2016年01月24日
不幸に遭遇しても、幸福レベルは元に戻る。
人間の心理の不思議の1つは、自分自身の未来の感情を予測するのが苦手だということです。私たちは、良いニュースが自分を劇的に幸福にし、悪いニュースが自分を壊滅的に打ちのめすと思っています。しかし、真実はかなり直観に反しています。
2010年夏、レイチェル・フリードマンさんは、人生で最も輝かしい時間を迎えようとしていました。彼女は婚約したばかりで、親友たちに囲まれ、独身最後のパーティーを楽しんでいるところでした。
その日、フリードマンさんと友人たちと1日を共に過ごしていました。彼女は友人たちとプールの周りに行き、ふざけて遊び出しました。そんな時、友人の1人が冗談半分で、彼女をプールの浅い安全なところへ突き落としました。フリードマンさんはゆっくりと浮かび上がり、水の上に顔を出しました。しかし、明らかに何か異変が起きていました。「これは冗談じゃないわ!」とフリードマンさんは大声をあげて叫びました。
実はフリードマンさんはプールの底に頭を打ち、2つの脊椎を損傷してしまったのです。特に、第六脊椎の損傷がひどく、脊髄が切断され、下半身に慢性の麻痺が残りました。彼女はもう歩くことはできない体になってしまったのです。
「私たちは本当に幸せ...」
1年後、レイチェル・フリードマンさんは結婚し、レイチェル・チャップマンになりました。彼女は、2013年、オンラインのQ&Aセッションで、こうした体験全体についてどう考えているかを語りました。
彼女は、誰もが想像できる困難について語ることから始めました。身体的障害を抱えながらできる仕事を見つけることの難しさ。神経の痛みに耐えるつらさといらただしさ...。
しかし、驚いたことに彼女の回答にはポジティブなものがたくさんありました。たとえば、事態は悪化したかとの問いに、「ええ、たしかに事態は変わった、でもそれを完全に悪くなったと言うことはできない」と答えました。夫との関係を聞かれると、「私の怪我がもっと悪かった可能性を考えると、私たちは幸せだと思うわ」と答えました。
人生がうまくいかなくなったようなとき、どうすれば私たちは幸せでいられるでしょうか? フリードマンさんのケースは、私たちの脳がトラウマ的な出来事にどう反応するか、また、何が本当に私たちを幸せにするかを教えてくれています。
幸せにまつわる驚くべき真実
学者のダン・ギルバート氏はハーバード大学にて社会心理の研究を行っています。ギルバート氏のベストセラー本『Stumbling on Happiness(邦題:明日の幸せを科学する)』には、私たちが未来の状況の幸福度の予測を誤ることについて論じています。そして、実際に私たちを幸せにするものは何であるかについて、直観に反する見識を提示しています。
ギルバート氏のような研究者たちによる主要な発見の1つは、極めて困難で、不可避な状況に陥ると、私たちの脳は積極性と幸せを増すことでそれに応じるというものです。たとえば、自宅が地震で破壊されたり、交通事故で重傷を負って足が動かなくなったと想像してください。そうした出来事のインパクトはどれくらいあると思うかと質問すると、多くの人が壊滅的だと答えます。中には、もう歩けないなら死んだほうがましだと言う人さえいます。
しかし、研究者たちが発見したのは、実際に地震や下半身付随などのトラウマ的な出来事に遭遇しても、その出来事の半年後には、以前とかわらないほどの幸福レベルに落ち着くという事実でした。
どうしてそんなことが可能なのでしょうか?
インパクト・バイアス
トラウマ的な出来事は、ギルバート氏が言う「心理的免疫システム」を機能させます。この心理的免疫システムは、逃れられない状況において、私たちの脳が前向きな見通しや幸せを生み出すのを助けてくれます。その結果、大方の予想とは正反対の結果がもたらされるのです。ギルバート氏は「人々は、自分たちの防衛力が、軽い苦痛よりもむしろ激しい苦痛によって喚起されることを理解していない。よって、異なるサイズの不幸に対する彼ら自身の感情的反応を誤って予測するのだ」と述べています。
この作用は、極端にポジティブな出来事にも同じように働きます。たとえば、宝くじに当たったことを想像してください。多くの人が、宝くじに当たれば長期に渡って幸福が続くと考えます。しかし、研究は正反対の結果を示しています。
1978年にノースウェスタン大学の研究者によって発表された有名な研究で、下半身不随になった人と、宝くじに当たった人の幸福度は、その出来事があってから1年もたたないうちに「同程度」になることが明らかにされました。この事実を正確に読み取ってください。片方は人生が変わるほどの大金を手に入れ、もう片方は足が動かなくなりました。その両者が1年以内に同じ幸福度を持つに至ったのです。
これとまったく同じ研究は、それ以来行なわれていませんが、同様の傾向が繰り返し立証されてきたという事実は重要です。私たちは、極端な出来事が人生に及ぼす影響を過大評価する傾向があるのです。極端にポジティブ、極端にネガティブな出来事は、長期的な幸福度に対して、私たちが思っているほどには影響を与えません。
研究者たちは、私たちが持つ、重大な出来事がつくりだす幸福の強度と、持続時間を過大評価するこの傾向を「インパクト・バイアス」と呼んでいます。インパクト・バイアスは、感情予測のバイアスの1つで、私たちが未来の感情を予測することが、かなり苦手であるという社会心理学的現象を指すものです。
ここから何を学べるか?
インパクト・バイアスからの主な学びは2つあります。
1. 私たちは変化するものばかりに目を向け、変化しないものを忘れてしまう
たとえば宝くじに当たったとします。私たちはきっと手に入るお金のことばかり考えるでしょう。そして、人生には残りの99%があり、それらはほとんど変化していないことを忘れてしまいます。
睡眠が不足すればイライラします。通勤時の道路は渋滞します。健康を維持するにはエクササイズが欠かせません。税金は毎年必ず納めねばなりません。
愛する人を失えば、心が傷つきます。ポーチに座って夕陽を眺めればリラックスした気分になります。私たちは変化するものについてはいくらでも想像をめぐらせますが、変化しないものには意識を向けません。
2. こうした変化は特定の事柄の妨げにはなっても、人間としてのあなたの妨げになるわけではない
ギリシャの哲学者エピクテトスは「足の不自由は足にとって障害であるが、意志の障害にはならない」と言っています。
私たちはネガティブな出来事がどれくらい私たちの人生を損なうのかについて過大評価します。それは、ポジティブな出来事がどれほど人生を助けるのかを過大評価するのと同じ理由によります。私たちは起きたこと(足を失う)にばかりに目を向け、人生にはほかの体験がたくさんあることをすっかり忘れてしまうのです。
友人にお礼のカードを書き、週末にサッカーを見て、良い本を読み、おいしい料理を食べます。これらは、足がなくても楽しめる人生の素晴らしいことなのです。足がないと、移動には問題が生じますが、それはあなたが体験する全体のごく一部に過ぎません。ネガティブな出来事は、特定のタスクについての困難を作り出しますが、人間の体験はもっと広く、さまざまです。
人生には、あなたが今まで考えたこともない、あるいは、現在想像するかぎりでは望ましくないと思える、幸福の可能性がいくらでも残されているのです。
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