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以前、知性の再帰化ならぬ叡智化について、シュタイナーの話を紹介したが、また紹介を続ける。特に、ルシファーとアーリマンと病気の関係について、ネットを検索しているうちに、興味深い話に遭遇したので、以下に紹介する。 ★ ★ ★ シュタイナー語録-アーリマンとルシファーを退ける力について(改変) http://blogs.yahoo.co.jp/sakimorikeikan/18209276.html?newwindow%25253Dtrue ルシファーを退ける力がある。 それは道徳である。 道徳はルシファーを焼き尽くす激しい炎となる。 また、アーリマンに対抗する手段は、人智学によって修練された判断力と認識力以外にはない。 人間が地上で獲得する健全な判断力や認識力はアーリマンにとって脅威であり、健全な判断力や認識力の前にアーリマンは退くほかない。 健全な修行をとおして、人間の自我が達成した認識力に、アーリマンは恐れをなすからである。 というのも、アーリマンは、人間の健全な認識力をとおして発展させた世界とは遠く隔たった世界に住むからである。 人間が地上において獲得した健全な認識力に遭遇すると、アーリマンは大変な恐怖を感じる。 (洗脳を見破られると恐れをなす。) アーリマンにとっては、健全な認識力は、全く未知のものなので、大きな恐怖を感じるのである。 (他者を犠牲に金儲けしていることが見破られると金持ちが恐怖を感じるのと同じである。) ■コメント: この講義は、「天変地異とカルマ」の一節なのですが、カルマから生じる病気の現れ方を基に、悪魔が人間に対してカルマをどう利用するのかを説明し、その対抗策を論じた内容の抜粋です。 シュタイナーは、人間が精神界に関心を持ち過ぎると、ルシファーによって利己主義的な情念、衝動、欲望、虚栄、高慢などに捕われるようになり、更には外界を歪んでみるような器官を形成してしまう可能性すらあることを忠告しています。 そのため、『道徳的』な判断力を身につける必要があるというのです。 また、物質主義的な思想に固執した場合には、アーリマンによって、幻想につぐ幻想で誘惑され、唯物論思想に陥ったり、物質欲や戦争といった社会的誤謬に陥ります。 これに対しては、人智学などの霊的な真理を研究するのが最良だとしています。 「攻撃は最大の防御なり」ではありませんが、世界を混乱に落とし入れるアーリマンとルシファーが、それぞれ、人智学と道徳を恐れる、というのは、人間にとって重要な智慧です! 日本の古神道などでは鎮魂帰神法といって、神霊を身体に憑依させる「霊媒」(れいばい)と、その霊の正邪を判断して言葉を交わす「審神」(さにわ)の二人で神霊との交信を行なう方法があります。 シルバーバーチの霊訓の場合は、現実界ではバーバーネルという霊媒、霊界ではインディアンが霊媒となり、3000年以上前に地上生活を経験した地球の指導的立場の階級に属する霊[時代霊~形態霊の次元の天使か?]と、人間との交信をしていたといわれます。 (時代霊は権天使、形態霊は能天使、エロヒムと呼ばれている。神秘の目、万物を見通す目は、権天使のこととされる。) しかし、こうした方法は、通常では「霊媒」も「審神」も共に、優れた道徳的常識と霊的知識がなければ、善霊が「霊媒」に降りる可能性は低くなり、万一、頭の良い邪霊が降りた場合には「審神」が邪霊の言葉に簡単に騙されてしまう危険性が高いといわれています。 よって、強い霊媒体質の人や、霊的な世界の見聞を望んで修行するような場合、道徳的な判断力を身に付けることが、ルシファー[日本では金毛九尾といわれる狐霊など]からの誘惑に対する最大の防御策であるようです。 ◆◇◆進化から逸脱したヒエラルキア(改変)◆◇◆ 一般的に『悪魔』と呼ばれる霊のこと。 シュタイナーの書籍『悪の秘儀』によれば、以下の4種の悪魔について説明を述べている。 ルシファー(ルツィフェル) 翻訳によって、ルシファーやルツィフェルとも呼ばれる。 ユダヤ教・キリスト教の堕天使で、人間の目を物質界から逸らせて夢想のなか、官能のなかに誘惑しようとする。 人智学ではルシファーは、人類の進化のために第2ヒエラルキアの中間に位置する力天使(運動霊)が神の命令に従って悪の役割を演じたことに起因する。 ところが、力天使(運動霊)以下のヒエラルキアは、これを利用し、悪神の働きとして闘いが始まり、これを神話では、「ミカエルと龍」、「ミトラと牡牛」として形姿している。 (天界の戦い) [註:これは、人類の進化に多様性を持たせるための、須佐之男命の働きにも類似している。] 従って、一般的に呼ばれる心底から悪霊化したルシファーとは、第2ヒエラルキアの能天使(形態霊)以下の階層の存在である。 これは、地球の進化過程の月紀に進化を断念したヒエラルキアで、人間のために犠牲となって進化から取り残された存在となった。 レムリア時代(アトランティス時代の前の時代)に、能天使(形態霊たち)に対立し、現在の人間のアストラル体(魂体)に関与し、無条件の進化を妨害しつづけている。 これを、旧約聖書では『原罪』の起源として描いた。 よって、エデンの園でアダムとイヴを誘惑したのは、この存在。 人間の自我を膨張させるようなすべて、欲望、利己心、名誉欲、高慢心、虚栄心はルシファー的な誘惑に陥る状態を示す。 ルシファーの妨害によって、人間が感覚的な欲望や関心に無制限に落ち込まないよう、能天使(形態霊)は人間の欲望と関心の数だけ病気や苦痛を伴なうように対策を講じた。 また、人間の人体を物質的に濃縮し、人間に『死』を経験させるというアストラル次元のカルマ的な原因となった存在。 将来、人間が自己意識的で、自由な自我を獲得(霊界に自由に参入)するために存在したともいえる。 人間が高次の霊的能力を身に付け、愛と叡智を獲得した時、ルシファーに愛を注ぎ癒し、恩返しをする事が可能になる。 アーリマン 人間の目を精神界から逸らせて、物質界に縛り付けようとする、人間にとっては悪魔の働きをする存在。 アトランティス時代のサタンのこと。 その名は、ゾロアスター教の闇の霊アンラ・マンユ(アフレマン)に由来。 この霊たちを「メフィストフェレスの霊」という名称で呼ぶ事もできる。 人間が「意識的な罪」と呼ぶことができる誤謬の中に陥るようになったのはこの存在のため。 アーリマンの霊の集団は、アトランティス時代の半ばから、人間に働きかけた。 人間が物質的なものを通して、物質の真の根拠である霊を洞察できなくなるように誘惑する。 アーリマンの誘惑によって人間が唯物的になったために生じた損害を埋め合わせるためのカルマを担い作用させる可能性(贖い)が生じた。 高次のヒエラルキアは、人間に「自らのカルマによって、あらゆる過ちを再び自分で取り除き、自分で引き起こしたあらゆる悪を再び消し去る可能性」を与えた。 これが、アーリマン的な誤謬を修復するための作用となるエーテル次元の『カルマの法則』となった。 アストラル体に波及したルシファーの影響が、エーテル体に不調和を生じさせ、そこにアーリマンが働きかけるようになった。 『死』を生じさせたルシファーに対し、人間を唯物論的にしているのがアーリマンといえる。 (ルシファーは死を無だとし、その無の基に物資界しか存在しないとアーリマンが洗脳している。) アスラ まもなく到来する時代に、人間の意識魂と、人間の自我の中に忍びこむ存在。 現代においては、「いまを支配している単なる感覚の中で生き、その背後にある真の霊や霊界を忘却する精神」と呼べる自我の認識の中に、すでにアスラの力が予兆となって現れている。 (金儲け主義など、自分さえよければ他がどうなろうが知ったことではないという考え方など。) アスラの力は、「人間の自我とは、単なる物質界が生み出したものに過ぎない。」ということを人間に信じこませる。 そのほか、「単に人間の姿が動物に類似しているだけでなく、人間のすべての本質は動物に派生する。」ということをアスラは教えるようになる。 ソラト 黙示録の666の野獣。 キリストの敵対者であり、太陽悪魔とも呼ばれる。(アスラと同意異名の存在か?) 黙示録の筆者は、”400、200、6、60”をいう数字の秘密を666と記載し、これを秘儀参入者以外に知られないように隠したとされる。 400を【タウ・Taw(自我)】 200を【レシュ、Resch(アストラル体)】 6を【ヲウ・Waw(エーテル体)】 60を【サクメ・Samech(肉体)】 での意味であり、ヘブライ語として右から左(この場合、下から上)に頭文字を読むと、SWRT、「ソラト」と読める。 アトランティス時代に、人間は7つの進化段階を通過しながら、エーテルを凝縮する際に、集合魂に七つの頭と十本の角を形成してきたが、現在の肉眼では、エーテル体は見えず、秘儀参入者にだけ見ることができる状態となっている。 現在の人間がキリスト原則を受け入れる時、それらの動物的な性を克服し、絶滅させることが可能となる。 しかし、キリスト原則を拒んだまま、性的本能を克服できないままの人間は、地球がアストラル的な状態に移行したときに、七つの頭と十本の角を持った獣として現われる。 また、人間の精神の気高さが、逆のものに変わり、霊(精神)力が低次の自我(欲望)に仕えるようになったとき、二本の角を持った動物が人類に対して勢力振るう。 この霊力の誤用、つまり黒魔術へ向かうことによって、人類は、白魔術師と、黒魔術師とに二分される。 二本の角を持った獣(ソラト)の手に落ちた、七つの頭と十本の角を持った獣(黒魔術的人間)が、地球紀から木星紀に向かう過程で排除される。 (現在の月に住む進化から逸脱した悪魔と同じように地球と木星が分離し、木星の衛星となった地球に残る。) ★ ★ ★ というように、内容はトンでもに近いが、簡単に要約すると、人間は、様々な他者と和解するために生きていると思えばよい。他者の立場に立ってみないと、他者を理解できないわけである。独りよがりの解釈ではダメってことです。
2014年06月28日
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サッカーのワールドカップは82年のスペイン大会からみていることは以前述べたが、当時日本にはJリーグもなかったので、日本がワールドカップに出ることなど全く考えもしなかったし、当時の日本人選手で有名なのは、奥寺選手ぐらいだった。 日本には歴史がないといってはそれまでだが、サッカー好きな周囲の連中は、メキシコオリンピックでの往年の釜本―杉山コンビを持ち出してきては、日本もサッカーに力を入れれば、世界でそこそこやれるはずだという論理などを展開していたが、当時のワールドクラスとの開きからいってほとんど無理だという意見が多勢だった。それはもう大学生と幼稚園児位の開きといえた。 その後、ドーハの悲劇があり、Jリーグができ、なんとかワールドカップに出れるようになったが、優勝を狙うなどというレベルから程遠い成績であることはいうまでもない。現に今回の成績をみれば、アジアだったから出れたようなものである。 日本が出てないときからみていた私にとっては日本はつけたしでしかない。ワールドカップの優勝国が、これまでのサッカーのスタイルを革新させてきた歴史の目撃者であることの方が重要だからである。 82年の優勝国はカテナチオからカウンターのイタリアだったが、負けても印象に残るブラジルの攻撃的サッカーは、中盤(ミッドフィルダー)の大切さやフリーキックの芸術性を再認識させたものだった。 またいまでも話題のマラドーナの5人抜きと神の手のゴールをリアルタイムでみていたことを鮮明に思いだすことができる。 簡単にいえばW杯TV観戦オタクなんであるが、そのオタクをしても、今回の日本代表のあまりのビッグマウスぶりには驚きを通り越してあほあほさを感じさせた。全くの胃の中の蛙である。 昨日の日刊ゲンダイの記事をみて、日本の敗因の裏付けができた。結果論からいえば、本田選手に全責任があるといってよい。当初、本田選手とザック監督は、ACミラン移籍の口利きがザック監督だったそうで、かつての中田選手と岡田監督やジーコ監督と同じように依怙贔屓の良好な関係にあったそうである。 監督と中心選手の関係は、中心選手が成長期にあるときは、良好なのだが、一度、中心選手がスランプに陥ったときなどは、切り離すことができずに、逆にチームのお荷物となり、心中することにもなる。代表戦ともなると、国の威信がかかっているので情に絆されるのは公私混同でいわば私物化である。 結果論からいえば、ザックの采配の一番の責任は、不調の本田選手を切り離せなかったことにある。本田選手の代わりに香川選手や清武選手がいるが、本田選手を信頼するあまりに、香川選手を不得手な左サイドにしたことで、香川選手の不満が増し、それはプレーの不調ぶりにも現れていた。大舞台で不得手なポジションをやらされれば監督への信頼が揺らぎ、やる気つまり精神力が薄れる。また控えの清武は出さないようにも進言したようである。 記事によると、ザックは日本の弱点の高齢のボランチを若返らせ、前線へ縦パスを有効に活用する方針だったのを、本田選手が、それだと自分の役割が少なくなる(目立たなくなる)ので、撤回させたそうである。だから、中途半端に、若手とベテランの混成となったようである。このときから、本田選手は戦術に口を挟むようになり、ザック監督と本田選手の良好な関係に陰りがみえてきたそうである。特に控えは出さないように進言したことが、代表の若返り化を阻んだようだ。 更に問題なのは、本田の勘違い発言に現われているように、自分だけは特別な存在だと錯覚し、周囲に上から目線でミスを事あるごとに指摘していたのを、みかねた川島選手が他人のことよりも自分のことを考えてみろと忠告したことに、逆ギレし、川島選手のミスをあげつらったため、その後、守備側と攻撃側に大きな溝が生じたそうである。 つまり本田選手は事実上裸の王様状態だったそうである。いまからいえば、本田選手のACミラン移籍がなかったら、少しは謙虚になれていた可能性もあったと思える。 しかし、このような内紛は表沙汰にならないだけで、多かれ少なかれ、どのチームにもある。特に歴代のオランダ代表などはお家芸といってもよいほどで、決勝へ進むにつれ、いつも内紛が勃発し、敗退していたし、前回優勝する前のスペイン代表などはバルセロナの民族の特殊性からクラブは有名なのに、代表では内紛し低迷した成績しか残せなかった歴史がある。 またワールドカップを戦いの場と考えれば、相手国からすれば、情報戦で中心選手を孤立させることは勝つための戦略ともいえる。 つまり、一つの目的のために一致結束できず、プレーに出てしまうのは経験不足であり、所詮アマチュアなんである。ワールドクラスの選手でもないのに、求められてもいないのに、上から目線でミスをあげつらうのは、コーチならまだしも、同僚の選手がやることではないだろう。それではサッカーだけしか知らない子供である。 そういうことがプレーに現われ、無意味なパスを連発するのである。 最後に昨日みた記事ではないが、敗因分析に参照となる記事を以下に紹介する。 ★ ★ ★ チームと監督をミスリードしてしまった本田圭佑の“ビッグマウス” http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/151314 前回南アW杯ベスト16の立役者である本田圭佑(28)。世界中の選手が憧れるビッグクラブ、ACミランに入り、しかもエースナンバーの背番号10。サッカー界の成功者である。 しかし今大会の「本田圭佑」は、あらゆる面でチームをミスリードしてしまった。「W杯で優勝を狙う」「オレたちはW杯で優勝できる」と大言壮語。チームメートどころか、慎重居士のザッケローニ監督までもその気にさせた。 その結果、チーム内には「日本らしい攻撃サッカーを貫けば勝てる」「取られた点以上に取ればいい」「イタリアの目標はベスト8? 関係ない。オレたちの目標は目標だから」といったセリフが飛び交った。 本田が個人的なことで“ビッグマウス”を連発するのは勝手だが、実現不可能な言葉を並べ立てたため、チーム全体が勘違いしてしまった。 ピッチ上では、コートジボワール戦で先制ゴールを決めた後、足が止まって存在感が消え、ギリシャ戦でも不調は続いて足手まといだった。 ■4回のFKもすべて外す 「本田本人は『トップ下が自分の家』と主張しているが、本田がトップ下にいることで攻撃のスピードが落ち、攻守の連動性も低下してしまった。日本代表が世界と戦うに当たり、私は以前から『個の力で勝負しても太刀打ちできない』『組織的ディフェンスが必要』『前線からのプレッシングサッカーが不可欠』と主張し、日本代表に『本田は不要』と繰り返し提言してきました。ところがザッケローニ監督は、頑として本田中心のチームづくりをやめませんでした。ザックと本田は、グループリーグ敗退の責を負わなければならないでしょう」(ドイツサッカー協会公認S級指導者・鈴木良平氏) コロンビア戦では、後半に入るとヘロヘロになって足が止まり、4回のFKのチャンスも生かせなかった。試合後、呆然自失でピッチをさまよった本田。去就に注目だ。 ●本田圭佑のコメント 「『無念』の一言です。それを招いたのは自分自身なので、全てを受け入れる必要があると思います。非常に悔しいですけど、これが現実ですし、優勝とまで言ってこんな散々な結果ですから、自分たちが未熟すぎた結果。今は全てを受け入れて、今後どうしていくか時間をあけたい。敗者なんで、何を言っても意味がない。受け入れるしかない。もっと、希望を持って最後まで見せたかったけど、口だけで終わってしまって申し訳ない」 ★ ★ ★ 短期決戦では、野球もそうだが、中心選手のスランプにつきあっている暇はない。だから短期決戦では、不調の選手と、好調の選手の見極めが重要となる。
2014年06月28日
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人間に知性が宿るのは、人間が神々という知性の本体の子供だからだ、というようなことをキリストは2千年前に言った。知性の本体が、末端の知性に解き明かしたのである。末端の知性に、原点、源流に戻りなさい、再起しなさいということなのである。 それがキリストの再来なのだ! 「迷える知性の子羊たちよ! 元来た知性の群れ、つまり叡智に戻りなさい。」ということだ!! さて、人体、つまり肉体は、知性を基にして機能していることはいうまでもない。あらゆる機能は、知性の賜物である。しかし、この知性とは仏教でいう分別知ではなく、つまり差別したり、区別したりするものではなく、融和するものである。分離し、再び結びつけるものである。 再び結びつける、という意味をもつ言葉が、RE(再び)LIGION(結びつける。ラテン語のligare)でreligion(宗教)となったという。つまり、末端の知性を、知性の本体の叡智に結びつけることが、本当の宗教であり、哲学なんである。 だから、日本語に訳すなら、宗教は、本当は知性の本体への再帰化、叡智化というべきだろう。生命を調べていくと、必ず、この知性の再帰化に出くわす。例えば、宇宙は拡大した後収縮するという説やパイを伸ばして折り畳むというパイコネ変換などは、知性の再帰化のプロセスとよく似ている。 このような観点から生命をみていくために、シュタイナーの話を紹介する。 ★ ★ ★ シュタイナー語録88(その11) http://blog.goo.ne.jp/steineranthroposophy/e/d965ff174016d6f8b4fd3668eaec0085 人智学的医術や精神の体現(改変) 81 人体の3系統(改変) 人体を考察するには、次の三つの系統に分類するとよい。 第1系統については、主に頭部に位置する神経-感覚系と呼ぶべきだろう。 第2系統は呼吸・血液循環を包括する律動系である。また、律動的な消化活動なども含む。 第3系統は、互いに関連しあう運動-四肢-新陳代謝系であり、手足の動きによって新陳代謝が促進され、また、手足は人体内へと向けられ、常に有機的に新陳代謝器官と関係している。 律動系は、第1、第3の中間にあって、神経-感覚系と四肢-新陳代謝系との対極的な活動の間に均衡をつくりだしている。 以上のように、人体は三つの系統から分類できる。特に頭部に集約されている神経-感覚系、特に胸部に集約されている律動系、四肢と新陳代謝器官に集約されている四肢-新陳代謝系の三つである。 神経・感覚器官に働きかけるか、または律動系、もしくは四肢-新陳代謝系に、どのような方法で働きかけ、治療したらよいかを知ることが基本になる。 薬を、口から飲んで胃に入れれば、新陳代謝系に働きかけ、新陳代謝系から他の系に働きかけることになる。 また特に律動系に働きかけるように摂取する薬もある。薬を注射した場合、律動系に働きかける。 薬を、湯に入れ浸かったり、塗ったり、マッサージすれば、外的な形で、神経-感覚系に働きかける。 自然から取り出された薬は、健康や病気の人体に作用するだけでなく、心魂(精神)にもいかに作用するかが重要である。精神-心理に作用させ、治療することもできる。 精神病は、(精神の病気と考え)精神的な方法で治せる、と思いがちであるが、精神病には、精神的な方法ではほとんど効果がない。いわゆる精神病の場合、外界からの印象(情報)に対して、つまり人体について、心魂が閉じている(無反応な)状態にある。だから、精神病のほとんどは、肉体的な病気が隠れている。 だから、精神病は、肉体的器官を治療することで、有益な効果が期待できる。 逆に、肉体的な病気の場合、精神-心理的な方法から、薬などによる治療を支援することができる。 人智学(霊視)を基にした進化学(改変) 82 病気の種類(改変) 自我に関係する病気、自我の肉体への表現の基本となる血液に関係する病気は、基本的に慢性病になる。慢性病は遺伝する。だから、その治療の際に、患者が周囲からどんな直接的-間接的影響を受けているかなどを明らかにする必要がある。 周囲からの影響を明らかにすることから、例えば、患者を今とは違った環境のなかに移したほうがよいことに気づくこともある。もしくは仕事を変えたほうがよいなどと忠告したほうがよいということが分かることもある。 次に、アストラル体の不規則性に原因のある病気を考える。そのような病気は、神経系の不能として現われる。急性疾患の多くは、アストラル体の不規則性に関係している。 このような病気の場合、第一に食生活を改善する必要がある。消化の仕方を変える必要がある。周囲に巡る大宇宙と、人体内という小宇宙は照応している。どの食べものも、人体内の器官と関係している。 半ば慢性で、半ば急性という病気がある。そのような病気はエーテル体、もしくはエーテル体の表現となる腺組織に関係している。そのような病気は、遺伝とはほとんど関係がなく、民族-種族-人種と関係する場合が多い。 (ここで述べている「遺伝」とは、霊魂的な遺伝のことである。) 人智学では、人体の各臓器が天体と結び付けられている。 心臓-太陽 脳-月 脾臓-土星 肝臓-木星 胆嚢-火星 腎臓-金星 肺-水星 自我に原因のある病気の場合、心理的な方法が最も効果がある。 アストラル体の不規則性を通して発生した病気を考える場合、心理的な方法は、適応可能ではあるが、それほど大きな効果はない。 エーテル体に原因のある病気には、薬などによって治癒に誘導することが好ましい。 自我、アストラル体、エーテル体の次の四番目に、物質体に原因のある病気がある。それが伝染病である。 そして、五番目の病気と呼ばれる、人間のカルマに由来する病気がある。 カルマを知る(改変) 83 ルシファーとアーリマンと病気 地球進化のある時期に、ルシファー的な力が人間の進化のなかに入ってきた。この出来事を通じて、人間の自我がアストラル体に適切な形で働きかける前に、ルシファー的な存在から流れ出たもの(情熱)が植え付けられた。そのため、ルシファー的存在の影響は、特に人間のアストラル体に作用するようになった。 ルシファーの影響がなかった場合よりも、人間は(冷静さを失いやすくなり)激情や情念や欲情から行動するようになった。この影響の結果、人間は、その影響がなかった場合よりも深く欲望の世界に没頭するようになった。 ルシファーの影響がなかった場合よりも深く肉体のなかに進入し、自分を肉体と同一視するようになった。 こうして、地上世界へと向けられた人間の意識は(情熱を持った分だけ)濁り、外界からの印象(イメージ)にアーリマンの影響が混入するようになった。このような影響をとおしてのみ、アーリマンは人間に介入でき、外界を幻影化することに成功した。 ルシファーは情念と激情をとおして人間のアストラル体に働きかけ、アーリマンは外界についての錯誤・誤謬をとおして、外から官能的に人間に侵入する。 生まれてから死ぬまでの人生で、道徳、もしくは理性に従った判断全てが地上に残り、当人の霊魂が死後に欲界期に赴いた後、来世に対して人体を構築するために働き、人体の生命力のなかに刻印され、その生命力が物質体、エーテル体、アストラル体を作り上げる。 唯物主義への傾向などのアーリマンへの帰依から発する誤謬は、外からエーテル体を通して人間に感染し、病気の素因となる。逆に、道徳的判断に委ねられるような人生の問題、もしくはイデオロギーとして逸脱する思考などは、むしろアストラル体から働きかけるルシファー的な病因となる。 通常よりも深くアストラル体が物質体やエーテル体のなかに入り込むと、自我が、朝目覚めるために、物質体とエーテル体のなかに入りこむのと同様に、アストラル体も(目覚めるために)入り込むようになる。 病気とは、アストラル体が物質体内で異常に目覚めている(起きている)状態である。同様に、エーテル体もあまりに深く物質体のなかに入り込むと、異常な状態で目覚めることになる。 異常な覚醒を生じないために、ルシファーに敵対するキリストの力が、ルシファーの影響下に生じた誤謬(錯誤)に苦痛を(その信号として)付け加える。ルシファーの影響の際、苦痛が、その対抗力となるのと同様に、アーリマンの影響に対抗する力が現われる。つまり、破壊が生じるのである。器官の破壊は、実は、善の力により引き起こされているのである。 ★ ★ ★ 従来の医学では、苦痛は悪とされているが、苦痛は実はキリストの力であり、そのことは聖書にも、創造に付随する痛みであると記されている。 つまり、人体を構成している自我、アストラル体、エーテル体、肉体にはそれぞれ領分(領域)があって、お互いが協調性を保って、分をわきまえている間は健康だが、そのうちのどれかが突出したり、他の領域を侵すと、苦痛という警告が発せられ、破壊が生じるようになっているという。 例えば、ガン細胞にならないために生じる、アポトーシスなどの自発的な細胞死などは、この典型な例といえる。
