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明治維新の闇と、太平洋戦争の闇をつなげる重要な人物を、松重楊江著「二人で一人の明治天皇」のなかで知った。 それは、有栖川宮熾仁親王である。 有栖川宮熾仁親王 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E6%A0%96%E5%B7%9D%E5%AE%AE%E7%86%BE%E4%BB%81%E8%A6%AA%E7%8E%8B その本によると、出口王仁三郎(鬼三郎)は、有栖川宮熾仁の落胤だというのである。ウイキペディアに載っている写真を見比べると、目は全く似ていない(有栖川は目が丸く、王仁三郎は狐目)が、全体の雰囲気は似ている感じがなくもない。 有栖川が、大室明治天皇を知っていたかどうかは定かではないが、朝廷での長州の庇護者で、和宮の許婚にも関わらずに孝明天皇と激しく対立しているので、南朝革命に熱心だったのかもしれない。 有栖川が東征大総督となり、また西南戦争では、征討総督となり、伊藤-大久保による大室明治天皇の分身のような働きをするのは、どこからきているのだろうか? 興味深いのは、有栖川の家系図をみると、慶喜と遠戚にあたることである。 この点に絞ってネット検索してみたら、以下のサイトに出くわした。 http://www.marino.ne.jp/~rendaico/bakumatuseihenco/miyakeco.htm 有栖川宮は、北朝系なのにも関わらず、熾仁は長州や水戸の南朝革命派なのである。つまり、熾仁は、水戸と長州に婚姻関係から取り込まれたと考えられる。北朝側からすれば、裏切りとなり、結局、孝明天皇と対立することになった。 許婚の孝明天皇の妹の和宮と結婚していたら、少しは、熾仁の南朝支持も抑制されたかもしれない。この点から考えると、幕府の公武合体策は、和宮という人選で、大失敗とも考えられる。和宮との婚姻解消に対して、熾仁は、孝明天皇との対立の要因にもなるし、プライドの高い貴族ならば、幕府に対し、多少とも怨みを持っていた可能性もある。 そして、南朝の大室天皇が薩長により立てられると、熾仁は東征大総督となり、将軍となった慶喜を追い詰める形となるから、皮肉でもある。 慶喜の構想からいえば、熾仁らを取り込んで、朝廷を南朝にすることで、幕府を存続させ、実権を握ることを考えていたわけだから、取り込んだ熾仁らに討幕されることになったわけで、全く裏目に出てしまった。長州に嵌められたわけだ。策士策に溺れる、といった形になった。 有栖川宮は、跡継ぎがいなくなり、断絶となっているが、王仁三郎が、落胤だとするのなら、長州に匿われていた大室寅吉と似たような立場といえる。南朝側が、南北朝合一を守って、交替で、天皇を立てることをしないと、つまり、明治天皇の後は、北朝系の天皇で、その後は、南朝系という交替制度を用いずに、南朝で継承を続けると、今度は、北朝革命になるから、王仁三郎が玉となる。 明治天皇の後で、南北朝合一が守られたかは定かではないが、南朝正統論が蔓延った経緯をみると、この約束が再び破られている可能性は高い。 南朝正統論が蔓延る経緯から、王仁三郎が、弾圧を受けたのも、北朝革命を恐れた南朝側の仕業とも考えられるわけだ。太平洋戦争の裏側で行われていた戦いは、実は、明治維新の南朝革命に対する、アンチテーゼの北朝革命といえるのではないだろうか? 王仁三郎は、自分が悪魔となって、悪魔と戦うというようなことを述べているが、これは、南朝革命による、北朝革命のことを意味するのではないか、と思われる。 太平洋戦争の裏で行われた北朝革命は中途半端に終わったが、伊藤が死んだ後の、南朝正統論により神格化された国家神道の破壊をもたらした。 大室明治天皇は、伊藤の死後、本当は寅吉の南朝なのに、建前では睦仁の北朝であることのジレンマを感じ、正体を明かそうとも考えたが、せっかく握った権力を手放すことを意味する周囲がそれを認めるわけもなく。孤独のなかで、死んでいったようだ。 そのような明治維新の裏の事情から、統帥権を前提にした天皇機関説なるものが再現したのだろう。つまり、これは悪魔メーソンの思想を受け継いだ悪魔といえるものだからである。 結局、西郷と勝の西洋に対する東洋の大アジア連合が、明治維新の理想だったが、メーソンの魔の手により、伊藤にかき乱され、その失敗により、海軍は、岩崎弥太郎の三菱によりメーソン化され、陸軍は、伊藤の利権を引き継ぐ形で、メーソン化していった。 はっきりいえば、一般国民にとっては、北朝、南朝などどうでもいいし、多くの国民は、日本の過去の歴史など、物語としてあるだけで、いわば、水戸光圀よりも、水戸黄門に感情移入するような洗脳を受けているので、触らぬ神に祟りなしといってよいだろう。 だから、このような話は、一般国民の前では、タブーとして秘密にしておくことがよいと思われるが、知っていれば、二度と過ちを繰り返さずに済むことも確かだろう。 所詮、革命、維新などは失敗に終わるのである。結局、外国に侵略されてしまうからだ。だから、革命や維新を掲げる連中は、悪魔の手先と思ったほうが、騙されずに済む。分断して統治するメーソンに掠め取られてしまう。 領土問題などは出来るだけ先送りにするに限るが、内政問題は先送りしてはならない。馬鹿政府は、これとは逆のことをしている。結束力さえあれば、少々の外部浸潤など恐れるに足らない。 外国に誘惑され、侵略されないように、注意しながら、密かに内部融合を図ることが肝要に思われる。密かに南北を融合することが肝要に思われる。 明治維新の唯一の収穫である、下の者が上になり、上の者が下になるというような自然の四季に似た転換が必要なのはいうまでもない。日本の権力者は、南北朝合一を是非とも守って欲しいものである。 「上の者が下になり、下の者が上になる」のは、キリストも老子も説く宇宙の真理なのである。 そのような循環を無視する限りにおいて、悪魔の魔の手が襲い掛かる。悪魔のイルミナティ-メーソンは、第3次世界大戦を画策していることは確かなので、その前に、日本の南北朝が融合し、それを基点にして、多様性を存続させた形で、大アジアを融和していく必要はあるだろう。それには、キリストの教えと融合したタオの法則が、最適であるように思われる。
2012年08月30日
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明治維新とは一体なんだったのだろうか?と考えると、日本に流れてきた民族の葛藤の闇の歴史という他はない。 それは、明治天皇大室寅之祐、幼名は寅吉だったそうだが、その名前も象徴的である。寅といえば、虎の巻きのトーラーである。だから、勤皇の志士(獅子)が、寅を担ぐのは、ユダヤが、トーラーを掲げるという不可思議な意味にもなる。 トーラーは、古代ヘブライ語では、「樹」を意味する。また、「神の掟」や「律法」の意味でもあるから、「神の言葉」を「とり」といったのだろう。カバラによれば、神の言葉は、「生命の樹」を使って、解釈できるので、神に耳を傾ける。つまり、時代の流れを感じるという意味にも解釈できる。 ヨシは、古代ヘブライ語では、「掲げる」という意味があるそうだ。だから、「新しい時代の流れに応じろ」という風にもとれる。 では、孝明天皇の子の睦仁(むつひと)を、古代ヘブライ語でみるとどうなのだろうか? ムツは、ムスに通じ、「苔」や「古風、地を這う」という意味をもつようだ。ヒトは、日の徒(子)だから、太陽の子なのに、古風で地を這うという感じになる。 だから、ムツヒトから、トラヨシになるのは、古代から新しい波を感じて、改革せよ、ということになる。明治維新を暗示していることになる。 私利私欲が入り乱れた明治維新だが、身分制度撤廃だけは、唯一良いことだった! 「天は人の上に人をつくらず」というのは、福沢の言葉ではなく、福沢の書いた「学問のススメ」が有名になることで、後世に知られた、明治当時にいわれていたことだったから、身分制度の撤廃が、明治維新の唯一の恩恵といえるだろう。 ちなみに、福沢は、天は人の上に人をつくらずと世間ではいわれているが、学問で、立身出世ができると、「学問のススメ」で説いた。つまり、福沢を通じて語らせた霊は、暗に、薩長閥の伊藤のような暗殺で出世するのではなく、学問で、人を説き伏せて、出世すべきだといいたかったのだろう。実際に、明治時代から、学閥が台頭する。 ではなぜ、当時、「天は人の上に人をつくらず」といわれたのかといえば、非人の身だった寅吉や伊藤が、天皇や太政大臣の天下取りになったのだから、その皮肉を込めていわれたのだろう。幕府側の貴族の身から平民に落とされた連中が広めたのかもしれない。 このように考えてみると、幕末は、戦国時代と似た様相だったのだろう。旧来の身分制の撤廃という意味では、戦国時代よりも、後世に意味をもった時代だった。 つまり、下のものが上になる、というのが、明治維新の唯一の良い働きといえる。 このことは、細かい点でも、例えば、維新に関わった人物の人生をみれば、明らかになる。暗殺した者は、暗殺されて死んでいるし、人を利用した者は、人に利用されている。 例えば、西郷は、慶喜を陥れたが、今度は、自分が、伊藤に陥れられた。その伊藤は、メーソンに殺された。 そのような些細な点までみていくと、結局は、「天は人の上に人をつくらず。」だったことは確かだろう。 明治維新の闇の部分は、結局、太平洋戦争まで進んでいく。英国メーソンは、ロシア王政を打倒するのに、大日本帝国を利用した。 その明治維新の闇は、これまでみてきたように伊藤による物質的な支配にはじまる。暗殺につぐ暗殺で、出世していくのは、まるで黒魔術の儀式さながらである。伊藤のやり方は、イルミナティ-メーソンの儀式に通じるものである。 人間の内側の面の精神的な支配は、傀儡の天皇を用い、外側の物質的な支配は、戦争を前提とした海外との貿易である。 この2つの闇の支配に対して、太平洋戦争のときに対峙するのが、出口王仁三郎である。 傀儡の天皇による支配は、昭和には、天皇機関説として再現される。それは、幕末に、幕府初頭にあった公武合体説が、再現されたのと同じである。闇の支配は、精神の機械化からはじまる。明治天皇亡き後の国家神道を中心とした神格化の再現である。 もう一方の戦争を前提にした海外貿易は、メーソンの得意とするところで、以下のサイトが詳しいから、参照して欲しい。 龍馬暗殺と三菱財閥 http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/757.html#readmore 以下は、その抜書き。+++++++++++++++++++++++++++++ 三菱の創始者、岩崎弥太郎がチャンスをつかむのは、同郷の坂本龍馬が暗殺されてからで、後藤象二郎が「海援隊」 を自分のものとし、「土佐商会」 と改名し、その主任として岩崎を雇いましたが、後に岩崎が譲り受ける事になります。 特に龍馬から受け継いだ海運事業や武器取引は、後に西南戦争、日清戦争、日露戦争で、三菱のドル箱事業となってゆく事になり、坂本龍馬が暗殺されて、最も得をしたのは、同じ土佐藩の岩崎弥太郎であります。 すなわち、坂本龍馬がいなかったら、三菱財閥は存在し得なかったでしょう。 この二人の悪事は、坂本龍馬の海援隊だけではなく、後藤象二郎はグラバーの高島炭鉱も二束三文で払い下げを受け、自分のものとし 「蓬莱社」 と改名し、これまた後に、岩崎に譲っています。 また、維新政府が全国統一貨幣制度に乗り出した時に、各藩が発行していた藩札を新政府が買い上げることを事前にキャッチした弥太郎は、十万両の資金を都合して藩札を大量に買占め、それを新政府に買い取らせて莫大な利益を得ていますが、この情報を流したのも新政府の高官となっていた後藤象二郎であります。これは明らかなインサイダー取引で、この2人は国を食い物にして私腹を肥やしていたのです。 岩崎弥太郎は、高知県安芸市の地下(ちげ)浪人の長男として生まれましたが、とにかく貧乏で、幼少の頃から奇行や盗み癖が目立ち、泥棒をしては何度も刑務所に入っていました。 確か、司馬遼太郎の 「龍馬がゆく」 にも、この事は書いてあったと記憶しています。 また、岩崎は、25歳の時吉田東洋の門下生となり、土佐藩の命で長崎に派遣されましたが、藩費を浪費・使い込み、翌年解職されています。もっとも、何度も刑務所にブチ込まれている彼としては、何ら経歴に傷がつくほどの事ではなかったと思われます。 17-18世紀にヨーロッパで興った 「啓蒙思想」 が産み落とした 「理性」 「自由」 「平等」 「博愛」 「自然科学」 の 「フリーメーソン思想」 により、欧米諸国は近代国家として大きな発展を遂げ、 江戸末期に、フリーメーソン思想に染まった欧米諸国に開国させられ、明治維新を成し遂げた日本も近代国家の道を歩むようになりますが、封建制度が廃止され、職業軍人としての特権を奪われた武士階級に代わる、国民皆兵の徴兵制度によって、農民や一般庶民が武器を手に取り、国家総動員での戦争が始まるようになりました。 これこそが、フリーメーソンに寄生した 「イルミナティ」 、戦争男爵ロスチャイルド、など軍需産業の死の商人達の望むところなのであり、日本は明治維新後、日清・日露戦争、そして第一次・第二次世界大戦と戦争に明け暮れるようになり、政府とべったり癒着した軍需産業から、多くの財閥が生まれることになります。 新政府の国民皆徴兵制より、職業軍人としての特権を奪われた士族の反乱が続く中、西郷隆盛は、明治10年(1877年)に私学校生徒の暴動から起こった西南戦争の指導者となるも、田原坂の激戦を経て、生まれ育った鹿児島に戻り、城山での最後の決戦に散りました。 こうして、徳川封建制度で長く続いてきた士農工商の身分制度はなくなり、明治維新は事実上、成し遂げられる事になります。西郷隆盛、享年49歳。 ある意味で西南戦争も、旧式の武器である刀を持った職業軍人としてのプライドを持つ武士たちが、銃を持った農民・一般庶民で構成された新政府軍に敗れて、散ってゆく姿は象徴的であると思います。 日本を開国させた欧米の次のターゲットは朝鮮、さらに日本を使って中国からロシアを追い出すことでした。そして、1874年(明治7年)に台湾出兵が行われ、朝鮮開国、日清・日露戦争に突き進んでゆきました。 そして、中国に進出した三菱は、阿片ビジネスに手を染めるようになります。+++++++++++++++++++++++++++++ 以上からわかるように、帝国海軍は、三菱を通じてメーソンの巣窟となっていく。
2012年08月30日
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明治維新は、9割までは、慶喜の目論見通りに進んだ。結果的に、徳川家は黙秘を続けることで存続できたので、家康の意向通りに進んだとはいえるが、慶喜の野望は、天皇を傀儡にして、政権を握ることだったので、それを伊藤に掠め取られ、逆に、命を狙われる立場に追い込まれたから、その悔しさといったら、なかっただろう。天から地へと真っ逆さまだ! 事実、大政奉還までは、慶喜構想で進んだから、南朝から再度、大政を再任されるのを待つばかりと慶喜は思っていたようだ。まさか、長州が裏切るとは思いもよらなかったようだ。 長州側からみれば、裏切られるのは明らかなのに、慶喜は、自分の頭の良さに自惚れているところがあり、慶喜と接触のある人のほとんどは、頭は良いが、非情で、人でなしという評価だった。 だから、慶喜は、まさか、戊辰戦争になるとは、思わなかったのだろう。大室天皇が、討幕の密勅を出したときは、青天の霹靂だっただろう。岩倉と伊藤の工作なのは明らかなのだが、慶喜にとっては、長州に、恩を仇でかえされたようなものだろう。 実際、外国に借金してまでも、徹底的に長州征伐をやっていたら、長州は潰れていたからである。慶喜が、江戸に逃げ帰ってきたときには、相当荒れていたようで、海舟となかばケンカ別れをしたようである。 結果的に、慶喜構想は、薩長が引き継ぎ、幕府が倒れると、今度は、長州が、薩摩の口封じをはじめ、西南戦争は、その代表的なもので、明治天皇を利用して、伊藤が全てを引き継いでいく。 伊藤が、大久保を使って、西郷から政権を奪いはじめる切欠が征韓論である。南朝革命を記録から抹殺するには、朝鮮にある王朝の記録を消却しないといけない裏の事情がある。どうも古代史を調べると、南朝は、朝鮮の百済に由来するようである。 歴史は時の権力者により逐次都合のよいように、書き換えられるので、常識的に考えれば、そこまで考える必要がないことは明白なのだが、伊藤は、孝明天皇を殺し、自分たちが大室を立てたことが露見するのが、余程、恐ろしかったようだ。 それで、伊藤憲法といわれる明治憲法までつくった。というよりも、伊藤の野望はもはや妄想と化するぐらい巨大だったのだろう。西郷の満州を中心とした大アジア連合まで、奪い取る算段だったようだ。西郷の大アジア連合は、西洋の植民地支配に抵抗するものだったが、伊藤のは、西洋の意向に沿って、日本がアジアを植民地化することだった。岩倉は、晩年、伊藤の野心を知って後悔したようだが、とき既に遅かった。 当時、大室替え玉を知る人物は、幕府側は慶喜、勝、長州は、木戸、伊藤、山県など、薩摩は西郷、大久保などで、朝廷側は定かではないが、恐らく知っていて保身のため黙秘を続けたのだろう。元々朝廷は、外国の亡命者で構成されるから、流れに身を任せるしかない。そして、朝鮮王朝に残る天皇の過去の歴史が伊藤の最後の標的になる。 この本によると、西郷は、相撲を口実に、明治天皇をよく罰したという、特に明治天皇の女官漁りを戒めるために、「お続けなさると、元の身分に戻しますぞ」とさえ言ったようだ。 つまり、明治維新は、伊藤に全てを奪われた時点で、勝も西郷も、明治維新の失敗を自覚するようになる。 朝鮮にある南朝の歴史の記録を巡って、西郷と伊藤は朝鮮侵略で意見の対立を生むようになる。恐らく、西郷は、日本の南朝がどういう存在なのかを、朝鮮王朝に説明しに行く腹積もりだったのだろう。つまり、必要によっては、明治天皇の素性を明かすことも念頭に入れたものと思われる。西郷には、西洋の植民地支配に対する大アジア連合という構想もあったからである。 この西郷の行動に焦ったのが、岩倉と伊藤で、大隈が、岩倉側に寝返ることで、先手を打って、大久保を使い、人の良い西郷の弟の従道らを取り込んで、西郷の外堀を埋め、最後は、明治天皇まで、西郷を裏切らせた。西郷は、この時点で、長州に利用されていたことを知るわけで、明治維新の失敗を自覚する。大隈は、西郷を、このことで馬鹿にしたそうである。私は、大隈が大嫌いで、勿論、伊藤などは生まれてきたことさえも間違いだと思っている。 西郷以下の新政府閣議で決定した、西郷の朝鮮行きを、岩倉に唆され、明治天皇は裁可しなかった。つまり、正規の手続きで決まった、西郷の朝鮮派遣を、天皇が裁可しなければ、閣議を不信として、解散しなければいけないのに、西郷の朝鮮派遣に賛成した者だけが、解任され、征韓論という汚名を着せられ、下野させられるのである。西郷はさぞ無念だっただろう。 明治大室天皇は、西郷ではなく、伊藤を信じた。晩年になって、この過ちに気づき、西郷には申し訳なかったと涙したという。 西郷を西南戦争で闇に葬った伊藤は、朝鮮王朝をターゲットに、ロシアに密かに通じていた朝鮮王朝の王妃の閔妃の暗殺を謀る。日本の朝廷での孝明天皇殺しを、陸奥宗光を仲介して、朝鮮でも行い、同じ罪を繰り返す。もはや悪魔の伊藤にとっては、一度も二度も同じなのだろう。 この間の成り行きを静かに見守っていた勝は、徳川家存続が決まったら、伊藤に対して、世論や山県、大隈、薩摩の残党らを使って、伊藤の朝鮮への侵犯に対して、密かに抵抗を試みるが、敵対者のいなくなった伊藤は突っ走る。勝はもっていた情報を小出しに暴露していったようだが、伊藤の提灯持ちたちに、妄言といわれ、揉み消されたようだ。 伊藤が自業自得で暗殺されると、今度は山県らの長州の残党らが引き継いでいく。明治維新の真相は闇に葬られてしまったので、欧米のメーソンが日本の小者たちを使って、意のままに支配していく。伊藤は恐らくメーソンの手のもの(上海)に殺されたのだろう。
