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しばらく忙しかったのでブログが書けなかったが、良いテーマが思い浮かばなかったこともある。 人智学では魂は愛によりつくられ、人体は光によりつくられるといわれているが、前回紹介したように、この世にはニセモノの愛と光が蔓延っている。 ホンモノの愛は与えることにあり、ホンモノの光は心の調和にあることを以前紹介した。日本の文化でいうならオモテナシと和の精神になる。 オモテナシの本当の意味を知るためにも、シュタイナーの話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ 秘儀の四段階、第二段階「四大元素界の通過」 秘儀参入者は単なる「死(覚醒意識の消滅)との遭遇」を超え、全宇宙と一体になっていく。 参入者の準備が十分か不十分かによって2つに分かれる。参入者の準備が十分に整っていれば、自我をある程度まで宇宙に拡大したときにもまだ余力を残せる。(瞑想や集中の訓練などで)自我の能力を予め十分に発達させ、余力のエネルギーをもっていると、次のような秘儀参入の第二段階の体験をする。 日常生活での物質界(この世)では、眼の前に対象がある。人間が対象を見ると、対象から印象を得て、人間は印象を語りだす。 しかし、秘儀参入の第二段階に到達すると、対象は何もなくなる。未知の事象に直面するのでもない。 宇宙と一体となる(死との遭遇、宇宙への離陸)ために十分な力を使った後、更に蜘蛛が糸を紡ぎ出し巣をつくるように、自分から注ぎ出せる(愛の)力を余分に持たなくてはならない。秘儀参入のためには、魂の愛のエネルギーを発達させ、強力にすることが肝要であるのがわかる。秘儀参入には多くの愛の力の蓄積が必要なのである。 (だから人生において多くの人々を救うことが愛の蓄積となる。物質界に埋もれてしまうと、死さえも乗り越えることができずに、欲界と呼ばれる地獄に踏みとどまる。踏みとどまらせているのは実は自分の非力な自我そのものなのだが、自我が愛を与えることを知らない非力さのため、我儘になり自縄自縛に陥っている。) 続いて、次のようなことが生じる。肉眼は勿論関与できない。・・・ 蜘蛛が糸を出して巣を紡ぎ出すように、秘儀参入者は、自我から愛を注ぎ出すことで霊界をみる視覚器官のようなものをつくり、この霊の視覚器官から全く新しい世界が出現するのが観察できる。例えば、目から光線が発せられ、その光線で時計がつくられるかのようなまるで夢のようなことが起こる。 このように、光線をペンのように操る美術活動を通して時計が出現するように、事象が出現する。主観的な創造ではなく、自我の愛の力から魂の愛の感情を紡ぎ出すことが大事である。 (光線のペンは、神秘学ではよく光の剣と呼ばれる。映画「スターウォーズ」風にいうならライトセイバーである。オカルトでいう、霊我=マナスのことである。) 以上のように、自分から愛を与えるという回り道を選ぶことで、高次の世界に参入でき、高次の世界を認識できる。自分の魂を高次の世界に差し出し、魂の愛を糧にしていかねばならない。 物質界では事象は自分の愛の関与なしに眼前に存在する。高次の世界では自我固有の魂の愛を差し出さない限り、何も存在しない。 [だから、生前の道徳力、つまり愛の力がなくなると霊界では何もみえずに、生きることができなくなり、再び、この世に生を受け、愛の力を得るため生まれる。] だから、霊界で主観と客観を区別するのは非常に困難である。人間が魂から紡ぎ出す愛は全くの主観から生じるが、紡ぎ出したものを知覚し、利用するにあたっては、全く客観的でなければならない。・・・魂を力強く、愛のエネルギーに満ちたものにすることが重要である。霊界参入を志す者は、高次の霊界の霊たちの方から手が差し出されることを期待してはならない。秘儀参入者は高次の霊界に参入できるように自らで進化していかねばならない。 何事も苦労なくしては達せられない。 (これからも何万回もの輪廻転生を通じて魂を進化させないと到達できない) 「シュタイナー古代秘儀講義」p120 ★ ★ ★ 苦労するためにこの世に生まれてくる。だから苦労のない人生は死とともに全てを失う。自分で何もつくらず何も与えてこなかったせいである。天国にいけるかどうかは、この世で苦労して愛を与えてきたかどうかにある。 出会う総ての人に与えることがオモテナシであり、一期一会の精神なのだろう。
2014年12月24日
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不正をしてはいけないのは自らの身を滅ぼすからである。 そんな単純な原則すらもわからないアホバカが巷には多いようである。不正をすることで、利益を上げようとするアホバカは、そのような利益が一時的でしかないことに気づいていないアホバカだから始末に負えない。 そもそも不正とは一時的な効果を狙ったものである。一時的な効果を狙って行われるから不正なんである。嘘と同じで、一度不正を続けるとその後もその効果を長引かせるために果てしなく不正を積み重ねていくことになる。 ほんの一時の不正が、雪崩のような不正へと連鎖していくのだ! 最初は隠して取り繕っても、雪崩のようになっていくから、取り返しがつかないことになる。だから不正は一時でも恐ろしい。生涯ストーカーのようについてまわることになる。 ある意味、人生も永遠の輪廻転生から考えれば一時的なものである。しかし、ほんのわずかでも不正をすれば、人生総てが不正塗れになってしまうのである。だから、永遠に比べて一時的な人生であっても、不正塗れになれば、もはや永遠に不正塗れになっていく。 ということは永遠の生命の源泉である天国(エデンの楽園)に二度と戻れなくなるということなのである。楽園から永遠に追放される。 不正をするような輩への警告のために参考となる話を以下に紹介する。 ★ ★ ★ 私たちは自分の外に「神」を「愛」を探すよう教えられてきた(改変) http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-ccae.html 第一の幻想は、あなた方の誰もが、自分は愛を知っていると思っていることだ。 この幻想は途方もなく有害だ。なぜならあなたは、すでに知っていると思っているからには、それに到達する努力や、それを目覚めさせる努力を決してしないからだ。あなたは気づいていないだろうが、ホンモノの「愛」には、神が宿るということを。 つまり、あなたが愛だと思いこんでいるのは、愛ではなく単なるニセモノということだ!。 あなたは何か別なものを愛と呼んできた。そしてこうした幻想を抱いている限り、どうしてホンモノの愛を探求し、探し求めることができるのか? あなたが誰かに「愛している」と言う時は、実は愛を与えているのではなく、愛を求めているのだ!。 誰もが愛を求めている。しかし自ら愛を求めている者が、どうして愛を与えることができるのか? あなた方はみな、お互いに愛を求め合っている。 あなたの本質は、「愛してほしい」とねだっている乞食だ!。 妻は夫に愛をねだり、夫は妻に愛をねだっている。母親は息子、娘に愛をねだり、息子や娘もまた愛をねだる。友人は友人に愛を求めている。あなた方はみな、お互いに愛をねだっている。自分が愛を求めている友人もまた、愛を求めていることに気づかない。あなた方はまるで、空(から)の器を持って向かい合い、施しを求める2人の乞食のようだ。 愛を求めている限り、愛を与えることはできない。 なぜなら、外に求めるのは、自らの内側に愛の源泉がないという証拠に他ならないからだ。そうでなければどうして、外側に愛を求める必要があるのか? 外に向けて愛を求める欲求を克服した者だけが、愛を与えることができる。愛とは分かち合うもので、ねだるものではない。愛は与えることしか知らず、求めることを知らない。 乞い求められた愛は、愛ではあり得ない。 そして覚えておきなさい。愛を求める人は、決してこの世で愛を手に入れることはできないことを!。 愛を求める人は、決して愛を得ることがない。愛は、愛に対する欲望が消え去った家にしか訪れない。愛は、愛を求めるのをやめた者の家にやってくるが、ねだる心にはやって来ない。なぜならねだる心には、愛の訪れを可能にするオモテナシがない。しかし分かち合う心、与える心には愛が訪れるほどのオモテナシがある。 これまでに、愛があなたの扉をノックしたことがあっただろうか? いや、なかっただろう。なぜならあなたはこれまで、愛を与えてこなかったから。そしてまた何であれ、あなたが与えたものは自分に戻って来る、ということも覚えておきなさい。 生命の永遠の法則の一つは、何であれ自分が与えたものは自分に戻って来るということだ。 全世界とは、反響する木霊(こだま)に他ならない。 憎しみを与えれば、憎しみが返ってくるし、怒りを与えれば、怒りが返ってくる。人を罵倒すれば、別の人を介して罵倒が返ってくる。棘を差し出せば、忘れた頃に棘が戻ってくる。与えたものはすべて間違いなく、さまざまな形で自分に戻り、自分に返ってくる。そして愛を分かち合えば、愛もまたさまざまな形で自分に返ってくるのだ。さまざまな形で愛が戻ってきていないのなら、自分が愛を与えてはこなかったから、と理解しなさい。 誰もが愛の乞食 あなた方はみな乞食だ。 しかも別の乞食に向かって、ないものねだりをしている。そしてそれが手に入らないと悲しみ、涙を流し、自分は愛を得ることはできない、と惨めになる。愛は外に獲得するものではない。 愛は、あなたの内にある心のハーモニー(調和)なのだ! だから誰もあなたに愛をあげることはできないし、外側から獲得することはできない。 愛はあなたの内側に生まれるものだからだ! 愛は内なる開花であり、それは内側で眠るエネルギーから生まれ出る。にもかかわらず私たちはみな、愛を外側に探す。私たちはみな、それを恋人のなかに探そうとする。それは完全に間違いであり、徒労でしかない。 愛を自分自身の内に探しなさい! しかしあなたには、自分の内に愛があろうなどと想像もできない。なぜならあなたが学んできた愛は、常に恋人を連想させるからだ。その愛は常にあなたの外側にあり、外側の誰かを連想することでしかない。だから愛が自分の内側にどのように生まれ得るものなのか、想像もできない。あなたの内なる愛のエネルギーは眠ったままであり、すでに自らの内にあるものを、あなたは外に求めていることに気づかない。ゆえに外に求めている限り、内側を見ることはない。 実のところ、それは決して探し求められるものではない。 でもあなたは愛が欲しいから、他人の扉の前で手を差し出して乞い続ける。全世界に存在する欲望はただ一つ、それは愛だ。そして全世界にある不平もただ一つ、自分は愛をもらっていない、という思い込みからくる。そして自分が愛をもらっていないのは、相手の責任で相手に落ち度があるから、といって他人を責める。妻は夫に言う、「私のことなんかちっとも考えてくれない」。夫は妻に言う、「俺の身にもなってみろ」。 あるとき、素晴らしい劇作家で、しかも詩人であった俳優が亡くなった。 彼の葬儀には、大勢の人々が火葬場へ集まった。私も彼の葬儀に出席していた。そして彼が勤めていた映画会社の重役も出席しており、その重役は次のような短い弔辞を述べた。 「私がこの男を俳優にしたのです。彼を裏道から見つけ出して連れ出し、出世街道へ乗せたのは私です。映画で最初に彼に役を与えたのは私で、彼の処女作を出版したのも私でした。彼が世界的に有名になったのは、私のおかげなのです!」 彼はそれだけを述べた。 あなた方の誰もがそのような場面に似た記憶を思い浮かべるだろう。重役がそのような自慢を述べ終えると、驚くことに突然、皆の前に横たわっていた遺体が起き上がって叫んだ! 「失礼ですが、これから埋葬されるのはあなたですか? それとも私でしょうか? あなたは誰のことを話しているのですか?」 その重役は、「私が」彼を有名にし、「私が」彼の本を出版した。「私が」映画で彼に役を与えた・・・「私が」全てしたと言った。この「私が」という騒音に、遺体ですらも耐え切れなかったようで、遺体はついに起き上がって叫んだ! 「失礼ですが、一つ教えてください。この葬式で埋葬されるのはあなたですか? それとも私ですか?・・・」と、皮肉をいった。 このような死者でさえも自慢の餌にする重役のような人は常に、この「私が」という騒音を生み出し続けている。 あなたの中には二つの声しかあり得ない。 つまり、「私(が)」という声でいっぱいの人の中には、「愛」という声はない。そして「愛」という声に満ち溢れている人の中には、「私」という声はない。しかもその二つは、決して同時には見つからない。それは闇と光が同時に存在するのと同じくらい不可能なことだからだ! 同じように、エゴと愛は共存できない。 エゴとは闇のようなものであり、それは光である愛の不在だ! あなたの内側には愛が欠如している。だから内側で「私」という声が鳴り響いているのだ! この「私」という声を強めて大きくしていけばいくほど、内に愛を見出す可能性はなくなっていく。エゴが強くなればなるほど、愛はますます存在しなくなっていく。そしてエゴが全てとなるとき、愛は完全に死にたえる。 「私」というエゴ あなたは言う。これは「私」の服だ。これは「私」の家だ。 これは「私」の地位だ。これは「私」が寄付したものだ。あれは「私」の援助によるものだ。「私」は○○大学出身だ。「私」の家柄は・・・、「私」の経歴は・・・。この「私」という周りに築かれた砦により決して愛を知ることはないだろう。 あなたの「私」がいかに強く、どれほど根深いものであるかをしっかり理解することだ。 またそれを毎日さらに強め、さらに根深くさせようとしているかどうかを、はっきり見極める必要がある。そうしたものが必要でさらに強めようとしているなら、内側に愛が生まれる望みは完全に断たれることになる。 エゴから生まれる愛は、完全に偽りだ! だから私はあなたの愛はすべて偽りだと言う。なぜならそれはエゴから生まれたものであり、エゴの影だからだ。そして、良く聞きなさい、エゴから生まれた愛は憎しみよりも危険だ。なぜなら憎しみは明快で直接的で、単純だが、偽りの顔を装った愛はそれとは違って見分けにくいからだ。 エゴから生じた愛によって恋人から愛されているなら、やがてあなたは優しい手ではなく、鉄の鎖で繋がれているような感じがしてくるだろう。釣りに行くと、人々は釣り針に餌を付ける。エゴが主人になっている人は、他人を所有したがる。釣り針に愛という餌を付け、彼らをプスリと突き刺すのだ。こうして愛という幻想のゆえに、最終的には実に多くの人が傷みと苦しみに陥るはめになる。 地獄でさえ、こんなに大勢の人々が苦しむことはない。 そしてこの愛という幻想のゆえに、全世界が、全人類が苦しんでいる。しかしそれにもかかわらず、あなたはエゴから出た愛は偽りであることを未だに理解しない。だからこんな地獄が生まれてしまったのだ。 嫉妬は、エゴを伴う偽愛の一つの形だ! だから恋人たちほど嫉妬する者はいない。エゴを伴う偽愛は、他者を所有しようとする陰謀であり策略だ。ゆえに「あなたを愛している」と言う者ほど、人を息苦しい思いにさせる者はいない。こうした状況は、エゴから生まれた偽愛から生じるものであり、ホンモノの愛とエゴは両立しない。 『インナー・ジャーニー』 OSHO 市民出版社 ★ ★ ★ 不正=偽愛である。キリストは、「求めるな、与えよ」といったはずである。神の愛はあなたのなかにすでに光となってあるからだ!
