学している学生よりも、家庭教師や塾でアルバイトをしている学生の方が有利になってしまい、実際、合格率も高いという嘆きです。これでは数学教育界が、数学の本当の精神や深い専門的な内容などよりは、受験勉強に代表されるような問題解きの技術の勉強になってしまうのではないでしょうか。実際、入学して来る多くの大学生は、数学は問題解きであり、多くの技術を学ぶのが数学だと思っているのが現状ではないでしょうか。これでは創造性豊かな教育や本来の数学教育の目標からは、ほど遠いのではないでしょうか。128第4章 教 育 一般に試験について、何十年も前に、あるラジオニュースで聴いたことが、なぜかいつも気になります:ネジの検査で、良いものを落とし、悪いものをわざわざ選んでいたというのです。わざわざ数学嫌いな生徒を育てたり、悪い教育を行っているようなことは、至る所に見られる現象ではないでしょうか。 他方、教育には善良な市民を育成するという大事な面があるはずです。その大事な考えの一つには個性を活かし、公正な社会を実現することにあるのではないかと考えます。しかし、教育委員会の指導的な人達が、自ら信じられないような不正を行っていて、そのような方々が面接したり、教員を指導しているということは如何なものでしょうか。大分で起きた事件は、大分県の特殊性から出てきたものではない以上、日本中で同じような状況ではないでしょうか。人事の刷新を行い、教育改革を進めるように訴えます。 このような状況で、教員免許更新制の導入を行えば、教育界はますます混乱し、よいことは何もないと考えます。マイナス要素を挙げてみたいと思います。 1)教員の忙しい状況の中で、さらに時間と余計な気遣いの負担を増加させる。 2)財政難で国がおかしくなるような状況の中で、さらに大きな資金と労力をかけることになる。 3)更新講習は形式的になり、効果が望めず、逆効果が考えられる。また講習で改善されるような教員は、始めから問題がないと考えられる。 4)更新されなかった教員の生活や身分の問題が解決できなけ129第4章 教 育れば、結局更新の問題は解決できず、いわば余計なことをすることになる。 5)このような制度の導入そのものが、教員の身分を不安定にし、教育上良くない効果を生むと考えられる。 などなどですが、そのようなことに時間とお金をかけるくらいならば、忙しい先生に休暇とお手当を配付した方が、遥かに効果的ではないでしょうか。 日本国の再生のために、試験問題の作成委員や面接する人を、見識ある人物に代えるばかりではなく、教育界の全般的な改革と刷新を行うように、多くの関係者に求めます。またマスコミの積極的な取り組みを要請致します。 読売新聞 10月25日(月)8時55分配信 群馬県桐生市の市立小学校6年の女子児童(12)が23日、自宅で首をつって自殺し、会社員の父親(50)が本紙の取材に「学校でいじめを受けたのが原因」と訴えている。 県警大間々署や父親によると、女児は、自室で首をつっていた。遺書は見つかっていないが、同署は状況から自殺と断定した。 父親や学校側の説明では、女児は腹痛などを理由に19、20、22日に欠席。21日には校外学習に参加。父親によると、女児は校外学習で同級生に、「なんで、こんな時だけ来るのか」などと言われたという。 女児は4年生の秋に愛知県から転校。5年になって同級生に「汚い」「近寄るな」などと言われたと家族に訴えていた。両親が当時、学校に連絡し、いじめはいったん収まった。しかし、6年に進級すると、女児は再びいじめられていると家族に話していた。 校長は本紙の取材に、「5年生の時に、同級生とのやりとりで誤解があったが、女児の保護者に話して誤解は解けた。その後も見ている限りは、いじめを把握していない」としている。
2010.10.25
2010年10月24日10:01 機密公開「真実のため」ウィキリークス創始者: 素晴らしい、真実の報道、真実を明らかにするは 世界史の進歩の基本であり、人間存在の基本と考えます。 誰が虚構の上に 生きたいと思うでしょうか。日本のマスコミの皆様、如何でしょうか。 次の2つを参考にしてください: 再生核研究所声明38 (2010/05/22): ロッキード事件のもみ消しについて再生核研究所声明 41 (2010/06/10): 世界史、大義、評価、神、最後の審判欧米では時間を越えて 真理、真実を追求しようとする文化がある (これは神の前に出るときには 清い心で望みたい という宗教が背後にあるように感じられる) のに比べて、日本には 誤魔かしたり、隠蔽したり、曖昧にする文化があることに 深く根ざしているとも言える。 将来、世界史が明らかにする、世界史の全体における個々の関係こそが、最後の審判ではないだろうか。 それは同時に 未来ではなく、現在、いまの 個々の人間の 深奥に普遍的に存在する神性と良心 に通じていると考える。 それらを捉え、それらに調和し 忠実に生きることこそ、良く生きることに他ならない。 悪いことは苦しいことである。必ず、良心の呵責として、その深奥から湧いてくるからである。他方、大義に生きることは 上記永遠の生命の中に生きることを意味するから、楽しいことである。 滅ぶことも消えることもない 【ロンドン=大内佐紀】内部告発サイト「ウィキリークス」の創設者でオーストラリア人のジュリアン・アサンジ氏は23日、ロンドン市内で記者会見し、ウィキリークスが22日にインターネット上でイラク戦争関連の米軍機密文書を公開したことについて、「真実のためだ」と正当化した。 米国防総省は「米軍や同盟国軍の将兵の生命を危険にさらす行為」と猛反発しているが、アサンジ氏は「戦争前、戦争中、そして今も続く真実の歪曲を正さなければならない」と反論。「情報をリークしてくれた人々に報いるためにも、最大限の政治的影響力をもたらしたい」と述べた。
2010.10.25
2010年10月24日涅槃とは自然への同化・・真言へのアプローチ: (追加) この題名は 次の精神と同様と思います。 深いことを述べていますね。 超越への道、悟りへの道再生核研究所声明19 (2008/09/14) 人生如何に生くべきか、人生如何に在るべきかについては、[声明1、2(p.26、p.122)]に良く述べられていると考えます。世界とは、個人にとっては、主体的に観れば、帰するところ、自分の感じ、知り、想像する全体であり、それらがより良ければよい人生と言え、結果的には良き感動の多い人生ほど豊かな人生であり、またそのような方向に向かうことこそ、人生如何に生くべきかの道であると考えます。 さらに生物の1種である人間は、あらゆる生物の本能原理である、生きること、子孫を残すこと、そして子孫を育てることに縛られていると考えられる。実際、それらの各々には深い感動が伴うものである。それ故に、それらに真摯に向き合う生き方を、[声明13(p.18)]にも述べられているように、人生において否定することは出来ない。 しかしながら、超越への道、悟りへの道においては、それらのいずれも否定した生き方を受け入れ、存在する生き方を、人間の在りようとして受け入れる心構えをもつ必要があると考えます。それは人間が希求している、神、自由、不死を体現し、魂を解放し、悟りへの境地に達するためにも、修行し続ける必要があると考えます。実際、人生とは死ぬことの練習とも言える。 人間一人ひとりは〈じんかん〉としていろいろな関係をもっているものの、1個の精神的に独立した存在であり、夫婦も親子も、24第1章 美しい社会のためにその意味では独立した存在であり、いつまでも一緒にとはいかず、結局、孤立した存在であり、この意味において、人間の存在は寂しい存在であると言える。人生において、如何に上手くいっても所詮は儚い存在であり、帰するところは幻や儚い夢以上のものではないことを、真実として深く受け止めることこそ、超越への道、悟りへの道に通ずる道と考えます。人生においては、帰するところ、存在する以前の状態に戻ると考えることが、それこそ、すべての生物を支配している普遍的な原理であると考えられよう。生命作用そのものが所詮は儚い営みであると知ることこそ、超越への道、悟りへの道に通ずる道と考えます。これは、生物を支配している本能原理からの精神の解放を意味し、より自由な人生の展開を可能ならしめるものと考えます。これらは、神、自由、不死を体現せしめる道でもあると考えます。しかしながら、人間存在の三位一体の原理──存在、知、愛、すなわち存在しなければ何も始まらず、何も知らず、したがって何も求められない──は、不変的な人生における原理であるとして存在し続けると考えます。神、自由、不死の体現とは、自然と一体となって、自然に溶け込み自らを失うことと考えます。そのときこそ、大いなるものに一切の身を委ねるときです。(ここで述べたことは実は難しいことではなくて、当たり前のことを述べていると考えます──悟ることの原理:お釈迦様も、美空ひばりさんも、また多くの人も、みな同じことを言っていると思います。この地球上には、それこそ、数え切れないほどの生命が生まれては、亡くなってきました。すべての人間も、すべての命あるものは、本質的には、みな同じで、生まれてくる前に戻るということになるのではないでしょうか。すなわち、悟るということは、この道理を受け入れるということにあると思います。悟25第1章 美しい社会のためにるということは、簡単に言えば、生まれてくる前に戻るということを認め、受け入れることではないでしょうか。これは、すべての人間、すべての生命を支配している原理であって、この点においては、すべての生命は、同じ運命におかれていると思います。これを受け入れることが、悟ることの原理だと思います。考えてみると、奇妙なことです。人間は生まれて、元に戻るということが、修行で、悟りへの道となると思います。このことは、実際は、理屈では分かっているのですが、気持ちで受け入れられないというのが、煩悩ということではないでしょうか。[2008/05/30])- 元のメッセージを表示 -それは死をもって終わるのではなく、根本生命への回帰なのでしょうか?全ての事象は根本生命そのものであり、また現れなのかもしれません。とすれば、事象に対する解釈そのものの中に精神性が閉じ込められている、のだとも言えそうです。自然を抜け出し、相対しているという知性の働きは、実は幻想であり自我の思量の範囲において自らの位置付けをしているのに過ぎない・・・ものなのかもしれません。思量の殻を破る有効な手立てとして真言が上げられると思いますがそこに於いての働きの解釈もまた限られた範囲に留まる事から、今日に至るまで訳されずにきたのでしょう。訳せぬもの、訳してはならぬものが真言であり、唱えてこそ入れる世界への鍵となるものです。既に無相の真言の現れが、全ての事象であるという解釈もできるかと思われますが、体験を経た上でなければ危険であるとさえ思われます。以上の点について、事相面に精通された方のご意見をお待ちしています。
2010.10.24
2010年10月24日9:53 涅槃とは自然への同化・・真言へのアプローチ: 生と死、そして生命の原理、在りようについて 次のように考えました。精神や魂の問題を勝手に想像すると空論、抽象的な想念に陥る危険性があると思います。しかしながら、自己の心、精神に深く省察するのは 良いのではないでしょうか。 各論について、意見を付け加えさせて頂きます. それから、題名は 次の考えて同様であると思います:超越への道、悟りへの道再生核研究所声明19 (2008/09/14) 人生如何に生くべきか、人生如何に在るべきかについては、[声明1、2(p.26、p.122)]に良く述べられていると考えます。世界とは、個人にとって (夜明け前 よっちゃんの想い ー 26ページ): 再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと - 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。 恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。 少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上それは死をもって終わるのではなく、根本生命への回帰なのでしょうか? まじめに考えて、それは、生まれてくる前のような状況ではないでしょうか。 全ての事象は根本生命そのものであり、また現れなのかもしれません。 遺伝子の中に 生命の本質 と将来は あると思います。 とすれば、事象に対する解釈そのものの中に精神性が閉じ込められている、のだとも言えそうです。自然を抜け出し、相対しているという知性の働きは、実は幻想であり自我の思量の範囲において自らの位置付けをしているのに過ぎない・・・ものなのかもしれません。 わたしもそう感じます。 思量の殻を破る有効な手立てとして真言が上げられると思いますがそこに於いての働きの解釈もまた限られた範囲に留まる事から、今日に至るまで訳されずにきたのでしょう。訳せぬもの、訳してはならぬものが真言であり、唱えてこそ入れる世界への鍵となるものです。表現できない部分も精神には、あると思います。 既に無相の真言の現れが、全ての事象であるという解釈もできるかと思われますが、体験を経た上でなければ危険であるとさえ思われます。以上の点について、事相面に精通された方のご意見をお待ちしています。