2012年08月30日
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随分とまわりくどく明治維新の背後の戦いを紹介していくことになってしまったが、南朝革命が現実味を帯びるのに重要な人物が、やはり坂本龍馬だといわねばなるまい。 松重楊江著「二人で一人の明治天皇」を読むと、南朝革命の日の丸は、恐らく、南北朝合一の旗印なのではないかと思う。つまり、両朝交互即位の条件を意味するものなのではないか、と思う。 坂本龍馬は、日本を洗濯すると、姉の乙女に手紙を送っているが、日本の洗濯とは、南朝革命のことで、日の丸を立てる、ということなのではないかと思う。 だとすると、この本が説くように、坂本龍馬の背後には、慶喜の構想があり、その窓口が勝海舟と考えると、明治維新は非常にわかりやすくなるが、この動きに呼応して、グラバーのメーソンが絡んでくることで、龍馬の動きも途端に怪しくなり、暗殺されてしまう。 当初、慶喜には、後の熊沢天皇という玉がいたはずだが、途中で、長州に妥協して、大室明治天皇にかえてしまう。恐らく長州征伐の背後の駆け引きが、熊沢か、大室かのどちらかだったのだろう。 この本によると、「1865年には、慶喜は、大室を担ぐことを決め、全国の志士と勝海舟を長崎に集め、大室と宣教師フルベッキ博士父子を囲む、後にフルベッキ写真といわれる記念写真を上野彦馬の写真館で撮影し、明治天皇のお披露目興行とした」という。 恐らく、この写真は、後に南朝革命の証拠として、明治政府を揺さぶり、幕府存続を図るためのものであろう。慶喜が、明治天皇を作った、という意味のものなのだろう。つまり、家康の公家法度に沿ったものだ。 更に 「このとき、慶喜の意を受けた勝海舟の、 1.第二次長州征伐は起こすが、幕府は本気で戦わない(実は戦費がなかった。) 2.やがて将軍家茂が亡くなったら停戦する(暗殺の前触れ)。 という提案を受け入れ、全員が了解し合って解散した」という。 しかし、この後、慶喜は、第2次長州征伐で、大室に関する支配権を求めたというから、海舟の長州との密約は破談ギリギリになったといえ、海舟は、面目丸つぶれとなる。 つまり、慶喜の長州征伐の目的は、大室の身柄確保にあったわけである。当時の南朝の落胤は、水戸の熊沢天皇、尾張の三浦天皇、そして長州の大室天皇だったという。恐らく、格からいうと、大室に正統性があったのかもしれないが、慶喜は、幕府が確保していた熊沢、三浦には見切りをつけ、大室に絞り、長州を利用するために、水戸と長州での、前回紹介した「成破の約」を結んだのかもしれない。 ともかくも、慶喜は、海舟に長州との上の約束を結ばせておいて、長州征伐という名目の下に、大室の身柄確保を図ったようである。しかし、伊藤に、大室を隠され、長州側に、慶喜と慶永による家茂暗殺を暴露されるのを恐れてか、家茂暗殺後、事後収拾して、大政奉還の路線に進み、孝明天皇の暗殺誘導へとボールを投げ、長州の出方、つまり、南朝の下に、徳川幕府の存続という返事を待つことにしたようだ。 長州が返答を渋れば、フルベッキ写真を外国に公表するというような手段がある。つまり、長州が担いでいる天皇は、慶喜がつくったということになる。 このような慶喜の二枚舌は、歴史の建前からはわからない。 結局、水戸も長州も、相手を利用するための「成破の約」だったのかもしれない。第2次長州征伐後に、伊藤により孝明天皇が厠において刺殺されてから、大室天皇を中心とした長州幕府による討幕へと傾いていく。恐らく、メーソンが討幕に加担したものと思われる。 長州の南朝革命から討幕への流れは、薩摩の西郷と、坂本龍馬の動きから調べることができる。恐らく、西郷は、龍馬を通じて、慶喜の動きを知ったのだろう。だから、西郷は、龍馬を薩摩に誘ってまで泳がしている。穿った見方だが、龍馬の妻のお龍は、薩摩か、あるいは、慶喜配下の隠密くの一の可能性もある。龍馬暗殺後は、海舟が、お龍を世話したから、幕府側の可能性が高い。龍馬は、西郷を、「小さく叩けば、小さく鳴る。大きく叩けば、大きく鳴る鐘のようだ。」と評しているが、それは西郷が、龍馬の動きを偵察していたためだろう。 慶喜の南朝革命と、薩長の南朝革命の違いは、大政奉還後にある。龍馬の新体制構想は、慶喜を議長にした共和制だったので、南朝革命ならぬ、メーソンお得意の王政打倒の市民革命になってしまうので、薩長には到底受け入れることはできない。 薩摩は、身分制度撤廃という点では、龍馬に同意だが、あくまでも虐げられてきた南朝(多くは下賎民に落ちぶれていた)を中心とした体制にある。長州も、その点でかわりはないが、長州幕府という利権獲得が付随した点で、薩摩とは大きく異なる。薩摩の久光も、利権獲得にあったようだが、西郷は久光を無視した。久光は、古代中国の故事に準えて、西郷を安禄山と罵っている。 この3つの大きな立場の違いから、明治維新の闇が生まれる。 最初に暗殺されたのは龍馬で、そして、勝と慶喜が狙われることになる。なぜなら、明治天皇が大室だと知っているのは、勝や慶喜だからで、口封じをしないといけないからだ。つまり、先手を打って、龍馬の慶喜議長共和国案を封じるために、薩長は、龍馬を暗殺した。 龍馬の暗殺は、薩摩の西郷が、龍馬の隠れ場所(近江屋)を、土佐の後藤から聞き出し(この時点で、土佐藩も加担、岩崎弥太郎も絡んでいるという話もある)、幕府の密偵に情報を流し、京都見廻り組と新撰組共同で、原田左之助、佐々木只三郎、今井信郎に暗殺させたという。だから、後に、西郷は、龍馬殺しの罪で自首し囚われた今井信郎を赦免したわけである。憐れなのは、薩摩藩邸に逃げ込んだ中岡である。中岡は軽症だったというから、薩摩に暗殺された可能性もある。 つまり討幕は、薩長による、勝や慶喜の口封じと捉えることができる。だから、西郷は、あくまで慶喜の首に拘ったようだ。勝と西郷の江戸無血開城の会議の重要案件は、大室の黙秘のことだろう。ともかくも、戊辰戦争は、薩長による慶喜と勝の口封じにあるから、両者は徳川家を存続するには、薩長から逃げ回るしかなかった。だから、幕軍は、慶喜に切り捨てにされたわけである。しかし、徳川家の面目もあるので、適度に強さを薩長に見せ付けないといけないからややこしい。 面白いことに、この本の著者の松重楊江は、他の本で、江戸無血開城に至る前の山岡-西郷会談に、山岡鉄舟とともに西郷と面会した益満休之助が、戊辰戦争で、幕府側の補給活動を担うはずだった弾左衛門を、下賎民の身分撤廃と引き換えに、薩長側に寝返らせたことが書いてある。 だから、西郷は、自分の命令で、江戸を混乱に陥れた益満休之助が同席しているのに驚愕したはずで、それは、慶喜-海舟が、弾左衛門の寝返り条件を知っているよ、という西郷への圧力にもなる。 慶喜-勝との約束を守った西郷は、自分が政権についたときには、四民平等で差別を撤廃したわけである。 しかし、最終的には、フリーメーソンを利用して、伊藤が権力を握り、西郷も殺され、薩摩は捨てられ、長州の天下というよりも、伊藤が明治天皇を利用して政敵を抹殺したので、伊藤が政権を私物化した政府ができてしまう。「総理」という名称は、伊藤の父の別名だというから、明治政府が、伊藤政府であることが伺える。
2012年08月29日
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松重楊江著「二人で一人の明治天皇」に書かれているように、慶喜の行動が、家康の公家法度の「徳川幕府が時代の要請にあわなくなったら、密かに南朝の天皇家を皇位に立て、そのもとで徳川家の存続を図れ」に沿ったものであったとすると、当時の孝明天皇は、北朝系なので、孝明天皇ではない南朝の天皇を立て、つまり徳川家が密かに囲っていた後の熊沢天皇を立て、幕府の存続を図ることを構想したと思われる。 これは慶喜の構想というよりも、水戸藩の伝統的な構想で、藤田東湖-徳川斉昭-慶喜構想というべきだろう。藤田東湖の下には西郷なども訪問している。 つまり、幕末当時の勤皇の志士には、動乱があれば、南朝の天皇を立てるという盟約が暗黙糧にあったものと思われる。 そもそも、家康の公家法度は、南北朝合一の両朝交互即位の条件を基にしている。北朝側は、南朝を取り込み吸収し、この条件を無視してきたわけで、新たに南朝を立てることは、この条件を守ることを意味する。 この南北朝の争いの源流はどうやら、古代イスラエル王国に端を発しているようである。古代史を調べると、イスラエルの土地を侵略され、難を逃れたイスラエル人の多くが、日本列島に辿りついたようである。朝鮮半島の唐-新羅連合軍と、百済の戦いも、この南北朝の戦いに由来しているようにもみえる。 だから、現代の日韓朝の外交問題も、元を正せば、南北朝の血族の争いともいえる。今上天皇もおっしゃっているように、皇室には、朝鮮や百済(韓国)の流れが入っているからである。 朝鮮から追い出された皇室の一派にしてみれば、故郷を追い出されたわけで、故郷に帰りたいから、古代朝鮮の再生の意味での韓国併合もあったわけで、その証拠に、多くの韓国語が、日本語になっている。例えば、奈良(ナラ)は、韓国語の「国」を意味する。 古代イスラエル王国の崩壊も、恐らく南北朝の戦いで内部分裂したせいだろう。内部分裂を収拾できずに、周辺国につかれ、分散したのだろう。 私がみるところ、南北朝の戦いは、陸経由で日本列島に辿りついた族と、海経由で辿りついた族との戦いのような気がする。どちらかが、後の平氏で、他方が源氏という感じである。私は、姓からいって、陸経由が平氏で、海経由が源氏のように思う。 それは、タイラが、トーラーと読め、平氏の旗色は、赤で、モーセを意味するからで、ミナモトの姓が、嵯峨天皇からきていて、「サガ」には、「性」の意味や、英語のサークルの巡回という意味をもつからである。 平氏の旗色が赤で、源氏が白なのは有名で、赤を、白で囲む日の丸は、源平統一の旗ともいえる。そこで面白い話がある。 「神社の狛犬のうち、「あ、阿」は獅子(ユダ族)であり、「ん、吽」はユニコーン(エフライム族)で、歴史はユダ族に始まり、エフライム族の回復によって終結するので、終わりの日に両族はひとつとなる。 」 というものである。また、キリスト教のアーメンは、阿吽「あうん」の呼吸のことで、「あ」の呼吸は身体をアルカリ性に導き、「う」の呼吸は酸性、「ん」は中性だとヨガでは、いわれている。 ちなみに平氏の家紋は、赤色の蝶で、なんとなく太陽を象ったようにもみえる。源氏の家紋は、笹竜胆で、なんとなく、ガド族の3つの幔幕の紋章と似ている。恐らく、平氏が、獅子、つまりライオンで、古代イスラエルの南に由来し、源氏が、一角獣のユニコーンの北に由来するのではないだろうか? あまり詮索すると、収拾がつかなくなるので、ここでは民族の騒乱には触れないが、ともかくも、日本には2つの流れがあるようだ。その2つが、北朝と南朝に代表されているようだ。 さて、かなり脱線してしまったが、尊皇攘夷の皇とは、北朝ではなく、南朝であることが、勤皇の志士のなかでは、暗黙の了解になっていたようである。志士(シシ)といえば、獅子なので、古代イスラエル王国の南のユダのライオンの紋章と一致するのは興味深い。 この暗黙の了解が、水戸藩と長州藩の尊皇攘夷思想のなかにあったことは確かだろう。この路線に沿って、水戸藩は、江戸幕府を、長州藩は、朝廷を工作しはじめるわけである。 南北朝合一の条件の下に、長州藩と岩倉は、孝明天皇に引退を迫ったのだろうが、孝明天皇は、攘夷、つまり外国の討伐に話を摩り替えてしまったとも考えられる。岩倉-伊藤の暗殺はとても赦されるものではないが、一理あるとすれば、この北朝側の条件反故が挙げられる。 さて、水戸藩と長州藩で、南朝革命の先触れとして、最初に結実するのは、井伊の安政の大獄以後の、1860年の水戸の西丸、岩間、園部、越と、長州の桂、松島が結んだ成破の約だったという。 成破の約の大枠は、「水戸の尊攘激派が幕政を破り、長州がその後の収拾を行う」というものだったという。 この約束が、後の慶喜による家茂暗殺、岩倉-伊藤による孝明天皇暗殺になる。 この約束に沿って、吉田松陰が、安政の大獄で、処刑された後、水戸藩の激派は、長州藩を援けるために、藤田小四郎は、長州の桂から四百両の軍資金を貰って天狗党を決起させた。 ちなみに水戸藩には、激派と鎮派があり、激派は、尊王攘夷の南朝革命派で、鎮派は開国派といわれているが、そもそも当時に国の概念はなく、藩しかないので、開国、鎖国は、貿易をする港の権限が幕府にあるか、ないかの話でしかない。 つまり、開国、鎖国とは、幕府の開港の権限のことである。尊皇攘夷派は、幕府にはなく、朝廷の赦しが必要だという見解をとるわけで、幕府側は、朝廷から委任された政務の範囲内だという見解をとるのである。 だから、商業の権益が、政務の範囲内か否かの問題で、幕府が、米国のペリーらと結んで、商業の権益を独占しはじめたから、他藩、特に外様藩は、頭にきたわけである。それは多くの藩が貿易で稼ぐしかないほど台所が貧窮していたからでもある。 その影響は、年貢徴収という形で、藩が統治する土地の下層民に重くのしかかるから、外様大名の長州や薩摩、土佐などの下層民たちの決起へとつながっていく。下層民の多くは、忍者も兼ねているので、藩主を動かして、武力闘争へと発展していくわけである。 しかし、この動きは、幕府閣僚に見透かされ、封じ込められる。恐らく、北朝を主体とした勢力による南朝革命阻止だろう。この天狗党決起の前には、井伊による安政の大獄という思想弾圧が行われたから、幕府側の隠密が紛れ込んでいて、幕府側に、南朝革命の動きは筒抜けだったのだろう。 この動きにメーソンを中心とした外国勢力が絡んでくることで、南朝革命の現実味が帯びてくるわけである。薩摩藩が、佐幕派から、討幕派に豹変したのも、メーソンの影響に思われる。
2012年08月29日
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太平洋戦争の謎という表題だが、結局遡っていくと、戊辰戦争に源流があることがわかる。 戊辰戦争まで因縁が遡れる理由の答えは、日本の国旗の日の丸にある。さて、この日の丸は、松重楊江著「二人で一人の明治天皇」では、長州毛利家の軍扇の旗だというのである。 そういえば、秀吉も、貿易の船に、日の丸を用いたことが、ウイキペディアの「日本の国旗」の解説のなかに、「室町時代の勘合貿易や、豊臣秀吉から徳川家光の第3次鎖国令が出される1635年(寛永12年)までの間に行われた朱印船貿易の際に日本の船籍を表すものとして船の船尾に日の丸の旗が掲げられた。」とある。 この本によると、伊藤博文の力士隊の隊旗が日の丸だったというのである。伊藤も秀吉も、部落の下忍出身である。特に、秀吉の豪農出身は、後世の後付けの可能性が高い。だから、恐らく、日の丸の、赤丸は、南朝の玉を意味するのではないだろうか? 毛利長州といえば、出雲の国を拠点とする。この本によると、日本人は、縄文系、弥生系、出雲系と、3つに大別できる、というのである。古代史は非常に複雑で、私もいまだに理解できていないが、とにかく、古代日本は、人種の坩堝だったようだ。 そして、どうも弥生系は北朝と、縄文系と出雲系は南朝と関係が深いようだ。古代史に関しては、不勉強なので、次回以降に譲りたい。要するに、支配されていた側が、支配する側にまわる逆転を画策した流れがみられる。南朝の落胤は、部落と呼ばれていたようである。 この本によると、長州の伊藤が下忍だったように、薩摩の西郷も、薩摩の郷士とは忍者集団の意味のようだ。部落出身者は、戸籍に載らないために、影の忍者になったようである。薩長といっても、若干のニュアンスが異なる。長州の桂-伊藤は、朝廷の岩倉と結託し、南朝革命による長州政権をつくろうとするが、薩摩の西郷は、長州とは違い、身分制度の打破に重点をおいたようだ。 実際、維新後の西郷政権は、廃藩置県や四民平等を断行し、それらができたのは、岩倉、大久保、伊藤などの利権獲得洋行組が西洋視察で留守だったのが大きいといわれている。更に、西郷軍は、荊冠旗を掲げていたともいわれている。 荊冠旗 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%8A%E5%86%A0%E6%97%97 この本によると、薩長同盟は、慶喜の構想で、大政奉還も、規定路線だったようである。慶喜は、勝海舟を幕府側の実行部隊として、勝海舟は、坂本龍馬を、薩長同盟の実行部隊としたようだ。 だから、後藤象二郎が、大政奉還の建白を独り占めしたときには、慶喜の土佐山内藩への信頼は失墜したように思われる。慶喜自らが、勝を通じて、龍馬から出した大政奉還なのだから、慶喜にとっては笑止千万だっただろう。 