2014年12月19日
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案の定、不正選挙が洩ろバレの情報がネットを賑わせているが、そのなかのタモガミの情報は陰謀論研究家からすれば非常に眉唾もんである。というのもあんなアホバカを相手にするような非常識な日本人はほぼ皆無だからである。 つまり穿った見方かもしれないが、不正のもみ消しのために不正陣営が用いた切り札にも思えるからである。要するにトランプのババである。不正がバレそうになると、タモガミを持ち出して、あんなアホバカと一緒にされては困りますと無視する戦略にも思えるからである。 つまりモンスター扱いなんである。モンスターのいうことだから相手にしてはダメですよ。ネトウヨですよ! という不正を隠す道具に使われそうな話なんである。それも田母神の票が、自民や公明ならまだしも、共産に代わったというのも非常に怪しげである。タモガミを犠牲者に仕立て上げ共産に矛先を向けようとする偽ユダヤの一石二鳥戦略があまりにあからさまで、本来なら、このような騒ぎは即座に打ち消されるはずだからである。 不正情報リークにはリークする目的がある。 まぁ、とにかくこれまでの目についた不正情報を以下に紹介する。 ★ ★ ★ 信者ってのは大変だな http://my.shadowcity.jp/ タボガミ騒動なんだが、ネトウヨがまだ騒いでます。いよいよ糖質だw だから、次世代だけ、立会人を出してなかったんだよw 立会人出さないから、票、減らされたんじゃないの? と煽っておこうw ネトウヨはバカだから、今度は「立会人いなかったから、票を盗まれた」と言い始めるぞw (中略 転載禁止とあるのでリンク元参照のこと) だから、有権者は、出来ては消える泡沫政党に飽き飽きしてるんだよ。特にウヨク系の政党は、次の総選挙まで保たずに消えて行くw 有権者だって名前を覚えきれないですw ★ ★ ★ 続いて、別のブログからも不正情報を紹介する。 ★ ★ ★ 偽票を追加しすぎたんですか? http://plaza.rakuten.co.jp/lalameans/diary/201412170001/ 紹介したいブログ記事を以下にあげていきます。 衆院選:諫早で開票結果にずれ 投票総数6票多く(richardkoshimizu's blog) 諫早比例:「投票者数より投票総数が多い」? 偽票を追加しすぎたんですか、 創価学会の偽選管職員さん? 県への結果報告は、午後11時49分ですね、 分かりました。 これもふざけてます。 こちらも前回参院選で国士議員の追求で脚光を浴びた諫早市の戦犯選管。 投票者数より投票総数が多いなんてありえん。 どんな言い訳を今頃思案しているのかな? ・衆院選:諫早で開票結果にずれ 投票総数6票多く 毎日新聞 2014年12月15日 12時07分 http://mainichi.jp/select/news/20141215k0000e010377000c.html 14日投開票された衆院選で、長崎県諫早市選挙管理委員会は15日、比例代表の開票結果で、投票総数が投票者数より6票多かったと発表した。 市選管が原因を調べているが、そのまま結果を確定させており、県選管などは「票の数え直しをすべきだった」としている。 市選管によると、投票者数5万7482人に対し、投票総数は5万7488票だった。 作業の遅れが比例九州ブロック全体に影響することや、開票作業従事者の多くが帰宅していたため再集計を見送ったという。 開票は14日午後8時に始まり、午後11時49分に結果を県に報告した。 総務省選挙部管理課は「開票作業は、速さよりも確実さが優先されるべきだ」とコメン... 【次世代の党惨敗】 現役自衛官が憤り「今回の選挙結果は捏造」(richardkoshimizu's blog) ダボハゼの支持者が落選は不正選挙だと騒いでいるようですが、自衛官が大挙して騒いでいただくのは一向にかまいません。 不正選挙に衆目が集まるので、好都合です。 頑張れ、自衛官諸君! これも田母神支持者ではありますが…。 >公明党と創価学会ならやりかねない」…。w 【次世代の党惨敗】 現役自衛官が憤り「今回の選挙結果は捏造」 2014.12.16 11:30 DMMニュース http://dmm-news.com/article/903251/ 「選挙の開票に 何か仕掛けでもしてたのではないか? 田母神元空幕長が落選するなどということはあり得ない。 都知事選の結果をみてもそれは明らかだ。 もう一度、東京12区の開票そのものから調べ直す必要がある。 公明党と創価学会ならやりかねない」 衆院選開票速報が出た12月14日の深夜、過激な言葉でこう語るのは実施部隊に勤務するエリート海自現役幹部自衛官(2等海尉)だ。 (以下略) 次世代票を共産票に誤集計 京都・伏見区(richardkoshimizu's blog) 京都で次世代の党の得票があまりに少なかったので、クレームを受けて再計票したら1500票を共産党に付け替えていたと判明。 「集計ミス」で逃げようとしているが、恐らくこの手口、日本全国でやっている。 バレなければ開票を終わったとして、再計票を行わず闇に葬る。 この手口、あちこちで疑惑を呼んで国民覚醒に役立ちます。 ありがとうございます。 京都の選管が、次世代の党の票を共産党の票にカウントしていたことがわかりました。 (共産党だからリークされた?) これ、生活の党の票を自民党の票としてカウントするなどしてもわかりませんね。 (自民党だからリークされないというわけ?) 次世代票を共産票に誤集計 京都・伏見区 都市伏見区の選挙管理委員会が、衆議院選挙の比例代表で「次世代の党」に投じられた1500票を、「共産党」の票として誤って集計していたことが分かりました。 選挙管理委員会はいったん、開票作業を終えていましたが、京都府の選挙管理委員会から指摘を受け、集計をやり直したということです。 (自民党へのすげ替えは隠せる) 京都市の伏見区選挙管理委員会は衆議院選挙の比例代表で「次世代の党」の票を381票と集計し、京都市選挙管理委員会に報告しました。 これに対し、京都府の選挙管理委員会から「極端に少ないのではないか」という指摘が寄せられ、区の選挙管理委員会は開票作業を終えていたものの、職員や立会人などを再び集めて午前5時すぎから票の確認を行いました。 その結果、「次世代の党」に投じられた500票の束3つ、合わせて1500票が、誤って「共産党」の票として 集計されていたことが分かり、集計し直した結果を改めて報告しました。 伏見区選挙管理委員会によりますと、集計ミスの原因は次世代の党と共産党の票の集計を同じ職員が担当していたため、混同したとみられるということで、内山修書記長は「多くの方々に迷惑をかけ申し訳ない」と話しています 日本全国開票ミス=不正選挙祭り 紹介したいブログ記事を以下にあげていきます。 日本全国開票ミス=不正選挙祭り(richardkoshimizu's blog) 総務省中枢の不正選挙実行部隊があらかじめ決めた得票数に実際の票数を合わせる必要があるため、現場で混乱が起きて、あちこちで辻褄の合わない結果が発生しています。 「ミス」で片づけるつもりでしょうが、厳しく精査することで不正選挙の痕跡が見えてくるはず。 国士諸氏の分析研究が俟たれます。 皆さん、いやらしくしつこく調べましょう! 諫早市、上天草市、東京文京区に続き 偽選管さんどんどんボロを出しています。 ドジ踏みまくって下さい。 国民は不正選挙に気が付きます。・岡山市、倉敷市、瀬戸内市のケース 岡山市、票確定3時間20分遅れ 衆院選開票 県内で集計ミス相次ぐ 2014年12月15日 山陽新聞 http://www.sanyonews.jp/article/108735/1/・韮崎市、富士吉田市、笛吹市のケース 投票者多く発表、二重にカウント…ミス相次ぐ 2014年12月16日 読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/local/yamanashi/news/20141215-OYTNT50261.html?・養父市のケース 養父市、投票箱に用紙残ったまま… 2014年12月16日 読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/local/hyogo/news/20141215-OYTNT50377.html?from=yartcl_popin・小諸市のケース 小諸市開票 比例で39分 2014年12月16日 読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/local/nagano/news/20141215-OYTNT50353.html?from=yartcl_popin ガーネットスター 2014/12/16 20:13 山梨と沖縄で自民が惨敗?(richardkoshimizu's blog) 両県だけは不正選挙がうまくいかなかった、できなかったということでは? 両県の選挙情報を求めます。>開票所で自民の票が多かった? >出口調査でも「自民に投票した」が圧倒的だった? (richardkoshimizu's blog) >開票所で自民の票が多かった? 偽票をたくさん投入すればそうなります。 >出口調査でも「自民に投票した」が圧倒的だった? 出口調査を一般人がしているかどうかを創価奴隷が監視し、発見したらすぐさま信者を動員。 投票所に集めて出口調査で「自民」「公明」に投票したといわせる。 そのくらいの下準備はして当たり前です。 敵も背水の陣です。 票をすり替えた結果残った本物の票。(richardkoshimizu's blog) 証拠隠滅が図られます。 選管や創価の周辺を漁りましょう。 夜半の異臭(焼却臭)に注意を払いましょう。 ゴミ焼却場の方、シュレッダーされたごみに注目してください! 偽票の隠し場所や隠蔽の件ですが、月曜日、ゴミ集積所には、シュレッダーゴミがありませんでしたし、クリーンセンター(ゴミ焼却場)の近くを通りましたが、異臭はしませんでしたので、他の隠し場所を考えてみました。・シュレッダーで細かくしたものを混ぜて、何気なく、Amazonなどの通販で使う梱包材として、紛れ込まれている可能性はありませんでしょうか?・ゴミ焼却場にそれぞれ、直接搬入して、一気に燃やす。・建築工事現場の地面やセメントの中に溶かす←無茶すぎですが・・・リサイクル用紙再生工場で溶かす。・競馬場の馬券売り場のバックヤードで混ぜてから、焼却所に搬入して燃やす。・クリスマスイベントの紙吹雪などに化ける・クリスマスイベントの大量のゴミに混ぜて、事業所ゴミとして、焼却所に直接搬入する。 以上です。 ★ ★ ★ こういうのは氷山の一角である、大々的にやっている一部がみつかったにすぎないと考えるのが的確である。山梨と沖縄だけは不正でなかったようである。ということは、山梨と沖縄の結果が正しいということになる。
2014年12月17日
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投票所に創価がどれくらい絡んでいるのか実地検分のために一応投票にはいったが、ダマスゴミが流す自民圧勝といういかにも不正情報流しの臭いがプンプンした不正選挙であったが、ネットでお馴染みのサイトで興味深い解釈をしている話をみつけたので、以下に紹介する。 選挙に公正さを求めるのなら、ダマスゴミの流す自民圧勝予測報道こそ真っ先に取り締まるべきであろう。 さて、ヨハネの黙示録でも預言されているように、いま世界は二極化している現状にあるといってよいだろう。 そこで、この二極化の視点から今回の選挙を考えてみると非常に面白い。 これから紹介するRAPTさまのブログでは、「天皇派=ロスチャイルド」と「教皇派=ロックフェラー」の2つに大別して議論を展開している。人智学から考えると、どちらも悪魔崇拝に代わりはなく、どちらかというと理念先行型の前者がルシファー信仰型で、唯物先行型の後者がアーリマン信仰型と解釈できる。 この二極化の見方から、例えば、天皇派が旧日本陸軍の皇道派と、教皇派が統制派に類似することがわかる。この見方は、それぞれが、戦後の左翼と右翼と類似することに気づかせ、また幕末では有名な新撰組の芹沢派=水戸藩と近藤派=会津藩とも類似することに気づかせてくれる。 つまりこの見方は歴史解釈にも現代にも通用するものということがわかる。 下世話にわかりやすく喩えると、前者が菅原文太演じる主人公タイプで、後者が高倉健演じる主人公タイプのイメージともいえる。菅原文太演じる人物はアウトロー的な美学で、高倉健演じる人物は孤立無援のストイックな美学で、どちらも滅びの美学である。 物質界に染まらずに物質界からバイバイ、オサラバする美学である。物質界に執着心を全くもたないから憧れるわけである。しかし滅びである以上は悪魔崇拝である。 問題はこの2つのタイプの悪魔たちの利害をいかに調整して人間らしい愛をもった生き方を実践させていくかにある。逆にいうと、この2つの龍の調整を誤ると多くの人命が失われるということである。現に二極化の均衡が破れ多くの人命を失ったことは歴史で証明されている。 では紹介する。 ★ ★ ★ 清和会と経世会について。または日本の政治家を「天皇派」と「教皇派」に区別する簡単な方法 http://rapt.sub.jp/?p=18039 一昨日と昨日とに続いて、BRICSが実は池田大作、つまり創価学会の裏工作によって作られた同盟国家であることを証明してきました。 ○BRICS諸国に創価学会が深く喰い込んでいるという現実。 ○鈴木宗男は創価票で政治家に。習近平も創価大卒の可能性あり。BRICSはどこまでもクロと判明。 この私自身、予想外の展開にやや戸惑ってしまったところがありますが、これがこの世の現実です。有名陰謀論者はこれまでやたらとアメリカ叩きばかりを繰り返し、そのアメリカを叩き潰してくれているBRICSをこぞって称賛してきました。 アメリカやロックフェラーによって日本がさんざんな目に遭っているのは確かな事実でしたから、私もこれまでずっと彼らの話に乗せられ、BRICSを心から応援してきました。 プーチンについては言うまでもなく、習近平についても、中国共産党の腐敗を徹底的に叩き潰そうとしているのを見て、心から感心していたようなところもあります。 しかし、彼らが実は創価学会によって操られていたということが分かった以上、これからはもう彼らのことを手放しで応援することはできません。 果たして彼らが池田大作によって操られているだけなのか、それとも彼ら自身もまた悪魔崇拝者なのか、その辺のところはまだ分かりかねますが、いずれにせよ、彼らはみんな悪魔に利用されているわけですから、彼らの中に善意があろうとなかろうと、彼らのことを信用することはできません。 プーチンファンの皆さん、BRICSファンの皆さんには申し訳ありませんが、今後、このブログではプーチンもBRICSも池田大作の手先、天皇派の一派であるとの認識の上で話を進めていくことになります。その点はどうかご了承ください。 とはいえ、このようなことが分かったことで、私たちはこれまで以上にこの世の中をシンプルに見ることができるようになりました。これはとても大きな進歩です。 つまり、現代のこの世界もまた、第二次大戦や東西冷戦のときと同じく、「天皇=ロスチャイルド」と「教皇=ロックフェラー」という二つの巨大な勢力争いの上に成り立っているということです。(東西冷戦と第二次大戦の世界構造については以下のリンクをご覧ください。) ○東西冷戦とはバチカンと天皇の権力闘争でした。 ○この世界は「天皇=ロスチャイルド」と「バチカン=ロックフェラー」の抗争の上に成り立っています。 また、昨日はロシアと太いパイプを持った鈴木宗男議員が、実は創価票によって政治家になったということが分かりました。このことから、日本の政界の構造もとてもシンプルに見えてくるようになりました。実際、昨日の記事に対して、こんなコメントを下さった方がいました。 ---------------- 以前から不思議だったことなんですが、本日の記事を読んでわかりました。 やはり経世会は天皇派であるということですね。清和会はロック派で、経世会はロス-天皇系だと。 経世会の政治家はこれまで散々やられてきているのになぜその派閥に属する議員が出てくるのだろう、失脚-怪死が続けば誰も入りたがらないであろうにと思ってきましたが、後ろ盾があるからこそだったんですね。 となると、今回も自民党の圧勝ですが、どちらの派閥の自民党議員が多いかで、ロック派の力の具合が判断できそうですね。 ---------------- これまで日本の政治を詳しく見てこられた方は、ほとんどの方が「経世会」という存在について大きな疑問を抱いてきたはずです。 このコメントにもある通り、「経世会」に属した政治家たちは皆、スキャンダルまみれにされたり、不可解な死を遂げたりと、誰も彼もが不幸な運命を辿っているからです。 