2010.10.24
2010年10月23日8:57 「意味があるなら出るが...」小沢氏、政倫審に消極姿勢: 本当ですね。 私より詳しい 検察庁に聞いて下さいで、 1分で答弁は終わりですね。 もう少し詳しくならば、 小沢氏の弁明: 今朝の夢、検察の不起訴処分決定ありがとう。 まだ、裁判問題や、国会で話題になっているようですが、検察の徹底的な調査により、 私は、そんなはした金の細かい流れなど詳しくないので、詳しい検察に 疑問点などは聞いて頂きたい。裁判については 検察が不適切と言われているようですが、頑張ってください。今後この問題は、詳しい検察に大幅にお任せしたい。私の貴重な時間を これ以上奪わないで欲しい。 人権侵害の立場から いろいろ訴えることができますね。 次を参考にされれば 万全ではないでしょうか?: 再生核研究所声明 23: 秘書の逮捕、起訴事件における検察庁の対応と公正の原則再生核研究所声明 30: 検察庁の暴走と民主主義の危機 - 広い視点再生核研究所声明 31: 法の精神と - 罪と罰再生核研究所声明 41: 世界史、大義、評価、神、最後の審判 ついでに 次を提案してください: 検察は出すぎですから、先ず 予算を大幅に減らして、力を削ぐべきではないでしょうか。
2010.10.23
2010年10月23日9:02 S非正規教員、7人に1人 財政難で毎年増加し10万人超:これはひどいのでは。 義務教育の基本の 担い手について、このような在りようは、国家として基本的な 間違いではないでしょうか。 身分が安定しないで、じっくり教育に 取り組めるでしょうか。 正規と非正規教員との間の気まづさは教育環境を著しく悪化させていると考えます。 基本を大事にするは、世の基本ではないでしょうか。 詳しく、触れる必要はありませんね。大事な方に 資金をまわしたいと思います: 検察は出すぎですから、先ず 予算を大幅に減らして、力を削ぐべきではないでしょうか。2010年10月23日15時3分 各地の公立小中学校で、正規採用の教員ではない常勤講師や非常勤講師が増え、昨年は約10万5千人と全体の15.1%を占めた。文部科学省の調査でわかった。この7年間で約3万7千人増えており、こうした「非正規教員」が7人に1人を超えるまでになっている。財政難の自治体が、安い給料で済む非正規の採用に動いているためだが、任期が限られ、「教育活動の水準を保てない」と懸念する声が上がっている。 文科省によると、全国の非正規教員のデータがあるのは2002年以降で、同年(5月1日)の人数は約6万8千人と教員全体(約67万3千人)の10.1%だった。以後、毎年増え続けており、09年は約10万5千人に。全体の15%を占めるまでになった。 内訳をみると、正規採用の教員と同じようにフルタイムで勤める常勤講師は02年の約4万1千人から09年には約5万7千人と38%増加。授業時間だけ勤務するなど、パートタイムで働く非常勤講師は02年の約2万7千人から09年には約4万8千人と8割近く増えた。 非正規教員の増加の背景には、少人数指導や35人以下学級を進めるため、給与のより安い教員で頭数をそろえようという自治体側の姿勢がある。国の規制緩和が後押しした。 文科省は、1クラス40人を標準とした学級編成を01年から都道府県レベルで弾力化。続いて06年には市町村も、自前で教員を雇えば少人数学級にできるようにした。また04年、教員給与の半分を負担していた義務教育費国庫負担制度を緩め、国の計算した総額内なら、給与や人数を自由に決められるようにした。自治体側は人件費を抑制する動きを加速させ、非正規の採用が拡大した。 自治体側には「今後、少子化が進んで教員の数が過剰になっても、任期の限られた非正規教員を抱えておけば人数調整がしやすい」という思惑もある。ただ、非正規教員は「次年度も雇用されるあてがなく、学校側が人事などの計画を立てにくい」「特に非常勤講師の場合、児童生徒とのかかわりが細切れになり、生活全体を踏まえた指導ができない」といった問題が指摘されている。(編集委員・氏岡真弓)
2010.10.23
つぶやき:2010.10.15-2010.10.22 伊藤氏の最後の言葉。「法律家は、法的手段で戦ってこそ、法律家ですから:このひどい言葉、 今ひらめいたのですが、この言葉、大事なことを言っている、法律家で、正常な人間性、感覚を失った専門家の危険性では?. 伊藤氏の最後の言葉。「法律家は、法的手段で戦ってこそ、法律家ですから:ひどい、散々人を傷つけていて。自分たちは結構な身分で、仕事をしていたのに、被告人はさらし者。人権の問題はどうなっているのでしょう。失った時間を返して.と。 どうも気分が良くないですね。検察が不起訴に決定したものを更に裁判となると、今度は検察が前面に立って対処すべきでは。検察の処置が良くないと言っている訳ですね。検察に対処して頂くのが筋では。裁判などに付き合わされたら、人生終わってしまう。人権は? 今ひらめいたのですが、いわゆる デラックの超関数 を計算機で初めて捉えたのは、京大の藤原宏志先生ではないでしょうか。実ラプラス変換の逆として、超関数を実際グラフで 納得させるように見事に捉えている。2010.10.22.16:45 野蛮な先史時代には と思うでしょう: ー 夜明け前 よっちゃんの想い ー とは歴史を進化させましょうと 言っているのですね。未来から見ているのです。 アメリカは普通の国ではない、国際社会そのものでは。日本人が大統領になっても良い 素晴らしい国です。アメリカの大学で、ノーベル賞を取っている方も複数、アメリカの大学の多くのポストを 世界の研究者は 求めていますね 尖閣諸島は、日本の領土である: それはいいのですが、中国もそう言っている。曖昧にして友好関係をそれが慣例で、暗黙の了解事項です。それを進めることはできず、進めようとすれば、返って損をしますね。 軍よって国を守ろうとするのは如何なものでしょうか? 守る守ると言いますが、本当に何から守るのでしょうか。私の自衛戦略を参考にしてください。世界の人々の心を捉える、雄大な戦略です:再生核研究所声明 34:日本料理店の海外展開 とう小平氏が尖閣諸島の領有権で、1978年に「一時棚上げしても構わない」発言について:偉大なこの発言を、日中は理解すべきでは。日中が自分の領土と主張するのは良いが、お互いに深入りしない諒解事項ですね。棚上げで 友好関係優先です。 検察が 1年半も徹底的に調べて、不起訴を決定したほど、潔癖さの明らかな証明は ないのではないでしょうか。もはや、小沢氏より、検察の方が、お金の件で、詳しいのでは。何しろ 専門家が 徹底的に調べたのですから 確かに事実を報道しないのはおかしいですね。今回は、前例、慣例を破り、逮捕した日本に過失があったと思います。わざわざ緊張させたのは 日本ですね。嫌いなら、棲み分けで。アメリカとも中国とも友好でなければ 日本はやっていけないと考えます。 今だ 野蛮な時代、夜明け前であることが分からないばかりか、時代を後退させようとしている人さえ 多い。 明るい月の光の下、キャンパスを散歩して戻ったところですが、提案です: 逃亡のおそれなきときは、逮捕はしないというのは如何でしょうか。まして、多くの人の期待で選出された政治家の逮捕は 慎むべきだと考えます。逮捕は 野蛮な習慣の名残では。 新党大地代表の鈴木宗男前衆院議員(62)が、東京都内の病院で受けた検査で食道がんが見つかったことが分かった。 : 特赦とか恩赦をして、日本を明るくして欲しい。 政治家の皆さん、お互い政治家同士ではありませんか。 道理や、正義、人権の問題であり、また文化の問題でもあると考えて、積極的に意見を述べています。 おかしい、日本。どうした日本ですね。 ある裁判官は「刑事事件は刑事裁判で争うのが筋ではないか」と話す。- 裁判を続けて 小沢氏の時間を奪おうとしているという観点は 如何でしょうか。 人権侵害を続けているように考える。 裁判官や検事は 身分を保証されて、のんびり付き合えますが、現職政治家は大きな 負担。 @asia2020 読者の信頼を失い堕落への道を突き進む捏造売国朝日新聞の希望退職に記者が大量応募したことが話題となっている」 http://bit.ly/aF5jjc美しい日本が崩れていく。マスコミは 国家の重要な機関、速やかに正義と信頼を取り戻して、立て直して欲しい。 小沢氏の弁明: 今朝の夢、検察の不起訴処分決定ありがとう。 まだ、裁判問題や、国会で話題になっているようですが、検察の徹底的な調査により、 私は、そんなはした金の細かい流れなど詳しくないので、詳しい検察に 疑問点などは聞いて頂きたい。裁判については 検察が不適切と言われているようですが、頑張ってください。今後この問題は、詳しい検察に大幅にお任せしたい。私の貴重な時間を これ以上奪わないで欲しい。 反中国的な考えは残念です。反中国も反米も成り立たたない世界観ですね。小沢氏は 両方とも反対だと思います。島のことに深入りも良くないと。 教会の鐘が鳴り響きました。沢山の信者が集まる熱心な信者が 伝統的に多いのですが、独裁者が現れたり王様がブラジルに逃亡する様な時代も有りましたね。ナポレオンの侵入を防ぎましたが、神を懐いている国家とは 信じられるものを感じさせますね。 尖閣諸島問題: 日本のデモも中国のデモも マイナスの行動で、お互い損するだけでは?対立を深めて喜ぶ人は、アジア植民地時代に戻したい、アジア以外の人では?ヨーロッパでは、通貨を統一したり、往来を自由にしたり、アジアより、依然進んでいますね。 見て御覧、もう損している、損ばかり:尖閣諸島問題: 日本のデモも中国のデモも マイナスの行動で、お互い損するだけでは?対立を深めて喜ぶ人は、アジア植民地時代に戻したい:米側は中国や北朝鮮の動きを念頭に「安全保障環境の悪化」を強調し、思いやり予算総額の増額を主張。今回の予算化はその一環だ。 小沢氏の問題は 検察の不起訴処分の決定で、法律上の本質的な問題は 終結して、検察とマスコミの 弾圧であった ことが 明らかにされたと言えるのでは。 民主党は 1カ月くらいで公約を反故にする代表者を、続けさせることができるでしょうか。野党も国会も、また国民も許さないのでは。約束が守れないということになれば、信頼できないことになり、すべての前提が崩れるからである。 まだ 夜明け前で、少し明るくなり出しました。ー 閃きました - 声明46の構想です。本ものと偽もの です。 政治家や研究者を見抜く方法のことを 纏めたいと思います。 尖閣諸島問題:小泉氏の時は上陸したのに強制送還でうまくいった経緯があります。今回逮捕が関係を悪化させたので、日本の対応に落ち度があったと思います。アメリカとも中国とも友好関係を深めて下さい。 半月を眺めながら、キャンパスを散歩して来たのですが、首相の座を争う 実質的な選挙における重要な公約を 1ヶ月くらいでころりと変えてしまうということが、歴史上あったでしょうか? それでは、政治の信頼どころか、人格さえ疑われるのでは? 菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。これ 嘘ついて、首相になったと ならないのでしょうか? 民主党の皆さん。今 10月ですね。 西田 敏行さん、嘘は ついてはいけないのですよね。 人に信じてもらえなくなってしまいますから。 良く覚えています。 菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。だが、スト権などの労働基本権を与える前に大幅引き下げに踏み切れば: 日本の首相は こんなでたらめを言っていますが、日本国は相当おかしな国ということにならない? 菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。だが、スト権などの労働基本権を与える前に大幅引き下げに踏み切れば: 日本の首相は こんな でたらめを言っていますが、マスコミの方は 如何でしょうか? 菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。だが、スト権などの労働基本権を与える前に大幅引き下げに踏み切れば:人格とは自由にして、責任のある主体、そのような記憶が。 もちろん政策の是非を 批判しているのではなくて、重要な政策の 勝手な変更を 公約違反として、批判している。1ヶ月も経たないうちにですね。努力もしないでです。 菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。だが、スト権などの労働基本権を与える前に大幅引き下げに踏み切れば: 日本の首相は でたらめを言っていることにならない?
