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前回の話から、西洋が物質にいかに心を宿らせるか格闘してきたことがわかるが、反面、東洋は物質には興味がなく、物質を見下したままの心を宿していることがわかる。この2つの見方の違いが、東洋と西洋の対立を生んでいることがわかる。 さて、この対立は、巷ではいま別の面で新たな対立を生んでいる。それは資本家の経営者と被投資媒体の労働者との対立である。西洋の物質主義を推し進めた副産物としてできた有名な日本の大企業が物質主義の崩壊とともに修羅場を迎えているのが面白いので、御馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ ネットゲリラ http://my.shadowcity.jp/ 少子化で底辺業界がヤバい ワタミが1割の店を閉めるそうで、すき家も1割の店が休業中らしいが、さて、世の中、ナニが起こっているのか? 確実に言えるのは、ネットで延々と繰り広げられてきたプラック企業バッシングが、ここに来てやっと、効いてきた、という事だな。 アベノミクスで「建設」という底辺仕事が増えて、人が動き始めた。底辺の労働者というのは、ナニも工場が好きで好きでたまんなくて、派遣工員やってるわけじゃないし、酔っぱらいにサンビスするのが大好きで居酒屋のバイトやってるわけでもない。底辺の受皿が、居酒屋とかコンビニとか餌場とか、そんなんしかなかったから、仕方なくやっていたのだ。 居酒屋大手のワタミは27日、店舗での労働環境改善のため、2014年度中に運営する約640店舗の約1割にあたる60店舗を閉鎖する、と発表した。 ワタミで長時間、過酷な労働に従事するくらいだったら、建設現場で「モンキーって、何ですか?」「ネコって、どこに居るんですか?」とか言ってた方が楽だw で、人が動き始めると、ブラックで名高いところからまっ先に、人が足りなくなる。補充が効かない。同じ時給では人が集まらない。だからって時給を上げると、根がデフレ・ビジネスなので、そもそものビジネス・スタイルそのものが崩壊する。 つうか、そもそも団塊の世代が大量に労働市場から抜ける時点で、長期的には日本は労働力不足に陥るのだ。前から判っていた事なんだが。それより、まだ店舗の改装費とか、減価償却が終わってない店を大量に閉めたら、余裕のない自転車操業のショーバイが崩壊しちゃうんじゃないかと、そっちが心配だねw 「この会社、ヤバイ」となったら、会社に対する忠誠心のないバイトとか、どんどん辞めるしw ブラック・ワタミが裁判所を占拠 また、なんですよ。また、コイツの話題で恐縮なんだが、ブラック・ワタミが、自分が訴えられている裁判に社員を動員して、裁判に圧力を加えようとしたという話で、そういうの、逆効果だと思うんだけどねぇ。カルトなので、そんな事も判らないw わたなべ美樹認証済みアカウント@watanabe_miki・ 本日、裁判所に出廷したことに関しまして。 一部でご指摘されている、傍聴席の件について。こちらをご覧下さい。 https://twitter.com/watanabe_miki/status/449113943538024448 また一部本日裁判所で、被告側が傍聴席を占拠したとの指摘がありますが、原告、被告双方傍聴希望が多数あり、双方弁護士がその場で協議し、最終的には 原告側(2):被告側(1) と言う割合を受け入れ、原告側支援者が過半数の傍聴席で裁判が行われたのが「事実」です。 被告とされると、とかくすべてを否定されてしまいます。 一方的な声にかき消され「事実」が正しく伝わらないことがあります。 https://www.facebook.com/watanabemiki.official/posts/237926706331605 過労死の遺族が訴えた裁判なんだが、民事なので、こういう裁判妨害じみた行為がどう判断されるのか、いやぁ、楽しみだ。でも、日本の司法は死んでるからなぁw ☆ ☆ ☆ 以上のように、社員に利益を還元しない物質主義的な経営が行き詰っていることを現わしている。利益を独占しようとするものは、天から見放されるということなんである。 堕天使のように天国から追放ですな。何も神話だけの話ではないです。金儲けだけしかない企業は金(ドルや円)という物質が崩壊する宿命なので潰れて当然です。一部ではすまなく、恐らく雪崩のような現象で、忽ち崩壊していくでしょうね。全てアベノミクスの詐欺のせいです。さてシュタイナーの話を続けます。 ☆ ☆ ☆ 教育の基礎としての一般人間学 自然と人間(改変) 「もし人間が自然の中に存在していなかったら、自然はどうなっていただろう?」 この疑問について、現代の自然科学と自然哲学は基本的に大きな混乱状態の中にある。例えば、現代の自然科学者に次のような疑問を投げかける。 「人間がいなかったら、自然は一体どうなるの?」 と聞かれた自然科学者は恐らく、この疑問に驚愕するだろう。というのも、この疑問自体がトンデモにみえるからである。 どうしても、この疑問に答える必要があるなら、自然科学の本質から考えると、次のような答えしか出てこないだろう。 「もし、人間がいなかったら、地上には鉱物や植物や動物だけがいて、地球は、カント=ラプラスの星雲説が唱えるような太陽系生成理論のように今まで経過してきたのと同じ形で、これからも経過していくだろう。ただそこに、人間がいないだけだろう。」 この答え以上は基本的には出てこないだろう。自然科学者は恐らく更に、 「人間は農耕生活の営みなどにより土地を開発し、地球の表面に変化を与え、また技術を開発し、環境に様々な変化と破壊をもたらしただけにすぎなく、大まかな地球の経過は変わらない。」 とか付け加えて言うかもしれない。 だから、人間の営みは、大自然全体の変化に較べればそれほど大きいとはいえないので、自然科学者は次のように言うだろう。 「大自然に、人間が加わらなくても、鉱物、植物、動物は進化し続けるだろう。」 しかし、この答えは間違っている。人間が地上の進化に参加しなかったら、大部分の動物、特に高等動物はいなかっただろう。高等動物たちは、少し比喩的な表現をすれば、強引に人間が進化を遂げてきた結果として、進化の過程で生み出されたものだからである。 人間は地上での進化のある特定の段階において更に進化を続けるために現在とは全く別な姿をした当時の人間のなかから高等動物たちを分離しなければならなかった。 この分離を説明するために次のような喩えを用いる。 いま混合液を考える。混合液を冷やすと、溶けていた成分が分離し、下に沈殿するように、人間は進化の様々な段階で動物と一つになっていたが、動物が沈殿物のように分離した。人間が今日のような存在にならなかったら、動物たちも今日のような動物にはならなかった。地上の進化に人間が関わらなければ、動物の形態は今日とは全く違った姿をとっていたに違いない。 更に鉱物や植物に眼を向けてみる。高等動物の他に、下等動物だけでなく、植物、鉱物もまた、人間が地上に存在しなければ、とっくの昔に、いわば凝固し(進化の終焉を迎え)てしまい、いまのような柔軟な生成の過程を辿ることはできなかっただろう。 今日の唯物論(一面)的な自然観からすれば、次のような結論に達する。 「人間は死に、その肉体が焼かれるか、埋葬され、大地の成分に帰っていく。人間のそのような人生は地球の進化にとって何の意味も持たない。というのは地球は人間の死体を自分の中に取りこんだまま、今と同じ進化を辿り続けるだけだから。」 しかし、このような結論は、次の点を全く考慮していない。人間の死体が地球に取りこまれ、地球の成分の一部になること、つまり火葬になろうが、土葬になろうが、地球の現在の進化過程に影響を及ぼしている、という点である。 田舎の主婦は都会の主婦よりも、パンを焼く際の酵母が、たとえごく僅かな量でも、大切な働きをしていることを熟知している。田舎の主婦は、練った小麦粉に酵母を加えなければ、パンが十分に膨らまないことを毎日経験している。 この喩えと同じように、地球の進化もまた絶えず、人間の死によって霊魂から分離された人体の力が加えられなければ、とっくに終末を迎えていただろう。 人間の死体から力を受け取って、地球は進化を続けることができる。人間の死体を吸収することで、鉱物は、人間の霊魂が形成した結晶化の能力を受け取る。この人体の結晶化の力がなければ、鉱物は結晶化の力を遥か前に失ってしまっていたはずである。鉱物はとっくの昔にボロボロに崩れ、解体されてしまっただろう。 またこの死体を吸収することで受け取る同じ結晶化の力によって、遥か昔に成長しなくなっていたはずの植物も、更に成長するように促されている。下等動物についても同じである。人間は肉体を通して、地球の進化のためのいわば酵母を提供している。 だから、人間が、この地上に存在する、ということは、地上の他の様々な存在にとっても、決して無意味なことではない。鉱物界、植物界、動物界が、人間の存在なしにも、更に進化を遂げていくという考えは、決して真実ではない。 自然の進化過程は統一統合的であり、互いに緊密に関連し合っている。 そして人間もまた自然に属する。人間が死後もなお宇宙の進化過程の中で働いている、と考える時にのみ、人間の真理を掴むことができる。(P45-P47) ☆ ☆ ☆ この話のように、宇宙や地球の営みは全てつながっているので、独占しようとしても土台無理な話なのである。利益を還元しない愚か者は、唯物論者のように、宇宙や地球の摂理に無知なのである。
2014年03月28日
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巷ではウクライナも一段落ついた感があるので、ウクライナの一件からみえる欧米の覇権主義が急速に崩壊し、水瓶座時代の到来を予感させる出来事が起こりつつあることに気づくような話を、御馴染みのサイトから以下に抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ ニュースの真相 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140325/1395710393#seeall ウクライナ問題とクリミア併合と欧米覇権の終焉 クリミアのウクライナ軍が撤退し、ロシアがクリミアの併合を終えたそうです。 ウクライナ、軍撤退を決定 クリミア併合、事実上完了 ウクライナは24日、ロシアが併合を進める南部クリミア半島からウクライナ軍を撤退させると決めた。全部隊が立てこもりなどの抵抗をやめ、本土側へ引き揚げる。無条件の撤退を認めるかどうかロシア側の対応は不明だが、これで同国によるクリミア半島併合が事実上完了することになる。 トゥルチノフ大統領代行が同日、全党代表が出席した議会の会合で明らかにした。大統領代行はクリミアで最終段階に入ったロシア軍による制圧行動を批判、「ウクライナ兵士らの生命に現実の危機が迫っている」ことを理由に挙げた。 同日未明にも東部の海兵隊基地がロシア側に制圧された。北西部では数隻の海軍艦船が湾を包囲され、内部の兵士らの食料、水などが底を突きつつあった。キエフ=喜田尚、シンフェロポリ=石田博士 2014年3月24日22時24分 http://www.freezepage.com/1395706244JJQHJLZLFH これに対し、自分達の略奪計画をロシアに邪魔されて腸の煮えくり返った欧米ユダヤ金融勢力は、G8から、ロシアを外すとのたまったそうです! ロシアのG8参加を停止 G7がハーグ宣言採択 主要国(G8)からロシアを除いた7カ国(G7)は24日(日本時間25日未明)、核保安サミット開催地のオランダ・ハーグで首脳会合を開き、ロシアのG8への参加停止を決めた。ロシアがウクライナ南部クリミア半島を併合したことに対抗し、強く警告する措置だ。また、オバマ米大統領は習近平(シーチンピン)・中国国家主席と会談し、米欧や日本によるロシア制裁への支持を求めた。 G7首脳会合で採択する「ハーグ宣言」では、「ウクライナの主権、領土の一体性と独立に対する強い支持を再確認する」とし、住民投票を経てクリミアを併合したロシアに対して「違法な試み」と非難。承認しないと表明した。 また、一連のロシアの行動には重大な結果が伴うとし、「明白な国際法違反は世界中の法の支配に対する深刻な挑戦」と記した。ロシアが現状をエスカレートさせる場合、制裁強化の用意があることを示した。 朝日新聞デジタル 3月25日(火)5時32分配信 http://www.freezepage.com/1395706894GQUICDBGSZ ユダヤ欧米の、この行動に対して、ロシアは・・・ 「えっ?G8?」 「あー、あの借金まみれの貧乏国家と、その奴隷のお財布国家との会合?」 「外されたって、たいした事ないさ!」 「別に、もう集まらなくても良いよん♪」 G8追放「大したことない」=ロ外相 【ハーグAFP=時事】ロシアのラブロフ外相は24日、主要8カ国(G8)からロシアが追放されたとしても「大したことはない」と考えていると表明した。外相は「欧米各国がこの方式はもう不要だと思うなら、そうなるだけの話だ。しがみつくつもりはないし、もう集まることはないと言っても大したことではない」と述べた。 ケリー米国務長官や、ウクライナのデシツァ外相と相次いで会談した後、ハーグで記者団に語った。 時事通信 3月25日(火)3時33分配信 http://www.freezepage.com/1395707521QHMYOLXCLW 一方、G8メンバーではないのですが、黒いユダヤ人大統領のオバマさんは「一緒にロシアを制裁してくれ!」っと、ユダ金傀儡である中国の習近平氏に命令したそうです。 でも、実際に中国で政権を握っているのは、ユダ金傀儡ではない胡錦濤派ですよね? すると・・・ なんと、奴隷の習近平ちゃんにまで、ソッポを向かれてしまったそうですw! 対露制裁、中国が慎重姿勢…米中が首脳会談 【ハーグ=白川義和、五十嵐文】オバマ米大統領と中国の習近平(シージンピン)国家主席は24日昼(日本時間24日夜)、ハーグで会談し、ウクライナ情勢などを巡って意見交換した。 米政府高官によると、オバマ氏はロシアによるウクライナ南部クリミア半島の編入を認めない立場を示し、中国に協力を求めた。習氏は「主権」「領土保全」の尊重などの原則論で一致したが、同高官は中国が対露制裁に加わらないことを示唆した。 オバマ氏は中国の南シナ海や東シナ海での領有権主張や防空識別圏設定など軍事的挑発への懸念を示した。 読売新聞 3月24日(月)22時52分配信 http://www.freezepage.com/1395708291SXNIZZJCDG そして! ロシアを外して集まったG7で、ユダヤ欧米と日本が集まって、ロシアにいったいどんな制裁をする事が決まったのでしょうか? 具体的に、何もしないそうです!(笑) ▼G7首脳がウクライナ危機協議へ、対ロ制裁で具体的な決定ない見通し http://richardkoshimizu.at.webry.info/201403/article_182.html って言うか、やっぱりロシアに手も足も出ないそうです! すでに、ロシアからすれば・・・ 「え?欧米? そんなの居たっけねー。」 「ん?覇権を握ってた? そんなの遥か昔の話でしょ?」って感じ? 今となっては借金まみれの多重負債国家と破綻寸前の貧乏国家である欧米、そして、その貧乏人達のお財布奴隷国家である日本が集まって、現在のロシアに対して、何も出来る事はないようです。 ただ一つ、出来るとすれば・・・ 「おい、今日からロシアはシカトな!」 「アイツなんか、仲間はずれな!」という中学生レベルの意地悪だけだったようです(笑) とりあえず! 欧米覇権が終焉した瞬間ですね? そして、私達人類を苦しめ抜いて来た、ユダヤ覇権が終わった瞬間です! ☆ ☆ ☆ 欧米のあくどい手口はもはや世界中に知れ渡っている。テロ組織が欧米の金儲けのために育成されてきたことは、今回のウクライナの件で明らかになった。日韓が欧米の手先となるのをやめるのももはや時間の問題になってきたようにみえる。 ☆ ☆ ☆ スラブ世界(改変) 外的な物質から出発したヨーロッパとは全く別の他の人類を取り上げてみる。その民族は、物質のなかに霊を得ようと格闘するヨーロッパと比べて、対照的に、その格闘からは遠く離れていることがわかる。 例えば 「中国文明がいまでも道教や儒教を保持しているのが観察できるのは博物学的にも非常に興味深い。そもそもアジアの様々な宗教が古代の文化形態をとどめているのも非常に興味深い。 古代の文化形態を喩えていうなら、理論的な道徳知識に訴えかける教えや個人的体験については言及しない教えや個人的体験を格闘にまでに至らせない教えなどといえる。人類文化の成果として将来受容されるときまで、古代の(かつて神とつながっていた)個人的体験を保管する宿命があるからである。」 (このことから東洋の指導者が神として崇められやすいことがわかる。霊魂の深くに、古代神から直接命令を受けていたことを記憶しているからである。西洋は外「物質」に進むにつれ、その感覚を捨てた。) という結論に到達できる。 第5文化期においては、精神的な課題を自らの力で達成しなければならない。第6文化期になると、自ら達成したのではない叡智を、自らの観照や体験として受け取るようになるが、それらを手に入れようと格闘せずに、精神的な体験を、外(物質)的なもの、自明のものとして受け取って蓄える。 ゲルマン世界(欧米)とスラブ世界(ロシア)の間の格闘として大きな格闘の序曲が次第に繰り広げられていくだろう。スラブ世界は第6文化期のための準備段階であることを考えると良い。スラブ世界のなかに、第6文化期の萌芽が存在することを、人智学的な意味で考えてみるとよい。 すると、スラブ的文化要素として受け取るなかには格闘には関わらず、格闘を拒む意識が存在するのが明らかになる。 中欧では、神を個人で把握しようと心魂の内面で闘ったのと対照的に、スラブでは、かつて存在した古代の宗教や神学や儀式を内面に保持しているので、スラブ的文化要素は、霊魂は個人の内面で活発(意識)化させず、まるで上空の雲のように霊魂を漂わせ、その雲に従って生きようとする。だから、個人としての霊魂については古代のように疎遠なままにとどまっている。(P139-P141) (日本人の「お上」意識を思わせる。) 東と西(改変) 中欧は古代のキリスト教(集合意識)が外(物質)的に現れた形態にとどまることには満足できず、中欧は個人的体験としてキリスト意識が浸透するために格闘を求めるからである。東洋は古代意識(集合意識)をもったまま立ち止まり、古代の神殿で執り行われた神託(集合意識を受け取る)の儀式形態は形骸化し、抽象的な形になった。 東洋は西洋が個人的に格闘して手に入れた叡智(神との結合)を外(物質)的に受け取る準備を行なう役割をもつからである。東洋は西洋のように個人の格闘を通して叡智を獲得する準備はしない宿命にある。 この全く異なった2つの霊意識を、現代人は単純な理論的な知性により、相互の理解をどのように可能とするだろうか? 外的に相違したように振舞う、互いに異なった2つの精神(意識)の流れを、どのように調停しようとするだろうか? 次のような喩えを誤解しないでほしいが、同じ動物だからといって、ゾウ(東洋)を観察してライオン(西洋)の習性を理解しようとするだろうか? 全事象は永遠という必然性から形成され、永遠の必然性に従って経過する。 東洋は、自らがもつ(古代の叡智の保存という)必然性から益々必要となる対極的な存在、つまり西洋文化との結合に抗わねばならなかった。東洋は(人類の叡智が)成熟する前に根本的には(西洋についての)正しい理解を持ち合わせてなかった。 この霊意識の違いを外(物質)的に表現したのが、ゲルマン精神とスラブ精神との紛争である。この意識の違いは、ヨーロッパの上を漂う長い不安となっている。ゲルマン精神とスラブ精神の間の紛争として現われてきた。 (西欧米人が闘いを好み、東欧やロシヤや東洋人が闘いを好まないのは、意識の違いにある。) 子どもが老人の業績を学ばされるのに逆らうように、東洋は、西洋の近代の成果に逆らう。西洋の成果を受け取るように強いられるのを少しでも感じると、東洋は西洋を酷く憎む。 この東洋と西洋の対立を真理の光で照らし出すには、現代人が今日好む唯物的な文化とは多少とも別の違った叡智が必要となる。その別の叡智に気づいても、目を向けて自らの内面の意識から、この別の叡智を理解することを好まない。 この内面からの意識に少しでも触れられれば、多くの他愛もない無駄話がやむだろう。外(物質)的な幻影に捉われた混乱(闘争)は解消するに違いない。(P141-P142) ☆ ☆ ☆ 譲り合いの精神(意識)が必要ということなのである。
2014年03月27日
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前回は、人生を注意深く振り返ると、漫画「北斗の拳」のケンシロウではないが、「お前はもう死んでいる(た)」というような人生の転回点を発見できる、というシュタイナーの話を紹介した。 前回紹介した「いねむり先生」などは、この人生の転回点のわかりやすい例である。 いねむり先生 http://books.rakuten.co.jp/event/book/interview/20110609-ijuin-shizuka/ 『闘病200日にして突然やってきた妻の死。やりきれない思いを抱えるまま、サブローはギャンブルと酒におぼれ心身ともにボロボロの状態に。そんなサブローの前に現れた小説家にしてギャンブラーである「先生」。サブローを競輪の「旅打ち」に誘った先生は、不思議な温かさでサブローを包み込んでいく――。』 この「いねむり先生」にはナルコレプシーという病名がつけられているが、オカルトでいうところの霊界探訪者であることがわかる。半分死にながら生きているという状態である。オカルトでいえば、寝ているときに霊界に行っているので、本当は、皆半分死にながら生きているのだが、大抵の人は霊界での出来事を忘れてしまうから、霊界とのギャップを感じなくて済むわけである。 しかし、なかには霊界の思いを引きづる者もいて特に起きているときに、現実逃避を起こすような出来事が生じると、この主人公のように、幻覚幻聴に悩まされるようになることがわかる。「いねむり先生」の場合は、遺伝的な素養もあるようだが、両者がギャンブルに惹かれるというのは、ギャンブルが物質欲による物質界の否定にあるからである。 私見だが、ギャンブルとは現実逃避による現実破壊なんである。だから、現実感が強くないと、ギャンブルは身の破滅の要素となる。 しかし、究極のギャンブルとは、預言なんで、そのためには、輪廻転生の法則を知って、死を克服しないといけないわけである。 オカルトでは、人生とは困難の連続であるようにつくられていることがわかっているが、だから、わざわざこの世に生まれてくるには多大の覚悟を必要とするわけで、その困難さは通常はみえないように隠されている。 誰もわざわざ困難に挑戦しようとは思わないからで、また、霊界のあまりの居心地の良さを引きづらないようにである。もしひきづってしまうと、物質界とはまるでアベコベの法則を適応しようとして、無理難題を強いることになるからだ。さて、シュタイナーの話を続ける。 ☆ ☆ ☆ 天地の未来 文化期(改変) 宇宙の進化や地球の進化は、ポスト・アトランティス時代(約1万年前から水瓶座時代まで)では様々な文化期を経過していくということを、人智学では強調してきた。それらの文化期は、古代インド文化期、ペルシア文化期、エジプト・カルディア文化期、ギリシア・ラテン文化期、そして現在の第5文化期である。 (ちなみに、5という数字は悪魔の数とオカルトではいわれ、第5文化期が、霊魂が堕落、腐敗に陥る時代であることがわかる。) 第5文化期のあとに、第6文化期(ロシア文化期)・第7文化期(アメリカ文化期)が続くことに注意を促してきた。 以上これらの文化期をただ形上並べることで満足してはならない。個々の文化期の特徴を発見しなければならない。人智学では、特に現在の第5文化期のなかにある(霊界から物質界への)移行意識の理解を試みた。各文化期の特徴を描写するのに形に囚われてはいけない。 例えば、ある文化期の特徴が全地球上に広まるわけではない。その特徴はある場所に現れ、他の場所や地域には現れずに、その特徴から取り残される。取り残される必要があるわけではないが、それらの地域は古い特徴を保持することで取り残され、その古い特徴は後に進歩していく別の文化期に結び付けられる。 例えば、精神(霊魂)の文化を取り扱うとき、ヨーロッパ民族とアジア民族との大きな違いに気づくだろう。白人種と黄色人種の違いに気づくだろう。ヨーロッパ的・アメリカ的な本質とアジア的な本質を見比べるとき、アジア民族は過去の地球期の文化意識を保持し、欧米民族はその過去の文化意識を乗り越えていった、という違いに注目すべきである。 心魂の働きに完全に統制(調和)がとれていない場合にだけ、古代から東洋人が保持した東洋の神秘主義は強い影響を行使できる。 古代人は低次の霊視力をもって生きる必要があった。そのような低次の霊視力に頼る心魂の不健全な働きに、ヨーロッパ人は魅了された。そこで霊界参入の方法を、アジアのヨーガ他を通じて学ばねばならない、と当時のヨーロッパの人々は思った。この種の他力本願的な傾向は、心魂の不健全な働きを証明するものに他ならない。 ポスト・アトランティス時代の第5文化期の体験から、精神や認識を向上させるために心魂の健全な働きを築きあげなければならない。興味深いものであっても、ヨーロッパ人には合わない、時代への逆行をもたらす一種のモノマネの上に、心魂の健全な働きは築かれない。 しかし、地球の進化は続き、やがて、次の木星の時代がやってくるだろう。