その一方、自民党には「清和会」というもう一つ大きな派閥があるのですが、この「清和会」に属した政治家たちはみんな安泰です。スキャンダルまみれにされることもなく、不可解な死を遂げるようなこともありません。 一応、安倍晋三も「清和会」であり、最近は彼もあちこちから激しいバッシングを受けましたが、それでも今回の総選挙で再び権力を取り戻しました。 このように「清和会」に属した政治家はみんな安泰なのです。その一方、「経世会」に属した政治家はみんな確実に不幸になるのに、なぜ多くの政治家たちがそれでも懲りずに「経世会」に入っていくのか。一体、「経世会」のどこにそんな魅力があるのか。 この不可解さについて、うまくまとめられた記事がありました。 ----------------(以下、日本人の覚醒より転載) 自民党の二大派閥、「清和会」と「経世会」 ここで自民党の二大派閥、「清和会」と「経世会」に着目しよう。 代表的な清和会系の政治家は、福田赳夫=小泉純一郎=安倍晋三らである。対して経世会系は、田中角栄=竹下登=橋本龍太郎=小渕恵三らである。 両者の違いをきわめて簡単にいうと、清和会は米国の手下、経世会は日本独立やアジア外交重視の人たちである。ここに緒方竹虎から続く、自民党とCIA(ユダヤ権力)の癒着の歴史が関係している。 清和会は米国に有利な政策を遂行し、その報酬としてCIAからカネをもらい、勢力を伸ばしてきた。大手マスコミは一切報道しないが、岸信介がCIAに雇われたエージェントだったことは、後年になって情報公開された米国務省、米国立公文書記録管理局の資料から明らかになっている。 一方の経世会は、米国だけでなく、ヨーロッパやアジアとの関係も強化していこうという考え方だ。田中角栄などはまさにその代表である。 両者を比較するには、首相経験者の末路を追うとよい。その差は一目瞭然である。清和会はみな長生きで、政権も安定していた。一方、経世会はこんな具合だ。 田中角栄・・・ロッキード事件で失脚。脳梗塞に倒れる。 竹下登・・・リクルート事件で失脚。変形性脊椎症に倒れる。 橋本龍太郎・・・一億円ヤミ献金事件で政界引退。68歳で死去。 小渕恵三・・・任期半ばで脳梗塞に倒れる。62歳で死去。 政治家なら誰もが金まみれなのは当然だが、金丸信も、鈴木宗男も、小沢一郎も経世会である。これほどわかりやすい例もないだろう。これらの起訴は東京地検特捜部によって行われているが、この特捜部の前身が「隠匿退蔵物資事件特捜部」(米軍占領前に隠した資産などを探し、摘発する部署)であり、地検のキャリアはみなCIA(ユダヤ権力)の教育を受けていることが公式に明らかになっている。 結局のところ米国、つまり<彼ら>の支配を受け入れる者しか、この国では活躍できないようになっている。小泉純一郎は首相時代、米国のポチとして徹底的なまでに日本を売り渡し、徹底的なまでに格差を助長した。安倍晋三首相もその系譜をたどっているにすぎず、保守と呼ぶのもおこがましい。 (中略 リンク先を参照してください。) 対米従属派である清和会の政治家と違い、国益を重視して米国と一線を画して近隣アジア諸国などと独自の繋がりを模索しようとした経世会の政治家は、悉く失脚もしくは殺害の末路を迎えている。 中川昭一の父親である中川一郎氏も、日本の近隣大国であるロシアからの、「米国石油メジャーとは別口ルートでの」原油輸入を画策し、入浴中、絞殺された。 ----------------(転載ここまで) 「清和会」なるものの正体が、アメリカ・ロックフェラーの傀儡の集まりであることは多くの人が分かっていたことと思います。有名陰謀論者がこの「清和会」について徹底的に暴露し、批判してきたからです。 しかし、「経世会」なるものについては、なぜか有名陰謀論者たちはみんな明言を避けてきました。それは一体なぜか。有名陰謀論者たちもみんな「天皇派」なので、同じ「天皇派」である「経世会」のことは余り世に知られたくなかったのでしょう。 しかし、これからはもう騙されません。陰謀論者たちがいくら「経世会」の政治家を応援したとしても、私たちはそれを真に受けてはならないのです。(小沢一郎の正体については、以下のリンクをご覧ください。) ○小沢一郎と創価学会との深いつながり。彼は天皇家の中心的人物に違いありません。 恐らく「経世会」のメンバーには特攻隊と同じような「大和魂」が残されているのでしょう。死を覚悟してでも「天皇」のために政治をやる。それが彼ら「経世会」のメンバーの信条なのです。だから、いくら過去の「経世会」メンバーが不幸な運命を辿っていたとしても、全く気にしていないのではないでしょうか。 (後は字数制限を越えるので省略。リンク先を参照してください。) ★ ★ ★ 字数制限で尻切れトンボの転載だが、要するに二極化の見方が有用ということである。
2014年12月17日
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前回は、唯物論に染まり、地上で生き続けようとするアホバカには霊界は永遠に閉ざされたものとなり、天国の扉は開かずのままになってしまう話を紹介した。 地上の悪魔の力に頼る権威主義者は、代わりに霊界をみる魂の目を失ってしまうから注意すべきである。これが天国からの追放の真の意味である。 以前紹介したが、ドル紙幣に描かれたカバラで有名なピラミッドの三角形の図は、古代エジプトではイシスの目であることを前回のシュタイナーの話から紹介した。 オカルト(秘教学)では、ピラミッドの三角形の図は、子を抱く聖母マリアの図であり、以上の図の比較から、それは子であり夫でもある宇宙語オシリスと宇宙音楽イシスが結びついた三位一体の単性生殖の創造図であることがわかる。人間の自我は神から生まれたことを示す。 自我は単性生殖により神から生まれたことを薔薇十字会ではE.D.N=[ex deo nascimur](神から生まれた)と表わすそうである。エデンの楽園のこと。 つまりこの三角形の図の中央の万物を見通す叡智の目とは、自我のことなんである。人間の自我は神々の単性生殖の創造から生まれるというわけである。 「私は私であるものから生まれる」というわけで、八咫(ユダヤ)の鏡に記述された「エヘイエ アシェル エヘイエ」のことで、霊は霊から生まれることで、つまり人間の自我は神から生まれるので、人間は神の子であるという意味なんである。 神の子が不正を働けば、それは破壊につながり、神から切り離され、神の愛のエネルギーを拒み、愛を憎しみと感じ自らで絶ち、地上で生き続けようとして、やがて自我は自ら滅んでしまうわけである。 そういうわけで、宗教というのは自我の鍛錬にあるわけで、自我を通じて霊界や神界の法を知ることにあるわけである。仏像や神社や寺などは霊界や神界の復元パビリオンなわけである。 厳密にいえば、ああいう仏像や寺社などは本当は霊界にあるわけだから、魂の目や心の目でみないといけないわけで、物欲の目でみているアホバカは偶像崇拝の悪魔崇拝なんである。 坊主が率先して金儲けで物欲に目が眩んでいるので、厳密にいえば全員落第ですね。地獄行きですわ。いくらお経を唱えようが、神界がみれてないのだから自己満足にすぎませんよ。 本当のお経とは天球の音楽と宇宙語なんである。 大体堂々と霊がみれないという坊主は自分でニセモノといっているわけで、自分は修行が足りませんと告白しているアホバカなんである。かといって悪霊ばかりみていて、自分を霊能力者と偽るのも非常に問題である。 キリストがみれない神父や牧師も同じくニセモノなんである。 だから葬式などは、故人が現世でやり残したことを子孫に伝えた引き継ぎ式みたいなもんだったのだろう。死後、死者は現世で縁のあった人を訪問するから、坊主はその通訳みたいなもんである。お経も死んだ故人が子孫に伝えたい話を坊主が通訳したものが形骸化したんだろう。だから厳密にいえば、霊能力がないと葬式なんかできないわけである。 総てがニセモノで偽りを行っているから皆が地獄行きである。 さて、そういうオカルトの話だけでも、巷のニセモノ坊主を暴くことができるわけで、続けてシュタイナーの話を紹介する。 ★ ★ ★ 秘儀の四段階、第三段階「真夜中の太陽」 人間の魂は日常生活では物質体から離れたとき、つまり眠りに落ちたときはただちに無意識に陥る。つまり、日常生活を形作る物質体とエーテル体が、魂の意識や内的な精神活動に関与しない睡眠中のように、魂が物質体とエーテル体から離れると、人間はもはや日常生活のような意識や精神活動を働かせるのに十分な力をもたなくなる。 だから、物質体とエーテル体から独立した睡眠時の自我とアストラル体に、瞑想・集中の行を通じて、意識を十分に働かせる力を獲得する必要がある。瞑想や集中の修行から、物質体とエーテル体から独立した(霊界での)体験・経験が可能になる。 (逆に唯物論に染まり唯物的な感覚が身に付くと益々無意識に陥りやすくなる。) 日常生活での魂の(物質的な)成長力よりも強力な魂の(霊的な)成長力を発達させることで、上述した段階に到達する能力が得られる。無意識に直面した後、蜘蛛が巣を紡ぎ出すように、魂から霊力を注ぎ出し、自分の前に立つ霊界にネットを張り巡らせ、情報を受け取ることで新しい世界へ入っていける。 (霊界はネットワークの世界と似ている。だから戒名や法名などはネットでのアカウントのようなものか)・・・この新しい世界では、この世の物質・感覚界で体験するのとは全く異なる体験をする。物質界の平凡な体験から抜け出すのである。 (全てが逆向きに進むといわれている。卵から雛が生まれ鶏になるこの世とは逆に、鶏から雛になり卵に返る。このような逆向きの様子が、子を母が食う鬼子母神伝説を生んだ。) 物質界での自然法則の基準や道徳法則の基準とは、全く別の領域のようにみえる。 物質界では自然現象を表わす自然法則と精神を扱う道徳事項は分離しているが、霊界では分離していない。道徳事項も、物質界だけに存在する。 (霊界では道徳に沿うことのみが受け入れられる。) だから、魂が物質体とエーテル体から独立した段階に到達すると、霊界に生起する事象を、自然の事象のように判断できると同時に、物質界での道徳事項を見究める判断力が必要とされる。物質界の自然則とは異なり、物質の自然則と道徳則の二つが、霊界に入ると融合するからである。 霊視者になると、ある特別な感情や感覚をもつようになるが、物質界についても同様の特別な超越した感情や感覚をもつ。しかし、そのような特別な感情や感覚をもつことで被害を受けないためにも、この新しい感情と感覚を、外界のこれまで顧慮しなかった事象にも向けねばならない。 霊視者になり、ある感情と感覚を自らのなかで育成したとき、自分と自然との関係が次第に、良い意味で変化していくのに気づくようになる。 以上をまとめて物語風に語ると、 「植物を目の前に想い浮かべる。植物を、太陽や星と次第に一体化させ、一つにする。そうして、人間の感覚を、植物から太陽・星へと向けねばならない。 植物と同じレベルの睡眠中の物質体やエーテル体だけから成る人体から、物質体とエーテル体の外にある自我やアストラル体へと感覚を拡げねばならない。 人間の自我やアストラル体は、太陽とは独立している。しかし、睡眠中の人間の自我とアストラル体は、植物の物質体とエーテル体の外にあって、植物の成長の糧となる太陽光を注ぐ物質の太陽に等しい。」 という風になる。 以上のような話を霊視者は体験する。上述のような感情から出発し、随意に物質体とエーテル体から自我とアストラル体を独立させ、物質体とエーテル体を一種の植物にすると、非常に不思議なことが分かる。 もし太陽が話せたら、植物を見下ろし、 「物質体とエーテル体からなる植物は私の一部である。植物の物質体とエーテル体は、私が送り与えるものを必要とするからである」 と語るだろう。 太陽が植物に語るのと同様に、人間の自我は、自分の物質体とエーテル体に向かい、 「植物が太陽の一部なのと同じように、物質体とエーテル体は私の一部である。私は物質体とエーテル体にとっては太陽なのだ!」 と語れる。 自我は物質体とエーテル体にとっての太陽である、というのは真実である。 物質体とエーテル体にとっての自我が、植物にとっての太陽と等しいように、アストラル体は植物にとっての月と星々に等しい、というのも真実である。これらは特別重要な秘儀参入の体験である。 いま述べたことは、最初はゾロアスターの秘儀のなかで体験され、全宇宙の進化を通じて、キリスト=イエスという聖杯(月)のなかで再現された。 特に古代エジプト時代に最も明瞭に、秘儀参入者が真夜中に霊の太陽(自我)をみて、太陽の力と一体となるのを感じたため、この体験は「真夜中の太陽」と名づけられた。 自分の自我のなかに太陽を体験し、自我を物質体とエーテル体の上に輝く太陽の(治癒=生殖)力として体験する秘儀参入が第三段階である。 (前回述べたイシスの正体をみるのが第四段階) 「シュタイナー古代秘儀講義」p122 ★ ★ ★ 霊視者により太陽崇拝がもたらされたことがわかる。それは真夜中の太陽のキリストのことである。だから、人間の自我は神から生まれ(E.D.N)、その自我は覚醒意識の死を経験し、I.C.M[im Christo morimur](キリストのなかで死ぬ)というように、自我(キリスト)の死を経験し、再び自我を成長させ、霊我となるために、転生し、P.S.S.R=[per spiritum sanctum reviviscimus](聖霊として復活する)という三段階の秘教の過程を通過する。聖霊として復活する人間は10番目の自由の天使となるそうである。
2014年12月15日
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人類は常に進化しなければならないというのは宇宙の法則だが、それには不正をできるだけ行わないことに尽きるが、どうしても自己の欲望のために不正を行う脱落者が出てしまう。 脱落者を生まないために各個人には良心があるが、今回の選挙をみていて痛感したのは良心を自ら手放すアホバカが多いということである。ほとんどの政治家は残念ながら、自ら良心を手放し、自ら進んで人間失格の烙印を押そうとしているから真事に滑稽この上ない。 アホバカな人物は悪魔崇拝の国には相応しいのかもしれないが、天国からはどんどん遠ざかっていくことは確かであろう。選挙で落選する方が、人類の進化に落選するよりも遥かにマシである。 アホノミクスで政治家は皆アホバカになってしまったようである。 このようなアホバカは最後に必ず死ぬということすらわかっていない。死がどういうことなのかわかっていない。人類の進化から逸れたものに行き場はないから、死は終焉なんである。 自分だけわざわざ滅亡の道へと進んでいくからアホバカである。ノアの箱舟を自分から拒否している。 他の人にばれなくても、許してもらっても良心からすれば不正は不正である。 不正をして良心を失った連中が笑っているのをTVでみるのは滑稽で不浄を感じるので、選挙関連番組など一切ボイコットした。 不正とは最も永遠の生命を手に入れることから遠いものである。 日本人は汚くなってしまった。この国は終わりなのかもしれない。天皇制のレクイエムが聞こえる。 というわけで、悪い奴らが笑ってられるのもいまのうちだ。人類の進化の階段を踏み外した現実を知るのはこれからである。滅亡への方向へと自分で舵を切ってしまってはもはや救いようがない。悪い奴は悪いことを滅亡とともに曝すしかない。 そういうアホバカ連中は残念ながら自ら奈落の底に堕ちていっているので、救われない。 自分で自分を救わない限り救えないから、良心を自ら放棄してしまっては御終いで、他人の振りみて我が身を救うしかないから、シュタイナーの話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ 秘儀の第四段階「高次の神々と低次の神々との遭遇」 人間が自分のエーテル体や物質体を、星や太陽のように感じとれるようになれば、もはや星や太陽は単なる物質ではなく、星や太陽の背後霊や霊界などを知るようになる。つまり、宇宙の体験は神霊界の体験であることを理解すべきである。 秘儀参入者は高次の霊界のなかに自己を感じ、下方に感覚(物質)界をみる。死の扉を通過した霊たちと遭遇し、その霊たちがどのように感覚(物質)界に力を送っているのかをみる。感覚(物質)界の自然での事象を生起させるために、超感覚(霊)界から、いかに力が地上に送られているかをみる。 秘儀参入者は、高次の世界から感覚界に注がれる力の流れをみれる。物質体とエーテル体から離れて高次の世界に滞在し、自分の物質体とエーテル体を見下ろし、人間の物質体とエーテル体に働きかける宇宙霊の力をみる。そして、自分が参入した霊界の共同体を通して、いかに物質界で物質体とエーテル体が形成されるかを理解する。 以上のことを参入者は正確に認識する。例えば、太陽の霊(高次の神々)がどのように地上に働きかけ、人間の物質体とエーテル体を形成する仕事に関与しているかなどを認識する。また、月の霊(低次の神々)が人間の物質体とエーテル体を形成するために宇宙から協力していることも知る。 