2014年06月27日
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ワールドカップサッカーも中盤に差し掛かった。日本についてはFIFAランキングからすれば当然の結果なのだが、視聴率をとりたい恒例のマスゴミ洗脳報道で、戦前と同じようにさも優勝するかのような錯覚を大衆に与えたために、その失望から怒り奮闘の巷なので、冷静に敗因分析を考えてみたい。 実際私も、開幕二週間前までは日本は一勝もできないと確信していたのだが、その理由は現代サッカーの支柱といわれるボランチの選手二人がトシで動きが鈍い(長谷部は試合勘が鈍っていて、遠藤は守備に難あり)からだが、一週間前からマスゴミに踊らされ、もしかすると一次リーグは突破できるかの錯覚に陥ってしまった。特に岡田元監督がTVで自信をもって勝てると述べていたのに騙されてしまった。 そこで、敗因分析をネットで探ると以下は、いわくつきのサイトだが、面白いことを述べているので、紹介する。 ★ ★ ★ 私の2014年ブラジルW杯観戦記3:コートジボワール戦の戦犯はやはり香川! http://quasimoto.exblog.jp/22128919/ 帰国後、録画ビデオを何度か見ましたが、やはり、2失点ともに香川真司選手のサイドからでした。 1失点目は香川選手が自分の守備位置に戻らなかったために、代わりに遠藤選手がセンタリングブロックに入りましたが、背が届かず、中央の選手の頭にドンピシャリのボールが行ってゴール。 2失点目も全く同じようにして入りました。この時には、香川選手が自分の守備位置にいましたが、相手のセンタリングのボールを「避けて」スルーしました。結局これが、味方にとってはフェイントになってしまい、ディフェンダーが出遅れる形になりました。 (現地観戦の)私(ブログ主)は、香川真司選手がこちらのニアサイドに来て、ちんたら歩いて戻っている時に、 香川、歩くな〜〜〜! 早く戻れ〜〜! と絶叫を何度も繰り返しましたが、香川選手には届きませんでした。 初戦を逆転負けで落とすという、大変残念な結果でしたが、この責任は香川選手にあります。少なくとも、香川選手がきちんと自分のやるべき守備を行っていれば、この2失点はなかったからです。 自分の仕事をサボる。自分の役目を果たさない。 こういう選手は、プロとしては失格です。 即刻日本代表からは追放すべきでしょう! 戦犯は香川! これがもっともフェアな結論ということになるでしょう。 ギリシャ戦の戦犯もまた香川真司だった! 今朝のギリシャ戦も、香川を出さなければ得点できたはずですが、香川を出したばっかりに不必要なパス回し指示によって結局パス回しで終わってしまいました。 ★ ★ ★ というわけで、敗因分析をすると、香川選手の守備と攻撃に問題があったようである。ちなみに香川選手が創価学会信者という話は、非常に残念なので省略します。恐らく精神力が弱いためにカルト教などに騙されるのだろう。可哀想だが地獄行きである。 ザック監督がギリシャ戦前半に香川選手を外したのは、期待外れと守備の弱さ、なにより国際舞台の戦いの場では精神力の脆さが出る選手とわかったためと思われる。同様の選手として中村選手が挙げられる。逆に大舞台に強いのはかつてのゴン中山選手などである。 プレッシャーに負けまいとして大口を叩くのが中田選手や本田選手で、これは興行的な面から期待されるので、仕方ない部分もあるが、本来なら協会が指導して、マスコミから完全にシャットアウトすべきであるか、間に広報を介在させるべきだろう。中心選手が芸能人のような扱いをうけてはサッカーに集中できるはずがない。 今回の散々な結果からわかることは、コート戦の前半までは準備ができていたが、無理がたたったのか、後半はボロボロだったということである。運動量以前の精神力が切れていた。立て続けに失点するのは精神力、つまり冷静さを失っている証拠である。 ワールドカップ経験者の多くが語ることだが、ワールドカップほどタフさを要求される試合はなく、親善試合など比較にならないという話である。 日本の選手は素人目にもフィジカルが弱いようにみえるのは、そのせいである。誇っていた運動量が半分以下にも感じただろう。つまり無駄な動きが多いわけで、考えながらプレーをしていない証拠である。 つまり練習ではできていたことが、タフさを要求される試合ではできないから、自信を失い、精神的に追い詰められる。すると、相手と戦う前に、自分に負けてしまうことになる。すると、プレーに緊張が生まれ、どこかぎこちなく、日頃できていたプレーが全くできなくなる。この流れはパニック症候群と似ている。 極度の緊張から、頭が真っ白になり迷走する状態である。そうすると体調に異常をきたし、消化等が不調になる。日本人選手の元気のなさに現われる。 ワールドカップで活躍した選手が、日本に足りないのは何かと第一に挙げるのは、経験である。経験が足りないから、タフさが求められる場で、精神力の脆さが露呈してしまう。精神力とは統率力や制御力である。 よくプロ野球選手が自主トレで厳しい環境にわざと身を置くのはこの精神力を鍛えるためである。タフな経験量を蓄積するためである。タフな環境でも冷静さを失わない精神力、忍耐力である。自分に精神力が足りないのはすぐにわかるが、その鍛え方はなかなかわからないので、恐らく日本代表は何もしていないのだろう。 確か90年だったかのドイツ代表などは、全員が精密な時計つくりをやったりした話を聞いたことがある。要するにメンタルトレーニングである。日本代表はどこか友達の雰囲気の延長という感じで、悪い意味で馴れ合いが蔓延していることになる。 スポーツ選手はやはり過酷な舞台で活躍するには自分をどれだけ追い込めるかであるので、そういう意味ではまだまだ未熟だったから、FIFAランキング40位そのものの成績だったわけである。 同じことはアホ政権のお友達内閣にみられ、実力がないのに集団的自衛権など国連憲章にしか載っていない大言壮語をするから、この国はどんどん恥を曝し馬鹿にされていくだろう。 最後に恥知らずに警告するために、お馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ ワールドカップと都議会セクハラ問題と公明党の集団的自衛権容認 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140626/1403772756 すでにご存知かと思いますが、集団的自衛権容認問題で、公明党が自民党に大筋合意しました。 さてさて、統一教会付属自民党と創価学会付属公明党! ユダヤ・朝鮮・部落裏社会同士のプロレスごっこですが、ワールドカップと都議会セクハラ問題で国民の目を逸らしながら、良きところでシナリオ通り合意に向かうようですw ▼公明党がシナリオ通りに集団的自衛権の行使容認へ! http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140612/1402540124 どうやら、7月1日の閣議決定を目指すようです。 ドル&ユダヤ支配体制が崩壊寸前の今、日中戦争以外に打つ手がないユダヤ・朝鮮・部落裏社会。 ただただ一般国民の覚醒者を増やしながら、暴走を続けています。 集団的自衛権容認で大筋合意 公明、文言修正で妥協 創価学会の偽票を書いたみなさんのおかげで誕生した安倍偽政権が中国と戦争をすることを決定しました。公明党も賛成だそうです。良かったですね。 これで、創価学会のみなさんの息子や孫も戦場でアメリカのために無駄死にできます。皆さんのおかげです。 統一教会と創価学会が米国の都合で日本を戦争させる気です。こいつら人間とは認めない。生物の屑だ! ◆集団的自衛権容認で大筋合意 公明、文言修正で妥協 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140624-00000048-asahi-pol 自民、公明両党は24日の与党協議で、憲法の解釈を変えて他国を武力で守る集団的自衛権を使えるようにすることで大筋合意した。自民が集団的自衛権の行使を認める閣議決定の原案を示したのに対し、公明はおおむね受け入れた。両党は憲法9条のもとで専守防衛に徹してきた日本の安全保障政策を大転換する。 「平和」を結党理念とする公明は当初、集団的自衛権の行使を認めることに慎重だった。だが、行使容認へ安倍晋三首相の強い意向が示され、連立政権を離れないと決断したことから、限定的な行使を条件に容認することで妥協した。 自民党の高村正彦副総裁は13日の与党協議で、閣議決定原案の根幹に当たり、集団的自衛権を使う際の前提条件となる「新3要件」を公明に提示。「他国に対する武力攻撃が発生し」た際、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること」を条件とした。だが、公明があいまいな部分があるとして納得しなかったため、自民が再考していた。 朝日新聞社 ランスロット http://richardkoshimizu.at.webry.info/201406/article_176.html ★ ★ ★ 勢いでいって取り返しのつかないことになったら、おしまいである。サッカー選手は自分一人だけで済むが、政治は多くの国民がその犠牲になるから、たまったものではない。サッカーでは、その無能さが通用しなかったのはせめてもの救いで、日本は惨敗して良かったと思う。学ぶ姿勢をつくってほしい。
2014年06月26日
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これまで紹介してきた戦国時代をみてもわかるが、人類は益々馬鹿になっていることは確かだろう。戦国時代といっても四六時中戦をしていたわけではなく、戦といっても戦場で死んだ者の数は現代よりも遥かに少ないそうである。最大の関ヶ原の戦いでも、死者数は4000~8000人程度らしい。全体数が大体10万人なので、その大体一割と考えられる。 中世とは対照的に近代では、例えば太平洋戦争では、日本人だけで300万人もの死者数なので、現代の戦争からみれば中世の戦は喧嘩程度といえるだろう。そもそも単なる権力争いのために大規模な殺人をやるというのは、人類が馬鹿になった証拠といえるだろう。 例えば、蟻などの動物が縄張り争いしているのをみれば、なんで話し合って仲良く暮らせないのかと思うだろう。動物は仲良く暮らすという知性がないので疑問すら浮かばないのはしょうがないとしても、人間には知性があるから、動物と同じ考えというのは明らかな退化の証拠である。 動物の縄張り争いが人間では権力闘争になるのは、人間には自分という自意識があるためである。「自分さえよければいい」という考えを人間はもつからである。その究極の延長上にあるのは地球全体の支配欲であるが、そんなことができると思うのが誇大妄想で馬鹿な証拠である。 地球がどのように活動しているのかさえも完全に理解できていないのに、また、人間がなぜ死ぬのかということすら理解できていないのに、なんでも支配したいというのは、ないものねだりの幼稚性そのものである。 現代人は死んだらおしまいという思考停止をもっているが、それこそが死を理解できていない、死を理解できない知性しかもちあわせていない、ということを知るべきである。死が理解できなければ生だって理解できないのに、生だけは理解しているつもりになり、自分さえよければいいと、どんどん狭く限定し、馬鹿になっている。 自分さえよければいいというのは、自分のことしか考えられないアホなんである。 しかし、その自分は何の土台の上にたつのかわかっちゃいないアホなんである。 余談だが、ワールドカップサッカーの日本代表をみていて感じたことでもある。自分たちのサッカーといっていたが、それは自分たちのことしか考えられないという表明でもある。自分教という宗教である。FIFAランキング40位のチームがいうことではなく、恐ろしい傲慢の何物でもない。甘えがあったと思う。甘えを生んだのはマスゴミたちの褒め殺し報道のせいだろう。 このマスゴミの頂点にたつ少数の人類背徳者たち、傲慢にも、ほんの少数の1%の金持ちたちのアホさが、人類のアホさを象徴している。人類全体を裏切り、自分たちだけが富を独占し金儲けしたために、多くの貧困が同時に生み出されていることを考えようとしないアホさなんである。だから悪魔の誘惑に負け支配欲に走る。多くの人々を不幸に貶めているのだから、悪魔以外の何物でもない。 人類が次のステージに進むには所有という概念を放棄しないといけないだろう。なぜなら幸福とは精神状態のことで、所有できないからである。天国は人間の心の状態のことである。不幸を体験し、それを克服できれば、誰でも幸福に感じる。だから人生は不幸だらけなのである。その不幸とは、前世において自らでつくりだした先入観なんである。 例えば、美人だったらなんの苦労もなく幸福になれると前世で思ったとする。そのようなないものねだりのコンプレックスを一生抱えたまま、自分の不幸を周囲や環境のせいにして死ぬとする。そして次の転生、つまり現世で美人の家系を選んで受肉してくることになるが、美人であっても幸福になれない自分を違った形で経験することになる。 つまり、不幸なのは、自分の考えそのものにあることに気づくことが重要なのである。 人間誰しも自分が思う以上の存在になることなどありえないわけなのだ! もうそろそろ殺し合いで自らの生活を築くことは卒業しないといけない。きりがないからだ。 同じ過ちを繰り返すアホたちが、お馴染みのサイトで紹介されているので、紹介することで馬鹿の見本として以下に警告したい。 ★ ★ ★ 政府自民党 集団安全保障体制で武力行使狙うも失敗! http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140624/1403570324 すでにご存知かと思いますが、20日の与党協議で自民党は、集団的自衛権の行使容認に加え、集団安全保障に基づく国連の武力行使も容認する閣議決定案を公明党に提案しました。 これに対し、公明党が猛反発し、この自民党の提案は棚上げになったそうです。 「集団安保で武力行使」棚上げ 自民、閣議決定に記さず 政府・自民党は23日、侵略した国を国連決議に基づいて制裁する集団安全保障の際、日本が他国と一緒に武力行使できるようにする案を閣議決定に明記しない方針を固めた。自衛隊の海外での武力行使の範囲が際限なく広がるとして公明が猛反発し、提案からわずか3日で棚上げした。だが、閣議決定への明記以外で集団安全保障の武力行使ができないか、さらに別の手段を模索する考えだ。 自公両党はこれまで、集団的自衛権の行使を認めるかどうかを議題に協議してきた。だが、自民党は20日の与党協議で、戦争中に中東のホルムズ海峡にまかれた機雷を爆破処理する例を念頭に、集団安全保障の枠組みでも武力行使を可能にする案を突然提案した。 背景には、集団的自衛権の行使が認められたケースで自衛隊が機雷を除去中、国連安全保障理事会の決議があり、事態が集団安全保障に移行した場合の想定がある。従来は集団安全保障における戦争中の機雷除去は武力行使に当たるとされ、憲法9条で認められていない。このため、自民は除去活動を中止しなければならない可能性があると問題視する。 蔵前勝久2014年6月24日05時47分 http://megalodon.jp/2014-0624-0918-33/www.asahi.com/articles/ASG6R6GS3G6RUTFK00X.html 記事を簡単に要約すると、こんな感じでしょうか? 政府自民党は、集団的自衛権を容認し、極東でユダヤ米国が中国あたりに粉かけて戦争状態になった際に、自衛隊を無料で使えるユダヤの傭兵にしようとしています。 さらに、今回の提案では、国連が集団安全保障体制に移行した際、つまり、中東やヨーロッパあたりでユダヤ・チンピラ国連が、略奪したい国を見つけ、その国に粉かけて戦争状態になった際には、自衛隊を無料で使えるユダヤの傭兵にしようとしたとの事。 つまり、今回の自民党の提案は、米国や極東限定ではなく、世界中で戦える傭兵が無料で欲しい!という、金融ユダヤ勢力の命令に従ったもの! ユダヤ裏社会付属自民党は、この命令に従うのは当然なのですが、どうして、ここに来て創価学会付属公明党が反発するの? ▼公明党がシナリオ通りに集団的自衛権の行使容認へ! http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140612/1402540124 どうやら、こういう事のようです。 「9条壊すな」集団的自衛権閣議決定に反対、全国で集会 集団的自衛権の行使容認に向けた自公協議が大詰めを迎えるなか、閣議決定に反対する人たちが17日、全国で声をあげた。東京都千代田区の日比谷野外音楽堂では約5千人(主催者発表)が「9条こわすな」「戦争反対」と書いた紙を掲げた。翻訳家の池田香代子さんは「集団的自衛権を許しては日本国憲法ではなくなる」と壇上で訴えた。 東京都新宿区の公明党本部前にも40人余りが集まり、「公明党はしっかり」と声をあげ、手をつないで「人の鎖」をつくった。大阪や名古屋、神戸でもデモや集会があった。2014年6月17日21時43分 http://megalodon.jp/2014-0624-0920-11/www.asahi.com/articles/ASG6K6H61G6KUTIL03Z.html 国民から、公明党に強い圧力がかかってるようですね。 しかも、どうやら公明党の支持母体である創価学会の一般信者からも、強烈な圧力がかかってるようですね。 ▼「公明党本部前で集団的自衛権反対デモ!」 http://richardkoshimizu.at.webry.info/201406/article_158.html 票田を失ったら、政治家は終わりですからねー。 公明党の議員さん、いくらユダ公に脅されても、尻込みせざるを得ないといった感じでしょうか?w っという事で、ワールドカップに国民の目を逸らしながら、自衛隊を世界中で無料で使えるユダヤの傭兵に仕立てようとしたけど、失敗しちゃった! というニュースでした(笑) でも、自民党は閣議決定以外に、自衛隊を無料で使えるユダヤ国連の傭兵にする方法をしつこく模索中だとかw ★ ★ ★ 最後は金目とばらしたアホ無責任大臣が謝罪してましたが、サッカー日本代表にどれだけカネ目をつぎ込んだのだろうか? その挙句、10年前のドイツ大会と同じ成績なんだから、カネをかけてもサッカーの実力が上がらないということに気づいてほしいものである。学ぶ意欲のない学生に大金かけて留学させても勘違いを生むだけだ。環境が悪いのではなく、心がけが問題なんである。
2014年06月26日
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前回の続き ★ ★ ★ 六月十七日になって、徳川家康が本陣を尾張の鳴海、先手の酒井忠次は木曽川の一宮まで三万の軍勢で迫ったと伝わった。伊佐子はびっくりして(さては信長様を死なせた真の下手人が光秀ではなく内藤党と露見し、それでこの亀山城へ押し寄せてくるのか)と蒼ざめた。 だが、秀吉方本陣まで出かけていき、戻ってきた堀尾茂助の話によると、「羽柴方から使者がたって、既に十三日に光秀を討ち、上様の弔い合戦は済んでござると知らせたら、未練そうに一日は滞陣したが、翌日には徳川勢はみな引き上げて行きおった」ということで、伊佐子はやれやれとほっとした。しかしである。 (十二日からの山崎合戦でさえ十七日になっても尾張まで出陣してきていた家康の耳へ届かなかったというのに、よくも六月二日の本能寺の変が、遠い備中高松攻めの秀吉の耳へ、翌早朝に届き、すぐに毛利方と談判して至急引き上げて来られたものよ) と、すっかり感心させられた。 だから、神様のような秀吉様に夫が仕えるならば、きっと天にまします神々の御加護もあろうかと、やっと佐伊子は愁眉をひらいた。 また実際、霊験あらたかな神の恩寵はすぐにあった。千五百石どりの堀尾茂助が亀山の城番に任命され、新たに丹波黒江三千五百石を加増され五千石になったのには、とても及びもつかないが、これまで百貫武者だった父子に、舅は二千石、弥市も千石という破格な沙汰が出たのである。 一年おいて、天正十二年。小牧長久手合戦に出動すると、格別なんの働きもなかった父子なのに、倍額の加増を又も賜った。 舅は「京町奉行」の大役を授かり、弥一右の名も「木村伊勢守吉晴」と改め、御所へ参内し従五位の上を賜り、弥市も「木村清久」と改名し、従五位下に任ぜられる果報な事になった。 天正十七年には美濃の土岐多良の検地奉行を仰せつかって、二月ほど出張して戻ってくるとまたしても父子に千石ずつの加増の沙汰があった。次々と加増されていったので、佐伊子もあっという間もなく三千石の奥方になれた。 その昔、夫が百貫どりになってどうにか生計が立つようになった時、欲しがっていた木綿の反物がようやく贖え、とても嬉しかった覚えがあるだけに、「‥‥だから、あの頃が今よりよかったえ」とそれでも佐伊子は愚痴を洩らし続けた。 凧が天へ上るみたいに次々と加増されるのを初めは喜んでいたが、しまいには迷惑しきっていた。なにしろ佐伊子の手本は亡くなった母である。蕪(かぶら)大根一本を求めるにしても、向こうの辻の店屋へ行けば少しは安いと教われば汗をたらしながらもそこまで買いに行き家計の切り盛りにうきみをやつし、やりくりして世帯をたてるのに専心した母親しか、佐伊子としては見ていないし、手本として真似するのを知らないのである。 そこで、「家計の切り詰めはできるが、派手には使えぬ、どないしよう、ついていけぬ‥‥」と悲鳴をあげた佐伊子は贅沢だが、本人にしてみればいい迷惑だった。なにしろ亀山城にいた頃なら、着物を作り他家の嬶どもに見せびらかす楽しみもあった。 だが、三千石の奥方となり、まさか隣屋敷へ衣装の披露にも出向けはできない。といって、相変わらずけちけちしているものだから、銭や銀は溜まる一方で、何の使い道とてないのである。それなのに難儀している矢先、舅の木村吉晴が若い妾を一度に五人も持ったという話を伝え聞いた。 (父上も百貫武者から今は五千石。やはり金の使いみちに困られて、あの方に精を出されるのじゃろ)と、自分に引き比べて、佐伊子はいやらしいと思うより同情した。だが、考えてみると、「瓜の蔓に茄子はならぬ」ともいうし、血統ということもある。「もしも、夫が父の真似をし、妾など持ったらどうしよう」と思うと胸が鼓動し、血沸き肉踊って、しまいには目眩しそうになった。 そこで、これを防ぐには派手に金をなくすしか途はないと考えた。とても飲み食いや着るものぐらいでは、余っている金銀の処分法にはならなかったからである。思案した挙句、「聚楽第の理休屋敷へ伺候して、茶事を嗜みとうござりまする」と夫に相談した。 「俺は白湯を呑むのさえ薪代を考えて勿体ないと思うとるに、あんな苦い茶なんぞは‥‥」と勿論初めは反対された。だが、半月程すると、夫は考えが変わったのか、「身分とか格式というものを考えると、上流の者として、やはり茶湯はしたがよかろ」と許可がやっと出た。 佐伊子だって苦い青茶が啜りたくて茶湯を志したのではない。狙いは銀何十匁などといわれる茶道具の類である。だから入門して二日目に、「ひとつ、茶碗を譲って下されませ」と眼をつぶりたい心地で勇気を出してみた。 「これなど如何じゃろ」と見せられたのは、野良犬の餌碗のような薄汚い碗だった。「いただきまする」と、たかをくくって云うと、「ほう、これがお判りとは、なかなかのお目効きじゃ‥‥銀百匁じゃが八十匁にしよう」と値段をきくと血が頭へドクドク登った。なにしろ銀一匁なら米が五俵も買えるからだ。 だが、我慢して(銀が余って夫に女道楽されるよりは、ましではないか)と自分に言い聞かせた。なにしろ大事の前の小事だからである。 次々と佐伊子は銀を運んでは古ぼけた茶碗を、せっせと買い求めた。そこで、「茶とは飲むもので、そなたのように碗ばかり集めるものではなかろうが‥‥せっかく立身し、余裕もできたものと安心していたに、思わぬ道楽をされ蓄えがないとは‥‥」と夫の弥市は妻の道楽にすっかり悲観した。 というのは天正十八年、小田原征伐の陣ぶれが出て、仕度しようと銀櫃を開けたら空だったからである。父の方も女道楽で銭なしだったから、新たに武者を傭って恰好もつけられなかった。 やむなく父子合わせて荷駄人夫共五十名あまりな貧弱な行列で、人目を避けながらコソコソと夜陰にまぎれて出立していった。 見返った佐伊子は安心して、「あれならば、まさか今度は御加増の沙汰などはあるまい。また増えられては困る」と唸った。