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アンスカ国文学会


2005年12月09日
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カテゴリ: カテゴリ未分類



 先申しましたとほり『鉢木』といふ能は、シテの佐野源左衛門が旅の僧に暖をとらせるために秘蔵の鉢の木(盆栽)梅、桜、松を薪にするのが見せ場でございます。クセといふ節のおもしろくついた、一曲の聞かせどころ、『鉢木』はここを俗に薪之段と申しまして、型は鉢の木を手折つて火にくべるさまを見せ、文句は梅、桜、松の由緒由来を和漢の故事を引いてなかなかの名文になつてをります。――その、松のくだり。

     シテ「さて松はさしもげに。
     地 「枝を撓め葉をすかして。かかりあれと植ゑおきし。そのかひ今は嵐吹く。
      松はもとより煙にて。薪となるもことはりや。切りくべて今ぞ御垣守。衛士の
      焚く火は御為なり。よく寄りてあたり給へや。

なんでございますな、手前などはこの盆栽の道は一向不案内でございまして、通りいつぺんのことしか存じあげませんが、やはりお好きなかたは花木よりも槇、杉、檜といつた常盤木だとおつしやいまして、ことに松と申しますのは盆栽の代表みないたものでございます。花がないだけ枝振り、葉のしげり具合なぞがいつそう大事なのだとうかがひますが、その手をかけることも鎌倉室町の昔から変らなんだものでございますな、「枝を撓(た)め葉をすかして」といふのは今とちつとも変ることのない丹誠の様子でございます。これを切つて「焚く火は御為なり。よく寄りてあたり給へや」と客僧をもてなす源左衛門の志、さぞや時頼もうれしく思うたことでございませう。
 何しろ梅や桜はいくら秘蔵の鉢の木と申しましても生木のことでございますからな、さぞくすぶつて燃えにくかつたらうと存じます。やはり燃やすとなれば松でございまして、今のお若いかたはご存知ないかもしらんが、あれは松脂といふものがございますから多少くすぶりはしますが生木でもよう燃えます。松明といふのは字を見てもわかるとほり松を切つて使ふものですが、あれは雨のなかでも松脂があるから消えにくいのださうで、ちとほかの木では代りにならぬものださうでございます。「松はもとより煙にて。薪となるもことはりや」といふのは、つまりさういふこと。
 ところが、これが江戸時代には禁句でしたさうで。能といふのは幕府や各地の御大名から御扶持を頂戴してをつたものでございますから、主家に不都合な曲や文句は遠慮いたします。徳川家は家康より前の代は松平を苗字といたしまして、江戸期に入りましても将軍家、御三家、御三卿以外の御親藩、御連枝は松平をお用ゐでございました。これは奥三河に松平郷といふのがございまして、もともと徳川家はここから出て三河に勢力を張つた地侍だつたとかうかがひますが、それはともかく、畏れおほくも将軍家の御苗字を「切りくべて」といふのはまことにおだやかではございません。そこで江戸時代いつぱいはここのところを「松はもとより常盤にて。薪となるは梅桜。切りくべて……」と文句を替へて謡つたのださうでございます。
 かういふふうに、舞台の型や話の筋は同じままで、不都合な文句だけを手直しするのを「文句をさす」と申しまして、今でも、さすがに舞台ではございませんが、さまざまな儀式での祝言謡ではよくございます。たとへば結婚式でおなじみの『高砂』ならば、

     高砂や。この浦舟に帆をあげて。この浦舟に帆をあげて。月もろともに出
     潮の。波の淡路の島影や。遠く鳴尾の沖すぎて。はや住江につきにけり。
     はや住江につきにけり。