そして、同時に大きな憧れが生じる。どのようにアストラル体と自我が宇宙から生まれたのかを知りたい、というような憧れである。どのように物質体とエーテル体が宇宙の様々な力から形成されたのかが詳細にみれる一方で、どのようにアストラル体と自我が成立したのかについては隠され続ける。人間のアストラル体と自我については、全て深い闇と秘密に覆われている。 「私の最内にある本質、本当の私(アストラル体と自我)は今、私の目からは隠されている。反対に、物質界に生きるときに私の外被となるもの(エーテル体と物質体)は顕わになる」と、参入者は感じる。 ゾロアスターによる秘儀参入をとおして、「真夜中(カリユガの暗黒時代)に太陽を見る」ことができるようになった。ゾロアスターは太陽の外に顕れる物質の形態をみたのではなく、太陽の本性の霊たち(エロヒム)を見たのである。 太陽から発せられる力がゾロアスターの物質体のなかに入り、太陽から到来する力が人間の頭脳を形成する様子をみた。驚くべき脳の構造が地上の力だけでつくられたと信じるのは馬鹿げている。複雑な脳の構造には太陽の力の働きかけが必須である。 太陽の多様な力が、様々な形で脳の複雑な構造を形成してきた。脳の構造に働きかけるのは一柱の神ではなく、一群の神々の霊たちである。その存在を、ゾロアスターはアムシャ・スプンタと名づけた。アムシャ・スプンタは宇宙の多様な力を刺激することで人間の脳、そして脊髄上部の神経を発生させた。 またゾロアスターは、月の霊から他の流れが発せられていることも示した。二八柱のヤザタから発せられる流れが脊髄下部の二八の神経をつくった。このように、物質体とエーテル体は宇宙の神々から発せられる力の流れから構築されている。 (神経「神を経た」という言葉を意味する。) ゾロアスターのような秘儀参入者たちは非常に大きな叡智を受け取った。 けれども次第に、「私という存在は一体何のために生起しているのか。受肉から受肉へと移りゆく私という存在(自我やアストラル体)については全く知ることができない。知り得るのは、受肉ごとに宇宙から形成される外被(エーテル体と物質体)だけである」という言葉で表現できるような感情を持つようになった。 古代エジプトで、例えばヘルメスの秘儀に参入した者は、高次の霊界でまた別の体験をした。古代エジプト時代にヘルメスの秘儀によって高次の霊界に参入した魂も、秘儀参入で常に生じるような、自分が物質体とエーテル体の外にいて、霊に取り巻かれ、霊界のなかにいることを感じた。 魂は霊界を眺め回し、様々な存在・事象が魂の前に現れる。足で歩き回るのではなく、全宇宙をぐるりと眺めまわすのである。 そして、終わり、を感じるときがくる。周囲を海に囲まれた陸地を巡回し、やがて岸に辿りつくような体験である。自分が到達できる最も外側の地点に着いたことを参入者は知る。 そして、「宇宙の遥か彼方の大宇宙領域を巡ってきた間に、私は物質体とエーテル体に働きかける霊たちを知った。いま私は最も神聖な領域に参入する。いま参入する領域で、受肉から受肉へと移りゆく私(自我)と私のアストラル体に働きかける霊と合一するのを感じる」という言葉で表現できるような体験をエジプトの秘儀参入者はもった。 これは重要な体験である。この地点でこのような体験をすることで、全てが違ったものになる。 (仏教でいうところの彼岸の体験であろう) 例えば、第一に、この宇宙の果ての岸では、かつて自分がもっていた判断力(分別知)が使えなくなる。物質的・地上的な判断力全てを放棄し、自分を導いてきたものへの執着を断てなければ、宇宙の果ての岸でのこのような体験ができず、人間の霊魂が再受肉に近づき、新たな外被を纏うために家族・民族・両親を探すのに共に働く霊たちとの合一を感じることができない。 どのように霊魂の外被の物質体・エーテル体が宇宙から発生し、形成されるのかを明らかにしてくれた霊たちは、いまは、私(自我)のなかに働く力や、アストラル体を構築する力を明らかにはしない。 ヘルメスの秘儀に参入したエジプト人の魂は自分の外被を抜け出て、「宇宙の彼方」に達した後、ある存在と結び付くのを感じた。魂はこの存在の本性を感じることができる。魂はこの存在の外ではなく、この本性の内に自らを感じる。この存在は実際にここにいる、と魂は知ることができる。同時に、参入者はこの存在の内にいる。 この内なる存在のなかに、自分に最も深く結び付いているものがある、と参入者は感じる。自分が何者であるのかを知りたい、という意識が生じるが、この存在は黙ったままである。 しばらくのあいだ、この沈黙する無言の存在に面して立ち、宇宙の謎を新たな形で解きたい、というような深い憧れを感じるようになる。 宇宙の謎を解きたい、という憧れの力が、この神霊のなかに流入することでしばらくして、この存在は別の存在を生み出す。それは地上で考えるような誕生や出産のようなものでないことが一目で分かる。 (霊による単性生殖のことである。この生殖力が自我の自然治癒力となった。) 地上での誕生は、時間のなかで生じる。この神霊の創造行為をみた参入者は、「この神霊の創造行為は原初から休みなく繰り返されている。この創造は原初から現在まで続いている」ことを知る。 この創造行為を、参入者は今までみていなかっただけで、常に創造されているのだが、参入者が、宇宙の謎を解き明かしたいという憧れを通して、それをみるための準備ができたときに初めて、この創造行為を霊界で知覚できる。 それゆえ、霊界参入者は、「いま、生まれた」とは言わず、「いま私という自我と一体となっている霊から、原初以来、常に私という自我が(脱皮のように)生まれ続けている。この創造行為から生まれた自我を、いま私自身で知覚できるようになった」と感じる。 以上の体験が古代エジプトのイシスの秘儀参入である。 イシスの秘儀に参入した者は、宇宙の彼岸にいたり、物質体とエーテル体を構築する霊をみて、人間の魂の最奥の自我に熱と光を注ぎかける無口な女神に向き合ったとき、「イシスだ!」と呟いた。 イシスは、死すべき目(唯物論)でみる者には自らの顔を顕わにしない、無言の沈黙する女神である。死すべき目からはベールによってイシスの姿は隠される。 (唯物論に囚われた魂否定論者には、キリストの復活は空想に思え、永遠の生命はみえないし、想定できない。) 以上のようにイシスに出会い、上述の感情を持つ秘儀参入者の魂のなかにイシスがみえると、この出会いを「誕生」として知覚する。では、この「誕生」とは何なのか? この誕生は「天球の音楽」として知覚される。この天球の音楽は、魂が物質体とエーテル体のなかに浸透するように、空間を貫いて進み、死と転生の間の自我が必要とするエネルギーを注ぎ込む創造の宇宙語と結び付く。熱と光の力に貫かれた宇宙語が、神の力と神霊から生まれる自我のなかに魂を吹き込む。 参入者は、死から転生の期間を生きる人間の魂の真の故郷である天球の音楽の世界、宇宙語の世界をみる。死から転生の間に、光と熱の反照のなかで生きる魂をもちながら、地上の物質界で生きる人間のなかでは深く隠されている天球の音楽と宇宙語の世界がイシスから誕生するのを、ヘルメスの秘儀の参入者は体験した。 イシスはイシスとして参入者の前に立つ一方で、他方では宇宙音楽・宇宙語の創造者として立っている。 いまや参入者はイシスと、イシスから生まれる宇宙語との共同関係を感じる。この宇宙語は最初、オシリスの姿をしている。「オシリスとともにあるイシス」として、この光景は現れる。 太古のエジプトの秘儀参入者には、オシリスはイシスの子であり夫である、という話が広く知られていた。参入者は、オシリスはイシスの子であり夫である、と感じた。古代エジプトの秘儀参入者の本質は、死から転生の期間を通過するときも人間と結びつく自我の秘密を体験することだった。 人間はオシリスとの結び付きを通して自分の土台となる自我の認識が可能となった。 「シュタイナー古代秘儀講義」p125 ★ ★ ★ 不正は魂の成長を蝕む。不正をして良心を失う者は魂を論じれないし、肉体と共に滅ぶ。物質文明とともに滅ぶときがきた。
2014年12月15日
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どうせまたムサシと創価動員で不正選挙して与党が圧勝してしまうのかと思うとお先真っ暗の暗闇社会の到来しか想定できなくなっている現状なんである。 またアホノミクスとダマスゴミの大本営発表の洗脳の垂れ流しが続くかと思うと、この国の行き着く先は闇ばかり渡る世間は鬼ばかりというわけなのだろう。 そこで少しでも先取りして考えると、もし与党政権がこのまま続くとすれば戦前の回帰、つまり歴史が繰り返し、同じ過ちを繰り返す可能性が限りなく高いということだけは想定できる。 そうすると、現アホ政権と天皇制のどちらかがこの国のカースト制度を引き継ぐかで衝突必定となる可能性が高い。日本史でいえば幕末の再現ともいえる。 幕末を簡単に要約するなら、江戸時代の徳川政権は朝廷に女を送って跡取りをつくり公武合体で朝廷を傀儡としようとしたが、幕末に外国勢力の揺さぶりもありメーソンらに南朝革命をやられて徳川家は大政奉還をして闇に隠れることとなり、明治帝がガータ騎士になり、英国の傀儡の明治政府ができた。 そこで、今回の選挙を幕末から考えてみると、よく訪問させていただいている播州武侯祠遍照院さまのブログの内容と、RAPTさまのブログの内容から、徳川家の落ち武者たちが創価をつくったのではないかという仮説に辿りついたのだが、その仮説を加味すると、現政権は幕末の徳川政権と酷似していることがわかる。 現政権は憲法無視の軍国主義政権を目指しているから、現天皇の憲法護持の姿勢とは相反するからである。天皇が一度決めたことを反故にするとなると、体制そのものの存続が危うくなる。 つまり、今回の選挙は天皇制の存続に関わっているようにみえる。もし、天皇家が分裂するようだと、天皇制は終焉を迎えるのだろう。 さて、今回の選挙を播州武侯祠遍照院さまのブログが大まかに分析しておられるので、以下に紹介する。リンク先は転載元の播州武侯祠遍照院さまのブログで参照してほしい。 ★ ★ ★ 選挙結果次第で、裏がわかる。 http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/Page/3/ 今度の総選挙。 結果が読めない。 でもその結果と経過をみたら、その後の日本と世界がわかるかも知れない。 仮説をいくつか。 1・新井社長説。 反戦争屋が、戦争屋・軍産複合体を、ほぼ制圧。 あとは日本のアホを目覚まして、世界と日本の再構築。 2・飯山先生説 戦争屋の捨て身の逆襲が日本では成功。 一時的には日本は戦争屋に掌握され、世界の反戦争屋の日本介入が起きるまで、国家や大企業の「人食い天国」 3・RAPT説 天皇勢力と、ユダキンロックフェラーの日本での最後の決戦は決め手がなく、こう着状態。 こういう混乱状態では、なんでも起きえる。 総選挙でアベチョンが大勝し、その後政権運営が安定していると、飯山説が一番近い。 総選挙に、アベチョンが勝ちきれなく政権交代もありうるなら、新井説。 となるか。 世界的には、「反戦争屋が優勢」だが、アメリカはまだ内戦中。 ともわれ、この選挙の結果には、「不正選挙」や「マスコミによる扇動」があるだろうし、アベチョンが勝てば、戦争屋は日本では勝利したと言い得る。 でも不正選挙・マスコミの扇動が暴露されて、大問題になると、反戦争屋の野釣り伏せの伏兵戦略が成功したと言い得る。 まあ、今は日本の権力闘争は、選挙が終わるまで「渾沌のさなか」と思って、用心しましょう。 こういうときに官憲は、好き放題して、冤罪で善人を捕まえて殺しますから。 お読みくださりありがとうございます。 ★ ★ ★ いずれにしろ、悪党たちが日本のリングで闘っているわけである。ちなみにシュタイナーは、現代の第5文化期をゲルマン文化期と呼んでいるようで、広義の意味でゲルマン民族同士の戦いの時代だったといえなくもない。 いづれにしろ、混乱を収拾するには、以下の話が有用に思われるので、転載し紹介する。 ★ ★ ★ 誰かに導いてもらうのでなく、1人1人が自らのリーダーになる(改変) http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/11-e469.html ショッキングなニュースや大きな変化が文明の不安定さを生み出しますが、これらもすべて起きるべくして起きているのです。あなた方の中にはまるで、こちらからあちらへとピクニックや遠足へとドライブでもするかのように、光の時代だけを経験したがる人々がいますが、そうはいかないのです。 責任という問題に、あなた方の惑星の人々はもっと焦点を合わせねばなりません。それは決して、ある人々を責めるということではなく、この時期、あなた方1人1人は「自らのリーダー」となるべきであることを私たちは伝えています。 誰もあなたを導いてはくれないというのが真相です。あなた方は神々が目に見える存在となる水瓶座の時代に到達しており、そこではあなた方みんなが神様であり、誰もがみんな被造物なのです。 あなた方のリーダーたちが倒れても、決して怯えてはなりません。 なぜならそれは、あなた方人類という家族のなかの一番酷い秘密が知られるために全てが計画されているからです。世代から世代へと親が子どもに対して性的虐待をするのは、彼らが愛を知らないからです。すべてにおいて愛が勝っていなければなりません。あなた方は生物学的な血統というものを浄化する必要がありますが、それはエーテル次元やアストラル次元も同様です。 なぜなら、この世界に生まれることを望む新しい子どもたちは、自分たちが愛されることを保証する周波数だけに魅かれてやって来るからです。あなた方が子どもたちを愛することなしに、地球人類の存続は保証されないのです。このことはあなた方が、生殖行為を尊敬して慈しむということを意味しています。 つまり、あなた方の生殖行為の「質」が、あなた方のエネルギー領域の周波数を決定付けます。この真実からあなた方は逃れることはできません。そしてそれが、あなたの生理的な原動力の中心であることも確かです。なぜならあなた方は誰もが、性的なエネルギーを通してここにやって来ているからです。 もうすでにあなた方の世界では、ダブルとしてデザインされたクローン人間がたくさんいます。これは今に始まったことではなく、実は何千年間も行なわれてきた事実です。権力者たちが、自分のダブルを作ろうとする試みは、とっくの昔からあるのです。 しかしクローンにはあなた方の持つバイタリティー(生命力)はなく、あなた方そっくりのクローンは作れないことがいずれわかるでしょう。なぜならクローンには、生きている証拠である人間の生殖行為の生命力が刻印されていないからです。 このテクノロジーをあなた方は、子どもを作り出す能力を失った宇宙の存在たちから学んだのですが、同時に彼らはあなた方人間の性的な力を密かに盗みに来ているのです。本当の力はあなた方にあります。さらにそれは分かち合うことが可能なもので、何度でも与えることができます。それは与えれば自然と増えていくものですが、しかし秘密にして隠したままにすると、いずれは縮小して自然消滅していきます。 「闇の物語」を受け入れることで、あなた方自身の力を受け入れてください。 あなた方の祖先もかつて同じような挑戦に直面したのですが、彼らは今のあなた方ほど独りよがりではありませんでした。あなた方には今、極めて多くの援助の手が差し伸べられているのです。あなた方が探し求める解決は、あなたの内なる世界に見つかります。あなた方の周囲の世界を見ると、今にも崩壊しそうになっています。 そういった社会や世界を見る時にあなたが内に感じる感情や反応は、今実際に起きていることをあなた方が受け入れ、自分自身をつくり直すようにと催促するサインです。なぜなら解体してこそ、新しい何かが生まれるからであり、そのサイクルには死も含まれています。 祖先から受け継がれた人類の「傷」が、癒しを求めて進み出て来ている これを理解することが、あなた方の進化に大切なことです。 あなた方が愛する人々や友人たちとともに一緒になって平和をつくり、言葉や行為で他人を侵害したりせず、互いに尊敬し合うことです。あなたが尊重して欲しいように、すべてに対して尊重するのです。その時出会う非常に傷ついている人間の魂は、実はあなた方人類の血統の遺産であり、闇と同じようにあらゆる傷も延々と受け継がれてきたのです。そのような傷が今、癒されることを求めて表に進み出て来ていることを理解することです。祖先の傷が今、昼の光のもとにさらされているのです。 癒しの仕事は、あなた方の力を遥かに超えるもののように見えるでしょう。 延々と引き継がれてきた傷を覆うベールが、次々とはがされていく時、あなた方の心の病に対して、向精神薬のようなものも抗生物質も効き目はありません。こうした心の病という不快感は、長い間、目に見えないで隠れていたものです。 こうしたものを癒していく治療法を発見する探求において、どうかあなた方が多次元的な存在であるということを忘れないでください。そしてその解決法は肉体的次元だけにあるのではなく、あなた方を援助するために来ている存在たちがいるということを忘れないでください。 あなた方が呼び出されるのは、霊的な次元です。 夜明け前のもっとも暗い時に、インスピレーションを与えてくれるのも、この次元なのです。ですからあなた方は目をよく見開いて、ホーホーと鳴くフクロウや、夜中に聞こえてくる変な音に怯える必要はありません。ロウソクの火を灯し、闇の縄張りの中へと潔(いさぎよ)く入って行き、そこに何があるかをしっかりと見定めて、それを理解するように意図してください。そして自分のハートを開き、人間の魂の中の病んだ部分が癒されることを待ち望んでいることを知ってください。 心の病こそが、愛人関係や家族関係、友人関係において暴力を生み、互いを分離させるのです。それは暗い暴力であり、それ自身が秘密で覆われ、隠れているのです。そしてこれは、あなた方の3次元にある、どのようなマインドコントロールよりも、遥かに巧妙に人間の魂を操作することができるのです。 人類のマインドコントロールや地球の気象状態に影響を及ぼし、さらにはあなた方の経済のあらゆる側面、宗教や教育、医療関連を操作する者たちは、これからさらに暴露されることになるでしょう。 なぜならあなた方は今、他人による管理ではなく、自ら自分自身の管理を引き受け、他からではなく自分が自分自身に影響を与える者になろうとしているからです。あなた方がこれまでどのように他から影響を及ぼされてきたのかを、そのことを理解することなのです。そのことに気づく時、ただそれだけが、あなた方が本当に自分自身を自ら管理できる者となるのです。 ★ ★ ★ ちなみに次の文化期はロシア文化期と呼ばれているそうである。