ところが、それなのにとんでもない事が起きた。 「えっ、そんなばかな‥‥」 小田原から使いに戻ってきた家来に、佐伊子は柳眉を逆立て頭へ血の道を上げて驚いた。「いや、驚かれるのはごもっともなれど、正真正銘。奥州の大崎葛西十二郡三十万石を拝領なされましたのです」という言葉に、「そんな無茶な‥‥」と佐伊子は睨み据えていた。 「はい、御存じの如く小田原城攻めは長期間になりましたゆえ、千の理休宗匠も向こうへ招かれ、陣中に茶亭を設けられました。そこで、『当代、茶湯に志す数奇者も多いが、木村様の奥方の如く茶器に目が効き、逸品とあらば金銀を湯水のごとく投じても購入される名誉な方は、天下広しといえど二人といやしない』と、大いに宣伝をなされましたので」と家来は告げた。 「‥‥まぁ羞しや」と佐伊子は自分の事なので顔を赤らめると、「あまりにも評判が高くなったゆえ、こちらの殿様も知らぬ顔もできず、理休様の茶室へ顔など出されとりました。が、さて六月五日になって、奥州から伊達政宗殿が出てまいり、これが遅参のために倉へ閉じこめられましたところ、退屈しのぎか理休宗匠に入門を乞い、その相伴衆にと宗匠から推挙になられたが、こちらの殿様でござりました、はい」 「‥‥それで」 「伊達政宗殿は命は助けられましたが、勝手に切り取りした土地は没収と決まり、その受け取り奉行に選ばれましたのが関白様妹婿にあたる浅野長吉殿と伊達殿の御推挙の此方の殿様のお二人。そこで黒川城へ赴かれた関白様が八月九日付をもって、旧大崎義隆と旧葛西晴信領を合わせ三十万石を日頃の忠勤を賞でられて下されたのでござります‥‥噂では、奥方様に茶器を沢山求めていただいた理休宗匠が、その礼心に関白様に立身の取り持ちをなされましたとか‥‥」 「‥‥げっ」と、一声。佐伊子は卒倒しかけた。あまりの話に気が遠くなった。「私が考えも無う茶器などを、どんどん贖うたばっかりに、こない奥州の山の中へ島流しのような身になられ、なんとも申し訳ござりませぬ‥‥お許しなされませ」 京から馬の背に揺られて二十三日。長い道のりに愕いた佐伊子は岩手沢の古川城へ着くなり、両手をついて夫へまず詫ごとをした。 (夫婦円満な話は中略) が、二人だけの幸福は、その日一日限りだった。というのは翌十月十一日。 中新田(なかにいだ)で暴動を起した旧大崎義隆の扶持離れした牢人共は、加美郡(宮城県)から志田郡の古川城をめがけ、鬨の声をあげて殺到してきた。たちまち城は一揆方に包囲され、鉄砲を烈しく撃ちこまれ、太い篠矢をびしびし唸りをあげながら射込んできた。何とも防ぎようもない。 「‥‥小田原御陣から引き連れてきた我らの家来は、士分は八人で、他は足軽小者に人夫の五十名。それを十二郡の城に割り振りしてあるゆえ、この古川城とて僅かに三名。残りは皆現地召し抱えの土地者‥‥今押し寄せて来ておる輩と同じ旧大崎の牢人共じゃ。よって、いずれ城門を開けて一揆勢を入れ、我ら夫婦を狙い、ここへも間もなく踏み込もうぞ」 と夫は眼を潤ませたが、「離れねば‥‥たとえ死んでも離れねば、女夫の途は立ちまするが」と不憫がってくれる夫に微笑をみせ鎧具足をつけた佐井子は、まるで腕を組むように弥市に寄り添い、薙刀を抱えて城門へと二人は進んだ。かなわぬまでも夫婦して戦うつもりである。 米沢城の浅野長吉から早打ちで送られた「奥州の大崎葛西12郡暴動」の知らせは、10月28日に聚楽第の秀吉の許へ届いた。 「‥‥人を見る目のある関白様も今度ばかりは大縮穴。なんせ五千石や三千石の者を一足飛びに三十万石に取り立てられては諸事不如意で、暴動になるは、こりゃ目にみえたこと」と、お気に入りの側近の者が口を挟んだ。しかし、横を向いたままで「それくらいは予想のついたこと‥‥」と秀吉は低い声で答えた。 「ならば、何故に?」と側近が尋ねると、秀吉は厭な顔をして、「あの木村父子は行かしておくと支障がある。よって三十万石くれてやって、それで死花咲かせて棄て殺したまでよ‥‥」と微笑んだ。しかし側近はわけが判らず首を傾げたままで、「また殿下には、いつものようにお戯ればかりを‥‥」などと言って、ピシリと扇子で自分の額を叩いて追従笑いをした。 『信長殺しが秀吉の策略であることを木村父子が知っていたので口封じした。』 俗に千の利休というが、彼と懇意だった「吉田兼見卿記」を読んでも、「理休」の名しか伝わっていない。だから利休とは死後につけ換えられた渾名でしかないと私(八切止夫)はみる‥‥のである。 ★ ★ ★ 信長が死んで一番の利益を得たのは秀吉であるから、秀吉が信長殺しの一番の黒幕で、信長に信康殺しで命を狙われていた家康が次の黒幕と考えると本能寺の変が明らかになる。毛利と交戦中の秀吉が信長の死で休戦できるわけがない。毛利側も秀吉が信長を殺すことを知っていたのだろう。秀吉の信長への奉公話は秀吉の権力下でいくらでも捏造できる。明治維新の毛利政府も捏造だらけである。 信長の妹の市が秀吉を嫌うのは裏切り行為を知ったからだろう。もっとも当時の常識からすれば、義昭は追放されたが、毛利家を頼りに朝廷と足利体制を築いていたから、反体制は信長の方で、義昭も毛利に匿われながらもしきりに信長討伐令を出していたことは容易に想像できる。
2014年06月25日
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前回の続き ★ ★ ★ 二人で戦を 遥か遠い備中へ出陣したのだから、一月や二月はもどってくるまいと覚悟していた佐伊子は、翌日の夕方、隊伍を揃えて戻って来た丹波衆を出迎え、眼を丸くしてびっくりした。 だが、もっと驚いたのは城門から入ってきた丹波衆が本丸を取り巻いた事だった。天守閣におられた明智光秀様の長子の十三歳になる十五郎君、九歳の白奇丸君、それに御前様達といった、普段は恐れ多くて拝めなかったような身分の人達が、まるで虜のように外へ連れ出され、近江から付き添いで来ていた衆も一人残らず城門から出されてしまったのである。 想えば五年前、ここを攻め落として内藤党を降参させてからは、我が物顔に亀山城に君臨していた連中である。だから亀山衆は、女子供まで城壁へ駆け登って、口々に、「とっと、坂本へ退(い)んでしまえ」と罵り喚き、石を投げ唾を吐きかけた。そして、「丹波亀山は内藤党の手に戻った」と城内の行器倉(ほかい)が開けられ、男共には酒、女子供には米や塩がどんどん配られた。 が、御当主に仰ぐべく内藤亀王丸様も、既にこの世にはおらず、五年前に内藤党を率いて戦った御城代の安村次郎右殿も、その後は安土へ連れてゆかれてしまい、それっきり戻ってきてはいないのである。 そこで寄り合いをした結果が、「俺が親爺様木村弥一右が、御城代となったぞ」と弥市が勇んで佐伊子に教えに来た。 「こりゃ、お前様、謀叛じゃろが」と佐伊子は動転してしまい眼を白黒させた。 勿論、明智光秀が本城の亀山を奪還しにくるかもしれぬという心配から、大手門は固く閉じこめられ、櫓や壁狭間には鉄砲組が交替で並んで、張り番に立った。弥市が采配をふるった。だから城内の内藤党の者は密かに、「奥方様」などと佐伊子の事を呼んだ。 むずむずするくらいに嬉しかったが、その反面心配で生きた心地もなかった。 「‥‥明智光秀様に謀叛をしたら、その背後には安土の天下御威光が控えていよう。恐ろしゅうはないのかえ?織田信長様が‥‥」 と佐伊子が震えながら訴え出れば、 「その信長様なら既にもう京の本能寺でふっとんでござるわ」 と弥市は苦笑した。 「信長様が死なれても、京には武田征伐から戻ってござって妙覚寺に御滞在中のお跡目の岐阜中将の織田信忠様もいなさるがね‥‥」 と重ねて佐伊子が言葉を継ぎ足すと、夫は、 「その信忠様も、もはや二条御所で焼け死んで、もうこの世の人ではない」 と手柄顔をした。 「えっ、それでは六月一日の夜、ここを出立して行きなすった丹波衆は備中へ向かわんと大江山越しに、細川番所のある老の坂の関を越え、山崎街道から京へ行かれたのか?」 「そうじゃ。まだ、真っ暗な京の町へ入った‥‥」 と、弥市は赤い眼をしばたいた。 「そんで、四条西洞院にある本能寺を攻めなされたのかえ?」 「攻めとりゃあせん。囲んだきりじゃ」しどろもどろに答えた。 「でも、信長様を殺したのじゃろが‥‥」と責めたてると、「殺しゃあせんわ。癇性な信長様が自分で本能寺に火付け爆裂させて勝手に死んだのだえ」 「なんでやぁね」と佐伊子は首を前に出した。さっぱりわけが判らなかったからだ。 「考えてもみんかい。俺達丹波衆一万三千は弓鉄砲まで揃えた武者衆。本能寺は四方に一間巾の濠があって、その浚え土で土居を高くしたきりの、まだ塀もない一町四方のたかが寺ではないか。城や砦とは違う。ワアッと雪崩込んだら息をつく間もなく占領できるで‥‥それに客殿の信長様の周囲には安土からの小姓三十名。 あとは向い邸の京所司代村井道勝差し出しの手伝いの女ご衆。築地の厩小屋に馬の口とりしてきた中間どもが三十一人。どれも着流しで胴鎧さえ持っとらん。武器とて、おそらく信長様の調度道具として弓を一張に槍の一本もあったらええとこじゃったろう」 と、焼死体を調べてきたという弥市は詳しく話をした。 そこで、「じゃぁ、戦わずか?‥‥」と聞き直してみると、「当り前じゃ」それに答えられた。だからして、「あの、お気の強い信長様の事ゆえ、かなわぬまでも弓を引き、弦が切れたら大身の槍をふるい防げるだけは戦って、後は小姓衆に任せて御生害なされたものと思うとりましたになぁ‥‥」 「そない事が起きようか。物の道理を考えるがよい。真っ暗なうちから囲んで、本能寺が爆発したのは卯の刻(午前八時)。つまり四時間のあまりも本能寺が女子供で防げたというのは、つまるところは戦をしなかったからじゃ‥‥もし戦をやっとってみい、その昔、信長を震え上がらせた内藤党じゃ。我らはゴホンと咳払い一つで捻り潰し、夜明けとともに同時に片をつけてしまい、信長様のそっ首も、ちゃんと槍の先に団子刺しにして持ち帰ったわい」 と威張って教えた。 「じゃぁ何で、丹波衆は囲んだきり、戦をせんと待って居られたのかえ?」 「そないな事、俺如きが知るものか。おおかた光秀の殿でも待っておったのじゃろ」 「では、明智の殿を愛宕山に置きっぱなしで、丹波衆は勝手に昔の内藤党時代の仇をとらしたのかえ?」 と佐伊子が眼を丸くすれば、「どうじゃろな‥‥」と弥市はすっとぼけ、 「癇性を起した信長様が爆死されたゆえ、我らはそれから二条御所へ押し寄せ、親王様に引っ越しをしてもろうてから、今度は、やけくそで妙覚寺から移って立てこもっとった織田信忠様を攻めたてたところ、やはり爆発してしもうたのじゃえ‥‥そんで、坂本衆三、四千を率いて明智光秀様が泡くって着到という知らせがあったから、そんで面倒じゃから我らは早仕舞いし胡麻峠越しに引き上げてきたのよ」 と口にした。 「それ程の天下の大事、まさか内藤党だけの才覚とも考えられぬ。誰が黒幕じゃ? 京洛の入り口の桑田・船井二郡を領地にし、老の坂に関所を設け、番をしとるなさる長岡(細川藤孝)様が、みすみす丹波衆一万三千の不法侵入を見過ごしているからには、やはり一味なのかえ?」 と心配して佐伊子は尋ねたのだが、弥市は、「そない天下の秘密‥‥誰の指図でやったかは、口が裂けても喋れるものか」と喰いつきそうな物凄い顔で叱りつけてきた。 その後、坂本から何度も顔見知りの者が使者にやって来た。佐伊子は直接に耳にしたわけではないが、なんでも(しでかしてしまった事はもはや取り返しもつかぬから、一切を明智光秀殿が肩代わりする。そのかわり内藤党を主にした丹波亀山兵は、これまでのように光秀の指揮下に入るように‥‥)との訓令だそうであった。 しかし、新しく城代になった弥市の父は、その度に内藤家の下がり藤の旗を見せ、「我らの立場は五年前に戻っておりまする。もはや明智殿の命令は聞けぬ。独立してござる」と、にベもなく追い返しているという。だから伝え聞いた佐伊子は案じて、「このたびの変事の後始末を光秀の殿がして下さるというのなら、やはり従来どおりに御下知に従うのがよいのではないかえ?」と夫の弥市に進言し、できるだけ諌めてみた。 なにしろ信長様には、伊勢にいる織田信雄、信孝様の他にも多くの子息が残っている。それに上杉勢と戦って北国にいる柴田勝家。上州には敢闘管領として赴いている滝川一益。両手の指だけでは数え切れぬくらい数が多い。ところが悲しい事に、軽輩の弥市や舅は知り合いもない。強いて捜し出せば播磨で滞陣中に盃を賜った事があるという羽柴秀吉だが、まさかそれくらいの縁では助けも求められない。逆に備中から取って返して攻めてくるかもしれない。 そうなっては、いくら内藤党が強いといっても、また五年前と同じ落城の憂き目。あの時は、ただ寄手の足軽どもが狼藉をし、女ご共を担ぎだしていっては慰みものにしただけだったが、今度はそれくらいの災難ではすみそうもない、何といっても、「信長様殺し」という大罪がある。佐伊子は夜も心配で寝られなかった。 今、城代などをうかつにやらされている舅はもとより、縁につながる夫の弥市も、いずれは「謀叛人」として捕えられてしまうだろう。そりゃ信長様は本能寺で爆死されたゆえ、直接の下手人ではないが、そんな言い訳は通りもしまい。なまじ弁解すれば、「命惜しさの未練者」と嗤(わら)われるが関の山だろう。夫も他の内藤党と共に高手小手に縛られて、きっと京へ引き立てられるだろう。そしておそらく本能寺の焼け跡にでも林のように十字架を立て並べ、そこへ夫は釘で手足を打ち込まれ、血まみれになって晒される。 そして情け容赦なく錆槍で左右から突き刺され、ぐるっと穂先を捻って殺される。(そうなれば、この身は残ったとて何となる)何日もじっと佐伊子は一人で思案に思案を重ねた。きっと目の玉の黒いところに磔柱が刻みこまれるように残るだろうとはまず考えられた。そんな血みどろになって悶え死ぬ夫の哀れな幻を、いつまでも眼に浮かべ、その目の玉から涙をこぼして、自分が泣き明かすのは想像するだけでも難儀だった。(共に契りを結んだからには、何事も許し合い、共に励まし合ってゆくのが女夫ならば、やはり自分も夫と共に一緒に死のう)と佐伊子は思った。 柱に釘で打ち込まれるのが痛いなら、夫と共にその苦しみを味わうべきだし、槍で抉られるが辛ければ、それも夫と一緒に堪え忍ぶことこそ真の女夫じゃと料簡した。「覚悟はしとります。攻め込まれ捕えられたら、三尺高い木の空で、お前とにっこり笑い合い、地獄の底まで参じましょう」と決心をつけたから、夫に話してみた。 「ほう‥‥俺と一緒に地獄へ落ちるのか?」と聞き返したものの、弥市もそれなり口をつぐんで黙りこくってしまった。「‥‥舅様は明智の殿と手を切られ、この丹波亀山城を独立させてござりまするが、孤立無援では所詮我らが命運も定まっておりましょう。なぁ、死ぬときは足手纏いでも、この佐伊子をちゃんと伴うて下さりませ‥‥一人でこの世に残るのは嫌でござります」と側へにじりよって頼み込むと、「そない事言うて、本当にそなたは俺を死んでゆけるかえ?」と烏天狗みたいな尖った鼻を夫は向けた。だから、「その口のきき方は、まるで疑っていなさるみたい‥‥」と恨めしさに涙が吹きこぼれた。 「互いに面白おかしく興じ合って愉しむは、気の合った相手となら誰とでもできること。だが、共に死んでゆけるは、これはなんと申せ、ただ女夫のえにしを契り合った二人だけにしかできぬこと‥‥違いまするか?」と、せっつけば。「‥‥うん」弥市もうなずいたが、顔を横に向けた。伊佐子がそっと覗きこむと涙が見えた。「お前様ぇ」と伊佐子は夫の膝に縋って、たった今からでも自分は一緒に死ねると思った。 ★ ★ ★ 次回に続く。
2014年06月25日
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前回の続き ★ ★ ★ さて、二年たった天正七年の事である。五年がかりで丹波八上城を明智勢は落とした。捕虜にした敵の波多野兄弟を安土へ送った。その護送行列に弥市父子もついていった。ところが、戻ってくるなり夫の弥市は改まって、 「われら父子は斎藤内蔵介様同心衆になるで」 と佐伊子に報告した。何でも、賑やかな安土の城下や七層建築の金銀を散りばめた安土城の壮観さに肝を潰し、他の内藤党のように、いつまでも織田信長を怨んでいてはもう時代遅れであると父子で相談し合ったのだそうだ。 「だから信長様の方につくには誰につくがよいか、明智の殿によく奉公するのが上策だが、というて、どうも戦した相手に取り立ててもらうは気が引ける。よって知り合いの取り持ちで斎藤様の手下にとりあえず父子で入れてもろうた‥‥よいか、妻としてその方も心するがよいぞ」 『この話からも、斎藤が光秀配下ではないことがわかる。』 と戻ってきていた弥市は熱心にあれこれ話を聞かせたが、(好きでもない男がどうなろうと知ったことか)と佐伊子はあまり耳を貸さず、ただ「それは、それは」とばかり空返事したものである。 ところが、秋になって四国土佐の高知の浦戸城主長宗我部の跡目に、斎藤内蔵介の妹が乞われて嫁入りする事になった。 『上は前回紹介したヤフーに載った書状(四国征伐回避説)に関係する話』 父の弥一右は風采は芳しくないが、丹波者にしては弁口がたつという点を買われ、その嫁入り行列の伴をして行った。伜の弥市もついていった。 さて、どんな手柄があったか判らないが、四国へ渡ってから重宝され、色々と役立つ事をしてきたらしい。戻ってくるなり佐伊子に、「喜べ、ついに同心衆から寄騎扱いに昇進ぞ」と弥市は勇んで褒められようと知らせに来た。 なにしろ内藤党の旧亀山衆は降参した時助命はされたが、扶持は半分以下に減らされていた。だから弥市父子も二十貫どりの水呑み武者の身分に零落れていた。が、それが寄騎並となれば、これは馬にも乗れる身分。一躍百貫どりに抜擢されたのである。早速官舎も北向きの一間きりの萱葺きの棟割長屋から、東に面した板屋根の住居へ引っ越せる事となった。 「この城に居つきの亀山衆で、そなた様の所の父子殿のように出世された方は初めてじゃ‥‥」 とみな羨んで弥市の許へ祝いに訪れてきた。 「そもそも夫などというものは、嫁の目から見れば、なにも自分が腹を痛めた子でもない、よその女ごが産ましゃった者じゃ。それを喰わせて寝かせて、いくら亭主じゃからと面倒みるは、こりゃぁ大儀なこと。少しは出世でもして埋め合わせしてもらわな、たまりませぬ」 と、心安い嚊衆には佐伊子は肚の中の気持ちをぶちまけた。そして、(本心を遠慮のうしゃべるは気持ちがええのう)と、つい心が浮ついた。だから、止せばよかったのに、 「この蘇芳の薩摩木綿はわしは派手じゃと思うに、亭主殿が見立てて買うてきなされたのじゃえ‥‥」 などと、持ち出してきては拡げてみせたりした。そして、「へぇ」と寄ってきた女達が唸るのをみると、(妬いとるな)とわかったから、つい口から、「ええ亭主殿よ」声を弾ませ洩らしてしまった事もある。そして云ったあとでは自分でもはっとして狼狽もした。(いつの間に夫の弥市を好いてしもうたか‥‥)自分でも変な気がしてきた。 この事を自分一人の胸にはしまっておけず、夫に打ち明けてみたくなった。しかし、「今まで嘘で、これから本心」と断った上で、「好きよ」と改めて言うのはちょっと照れ臭くてどうにも難儀だった。 さて天正十年五月二十六日の事である。近江坂本の支城から、信長様より軍監としてつけられた斎藤内蔵介と明智光秀の殿が馬をとばせ亀山城へやってきた。 この年の三月十一日に武田勝頼が田野で生害した後、甲斐の武田領の配分に五月まで携わっていた光秀の殿は、安土の信長様から「在荘(いまでいうところの休暇)」つまり賜暇中と聞いていたので、突然の帰城を「すわっ、何事」と亀山城の者は面食らった。佐伊子も心配した。 すると、「なんでも備中攻めの羽柴秀吉様軍勢が、毛利に逆包囲され、危ないと使者が来て、信長様が御自身で出馬。それまでの騒ぎに斎藤様を軍目付にして光秀の殿は名代に御出陣じゃ」 『上の話は、通史とは全く違う』 と弥市が斎藤内蔵介のところから教わってきて話をした。 去年八月、因幡攻めの羽柴の軍勢に助勢するため、斎藤内蔵介の率いる三千が出陣し、二月あまり軍旅を共にしたことがある。その折弥市父子も羽柴秀吉に目通りを許され、酒食などをいただいた事があるとか話していた。だからその時の事があるものだからして、弥市は秀吉と内蔵介との間柄を心安く佐伊子に話し、まるで自分が羽柴勢を助けに行くのだと言わんばかりの口をきいていた。 そして、その話しを裏書するよう、内蔵介の兵が煙硝倉の玉薬を叺(かます)に詰め替え、上から桐油紙で厳重に荷拵えされた。とりあえず百駄あまりが荷駄奉行の宰領で縄掛けが始まった。それゆえ城内は慌ただしい空気が渦をまき騒々しくなった。 「戦となれば、お前も出陣。無事に早よ戻ってもらわねば、待つ身は辛うてやり切れぬえ」 と何かしら胸騒ぎがするというのか、佐伊子は槍を研がせ戦仕度に余念のない弥市の背に、そっと甘えるように話しかけてみた。好き合って契った仲は、熱が冷めればすぐ仲互いをするというが、佐伊子のように嫌いで一緒になって、知らぬ間に心引かれだした妻の身は、まるで夫が(想い人)のようにも慕わしくなり始めてきているのである。だから、出陣ともなればとても胸が疼くのだった。 それなのに弥市ときたら、前と変わらず、「心配すんな。大丈夫じゃ」とあっけらかんと黒い顔を突き出しては唸っているのである。前はこんな表情を見せられると吐き気がしたが、今では頼もしゅうて頬ずりでもしたくなる。 せめてゆっくりしたい一夜を佐伊子は持ちたいものと心に念じてみるようになった。それゆえ、その願いが神に届いたのか、その夜は陣触れもなく、翌朝、光秀の殿だけが城からも眺められる愛宕山へ行った。(山頂の勝軍地蔵への祈願だけではなく、実は愛宕権現に軍資金の借出しだ)と弥市は教えた。 道理で、殿は夜になっても戻らなかった。だからして、「‥‥信長様は行けと御指図はされても銀は下されぬで、仰せを受けた殿様は、金繰り算段が大変にござりまするな‥‥」と寝物語に佐伊子が尋ねれば、 「采配や刀などは下さるが、軍資金は自分で賄い、あべこべに信長様へ占領地から色々な貢物を届け、ご機嫌をとるのが殿様衆の仕事。まぁ武力に秀でていても金繰りのつかぬような者では当代ではひとかどの武将にはなれぬ」 と弥市は教えてくれて、「愛宕権現で貸出しする銀は、京の吉田山の吉田神道のもの。じゃによって丹波の細川藤孝様などは金融をつけるため長女の伊也姫を一色左兵衛から取り戻し、今では吉田神社の兼治に嫁にやっとるほどだで‥‥」とも密かに打ち明けてくれもくれた。 次いで、一日おいて、二十九日、煙硝の火薬を入れた叺や長持を積み出し、二百人程の供揃いで西国向けに輸送隊が馬を曳いて進発した。だが、三草山を越えたあたりで、沛然と大雨が降ってきた。俄雨のような激しい降りだったが、ずうっと止みそうになかった。「荷駄はどうじゃろ。こりゃ幸先が悪い」と亀山城の者は、雨に叩かれながら備中へ向かった者達の事を心配した。降りとおしのまま、二十九日は終わった。 この年、つまり天正十年は陰暦ゆえ、この日が月末である。翌六月一日も雨は止まなかった。 「愛宕山へ登られたままの光秀殿は、こない降り込められては馬の藁沓が滑って山から降りられもせず、難儀でござりましょう」と伊左子は光秀の下山が明六月二日になれば、出陣もそれからの事じゃろうと思い、(今宵も夫に可愛がってもらおうぞ)と心を弾ませていた。ところが、暗くなりかけた頃合、「ボオウ」「ボオウ」と陣貝が立った。 『光秀は愛宕山で足止め状態のアリバイがある。』 しかし、雨はようやく納まったが、ぐっしょり濡れた山坂を、まさか五十五歳にもなる光秀の殿が血気にまかせて頂上から逆落としに一気に駆け降りて戻って来ようとは考えられもしなかったから、「愛宕から殿はまんだ戻ってみえんじゃろに」と佐伊子は不足がましく云ったが、「出陣の陣ぶれの貝が立っては、愚図ついてもおられまいが‥‥」と弥市は慌てて父弥一右の許へ駆けつけてしまった。 丹波一万三千はその夜、亥の刻(午後十時)亀山城外から陣立して進発。雨は納まったとはいえ、上流からの落水でかさの増した桂川の激流を渡っていった。 ★ ★ ★ 次回に続く。
2014年06月25日