不思議なのは、当時、龍馬は世間的には無名で、後藤象二郎が、大政奉還の建白を独り占めにし、龍馬が暗殺されたので、龍馬の案だとわかるはずがないのに、後世では龍馬の案だとされている点にある。だから、慶喜-海舟側が情報リークしたのだろう。 慶喜の目論見としては、体制を一旦は朝廷に返上し、そして改めて南朝の天皇により、大政を請け賜る予定だったのだろう。だから、戊辰戦争になるとは慶喜も幕兵も露とも思わなかったはずである。 それは、後年の西南戦争による西郷抹殺に繰り返された。大久保の江藤に対する騙し討ちは法治国家とはいえない惨さが明らかになっている。このような騙し討ちが、太平洋戦争までに続くのである。そして、その背後には必ずメーソンの動きがある。 つまり、慶喜は、一旦返上した大政を再び拝命に行くはずだったのだが、薩長の騙し討ちにあって、驚いて、逃げて帰ってきたというのが真相なのだと思われる。龍馬が殺されてしまったために、薩長の裏切りが、慶喜に伝わらなかったのだろう。 その証拠が、龍馬が、中岡慎太郎だけにみせた新体制構想で、○○○を中心とした新政府と記載してあったが、この○○○は、慶喜公であることがわかっている。つまり、政権を一旦返上し、慶喜に通じた天皇が、改めて、幕府に政権を委任するという構想だったはずで、慶喜は、その宣下を受け取りに行くはずだったのが、薩長による騙し討ちの戊辰戦争になった。 この龍馬の構想は、慶喜の目論見通りであり、藤田東湖の右翼革命、つまり家康からの公家法度に沿ったものなので、薩長側の身分制度の打破にはつながらないわけで、特に伊藤や岩倉のように、孝明天皇父子を殺してまで、朝廷工作してきた連中には納得いかない形となる。 戊辰戦争に至るまでの慶喜の経緯をみてみると、家康の公家法度に則った行動が明らかになる。 例えば、長州征伐は、慶喜が将軍後見役となり、家茂を誘き出して殺す目的だったと考えられる。だから、家茂が死んだ後は、長州と休戦する。 以下のウイキペディアの長州征討では、 長州征討 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B7%9E%E5%BE%81%E8%A8%8E 「徳川慶喜は大討込と称して、自ら出陣して巻き返すことを宣言したが、小倉陥落の報に衝撃を受けてこれを中止し、家茂の死を公にした上で朝廷に働きかけ、休戦の御沙汰書を発してもらう。また慶喜の意を受けた勝海舟と長州の広沢真臣・井上馨が9月2日に宮島で会談した結果、停戦合意が成立し、大島口、芸州口、石州口では戦闘が終息した。なお、徳川慶喜は停戦の直後から、フランスの支援を受けて旧式化が明らかとなった幕府陸軍の軍制改革に着手している(幕府陸軍#慶応の軍制改革を参照)。」 とあるように、幕府側で、家茂を殺すから、長州側で、孝明天皇をなんとかしろ、という含みをもたせてある。海舟は、長州の交渉の前後で、厳島神社に太刀を奉納したようなことを、海舟座談で述べていた。これは南朝の天皇を立てるという意味だろう。しかし、結局、長州との和議後に、慶喜は長州との盟約を反故にして、海舟の立場は追い込まれてしまう。 つまり、慶喜は、親長州なのだが、孝明天皇が、嫌長州なのだろう。孝明天皇にしてみれば、幕府を助けて、長州を征伐して欲しいわけだが、慶喜としては、薩長同盟もあり、幕府内の大奥を中心とした旧体制を崩すには、外からの薩長は有力なので、倒すわけにはいかないジレンマがある。この辺の駆け引きは非常に微妙である。 また、上のウィキペディアにあるように、「なお、徳川慶喜は停戦の直後から、フランスの支援を受けて旧式化が明らかとなった幕府陸軍の軍制改革に着手している。」というように、南朝の天皇の下で、改めて慶喜自身が政権をとったら、フランス風の軍政改革を行うつもりだったのだろう。 この幕府フランスと敵対する薩摩イギリスが、メーソンを巻き込んで、慶喜-海舟の戦略に横槍を入れることになり、薩長中心のメーソン革命へと幕末を更に複雑化させるのである。メーソンにとっては、傀儡政権をつくるには、独自路線をもつ慶喜では都合が悪いので、欲ボケな伊藤を犬として目的を絞っていく。
2012年08月28日
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家康というのは、馬鹿ではないから、豊臣政権を滅ぼした際に、徳川幕府が滅亡することを十分に想定していたことは、前にも、このブログで書いたことがある。 前回紹介した本によると、徳川御三家と呼ばれるのは、江戸の本家、尾張藩、紀州藩で、水戸藩は除外されていたという。除外されていた理由は、水戸藩が、尊皇攘夷の思想を持つことからわかるという。水戸藩は、代々、将軍の後見役でもある。 つまり、水戸藩は、徳川家の後継者を見届ける役なのである。 この本によると、『家康の残した「公家法度」の真義は、「徳川幕府が時代の要請にあわなくなったら、密かに南朝の天皇家を皇位に立て、そのもとで徳川家の存続を図れ』という意味をもっていたという。 そのために、徳川家に懇意な天皇を、当時は、玉(ぎょく)といっていたようで、幕府が隠しもっていたのが、後の東北連合の熊沢天皇だったというのである。会津藩が薩長にあれほど抵抗したのも、玉を囲っていたからだと思われるわけだ。 つまり、外様藩に革命をやられる前に、幕府自らが革命をやってしまえば(勿論、仮想のものだが)、外様に先を越されることなく、幕府に都合よく進むというわけなのだ。 家康は、朝廷の盲点を見抜いていて、朝廷が、幕府の意向を聞かないときは、南朝を持ち出して、朝廷を揺さぶることを念頭においていたわけである。この実行部隊が、幕府の隠密で、水戸藩とつながるようである。このような話が、水戸黄門の諸国漫遊記につながったのだろう。 水戸藩の藤田東湖は、天下の情勢を鑑みて、南朝革命の指令役を担った存在なのだろう。幕府存続に懇意な天皇なら、公武合体で、反意なら、熊沢天皇を嬢して、慶喜を将軍につけ、南朝革命をして、後に伊藤が大室で長州幕府として行ったように、幕府を存続させる手筈を整えたというわけで、藩主斉昭が、先頭の頭目になって、慶喜を送り込み、その道筋をつけようとした。 対照的に、外様長州の吉田松陰が、西の藤田東湖といわれる所以で、松陰は、南朝の落胤の大室を玉として、長州幕府を立てることを構想する。明治維新後も、長州の藩主は、伊藤に、自分はいつ将軍になれるのか、と聞いたという笑い話があるそうである。 この背後の対立がみえないと、なぜ長州討伐なのかがわからない。 松陰らの長州の朝廷工作部隊は、かつて秀吉を天下取りに導いた背後の存在でもあるらしい。中国大返しのような芸当は、謀略がなければできるはずもない。秀吉の出自が伊藤と似ていることでわかるという。 出自や身分が天下人に相応しくないのに、なれるというのは、重要人物が死んでしまったわけで、それは暗殺を意味し、幕末に病死が多いのは、暗殺が横行したことでわかる。 だから、ペリーの黒船来襲は切欠にすぎないが、幕府側の朝廷工作の不手際もあり、朝廷の孝明天皇が過剰に反応してしまったのと、大奥での藩主斉昭の評判の悪さからくる。実際、斉昭は、水戸に酒池肉林をつくりあげ、それが現在の偕楽園だという。斉昭は、外圧を理由に自分の息子を将軍につけ、幕府を専横しようとしたようだ。 さて、はじめは、水戸藩と長州藩の関係は良好だったという。お互い、尊皇攘夷で、慶喜を、13代家定の後に、慶喜を将軍の座につけようとした。水戸藩としては、自前の天皇に、自前の将軍が理想だが、それが駄目でも、長州の天皇に、水戸の自前の将軍、つまり慶喜をつけようという妥協案があったようである。そして、水戸の天狗党が、幕府に対して反乱を起こすが、あっけなく収拾されて、藩主斉昭と慶喜は、自己保身から天狗党をあっさり切り捨ててしまう。 家定は病死といわれているが、恐らく、斉昭による暗殺だろう。慶喜を将軍につける斉昭の試みは、12代家慶の頃からあったようである。それを大奥に見透かされ、井伊大老を通じて、先に家茂を立てられてしまう。つまり、斉昭の謀略は、大奥に見抜かれていた。 そもそも、幕府の問題は大奥による財政逼迫にある。大塩中斎が、乱を起こしたのも、大奥の贅沢からくる年貢徴収の重税にある。 だから、大奥からみれば、斉昭の子慶喜がやることは、幕府改革という名の下の大奥大粛清で、節約に決まっているから、大奥は大反対で、更に、斉昭は、自分の水戸の酒池肉林を棚にあげて、大奥を牛耳ろうとするのに、反発してのものだろう。大奥は、いまでいうなら、財務省というとこだろう。江戸時代も、いまも一般の住民は蚊帳の外である。 幕府は、大奥が将軍を人質にして、専横している状態だったといえる。しかも、大奥は、朝廷への工作金を担う重要なところだったようで、朝廷とのつながりも深いから、将軍後見役の水戸藩といえど、なかなか手出しができなかったのだろう。 大奥をつくったのが、春日局で、三代将軍家光は、春日局と家康の子といわれているので、春日局が、天海を通じて明智光秀の流れを汲むことから、徳川幕府は、大奥という裏で光秀に乗っ取られていたともいえるから、歴史的な皮肉でもある。 さて、幕末の将軍継承問題だが、長州藩では、代々、相応しくない者が藩主についたら、毒殺して、代えてしまうというような藩主でも知らない極秘の忍者部隊がいたという。伊藤博文は、その下忍といわれる下層の出身だという。ちなみに吉田松陰は、中忍だったという。 長州藩ですら忍者部隊がいたのだから、徳川幕府の隠密は、必要ならば、不要な将軍を毒殺してしまう忍者部隊だったのだろう。このような忍者部隊は各藩にいたようだ。そのように考えてみると、将軍は、大奥に気に入られるかどうかで、運命が決まってしまう。実際に、伊藤が、孝明天皇を毒殺(刺殺らしい、子の睦仁が毒殺)したのも、朝廷の女官を通じてだというから、将軍にとって、大奥は鬼門である。 例えば、島原の乱では、一介の剣術指南役にすぎない柳生但馬守が、島原の乱鎮圧の人選がよくないと将軍に意見したことなどは、将軍よりも隠密の勢力の方が大きかったことがわかる。 このようなことから、慶喜が一端の女垂らしだったのに、大奥に近づかなかった理由がわかる。 長々と余談を続けてしまったが、次から明治維新の隠された意味を紹介する。
2012年08月28日
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昨日、TV東京の番組で、スペインの経済問題をみたが、解説者が御用学者そのもので閉口してしまった。ああいう腐った連中が、コイズミなどの売国奴を産んだといえる。何度もいっているが、いま、スペインは、ユダヤ投資家の金融支配の属国となっていることがわかる。 自国の通貨の発行権を失うというのは、経済奴隷になったも同然なのである。それは、第1次大戦の、ドイツをみれば、明らかである。同じことが繰り返されていることが、わからないのは、人類の記録力と、学術が詐術に変わってしまったからである。 やはり、何度も転載してきたが、今回も以下の話を転載したい。++++++++++++++++++++++++++++ 第一次世界大戦後、ドイツの中央銀行であるライヒスバンク(ドイツ政府出資ゼロ、100%ロスチャイルド系民間銀行)が、政府や国民の意思を無視して、狂ったようにドイツマルクを印刷・発行し、史上空前のハイパーインフレーションが起こりましたが、1923年で約20億円に相当する貯金を持っていたドイツ人は、1年後にその価値は1円になっていたのです。 そして何が起こったか、ユダヤ系ハゲタカファンドが、ドイツ人の土地、建物、工場、数々の資産をただ同然に、買い漁ったのです。 ちょうど、1980年代に好景気に沸いていた日本経済を、日銀が金利を急激に3倍近くに引き上げ、好景気であった日本経済を強引に崩壊させ、90年代に長銀をはじめ、大手銀行、民間企業、不動産がただ同然に買い漁られましたが、全く同じ手口です。++++++++++++++++++++++++++++ 以上のように、通貨発行権を握ることで、通貨を発行し、バブルをつくり、仮想の景気を演出する。人々は景気に騙され、借金感覚が薄まり、多額の借金をする。つまり、貯蓄したカネを税金という名目で国を通じて収奪するのである。悪貨は良貨を駆逐するという格言そのものである。 きりのいいところで、金利を上げていき、バブルを崩壊させて、収奪したカネで、土地、建物、工場、数々の資産を買いあさり、収奪するわけである。振り込め詐欺と同じ手口である。 この手口を見抜くには、貨幣の価値を細かく精査し、人間同士の信頼関係を、貨幣から剥奪することにある。簡単にいえば、物々交換等の信用取引を回復させるしかないだろう。金資本制ならまだマシで、現代のように貨幣価値が、GDP等の統計詐術でいくらでも工作できるのが問題なのである。 それは、日本の消費税増税という詐欺でもわかる。景気がよくなればという条件があると、増税派はいうが、だったら、景気を優先させるべきで、先に増税すれば、景気は悪くなるのは必然で、つまり、どういうことかといえば、景気は、統計指標を使っていくらでも騙せるということを意味する。 景気をよくするのは、貨幣の流通量を上げることで、増刷することであるから、増刷すればいい。しかし、増刷できないのは、日銀の通貨発行権が、何者かに支配されていることを意味する。だから増税なのだ! もう馬鹿馬鹿しくて、これ以上は論じない。腐敗した現代の日本人の精神を改めない限りは、この国は滅ぶしかない。 要するに、自分たちさえ良ければ、他はどうでもいい、人たちなのだ! さて、太平洋戦争、直前の大東亜戦争、その前の日露戦争、そして、日清戦争と遡ってみていくと、どうしても明治維新、つまり戊辰戦争を調べていかないと、日本人の腐敗した精神を解き明かせない。 江戸時代が腐敗していなかったとはいわないが、260年もの長期に渡って、平和を築いてきたわけだから、近年よりも遥かにマトモだったというより他はない。 幕末から、外国との交流がはじまったようにいわれているが、確かに鎖国といわれるものはしていたが、江戸時代にも、外国との交流はあり、幕府が、貿易を独占していたから、他の藩も、幕府のお目こぼし程度に、わからない形で、薩摩藩なども交流していたようである。 つまり、鎖国とは、外国の文化に対してのみ排除していただけで、商業的交流は、高田屋嘉兵衛を調べればわかるように、むしろ盛んだったようである。 開国と一言にいうが、商業は既に開国していたようである。問題は、宗教や文化に関してで、当時の知識階級を司る体制や思想に対して、幕府と敵対するような行動を、排除していたことで、それは安政の大獄をみてもわかるように、討幕につながる思想犯のみが弾圧されたということにある。 例えば、現代のサラリーマンが、組織への忠誠を無視した発言に対して、行われる処罰とほとんど似たようなものである。要するに、大袈裟にいえば、幕府に対するテロ行為を未然に防ぐことを鎖国と呼んでいたにすぎない。 そもそも、当時、国といえば、藩を越えて存在しなかったのだから、鎖国とは、どの藩なのか、意味不明で、後づけの名称なのである。つまり、キリスト教等の思想から外国勢力と癒着して、外様藩が拡大することを、幕府は恐れていただけである。当時の幕府の建前と本音を読み解かないと、幕末を理解することはできない。 だから、明治維新がさも素晴らしいかの如く、後世に伝達されたのは、薩長の陰謀(実は、裏で支配していた英国フリーメーソン)で、事実、勝海舟や西郷南洲などが、明治維新は、はっきりと間違いだったと述べていることでわかる。勝は、内乱を防ぐためには仕方なかったと述べているし、西郷は、征韓論の濡れ衣を被せられ、政敵大久保に西南戦争で殺されてしまう。 では、勝や西郷は、なぜ、明治維新は失敗だったと述べたのか? その回答をみるのに素晴らしい本に最近遭遇した。 その本は、「二人で一人の明治天皇」という松重楊江という人の本である。この人は、オカルトの知識に皆無なので、メーソン等のオカルトに関わる話は、一切無視して、唯物論的思想の上で、捉えると、明治維新がよくわかる。 謀略説といわれれば、謀略そのもので、伊藤、岩倉による明治天皇の替え玉大室寅之祐を採用している。他にも、この謀略説を採用する説が沢山あるが、他と違うのは、伊藤のような当時の身分社会でいえば、下人がなぜ総理大臣にもなれたのか、を深く探っている点で、伊藤の出自を古代史から解き明かしているところである。 伊藤は出世欲の塊のような存在であることがわかる。自分の出世のためなら、手段を選ばないのは、裏を返せば、伊藤が、差別された身分にいたからこそといえる。 次回から、この本について紹介していく。
2012年08月28日