その時代には、古めかしい心魂の能力が、進歩した能力と結び付く必要がある。古めかしい魂の能力は、進歩した能力と結び付くことができるように、何処かに保管されていなくてはならない。 第5(西欧)文化期に第6(ロシア)文化期が続く。唯物論的な学問の信念から生まれた抽象的な思考の持ち主は「第5文化期よりも第6文化期の方が進歩的で高く評価できる」と言うだろう。 しかし上昇期と下降期がある、という事実も明らかにすべきである。そしてポスト・アトランティス時代では、第5文化期に続く第6文化期は下降期に属する、という事実を明らかにすべきである。ポスト・アトランティス時代の第5文化期に発展した叡智は、第7文化期の次にくる木星の進化の萌芽となる、という事実も明らかにすべきである。 第6文化期のほうが完全で、第5文化期は不完全だとするような抽象論的な考察ではなく、人智学からわかるような、霊魂の躍動から考察しなければならない。(P131-P134) 白人と有色人種(改変) アトランティス時代の第4期に、現在の地球紀の萌芽が植え付けられた。そして、いまのポスト・アトランティス時代の第5文化期に、次の木星の時代の萌芽が植え付けられる。では、この第5文化期のなかで特に発展しなければならない特色とは何か? それはキリストのゴルゴタの丘での秘儀(十字架刑からの復活)を通して現れた特色のことで、すなわち精神の意識が、人間性を帯びた物質である肉体のなかにまで下降し、霊が肉をつかむことである。それは、いまだ完了していない。 いつか人智学が地上という大きな舞台を得て、多くの人々が人智学を生活のなかで表現するときに、精神の意識は人間性を帯びた物質(肉体)のなかにくまなく下っていくだろう。手や指の動きの各々、つまり日常行為のなかに、精神の元の意識が隅々にわたって表現するとき、霊が肉を捉え愛で統合するようなことが起こるだろう。 天国(太陽)で通用する愛の精神(霊)の意識を、人間性を帯びた物質(肉体)のなかへと下らせるために、キリストが人体のなかで肉になった。この下降、つまり「霊を肉に浸透させる」ことが、白人の使命の特徴である。霊が物質界に降るとき、精神が皮膚に影響し白い肌になる。 (ここらへんがシュタイナーは差別的といわれるのかもしれないが、要するに白人は白人自身の自力で進めということである。) 物質的身体である肉体が精神の外皮になることが、いままでの4つの文化期を通して準備された第5文化期の課題である。精神を肉体のなか、日常のなかにもたらす文化意識を築くことが、現代人の課題となるべきである。 現代人が、精神が肉を捉え愛で統合することを完全に認識すると、いまだ精神が肉体のなかに完全に入ってはいない民族や進化の途中で精神が肉に入るのを拒んでいる民族などの精神が、デーモン(ルシフェル)的な性格(意識)を受け取り、完全に肉体に浸透していない民族では、精神と肉体を完全には共鳴(調和)させない先祖返り的な霊能力があるため、白い肌の色が現れない、ということが人智学により明らかになっている。 つまり、精神(霊魂=心魂)は現在、肉体のなかに完全に下る、という課題を持っている。 (言い換えると、「霊能力を失う」という課題をもっている。だから自称霊能者は逆行していることになる。) ポスト・アトランティス時代の第6文化期での課題は、精神(霊魂=心魂)を自分のなかだけでなく、周囲の環境のなかにも、その背後に漂う存在として認識することや、精神を、いわゆる元素(精霊=自然)界のなかに認識することである。 第6文化期の課題は、物質的な周辺の環境のなかにある精神(霊魂=心魂)を認識するための準備をすることである。 しかし、それは、精神を純粋に元素(精霊)的な生命として認識する霊能力を獲得することになるので、古い先祖返り的な霊視力が霊魂のなかに残っていないと達成するのが非常に困難になる。 霊視力獲得のための激しい戦いが生じるだろう。白人は、精神(霊魂)をますます深く肉体という自らの物質的存在のなかに受け取る途上にいる。黄色人種は、精神(霊魂)が肉体から離れていた古代、人体の外に霊魂を探さないといけない時代の霊視力をある程度保っているため、白人が様々な地域の有色人種と精神の上で激しく戦うことで、第5文化期から第6文化期への移行がなされる。 この白人と有色人種との間でなされる戦いに先行する課題(霊魂を肉体の隅々までに浸透させる)が解決し、白人と有色人種との間での大きな戦いの決着がつくまで、歴史は動いていくだろう。未来の出来事は、それに先行する出来事のなかに幾重にも反映している。 様々な考察を通して身につけた能力を人智学的な感覚(霊視)でみると、未来に生じる必然的な課題の前に、現代人が立っていることがわかる。(P143-P136) 二つの人種(改変) 精神(霊魂=心魂)を肉体のなかに導き入れ、物質生活での個人の出来事全てに精神が浸透するようにすることを使命とする人類がいる。また他方には、ある意味、古い文化(能力)を保持する下降的な進化を引き受ける人類がいる。 肉体が精神に完全に浸透することで、地球から決して消滅することのない生命力に溢れる文化意識が出現する。 このような潜在的な霊能力をもった霊魂が、肉体に完全に浸透すること以外の方法はない。この第5文化期の後に続く第6文化期・第7文化期の人類は、この第5文化期の精神的な創造物(叡智)によって生きることができ、第5文化期の創造物(叡智)を自分のなかに受け取る宿命にある。 つまり、第5文化期の課題は、外(物質)的で観念論的な生活を、精神主体の生活へと深めることである。 現在、観念論に征服されている生活が古びたものとなり残り、後の進歩的な生活のなかに受け入れられる必要がある。現在、東洋では精神を主体に自らの日常生活のなかで創造性を生み出す力を持たず、ただ周囲に生じた出来事を自分のなかに受け取るだけである。 独自の文化意識を自らのうちに担う現在の人類から、第5文化を歴史的に継承する精神文化が形成され、この文化を後の文化が摂取するというように、必然的に歴史は経過していくだろう。 偏見をもたずに、この二つの人類の流れの違いを客観的に明らかにしてみるとわかる。ゲルマン民族の登場以来、人類はいかに外的な物質に霊(叡智)を浸透させようと努めてきたか、いかにキリスト意識の深みを受け取ってきたかが明らかになる。 ヨーロッパは外的な物質から出発した。物質かつ霊への萌芽を含む物体から出発した。(P136-P138) ☆ ☆ ☆ 以上のような話から現在の第6文化期のロシアと第5文化期の欧米の対立を読み解くとまた違った面が明らかになる。
2014年03月25日
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前々回の話から、天国に行くには、物質とは正反対の法則を知らないといけないわけで、キリストが、「金持ちが天国に行くのは、綱を針の穴に通すより難しい」といった理由がわかる。では、シュタイナーの話の紹介を続ける。 物質の本質は光(叡智)である(改変) 「地球の基本となる物質とはなにか?」 という問いに対して、人智学は 「地上のあらゆる物質は凝固した光(叡智)である」 と答える。 光(叡智)がなんらかの形で凝固したものでない物質は存在しない。だから、真実を知る者は19世紀に現れた光の波動説という仮説を打ち立てることはない。 光の波動説では、光を、光よりも粗雑な媒質という物質による仲介の手段で提示することを試みたが、そもそも光は、そのなかの何かまた別の物質には還元できない(光よりも小さい物質が存在することになる)。人間が物質に触れる場全てに、凝縮し圧縮された光(叡智)がある。 (光の波動説は、その後の粒子説により矛盾とされ、量子力学の観測論により、統合された形だが、いまだに矛盾も問題も多い。) つまり物質の本質は光(叡智)なのである。(P278) (量子力学の観測論とは、物質を構成している素粒子が確率波をもち、人間が観測するときにだけ、素粒子の位置と運動量が明らかになる、というものである。つまり、素粒子の有無は、人間の意識に依存するという説なのである。 これは考えてみれば明らかだが、人間が物質を捉えるには、物質から反射されるか、出る光が必要で、この光を、物質の代わりに観測しているだけで、物質そのものではない。光がなければ何もはじまらない。 光がなければ観測できないのに、光の正体を観測できるわけがなく、光をまた別の人間側の意識により色づけした光で置き換えているにすぎないが、その置き換えで物質の性質が明らかになっているということは、物質は光からなることを意味するとも考えられる。) ペルシア戦争の意味(改変) カルマの法則については様々な疑問が生じる。例えばはじめに、「共同生活や共同体についての人間の行為は、その後の個人のカルマとどのように関係するのか?」という疑問が生じる。 (1対1でない、1対多というカルマの関係のこと。) この疑問については、既に以前触れたが、例えばペルシア戦争のような歴史上の出来事を振り返り、その戦争自体が、個人の人生に代償を求めるとは到底思えないだろう。 例えば、ペルシア戦争を指揮した人々や、逆に犠牲になった人々を考えてみる。ギリシア軍の指導者たち全員から一個人の兵士にいたるまで、ペルシャ戦争との関わりあいを考えてみる。 果たしてペルシャ戦争についての人類全体の行為が、彼ら個人各々のカルマの口座に振り込まれ得るか? このような出来事を理性をもって考察してみれば、それが不可能であることわかる。民族全体、もしくは文明の大半に関係する、例えば戦争のような出来事について、個人が背負う以上のカルマが生じなかったと考えることも同じように不可能である。 歴史の進展のなかで生じた出来事を詳細に探求していくと、そこには必ず人類の進化にとって意味をもつ人類全体についてのカルマが発見できるが、それらの出来事丸々を、個人のカルマが背負うことはありえない。 だから、ペルシア戦争という出来事を取り上げて、「この出来事は人類の進化全体にとってどのような意味があったのか?」と問うことはできる。 東洋では、偉大で強力な光の面をもった文化が発展した。しかし、どのような光にも影がつきもので、東洋の文化全体が、人間の進化のなかで、継承すべきでない影の面をも同時に内に含んでいた、ということも明らかにしておく必要がある。 東洋がもつ、そのような影の面は外的な、純粋に物質界に存在する権力という手段により拡大していった。このような拡大意識がなければ、東洋の文化が成立していなかったのも事実である。 ある出来事は、別の面を必要とする。人類が進化できるために、例えば、ギリシア文化は自身がもつ前提とは全く別の前提から進化する必要があった。ギリシア文化はギリシア文化として直接スタートしたのではなく、その前提を何処か他から得る必要があった。 ギリシアから東洋に渡っていった英雄たちについての様々な伝説は、ギリシアの学院の弟子たちが東洋に渡り、東洋の文化のなかだけで獲得できる叡智をギリシアにもたらしたという事実を示している。それらの叡智は、ギリシア民族の性格と才能からつくられた文化や習慣を通じて、更に育成され、変容していった。 しかし、そのためには、東洋の文化からもたらされた叡智から影の面を捨て去る必要があった。東洋にあった外的な権力という手段によって、西洋にまで拡大していく(拡大)意識という影の面である。 ギリシア文化よりも後に発生したローマ文化、およびヨーロッパでの人類の進化にとって必要な前提は、ギリシア人が東洋の文化の産物である叡智を持ち帰り、その発展のために自由な土壌をつくり、東洋のペルシア人やペルシアに属する東洋の人々を撃退していなければ成り立たなかっただろう。 アジアで作られた叡智は、拡大意識をもつアジア人が撃退されたことで拡大意識が濾過された。 このような人類進化の観点から文化の発展についての背後の多くの隠れた霊的な意味が考察でき、その副産物として、文化についての特別なイメージが獲得できる。今後の連続講義(『民族魂の使命』)で、人類の霊魂の進化計画といえるものを明らかにする。 このような計画を概観すれば、「この計画は実施される必要があったが、影の面もあり、その影の面が除去される必要があった。ある民族が到達した叡智が他の民族に移行し、更に発展していかねばならなかった」というような意味が明らかになる。(P300-P302) いかにして前世を認識するか クリスティアン・ローゼンクロイツの声(改変) 例えば、森を散歩するとする。物思いに耽りきりで、あとちょっとで崖に落ちそうになる寸前だった。考えに夢中で、崖に気づかず、あと二、三歩で崖から落ちるところで、もし前に進んでいれば転落して、人生は一貫の終わりだった。 危機一髪のところで、どこからか「止まれ」という声を聞いた。その声によって、急停止させられたような印象を受ける。誰かが自分を抱きとめたように感じる。もし、抱きとめられなかったら死んでいただろう。そのような感触から辺りを見回すが誰もいない。 もし、本当の自己認識の訓練をすれば、多くの現代人が上述のような体験をするだろう。実に多くの現代人が人生のなかでそのような体験をするだろう。大半の人は、そのような体験をしたことがないように感じているが、十分に注意を払っていないので見落としているだけなのである。 いま述べたようなはっきりとした形で経験するわけではなく、大半の人が不注意なので、そのような体験を見落としているのである。 自己を真剣に考察すれば、いま述べた(人生の転換点ともいえる)話のような体験を人生のなかに発見できる。そして、そのような体験に対して真に敬虔な気持ちを持てば、特別な感情に到達する。いわば、その日から人生を贈られた、という感情、その日以来、与えられた人生を学んでいる、という感情である。 「私はカルマ(輪廻転生)的な危機の(地獄に堕ちる)状況にあった。もし、一歩先へと踏み出していたら、そこで人生は終わっていた!」 という感情をもつなら、それは善良な感情であり、記憶に似た影響を与える。 このような敬虔な感情に沈潜すると、何か声が聞こえてくる。 (絶望の淵に神は現る、といわれる。以下などの話は興味深い。 絶望の淵で出会った「いねむり先生」 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5940) 「この声は、人生のなかでしばしば体験してきた記憶のようなものではなく、記憶を超える全く特別な声だ!」 と感じる。 近代の偉大な秘儀参入者が、自分の同志となるのに相応しいようにみえる人々を吟味している。現代人に霊界を垣間見させる能力は、現代人の周囲で生じる霊的な事実(カルマの法則)を正しく認識することから生じるからである。 多くの人に聞こえる、そのような声を錯覚だと思うべきではない。クリスティアン・ローゼンクロイツという導師は、そのような声を通して群衆のなかから自分の同志になり得る者を選んで語りかけるからである。 13世紀に特別な活動をした、この人物から声が発せられる。その声を体験した人は、その特別な認識を通じて、霊界のなかに参入できる。 大半の人はそのような声に気づかないが、いまはその声に気づかなくても、後に気づくようになるために人智学徒は活動している。 そのような声の大半の体験者は、次のような結論に達する。 秘儀参入者クリスティアン・ローゼンクロイツは、同志となり得る人々に出会う。それは、ある受肉での物質界のなかでの人生ではなく、死と再受肉(転生)の間の霊界でである。このことから、死と再受肉の間の霊界に、生まれてから死ぬまでの物質界での人生よりも重要な対面が生じるのがわかる。 クリスティアン・ローゼンクロイツの同志となることが、既に前世で定められている場合もあるが、大抵の場合、同志となるような決定は前世の死後と現世への再受肉(転生)の間に本人との対面でなされたものである。 現在、多くの人が上記に述べた体験を持ちながら、その体験に気づいていない。それは、そのような体験がなかったからではなく、十分に注意を向けていないので、前世と同じように、思い出せないだけなのである。(P48-P53) ☆ ☆ ☆ シュタイナーは、「いかにして前世を認識するか」で確か、前世を記憶している人が増えていくだろうと予言している。それは裏を返せば、物質界の法則とは全くアベコベな霊界の法則が、物質界に浸透していくからである。 霊界の法則で有名なのがカルマの法則で、輪廻転生の法則のことである。輪廻転生の法則を簡単にいえば、誰かを殴れば、誰かに殴られる機会を与えることである。つまる殴る体験をポジとすれば、そのネガが、殴られる体験となる。 だから、物質界で、殴る体験をすれば、霊界に行くには、ポジとネガが逆になるので、殴られる体験をしないといけなくなる。しかし、この逆の、物質界で殴られる体験をすれば、今度は殴る体験をしないといけなくなるというわけではない。いまは話を単純化しているが、あくまで霊魂の向上が前提にあるからだ。 要するに、自分の欲望のために他者を犠牲にしたのか、それとも、他者のために、自分を犠牲にしたのかの愛の問題である。同じ殴るにしても、愛があれば全く異なり、相手に共感するためかどうかである。 ネガとポジの双方の立場を経験してみて、愛があったかどうかを自分で確かめるのが、輪廻転生の法則というわけである。
2014年03月20日
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毎度訪問させて頂いている播州武侯祠遍照院さまのブログに興味深い話が載っていたので、少し遅くなったが、転載したい。 ☆ ☆ ☆ 播州武侯祠遍照院 http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/ 水瓶座時代より http://ameblo.jp/mademoiselle-ai/page-3.html#main 不幸で儲ける不幸な文明。 渾沌堂 上記文抜粋 ・・・・・・・・・ 悪さをそろそろやめる時 一番儲かることは、人をぶんなぐって連れてきて、タダで死ぬまで働かせること、、、実際にやりましたね。大航海時代といえば聞こえはいいですが、獲物探しの歴史ですね。 女性をうむも言わせず連れてきて、売り飛ばすこと、、これもやりましたね。これで財を作った財閥も多かったようです。 人の土地に来て、住んでいる人を殺し、自分のものにしてしまう、、、インディオなど原住民はほとんどやられてしまいましたね。 家を焼き、人を争わせ、国と国を戦わせ、すべてをぶち壊す、、 両方の国に武器を売れますね、、無数の家が焼かれれば、あとで膨大な需要がありますね。何せ、人の買うもので一番高いものが家ですから、これを定期的に壊せば、けっこう儲かりますね。 確かに戦争は必ず、定期的に起こりましたね。 決して治してはいけない病気があると儲かりますね。病気が治ってしまうと、薬もあまり売れなくなってしまいますね。人は病気がちの方が儲かりますね。 おおきなテロが起きれば、それを名目に戦争ができますね、、、911も真っ赤なウソでしたね。 銀行に預けたお金は、もう銀行のもののようですね。何かあったら戻ってこないし、大体、紙幣はいったい、だれのもので、誰が印刷できるのですか、、その原資はいったい何なのですか、、、そんなもの、もうありっこないですよね。膨大な赤字に耐えられる原資なんてないですよね。 そんな紙幣のために過労死までさせたり、人を奴隷化することがそんなに楽しいのでしょうか。 すべて嘘ですよね。ただ人を不幸にすれば儲かるシステムを作っただけですよね。 その方が儲かるからですか。そうではないと思います。宇宙は無限に発展していますから、人や地球を幸福にしていった方が本当は儲かるのではないですか。 その方法も本当はあるのではないですか。 ケシュ財団がそうした一部の情報を公開しているということだそうです。 飯島先生など、もうフリーエネルギーは当たり前なところに来てますね。 もう、人を不幸にして儲けるよりも、幸福にして儲けることの方が有望ですよね。 戦争で儲けるのは、もう無理ですよ。戦争の方法自体が、もうこれまでのものと違うことは、上の人はわかっていますよね。 戦車も爆撃機も航空母艦もそんなもの、たとえ戦争するにせよ、もう不要なんではないですか。 情報戦争、、、経済戦争、、、細菌戦争、、、原発テロ、、、何もドンパチやる必要などないですよね。本当にやりあう場合でも。 戦車や戦闘機や空母も金を使う手段ですよね。本気で戦争するなら、システムダウンさせてしまえば、経済も金融もすべてパーでおしまいですよね。 数十人のマインドコントロールされた決死隊が原発テロするだけで、一国を滅ぼせますよね。戦争もだから嘘ですよね。 そろそろ人を幸福にしてたくさん儲ける方法にシフトする時期ではないのですか。 ネガティブなエネルギーをそれとも必要としている人がいるのですか。そうだとしたら、悪魔というよりも、それは神経症ですね。 だから時代が神経症の時代の様相を呈しているのでしょうね。 神経症はしかし、そんなに怖いものではありませんよ。むしろ、感謝すべき素晴らしいものなんです。 絶対マイナス温度は決められてますが、上の温度は無限です。それと同じで、本当は悪魔なんていないんですよね。 いかにもそれらしく見えるものは当然あると思うけど、本当は神経症ですよね。 幽界も神経症意識が作り出した、特に特別でもない、世界なんではないですか。 なので下に行くとどれも似てくるのは、マイナス温度に限界があるからで、上に行くのは、色々、いっぱい、道も流れもたくさんあります。 多様性が宇宙にはあっているのですし、原則ですよね。 歓喜の表現は無限ですが、お化けは大体似てくるものですよね。 お化け方向をやめて、悪さもそろそろお仕舞にして、エネルギー源を歓喜の方向にシフトチェンジする時期ではないでしょうか。 人も、社会も、国も、、神経症をやめて、正しい道に戻りませんか。 あなたが生きているのではない、、生かされているだけ。だから楽でいいんです。必至に生きる必要なんてなかったんです。 どうせ一つの命なんです。それなのに敵対したのは、神経症だったからです。神経症は嘘だから、あきるんです。 そろそろ、あきが来なくちゃおかしいですよ。あきが来ないものは、命しかないんです。 あきが来ているものをみんなで必至に守ろうとしてるから、疲れて、面白くないわけなんです。・・・・・・・・・・・・・・・・・ 抜粋終わり 孟子が言っていたようなことで 「君子は、仕事を慎重に選ぶ。悪い仕事で人が不幸にならないとダメな仕事「墓堀人・軍人・兵器製造業とか」は、人を傷つけたり、不幸にしないと、食べれない。ので人の不幸を望むようになる。ただ「生きていく」だけのためなのに、悪事・不幸を積み重ねていく。そのような不幸・不道徳を侵さないようにするために、君子は仕事・就職先は慎重に選ぶのです」 今の文明は、「金持ちになるために、人の不幸を望む・人を不幸にする」のですから、もう「不道徳・不幸」なのです。 もうそういうのは、辞めましょう。 孟子の時代からみると、文化・技術は進み、そのような不道徳・無慈悲をなるべくしなくても生きれるようになってきているのに・・・ 今の文明ってなにでしょうか・・・「文明」という看板をつけたアホだけでしょう!! お読みくださりありがとうございます。 ☆ ☆ ☆ 水瓶座(アクエリアス)の時代が到来しているようです。全てを水に流す時代です。
2014年03月20日