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八切史観によれば、本能寺の変の直接の実行者は斎藤内蔵助利三であることを前回紹介したが、タイムリーというべきか、ヤフーに、以下の話が掲載された。 本能寺の変に新資料 光秀側に長宗我部“嘆願”「四国攻め回避」説を補強 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140624-00000088-san-soci 確かに、四国攻め回避説も、信長暗殺の一要因ではあるが、八切史観によれば、実はこれだけではないことがわかる。四国攻めの大将は信孝とその与力の丹羽長秀なので、利三とは直接関係がないからである。だから、八切氏は、利三と通じるには丹羽長秀が怪しく、長秀も信長暗殺に加担したものと推測している。 丹羽長秀が信長に怨みをもつのに充分な証拠もあるという。それは秀吉の代になって、大出世したことでもわかる。八切氏によると、長秀と秀吉との間には秀吉の正室の寧々が一枚噛んでいたそうである。 さて、現在の通説と大きく異なるのは、斎藤利三は、通説では明智光秀の家老とされているが、信長から光秀に配された与力であって、光秀配下ではないことである。明智左馬助秀満などとは違う立場なのである。 だから、八切氏によると、利三の命令は、信長の命令であって、光秀の命令ではないと、命じられた方は受け取っていたはずだという。 また、本能寺の変の当時には、光秀は愛宕山にいたアリバイがあり、光秀が率いれる兵は多くて3千程度らしく、本能寺を襲った兵は1万三千ほどなので、光秀一手では不可能な兵数らしい。 利三が率いた1万三千の兵は、実は家康を殺すための兵だったそうである。実際、兵たちは家康を殺しにいくものと思っていた証言も残っていて、イエズス会の史料にも、信長が、近く、三河の王を撃つから、三河から出たほうがよい、という記述が載っているそうである。 つまり、八切氏の説のように、利三の兵は堺に逃げた家康に対する討伐隊だったのを、家康が逆に利用し、秀吉は事前に知って、信長が殺されてから、光秀の謀反のせいにしたと考えると辻褄があう。 信長の死すら定かでないときに毛利と和睦できた秀吉の中国大返しの謎も解けるし、家康は、利三に恩を感じていたのか、その娘のお福を春日局にして、自分とお福の子の家光に、わざわざ秀忠を隠居させ、織田の血をひく国松を排除し、徳川政権を継がせている理由もわかる。 光秀は逆に信長の忠臣で、本能寺の変後、信長の消息を探していたそうだが、朝廷から京の治安維持を依頼され、とりあえず朝廷警護に向かったそうである。この辺の朝廷の動きも怪しい。そこへ西から秀吉軍がやってきたので、合流するつもりが、秀吉側が光秀を謀反人と決めかかり、討伐してしまったそうである。 その後、清州会議で、秀吉らは、光秀謀反を主張するが、勝家らは、奇蝶謀反を主張し、結局勝家の説が採られ、奇蝶を安土城とともに焼き払った信雄が信長謀反討伐の第一等の功績とされ100万石を領し、血筋から信忠の子三法師を跡取りとしたという。当時の史料をみれば、奇蝶が首謀者とする説が主流だったそうである。これは織田家の跡取りを道三の力で得た信長について奇蝶の立場から考えればよくわかる。 このように八切史観は通史とは全く異なるので、続けて紹介する。 ★ ★ ★ 天下の秘密 亀山内藤党 美濃御前、奇蝶姫や光秀の娘の於玉は信長殺人事件の悲劇のヒロインともいえるが、全く反対に、これによって幸せになった女も当時はいたのである。 勿論どんな素性の者だったか、三十万石の太守の北の方になったから名前は伝わっているが、彼女のその他は判らない。 さて、「どえらいことをやってるでぇ」と、しょっちゅう口癖にしている男とは、彼女も聞いてはいた。まぁ評判たつ男ゆえ顔を知っていた。 だが、その変わり者の弥市に、自分が目をつけられていようとは、「佐伊子(さいこ)、佐伊子」と横柄な口調で呼び止められるまで、まさか考えてもいなかったから、ギョッとして、「えっ?」と思わず立ち止まったところ、つかつかと寄ってきて腰を屈め、頭を下げたと思ったら、すくいあげるように被衣の下から、まるで舐め廻すような目つきで覗き見された。 そして、あろう事か、大道の真ん中で、「噂にきいたより、こりゃぁ ええ女ごじゃ」とどなられ、「嫁に所望」と喚かれた。恥ずかしさに佐伊子は真っ赤になり逃げ出そうとしたが、動転し息づかいも苦しかった。 それなのに無遠慮な大声で、両手をひろげ、「この城の内藤党の娘ッ子の中で、そなたのような掘り出しもんがあるとはしらなんだ。他人にとられては損をする。はよう嫁になれや」とはやし立てていた。黒い顔が烏みたいに無気味で、ギャァギャァ耳へ響いてきた。 佐伊子は狼狽し、どうしてよいかわからず、動機打つ胸をこわばらせながら、「お許し下さりませ」とわびを入れた。それなのに相手は、「いや許しはせぬ。あくまでも俺が嫁にする」と大手をひろげて立ちふさがった。 「そんな御無体な」と佐伊子は蒼ざめ震えながら後ずさりした。海老蔓の赤黒く染まった叢に足をとられかけると、のしかかるように黒い顔が迫った。「あれえっ」と悲鳴をあげようとしたが、口をあけても声どころか唾も出なかった。(嫁になれ)とは何をされるのかと震えた。ワンワン泣いてしまおうとは思ったが、声が出ないのではと諦めたが、癪だった。どうしてくれよう‥‥ (こない暴れ馬でも押さえこむよう両手を拡げてかかってくるのなら、こっちも蹴たぐってやろうかい)と、膝頭に力を入れた。爪先を縮めた。そして、男の急所とはどの辺りかと眼を注いだ時、ダアアンと大きな音がした。 弾かれたように佐伊子は叢に腰を落したら、続けてまたダン、ダンと轟いて聞えた。弥市もキッとして耳を立ててふりかえった。敵襲じゃ」「寄せてくるぞ」と声がとんだ。 弥市は固唾をのんで立ち上がったが、「大事なとこ‥‥見えるで」名残り惜しそうに言い残して、またばた櫓下へ向かって駆け出した。 「‥‥何が見えるんじゃろ。もう敵が近いのか」佐伊子も叢からぴょこんと跳ね起きたが、弥市の後ろ姿はもう小さくなって見えた。 (いやな奴、虫酸がはしる) 佐伊子は唾を吐こうとしたが、嘔吐までもよおしてきた。「あんな男、死んでしまえ」口中で罵った。 (あいつが普段言いふらしている『どえらいことやったる』とは、かねて懸想していた自分に言い寄ってくることだったのか‥‥)佐伊子は呆れて腹が立った。「ずうずうしい不快な男」と、悔し涙を溜め、誰があんな奴の嫁になるものかと誓った。 そのうちに弥市の後ろ姿は見えなくなると、佐伊子の気持ちも軽くなり、(あないに想いを寄せ、男がのぼせるほど、私は好い女ごじゃろか‥‥)と心が疼いたが、あんなあつかましい弥市では御免じゃわえと首を振り、大きく溜め息をした。 さて、この天正五年十月十六日の昼下がりから、丹波亀山城は三日三晩にわたって、明智光秀と細川藤孝の軍勢に猛烈な攻撃を受けた。 これは今を去る四年前、足利十五代将軍義昭が織田信長と戦うにあたって、亀山城主内藤定政を招き、定政は内藤党四千をもって二条城を守りとおし、さすがの信長も攻めあぐみ御所へ頼み込んで、時の関白二条晴良が、勅名にて和解させた時の復讐なのである。 つまり、「丹波亀山党の名が天下に喧伝された」のを、それからというもの信長は憎んでいた。 だから定政が病死するや直ちに明智・細川に攻めさせたのだ。 定政の遺児亀王丸は時に十歳だった。よって家老安村二郎右が内藤党の精鋭をもって旭山に本陣を設け、攻めかかる敵の織田勢を防いだ。 「天正元年の二条城の仕返しを、今頃になってしにくるとは卑怯千万なり」 城内は一丸となって戦った。曲輪外に住んでいた佐伊子達も城へ入って怪我人の手当をしたり、時には壁狭間の見張りに立ち、邪魔な女の乳房を固く胸板で締めつけ、矢を射ったり礫石を投げて一致協力して寄手を悩ました。だが、織田信長が向けてきた天下の大軍を迎え、孤立無煙の内藤党がいつまでも戦えはしなかった。 それに寄手の明智光秀や細川藤孝というのは、もともと足利義昭の奉公衆で、永禄十一年七月に義昭を朝倉の一乗谷から美濃の立政寺へ移し織田信長に引き合わせた者共である。 今は織田方になっているが、元は先代の内藤定政と同じ室町御所の出身である。そこで、「悪いようにはせぬから」と細川方から談合の使者が戦の合間に訪れてきた。 「内藤亀王丸の一命は誓って助ける」と明智方も約束してきた。だから安村次郎右は、十月二十日に丹波亀山を開城した。 当時、丹波攻めの総大将であった明智光秀は氷上、宇津の城を攻める為に信長から、この亀山城を貰い受け、坂本から一族を移し、これを明智の本城とした。つまり内藤党は安村次郎右以下一人残らず、この時から明智光秀の家来にされたのであった。そして佐伊子は弥市の嫁になってしまっていた。 もともとはこんな筈ではなかったがしようがなかった。嫌だったが事情があった。 「和平開城」といえば人聞きはよいが、内藤党は負けて城を取られ、家来にされた立場である。だから進駐軍の明智勢は城内の娘を担ぎ出し馬に乗せて行って嬲りものにした。 なにしろ今までの城方の味方の武者奉行が、今度は敵方の女ご集めの奉行早変わりしてしまった。差紙をもって、「長屋うちの娘を、何名ずつ差し出すよう」と、女の出陣ぶれ。つまり娘の供出の世話やきをさせられる有様だった。 佐伊子は怖じ気をふるった。間違いないうちにと、好きではなかったが木村弥市右の伜で別居している弥市の許へ縁づいた。つまりは災難除けの為である。 ところが男というのは自惚れが強いから、弥市はまさかそうだとは思っていない。「そなたは俺の申し越しを聞き、喜んで嫁にきてくれた女ごじゃ。大事にしたるで」と悦に入っている。しかし、もちろん目にみえては何もしてくれない。銭のかからぬ、ただの口先だけの喜ばせである。だから佐伊子の方も釣り合いをとって、「わたしとて、お前と一緒になれて、こない嬉しいことないわえ」と、あまり手足は動かさず、唇だけを動かして機嫌をとっていた。 というのは、なにしろ、(とかく男女の仲は互いに本心を見せ合ってしまっては長続きしないものだが、体裁ぶって相づちさえうっておけばうまくいく)と、佐伊子は母から教わってきたからである。 それに、本当に好きならまさか恥ずかしくて「好き」とも言い出せないものだが、佐伊子は根っから弥市を好いていなかったから、その点はだいじょうぶで、あけくれ挨拶するように、「好き、好き」と平気で口に出せたのである。 だが弥市はそれを耳にするたびに、にこにこしては、「俺は、幸せだなぁ‥‥」すこぶる上機嫌だった。「私だって幸せにござります」と、そこでものはついでということもあるから、佐伊子も付け足しを言っては、そっと相手の顔色を見物したものである。 (男は不自由なもので、気の向かん相手では、にっちもさっちも身体が言うことをきかんそうだが、その点女ごは重宝にできとる)とは母に言われてきた事だが、全くそのとおりで、佐伊子は嫌いな弥市とも平気で過ごせた。 ★ ★ ★ 次回に続く。
2014年06月24日
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前回の続き ★ ★ ★ 桶狭間の秘密 「父道三さえ生きておりましたなら加勢してくれまするが、今となってはそれのかなわぬところ」奇蝶は悲しんだ。 しかし百万石の駿河の今川に対して勝ち目はとてもなかった。「時よ、時節は変わろうとままよ、織田の信長は男じゃないか」あっさり諦めて、向こうの申し出によって人質を出すことにまでなった。尾張平和のためならばと男らしく覚悟をつけたのだ。 ところが、覚悟をつけるのと実行するのとは違うものである。もたついているうちに今川義元は進発してきて、なかなか信長が出てこないことに立腹し、丸根・鷲津の砦まで焼いてしまった。放っておけば清洲城まで火をつけられる。 そこで信長は佐脇藤八以下近習5名のみを従え、せっぱつまって出かけていった。昼頃になって、今川義元は信長の母方の里の平手の庄へ押し寄せた、と伝わってきた。平手は今の中日球場の裏側で桶狭間の近くである。 さて、夕方になって降参しに行った筈の信長が、千余りの鉄砲をぶんどって戻ってきた。これには清洲にいた家来もびっくりしたが、奇蝶も驚いた。 「にわか雨にやられて鉄砲の火縄が湿って使い物にならないと見てとるや、信長様は電光石火の変わり身の速さで戦見物に集まってきた野次馬を指揮、恩賞づきで鉄砲をかっぱらわせ、ついで義元をも倒しなされたのだ」 と伴をしていった小姓頭岩室重休は言ったが、 「では‥‥裏切りではないのかえ」 と奇蝶としては、この時割り切れぬものを感じた。 が、信長には黙っていた。 その翌年の永禄4年から信長はぶんどってきた鉄砲を使って美濃を攻めたが、先方のほうが強く、五年、六年と連戦連敗。だが永禄七年には美濃三人衆を手懐け美濃を占領してしまった。 占領地の宣撫工作のために前美濃国主の娘である奇蝶は、井の口城を改築した岐阜城へと移ることとなった。昔のように夫婦仲がしっくりいっている時には、あまり感じなかったような事でも、間柄が冷めてくると疑心暗鬼というか、疑いっぽくなってくる。 一つの城とはいえ、夫の信長は本丸。奇蝶は二の丸だから、まぁ別居のようなものである。そこへもってきて、奇蝶の死んだ母が東美濃明智城の娘だったから、どうしても二の丸へは美濃の者が集まってくるようになった。そして安藤伊賀がある時、 「よもやと思われますが、先年斎藤道三様に伜殿が叛かれましたる真相は‥‥信長様が『親子ではない』と言いふらす者どもを放って騒ぎを起させたとの由。また、『まむし』『悪党道三』などとでたらめな噂を撒き散らしたのも、みな信長様の小細工とか。そないに申す者がおりますがのう‥‥」 と言われて奇蝶は眼を白黒させたが、「まさか」てんで本気にはせず、「わが夫の事をとやかく蔭口をきくものはもってのほかぞ」と叱りつけた。 が、安藤伊賀守は言わねばよかった一言の後のたたりが大変で、天正8年に、この時の告げ口が信長に洩れ、美濃北方城六万石を召し上げの上に追放処分にされてしまうが、それは後の話。 さて、天正四年に丹羽長秀に作事させた安土城ができあがったので信長が引っ越す時、「我が亡き父道三入道の城だったところゆえ、岐阜城はわらわの異母弟新五郎改め斎藤玄蕃介にやって下されませ」としきりに奇蝶は頼んだが、信長は自分が生駒将監の後家に産ませた長子の信忠を岐阜城主にし、玄蕃介は家老にしただけだった。 天正十年五月二十九日、信長が身の回りを見させるため小姓三十騎を従えて本能寺へ入った。武田征伐から引き上げた信忠の一行も京の妙覚寺にいた。この時かしこきあたりから皇女御降嫁の話が密かに広まっていた。 本当のところは、武田の姫を嫁にしていた信忠だが、武田を攻め滅ぼすために離縁していたから、その後釜にというのが真相だったのだが、奇蝶はてっきり夫信長への降嫁で、自分は追われるものと勘繰った。嫉妬に目がくらんでしまった。 さて、南蛮人の宣教師が火薬を輸入するバーター制に、日本人を奴隷としてマカオへ連れ去り、これを印度のゴアやヨーロッパへもっていくことに対し信長が激怒して、イエズス派京都管長オルガンチーノと当時はしきりとににらみ合っていた頃でもある。 美濃三人衆稲葉一鉄の姪を妻とし、以前は信長の直臣として羽振りがよく、その妹を四国の長宗我部元親に嫁していた斎藤内蔵介が、天正八年の安藤伊賀守の失脚に巻き添えの形で、当時は明智光秀の戦目付にまわされていたが、それさえも危うくなっていた。 ところが延期していたものの、とうとう六月二日の朝には長宗我部征伐の織田信孝に戦目付の丹羽長秀がついて出航という事態になった。 「これを出してしまっては、妹婿の長曾我部の滅亡である」と内蔵介はあせったが、昔のような権力のない立場なので困っていたところ、当時の美濃人から女王様の如く尊敬されていた奇蝶から密かに命令が来た。 また、次いで、「ある事情から信長様に命を狙われているから、何とか助けてくれ、なんなら徳川の家は内蔵介の血筋に継がせてもよいから」と二十九日に信長上洛の知らせを聞くや、すぐさま堺へと船を求めて逃げたが、堺代官松井友閑に船を押さえられ軟禁状態の家康から、本多忠信が密使として内蔵介を訪れた。 信長のために銀の値が安くなるというので、母方の親類の角倉一族も内蔵介に旗上げをしきりに求めてきた。 「纏めて面倒みよう」 ということになって、そこで六月一日の夜に一万三千の丹波兵を、軍監の立場を利用して内蔵介は動員させ、これを率いて出発した。 六月二日午前九時過ぎ愛宕山頂で雨に閉じこめられ下山できずだった明智光秀が、坂本衆三千を率い上洛したが、その時既に本能寺は2年前のスペインのフェリッペ一世によって新開発されたチリー硝石の強烈火薬でふっとんでいたし、信忠も爆死していた。 十日たって急いで戻ってきた秀吉が、信孝を名目だけの大将にしてライバルの光秀を弔い合戦の名目をつけて山崎で破った。 半月たった六月二十七日、終戦処理をするために清洲で会議が開かれた。 「信孝が明智を討ったから殊勲甲」と秀吉はしたかったが、勝家らは、「信長様殺しは光秀ではない」と反対し、明智秀満の兵が坂本へ引き上げた空っぽの安土城を六月十五日に焼き払って、中にいた奇蝶を焼き殺した次男信雄様の方が仇討ちの一等」と多数決で決まり、信孝は美濃一国だが、信雄には伊勢尾張二国の分け前となった。 しかし、信長のやり口に対し、奇蝶のとった行動に同情する者が当時多かったから、六月二日より岐阜城主になっていた異母弟の斎藤玄蕃介も助命され、信孝が城主になると、また家老になった、とも伝わっている。 そして信長殺しが秀吉か家康か、はっきりさせられなかった時代では、奇蝶は「夫殺しの悪女」とされたままで、今も日本全国どこにも彼女の墓はないはずである。 だが、儒教が広まった元禄以降は、「信長ほどの男が女に殺された哀れな亭主ではおかしい」と、男の光秀にすりかえられてしまった。しかし、御霊社や御霊神社というのは無実の罪をきせられて殺された者の霊が迷って出るのを防ぐため、それを祀るものだったとは今では明白にされているが、京都福知山で一番大きな神社である御霊神社の祭神が明智光秀で、江戸、元禄後から今日まで大多くの信者を集めて毎年十月の例祭には何万人もの人が寄ってくるのは、「信長殺し」にされた嘘っぱちへの同情か、今でも多くいる悪女に悩まされる善男どもの姿であろうか‥‥ ★ ★ ★ 次回に続く。秀吉も死後、北政所に裏切られた。八切史観では、秀吉の出世は北政所の貢献が大なので、裏切ったのは秀吉のほうかもしれない。信長の出世も道三の御蔭だから奇蝶の貢献大になる。秀吉も信長を裏切ったのだから、自業自得か。いずれにしろ女の嫉妬ほど恐ろしいものはない。
2014年06月19日
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八切史観によると、信長がいまでも人気なのは、当時のカースト制度に反抗した部落解放者だったからだという。そのため、信長は当時の中心的思想の仏教嫌いで仏教徒を徹底的に弾圧した。つまり弾圧されてきた積年の恨みを晴らしたわけである。京都馬揃いのときは朝廷を鉄砲で脅かしたそうであるから、朝廷が信長という存在を畏れていたことがわかる。 そういうわけで、当時の下層民の部落民からは英雄視されていた信長だが、案の定というか、その部下たちからは恐れられていたそうである。いまでは本能寺の変は光秀の仕業となっているが、八切史観では、逆に光秀こそが死ぬまで信長の忠実な部下だったそうである。つまり光秀謀反説を捏造したのは、信長の後の秀吉、家康なのである。 というわけで、その話を以下に紹介する。 ★ ★ ★ 道三の娘奇蝶 これまで明らかにされていなかった事だが、信長殺人事件には細川ガラシャ夫人こと光秀の三女の於玉の他に、道三入道の一人娘である奇蝶が、どうしても重要な意味合いを持つ存在として見逃せない。つまり、二人の女性がはっきりこの事件には関わり合っているのである。 昔は婚姻しても夫の籍に入り、その姓で呼ばれるという事はなく、尾張から嫁入ってくれば尾張御前と呼ばれていたので、美濃の斎藤道三の一人娘として生れ、信長の許へ嫁に来た彼女はそれゆえ「美濃御前」と呼ばれていたが、今ではそれが濃の方とか濃姫という名前と間違えられている。 しかし天正年間にあっては、彼女こそ下手人という説もあったくらいである。 だが、斎藤道三と織田信長の関係が一般に小説や映画ではこれまで、友好的な正徳寺出会いの一幕だけにしぼられてしまい、美濃御前の奇蝶姫にしても、信長が桶狭間へ出かけていく前に、「人間僅か五十年、化転の内に‥‥」と小敦盛を謡って仕舞いする時に、小鼓を打つぐらいの役割でしか知られていない。 もっとひどいのになると、本能寺へこの奇蝶が同伴して行って、薙刀を振って力戦するような本もあるにはある。しかし、当時の記録をよく調べさえすれば、なにしろ信長殺しとされていたくらいゆえ、そんな馬鹿げた事は書かなかったろうと思う。実際には良きにつけ悪しきにつけ、気性の激しい女性だったらしいが。 (現代の大河ドラマなどの出鱈目は秀吉の桃山期と家康の江戸期にできた虚構を基にしているという。) よく、女にとっての愛の在り方とは、若いときには異姓へ迷いを生じる事もあるが、実際は「血の流れ」によって結び付いている間柄しか、女性は真の愛を感じたりしないものである、とはモーパッサンやメリメも書いているが、日本でも、「夫の代りは男であればいくらでもいるが、親や兄弟の代りはない」ともいわれている。 彼女の場合も、夫の信長よりも亡き父斎藤道三や種ちがいの兄である明智光秀や弟の斎藤玄蕃允の方に愛を感じて、父道三が非業の死を遂げたのが、夫信長のせいと誰かにふきこまれたり、当時の美濃が、今日的に云うならば被占領地帯だったからと、 「なんとかして父祖の地である美濃を、自分の腹を痛めていない子にばかり後を継がせようとする信長の圧政下から解放するには尋常の手段ではなんともならぬ」 と、東美濃明智城で生れ育った小見の方を母とする彼女が、氏家直元、稲葉一鉄、安藤伊賀ら美濃人につっつかれて稲葉の女婿である斎藤内蔵介を実行委員長としてクーデターを敢行したというのが、天正十年六月当時の見方だったのだから、いかに彼女が権威をもっていたかもわかろうというものである。 もしも彼女にもっと協力なバックアップがあったら、北条政子の再来の如く斎藤政権を打ち立てていたろうが、尾張人の秀吉にしてやられてしまったのは惜しみてもあまりある。 さて、そこで話は彼女が若かった頃に戻ることにする。 「‥‥さて、(信秀亡きあとの)お跡目は?」と、尾張中が騒ぎになった。 なにしろ織田信秀が流行病にかかって発熱したと思ったら、一晩中苦しみとおして死んでしまい、遺言もなかったからである。 「一郎様は美濃合戦で討死してござるから二郎(信広)様じゃが、あの人は三河安祥の城代をしていて今川方の捕虜になられた負け犬じゃ。すると次は三郎信長様か、二つ年下の四郎信行様ということになろう」 ということになったが、どちらも信秀の伜殿には相違ないが生母が違う。四郎の母方は阿久井の豪族で、祖父の土田久安が孫可愛さに、この時とばかり那古屋城や古渡城の織田方の重臣に銭をばらまくから人気が出てきた。 ところが、三郎信長の生母はとうに死んでいるし、祖父にあたる平手政秀というのが倹約家の尾張の中でも代表的な人物だから、一文の銭も出そうとしない。そこで四郎の里から何かと貰っている連中はよるとさわると、「三郎殿は大たわけじゃから、あんなのが尾張の跡目をとったらあかすか」と、頗る人気が悪く問題にもされない。 (このときの平手の態度がよほど気に入らなかったのか、信長は平手家を後に潰した。) しかし、持つべきものは女房なりけりで、三郎の妻の父というのが隣国美濃の斎藤道三入道であったからして、「わが夫を何とかして下され」と急便をたてると、一人娘の奇蝶が可愛いいからして道三は、「よっしゃ、まかせておけ」直ちに安藤伊賀守に二千の兵を率いさせて国境の木曽川べりに並べ、いつでも武力進駐する構えを見せておいて、俵に入れた銭を持ち込んで、これで尾張の重臣どもを片っ端から買収にとかかった。 いくら四郎側があくせくしても、豪族の土田久安ぐらいでは美濃国主の斎藤道三にかなうわけはない。ついに尾張の武者どもはこぞって三郎信長に、「お跡とお継ぎなされ」と当主に立ててしまった。 その時18歳の信長はすっかり感激してしまい、美濃から来ているため美濃御前、「み」の字を略して濃と呼んでいる一つ違いの嫁女の奇蝶に両手をついて、「おりゃ一生涯恩にきる。このたびの肝いりありがたく思うぞ」礼を言った。 すると相手も、「嫁にござりますもの。お前のために尽くすは当り前でござりましょう」と少々恥ずかしそうに身をくねらせた。 ところが、二年たった天文二十一年の事。 「美濃と尾張の境目の富田の正徳寺で婿と対面したい」と、正月の年賀の使者が道三入道の言付けを持ってきた。 跡取りに力を貸してもらったのに、まだ礼も言ってなかった信長は、これにはすっかり狼狽した。 年始に現れた平手政秀に対して信長は不機嫌に、 「これ、爺や。そちが跡目をとるときにけちして銭惜しみしくさったゆえ、道三入道に挨拶に来いと呼び出しをうけたぞ」 としつこく文句を言った。 政秀もむくれ切って戻ると、恥をかかされたと、面当てに自害してしまった。 この話が今では(御守り役として諌死)ということになっているが、大名の若殿に御守り役がつくのは軍役の職が減じてからの江戸時代からの事で、それにもし平手一族が忠臣だったならば、名古屋市北区西志賀町に「涙塚」という、信長による平手一族誅伐の墓など残っているわけはない。 「結婚とは男にとっては第二の父を持つことである。俺は斎藤道三という良き父を、そなたのおかげで持てた‥‥」と富田では道三に対面して戻ってきてからというもの、信長は道三をベタ褒めにしだした。だから妻の奇蝶も喜んでその旨を道三に伝えたりもした。 若い信長の為に道三が絶えず援助していたことは「信長公記」の中にも「道三の命令にて伊賀や物取新五らの千名余の者きたり、今川勢ふせぎに那古屋より志木まで陣張りをす。よって信長ねぎらい頭を下げ礼をする」などと出てくる。 今でいう、スープの冷めぬうち距離には遠いが、美濃と尾張は隣国なので、兵をと云えば兵、銭をといえば銭を道三は送っていた。これで夫婦仲が円満にいかないわけはない。 「さぶちゃんや」 「おう濃・・いやイエス」と二人が睦まじく暮しているうちに四年目。 奇蝶の父道三と伜の義竜が衝突‥‥思いもかけぬ事態が持ち上がった。 原因は(義竜は道三の子ではない)といった流言がとんだためだという。 「そないたわけた話はない。誰ぞがいいかげんな事を言いふらしたとみえるが、ほんに困った事」 二十一歳になった奇蝶は、すっかり胸をいためた。そのうちに尾張へまでも、「蝮の道三」だとか、「悪党道三」などと、ひどいデマがとんできだした。 「幼い頃は京の妙覚寺へ入り、今でも朝夕は御題目を上げて御勤めしているような、あない優しい父の事をひどい事を言いまするるもの‥‥」一つ違いの信長も一緒に憤慨した。 さて、道三は朝倉や浅井にも応援を求めたが、なにしろ悪名が鳴り響きだしたので、どこも力を貸さない。しかたなく道三は翌年に尾張へ末子の新五郎をよこして、「鷹狩りに出た後で謀叛されたゆえ、自分の兵力は義竜の十分の一もない。美濃一国を譲ってもよいから、なんとか信長に助力をしてほしい」と言ってきた。 奇蝶は信長に、 「あなた様がまがりなりにも、こうして今日この尾張を継げましたのは、これひとえに父道三の尽力でございますよ」 とすぐさま出陣するようにせがんだ。 信長は二千あまりの兵をかき集め、弘治二年四月十八日に出陣していった。 ところがである。四月二十日の長柄川の決戦に、せっかく出かけた信長が「間に合わなかった」と戻ってきた。「無念ではあったが、とうとう道三入道殿は、おいたわしや首をとられなすった」と告げた。そして泣き崩れる奇蝶へ、 「きっと、この仇はとってやるぞ」 と慰めを言った。だが、道三が死んでしまってからの美濃は、もうこれまでのように兵も銭もよこさなくなった。 だから若い信長をなめて尾張の者も多く叛いたが、三河の松平党を手先に今川義元は、鳴海から現在の名古屋駅の裏手あたりの中村まで進出。とても危なくて那古屋城にはいられなくなった信長は。草深い清洲へいわば疎開。しかし、五条川沿いの今の関西線の蟹江まで敵は迫ってきた。 だから父信秀の頃の尾張八郡が今や三郡でさえも危ない事態となったのだが、そこにつけこんで永禄三年、今川から、 「このたび上洛することとなったが、兵をそのまま京へ連れていく関係上、もし手向かうにおいては先に片付け、それから進発したい。降参するか、刃向かうか?」 と最後通牒が来た。 ★ ★ ★ 次回に続く。