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太平洋戦争の背後で、イルミナティのNWOが、メーソンを使って暗躍していたことがわかる。金融支配による世界統一と戦争による人口削減計画が密かに行われていたといえる。 出口王仁三郎は、世界に広がった大本教の支部を通じて、メーソンの動きに気づいていたように思われる。だから、イルミナティのNWOが主催するワシントン会議や天皇機関説に反対し、反メーソン運動を展開したのだろう。 天皇機関説が、メーソンの思想からくることは、明治維新の伊藤博文がやったことから明らかである。伊藤や大久保は、メーソン会員といわれている。明治維新は、メーソン革命といわれている。メーソンの目的は、君主を無力化して意のままに操縦することにあるからだ。明治維新については、後で述べたい。 天皇機関説というのは、天皇を意のままに操縦することなのである。天皇から人格を取り上げることになる。だから、逆説的にいえば、戦後の天皇の人間宣言は、メーソンから出たのだが、メーソンの敗北を意味する。ここに王仁三郎の意図がある。 つまり、太平洋戦争は、メーソンの挑発に乗った戦いで、メーソンの高位会員以外は、騙されていたことがわかる。悪魔に魂を奪われた者同士の戦いで、天皇だけは、なんとか死守したというところだろう。これからはわからないが…。 太平洋戦争で、多くの人が騙されて戦わされていたことは、例えば、源田と敵対した柴田は、「世界は見えない力によって惑わされている」というようなことを述べているという。 この「見えない力」とは、まさしくイルミナティの悪魔性のことに思える。イルミナティの下部のメーソンの格言は、「分断して統治せよ」、だからである。 色々みてきたが、やはり、源田を庇護してきた山本五十六は、かなり怪しいことがわかる。その理由は、「山本五十六」の像は、戦後つくられてきたものばかりだからで、いうなれば、水戸黄門のような虚像である。 水戸黄門のモデルは、水戸光圀だが、全くの虚像で、幕末の斉昭であったとしても、斉昭はスケベ親爺の無責任者であることが、最近の研究からも明らかになっている。慶喜の二枚舌は、親父譲りで、親父の教育がよくなかったともいわれている。 つまり、後年評判がいい奴ほど、実体は嫌な奴で、評判は後付けで、ほとんどが嘘と思ったほうが少なくとも騙されずに済む。日本人の悪い癖は、なんでも美談にしてしまうところだと思う。特に、戦争をはじめたい場合、過去の軍人を美化するのは、悪魔の常套手段である。 さて、その山本五十六だが、以下のような書き込みをみつけた。++++++++++++++++++++++++++++■若狭和朋 『日本人が知ってはならない歴史』 「開会の直前に、東條首相は杉山元参謀総長から耳打ちされた。『どうも海軍はハワイをやるらしい』 『なに、ハワイ。話が違うではないか』と東條英機首相は激怒している。 開戦前夜、東條英機首相は暗夜の公邸で慟哭している。翌朝、日本帝国首相は真珠湾攻撃の成功をラジオのニュースで知るのである。 (早朝の電話報告で攻撃成功を知った、という説もある)。」 ■小室直樹 『硫黄島 栗林忠道大将の教訓』 「大東亜戦争の初め、東条首相は真珠湾攻撃を知らなかった。これは東条のみでなく、陸軍全体が知らなかった。 誰もが驚くような話である。何故かと言えば、日本軍の共同体の構造がそのようになっていたからだ。」 ■佐藤晃 『太平洋に消えた勝機』 「だがこの時すでに、真珠湾作戦部隊はヒトカップ湾をハワイに向けて 出航している。政府はこのことを知らされていない。 (略) 国家存亡の戦争を行う国の最高指導者が知らぬまに、そして 共同作戦をとる陸軍が知らぬ間に、このような重大作戦が決行される事など、最高指導者の下に統合幕僚組織のある普通の国では考えられないことである。」 国が決めた大東亜戦争の基本方針(開戦前に政府と陸海軍が取り決めた)。 「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」では、まずアジアで英軍を屈服させることとなっている。 日独で英国を追い込み、ビルマ、インドの独立を誘発し、その事によって政治的に米国の戦意を殺ぎ、対米和平へと持ち込む事を目標としていた。 (太平洋の対米艦隊への攻撃は適時とし、補助的な扱いとなっている) しかし海軍・山本五十六はこの国の基本方針を無視して独断でハワイを攻撃し(東条首相は海軍がハワイを攻撃することを知らされていなかった)、ミッドウエーやソロモン方面で大規模作戦を展開した。 山本五十六の暴走によって、大東亜戦争が対米・太平洋戦争になってしまう。 海軍は戦果を改竄して大勝利の嘘の報告ばかりを大宣伝したため、世論も対米太平洋決戦に歓喜し、陸軍も太平洋での海軍の作戦に協力するよう引きずり込まれた。 このためアジアでの作戦は、実施が大幅に遅れ、戦力も大幅に削がれてしまった。 ビルマの航空兵力は、大部分がソロモン方面に移動させられ消耗することになった。 本来の大東亜戦争の目的であったインパール作戦も海軍に足を引かれて失敗となる。 東京裁判で東條はこう言ってる。 「ハワイを攻撃するのみならず四つの地点を同時に奇襲することになっていました。すなわちハワイ、フィリピン、マレー、香港であります。その一つが暴露したならば奇襲とはならないのです。しかし実際は四つの攻撃のなか、二つは実施以前既に暴露されていたのです」 「当時私は、奇襲の成功はとうてい覚束ないと思っていました。情勢から推して、ハワイ沖には巡視するものがあるだろうと私は考えました。それにもかかわらず空母を含め大艦隊が、発見される可能性のきわめて大きい場所を数日間遊弋しなければならなかったのです。米軍当局が峻厳なる警戒を命じていたことを私は終戦後に知りました。それはきわめて当然なことであると考えます」 「一つには米国の警戒が不十分であったという意味で奇襲は成功したのでした。」 (警戒が意図的に不十分なところだけ奇襲に成功したという意味だろう。米空母は無傷だった。) ■日中戦争 山本が海軍次官の時、海軍は陸軍と対等の海軍予算獲得のため、大量の爆撃機の配備をもくろみ、その宣伝のため、脅威をあおり中国都市空爆を計画した。 南京爆撃は盧溝橋事件以前から準備していた、中国に対する計画的な侵略戦争。 当初は敵飛行場を標的にしたが、山本が開発した96陸攻は防弾装備が皆無で旧式の敵戦闘機に撃墜されまくり、直ぐに都市無差別爆撃に切り替える。 山本五十六が中心となって強行した南京無差別爆撃こそが日本の暴走の始まりである。 そしてこれこそが全中国人を反日で団結させ、世界を敵にまわす結果を招く。 ルーズベルト大統領は海軍の南京無差別爆撃を世界に向けて非難。(隔離演説) アメリカ大統領が歴史上初めて、日本を強烈に非難した。 (満州事変でさえもアメリカ大統領が日本を批判したことは一度も無かった。) ■対米開戦 米英不可分論によって対米戦争を主張し、対米脅威論を流布し海軍全体を強行に対米開戦に決意をさせた。 皆の反対を押し切って米国本国であるハワイ、西海岸を奇襲。 戦争に参戦しないというルーズベルトの公約は反故にされ、日本支持だった共和党までが対日、対独全面参戦を支持。 米国世論は反戦から参戦支持に豹変し、アメリカを総力戦に無理やり突入させた。 国の方針(対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案)では、米国との和平を視野に入れていたが、海軍のハワイ奇襲(東条首相ら政府は知らされていなかった)によってそれは絶望となった。 ■その他疑惑 海軍の外務省に対する無通告による真珠湾奇襲の要求は、山本五十六が圧力をかけたのではないかという疑惑がある。 野村大使と海軍の不正な関係も疑いがある。 偽りの外交による騙し討ちは、山本五十六が主導した可能性が濃厚。 ++++++++++++++++++++++++++ また、以下のウイキペディアの山本五十六にも、疑わしいエピソードがある。 山本五十六 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%85%AD 「佐藤賢了(東条英機の腰巾着)によると、大東亜戦争開戦直後に岡敬純が本来御前会議に提出する筈だった資料を佐藤の下に持ち込んだ事があり、その資料のデータからはとても戦争を遂行するのは不可能であると判断せざるを得ないようなものだった。会議に提出した資料のデータは山本が勝手に書き換えたもので、佐藤は岡に対して「どうして反対しなかったんだ!」と怒鳴りつけたが、岡は「海軍の中で誰も山本に楯突く事はできない」という旨の答えしか返せなかった。この事から、佐藤は生涯山本の事を許さなかった。」 などである。 また興味深いことに、「昭和天皇は山本の国葬が決定されたとき、侍従武官の山縣有光陸軍大佐に「山本元帥を国葬にしなければならないのかね」と疑問を呈した。」 というから、山本に対してなんらかの疑念をもっていたように思われる。 ともかく、イルミナティの世界戦略からみれば、山本五十六の動きは、その戦略に沿ったものであることは確かに思える。
2012年08月25日
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以下は次のサイトからの抜粋。 http://www.millnm.net/qanda3/47a8voztBjCc43381.htm+++++++++++++++++++++++++++++++ 二世議員の正体 鳩山民主党党首のコピーの「友愛」は、実はフリー・メイソンのスローガンである。 http://boukenkyuusha.blog72.fc2.com/blog-entry-4323.html 実際、大叔父鳩山一郎元首相が作った日本のフリー・メイソンロッジの名前が「友愛同志会」だ。 http://oriharu.net/gabana_n/Zaakan/hibi0505/hibi-niisi-050515.htm 鳩山一郎は、戦前、軍部の暴走を誘発し、それをいわば「日本のアルカイダ」と変え、日本を英米との戦争に巻き込む上で大きな働きをした。 鳩山は、第58帝国議会のロンドン海軍軍縮条約の批准をめぐる論議で、軍縮問題を内閣が云々することは天皇の統帥権の干犯に当たるとして濱口内閣を攻撃、濱口首相狙撃事件の遠因を作った。 統帥権干犯論は議会の軍に対するコントロールを弱めるものであった為、これを根拠として軍部が政府決定や方針を無視して暴走し始め、以後、政府はそれを止める手段を失うことになって行った。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A9%E5%B1%B1%E4%B8%80%E9%83%8E 鳩山一郎が、河野一郎とともに自由党を創立した際に、資金を提供したのは児玉誉志夫であるが、児玉に関しては、東亜・太平洋戦争開始の直前に、海軍航空本部の依頼により、笹川良一が上海に児玉機関を作り、戦略物資入手のために活動させていた。 児玉は、阿片販売をはじめ、略奪の限りを尽くし、アメリカの「日本の中国侵略認定」のひとつの根拠となった。しかし、阿片販売については児玉は小物であり、その中心にあったのは、1939年4月、陸軍省軍事課長、岩畔豪雄を中心に、三井、三菱、大倉財閥の出資で満州に作られた「昭和通商」という商社であった。 その実働部隊として働いていたのが、岸信介、佐藤栄作、池田勇人、吉田茂。(オルタナティブ通信 2006年05月03日 自民党「大物」政治家の資金源) 戦後、岸、児玉、笹川は巣鴨プリズンから釈放され、佐藤、池田、吉田は、首相を経験した。 戦前フリー・メイソン(イルミナティ)の計画に協力し、日本をアメリカに売り渡した人々は、戦後、代理人として日本を支配することを許された。 小泉の親父『小泉純也 防衛庁長官』は、第2次世界大戦時、東京に2000トンにも及ぶ焼夷弾で空襲し10万人もの生命を奪った無差別爆撃等を実行したカーチス・ルメイ将軍に対して、「日本の航空自衛隊の育成に努力した」として勲一等旭日大綬章を与えた。 ルメイは、歴史上類まれなる悪党である。 1945(昭和20)年1月7日 グアム島に到着 以後、対日戦略爆撃を指揮 2月15日 名古屋空襲 2月18日 硫黄島空襲 3月9日~10日 東京大空襲 3月16日~17日 神戸空襲 3月27日 沖縄発空襲 以後、5月まで空襲を続行 8月6日 広島へ原爆投下 8月9日 長崎へ原爆投下 http://www.mentai.2ch.net/seiji/kako/1002/10022/1002267527.html このような大量虐殺者に、しかも自国民を殺した人間に、勲章を与えるという神経はいかなるものか。 ルメイは、こう語ったという。 「原爆を落とすまでもなく太平洋戦争は実質終わっていた」 「私は日本の民間人を殺したのではない。日本の軍需工場を破壊していたのだ。日本の都市の民家は全て軍需工場だった。ある家がボルトを作り、隣の家がナットを作り、向かいの家がワッシャを作っていた。木と紙でできた民家の一軒一軒が、全て我々を攻撃する武器の工場になっていたのだ。これをやっつけて何が悪いのか…。」 嘘。ルメイが非戦闘員を攻撃したのは、厭戦気分を高めるためだった。それまでの責任者の人道的な爆撃では戦争が長引くため、一気に一般市民をターゲットにして、やる気を殺ごうとしたのだ。 このような売国政策は、息子純一郎氏に引き継がれた。 友愛会と言えばフラタニティだ。女性の場合は、ソロリティという。 アメリカは、リバイバル運動の後に、契約社会が崩壊した。 大リバイバル時代の後、キリスト教は、それまでの聖書契約に基づく共同体建設を重視するピューリタン主義から、感情中心の個人主義的、主観主義的な非共同体的リバイバルキリスト教に移行した。 社会から共同体が消えた。それに代わるものとして登場したのが、結社である。 http://www.millnm.net/qanda/yV6zxyJ.htm 秘密結社から公的結社まで様々な結社がアメリカに作られた。 アメリカの大学に行けばわかると思うが、学生は様々な友愛会に所属する。 ピューリタンの聖書契約に基づく共同体が破壊された後、アメリカ人は、啓蒙主義の影響を強く受けた友愛会に所属しはじめた。 それは、神の契約の代替物であり、それゆえサタン的である。 私は、学生たちが、ギリシャ語の文字を組み合わせた友愛会のTシャツを着ているのを見て、違和感を覚えた。 クリスチャンと友愛会といかなる関係があるのだろう? そのギリシア文字の背後にある何か黒い影のようなものを感じ取った私は、こう思った。 「アメリカは、クリスチャンの国ではなく、フリー・メイソンの国だ」と。 アメリカ人は、この大殺戮の事実を隠蔽し、自らの良心の咎めを消すために、日本人による南京大虐殺の嘘をでっちあげた。 日本に対して二重三重の罪を犯してきたわけだ。 我々は神が正しい審判者であるということを知っている。 戦後60年たったのだ。 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」(黙示録6・9-10)+++++++++++++++++++++++++++++++ 以上のフリーメーソンの話から、メーソンつながりで全てが明らかになる。鳩山一郎はいうに及ばず、吉田茂もイギリスでメーソンに入会している。 児玉、笹川が拠点とした上海は、出口王仁三郎が述べた、アジアのメーソンの拠点であり、アヘンで財を成したサッスーン財閥で有名の場所である。以下のサイトを参考にしてほしい。 「アヘン戦争」の舞台裏 http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe100.html http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/621.html 原子力へのつながりに進む前に少し脱線した感があるが、ここで、G・I・パーディというフリーメーソン会員を挙げる。 以下のサイトの最後の方をみるとわかるが、 http://masa3277.konjiki.jp/10index.html 上のサイトから、原子力の部分を抜書きする。++++++++++++++++++++++++ 「他にもメーソンリーだったメンバーとしては、GHQの冶金課(戦中に日本軍部首脳たちが秘かに貯えていたダイヤや貴金属を没収する役目も担っていた様である。)のジョージ・I・パーディ氏らがいる。氏は戦後貿易会社を起こしたり、原子力関係の会社を起こしたり事業家として富を残した。特に原子力産業は大戦後のアメリカの重要な国家戦略に絡んでいて、そのビジネスにおいても氏が「メーソンリー」であるという事実は様々な人脈作りにおいて、重要だった思われる。 アメリカが戦争手段としての「核」を経済分野に拡大、核技術の独占とエネルギー支配、さらに利潤追求という一石三鳥を狙ったのは昭和28年からで時の大統領は「アイゼンハワー」(彼はメーソンリーではない)、同年に国連で原子力平和利用のための国際機関の設立を提案して燃料の低濃縮ウランをアメリカが提供すると発表した。この提案は技術、エネルギー共にアメリカへの依存度を世界的に高めるという狙いがあった。何故なら、当時アメリカは他国の追随を許さない程の「ウラン濃縮技術」を確立していて、この独占技術である濃縮ウランを使った原子炉を世界各国へ普及させれば原子力発電=エネルギーをコントロール出来て、さらにプルトニウムの抽出も抑える事が出来る(つまり、プルトニウムを使用した核兵器の拡散も防止できる)二重の効果が望めた。 この低濃縮ウランを使う原子炉を開発中だったのが、ゼネラル・エレクトリック社(GE)とウェスティングハウス社(WH)という大企業だった。そして、このアメリカの提案を早速受け入れたのが日本である。1960年代以降は官民挙げて原子力開発に邁進して行き、先のバーディー氏の原子力関係の会社(名称はドレッサー・ジャパン)もこの時期に創業されている。しかし、このアメリカが引いた原子力エネルギー路線とは違う路線を構築しようとした政治家が現れる。 一般的にはロッキード事件により失脚したと言われているが、実は田中元総理が政治の表舞台から消えた本当の理由はこの、アメリカが掲げた原子力エネルギー路線からの脱却を目指したため・・・と当時のマスコミ関係者達は認識していたという。 すなわち彼はGE,WHの2大企業が日本での利権を分け合いつつある中、丸紅商社を通じカナダから「キャンドゥ」と呼ばれる天然ウランを使う重水型炉の導入を計画し、ウランもオーストラリアから調達しようと交渉を進めていたという。その行為はアメリカの原子力産業に関わる企業の多大な利益の損失に繋がる。・・・そこで、先のGEの資本主である「モルガン財閥」、WHは資本主の「メロン財閥」という国際金融資本家達のグループの画策により、田中元首相は政治的に排除されたという。・・・・・・国際金融資本家、彼らこそ実はフリーメーソンの指導的上層部である秘密結社「イルミナティ」に所属している人間が存在しているのだが、実際に見ていくと「モルガン財閥」ならその背後には「ロス・チャイルド家」が控えているし、「メロン財閥」なら「デュポン家」が関係している!この2つの巨大な資本力を持った名家は、婚姻により血縁を深めたり、企業グループで提携したりと互いに支配的な立場を共に存続出来るように努力しているようだ。 田中元総理の計画はこの両家にとっても望まぬものであり、また、このイルミナティ達は(イルミナティについてはvol.11のコーナーで解説します。)日本の総理さえも簡単に失脚させる事が出来る存在なのである。・・・・・+++++++++++++++++++++++ 田中が失脚して浮上したのが、正力松太郎と、中曽根なのである。 源田とのつながりは?といえば、先のコメントで紹介した 「東京地検特捜部の正体について。これはマッカーサーと通じた売国奴吉田茂を守るために源田実がGHQへ提供した憲兵組織なのです。憲兵と言えばもちろん731部隊は憲兵の管理下にありました。(以下省略)」 の東京地検の前身の源田の憲兵組織で、G・I・パーディの没収部隊と被るわけである。 源田-G・I・パーディ-瀬島-中曽根という感じなのではないか?