2010.10.22
女性専用車について: これは確かに微妙な問題ですね。 私は道徳の基本に 公正の原則を 掲げて、多くの世の問題は それで解決できると考えてています。 それでどうなるでしょうか。 女性専用車は 望ましいものではないが、場合によて許されると考えます。 ちょうど現在の 男女のトイレの別や 浴室の別の ようなものだと 考えれば良いのでは ないでしょうか。 寮の男女の別もありますね: 美しい社会はどうしたら、できるか再生核研究所声明1 (2007/1/27)美しい社会とは 最近の世相として、不景気・政界・財界・官界・大学の不振、教育の混迷、さらにニューヨークのテロ事件、アフガン紛争、パレスチナ問題と、心痛めることが多いです。どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。 何年も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。 平成12 年9月21 日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。 1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。 3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。 これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。 現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば──これは容易なことではないが──世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。 また、こういうことを考える教育は、人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし、環境の保全などにも貢献すると思い27第1章 美しい社会のためにます。 特に少年期の教育にあっては、哲学(ものごとの本質と人生、世界を考えること)、道徳、芸術、体育などを中心とする、人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか。国や隣人を愛せるようになる教育、多様性を重視し、個性や隠れた才能を伸ばし、友情を育み、人々が助け合うようになるような教育が望まれます。(『再生核の理論入門』斎藤三郎著、牧野書店、2002 年10 月出版「あとがき」から抜粋)美しい社会とは美しい社会においては戦争などはないのです いじめなどはないのです ごみなどは落ちていないのです 交通事故などはないのです 2010年10月22日8:54 ハーバード白熱教室第6回というものを視聴したものです。その上でカントの考え方に質問があります。女性専用車に反対する会というものがあります。実際に東横線の女性専用車両に乗り込み女性客や駅員と揉め事になりました。彼らの主張は法的には正しいが、道徳的に正しい行為といえるでしょうか?カントの考え方からすればどこが問題になるのでしょうか?義務のため自律的に定言命法に従う行為が道徳的な行為だとすると、何が問題になるのでしょうか。動機は男女差別、人権侵害にあたる女性専用車両に講義をしようとするもので、義務にもとづく行為といえる。人から強制された行為でないので、自律的な行為であることは間違いない。定言命法に従った行為といえるだろうか?彼らの行動は男女差別に抗議するという普遍的なものである。したがって、彼らの行為は道徳的といえる?すごい乱暴な議論になってしまいました。議論の展開もこのような流れで考察するのかまったく検討がつきません。どなたかご教授を。
2010.10.22
2010年10月22日8:52 日本にノーベル賞の受賞者はもう出ない?事業仕分けだけじゃない「理科離れ」の深刻: 外国に出て、ノーベル賞を取る様な戦略も: アメリカは普通の国ではない、国際社会そのものでは。日本人が大統領になっても良い 素晴らしい国です。アメリカの大学で、ノーベル賞を取っている方も複数、アメリカの大学の多くのポストを 世界の研究者は 求めていますね ノーベル賞は 30年も前の研究の結果で、共通テスト以降、日本の教育は劣化の道をたどり、特に法人化以降はひどいですね。 いろいろ声明を出して、問題提起していますが、 特に次を参照してください。 若い人を取り巻く環境は 最悪では。 再生核研究所声明 44 (2010/06/26): 梅の木学問と檜学問-法人化以降はひどい初めに、大谷杉郎 群馬大学名誉教授の 宮大工(...... その晩、「梅の木学問」という言葉に出会った。梅は成長は速いが大木にならない。そのように、進み方は早いが学問を大成させないで終わるのをいうのだそうである。その反対が、成長は遅いが大木になる「楠くすのき学問」だと書いてある。西岡棟梁の話を聞いた直後だったので、千年の先を見極め、千年以上も生きつづける学問を「檜学問」と呼んでも良さそうである。学校教育の目標はこれにして欲しい。: 夜明け前 よっちゃんの想い 158-160)を想い出し、日本の研究者育成の観点から、考察を行いたい。先ず第1に述べたいのは 研究者の育成や、教育の問題は、 在りよう、考え方、目標などいずれも多様性が大事であり、いろいろな考え方や見方を尊重する必要があるということである。 従って、ここでの議論も一つの視点と柔軟に考えて頂きたいということである。( ...... しかし、何よりも大事なことは、個々の意見ではなくて、このようにいろいろ考え、いろいろな意見をまとめ、多くの人の意見を交換していくことと思っています。 私は、そのきっかけを与えようとしているに過ぎません。──哲学は教えられない、ただ哲学することが教えられるだけだ──という言葉が想い出されます。私は、専門家や知識をもっている人だけが良識や見識を持っているとは考えず、善良な市民の感覚のなかにこそ、大きな真実と良識があると思っています。ですから、いろいろな広い人たちからのご意見や提案を期待しているのです。 2009 年7月23 日 アヴェイロにて)次に、上記 大谷教授の宮大工 の引用部分の 前の本文は、 宮大工の心意気と癖組などの考え方など 誠に心惹きつけるものがあるが、上記引用部分の考え方には 多少の疑念も湧くが、他方、心惹きつけるものもある。疑念とは、進み方は早いが学問を大成させないで終わる 生き方、学問も個性として、それはそれでいいのではないか、逆に 千年以上も生きつづける学問が良いとは限らないという価値観と視点である。- 梅も檜も それぞれに良い。それにも関わらず、現在の日本の研究者育成の観点から、この件について、危惧の念を抱かざるを得ない。 それは特に 共通テスト開始以後、特に顕著になっているのは いわゆる国立大学の法人化移行後の 悪しき風潮に対する危惧である。共通テスト開始以後 盛んになったのは、細切れの知識偏重と大学の画一化による点数による序列化、入試技術の専門化などである - それ以前の入試の多様性と時間的な余裕を比較されたい。国立大学の法人化移行後は、財政状況の悪化と共に評価,評価の嵐と悪しき成果主義と膨大な雑用の増加である。その結果、これらに対応できる研究者とは、受験体制に調子良くのれ、大学院でも早く成果の出せる上記梅の木型の研究者となりかねない状況ではないかと危惧せざるを得ない。なるほど、優秀な研究者は どのような環境、体制でものり越えて、良い研究業績を上げることができる という見解には 誠一理あるが、しかしながら、多くの労力を費やし、雑念を入れ、結果として、能力を生かせない状況が広く存在していると考える。才能を活かせず、才能を殺してしまう状況が世に多くあると考える。また、それゆえに、いわば大器晩成型の多くの才能をうずもらせてしまうのではないかとおそれる。言いたいことは、学部あたりまでの教育には 時間的な余裕を与え、人生や世界、自然などに想いを致したり、あるいは友情を育てたり、自らを顧みることのできる余裕を用意することである。 そこで、人生の基礎をしっかりと身につけて欲しいと考える。- また、そのような余裕のうちから、イチロー選手や、谷亮子選手、荒川静香選手、坂本龍一氏のような 多彩な才能が芽吹くことが期待できるのではないだろうか。天才教育や少年留学なども大いに進めて頂きたい(声明9)。ここで、さらに気になるのは、かつて安保闘争や学園紛争に見られたような、若者の元気さが失われ、無気力、無感動、元気のない学生の増加である。世界についても、哲学についても、真理の追究などについても 聞くことは もはや稀である。 小手先の学力をつけることに追われて、精神面や健康面が失われているのではないかと危惧される。他方、大学院以上においては、成果、成果と急がずに 研究課題の選択や、基礎について深い、広い視点が持てるように、経済的にも時間的にも十分な待遇を用意すべきである。何事初めの段階における取り組みは、 将来に亘って、決定的に大事になると考える。初期段階において、目先の成果を求めれば 研究課題は成果が得られ易い、個別の研究課題となり、しっかりとした研究課題が確立できないのは当然ではないだろうか。 どんな課題でも 研究成果を出すのは容易ではないから、それらに集中しているうちに、その研究課題の枠外から出られないように陥り、研究課題が小さな世界に特化してしまうのは、多くの普通の研究者の悲しい在り様と言えるだろう。助教などの制度によって、助手の身分を 形だけ上げて、講義や雑用を課し、さらに任期制を導入したりして 処遇を悪化させているのは 大学人の反省すべき悪しき制度ではないだろうか。研究以外義務が無いような研究員として処遇するのは 若手研究者育成の要ではないかと考える。 実際、そのような時期に 研究の基礎が確立された研究者は 世に多いと考えられる。さらに、世界の指導的な研究者たちとの交流が 研究者の成長に大きく寄与した例は 非常に多いと考えられる。日本の研究者育成の観点から、現状の問題点を総合的に見直して、よりよい位置づけと対応を考えるのは 緊急の現代的な課題であると考える。現状の風潮では、いざ本格的な研究活動に入るころ、若き研究者達が立ち枯れ病にかかってしまう危険性は 極めて高いと危惧される。以 上
2010.10.22
2010年10月22日9:02 基地のない沖縄実現しよう: 方向として、そのように志向するのは 賛成であり、当然と考えます。 これは 自明のことと考えます。問題は当たり前で、問題にならないと思います。 問題は、どのようにして実現するかの、具体性です。一つは アジアの平和の問題、第二は アメリカとの関係で、良い関係を続けながら、 1歩1歩 実現して行くという、 着実な歩みが 必要ではないでしょうか。 鳩山氏政権に現れた 日本の反響は とてもそれが 国論とは言えない状況であったという事実です。 従って、派手にするのではなく、1歩1歩 着実に進める行動をとることが大事と考えます。 具体的には、そのような国家観を有する 小沢氏を盛り立て、社会正義を実現させそのようなことが可能となる政権を 樹立することではないでしょうか。 いろいろ 夜明け前 よっちゃんの想い の中で そのような世界を作るように 提案しています。 日本の対米、対中国姿勢の在りようについて再生核研究所声明25 (2009/07/01) 世界の大国、アメリカと中国の存在は、それら両国を抜きにして、世界の平和や経済問題など、語り得ないことはもはや自明の事実である。したがって、それら両国と日本国がどのように向き合うかは国家の重要事項である。日本国の位置づけを行う上でも重要な視点になる。そこで、日本国の在りようの視点から考察を行いたい。 まずアメリカに対する評価であるが、第一に、日本国はアメリカを主とした国々に無条件降伏を行い、しかも戦後復興を援助してくれた国として、別格の位置づけを行い、友好親善関係を深めていくのは当然である。さらにアメリカは、民主主義の大国であるばかりではなく、経済、軍事においても、文化においても世界を指導できるただ一つの超大国であると評価できる。それゆえに、日米安保条約などの関係もそれなりに理解できるものである。しかしながら、戦後60 年を超えて、外国軍が駐留を続けている状況は異常な状態と言わざるを得ない。いまだ日本には敗戦の傷を負い、独立心と自立心に欠け、対米従属の精神が抜けきらないのは、はなはだ残念である。大抵の国々が敗戦を経験したり、過ちを犯してきているのは当たり前なのに、日本国はたった一回の敗戦で、独立国家としての気概を失っているのは誠に残念である。すなわち、アメリカに対しては別格の友好親善関係を維持しながら、敬意を表しつつ、日本国は国家としての独立性と自立性を図るように、より努力することとしたい。これは軍事、経済面ばかりではなく、文化や精神面においても、である。92第3章 外交・軍事 次に、対中国問題であるが、まず、中国はいわば日本の故郷に当たるという格別の認識を確認すべきである。日本人の多くは中国に行って、兄弟や親族と間違えるような人々に会い本当に兄弟国であることを知るでしょう。さらに漢字や儒教を通して、多くの文化の強い影響を受けていて、世界の文化圏から見れば、日本は中国の文化圏の一部であるとみられよう。しかるに中国を嫌ったり、警戒したり、あるいは敵視するような一部の人たちの見方は、はなはだ視野の狭い、独断と偏見に満ちたものであるといわざるを得ない。日本国は、いつも大国中国に対しては、特別な敬意をもって、母なる大国として当たるべきである。 アメリカと中国との友好関係を深め、世界の平和は両国を中心として、国連常任理事国などに任せ、日本は最小の専守防衛の自衛軍を備えるというのは、日本国の在りようの基本として良いのではないかと考える。 日本国は、軍事や国際平和の問題を任せて、謙虚にして、内実を図り、文化や経済などで発展し、国際貢献していけば良いと考える。その時、日本国憲法の精神が理想ではなく現実に実践できる時代を迎えることができると考える。 皆さん、軍隊などはなくても、誰も侵そうなどとはしない、美しい国、日本国を築こうではありませんか。暮らしが大事、内実が大事ではないでしょうか。世界に誇れるような、北欧諸国や、ポルトガルのような文化国を作ろうではありませんか。 この日本国の在りようは、集団防衛構想や敵地攻撃を検討したり、防衛力増強を図る立場とは激しく対立する日本国の在りようとして、現実的に極めて重い意味を有するのです。背景には、国、地方の1000 兆円を超える借金と慢性的な財政赤字、疲弊した日本社会と少子高齢化社会、荒廃した日本の教育などに対する配慮があるのです。 安保破棄京都実行委員会は21日夕、米軍の普天間基地を撤去し基地のない新しい沖縄を目指し京都から連帯しようと呼び掛ける宣伝、署名に取り組みました。京都府職連、新婦人府本部、京都母親連絡会、京教組など10団体から13人が参加しました。 安保破棄京都実行委員会の田中三郎事務局長らが、「沖縄には米軍専用の基地が33あり、その面積は全国の74%を占め、京都市でいえば上京、中京、下京が全部基地にあたります。そんなことが許せますか」「戦争につながる基地は日本にはいらない。憲法9条があります。コスタリカのように平和外交で国作りをしてほしい」などと訴えました。また11月28日に行われる沖縄知事選挙で基地の無条件撤去を公約に揚げる伊波洋一氏への支援を呼びかけました。 署名に応じた藤村綾花さん(16)は、祖母が沖縄県に住んでいると言い、「修学旅行で沖縄に行き、ガマなどを見ました。戦争につながる基地はいらないと思う」と話しました。