2014年12月12日
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巷は相も変わらず変わろうとしない死んでいく癖に生きている間は権力にできるだけいつまでも居座りたい輩が糞のように便器にしがみついている。 自分は他の人種とは違うと上から目線で差別し生き恥を曝しまくる日本人が増大している。いうまでもないが人類に上下があるわけがない。あるとしたら、経験の大小である。 このように便器にしがみつく糞のような巷の地獄堕ち決定の連中たちの選挙は無視して、シュタイナーの話を続ける。 ★ ★ ★ ギリシアの秘儀 ギリシアの秘儀は二つの役割を担っていた。一つは人類の感覚を霊界へと上昇させること、そして、もう一つは自然の秘密、つまり地上の力とその背後の霊の存在についての探求であった。ホンモノの秘儀参入者は、この両方の秘儀に参入した。彼らは父ゼウスの秘密も、母デメテルの秘密も受け取ったといわれた。 この時代を霊視すると、既にいくらか抽象的になっていたとはいえ、最高次の領域に達する霊能力とならんで、最低次の深みにも進める自然についての洞察力がみつけられる。なににもまして特別重要なのは、この双方を結び付けることである。 「シュタイナー古代秘儀講義」p140 ギリシアの「大地の叡智(秘教学)」 ギリシアの秘儀の「大地の叡智」では、今日ではあまり重要視していない、自然の外界にあるどの元素が人体内に保持され、どの元素が体内に取り込まれないか、というような問題が深い意味で考慮された。人体のなかに鉄分をもつことはよく知られているが、カルシウム、ナトリウム、マグネシウムなどの他の金属ももっている。 しかし、人体内にもたない金属もいくつかある。現代の唯物科学の方法で人体を分析すれば、どの金属をもつかどうかがわかる。物質科学の検査でも、鉛、銅、水銀、錫、銀、金を人体内にもたないことがわかる。・・・ 例えば、一塊の鉛をみると、それが灰白色の金属であることがわかる。鉛は一定の強度をもち、手で触れることができる。地球の鉛鉱のなかの鉛は、人類が属する宇宙空間全体のなかでは、非常に希薄な霊的な形で存在し、魂に「独立」の意味を与える。 一見して、鉛がみえないところにも鉛の力が浸透し、人間はその鉛の力と接触している。鉛は宇宙空間のなかで、人間と接触しながら「独立」の意味を与えている。 しかし、いまの人間は物質体を通してではなく、エーテル体を通してのみ鉛の力と接触できる。地球の鉛鉱以外では、鉛は人間のエーテル体にのみに働くような希薄な霊の状態にあるからである。鉛は宇宙空間全体に非常に薄く広がった状態で、人間のエーテル体に作用する。・・・他の惑星の住人は、地球は鉄に富んだ惑星と言うだろう。・・・地球の鉄が、土星では鉛なのである。・・・地球がかつてもっていた惑星の形態(土星紀)から土星は分離した。・・・土星はいわば鉛を連れ出し、土星がもつ生命(エーテル)力と熱(エネルギー)を通して太陽系全体に、鉛の力を浸透させるために精妙に希薄(気)化した。 だから、「土星は地球の遥か彼方にあるが、太陽系全体を精妙な(霊的な)鉛の力で満たしている」とイメージすべきである。この精妙で霊的な鉛の力が人間の精妙なエーテル体に作用する。・・・ 鉛は人間を内から独立させるように働く。鉛の力から人間は自我を得て、自我を外界から感受したものと対置させる。この鉛の力はまずエーテル体のなかに入り、次いでエーテル体から物質体のなかに浸透する。この鉛の力の浸透を通して、人間は外界についての記憶力を得る。 ギリシアの秘儀の「大地の叡智」の弟子は以上の鉛の力などを導師から学んだ後、次のような教えに導かれた。弟子にできる限りの厳粛さで鉛の力が示される。次に弟子の感覚は鉛の力から土星に向けられる。そして、土星と地上の鉛との親密な関係が示される。・・・ 「君が地上に鉛をみるように、地球は鉛を含んでいる。しかし地球は今の物質の状態では、鉛を人体内で働かせることができない。しかし(かつての地球であった)土星は、(いまの地球とは)全く別の熱の状態と霊的なエーテル力を持つので、太陽系に鉛の力を伝播している。 土星のこの鉛の力が、君のエーテル体に作用し、物質体に浸透することで、君は自我を得て、自立した人間、記憶力を持った人間となっているのだ! ・・・もし君の記憶力が不十分ならば、君の自我はバラバラになるだろう。君の十分な記憶力は遥か遠くの土星から輝いてくる鉛の力に負っている。この力は地球の鉛のなかに溜まり、物質の状態ではもはや人間に働きかけられない。 このように土星の鉛の力は君のなかでは記憶力から生じる思考を定着させ、しかるのちに外界の体験を記憶として留め、寝て起きることで、魂の潜在意識から思考を再び上昇させて、一時的に外界を感受させるだけでなく、持続的に外界で生きることを可能にする。 ・・・君は(土星の力により)内なる魂を、地上の人生での体験から成長させるのである。」 情緒的でなく、真剣な厳粛さで、以上のように導師に教えられることで、弟子たちは大きな叡智を受けとった。このような形で、次のような理解も学んだ。 「もし、この鉛-土星の力だけが働き、人間に自我と記憶力を与えるだけだったら、人間は我儘な存在となり、宇宙から完全に孤立し、疎外されただろう。もし、この土星の力だけだったら、人間は肉眼で見たものだけを地上の人生の記憶とし、宇宙から孤立し、疎外された存在となっただろう。人間は土星から自分勝手な記憶だけを植え付けられ、地上で孤立した隠者となっただろう。」 (現代に統合失調症が増加したのは、土星の力が過多になっている証拠かもしれない。だから土星はサタン=悪魔とも呼ばれているのだろう。) そこで弟子は、この独立心旺盛な土星の力に均衡をもたらす別の力が必要なことを学んだ。それは月の力である。 土星の力と月の力が反対側から、地球と人間に向かって流れてくる。土星が人間から奪い取るものを、月が与える。逆に土星が人間に与えるものを、月が奪い取る。 地球の鉄のなかには、人間の魂に治癒力を与える力がある。同様に、土星は鉛のなかに独立の力を与え、月は銀のなかに、その反対の力を与える。 地球のなかの銀は、人体に入っていけない状態にある。・・・月の光が特に獅子座の方向から(地上を)照らすとき、人間は、この銀の力を通じて土星の鉛の力と均衡を図る。このように人間は、恵みに満ちた宇宙から土星により記憶力を与えられながらも同時に大宇宙から孤立しないように、月から働きかけられている。・・・ ギリシアでは、天体を空にある単なる光の点のようにみたのではなく、そのなかに霊・生命(エーテル)の存在をみて、地上の人間を、その霊・生命(エーテル)の存在に結び付けていたので、ホンモノの叡智をもっていた。 「シュタイナー古代秘儀講義」p142 ★ ★ ★ このような古代ギリシア文化はいまではほとんど残っていない。哲学は相変わらず霊魂を無視し語らずである。
2014年12月11日
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前回はノストラダムスの大予言ならぬ2000年からハゲタカとも呼ばれる外国人投資家が日本企業の株を買い漁り経営に口を出すようになってサラリーマンの給料が極端に下降しだした話を紹介した。 つまり、従来の日本社会であったなら、外国人投資家に株を買われなければ、株の配当がサラリーマンの給料になっていたわけである。日本のほとんどのサラリーマンは、トンビならぬハゲタカに油揚げをさらわれ、鵜飼の鵜にされてしまったわけである。 しかも性質が悪いのは、外国人投資家の多くが海外に居住するために、税金で利益を日本社会に純粋に還元できないことが挙げられる。 投資家は株を買うことで会社に貢献しているなどという嘘を垂れ流すが、売買で利益を挙げるのはギャンブルと同じでそんなものは貢献ではなく略奪なんである。というのもなんら生産的は活動をしていないからである。しかも、損切りという無責任なオマケまでできるわけだから、略奪行為を正当化しているようなもんである。 せめて投資家にモラルがあるなら損切りなどはできないはずで会社とともに一蓮托生で心中すべきだろう。 実体経済を考慮しないバナナの叩き売りのようなモラルハザードがリーマンショックを起こしたことは明らかである。 経済にモラルがなくなれば、崩壊するしかないのである。 さて、このような経済問題と同じにアホノミクスの掲げる大嘘の2つ目は財政破綻問題である。以下の2つのグラフをみれば、理系脳なら大局的にみて財政赤字は法人税減税と連動していることが明らかであろう。 グラフの書き方に誤魔化しがなければ、財政と法人税が連動していることはほぼ明らかである。つまり法人税を減税したから財政赤字が増加したのである。というか収入を予定して予算をたてるのが財務省の仕事である。だから法人税とほぼ連動して予算をたてないと算数ができないアホバカと罵られても仕方ない。 御用学者は赤字国債の発行を問題にするが、それなら赤字とわかっていて発行する財務省に責任があることを明示すべきである。少なくとも国民は税金を政府に貸している立場なので赤字は財務省の責任になり、官僚の失策ということになる。 つまり早い話、法人税減税と消費税増税をアホバカ政治家が言い出してから、法人税を無視した予算をたてる暴挙に財務省が変質したといわざるをえないのである。国家財政を混乱に貶めた連中は地獄に堕ちるから覚悟すべきである。 さて、このような話をまとめた話をネットでみつけたので以下に紹介する。 ★ ★ ★ 続・財政破綻を招く法人税減税(3) http://blog.livedoor.jp/sho923utg/archives/51821202.html つぎの文章は月刊誌『むすぶ』(ロシナンテ社)2014年8月号に、「連載 第262回 時代を駆ける 財政破綻を招く法人税減税」のタイトルで掲載したものである。 3回に分けて掲載する。 バブル崩壊後、政府は景気を回復させるために減税と公共投資の増額をはかった。 その結果が取り返しのつかない財政破綻である。 1990年代はじめまで税収と財政支出はほぼ並行して動いていた。 それが大きく乖離していくのが1990年代半ば以降である。 その第1の原因は減税政策である。 法人税・所得税の引き下げで「米国に学べ」というものであった。 1989年度は法人税率40%で法人税収は19兆円。 2012年度は法人税率25.5%で法人税収は約10兆円。9兆円の減収である。 第2は不況対策としての公共投資である。 1980年代の公共事業投資の合計291兆円に対し、1990年代の合計は460兆円と1.6倍もふえている。 不況対策として赤字国債を財源として公共投資を行ったが、景気が回復しなかったことは90年代不況が立証している。 「失われた20年」といわれるが、90年代不況は2002年以降好況に転じて5年間にわたる「いざなみ景気」を経験した。 それでも国民生活は良くならなかった。 その理由は政府が大企業や富裕層を極端に優遇する減税政策をうちだしたからだ。 その一方で政財界は国際競争力強化や雇用の流動化という名目で、賃下げやリストラを行い、非正規雇用を増加させてきた。 その結果、消費の停滞をまねきデフレを引き起こしたのだ。 安倍首相は法人税減税の意義について、「雇用の場を維持し、国民生活の向上に企業が貢献していくためのもの」だと説明している。 だが、法人税減税が賃上げや雇用増加につながらないことも、国民生活の向上にならないことも歴史が証明している。 7月30日付毎日新聞「記者の目」で、横田愛記者が安倍政権の法人税率引き下げの舞台裏を書いている。 首相官邸の関係者は、「法人税を減税すれば日本経済がこう良くなる、という具体的話ではない。マーケットに失望 されたくない。その強迫観念だけで突き進んでいる」と話す。 1年前、アベノミクスの「成長戦略」が小粒と評価されて株価が暴落した。 そのため「市場を驚かせる大玉が必要」だとネライを定めたのが法人税減税だった。 「成長戦略の目玉がないから「税で何かやれ」という話だ」。 減税に慎重な自民党の幹部はこう話す。 また、財務省幹部も「株価に一喜一憂して政策を決めるのはおかしい」と話す。 だが、自民党税調も財務省も、「高支持率の首相の意向だから」と白旗をあげてしまった。 消費税10%の増税が決まれは5兆円超の負担増となる。 財政難のなか、なぜ家計は増税で企業は減税なのか。 政府の納得のいく説明が必要だ。 以上が横田記者の報告である。 (東大出の財務省幹部がアホバカ総理にいいようにされるのは愛国心のなさの表明である。) 安倍政権は他に策がないため、かつてのような法人税減税や公共投資などで景気浮揚をはかろうとしている。その結果はいっそうの財政赤字の増大である。 8月16日付毎日新聞に元共産党書記局長・不破哲三のインタビューが掲載されている。 不破は安倍政権を歴代自民党政権では「極めて異質だ」とのべている。 その理由としてつぎのふたつを上げている。 ひとつは根底に大東亜戦争肯定論があり、それが憲法改定の怨念と結びついている。 もうひとつは、池田政権の所得倍増計画でも田中政権の日本列島改造論でも、国民の生活がこう変わるという主張があった。 だが安倍政権の場合「大企業がもうかれば国民に流れる」という財界の口移しのような言い方だ。 昔の政治家はこんなことはいわなかったと。 法人税減税は国民の富を消費税で奪い、大企業に回す政策で百害あって一利なしである。 財界の言い分だけに耳を傾け、庶民のくらしを顧みない安倍政権の「暴走」をストップさせないと、日本は財政破綻をするだろう。(完) ★ ★ ★ 自分のことしか考えられないノータリンのアホバカにつける薬はないのだろう。
2014年12月10日