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以前紹介したように、古代人にとっては教育と治療は同じであった。輪廻転生の法則からいえば、教育も治療も同じだからで、教育は、輪廻転生の法則を教えることで、治療は輪廻転生の法則を実践することだからである。 そのような意味で、シュタイナーは、医師は輪廻転生の法則を知らねばならないと説いている。 続けて、そのような話を紹介する。 ☆ ☆ ☆ シュタイナー教育の実践 糖尿病、リウマチ(改変) ある年齢になって糖尿病、もしくはリウマチを発症する人を考えてみる。現代人は、病気に罹ると、大概いつも罹った現在しか考慮せず、その病気の治療(処置)法しか考えない。 治療(処置)法を考えることについては何も反論することはなく、至極尤もな正しいことである。しかし、その患者の人生全体を見渡せば、大抵多くの場合、乳歯が永久歯に生えかわる頃(約7歳)から性的成熟の時期(約14歳)の間に、過度に詰め込み教育を強いられたか、間違った方法で記憶力を使ったために、後に糖尿病になったことがわかる。 子どもの頃、心魂にどのように関わるかによって、後の成人期の健康状態が決まる。教育時に、子どもが、どのように記憶を形成するかが、大人になってからの新陳代謝に影響を与える。 7歳から14歳の間に、子どもの魂に(体験を伴うことで)消化されなかった記憶の残渣があると、それが身体の残滓として蓄積され、後の大体35歳から45歳の間にリウマチ(関節炎)、もしくは糖尿病を引き起こす。(P30) (霊魂の奥底には過去世の体験が記憶されているが、その体験が、現世の体験とともに、巧くつながり、柔軟に消化されないと、記憶上、現世の経験として歪な形で残る。これが、身体には関節に歪な形で現われ、排泄器官の腎臓には、歪な消化後の排泄物として残り、関節炎や糖尿病を誘発するようである。 簡単にいえば、過去と現在のつながりだが、タイムマシンのように過去の記憶と現在の記憶を司るのがエーテル体だという。エーテル体の成長が、約7歳から約14歳の成長期に主に行なわれるという。そして、その記憶のネガとポジが逆になるのが、大体35歳から45歳のときで、記憶の矛盾から身体に硬化症を誘発するという。) 早期教育と硬化症や男性の脱毛の関係(改変) 現代人の唯物的な判断に対して、純粋に霊魂の進化に即して確固とした態度をとるのは非常に困難である。霊魂の進化に即した方法で子どもを教育しはじめると、子どもは今日要望されているよりも、字が読めるようになるのが遅くなるからである。 (人智学(シュタイナー)教育で有名な)ヴァルドルフ学校から他の学校に転校すると、他の学校の生徒が既に習っていることの多くを、転校した子はまだ教わっていないことになる。しかし、唯物論的な時代に合った考え方から、8歳の子どもが何を学ぶべきかについて決めるのは、成長した後に多くの病因を生じさせることになる。 つまり、幼いうちに字を読むのを学ぶのはよくない、ということが教育上重要である。 幼いうちから字を読むことを学んだ子どもの心身は、大人になると荒廃する。幼いうちから字を読むのを学ばせるのは、魂にあまりに早く抽象性をもたらし、魂を硬直化させる。もし幼い子どもに読みを教えなかったら、硬化症等になる人はいまよりもずっと少なくなるだろう。 様々な形で現れる全身の硬化症の類は、幼い子どもに読みを教えた結果なのである。他にまだ様々な事例があるが、重要なのは心魂-精神の自然な発育に適った授業は、予防医学的にも身体に作用するということである。 心魂-精神の進化に沿って、授業のカリキュラムをどのようにつくるべきかが理解できると、子どもを健康にすることも同時に学ぶことになる。もし、もっと健全な方法で授業がおこなわれていたら、若くして頭が薄くなる男性も増えなかったはずである。(P106) 人智学から見た家庭の医学 高等教育と男性の脱毛との関連(改変) 唯物論的な世界観は、今日、偉大な成果をもたらしているが、それよりももっと大きな文化(文明)との関係を考察しなくてはならない。そうすると、全く別の観点をもたらす。 子どもにどのような教育を受けさせれば、老化現象が早まることから守れるかをよく考えるべきである。 社会上の階級とは全く関係なく、上流階級に属する人々も30代で既に恐ろしく禿げた頭(鬘)で歩き回っている。高等教育において詰め込み教育されたことが、その原因である。霊魂の進化に従って、生命力をもつように教育すれば、全身もしっかり健康が保たれるようになるので、その方が遥かに賢明である。(P35) 精神病は肉体の病である(改変) 「精神病」と呼ばれる病気が遺伝することを、現代人は不思議に思うが、身体の機能が正常に遂行されていないことで、精神病になることからわかる。精神は病気にはならない。心魂も病気にならない。精神病とは、肉体の病なのである。 (もっと言うなら、4つの体のバランスが崩れた病。) 「精神病は遺伝する」と言うと、現代人は不思議に思うが、確かに精神病は遺伝する。 両親、特に母親が結核の類、もしくは例えば動脈硬化を患っていると、子どもも結核、もしくは動脈硬化になるという遺伝ではなく、子どもは精神病になるという遺伝である。この遺伝を、現代人は不思議に思う。 精神病を患った子どもが、若いときに動脈硬化になることは稀だが、成人すると、多くの人が動脈硬化になる。 この遺伝は、唯物論全盛の現代人にとっては不思議にみえるだろう。遺伝は、はじめは頭部を通る必要がある。母親が結核だった場合、肺病の結核はそのまま胎児の肺に行かず、まず頭に移行する。胎児のときには、肺は頭から形作られていき、肺はまだ活動していない。 この遺伝の法則を理解すれば、両親が患っている病気とは全く別の病気が遺伝することに驚くことはない。(P108-P109) カルマの開示 彗星(改変) 彗星が地球を照らす際、その背後にも霊が働いている。例えば、ハレー彗星がどのような霊を示していたかを、人智学から述べることもできる。ハレー彗星は、新たな唯物論への意識を外的に表現する霊であった。地球圏内に来るたびに、ハレー彗星は新たな唯物論への意識をもたらす。 唯物論への意識は、ハレー彗星の接近と平行して生じる。ハレー彗星の霊がもたらした、その新しい意識を実証できる。1835年のハレー彗星の接近に続いて19世紀後半に唯物論の流れが生じた。ハレー彗星が接近する前には、フランス百科全書派の唯物論的な啓蒙運動が起こった。このようにハレー彗星の接近と唯物論の興隆には関係がある。(P42) 百科全書派 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E7%A7%91%E5%85%A8%E6%9B%B8%E6%B4%BE ルシフェル(改変) 「地球」の進化のなかではじめて、人類はルシフェルらの悪魔に感謝しなければならない出来事が生じた。ルシフェルたちが、地球の危機的な時代に人類を導いて地球から退去させた。 「地上に危機的な時期がくる。だから、君らは地球から退去しなければならない」と、ルシフェルたちは人類に語った。 ルシフェルたちは、当時の人類のアストラル体のなかに、悪の可能性への意識と同時に、自由の可能性をもたらした。そのルシフェルたちが、人類を導いて、地球から退去させた。当時、人類が地球から退去していなかったら、人間は、当時の姿のままだっただろう。(P71) (動物の意識をもったままの人間という意味だろう。) ルシフェルの侵入(改変) 「地球」の進化のある時期に、ルシフェルの力が、人間の進化のなかに入ってきたことを、人智学は解き明かしている。ルシフェルたちは「月」紀の進化段階で宇宙の進化から遅れ(落第し)、「地球」紀の進化段階の基準に達しなかった。 (ルシフェルらは、月紀の人間が落第した魂。地球紀の人間の魂も、次の木星紀の基準に達しないと、落第する。) この堕天使たちの落第を通じて、人間のアストラル体に、自我が適切な形で働きかける前に、ルシフェルたちから流れ出た意識が植えつけられたために、ルシフェルたちの影響は、特に人間のアストラル体(心)に作用した。その影響を、いまも人間はアストラル体に受けつづけている。 このルシフェルの影響は、人間の進化に様々な影響を与えている。人間がルシフェルの力を受け入れたことで、ルシフェルの影響がなかった場合よりも善良でなくなったということが重要である。ルシフェルの影響がなかった場合よりも、人間は激情や情念や欲情から行動するようになった。 (理性を失った。戦争や金儲けなどがそう。) このルシフェルの影響の結果、人間は影響がなかった場合よりも深く欲望の世界に没頭することになった。人間は、ルシフェルの影響がなかった場合よりも深く地上の世界に誘惑されるようになった。ルシフェルの影響がなかった場合よりも深く肉体のなかに入り込み、肉体と自分を同一視するようになった。 もしルシファーの影響がなかったら、地上で様々なものを望むように人間が誘惑されることもなかった。人間はルシフェルの誘惑の影響を受けずに生きられただろう。 ルシフェルの影響を通じて、外(物質)的な感覚の世界への誘惑が生じた。この誘惑を、人間は自分のなか(精神)に受け入れた。自我を通じて与えられた個性は、ルシフェルの原則から発する作用に浸透された。人間が最初に受肉したときにルシフェルの原則の誘惑に陥り、その誘惑を後の人生にも伴っていった。つまり、人間がルシフェルの誘惑に陥ったことが、人間のカルマ(輪廻転生)の一部となった。(P118-P119) マラリア、ジフテリア(改変) 死後の欲界期(地獄)に、人は、生前の自分のあまりにも強固な自我の感情(我侭)、あまりにも強固な自我の思い込みの自負心(独りよがりのプライド)からの行為を振り返ると、自我の感情(我侭)を和らげ、自負心(プライド)を弱める必要性を感じる。 前世の経験から、自我は、物質(肉)体、エーテル体、アストラル体という身体のなかで、独善的になり、他の3つの構成体から嫌われ、その反発を感じることなく、身体を仲良くスムーズに制御できる来世を求める傾向にある。自我は身体からの拒否感を受けないために、自我自らが謙虚になるために、来世であえてマラリアに罹るハンデを選択することもある。 人間の魂(自我)が、自らに課した病気を克服し、自然治癒力(覚醒意識)を発展させることにより、人生を向上させる(神的合一の)力を得るために、欲界期での体験(反省)を通して、来世で様々な病気になる機会を探求することを示す多くの例を人智学により挙げることができる。 前世において過激な行動をした人はその行動を、死後の欲界期に再び体験することを前に話した。その結果、来世では過激な行動を身体のなかで克服し、前世の行為を代償する(埋め合わせる)体験を獲得しようとする傾向が生じる。 このような前世での感情過多な過激な行動により、カルマのなかに縺れがあると、例えば、特にジフテリアに罹る来世を選択することがある。(P116-P117) 死の原因(改変) ルシフェルの影響が、カルマの法則での原因となって、人間が死ぬようになったことがわかる。(P264) (宇宙霊にとっては悪行「物質欲」は受け入れられないものだから。霊界は、物質界とは全く正反対なので、物質界の法則を持ち込むことはできないから、霊界に入るには、物質は崩壊する必要がある。物理学的にいえば、霊界は負のエネルギー領域なので、いかなる正のエネルギー性「物質形態」を持ち込むことは不可能なのである。) ☆ ☆ ☆ 次回に続く。
2014年03月19日
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巷のネットでは、ニセユダヤの悪巧みが続々と明らかになっている。なんでも消息不明のマレーシア機には、TPPに反対していたマレーシアの農水大臣が乗っている(た?)そうである。 マレーシアとの関連は米軍が関わっているという以外あまり定かではないが、ウクライナの大騒ぎで、米国はロシア制裁を息巻いているが、茶番もいいところである。昨日のあほあほステーションのあほあほ解説者などは中国を救世主のように言っていたが、いままで散々米国に苛められてきたプライドの高い中国が、米国に怨みこそあれ、米国の味方などするわけがない。 米国はロシア制裁といって、ロシアに関わる金融機関や企業活動を停止すると息巻いているが、それこそ、戦国時代の信長が、謙信の重臣の柿崎が戦上手なので、裏切りのニセ情報をリークさせ、謙信に猜疑心を起こさせて、殺させたように、ロシア絡みという情報リークによって、米国企業を追い詰めるネタをやるようなもんである。金融凍結されて怖いのは、むしろ中国上層部という噂で、中国上層部を制裁したら、中国支配層が益々反米になるだけである。 中国首脳は、自分たちの資産が凍結されるのが怖いので、米国の味方のふりをしているにすぎない。 逆に米国が中国に擦り寄るようなことがあれば、反中で凝り固まっているわが国のアホ総理が、靖国参拝以上の反米行為をやらかす可能性は大いにありえるところで、米国債を売る可能性も現実味を帯びてくる。 いずれにしろ、米国ニセユダヤの世界支配は崩壊寸前であることがわかる話を、御馴染みのサイトから以下に抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ ニュースの真相 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/ ウクライナ問題で明らかになった事(まとめ) ウクライナ南部のクリミア半島の住民投票で、ロシアへの編入を希望する住民が95%を超えているそうです。 ロシア編入を承認=賛成95%、クリミア住民投票―17日に申請手続き開始も 【シンフェロポリ(ウクライナ)時事】 ロシアが掌握したウクライナ南部クリミア半島で、ロシアへの編入の是非をめぐって16日に行われた住民投票は、選管当局が公表した暫定結果でロシア編入への賛成が95.5%に上り、承認が確実になった。投票率は82.71%に達した。 自治権を拡大した上でウクライナにとどまることに賛成したのは3.5%、無効が1%だった。投票所の半数からの集計をまとめた。 クリミア自治共和国のアクショノフ首相は、自治共和国議会が17日、ロシア編入に向けた正式な申請書を用意することを明らかにした。議会代表団は同日、ロシアに向かうという。速やかにロシアとの編入手続きに入り、既成事実をつくる狙いとみられる。 欧米の再三の警告にもかかわらず、住民投票が強行されたことで、欧米とロシアの溝がさらに深まるのは必至。欧米側は対ロシア制裁を本格発動する構えだ。時事通信 3月17日(月)5時48分配信 http://www.freezepage.com/1395042203RCADWRLGDJ ウクライナについては、欧米=ユダヤ金融勢力が起こしたインチキ革命であった事が、もはや世界中にバレてしまっています。 (って言うよりも、歴史を紐解けば、革命と名のつく物は、ほとんどユダ金の捏造なんですけどね。) ▼ウクライナへの欧米関与の証拠がネット上に流出! http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140306/1394098954 ▼「ウクライナ革命」についてどう考えますか? - ロシアの声 http://japanese.ruvr.ru/poll/129271970/ それでも、母国ハザール汗国の版図と天然ガスパイプラインの利権、ドル&石油体制、そしてユダ金支配体制を諦められないユダヤ欧米は、「ロシアを制裁するぞー!」とキャンキャン吠えまくる訳です。 コレに対してプーチン ロシアは、実力行使! 米国債の一部を売り浴びせながら「おい、ユダヤ米国!次に何かやったら、全部売り浴びせて、米国を破産させたるぞ!」 さらに、ユダヤ欧州には「天然ガスの供給、止めたろか?」 すでに、米国債は暴落し始め、一般投資家も売りを強めているようです。 ▼プーチンロシアの対米制裁! http://richardkoshimizu.at.webry.info/201403/article_114.html ▼外国人による本格的な米国債売りが始まった!? http://richardkoshimizu.at.webry.info/201403/article_118.html さてさて、この辺で今回のウクライナ問題で、明らかになって来た事をまとめます。 1,世界の覇権は、完全に欧米からロシアと中国に移った 2,基軸通貨は「有事のドル」から「有事の円」に移りつつある 3,エネルギーは、石油から天然ガスに移りつつある つまり、欧米が世界を支配していた時代は終焉を迎え、ロシアと極東が世界を良い方向にリードしていく時代に変わりつつある!という感じでしょうか? ☆ ☆ ☆ というように、ロシアのプーチンは、ドラマ水戸黄門の黄門さまのようにみえてくるんですなぁ。ユダ金は、悪徳商人の越後屋か、米国やEUは悪徳代官のような感じにみえるわけですなぁ。それもこれも、マスゴミがデマしか流さないせいでしょうね。続いて、マレーシアの件。 ☆ ☆ ☆ マレーシア機行方不明事件の続報 先日、マレーシア機の行方不明事件は、JAL123便事件や大韓航空機撃墜事件のように、米国ユダヤ金融勢力のテロではないか?という記事を投稿しました。 ▼マレーシア航空MH370便失踪とJAL123便事件と大韓航空機撃墜事件 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140313/1394672500 ▼米国の政府機関停止とテロの関係 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20131001/1380599863 ▼米国デフォルトの先延ばしと米ドルという通貨 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20131017/1381971028 今回は、その続報です! 消息絶った後、西に6時間半飛行 マレーシア機 故意に通信切断か 2014/3/15 21:06【シンガポール=菊池友美】 マレーシアのナジブ首相は15日、緊急記者会見を開き、南シナ海上空で消息を絶ったマレーシア航空機は「何者かが機内の通信装置を意図的に止めた可能性が高い」と発表した。同機は消息を絶った後に航路を西に変え、少なくとも6時間半以上飛行を続けたことも判明。ハイジャックなど犯罪行為が起きた可能性が強まった。ナジブ首相は「乗員・乗客の捜査を強める」と話した。同機が8日午前1時すぎに消息を絶ってから一週間が過ぎたが、15日夜も機体の行方は判明していない。当局はテロなどの犯罪、整備不良や操作ミスによる墜落の2つの原因を念頭に調べてきた。15日の首相会見で強まったのは犯罪との見方だ。 ナジブ首相が明らかにしたのは(1)何者かが意図的に通信装置を止めた(2)消息を絶った後に西に航路を変えた(3)8日午前8時11分に衛星が機体を捉えた――の3点。何者かが追跡を防ぐための工作した疑いがある。ナジブ首相は「(クアラルンプール発北京行きの)同機が航路を外れて西に向かったことを確認した」と明言したが、衛星が機体を最後に確認した場所は絞り込めていない。(1)タイ北部からカザフスタン、中央アジア南西部のトルクメニスタンの国境(2)インドネシアからインド洋南部のどちらかの可能性を指摘した。想定される一つは乗客が操縦室に入り込み、航路を無理やり西に向けたハイジャック。ハイジャック犯自身が操縦したか、機長らに航路変更を強要した可能性がある。 国際刑事警察機構(ICPO)は盗難旅券を使って搭乗した2人の旅客はテロ組織との関係は薄いとの見解を示す。だが、同国政府は搭乗していた239人全ての身元を再調査し、テロや犯罪組織との関係を洗い出す考え。関係各国に情報提供を要請した。 もう一つ想定されるのは乗員が意図的に機体の行方をくらました可能性だ。マレーシア当局が機長らの家宅捜索に踏み切ったとの情報もある。 いずれの場合でも、通信を切断し、管制などの捕捉を逃れて飛行を続けたことから、飛行機の操縦に精通した人物が関与していたとみられる。乗員・乗客の犯罪歴や職歴などの精査が捜査進展のカギを握りそうだ。 マレーシア当局は、行方不明の機体の捜索も続ける。機体が西に向かったとの情報に基づき、これまで重点的に調べてきた南シナ海を捜索対象から外した。捜索範囲は中央アジアまで広がり、機体を見つけるまでは時間がかかるおそれもある。 http://www.freezepage.com/1395101247POYQLUBYUR さてさて、現在までの総括記事です! 内容を要約すると、マレーシア機が行方不明になって、見つからない原因は・・・ (1)何者かが意図的に通信装置を止めた (2)消息を絶った後に西に航路を変えた (3)8日午前8時11分に衛星が機体を捉えた マレーシア政府は、墜落とテロの両面で調査を続けて来たが、上記3点から、テロの可能性が強いという事です。 つまり、何者かがマレーシア機をハイジャックして、意図的に通信装置を止め、西への針路を強要した! もしくは、乗務員自らがマレーシア機をハイジャックしたのではないか? という感じでしょうか? まあ、ボーイングなので、外部からの遠隔操縦に強制的に切り替えてしまえば、ハイジャックの必要もないという話もありますがw いずれにしろ、マレーシア政府は、マレーシア航空MH370便は墜落しておらず、ハイジャックされて、どこかに着陸しているのを確信しているようです。 オブラートに包んでの発言ですが、何者かにハイジャックされて、西に向かって6時間半飛行した!と言っている訳ですね? で、西に数時間のところに何があるのかと言うと・・・ およよー? ナント米軍基地があるではないですかー?w ▼えーこちらがディエゴ・ガルシア島でございまして、米国という国の空軍基地があるみたいです。 http://richardkoshimizu.at.webry.info/201403/article_122.html そして、この件をとっくに嗅ぎつけている世界の警察プーチン・ロシアが、インド洋のパトロールに向かっているそうです。 ▼ロシア太平洋艦隊船団、インド洋の軍事パトロールに向かう http://richardkoshimizu.at.webry.info/201403/article_135.html ☆ ☆ ☆ 世界の警察は、米軍からロシア軍にかわっているということなのである。
2014年03月18日
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以前、天文学的資産の金持ちは、仮想経済に依存しているので、仮想社会を生きていることになることを紹介したが、いまや物質的な戦争の時代は終わり、仮想貨幣経済の戦争に突入していることが、巷のロシアによる米国債下落現象に現われている。 少し前、不正アクセスによる日本にあるビットコイン取引所が閉鎖に追い込まれた事件があったが、この手口は諸刃の剣で、仮想経済社会の自滅方法を曝したようなものだ! あまりに流通してしまった米ドルとビットコインは仮想経済社会では同じものといえる。 だから、まったくもって金融ニセユダヤの自業自得だと思う! ロシアの米国債保有順位は11位で、日本の保有量の10分の1なのに、大幅な下落なのだから、大量保有国の中国や日本の米国債がロシアの流れに加われば、米ドル下落の流れは、アベノミクス詐欺なんかで止められるわけはなく、たちまち吹っ飛んでしまうことだろう。 アベノミクスとは、日本円を米ドルのように流通させ、天文学的資産の金持ちをつくり、仮想経済依存にし、日本の実体経済を破壊することで、円を下げ、円が下がることで相対的にドルの下落を支えるという詐欺だが、米国債保有減少で、その手口が明らかになることも考えられる。 天文学的資産の金持ちが出たせいで、仮想経済社会のなかで、通貨による戦争がはじまっている。 そのことがわかる話を以下にいつもお世話になっている播州武侯祠遍照院さまのブログより抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 播州武侯祠遍照院 http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/CommentForm/2224/ *WSJの報じた米国債価格 先週末に米国債が急激に下落しましたが、この下落はロシアがアメリカの経済制裁を見越して、資金を撤退させた影響で発生した可能性が高いです。 ウクライナ南部のクリミア自治共和国をロシアが併合する方針を決めたことで、アメリカ側は反発して週初めにも大規模な経済制裁を行うことを発表しました。この経済制裁には資産凍結等も含まれており、ロシアの持っている10兆円規模の米国債もその対象となっています。そこで、ロシアは米国債が凍結される前に、米国債を売り払ってしまったということです。 もちろん、現時点ではロシア側は正式に発表したわけではありませんが、米国債の市場がかなり物凄い下落をしていることから、数兆円規模のお金が一夜で動いたことは間違いないと言えるでしょう。しかも、先週にロシア側は「経済制裁をしたら米国債を売るぞ」と警告していたので、今回の急落はロシアの売りが原因で発生したと推測されます。 それにしても、ロシアの持っている米国債は日本の10分の1にも満たないのに、ここまで相場に影響を与えているのが凄いです。日本もロシアみたいに、米国債を売れれば良いのですが・・・(苦笑)。 ☆米国債チャート zerohedge.com URL http://www.zerohedge.com/ *赤線がロシアの売りと見られる暴落。☆Eyes turn to Russia on record drop in U.S. bond holdingsURL Eyes turn to Russia on record drop in U.S. bond holdings引用:(Reuters) - This week's record decline in foreign holdings of U.S. Treasuries has led some to speculate that Russia has been cutting its dollar reserves ahead of possible sanctions from the West due to its role in the Ukraine crisis.Foreign central banks sold an eye-popping $104.5 billion in Treasuries this past week - more than three times the previous record. Suspicions have centered on Moscow, but it is possible that other major holders of U.S. debt, such as China and Japan, could have been big sellers as well."The speculation is that Russia is reducing its Treasuries holdings ahead of any possible sanctions," said Shaun Osbourne, chief foreign exchange strategist at TD Securities in Toronto.A definitive answer will not be available until official data on holdings is released in the next couple of months.:引用終了*米国債の急激下落に関する海外メディアの報道☆ロシア、米国債をFRBから引き出しか? ‐ 安田 佐和子URL http://blogos.com/article/82446/引用: ロシアといえば、米国債保有高は2013年12月時点で1386億ドル。1位である中国(1兆2689ドル)や2位の日本(1兆1825億ドル)に遠く及びませんが、ロシアは11位なんです。 米連邦準備制度理事会(FRB)が預かる海外中銀の米国債保有高に、異変が生じていました。 週ごとにFRBが公表する海外中銀の米国債保有残高動向を紐解くと、3月12日までの1週間だけで1050億ドル縮小し過去最大の減少幅を記録したんです。 チャートで見ると、劇的なまでの急減です。 仮にロシアが主犯だとすれば、米国に対し売却への警告を発したのか。あるいは、米国による制裁を考慮してFRBから米国債を別の信託銀行へ移したと考えられます。 もしくは自国の通貨安に対応するため、エマージング諸国の介入という実弾として売却し始めたのかもしれません。 WSJ紙によると、3月12日週までの残高は2兆8550億ドルでした。2013年12月に3兆200億ドルと過去最高を遂げた後で減少に転じており、1月にトルコやアルゼンチンを中心に襲った通貨安も考慮に入れなければならないでしょう。:引用終了☆ロシアから米国へ:我々に制裁を加えて困るのは米国だURL http://blogos.com/article/81662/引用: 今朝、こういうニュースが早速報道されています。 プーチン大統領のアドバイザーから米国へ警告: もしアメリカが我々に制裁を加えるなら、我々は米国債を投げ売りドルを捨てる準備がある。 プーチン大統領のアドバイザーというのはセルゲイ・グラジエフ氏のことであり、氏は更にこう語っています。 我々を制裁することで犠牲者になるのはアメリカの方だ。アメリカは我々との貿易を断つつもりのようだが、我々はアメリカとの貿易には全く依存していない。:引用終了 ☆ ☆ ☆ 以下は、ネットゲリラさんのブログから抜粋紹介。 ☆ ☆ ☆ http://my.shadowcity.jp/2014/03/post-4401.html ロシアが切札を握った FRBが保管している米国債が急減しているそうで、どうもロシアが引き出しているらしい。ただ、じゃあ、市場で売っているのかというと、そうとも言い切れないところで、経済制裁で凍結されるのを恐れて、手元に置いておこうという思惑とも考えられるわけです。 米FRB保管の外国中銀保有の米国債が急減、ロシアが引き出しとの憶測 アナリストの間では、ロシアが保有米国債を市場で売却したのでなく、米国外に移したとの見方もでている。 ブラウン・ブラザーズ・ハリマンのグローバル為替戦略責任者マーク・チャンドラー氏はリポートで「FRBに保管していた米国債を別のところに移しただけ」と指摘した。 憶測の真偽の確認は、数カ月後の公式データの発表を待たなくてはならないが、ロシアには、ウクライナ危機をめぐる米欧の制裁の影響回避しなければならないという事情とともに、急落する自国通貨ルーブルを下支えする必要にも迫られている。 ロシアの米国債保有量は11位だそうで、中国や日本みたいに大量に持っているわけじゃないので、そのままじゃ大した影響にもならないんだが、そこはプーチンなので、何か考えていそうだよね。中国から米国債借りて空売り仕掛けるとか、北方領土を日本に売って、代金を米国債で受け取るとかw ☆ ☆ ☆ いきなし切り札を切ることはまずありえないので、ネットゲリラさんの北方領土説が現実味を帯びてくるような気もするが、ヤクザのような米国ネオコンの売れない米国債詐欺商売に、被害国が消費者組合のように、米国債保有連合をつくって対抗策に出たとも考えられなくはない。