2012年08月24日
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忠武飛龍さまの御指摘を受けた「源田実」なる人物を調べるうちに、これは極悪人なのではという思いが強くなってきている。明治維新の極悪人の伊藤博文以来の極悪人の印象をもつ。 源田や伊藤のような、比較的容易く、人の信頼を裏切り、利用するような極悪の性質は、諜報機関特有のものと思われる。 その源田と原子力を結びつける鍵は、瀬島にあることが、以下のサイトからわかる。 http://www5.ocn.ne.jp/~iranka/sekona.html 以下は、上からの抜粋である。++++++++++++++++++++++++ 沈黙のファイル 「瀬島龍三とは何だったのか」 共同通信社社会部編 より 1979年秋、東京、等々力の児玉邸。児玉が西山の目の前で瀬島龍三に電話した。「庄司の件は西山君に任せます。彼は頭の切れる男です。僕の代わりに信頼して何でも相談してください。」 電話を終えた児玉は机に向かい、毛筆で瀬島宛の親書を書き始めた。76年のロッキード事件後、表に出なくなった児玉が「庄司の件」の処理を西山に委任したことを文書で確認するためだ。西山が証言する。 『児玉先生は5時間かかって瀬島さんへの親書を書いた。便箋5枚ぐらい。あまり達筆とは言えなかったな。『この者を児玉誉志夫そのものだと思って、どんな大事を打ち明けても大丈夫だからという内容だった。僕はそれを持って瀬島さんに会いに行った」 当時、伊藤忠庄司の系列会社に出向中の庄司は『参院選に出馬するから資金を出してくれ。」と伊藤忠商事側に迫っていた。無名の庄司では当選はおぼつかず、費用も一億円は下らない。 「資金の提供を断られた庄司は元週刊誌記者と組み、瀬島さんも絡んだ伊藤忠の軍用機商戦の内幕を暴く記事を書き、伊藤忠に揺さぶりをかけ始めた。慌てた伊藤忠が『何とかして』と児玉先生に頼んだ。下手すれば国会に喚問されかねないからね。」 庄司が伊藤忠商事航空機器電子部にいた当時、防衛庁の第2次FX(次期主力戦闘機)選定をめぐる商戦が激化していた。その最中の68年1月、東京地検は伊藤忠商事東京本社(旧東京支社)を自衛隊の機密漏洩事件に絡み家宅捜索した。3月には元空爆防衛課長、川崎健吉が逮捕され、直後に川崎の元上司の防衛部長、山口二三が自殺した。 「伊藤忠の本社に行くと、瀬島さんが現会長の米倉功さん(当時常務)を紹介されて『この人は必ず社長になる。この人と話し合って』と言われた。どこの会社でも表に出したくない恥部はあるからね。それから僕は庄司を事務所に呼んで説得にかかった。」 西山は煙草の火を灰皿でもみ消しながら続けた。 「そして君は金が欲しいのか選挙に出たいのか。どっちだ』と迫ったんだ。」結局、普通の退職金の三倍くらいの金を伊藤忠が払って三ヵ月後に問題は決着した。彼にしてみればそんなにもらえると思っていなかったんだね。僕が伊藤忠から貰った謝礼金もそっくり庄司にやった。その額は想像に任せるよ。」 庄司は誓約書(筆者注 今後、全てを西山に預けるというものと、伊藤忠を円満退社するというもの二通)を書いた直後の八〇年の二月末、伊藤忠商事を辞め西山経営の「やまと新聞」に入社した。 「どこにも行くところがなくて『西山先生の門下生として出直します』というから、やまと新聞に入れたら、半年ぐらいしでだんだん出社しなくなった。たまに来てもぼーっと腕組みしているだけだった」。庄司は約一年後に全く姿を見せなくなり、九一年に病死したという。 「庄司の一件から瀬島さんは僕を非常に信頼してくれるようになり、なんでも腹を割って話せるような仲になったよ。その関係は今でもずっと続いている。」 西山の「確たる判断」によると、瀬島を児玉に紹介したのは元海軍参謀で戦後、航空自衛隊の幕僚長を経て自民党参議院議員となった源田実だ。児玉は戦時中、上海の児玉機関で海軍の軍需品調達に携わっており、源田とはそれ以来の付き合いだ。 「源田さんは後輩の瀬島さんを『立派な人物だ』ということで、戦時中から知り合いの児玉先生を紹介したのだと思う。僕の知る範囲では瀬島さんは児玉さんと非常に親しく、水魚の交わりだった。二人は天下国家を論じて意気投合したんだ」 庄司問題の解決から2年8ケ月後の82年10月。東京・永田町のヒルトンホテル二階のスイートルームには自民党総裁選の中川派作戦本部が設置されていた。その部屋の奥のソファーで向き合う二人の男。周囲の空気は異様に張りつめていた。 『蔵相でも通産省でも好きなポストを用意する。中曽根は必ず約束を守るから、総裁候補を降りてもらえないか」 瀬島龍三が身を乗り出し、派閥の領袖中川一郎に迫った。 「いや、この選挙はやらなくちゃいけないんだ。おれには神様がついている」 「北海道のヒグマ」と言われた中川が何かに取りつかれたように答えた。 「お互いエネルギ―の無駄遣いじゃないか」と瀬島。 中川が降りれば一般党員による予備選がなくなり、田中派の支援を受けた中曽根康弘の当選がより確実となる。 「それでも筋を通したい。やらなければいけないんだ」 中川は譲らなかった。結局11月の予備選は中曽根、中川、河本敏夫ら4人で争われた。中曽根が圧勝した。敗れた中川はそれから2ヶ月後札幌市内のホテルで首をつって自殺した。 「僕は瀬島さんの話に乗ってたんです。だってポストはくれるし、小派閥の中川先生が総裁になれるはずがない。『瀬島さんの言ううようにしたら』と口を出したら先生に怒られたよ」中川の秘書だった衆議院議員の鈴木宗男(43) 瀬島は、中川が農相時代の77年ごろに親しくなり、中川後援会「さくら会」の発起人にもなった。鈴木が語る。 「中川先生が大野伴睦の秘書だった関係で、大野後援者だった久保正雄東日貿易会社から瀬島さんを紹介されたんです」 久保はインドネシア賠償ビジネスを通じて大野や河野一郎ら自民党人脈に食い込み、瀬島とも取引を通じ密接な関係にあった。賠償ビジネスから撤退し、大野と河野が病死した後も、党人脈に連なる中川や中曽根と交流を続け84年1月に病死する。 「総裁選の瀬島さんの動きは久保さんも知っていて『今回は中曽根だ。一ちゃん(中川)無理するなよ』と電話してきました。++++++++++++++++++++++ 以上から、瀬島を、児玉に紹介したのは、源田であることがわかる。児玉と、源田の関係は、次のフリーメーソンの話からわかる。 抜粋文が長いので、次回に続ける。
2012年08月24日
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「歴史は繰り返す」と法則のように、よくいわれるが、それは、イルミナティのような連中が、歴史を繰り返させている側面に注目しなければ、その法則を理解できないだろう。 例えば、ドイツのヒトラーのように、日本の山本五十六が使われるのは、いわば、ほぼ同時期の繰り返しで、バブル破綻期の日本に現れたコイズミのような繰り返しは、明らかに、時間経過をおいた繰り返しと考えられる。 このような、いわば単純な繰り返しを、洗脳された御用学者が、その都度、地位や金銭や美女(美男)の獲得の見返りに、英雄、もしくは独裁者物語として、美化してきたから、振り込め詐欺のような手口が、いまだ続いているわけなのだ。 人類は益々馬鹿になり、イルミナティのようなわずか1%にも満たない悪魔崇拝の特権階級の連中に、世界は牛耳られるわけである。 この世は地獄だから仕方ないと開きなおっていていいのだろうか? これまでは、あまりにも巧く行き過ぎてきたから、連中は笑いが止まらないだろうが、そろそろ笑い死にかけているようでもある。 これまでのような悪夢を繰り返さないために、真の歴史家ならば、真相を告発すべきだろう。戦争のような大量殺戮は、けっして悪夢ではなく、悪しき現実なのだ! さて、太平洋戦争は、イルミナティによるアジア支配の前哨戦として行われたとするなら、その前の明治維新に、繰り返しの前兆がある。 明治維新に進む予定だったが、その前に、忠武飛龍さまの御指摘を受けた「源田実」なる人物を調査する間に、出口王仁三郎が、マッソン(魔っ孫)と呼び、反メーソン運動に至った理由がわかる話を紹介したい。 以下のウィキペディアの「源田実」から、 源田実 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E7%94%B0%E5%AE%9F 興味深い人物が浮かびあがった。それは柴田武雄である。 柴田武雄 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B4%E7%94%B0%E6%AD%A6%E9%9B%84 上のウイキペディアのなかにあるように、柴田は、源田実と海軍同期で、敵対的な関係だったそうである。柴田は、源田を、以下のように酷く非難している。 「悪魔大王の悪魔界を征する信念力を無意識に人間界に戦力として通用するという錯覚が根源、源田式判断法(柴田命名)で知的暗黒界の何者かに責任転嫁し成功は高言するため何か責任があれば全て源田の責任であるなど様々に批判し、敗戦原因は全て源田の責任としている。」 山本五十六については、以下のようである。 「上にわけのわからないのがいると必ず負けると批判し、歴史を無視した精神偏重で、戦闘機や技術開発に努めるべきだったが山本には能力も英知にも欠けていたとしている。」 また、面白いことに、以下のような話もあったそうである。 「戦後柴田によれば小田切政徳から海軍最高の殊勲者は柴田と言われたとしている。また他から山口多聞が司令で柴田が参謀をやれば戦争は楽に勝てたと言われたという。」 以上のように、柴田武雄は、源田と山本を真っ向から否定している。 この源田と柴田は、ゼロ戦開発で大論争をしていたそうだ。以下は抜粋である。+++++++++++++++++++++++++++++++++ 「当時パイロットを代表する源田と柴田は激しく論争した。源田は空戦性能最優先を唱えた。当時、彼は源田サ-カスの異名をとるほどの編隊空戦の立て役者であった。これに反して柴田は、速力重視を主張した。スピ-ドが劣れば、敵に逃げられてしまう。空戦性能の低下は、パイロットの技量向上で補えると唱え、両者は譲らなかった。読者はどう判断するだろうか? 堀越技師以下の設計陣は、両者の主張を何とか満足させたいと、苦心の設計に挑み、世界の想像を絶する高性能の戦闘機を開発した。僅か940馬力のエンジンで最高時遠533キロメートル、当時どこの国の戦闘機も搭載できなかった20ミリ機銃2丁と7.7ミリ機銃2丁を装備し、爆弾も60キログラムを2発積むことが出来、増槽をつければ長駆3,350キロメートルを飛び続ける戦闘機を創り上げたのである。開戦の日、台湾の高雄からフイリピンのクラーク・フイールド基地に空襲をかけたゼロ戦を、アメリカは戦後まで航空母艦を使って空襲したと思いこんでいたことでもその優秀さが分かる。 しかし、この防御装置を犠牲にして創られた脅威の戦闘機も、やがて戦況が互角になり、消耗戦の様相を帯びてからは、その弱点が被害を加速度的に増大させる。また、柴田武雄の主張がとおっていたら、グラマンはそう簡単にダイブで左にひねりながら逃げられなかったろうし、逆に追われた時も敵を引き離して脱出することが出来ただろう。 派手な機動部隊の陰で、柴田等の基地航空部隊は、黙々と航空撃滅戦を展開していた。連日休みのない戦闘を、限られた搭乗員と機材とで黙々と繰り返しながら、次々と南瞑に消えていった。そんな基地航空部隊を率いた柴田には、零戦の設計段階での自分の主張が通らなかった無念さが戦後も尾を引いていて、事ごとに源田と論争を繰り返し、ついにはお互いに口もきかず、手紙で論争を繰り返していたと言う。源田も柴田も掘越ももうこの世にはいない。 源田実と柴田武雄の終生の輪争阿部 三郎(元零戦搭乗員・海軍中尉)+++++++++++++++++++++++++++++++++ これをみれば、柴田武雄の方が正しかったことが明らかだ! さて、その柴田武雄だが、お光教という大本教から分派した宗教に入信し、終戦間際には、ロケット迎撃機「秋水」の実験に従事していたそうだ。以下のサイトを参照。 http://www5.airnet.ne.jp/yud/text/gtext02.html このサイトによると、「比叡山に秘密基地があった」というのは、大本教の聖地とされる京都市亀岡に近い。 柴田が、大本教の分派の、お光教に入信しているのだから、当然といえば当然なのだが、このような関係から、源田との敵対関係が再度、明らかになる。 その源田であるが、昭和天皇が戦犯とまで非難した有名な瀬島龍三との関係も気になるところで、戦後の原発問題で、浮上する中曽根との間に、フリーメーソンを通じて、なにやらキナ臭いものがみえてくるので、次回、その話を紹介したい。
2012年08月24日
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映画「山本五十六」をみて、映画という虚構の恐ろしさを感じた。 実際、対米戦に突入してしまった事実からすれば、米内や山本が、対米戦に反対していたかどうかは、単なる建前にすぎず、言い訳でしかない。 イルミナティといえば、シオンの議定書で有名な、世界統一政府による人口削減計画がある。この馬鹿げた計画から考えると、メーソンの行動の不可解さが、なぜだか、わかりやすくなる。 謀略論で有名なベンジャミン・フルフォード氏にいわせると、イルミナティは、メーソンを使って、新種のウイルス兵器を使って、必死に人口削減を行っているようである。AIDS、SARSなども、その類だそうだ。 確かに、AIDSウイルスは、確かT細胞白血病のHTLVウイルスのサル型亜種で、どこか人工的な臭いも感じなくはないが、シュタイナーの講義を理解している人なら、どんなウイルスをつくろうが、結局、宿り主の問題であるから、抵抗力があれば問題ない。 それに輪廻転生を考慮にいれるなら、今生は、ウイルス感染のために死んだとしても、その抵抗力は、来世に持ち越されるので、来世には、強靭な肉体を手にいれることなる。 だから、悪魔の企みは、悪魔故に、最後は神に刈り取られてしまう。 例えば、前回紹介したサイトから、更に引用する。+++++++++++++++++++++++++++++ ヤコブ・モルガン氏の『《悪魔からの最後通告》混迷日本にとどめを刺せ』の抜粋をネットにアップしています。ご覧いただきましたでしょうか。 この本は、私の本棚に並んでいるたくさんの「陰謀もの」と呼ぶべき書籍の中で、一読したあと「トンデモ本」の部類だと思って読み返していなかった1冊です(私は同じ本を最低3回は読むことにしています)。ところが、最近になってパラパラとめくってみますと、とてもうなずける内容なのです。やはり「(理解できる)時期が来た」ということでしょう。 この本以外にも、同氏の著書として以下の4冊が出てきました。 『《ユダヤ世界支配の議定書》最後の強敵・日本を撃て』(1993年刊) 『続《ユダヤ世界支配の議定書》最後の強敵・日本を撃て』(1993年刊) 『続々《ユダヤ世界支配の議定書》最後の強敵・日本を撃て』(1993年刊) 『山本五十六は生きていた』(1995年刊) いずれも既に絶版になっているらしく、アマゾン等で検索しても出てきません。「第一企画出版」の本は他にも興味深いものがたくさんあるのですが、今は見かけなくなりました。会社が倒産した(させられた?)可能性が高いようです。 ☆ ★ ☆ さて、ここにリストアップした4冊の中で、最後の『山本五十六は生きていた』は私にとって「目から鱗が落ちる」思いのする本でした。私の読書法は、特に参考になると思う部分があると、そのページの耳(上の角の部分)を折り曲げておくのですが、この本は約370ページもある中で2~3ページしか曲げていないのです。ということは、10年前に読んだときは、やはり感じるところが少なかったものと思われます。私の問題意識がそこまで及んでいなかったということでしょう。 しかし、最近になって改めて目を通して見ますと、私が先の戦争(太平洋戦争)に関して疑問に思っていたことの答えがすべて書かれていました。 その疑問とは、まず「日本はなぜ勝ち目のないアメリカとの戦争に踏み込んでいったのだろうか」ということです。もちろん、それは「陰の世界支配層」に操られたルーズベルトの陰謀により、ABCD包囲網などで嫌がらせをされ、最後通牒としてのハル・ノートを突きつけられて、戦争に踏み切るしかないところまで追い詰められたからだ、という程度の知識は持っていました。 当時アメリカ国民は、ヨーロッパでの戦争にアメリカが参戦することには強く反対していたのです。ですから、ヨーロッパにおいてヒトラーのドイツと戦っているイギリスを支援をするには、ドイツと同盟を結んでいる日本を挑発して、先に攻撃をさせる必要があったのです。そのために仕組まれたのが、日本海軍による真珠湾への先制攻撃でした。しかも宣戦布告なしの攻撃ということで、アメリカ国民の心に怒りの炎を燃え立たせる必要があったのです。 日本の宣戦布告が遅れたのは、駐米日本大使館員の不手際だったということになっています。大使館員がへまをしたために、アメリカ政府に届けるのが遅れてしまったというのです。そのことも、私には疑問に思えてなりませんでした。相手の国に宣戦布告をするような重要な文書が、翻訳に手間取って時間までに届けられなかったというようなことが考えられるでしょうか。まるで子供だましの世界です。その証拠に、そんな不手際をしたとされる大使館員たちは、その責任を問われることもなく、戦後は全員が栄進しているのです。 さらに不思議だったのは、日米の戦局を大きく左右することになったミッドウェー海戦です。どう考えても意味が理解できないおかしな作戦になぜ踏み切ったのでしょうか。この作戦は山本五十六が徹底的にこだわったと言われています。反対の意見が多かったにもかかわらず、この作戦が採用されなければ自分は司令長官を辞任する、とまで言って強引に通しているのです。 そして、もうひとつ疑問に思ったことは、日米の戦力が全くの互角だったあの海戦では日本が勝利する可能性もあったはずなのに、アメリカがあたかも勝利を確信しているかのように落ち着いて日本の艦隊を待ち受けていたのはなぜなのかという点です。もし、あの戦いで日本が勝利を収め、アメリカの主だった空母が沈められることになれば、戦争は圧倒的に日本が有利になっていたからです。 この本によれば、その答えは、日本の艦隊を指揮していた山本五十六や南雲忠一はフリーメーソンだったから、アメリカは安心していたのだというのです。必ず日本が負けるような作戦をとってくれるとわかっていたのだとか。これで全ての謎が解けました。つまり、山本五十六は最初から負けるためにミッドウエー海戦を仕組んだのでした。もともとあの戦争は日本を負けさせるためだったのです。そのことが具体的な情報に基づいて、大変な説得力をもって書かれています。 要するに、日本の政界や軍部の中枢にはフリーメーソンの信奉者が数多くいて、日本を敗戦国にすることを目的として戦争に突入していったということなのです。これでは、純粋に日本の国益を守るために命を捧げた多くの兵士の魂は浮かばれない気がします。 そう言えば、戦後、東京裁判で戦争責任が問われたのは陸軍ばかりで、真珠湾攻撃を計画した山本五十六や、その指揮を執った南雲忠一らは全く罪に問われていないどころか、その後まるで英雄扱いをされているのです。++++++++++++++++++++++++++++++++++ 続けて同じサイトから引用。++++++++++++++++++++++++++++ ■今も作られている日本非難の大合唱 太平洋戦争は謎に包まれた戦争である。 3年8カ月にわたって死闘を繰り広げたこの戦争で、日本の兵員死亡者数は117万4000人余、民間死亡者数67万人余、アメリカの兵員死亡者数9万2000人、他連合国の死亡者数17万人余、太平洋を舞台に、合わせて210万8000人が死亡した。このような大規模で非人間的な戦争がなぜ行なわれたのか、戦後50年が経過する今日、この疑問は深まるばかりである。 