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巷では与党が勝ったも同然の報道が連日連夜まるで戦時中の大本営発表の糞のように流されて選挙なんぞに行く気も失せる倦怠感が押し寄せてきている。本当の公平を期すのなら、このようなアホバカ発表こそ投票者の心理を揺るがしかねないものなので最もやってはならない報道なんである。 与党優勢ならせっかくの休日に選挙なんか行って潰すよりレジャーを楽しんだほうがいいと思うのが大半なんで、投票率は確実に下がるわけで、要するに、与党優勢などというような報道は公正を期すならばやってはならない報道で、明らかな野党不利の選挙妨害をしていることになる。 不正投票行為をダマスゴミが率先してやっているのがこの国の腐った現状なんである。 さて、そういう腐った根性を自らで気が付いて払拭しない限り、この国はどんどんダメになっていくことは現状をみれば明らかなんである。 ではその一端がわかる話を以下に紹介する。なぜサラリーマンの給料が上がらないのかは、このようなダマスゴミの洗脳によりアホノミクスに騙され、外資に搾り取られているせいなんである。 ★ ★ ★ 外国人寄生虫株主に 利益を吸い取られている 日本企業の実態 http://www.asyura2.com/12/hasan78/msg/579.html まずは下の棒グラフをご覧ください。青い棒で表されているのは、各年度の大企業が支払った株主配当金の総額の推移です。(2000年を100とした相対値です。) これを見ると、2000年頃を1つの区切りとして、これ以降急激に配当金が膨れ上がっていることがわかります。この変化の背後には、何があったのでしょうか。 一昔前になりますが、「企業は誰のものか」という問いかけが盛んになされたことがありましたね。この問いかけには、「企業は従業員のものでもある」という日本的な考え方に対する批判が込められていたことも、記憶にある方が多いかと思います。 要するに、「株主の出資によって企業ができている以上、企業の所有者は株主であるのは当然であり、経営者は株主の利益を最大限にするように行動をするのは当然である」…こういう考え方こそ正しいとされたわけです。 この立場に立てば、企業は株主の利益ができる限り大きくなるように行動するのが当然であり、従業員に支払う給与にしてもできる限り小さくする方がよいということになるはずです。以下のグラフはサラリーマンの平均年収の推移を表したものです。 このグラフを見ると、配当金の急激な上昇のあった2000年(平成12年)前後から以降において、サラリーマンの平均年収がどんどんと下がっていったことが如実に理解できると思います。 企業感が変化したのに伴って、株主への配当金が激増するのとまさに反比例するように、サラリーマンの給料がどんどんと下がっていったわけです。そして、勤労者の所得がどんどんと減っていく環境にあっては、需要減退によるデフレ圧力が強まっていったのは、ある意味当然のことだったともいえるかと思います。 では、こうした「企業は株主のもの」という企業観はどうして広がっていったのでしょうか。以下のグラフをご覧ください。日本の上場企業のセクターごとの持ち株比率の推移を表しています。 特に注目していただきたいのが、1990年頃から上昇トレンドに入ってきた外国人の持ち株比率の推移(赤色)です。 外国人株主の比率の上昇によって、当然外国人株主の発言権が強まることになります。そして彼らは自己の利益を最大化させるように、株主への配当金を引き上げることを求めてきたのです。その圧力に屈したのか、あるいはその理屈を正当なものだと認めたのかはわかりませんが、いずれにせよ、外国人株主の要求に従う決定を日本の企業は行っていったわけです。 さて、形式論理的には、企業は株主のものであるというのは、疑いようもなく正しいといえるかもしれません。しかしながら、日本には昔から「お互い様」という考えがあり、形式論理に基づいて導き出される権利や自由を絶対視することに対して、直感的におかしいと感じる感覚がありました。 実際、人間も企業も社会の中に埋め込まれた存在であり、社会を離れて存立するものでは断じてありません。従ってこうした見地から企業を捉えれば、企業は社会的な存在であるともいえます。そして企業は社員が集まることで成り立っており、社員もまた企業の構成員として認められるべきものです。 こうした見地に立てば、企業は社員のものでもあります。つまり企業は、株主のものでもあるだろうけれども、社会のものでもあり、取引先のものでもあり、従業員のものでもあり、顧客のものでもあるという考え方も成り立つはずです。そしてこのような見方が伝統的な日本的な見地でした。このような日本的な見地は、富が偏在化するのを防ぎ、均衡の取れた発展を実現するのに適しているともいえるものだったでしょう。 現代に生きる私たちが忘れかけているこのような日本的な美風は、むしろ健全な国家の成長に資するものでもあるのです。「これまでの古い日本を徹底的に解体すべきだ」という構造改革派の論調は、このような背景を見落とした議論ではないでしょうか。 今こそ、日本的美風を回復すべき時期ではないかと思わずにいられません。 ★ ★ ★ 上にあるように「企業は誰のものか」という問いかけがなされるのがそもそもおかしい。企業というのは一人の力でなりたつものでもなく、本来、その企業の成長に関わった大多数の皆のものであるはずだからである。だから、このように誰とは名言できない性質をもつ。 企業が法律に従って成長したのなら、その法律を守る皆のものであり、社会に根付いた活動に従って成長したのなら、その社会を構成する皆のものである。 だから、上のように成長の概念からいえば、外国人投資家というのが外からやってきて、成長したものを奪い取っていく侵略してきた輩であり、成長への貢献という意味では最もその比率が低いどころか、成長を私服化し破壊する略奪性の高い行為というべきだろう。 だから外国人投資家というのは寄生ウイルスのような連中だから自己免疫を鍛えないと成長はおろか、乗っ取られた企業から法律や社会を破壊し最終的には税金を払わずに国家を崩壊させてしまうだろう。 つまり外国人投資家を規制する法案を設立するのが急務であることがわかる。でないとサラリーマンの給料が増えるわけがないのである。
2014年12月09日
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人間は過ちを犯すことで正しい道を知ることができるが、そのためには二度と同じ過ちを繰り返さないことが非常に重要である。 何度も紹介してきたが、レムリアの噴火による崩壊、アトランティスの洪水による崩壊、そして現代のポストアトランティスの物質崩壊が三度目の過ちといえるだろう。 二度と同じ過ちを繰り返さないためにシュタイナーの話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ 初歩の原則「一部の人類にだけ奉仕する力を克服せよ」 これまで宇宙の指導霊たち、宇宙を統治するホワイトロッジの指導霊たちの進化計画に沿うことなく魔術的な活動をすることは禁止されていた。あらゆる秘教の学院や学堂及びその教えは、高次の進化への初歩にすぎない。地球の進化の指導者になるには幾つもの段階を修める必要がある。 最高の段階にいるのは、叡智を知るだけでなく、地球の進化を統治し、叡智を地球の進化のなかに流し込み、地球の進化から超越する存在たちである。彼らのみが、霊力を土台とする各々の行為について、それが宇宙全体に寄与するのか、あるいは妨害するのか、を示すことができる。・・・ もし誰かが霊力によって宇宙で何か成果をあげようとするとき、地球の進化計画に適さなかったら、地球の進化を妨害し、進化を逆行させることになる。だから、霊力を用いる人間は、地球の進化計画を妨げてはならないことになる。・・・ では、人類の進化には何が必要なのか? 物質に隠された霊力を使うなら、宇宙の中心的な霊たちとの関係を維持することが絶対に必須である。・・・地球の中央の統治機関のみが何が重要であるかを知っている。霊力を使うなら、それを知らねばならない。 何の権限もなく霊力を伝えれば、伝道者が地球の進化計画に対立する可能性を生じさせ、黒魔術になる。だから、「初歩的な黒魔術は神秘の漏洩である」という原則がある。神秘について喋るのが、初歩の黒魔術である。喋ると、地球進化の中央指導部に対立する存在たちに、神秘を開け渡すことになるからである。・・・ 民族的・人種的な偏見などの全てを克服した者だけが用いてよいものを、その前の未熟な状態で使う、つまり、あらゆる偏見を克服し、「故郷喪失者」の意味を理解する前に用いると、白魔術を黒魔術にする。白魔術と同じものが黒魔術になる。 人類全体に奉仕すべき力などを特定の民族だけに役立つように用いて、その民族が地球の統治権を手に入れるなら、大掛かりな黒魔術となる。その(依怙贔屓の)行為が地球指導部と一致せずに行われるからである。 「一部の人類にのみ自分の力を用いるのを克服せよ」というのが第一に必要なことである。今日の白魔術師にとっては、これが第一の原則である。人間は全くの無私になることはできないが、全人類への愛に向けて努力するのは可能である。自己愛の領域を拡大できる。自己(=他者)愛の拡大が大事なことである。 「黙示録的な現代」p66 秘儀参入・霊視・魔術 古代の秘教学院は、最高の認識領域に達するために3つの分野にわかれていた。第1は秘儀参入法、第2は霊視法、第3は魔法だった。だから、秘儀参入者・霊視者・魔術師の三つは互いに根本から異なっていた。・・・ 秘教の修行を通して高次の霊界に導き入れられた者は霊視者となった。霊視者は、内観から、霊界・霊・霊力が存在することを知っていた。霊界には様々な段階がある。・・・まず、「隠された真理の発見・探求は霊視に属する」ことを明らかにする。 真理を洞察する(論理的に知る)のは、霊視には属さない。日常生活での悟性(論理的な認識)を十分に万遍なく正しく用いれば真理は洞察できる。・・・隠された真理を悟性で直接みることはできないが、洞察はできる。霊視からわかる全ては、悟性を研ぎ澄まし、徹底的に熟考すれば洞察できる。 ただ、霊視なしには、真理の根底(土台)には到達できない。真理の根底(土台)の発見には霊視は必須である。しかし、人智学から述べられている真理は、徹底的に熟考すれば洞察できる。・・・ また霊視者と並んで、秘儀参入者がいた。秘儀参入者は悟性を万遍なくポジティヴに用いて、高次の霊界の事実と法則を洞察できた。 今日では、秘儀参入者と霊視者の共同作業はほとんど不可能である。今日では、霊視者のように真理を直接みたいという大きなエゴイズムに陥っているからである。・・・ 霊視者は高次の霊界をみるために、幾度もの輪廻転生をとおして、様々なことを断念し、修行してきた。霊視者は高次の霊界で多くのものをみることができたが、高次の霊界の法則を知ることは控えた。法則の探求に関与せずに、霊視力を先に発展させて人類全体に奉仕するためである。・・・ 霊視という目標に達するまでに何千年も待つのは、偉大な導師(グル)の厳重な保護下においてのみ可能である。霊界の法則を知ることなしに、霊視者として霊界に接近する際に重要な事項についてグルの忠告を受けないと、道に迷い、酷い誤謬に陥るからである。 秘儀参入者は、高次の霊界の法則を究めるために、霊視力の発展を断念した。彼らは愛と献身をもって、霊視者が語る内容を信頼した。代わりに彼らは法則を知っていた。・・・霊視力を求めずに、高度の秘儀参入者になることが可能である。この二つの分野が並存するのが、古代の秘教学院では通例だった。霊視者もまた従順に、霊視力を持たない秘儀参入者からの忠告を聞いた。例えば、占星術のように、高度の霊視と秘儀参入が要求される場合、特にそのような共同作業が必須となる。・・・ ただ、唯物論的に思考・感受するようになった近代には、この2つの分野を厳密に区別するのはほぼ不可能であることを明らかにしなければならない。唯物論の台頭により、14世紀以来、2つの分野に区別がなくなった。だから、ある程度の霊視力をもたないと、秘儀参入できなくなった。 いま力を奮っている利己主義や不信感の故に、秘儀参入者も霊視力を必要とするしかなくなった。今日の人々は無私になれないので、霊視者と秘儀参入者にわかれることができず、専心できない。 しかし魔術師は霊視者とも秘儀参入者ともわけられる。・・・霊視者は高次の霊界を見ることはできるが、感覚(物質)界に働きかける力をまだ支配・使用できない。 高次の霊力を物質界で用いることができるのは、魔術師=熟達者(アデプト)である。物質界での出来事は、高次の霊力の表現である。魔術師は物質力を用いるだけでなく、高次の霊力も動員できる。・・・人類の進化において、現代ほど魔術師=熟達者に対する反感が大きい時代はない。今日では、魔術を用いるのが相応しい場合でも断腸の思いで断念し、高次の霊界についての知識の流布だけに努めることで、人類に尽くすしかない。・・・魔術の使い方を訓練して身につけた者でも、場合によっては、その使用を控えねばならない。・・・ 魔術師には、霊視や秘儀参入だけでなく修行も必要である。・・・魔術師は欲望を捨てて、長期にわたって修行しなくてはならない。・・・・・・修行によって魔術師になれる。高次の霊界の知覚から霊視者になれ、高次の霊界の法則を認識することで秘儀参入者になれる。 「黙示録的な現代」p62 イエスの血の意味 人間の心臓の辺りで、血液は絶えずエーテルに変化している。同様の変化が大宇宙でも行われている。 ゴルゴダの秘儀を霊視し、キリストの血が傷口から流れるのをみれば、この変化が理解できる。・・・ キリストの血がゴルゴダの丘を流れ出て、地球に流れ込むことで、地球の物質性に可逆的な変化が与えられた。この霊化ともいえる変化が地球と結びつくのは、地球の将来にとって意義深い出来事である。・・・・・・キリストの血は地球の進化のなかで、エーテル化への可逆性を付け加えた。人間の血液が心臓からエーテル化して上半身に流れるように、ゴルゴダの秘儀以来、地球のエーテルのなかに、キリストのエーテル化した血が生きている。・・・これは非常に重要な真実である。・・・ゴルゴダの秘儀以降、下から上への上昇の流れのなかに、キリストの血の(物質性に対して)可逆的なエーテル化の作用が、人間の血に絶えず流れ込んでいる。 地球のエーテルのなかにナザレのイエスのエーテル化の血が流れていることで、人間の血液が心臓でエーテル化し、心臓から脳へと流れるのと一緒に、ナザレのイエスのエーテル化の血が流れる。先に述べたように人間の血液が心臓でエーテル化するだけでなく、キリスト=イエスの血の流れにも遭遇する。 この2つ、つまり人間とキリストの血の流れは、キリスト意識のなかに含まれる叡智を人間が正しく理解できるときにだけ合流する。そうでないときには、この二つの流れは衝突し、互いに反発し合う。 ゴルゴダの秘儀は、地球進化のその時代にあった形でしか理解できない。キリスト=イエスが地上に生きていた時代には、彼の先駆者ヨハネのところに集い、福音書に書かれた形で受洗した者たちだけが、キリスト意識を正しく理解できた。彼らは前世の罪を償うため、すなわち前世のカルマのため、そして、地球進化に最も重要なキリスト意識が一個の物質(肉)体のなかに下ったことを認識するために、洗礼を受けた。 人類の進化は更に前進する。今日、人類は霊的認識を受け入れねばならないことを理解し、心臓から脳に流れるキリスト意識を含むエーテルを人智学から理解することが重要である。 その結果、人々は20世紀からキリスト意識を次第に霊的に把握しはじめ、パレスティナで起こった物質界でのキリストについて、今度はエーテルでのキリストをみれるように人類は進化していくだろう。 「黙示録的な現代」p34 ★ ★ ★ 覚醒意識を失うことなく、エーテルでのキリストをみれるように人類は進化してゆかねばならない。それには物質性、つまり唯物論を死に至らせないといけない。 物質性にとどまろうとする人間にはイシスのベールをはがすことはできない。
2014年12月08日
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さて続いて、膀胱の働きが不十分なために出現する疾患を述べる。これから述べる疾患の表現が、素人じみているようにみえるかもしれないが、今日の科学よりも、正確な表現である。 膀胱は本質的に吸引器官である。膀胱は、人体に、いわば気化[Aushoehlung]をもたらし、吸引を行う。膀胱は根本的に人体の空洞(気)化を担っている。 膀胱は水中の気泡と同じである。気泡のなかの空気は、物質が気化した気体から成り、気泡の外(球)面は、水や液化した物質に取り囲まれている。 膀胱は水中や液体中の気泡と同じなので、次のような場合、膀胱の影響に煩わされる。 食事の際に、よく噛まずに飲み込んだりして、消化などの体内の運動を正しく行う機会が少ない場合や消化中に、適度の休息や運動の節度を守らずに、消化活動を妨害する場合などである。 消化活動の妨害は、膀胱の正しい機能を妨げる。 さて、膀胱になんらかの不具合を感じたら、活気をもたらすような運動が薦められるが、体内運動で調整しようにも、当人の習慣から運動を受け容れたがらないものである。 運動が困難な場合、次のようなことが挙げられる。例えば、酸素の多い空気のなかに連れていくような気象(環境)的な治療などの試みがよい。 酸素の多い空気のなかでは、通常よりも多く呼吸をせざるを得なくなる。つまり過呼吸にならないように無意識に慎重にならざるを得なくなる。呼吸に慎重になれば、呼吸の調整となり、他の器官の調整へと移行していく。 従って、上記のように膀胱の機能に悩む人を、人為的か、望むらくは自然に、酸素の多い空気のなかに連れていけば、呼吸の調整などの生活様式を改善させることにより、膀胱の不規則な機能に均衡がもたらされる。 特に重要なのは、広義の意味での、外界の気象に関係する器官に注意を払うことである。その器官とは肝臓である。肝臓は人体のなかでは一見、外界とは遮断されているようにみえるが、外界に高度に組み込まれている。 この肝臓が外界に組み込まれている事実は、肝臓の状態が周囲の気象、つまり水の状態に左右されることで確かめられる。肝臓の状態をみるには、周囲の水の状態を調査する必要がある。 味覚は肝臓の発達を促進させるが、過度になると、肝臓を退縮させる。過度の飲食は、肝臓を退縮させる。飲食時の味覚活動が、楽しく共感的、あるいは不愉快で反感的かどうかで、肝臓の成長、あるいは退縮をもたらす。 以上の事実を確かめるのは実際、非常に困難だが、肝機能に障害をもつ人の味覚を研究し、習慣などから生じた嗜好性などをみつければ確かめられる。 肝機能と生活環境の水質との関係も不可視なので、研究が非常に困難だが、例えば、石灰を多量に含む硬水などの水質環境と石灰をほとんど含まない軟水などの水質環境とでは異なった肝疾患が発生する等を考慮すれば確かめられる。 周囲の水質環境からできるだけ石灰を遠ざけることで肝機能の促進を心掛けると良い。勿論、その手段と方法を見つける必要があるが。 石灰 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E7%81%B0 水酸化カルシウム http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E9%85%B8%E5%8C%96%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A6%E3%83%A0