2014年06月19日
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前回はワールドカップサッカーでなぜ日本は活躍できないのかの話を紹介したが、コートジボワール戦が他の試合と比べて特別に時間帯が違っているのに気づいた人もいるだろうが、以下のカラクリがあったそうである。お馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ 日本が払った放送権料は300億か400億 http://my.shadowcity.jp/2014/06/300400.html おいら、サッカーは見ないんだが、アルゼンチンのローカルチームで選手やってる日本人とか、柏レイソルのユースで日本一になったウイリー君とか、知人はいるんだが、アレはなかなか難しい商売で、上手いだけじゃ生き残れない。怪我に強いというのが、大事みたいw たいてい、怪我をきっかけに引退するし。おまけに最近は、人気があり過ぎて、とんでもない時刻に試合やらされたりして、大変ですw ■質問:今回ブラジルで開催されるサッカー・ワールドカップ(W杯)で、なぜ日本とコートジボワールの試合だけが午後10時から始まるのですか ■回答:日本とコートジボワールのサッカー協会が互いに合意したため 国際サッカー連盟(FIFA)は昨年12月に行われた組み合わせ抽選会の直後、C組の日本とコートジボワールの試合を現地時間の午後4時から午後10時に変更すると発表しました。 FIFAは組み合わせ抽選の後、双方のサッカー協会の間で合意さえすれば、最大7試合まで試合時間の変更を認めることにしました。 この試合時間の変更は日本サッカー協会からコートジボワール側に要請したものです。 日本のTV局の都合で、試合時刻を変更だそうでw コートジボワールの都合なんか、知ったこっちゃない、貧乏なんだからw 同じ試合を流しても、日本からは大金貰えるが、コートジボワールからはちょっぴりです。でも、売らなきゃ一銭にもならないので、安くても売ってしまう。そんなの紙芝居を遠く離れた後ろで見ている子供みたいなもんで、どうでもいいw 大金払ってくれる日本のTV局が大事w ★ ★ ★ なんでもカネかい! こう考えてくると開幕戦の三人の日本人審判も買収かいと思えてくる。 選手が環境のせいを敗因にするなら、そのような過酷な時間帯にやったのはマスゴミのせいで日本の敗因はマスゴミのせいとも思えてくる。とすると、ギリシャ戦は買収できなかったのか? はたまたコロンビア戦は? 視聴率さえよければ日本が負けてもいいというわけなのか。あほらしい。 本当ならば、日本代表がなるべく高いパフォーマンスを発揮できる時間帯を選ぶべきなのに、そんなことはお構いなしに視聴率優先で、結果的に代表が無様な恰好で負ける試合を見せつけられてしまったわけである。あんな試合ならみなかったほうがマシであろう。 全くこの国の連中は金儲けしか頭になく、自分たちだけよければよいという奴ばかりで、渡る世間は鬼ばかしである。 どうもその鬼ぶりが、なんだか偽ユダ金に似てきたようで、金儲けの泥棒の一味となってきていることがわかる以下の話をお馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ★ ★ ★ JA全中改革(農協改革)と混合診療拡充の共通点とは http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140613/1402634461#seeall 安倍内閣は、農協改革や混合診療などの規制改革を今後閣議決定して行くそうです。 JA全中の権限縮小=安倍首相「不退転で農協改革」―規制改革答申 政府の規制改革会議(議長・岡素之住友商事相談役)は13日午前、昨年6月に続く第2次答申をまとめ、安倍晋三首相に提出した。焦点の農協改革では今後5年間を改革集中期間と定め、全国に約700ある地域農協を一律に指導してきた全国農業協同組合中央会(JA全中)の権限を縮小。新制度移行に向け、来年の通常国会に関連法案を提出するよう求めた。 答申は、医療保険が適用される診療と適用されない保険外診療を併用する混合診療の拡充や、労働時間規制の見直しも打ち出し、約230の改革事項を盛り込んだ。政府は改革実現への工程表となる「実施計画」を今後閣議決定する。答申を受け取った首相は、「これまでできないと言われた岩盤規制に大胆に踏み込んだ。政治家の実行力で結果を出したい」と表明。農協改革については「不退転の決意で抜本改革に取り組む。中央会はどうあるべきか、ゼロベースで考え直すことが必要だ」と訴えた。 JA全中の組織見直しは、地域農協の経営の自由度を高め、農業の競争力を強化するのが狙い。規制改革会議は当初、農協法で規定されたJA全中の指導権限を廃止し、シンクタンクなどとして再出発することを検討したが、JAグループや自民党農林族が強く反発。「廃止」明記は見送られ、答申の表現は「中央からの指導に基づくのではなく、地域の農協が独自性を発揮するよう抜本的に見直す」と後退した。 時事通信 6月13日(金)9時26分配信 http://www.freezepage.com/1402623469SFGJSGOKMC さてさて、以前なら規制改革やら規制緩和を直訳すると、『外資=ユダヤ金融勢力が、日本で暴利を貪るためのルール作り』でした。 ところが、最近はもっと直接的・・・ 規制改革&規制緩和 = ユダ金が合法的に現金を略奪するためのルール作り ・・・という感じに変わったようですw JA全中の撤廃は、もちろん農協マネーをごっそり頂こうと、ユダヤ金融勢力が手下の安倍ちゃんに命じたミッション。 これに対し、JAや党内の農林族などが強烈に反発! 結果、JA全中の全廃から権限縮小にまでトーンダウンした訳です。 ところが、「農協改革については”不退転の決意で抜本改革に取り組む”」 つまり、不退転の覚悟で、農協マネーをユダ金様にお渡しするんだそうですw さらに、混合診療を拡大させて行くんだとか! まあ、保健診療と保険外診療を併用する事で、患者の選択の幅が広がるなんて、長所もあるのかとは思います。 でも、安倍ちゃんが急いでいるのは、もちろんユダ金のミッションだからですよね? 混合診療が始まったら、いつものようにマスコミ部隊を使って、保険外診療の魅力を手を変え品を変え訴えて、日本人を上手に洗脳して行くんでしょうね? で、だんだん、バカ高い治療費を払うのが当たり前になる。 そして、今度は払いきれないとヤバイよね?っと上手に脅して、保険に加入させる! 当然、医療も保険も、ユダ金の得意のご商売ですよね? そして、さらに保険外診療が一般化していくと、もちろん皆保険制度が壊れて行く訳です。 この時点で、ユダ金式マッチポンプ・ビジネスの見事なサイクルが完成します! 食料や役所をコントロールして、食料を農薬と添加物漬けにする ↓ これを食べ続けた人は、体温低下や免疫に異常をきたして、ガンやアレルギー、うつ病などを発症する可能性が高くなる ↓ 発症した患者に対し、ユダ金製の治らない薬を処方し続けるビジネスを仕掛ける (抗癌剤ビジネス・ステロイドビジネス・抗鬱剤ビジネス) ↓ 発症しない人は、皆保険制度が崩れているので、恐れおののいてユダヤ詐欺保険に加入 これじゃあ、発症してもしなくても、ユダ金のマッチポンプ・ビジネスの餌食になってしまいます。 つまり、混合診療の先にあるものは、日本人がコツコツと貯めて来た貯金を、バカ高い医療費と詐欺保険代として、全てユダ金ちゃんに奪われるという事! さすが、安倍ちゃん! 岸信介から、三代続くユダヤCIAの工作員。 日本人の害になる事しか、やりませんw ▼安倍晋三と岸信介と統一教会 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120927/1348754351 ▼TPP参加表明の強行と田布施人脈と明治維新の真実 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130315/1363316406 ★ ★ ★ 日本のサッカーは視聴率の道具にすぎず、金儲けの道具でしかないようである。日本のサッカーが一向に進歩しないどころかアイドル客寄せパンダになっていることがよくわかる。パンダが現実の実力を知り化けの皮が剥げて負けてしまったわけである。確か前回も同じように負けてなかったかな。日本のサッカーも崩壊寸前だが、日本の農業もこの分だと崩壊寸前となる可能性は高い。
2014年06月16日
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巷はワールドカップで盛り上がっているのでサッカーの話を少ししてみる。サッカーのワールドカップは82年のスペイン大会からみているが、周囲にはその前の78年のアルゼンチン大会から観ていた者や、更には74年の西ドイツ大会から観ていたサッカーオタクなどがいて、クライフやケンペス、ゲルトミュラーなどのプレーを語るのが私の若い頃の日常だった。日本については、メキシコオリンピック大会の釜本―杉山が語られる位であった。 82年は下馬評では中盤の黄金のカルテットと呼ばれたジーコ、ソクラテス、ファルカン、セレーゾを擁するブラジルが優勝の最右翼だったが、イタリアのカテナチヨと呼ばれる経験豊富なキーパーのゾフを中心とした鉄壁の守備とコンティとアントニオーニのカウンター攻撃にラッキーボーイの点取り屋ロッシに撃破されてしまった。 怪我で不調なエースのルンメニゲの西ドイツもなんとか組織力と日本ではゲルマン魂と呼ばれた粘り強さで、フランスに大会屈指の好試合で勝って、決勝まで進んだが、イタリアのラッキーボーイのロッシにやられ、イタリアが優勝した。 このスペイン大会に、後に伝説となるマラドーナがはじめて出るのだが、やはり経験量に乏しくほとんど活躍のないままブラジルの選手を蹴って一発退場し、ブラジルに敗退した。このマラドーナの例をみても、いかに天才でも経験がないとワールドカップでは活躍できないことがわかる。 さて、このような長い歴史をもつ代表チームと、日本の代表チームとを比較するのは日本に非常に酷であるが、強引に考えてみる。 大会を通じて、ワールドカップで優勝した国をみていると、クラブでは個性的なプレーをしていた選手(それが持ち味でもあるが)も代表ではチームプレーに徹していることがわかる。特にブラジル選手にその傾向がみられる。個人技はあくまでチームプレーあってのものなのである。 マラドーナの伝説の五人抜きがチームプレーなのかという反論もあるだろうが、あのときのアルゼンチン代表はマラドーナ中心のチームだったので、マラドーナのドリブルはチームプレーといえるだろう。 不思議なのは、サッカー先進国では個人技より組織力が求められるのに、日本では逆に個人技が求められる点にある。 つまり、日本は組織力で有名だが、肝心な個人技がないために、看板の組織力が見かけ倒しに終わっているのである。そのことがわかる話を、お馴染みのサイトより以下に抜粋紹介する。 ★ ★ ★ 播州武侯祠遍照院 http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/ 現存する人とつながるための掲示板(投稿には挨拶文が必須です) より 上記文抜粋 ・・・・・・・・・・・ 第一戦、ジャパン・サッカーの弱点が、またも出たのか=2-1で、コートジボワールに敗北 投稿者:ウエダ 投稿日:2014年 6月15日(日)17時14分59秒 こんにちは、皆さん、植田です。 ザッケローニ・ジャパン、残念でしたね。 私は、都合でテレビ中継が見れませんでしたが、2-1で、負けたとのこと。 期待はしていなかったので、順当のところか、という感じで受け止めました。 これまでの経験から、日本チームの場合は、前評判はまったくあてになりません。本番になると、とたんに、昔の、古き、弱気、ジャパン・チームに戻ってしまいます。 今回もそうだったようです。 もしかしたら、ザッケローニよりも、トルシエのほうが適任だったかもしれません。 (これには私は異論がある。トルシエも当時ユースを代表にするというような変な発言もしていた。そもそも日本サッカー協会はベンゲルを想定していたが、断られた挙句の代替監督である。) それで、さきほどから、過去のジャパン・チームの監督たちのブラジル大会への予想をユーチューブで見ていたのですが、岡田監督は、実に楽観的でした。 「コートジボワールには、勝てる。このチームのピークは、4年前。チームの平均年齢が上がっているので、今は、力が下がっている。総合力では日本のほうが上。勝てる。」 楽観的なことはいいことです。 結果を出してくれたら、もっといいです。 で、中田英寿とザッケローニの対談という動画がありました。 中田が、イタリア語でザックにインタビューをしていました。 http://www.youtube.com/watch?v=mRP03iJ2SFk 興味深いことに、中田が、日本サッカーの持続する中核的問題について、ズバリ、ザックに質問していました。中田自身が日本代表の時代に、いつも、思っていた疑問とのことです。 「日本選手は、監督に言われたことは、ちゃんとやる。しかし、自分で考えて、動くことができない。どうしたらいいか?」 まさに、ジーコが鹿島アントラーズ時代に直面した疑問でした。 ジーコの答えは、2006年のドイツ・ワールドカップでの采配でした。 選手自身に任せること。 その結果、どうなったか? 見事、日本人選手たちは、伝統の日本人のままでした。 自由を与えられると、何をしていいのかわからない、と。 (この発言は歴代の日本代表の外国人監督が皆口を揃えて述べることである。トルシエは、日本人選手は車が通っていないのに信号が赤だと立ち止まるという譬えを述べている。) 自分が監督をしたことで、日本人選手は、十分に大人になった(=ゲームの最中に、自分で考え、判断して、動けるようになった)と考えたジーコは、三連敗となった大会が終わると、即座に日本を離れました。 そのまま日本に留まったら、日本中から非難の嵐が集中していたことでしょう。 ジーコのどこが間違っていたのか? それは、日本人が自発性を発揮できない、というのは、数年間の指導によって変えることができるような、生半可な習性ではない、ということを悟るほどにはジーコの日本体験は長くはなかったことです。 さて、では、中田の質問にザックは、どう答えたか? 動画に出ていますが、ザックが言うには、「それはユース時代の問題だ」と。「自分で考え、判断し、動くこと。サッカーの基本である」と。 つまり、そんなことは、ユース時代に習得しておくことであり、代表監督がとやかくいじる問題ではない、と示唆したのでした。 (上で紹介したトルシエの変な発言は、ユースを日本代表にして国際経験を積ませるといいたかったようだ。似たようなことは、大学生にもなって、勉強や研究の仕方を聞いてくる者、つまり身についていない者が日本には沢山いる。自分の頭で考えない暗記教育の弊害。) 中田がフォローして、「ザック監督の仕事には、ユースの指導は含まれていませんからね」。 そう、ザック氏は、イタリアの選手のことを前提にしていたのでしょう。 そんなことは、プロになれば、とっくに解決ずみになっているはずだ、と。 そう述べるザック氏の監督業としての最高の成功体験は、監督に就任して1年目にして、あのミランを優勝させたことのようです。当時のミランは低迷していたようで、それを就任1年目で優勝へ。 その秘密は、というと、選手にやる気をださせることがうまい、と。 なるほど。 まさに、イタリア選手ならそれでOKという監督の采配術です。 しかし、日本代表の場合は、受験教育の思考様式のせいで、子供の頃から「自分で考え、判断し、動く」という訓練が皆無です。 ゆえに、ザック氏は、日本代表を率いるには、ミスマッチではないのか? その答えが、あと2戦で、出ます。 次は、ギリシア戦です。 岡田監督の予想では、日本が勝つ、です。 さらに、今年は、日本は、ベスト8まで行く、と。 ところで、ジーコ時代は、大会前の予想では、「日本はベスト4まで行く実力がある」ということでした。ジーコ監督の自己査定でした。 結果がついてくれば、申し分なし、でした。 したがって問題は、大会前の予想が、いつもそんなに高いのに、なぜ本番では日本チームは、いつもの実力が出せないのか、です。 2002年の日韓共催大会のトルシエの課題がこれでした。 トルシエは、見事、ジャパンチームをベスト16に引っ張りました。決勝トーナメント進出。 トルシエの対策は、日本人選手をして外国人選手に慣れさせることでした。 あと、2戦。 ザックは、いかに処理するか? ★ ★ ★ というように、本当の個人技とはチームプレーのことなのである。自分だけ目立つ個人技は偽物であって、本来チームプレーと個人技は相反しないものなのである。偽物の個人技なら日本の選手にも沢山あるが、状況判断やゲーム全体や流れを読めていないので、個人技がチームプレーとして発揮できていない。 特に無駄な横パスにみられる。一球入魂ならぬ一パス入魂が肝心! つまり、日本人選手はKYなんである。この国のアホ総理と同じである。一般的に空気が読むのが得意とされている日本人が、サッカーの場合、全く読めていないわけなのである。これは空気を読むのが、「出る杭は打たれないように」消極的に読んでいる訓練を日本人は権力者からされてきたわけで、叱られないような教育の賜物といってよいだろう。 その典型が模範解答を覚えるという糞教育なんである。こういう教育は理屈っぽさを生み頭でっかちで何もできない人間ばかりつくることになる。その典型が官僚である。 しかし、必要なのは空気を読んで個人のアピールを生かすという失敗を恐れない勇気をもつという積極的な教育であり、その自己教育が日本人には欠落している、ということなのである。 サッカー先進国の個人技の基本は、小さいときかチームでプレーをすることにあるが、日本では一人でリフティングなどをすることになってしまっている。一人でできても、11人ではできないわけである。だから、個人技がチームプレーに結びつかない。野球の場合、一人ではプレーできないから自然とチームプレーになる。 日本の選手にはドリブルが巧い選手は沢山いるが、局面を打開するための必要な時にドリブルができる選手は皆無なのである。 チームプレーを基本にすれば十人十色の個性が必要であることがわかり、いじめ問題などの解決にもなる。KYが多いから虐めなどがおこる。日本人はサッカー選手を見る限りそれほど空気を読めているわけではない。ただ権力者の権力を読むのが得意なだけである。 そういう洗脳記事がマスゴミから流されるから、日本人の若者の意見は、どいつもこいつも新聞の記事の受け売りでパクリなんで面白さに欠けるわけだ。新聞なんか読んではいけない。
2014年06月16日
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悪魔を見破るのは簡単である。悪魔は他人の生命などなんとも思っちゃいないからである。 他人の生命よりも自分の資産が大事だから、飽くなき金儲けをつづけ、天文学的な資産をつくっている。そのために多くの人々が貧困に曝され、戦地へと送られているのに見て見ぬふりをしている。 他人の生命をなんとも思わないから犠牲にし金儲けを行うのである。これを悪魔の心といわずしてなんというのだろうか? 米国政府は1%の金持ちたちに資産を集約させるために、多くの人々を戦地に送ってきた。米軍はそれら資産家たちの資産を守るためにあるといってもよいだろう。このような魂の劣化行為を日本人もやろうとしている。 古来日本では悪魔のことを鬼と呼んでいた。欲望の虜という意味であろう。まさしく渡る世間は鬼ばかりである。 このような鬼が日本に莫大に増殖中であるという話を、続けてお馴染みのサイトより紹介する。 鬼らは、自分たちの悪事が隠せないアクエリアスの時代となることに気づいていないようである。 ★ ★ ★ 公明党がシナリオ通りに集団的自衛権の行使容認へ! http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140612/1402540124#seeall 集団的自衛権をめぐる安倍政権と公明党のプロレスごっこですが、シナリオ通りに、時期を見て公明党も容認!という方向で進むようですw (おそらく金銭と地位を融通されたのでしょう。買収です。) <集団的自衛権>公明、行使一部容認へ 72年見解を援用 公明党は11日、集団的自衛権の行使を一部容認する方針を固めた。1972年の政府見解が示した「国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される急迫、不正の事態」への対処に限ることで、海外での武力行使に厳しく枠をはめる。同党は行使容認に慎重姿勢を保ってきたが、安倍晋三首相の強い意向を踏まえ、一定の譲歩はやむを得ないと判断した。複数の同党関係者が明らかにした。ただ、首相らが唱える限定容認論より行使の範囲は狭く、閣議決定に向け政府・与党が公明案で合意できるかどうかが焦点になる。 72年見解は国民の生存権を定めた憲法13条に基づき「自国の平和と安全を維持し、存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを憲法は禁じていない」としたうえで、武力行使が許されるのは「わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られる」と指摘。「集団的自衛権の行使は憲法上許されない」と結論付けた。同党は、日本に武力攻撃がなくても国民の権利が根底から侵害される事態はあり得るとして、72年見解を援用し行使容認を導き出そうとしている。 首相の私的懇談会「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が5月15日に提出した報告書は、「わが国の安全に重大な影響を及ぼす可能性」があれば集団的自衛権を行使できると提言した。これを受けて、首相は同日の記者会見で「わが国の存立を全うするための必要最小限度」の範囲内で行使容認を検討する考えを示した。 しかし、公明党は、首相が説明した条件では「必要最小限度」の際限がなくなりかねないと懸念し、より限定した歯止めを検討。行使容認を「国民の権利を根底から覆す」事態だけにすることで、限度をより明確にした。従来の憲法解釈との整合性を重視する内閣法制局も公明案を採用可能と認めている。 公明党が歩み寄る姿勢を見せ始めたことで、政府・自民党は11日、憲法解釈変更の閣議決定時期を、22日の今国会会期末から短期間先送りする方向で調整に入った。政府関係者は「1カ月ずらすことはないが、10日間程度ならかまわない」と語った。 ただ、政府・自民党には「必要最小限度」と基準をあいまいにして将来的に武力行使の幅を広げる思惑もある。このため、閣議決定原案を巡る与党の駆け引きは大詰めまで続く見通しだ。【青木純、田所柳子、木下訓明】 毎日新聞 6月12日(木)2時30分配信 http://www.freezepage.com/1402536847WBECROBAEM (相撲の八百長はダメといいながら、国会が八百長だからこの国の不正が横行しているわけで、もはや政府や国会が正常に機能していないわけで、もっともこれまでも正常に機能しているふりをしているだけだったが、明るみになったいまは政府も国会も権力者の金儲けの道具で悪で、必要ないことがわかる。) さてさて、ユダヤ金融勢力の私設軍隊国家である米国の破産を救うべく、戦争ビジネス大作戦&極東経済圏破壊大作戦&インフレ借金チャラ大作戦を目論むユダ金ちゃん。 そして、ユダ金からそれを言いつけられたのが、朝鮮・部落=裏社会。 ▼ここ最近の情勢を簡単に! http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140611/1402457343 みなさんもご存知のとおり、創価学会は統一教会と並んで、ユダヤCIAの下部組織のようなもの。 ▼統一教会と創価学会、そしてCIAの関係とは? http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120120/1327020002 (地獄行き予備軍ですな。) 当然、創価学会付属公明党が、統一教会付属安倍政権と本気で対立する訳ないですよね?w ▼安倍晋三と岸信介と統一教会 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120927/1348754351 ▼TPP参加表明の強行と田布施人脈と明治維新の真実 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130315/1363316406 ところが、創価学会は日本人の一般信者向けに、一応「平和」を唱えているので、公明党が意気揚々と『戦争の出来る国になるぞ!』という訳には行きません。 そこで、安倍政権に押し切られたという形で事を進める訳ですね。 さらに、集団的自衛権の容認は、簡単に言えば自衛隊や徴兵した日本人を『無料で使えるユダヤの傭兵』にするって事ですよね? もちろん、まともな日本人なら、そんな事許す訳ないですよね? そこで、中国がヤバイから、米国とともに中国に当たらなければならない! って事にするために、日中のユダ金の手下が頑張っているようです。 <東シナ海公海上>中国軍機また自衛隊機に異常接近 防衛省は11日、東シナ海の公海上を監視飛行中の自衛隊機2機が、中国軍戦闘機の異常接近を受けたと発表した。日本と中国の防空識別圏が重なりあう空域で、中国機が最接近した時の距離は約30メートルだった。同省が中国機による異常接近を公表したのは5月24日以来2回目。日本政府は外交ルートを通じ、中国政府に抗議した。 同省などによると、11日午前11時ごろ、中国軍のSU27戦闘機1機が、航空自衛隊のYS11EB電子測定機に約30メートルまで接近した。正午ごろには中国軍の同型機が海上自衛隊のOP3C画像情報収集機に約45メートルの距離まで近づいた。中国機はいずれもミサイルを搭載し、自衛隊機を追い越すように飛び去った。 現場は東シナ海中央部で、日本の防空識別圏と、中国が昨年設定した防空識別圏が重なるエリアの日中中間線付近。沖縄県の尖閣諸島から北に数百キロ離れた空域という。前回は、中露海軍の合同演習を監視する自衛隊機が異常接近を受けた。【本多健】 ◇小野寺防衛相、中国に苦言 東京都内で11日に開かれたオーストラリアのジョンストン国防相との会談に出席した小野寺五典防衛相は、会議の冒頭で異常接近の状況を説明。会議後、記者団に対し「今回も公海上で(自衛隊機が)通常の警戒監視を行っている場所だ。日本側が危険を感じるような大変荒い危険な飛行だった」と述べた。そのうえで、不測の衝突などを防ぐため日中間の海上連絡システム構築の必要性を改めて強調。「中国の軍当局もしっかりとしたモラルを持っていただきたい」と苦言を呈した。【飼手勇介】 毎日新聞 6月11日(水)21時11分配信 http://www.freezepage.com/1402539524ZICHPEMEXO ★ ★ ★ しかしまぁ、シラケる演技をよくも公共電波で流すよね。 「手前たちの悪巧みはとっくにお見通しですよ。」と誰か突っ込んでくれないかな。もはや突っ込むのも白々しいですがね。 世界の人々が金儲けせずに全てを分かち合い仲良くすれば国家なんか必要ないんだよね。地方公共団体だけで済むわけである。 だって米国が拵えた巨額の借金をみれば明らかである。米国の1%の金持ちたちは何の責任もとろうとしないのだからね。手前たちが資産を独占したから政府が巨額の赤字を抱えたわけだよな。馬鹿でもわかる理屈だ! 鬼というのは正体を隠すために身分を買うんだな。そういうのに嫌気がさしたからお釈迦さんは出家したんだよね。魂は腐りきっているのに、外面だけ取り繕うとする愚かさや浅はかさのことである。
