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百三歳になったアトム 谷川俊太郎 友達との間で、 矢作俊彦 の 「ららら科学の子」(文春文庫) の話が出て、丁度その頃、 尾崎真理子 が 谷川俊太郎 にインタビューした 『詩人なんて呼ばれて』(新潮社) を読んでいたものだから、この詩集を引っ張り出してきました。
人里離れた湖の岸辺でアトムは夕日を見ている
百三歳になったが顔は生れたときのままだ
鴉の群れがねぐらへ帰って行く
もう何度自分に問いかけたことだろう
ぼくには魂ってものがあるんだろうか
人並み以上の知性があるとしても
寅さんにだって負けないくらいの情があるとしても
いつだったかピーターパンに会ったとき言われた
きみおちんちんないんだって?
それって魂みたいなもの?
と問い返したらピーターは大笑いしたっけ
どこからかあの懐かしい主題歌が響いてくる
夕日ってきれいだなあとアトムは思う
だが気持ちはそれ以上どこへも行かない
ちょっとしたプログラムのバグなんだ多分
そう考えてアトムは両足のロケットを噴射して
夕日のかなたへと飛び立って行く
「夜のミッキー・マウス」(新潮文庫)
空を越えて ラララ 星のかなた 60代より御年の方は必ず歌える(?)歌じゃないでしょうか。
ゆくぞ アトム ジェットの限り
電車の中、ぼくの手の作品集にはしっこを折ったページが増えてゆく。 キリがないのでこれくらいでやめますが、 「ああ」 とかどんな詩なのか、きっと気になる方もいると思いますので、ちょっとここで引用して話を終えたいと思います。
はしっこを折った詩は誰かに読ませたい詩だ。妻によませたい詩。娘に読ませたい詩。あてはないけど誰かに読ませたい詩。詩があったらからと言って橋や道路のようになにかが便利になるわけじゃ。どっかの占い師のように悩める心に答えをくれるわけじゃない。コレステロールや血糖値を下げて長生きできるわけでもない。でもそれがあるだけで確実に何かが変わる。
妻は 「ママ」 という詩を読んで苦笑して 「私はちがう。 」というだろう。
小学生の娘は 「よげん」 という詩を読んで、世界のちょっとヤバイところを感じてとまどうだろう。
「ああ」 を読まされた女性スタッフは、なんのつもりでこれを読まされかいぶかしく思うだろう。
(谷川俊太郎の詩になりたい P109)
ああ 谷川俊太郎 さすが、 谷川俊太郎 、やるもんですね。もちろんこの詩を 「女性スタッフ」 にすすめたり授業で取り上げる 「勇気」 はぼくにはありません。でも、悪くないと思うのですがいかがでしょう。(笑)
ああ
あああ
ああああ声が出ちゃう
私じゃない
でも声が出ちゃう
どこから出てくるのかわからない
私からだじゅう笛みたいになってる
あつ
うぬぼれないで
あんたじゃないよ声出させてるのは
あんたは私の道具よわるいけど
こんなことやめたい
あんたとビール飲んでるほうがいい
バカ話してるほうがいい
でもいい
これいい
ボランティアはいいことだよね
だから私たち学校休んでこんな所まで来てるんだよね
でもこのほうがずっといい
どうして
苦しいよ私
嬉しいけどつらいよ
あ
何がいいんだなんてきかないで
意味なんてないよ
あんたに言ってるんじゃない
返事なんかしないで
声はからっぽだよこの星空みたいに
もういやだ
ああ
ねえあれつけて
未来なんて考えられない
考えたくない
私ひとりっきりなんだもの今
泣くなっていわれても泣いちゃう
ああ
あああ
いい
「夜のミッキー・マウス」(新潮文庫)
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