2014年12月08日
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さて、前回のシュタイナーの話から、「無数の原子を正しい状態にし、正しく整頓することが大事なのである。」ということが、魂の治癒力にも関係しているように思われる。つまり、無数の原子を正しい状態にし、正しく整頓する力が魂の治癒力ではないかと思われる。 では、このような力はどのように訓練できるのか、と考えてみると、やはり数理的に図形を把握する思考力なのではないかと思われる。例えば、数学以外に、三次元以上の世界を考案できる学問はない。物理学も数学がなければ単なる想像の産物と化す。 プラトンが自分の秘教学院の門に、「幾何学ができない者は通るべからず」と掲げたように、霊能力獲得の初歩は数理的な図形の把握、つまり幾何学の習得が必須なのではないかと思うわけである。 つまり、幾何学から、無数の原子を正しい状態にし、正しく整頓する力が得られると思うわけである。このことを広義の意味で、古代エジプトの祭司が神殿での治療の際に用いたエーテルの操作と言っているように思われる。 例えば、以下の子を抱く聖マリアの像を、次の三角形のなかの万物を見通す目に図案化できる。 余談だが、治療の女神イシスから、古代ヘブライ語のイーシュ(救い)が生まれ、また日本語のイシ、つまり「医師」が生まれたのではないかと思われる。 さて、そのような意味を明らかにするシュタイナーの話を紹介する。 ★ ★ ★ シュタイナー 人智学の要点 http://ameblo.jp/kmasaaki0911/theme1-10062521524.html 年齢 人智学の「子供の教育」の論文には、誕生の際に物質体が生まれ、七歳ごろからエーテル体、十四歳ごろからアストラル体、大体二十歳ごろから、自我が出現する、ということが書いてある。 更に、人間は三十五歳になり、三十五歳から四十歳の間に、エーテル体とアストラル体が徐々に自由になることで、秘教(霊界)の真理を広めるために必要な責任感を負うことができる。だから、秘教の学院や、神秘の学院では、三十五歳に達する前に、秘教の真理の教師になってはならない、という厳密な規則が定められている。・・・ この年齢に達しない人が秘教の真理を広めることを、秘教の学院は許さない。・・・秘教の教師(導師)は三十五歳を過ぎ、円熟していなくてはならない。本格的に神秘学を学び、厳密な法則に従うなら、多くの悪を避けることができる。 これが「白魔術と黒魔術」という、安易には扱えないテーマについて、注意しなければならないことである。 「黙示録的な現代」p83 ナキエルとソラト 人智学では、霊視による認識があり、この認識から表現された文字を明らかにしている。 では、その文字を二つ紹介する。太陽が地球と結合していたときの力で、そのときの地球の進化を定めていた力を表す文字、つまり、地球を早急に霊化(進化)させていた力を表す文字は、以下である。 秘教の弟子は、この文字のなかに、人類を早急に霊化(進化)させる力を認識できる。 対照的に、太陽が地球から分離し、地球がまだ月を分離せずに、月と結び付いたままだったら、人類は非常に早く骨化・硬化していただろう。地球が月を保持したままだったら、人間は誕生後即座に一種の操り人形・マリオネット(ロボット)になっていただろう。 人間の魂はあまりにも深く物質のなかに降下しすぎていただろう。逆に、もし太陽が地球と結び付いたままだったら、人間はあまりに早く霊化していただろう。 だから、太陽が去った後、月も地球から出ていく必要があった。人間の魂を物質に下降させる力は、今日では月の支配下にあり、月が出ていくと同時に地球から放出され、今では外から地球に働きかけるので、この力は2つのフック(釣り針)のようにみえる文字で表される。つまり、この悪の力は、「黙示録」の二本の角の獣の印である。 この二番目の文字は地球の悪魔の印とも言われている。身の毛がよだつような方法を用いる黒魔術は、地球の悪魔的な性質に属する力と、地球を硬化させる力を、秘教的な方法で増加させる。もし多くの人が黒魔術師になると、地球は次第に月に似ていくだろう。 反対に、白魔術により、地球は太陽に似ていき、日光のような力を得ていくだろう。 地上に黒魔術が増大すると、どのような結果に至るのか? 黒魔術は、地球に硬化をもたらし、そうなると、地球は月のような死の星になる。・・・ つまり、白魔術によって地球は太陽の性質に近づき、黒魔術によって月の性質に近づく。 白魔術を通して、悟り・知恵・精神力の勝利を導かない悪全てが克服されるだろう。精神力の支配を確立できない活動は、叡智・霊的洞察には至れない。術策と策略などによって自然から盗んだ力では悟りには至れない。 「黙示録」の封印は、白魔術によって黒魔術を克服する印でもある。人間が自らの治癒力を向上させることで、人間自身から太陽の力が生まれる。月の力は人間の足下の地下にある。 「黙示録的な現代」p76 ★ ★ ★ 秘教によると、地下には悪魔の力が眠っているといわれている。重力は悪魔の力ともいわれている。前回、この地下の悪魔の力についてのシュタイナーの話を紹介したが、再度紹介する。 ★ ★ ★ 天界と相反する地下(冥)界で、シュタイナーは地下界(天界から堕落した世界)の恐るべき破壊力について述べている。月の指導霊たちが作り上げた原子が地下界の阿修羅(アスラ)領域の恐るべき破壊力と一致すると、核分裂や核融合の核力を引き起こす。 天界の神界上層 生命エーテル ---- 地下界の阿修羅領域 核力=地球のマグマなど 天界の神界下層 化学エーテル ---- 地下界のアーリマン領域 磁気=地球の地震など 天界のアストラル層 光エーテル ---- 地下界のルシファー領域 電気=天候の雷など 天界は創造だが、地下界は破壊を目的としている。 すでに原子爆弾が開発されて60年以上が経過している。シュタイナーは「この力が発明家によって人類に与えられる前に、人間が少しでも道徳的になるように教化されなくてはならない。」 と述べているが、残念ながら今も不道徳なことばかりである。 (このままでは、ポストアトランティス時代も破綻に終わるだろう。土「物質」による破綻である。既に金融破綻がはじまりつつある。) 黒魔術の訓練 黒魔術力を獲得する初歩的な方法は、その能力を備えた者から、黒魔術の方法を聞き出すことである。 では、黒魔術とは何なのか? 感覚(物質)界でなんらかの結果・成果(利益)を得るために、霊力を利用する手段のことである。・・・感覚界は、霊界からくる力で成り立っている。つまり、感覚界での作用・成果・行為全ては、霊界から発せられる。・・・自分には未知なものを、自然に委ねずに、自分が欲するままに利用するとき、その人は、黒魔術の領域から力を調達することになる。 未知なものに対する探求から、叡智と霊的認識を得るというまわり道をせずに、自然の内にある霊力を、その理解なくして、利己的に用いようとするとき、そして、霊魂の進化の途上で、叡智と霊的認識に取り組むのを避け、別の手段を選ぶとき、常に黒魔術的な活動への途上に陥る。 (占いとか、パワースポットとか、昨今のご利益的信仰の風潮などで、人間関係での賄賂などと似ている。自分だけ得をしようという浅はかさ。) 恐ろしく小心者で、将来自分に起こり得る全てに身の毛もよだつような恐怖心を抱きがちな人は、黒魔術師になって黒魔術を実行する素質を持つことになる。人間の内面にある恐怖心が黒魔術の出発点となる。 恐怖心は利己主義が複雑化したものにすぎないからである。 (悪魔は恐怖心を餌に憑依する。だから悪魔は独裁によって民衆に恐怖を与える。ネトウヨなどがその典型で、実社会への恐怖心から、ネットで過激な発言をするのである。ネトウヨの正体は工作員以外は単なる小心者である。) 黒魔術を目論んでいるなら、可能な限りの小心者を探すことからはじまる。そして、恐怖心を改造・変形すると、小心者が知識・霊的洞察なしに、人並み以上の力を得るようになるからである。 (ネトウヨなどによる誹謗中傷やレッテル貼りなどが人気や勢力を得ることなど。)・・・ 小心者を探すのが、黒魔術において行われる最初のことである。小心者を改造すると、その恐怖心が、周囲に影響を及ぼすカリスマ力に変わっていく。黒魔術の犠牲となった者は、信じられないような醜いことを実行できるようになる。 (まさにアホノミクスなどが典型である。偽ユダヤ黒魔術師たちに踊らされアホは非情で冷酷な獣になりつつある。知性が全く感じられないのが証拠である。)・・・・・・黒魔術力の支配から人間を守るものは何か、よく考えてみる必要がある。自らを守る非常に良い手段は、実は良い意味の利己主義からくる自己防衛なのである。 例えば、生きている生命体の肉を切るのは、誰にでもできることではない。大抵の人は気絶する。気絶は利己心の表現に他ならない。気絶するのは、唯物的手段においても、黒魔術をせずに思い止まる良い手段である。 (気絶とは一種の幽体離脱である。虐待に対して幽体離脱して、肉体の障害をマトモに受けないことなどが挙げられる。霊魂を肉体の残虐性から保護するわけである。)・・・健全な利己主義、つまり自己防衛が・・・大抵の人間を悪から守る。健全な意味での利己主義が遮断機のように、黒魔術力を獲得する手段から人間を守ってくれる。 「黙示録的な現代」p68 ★ ★ ★ 昔の米国には健全な意味での利己主義があって、それが戦争に手を貸さずにあえて孤高を保つモンロー主義となっていたようにみえるが、現在の米国は小心者で、悪魔にとりつかれたようにビクビクと恐怖心を高めているようにみえる。 例えば、「やられる前にやれ」などというのは、小心者の卑怯な遣り口の典型であると思う。中国を異様に恐れている米国はみっともないもんである。
2014年12月04日
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人類は益々アホバカになってしまっているが、一番アホバカなのは己の利益のみの追求に走るアホバカ指導者たちであることはいうまでもない。このアホバカたちは、過去の2度の大破綻にも学ぼうとせずに、性懲りもなく自らの地獄堕ちを決定づける第三次世界大戦を画策しているというからアホバカぶりも極まってしまっている。 まさしく馬鹿につける薬はない。 さてさて、このようなアホバカの魂は悪魔に取りつかれてほとんど麻痺寸前なので、根本から改めなおす必要がある。このようなアホバカは例えば、前回紹介した「子を抱く聖マリア像」をなんとも感じないばかりか踏絵にしようとする位のアホバカさを持っていると思われる。 そのようなアホバカには何を言っても無駄だが、あえてまた「子を抱く聖マリア像」をみせて、せめて少しでも魂の処女性に目覚めてほしいものである。 何度も言うが、処女とは肉体のことではなく、肉体に入る前の魂の純血さ、つまり全く物質性のない霊性のことを意味する。霊による霊のための霊である。つまり個の魂による有性生殖の前の集合魂の無性生殖のときの魂の状態を意味する。 人類全体が再び処女性に目覚めないといけない。 第3次世界大戦などもってのほかで、過去のレムリア大陸の火による破壊、アトランティス大陸の水による破壊、そして、現代の土、つまり物質による破壊をなんとか食い止めないといけない。 すでに人類の何割かがその言動をみれば明らかだが、宇宙の進化から逸脱し、堕天使の手下になりつつある。つまり人類の何割かは既に脱落しているのである。特に政治家や指導者に多い。政治家や指導者ほど悪魔の誘惑が多いからである。宗教家などは既に悪魔同然になってしまっている。 「子を抱く聖マリア像」の処女性に何も感じない者は注意すべきであろう。 さて、戦争や闘争で自分を有利にしようなどというアホバカな連中が自ら進んで地獄に堕ちることを警告するために、自分自身に食われてしまっては元も子もなく、なにより自我の制御が重要なことを説くために、シュタイナーの治療の話を続ける。 ★ ★ ★ 治療の教師イシス イシスの神殿には、「私は、かつて在り、いま在り、これから在るものである。死にゆく(悪魔に唆される)者は、私のベールを取り去ることはできない」という碑銘が書かれていた。この女神はあらゆる治療と神秘的に関係していた。この女神は治療の教師と古代エジプトの祭司に見なされた。 「シュタイナー古代秘儀講義」p93 健康に寄与する象徴図 三角形を(物質として)肉眼だけで眺めるなら、特別の価値はない。物質性とは逆に、その図形のなかに人間がもつ神聖な三位一体の三元性を霊的に把握できると、この図形は、精神を健康にする象徴となる。 (三角形とその中の目の象徴図は、フリーメーソンで有名だが、本当の意味は三位一体の象徴図である。例えば、魂のなかの霊、つまり自我が三角形の中心の目で、三角形の各辺と各頂点が悟性「思考」、感覚「感情」、意志「意識」となる。) 「シュタイナー古代秘儀講義」p98 ★ ★ ★ 米国のドル紙幣に書かれている(マネーはマナス=霊我に由来している)ピラミッドの象徴図は、人智学でいえば女神イシスのことだとわかる。女神イシスを頂点として地球つまり地上を癒し治療するのが、アトランティス時代の太陽神託の末裔のアベルの家系で霊能力を古くから受け継いできた祭司たちで、エロヒム=ヤハウエの神々の系統である。 このことから、対照的に、逆三角形が堕天使を意味することがわかる。つまり逆三角形で、三角形を物質的にみるのがルシファーやアーリマンたちで、地上に神殿をつくって記憶に依らない新しい叡智をつくりあげたアトランティス時代のウルカヌス神託の霊能力を失ったカインの家系の末裔たちであることがわかる。 このカインの家系がアベルの家系により改心する日、和解する日がくると、新しい時代を築く礎となるわけである。 カゴメの唄は、かつてのアトランティス時代に分かれた2つの人類の和解を説いている気がしてならない。 さてシュタイナーの話を続ける。 ★ ★ ★ ホワイトロッジ(聖白色同胞団) 地球は「ホワイトロッジ」に指導されている。そこでは、高度に進化した霊たちがより高次の霊たちと結びつき指導を受けている。・・・彼らは地球の進化を導く仕事をしている。地球の進化を指導するために計画に基づいて働いている。 天体の進化の間に、指導霊たちにより進化計画が立てられる。地球の進化の間に、地球のホワイトロッジで、(地球での様々な経験を基に)地球を引き継ぐ次の木星がどうあるべきかなどの計画が立てられる。・・・ その計画に一致して行動することが、人類の進化に有益となる。地球の進化が終了するとき、「叡智霊(主天使)と調和霊(智天使)の指導霊たち」が来るべき木星紀のために作り上げた計画も完了する。 そのような天体の進化の終わりには、非常に独特の出来事が起こる。その進化計画は、繰り返しの手続きにより無数に縮小・複写され(パイコネ変換され)、木星紀の計画全体から無数の見本として、まるで植物の種子のように小型化された形で発生する。 地球の前の月紀でも、同じ出来事が起こった。地球の進化計画が複写・縮小された。では当時、月の叡智霊(主天使)たちにより作り上げられた計画とは一体何だったのか? その小型化された地球の進化計画とは、原子なのである。 地球の原子が、地球の小型化された進化計画なのである。いま木星の原子は、地球のホワイトロッジで、進化計画として立てられている。 原子の本当の正体とは、天体の進化計画が小型化されたものである。・・・ 地球は地球の進化計画の小型化された原子から構成されている。人間も、原子から組み立てられている。人間が、かつて作り上げられた地球進化計画を縮小された形で無数に内部に担うことで、地球の進化全体と一致するのである。 地球進化計画は、地球に先行する状態、つまり月紀に、指導霊たちが土星・太陽・月などの進化に一致して活動したことで作り上げられた。だから無数の原子を正しい状態にし、正しく整頓することが大事なのである。そのように正しい状態をもたらすことは、月紀の指導霊たちが地球進化をある軌道に導いたことで可能になった。 月の進化の後で地球が現れたとき、まだそれは今日の地球ではなかった。「地球+太陽+月」の状態だった。この三つが一つの天体だった。今日の地球を月ならびに太陽と混ぜ合わせて一つの天体にすれば、それが地球紀の発端の姿となる。 まず、太陽が地球から分離した。それと同時に、それまでの液体状の人間から、気体の部分や霊力が分離した。それらの力の影響を受け続けていたら、人間は今よりも早く霊化していただろう。人間は「地球+太陽+月」のなかに含まれている力の影響のみを受けていたら、速やかに霊化し、物質にまで発展しなかっただろう。人間は地球紀に獲得すべき自己意識・自我に到達していなかっただろう。 「黙示録的な現代」p73 以上のように、また天界と地上(物質)界について、シュタイナーは物質界に下降した天界の恐るべき破壊力について述べているが、月紀の指導霊たちが作り上げた原子に、物質界に下降した天界の恐るべき破壊力が加わると、凄まじい核分裂や核融合などの核力となることがわかる。 すでに原子爆弾が開発されて60年以上が経過している。シュタイナーは、 「このような破壊力が発明家によって人類に与えられる前に、人類は不道徳なことをわずかでも身につけないように教化されないといけない。」 と述べているが、残念ながら今も不道徳なことばかりが罷り通っている。 ★ ★ ★ 霊魂の治癒力を高めるための道徳力を向上させないとレムリア、アトランティスの二の舞、三の舞になってしまうだろう。日本を見てもわかるが、いま非常に危うい転換期にきている。