2014年06月13日
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偽ユダヤの咬ませ犬的役割がヒトラーであることは陰謀論では定説となっている。いままた極東の咬ませ犬的役割のアホ総理がどうやら第2のヒトラーの役割をやるような気運になっている。 第2次世界大戦で大儲けした連中が、また大量殺人をやって金儲けしようとしていることが、アホの集団的自衛権から明るみになってきている。米国という国が建国以来一体どれくらいの殺人をおこなってきたかを統計学者は算出してほしいものである。恐らく数億人になるだろう。 その見返りに殺人帝国は莫大な資産を形成してきたことは、歴代の有名な大統領が憲法違反を犯し戦争を行ってきたことからも明らかである。 キリスト教を信仰しながら、殺人に加担するのでは、天国に行く資格がないことを米国民は知るべきであろう。 悪魔の誘惑に負けてはいけない。 米国民の多くが悪魔に騙されてきたが、今度は中国民に白羽の矢が立っているようである。悪魔の支配は米国から中国へと移りつつあるようだ。そのことがわかる話を、お馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ ここ最近の情勢を簡単に! http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140611/1402457343#seeall 私用でブログの更新が滞っていましたが、戦線復帰しましたので、またどうぞよろしくお願いします。 まずは、ここまでの経過を簡単に! ご存知の通り、ユダヤ金融勢力は、自らの私設軍隊国家である米国とドルが破綻寸前のため、その膨大な借金をご破算にするため、戦争&ハイパーインフレを企んでいます。 (借金の名目上は米国政府だが、連中は巨額の資産を隠し持っているだけ。名目上が赤字だから闇金の洗浄が必要なわけで、そのための戦争による殺人です。人類の魂はいままでになかったほど腐りきってしまっています。最後の審判が訪れるのはすでに時間の問題。 今度戦争を起こせば人類はアトランティス時代のように一掃されるでしょう。神様を舐めている勘違い野郎が多すぎです。ノアの箱舟は現世での話ではなく、地獄界と天国界に分かれるということです。ノアの魂の一派だけが天国に行けて、後は地獄に追放されたということです。) 戦地の候補としては、中東と極東! 本来は、ドル防衛と米国経済の起死回生に、天然ガスや石油の略奪を見込める、中東の方がオイシイ戦争なのでしょうが、プーチン・ロシアに見事に阻まれて、残ったカードは極東戦争のみとなってしまいました。 このためユダヤ金融勢力は、手下の日本政府=朝鮮・部落裏社会を使って、増税・金融緩和など、経済破壊政策をほどこし、社会不安を醸成。 さらに、中国上海閥の江沢民・習近平一派などを使い、日本との摩擦を起こさせながら、集団的自衛権の行使容認を閣議決定しようとしている訳です。 これによって、米国(または親交国など)が、どこかの国と戦争状態になった場合、日本もそれに参戦する事が出来る! つまり、戦争出来る国になるという訳ですね。 そして、この集団的自衛権問題や、ワールドカップやら大雨やらでガタガタ騒いでる間にコソコソッと、ゆうちょ銀行の株式を売却やら、JAの全中撤廃やら、厚生年金の運用消失やら。。。 つまり、郵貯マネー&JAマネー&厚生年金マネーの略奪を目論んでいるのが現在の状況といった感じでしょうか? ▼NATOでの安部首相の演説と憲法解釈の変更と中国への牽制 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140507/1399419592 さらに詳しい情報は、下記ブログをご確認ください! ▼richardkoshimizu's blog http://richardkoshimizu.at.webry.info/ ★ ★ ★ どの魂が戦争に加担し仲間を売ったのか、どの魂が神の教えを裏切ったのか、どの魂が信仰に篤いのか、どの魂が純粋無垢なのか、の神々による選別がはじまっている。 神様は悪魔に命じて、人類の信仰の深さをテストしていると思えばよくわかる。誰がユダに従い、裏切るのかが、一目瞭然だからである。神になりかわろうとする勘違い野郎を炙り出すことができる。
2014年06月13日
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世界統一政府をつくろうと目論むお馬鹿さんが気づいていないのは既に宇宙は統一されているという真相である。そもそも統一されていなければ法則などという秩序はあり得ない話だからである。 もし宇宙が無秩序ならば何者も存在できなかったはずである。 そういうわけですでに統一されている土台の上に統一しようとどというのは、アホか馬鹿か、天邪鬼の悪魔のやることなのである。 前回、人類が殺し合って滅亡しないために、殺し合いの代わりに話し合いの議会が生まれたということを紹介したが、実は、この議会こそ方便の代物であることが、人類の歴史をみれば度々議会や憲法を無視して、権力者のために戦争が行われてきたことからもわかる。 日本の議会でも実際のやりとりからわかるが、議会で有用なのは金銭や名誉であることが、機密費の浪費や財政破綻寸前といわれる赤字国債発行額から明らかなのである。 赤字国債発行を誤魔化したいために、つまりこれまでの内政の失策や官僚の汚職やらの内閣の悪事を隠したいがために、軍事を持ち出してくるのが悪魔の常套手段で論理というわけである。 殺し合いから話し合いにかわったのだから、政治家は死ななくて済んだ分、生命が保障された分、本当は無給で働かないと辻褄があわない。しかしそのような政治家は皆無だろう。政治家こそ一番の愛国者であるべきなのに、政治家には全く愛国心がないという証拠である。 「国家のためには生命はいらない」と口先だけでいっているが、一般人より優遇されている現状をみれば単なる詐欺師の嘘つき野郎であることは明白なのである。 というわけで、財政赤字ならば真っ先にやることは政治家を無給で働かせることなのである。国家のために真っ先に死んで赤字補填しなさいということなのである。それで政治家がいなくなるのなら、政治家こそ本来金食い虫でいなくなるべき存在なのだ! あんな国会で集団睡眠する自分の利権しか頭にないアホ老人たちの雑音につきあっている暇は国民にはない。 というわけで、シュタイナーが議会をどう考えていたかがわかる話を興味深いので、以下に紹介する。 ★ ★ ★ 坂本龍馬とシュタイナー http://mandalaya.com/ryoma.html 人智学者:ルドルフ・シュタイナー(1861ー1925)は、民主主義(デモクラシー)によって人々の多様な意見が汲み取られ実現されていくなどという幻想など持ち合わせていなかった。 このシステムが実際には既存の経済上の利益を代表する者たちによって議席が独占され、新しい社会形成を訴えるものを法的に拘束する機能しか果たさないということを彼は繰り返し指摘した。 (日本の国会が経団連に間接的に占拠されていることは先の大戦から明らかである。明治時代の帝国議会は、財閥が侵略の利益享受のためにつくられている。その構図はいまもかわりなく、日本の大企業が進出地で儲けたいのなら、自衛隊を派遣して血を流せと米国企業に強請られている実体がわかる。) 議会制民主制を導入した「西の結社」の考えは、こうである。 個人として尊重されたい人々は、自分たちの意見が反映されていると信じ込むことのできるシステムが作られなければならない。 それには代議制(デモクラシー)がふさわしい。 人々には段階的に参政権が与えられることによって、あたかも自分の意思がそこに繁栄されているかのような幻想を抱かせるのだ。 代議制とは、近代的な錬金術である。 (政治家の数が減らないのがその証拠である。) 一枚の投票用紙はペラペラに薄められた金箔のようなものだ。 それは国家意思の形成にまで連なっているような輝きを見せる。 しかし結局のところ、集票のプロセスを通ることで、一人一人の意思は溶解し、投票者の意思とは関係のないところで用意された型にはめ込まれる。 (個人としては戦争などしたくないのに、国家として戦場に送られる。政治家は戦場に送られたためしがない。本来なら、政治家が真っ先に戦場地で国家の犠牲となって死ぬべきである。) そこで初めて黄金の国家意思が金塊となって現れるのだ。 そこで、投票権を得た個人には、国民意識が与えられるのである。 つまり、自分たちの投票によって国家が成り立っているというイデオロギーが与えられるのである。 統治システムに参加しているという感覚によって、この国家を支えているのは自分たち「国民」なのだ、という自覚が形成させられるのだ。 近代人は参政権と引き換えにいくばくかの「福祉と保護」が与えられ、その見返りに「納税と兵役の義務」が課せられるのである。 (国民という名の奴隷制度である。) これが議会制民主主義の影の側面である。 人々が国民意識にとらわれると、国家の枠を超えて精神が自由に動くことは難しくなる。 (同じ人類なのに、国家という枠から人種差別するようになる。) 利害の対立が生じると「○○人」の枠組みに閉じこもって、防衛的あるいは攻撃的な意識状態に駆り立てられる。 (互いに憎みあわせ第三者として利益の恩恵にあずかる悪魔の論理である。) その結果、国内的には、単純明快なスローガンの下で一致団結が可能となる。 本来多様であるはずの意見が、掛け声一つで方向付けられるようになるのであるから、これほど便利は統治システムはない。 国民国家のイデオロギーがかもし出す最高のうまみは、この統治システムを操作している結社が、人々の眼差しから見えなくなるという点にある。 だから「オカルティズム=秘密の教え(密教)」というのである。 (フリーメーソンが有名で、メーソンリーは国家に囚われずに国家間を自由に出入りできる。) この結社のメンバーが、実のところ国民意識などは持っておらず、国境を軽々と越えて、グローバルなネットワークを結んでいることが国民にはまったく見えない。 (表面上は慈善団体を装っている。しかし、連中があらゆる闘争の裏側に暗躍していることは歴史を研究すればすぐにわかる。) この世に存在する最高位の権力主体は国家だと思い込まされているので、国家を超えたものを想像できなくなるのである。 (『シュタイナー入門』 小杉英了・ちくま新書/165ページ) ★ ★ ★ 国民は賢くなるべきである。ブラック企業から一斉に従業員がやめたように、ブラック政府からやめたらいい。 我々人類はすでに生まれたときから一つなのである。
2014年06月12日
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TVが偽ユダの洗脳ツールであることは陰謀論では定説になっているが、だからこそ国民も賢くなって洗脳されているふりをして、権力者を鼻であしらうくらいの人物が沢山でてくればこの国も安泰だろうが、そういう権力者に媚を売って魂を腐敗させる売国米国輩がでてくればこの国もお陀仏だろう。 軍事力は馬鹿のツールであり、言論こそ神が人間に授けた平和のツールなのである。ペンは剣よりも強し。 人類の歴史をみるなら、だんだんと悪くなり、精神が腐敗し、退化してきていることに気づかされることは、この国の史上最低のアホ総理の言動からよくわかる。 議会ができたのは、そもそも血で血を争う武力解決を放棄し、話し合いで解決しようという過去の戦いからの教訓から生まれたものである。その最たる教訓が話し合いのルールともいえる憲法なんである。 憲法を獲得するために人類がどれぐらい血を流してきたかよく考えてみるべきである。 その憲法を逆手にとって議会を無視し、武力解決に走るアホのためにまた血を流す愚かさを人類は再び知ることになるとは人類の馬鹿さ加減を再び証明することでもある。 一体全体自分たちの権力や支配欲や贅沢な暮らしのために、いったい何人殺せば気が済むのか? 話し合いで解決できない馬鹿の馬鹿さ加減を人類全体の知恵でなんとかすべきである。 陽明学者の安岡正篤氏によれば、そもそも、武力の武とは、「戈(矛)」の変字を「止」める という意味を表す漢字だということである。「戈」とは矛であるから、攻撃を止めるということである。字の形をみれば、「戈」のなかに「止」の字が入り込んでいるようにみえる。 この形は、「柔よく剛を制する」を思わせる。 つまり、戈を上手く懐柔してしまうということである。敵を味方に引き入れるということなのである。そもそもなぜ同じ人類なのに戦う必要があるのだろうか? 同じ人間として話しあいで解決すべきだろう。 人類共通の幸福を目指せばいいだけの話ではないのか? 人類は同士討ちをするほど馬鹿なのだろうか? 大河ドラマでは軍師をやっているが、本当の軍師とは戦わないもので、敵を味方に引き入れることなのである。 殺人力に頼るような恫喝外交を主流とした国家は殺人帝国なのである。つまりこれまで戦争に加担してきた国は人類を退行させてきた責任を負っているといえる。 殺人により肉体を破壊しても、精神は破壊されないばかりか、かえって恨みを誘発させるものなのである。 私はよくTVをみるが、殺人帝国を象徴的に表す面白いVTRをみた。それはOV監督という番組でやっていた「VIPMAN」である。この番組は、芸人が、短編の面白ビデオを制作するというものだが、百済ないお涙頂戴の大河ドラマなんかよりも、遥かにマシである。 現代の人類の馬鹿さや殺人帝国を、この「VIPMAN」はわずか3分で上手く表現しているから、特にアメリカ人にお薦めである。「VIPMAN」はアメリカの正義の象徴である。 アメリカの正義とは、札束で人間の頭を叩く虐めの何物でもないことを、この「VIPMAN」は表現している。 札束ならまだ笑っていられるが、それが兵器になると、笑っていられなくなる。 日本のバラエティではこのような素晴らしい作品に出合うから面白い。 この「VIPMAN」はバットマンをパロッているのも更に面白い、バットマンはアメリカではヒーローかもしれないが、日本では単なる蝙蝠覆面オタクである。 人類はどんどん野蛮になっていることにはやく気づくべきである。というわけで、クリシュナの話を紹介する。 ★ ★ ★ クリシュナを知る http://mandalaya.com/krishna.html この世に生まれたからには、自分に定められた仕事をひたすら遂行せよ。 行為には罪悪が付きまとうが、行為をしても悪い結果を残さないためには、執着を捨て行為の結果を願慮しないことが肝要である。 そして、そのように執着なく、結果にとらわれずに行為するには、すべての行為を最高神(絶対者)に捧げるものとして行うべきである。 これがギーターの説く「放擲(ほうてき=サンニャーサ」です。 「放擲」するには、最高神としてのクリシュナを正しく知り、あらゆる時に最高神にひたすら帰依する必要があります。 最高神は宇宙をあまねく覆っていて、同時に万物のうちに霊妙なあり方で浸透しています。それが真実の自己、アートマンです。 「放擲」により、即ちすべての行為を最高神に捧げることにより、行為の超越が成就されます。 そして行為を超越した人は、寂滅の生活を送ることにより、絶対者ブラフマンと一体化し、すべてを平等に見るようになります。 そのときその人は最高の親愛(バクティ)を得て、真実に最高神を知り、最高神と一体となるとされます。 すなわち、ヨーガを達成して、すべてが平等であると確信する時、クリシュナに最高の信頼を抱く。 そして真実の知識を得る。 最高の親愛は真実の知識に他なりません。 クリシュナが自分の内にある。 自分がクリシュナに他ならないと知る。 つまり自分がクリシュナと一体であると確信する。 そして永遠で普遍の境地に立つことができる。 「ギーター」には以上のように説かれています。 ★ ★ ★ 真実の知識を得るためには、攻撃や悪意を「放擲」することが肝要である。自衛隊も日本人であるから、自衛隊員の生命も尊重されないといけない。 アホ総理は軍事力行使ばかりを声高に叫ぶが、貧困をなくすのが先である。金持ちから税金をとり、貧困生活をなくすことが、日本社会を守ることである。その意志が若者に受け継がれれば、やがて日本から貧困や犯罪がなくなり、世界から称賛される国になるはずである。 敵意や悪意のない人間を攻撃するのは、人道に反するからである。人間のこころがわからないアホは即刻辞職すべきである。いったいアホ総理のせいで日頃何人が経済的に破たんし、何人死んでいるのか考えてみろ! ブラック企業は過労死で何人殺しているのか? 自殺者をなくすのが先である。 この国のアホ総理は自分の名誉しか頭にない馬鹿であることはその貧困な言動からよくわかる。まずアホ総理の日本語の教育からはじめるべきだろう。本来なら落第者である。 とにかく内政に専念すべきで、日本の文化とは昔から質素倹約なんである。西洋風の物質的贅沢な生活は悪魔崇拝なんである。ああいうのは精神が腐敗しているからできることなんである。自分の贅沢のために貧困をみて見ぬふりを決め込んでいる悪魔なんである。
2014年06月12日
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前回の話を続けたいと思ったが、エメラルドタブレットという高尚な話を紹介していても恐らく飽きがくるものと思われるので、少し世俗的な下世話な話も紹介する。 TV業界が偽ユダ金融悪魔に占有された状態なので、ほとんどが連中の広告費から割り当てられているので、連中の洗脳のお眼鏡にかからない番組は淘汰され、とくに昨今は「世界から日本が称賛されているかのような」自己満足の褒め殺し洗脳が行われているから、少しでも真相に近づこうとするクソまじめなドキュメントなどは製作費もかかるので、自然と消えていく運命にあり、予算がかからないお手軽な番組つくりになってしまうようである。 特に戦争賛美番組などはこの典型である。戦争に行ったこともない輩が戦争を語ることくらい嘘八百はない。 さて、昨今の巷ではバラエティ番組が盛り沢山である。権力を表立って批判できない限り、暗喩や隠喩で秘密糧に批判するしかなくなる。すると、バラエティのなかで密かに権力批判するしかなくなるわけである。そういうことがわかって体制側も民衆のガス抜きや大衆操作のために、あえてお茶らけた人気番組などをつくる。アメリカンドリームなどがまさにその典型である。 そうすると、双方が求める番組がバラエティや体制側を茶化した人気番組となるのは必然的である。 さて、そこで昨今巷を賑わせているお笑いについて少し考えてみた。それは芸人出川さん(以下敬称略)が持ちネタである自虐ネタが、アッコにおかませ、ではなく、おまかせという番組では「いじめ」ではないかと多くの批判を受けたという以下の話である。お馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ★ ★ ★ ただの犯罪見せられて笑えといわれても http://my.shadowcity.jp/index_2.html TBSの番組で、出川の車がイタズラされるという演出で大騒ぎというんだが、やってる事が陰湿なイジメそのものなので、気分が良くないわけです。前からこんなトラブルばっかり起こしているね、TVって。どこか、コンプライアンスが狂ってます。 「アッコにおまかせ!」(TBS系)で出川哲朗さん(50)の愛車が「イタズラ」された。子供に車体を落書きさせたうえ、座席に犬を放った演出に「笑った」との声もあるが、一方で「やりすぎ」などと批判がわいている。 同番組は、落合洋司弁護士から無礼な取材態度を批判されたばかり。開き直りにもとれる演出に、ツイッターでは「幼稚園児以下」「パワハラでイジメの構図」などと問題視されている。 なお芸人の愛車が「イタズラ」される例は、過去にもあった。1991年のフジテレビ系「テレビ夢列島」(現在の「FNS27時間テレビ」)では、明石家さんまさんの高級外車「レンジローバー」をビートたけしさんが「車庫入れ」と称した乱暴な運転で壁にぶつけ、みるみるうちに無残な姿に代えてしまった。 それから数年にわたり、さんまさんの車がイタズラされるのは、番組の恒例行事になった。 たけしの「車庫入れ」もどうかと思うが、まだ同格の芸人相手なので、イジメにはなってない。ところが出川の場合、私生活でも和田アキ子の腰巾着みたいにしてご機嫌取っている立場。弱い者イジメそのものだ。出川の場合、イジられるのが芸だ、という人もいるが、そういう芸は見ていて不愉快極まりないので、TVでは放映するな。 ★ ★ ★ というように、ビートたけしさん(以下敬称略)がやったら笑いになるが、出川哲朗になると、いじめにみえる、という視聴者の見方の問題である。 何が笑いで何が虐めかは勿論のこと、個人の価値観であるが、要するに程度の問題ということになる。 爆笑問題の太田さん(以下敬称略)が昔ラジオかなんかで、「たけしさんだと何をやっても許されるが、自分が真似してやってみると大ヒンシュクを買った」というようなことを述べていた。 恐らく、笑いと顰蹙の境目があるようにみえる。 ビートたけしの場合は、さんまさん(以下敬称略)と仲が良いことが視聴者にも十分通じているためもあり、出川の場合は、虐めた側が目に見えないというか、制作側というか、視聴者には少なくとも虐めの意図がみえなかったということも大きな理由といえる。そこに、多くの視聴者は強者の論理というか、権力の横暴を感じたようにみえる。 やりすぎである。フィクションであっても、やりすぎというのはある。わかりやすい例を挙げれば、ホラーを望んでいないのに、ホラーをみせられれば不快になるのと同じである。 たけしの虐めがお笑いとみなされるのは、たけし自身が表に立ってそういうことをやる人だと予め認識されているからであろう。日頃の毒舌ぶりから、反体制というイメージが定着しているから、また虐められる側がさんまという体制どっぷりの御調子者の太鼓もちというイメージが定着しているので、暗黙の了承というものが出来上がっているのが大きい。 「調子に乗るのもいい加減にしろ!」という気持ちを代弁できるわけである。 出川の場合、表面上の悪戯は子供でも、子供にやらせているのが黒子として隠れてしまっているわけで、虐めた側がみえにくいのが問題といえる。すると、視聴者のイメージとしては、番組の冠である代表の和田アキ子さん(以下敬称略)が虐めた側として前面にたつことになる。 視聴者にとっては出川の姿は暗黙糧に権力に媚を売っている姿にみえる。 恐らく、逆の立場、出川が和田アキ子をいじめる場合だったら、お笑いになるのだろう。 お笑いと虐めとは紙一重といえる。弱者が強者に刃向うのは笑いになるが、逆は顰蹙なのである。その代表がドン・キホーテであろう。反権力というところに笑いがある。その笑いが現実になると不快になる。 本来権力批判媒体であるマスコミが権力に媚を売っている姿など醜悪そのものでそんな腐った根性を公共電波でみせつけられるのは自立した人間には糞にみえる。