2014年03月17日
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前回の話から、輪廻転生の経験が多いほど、様々な人生を経験しているので、いまの自分とは異なる立場や考えを受け入れられる、つまり、平和な心をもてる、ということがわかる。 そのようなシュタイナーの話を続けて紹介する。 ☆ ☆ ☆ 小さな霊と話す子供(改変) 色々な問題を一度に取り上げずに、これまでの話を続けようと思う。この少年は他にも特殊なアストラル(心)体をもっていた。この少年は、私(シュタイナー)のところに預けられたときからすでに特殊なアストラル体をもっていた。特殊というのは、右の人指し指に小さな霊(アストラル)をくっつけていたからである。 この少年は、この霊のことをいつも「アッシーちゃん」(Bebe Assey)と呼んでいた。まるで普通の人と話しているかのように、この霊とまるで現実の存在のように話していた。この霊は突然変身し、狼男にも変身できたが、例えばライオンに変身し吠え続けた後、別の動物に変身したが、一番好みの変身はライオンだった。 このことから、少年のアストラル体が、正常な形で肉体の中に入ることができず、一部が外に残っていたことがわかる。実際、アッシーちゃんは、この子どものアストラル体の外に残った一部で、その子のアストラル体は、外に残ったその一片が垂れ下がっていた。 そして、その一片に外から四大元素霊(プラズマの火、気体の空気、液体の水、固体の土)が憑依し、この霊の客観的な(外からの)働きと子どもの内なる主観的な働きとが混ざり合い、融合していた。 だから、この子の教育には、この子のアストラル体が、肉体の中に完全には入り込めないでいることを知ることが大切である。 この子のように、自分のアストラル体を一部肉体から外に出せば、外に出たアストラル体はあらゆる種類の変身を遂げ、動物のような姿を示すだろう。実際、アストラル体が、肉体とエーテル体に半分、もしくは四分の三しか結びつき入り込んでいない場合、(自我の制御が及ばずに)その直ぐ傍で独立した形でいると、動物の姿になる。 この子の場合、そのような現象がはっきりと現れるように、アストラル体とエーテル体との調和を生じさせるのが非常に困難なのがわかる。(P139-P140) 教育は治療である(改変) 古代人にとって、治療とは、アーリマン、もしくはルシフェルの一方に偏向してつくられた人体を、善霊の働きを通して、アーリマンとルシフェルの中間に近づけることだった。アーリマンとルシフェルの均衡を保つことが治療だった。 (過度の覚醒意識か、過度の潜在意識かに傾いていた意識を、その中間にとどめることが治療とされたようである。前者は独占主義で、後者は妄想主義といえる。つまり、独占主義はアーリマンで、妄想主義はルシフェルといえる。) そして教育を通して、人間は一生のあいだ、この均衡をとるように促された。 (この均衡をとる意識をキリスト意識と呼ぶそうだ。) 古代人はどんな子どもの中にも病的と言える障害がある(意識の上で)、と考えていた。その障害は治療を必要とするので、治療と教育は古代では同じだった。現代に当てはめるなら、教育は、いわゆる健常者に必要な治療であり、治療は、いわゆる患者に必要な特別な教育であるにすぎない。 子どものこころとからだは互いに深く結びついているので、一般的な考え方の、子どもに薬を与えるとき、薬は子どもの身体だけに作用する、と思ってはならない。どんな薬も大人とは比較にならないくらい、こころにも本質的な作用を及ぼす。(P244-P245) 未完成な自我(改変) 人間の現在の自我は未完成であり、次の時代になって、はじめて(霊我として)現実に存在するようになる。 現在の自我はまだ赤ちゃんで、霊視者には、自己中心的な態度でこの世を泳ぎ廻る人の魂は、まるで愛に溺れる女性のようなビジョンとしてみえる。霊視では、自我の幼稚性は、愛に溺れる喜びを心のなかで感じている女性のビジョンのようにうつる。 そのような快感が生じるのは自我の未完成さをそっくりそのまま現わしている。というのも、女性にとって、赤ちゃんは腫れ物のようなものだからである。自己中心的な態度の魂を霊視すると、赤ちゃん(未熟な自我)をあやしながら胸に抱く女性の姿がみえてくる。そして今日の社会ではいたるところで、赤ちゃんをあやしながら胸の中に抱く女性の姿がアストラルの像としてみえてくる。 (聖母マリア像など。つまり、聖母マリアの像は、現代人の自我の未熟性を表している。現代人への警告や戒めなのである。残念ながら悪魔教では人類愛と偽善解釈されている。) 古代エジプト人たちは、有名なスカラベ(糞ころがしの昆虫)の像を作り出したが、このスカラベのような自我を少なくとも頭部に担っていた。 スカラベ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%99 (古代エジプト人は、肉体を糞のようにみていたことがわかる。つまり「糞ころがしの昆虫」が自我=霊魂で、肉体=糞をころがしているように人生の輪廻転生を捉えていたことがわかる。) 今日の人間は自我を赤ん坊のようにあやし胸に抱いている。現代人の日常の行為を、この霊視によるイメージと比較するのもまた、教育者にとってきわめて有益な教訓となる。(P250-P251) メルヘン論 目に見えない友だち(改変) 経験や体験が教えてくれることだが、子どもの心情は、しばしば自分の内面に、素朴な仲間のような友達を生み出すことがある。実際、この仲間は、その子どもの心情だけにしか存在していないが、その子どもに付き添って、人生の様々な出来事を一緒に体験する。 眼に見えない友達を携えて生活している子どもたちに心当たりのない人はいないだろう。眼に見えない友達については、次のように考えるのがよいだろう。 子どもたちが喜ぶような出来事が起きる際、その友達も立ちあっている。子どもが人生を体験するとき、眼に見えない霊の仲間や魂の仲間も一緒に参加し、もし「分別のある」大人が、子どもがそのような魂の仲間をもっているのを聞きつけると、子どもにそんな仲間は持たないように説教し、その仲間から子どもを引き離すことが子どものためとさえ考えるだろう。 しかし、そのような大人の説教が子どもの心情をどれほど傷つけることになるか、大人は実際の経験を通してしばしば思い知らされるだろう。その子どもが霊的=魂的な気分に対して敏感であれば、この悲しみは深いものとなる。子どもが病的に衰弱する場合もある。 このような話は、人間の魂の深い内(精神)の出来事として体験した現実のことなのである。 (恐らく、過去世と関係があるのだろう。) グリム兄弟が伝えている子どもとひきがえるのメルヘン(童話)には、この体験が直接現れている。(P22-P23) (グリム童話を「ヒキガエル」でネット検索すると、以下の話があったが、この話なのだろうか? カエルの王様 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%88%E3%82%8B%E3%81%AE%E7%8E%8B%E3%81%95%E3%81%BE 日本のアニメの「ど根性ガエル」もシュタイナーが説くアストラル体の話として考えると、グリム童話のように、子どもの心情を捉えた作品といえなくもない。) ☆ ☆ ☆ 現代人は何万回と前世を体験してきたそうである。その体験は、魂のうち深くに残っているそうで、現世での体験が元になって蘇ることがあるそうだ。例えば、旅行していて、なぜだかわからないが、昔に来たような感覚に襲われることがある。そういう場合、過去世が影響している可能性も考えられる。
2014年03月14日
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世界平和と大それたことを言う前に、まず自分の心を人生の間だけでも平和にすることであろう。前々回述べたシュタイナーの教育の原理からすれば、自分の心も平和に出来ないやつが、世界平和などできるわけがない、というわけなのだ! 他者に求める前に、まず自分がそれを実践しているのか、それに値するのかどうか精査すべきである。 自分でもできないことを他者に求めるのは分からず屋の妄想屋である。 そういうような話を御馴染みのサイトに見つけたので以下に紹介する。 ☆ ☆ ☆ 世界が平和になるには 泣くな はらちゃん http://golden-tamatama.com/page-1.html 先日、金玉疎開村の人から「泣くな、はらちゃん」というドラマを教えてもらいますた。 泣くなはらちゃんとは、去年の丁度今頃放映されていたドラマのようです。 主演は長瀬智也(TOKIO) ヒロインが描く漫画の主人公が実体化して(ドラマ上の)現実の世界に現れ、創造主でもあるヒロインに恋をするというファンタジー作品である。 動画もありますた。 (動画はリンク先を参照してくだされ。) 泣くな、はらちゃん #1 投稿者 yamutya1 そのドラマに出てた漫画がとても良かったのでここに張ります。 http://www.ntv.co.jp/harachan/sp02/0101.htmlから ギターの青年 はらちゃんは言います。 僕は誰にも干渉したくない。だから僕にも干渉してこないで欲しい。 そうすれば、みんな平和に生きていけるだろう。 でも、現実は、そうはいかない。ほっといてくれない。干渉されないで生きることなんて不可能だ。 ブログでさえそうなのです。個人ブログを書いているとあーだこうだと。攻撃をしかけて来る人もいる。 会社で働いてたりしたらもっとでしょう。 だったら、平和な世界を作るには、敵を排除するしかない。 (敵は敵ではなく、自分の影的役割である。自分の心に闇があるから、敵にみえるだけ。) この世界の争いとはそういうところから始まるのでしょう。 苦しみの元。争いの元とはなんでしょうか。 先日面白いことがありますた。 まぁ、イベントをやった訳ですが。 面白いと言っては申し訳ないのですが。 ワタスはその講演会は成功だと思った。 大雪の中でも多くの人が来てくれて、それなりに満足してくれた。 感謝のメールも来た。 しかし、スタッフの中には、失敗だった。 お客さんを待たせて、嫌な思いをさせてしまった。 段取り悪すぎる。 等々の意見がありますた。 人によってぜんぜん見方が違うのだなぁと改めて思いますた。 ある人はその公演内容が全てだと思い、ある人は観客のもてなし方が全てだと思う。 ある人は、ある程度の対応で十分だと思い、ある人はこんな接客じゃダメだと思う。 何を優先して考えるか。どのレベルまで良しとするか。 優先順位と程度の差。 人の物の見方には、人の数だけある。 見る人によってある事象に対する評価は、180度変ってしまう。 ものの見方。 コップを上から見るか、横から見るか。はたまた下から見るか。 違う形にみえる。 でも、全部の見方が正しい。 それぞれが正しい。 ただ、違う方向から見てるだけ。 それがネガティブだとかポジティブだとか全然関係ない。 一つのものの見方に固定した瞬間に苦しみがおきるのではないでしょうか。 (全部の見方を集めてきてくっつけたのが正しい。だから自然高次元にならざるを得ない。) 日月神示が良く「理屈悪ぞ」と言います。 ワタスは、人々の心の中には日々浮かんでは消える心の波がある。 でも、その波を固定してしまうと苦しくなる。 それを理屈と言ってるのだと思っています。 (自己意識とは、固定した見方から生じるわけです。しかし、その固定した見方のなかに、自己はないのです。脳が情報を集めてきて鏡のように映しているだけなんです。) 思いは、一瞬一瞬で違うものです。 そうだね。 そういう見方もあるよね。 私はこういう見方をしていたけど、あなたの見方も正しいよね。 全てのものの見方、思いを受け入れる心。認め合う心。 その心が広まれば戦争なんて起きない。 愛とは、全ての波を受け入れること。 調和のこと。 それが、この世界の一切の苦しみを溶かす鍵だと思ってます。 この漫画を見てそんな風に思いました。 本当にありがとうございますた。 ☆ ☆ ☆ という話を、シュタイナーの自己意識=認識の話から考えれば、自己意識というのが幻想であることがわかる。 よく自分の意見に固執しがちだが、その意見が他に採用されなかったとしても、自分の存在が死ぬわけではない。むしろ、採用されないからこそ、自分の立場を個性として明らかにしてくれる。 例えば、静岡側からみた富士山が本物だと静岡県民が主張すれば、いやいや山梨側からみた富士山が本物だと対抗して山梨県民が主張するだろう。そうすればせっかくの富士山も闘争の道具となってしまう。 お互いが相手を認め合い、なるほど静岡側の富士山も見事ですなと山梨県民が絶賛し、また山梨側の富士山も静岡側にはない良さがありますね、と自分たちからはみえない景色に気がつけば、静岡県民の視野が拡がるわけである。そうすれば、富士山は、両県民の共通の美しい景色として象徴化される。 この話は、山岡鉄舟の「晴れてよし 曇ってよし 富士の山 元の姿はかわりざりけり」という詩の意味にちなんでいる。 人は、自分の予測(期待)が外れると意気消沈するが、そんな予測(期待)は人為であり、自然は人為などなんとも思わず、ただ自然の心(四季や天候)に従っているから、人為(願望)を自然に強要するのが間違っている。 誰が富士は晴れていないとダメだと決めたのだろうか? それは人間側の一方的な都合だろう。晴れていない富士も富士に変わりはなく、それら全てを含むのが本当の富士で、富士山を楽しむ心なんである。 領土問題も、この富士山の見方の問題となんら変わりはない。要するに他の見方を拒絶する心の貧しさに問題がある。 つい最近問題になった浦和レッズの一部のアホサポーターによる人種差別横断幕もこの心の貧しさにある。 これとは逆に、どんな観点やいかなる立場も受け入れるのが、おもてなしの心である。おもてなしの心は、心の豊かさにある。それは物質的に恵まれない生活のなかで節約をし、どんなものも生かそうとする勿体無いの心がけから生まれる。 つまり、心がけ次第で事実は180度かわるわけで、ハサミと馬鹿は使いようというか、平和も戦争も人類の心がけ次第ということだろう。 全体という心の土台があってはじめて、自分という自己があることに早く気づくべきであろう。 自分は正しいと思っているその自分とは、実は自分ではないのである。これまでの経験から自分かのように思い込んでいる錯覚にすぎなく、少なくとも全体の一部にすぎない。一部をみて、全体をみたというのは嘘つきである。 この国には金持ちは確かに増えたが、それに比例して、心の貧しさも増加している。その典型が極右である。極右の主張は、一面しかみていないのに、正しいと主張するから闘争の道具となる。
2014年03月14日
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日本の外交は幼稚だとよくいわれるが、その要因は、厳しい現場からの叩き上げで、外交という重要な地位についていないからであろう。要するに不正なんである。 これまでは米国のいうなりにやればよかったが、それは米国からみれば、子ども扱いということで、一人前ではないということであった。米国はカネしか頭にないから、日本は子どもだが、金づるなんで、利用価値があったというのが本音だろう。 だから、アホのようなおのぼせさんがでてきたから、米国の怒りは相当であろう。 しかし、この見方もあくまで米国が強かった時代の見方にすぎない。悪が永遠と栄えたためしはない。永遠に続くかと思われたローマ帝国もあっけなく滅んだ。 つまり、アホのようなおのぼせさんがでてきたのは、米国の強引なやり方がもはや通用しなくなったということも意味するのである。 米国の正当性がインチキだったということが、世界中に知れ渡った! さて、そのような話を、御馴染みのサイトから以下に紹介する。 ☆ ☆ ☆ マレーシア航空MH370便失踪とJAL123便事件と大韓航空機撃墜事件 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140313/1394672500 すでにご存知かと思いますが、マレーシア航空MH370便、ボーイング777機が失踪し行方不明になっています。 マレーシア航空MH370便、失踪の謎 2014年03月12日3月8日未明に失踪したマレーシア航空MH370便「ボーイング777」の捜索範囲は、マレー半島の両側まで拡大。8カ国の協力の下、24隻以上の船舶、9機の航空機が投入されている。水深の浅い海域を中心に4日間にわたる捜索が続いているが、なぜ1つの痕跡も見つからないのだろうか。まず、初動の捜索海域が間違っていたようだ。 マレーシア軍高官が11日にロイター通信に明かしたところによると、現地時間8日未明に民間の航空管制センターのレーダーから姿を消した370便は、1時間余り後に本来の飛行経路から針路を西に変え、数百キロ飛行していた可能性があるという。 レーダー追跡のデータを基に11日、軍は捜索範囲を広げ、マレー半島の西側、アンダマン海にも捜索チームを送る決定を下した。 マレーシア空軍のタン・スリ・ロザリ・ダウド(Tan Sri Rodzali Daud)大将はロイター通信の取材に対し、軍のレーダーがとらえた機影が最後に確認されたのは8日午前2時40分、マラッカ海峡北部のプラウ・ペラク(Pulau Perak)島付近と語っている。370便は失踪当時、管制センターに機体の位置を知らせるトランスポンダのスイッチが切られており、同日午前1時30分ごろに民間レーダーから姿を消していたという。当時はタイ湾上空約1万メートルを北東方向に飛行しながら、ベトナム沿岸部に接近していた。目的地の北京に向かう飛行経路だ。 新たな情報が手に入るたびに謎は深まるばかりで、失踪の原因究明がますます急がれている。海面に浮かぶ残骸による捜索範囲の特定はもとより、水中に沈む機体の発見は非常に困難だ。航空機遭難の場合、まずソナーや水路学の専門家の手に委ねられ、事故直前の挙動が辿り直される。だが千に一つの偶然もそうそう期待できず、数日が経過しても手掛かりが皆無の370便関係者は憔悴し始めているという。軍関係者からの新たな情報も、乗客・乗員239名を乗せたまま消えてしまった370便捜索の吉報となるかどうか、だれもが確信を持てない状態だ。 「捜索海域が間違っていれば、優秀な捜索チームでも事故機にたどり着けない」と、マサチューセッツ州にあるウッズホール海洋研究所でプロジェクトのチーフを務めるデイブ・ガロ(Dave Gallo)氏は語る。 ◆痕跡の捜索 海上に浮かぶ残骸の発見が待たれるが、捜索地点さえ正しく特定できれば、いずれ達成できると関係者は見ている。座席クッションや救命胴衣、断熱材、救命ボート、計器類が浮上すれば、機体が沈む場所を特定することができる。 地域でも高い海洋技術を誇るシンガポールは、ソナーを備えた潜水艇を送り込んで捜索活動に協力。10日には衛星データの提供を中国が申し出ている。 報道されたいくつかの痕跡は、いずれも370便とは無関係だった。8日夜、ベトナムの193キロ沖合で油膜が発見されたが、10日に船舶の燃料と判明。同海域では、事故機の尾部らしき長尺の物体が見つかったが、束ねられた木材だったという。 ◆捜索範囲の広さ また、行方を絶った原因が未だ不明という事情も捜索を困難にしている。軍の情報通り、針路を西に変えて数百キロ飛行していた場合は、1時30分前後に突発的な機器故障が生じたとは考えにくい。 だが、管制官との交信が途絶えた状況から、何らかの重大な問題が生じたのは間違いない。爆発物、または操縦が困難に陥るような重大な機器故障などが考えられる。空中爆発の場合は、残骸が広範囲に撒き散らされることになる。海面との衝撃で分解する墜落事故よりも、捜索範囲が拡大して痕跡の発見が極めて難しくなるだろう。 2002年、チャイナエアライン611便のボーイング747型機は、中正国際空港から香港国際空港へ向かう離陸直後に空中分解事故を起こしている。就航から22年経過した老朽機で、事故原因は機体の金属疲労のメンテナンス不備とみられている。台湾海峡に墜落した機体は、「極めて広範囲に散らばった」と、American Underwater Search and Survey社の副社長で水中探査の専門家ジョン・フィッシュ(John Fish)氏は、残骸を発見した当時を振り返っている。 Laura Parker, National Geographic News http://www.freezepage.com/1394668300FCRRDFYKEF さてさて、このブログを読んでいるような方なら、航空機事故で、しかもボーイング機と来れば、すぐに思いつくのが御巣鷹山のJAL123便や大韓航空機事件でしょうか? ▼ロシアの航空機事故とJAL123便事件と大韓航空機撃墜事件 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20131119/1384832821 JAL123便事件の目的は、端的に言えばプラザ合意への恫喝! 大韓航空機事件の目的は、マクドナルド議員の暗殺ですよね? (大きい目で見れば、両方ともドル体制の防衛、ユダ金支配体制の防衛になるのですが) 当然、すぐに考えなきゃいけないのは、JAL123便事件に対するプラザ合意、大韓航空機でのマクドナルド議員にあたる事etc. 1,マレーシアは、欧米ユダヤ金融勢力のゴリ押しを拒否してなかったか? 2,マレーシア航空機には、ユダ金にとって都合の悪い人間が搭乗していなかったか? 3,この事件を予め知ってて、インサイダーで一儲けしたヤツは居なかったか? この3つあたりでしょうか? そこで、1について、考えてみると・・・ およよー? 米国が、マレーシアに対して、TPPを強制していて、マレーシアが、強硬に抵抗しているではないですか? 2については、まだ詳細が分からないのですが、 3のインサイダーについて、調べてみると・・・ およよー? マレーシア航空の株が、事故の1週間前に空売りされて、20%も下落? むむむーっ? この事故で大儲けしてるヤツが居る??? ▼【マレーシア航空】一週間ぐらい前に、マレーシア航空株が大量に空売りされ、株価が20%下落したのは、 http://richardkoshimizu.at.webry.info/201403/article_78.html おーい、ユダ金! またまた、やりやがったな? ☆ ☆ ☆ ユダ金がやったという証拠がでてきたら、米国は一貫の終わりに思える。人殺しで金儲けばかりしている連中は本当に地獄に堕ちる自覚がないようですな。自称ユダヤ人のくせに無神論者なんでしょうか?