太平洋戦争は人類の歴史始まって以来、世界最大の海戦であったばかりでなく、陸上の戦争としても他に類を見ない激しいものであった。それにしても、日本側のおびただしい兵員の死亡者数は一体何を物語るものであろうか。戦場に累々と横たわった日本兵の屍は次のことを教えている。 ●太平洋戦争は日本が敗北するために始めた戦争であった。 ●戦争を遂行した政府大本営、陸・海軍の戦争指導者たちは、あらゆる戦闘で敵に手ごころを加え、日本が敗北するように仕向けた。 ●日本が敗北することは明治以来の予定のコースであった。 1994年8月15日、第49回目の「全国戦没者追悼式」が東京・九段の日本武道館で行なわれた。この日、ワシントンポストの東京特派員は次のように外電を発した。 「世界のほとんどの国の歴史教科書は、日本が第二次世界大戦における侵略者であることを疑問視していない。日本は30年代に中国を侵略、さらに真珠湾などを攻撃し、戦争を太平洋全体に拡大した。日本のこのような行動はこの何十年、当地ではおおむね黙殺されてきた」 また、オランダ人ジャーナリストのイアン・ブルーマは、近著『罪の報い』で、日本が戦争責任の反省を十分に行なっていないとして次のように語っている。 「日本は自分だけが悪いのではないと泣いて地団駄を踏む子供みたいだ」 今、日本に対する国際世論は実に厳しく辛辣である。米欧諸国はもちろんのこと、戦場となったアジア諸国からも日本の戦争責任を追求する声は一段と高まりを見せている。なぜ日本だけが悪いとされ、これほどまでたたかれるのか、その真の理由を日本人は知らない。 戦争による多大な人的、物質的犠牲により、多くの日本人は戦争を忌み嫌い、平和を希求した。中でも広島、長崎に投下された2発の原爆により多くの貴い命を失った日本は、その強烈な核アレルギーとともに、戦争を指導した軍部、ファシズムといった戦前なるもののすべてが悪であると固く信じるようになったのである。 けれども、その信念の強さとは裏腹に、日本人の多くが戦前の歴史、太平洋戦争の全容を知らず、真相に対して目を背けていることも事実である。 戦後、日本人は荒廃から立ち直り、ひたすら経済復興に邁進し、いつの間にか世界第2位の経済大国となった。日本の潜在成長力とその民族的エネルギーはすさまじいものがある。その日本の台頭を好まない世界のある勢力が、日本の成長をいかに抑え、いかにしてそのみなぎる国力を抑圧するかに心血を注いできた。 その一つの手段が日中戦争の泥沼化と日米開戦であった。日本は“計画通り”敗北したが、日本人の民族的エネルギーを止めることは誰にもできなかった。戦後の日本は再び巨大な経済力を身につけ、科学先進国、産業技術大国となった。+++++++++++++++++++++++++++ 以上のように、イルミナティの金融による支配と、戦争による人口削減計画が、背後にあったとすれば、太平洋戦争は、非常によく理解できる。 そのやり口は、ドイツでヒトラーを用いたのと同じで、自分たちが戦争を仕掛けておいて、最後は、負けたほうが全て悪いとして、世論を誘導し、責任を転化してしまう。 戦場では、何も知らされない日本兵は、無謀な突撃を繰り返させられ、特攻というような生命さえも粗末にするような攻撃が奨励された。 米国兵は、日本兵の無謀な突撃と、特攻に、疑問を感じていたという数々の証言があり、彼らにしてみれば、自殺としか思えないからである。そもそも、米国には、確かに地獄や天国という世界が、キリスト教にはあるが、あくまで現世の御利益主義なので、「あの世」という概念がないから、日本兵の「靖国に祀られ、あの世で会おう」というような心情は理解できないからでもある。 つまり、日本には、主に仏教により、あの世という天国に、誰もがいけるという意識があるが、米国には、キリスト教を除いて、ほとんどが無神論の悪魔崇拝主義で、キリスト教にしても、キリストを通じた昇天という意味に捉えているから、カルトの思想に近いものと思われる。 だから、米国には、どうやっても生き残る、という考えが主流で、結局、イルミナティの下請けのメーソンに騙されてしまうのだろう。 これまで述べてきたように、太平洋戦争では、多くの人たちが、悪魔崇拝のバルバロイメーソンに騙されてきたといえるが、これからは、悪魔に洗脳されないように十分に歴史を注視していくべきだろう。
2012年08月23日
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映画「山本五十六」をみて、改めて、太平洋戦争の疑問が深まった。その疑問は、真珠湾攻撃と、ミッドウェイ海戦に対する山本五十六の対応である。 真珠湾攻撃とミッドウェイ海戦の2つは、太平洋戦争敗戦の大きな要因と考えられる。 反対の多かった真珠湾攻撃の宣戦布告の通達が遅れて、結果的に「騙まし討ち」となり、遅れて通達した外務省の失態の責任を問わず、しかも、失態した外務省職員が、その後栄転している不可解な点。 ミッドウェイ海戦については、南雲の失態と、作戦立案の不備ならびに、戦艦大和の後方待機など、山本自身も含めて、海戦後に、責任の所在を明らかにしなかった点。 このような点を考えると、例のフリーメーソンに関する以下のような抜粋を考察する他ないような気がする。+++++++++++++++++++++++++++++++++++ 日本帝国海軍とフリーメーソン 1945年8月15日、ポツダム宣言受諾から2週間後の8月30日、日本の運命を握る、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが厚木飛行場に降り立ちました。 マッカーサーは、フリーメーソンで、彼が所属していたロッジは、Manila Lodge No. 1, Phillipinesであります。マッカーサー元帥は、厚木飛行場を降り立つとすぐ、フリーメーソン東京支部用の建物の確保を指令し、東京・麻布の旧海軍水交社の建物を接収し、屋上に、定規とコンパスのフリーメーソンのシンボルが掲げられました。 この、東京・麻布の旧海軍水交社が、第38メソニック森ビルにある日本グランドロッジになっています。ビルの名前からして、フリーメーソン(メソニック)です。 西洋社会では、ラッキーナンバーとしての7(メソポタミアのシュメール文明の七曜から来ている)、トリニティの3(キリスト教の三位一体)、不吉な13の金曜日(アダムとイヴが禁断の果実に手を出したのが金曜日、人類最初の殺人アベルがカインに殺されたのが13日の金曜日、イエスキリストが磔刑が13日の金曜日)と、数字が何らかの意味を成しています。タロット占いで13番目のカードは、死神です。 フリーメーソン組織は33階級ありますが、33という数字を聞いて思い浮かなければならないのは、ユダヤ教のシンボリックな存在のソロモン神殿が建設されて33年間ヤハヴェ神の神殿として輝きを放っていましたが、その後ローマ帝国の兵士に破壊された事、またイエスキリストの生涯も33年間でありました。 そして、日本グランドロッジのある、第38メソニックビルの隣には、東京タワーがそびえ立っておりますが、東京タワーの高さは333メートル、竣工は昭和33年の天皇誕生日です。 この日本グランドロッジがある場所は、元海軍水交社であったことを前述しましたが、東京大空襲のなか、何故かこの建物は無傷で、日本帝国海軍水交社はフリーメーソンの巣窟であり、思いたくありませんが、当時の敵国であるアメリカやイギリスと繋がっていたと指摘されています。 実際、日本帝国陸軍と日本帝国海軍は仲が悪く、戦後我々日本人は、「悪玉の日本帝国陸軍」 、「善玉の日本帝国海軍」とGHQに刷り込まれましたが、何故か東京裁判でも海軍の大物達は罪に問われておりません。 例をあげれば、第二次世界大戦中の連合艦隊司令長官、海軍大臣で、第37代内閣総理大臣であった岩手県出身の米内光政、そして連合艦隊司令長官、海軍大将・元帥の新潟県出身の山本五十六、第四艦隊司令長官で最後の海軍大将の井上成美は、日本海軍士官の「水交社」のメンバーで、フリーメーソンでありました。 東京裁判では、A級戦犯の汚名を着せられ、7人が絞首刑にされましたが、外交官の広田弘毅をのぞいて、他は全て陸軍の将軍たちで、リメンバー・パールハーバーでアメリカ国民を激昂させた海軍の軍人は1人も含まれていないのであります。 また、ことごとく暗号を解読された日本帝国海軍ですが、山本五十六の関与を疑う声はいまでも根強くあり、東京裁判でも裁かれないフリーメーソンの大物軍人達、また旧海軍水交社にある日本グランドロッジを考えるとき、何がしかの関係を疑うのは当然の事でしょう。 ポツダム宣言を受諾した日本は、1945年9月2日、東京湾に浮かぶ、米軍艦ミズリー上で、連合軍最高司令官マッカーサーと、重光葵外相との間に降伏文書の調印がおこなわれました。 調印式のさいミズリー号に飾られた星条旗は、92年前、日本の開国を迫った、フリーメーソンであるペリー提督の旗艦のマストにひるがえっていたものでありました。 ペリー家とロスチャイルド家は縁戚関係で結ばれており、ペリー提督の末裔であるウィリアム・ペリーも、ロスチャイルドが支援するアメリカ民主党のクリントン政権下で国防長官となっています。 ウィリアム・ペリーは、ディロン・リード銀行の社長・会長を10数年歴任してきましたが、ディロンが経営しているのが、世界最大の核ミサイル原料メーカーのベクテルです。 ヤコブ・モルガン著「山本五十六は生きていた」では、これは「仕組まれた陰謀」であり、日本本国から電信を受け取った在米日本大使館側が「わざと」遅れて宣戦布告をアメリカに行ったためだと指摘しています。 そして、摩訶不思議なことに…この「失態」を犯した当時の在米日本大使館員の多くは、戦後、外務次官や国連大使などに「出世」しているというのです。…さらに衝撃的なことは、真珠湾攻撃を立案した山本元帥自身も、実は当時のアメリカ大統領であるフランクリン・ルーズベルト大統領やイギリスのチャーチル首相と「結託」して、「宣戦布告無しの真珠湾奇襲攻撃」というシナリオを仕組んだ…というのです!+++++++++++++++++++++++++++++++++++ 以上の抜粋の 「真珠湾攻撃を立案した山本元帥自身も、実は当時のアメリカ大統領であるフランクリン・ルーズベルト大統領やイギリスのチャーチル首相と「結託」して、「宣戦布告無しの真珠湾奇襲攻撃」というシナリオを仕組んだ」 というのなら、宣戦布告が遅れた外務省職員が、その後栄転した理由にもなり、それがフリーメーソンによるものだとわかる。 また、以下のサイトにも同様の話が載っているので抜粋する。 http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1004-2.html#18+++++++++++++++++++++++++++++++++++ ●山本五十六は「世界の陰の組織」の最高位の人物だった 山本五十六は「世界の陰の組織」の最高位の人物だった、とズバリ断定した医師が東京近郊にいた。歴史教科書や権威を額面どおりに信じてきたすべての人びとを仰天させるのは、ベラスコ、マリンズ、それにコールマン博士らばかりではなかった。 その日本人医師の説はベラスコが語る世界とほぼ符合していた。その医師、故川尻徹博士は精神科医。博士はノストラダムス予言詩の解読に優れた人物だといわれている。博士は、山本五十六が陰の組織に仕えた人物だと断定していた。山本は真珠湾攻撃を企てることで、太平洋戦争の終結を早めて戦争を終え、日本を決定的破滅から守ろうとした人物だと博士はいう。 さらに、山本のソロモン諸島での死は山本が所属した国際組織(フリーメーソン)の工作による偽装死であり、山本はそこでは死んでいない。だが、その真実を大本営は知らないまま現場報告どおりに山本死亡を発表しているという。 山本がロンドン軍縮会議出席のさい、ナチス外交部長のリッペントロップ(のちの外相)らや重要人物らと密会したのは知られている。そのさいに国際組織(メーソン)に人会したのだろうと博士はいう。組織内での山本の地位はヒトラー以上だったといい、天皇、米内光政、井上成美などの「条約派」は山本が入会した事実を知っているはずだと断定する。 当時の陸海軍両軍部の戦争政策観の違いや内部の亀裂などが、山本の行動を決めていたのだという。やはり、国際派でキリスト教典に親しむ海軍軍人のいわゆる条約派の一人である山本が「神様」として枢軸国、つまりヒトラーを取り巻く国際組織と交わった可能性はあるのだろうか。 メーソン結社が果たして「日本国益」のために働くメンバーを加入させるだろうか。メーソンにかかわる人びとには二種類のタイプがあるといわれる。 マリンズの視点でいえば、その一つは、国際人を自負し、祖国(皇室を含む)の将来を憂う「ユダヤ人知らず」の善良な人びとであり、結果的にメーソンの利益に協力させられている人びと。もう一つは、メーソンの威光を借りて自己の栄達と蓄財にのみ励む、いわば確信犯的金満紳士タイプ。 前者の人びとは、世界のなかの日本がいかに弱いものかを痛感して、強い者の側に「寄生」したのだろうか。そして後者のタイプは、前者のように組織の威光を借りて、金儲けのみを目指す人びとなのか。 この両タイプとも外国語が堪能で世界の動向に明るく、キリスト教典に造詣が深く、自由・平等・博愛をうたって閥歩するようだ。なによりも一般社会人としての信用度を疑われない人物であることが、メーソン側の「審査基準」のようだから、彼らの行ないは庶民の耳目には届かないという利点もある。 山本五十六はどちらのタイプにも属さなかったのだろうか。 新宿の宿で足の裏を指圧しながらたずねた私の質問に狸寝入りで答えたベラスコは、かつてこんなメモを残していた。 1941年12月10日、ロンドンのスペイン大使館執務室でベラスコがワインを楽しんでいたその場に一本の電報が飛びこんできた。内容は、マレー半島沖のクワンタンで英国東洋艦隊の旗艦プリンス・オブ・ウェールズ号とレパルス号が、日本海軍航空隊の攻撃で壊滅させられたという至急電だった。 電文を読んだベラスコの頭を瞬間よぎった、その印象を残したメモには、「あれはまさに栄光に包まれた山本の三菱に対する労作であり、恩顧に報いるもの以外の何ものでもなかった」とある。ある訳者は「労作」を「工作」と訳した。 山本五十六の遺体については、戦後の現在でもさまざまな謎が残されている。細工が施された公式遺体検安書、陸軍のさしがね説、山本替え玉説(生存説)などがそれらである。 今年(1994年6月)、私はソロモン諸島ガダルカナルで、深夜土砂降りの雨をついて一人の地元民と出会った。男は山本機が撃墜されたブーゲンビル島ブインの密林の地主の後継者で41歳。ブイン周辺は独立戦争(パプア・ニューギニア政府と、ブーゲンビル島の分離独立を求めるブーゲンビル革命軍の戦い)の真っ只中にあった(1994年9月3日に和平交渉が成立した)。男の兄弟3人は最近、革命軍兵士に射殺され、彼は木舟を漕いで対岸のソロモン領ショートランド島に逃げのびてガダルカナルにいるブイン出身の友人宅に身を隠していた。 「祖父と父から固く口止めされていた。撃墜機の山本は生きていた。祖父が彼を助けだした」 男は私にそう語った。+++++++++++++++++++++++++++++++++++ つまり、太平洋戦争は、フリーメーソン、つまりNWOのイルミナティにより仕組まれた戦争だったことがわかる。その源流となったのが明治維新なのだが、これまたメーソンの暗躍が目立つメーソン革命ともいわれている。 太平洋戦争から、明治維新に遡って、続いて、メーソンの影を再考したい。
2012年08月22日
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忠武飛龍さまのブログに訪問させていただいて、以下の文について関係する記述のあるサイトに遭遇したので、あわせて併記したい。+++++++++++++++++++++++++++++++++++ 出口王仁三郎の説では、最初に原爆を発明したのは、ナチスでもなくアメリカでもなく日本であって、これをお聞きになった天皇陛下が一度に大量に人間を殺す兵器であるとしてこれを用いることをお許しにならかった。逆に、この原爆を発明した罪により、めぐりめぐってその原爆が日本に落とされることになったというものである。+++++++++++++++++++++++++++++++++++ そして、以下は、次に紹介するサイトからの引用である。 http://www.sun-inet.or.jp/usr/hiro7733/public_html/new/2012-08.htm+++++++++++++++++++++++++++++++++++ 和製原爆と昭和天皇 (わせいげんばくとしょうわてんのう) 最高の軍事機密「二号研究」 戦時中の日本には、現在も知られていない秘密があった。 「二号研究」である。 それは、日本独自の原爆開発計画だった。 日本にはその技術もあり、また可能性もあったのだ。 米国の原爆研究・開発は、昭和14年(1939年)開始されている。 その年の10月に「ウラン諮問委員会」が発足した。 アインシュタインはじめ、多くの科学者がルーズベルトに進言した。 「ドイツでは相当開発が進んでいます!」 警告の手紙がきっかけとなり、研究が始まったのだ。 一方日本では、その一年後に動きがあった。 昭和15年(1940年)4月 「二号研究」開始。 (「昭和天皇」 読売新聞社編) 陸軍航空本部付きの『鈴木辰郎中佐』は、陸軍航空技術研究所に着任するや、所長の『安田武雄中将』からこう指示された。 「原子爆弾の可能性について調査してみろ」 彼は調査後、軍に報告書を提出した。 「原子爆弾は、出現する可能性がある。原爆の材料になるウラニウム鉱石は、わが国にも埋蔵されている可能性がある」 当時は、まだまだ軍事利用など考えられない段階だった。学術論文も国際的にやっと公開された段階だったのである。 昭和16年(1941年)4月 所長の『安田中将』は、理化学研究所の『大河内正敏所長』に正式要請を出した。 「原爆製造に関する研究を願う・・・」 『大河内』は、仁科研究室の『仁科芳雄博士』に一任した。 昭和18年(1943年) 『仁科博士』は報告書を作成。 「原爆は可能である」 航空総監兼航空本部長に就任していた『安田中将』は、その報告を受けて動いた。 航空本部総務課長『川島虎之助大佐』に、こう命じた。 「この研究を『強力に』推進せよ」 昭和18年(1943年) 陸軍省の大臣室に呼ばれた川島は、東条英機からこんな指示を受けた。 「アメリカとドイツで原爆製造計画が進んでいる。もし我々が遅れたら戦争に負ける。一つお前が中心になって製造を進めろ」 このようにして陸軍の原爆製造計画は、「最高機密」として開始された。 もう一つの計画 ところがここに、もう一つの原爆開発計画があった。 海軍である。 こちらは「F計画」と呼ばれた。 昭和18年(1943年)5月 陸軍に2年遅れで、それは始まった。 計画を委託されたのは、京都大学の『荒勝文策教授』である。 京大の原子物理学は、世界の十指に入る実力を持っていた。スタッフの中には、あの『湯川秀樹博士』も参加していたらしい。 昭和19年(1944年)はじめ ウラニウム235から「6フッ化ウラン」結晶を抽出成功。(米粒大) 7月から分離テスト。(失敗) 昭和20年(1945年) 空襲により作業中断、研究室の機器壊滅。 同年5月 陸軍の「二号研究」も中止となる。 天皇の猛反対 天皇の「原爆に対する態度」を著した資料がある。 1. 『昭和天皇』 出雲井晶(いずもいあき)著 日本教文社 2. 『日本・原爆開発の真実--究極の終戦秘史』 五島勉(ごとうべん)著 祥伝社 3. 『天皇の真実』 河内正臣(こうちまさおみ)著 たま出版 これらの情報源は、昭和20年(1945年)2月当時、海軍航空本部の嘱託、ウラン情報担当だった『岩田幸雄』氏である。 彼は、陸軍大臣『杉山元』(すぎやまはじめ)宅で聞いた極秘の話を故あって公表した。