2014年06月11日
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これまで紹介してきたエメラルドタブレットによれば、古代アトランティスは悪魔支配が優勢になってしまったので、大破局が起こったそうである。現在もこの状況と非常によく似てきていることがわかる。 このまま進んでしまうと、世界支配者層がその心がけを改めない限りは、恐らくアトランティスの二の舞だろう。すでにその兆候は福島原発事故などから現れている。流れを変えない限りは、上層部はアトランティス時代と同じようにほとんどの魂が闇に陥るだろう。そして悪魔として光を失い消えていくだろう。 人類が進化するか、はたまた退化するかは、人類の責任であり、特に人類を支配している上層部の責任である。 上層部の連中は自分だけ助かることを期待しているのだろうが、その考えそのものこそが無責任そのもので、大間違いで、上層部こそ最たる堕落や退化の責任を担うといってよいだろう。 でなければ、なんのために上にたっているのか意味がないだろう。上にたつのは下を救う土台となるためである。 無責任な連中が支配層に立てば、人類全体が奈落の底に陥るのであり、かつてのアトランティスがそうだった。 上層部は貧困を救える金銭がありながら自らの贅沢な生活に費やすから貧困が増加するのは当たり前であろう。 大国のエゴの故に貧富の差が広がっているのである。先進国ほど貧富の差が大きいというのはどういうことか? 物質主義が行き詰まっている証拠であり、上層部の魂が劣化している証である。 もう二度と同じ過ちを起こしてほしくないから、エメラルドタブレットは人類への警告や教訓として書かれたわけである。どんな時代も、人類の上層支配層の魂が輝きを失ってしまえば、人類全体が破局に向かうのである。 贅沢な暮らしをするより、貧困を救いなさい。貧困を救うことで人類全体が救われる。 ということは、キリストがすでに説いたことである。天国はカネではかえませんよ。天国は物質世界にあるのではなく、それは人間の心のなかにあるものだからです。人生たかが100年のうちにどれだけ学べるか考えてみてほしい。 どれだけ金銭を使おうが、100年を超えることはわずかなのである。100年を超えなくても沢山学ぶことはできるし、100年を超えても学べないこともある。 大金持ちで死のうが貧困のなかで死のうが、学ぶことに地位は関係ない。学問に王道なしである。もし、学問に王道があるのなら、その学問が間違いである証拠である。 物質をどう活用するかは心の問題だからである。自分だけ助かろうという心は既に自分さえも見殺しにしている。というのは、人類全体なくして自分もあり得ないからである。というわけで、またエメラルドタブレットを繰り返し紹介していく。 ★ ★ ★ エメラルド・タブレット http://mandalaya.com/eme-tab.html 「チベット死者の書」とならんで、霊的探求者が読むべき本がこの本だ。 エジプトの神秘が書かれているこの本は、アトランティス人:トートの著作である。 トートの自我(魂)は、その後三回人間として生まれ変わり、三度生まれのヘルメス(ヘルメス・トリスメギストス)として知られている。 Hermesとは(1)錬金術の (2)閉ざされた、密閉した (3)秘密の、難解なという意味であり、日本語の密教という意味と同じものである。 霊的探求者は一神教的キリスト教神学に対抗して、中世ヘルメス学(hermetic:錬金術)として、この世界観を学び、現代科学の発展に寄与することになったのだ。 エメラルッド・タブレット前文 -------------------------------------------------------------------------------- 最高の知識は言葉では言い表せない。 というのは、それはあらゆる物質的なコトバや象徴を超越した、諸世界の実体として存在するからである。 すべての象徴(シンボル)は、真理へと導く扉の鍵に過ぎないのである。 その鍵となるシンボルがあまりにも偉大なので、それをさらに越えたものは見ることができないのだ。 だから、多くの場合、真理の扉は開かれないのである。 もしわれわれが、あらゆるシンボルは偉大な法則と真理の延長に過ぎないと知ることが出来ると、ベールを越えた向こうを見通すことのできる洞察力を発達させることができるだろう。 あらゆる宇宙法則の中で最大のものの一つは、物質的存在としての人間の形成には、その人に責任があるという法則である。(佛:カルマの法則) (自分だけ助かろうとする人は自分さえ助けられない⇒情けは人のためならず。) 光、生命、愛に対する偉大な探求は、物質界で始まり、その究極目的まで続けられる。 その最終目標は、宇宙意識との完全一体性(佛:我は大日如来なり)である。 物質界での基礎が第一歩であり、それから霊的発達のより高度な目標がやってくる。 タブレット 1 -------------------------------------------------------------------------------- 我、アトランティス人トートは、諸神秘の精通者、諸記録の管理者、力ある王、魔術師にして代々生き続けるものなるが、いまやアメンティーのホールに去り行かんとするにあたり、後世の人の手引きとするためにアトランティスの智慧を記録に書き止めんとす。 注:アメンティーのホール(聖なる場所:中有)への退去とは、われわれが死と呼んでいるものとは違う。彼の肉体がエーテル体の中で休んでいる時、彼の意識は多くの肉体に入り、多くの人生を生きたのである。 エジプトではトートは智慧、学問、魔法の神で神々の書記役とされ、トキ(朱鷺)またはヒヒ(狒々)の顔として描かれている。 トートの偉大な魂は、衆生済度(佛:菩薩行)のために、形を変え姿を変え、化身(佛:輪廻転生)しているのである。 それは社会的指導者としてだけでなく、一生を無名で終わるということも少なくないのである。 我、遠きいにしえウンダル島の大都市ケオルにてこの化身を受けたり。 アトランティスの偉大なる方々は、永遠に流れる命の川の有るアメンティーのホールにて、自己の生命を永劫より永劫にと、新生せしめるなり。 注:かってあった大陸、アトランティスについてはプラトンが語っている。 彼の多くの智慧もアトランティスの古代からの叡智による。 アトランティスは13人のアデプト(大聖者)からなり、アメンティのホールにはフラワー・オブ・ライフ(生命の花)があり、ここで身を横たえてその肉体を若返らせたのである。 アデプトとは第一イルミネーション(魂の光輝)を得たものに与えられる名称である。 (佛:チベットでは、集会図=曼荼羅に描かれる世界観である。多くの霊的存在が語られる。) アトランティスの(精神的)指導者は肉体のままシャンバラへ行けるのである。 (アトランティスが潰れたのは、彼らにも責任がある。) ★ ★ ★ 次回に続く。
2014年06月11日
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人類が次のステージに進むためには先進国のエゴを捨て、貧富の差をなくさないといけない。しかし現状をみれば、どうもかつてのアトランティス時代の破局を繰り返すことになりそうである。 そこで、教訓のためにエメラルドタブレットを紹介してきたわけである。悪魔に魂を売った連中に負けてはならない。 前回から紹介してきたエメラルドタブレットは内容もさることながら、非常に難解なので、わかりやすい話を、お馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ★ ★ ★ エメラルドタブレット http://blog.livedoor.jp/k12345kk-12345678910/archives/24851059.html 「フラワー・オブ・ライフ」にはトート著「エメラルド・タブレット」について以下のように記されています。 <以下引用> 「エメラルド・タブレット」は100のレベルの意識に基いて書かれています。ですからあなたがどういう人かによって、他の人とはまったく違う理解をするのです。 (中略) なぜならあなたの理解のレベルによって、語りかけてくる内容が全然異なるからです。 <引用終了> また「エメラルド・タブレット」の序言は以下のように記されています。 <以下引用> このタブレットに書かれている智慧は古代神秘の基本であり、目が開き、心が開けた者が読めば、その人の智慧を100倍にも増してくれるだろう。 <引用終了> そこでもう一度 「エメラルド・タブレット」を再読してみると、前回読んだ際よりも自身の理解が深まっていることが確認できました。 そこで、現時点において印象的な表現を引用しておきます。 <以下引用> 真理は、人間の物質的な洞察力から高次界を隠しているベールの向こう側に常に存在するのであり、真理の探求にあたり自己の洞察力を外側にではなく、内側に向けた者に理解吸収される様にと準備している。 「喋る者は知らない、知っている者は話さない」である。 最高の知識は言葉では言い表せない。というのは、それはあらゆる物質的な言葉や象徴を超越した諸界の実体として存在するからである。 全ての象徴(シンボル)は、真理へと導く扉の鍵にすぎない。 万有万物は法則に従って動いている。そして惑星群の運行を決めている法則も人間の物質的な顕現を決めている法則も共に不変の法則である。 あらゆる宇宙法則の中で最大のものの一つは、物質的存在としての人間の形成にはその人に責任がある、という法則である。 (悪魔に従うなら悪の道に陥る。) 光、生命、愛についての偉大な探求は物質界ではじまり、その究極まで続けられる。その最終目標は宇宙意識との完全なる一体化である。物質界での基礎が初歩であり、それから霊的進化のより高次の目標がやってくる。 悪が話す時、あなたは沈黙を守りなさい。なぜなら真理は太陽の如く全ての上に輝くからである。 法を踏み越えた者は罰せられる。なぜなら、法によってのみ人々に自由がやってくるからである。 (この法とは輪廻転生の法則である。自分の行いは自分で責任をとらなければならない。) あなたは恐れをいだいてはならない。なぜなら恐怖は人を暗黒に縛る足かせとなるからである。 あなたは、生涯の中で、あなたの心(良心)に従いなさい。あなたに命ぜられたことより多くのことをなしてはいけない。 もしあなたが、人々のなかで暮らすなら、何事においても、あなたの愛情をもって接しなさい。 あなた方は大袈裟な話しぶりをくり返すことをしてはいけない。また、大袈裟な宣伝文句にのってはいけない。 沈黙は偉大で価値のあるものである。言葉が多いのは何らの益もない。 名や形を辿っていくと、なくなる際限はどこにあるのか。それは輝く光輝のような不可視の無限の力たる意識の内にのみある。あなたが想像力を輝かすことにより創造された様々な形態は、あなた自身による本当の結果なのである。 人が最終的に解脱するまでは、戦いによっては肉体に縛られる運命となる。あなたの最大限の努力と労苦とによってのみ、あなたの内なる魂の運命は新しき生命へと輝く。 おぉ、人よ! 知りなさい、存在は非存在の別の形にすぎない、ということを。存在は更に別の存在へと進みゆくのだ。だから、あなたも同じである。 全ては法則であるので、法則を熟考しなさい。法則にあらざるものを求めるな。そういうものは諸感覚の幻想の内にのみある。 叡智は全て叡智の子らに来る。まさにその子らが叡智を(自分で)得たようにみえるように。 おぉ、人よ、あなたがいかなる形態をとり住もうが必ずや星々(地球や太陽系)と一体であることを知りなさい。あなたの肉体は惑星(地球)からの借り物にすぎず、それぞれ、太陽のまわりを回っているのである。 あなたは原初のエーテルにより造り出され、根源から流れる光輝(生命力)に満ち、周囲を取り巻くエーテルに縛られているが、遂には、その殻から解脱して輝くようになるだろう。 あなたは地上の者ではない、あなたは地上に住んでいるが、無限の宇宙光の子なのである。 おぉ、人よ、あらゆる空間は秩序に従っていることを知りなさい。秩序によってのみ、あなたは周囲の全てと一体となれる。秩序と均衡とは宇宙の法則である。この法則に従いなさい、そしてあなたはすべてと一体になりなさい。 解脱の意識は、宇宙と融合し、全ての法と秩序と一体となる。 あなたが、あなたの魂を束縛より解き放った時、暗黒はあなたより消滅することを知りなさい。あなたは肉体の内でつくられた枷(五感)に縛られずに、空間(無)を通して常に叡智を求め得ることを知りなさい。 創造された総てのものは秩序に基礎をおいている。法則は無限の居住空間を支配する。偉大なる諸周期が平衡により生まれ、無限の果てに向かって進んでいく。 時間と空間とは円をなしながら動いている。あなたはこれらの法則を知りなさい、そうすれば、あなたは解脱できる。 おぉ、人よ! あなたは、地(固体)の存在と火(エネルギー)の存在との複合体なるを知りなさい。あなたの炎を輝かしく光らせなさい。あなたは、火(エネルギー)のみの存在となるのである。 古き遠き太古の時代、私は私の肉体を放棄し、人を束縛する角度を探してエーテルの広大さの中を自由にさすらった。おぉ、人よ! 知りなさい、あなたは霊であり、肉体は仮想のもので、魂が全てである。あなたの肉体を足枷とすることのないように、暗黒を捨て、光に旅しなさい。おぉ、人よ! あなたの肉体を放棄しなさい、そうして自由になりなさい、光源と一体となる本当の分光になりなさい。 あなたは暗黒の束縛より解脱し、光の太陽として空間に旅した時、あなたは空間が無限ではなく、本当は角度と曲線とによって有限に拘束されていることを知るだろう。おぉ、人よ! 万物万有は、やがて来る偉大なる存在の一面にすぎないことを知りなさい。物質は流動的で常に一つのものより他のものへと変わり、水流の如く流れる。 あなたはあらゆる叡智に達する鍵である。全ての時間と空間とは、あなたの内にある。暗黒に束縛されて生きてはいけない、あなたは夜よりあなたの光の形態を解き放ちなさい。 あなたは、聞いて理解しなさい。あなたのうちにある、この炎は万物万有を潜在力として含み、万物の根源である。光を送り出す秩序は言葉にあり、言葉により生命が生まれ来る、つまり総ての存在が生まれる。 あなたの内なる生命は言葉である。あなたは、あなたの内なる生命をみつけるべきである。そして、言葉を使うための様々な能力をもちなさい。 私は火(エネルギー)の養分より発せられる「光炎」を長くみつめ、生命は秩序にすぎないことを悟り、人は光と一体なることを悟った。 生命は火(エネルギー)の言葉にすぎない。あなたがあなたの前に見る生命力は、火の世界の内なる言葉にすぎない。あなたは、火の言葉を使う方法をみつけなさい。そうすれば、様々な能力は必ずや、あなたのものになるだろう。 あなたは人生の内に不秩序を探しなさい。あなたの人生を均衡化し(バランスを保ち)、秩序化しなさい。情緒として生じる、あらゆる混乱を静めなさい。そうすれば、あなたは人生に秩序を得るだろう。混沌より生じる秩序は、あなたに根源の言葉をもたらすだろう。 始原は空虚にして無、無時間、無空間である。しかし無の中に目的をもち、全てに遍満する一想念が生じて空を満たした。そこには物質は存在せず、力、運動、渦などがあり、つまり空虚に満ちる有目的な想念のみが存在する。 あらゆる効果がはじめの原因から生じたように、あらゆる結果が次なる原因を生じる。未来は固定化した不動のものではなく、原因から結果が生まれる時は多種多様となることを知りなさい。あなたが存在させるところとなった結果の原因を考えてみなさい、そうすれば、あなたは、全てが(あなたの行いによる)結果からなっていることを理解するだろう。 あなたがもたらす様々な結果を必ず常に、より完全な結果を生じるような原因へと善導しなさい。未来は決して固定化したものではなく、新しく時間が始まる方向において「時間ー空間」の運動を通して変化し、人の自由意志に従うものであることを知りなさい。人は結果をもたらす原因を通してのみ未来を読みとることができる。あなたは原因のなかに未来を求めなさい、そうすれば必ずや結果を見つけることができる。 あなたは因果の法則により動かされ、因と果とが一体となる最終目標に達するまで絶えず前進し続けることを知りなさい。 あなたは深く隠された秘密を知りたいと望むなら、知識が束縛されているところである、あなたの心を知りなさい。あなたの内に秘密が隠され、全ての生命の根源が隠され、全ての死の根源が隠されていることを知りなさい。 地球の中心深くに、全てを、地球という形態(固体)に固定化させるスピリット(生命力)の根源たる花がある。そして、あなたが、自身で形成した形の中に生きるように、地球も同じく地球という体の中に生きていることを知りなさい。 地球の生命の花は、あなた自身が、スピリット(生命力)の場であるのと同じで、あなたのスピリットが、あなたの体を流れるように、地球を通して流れている。それは地球とその子らに生命を与え、形態より形態へとスピリットを通して流れている。あなたの体の形を、その姿へと形造るのは、このスピリットの働きである。 あなたの形態は、その姿に形成されている間は極性が均衡され、二重性をもつことを知りなさい。あなたに死が近づいた時は、それは、あなたが均衡を乱したせいであることを知りなさい。それは単に、両極のうちの一方の極が失なわれたせいである。 あなたが均衡(バランス)のよい平衡状態にある時は、正しい調子(リズム)で生き続け、死を味わうことはない。 アメンティー(異次元世界)の生命の秘密は極性のバランス回復の秘密であることを知りなさい。万物万有は、その両極性の内に生命のスピリットを保っているが故に生き続け形を保っている。 全生命や地上に存在する万物万有の均衡は、地球の中心にあるを、あなたは知るべきである。あなたのスピリット(生命力)の根源は、地球の中心から生まれる。故にあなたの形態の内において、あなたは地球と一体なのである。 あなたが自身の均衡を保つことを学んだ時、地球のバランスをも身につける。その時、あなたは地球が存在する限り存在できる。地球がまた変化する時はあなたも形のみを変えて存在し続けるだろう。 死を味わうことなく、この地球と一体となり、全てが移り変わるまで、あなたは地球のもつ形態を保ちつづけるだろう。 ★ ★ ★ 大国のエゴと貧困をどう解決するかが個人個人の問題である。
2014年06月06日
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前回の続き。 ★ ★ ★ 7 アトランティス時代(改変) 「アーカーシャ年代記」によると、アトランティスの(初期の)先祖たち(ルモアハルス族)は、外観も精神の諸能力も我々現代人とは全く異なっていた。 アトランティスの初期の人たちは論理的知性や算術的能力は全く欠けていたが、高度に発達した記憶力(前世を記憶している霊能力)を持っていた。 現代人は概念によって思考するが、アトランティス人はイメージによって思考した。アトランティスの教育は、人生全てにわたって画一性をもたらした。長い年月にわたって、物事は幾度も同じやり方で繰り返された。その忠実な記憶力は何者をも進歩することを許さず、人々は、かつて「見た」通りに同じように行為した。 権威者とは多くを学んだ人物ではなく、むしろ多くを経験し、従って多くの経験を思い出せる人物であった。人々は、長年の経験を省みることの出来る人物のみを信頼したのである。 しかし、今述べた事柄は秘儀参入者とその学院には当てはまらない。そういった学院への入学には、志願者がその数々の過去世において高度な叡智を学びうる能力を獲得したか否かが問題とされた。 アトランティス時代に、秘儀参入者たちとその使者たちを信頼した根拠は、彼らの個人的経験の豊富さよりもむしろ、その叡智の古さに基づいていた。 論理的に思考する力が初期のアトランティス人に欠けていた一方で、彼らの高度に発達した記憶力は、彼らの行為にある独特の性格を与えた。 思考力よりも低次の記憶力は、自然の低次の存在の力に近いものだったため、生命力をアトランティス人が制御出来た。現代人が石炭から熱エネルギーを取り出すことが出来るように、アトランティス人は、生物の種子からエネルギーを取り出す術を知っていた。 植物の種子を燃焼させ、生命力を技術的に取り出し、利用できる力へと変換する装置を持っていた。この装置により、地上よりわずかに浮上するアトランティス人の乗り物は作動していた。このようなアトランティス時代の乗り物は、通常は山岳地帯よりは低地帯を飛んでいたが、山脈の上空を飛ぶことも可能だった。 しかし、このような当時のアトランティス人の乗り物は現代では役に立たない。なぜなら、これらの乗り物が役に立ったのは、当時の地球を取り巻いていた大気が、現在よりも遙かに濃密であったという事実によるからである。同様に地球上の全ての水が現在よりも遥かに希薄で、その希薄さの故に当時の水はアトランティス人の種子から取られた生命力によって、今日では不可能な産業的な利用を可能とした。 (上空を飛ぶのに、宇宙「船」といわれるのはこのためかもしれない。) この話については嘘か誠か判断のしようはない。 けれどインドのボースがこんなことを言っている。 「多くの種子は、摂氏60度で死ぬが、死ぬときに植物は莫大な電力を放出する。500粒のグリーンピースは、板前を感電させるのに十分な500Vの電圧を生じさせることが出来るが、そんな数のエンドウ豆が一列につながることはほとんどないから、板前も平気で料理できる。」 エメラルドタブレット 8 序(改変) このタブレットの著者は、アトランティスの祭司王トートである。このトートが、アトランティスの沈没後、古代エジプトにアトランティスの植民地を建設した。トートはギゼーのピラミッドの建設者であり、このピラミッドの中に「古代叡智」を組み入れ、古代アトランティスの諸記録と諸装置を隠したそうである。 トートは紀元前5万年くらいから紀元前3万6千年位までの1万6千年にわたって古代エジプトの種族を支配した。やがてトートがエジプトを去る時期がやってきた時、彼はアメンティー(異次元世界)の大ホールの入り口の上に大ピラミッドを構築し、その中に自己の諸記録を入れ、ピラミッドの秘密の看守者たちを任命した。後代にこのピラミッド看守者たちの子孫がピラミッド祭司となった。 言い伝えによれば、アメンティーのホールは、地下界、神々の諸ホールとなり、そこは魂が死後裁かれるために通過する場だという。 そして、あらゆる宇宙法則の中で最大なものの一つは、物質的な三次元存在としての人間の形成(肉体)にはその人(魂)に全責任がある、という法則である、という。 9 エメラルドタブレット 【私アトランティス人のトートは、諸神秘の精通者、諸記録の看守者、力ある王、正しき魔術師にして代々生き続ける者だが、今、アメンティーのホールに戻るにあたり、後世の手引きとするため、偉大なるアトランティスの強大なる叡智の記録を書きとどめる。 私は遥か昔にウンダル島の大都市ケオルにて、この化身(肉体)を受けた。アトランティスの偉大なる賢者らは、今の世の一般人のように生まれ、死にいたることはなく、彼らは永遠に流れる生命の川があるアメンティーのホールで、自己の生命を永劫より永劫にと新生させている。 私は光に通じる暗い道を1千回も降り、同じく1千回、暗い道から光に通ずる道を昇ってきた者として、私のなかの強さと力とを回復してきた。】 「トートは肉体を若返らせるのに1千回アメンティーに降りた。若返りのためアメンティーに降りるのは50年に1回づつ必要だったのでこのエメラルド・タブレットを書いた時のトートは約5万才で、アトランティスが沈んだときは約2万才だったそうである。」 【私はしばらくは異次元のアメンティーのホールに帰っていくため、ここ三次元世界に住むケームの人々が、私のことをもはや知ることはないだろう。しかし、私はまた相応しいときに、ここに残した者たちへ教えを授けるために、生まれることなく(肉体をかりて受肉すること)、強力で強大な生命力をもって再びここに蘇る。 だから、ケームの人々よ、心して、私の言葉を聞きなさい。もし、あなたたちが、私の教えを利己的に利己主義者に利用させたなら、私は、あなたたち神の子が志向する高き永遠の天国から、あなたたちがいまいるこの三次元の暗黒の洞窟の物質界へと、あなたたちを何度も輪廻転生させるだろう。 私の言葉を曲解しないために、偏った考え方をせずに、私の教えを忠実に守り、私の言葉を心にとどめなさい。というのも、私は必ず戻ってくるので、あなたたちが私の言葉を守っているかどうかを知ることになるからである。私は、時間や死を超えた世界から帰ってきて、あなたたちが、私の教えを守っているかどうかに従って、あなたたちをほめたり、罰したりする。】 宇宙の門(改変) 【私は(まだ聖者でないときは)幼児より成人となるまで、この地にて成長し、父より古代の叡智を授かった。時を得て叡智の炎が、私のなかで育ち、全てを焼き尽くす大火焔となるまでに至った。偉大なる日に、私を面前に連れて来いとの神殿の住者の命令が来るまではひたすら叡智への到達のみを求める。人間の子らのなかに強大なる輝顔をみれる者になって生き残った者はいない。「光の子」らは、肉体をもって化身する時は人間の子らのような形で生まれるわけではない。】 「住者(高次元の存在)」は人間が今もっている様な形態をとらず、むしろ地球の第一サイクルの初期に意識(神の分光・魂)が入っていた球体に類似した体をもっていた。このような球体から発する力と光はとても強力で、通常の人間が耐え得るものではなかった。 第一サイクルとは、この地球に人間が神の光としてやってきた最初の周期であり、今が地球の最後の第7周期(1956年から)であるという。 【(当時の)人間の子のなかより選ばれた私は「住者」より彼の諸目的が完遂するために教えられた。その諸目的はいまだ時間という子宮のなかには達成されていない。われ常に更により多くの叡智を学んで長き年月にわたり神殿に住み、私もまた偉大なる火より発せられる光に近づけるようになった。 「住者」は私にアメンティーへの道、偉大なる王の力の玉座に座ることに相当する地下界への道を教えた。・・・中略・・・私はまた生命の輪(輪廻転生)により縛られずにアメンティーへの出入りも自由となった。そして私は時間と空間が無となる星々の最果てにまで旅をした。 そして、私は叡智の美酒を深く飲みながら人々の心をのぞきみて、そこに偉大なる数々の神秘があるのをみて喜んだ。そして真理を探究している時にのみ私の魂は静まり、私の内なる火は静寂のものとなる。】 ・・・ここに彼は偉大なる秘儀を発見した。というのは、宇宙が意識の及ばない区域にまで拡大するのは人間を通して可能だからである。 H・P・ブラヴァッキーは「人間は小さな世界、大宇宙のなかの小宇宙である」と言っている。偶像崇拝が宗教に入り込むずっと以前に、初期の祭司たちは人間の像を神殿の聖域に置かせていた。この人物像は、「神の力」の複雑な現れを象徴していた。 かくして古代の祭司たちは人間を教科書として受け入れ、人間を研究することにより、彼もまたその一部である天上の組織の、偉大で難解な神秘を理解することを学んだ。古代の祭壇の上に立つこの神秘的な像は、人体模型のように作られており、「密儀」の道場にある象徴的な手のように、神聖文字が彫られていたり描かれていたりした。 ・・・長い探求の期間を経ると、人体模型は複雑な神聖文字や象徴的な模様でいっぱいになった。すべての部分が秘密の意味を持っていた。その寸法は、それによって宇宙のすべてをはかることが出来る基本単位を形成した。それは、聖者や祭司の所有するすべての知識の、栄光に満ちた混成の象徴であった。 それから偶像崇拝の時代が来た。「密儀」は内部から崩れた。秘密は失われ、誰も祭壇の上に立つ像の正体をしらなかった。・・・この人体模型がはじめに作成された目的を知らないために、祭司たちはこの像を崇拝し、ついにはその霊的な知性の欠如のため神殿が内部から崩れ、像はその意味を忘れた文明と共に崩れた。 と、「秘密の博物誌」にある。また、私たちの血液循環の中には、宇宙全体そのままの模型が存在するという。太陽が宇宙を一回転する二万五千九百二十年を、私たちは血液循環の脈拍の中にもっている。(二万五千九百二十年はプラトン年のこと。つまり春分の日に東からのぼる太陽の黄道の位置が毎年ずれていくが、そのずれが黄道12宮のすべてをめぐってふたたび元の位置に戻るまでの時間。人間の脈拍も平均1分間72回とすれば1日で、同じ二万五千九百二十回になる。)とこれはシュタイナーの「治療教育講義 」にある。 ★ ★ ★ 次回に続く。