2014年03月14日
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これまでのシュタイナーの話から、人間の自我、つまり自己認識=意識がどのように生じたかがわかるだろう。 古代では、人間の意識は、宇宙の意識がそのまま反映したものだったが、ルシファーの介入により、宇宙意識とは全く正反対の脳がつくりだされ、あの世の霊界とは全く逆の物質界がつくりだされ、そこから情報を得ることで、自己認識=意識が生まれ、知性が芽生えたことがわかる。 この一連の流れを、聖書では、蛇による知恵の実を食べることのエバ、アダムへの誘惑として描写されている。 ルシファーたち悪魔は、人間に知性を与えた御蔭で、その知性(自己認識)を利用する権利を得たことがわかる。その名残が、人間のなかの我侭(自己認識の増長)として現われていることは容易に想像できる。 貧困者がいるのに、貧困者を救おうともせずに無視する金持ちなどは正に悪魔の申し子といえる。 いま巷で話題の研究者のパクリを非難しながら、自分たちのパクリや誤魔化しは隠そうとするマスゴミたち、他人のゴシップで、その他人以上の金儲けをするハイエナのような連中も悪魔の申し子といえる。 科学論文のパクリは御法度と偉そうにいいながら、内閣機密費で接待を受け、政府のいいなりのまま庶民虐めをしてきた御用学者たちもそうである。TV番組や報道はどれもみなパクリだらけではないのか? 金持ちが愚かなのは、いずれ自分も貧困を経験しなければならないということがわかっていないところにある。人生を一度切りだと錯覚しているからである。もし人生が一度切りなら、人類が直立するまで数万年とかかっているのに、生まれてわずか数ヶ月足らずで自らの足で立てるのはなぜだろうか? 動物では直立歩行できるものはほとんどいない。それは骨格の違いに現れる。では人間の骨格が直立するのに適した形状になったのは何故なのか? こういうことは、唯物論を基にした科学ではわからない。シュタイナーが説く霊魂から考える秘教学からでないとわからない。前回紹介したように、輪廻転生(陰陽)の法則から考えないと、真実、つまり、宇宙の意識はわからないわけで、宇宙の意識に通じる生き方をしないとダメなわけである。 この宇宙の意識に通じる生き方を秘教学では「霊的合一」とか、神通力とかなどと呼んでいるようで、古代ギリシア人のソクラテスが説く「魂の配慮」は、この宇宙の意識に通じることを本当の生き方としている。 当時の古代ギリシア人でもソクラテスのように本当に生きていたのは数人だったようである。だからソクラテスら少数は将来を悲観せざるを得なかったようである。人々が本当に生きていなければ、天国には昇天できずに、カルマ(輪廻転生)の法則に従い、地を這いずり回る蛇のように、やがてまた地に戻らざるを得なくなるからである。 というのも、天国(宇宙意識)は、物質界とは正反対なので、天国にも通用するような本当の生き方をせずに、物質界に染まれば染まるほど、天国が程遠くなるからである。 もし、ソクラテスが現代人をみれば、皆死んでいるというだろう。現代人が、ベッドの上に横たわり延命装置で物質的に肉体維持活動をしている植物のような人間をみて、この人間は生きているのだろうか?と思うように、古代ギリシア人の少数の霊視力をもっていた賢者からみれば、現代人のほとんど全てがこの状態にみえるだろう。 例えば、幽霊を信じない唯物論者がなぜ石コロの墓に入るのか?問いたい。そのような考えがどこからくるのか、そのような考え自体が既に死んでいるのではないか? 仏陀が墓をつくれといったのだろうか? 墓は何のためか、仏教徒のアホに聞きたい。 古代エジプトのピラミッドは墓ではない。ドリールもシュタイナーも説いているように、神殿であって、宇宙の意識と通じるための施設だったわけで、現代でいえば大学等の教育施設といえるだろう。 というわけで、シュタイナーの話を続ける。 ☆ ☆ ☆ 治療教育講義 肝臓の働き(改変) 現代の病理学が診断する様々な病気は、病気のあくまで外面の物質的な症状であり、その内面にある非物質的な働き(波動的な影響)は、現代の組織学では手の届かない、例えば肝臓などの臓器のなかを流れる液体の影響か、もしくは肝臓のなかを流れる気体の影響などに起因している。そのような場合、例えば、臓器をよく温めることなどが魂の営み(波動的な制御)を支援する。 だから、例えば、意志薄弱な傾向をもつ子どもを診た場合、はじめに次のような問いが必要となる。 「この意志薄弱さは、どの病気が、どの器官に影響したものか?」 この問いは非常に重要である。 対照的に、思考力のなさは、魂の営みの中ではそれほど重要ではなく、魂の営みを分析するなかで、大抵判明するのは、意志薄弱さである。だから、思考力がなくても、その思考力のなさが、どのくらい意志薄弱さに依存するのかを注意深く観察できなくてはならない。(P18-P19) そもそも肝臓は今日の生理学が記述するような物質的な臓器であるだけでなく、霊魂がイメージした内容を実行に移すための勇気を与える器官でもある。 (肝臓と胆嚢は近くにあるので、東洋哲学では、肝胆相照らすといわれ、肝=胆力、胆職ともいわれる。実行力のない腰抜けを、胆力がないともいう。) 例えば、実際に、電車に乗り遅れてしまうような人がいる。バーゼルまで電車で行くはずだったのに、その電車が眼の前に止まっても気づかずに、不注意にも、電車を見過ごしてしまう。このような意志薄弱さの特殊なケースを通じて、肝臓のなかに目にはみえない機能不全があることが明らかになる。 肝臓は心に抱いている観念を手足の行為に置き換える仲介の役割を果たす。この意味で人間のどの器官も何らかの霊魂と肉体との仲介役を果たしている。(P23) 子どもへの教育者の影響(改変) 教育上のある1つの原則が問題となる。それは全ての教育にとって必須の原則でもある。 「この世では、人間のどの構成体(自我、アストラル体、エーテル体、肉体)がどんな現れ方をしていても、現れ方に有効な影響を及ぼせるのは、それよりも一段上の高次の構成体である。」 (例えば、肉体に影響できるのはそれより一段上のエーテル体、エーテル体に影響できるのはそれより一段上のアストラル体というわけである。) ということである。 人間の構成体のどれも、それより上の高次の構成体を通してのみ有効な発達を遂げることができる。肉体を発達させるにはエーテル体の活動が必要で、エーテル体を発達させるにはアストラル体の活動が必要で、アストラル体を発達させるには、自我の活動が有効である。 そして自我には霊我の活動だけが有効である。人智学では、続けて、霊我以上にもわたって言及できるが、秘教上の行法に関わるので、いまは述べない。 では一体、この法則は何を意味しているのか? 或る子どものエーテル体が何らかの形で萎縮してしまっているのがわかったら、教育者は、自分のアストラル体を使って、その子どものエーテル体に良い影響を及ぼせるようにする必要がある。だから、上述の教育上の原則は、次のように図式化できる。 教育者のエーテル体---(作用)--→子どもの肉体 教育者のアストラル体---(作用)--→子どものエーテル体 教育者の自我---(作用)--→子どものアストラル体 教育者の霊我---(作用)--→子どもの自我 教育者のエーテル体は、子どもの肉体に良い働きかけができるような在り方でないとダメである。子どもの肉体に良い働きかけができるように、教育者が期間内に自身で充分に準備しなければならない。 教育者のアストラル体は子どものエーテル体に、教育者の自我は子どものアストラル体に良い働きかけができなければならない。 そして最終的には、現代の教育者には恐るべきことだが、教育者の霊我が問題になる。現代人のほとんどが自分の霊我が未発達なのを確信しているだろうが、教育者の霊我が、子どもの自我に良い働きかけをしなければならない。それが教育の原則だからである。 また理想的で善良な教育者でなく、悪しき教育者も、そして当の教育者自身が全然意識しなくても、教育者の霊我が実際に子どもの自我に働きかけを行なう。このように教育の実践は、秘儀の伝授でもある。 今挙げた例題は、萎縮した子どものエーテル体に教育者の健全なアストラル体が働きかける場合である。 このような場合、今日の教育者のアストラル体がどのように教育、つまり自己教育されるべきなのか? 人智学は現在のところ、ただその教育の刺激となるだけで、この問題に関わる全ての解決のためのセミナーを開くことはできないが、いずれにせよ教育者のアストラル体は、子どもの萎縮したエーテル体に良い影響を与えるような在り方をしていなければならない。 例えば、子どもの肝臓のなかのエーテル体が萎縮していた場合、子どもは常に何らかの意図を持ちながらも、肝臓の機能が不全なので、意志薄弱になり、行動する一歩手前で立ち止まってしまう。 そのようなとき、教育者が、アストラル体にある感情の全エネルギーをもって、子どものエーテル体の萎縮に内(精神)的に関わり、この萎縮を一緒になって感じ取り、自分の心を同調できれば、自分のアストラル体を通じて、子どものエーテル体の萎縮の状況をよく理解できるようになる。 そして次第に、子どもの意志薄弱な態度についての、主観的なあらゆる種類の共感や反感を消滅できるようになる。 教育者が自分の主観的な共感や反感を排除することは、教育者自身のアストラル体に良い自己教育的な働きかけにもなる。逆に例えば、子どもの意志薄弱な態度に対して、教育者がすぐに主観的な共感や反感を抱く限り、そしてどんなにわずかでも興奮させられてしまう限り有効な教育はできない。 例えば、行きたいのに行けないというような子どもの意志薄弱な態度は、いつでも病的な状態に至ることがあり、全くの病的な状態には、歩行能力さえもないようにみえることもある。教育者が、そのような現象を前にして、それを客観的に眺め、心を全く動揺させないで、そういう態度に心を同調できるようになったとき、子どもの傍に正しい態度で接することのできるアストラル体を持てる。 子どものエーテル体に良い影響を与えることができるアストラル体をもちさえすれば、後は、自然と正しい方向に進むだろう。教育者として意見を述べたりすることは、本質的には、子どもにはほとんど影響しないとはとても信じられないように思うだろう。自分が教育者として、どのような存在なのか、という人格性だけが本質的に重要なのである。(P40-P43) ☆ ☆ ☆ 説教を垂れる教師や坊主ほどダメということがわかる。自分がまず見本になって、感化させないとダメなんである。尊敬されるような人物になれば、子どもは自然とついていく。憧れのスポーツ選手やアイドルのマネをするのと同じである。 生徒に尊敬されるような教育者になるのが先決ということである。口でいっても聞かないのは生徒が心の耳を閉じているから当たり前である。まずは心の耳を開かせないといけない。
2014年03月13日
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晴走雨読4834さまのブログに、シュタイナーの「神秘学概論」が載せられていたので、前回まで紹介した。次に、同じようにシュタイナーの「アカシャ年代記より」を続けて紹介する。 やはりシュタイナーの本は、何度も繰り返し読んで、自分の言葉に置き換えてみることが重要に思われる。すると、自分の解釈の過去の未熟さを痛感してしまうので、それだけ成長していることでもある。 ☆ ☆ ☆ 知足自愛 http://blog.livedoor.jp/k12345kk-12345678910/archives/36252367.html 「アカシャ年代記より」 人間は、ルシファーとよばれる半超人の存在(悪魔)たちの働きで、宇宙からの力を、人間の魂の内へ向け、頭脳を進化させ、そして、この内的な器官である頭脳を外なる感覚(物質)界のために使用するようになった。 (外界を映し出す脳という鏡をつくった。しかし、脳が映し出すイメージは、宇宙「霊界」とはアベコベの世界である。だから、死後、肉体という脳を離れると、アベコベの霊界に人間の魂は帰っていく。霊界では、全てがアベコベなので、物質界での生活は通用しない。) 魂の内面を、霊のイメージそのままに直接充たすことは、人間の能力の及ばぬことであった。人間は増殖力を、半超人の存在(悪魔)たちから、欲望という基本的意識として植えつけられた。もし半超人の存在たちの干渉がなかったら、人間は、次から次へと夢を見続ける一種の夢想状態を続けていただろう。 悪魔たちからの影響を受けて、人間の魂が生み出す像は、外なる感覚界の模像となった。そして人間は、この鏡のような意識により、感覚界から(の情報を統合することで)自意識をもつ存在になり、更には外界の知覚内容に相応した行動を意識的にとれるようになった。 それ以前の人間は、過去の体験から生じる一種の基本的な意識(後の潜在意識)から行動した。外の環境と、内なる高次の存在たちの制御下の間に立たされていた。今や、半超人の存在たちの介入により、人間は外界から感覚的に自分というイメージをつくりあげ、その(自己)意識に従って、行動するようになった。このようにして、人間の自己意識という覚醒意識が、この世に現れた。これが「善と悪」のはじまりである。 その時点に至って、月が地球から分離した。 (この月と地球の分離とは、潜在意識と覚醒意識の分離でもある。これ以上、人間を悪魔の影響下に置かないように月と地球を分離した。) (中略) このような影響力は、人間の形姿の変化と結びついて進行する。月と地球の分離により、人間の意識は、覚醒意識(陽)と潜在意識(陰)に分かれ、それぞれが司る二つの運動器官のうち、その半分を、人体の下半身として作り変え、主として新陳代謝と生殖活動の担い手とした。 他の半身は上半身として作り変えられた。また他にも二つの運動器官は両手両足の前身になった。そして、それまでは新陳代謝活動による栄養摂取と生殖活動に用いられてきた下半身の器官が、上半身では、思考と言語のための器官(脳と咽頭)に作り変えられた。そして、人間は直立した。 (中略) 人間が直立した結果、人間の下半身全体が、今や高次の存在たちの手で霊的な陰陽の(カルマの)法則に見合うように整えられた。すなわち、これまで地球上で働いていた生産(増殖)力の大半が、月へと移ってしまったことで、高次の存在たちは、これまで人間の内部の意識(後の潜在意識)という精神の下で管理してきた生産(生殖)力を、男女という陰陽の意識の違いの両性の交合によって作り出さねばならなくなった。 秘儀を受けた導師たちによって、月が、生殖力の象徴とされてきた意味が、この月と地球の分離という出来事から明らかになる。 (中略) 実際に、高貴な神々の力が生殖という分野で、規則的に組織的に働いているのである。 すなわち「神の高貴なる力は、人間の本性(基本的意識)では、一見低級な力と共通している。」 下半身に次いで2番目にできた上半身の中に、人間は高次の存在たち(神々)が影響し得ないような能力を開発していた。この上半身を、今別の存在たち(悪魔)が支配するようになる。 (中略) 今、人間は、自己意識をもつことで、自らのなかに知性をもった。そこで、悪魔たちは、この知性を手に入れ、この知性を使って、地球の進化に働きかけようとする。悪魔たちが働きかける前、月の神々は、人間の全身に働きかけていたが、人間が自己意識をもって独立した後は、人間の下半身だけに働きかけている。 しかし、上半身には今述べた低級の悪魔の存在たちが影響を及ぼす。このようにして人間は二重の指導を受けるようになった。下半身に関しては、月の神々の指導を受け、新たに形成された上半身の人格については「ルシファー」という名前で呼ばれる存在たちの指導を受ける。 (中略) ルシファーのような悪魔的存在は、自分自身のためと、人間の知性を通して成し遂げられ得る全事象の教師となった。しかし、悪魔は、自分自身では何もできない、間接的な支配者でしかありえなかった。というのも、悪魔は、自分の中ではなく、人間の中に知性を育成できただけだからである。 (このことから、人間のなかでも、悪いやつは自分でやらず、他者にやらせる奴であることがわかる。) かくして地上での活動には、2つの方向性が生じた。1つの方向は月の神々(ヤハウエ)から直接発せられ、はじめから進化の法則として定められた理解(調和)のための叡智獲得の方向である。 (中略) しかし人間とかかわり合うルシファーのような悪魔たちは、人間が完全な覚醒意識の状態に達するのを通じて、人間から学び、自分たちも覚醒意識にまで至らねばならない。人間は、悪魔の指導の下で、自分という存在についてのカルマの法則を発見することを学びながら、人間自らもまた「神々のうちの1柱」足りえるような存在に進化していく必要がある。 自然は、法則に従って予測できるが、意志は法則には決定されない。例えば、ある化学的法則に従って、酸素、水素、硫黄が、ある条件下で化合すれば、硫酸が生じるが、その法則を働かせる条件を用意するのは人間の意志である。 未来の大きな事件、大きな運命もまた同様である。秘教学徒は、輪廻転生の法則に従って、事件や運命を予測できるが、輪廻転生の法則を働かせる条件は、人間の自由なる意志によってはじめて生み出される。 秘教学者は、人間の自由なる意志を通してはじめて達成される出来事も予測できる。この予測が可能となる理由については、次の記述が1つの観念を与えてくれるだろう。 ~自然科学による事実の予見と霊視認識による予見との本質的な区別を1つ明らかにする。自然科学は知性による洞察に基づくので、その予見も知性による、つまり判断、推理、推論などを頼りとする独自のいってみれば独りよがりの予見にすぎない。 対照的に、霊視認識による予見は、高次の神々の顕現による直観や認識から直接生じる。つまり、この世を動かしている神々と一体になり、その真意からの予見である。だから、その際、神秘学徒は、独自の思考や推論や思弁などに基づく意識全てを、魂の奥底から沸き起こるイメージから厳密に遠ざけねばならない。 例えば、今日の見霊者が魂の内で「観る」能力を発達させているなら、未来の人間の直観は、なんらかの肉体的な器官の形で現れるだろう。このような未来の肉体の形姿は、今日の見霊者が直観する現在の魂を反映した忠実な模像となるだろう。 そして、地球自体が進化を遂げると共に、地球人の未来の肉体も今日とは全く異なる形で現れるだろう。そのような肉体の形姿は、今日の人間の霊魂の中で準備されている。 例えば、今日の見霊者は、人間の肉体のまわりに光と色の雲のような、つまり「オーラ」を見るが、それは後になると、肉体の形姿に変化するだろう。それは今日のとは全く異なる種類の感覚器を生じさせ、未来の人間に新しい種類の知覚を可能にさせるだろう。 ☆ ☆ ☆ このように、シュタイナーは、宇宙をアベコベの鏡のように写し取った脳からなる偽の意識と、宇宙をそのまま忠実に写し取った霊魂の奥底にある本物の意識の違いを述べている。 つまり、悪魔がもたらした科学的知識と、神々がもたらした叡智による愛の違いは、前者が、宇宙をアベコベにみた脳を通じての錯誤の認識であり、後者が、宇宙の神々と「霊的合一=神人合一」した本物の認識で、両者が相反することを述べている。 要するに外見に囚われずに、中身をみるのが重要ということである。宇宙を動かしている神々の真意を探ることである。宇宙を動かしている神々の真意に通じて、自分をどう当てはめ表現するかであろう。
2014年03月12日
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前回の続きを書く予定だったが、巷がSTAP細胞で五月蝿いので、私見を少し述べておきたい。STAP細胞の騒ぎは、私の経験では昔の常温核融合の騒ぎと非常によく似ている。 常温核融合は、核融合には原子核をいわば電子殻から裸にする必要があるので、必須のプラズマ状態が、なぜ高温で生じるプラズマが、常温で生じたのかの理論的背景が乏しかったので、騒ぎは次第に沈静化していった。 科学誌のレフリーがいちいち費用のかかる実験を試行などできるわけがないから、実験というのは費用面から試行再現性に乏しい場合は、理論的背景が重要にならざるを得なくなるが、その理論的背景が乏しいと疑惑が格段に深まって騒動に発展する。 私も実験系の研究室に身を置いた経験があるので、実験というのが非常にカネがかかり、特に高額な予算を獲得しておいて、成果が乏しいと、強迫観念みたいなものに襲われることもありがちである。また、高度な実験ほど、実験馬鹿になりやすく、一種職人気質の技巧的要素が生まれ、実験者の技術に依存するほど、逆に再現性は乏しくならざるを得なくなる。論文に書かれているのと同じようにやっても結果が出ないことは日常茶飯事だった。 論文で書かれていることは、実験者の技巧的要素は省略されているので、同じようにやっても同じ成果が出ることはほとんどない。長年同じ実験をやっていると呼吸というか、コツみたいなものが出てくるので、そういうものは数字では表現できないからである。日本の中小企業の機械で再現できない技術をみればよくわかる。 だから、今回の場合、生理学を拡張したような理論医学の体系などが確立していればその説明によりある程度STAP細胞の問題点がクリアになったはずである。現代の生物学には統一的見解に乏しいところがあるので、特に細胞オタクと組織器官オタクの見解は月とスッポンのような違いがあるので、例えばガンについても、前がん状態や、発ガン性や転移性については、必ずしも見解が一致しているとはいえない。 しかしそのような背景があったとしても、確かゴミウリが都知事選を度外視して報道したのが発端だったと思うが、いかにもマスゴミの勇み足といった感が大きかった。ああいう場合、iPSとはどう違うのかという質問は当然起こるので、想定される質問に対しての答えを用意しておかないとダメである。 恐らく、反原発選挙にならないために、あのような時期尚早の発表をしたものと考えられるが、この国のマスゴミの出鱈目さがよく現われている騒動に思われる。歴史も出鱈目だが、科学報道の出鱈目さは深刻を通り越して呆れてしまう。 本来なら、マスコミが伝えるべき内容は都知事選だったはずであり、原発再稼動問題だったはずである。何がいま最も重要なのかという判断ができないから出鱈目で洗脳する騒動が勃発するのである。 マスゴミは裏取りもせずに勇み足をしてインチキばかり流しスケーブゴートして金儲けするので消滅すべきであろう。 さて、シュタイナーの話を続ける。 ☆ ☆ ☆ さて、低次の進化段階に落第した人間(魂)たちは自らのエーテル体(生理機能)があまりにも弱すぎたので、ルシファーの影響に充分対抗できなかったため、自分の内部に存在する「自我」の火花を勝手に増幅し、周囲に強力な、しかも有害な火(エネルギー)の作用を生み出した。 その結果、恐るべき地球の破局が生じた。当時の人間が住む地の大半が火の嵐に襲われて壊滅し、同時に邪道に陥った人たちも破滅させた。 (福島原発事故を彷彿とさせるが、この出来事は遥か太古のヒュペルボレアス時代の破局のことである。2012年終末説で話題になったマヤ人の説では火の破局と呼ばれるものである。) 現在の人体は、アトランティス時代に縮小濃縮し固体化された結果である。アトランティス以前の人体は、霊魂の本性(非物質)に忠実な模像として現れていたが、アトランティス時代の進化の中で、現在の人体に通じる肉体の前身が生まれた。アトランティス以後、人体は固体化してしまい、霊魂の特性をあまり忠実に映し出さなくなってしまった。 というのも、もともと霊界への憧れが(アトランティス時代以後の最初の文明の)古代インド人の魂の基本の気分だったからである。人間の本来の故郷は霊界にある、と、古代インド人は感じていた。外(物質)的な感覚から生まれる知覚とそれに結びついた(唯物的な)認識とが提供する物質界の中へ、霊界から(無理矢理に)移住させられたと古代インド人は思っていた。 超感覚界(霊界)が本当の世界で、感覚(物質)界は、人間の知覚が産み出す迷妄、錯覚(マーヤ)である、と感じていた。古代インド人は、あらゆる手段(ヨガ)を用いて、この本当の世界(霊界)への展望を開こうと努力した。 (中略) インドの「叡智の書」として今日残っている『ヴェーダ』は、古代インド文化の最初期の、ヨガで霊界参入を果たそうとした偉大な師たちに守られた崇高な叡智の本質をもはや描ききれず、その淡い残像でしかない。過去へと遡る超感覚の霊視だけが、当時書かれた書の背後にある書かれざる叡智の本質にまで到達できる。 人間には、脳を使用することで、物質生活のために一方的に働く能力がある。その能力は、遂には、現代の科学技術等を発展させてきた。この物質文化の起源は、ヨーロッパの特定の民族下で発見された。というのは、この特定の民族は、物質=感覚界についての関心を成熟させ、自然を有効利用するまでに、能力を育成したアトランティス人の後裔だからである。 (中略) けれども現在は、既にポストアトランティス時代の第6文化期の夜明けを迎えつつある。人類の進化は、第6文化期がはっきりと現れてくる前から、第5文化期の物質文明がゆっくりと成熟を遂げていく。現在既に始まりつつあるのは、人間の胸中にある二つの側面、すなわち物質文化と霊界での営みである精神文化とを結びつける糸を発見することなのである。 このために今必要なのは、霊的な直観(霊視)を獲得することであり、感覚(物質)界を観察し、物質界に働きかけを行いながらも、その背後の霊の啓示を認識することである。第6文化期は、両者の調和の実現に至るであろう。 瞑想時に求められる能力は、日常生活や通常の物質の認識に用いられる力よりも遥かに強い力を、魂の奥底から取り出せるように精神集中して、前世で体験してきた、しかるべきイメージに意識集中することである。その意識集中によって、魂は内(精神)的により一層活発になる。 (中略) 魂は、この意識集中により、自らのもつ真に独自の内(精神)的な本性(過去の体験)を体験するが、一方日常の覚醒状態での魂は、自らの力を十分に発揮しないで、肉体の助けをかりて意識を働かせているので、自らの内面を体験するのではなく、いわば~鏡像のように~肉体、もしくは肉体の機能が映し出す鏡像の中に、自分自身を見ているにすぎない。 (このような鏡像意識をもたらした霊がルシファーである。人間の意識は意識そのものをみるのではなく、鏡に写った意識をみている。) 高次の世界へ至ろうとする人は、修行を通して、以下の特性を身につけなければならない。 