2014年12月04日
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またまた挑発的なコメントを折角いただいたので、それを生かそうと思う。というのも、マーフィーもシュタイナーも同じことを説いていることがわかったからである。 挑発にはできる限り乗らずに、それを学びにすることは大切である。というのは間違いにより正しい道がわかるからである。だから昨日述べたことと今日述べたことが表面的に変わるのは成長である。 さて、マーフィーの信者とも思える挑発コメントのある部分をそっくりそのまま抜粋紹介する。 ★ ★ ★ 産能大学出版部刊 ジョセフ・マーフィー:著 加藤明:訳 マーフィーの超感覚で成功する 私たちは、私たち自身の内にある、ありとあらゆる生命の宝を活用すべく招かれた神の客であって、転生という時空の助けを借りて造り変えられなければならないようなものではないのです。 もしあなたが転生という、無限に続く肉体の生まれ変わりを信じるならば、あなたは安全な係留地から迷い出すことになり、束縛の多い奴隷の身分に転落することになります。なぜなら、信じる通りにあなたになされるからです。 (略) すべての無価値な概念は、霊的無知という地獄の辺土に消え去らなければなりません。なかでも、この転生という考えこそいちはやく消え去るべきものなのです。 この自縛的な考えのために、長い間人類の進歩が妨げられてきたからです。 ★ ★ ★ 以上の文脈から、マーフィーが否定していた転生論が、霊界を前提にしたものでなく、物質界の生まれ変わりを想定していた、つまり輪廻転生論のニセモノであることがわかる。 それは「転生という時空の助けを借りて造り変えられなければならないようなものではないのです。」という文脈と、「もしあなたが転生という、無限に続く肉体の生まれ変わりを信じるならば、あなたは安全な係留地から迷い出すことになり、束縛の多い奴隷の身分に転落することになります。なぜなら、信じる通りにあなたになされるからです。」という文脈から、物質界を前提にした転生論であることがわかる。 つまり簡単にいうと、「転生論によって、いつでもやり直しができるから、いま不真面目に生きても問題ない。」というような現世を否定するニセモノの転生論であることがわかる。 このマーフィーの文脈で特に重要なのは、「信じる通りにあなたになされるからです。」と「霊的無知という地獄の辺土」の2つである。 つまり間違った転生論を信じるとその通りになるわけで、物質界での転生を信じると物質界だけにとどまることになるわけである。だから、霊的無知を克服する必要があると、マーフィーは結句しているわけである。 この霊的無知は、ソクラテスが述べた有名な無知の知の本当の意味である。つまりソクラテスは、霊界を知らずば、また霊視力がなければ、物質界にとどまるだけで、神の子から神になることなく、悪魔になってしまう、と言ったわけである。 このような信念が、上のマーフィーのはじめの文脈の「私たちは、私たち自身の内にある、ありとあらゆる生命の宝を活用すべく招かれた神の客であって」として書かれている。 つまり、生命の宝とは霊魂のことに他ならない。 だから、マーフィーが説く内容と、シュタイナーの人智学から説く内容は見事に一致しているわけである。 このような学びの機会を与えてくれた挑発的なコメントに感謝する次第である。
2014年12月04日
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シュタイナーの話から、病と死が人間に生まれたのは個の魂と有性生殖が人間に与えられたレムリア時代にあることがわかる。つまり、逆説的にいえば、それ以前の集合魂をもち、無性生殖の人間には、病も死もなかったわけである。 以前のシュタイナーの話では、かつて人間がもっていた無性生殖の集合魂に先祖返りすることで、治癒力が発揮され、その象徴が古代エジプトのイシスであり、現代の「子を抱いた聖母マリアの像」であることを紹介した。 実際に寝室に「子を抱いた聖母マリアの像」を貼るのがよいらしい。ただし、適切な夢をみないと意味はないが。 このような現代人が思いもよらないシュタイナーの治療の話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ 物質観に満ちた感性と治療 例えば、内因性の病気に罹った場合、真実を深く探求すれば、「数理的なイメージを扱うのを好む人と、そうでない人とは治癒が全く異なる可能性がある」ことがわかる。つまり、「数理的なイメージの扱いに慣れている人と、そうでない人とでは治癒が異なる」のである。 また別の例を挙げる。・・・宗教者と無神論者の二人が同じ病気に罹った場合、宗教者を治癒した治療法で、無神論者は治癒できない。このことは現代の唯物的思考をもつ大半の人々には馬鹿げた話に聞こえるだろうが、事実である。 では、どうしてこのようなことが起こるのか? 物質界の感覚に囚われない自由なイメージは、物質観に満ちたイメージとは全く別の影響を人間の本性に及ぼすからである。 数学嫌いの人は、「数や定理などといった直接目にみえないものをなぜ考えなくてはいけないのか。肉眼などの感覚的にみえることだけで十分だ!」と思いがちだが、肉眼ではみえないイメージのなかに思考を展開するのは、人間の最内にある本質(霊魂)には有益なのである。同様に宗教的なイメージのなかで思考活動することも有益である。 (シュタイナーは数理的な、もしくは宗教的な瞑想法を提案している。このような瞑想法が治療法になるという。) 宗教的なイメージも、人が手で掴めないもので、外界・物質に関係ないもの、物質感覚に囚われずに自由なものだからである。 「シュタイナー古代秘儀講義」p96 病気の大半は外からくる 霊魂の本性は人に健康をもたらす。・・・ 人間が自らの健康と病気の治癒のためにできることは非常にわずかである、という事実を人智学は明らかにしなくてはならない。病因のほとんどは、外(物質界)からくる。 もし全く健康な条件下の(外界との接触のない)環境に生きていれば、決して内因性の病気に罹らない健康の概念を獲得できるが、現代人の力の及ばない別の病因が存在する。例えば、人から人への影響などの遺伝や、自然環境の影響などからくる病因である。これらが病気の外因となる。 「シュタイナー古代秘儀講義」p98 叡智の獲得と高次の霊界への参入 将来、人類は夢遊病のように眠らず、覚醒意識を失わずに完全に保ちながら、霊界からの強い霊力を人間の本性のなかで用いるようになるだろう(霊我=マナスを獲得する)。叡智の獲得と高次の霊界への参入は、人間の本性を内から秩序づけ、健康へと導くようになる。 今日、霊界と治癒との関係は隠され、秘儀の深い叡智に参入できない人には、そのつながりがわからない(ソクラテスの無知の知)。そのような無知な人には、目の前にある不可視の霊的な事実を観察できない。しかし、霊視できる人は、治癒が、魂の内の状態に依存する事実を知っている。 「シュタイナー古代秘儀講義」p95 古代エジプトの祭司 祭司の治癒力は、秘儀参入によってのみ獲得できる叡智と関係する。祭司は高次の霊界への霊視を通して、霊から流れてくる高次の霊力を自らの叡智として獲得した。秘儀(霊界)参入を通して、霊による霊への作用(生殖)を可能にした。 こうして古代エジプトの祭司は、霊・精神を霊・精神に作用させる能力(霊能力)を得た。当時の叡智は健康と密接に関係した。 魂を高次の霊へと高めるのは、古代において健康の必須条件だった。 (信じる者は救われる) 「シュタイナー古代秘儀講義」p94 神殿での眠りによる治療 古代エジプトの祭司の治療法であった神殿での眠りの本質を解き明かす。当時は、なんらかの原因から健康を害した者に、薬はほとんど使われなかった。そもそも薬は希少で、特殊な場合にしか使われなかった。大抵、病人は神殿に運び込まれ、そこで眠らされた。 (ピラミッドなどの神殿が病院だった) しかし、それは通常の深い睡眠ではなく、一種の夢遊病(霊視)的な浅い睡眠だった。病人は混沌とした夢だけでなく、霊界の秩序ある夢をみた。病人は神殿での睡眠の間、霊界のエーテルの像やイメージを知覚した。祭司は人間などのエーテルに働きかける術を心得ており、エーテルを操った。 祭司はエーテルの像やイメージを作り出し、古代アトランティス人がみた神々を、眠っている病人にみえるように魔法のように呼び出した(召喚した)。・・・ 病人が昼の覚醒意識のままにとどまっていたら、霊界に参入できないので、祭司は何もできない。一種の夢遊病的な(霊視的な)睡眠の間にだけ、祭司は病人の治癒力を高められた。祭司が病人をそのような霊視的な眠りに導き、エーテルの像やイメージなどの観照から、病人の魂がもつ治癒力を目覚めさせた。 そのような治癒力が無秩序・不調和になった人体のエーテル力を秩序づけ、調和する働きをした。自我の低下により、そのようなことが可能だった。神殿での眠りには、このような治療という実践的な意味があったのである。 「シュタイナー古代秘儀講義」p93 ★ ★ ★ 古代のピラミッドは、魂の治癒の場の、病院でもあったことがわかる。
2014年12月02日
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輪廻転生を信じようが信じまいがその人のあくまで勝手で自由である。このブログはシュタイナーの人智学を学ぶためのノートと思ってほしい。 このブログから輪廻転生の信仰を拡げようなどとニセモノ坊主のごとき遣り口などを真似る気もなく、このブログが輪廻転生を信じよ、とでも言っているかのように錯覚する読者のコメントには辟易してしまう。いつ読者に信じよと勧誘したのかこちらが聞きたい位である。 ただ、法というのは輪廻転生のカルマの法しかありえないと人智学からも明らかになっていることを紹介しているだけなんである。信じる信じないは読者のあくまで自由であるから再三強調しておきたい。 一つ譬えを挙げると、例えば、「仏教を信じるから、坊主に成仏を補償しろ!」というようなもんで、性質に負えない。とある有名な坊主は、沢山のお布施をしたので、褒めてくださいと信者がいったら、「なんで、あんたの良いことに、わざわざ私が礼しなきゃいけないのか」と喝破したという話がある。 つまり自分が正しく良いと思ったことにいちいち他に同意を求めてほしくないもんである。同意を求めるというのは裏返しでいえば、自分に自信がない証拠で、つまり不信なんでニセモノなんである。それに自分には正しくても他者に正しいとは限らないからである。 自分の信仰を確認したいがために、自分とは逆の立場を論破するなどというのは迷惑千万の悪魔のニセモノの類であるから注意すべきである。なにか物証が欲しいという考えこそ不信そのものなんである。 だから何度もいうが、読者が輪廻転生を信用しなくとも充分なんである。むしろ生半可な知識で輪廻転生を鵜呑みにしてほしくない。 というわけで、わざわざ挑発的なコメントを受けたのだが、受け流すのも面白くないので、そのなかに、ジョセフ・マーフィーの話があり、なんでもマーフィーが輪廻転生論が人類の進歩を阻むというようなことを言ったというような主張があったので、残されたマーフィーの言葉そのものが、実は輪廻転生論そのものであることを以下に紹介する。 ★ ★ ★ ジョセフ・マーフィーの名言 http://earth-words.org/archives/6861 すべての障害は、形を変えた祝福である。 (輪廻転生論が、人類の進歩の障害ならば、マーフィーの名言により、形を変えた祝福である。) 世界にあなたの持っている最善を与えれば、最善のものがあなたへ返ってきます。 人生で絶対に手に入らない物とは、何も与えないで手に入れられる物です。 自然界は、常にあなたを許しています。指に火傷をしても、自然に傷が回復します。なぜ、あなたは自分自身を許して自由にならないのでしょうか? (「あなたが与えたものが、あなたに返ってくる」、というのはカルマの法則である。) パズルを解くことを考えてみましょう。あまり簡単に解けてしまっては、パズルの楽しみがありません。 (輪廻転生論はパズルのようなもんである。簡単には解けない。) 二人の”泥棒”に気をつけよう。もし、過去の間違いを悔いてばかりいたり、あるいは未来のことを心配していると、これら二人の泥棒が、あなたから活力、洞察力、心の平安を奪うことを知るべきである。 (今生きるのは過去に生きたことから、今生きることが未来に生きることにつながるというのは輪廻転生論そのものである。だから過去や未来に拘るのは無意味で、現在をどう生きるかで過去も未来もある。) あなたがそう考え、受け入れない限り、他人の言葉はあなたを傷つけません。常に平和(心の平安)、調和、喜びに集中しましょう。 人が生来持っている基本的性質は、ごく単純なものです。誤った考えは複雑で混乱しており、理解するのに苦労します。よい考えはシンプルで純粋で、実にわかりやすいのです。 良いことを考えれば、良いことが起きます。悪いことを考えれば、悪いことが起きます。あなたは、一日中考えるとおりになります。 (釈迦が説いた善因善果、悪因悪果であり、現世だけでなく、前世の善因は現世の善果であり、現世の悪因は、来世の悪果となることは、輪廻転生論のこと。) 嫌いな人に会いたいとは誰も思いません。相手も自分が嫌われていると知れば、わざわざあなたに会いにくることはないでしょう。お金もまったく同じです。富を手にする法則の第一条は、とにかく、お金を好きになることです。 あなたの成功や目標達成をじゃまする唯一のものとは、あなた自身の考えや心で思っていることです。 (何事も気持ちの問題で、気持ちを変えない限りは、何も変わらないというのは、魂の輪廻転生やカルマの法則のこと。) ★ ★ ★ というように、マーフィーの名言のほとんどの背後に、輪廻転生論やカルマ論があることがわかる。そもそもマーフィーが説くように、潜在意識に働きかけるというのは、シュタイナーの人智学から解き明かすなら、潜在意識は霊界に由来するので、霊界に参入することなんである。 霊界の話は輪廻転生論とは切り離せないものなんで、ただそのことに触れていないだけなんである。 唯物論の現代科学であえていうなら、霊界といわずに代わりに、「深層心理」という言葉や「自己暗示」などという俗にいう「思い込み」を用いて法則のように見せかけているのである。 しかし、その「思い込み」を物質で説明できずに、物証できないので、権威で蓋をして誤魔化しているにすぎない。例えば、神経細胞をもってきて、深層心理や自己暗示などの思い込みをつくってくれといっても、現代の科学では不可能なんである。 そもそも自己意識というものも物証できないもので、MHC(主要組織適合遺伝子複合体)などの自己免疫なんかでなんとか説明しようとしているが、では自己と非自己の認識はどこからくるのか? と聞き返されると、全くわからないわけなんである。 こういう話を霊魂抜きで考えるから、ああでもないここでもないと理論闘争してしまう羽目に陥るんである。論争すること自体がわかっていない証拠なんである。というわけで、輪廻転生を信じようが信じまいがご勝手に!というわけである。 信じるか信じないかもその人のカルマの問題なんである。他者が口を挟むもんでもない。信じたければどうぞご勝手に!である。
2014年12月02日
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