2010.10.22
今回の日中関係の緊張は、日本に非があると考える。 理由は、逮捕と下記のような日本の刺激的な対応にあると考える。 重要情報を添付すると: 10月5日(火)8時37分配信 民主党の山口壮政調副会長が先月30日に訪中し、中国外務省の日本担当幹部と会談した際、中国側が沖縄・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件を巡る日本政府の対応について、「軽率だ」と不快感を伝えていたことが分かった。 関係者が4日、明らかにした。関係者によると、中国側は山口氏に「日本は武力に訴えてでも領土問題を解決するつもりなのか」と不満を示した。小泉政権当時の2004年に中国人活動家7人が尖閣諸島に上陸した際、日本が強制退去処分としたことにも触れ、「小泉氏は靖国参拝は行ったが、自民党政権には知恵があった」とも語ったという。 最後にあるように、小泉氏の時に、上陸したにも関わらず、強制退去処分に満足していることが分かる。逮捕が我慢できなかったことを示している。 中国は、中国の偉大な指導者 tou小平氏が尖閣諸島の領有権で、1978年に「一時棚上げしても構わない」と発言されていて: 重要なこの発言を、日中は理解すべきである。すなわち、日中が自分の領土と主張するのは良いが、お互いに深入りしない諒解事項で、 友好関係を優先するという方針で、来ていたと考えるべきである。 その了解事項を挑発するように破った、日本の対応に非があると言わざるを得ない。今回の逮捕と外相の対応は非である。 前原誠司外相は15日夜の記者会見で、今月末にハノイで行われる東南アジア諸国連(ASEAN)会合に合わせ調整している日中首脳会談について、尖閣諸島は日本固有の領土との立場を堅持し、拙速に行うべきではないとの考えを強調した。会談調整のため訪中した斎木昭隆アジア大洋州局長に「焦らなくていい」と指示したことを明らかにした。 前原氏は中国漁船衝突事件の再発防止には、領土問題は存在しないとの日本の立場を中国側が理解することが必要との認識を示した上で「1ミリとも譲るつもりはない。相手がどう対応するかの問題で、ボールは中国にある」と指摘。同時に斎木氏が行っている調整について「戦略的互恵関係が互いの利益になるとの大所高所の話し合いはできた」とも述べ、協議を続ける考えも示した。
2010.10.21
2010年10月21日8:45 イギリス政府、財政赤字解消目指し4年間で10兆円相当の歳出削減策発表 49万人失業へ: 日米は もっと深刻な財政危機にあると思いますが、政治の先進国、イギリスの対応の仕方を 注目して、いろいろ学びたい、参考にしたいと思います。 オズボーン財務相は「危機的状況から脱却する時がきた」と述べた。歳出削減策では、各中央省庁に平均19%の歳出削減を要求する。また、一部の子ども手当を打ち切るほか、年金受給年齢を66歳に引き上げるなどして、今後4年間で、歳出をおよそ810億ポンド(日本円にして10兆円余り)削減する。今度の削減策では、公務員49万人が失業する見通しで、労働組合などが抗議デモを行った。デモ参加者は「財政悪化を招いた連中が借金を払うべきよ」と話した。こんなことができる政府とは、強いですね。日本とは大きな違いです。結果は、どうなるでしょうか??? イギリス政府は20日、財政赤字の解消を目指して、4年間で10兆円相当という戦後最大規模の歳出削減策を発表した。これにより、49万人が失業する見通しで、反発が強まっている。オズボーン財務相は「危機的状況から脱却する時がきた」と述べた。歳出削減策では、各中央省庁に平均19%の歳出削減を要求する。また、一部の子ども手当を打ち切るほか、年金受給年齢を66歳に引き上げるなどして、今後4年間で、歳出をおよそ810億ポンド(日本円にして10兆円余り)削減する。今度の削減策では、公務員49万人が失業する見通しで、労働組合などが抗議デモを行った。デモ参加者は「財政悪化を招いた連中が借金を払うべきよ」と話した。政府は、財政赤字を放置し続ければ、「経済崩壊につながりかねない」と危機感を訴えているが、国民の理解がどこまで得られるかは不透明
2010.10.21
2010年10月21日8:33 人間以上に生命力 存在性(存在力?)の強いものがあるでしょうか?: これは簡単ですね。 バクテリアなどが人間よりはるかに強いと思います。人間は進化しているだけ、生物的には退化して、弱いともいえるのではないでしょうか。元祖生命体の考えはいいのではないでしょうか。各論について 文中で: 再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと - 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。 恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。 少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上私は人間は存在する為に絶えざる様々な営為を成してると思うのですが他の生命を退けて 菌・ウイルスなども克服して存在しようとしています。産めよ増えよ地に満てよで それが行き過ぎて戦争や温暖化なども引き起こしましたが。本質としては存在・存続については人間は相当の可能性を持ってると思います私は人間は存在性そのものだとまで極論しています。人間は存在することが目的であり アイデンティティを持って存続する事で存在を獲得します永遠を目標に(飽くまでも目標)永遠への存在を実現する事を目的にしていくものではないでしょうか?それは正しいですね。 生命の基本定理なども参考にしてください。 生きる意味ですね。
2010.10.21
2010年10月20日8:47 <帰れない赤ちゃん>/上 面会もなく、病院で200日: 心が痛む。子供を引き取れない、母親、父親、 そして 赤ちゃんのこと。 具体的には、里親制度の 確立でしょうか?国の体制は どうなっているでしょうか? 憲法23条ですね: 最低生活の保障についての宣言を求める再生核研究所声明3 (2007/2/27) 現在、日本を覆っている不安な状況を打破し、明るい未来を切り拓く第1歩として、政府、各公共団体の首長に、日本国に存在するすべての人に、無条件で一定水準の食、住、医療を保障することを宣言し、かつ確実に実行する手順を速やかに検証するように要請致します。その理由は、 1)まず、これを確実に実行することによって、日本国に存在する人は自分と家族の生命と生活が保障されることによって、名誉ある国家に存在する自覚を持ち、連帯に基づく将来不安を取り除くことができる。 2)これは、実際的にはほぼ実現できていることから、大きな財政負担をすることなく、実現できること。これは官民一体となって、たえず、確認することに意義があると考える。 このことによって、日本国としての存在の意味を明らかにし、国旗と国歌を真に輝かせることができる。 3)これでは怠け者が国中に溢れると危惧することが考えられるが、人間は生まれながらにして向上心を有し、自立できない一定水準の生活に満足するはずはないから、現状を見ても危惧するには及ばないと考えられる。 4)世に犯罪や、いじめなどが多発し、失業者がいて、生活に困る状況を作っているのはそれらを生んだ社会に責任があると考え、偉大なる日本国においては、国家と地方公共団体が、先ず第一にそれらの責任を果たすべきと考え、この考えを日本国における常識となるようにする。42第2章 政 治 みなさん、上記のような偉大なる日本国を作ろうではありませんか。これは夢ではなく2500 年も前に既に、古代中国で実現していた社会です。?参考[日本国憲法]第25 条1 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。 2010年10月20日(水)13:00 ◇背景に親の困窮 受け入れ施設も不足 小さなベッドが並ぶ病棟に窓から明るい光が差し込む。面会に来たお母さんたちが我が子に声をかけ、抱き上げる。 埼玉県立小児医療センター(さいたま市岩槻区)。低体重や重い疾患を持って生まれた乳幼児を救う新生児集中治療室(NICU)を備え、退院後も母子を支援する。 窓際のベッドでおもちゃと遊んでいる真美ちゃん=仮名=はスタッフに「癒やし系」と呼ばれる人気者だ。つぶらな瞳でニコニコとよく笑う。記者が人さし指をそっと差し出すと、白く小さな手のひらで、ぎゅっと握り返してきた。 でも真美ちゃんには、見舞いに来てくれる人はいない。 昨冬、県内の産院で低体重で生まれ、センターのNICUに搬送された。手足にまひが残るものの、半年たつと標準を少し下回るくらいまで成長した。 母親は未婚で、真美ちゃんの父親にあたる男性に暴力を受け、逃げていた。親とは疎遠で、一人で育てる経済力もない。入院直後は面会に来たが、途中から姿を見せなくなった。県は家庭での養育は困難と判断した。 治療が2カ月で終わっても、真美ちゃんは退院できなかった。受け入れ施設が見つからなかったためだ。看護師や保育士が親代わりに見守ったが、医療現場でできることは限られる。主治医(39)は「赤ちゃんの発達には心身に刺激や愛情を与える環境が必要。まひが回復することもあるのに、ずっと病院にいてはチャンスを逃してしまう」。 8月、真美ちゃんを迎え入れる乳児院が見つかった。スタッフが見送る中、児童相談所職員に抱かれ、いつものように笑顔いっぱいで車に乗った。生まれて初めての外出。入院から200日以上が過ぎていた。 ◇ 低出生体重児の救命率が上がってきたが、流通科学大の加藤曜子教授(児童家庭福祉)は「低体重児を産んだ母親の中には、子を持つ心構えなく妊娠してしまった女性もいる。通常以上の育児支援が必要だ」と指摘する。 同センターでは治療が終わっても家に帰れず、直接乳児院に入る例が増えている。04~06年度は毎年2人だったが、09年度は9人。入退院時の生活を支援するソーシャルワーカーの平野朋美さん(51)が03~09年度の例を調べたところ、6割の家庭が経済的に困窮していた。育児を手伝う家族がいない。心の病がある。複数の問題を抱えた母親も目立つ。 生後2カ月で細菌性髄膜炎を発症して入院した彩ちゃん=同=の母親はまだ10代だった。夫の借金が原因で、彩ちゃんの入院中に離婚。母親は返済のために働き、子育てできる状況ではなかった。 入院期間も延びている。NICUを出てから乳児院に移るまで平均120日程度だったのが、2年ほど前から200日を超えている。背景にあるのが乳児院の問題だ。 埼玉県こども安全課によると、県内(さいたま市除く)では乳児院の定員不足により08年度10人、09年度は20人の「赤ちゃん難民」が生まれ、県外の施設に入所した。同課は「施設を増やしたくても、入所者数は時期により変動するため、容易にはできなかった」と話す。 しかも職員体制が整わないことから、健康上問題のある子は敬遠されがちだ。病気の後遺症でけいれん発作を繰り返す彩ちゃんも3カ所で断られ、1歳半までセンターで暮らさざるを得なかった。 「人生の出発点から行き場のない赤ちゃんがいる。それを親の責任と切り捨てず、社会としてどう育てるか、考えるべきではないでしょうか」。平野さんの問いかけは重い。 × × 少子化が日本の未来を脅かす。出産や育児支援に光が当たり始めた一方で、生まれた瞬間から寄る辺のない赤ちゃんたちがいる。救える命は増えたのに、守り、育てていく支えはなぜこうも乏しいのか。現場から考えたい。【山崎友記子】
2010.10.20
2010年10月20日8:48 米がサウジに兵器600億ドル分を売却へ イランを牽制: アメリカは 偉大な国ですから、 歴史の進歩に 積極的になって頂きたい思います。 油断していると、兵器しか輸出できない様な、変な国になってしまうのではないでしょうか。日米ともに、大幅財政赤字ですね。 世界の嫌われ者にならないように、基地など縮小して、民生の充実に 力を注ぐべきでは。 2010年10月20日(水)10:29 【ワシントン=望月洋嗣】AP通信によると、米政府はサウジアラビアに対し、戦闘機やヘリコプターなど総額600億ドル(約4.8兆円)にのぼる兵器を売却することを決定した。20日に米議会に通知する見通し。中東では核兵器開発を含むイランの軍事力増強への警戒感が強まっており、今回の兵器売却にはこうした動きを牽制(けんせい)する狙いがあるとみられる。 売却されるのは、F15戦闘機84機やブラックホーク、アパッチといった軍用ヘリコプターなど。
2010.10.20
2010年10月19日8:51 小沢氏の起訴議決執行停止など、申し立て却下: 小沢氏の問題は 既に終わっていると考える。 検察が 総力を挙げて1年半 以上かけて、徹底的に調査し、不起訴処分を決定した以上、 何の問題が残るでしょうか。 検察審査会が 検察のこの決定は 適切ではないと言っているわけですから、 この問題は、今度は 検察庁が その不当性を 証明すべきではないでしょうか。 今回の事件は、検察、マスコミの 政治家失脚をねらった 政治的な弾圧以外の何ものでもなかったと 言うことになると思います。 国会や、マスコミが 更に疑念を懐くならば、 小沢氏より詳しい、検察庁に 証拠をもって応えて頂くのが 正確で良いのではないでしょうか。 お忙しい 日本の偉大なる政治家の 時間を これ以上 奪わないでほしいと希望します。 そんなはした金の 手続きで いろいろ気遣っていて、国家を 国の行く末を 論じられるでしょうか。
2010.10.19
