大阪NSC入学のための面接にて
千鳥・大悟は、高校卒業後、芸人になるために、吉本興業の芸人養成所である大阪NSCに入学しようと考えた。そして面接を受けに行った。
面接が進み、普通に終了する流れだったのだが、なぜか大悟は、
『このままだったら落ちてしまう。何とかしなくては・・・』
と考えた。そこで、面接官に対して、
『さっきから偉そうに審査しとるけど、ワシよりおもろいんか?』
と言った。
その結果、見事に不合格になったという。
NSCの面接は難しいのか?
一説によると、「NSCは誰でも受かる」と言われている。
よほどのことがない限り不合格にはならないらしいのだが・・・
しかし、実は他にも不合格になった芸人がいる。
笑い飯・西田である。
笑い飯・西田の場合
西田はNSCの面接を受けた時、長髪でヒゲをはやしていた。
そして、真っ黒なゴミ袋をカバンがわりにして持っていた。
また、面接の待ち時間には、ビーフジャーキーを食べていたという。
その様子を見た面接官から、『明らかにアイツおかしい』と判断されたようだ。
千鳥と笑い飯の関係
千鳥と笑い飯は昔から交流がある。
千鳥にとって笑い飯は、一番最初に出会った先輩芸人だという。
そのため千鳥は、笑い飯をお手本として芸人をやってきた。
しかし千鳥・ノブは、『今にして思えば、笑い飯は手本には適さない変人だった』と思っているようだ。
駆け出しのころの千鳥と笑い飯
千鳥が駆け出しの若手芸人だったころ。
大悟が住んでいたワンルームの部屋に、ノブと笑い飯の2人が毎日のように泊まりに来ていたという。
そこで笑い飯の2人は一晩中ボケまくり、そのボケに対してノブがツッコミをいれるということを繰り返していたという。
ある時、7時間ほどずっとボケまくる笑い飯に対し、ノブは言った。
『やめぇ!!』
ノブの心からの叫びである。
それに対し、笑い飯は言った。
『それそれ』
笑い飯は、ノブの心からの叫びを引き出したかったようだ。
テクニックを使ったツッコミより、気持ちが大切だということを教えたかったのかもしれない。
ヒマがあったら大喜利
当時の笑い飯は、ヒマさえあれば『大喜利しよう』と言っていたらしい。
そして大喜利の回答を書いた紙を、大悟の部屋の壁に貼っていた。
大悟の部屋の壁は、四面とも大喜利の回答で埋め尽くされた。
大悟は頭が狂いそうになったという。
現在の千鳥
大阪で人気者となり、現在は東京に拠点を移して活動している千鳥。
東京に出てきた当初は苦戦を強いられていたが、現在では少しずつ上昇してきているようだ。
まとめ
笑い飯に鍛えられて、千鳥は個性的な芸人になったということでしょうか。
大阪でウケていたことが、東京ではウケない。そういうことが多々あるようです。
環境の変化に適応して、成長する必要があるということですね。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
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