特に必要なのは、魂が思考と感情と意志とを別々に制御することである。この魂の制御能力を獲得する方法は、次の二つの目標に向かう修行である。第一の目標は、魂の中に、別の意識が生じたときにも、全体の意識が不動心、信頼感、公平さを失わぬように、別の意識の特性を魂にしっかりと刻みつけ(記憶し)ておくこと。 第二の目標は、この別の意識に内から支援するように、忍耐力を賦与することである。霊的修行者の思考については何よりも現実(物質界)にも適応できる態度が大切である。物質、感覚界での現実に、人生が即するようにと、全体の意識を戒めることが重要である。 魂が我侭で勝手な思考(妄想など)に耽ろうとしたら、人生にトラブルが生じ、そのトラブルを解決することで軌道を修正できる。そうしないと、物質界に適合した、まともな人生が送れなくなるからである。魂は、常に人生に即した考え方をするように促されている。 (霊能者と自称したり、宗教で金儲けなどすると、人生の道を外れるということ。) 魂のなかで独立した思考と感情を結びつけるためには「積極性」と名づけられるような肯定的な態度を身につける必要がある。 (中略) 誤謬、悪、醜があるからといって、真、善、美をそこに見出そうとする態度を疎かにしてはならない。この肯定的な態度と、無批判的な態度とを混同してはならない。悪や偽や、人の不幸に対して安易に眼を閉ざすことを求めているのではない。 (中略) 悪を善と見、偽を真と見ることは許されない。しかし善と真を見る眼を悪と偽によって曇らされてはならない。 次に、魂のなかで独立した思考を意志と結びつけるためには、これまでの体験や経験によって、新しい体験の自由な受容が邪魔されないようにする必要がある。 人間に生じる全事象は、人間とつながりをもつ偉大な宇宙の全事象を模している。誕生と死の間の人生の出来事や死から新たな生(転生)へと至る霊界での現象を理解するには、偉大な宇宙の事象を考察しながら、霊視により観察したイメージの内容を解読できなければならない。 このような宇宙についての考察を通して、人生を理解するための鍵も与えられる。従って、秘教学の意味において、土星紀、太陽紀、月紀を観察(霊視)することは同時に現在の地球紀の人間を観察することでもある。 霊聴を通して、高次の世界の諸存在同士の関係を認識できる。しかし認識を更に深めると、これらの存在の内面をも認識できるようになる。このような認識は「霊的合一(神通力)」と呼ばれる。 (中略) いま述べた「霊的合一」は、これまで述べてきた「霊的直観」とは、もちろん無関係に生じる。「霊的合一」は、光に最も充たされた最高の認識であり、人が完全な覚醒意識をもって、獲得できたときのみ正当性をもつ。人間の感覚的な対象を認識する方法は1つしかなく、それは、この対象の外に立って、外からの印象に従って評価することである。 (人間の外的な感覚は、対象を鏡像として外からしか認識できず、対象の中身を外から観察できない) 「霊的合一」による霊の存在の認識とは、その存在と完全に1つになり、自らがその存在の内面と直接結びつくことである。 「意志霊と叡智霊と運動霊」の共同作業によって、叡智が生じる。地球紀の全存在も地球紀の進化も、これら「意志霊と叡智霊と運動霊」の三つの霊たちの働きによって、叡智の下で生じ、叡智の下で、自己意識という自我は、他の存在たちと調和できる。人間は独立した「自我」を「形態霊」を通して受け取る。 この自我は今後、将来、地球紀の間に「叡智」に組み込まれるまた別の「能力」を通じて、地球紀、木星紀、金星紀、ヴルカン星紀の存在たちとも調和していくだろう。そのような「能力」とは愛の力のことである。地球紀の人間だけが、愛の力を初めて行使する存在なのである。それによって「叡智の宇宙」は「愛の宇宙」にまで進化を遂げなければならない。 土星紀、太陽紀、月紀を通して準備された叡智は、人間の肉体、エーテル体、アストラル体の中で働いている。それは「宇宙の叡智」として現れている。しかし叡智は、「自我」の中で内面化される。「外なる叡智」が、地球紀以後、人間において「内なる叡智」になる。そして叡智は内面化されると、愛の萌芽になる。 叡智は愛の前提条件なのだ! 愛とは、「自我」の中で再び甦った叡智のことなのである。 (本当のフィロソフィのこと。「叡智による愛学」ともいうべき。) 叡智による愛の実践の問題については、超感覚的な認識から観えるイメージを述べるしかない。そして、いま言えるのは、未来では、善と悪の二つの人間界が存在するだろう、ということだけである。 ☆ ☆ ☆ 次回に続く。
2014年03月08日
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巷はいまだウクライナのことで騒がしいが、米国が信頼を失ったのはオバマのせいではなくむしろネオコンらのオバカブッシュのせいである。911のヤラセがバレたせいで、金儲けのためならなんでもやるというようなニセユダヤたちの腐った精神にほとんどの人が呆れ果てたせいである。 このニセユダヤたちは歴史を遡ればキリストを迫害し、キリストの教えを悪用している輩であることはいまでも天文学的な資産をもちながら誰一人として他者を救おうとせずに虐げていることでわかる。 つい最近晴走雨読4834さまからコメントをいただいたことから、改めてドリールの「聖書の真義」をざらっと読み返そうと思い手にとった。以前読んだときはあまり心に響かなかったが、いま読んでみると、訳者が恐らく昭和初期の教育を受けたため、現在では文章がわかりにくい日本語体で書かれていることが原因だと判明した。 どうしても現在の日本語で解釈してしまうために、誤って読んでいたことに気づいた。自分も日本語の修行が足りなかったことに気づいた。 注意深く読んでみると、この本は非常に素晴らしいことがわかる。やはり良書というのは字面を追っていてはダメで、著者の霊魂にまで深く入りこみ読み込まないといけないことがわかった。 この本を読むと、キリストが人類に何を伝えたかったのかが非常によくわかるのである。 端的にいえば、人類の進化の方向性を精神優位、つまり霊魂の向上に向かうように軌道修正したかったことがわかるのである。ソクラテスが古代キリシアで説いたことでもある。 しかし、当時もそうだが、いまもほとんどの人類はオバカなんで、政治家や経団連の醜悪な獣のような顔つきをみればわかるが、金儲けやより高い地位に上って権威で他者を支配することしか頭になく、結局は自分の欲望の虜になり、身勝手で我侭で、挙句の果てには、何も考えられなくなり、機械のようにその場その場をただ物質収集や数字の勘定ばかりして、退屈しのぎに生きるようになってしまった。 有名な「金持ちが天国にいくには、ラクダが針の穴を通るよりも困難だ!」というキリストのセリフは、ドリールによれば、「綱」という意味ももつアラム語を、「ラクダ」と誤って訳したせいで、なんだか少し意味不明になっているという。 だから、本当は、「金持ちが天国にいくには、綱を針の穴に通すよりも困難だ!」という誰でもわかることをキリストは言ったというわけである。 それはつまり、いまの金持ちをみればわかるが、貧困を助けることができる資産をもちながら、キリストが天国に行く教えとして隣人愛を説いているのにも関わらず、自らの魂の耳を塞いでいるのか、全く他者を助けようとしないばかりか、自国の財政も援助しようとせず、自分たちの我侭な欲望のために、貧困を生んでいる現状にすら気づかないのだから、あまりのレベルの低さに呆れてしまうわけである。 復興が必要なときに、オリンピックで金儲けしか頭にないわけだから、この国が地獄に突き進んでいることがわかっていない唯物論馬鹿ばかりなのである。 神様は人類のやっていることを全てお見通しなのだが、あえて改心の機会を与えるために、人生を与えていることに気づいていない。進む方向が全く逆なんである。 「そちらにいくと危ないよ、地獄に堕ちるよ!」といっても、「大丈夫、大丈夫、カネや地位があるから。」といって聞く耳をもたない馬鹿なんである。 ドリールの「聖書の真義」を深く読めば、キリストの王国が、地上にはなく、心のなかにあることがよくわかるはずである。つまり、聖書とは精神の書であり、「人はパンのみに生きるにあらず。神の言葉により(霊魂を向上させる奉仕を行なうことで、心の中の安らぎである天国に)生きる。」ということなのである。 つまり、自らの行為により、心の安らぎを得ることが天国への階段であり、一時の快楽ではない。 一時の快楽も確かに一時は心に安らぎを与えるだろうが、それは永遠ではなく、失われるものであるから、実はニセモノなのである。物質や地位の外見による一時の快楽は、ニセモノで、次の瞬間に、また欲しくなるから、麻薬と同じなのである。 つまり、内から出たものでない限り、精神を土台としたものでない限り、必ず失われ、崩壊するということである。 せっかくの機会なので、晴走雨読4834さまの知足自愛のブログから、シュタイナーの神秘学概論を紹介する。 ☆ ☆ ☆ 神秘学概論(改変) 物質界に現れた現象の本質を解明するには、物質界での人間生活全般の奥に隠れた心の動きなどの非物質現象を認識できなければいけない。 (人間の心だけではなく、天体にも、宇宙にも心はある。機械には心はないが、人間の心を断片的に切り取って組み込んだプログラムなども非物質である。) 前世で霊的に生きた魂の成果は、人間の霊魂のなかの深くに内臓され、死後の霊界において、この成果が果実のように熟し、新しい人生、つまり転生に必要な素質や能力に変化する。そして転生での人格は、前世で獲得された成果が要因となり、その結果となるように予めつくられる。 この輪廻転生の法則を理解した上で人生を観察してみれば、この世の体験全てが、前世からの継続の意味をもち、その再教育となり、輪廻転生が真実であると、魂が実感せざるを得なくなる。だから心を霊界に向けることのできる人にとっては、日常当たり前にみえる感覚的な物質的現象だけで物事を判断するのは、非常に危うく、どうしても納得がいかない。 例えば、肉体が病気に冒された場合を考えてみる。秘教学から見れば、大抵、病気が生じるのは、アストラル体(心)での錯誤や過失が、エーテル体(生理機能)に伝播し、更にエーテル体を通り、エーテル体の指示により完全に調和している肉体に障害を及ぼすからである。 (組織において、指令塔の間違った判断や命令が現場を混乱させるのと同じである。人体組織も、社会組織も同じで、宇宙は皆、このような階層構造になっている。だから、現場を知らないアホが指令塔になると組織は壊滅するのは自明である。) いまは大まかに説明するだけだが、多くの疾病の深い基本的関係や真の原因は、物質感覚的な事実だけに頼ろうとする唯物科学的な考察では捉えることは不可能である。病気の根底の土台となる関係は、大抵、次のような形で生じる。 ~アストラル体(心=魂)の障害は、同一の人生のなかで、肉体上に、病的な現象を惹き起こすだけでなく、むしろ、次の転生にも、その結果を現す。それ故、いま問題にしている輪廻転生の法則は、人生の繰り返しを認識できる霊能者しか意味をもたない。~ (トカゲの尻尾のような再生は、人間の場合は、次の転生で起こるという。つまり、例えば、手を失ったら、次の転生では、手が強化されて生まれる。手を失ったことで、その分不自由な生活を蒙るが、手の有り難味を霊的に知るので、その体験を元に次の転生で手を自ら個性的に改善し強化できるからである。 簡単にいえば、パラリンピックの選手は、次の転生ではオリンピック選手になる素質をもつことになる。このことからも、人生はただ快適に通過してはダメで、より困難な道を選び、学ぶかにある。同じ教科書を与えても、何も学ばないアホは沢山いる。そういうのは落第していくだけ。) 人間の祖先(魂)は太陽界から落第した霊たちにより進化した。この進化は特に月紀の水(液体)のような環境の中での体験全てに及んだ。熱(エネルギー)と空気(気体)の元素を支配する太陽の神々たちは、水(液体)の元素に働きかけることがあまりできなかった。 このことが人間の祖先の肉体に二重の陰陽という両極性を生じせしめる結果となった。肉体の一部は、太陽の作用を完全に受けたが、他の部分には太陽から落第した月の悪魔たちが作用した。この月の液体性を通じて、後者の悪魔は、太陽の神々の作用を受ける部分よりも、自立的な形態をもつようになった。 太陽の神々の作用を受ける前者では、太陽の意識状態だけが生じ得たが、悪魔の作用を通じる後者では、独立した曖昧な潜在性の意識状態が生じるようになった。 (中略) さて、この二重の霊たちは、人間内部で、互いに争い合うようになった。そして、この争いは太陽の神々によって、1つの統合意識ともいえる覚醒意識がもたらされ、決着がつけられた結果、独立した曖昧な潜在意識を可能にした人体の物質組織は脆くも儚い崩壊する存在とされ、常に、物質として外へ排出される運命となった。 さて、月紀の進化段階に停滞する、この霊たちが人間に及ぼした作用は、人間に二重の結果を生じさせた。第一に、これにより宇宙(神々)の姿だけを直接そのまま反映させるという人間の意識の特徴が失われた。というのは、悪魔により、人間のアストラル体(心)に、独自に意識を制御し、支配する可能性が与えられたからである。 (他者を省みずに我侭ができるようになった。) 人間は、自分という認識行為の主体となった。第二に、人間が主体的に認識する際の出発点は正にアストラル体だったので、アストラル体の上位に位置する「自我」は、主従関係がアベコベになり、常にアストラル体に依存しつづけるようになった。 (自分でやろうとせずに、すぐに他人を使おうとする人などをみればわかる。手下を持ちたがる親分など。実は悪はここにはじまる。悪は独りでは何もできないから悪党という集団をつくりたがる。) 従って、それ以後、人間は、悪魔がアストラル体に埋め込んだ独自の意識を元に低次の物質的要素を絶えず受けつづけるようになった。 (中略) この月の悪魔たち、つまり地球紀の月から働きかけて、人間の意識を、神々の意識(霊界)をそのまま映すのではなく、いわばアベコベにして、まるで宇宙の鏡のように変えることで、人間に、自由な意志を賦与しなかった神々たちと対立する悪魔はルシファーと呼ばれる。 (当初、神々は、人間が道徳的に神々と同水準になるまで、自由を与えなかったが、悪魔が人間を唆して、自己意識を与え、自由を与えた。神々が人間に自由を与えなかったのは、例えば、人間がコンピューターに自由を与えないことと同じである。もし、コンピューターが自由を得たら、人間を逆に支配することもあり得るからである。現に人類は原爆を手に入れ、修行場を壊しているし、それは与えた教科書を破ることと同じである。) ルシファーのような悪魔的な霊たちは、人間の意識の中に自由な活動を喚び起こしたが、それと同時に誤謬と悪の可能性をも人間に与えた。 人間が間違いだらけのイメージを持って外(物質)界に身を晒し、高次の神々の影響から逸脱して、欲望や情念の趣くままに生きるようになったので、病気になる可能性も生じた。 しかしそれ以上に、ルシファーの影響の重要な結果は、それ以後、人間が地上生活を、もはや肉体から離れた生き方の継続であるとは感じられなくなってしまった点にある。 (人生を霊魂を磨くための修行の場と考えなくなったことは、墓を売りつけ金儲けに走る糞坊主や悪魔崇拝教のキリスト教が蔓延っていることでもわかる。) これ以後、人間は、悪魔により身につけたアストラル体のなかの曖昧な意識による体験や、その意識により、肉体を破壊させる快楽の力と結びつく地球の物質的作用だけを現実として誤って受けとめてきた結果、人間は、自分の地上生活での死を実感するようになった。かくして、人間の意識を通して「死」が出現した。 (金持ちにとっては貧困や生活水準の低下を死と受け取ることと同じである。金持ちが単に独占欲が強いだけなのだ! それを生と思うから死ぬわけである。) ☆ ☆ ☆ 次回に続く。
2014年03月08日
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巷では、単なる女たらしで米司法を失墜させた元スケコマシ大統領の不倫を餌に伸し上がった悪魔がギャーギャー騒いだと思ったら、今度は十戒ならぬ、十の過ちと自分たちのことを棚に上げて、騒ぎ始めたようである。 その悪魔がプーチンをヒトラーと呼んだというが、ヒトラーというよりも、どちらかといえば、私にはケネディのようにみえる。ケネディは、米に巣食っている悪党から、国民を解放しようとして、ニセユダヤたちに裏切り者とみなされ、キリストのように処刑され、失敗したが、今度はどうだろうか? かつてのキューバー危機が、ウクライナに置き換わっているようにみえるわけで、プーチンがケネディであるなら、オバマはフルチショフということになる。念のためにいっておくが、オバカはフルチンではない。 どうもプーチンという人物にはかつてのロシア皇帝ニコライとケネディの意識が乗り移っているようにみえる。 ニコライ2世 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%A42%E4%B8%96 ニコライとケネディがプーチンに乗り移って世界から戦争をなくそうとしているのなら、有り難い話なのだが、この見立ては甘いのかもしれない。 そこで、現状までの見立てを謀略説としてみた話を御馴染みのサイトから以下に紹介する。 ☆ ☆ ☆ ニュースの真相 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/ ウクライナへの欧米関与の証拠がネット上に流出! 先日、ウクライナ情勢の経過についての記事を投稿しました。 欧米ユダヤ金融勢力が、母国ハザール汗国のあったウクライナ奪還、ロシアの天然ガスパイプラインの略奪をはかり、ウクライナ政権を転覆させた。 それに対し、ロシアが軍隊を展開したところ、ウクライナ軍が次々に帰順しているという記事でした。 ▼ウクライナ情勢の現在までの経過 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140303/1393803905 今日は、その後の情勢についてです。 まず、米国ユダヤ金融勢力の配下にある日本のマスコミ部隊ですが、初めはロシアの素早い動きに、ユダ金の指示が追いつかず、数日は一切報道をしませんでした。 現在は、ユダ金の指示が出て、しっかりコンセンサスがとれたのか、「ロシアはウクライナに不法に介入している。」 「シリアの時は欧米の軍事介入を止めたのに、ウクライナにはなぜ軍事介入するのか?」 ロシアは、悪者だ!ロシアは、ダブル・スタンダードだ! とでも言いたいのでしょうね?w ▼四大新聞社の裏側と実態!(まとめ) http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120117/1326761770 ▼電通の正体とマスコミ支配の実態 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120201/1328055834 もちろん、これらのロシアの動きは、欧米ユダヤ金融勢力の略奪を防いでいるだけの話ですよね? でも、マスコミの報道を信じ込んじゃってる人から見たら、「え? 欧米がウクライナの政権転覆の黒幕だって?」 「嘘つけ! 証拠を出せ!」なーんて? じつは、その証拠が、ユーチューブに流出しています! アシュトン上級代表とエストニア外相 マイダン指導者がキエフでの狙撃手を雇った エストニアのウルマス・パエト外務大臣がEUのキャサリン・アシュトン外交上級代表とやり取りを行っている会話録音がインターネットに流出し、それによれば、ウクライナのマイダン(広場)で活動する狙撃手らと野党系指導者らとの関連が指摘されている。 ウクライナ安全保障局が入手したこの会話の中では、ウクライナ情勢に関する印象が話し合われており、パエト外務大臣はキエフで人々を殺害した狙撃手らはマイダン指導者らが雇ったものであると話した。 またパエト外務大臣は、抗議活動参加者らと治安機関職員らを射殺したのは同じ狙撃手であるとの情報があると話している。 エストニア外務省はこの会話録音が本物であると認めている。 リアノーボスチ、タス、RT http://japanese.ruvr.ru/news/2014_03_06/268247910/ なんと、首都キエフの騒乱で多数の人命を奪った狙撃手は、親欧米の現政権側の人物が雇ったそうです。 ロシアの報道機関もソフトな物言いをしていますが、黒幕は、親欧米の現政権側の人物=欧米のパペット=欧米ユダヤ金融勢力って事です!w あらあら、ユダ金ちゃんったら、またまたバレちゃったー(笑) 今後も、各国に張り巡らせた、マスコミ部隊を使って、一見まともに見えるウソや屁理屈を並べ立てて、火消しに走るのでしょうか? ロシアのあまりにも見事なカウンターに、ドイツやイギリスはすでに及び腰! アメリカとフランスは、シリア略奪大作戦の失敗の時のように、また、ギャンギャン吠えて、終わり!っという感じでしょうか? ▼ここまでのシリア情勢の経過 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130903/1378178788 ▼シリアの化学兵器攻撃 米国自作自演の確定的証拠がネットに流出! http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130904/1378280990 ☆ ☆ ☆ とにかく見守るしかないので、シュタイナーの話を続ける。 ☆ ☆ ☆ 秘儀の歴史 人間の肉体と地球の関係(改変) 人間の肉体は地球から数キロメートル離されると、切り離した指と同じように腐敗しはじめる。人間の肉体が地球に対して独立した存在のように錯誤するのは、指が人体上を自由に動きまわれないのに対して、人間は地上を自由に歩き回れるからである。(P71) 興味深いことに、地球の環境を形作る自然(精)霊にとっては、肉(物質)体形成が未熟な人間の子どもは別世界(霊界)の存在にみえる。 人間が特に7歳までの子どもの生活について語ると、グノームやウンディーネといわれる四大元素霊たちは興味深々に聞く耳をたてる。この自然(精)霊たちにとっては、人間は大体7歳の歯牙交代のときに、この世に生まれてくるようにみえるからである。 グノームやウンディーネにとっては、7歳までの人間はまるで別世界の存在で、人間が大体7歳程度に成長した姿で生まれてくるようにみえ、かなり不思議に思っている。(P53) (人間は大体7歳までは、前世の体験を潜在意識のなかにもち、7歳を過ぎてから、この世の体験から自我をつくりあげるので、この物質界を司る精霊たちは、人間が7歳からうまれてくると錯覚しているようだ。) これらの自然霊たちは、ときおり非常に利己的(我侭)になる。自然霊たちは、自分たちにとって興味深い話を、人間が語らないと、沈黙し不機嫌になり、特に人間の赤ん坊の行動などを語れば、興味深い話なので、機嫌がよくなる。(P54) 炭を月にもっていくと銀になる(改変) 炭素は、黄金と正反対の特性を持っている。炭素は太古の秘儀では大きな役割を果たしていた。太古の秘儀では、黄金が特別重要な物質だと語られる一方で、また他方で炭素も語られた。太古の秘儀では、炭素は「賢者の石」と名づけられた。黄金と賢者の石(炭素)は、古代では大変重要だった。 黄金と賢者の石は古代人にとっては宝だった。特に炭素は賢者の石だった。 炭素は様々な形で地上に現れる。金剛石(ダイヤモンド)は固い炭素で、黒鉛も炭素で、石炭も炭素で、無煙炭も炭素である。炭素は地上に、実に多様な形で現れているが、古代の秘儀では、地上にある炭素とは、異なった炭素があることを、古代人は認識できた。(P244-P243) 炭素がどのように変容するのかを古代人は認識していた。地上では、炭素は炭か黒鉛か金剛石か無煙炭となる。地上で金剛石か無煙炭か石炭となる炭素は、月の上では銀になる。炭素は地上では賢者の石だが、月の上では銀である。 古代の秘儀では、「外(物質)的に現れるものの実体が、その時その場で、物質となって現われているにすぎない」と認識されていた。炭素が石炭や金剛石や黒鉛であるのは地上の物質界での現象にすぎないことを知らないのは、単なる無知とされた。 地上で金剛石や黒鉛となる炭素は、月の上では銀となる。地上の黒い炭を月にまで運べたら、炭は月の上で銀になるだろう。(P245-P246) ☆ ☆ ☆ 前半と後半の話が全くつながらないようにみえるかもしれないが、時代は移り変わるということで、それにいかに適合するかが重要であると思う。
2014年03月06日