2010年10月19日8:48 この世界に悪は不必要ですか? これは深い問題ですね。 2元論を添付しますが、最近も、 闇は光を生み、光は闇を生む を考えました。 歴史が進化していくと 必ず、 古いものが引っ張る形になるので、おっしゃるとおりではないかと。 悪もなくならず、善もまた。 作用と反作用のように 思われますね。 弁証法的な発展を考えれば、たえず、古いものも、悪いものも残っていくのではないでしょうか: 神は「2」を愛し給う217 付 録 二元論については古来いろいろな人達によって主張され、あるいはそれとはなしに感じるものがあると思う。私も数学の研究や教育の場においてしみじみと感じるものがあるので、その一端を述べてみたい。 まず数学から。基本的な概念である実数は普通10 進法で記述されているが、本質的には2進法で記述される。しかし数としての実数はあまりにも狭く「数」としては2つの実数の組である複素数で考えなければならない(複素解析学─人類の傑作)。解析幾何学は代数と幾何の2つの概念の融合したものであり、射影幾何学は点と直線の2つが全く同等の存在であることを述べている──それには我々は「無限遠点」を観なければならないが。 またそこでは、比の比すなわち複比が重要な不変性をもっている。演算も二重に現れる。 加法と減法、乗法と除法、微分と積分、変換と逆変換、さまざまなoperator に対する"adjoint"operator、鏡像の原理、エルゴート性、さまざまな"duality principles"等々。今世紀における幾何学の方向を与えているガウス・ボンネの美しい定理は曲面の「局所」的な性質と「大域」的な性質の2つの間の関係を述べており、曲率の最大値と最小値を2つ掛けると素晴らしい不変量になるというガウスの「偉大なる発見」に基づいている。 2階の微分方程式は他のものに比べて圧倒的に重要であり、加速度は2階の微分で表わされる。ピタゴラスの定理a2 + b2 = c2でなければならない。私が1982 年に発表した「積分変換の一般論」は、この定理の一般化になっていた。これは線形変換でL2概念が不変に保たれることを述べており──波動や熱伝導等の現象においてもL2概念は保存され、ピタゴラス型の定理が成り立っている!! 次に最も進化(退化)した生物であり神の最も愛する(憎む)我々218 付 録自身に目を向けてみよう。男と女が2つ一緒になって「人」になり、我々は脳、目、耳、鼻、腕、肺、心臓、足、指、いのち等それぞれ2つずつもっている。また遺伝子は二重螺旋構造をもっているという。 二重といえば、二重のドア、鍵、堤防、道、被覆、窓、コード、回路、結合、価格、火山、唱、生活、底、否定等は格別の意義をもっているのであろう。 政治・社会においても2大勢力がモデルになっているのではないかと思う。そうだとすれば、多党化現象や中立政策は好ましいものではないことになろう。 さらに偉大なる発見、進化(退化)は2段階で行われていることにも注目したい。旧約聖書と新約聖書、物理学におけるニュートンとアインシュタインの発見、飛行機とロケット、積分論におけるリーマン積分(横)とルベーグ積分(縦)、超函数の理論におけるシュヴァルツと佐藤幹夫氏の理論等。戦争も進化(退化)の1つとみれば、あのようなハードな世界大戦は、3度は起こら(せ)ないであろうと思われる。 また現在進歩の著しいコンピュータはノイマン型とよばれているという。このような理由から間もなく新しい型のしかも決定的な型のコンピュータが出現するのではないかと予感している。 さらに発見が二重に行われる傾向にあるから論文の発表は急いだ方がよいとヤーノス・ボヤイの父は彼に忠告したものだが、歴史は正にそうであった(非ユークリッド幾何の発見)。 世界を二元論で観るといろいろ気づいたり発見したりすることが多いのではないかと思う。数学においてはこのような見方が研究の指導原理を与えたり、しばしば楽しい想いをさせるのである。(群馬大学広報より抜粋) あらゆるすべての物が美しく 正しく 善の世界、例えば天国のような場所では価値判断はどうしますか? 対立する悪を失った時、善の姿は見えますか?教養のない私がふと思った疑問です もし全くトンチンカンな事を言っているのなら御許し下さい
2010.10.19
小沢氏の弁明: 今朝の夢、検察の不起訴処分決定ありがとう。 まだ、裁判問題や、国会で話題になっているようですが、検察の徹底的な調査により、 私は、そんなはした金の細かい流れなど詳しくないので、詳しい検察に 疑問点などは聞いて頂きたい。裁判については 検察が不適切と言われているようですが、頑張ってください。今後この問題は、詳しい検察に大幅にお任せしたい。 私の貴重な時間を これ以上奪わないで欲しい。 反中国的な考えは残念です。反中国も反米も成り立たたない世界観ですね。小沢氏は 両方とも反対だと思います。島のことに深入りも良くないと。
2010.10.19
2010年10月18日8:50 生活保護申請 「永住外国人も適用外」: 神を懐く EU諸国 では、このような発想自体 存在しないのでは? 偉大なる、アメリカでは どうでしょうか? 考え方の基本として、同様ではないでしょうか? 野蛮な国の発想のように見える。 永住権を持つ大分市内の中国籍の女性(78)が、外国人に対して生活保護の受給権を認め、保護を開始するよう同市に求めた訴訟の判決言い渡しが18日、大分地裁であり、一志泰滋裁判長は「外国人には生活保護法の適用はない。永住外国人も同様」として、女性側の訴えをすべて退けた。判決後、市内の県弁護士会館で会見した女性の弁護団は「外国人の保護は国の"お恵み"という判断。日本で生まれ育ち、日本語しか話せない女性に『生活に困ったら国籍のある国に帰れ』ということか。ひどい判決だ」と述べ、控訴する方針を示した。同弁護団によると、永住外国人に対して生活保護の受給権を認めないと明示した判決は初めてという。 女性側は「少なくとも永住外国人には憲法で保障された生存権があり、生活保護法が適用される」と主張したが、一志裁判長は「外国人の生存権保障の責任は第1次的にはその者の属する国家が負うべきだ。永住外国人でも、本国に資産があるかどうかなどの調査が難しく無条件に保護を認めることになる」として、生活保護法の適用は日本国籍を持つ者に限られると判断した。 原告は外国人に生活保護法を準用して保護を実施するとしている厚生省(現厚生労働省)の通知に基づき、保護の開始も求めたが、一志裁判長は「通知に基づく保護の性質は(行政側から外国人に対する)贈与。(今回、大分市は)贈与を拒絶しており、女性に生活保護の受給権はない」として却下した。 入田光・大分市福祉事務所長は「市の主張が認められており、妥当な判決だ」とのコメントを出した。 判決などによると、女性は2008年12月、市に生活保護を申請したが却下された。これを不服として、女性は県に審査請求したが、県は「外国人は不服申し立てできない」とした同通知に基づいて"門前払い"する裁決をした。この裁決については「違法」と認めた同地裁判決が、女性が起こした別の訴訟で確定している。
2010.10.18
2010年10月18日8:48 永遠は存在するのでしょうか? 永遠は 想像上に 在って、 具体的に このようにとは言えないですね。 直線を考え見て下さい。 そして 一方を どこまでもどこまでも 先に進めると どうなるでしょうか。 その先を考えるのですね。 すると 永遠とは 想像上に 考えられるということでは ないでしょうか。 - ところが数学では、その先を ここにある と見える 考え方があるので 本当に楽しい、 人類が進化すると 神様も見えるようになるのでは?- ・「私は今22歳だ。もう21歳に戻ることは永遠に出来ない」これも 時間的に考えていて、同じようですね。 ふと、永遠はあるのだろうかと疑問を持ちました。・人間は勿論、永遠じゃないですよね。100年後には皆死んでしまいます。・地球も永遠じゃない。いつかは跡形もなく無くなるかもしれない。・人間の考え出した(発見した)数式や思想はどうだろうか。でも人間がいなくなれば使われることが無くなる。これも永遠じゃない。しかし人間がいなくても、思想はまだしも数式などはあるようなものではないか?でも人間が見つけない(認識できない)と、やはり無いようなものではないか。(なんか永遠じゃなくて存在のような話になっていますが、ご容赦ください)でも一方ではこういう永遠はあるのでは?と思いました。・「私は今22歳だ。もう21歳に戻ることは永遠に出来ない」確かに、これは永遠です。でも上で挙げた永遠とは違う気がします。私が疑問に思っている永遠は「ずっと続くもの」と考えていますが、22歳の例の永遠は「過ぎ去ったことに対するものでそれがもう未来には来ないもの」だと思います。と、いうわけで私が出した結論は「未来永劫ずっと続くものは存在しない。永遠は無い」ということです。しかし、少ない脳みそで考えたのでまだ疑問が残ります。永遠は存在しますか?あるのなら何か例を挙げて頂けれると嬉しいです。言葉足らずな面もあると思いますが、よろしくお願いします。
2010.10.18
2010年10月18日8:52 社説:生物多様性 対立超え互いの利益に: これは大事です。生物が多様性を失えば人間の将来も危うい: 遠くから 地球を見ると 人間が地球を蝕み、生命体を がん細胞のように 犯しているように 見えますね。 平和な世界を 実現したら、人口問題や環境問題が 大きな世界の問題に成りますね。 再生核研究所声明 32 (2010/03/20): 夜明け - ノアの方舟夜明け前 よっちゃんの想い の中で、繰り返し人間存在の意義を問い、 世界の在り様と人間存在の在り様について述べている。 そして、人類の存在は如何なるものをも越えた前提であると述べて、存在、智、愛の三位一体の人間存在の原理を繰り返し、強調している。しかるに現在、世界は明確な人類の歩むべき方向を見出せず、一部には他国や他民族に疑いを抱いたり、古い時代から続いてきた闘争心や独断と偏見、無智に満ちていて いまなお混乱と暗い時代が続いていると言える。著書の中で 述べられているように 個々の人間は 自分の心に忠実に 感動できるような生き方を 公正の原則(声明1)に配慮しながら 求めて行くべきであると考えるが、人類共通の顕著で高い一つの目標をここに掲げたい。存在、智、愛の三位一体に基づいた 人間存在の原理は 人類の生存は 如何なるものをも越えた大事なことであることを示しているから、地球環境を限りなく大事にし、人間関係、社会を大事にすることを 上記 著書のはじめに 最も大事なこと として述べている。これはあらゆる生物を支配している本能原理を昇華させたものであると言える。 ここから、我々は明確な人類共通の目標を見出すことができると考える。 地球自身も地球の環境も永年保存される保証は確かに無いから、人類が地球を越えて存在領域を拡大していくのは当然である。また著書は人間存在の原理として、あらゆるものを究めたい という原理を述べているが、我々が小さな地球に拘っている理由は何も無く、広大な大いなる世界に興味と関心を持ち、追求していくのは当然である。この声明の趣旨は 我々の母なる地球を限りなく大事にし、あらゆる生命を大事にして、 我々の生命の代表者を次々と新ノアの方舟として、地球外に送り込もうと提案しているのです。 あらゆる生物の代表として、多くの生物とともに永遠の生命と存在を求めて努力して行こうではありませんか。いま大きな人類共通の希望 ノアの方舟 を想像して、 美しい地球の建設に取り掛かろうではありませんか。 そのような意味で 現在はいまだ、先史時代にあるとも言える。世界の皆さん、武器などを捨てて 共生の世界を作ろうではありませんか。 お互いに短い、儚い生命を生きている 存在同士 ではありませんか。 お互いにお互いの世界で感動できるような世界を建設しようではありませんか。 ノアの方舟を 世界の歴史とともに地球外に送るのは 人間だけができる、 人類の最も神聖な義務 であると考える。 実際、あらゆる生物、人間にとって共通で確かなこととは、生きて存在しなければ 何も始まらない(生命の基本定理)ということである。 以上 地球に最初の生命が誕生したのは約38億年前と言われる。それから長い進化の道筋を経て、多種多様で複雑な生命が花開いた。現在知られている種の数は約175万、実際には3000万種とも推定される。 今、この多様な種が、開発や人口増加のために急速に失われている。地球の歴史を振り返ると生物の大量絶滅は過去にも起きた。しかし、現在進行中の絶滅は過去のどの時代よりもスピードが速い。 多様な生物をはぐくむ生態系も損なわれている。世界では九州と四国を足し合わせた面積の森林が毎年失われているというから深刻だ。 食物はもちろん、水の循環や土壌の保持、医薬品など、人間は生態系の恩恵に支えられている。生物が多様性を失えば人間の将来も危うい。 名古屋で開かれている国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では遺伝子組み換え作物の議論が終わった。今週から多様性の保全と利用をテーマに本格的な交渉が始まるが、行方は楽観できない。 主要な議題は20年と50年までの目標を定める「新戦略計画」と、「遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS)」を定める議定書の採択だが、いずれも途上国と先進国の溝が埋まらない。 特に対立が根深いのはABSをめぐる交渉だ。医薬品などのもとになる微生物や動植物は途上国に多い。先進国はこうした遺伝資源を持ち帰り、医薬品開発などで利益を上げてきた。資源の提供国に利益を還元するのは当然だが、問題はどこまで配分するのが妥当かという点だ。 アフリカ諸国は「植民地時代にさかのぼって利益を返せ」と主張する。しかし、国際条約で過去にさかのぼって規定を適用するのは難しい。遺伝資源が、いつ、どこから持ち出されたかを特定するのも困難だ。 「遺伝資源をもとにした製品(派生物)による利益も還元せよ」との主張も妥協点が見いだしにくい。微生物や植物から得た物質や情報を利用し、独自に手を加えた製品のどこまでを「派生物」と見なすか。際限がなくなる恐れがある。 正当な利益を主張する途上国の気持ちはわかる。しかし、規制が厳しすぎれば資源は有効利用されず、途上国にも利益は還元されない。 そうならないためには、ほどよい落としどころが必要だ。議長国である日本は議定書の採択にこだわりすぎず、途上国・先進国の双方に実質的な利益をもらたす仕組み作りを模索することが大事ではないか。 環境をめぐる南北問題では、気候変動枠組み条約の交渉が膠着(こうちゃく)状態にある。生物多様性ではその轍(てつ)を踏まないようにしたい。
2010.10.18