とございますのを、御婚礼に「出る」「遠い」は禁句と、それぞれ「満つ潮の」「遙か鳴尾の」とさしまして、さらに二度繰りかへすのも縁起がよくないと「この浦舟……」「はや住江……」の文句もそれぞれ一遍だけにちぢめるやうにいたします。
 『鉢木』のさしかへの文句を、当時の権力者に対する卑屈なへつらひであるとする方もございます。何しろ梅、桜、松を焚くから後で源左衛門は梅田、桜田、松井田の領地をもらへるわけで、これを松だけ執行猶予にしてやつては後段の話の筋とうまくつながらない。主人の機嫌をとりむすぶためだけの、その場しのぎの、非藝術的で、程度の低い弥縫策である……。たしかにそれはさうでして、反論の余地はございません。手前もそのやうに存じます。むろん御公儀といふものがなくなりましてからは、能も何遠慮するところがございませんから、『鉢木』の文句はどの流儀も「松はもとより煙」に戻つてをります。
 しかしこれを単なるべんちやらとだけとらへる見方には、手前ちと賛成いたしかねます。ここにはどうも能といふもの、あるいは日本の藝術といふものの、根本的な特色が隠れてゐるやうでございます。
 場に合ふ、と申せばいいのでございませうか、当意即妙といひかへてもようございますし、一休さんでいへば頓知でございます。ともかくも、あらかじめ持つてゐるものを、その場の趣向に応じて当座のうちに器用に手直しして、「場に合ふ」ものを披露するといふことを、昔の日本人はたいへん大切にいたしました。茶ノ湯に申します一期一会でございますとか、季節のゆかりを重んじるといふのもこれでございますし、俗にくづれては咄家の大喜利や三題咄、あるいは一休、曾呂利の頓知話もこの類でございませう。また歌道に当意即妙の名歌を詠んで雨乞ひをしたところ天地神明その才に感応して一天かきくもり沛然と雨下つたりといふ小野小町の逸話や、御存知『枕草子』の「香炉峰の雪はいかに」といふくだりも同様と存じます。あれは清少納言の教養もさることながら、当意即妙であるのが珍重されたのであらうと手前などは考へてをります。平安末ごろの説話集にはこの型の話がたいへんに多ございます。かういふ頓知のやうな、当意即妙の、場に合ふ機転のききかたを、「やまとごころ」と申して、「漢才(からざえ)」と対比させたのでございますな。基本となる教養が漢才でございまして、それを場に合ふやうにちよいちよい手直しする機転をやまとごころと申すわけでございます。
 それからいふと、『鉢木』のさしの文句は、大切な正客をおもてなしするうへで缺くことのできない気づかひを見せた、場に合ひ折に合うた作法とも考へることができます。たとへばお目の不自由なお方の前で「めくら」といふ言葉を避けるやうなものでございますな。盲人といふ意味ではもちろん、「盲判」とか「盲縞」とか「あき盲」といつたことばも避けて、相手に不愉快をさせないやうにする。御婚礼で「切る」「ふたたび」が禁句で、葬礼では「くりかへす」が忌みことばで、御新築なら「焼ける」「崩れる」は避ける、これと同じことでございます。あるいは戌年ならば「今年はワンダフルな年に」と御挨拶するといふことがあります。おもしろくない洒落でございませうが、元日であればたいていの方はごきげんよく頓知を褒めてくださいませう。折に合ひ場に合うてをるからです。
 むろん権力に無用にこびへつらふといふことはいいことではございません。しかし『鉢木』のさしの文句はそれだけではとらへきれないものであることも事実でございまして、これは大事なお客さまを立てた、もてなしの作法としての面もございますわけで、その気持のほうは、これはゆめおろそかにするべきではなかろうと、手前は存じます。せつかく御婚礼で謡をさせていただくのですから、御夫婦の幾久しいお幸をお祈りして、「出潮」「遠く」は遠慮する。「松はもとより常盤にて」もそれと同じ志でございます。



 ■ 菅原道真公の亡霊が、藤原時平に讒され、無実の罪によつて太宰府に流されたことを憾んで、祟りをなさんと怒りを見せる『雷電』といふ能がございますが、これは五流のうち宝生流だけ『来殿』といたしまして、筋も祟りをなさんといふところを省いて菅公の亡霊成仏得脱するやうに作りなほしてございます。これは宝生流を特にお好みでございました加賀の前田家が、もとは菅原氏より発するといふことで、御先祖のことを悪霊にしてしまつては申しわけないと曲そのものを大幅に手直ししたものださうでございます。『鉢木』のさしをうんと大がかりにすると、かうなるんでせうな。





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最終更新日  2005年12月09日 12時37分13秒
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