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自分の責任を他者になすりつけるのが卑怯者の最終手段であることは、これまでのこの国のアホといまのアメリカをみていればよくわかる。 ネットではウクライナの件は、既に偽善団体を経由してアメリカから資金が流れたことが明るみになっていて、御馴染みのアメリカの戦争屋のヤラセであったことが明らかになっている。戦争を煽ったりする輩は人類の和を乱す裏切り者で、人類の敵と思っていいだろう。問題はこの敵をどう愛するかで、愛のムチをどう与え、改心させるかにある。 吠えれば吠えるほど自分の立場が危うくなることを理解させるしかないのだろう。 とにもかくにも、意識が低レベルというより他はない。このような魂は何度も同じ手段が通用しないことをわからせるために、繰り返し輪廻転生していくしかないのだろう。 以前、ドリール著のエメラルドタブレットを紹介したことがあるが、今回の件で、その内容が被るので、再度紹介する。 地獄から天国を招くために その44 http://plaza.rakuten.co.jp/5dolphin/diary/201210250000/ 前回はエメラルドタブレットに書かれている光と闇の戦いについて紹介し、老子につなげた。オカルト(秘教)では、光の一部が、闇(ネガティヴ想念)に陥ってから、光と闇の戦いは続いている、といわれている。 光の神は、巨大なオーラ(霊光)という意味のアフラマズダで、闇の帝王は、アーリマンである。古代では、物質光、つまり電磁波は、黒光と呼び、霊光を白光と呼んで、区別していたそうである。人間には、神は光にみえるが、光といっても、輝き具合から様々な段階があるからである。 だから、光を区別する認識が必要になる。ドリール著「カバラの真義」によると、聖書の「神に似せて、人間をつくった」という記述は、人間の肉体の形ではなく、人間の意識のことを述べているという。つまり、人間は、神の意識である白光の分光である、というのである。 また、神を認識するには、人間は分光なので、自らが全体光になるまで、ネガティヴ想念からくる鈍重さを捨て、輝きを増さないといけないと述べている。仏教でいう穢れを浄化することである。 穢れを浄化するといっても、物質世界を否定するのではなく、克服することが必要である。そのために、闇の世界である物質世界に転生し、その領分に応じて、自ら物質世界を克服し支配する必要がある。 エメラルドタブレットには、この世に転生する3つの方法が書かれ、3種類の聖者についても、ドリールが言及している。 3つの転生の方法は以下であるという。 1.両親から遺伝として受け継いだ肉体に宿って誕生する方法 2.既に肉体をもっている魂と交換する方法 3.魂をそのまま肉化させる方法 1の方法がほとんどであるそうだ。2の方法の代表例は、ヒトラーであるという。ドリールは、キリストも1の方法で生まれた、といっているが、シュタイナーは、2の方法だと、その見解は異なっている。 シュタイナーは、ゾロアスターが転生した魂と仏陀の流れを汲む魂が、1の方法で2人のイエスとして生まれたと述べている点では、ドリールと同じだが、2人のイエスが12歳のときに、仏陀の流れを汲む魂が、ゾロアスターのイエスの魂の乗り代わりの犠牲になって、仏陀の方の肉体に転生し、ゾロアスターの魂の元の肉体は他界した、という見解である。 2人で1つとなったイエスに、ヨハネが洗礼を施すことで、いままで生まれたことのない光の子(アヴェターラ)の純粋なアダムの霊キリスト(白い鳩を象徴とする)が宿った、という2の方法を用いた見解を、シュタイナーは述べている。3の方法は、一時的にしか効果がないという。蛇人が使う血を代償とした幻術も恐らくこの3の方法のように思われる。 さて、3種類の聖者については、ドリールは以下のように述べている。 1.アヴェターラ(アバター) 2.アデプト 3.マスター 1のアヴェターラは光の子で、この世に転生する必要のない意識体であるといわれている。2のアデプトと3のマスターは、秘儀参入者のことを意味するが、秘儀参入は3段階に大別されていて、第3段階にまで達した者をアデプトと呼ぶようである。ただし、第3段階に達したからといって、必ずしも上位とはいえないという。 つまり、アヴェターラはもとから純粋な光の意識をもった魂で、アデプトやマスターは、輪廻転生を繰り返し行ってきたことで、浄化し、秘儀参入して、光の意識を獲得した魂という区分けがあるという。 いずれにしろ、光に従うか、闇に従うかは、本人次第というわけである。 以上のようなことを、老子は、第63章で説いているので、例のごとく紹介する。 (続いて、「タオの法則」から抜粋する。) 世の中には2つのリーダーがいる 1つは世の中の枠組みの中で上を目指すタイプ もう1つは自己(のなかにいる神)に耳を傾けることで 世の中の流れを変えてしまうタイプ 真のリーダーは例外なく後者である 世の多くの上に立つ人間は、属する社会組織に自分を合わせ、認められるよう努力を払い続けることで大きな立場を掴み取った人間だ。彼らは他人の評価に価値を置き、上ばかりを目指す同類タイプとの見えざる競争の中で、その目的を勝ち取る。 世の中の戦争を作り上げるリーダーたちは、前者のタイプである。彼らは組織のトップを目指し、トップになれば、その組織の巨大化を目指す。そうして集団と集団は、いずれ対決を迎える。彼らは、社会の性質に影響を及ぼすことはない。ただただ社会の現状に当てはまり、1つの歯車となるだけだ! しかし、こうした世の歯車タイプとはまったく異なるタイプの人間が、時に世の多くの人たちの心を動かすことがある。他人の評価などまったく眼中になく、常識や既成観念にもとらわれず、自己の中心から聞こえる内なる声にただただ耳を傾け続ける。 彼らは、自然界同様、常に新たな創造を創出する。 という話だったが、老子の第63章が述べていることは、意識の違いについてである。同じ肉体をもってはいても、中身の精神、つまり意識は全く異なる。物質界に染まってしまうのは堕落した意識、精神界を元にして、物質界に変化をもたらすのがホンモノの意識というわけである。 自国のリーダーがどちらのタイプであるかで、変化の担い手になるのか、変化から取り残されるのか、国全体が、全く逆の立場に変わる。 変化から取り残されれば虚しく罵り叫び虚栄をはるだけで、それは本当は「助けてくれ」という悲鳴なのである。 どうやら、このヤラセの犯人は、声高にヒトラーと罵っている米国の悪魔と称された人物だったようである。 戦争で金儲けする略奪経済をこの世から皆でなくさないと平和は来ないことは確かだろう。
2014年03月06日
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自分では何もできないのに、地位や金銭などで、太鼓や提灯持ちをつくり、手下として汚いことやらせるような奴を、古来からこの国では「卑怯者」と呼んできた。卑怯者といえば詐欺師のことである。 卑怯者(詐欺師)になるなら、死んだほうがマシということで、切腹の理屈ができた。しかし、八切史観によれば、自身も戦中に実際に試した上で切腹は全くの虚構であるといい、長州の地方に伝わった昔の地方訛りを曲解して、切腹を幕末の長州人が斬首の代わりに利用したことがわかっている。 「腹を切る」というのは昔の地方の訛りで、要するに「骨を折る」という意味らしい。もし、いまの「骨を折る」という言葉を、未来の日本人が曲解して、実際に物質的に骨を折ってしまえば、その未来人は誰もが認める馬鹿であることが一目瞭然である。 このような曲解が現実に罷り通るくらい、人類は愚かで馬鹿になってしまった。なにしろ、100年前の日本語すら理解できない現代人が多いのだから、そのことでよくわかる。何が英語教育だろうか? それ以前に、過去の日本語を教えないと日本史を自分で勉強できずに、扇動屋の金儲けに利用され曲解してしまうアホの極右が沢山できてしまう。 アホに日本史教育を任せてはおけないと米国からいわれ、そのうち英語で日本史を習うことになるぞ! 第一、英語で日本人の古来からの心が伝えられるのか? 「おもてなし」を「Reception」なんていったら、味気ないの一言である。日本の心を伝え、相手に善良な精神を呼び起こすから一期一会の意味がある。挨拶だって相手の精神を慮って自らが遜るからこそ、相手に善良の精神を呼び起こせるのである。 ただ頭を下げるだけでは、相手に善良の精神を呼び起こせるわけがなかろう。ここという大事なときに、大事な頭を下げるからこそはじめて意味をもつのである。微妙な空気を読めてはじめて意味がある。 昔、KYと呼ばれていたアホがこの国のトップなんだから国内の空気も読めないのに、海外の空気など読めるわけがない。 要するに心のこもった会話が、字面しかないネット社会により侵害されてしまったわけで、そのために巷にクレイマーや詐欺が増えてきたのである。字面だけしかないネオウヨをみればわかる。実際に戦地に送られてみないと自分の発言の深刻さがわからないのだろう。 しかし歴史教育を英語でするほうがマシにみえるほど、八切史観からすれば、日本史の出鱈目ぶりは酷いようだ。なんでも講談のように美談にしてしまい、水戸黄門のように本当は悪人だったのが、善人にして人気とりで利用するので、切腹のように出鱈目になってしまうわけである。 このような曲解ぶりには何が欠けているのかといえば、本質を見抜く能力がない。だから、このような曲解の背景にあるのは、日頃からの言葉使いに心がこもっていない、心が伝わっていないことに他ならない。だから、逆に外面や建前に騙され、内面や本音を見破ることができないのだ! だから卑怯者の詐欺が罷り通る。 言葉を額面通りに受け取るのはアホか馬鹿である。信頼できる人物かどうかは、その人物の心を読むしかない。つまり霊視力を獲得しないとまるでお話にならない。霊視力があれば、古今東西、過去未来も、心を読み解くことで、すぐにわかる。 霊視力があれば、この国の政治家が嘘つきで腐った魂の持ち主で誰よりも贅沢な生活がしたいだけのアホであることは一目瞭然である。威勢のいいことばかり言い、やっていることは強い者に阿り長い者にまかれる単なる弱者虐待や破壊ばかりだ! 霊視力を獲得するには、自分の行為が相手にどう伝わったのか、周囲や社会や宇宙にどう影響したかの日常生活や人生の反省からはじめるしかない。というわけで、渡る世間は卑怯者ばかりで切腹もなかなか大変なんで、シュタイナーの話を紹介する。 ☆ ☆ ☆ インテュイション認識(改変) インテュイション認識(神通力)の獲得には、本当の意識、つまり自由で柔軟な覚醒意識の獲得を通じて、修行者は、人間の心の土台を形成している神界に入り込む必要がある。修行者は、原始の人間だけがもつ体験を獲得する。原始の人々は、現代人が自分の肉体と結びついているのと同じように、宇宙をつくる神々と結びついていた。 (この宇宙の神々との結びつきを取り戻すという意味の「再結合」を言語化したのが、英語の「religion(宗教)」というのは以前紹介した。その結びつきを意味する場合、複数の「人々」のときは、「神々」、個人のときは「神」にそれぞれ対応する。人類に個人意識が目覚めると個人のなかに神が認められるので、神も単数になったわけである。) 原始の人たちは、自らの肉体の推移(変化)に、現代人のように全く無意識だったわけではない。肉体の推移(変化)は直ちに魂に反射されていた。原始人は自らの肉体の成長過程や新陳代謝を、いまでいうところの白昼夢のような形で魂のなかで体験していた。 (現代人は体内に腫瘍をつくっても検査などをしないと自覚できないばかりか、その要因を自分で追求できない。) 原始人は、いまでいう夢想的なインテュイション認識(神通力)をもっていた。今日では、特殊な霊能力を持って生まれた人々だけが、この原始人の夢想的なインテュイション認識の名残をもっている。原始人の意識では、周囲の世界は、物質であると同時に霊でもあった。いまでいう夢などのような睡眠中の体験は、原始人にとっては、神々による宗教的な啓示(教えや戒め)であった。 この啓示(教えや戒め)は、原始人の人生に直接反映した。原始人が、霊界で夢のような曖昧な潜在意識でした体験は、現代人にとっては、全く無意識の潜在意識のなかに眠る体験となっている。 (潜在意識のなかから、睡眠中の情報を抽出しようとする意識が、現代人には働かなくなったから。体験データを蓄積しても、引き出そうとしなくなった。簡単にいえば、昔の日本人は、建前と本音を両方みるように日頃から意識していたが、いまの日本人は建前しかみれなくなった。 だから、人間の心が読めなくなり、心を発展させようとしなくなり、人生に目的をもてなくなった。心の上では死んだも同然である。感情が乏しくなり情調不安定になりキレやすくなった。簡単にいえば、金銭や物質の勘定ばかりする機械になった。一種のゲームマシン化した。うまくいかないとゲームオーバーになりキレるようになった。聖書でいう獣である。) 超感覚的なインテュイション認識を獲得した者は、その霊界での夢での体験を完全な覚醒意識の上にもたらす。このような能力の開発を通して、秘教学徒は、原始とは異なる新たな方法で、宇宙意識が本当の宗教的内容(教えや戒め)を人類に助言していた原始の状態へ還えることができる。 いわば、現代の唯物論的な哲学者は、将来、完全な覚醒意識を持つようになる大人の子どもであり、唯物論的な宇宙論研究者は、将来、完全な覚醒意識を持つようになる人類の進化の中期に当たる人間ともいえる。 そして、現代の唯物論的な宗教学者は、完全な覚醒意識を持つようになる人類からみれば、唯物論的な進化論でいうところのいわゆる未発達人という意味の原始人となる。ただ、同じ原始人といっても、夢想的な状態で霊界をみていたホンモノの原始人ではなく、未来のホンモノの宗教学者は、完全な覚醒意識で、自分の魂のなかから霊界を体験できる。(P200-P201) 古代の人類と現代の人類(改変) 人類の今日の魂の状態は長い年月の進化を通じて獲得されてきたものだが、今日ではさも当たり前のように、昔から人間は今日と同じように考え、欲し、感じていたかのように「進化史」には記されている。これは完全な誤りである。 今日の魂の状態とは明らかに異なっていた時代が過去にいくつもある。かつて睡眠時(潜在意識)と覚醒時(覚醒意識)の間には明確な区別がなかった。今日では睡眠時と覚醒時の間の移行期には夢を見る。古代人は、覚醒時と睡眠時との間には、物質的感覚を失うイメージに満ちた中間の状態を体験していた。そして、この中間状態を通して、物質的感覚により物質を知覚するように、霊が啓示した(教えた)のである。 (霊が物質的知覚を促した。この霊がルシファーである。聖書ではエバ「肉体」に知恵の実「物質知」を食べるように唆した蛇として記述されている。エバ「肉体」が食べたので、アダム「魂」も食べた。) 思考(知識)ではなく、心象(情緒)を通した体験の中で、古代人は、地上に受肉する以前の状態を、夢を見るように経験していた。霊界を通過してきた余韻に浸っていたなか、自らを地上に受肉する前の魂として体験した。 けれども、そのため、古代人は、現代の人間がもつような明確な個人的な体験を持てなかった。古代人は現代人のように自らを「私」とは感じなかった。「個人的な自我」体験は人類の霊魂の進化の中で徐々に獲得されていったのである。(P226-P227) ☆ ☆ ☆ 古代人は民族霊という集団の自我を体験していた。だから神々という複数の意識をもった。エロヒム(神々)とエル(唯一神)の違いはこの人間の古代(集団)と現代(個人)の意識の違いにある。 このような意識の違いがわかれば、「おもてなし」が、表のない真心のこもった以心伝心のことであることが日本人の美意識からわかるはずである。霊視力ということである。日本人は馬鹿になったものである。アホを笑ってられない。
2014年03月05日
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輪廻転生の法則とは簡単にいえば自分の行為が主客逆転して自分に返ってくることである。以前、シュタイナーの話で、現代でいうブーメラン効果をよく現わしている以下の話を紹介した。 スペイン人に虐殺されたアメリカ先住民の霊魂が、今度はスペイン人に生まれ変わってくることや、 原始キリスト教に帰依していた古代ヨーロッパ人として生きた霊魂が、20世紀にキリスト教とはあまり関係のない日本人となって生まれてきて、20世紀の唯物論的なキリスト教のヨーロッパ人のやり方に反抗したことや、 現在のキリスト教の布教に関係した19世紀から20世紀に北アメリカ文明をつくった者が、キリスト教とはほとんど関係のない秘儀に参入した霊魂の持ち主だったことなど である。ここには立場の逆転、つまり、カルマのブーメラン効果が伺える。簡単にいえば誰かを罵れば、誰かに罵られる要因をつくり、誰かを殴れば、誰かに殴られる要因をつくることになる。 しかし、注意してほしいのは、なんでもこの輪廻転生の法則で解釈し、例えば、誰かに殴られたとき、それは過去自分が誰かを殴ったせいである、という宿命(結果)論に陥ることである。というのは、この論には、殴られることを回避しようという主体性や積極性がないからである。 運命が予め決まっているわけではない。もし予め決まったものなら、その運命を期待しながら、もしくは恐怖に打ちひしがれびくびくしながら待つことしかできなくなる。 眼には眼を歯には歯をというのは、何も仕返ししろという意味ではなく、和解や理解が重要という意味なのである。様々な立場から自分の行為という出来事をみてみて、あの立場であれば、自分もああしただろう、という和解や理解が必要というわけである。要するに自分とは正反対の立場を理解することである。 しかし、人間とは愚かなので、自分の身に降りかかってみないと意識できないのである。 それは、沢山の金持ちがいるのに貧困がなくならないことでもわかる。 だから、神様は様々な人々の立場を入れ替えるわけである。入れ替えることで視野が拡がり深まることを期待するわけである。というわけで、そういうシュタイナーの話を続ける。 ☆ ☆ ☆ 霊界への境界 境界の守護霊(改変) 超感覚界(霊界)への参入の瞬間には何が生じるのか? 自分の本当の姿をみる、のである。 今、自分の本当の姿は、感覚(物質)界からは見えない。何の物質的な幻想を混じ得ずに、本当の自分(精神)の姿を霊界でみることになる。この本当の姿を見ることで、霊性を価値判断できる認識力を自分が獲得したように感じる。 (自分の良心に照らして、自分の人生を眺めることからはじまる。) このような認識力の御蔭で、超感覚(霊)界へ参入するには自然と厳粛な気持ちになることが明らかになる。霊界参入に自分が値するかどうかを、その精神(霊)性の向上力の度合いを自己評価するのである。つまり、反面、霊界についての抽象的な知識だけしかもたない人は、どのくらい超感覚界から遠くにいるかを知る。 詳細に自己を洞見すればする程、覚醒意識から感覚界に留まろうする傾向が強く現れてくる。この感覚界に残ろうとする傾向を認識しなければならない。この認識によってのみ、この傾向を克服できるからである。だが、認識しようとする瞬間、この傾向は特別な力で逆に魂を征服しようとする。魂は、この力によって底知れぬ深みに引きずり込まれるように感じる。 自己を霊的に認識する瞬間は非常に厳粛なものである。 自己認識について世間では、あまりに哲学的、理論的な考察がなされているが、このことは、むしろ、魂の目を自己認識へと結びつける厳粛さから逸らせる。人間の本性は、自己の体験を、自分の中で発展させ、完成させるまでは、本能的に霊界への参入を拒否するようにつくられている。 超感覚界の存在(守護霊)との最初の意味深い出会いには、自己の真の発展が先立っている必要がある。自己の発展は人類全体の進化の中で継続してゆかねばならない。 自己の真の発展が整った人間は、自分のなかに超感覚界(霊界)に参入する際に乗り越えねばならない境界を注意深く見張る存在がいることがわかる。この人間の中の存在は、自分自身に他ならないが、それはまるで人間の眼が、自分を直接見ることができないように、通常の覚醒意識ではほとんど認識できない。 この存在が、霊界の「境界の守護霊」である。 自分の外に立って、他者のように自分に対峙する際に、この「境界の守護霊」を知る。 (キリストの「汝の敵を愛せよ、汝の隣人を愛せよ。」の本当の意味のこと。自分の本当の姿は自分にはみえない。自分の本当の姿とは、自分が他に施した行為でしかも物質的行為だけではないからである。) 超感覚界の他の体験と同じく、「境界の守護霊」は、魂のなかで強化された能力を可視化する。「境界の守護霊」との出会いにより、自分の叡智が高まるのが霊視できる。しかし「境界の守護霊」との出会いは霊視力を得た者だけに生じるわけではない。 実は、「境界の守護霊」との出会いは、どの人にも睡眠中に生じている。「境界の守護霊」との遭遇ともいえる本当の自己との出会いは、睡眠中にずっと継続する。睡眠中、魂は自らを超感覚(霊)の実体(霊我)へと高めるが、ただ、魂のその内力は、起きているときの日常の覚醒意識を喚起するほど強くはない。 (睡眠中、曖昧な潜在意識で、本当の自己「霊我=高次の自我」と会い、自分の霊魂の進化に必要な課題を与えられる。例えば、起きているときの一日の自分の行為が周囲や地球や宇宙にどのような影響を与えたのかがわかる。恥ずべき行為をした後に、不眠症になるのは、自分の行為の別側面を知らされるのが嫌で、寝るのが怖いからである。) 特別な超感覚(霊界)についての知識がなくても、魂は超感覚的体験を持てることは非常に重要である。霊視体験ははじめは微かに現れるので気づくことが少ない。修行者は、物質界の印象から手で触れられるような霊体験を希求し、幻想や錯覚にみえるような霊的な印象を重視しないが、霊視の体験は手で触れられるような物質感覚とは明らかに異なる。 (霊は物質ではないのだから、当たり前の話である。そもそも霊を幻想や幻覚とすることこそ物質の感覚で考えている証拠である。物質からみれば、物質では捉えられないので当たり前の話である。例えば、電磁波や放射線や熱は、物質としてみえず、その崩壊や変容として存在するわけで、心もそうである。 そもそも物質という静的な状態は継続性を切り取ったものにすぎない。そこに時間という概念を持ち出して、静的な状態がパラパラ漫画のように続くとしているが、本質は逆なのである。つまり4次元世界の断片から3次元の物質界を構築して、自分の意識のなかで経験から整理し配列しているのである。 このことは、量子力学の観測論でもわかる。簡単にいえば、人間の意識が自己に都合よく情報を取り出しつくっているのである。統計学のデータ抽出分析法と同じである。) 霊視体験は現れると同時に忘却の彼方へと消え去る。霊視の印象は、物質感覚では全く注意されぬ、微かな雲の切れ端のように意識に現れる。大抵の人は霊的な観照を全く違った風(物質のよう)に期待しているので、霊界をみつけることができないのである。 (心の微妙な変化を読み取るのと同じである。要するに現代人のほとんどが鈍感なんである。だから、相手の気持ちを考えない行動ができるわけである。古代の霊能者からみれば、馬鹿ばかりで、まるで獣の集団のようにみえるということである。) -霊界をみつけ出す能力とも関係して、「境界の守護霊」との出会いは重要である。魂の力を、ホンモノの自己認識へと直接向けていると、「境界の守護霊」との出会いは、確かに虚ろで曖昧な幻想のように過ぎ去って行く霊の光景にすぎないが、他の超感覚によるイメージよりは鮮明に残り、簡単には忘れ去られない。 (夢を記憶する人が増えてくるはずで、そのうち夢のなかでキリストらしき人物をみたという人も増えるはずである。) 他の超感覚よりも、自己の実質には特別に興味を引かれるからである。 -「境界の守護霊」との出会いが必ずしも最初の超感覚的体験である必要はない。力を得た魂は様々な方向に向かっていくことができる。「境界の守護霊」との出会いの前に、他の霊の存在や霊の事象などの観照へと魂は導かれてゆくこともある。とはいえ、超感覚界(霊界)への参入後、比較的早い時期に「境界の守護霊」と出会うことになる。(P55-P58) ☆ ☆ ☆ この境界の守護霊は、キリスト(太陽意識)であるようだ。そこで、シュタイナーの「神秘学概論」などを再び学ぶのによいサイトを紹介しておきます。 ☆ ☆ ☆ 知足自愛 http://blog.livedoor.jp/k12345kk-12345678910/archives/36385389.html#more ☆ ☆ ☆ いま再び霊界と物質界の調和の時代がきていることがわかる。霊界では人類を歓迎しているのだが、地球の破壊利権を手放したくない一部の詐欺師のような魂が未発達で未熟な連中が自分たちの欲望を満たすためのだけの破壊活動を続けられるようにと悪あがきをしている。その連中は仮想の上に仮想を築こうとしている。 キリストを殺したと思っている連中がキリストを名乗り活動しているが、キリストは死なないので、殺されるわけもなく、復活しているのである。物質界と霊界が再び出会い結ばれるときに最後の審判としていずれ明らかになるだろう。ニセユダヤ人の行為は全てお見通し、ということなのである。 ウクライナのやらせなども明らかになるだろう。戦争で金儲けすることから人類は早く脱却しないといけない。競争などは仮想の世界なのである。価格競争などをすれば一時は優位にたつだろうが、長い目でみれば共倒れなのだ! 競争地獄に陥るからである。
2014年03月04日