2014年06月03日
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前回はトートについての話を紹介したが、そのホームページに、面白い話が載っていたので続けて紹介する。 ★ ★ ★ 不思議な神話との出会い http://www2.tokai.or.jp/shaga/atorantis/sub10.htm 7月初旬、2冊の本を買いました。 1冊は、ドイツのスザンネ・フィッシャー・リチイ氏の「香りはシンフォニー」。 もう一冊は、イギリスのクリシー・ワイルドウッドの「自然香水」 リチイのサブタイトルは<失くした香りを探して・・自然のエレメント(火・水・風・土)に合わせてあなただけの香水を作る。> リチイ氏の書籍は、日本の読者には解りにくい、秘密の言葉が至る所にちりばめられています。 私の独断と偏見、憶測と推理でドイツとイギリスのアロマテラピーの源を探して参りましょう。 1 四大霊(改変) 通常、我々が知りえる歴史という記録は、ほんの二、三千年前を照らし出しているに過ぎない。 しかし、時間の流れに遡り、永遠という源に近づくと、我々が知りえない文字で記されたアーカーシャの記録というものがあるという。 グノーシスや神智学では、アーカーシャ年代記と呼んでいる。 ドイツの詩を読むと、シュタイナーの人智学が浸透していることを感じる。 古代の哲学者(パラケルスス)は、目に見える「自然」のなかに無数の生き物が住んでいるように、目に見える「自然」と対応している目に見えない霊的な「自然」のなかにも奇妙な無数の生き物が住んでおり、それを彼は四大霊と名付けた。(後世では「自然霊」と呼んでいる。) 「地(土)の霊」のノーム(英語読み)、「水の霊」のウンディーネ、「風の霊」のシルフ、「火の霊」のサラマンダーである。 彼らは実在し、多くの点で人間と似た姿をしていて、それぞれの世界に住んでいる、とパラケルススは教えた。 (地「土」とは固体で、水とは液体で、風とは気体で、火とはエネルギー(プラズマ)の意味になる。) 2 錬金術師と植物の魂(改変) リチイ氏の<香りはシンフォニー>のなかの植物の魂の項目で、・・・錬金術師たちの古い研究では、精油は植物の魂であり、人間の心の栄養になります。・・・精油に凝縮した力の場が人間に及び、生命力と生きる喜びを強めるのです。・・・・とあります。 さて、錬金術師とはどのような人で、私たちは錬金術を学ぶことが出来るのでしょうか。 私の知っているのは、 ルドルフ・シュタイナー(1861~1925)です。 シュタイナーの「神智学」のなかに 「ひとりの人間の霊はそれ自身で一つの種族である。人間の肉体がその特徴を種族(子)に遺伝するように、霊は種族として霊のなかに、つまり自分自身のなかに、その特徴を伝える。 だから、人間の霊は、ある人生のなかで、自身の繰り返しとして、前世の諸体験の成果を担って現れる。この人生は以前の人生の繰り返しであり、霊我が前世において学び取ったものを必然的に伴っている。」 (肉体の形質は親から子へ遺伝されるが、霊魂の形質は、自身から自身に遺伝される。肉体の自己は外へと遺伝されるが、精神の自己は内へと遺伝される。) ・・・があります。 この訳の分からない文体は、一体どうしたものでしょう。 これは、言葉による曼陀羅の表現形なのだそうです。 この表現形が、心中にイメージを呼びおこし、心中で生命を得て、心中で活動し、成長するための最良の表現法なのだそうです。 3 シュタイナーの幼児教育 植物を育てていると、成長の法則がみえることがある。君子蘭の花がそうだった。寒い冬中、君子蘭は北側のベランダの隅に置かれていた。2月頃だったと思う。 「ああ、寒かったねえ。ごめんね。暖かいところに出してあげるね。」 君子蘭は南側の事務所に移されることになった。 事務所は、夏は太陽が頭上を通り過ぎるので陽は入らず、冬には低い太陽が一日中窓から入ってきた。 突然春になった君子蘭は、ある日気がつくと、まだ茎も伸ばしていないのに葉が重なり合った隙間に、蜜柑色の花を咲かしていた。葉の間をかき分けてわずかに花の先端が見えるくらいであった。君子蘭はゆっくりと茎が伸びるまで、冬の寒さが必要だったのである。 成長の工程を一つ飛び越えてしまうと、自然界では後戻りもやり直しも、もう出来ないようであった。 シュタイナーは、幼児期に子供に文字を教えることの良くない理由として、次のように述べている。 7歳までの子供に対して、知的な訓練(例えば、文字を覚えたり、算数を覚えたり)をしてはいけません。文字を覚えるエネルギーと脳細胞を発達させるエネルギーとは同じエネルギーなのです。ですから文字をたくさん覚える子供は、脳細胞を育てるエネルギーが文字を覚える方にいってしまうために、肉体的に(脳細胞を)充分成長できない方向にいってしまいます。 7歳までの子供の体の中の肉体器官の形成において未達成に終わったものは、一生失われたままになります。 脳に関しても、7歳までの間に形成されなかったものは、一生失われたままになります。もし、中学、高校の時に集中力のある優秀なお子さんに育てたいと思うのだったら、幼児期には、直観力や想像力に相当する部分を育てるべきであって、暗記等の知的な訓練をするべきではありません。 直観力や想像力が変化して知力に変わっていくのです。 幼児期にはしっかり根っこを張らなくてはなりません。 人間の根っこは目に見えません。それに子供は文字を教えると覚えてしまいます。本来は、土台づくりに使うべき力を文字を覚えることに使ってしまうのです。 (この意味は、例えば、受験でよくやる勉強法で、数学の問題を、解答をみて解き方を暗記するやり方があるが、確かに受験ではこのやり方は効果的なのだが、これをやると解答のわかっていない数学の問題が出されると途端に思考停止に陥るという盲点がある。 本来の勉強法とは、解答のわかっていない問題をどのように自分流で答えるかが重要なわけで、小さい頃から暗記で済ませてしまうと、思考力が落ちてしまうことになる。本来思考力というのはわからないものをわかるようにするためにあるわけで、解答などは自分でみつけないと意味がない。 しかし、これを逐一やっていると、一向に進んでいかないことにもなるから、社会適応できなくなる恐れもある。 興味深い話として、天才で有名なアインシュタインは子供のときは無口だったので知恵遅れとみなされたそうである。アインシュタインにいわせると、必要もないのに話すのは意味がないと思っていたそうである。母親がはじめて聞いた言葉がスープを出したときに「スープが熱すぎる」という言葉だったという逸話がある。) シュタイナーは早く文字を覚えた子供は、大人になってから、精神の老化が早いと警告しています。 (昨今の痴呆症増加と一世代前の暗記型の早期英才教育とは関係があるかもしれない。) シュタイナーは知的なものを覚えさせるのは、遅ければ遅いほどよい。しかしそうではあるが決してそうすべきではない。 ・・多分大きなリスクが伴うから・・と言う意味だと私は思う。 ★ ★ ★ 次回に続く。
2014年06月03日
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前回紹介したふやけた連中は悪魔の奴隷となるだけで始末におえないのでさておいて、人間は誰もが神の子であるから、神という意識を開発するために、その前から紹介してきた神話を続ける。 与えられた意識を開発することなくふやけさせる連中は悪魔の闇の藻屑となるだけである。 起きているべきときに寝ている者は永遠に起きることはないであろう。やがて死でさえも起こすことができなくなる。 では続ける。 ★ ★ ★ アトランティスの祭祀王トート(改変) http://www2.tokai.or.jp/shaga/atorantis/sub17.htm トートは、今日も寝ころんで星空を見ていた。 手を伸ばせば届きそうなほどの満天の星空だ。すると、全天で一番明るい大犬座の主星シリウス付近から、サーッと1つの流れ星が流れてきた。この流れ星はトートの真上を通過し、長い尾を引いて消えていった。トートは行方を見定めると、翌朝流れ星の消えたあたりを探し回った。なぜか、この流れ星が気になった。 探しはじめて数日がたった頃、お目当ての隕石を見つけた。トートはこの隕石が含む鉄で剣を作った。見事な剣が出来上がった。トートは、このお気に入りに「シリウスの剣」と名付けた。 ある夜のこと。またいつものように寝ころんで星空を眺めていると、「シリウスの剣」に月の光が射して、剣先から光がキラリとトートを貫いた。「あっ」と思うと、一瞬美しい乙女の姿が浮かんだ。 トートはそれから深い物思いに沈むようになった。剣を眺めていると、自分と共鳴しているような気がする。自分の心臓の鼓動と、見も知らぬ美しい乙女の鼓動が共振しているように思えてならなかった。思いは想像から確信に変わっていった。 トートはアメンティー(異次元世界)の『住者』から、古い時代に禁止されていた上位サイクル(高次元世界)へ行って帰ってこなかった光の娘がいたことを知った。この娘は相当高いところまで向上した魂だったが、好奇心から宇宙サイクルの壁を越えようとして、アルルの主に捕らえられているという。 トートは、深く埋もれてしまった古代の秘密を学んだ。そして、トートの魂の他方と感じられる娘を救いにいこうと決心した。 トートは、いまより遥か太古にウンダル島の大都市ケオルに生まれた。 アトランティスの偉大なる聖者らは、今の世の凡人の如くに生まれ、死んだのではなかった。 彼らは永遠に流れる生命の川のあるアメンティー(異次元世界)のホールで、自己の生命を永劫より永劫にと新生させていた。 「偉大なる聖者ら」と呼ばれているのはアトランティスのアデプト(大聖者)らで、その数は一三名だった。トートの父のトートメはこの一三名の首長だった。 トートはこのアメンティーのホールへの出入りを許されていた。 ある日トートは肉体を抜け、時間を遡って過去に向かった。宇宙の法則を破った者を救い出すことは、霊界の神々でも出来ないことだった。この世に生を受けた人間を通してのみ、他の諸界との道が開かれ得るのである。これは秘密中の秘密でもある。 トートは長い間、人々の知られていない智恵と知識とを求め、遙かなる過去の時間が始まった空間にまで旅をした。しかし、分かったことは、より深い智恵は未来にある、ということだった。 トートはアメンティーのホールで「すべてのものの根源はどこにあるのですか?」とたずねた。 トートはアメンティーの主たちに、トート自身を肉体から解き放つようにと命じられた。トートは肉体より出て、夜にきらめく炎として主たちの前にたった。そしてアメンティーの生命の火を全身に浴びた。 その時、トートは大きな力に捕らえられ、いまだかって見たこともない諸空間を通って大深淵へと投げ出された。 漆黒の闇だった。これ以上ないというほどの闇だった。 トートは、闇と混沌を通して秩序(言葉)が造られるのを見た。秩序(言葉)より発せられる光を見、光の声を聞いた。そして、秩序と光を発出している大深淵の炎を見た。混乱(雑音)より秩序(言葉)が発せられ、光が生命を発していた。 その時、トートは主の声を聞いた。 「トートよ、聞いて理解せよ。この炎は万物万有をその潜在力として含み、万物万有の根源なり。光を送り出せる秩序は言葉であり、言葉より生命が生まれ、万物万有が生じる。」 「汝の内なる生命は言葉なり。汝、汝の内なる生命を見出すべし。だから言葉を使うための諸力を開発すべし。」 トートは、深く主の言葉を聞いた。「聖なる言葉」はネガティヴ(悪)とともに使ってはいけない。宇宙法則は両刃の剣で善にも悪にも応用できるが、善のみにしか通用できないものもある。「聖」は、善としか調和しない。 「トートよ、万有万物は、法則(秩序)性をもつが故に存在できる。トートよ法則を知れ。そうすれば汝は自由となり、決して夜の暗黒に縛られることもない。」 神秘とは、人に知られない知識であるが故に神秘であり、あらゆる神秘の中心深くまで理解したときはじめて知識と智恵とは自分のものになる。 神秘は奇跡でも超自然でもない。ただ、その法則を知らないだけである。 「もとめよ。時間は神秘なることを学べ。その理解により汝はこの空間より解脱を得るだろう」 ある日、トートはアルルの門の前に立った。 トートは礼を守って、蛇状のドラムを使い、紫と金色の衣を着、銀の冠を頭に置いた姿だった。そして、トートは体のまわりを辰砂の円で囲んだ。 トートは両腕をあげ、境界を越えた世界への道を開く祈願を叫んだ。 「二水辺線の主たちよ、三重の門の看守者たちよ、王座にのぼりて己が宝を納める星の如く、一人は右に一人は左に立ちたまえ。しかり、御身アルルの暗黒王子よ。ほの暗く隠れし諸門を開きたまえ。御身が幽閉せし彼女を解き放ちたまえ。」 時間だけが過ぎていった。 「御身よ聞きたまえ。御身よ聞きたまえ。暗黒の主よ。輝ける者よ。その名を我が知りとなえ得る御身たちが秘密の名によりて、聞きてわが意図に従いたまえ」 トートはアルルの主たちの秘密の名に命じた。主たちの秘密の名によってアルルの諸力は屈した。 それからトートは、 辰砂の円を炎でともし、超越界の空間諸界にいる彼女に呼びかけた。 「光の娘よ、アルルより帰れ。七回また、七回私は火のなかを通過した。わたしは、食物をとらず、水も飲まなかった。私は汝をアルルより、エケルシェガルの王国より呼び出す。光の婦人よ」 トートは断食をして、何回も何回もこの行法を繰り返した。 やがて、トートの前にほの暗い姿が浮かび上がった。アルルの主たちだった。 そして、アルルの主たちの姿がトートの前から消えたとき、あたりが光で包まれた。 光の娘が現れたのだ。 ジーン・ウールは、今や夜の主たちから解放され、霊ではなく肉体をもって生きることが出来るようになった。トートとジーン・ウールが見つめ合う時間は、永遠に続くかと思われた。 ★ ★ ★ 以上は、エメラルドタブレットを書いたトートの話である。
2014年06月03日
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お馴染みのサイト「ネットゲリラ」さんに、この国の現状を現わすブザマな人たちが載っています。 ★ ★ ★ 選良 http://my.shadowcity.jp/2014/06/post-4945.html ★ ★ ★ 集団的自衛権って集団的居眠り権のことなのか? 永遠に眠っていたら、国民に害はないですけどね。 このような連中こそ戦場に送るべきでしょうね。
2014年06月03日
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前回の続き。 ★ ★ ★ このクーデターの時、彼らは開発したプリズムを使い、遠く離れたアクテュルス星の光線から膨大なエネルギーを集めようとし、そのプリズムの使用を始めた途端、予想もしなかった事態が起こった。 膨大なエネルギーがプリズムを通して入ってきた。この恐るべき破壊の力は、人間が制御できる範囲を超えていた。そして大地を貫き、自然界のガス資源や電気力と連鎖反応し、ゆっくり冷えつつあった地球内部に噴火活動を引き起こした。 そして全アトランティス大陸が、信じられないことだが一昼夜で完全に地上から姿を消した。 この時、ただひとり飛行船で王宮から飛び立った者がいた。アガシャーの長男のアモン2世だった。このアモン2世はエジプトに逃れた。エジプトの地は、トートがアメンティ(異次元の世界)に降りてから1千年以上の年月が経っていた。しかしエジプトの人達は、古いエジプトの神話としてトートがアメンティへと去るときに言い残した次の言葉を覚えていた。 「私はしばらくは異次元のアメンティーのホールに帰っていくため、ここ三次元世界に住むケームの人々が、私のことをもはや知ることはないだろう。しかし、私はまた相応しいときに、ここに残した者たちへ教えを授けるために、生まれることなく、強力で強大な生命力をもって再びここに蘇る。 だから、ケームの人々よ、心して、私の言葉を聞きなさい。もし、あなたたちが、私の教えを利己的に利己主義者に利用させたなら、私は、あなたたち神の子が志向する高き永遠の天国から、あなたたちがいまいるこの三次元の暗黒の洞窟の物質界へと、あなたたちを何度も輪廻転生させるだろう。 私の言葉を曲解しないために、偏った考え方をせずに、私の教えを忠実に守り、私の言葉を心にとどめなさい。というのも、私は必ず戻ってくるので、あなたたちが私の言葉を守っているかどうかを知ることになるからである。私は、時間や死を超えた世界から帰ってきて、あなたたちが、私の教えを守っているかどうかに従って、あなたたちをほめたり、罰したりする。」 だから、空から降りてきたアモン・ラーは、神のように崇められた。アモン・ラーは人々に光に対する信仰を説いた。それと同時に農牧を主としていたエジプトの民に様々な文明の知恵を教えた。そして、エジプトの国はアモン・ラーの指導のもと国力は増強し、豊かな国になっていった。これらが今もアモン・ラーの伝説として残っている。 浜辺に打ち寄せる波のように、文明が起こり衰退し忘れ去られ、また新しい波がうねりながら押し寄せてくる。人類は一体どこに向かって歩いているのか。 アモン・ラーは、悲しみの淵にいた。 自分を愛してくれた全て、自分が心の底から慈しんだ全てが一瞬に消え去った。 もう2度と立ち直れないと思っていた。しかし、そんなアモン・ラーの孤独な心を癒してくれたのは、エジプトの豊かな自然だった。 春になり、夏が近づくと、生命が芽生え成長し、地水火風の四大霊が諸惑星の運行に従って飛び交っているのを心と魂で感じた。大きな悲しみを体験したアモン・ラーは、夏が終わり秋が来て、萎れ、枯れ、死にゆく生命とともに、地の懐のなかの秘密にも下りてゆくことが出来た。 霊眼には、アモン・ラーは輝いていた。この輝いているアモン・ラーをめざして龍のような蛇の姿のアーリマンが近づいてきた。そしてアーリマンは宇宙に輝く人間を幻影のなかに誘い込もうとした。 夏、ある星座から隕石の群が落ちてくる。この隕石に含まれる鉄のなかには非常に強力な治癒力が含まれている。この宇宙から降ってくる鉄の治癒力は、輝きを発する人間に龍のように巻きつこうとするアーリマンに対する神々の武器となる。地上に落ちてくる隕石のなかの鉄は、秋が近づくと宇宙の力として、上位の神々がアーリマンにうち勝つために使用するものなのである。 この隕石の鉄で剣が作られた。この剣には、宇宙の不思議な力が込められていた。この不思議な力は、肉体を持ち地上で生きている人間にも、あの世の霊界にも同時に存在する。アモン・ラーは、この剣で霊界の龍に打ち勝つことが出来た。 トートの「シリウスの剣」は、ピラミッドのなかの王の間の床に突き刺してあった。今まで誰も抜き取ることが出来なかったその剣は、アモン・ラーが手にすると簡単に抜き取ることが出来た。このことからエジプトの人々が、トートが帰ってきたと信じたのは当然だった。 アモン・ラーはナイルの河を小舟に乗りゆったりと下ることを楽しんでいた。 天上で星が動いた満月の夜、小さな魚たちが一斉に卵を生んだ。大きな魚たちは、1度に撒き散らされ漂う卵を食べ尽くすことが出来ないくらい膨大な卵が産み落とされ、その中のわずかな魚卵が生き延びた。 小さな魚も大きな魚も、その夜何が始まるのかを知っていた。大きな魚たちの食料として産み落とされた卵たちから、アモンは何を感じたのか。 アモンは自然界の不思議な営みに神の意志を感じたのだった。無駄なものは何一つとしてなかった。 生きること、生かされていることが、全て意味のある出来事に思えた。自分たちの住む地球は、太陽を中心に回っているが、霊界においても霊の太陽が全ての中心だった。そしてこの霊の太陽の光が届かないところが地獄界となっていた。 アモン・ラーは人々に命の尊さを語った。生かされていることへの感謝を語った。そして、この世界を統べていられる神の愛について、父アガシャーの教えを語り継いでいった。 イシス 「私は、全世界の愛人イシス。私はヘルメスに教えを受け、彼とともに諸民族の文字を考案した。それぞれの民族が独自の文字を使って書物をかくようにするためである。私は人間に法律を与え、何人もこれを変えてはならないと命じた。私はクロノスの長女である。私は王オシリスの妻であり姉妹である。シリウス星に生まれるのは私である。女たちの女神と呼ばれるのは私である。・・・天を地から分けたのは私である。 私は星への道を示した。私は船を操る術を考案した。・・・私は男と女を一緒にした。・・・私は老いたものが子ども達に愛されるようにと定めた。私の兄弟オシリスとともに、私は残虐な行為をやめさせた。私は密儀において人間を教え導いた。 私は聖なる像を崇拝する事を教えた。私は神殿の境内を定めた。私は僣主の支配を倒した。私は男達に女を愛するようにさせた。私は正義が銀や金よりも強いものとした。私は真理が美しいものと考えられるようにした」 (マンリー・P・ホールの薔薇十字の象徴哲学百科事典より) 「私イシスはかってあったもの、いまあるもの、そして、将来あるであろうもの全てである。いかなる人間も私を明らかにすることはない。」 古代の聖賢者「トート・ヘルメス・トリスメギストス」は、今日まで神話や伝説として伝えられている秘密を古代の祭司や哲学者に与えた。エジプトの知恵と秘密はスフィンクスに集約され、ヘルメス主義の神秘、霊的真理、秘密の教義の鍵は、「処女イシス」によって象徴されているという。 セイスの神殿のイシスの像は、イシスの秘密の文字として受けとられ、全てが象徴的で重要な意味を持っていた。 イシスの黒くて長い髪、冠、なだらかな肩、右手に持つ秤、左手に持つシストラム(楽器)。右の胸を隠す葡萄の房、左胸を覆う麦の穂、右の耳には太陽、左の耳には月、そして足下に踏みしだく蛇たち。これらの象徴全ては一体どんな意味を含んでいるのか。 ★ ★ ★ 後は転載先を参照ください。
2014年06月02日
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