陽炎の向こう側　　浅井　キラリ

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2008/09/09

「昨日もいいましたが、あなたに『すまない。』と書いて、亡くなられたのですから、あなたが理由ではないと思いますよ。

夫婦の間でもわからないことは沢山あると思います。

近くに居るからこそ見えないことも。

だから、あなたもご自分を責めたりしないで下さい。」

「でも・・・。」

「もし、理由を知ったら、あなたの気持ちが収まりますか？酷な言い方かもしれませんが、理由を知っても、ご主人は、戻ってこられないのですよ。」

「そうですね。でも、このままでは、前に進めないような気がするんです。

どうしても、考えがそこに行ってしまうんです。避けては前に進めないんです。」

「私としては、あまり、そこにこだわることはおすすめできません。

それが、『すまない。』とだけ書かれて亡くなられたご主人のお気持ちをくんで上げることになると思いますよ。

あなたへの優しさだと思いますよ。」

次の瞬間、弘子は、今まで、見せたことのない表情を森口に向けた。

「私への思いやりですか？

『すまない。』とだけ書いて死なれた私への思いやりですか？

私を残して行くこと自体、思いやりのかけらも感じられないです。」

弘子は、強く手を握りしめていた。

顔は、みるみる紅潮していった。

「どんな思いをしたか、先生にはおわかりじゃないんです。

私が、どんな思いをしたか・・・・。」

弘子は、ベッドに身を投げ出して泣き出し、拳でベッドをたたいた。

森口は、おとなしい性格だと思っていた弘子の激しい一面に驚いていた。

森口は、おとなしい性格だと思っていた弘子の激しい一面に驚いていた。

「それでも、私は、悩み苦しんだご主人の精一杯の思いやりが込められていると思います。

悩みを抱えた沢山の患者さんを見てきています。

ご主人も悩まれていたのだと思います。あなたに心配を掛けたくなかったのでしょう。

弘子は、体を起こすと、涙をためた目で森口を見た。

「主人は、優しかったですけれど、私を愛してなんかいなかったのだと思います。」

ぽつりと弘子はつぶやくように言った。

そして、窓の外に目を向けた。

「愛してなんかいなかったんです。」

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