2010年10月18日8:51 「宇宙創造に神の居場所はない」、ホーキング博士が新著で語る: 未発達な物理学の現状の観点からは、当然ではないでしょうか。 それで、いいのですが、未発達の人間の考えることですね。 謙虚になって、生命の進化と、歴史の進化を 見守りたいと思います。それには 何といっても、地球を、生命を大事にして、 歴史を進化させることが大事では ないでしょうか。神を直観できる 生命の出現も 期待できますね。 再生核研究所声明 41 (2010/06/10): 世界史、大義、評価、神、最後の審判 声明36(恋の原理と心得)で、元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。 人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 と述べて、人類は 人間存在の原理(人間である限り否定できない、不変的な原理を述べているもので、人間である限り、存在していること、そして、存在していることを知っていること、そして、求めているという三位一体の、デカルトのコギトエルゴスム(我れ思う、故にわれ在り)を基礎に置いた考え方: 夜明け前 よっちゃんの想い:211ページ)によって、世界の歴史を発展、拡大、深化させていくであろう。ここで、世界史とは 人類が得たあらゆる知識、情報を意味するが、世界史は過去の一切のことについても真相の究明を続けていくであろう。これは真実を知りたいという人間存在の原理に他ならないからである。個々の人間の目標は、 人生における基本定理 (声明12) に述べられているように 生きること、感動できるように生きることであるが、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在であり、個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみれば 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である (声明36)。そこで、人間にとって真に価値あることとは、人類の目標のために貢献することではないだろうか。 人類の営みは世界史によって、表現されるから、世界史のため、人類のため、元祖生命体のために貢献することこそが、真の意味における大義と言えよう。 人類が、世界史が進化していけば、過去の元祖生命体の営みの総体を次第に明らかにして、物事の真相と評価、位置づけ、位置関係を明瞭にしていくであろう。- すでに、グーグルの世界に それらの初歩を見ることができる。神とは全知、全能の存在とされるが、世界の全体を捉えられるのは現在、人類以外に存在せず、未来において、進化した元祖生命体こそが、神に相当する存在ではないであろうか。進化した未来人は 現代人の能力のレべルを あたかも幼稚園生くらいとみ、現在のコンピュータのレベルを 手動計算機程度くらいとみるだろう。そのとき、世界の歴史は、個々の人間の存在の関係 (評価) をきちんと明らかにするであろう。この声明の趣旨は、先ずは 世界の政治家の皆さんに、世界史に耐えられるような上記大義に基づいて、行動して頂きたいと要請しているのです。 小さな自分たちの立場ではなくて、より大きな世界のために高い志の基に、行動して頂きたいということです。 同時に、不正や不義は 歴史的に明らかにされ、真実は必ず、明らかにされるということに注意を喚起することにある。 研究者や芸術家たちは 近視眼的なことに拘らず、己が道を進めばいいのであって、適切な評価は必ず下されると考えるべきです。 マスコミ関係者や解説者の皆さん、思想家たちの皆さん、世界史の評価に耐えられるような高い視点と志で、重要な職務を果たして頂きたいと考えます。 人間にとって価値あることとは、小さな自己の世界に閉じこもらず、上記大義の基に努力することではないであろうか。将来、世界史が明らかにする、世界史の全体における個々の関係こそが、最後の審判ではないだろうか。 それは同時に 未来ではなく、現在、いまの 個々の人間の 深奥に普遍的に存在する神性と良心 に通じていると考える。 それらを捉え、それらに調和し 忠実に生きることこそ、良く生きることに他ならない。 悪いことは苦しいことである。必ず、良心の呵責として、その深奥から湧いてくるからである。他方、大義に生きることは 上記永遠の生命の中に生きることを意味するから、楽しいことである。 滅ぶことも消えることもない。以上 【9月3日 AFP】「宇宙創造の理論において、もはや神の居場所はない」--。英国の宇宙物理学者スティーブン・ホーキング(Stephen Hawking)博士が近著の中でこう記していることが、9日公表された抜粋で明らかになった。物理学における一連の進展により、そう確信するに至ったという。 1988年に発売され、世界的なベストセラーとなった『ホーキング、宇宙を語る(A Brief History of Time)』において、「神という考え方は、宇宙の科学的理解とは必ずしも相いれないものではない」と比較的寛容だった宗教観は、新著『The Grand Design(グランド・デザイン)』では硬化した。ビッグバンは万有引力の法則の結果でしかないという論を、次のように展開した。「引力などの法則が存在するため、宇宙は無から自らを創造することが可能。自発的に創造されたからこそ、無というよりは何かが存在する。だからこそ宇宙は存在し、われわれも存在する」「青い導火紙に火をつけ、宇宙を創造してくれるよう、神に祈る必要はない」「宇宙は混沌(こんとん)から生まれることはあり得ない」とするアイザック・ニュートン(Isaac Newton)の理論に立ち向かうきかっけとなったのは、1992年の太陽系外惑星の発見だったと記している。「(この太陽系外惑星は)地球の条件に一致していた。太陽が1個であること、地球と太陽の距離、太陽の質量などの幸運な要素が似通っていた。このことは、地球がわれわれ人類を喜ばせるためだけに注意深く作られたという考え方を弱めるものだ」(c)AFP
2010.10.18
2010年10月18日8:43 人は人のために生きる以外に何のために生きる道があるというのでしょう。: 素晴らしい、疑問点ですね。 人間を越えた生物が現れて、 生命は 進化するでしょう。大きな 生命のために生きるが、真の 大義に生きること ではないでしょうか。それにしても、野蛮な時代を卒業して、歴史を進化させたい。愚かな、社会を見てください。 未来人は、野蛮な先史時代には と思うでしょう: 再生核研究所声明 41 (2010/06/10): 世界史、大義、評価、神、最後の審判 声明36(恋の原理と心得)で、元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。 人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 と述べて、人類は 人間存在の原理(人間である限り否定できない、不変的な原理を述べているもので、人間である限り、存在していること、そして、存在していることを知っていること、そして、求めているという三位一体の、デカルトのコギトエルゴスム(我れ思う、故にわれ在り)を基礎に置いた考え方: 夜明け前 よっちゃんの想い:211ページ)によって、世界の歴史を発展、拡大、深化させていくであろう。ここで、世界史とは 人類が得たあらゆる知識、情報を意味するが、世界史は過去の一切のことについても真相の究明を続けていくであろう。これは真実を知りたいという人間存在の原理に他ならないからである。個々の人間の目標は、 人生における基本定理 (声明12) に述べられているように 生きること、感動できるように生きることであるが、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在であり、個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみれば 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である (声明36)。そこで、人間にとって真に価値あることとは、人類の目標のために貢献することではないだろうか。 人類の営みは世界史によって、表現されるから、世界史のため、人類のため、元祖生命体のために貢献することこそが、真の意味における大義と言えよう。 人類が、世界史が進化していけば、過去の元祖生命体の営みの総体を次第に明らかにして、物事の真相と評価、位置づけ、位置関係を明瞭にしていくであろう。- すでに、グーグルの世界に それらの初歩を見ることができる。神とは全知、全能の存在とされるが、世界の全体を捉えられるのは現在、人類以外に存在せず、未来において、進化した元祖生命体こそが、神に相当する存在ではないであろうか。進化した未来人は 現代人の能力のレべルを あたかも幼稚園生くらいとみ、現在のコンピュータのレベルを 手動計算機程度くらいとみるだろう。そのとき、世界の歴史は、個々の人間の存在の関係 (評価) をきちんと明らかにするであろう。この声明の趣旨は、先ずは 世界の政治家の皆さんに、世界史に耐えられるような上記大義に基づいて、行動して頂きたいと要請しているのです。 小さな自分たちの立場ではなくて、より大きな世界のために高い志の基に、行動して頂きたいということです。 同時に、不正や不義は 歴史的に明らかにされ、真実は必ず、明らかにされるということに注意を喚起することにある。 研究者や芸術家たちは 近視眼的なことに拘らず、己が道を進めばいいのであって、適切な評価は必ず下されると考えるべきです。 マスコミ関係者や解説者の皆さん、思想家たちの皆さん、世界史の評価に耐えられるような高い視点と志で、重要な職務を果たして頂きたいと考えます。 人間にとって価値あることとは、小さな自己の世界に閉じこもらず、上記大義の基に努力することではないであろうか。将来、世界史が明らかにする、世界史の全体における個々の関係こそが、最後の審判ではないだろうか。 それは同時に 未来ではなく、現在、いまの 個々の人間の 深奥に普遍的に存在する神性と良心 に通じていると考える。 それらを捉え、それらに調和し 忠実に生きることこそ、良く生きることに他ならない。 悪いことは苦しいことである。必ず、良心の呵責として、その深奥から湧いてくるからである。他方、大義に生きることは 上記永遠の生命の中に生きることを意味するから、楽しいことである。 滅ぶことも消えることもない。以上 このとき、「人」とは自分も他人も含めた一くくりの「人」です。「人」を自と他に分けることに、大した意味などありません。それでも人を自と他に分けたがる傾向があるようですが、本来ひとつのものを分けようとするから苦悩が始まるというものです。自のみを大事にし他を切り離す。そんな人がいずれおとずれる自の死を前にして自の敗北を感じない筈がありません。この考え方は間違っているでしょうか。
2010.10.18
教会の鐘が鳴り響きました。沢山の信者が集まる熱心な信者が 伝統的に多いのですが、独裁者が現れたり王様がブラジルに逃亡する様な時代も有りましたね。ナポレオンの侵入を防ぎましたが、神を懐いている国家とは 信じられるものを感じさせますね。 尖閣諸島問題: 日本のデモも中国のデモも マイナスの行動で、お互い損するだけでは?対立を深めて喜ぶ人は、アジア植民地時代に戻したい、アジア以外の人では?ヨーロッパでは、通貨を統一したり、往来を自由にしたり、アジアより、依然進んでいますね。 小沢氏の問題は 検察の不起訴処分の決定で、法律上の本質的な問題は 終結して、検察とマスコミの 弾圧であった ことが 明らかにされたと言えるのでは。 民主党は 1カ月くらいで公約を反故にする代表者を、続けさせることができるでしょうか。野党も国会も、また国民も許さないのでは。約束が守れないということになれば、信頼できないことになり、すべての前提が崩れるからである。 まだ 夜明け前で、少し明るくなり出しました。ー 閃きました - 声明46の構想です。本ものと偽もの です。 政治家や研究者を見抜く方法のことを 纏めたいと思います。 尖閣諸島問題:小泉氏の時は上陸したのに強制送還でうまくいった経緯があります。今回逮捕が関係を悪化させたので、日本の対応に落ち度があったと思います。アメリカとも中国とも友好関係を深めて下さい。 半月を眺めながら、キャンパスを散歩して来たのですが、首相の座を争う 実質的な選挙における重要な公約を 1ヶ月くらいでころりと変えてしまうということが、歴史上あったでしょうか? それでは、政治の信頼どころか、人格さえ疑われるのでは? 菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。これ 嘘ついて、首相になったと ならないのでしょうか? 民主党の皆さん。今 10月ですね。 西田 敏行さん、嘘は ついてはいけないのですよね。 人に信じてもらえなくなってしまいますから。 良く覚えています。 菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。だが、スト権などの労働基本権を与える前に大幅引き下げに踏み切れば: 日本の首相は こんなでたらめを言っていますが、日本国は相当おかしな国ということにならない? 菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。だが、スト権などの労働基本権を与える前に大幅引き下げに踏み切れば: 日本の首相は こんな でたらめを言っていますが、マスコミの方は 如何でしょうか? 菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。だが、スト権などの労働基本権を与える前に大幅引き下げに踏み切れば:人格とは自由にして、責任のある主体、そのような記憶が。 もちろん政策の是非を 批判しているのではなくて、重要な政策の 勝手な変更を 公約違反として、批判している。1ヶ月も経たないうちにですね。努力もしないでです。 菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。だが、スト権などの労働基本権を与える前に大幅引き下げに踏み切れば: 日本の首相は でたらめを言っていることにならない? 菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。だが、スト権などの労働基本権を与える前に大幅引き下げに踏み切れば: 余りにも言葉が軽いのでは。食言と言われても。民主党も野党の方もこれでいいのですか? 米財務省は十五日、二〇一〇会計年度(〇九年十月~一〇年九月)の財政赤字が一兆二千九百四十億九千万ドル(約百五兆円)になったと発表した: アメリカ国民と日本国民は連携して、両国の財政を建て直す必要が。円は ドルを支えきれませんね。 要するに戦費などで、アメリカは弱っている、日本も弱っている。共に基地など縮小して 経費を浮かさないといけないのに、逆方法を向いていると言うことですね。これでは衰退の競争では。両国民はしっかりしないと。 ある裁判官は「刑事事件は刑事裁判で争うのが筋ではないか」と話す。- 裁判を続けて 小沢氏の時間を奪おうとしているという観点は 如何でしょうか。 人権侵害を続けているように考える。 五輪では通算5個のメダル/谷亮子略歴:沢山の感動と美しい微笑ありがとう。政治は大事な世界、政治の正道を示してください。
2010.10.17
2010年10月17日10:02 小沢氏招致で岡田幹事長「前に進めなければ」: どうしてそんなことを 問題にするのか 分からない。 検察がやり過ぎるくらいに調べて、不起訴にしたものを 何を 国会で 問題にする必要があるのでしょうか。 国会は検察の真似事をする? 人権侵害の観点から、検察やマスコミの方の 在りようを 検討の方が 大事ではないでしょうか。
2010.10.17