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コンピューターは人間が生み出した知的生産物だが、コンピューターの発展をみていると、知識獲得の構造がどのように形成されていくのかがよくわかる。シュタイナー風にいえば、コンピューターは、人間の知識を、機械に組み込んだ人工生物になるが、この生物はまだ人間の手を離れて独立してはいない。 しかし、コンピュータウイルスなどには、その傾向の兆候が早くも現われている。SF映画では、フランケンシュタインのように、コンピュータが独立し、人間を逆に支配するようになっていくストーリーがよく描かれるが、それはやはり一種の警告のように思われてならない。 あまりにコンピュータに依存しすぎると、コンピュータなしでは生きられない人間ができあがってしまう。主従の関係が逆転してしまう。すでにその兆候は携帯電話で現れているし、ネットによる株取引で現われている。 仮想が実相を支配する。それはもはや仮想経済なしには実体経済が立ち行かなくなってきたことでわかる。 これは非常に恐ろしいことで、実は人間の生活が仮想経済に移行しつつあることを意味する。例えば、一生使っても使い切れない天文学的資産の持ち主が出てきたということは、それはもはや実体経済を生きていない人間ということになる。つまり、コンピューターなしでは生きられない人間と同じということである。 このことを単純化し、例えば、計算機の計算の仕組みを理解せずに、計算機を使って計算を行なうと、計算能力を計算機に委ねてしまうので、計算能力がその分衰えてしまうことになる。つまりその分、計算感覚を失い馬鹿になる。私は仕事柄、コンピュータに関わることが多いので、この能力の衰えは非常に実感できる。 ある程度のコンピュータの理解なしにコンピュータを使うと馬鹿になることは確かで、コンピューターで日常のコミュニケーションをし、それが進むと日頃のコミュニケーション能力を失い、社交性が衰え、クレーマやモンスターを増やすことにつながる。 このような人間をみて、もしソクラテスがいたとしたら、そのような人の魂は獣になったというだろう。止まることを知らない軍隊の行進のようで、もはや肉食獣の欲望をもつといえる。全てを仮想経済化しないと気がすまない悪魔になったからである。 肉体の死の上に、更に仮想経済上の死をつくりあげてしまった獣達に警告する。永遠と数を数えて暮らすのはトランプの神経衰弱ゲームと同じである。そのうち自己の意識さえも過敏にならざるを得なくなるだろう。全てに対して脅え、敵対的になっていくだろう。 こういう獣を生んでしまった人類は反省しなければならない。なぜ神の意識とそのように離れようとするのか? 数を数えるのが神の意識なのか? 古代ギリシアの賢者たちは、そのことを既に見通し、666という名でシルシを模ったのである。悪の人種の誕生である。 さて、シュタイナーの話を続ける。 ☆ ☆ ☆ 歴史を生きる 第三の意識状態の喪失(改変) ポストアトランティス(我々)の時代を数千年遡るだけでも、人間は多少とも特別な見霊能力をもつ状態にあった。現在の物質界だけしかみれない覚醒意識状態と睡眠中の曖昧な夢をみる体験を含む潜在意識状態との間に、当時の人々は霊界の出来事をみれる第三の意識状態を体験していた。 今日の神話を研究する学者たちは、神話を民族に伝わった想像力の産物として解釈しているが、実際は、この太古の見霊能力から獲得されたイメージに由来するものなのである。つまり霊視された内容が神話や昔話や伝説として伝承されたのである。 だから、太古の神話、昔話、伝説などの方が、それを現代の唯物論的な学問で解釈した知識などより遥かに叡智に富んでいる。 (仏陀が、末法の世といったこと。仏陀の教え、つまり霊能力獲得方法はあっても、悟りを開く者、つまり本当の霊能力者がいない時代ということである。) かつての人々は見霊能力を持っていたが、その能力は時代と共に様々な民族の中から失われていった。見霊能力の消失と物質界だけしかみれない覚醒意識の出現とは、様々な時代で様々な民族に生じた。 (かつては霊能力を遺伝的に継承するために、同族婚が主流だった。霊系統が同じ者同士が結婚するために、結婚式が行なわれたわけである。戦乱が訪れ、異族婚が普及するにつれ、覚醒意識が現われてきた。) 人間の魂と霊界との生きた交流は、(ポストアトランティス時代の)第4文化期に当たるギリシア=ラテン文化期に終わりを告げた。そして我々の時代(第5文化期)になって完全に消えてしまった。今日には、覚醒意識で、霊界との結びつきを求めようとする機会が残されているだけである。 (金儲けの似非自称霊能者はウヨウヨしているが。本当の霊能者なら、ホームレス生活しないとダメ。) 古代人は、自分の魂が物質界の出来事を知るだけでなく、例えば、霊界のヒエラルキア(天使)が自分の魂の中にも直接作用しているのを知っていた。霊界は人間の魂という道具を使って物質界に作用を及ぼしていた。人々は、このような霊能力から、自分が霊界のヒエラルキア(天使)たちと結びついていることを知っていた。(P15-P17) 境界の守護霊(改変) 睡眠中、肉体とエーテル体から離れた魂たちは、しばしば境界の守護霊のところに行く。霊界と物質界との境界を守護するこの霊は、人類の進化過程で、様々な形で人間の意識の前に立ち現れた。その存在による重要なメッセージは、史実としてではなく、伝説や伝承として伝えられてきた。 だから伝説や伝承は、昔、様々な人物が、境界の守護霊といかに出会い、どのような伝授を受け、どのように霊界へ参入し、そこから再び物質界に戻ったのかを示唆している。 (浦島太郎やかぐや姫の話などもそうだろう。) 一度霊界へと足を踏み入れると、霊界の出来事に気をとられ、物質界に戻った後の参入者が、物質界では生活できなくなることがあるが、守護霊の導きによる霊界への正しい参入は、物質界でも生活を続けることができ、事実、霊界と物質界の両界の行き来をスムーズにしてくれ、参入者を夢想家や夢想的な神秘家にすることはなかった。 境界の守護霊は、参入者に、数千年にわたって、霊界に参入しても、物質界での生活を通常通りに過ごすことも求めてきた。しかし、19世紀の後半になると、覚醒意識状態で境界の守護霊と出会った人はほとんどいなくなった。 しかし現代という時代では、人類がなんらかの形で境界の守護霊に出会うというなかば使命的な課題を与えられているので、睡眠中、現代人の魂である自我とアストラル体は、境界の守護霊のところへ赴く。 この境界の守護霊から、現代人は魂の進化の課題をイメージ(思考)として受け取らなくてはならない。現代人のほとんどが霊的に目覚めていないので、境界の守護霊を取り巻く環境は厳しく、現代人のほとんどが、覚醒時に、この境界の守護霊に近寄る力を持たないので、少なくとも眠っている間だけでも、その近くに行く。 そのときの様子を見れば、境界の守護霊から、「大きな責任の芽生え」とも言うべき自己の魂の進化(能力開発)に役立つイメージを受け取っている。睡眠中、境界の守護霊に近寄る魂たちは、覚醒意識では知ることのできない、曖昧な潜在意識のままで、霊界へ入る許可を、境界を超えて進むことを求める。その都度、数限りない、境界の守護霊の厳しい声を聞かされる羽目になる。 -「今のお前の進化段階では境界を超えることは許されない。霊界には入れない。下がりなさい。」 (輪廻転生の法則をある程度掴んだ後でないと、物質界での日常生活に戻ると支障を来たすことになるから。以前にも紹介したが、霊界では、全てが逆に進むので、物質界に戻ったときに、例えば、その後遺症として、自他の認識が消滅し、覚醒意識からなる自我を失う恐れがあるから。いわゆるゾンビや植物人間になってしまう。) なぜそのように警告するのか? もし、境界の守護霊が、未熟な魂に、霊界参入を許し、境界を通過させたら、その魂は現代の学校や教養や文明が提供する様々な概念を、つまり、ほぼ自我が芽生える6歳から死ぬまで抱き続ける物質界の様々な概念を持ったままで霊界へ入っていくことになる。 この物質界での概念や理念を抱いたまま霊界へ入っていったなら、その魂は(物質界とはまるで正反対の世界なので)麻痺してしまい、物質界に戻ったとしても、物質界の様々な概念をもはや失ってしまい、思考内容が空になり、何も考えられない状態になってしまうだろう。 境界の守護霊が現代人の多くの魂を厳しく退けなかったら、霊界通過後に再び地上で睡眠から目覚めたとき、次のように感じるだろう。 -「全く頭が働かない。脳に思考が思い浮かばない。(私は)一体何なのだろうか?」 (一種の記憶喪失状態となる。) 現代人が、物質界から判断する「抽象や理念の世界」とは、物質界とは全くアベコベの性質のものなのである。 (物質界からすれば、霊界は空の世界なので、仏教では色即是空と呼ぶ。) そのような抽象的な理念を抱いて、霊界へ入ることはできても、再び、その理念を持って出てくることはできない。実際、思いもかけぬほどに多くの現代人の魂が睡眠中に体験する、この情景をみると、次のように思わざるをえない。 -「現代人の多くの魂が、睡眠中に霊界に参入しようとして、守護霊に怒られるので、物質界に戻っても意識を失わずにいられるが、死後にも、魂たちを怒ることで、再び転生するときに意識を失わないように救える守護霊がいればいいのに!」 人間の魂は、肉体の死の門を通って、霊界へと赴くが、次に地上に生まれてくるとき、再び、過去世でもっていたのと同じ理念(概念)の力を伴ってくることはできないだろう。というのは、現代人の思想を持って霊界に入ることができても、同じ思想を持って出てくることはできないからである。魂を麻痺(初期化)されて出てくるしかない。(P338-P341) ☆ ☆ ☆ このことが人間が輪廻転生しても、前世を記憶していない証拠である。しかし、誕生からほぼ自我が現れる6歳までは、魂の潜在意識のなかには薄々ながら体験として残っている。自我は、この世の情報から形作られるので、6歳以降は上書きされるわけである。 しかし、輪廻転生の法則を掴み、あの世とこの世の行き来をスムーズにできる秘儀参入者になれば、記憶の転写を輪廻転生の法則により自由自在に書き換えることができるので、前世を記憶することも可能になるだろう。輪廻転生の法則は現代物理学ではカイラルティ(超対称性=鏡像対称性)として知られている。 超対称性は、素粒子レベルでは通常生起している現象である。
2014年03月04日
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シュタイナーの必読の書といえば、先に紹介した「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」と「神秘学概論」であろう。しかし、この2冊だけ読んでも、何が書かれているか理解することは甚だ困難だろう。 私も最初読んだときは面食らってまるでチンプンカンプンだった。それでもグルジェフの書のチンプンカンプンさよりはまだわかりやすかったとはいえる。 シュタイナーの本は数多く出回っているので、そのほとんどを読んでいくうちにようやく、先の必読の2冊の本の意味がわかってきたが、グルジェフの本は少ないので、いまだよくわかっていない。しかし、グルジェフを研究している人のブログを読むと、シュタイナーのいっていることとほとんどか変わらないことはわかった。 そういう意味からいっても、先のシュタイナーの2冊はオカルティスト(秘教学徒)には必読書とはいえるだろう。 では今度は、「神秘学概論」を紹介する。 ☆ ☆ ☆ 神秘学概論 人間の進化段階(改変) 人間は、かつて、いまとは別の形の存在(月紀の液体状態)から、いまのような形の存在(地球の固体状態)に移行してきたが、将来、また別の形の存在(木星紀の浄化した液体の状態)に移っていくだろう。(P120) (シュタイナーによれば、原始の土星紀において、人類は、熱「エネルギー」のような状態だったという。その名残は、いま血液の温度、つまり体温に現われているという。次の太陽紀には、気体のような状態だったという。そして、月紀の液体のような状態から、現在の地球紀の前半の火星紀には固体のような状態の、物質的な肉体をもったという。 そして、これから、逆にまた地球紀の後半の水星紀で、液体のような状態に浄化していく予定で、更に木星紀、金星紀で、液体から気体になり、ついにはウルカヌス星紀で、再び熱の状態になるという。) 境界の小監視者(守護霊)と大監視者(守護霊)(改変) インテュイションの体験(人類が獲得できる霊能力で最上の神通力)を得ると、修行者は霊界や魂界を知り、それらと物質界との関係を「秘教学者が残した象徴や記号」から読み解くことができるだけでなく、人間が属する物質界を共同作業によって成立させた存在(神々)たちを認識するにいたる。 そのような霊的な認識を通じて、修行者は、自分も霊的な存在として霊界や魂界のなかにある自分の真の姿を知る。修行者は自分のなかにある高次の自我を認識し、自分のドッペルゲンガーと呼ばれる「境界の監視者(守護霊)」を支配するために修行しなければならないことに気づく。 更に修行者は「境界の大監視者(守護霊)」にも出会う。この存在は修行者がたゆまず先に進むことを要求する。この「境界の大監視者」は修行者が努力目標とすべき模範になる。たゆまず先に進もうとする感情が修行者のなかに起これば、修行者は「境界の大監視者」として自分のまえに立つ存在の正体を認識できる。 そのとき、この監視者は姿を変える。修行者はこの監視者をキリストの姿に認識するだろう。修行者はキリスト(救世主)の名と結びついた崇高な秘儀に参入する。キリストが「地球の人間の偉大な模範」として、修行者に現れるのである。(P368-P369) (修行者はマイスター、もしくはアデプトとして転生し、地球人に輪廻転生を教え、輪廻転生から脱する解脱を教える。つまり、キリスト「救世主」の弟子として活動する。) 聖杯の秘儀参入者(改変) キリスト教が、大半の人間が超感覚(神)界の認識力を発展させていなかった時代に広まったのは地球の進化にあわせたことだった。だから、当時は伝承力が非常に大きかった。超感覚(神)界をみれない人々に超感覚(神)界を信頼させるのに強大な力が必要だった。 13世紀での例外的な短期間を除いて、イマジネーション(霊視力)、インスピレーション(霊聴「観音」力)、インテュイション(神通力)を通して、高次の世界に高まることのできる人々が常に存在した。これらの人々は、秘儀から得た叡智の指導者(教師)であり、仲間の古代の秘儀参入者たちの後継者だった。 (本当の三種の神器とは、このイマジネーション「霊視力」、インスピレーション「霊聴「観音」力」、インテュイション「神通力」のこと。) 指導者(教師)らは、古代の秘儀参入での認識を通して把握され伝承された叡智(神々の存在)を、自分で霊能力を獲得して再認識するという課題を持っていた。そして、指導者らは、その課題に、キリスト秘儀の認識(キリストの愛の意識のことで、人類に輪廻転生を教える役目)を付け加えた。 こうして、新しい秘儀参入者たちに、古代の秘儀参入による叡智を含む認識が生じた。その認識の中心には、キリスト秘儀についての高次の叡智が輝いていた。 人間の心魂が第4段階(アトランティス時代)の認識力と情緒力を強める必要のあった間、そのような認識は、ほんのわずかしか、起きているときの日常生活(覚醒意識)のなかに流れ込むことができなかった。だから、当時、その第4段階の叡智は(秘儀参入者だけがもつ)「(睡眠中の)秘密の知識」だった。ついで第5段階(ポストアトランティス時代と呼ばれる我々の時代)が到来した。 人類進化の第5段階の本質は、人間の霊魂の認識力(覚醒意識)を力強く開花させ、現在から未来へと発展させていくことにある。12世紀、13世紀から第5段階の発展はゆっくりと準備され、16世紀から現在まで発展を早めてきた。このような影響の下に、第5段階の進化において、認識力(自己認識)の育成が重要視され、反対に、かつて信頼され、伝承されてきた認識(民族的な集団認識)が人間の心魂に与える力が失われていった。 (「5」という数字は、神秘学では悪魔の数といわれ、善が悪に転ぶ数である。つまり、認識力の発展により、自己意識が磨かれるが、反面、自己の自由を追求しすぎて我侭になる悪魔性がでてくる。それが競争主義と結びつくと、物質主義の地獄へと堕ちこんでいく。) しかし、そのかわりに、近代の超感覚意識の認識(潜在意識からの覚醒意識の獲得)が人間の心魂に流入していった。たとえ最初のうちは気づかれなくても、「秘密の知識」が第5段階の人間の思考やイメージのなかに、哲学などを通じて流れ込んでいった。 現在にいたるまで、人間の認識力が、この秘密の知識に対して拒絶的な態度を取ってきたのは自明である。ただ、その一時的な拒否にもかかわらず、これは人類の進化に組み込まれたもので必然的に生じるものである。 (潜在意識を、神秘学では月の意識と呼び、覚醒意識を、太陽意識と呼ぶ。現代人も月の意識を寝ているときの夢などで使っている。予知夢などがその例で、動物などの集団性は、この月の意識に依存している。 だから、動物は人間のように個人的意識に目覚めず、半分寝ているような状態。この状態は人間でも集団で洗脳されている状態と同じである。催眠術師は、この半分寝ている状態を利用して自己暗示「自己制御力を奪う」にかける。) 人類がしだいに把握していく「秘密の知識」を、象徴的に「聖杯」の認識と呼ぶことができる。物語や伝説に語られている聖杯の本当の意味の理解を学んだ者は、キリストの秘儀を中心とする近代の秘儀参入による認識獲得の本質を聖杯というイメージがよく象徴していることを認めるだろう。 だから、近代の秘儀参入者たちは、「聖杯(個の意識を全体の神々の意識へと再びつなげる)の秘儀参入者」とも呼ばれる。 (覚醒意識をもって、霊視力「太古の意識」を獲得することで、つまり太陽意識により、月意識を融合し、人間の意識は死なず、肉体や物質が全てではないことを理解すること。具体的には起きながら寝ることで、それを発展させれば、肉体が滅んでも死なないことが意識の上でわかるようになる。) 人類が進化して、聖杯の認識を吸収するにつれ、キリスト秘儀を通して与えられた意識は益々人類の進化にとって意味深いものになっていく。キリスト教の外(物質)的な発展に、内(精神)的な発展が結びついていく。 イマジネーション、インスピレーション、インテュイションを通して、キリストの秘儀(意識)との結びつきから認識される霊的な叡智が、人間の霊魂のなかの思考や感情や意志に徐々に浸透していく。「聖杯の秘密の知識」が開示され、その叡智は、内(精神;霊)力として人間の人生に徐々に浸透していく。 (覚醒意識で霊能力を獲得した新しい人類は、現世で遭遇する事象から、自分の過去世を知るようになる。例えば、寝ているときにみた夢などを覚えているようになる。) 人類進化の第5段階を通して、超感覚界(霊界)の認識が人間の意識に流れ込んでいく。第6段階がはじまると、かつて潜在意識のなかに漠然とした形で存在した非感覚の霊的観照が、更に高次の段階で再び獲得される。 霊能力(霊的認識力)は、かつてとは全く異なった形で、新たに獲得される。太古の人々の心魂が高次の世界について知っていたことは、個人的な認識力と情緒力に浸透されていなかった。太古の人々は、高次の世界についての叡智を、遺伝的に継承した霊感などから知ったのである。 将来、人間は、高次の世界の叡智を単に霊感(潜在意識)として受け取るだけでなく、その霊感を認識(覚醒意識)として把握し、自己の意識の本質(霊我)として役立てるだろう。(P378-P381) (太古は、民族霊を通じて、神々の意識とつながっていた。民族長が遺伝的に霊視を継承し、祭祀となって、神々の命を受け取り、族員に伝えてきたが、次第に覚醒意識が芽生え、形骸化してきたので、各個人が、集団に成り代わり、個人的に霊視を獲得し、再び神「今度は個人となった神」とつながるようになる。 以前にもいったが、太古の神々が、現代では唯一の神となったのは、人間の自我が集団から、個人になったからである。簡単に組織でいえば、昔は長の命令は伝令役などの中間層を得て末端の成員に届いたが、現代は伝令役などの中間層がなくなり長も末端の成員も区別がなくなることを意味する。 世の中も中間ポストがなくなり、そのように進んでいることがわかる。いずれ上下は同等になるので、上から目線でいると真っ逆さまに落ちることになる。このことは天界で決まったことである。上下がなくなれば、上も下と同じである。特にカネで解決していたことが解決できなくなるだろう。) 月(意識)と地球(意識)の統合(改変) 地球の更なる進化を可能にするために、レムリア時代に地球から離れなければならなかった太陽や月と、その太陽や月上の存在が、再び地球と合体できるまでに、地球と人類の進化が進む必要がある。月は再び地球と結びつく。 十分多くの人間の魂が、この月の力(月意識)から、地球に更なる進化を与えるための内(意識)力を獲得するので、月(意識)は地球(意識)に結びつく。 (月意識とは、霊意識のことで、地球意識とは、物質意識「物質感覚」のことである。) 高次の進化に到達した多数の善人の魂の傍らに、いまだ悪(我侭)の方向に進む少数の悪人の魂が現れる善と悪が二分される時代がくるだろう。進化から遅れる魂たちは自分のカルマ(輪廻転生)のなかに多くの誤謬や憎しみや悪を蓄積し、善良な人々の共同体に鋭く対抗する悪と迷妄の連合(国連など)を形成するだろう。 (あらゆる組織には上下関係がなくなる。つまり上位に君臨しないと満足できない人は淘汰されていくことになる。この我侭が競争意識の実体である。) 善良な人類は、個人意識の進化を通して、月意識(霊視力)を使用できるようになり、地球のなかの特殊な場である悪を改善しながら、更なる地球の進化を指導していく。(P383-P384) ☆ ☆ ☆ 悪いことをする人は視野が狭い。つまり悪人は視野が狭すぎる。悪人は、自分の潜在意識のなかに、神(良心)がいることを忘れている。潜在意識の良心が覚醒意識の悪を裁くことになる。
2014年03月03日
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国際社会はウクライナで話題もちきりである。謀略説からいえば、ニセユダヤの仕業と思われるので、御馴染みのサイトから以下に紹介する。 ☆ ☆ ☆ ウクライナ情勢の現在までの経過 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140303/1393803905#seeall ウクライナ情勢が激しく動いています。 以前の投稿で、ウクライナという地域は、欧米ユダヤ金融勢力の母国、ハーザール汗国があった場所である事。 そのウクライナが、ロシアの影響下に入ってしまいそうになっているのを、ソチオリンピックの隙をついて、欧米ユダヤ金融勢力側が強引に奪い返そうとしたのが、今回のヤヌコビッチ政権転覆の動きである!という記事を書きました。 ▼欧米金融ユダヤ勢力によるベネズエラとウクライナでの謀略とは? http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20140224/1393204925 もちろん、オリンピックが終わったロシアが、そのまま黙っている訳はないですよね? かりに、地域の住民が心から欧米を後ろ盾にして、ロシアからの影響を排除したいと考えているならば、プーチン・ロシアは動かないと思います。 ただ、歴史を鑑みれば、ユダ金の影響下に嵌った国民は、激しい搾取で、現在のヨーロッパや米国のように貧困に喘ぎ、絶えず戦争を行い、他国を侵略&略奪して糊口をしのぐような生き方を強制されます。 (明治維新以来の日本もその例で、清帝国、露帝国を潰すために利用され、残ったのは莫大な借金で、ニセユダヤとその手下の三菱-三井財閥などに莫大な軍事兵器と麻薬などで搾取された。) さらに、ユダ金側の狙いは、母国奪還の他にも、ウクライナを通っている天然ガスのパイプラインがある訳です。 ここを握って、富を掠め取りながら、その資金でウクライナを完全に抑えたら、今度はもちろん、ロシアの転覆と天然資源を略奪しよう!という魂胆ですよね? ▼真実は自分で見つけるしかない。 http://richardkoshimizu.at.webry.info/201403/article_3.html こんな動きをロシアが放っておくはずもなく、即座に軍事介入を決定して、サクサクと正規軍を展開! (お前らはニセユダヤに騙されているだけなんだといわれたのでしょう。働いても給料は払ってもらえないばかりか、口封じに殺されるのがオチだぞ!というわけなんでしょう。) すると、クリミア半島あたりのウクライナ軍から、次々とロシア軍に帰順してしまっているようです。 ▼ウクライナ軍、次々とロシア側に帰順! 「半島のウクライナ軍兵士が 自治共和国側に付いて任務を放棄。」 http://richardkoshimizu.at.webry.info/201403/article_15.html さてさて、シリア略奪戦の失敗で、中東戦争ビジネスも失敗! TPP対日・アジア略奪ビジネスも失敗! で、今度は、ウクライナ奪還大作戦も失敗? すでに、何もかもが思うように行かなくなってしまったユダ金ちゃん! 今度はどんな失態を演じてくれるんでしょうか? ☆ ☆ ☆ 続けて、ネットゲリラさまのブログから抜粋紹介。 ☆ ☆ ☆ ネオナチの背後のユダ金w http://my.shadowcity.jp/ ウクライナで騒動起こして実質的なクーデターやったのは、ネオナチ集団だそうで、その背後にユダ金がいて操っているというんだから、国際情勢は魑魅魍魎だw つうか、日本でも、在特会が暴れて自民党の手助けしているようなもんか。今、ウクライナで起きているのは、プーチンとユダ金の最終戦争です。アメリカとロシアが国交断絶とかいう話も出ていて、なかなか香ばしいw 経済制裁とか言うんだが、パイプライン閉められたらヨーロッパが干上がってしまうw ロシアは、基本的に共産圏で経済が完結していた体制が残っているので、経済制裁はさほど困らないだろう。オバマは打つ手ナシだと思う。 時間を稼いでもアメリカもEUも来ない クリミア半島のウクライナ軍が、戦う前からさっさと「投降」しちゃってます、という話なんだが、元々、クーデター起こした新政府には反対の立場のロシア人の軍隊ゆえ、投降というよりは「寝返り」ですねw つうか、ウクライナを乗っ取った新政府側がどうも怪しいみたいで、むしろ先に崩壊してしまうのではないか? 繰り返すが、ここで起きているのは、ユダ金とプーチンの最終決戦です。オバマなんざ、第三者です。オバマは破産管財人であって、ユダ金の代弁者ではない。ユダ金の仕組んだクーデターは失敗です。ロシアに対する経済制裁なんか出来るわけがない。パイプライン閉められて、EUが凍えて死んじゃいますw アメリカなんてクソの役にも立たない 何度も書くが、オバマはアメリカ帝国の破産管財人です。散々戦争で無駄遣いして空っぽになった金庫抱えて、なんとか戦争が起きないように必死で抑え込むのがお仕事。ところがユダ金はアメリカ財政の事なんか知ったこっちゃないので、あちこちで放火して歩くw 尻拭いも大変だw まぁ、ほどよきところでユダ金も手を引かないと、アメリカも本性剥き出しにしてユダヤ排斥始めるかも知れんw いや、笑い事じゃない、もともとアメリカの田舎者はリバタリアン的傾向が強いので、ユダヤは嫌いです。潜在的に嫌われているので、それが表面に出ないように、ホロコーストとかアンネの日記とか、被害者アピールに励んでいる。そのタガが外れたら怖いよw黒人差別並みの激しさでユダヤ差別を始めたら、さぞや楽しい事になるだろう。南部を旅すると、町外れの木にぶら下がる「奇妙な果実」がw ☆ ☆ ☆ 米国の歴史といえば戦争と金儲けしかない人たちの歴史といえるでしょう。そもそも米国の土地も先住民を滅ぼして略奪したわけで、略奪経済です。血に塗られた歴史といってよいでしょう。それでも良かった点を1つだけ挙げると多民族国家になったということだけで、ついに黒人大統領が誕生したことですが、破産管財人ですから、いまだ差別が残っているのが残念ですが…。 ともかくも、ニセモノユダヤは、ニセモノであることを示すいい機会が訪れているようです。連中の言い草だとヒトラーもユダヤ人になってしまいます。ヒトラーは、Y染色体アダム説だと、ロスチャイルドと同じ配列をもつからです。そこで、「ユダヤ人は母系遺伝」だと必死に誤魔化しているわけですが、それでは、ユダヤ人の正統な後継者とされる三種の神器を示してみろということになります。 ホンモノのユダヤ人というのは(肉体上の)人種ではなく、霊魂の上で、輪廻転生を克服した人という意味に思います。 結局、ニセモノが実証しようとすると、ニセモノであることを示すだけなのです。
2014年03月03日
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