(文末資料:p193) 資料「1」の中に、こんなエピソードがある。 昭和20年2月 『杉山元』元帥が、私邸に来ていた岩田氏にこう言った。 「岩田君、君は軍籍のない一民間人であるにもかかわらず、この戦争では日本軍のため挺身して偉大な貢献をしてくれ心から感謝している。 その労苦に報いるためにも、一日も早く新兵器を開発し、劣勢を挽回すべく懸命の努力をしていたが、事情があって残念ながら『新兵器』製造は中止した。 実は『御上』から強いおしかりを受けたのだ。」 ここで、『新兵器』とはもちろん『原爆』である。 そして『御上』とは、『昭和天皇』であった。 岩田氏は、「記録映画」を使って、杉山元帥に各国の原爆開発事情を伝えていた。(この映像は秘密の記録だった) それを見た元帥は、こう語ったという。 「自分としては猶予は赦されず、製造を急がせていた。そして完成すれば、最初『ハワイ』に落とし、その威力を示し、戦況を日本軍有利に導く計画であった」 ところが、「横やり」が入ったというのだ。 日本の原爆開発が本格化した頃、当時の首相、『東条英機』がその旨を昭和天皇に上奏した。 彼は、「起死回生の決定打として、天皇に喜んでいただける」・・・と思っていたようだ。 しかし、 昭和天皇は『意外に強い口調』で反対されたという。 「数カ国が新兵器開発を競っているとのことだが、日本が最初に完成し使用すれば、他国も全力を傾注して完成させ使用するだろうから、全人類を滅亡させることになる。 それでは、人類滅亡の悪の宗家に日本がなるではないか。 またハワイに投下する計画とのことだが、ハワイには日本の同胞が多数移住し、現地アメリカ人民と共に苦労し、今日を築きあげたところだ。 そのような場所に新兵器を使用することには賛成できない。」 叱責を受けた東条は、杉山にこう言った。 「天皇陛下のご意志に反することはできない」 しかし、杉山元帥はこう主張した。 「敗戦となれば日本が滅びてしまい、全てを無くしてしまう」 その論理はこうである。 「参謀総長の立場にある者として、日本を敗戦に導くことはできない。 戦争とは結果において勝利を得ることが肝要であり、今の日本は手段を云々できるときではない。 勝てば天皇にお喜び頂けるに違いない。そして天皇が希求される世界平和を実現できるではないか」(上記資料1) しかし、東条とは平行線だった。 杉山は、参謀総長を東條に譲って退いた。 ところが、彼がカムバックする機会が訪れる。 同年7月 東条内閣総辞職後、『小磯国昭』内閣が誕生する。 杉山元帥は再び入閣し、陸軍大臣となった。 彼は秘密裏に、再度原爆開発を急がせた。 ところが新兵器を積むロケットの燃料製造過程で誤爆事故が突発。 天皇陛下の耳に入った。 杉山元帥は、こう述懐する。 「天皇陛下から呼ばれた私は、『まだやっていたのか!』と強く叱責され、まことに面目なく、これ以上開発を進めることはできなくなった。 私は、日本が勝っても負けてもこの責任は取る覚悟だ。例え勝てたとしても天皇陛下の大御心(おおみごころ)を煩わせた罪は万死に価いする。 さらに多くの部下を死に至らしめた責任から逃れることはできない。 ここで話したことは誰にも話さないでくれ給え。この事を知っている者は、天皇陛下と東条と自分だ。」 杉山元帥は、敗戦直後自決した。 天皇は『未来』を見据えていた 大祭司天皇は、日本の神『ヤオヨロズ』の霊を受けて話す。 日本の運命は、悪魔に誘われ大陸に進出した時、すでに決していた。 それを予感していた昭和天皇は、御前会議でもこう言って抵抗していたのだ。 「大陸には出るな」 しかし、軍部の勇み足がそれを無視して暴走した。 外国には、天皇をヒトラーと同一視するような勘違いがあった。 しかし、天皇が政治に介入できたのはわずか三回だけである。 (1) 2.26事件 (「近衛軍を率いて鎮圧する」と言って激怒) (2) 「張作霖爆殺事件」(天皇は激怒し、内閣が倒れるに至る) (3) 終戦の決断 (原爆後も「本土決戦」を唱える軍部を押さえた) それ以外はほとんど、陸軍を中心とする勢力によって押し切られていたのが実態である。軍部が力を握った日本の政治システムで、天皇個人の意向は生かされなかった。 これこそが「日本暴走の図式」である。(天皇の口を封じれば、危機が訪れる) 結局、天皇の原爆製造に抵抗する言葉は、遠い未来・・・日本が苦難を乗り切った後の世に向けた言葉だった。 そしてその姿勢は、ずっと一貫して変わらない。 昭和天皇の「核拡散防止条約」(核防条約)への強い関心は、この精神が産み出したものだ。それは、日本が「核を使う国」として汚名をはせ、日本の神ヤオヨロズの嫌悪を引き起こさないための措置だった。 「核を使う者、核に滅ぶ」 やがて、その因果が世界に知られる日が来るだろう。 その時、日本になぜ「核開発阻止」の力が働いたかが理解される。 それは、民族を護る神ヤオヨロズの先見の明であり、救いだったに違いない。 (資料・昭和天皇の極秘指令:6章 講談社)++++++++++++++++++++++++++++ いままた原発再稼動という暴挙を行うとは、親の心、子知らずで、昭和天皇はさぞお嘆きであろう。 「核を使う者、核に滅ぶ」
2012年08月22日
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忠武飛龍さまのブログに訪問させていただいて、「黄金の金玉を知らないか?」というブログを知り、色々と興味深い連想が思い浮かんだ。 以前、このブログでも、「太平洋戦争の裏で行われていたオカルトの戦い」を紹介したが、上記のブログから、悪魔イルミナティのNWOの戦略が薄々と明らかになってくる。 「太平洋戦争の裏で行われていたオカルトの戦い」では、悪魔イルミナティが、ナチスを通じて、チベットに伝わり、日本の出口王仁三郎をして、悪魔による悪魔のための悪魔の世界秩序を、悪魔による崩壊に導くために、大日本帝国を捧げ物とした戦略を紹介した。 「黄金の金玉を知らないか?」ブログでは、悪魔イルミナティのNWOのやり口を以下のように紹介している。 ++++++++++++++++++++++++++++++その前に奴らの手口のおさらいをしておきましょう。奴らの手口とはいつもワンパターンです。日本のバブル崩壊と同じような手口です。その昔、1980年代、日本国民総ででバブルに踊った時代がありますたね。金利の低下で資金がジャブジャブ市場に溢れてそれが株や土地に向かった。最初に奴らはバカスカ札束を刷って、バブルを引き起こします。銀行は貸して貸して貸しまくるのです。株に投資すれば儲かるよ。土地を買えば儲かるよ。そしてカモが罠にかかったころ合いで急に蛇口を閉める。貸し渋りをやるわけです。これをやられたら投資家はいきなり資金難に陥ります。そして、資金難に陥ったカモ達から担保として株、土地、あらゆる資産を奪い取るのです。昔からやっていることは同じです。いい加減気付いたらどうかと思うのですが、引っ掛かかる人が後を絶ちません。+++++++++++++++++++++++++++++ この手口は、フリーメーソンの金融支配の手口でも有名で、例えば、以前以下のように紹介した。++++++++++++++++++++++++++++ 第一次世界大戦後、ドイツの中央銀行であるライヒスバンク(ドイツ政府出資ゼロ、100%ロスチャイルド系民間銀行)が、政府や国民の意思を無視して、狂ったようにドイツマルクを印刷・発行し、史上空前のハイパーインフレーションが起こりましたが、1923年で約20億円に相当する貯金を持っていたドイツ人は、1年後にその価値は1円になっていたのです。 そして何が起こったか、ユダヤ系ハゲタカファンドが、ドイツ人の土地、建物、工場、数々の資産をただ同然に、買い漁ったのです。 ちょうど、1980年代に好景気に沸いていた日本経済を、日銀が金利を急激に3倍近くに引き上げ、好景気であった日本経済を強引に崩壊させ、90年代に長銀をはじめ、大手銀行、民間企業、不動産がただ同然に買い漁られましたが、全く同じ手口です。++++++++++++++++++++++++++++ この後に、ドイツにヒトラーが現れ、日本ではコイズミが現れた! ドイツでは、約70年前に起きた出来事を、日本では、約30年前に起こしたわけである。そして、約70年前では、ヒトラーが現れ、ナチスという軍事政権が生まれ、欧州を戦場という地獄に落としたが、約30年前には、コイズミが現れ、市場開放という名の日本経済買収工作として、ユダヤ系ハゲタカファンドの外資により買い漁られ、事実上、日本は、ユダヤ米国投資家のATMという金融植民地となり、国民の財産は、政府を通じて、米国債に吸収され、その名目で、更に巨額の投資により、世界を買い漁る資本に利用されるようになったわけである。 連中があまりに強欲だったため、実体経済を超えて投機をおこなったツケで、リーマンショックが起こったのは有名である。しかし、連中は何の責任もとらずに、売り抜け、逃げ出しただけで、グリーンスパンなどは、「間違いだった」、と一言言っただけで何のお咎めなしだ! 約70年前のドイツで起こったこと、つまり第2次世界大戦を冷静に分析すれば、悪魔の戦略はすぐにわかる。資本を買い漁った後に、なぜ、戦争を起こすのだろうか? 資産家や投資家は、戦場には行かない。戦場に送られるのは、常に貧乏人ばかりである。日本でも、戦時中、一億総玉砕と謳われながらも、相変わらず贅沢な生活を続けていた財閥や政治家などの金持ちが沢山いたことからわかるように、その原理は、バブル時代に行われた地上げと同じなのである。 戦後、GHQが真っ先に占領したのが、海軍の水交社があったビルで、フリーメーソンの拠点となっていることは有名である。 地上げは、土地に住んでいた人を退かす工作で、戦争も同じで、かつ生命まで奪う卑劣なやり口である。 この地上げの原理は、現在は、会社のリストラとして行われている。少し前に、会社は誰のものか?という議論が流行ったが、会社は投資家のものというのは、この地上げの原理の洗脳に他ならない。悪魔の論理なのである。 それは、投資家は少なくとも、会社を守ることはなく、価値が無くなれば捨てるだけという腐敗した精神から明らかだからだ! そもそも、人間が所有できるものは闇しかなく、土地も自然も神様のものである。だから、人間は、それを守ることしかできないのだ! 会社を守れなかったのは、投資家の責任でもある。それを忘れている。 つまり、価値を損失させたのは、投資家の責任でもあるのに、売り飛ばすことで、責任回避をしていることに気がついていない。損失を出しているのではないかという反論もあるだろうが、数字上の金銭の損失と、生活上の生命に関わる損失では、そもそも同等とはいえず、比較にならない。 生命の危険の前に、金銭の損失を考えるのは、馬鹿である。命をカネで買う奴は、自分の命をカネで売り渡すことになるだろう。 戦争では、男性は、戦地に送られ、外国との闘争へと掻き立てられ、ユダヤ系ハゲタカファンドが買い漁った元々のドイツ人の土地、建物、工場、数々の資産などの利権を増大する奴隷とされたわけである。 この原理に気づいた者は、非国民として精神病院に送られるか、ナチスのガス室で殺されるわけである。まさに悪魔の仕業といわねばなるまい。 そして、頃合いを見計らって、ナチスを負けるように仕向けて、資産を巧妙に移し、新しい政府の背後で、悪魔のような支配を続ける。全てはナチスの責任にして、ヒトラーは確かに悪者だが、極悪人にされ、知らんぷりというわけなのだ! このような悪魔の戦略を、王仁三郎は恐らく知っていたのだろう、それは明治政府をつくった背後の勢力、フリーメーソンから明らかだったからだろう。 王仁三郎が100%正しいとは思わないが、第2次世界大戦を深く再考することで、現代や将来起こるであろう悪魔の企みを前もって予防することは非常に重要となるだろう。
2012年08月21日
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ともかく、これまで述べてきた点に関して、医学という学問のなかに、上部組織と下部組織の相違という認識がもっと広まることが是非とも必要で、このような認識から、健康に対する関心のなかに、医師たちの共同作業が生まれるように思える。 医師が専門化すると、全体的な人間への関心を失う。勿論、医師は専門化すべきでない、などと述べるつもりは毛頭なく、時代の推移とともに様々な技術が現われ、医師の専門化が、ある程度生じるのは仕方がない。 けれども、専門化が生じれば、専門化していく医師たち相互の共同作業、社会化もまた、更に一層活発にしていかなければならない。 例えば、質問にもあった、歯茎の化膿の歯槽膿漏[Pyorrhea alveolaris]を考察する際にも明らかになる。歯槽膿漏の原因を探求するには、歯の周辺の局部を取り扱うだけでなく、少なくとも、人体組織全体の傾向をも扱うべきで、全体の傾向が単に歯の周辺に局所的に現われているだけなのである。 歯周病 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%AF%E5%91%A8%E7%97%85 例えば、歯科医が、歯槽膿漏と診断した患者を、別の医師が、糖尿病の候補者として、何らかの形で配慮するような慣例が当たり前になれば、多くの有益な治療が成し遂げられる。 というのも、既に以前、特徴を、ある程度まで述べた糖尿病のなかに出現する特異的な傾向は、上部組織のなかにとどまっている限りは、本質的に治療が容易で、つまり、この歯槽膿漏として現れる症状にとどまっている場合は治療しやすいからである。 逆に、下部組織の特異的傾向が、上部組織に波及すれば、下部の不都合な貧弱化か、もしくは上部の肥大が生じることを考慮しないといけない。 炎症への傾向が、はじめに上部組織に現われると、ある病気の症状を呈するが、同じ炎症の傾向が、下部組織に現われると、今度は、その病気とは逆の、対極をなす症状が現われる事実は非常に重要である。 例えば、上下組織の対極性から、次のことに納得がいくだろう。 人間の成長力を司るエーテル体全体が、幼年期と、後の年代とでは異なった作用を行う、という事実である。幼年期では、エーテル体が、物質体の機能のなかに深く入り込まなくてはならない。エーテル体はいわば直接の作用点となる器官を持たなくてはならない。 エーテル体が物質体に作用するための直接の作用点を器官に持つことは、特に胎児においては不可欠となる。このことは、単なる形態が形成されるだけでなく、同時に彫塑力を育て、成長へと益々大きくなっていくべき、幼年期の初段階にもあてはまる。 従って、例えば、胸腺、もしくは、甲状腺などといった器官が、ある程度まで、不可欠となる。これらの器官は幼児期に、その最大の課題を果たし、その後、物質体の作用にあまりに強く捉えられるようになると、退化しながら変成していく。 幼年期の人体の組織化においては、化学的作用が強度に生じることが不可欠だが、その後、これは熱的作用に交替していく。人間は、生涯を通じて、化学、光、熱というような作用のスペクトルを通過していく。そのスペクトルは、化学的な作用を、青色や紫色として、光の作用を、緑色や黄色として、熱の作用を橙色や赤色として象徴化される(下図)。 人間は、本質的に、上記のようなスペクトルで象徴化される方向性を持ちながら、生体の組織化(図参照)を成し遂げていく。幼年期は化学的作用による成長に頼ることが多く、その後、光の作用による成長へ、更には、熱の作用による成長へと移行していく。
2012年08月21日
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超弦理論で有名なトーラスは、タオの宇宙原理に関わるような形をしているように思われる。 トーラス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%82%B9 よく訪問させていただいている「白山道」という自称霊能者が書いているブログに、トーラスは、次世代の発電機になりうるような予言が載っていた。 「白山道」の管理者が書く、霊的な発言はほとんど左から右に聞き流しているのだが、ときたまに、科学的話題に関して記載されるときは、興味もあり、それなりに受け止めている。 この今回のトーラス発電機発言には、なぜだか、興味深いものがそそられる。 このトーラスの形をみていると、この形は、陰と陽の2つの回転で合成され、記述できるからである。 それに、過去に超伝導研究室にいたときに、常温超伝導研究の伝導体作成のときに、トーラス状の形状が、相応しいようなインスピレーションが閃いたからでもある。常温超伝導は一種のブームになったが、常温といっても、液体ヘリウムを使って、ある程度は冷やさないといけないのと、超伝導体をつくるのに、セラミックの加工、つまり、陶器のような加工が必要となるので、自然と下火になっていった。 トーラスの形が思い浮かんだ、そもそものイメージは、SQUIDという量子干渉計を勉強したときに、メゾスコピック領域での、量子波の存在である。量子干渉計は、トンネル効果を前提にしているが、トンネル効果が物質的な意味をもつのが、この領域だからで、量子干渉計の形から連想されるのが、トーラスだからであった。 メゾスコピック領域 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BE%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E9%A0%98%E5%9F%9F 超伝導量子干渉計 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E4%BC%9D%E5%B0%8E%E9%87%8F%E5%AD%90%E5%B9%B2%E6%B8%89%E8%A8%88 抵抗ゼロの超伝導とは、理論的にいえば、無限に電気を取り出せることでもある。 つまり、次世代の発電とは、この量子干渉計のように、量子干渉計を大規模に、例えば、流体や液体上のトーラスをつくることで、トンネル効果を用いて、空間の磁場から、無限に電気を取り出せるのではないかと空想したためである。 直流電流を流すことを、量子干渉計は想定しているので、ヒッグス粒子が対称性の破れを生み出すがごとく、電磁波の縦波成分から、直流電流が生み出されるかもしれない。 ヒッグス粒子のヒッグス機構と、超伝導の構造は、BCS理論で共通のものであることがわかっている。それは南部-後藤の弦で理論的に明らかになった。 超伝導では、電子がクーパー対をつくり、比較的マクロで伝導し、ヒッグス機構では、ヒッグス粒子が、素粒子に質量を与え、伝導の到達距離を制限する。 数学的には、ミクロとマクロのスケール変換なのである。 非常に勝手な妄想に近いものだが、トーラスの形状は、超弦理論でも基本構造になっており、宇宙が階層化しているとするのなら、トーラスは、天体の軌道でもあるし、トーラスを斜めにスパイラル(渦巻きに)していく形状は、どこか、DNAの二重螺旋をも彷彿とさせるものなので、宇宙の天体レベルから、生体の遺伝子レベルを経て、ミクロの量子レベルまで、情報保持の共通項のように思えてくるからでもある。 つまり、トーラスが、スケール則を超えて存在するのではないのか? トーラスは、私には、孫悟空とお釈迦様の知恵のやりとりを彷彿とさせるものがある。
2012年08月20日