2010年10月17日10:00 37億年以内に宇宙が消滅? 理論物理学者による挑戦的な研究: そのような 可能性は考えられますね。大事な事は、かけがえのない地球を大事にして、愚かな時代を早く 卒業して 良い世界を作ることですね。次の夢を考えてください: 再生核研究所声明 32 (2010/03/20): 夜明け - ノアの方舟夜明け前 よっちゃんの想い の中で、繰り返し人間存在の意義を問い、 世界の在り様と人間存在の在り様について述べている。 そして、人類の存在は如何なるものをも越えた前提であると述べて、存在、智、愛の三位一体の人間存在の原理を繰り返し、強調している。しかるに現在、世界は明確な人類の歩むべき方向を見出せず、一部には他国や他民族に疑いを抱いたり、古い時代から続いてきた闘争心や独断と偏見、無智に満ちていて いまなお混乱と暗い時代が続いていると言える。著書の中で 述べられているように 個々の人間は 自分の心に忠実に 感動できるような生き方を 公正の原則(声明1)に配慮しながら 求めて行くべきであると考えるが、人類共通の顕著で高い一つの目標をここに掲げたい。存在、智、愛の三位一体に基づいた 人間存在の原理は 人類の生存は 如何なるものをも越えた大事なことであることを示しているから、地球環境を限りなく大事にし、人間関係、社会を大事にすることを 上記 著書のはじめに 最も大事なこと として述べている。これはあらゆる生物を支配している本能原理を昇華させたものであると言える。 ここから、我々は明確な人類共通の目標を見出すことができると考える。 地球自身も地球の環境も永年保存される保証は確かに無いから、人類が地球を越えて存在領域を拡大していくのは当然である。また著書は人間存在の原理として、あらゆるものを究めたい という原理を述べているが、我々が小さな地球に拘っている理由は何も無く、広大な大いなる世界に興味と関心を持ち、追求していくのは当然である。この声明の趣旨は 我々の母なる地球を限りなく大事にし、あらゆる生命を大事にして、 我々の生命の代表者を次々と新ノアの方舟として、地球外に送り込もうと提案しているのです。 あらゆる生物の代表として、多くの生物とともに永遠の生命と存在を求めて努力して行こうではありませんか。いま大きな人類共通の希望 ノアの方舟 を想像して、 美しい地球の建設に取り掛かろうではありませんか。 そのような意味で 現在はいまだ、先史時代にあるとも言える。世界の皆さん、武器などを捨てて 共生の世界を作ろうではありませんか。 お互いに短い、儚い生命を生きている 存在同士 ではありませんか。 お互いにお互いの世界で感動できるような世界を建設しようではありませんか。 ノアの方舟を 世界の歴史とともに地球外に送るのは 人間だけができる、 人類の最も神聖な義務 であると考える。 実際、あらゆる生物、人間にとって共通で確かなこととは、生きて存在しなければ 何も始まらない(生命の基本定理)ということである。 以上 米航空宇宙局(NASA)の水星探査機「メッセンジャー(Messenger)」が撮影した、宇宙から見た地球(2007年12月3日提供)。(c)AFP/NASA/Michael BENSONスライドショーを見る 【10月17日 AFP】世界の週末を回避することはできなくても、予測することはできる-永遠に膨張を続けるとされている宇宙だが、50%の確率で、37億年以内に宇宙および時間が消滅する可能性があると日米の研究者グループが発表した。 現在の理論に真っ向から挑む研究を発表した日米の天体物理学者のチームは「われわれが生きている間に時間が終わることはありえないだろうが、37億年以内に時間が終わりを迎える可能性は50%ある」と述べた。 これまで科学者たちは宇宙が膨張を続けており、今後も無限の時間膨張を続けると結論づけてきた。しかし研究グループは、物理学の法則に従えば「永久インフレーションを続ける宇宙」は説明できないという。 現在の理論は、宇宙が「ビッグバン」により137億年前に始まり、永久に膨張を続けると予測している。しかし、その一方で、物理法則を計算するために理論上の宇宙の消滅時期を用いてきた。 研究を発表した米カリフォルニア大学バークレー校(University of California at Berkeley)のラファエル・ブソー(Raphael Bousso)氏は、これら2つを両立することはできないと指摘する。 ブソー氏はAFPの取材に「論文の要点は、永久にインフレーションを続ける宇宙で確率を計算するために広く使われていた特定の手法や仮定が、時間には終わりがあるとの結論を導き出すことだ。時間の消滅は、多くの第一線の物理学者たちが長年、計算上のツールとして用いてきたものだが、実際の物理的事象のように機能しており、単なる計算上のトリックと呼ぶことはできない」と語った。 一方、宇宙物理学者のチャールズ・ラインウィーバー(Charles Lineweaver)氏は、ブソー氏らの研究結果は単純な間違いだと指摘する。米ABCテレビに出演したラインウィーバー氏は、「ブソー氏の(取り上げた)宇宙の平均寿命は設定された時間にすぎない。妥当な確率を得るためにそういう設定をしているだけであり、統計上の手法を真剣にとらえすぎだろう」と述べた。(c)AFP
2010.10.17
2010年10月17日10:05 死刑適否迫られる裁判員 5地裁審理へ:これは苦しいですね。 素人では 無理ではないでしょうか。法律が 公正に執行できなくなる可能性が高いのではないでしょうか。 次を参考にしてください: 2010裁判員制度の修正を求める再生核研究所声明16 (2008/05/27) 素人の意見を広く求めることは、古来から行われてきた重要な考え方である。しかしながら、それらを型にはめて、一律に行う制度は、制度として無理があり、社会の混乱と大きな時間的、財政的、行政的な無駄を生み、更に良い結果を生むどころか、大きなマイナスの結果を生むだろう。幾つかの問題点を具体的に指摘すると、 1)制度を実行し、進めるには大きな行政的な手間と時間が掛かる。特に財政厳しい状況で大きな無駄を生む。 2)一般の人が裁判に関与することは、はなはだ問題である。そのようなことで、時間を費やすことを好まない人や、ふさわしくない人、また希望しない人が相当数現れることが考えられる。多くの人は、そのようなことで時間をとられたり、関与することに、耐え難い苦痛を感じるだろう。 3)選ばれた少数の人による判断が、全国的なレベルで公正さを維持するのは難しく、また公正な裁判を要求し、期待することには無理があると考えられる。それを要求するには大きな負担を一般の人たちにかけ過ぎる。 4)大きな社会で、裁判において、一律一様の考えには、無理があり、ある程度の専門性を取りいれないと、運用上も、無理が生じると考えられる。 5)戦後60 年以上も経っていながら、裁判が遅れることに対する批判はあっても、裁判制度や裁判結果に対する批判が殆どないのは異例であり、この観点からも日本の裁判制度自身は高く評173第5章 日 常価されるべきであって、改めるべき本質的な問題は生じていないと考えられる。 上記のような状況に鑑み、例えば一律の考えを改め、裁判に参加を希望する者を公募して登録しておき、その中から選んで参加して頂く等の修正を速やかに行うべきであると考える。少なくとも、裁判に強制的に参加させるべきではなく、参加しない権利を明確に認めるべきであると考える。また裁判制度の問題は別にして、一般の裁判についても、従来は、密室で判決が検討されてきているが、広く意見を聞くことは必要であり、また逆に人々が意見を述べることができるようにしておくのが良いのではないかと考える。ご検討を期待したい。年10月17日 朝刊 検察が死刑を求刑する可能性がある重大事件の審理が、十一月にかけて五地裁で始まる。裁判員制度の施行から約一年半。これまで最も重い求刑は無期懲役だったが、市民が究極の判断を迫られるケースも予想され、裁判所は慎重な対応を検討している。 東京地裁では十九日から、耳かき店の女性従業員=当時(21)=とその祖母=同(78)=を殺害したとされる林貢二被告(42)の公判が始まる。 殺人事件で死者が複数だと、求刑はほとんどが死刑か無期懲役に絞られる。精神的負担などで裁判員が体調を崩し、解任されるケースなどに備え、地裁は通常二、三人の補充裁判員を多めに選ぶ見通し。裁判員候補者は過去最大規模の百人程度が想定される。 選任の際、裁判所は、不公平な判断をする恐れのある候補者を外すことができる。問題となるのが死刑廃止論者の扱い。最高裁は三年前、候補者への質問例として「絶対に死刑を選択しないと決めているか」など、死刑を下せるか判断する材料を各地裁に示した。 最高裁幹部は「死刑制度の是非ではなく、法に従って判断できる人か見極める必要があるのでは」と話す。 しかし、現場からは異論も。ベテラン裁判官は「内心の問題に踏み込むと、際限がなくなる。宗教上の理由で死刑を下せない人には辞退を認めるべきだが、単なる死刑廃止論者を排除する必要はない」と話す。 東京に続く各地裁では、より複雑な判断が迫られそうだ。事件を分けて別の裁判員が審理する「区分審理」が適用された池田容之被告(32)。覚せい剤密輸事件などで有罪判決を受けており、十一月の公判ではそれをふまえて全体の量刑を決めなければならない。 強盗殺人罪などに問われた白浜政広被告(71)は、犯行を全面否認。物証が乏しい中、約四十日間の公判で犯人かどうか見極める必要がある。また犯行時十八歳の少年(19)の審理も予定されている。
2010.10.17
2010年10月16日8:48 誠意のある言葉はあるのか?: これは 誤解ではないでしょうか。 誠意はあると思います。具体的に触れれば、鳩山氏は 誠意のある態度で 政治に当たられたと思います。 考え方の甘さ、言葉に甘さが有ったのは 否めないですが、不誠実さは 感じられず、 心から残念に思う気持ちが湧いてきますね。 もう少し、ブレインが しっかりしていれば、立派な政治家になれたと思います。 誠意は 感じとして 分かりますね。 まず誠意とは辞書で調べれば下記のとおりです。私利・私欲を離れて、正直に熱心に事にあたる心。まごころ。よく「彼の言葉には誠意が感じられない」などという言い方をしますが、もともと言葉なんぞに誠意などあるのでしょうか?いくら謝罪しょうが、いくら反省の言葉を並べようが、いくら奇麗事を言おうが、所詮は言葉であり、言葉なんていうのは、教えれば九官鳥でも言えることのように思えますが、もともと誠意のある言葉なんて、ないのではないでしょうか?
2010.10.16
2010年10月16日9:02 米国:財政赤字1兆ドル超す 2年連続で大台--10会計年度: アメリカ国民と日本国民は連携して、両国の財政を建て直す必要が。円は ドルを とても支えきれませんね。 軍事費を抑え、民生に力を入れないと 世界の嫌われ者になってしまいます。 基地の縮小など 大いに進めるべきではないでしょうか。 【ワシントン斉藤信宏】米財務省が15日発表した10会計年度(09年10月~10年9月)の財政赤字は1兆2940億9000万ドル(約105兆円)と2年連続で1兆ドルの大台に乗った。景気対策で過去最大を記録した09年度(1兆4157億2400万ドル)よりは縮小したが、過去2番目の規模。米政府は11年度の財政赤字も1兆ドルを突破する見通しを示しており、財政再建の道のりはなお険しい。 10年度の歳入は景気回復による法人税収増などで前年度比2・7%増の2兆1617億4500万ドル、歳出は同1・8%減の3兆4558億3500万ドル。金融機関などに投入した公的資金が返済されたことも赤字幅縮小に寄与した。財政赤字の国内総生産(GDP)に占める割合は8・9%と、09年度の10・0%を下回った。ただ、米景気の先行き懸念が強まっていることに加え、医療保険制度改革の影響で今後10年間の歳出が想定以上に膨らむ可能性もある。総額3500億ドルの追加景気対策の行方にも影響を与えそうだ。【関連記事】
2010.10.16
2010年10月16日8:48 民主主義が日本を滅ぼすという本が話題になっているとネットで知りましたが: これは 相当に 現実的ではないでしょうか。 民主主義は 国民が主人公ですから、政治家は 国民に甘くならざるを得ないのではないでしょうか。 例えば 課税に反対とかですね。 すると真面目にやっても 財制は 破綻して、結果としては 国は 滅ぶことに つながりかけない ですね。 国民と政治家の信頼関係が 崩れると 責任の押し付け合いになり、共倒れの危険性は、今 高いのではないでしょうか。 王政や独裁国家では、 責任者がいわば責任を持って 強権をもって政治を進めますから、 国民は苦しくても 国は安泰ともいえますね。 私たちも衆愚政治の危険性を次のように指摘しています: 再生核研究所声明 33 (2010/04/02): 民主主義と衆愚政治 民主主義 ( : 諸個人の意思の集合をもって物事を決める意思決定の原則・政治体制 - 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 ) の在りよう、 特に一般選挙で代表者を選出する方法、及び多数決で決定する方法 について考察し、問題点を露にし、より良い政治、決定が行われるように注意を喚起したい。まず、このような方法をとる原理は、重要決定について 関係者がすべて平等に固有なる権利を有するから、その固有の権利の行使として、一般選挙を行い、選出された代表者も同じような考え方から、多数で決定すること、及びそのような過程、方式で多くの意見を基に討論して、みんなで決定する考え方である。この際、少数意見でも適切な意見である可能性があるから、それらを尊重して議論し、最終的には多数決で決定する(少数意見の尊重)というところも 民主主義の重要な点である。現在世界的に考えられている政治権力の決定方式である。それに対して、中国古代で考えられた いわゆる天子様による政治は、絶対権力を有する天子様が一部の人の意見を参考にして、決定していく方式であるが、多くの王政も日本の幕藩体制も大体同じような政治体制と考えられよう。これらの問題点は、権力者のいわば大義名分、すなわち、なぜ、天子や王や将軍が権力を有するのかという理由付けに難しい点がある。また、そのような権力者の決定に本質的な問題がある。しかしながら、そのような大義名分の問題があるものの、良き天子や王の下で、理想的な政治が行われた時代は 世界の各地で見出される。民主主義の問題点は、まず、代表者の選出過程、重要事項の決定過程に 多くの労力を有し、時間と手間がかかることである。 そこで、多くの政治家、代表者は選出されるために膨大な労力を使い、本来の政治や仕事に取り組むためのエネルギーを費やしている。 また、有権者の支持を取り付けるために、構成員のためにならないようなことであっても、約束するような状況が多々起こり得る。 顕著な例として、日本国における膨大な借金と慢性的な財政赤字が挙げられよう。国民の支持を取り付けるために、必要ではあるが、課税を強化できない状況をもたらしている。このようなことを続ければ、国家破産を迎えるのは必然ではないだろうか。民主主義の失敗例に 日本国の場合が記録される可能性を有する ゆゆしき問題である。民主主義の問題点は、投票者が 代表者の行使する行動について、良く理解できず、適切な代表者の選出ができず、いわば考えている代表者とあべこべの代表者を選出する可能性が 高いという、事実にある。 また、代表者の本来の要務以外の能力で、たとえば感じがいいから等で、代表者を選出しがちである。また、候補者に名演説などで いわば騙されてしまうことなどは、よく有りがちである。しかしながら、選んだのであるから、それは選出者の責任であるという観点は 良く理解できる大義名分である。みんなで、選出し、みんなで決めたことであるから、如何なる決定でも納得できるは 確かに大事な大義名分であるが、これを誤解すると何でも多数をそろえて、いわば多数の力で、政治その他を推し進めようとなりがちな弊害を生むことになる。多くの会議で、多数決で議事を決定する際、投票者が議事に対する理解と公正な判断能力を有しないために 言わば数の結果で悪い決定がなされるのが むしろ多いのが現状であろう。これは原理的にも本質的にそうなる傾向がある。一般に良いものから順に並べれば、多数の決定とは 中間くらいの決定になるのが世の法則だからである。多数による決定とは 決定の便法であり、適切とか、公正とが、正しいという種のものではないことに留意しておく必要がある。( 数学のゼミナールで討論すれば、議論している数学の結果に対する真偽を多数決で決めるのは 何の意味もなく、誰が真実を述べているかによって、自ずから客観的に決定するのとは大きな違いがある。)さらに、難しい問題を多数の人が理解できるか、判断できるかという観点も大事である。 沖縄返還に伴う外交問題で、いろいろ密約をしていた状況が露になったが、状況を露にすると国民の反対が出て外交がうまく行かないという、高度な政治判断が行なわれたのは顕著な例である。 憲法改正や、国防の在りようなども同じように難しい問題がある。それらを素人の多くの国民に判断を求めるのは 逆に無責任で、危険であるという面も有する。 次の時代には、より進んだ政治体制が考えられなければならないが、当分は適切に適用できる方法が現実的に見当たらないから、現状の体制を維持するとして、民主主義の弊害を少なくするために、具体的に運用の在りようについて提案したい: •1)いわゆる代表者の選挙については、 選挙の広報をきちんと行うのは当然であるが、 投票しない権利を明確に認め、いわゆる投票率を上げるような行動は慎むこと。 これは投票に興味と関心を有する人に参加して頂き、興味や関心を持たない人に無理に投票しても貰うのは 無責任につながりかねないからである。特に政治や社会に関心のない人への勧誘による投票は慎むべきである。投票の案内は当然であるが、投票しましょうという勧誘は良くないと考える。これは、いわば真面目な投票人による選挙を意図していて、いわば無責任な人の投票を排除しようとする意図があることを肯定するものである。( 高校時代の世界史の 尊敬する先生の 授業中に述べられた ひっとした言葉が 今鮮やかに蘇り、ここに成文化したい: 私は、よくよく考えて 1票を投じているのに、よく考えないで投票する人と 同じ1票かと思うと 考えてしまう という嘆きの言葉です。)。•2)代表者の身分が民主主義ゆえに不安定では 責任ある政治を行うことができないから、在任中は特に厚く身分を保証して 本務に専念できるように配慮すること。•3)代表者は 広い視点に立って、自分の立場より、公の立場を優先させて考え、評価については 近視眼的ではなくて、歴史的な評価を大事にすること。•4)代表者の投票者(有権者)は 日ごろ研鑽を行い、投票に責任が負えるように努力すること。•5)特に 代表者の選出過程や代表者の立場が、マスコミの影響を受け易いのが、民主主義の特徴であるから、マスコミ関係者は 高い見識を持つように 特に努力して 次の報道の5原則にいつも留意すること: (2010年01月31日原口一博氏がtwitter でつぶやいたという報道の5原則:原則1「推定無罪の原則」.......(最初から有罪であるよう印象づける報道はしないこと)原則2「公正な報道」...... (検察の発表だけをたれ流すのでなく巻き込まれた人や弁護人の考えを平等に報道すること))原則3「人権を配慮した報道」.......(他の先進国並みに捜査権の乱用を防ぐため、検察・警察の逮捕権、家宅捜索権の行使には、正当な理由があるかを取材、報道すること)原則4「真実の報道」......(自主取材は自主取材として、検察・警察の情報は、あくまでも検察・警察の情報である旨を明記すること)原則5「客観報道」...... (問題の歴史的経緯・背景、問題の全体構図、相関関係、別の視点などをきちんと報道すること) みなさん、民主主義は何時でも衆愚政治 に陥り易いので、 衆愚政治に落ち入らないように努力して より良い社会を築いて行こうではありませんか。 以 上注:衆愚政治(しゅうぐせいじ、Ochlocracy)とは、多数の愚民による政治の意で、民主政を揶揄して用いられる言葉。有権者の大半が知的訓練を受けずに参政権を得ている状況で、その愚かさゆえに互いに譲り合い(互譲)や合意形成ができず、政策が停滞してしまったり、愚かな合意が得られたりする状況をさす。 また有権者がおのおののエゴイズムを追求して意思決定する政治状況を指す。 、どうして民主主義が日本を滅ぼすと思いますか。
2010.10.16
2010年10月15日8:52 魂が永遠で人間がイデアに目覚め生きていくことに意味があるなら: 今日 友人に送ったメールの一部です: 人間は、人間が考えるほど、人間ではなく、 動物、植物、その他の生物と同じようだと考えるようになりました。 そうすれば、 好きなように生きれば良いので 気が楽ですね。 少し考え過ぎでは ないでしょうか。 いろいろ考えて、 夜明け前 よっちゃんの想い の中で、生きる意味、 悟る方法、 世の在りようなどについても 纏めてみました。 その後も いろいろ声明の形で 述べています。 生きる意味ですね。 声明36は 永遠の生命を実感するのに良いのではないでしょうか。 再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと - 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。 恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。 少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上 、障害者としてハンデを持っている方は苦悩を乗り越えることで強い精神力を供え、生きる意味を逞しく語ることに納得させられるような気がします。では知覚障害者の方々の生をどのように解釈したら良いのでしょうか?精神を鍛えるには思考力が大きくかかわるので、体の一部である"脳"が密接であるはずです。肉体と魂を個々に考えるとき、その"脳"をどう考えればいいのでしょうか?肉体が老いても魂は永遠なら痴呆症や、老いによる脳の劣化をどう解釈すればいいのでしょうか?脳が衰えたら精神に磨きをかけることが出来ないのではと悩みます。私は学がなく哲学に対し素人ですが、生きる意味ということで興味を持ち始めたので、分かりやすい御回答をよろしくお願いします。
2010.10.15
つぶやき:2010.10.6-2010.10.15 検察の重大な矛盾: 小沢氏が有罪ならば、繰り返し不起訴処分の決定を行ったことが、でたらめであったことになる。もし無罪ならば、大騒ぎして、首相のポストを左右させ、政治介入を行った事実が歴史に残ることになるのでは? 恥知らずな人間の権利も守るが、恥知らずを恥知らずと言うのはいけませんかね?:人権とは 恥知らずを などとは関係なく、誰にでも 保証されるべきものではないでしょうか 人権侵害の問題は どうしているのでしょうか。国会は逆では。マスコミや検察の在りようを質すべきでは。東参院議員会長は14日の記者会見で、受賞が決まった中国の民主活動家で服役中の氏の釈放を求めるかどうかを問われ「俺が釈放しろったって(中国政府は)釈放しないよ。そういうムダなコメントは答えない」と述べて、劉氏の釈放について発言するのは無意味だとの考えを示した。:これは当然ですね。内政干渉に当たる? それよりも自分の国の 小沢氏弾圧の方が。 小沢氏側は、東京第五検察審査会の「起訴議決」について、行政事件訴訟法に基づく無効確認などを求める訴訟を、国を相手取って15日に東京地裁に起こす方針を固めた。 : これは当然では。人権侵害も甚だしい。政治家弾圧として、国際機関に訴え、日本国の異常さを訴えるべきでは? コーヒーを飲んで 興奮して 思いついたのですが、岡本太郎氏の 芸術は爆発だ は本当ですね。生命とは、湧いてくるものであり、芸術も創造活動も恋も、情念として湧いてくるのですね。ですから、健康が第1と言える(最も大事なこと)。 小沢氏への聴取焦点 民主、世論にらみ判断: おかしい 党としての見識はないのか? 世論ならば、参議院選挙の 厳粛な審判をどのように 理解するのでしょうか? 余りにも身勝手? コヒー馬鹿に安いと思っていましたら、例のネスカヒ-1ビン200円台、カヘイン抜きだと知りました。そこで先ほど 普通の500円台ですが、飲みましたら、気分爽快に成りました。暫く幸せになれそうです。新しい定理や声明が湧いて来るのでは? 北沢防衛相の「尖閣は日本の領土」に全面賛同なし、慎重な対応求める発言相次ぐ 5カ国国防相 :これは当然で言う方がおかしい。 鈴木氏や小沢氏に対する状況 異常と考えられないでしょうか?? 暗黒時代として、厳しい批判を受けると考える、良心の呵責を感じないのでしょうか?: 鈴木氏や小沢氏に対する弁護を行う分かり易い大義名分は 再生核研究所声明 31:法の精神と-罪と罰: にあると考えます。もともと小さな問題で、先生 気を付けてください、位で済む問題では? 段々見えてきましたが、保身がマスコミ全体にあるのですね。 思っていても怖くて言えない。意外に現職は自由がないのが現実ですね。先立つ人の見識が大事ということ。 これだけ、報道に批判があるのに、国の最高機関は 何をしているのでしょうか。 報道の在り方を 質すべきでは。 ヨーロッパの先進国で、偏向報道などしている 国はないのでは? 国会は 法務大臣を よび、検察庁の監督責任を 質すべきでは ないか。 世に検察、不信が広がっているのは 事実ではないでしょうか。マスコミも 同様では? 妻、刑務所で劉氏と面会へ/中国当局が発言制限も-四国新聞社 自由を求める気持ちは 当然理解できますが、10億以上の民を纏めている中国政府に対する理解も大事ではないでしょうか。歴史の進化の歩み具合ですね。内政干渉にも気を付けたい。 守りの立場になってしまいますね。検察、マスコミの政治家失脚の 政治的弾圧として、逆襲の時ではないでしょか。 検察、マスコミの方がおかしいのではないでしょうか。 再生核研究所声明23を参照してください。 いきなり逮捕などせず、事情聴取などして 丁寧に対処するのが皆さんに選ばれた人に対する礼儀ではないでしようか。 再生核研究所:いつから日本人は腑抜けになったのか: 戦後ずっと腰が抜けていて、自立して歩くことさえ 忘れている? ところで、検察庁は、小沢氏の捜査 で どれほどの経費をかけたのでしょうか。人件費を考えたら、膨大で、国費を乱費して、マイナスの仕事をしていることにならないでしょうか。第1検察の信用が がた落ちと言えないでしょうか。それに 日本中を暗くしていますね。マスコミは利益をあげている? 何か日本おかしいですね。再生核研究所声明23を参照してください。 検察、マスコミ 政治的な失脚を狙っているとしか見えませんね。しかも、日本国をおかしくする方向ですね。国を滅ぼそうとしているように見える。自分たちの家族の将来をどのように考えているのか? それは 時代遅れの 冷静前の考え方。そのように対応すれば、滑稽な対応ですね。アメリカも中国も敵視すべきではなく、共存の道を拓くべきだと考えます。再生核研究所声明 25: 日本の対米、対中国姿勢の在りようについて それにしても、日本共産党や公明党も残念ですね。両党とも輝かしい伝統があるのに、マスコミ、検察、外圧などに 何ら抵抗できず、小さくちじんでいる。 先人たちに 顔向けができるでしょうか。公正、正義、自治独立の精神など は 如何でしょうか? そうは言えないですね。専門家は 視野が狭く、自分の周りしか見えない。また、蓮舫氏の「研究は1番でないといけない」は 研究者も政治家も国民も常に問うて行かなければならない真面目な質問です。さもなければ、戦艦大和や核兵器を沢山作ってしまう。研究には知恵、工夫が必要ですね。お金を掛ければ、大きければ、最高でなければと 定着して考えるのはおかしいと思います。 まず中国と競うような考え方は 改めて、日本らしい在り様を考えた方がいいのでは。 人生もそうですね。 自分らしい生き方を求めるべきではないでしょうか? 中国「平和賞は政治的道具」: ノーベル平和賞がある社会を目指しているのは分かりますが、政治的に利用しているとも言えますね。 内政干渉の観点から、気になるのですが、賞をあげるだから問題はない? 小沢氏に与えて欲しかった。日本人が目を覚まし、アジアの平和に貢献できると思います。 同感です。 日本には、 道理も、義もないのかと。 公正、正義もない。人物評価能力も無いと思ってしまいます。 Justiceを議論できる国になってほしい。ノーベル平和賞、中国人人権活動家の劉暁波氏: 日本に向かって言っている様に聞こえますね。恥ずかしい。 マスコミが判断するのは、おかしいのでは? 公正、中立、正義を追及するのが マスコミの任務では。圧力で言われるままにキャンペーンをしているの? これは日本国の 大問題ではないでしょうか。新聞代理店や配達関係者たちの職場を奪い、文化を衰退させるのでは? 国会議員の見識が 見えないですね。御粗末人物に 見える。 日本の教育制度では 人物が育たないのでは? 知識だけ多くて 心が空白? 2010.10.8.7:40 人生とは、感じ、知り、求めることである。 目指すは感動すること。その心は 空しいだけ。 日本では ノーベル賞をとれるような人を 被告人にしてしまうのですね。小沢氏の政治理念を 進めれば、アジアの平和と安定に貢献して、ノーベル平和賞くらいは 頂けるのでは ないでしょうか。 それにしても、日本の料理、食事と歌謡界のレベルは 神秘的に高い。美空ひばり さんの歌は 素晴らしい。 2010.10.7:16:50 マスコミ、検察、政治家など が信じられない国とは、既に不幸せでは? 良い国、美しい国と 言えるでしょうか? 昨日、日本には、核武装すべきという意見があるのを知って、 変な感じをしました。今の、日本の社会でです。どのような効果があるのか、理解できません。初めに、核兵器を使える、人物が世界にいるでしょうか。 社会正義や道理が通せない。 残念です。 こんなことで、良い社会、生きてきて良かったといえるような 生き方ができるでしょうか。 私は 世の中と関係のうすい専門分野でしたが。_
2010.10.15
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