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最近、レンタビデオで、何本か、映画をかりてきてみた。 「新参者-麒麟の翼」、「ロボジー」、「山本五十六」、「ジョニーイングリッシュ-気休めの報酬」 の4本である。 当たり前のことだが、映画は虚構の世界である。だが、全てが虚構かというと、人間の心理を描いているという意味で、虚構でない部分もある。 だから、私の映画をみる基本の観点は、映画を通じて、現代人の心理が巧く描かれているかどうか、にある。 だから、虚構であればあるほど、現代人の心理が、妄想に近くなるわけだ。 現代劇なのか、歴史劇なのか、の時間的な変化は重要な意味をもつ。過去の歴史については、現代の記憶から描くしかないので、ほとんどが現代人の感覚でしかないわけだ。 だから、歴史劇とはいえど、現代劇を描いていると考えるべきだろう。 また、現代という結果から考えて、過去にその要因を求めることもできる。現代人の心理に対する要因を求める種子にもなる。 上記の4本の作品のなかでは、「山本五十六」が、一番、現代人の心理を妄想に導く可能性が高い作品といえる。「山本五十六」とはいっても、それは現代人が描く「山本五十六」でしかないからだ。 なぜ、いまどき、「山本五十六」なのか? という現代人の心理、特に日本人を考えるのには、よい作品かもしれない。実際の「山本五十六」がどうだったかは明らかではないが、日米開戦に反対の立場をとった人物として描かれている。 しかし、結果からみれば、反対の立場を貫けなかったわけで、組織をやめることもできずに、開戦に巻き込まれた責任は重い。「山本五十六」として描かれていた人物は、悲劇の人物として描かれていたが、情を重んじる日本社会とはいうが、なんとも、それが内向きでしかないのは、悲劇というより、喜劇のようにみえてくる。 映画に描かれていた点でいうなら、宣戦布告が遅れたことの責任や、ミッドウェイ海戦での敗戦の責任を誰もとらずに有耶無耶にしたのは、国家中枢機能の麻痺といえる。 この2つの重要事件に対して、誰も責任をとらずに有耶無耶にしたことが、後の原爆投下までに至ることを連想させる。 もし、宣戦布告が遅れたことで、外務省の不届きものの連中を処分していたら、米国への印象は少しはかわっただろう。少なくとも2次攻撃をしなかったという点で、真珠湾の被害も民間には及ばずに、経済制裁に対する反抗という意味に限定し、後の講和の可能性も少しは見込めたのではなかったか? また、ミッドウェイ海戦の敗戦で誰かが責任をとっていれば、少なくとも、その後の事実誤認を拡大させずに、少なくとも日米の軍事比較が可能になり、特攻隊などというような勝敗よりも生命を粗末にするようなことはなかったようにも思われる。 日本軍が、自分の首を自分で絞めていくような愚かさに突き進んでいったのは、確かだろう。 「山本五十六」という人物が、宣戦布告や、ミッドウェイ海戦での敵空母の出現を、口で念を押したことになっていたが、映画に描かれていたことが事実だとすると、口先だけの約束を見込む幼稚な集団と化し、国家の意思決定組織としては著しく公正を欠いていたことがわかる。 それは、いまの福島原発問題を解決しないままに、原発再稼動へと進む愚かな選択を思わせる。当時も、中国と泥沼の戦争のなか、比較的良好だった、日米関係を反故にして、米国参戦へと向かわせることになった。 ともかくも、世界全体を見渡せるような大局的視野に立てる日本人は当時も今もほとんど皆無で、いたとしても、少数に追いやられ、意思決定には参画できないことがわかる。このような歪な意思決定機関を作り出したのは、明治以来の日本国家が、欧米の物真似だった要因が大きいように思わせる。改めて、太平洋戦争を再考すべきに思える。 日本人の内向きの思い込みの激しさと、洞察力のなさや、激情的で無責任、総じて外国人との交際や外交が不得意で、理性的な駆け引きが不得手なところは、現代の日本人の心理にも共通の代表されるところでもある。 後の現代劇の3本の作品は、エンターテイメントとしては申し分のないものだった。特にロボジーは、現代の日本のロボット文化を皮肉っていて面白い。表情に乏しい日本人がつくるロボットが、人間のような動きをすることで出来事が進んでいく滑稽さは、現代の日本社会の問題点を指摘しているようにも思える。 「ロボットを人間の形にする意味があるのか?」 と、人が入ったロボットに助けられ、ロボット熱をあげるロボットオタクに、疑問がぶつけられ、返答に窮するシーンなどは象徴的だった。 官僚的で、無表情な日本人は、ロボットをつくるうちに、人間らしさを取り戻していく必要があるのではないか?と思わせるところがある。なによりも、人がロボットに入っていることに、誰も気がつかない、製作した会社の上司でさえ、自分の名誉しか頭になく、間抜けにも気がつかないことで、話が進んでいく異常さが、ある意味、日本社会を巧く表現している。 虚構なのにも関わらず、現代の日本社会では、ありそうで、現実的な話になっているところが非常によくできていた。 「新参者」は、現代の親子関係を、虚構だが、その心理を表現しているようにみえる。仕事に明け暮れることで、家庭を顧みることなく、父親として、子どもにどう接していいかわからない現代の父親の代表像を描いている。 そして、現代の競争社会の異常さと歪さを描いていたように思われる。競争により得られる勝利よりも、失った友情の大きさを考えさせられる。 確かに、親が会社などで経済的に働くことで、家庭は経済的に築かれるが、経済がよくても、決して幸福ではない家庭が多いのはなぜだろうか? ましてや、殺人事件などに走るのは、競争社会故の、自分の弱点を露わにできない愛情の乏しさにあるのではないだろうか? マザーテレサが、来日したときに、日本社会の愛情の薄さを指摘したが、昨今のいじめ問題をみると、益々愛情の薄さが深刻になっているように思える。 これは競争原理がもたらした弊害といわずになんというべきだろうか? そもそも、競争で勝てば幸せなのだろうか? 競争せずに共存できる道はないのか? それには、お互いを良く知る必要があり、少なくとも、国家レベルの国民性を知る必要があるだろう。 国民性を知るには、どのような笑いが好きなのか?が重要に思われる。 「ジョニーイングリッシュ」などは、イギリスのブラックジョークを知るのにはよい映画に思われる。 イギリスは紳士の国とは名ばかりで、野蛮な国この上ない。それは血で血を争う略奪の歴史をみればわかる。イギリス人は、なんでも笑いにする。笑いの題材に事欠かない。 人間は何もなくなると、笑うしかなくなると、私は思う。最後に笑いがないと、思いつめて死ぬしかない。日本人の自殺者が多いのは、笑いに乏しいせいだと思う。特に、秋田県が多いのは、笑いが少ないせいなのではないだろうか? 「ジョニーイングリッシュ」は、付録でカットシーンがついてくるが、監督がなぜカットにしたか、を語っているが、そこから、色々考えながらジョークや笑いをつくっていることがわかる。 確かに、イギリスのジョークは、日本人には笑えないものも沢山あるが、国民性を理解するには格好の材料に思える。 例えば、吉田茂がマッカーサーに好かれたのは、ジョークに富んだ切り替えしが巧かったからだともいわれている。 人を笑わせることがいかに大変かは、少し笑いをやればわかる。結局、笑いとは、相手に興味を抱かせ、好かれることで、相手の価値観を知らなければいけない。 競争原理の対極にあるのが、笑いなのではないかと思う。 例えば、ダウンタウンの松本人志は、子どもの頃、苛められっ子だったが、苛めっ子たちに笑いを与えることで、苛められなくなったというようなことを述べている。 深刻に悩むことよりも、笑いを考えることの方が、建設的に思える。笑いを与えることで、立場はいくらでも逆転する。笑いには、そのような力がある。 日本の戦前、戦中に、あったのかもしれないが、表立って、それほど笑いがなかったのは、非常に悔やまれるところである。第2次世界大戦時には、エノケンが有名だが、「国策に賛同する役柄を演じさせられる事が多くなり、その人気は徐々に衰退していった。」とウイキペディアにも記載されているように、戦争と笑いは対極的なものに思われる。 しかし、笑いを用いて、つまり、からかいなどで、苛めるのでは、笑いの品性さえも失わせる。
2012年08月20日
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端的にいって、霊能力とは、光のなかの愛を感じる能力といえる。 人類は、あまりにも闇を溜め込みすぎたので、本当の光、本当の愛を感じる能力に乏しくなったと、様々な本を参考に紹介してきた。挙句の果てに、戦争のような馬鹿げたことを繰り返す。 例えば、3代過ぎれば、祖先の祖父や祖母時代の記憶などほとんどなくなるのが、現代人の特徴である。だから、同じような間違いを繰り返す。古代人には、そのようなことはなかったそうだ。だから、2世、3世、4世等々、と同じ名前を引き継ぐのは、過去の記憶が生きている証拠でもある。 だから、プラトンが言ったように、古代ギリシアの愛とは、祖先である半神半人のときの記憶までの相性が問題となったわけである。それが形骸化して、現代人の結婚では家柄の問題となる。そして、祖先はサルだというダーウィンの進化論などが持ち出される。 このように、現代人の猿級の国家のプライド、人類のプライドなどは、かつての古代人の生きた記憶のなかのプライドや、宇宙の働きに比べれば、非常に儚い虚のもので、ほとんど無きに等しく、それがいかがなものなのだろうか? 死んだ記憶をいくら集めても、闇の知識をいくら集めても、かえって馬鹿になるだけだ! 天文学的な貨幣を稼いだからといって、宇宙の働きに比べれば、何の意味があるのだろうか? 天文学的数字を稼ぎ出しても、自己の欲望すら満たせないのなら、一体何の価値があり、人間一人も助けることができないばかりか、多くの人を犠牲にするだけだろう。 たった一人の取るに足らないプライドや自尊心を満たすために多くの人を犠牲にする。これが獣の正体で、悪魔の存在である。 さて、そのような地獄の連鎖から、天国を招き寄せるために、参考となる村が、「タオコード」という本のなかに紹介されている。その村は、昔の日本には沢山あった村である。 この村には、端的にいって、所有の概念がなく、共有と共感しかない。つまり、もつ、もたないではなく、感じるか、感じないか、である。 つまり、もつもたないというような物質的な価値観ではなく、感じるか感じないかというような精神的な価値観を基にしている。 もつもたないというと、環境や他人のせいにもできるが、感じる感じないは、ほとんど自分の問題といえる。 だから、この村には、教育がないし、感性は人それぞれなので、言語よりも、以心伝心が重要になっているようだ。 この感性は、村の自然と、頻繁に行われる祭りにより育まれるという。この本の著者は、その祭りを体験することで、価値観が180度変わったという。 日本では、この村とは逆のことが、教育として教えられている現実に気づかされるのである。 例えば、著者は以下のように述べている。++++++++++++++++++++++++++++++++ 日本人の「がんばる」という観念は、極めて攻撃的な観念にみえてくる。考えてみれば、がんばる国として思いつく国ほど、より残虐な戦争というものをつくりあげている。西洋で一番働くドイツ人も、世界一過労死者数を誇る日本人も、西洋と東洋で最も残虐な戦争の歴史を刻んだ民族だ。 反対に、がんばるという価値観のない民族で、戦争をつくりあげた民族があるだろうか。まったくそれを知らない南の島の人たちなどはもちろんだが、いくらがんばる人もいるインド人でさえ、戦争をつくらなかった。 戦争をつくりあげた国々は、例外なく利潤獲得のために労働に価値を置く国々だ。自然破壊、環境破壊の大きさも、やはり、そうしたがんばりの主義度に正比例している。++++++++++++++++++++++++++++++++ この村の生活は基本的に自給自足で、また、この村にはスポーツがなかったという。 スポーツは競争で成り立っている。たとえもし、この村の人たちが、スポーツをするとしても、陣地などを決めて、奪い合いをするのではなく、できるだけラリーを続けるようなプレーをするようだと、著者は述べている。 例えば、サッカーよりも、蹴鞠を選ぶわけだ。 このように考えると、悪魔のスポーツ、スクリーン、セックスの3S政策に、日本人は、毒されてきたことがよくわかる。この3S政策の根底には競争原理と、勝者が全てを所有する悪魔の価値観が植えつけられ、それに染まることで、自然と洗脳されていく。 スポーツは、選手を駒の様に所有し、支配し、勝敗を決する洗脳だし、スクリーンは、現実感をなくさせ、競争原理を植え付け、勝者が必然的に善だという勧善懲悪の洗脳だし、セックスは、性の個人的所有という根本的な間違いや倒錯への洗脳といえる。 この村には、宇宙(タオ)につながるための祭りだけで、性を超える快楽が得られるので、スポーツ、スクリーン、セックスなどは必要ではない、というのである。 勿論、性交がないわけではないが、それは自然との融合というものに近く、現代文明の良く知られたスポーツ風の性交とは真逆の、芸術的な舞踊に近いものだという。芸術として開けっ広げだというので、この著者も、最初その場面に遭遇すると、あまりにあからさまなので驚いたと述べている。 男女間というよりも、宇宙との一体感が優先のようである。つまり、この村の性交は、宇宙に感謝する儀式のようである。勿論、一夫一婦制で、相手との運命を自然と感じるので、13、14歳の割と早い時期に結婚するそうだ。 では、この村の医療はどうかというと、虫歯になる人さえもいないそうだ。稀に虫歯になっても、薬草で治し、風邪にかかるものもいないし、少々不調になった時点で、ヤーマといわれる、ヨガの一種や、薬草を用いて、自然に治してしまうという。 この村の人たちの少々不調という状態は、文明社会の人の何の問題もない状態に等しかったというから、この村の人の健康レベルが、高いのである。 何より、代々受け継がれてきた薬草の知識と、身体についての理解が驚くほど高度のものだったそうだ。 この村の人たちにいわせると、文明社会の人たちは、病人にしかみえない、という。 この村の医療は、薬草の知識と、ヤーマと呼ばれるヨガの、正中線を柱として、宇宙(タオ)とつながり、性エネルギーを開通させることで、自然治癒に導くことが基本になっているようである。そもそも病気にかかる前に、食物などで、未然に防いでいるようだという。 この村の人たちから、著者は老子(タオ)のインスピレーションを感じたそうだ。その著者の「タオの法則」という本から抜書きする。++++++++++++++++++++++++++++++++ 真の愛へ至るには 善悪の基準で人を見てはならない 戦争では、互いの国が自国こそ正しいと信じている。 人と人とのいがみ合いも、自身が正しいと信じている。 「正しい」と「正しい」の争いが、人間の戦いの歴史である。 「正しい」を超え、なぜ私たちは今傷つけ合っているのかの視点に立つ。そして正しさから離れる時、本当の天の意思に気づく。天の意思とつながる時の心を、愛と言う。 現代の自然破壊も、収入を得るために働くことや会社を拡大させ他よりも大きくさせることを最善とする価値観の総決算が招いた結果とも言える。 善悪の次元を超えること。 そこへと至って、問題は根本的に解決する。++++++++++++++++++++++++++++++++ 知識を捨てて、宇宙の愛を感じよう!
2012年08月16日
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聖書で有名な「知恵の実」とは、人間の知識を巧く表現している。知識とは、性を隠すことに思えるからである。 このことは、「タオコード」という本から理解できる。 知恵の樹 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E6%81%B5%E3%81%AE%E6%A8%B9 知識とは、性(宇宙に漲るエネルギー)を隠すので、光が当らない闇をつくるから、所有という概念が生まれる。 知識自体は、光なのだが、光を隠すことで、闇の所有という概念が生まれる。 なにがいいたいかというと、知識は、宇宙全体にもともとある性を覆い隠すことで、人間のものとできるからである。 実は、宇宙の性を隠す闇を所有することで、人間の知識は獲得されてきた。だから人間の知識とは、単なる思い込みにすぎないもので、その思い込みが、人間自身を闇として束縛する。 だから、人間の知識は限定された代物となる。知識は偶像崇拝である。このことを、ソクラテスは、「無知の知」と表現した。神との対話(タオとつながること)なしに、知識など何の役に立つのか?と嘆いた。 そのことを聖書は巧く表現している。上に紹介した「知恵の樹」のウイキペディアから抜粋する。++++++++++++++++++++++++++++++++ 『創世記』によれば、人間はエデンの園に生る全ての樹の実は食べても良いが、知恵(善悪の知識)の樹の実だけは、ヤハウェ・エロヒム(エールの複数形)により食べることを禁じられていた(禁断の果実)。なぜなら知恵の樹の実を食べると必ず死ぬからである。 しかし人間を神に背かせようとする蛇に唆されて、初めにイブが、その次にイブの勧めでアダムが知恵の樹の実を食べたことによって、善悪の知識を得たアダムとイブは、裸の姿を恥ずかしいと思うようになり、イチジクの葉で陰部を隠した。 それにより神は事の次第を知り、知恵の樹の実を食べた人間が生命の樹の実までも食べ永遠に生きるおそれがあることから、アダムとイブはエデンの園を追放される。この出来事を「失楽園」という。キリスト教徒によれば、この出来事は神に対する不服従の罪であり、原罪とされるが、ユダヤ教徒には「原罪」というものは存在しない。 この出来事により、人間は必ず死ぬようになり、男には労働の苦役が、女には男に支配され出産の苦しみが、もたらされるようになった。蛇は神の呪いを受け地を這いずることになった(蛇に足が無いことの起源)。++++++++++++++++++++++++++++++++ 以上の内容を解説しよう。 「エデンの園に生る全ての樹の実」とは、通例、「生命の樹の実」と呼ばれるもので、霊(精神)を向上させる宇宙の性のようなものと考えられる。古代アトランティスでは、タオと呼ばれていたようだ。 宇宙の性のタオとは、宇宙の中心であり、いつでもタオとつながってよいと、神は命じている。エデンとは、「神から生まれる」という意味をもつ。それは、男根で象徴化された。 古い神社の中心には必ず男根のような柱があるはずである。宇宙論でいうなら、ホワイトホールである。 対して、「知恵(善悪の知識)の樹の実」とは、宇宙の性を隠すことになる。例えば、物質は、太陽光を反射させることで、闇をつくり、情報やエネルギーを分離する。善悪の知識とは、この分離に他ならない。 だから、人間は、知恵の樹の実を、食べると、宇宙と通じなくなり、闇をつくるようになる。闇を司っているのが、神から離反した悪魔の「蛇」である。 人間が、闇をつくればつくるほど、その闇のなかに入り、介入するのが蛇で、悪魔である。だから、日本語では、「魔」とか、「間(ま)」と呼ばれる。出口王仁三郎は、メーソンのことを、「まっそん」と呼んでいる。恐らく、「魔っ孫」という意味なのだろう。悪魔の三代目という意味である。 「アダムとイブは、裸の姿を恥ずかしいと思うようになり、イチジクの葉で陰部を隠した。」というのは、光から闇を隠した、ということを意味する。光を偽ることで、裸の姿を恥ずかしいと思うのは、光への闇の嫉妬といえる。闇が生じるからこそ、裸の姿がみえる。 また、闇側からの見方でいえば、性器は、宇宙の性と通じるもので、恥ずかしいものと思うようになる。 古代人は衣服を纏わなかった。衣服を纏うことは、それだけで、周囲の環境とのつながりや、宇宙とのつながりをなくすことを意味する。例えば、目や耳を塞ぐことと同じである。 つまり、人間は、宇宙とつながっている感覚を塞ぎ、ある程度、鈍感になることで、知識という闇をつくりだし、自由を獲得してきた。 人間の作り出した自由は、感覚を塞ぐことから生じる。 このことから、孫悟空とお釈迦様のやりとりが思い浮かぶ。孫悟空は、觔斗雲(きんとうん)を使って、お釈迦様の掌から抜け出せたと思ったが、実は抜け出せていなかった、という話である。 孫悟空とお釈迦様の智慧比べ http://d.hatena.ne.jp/shuu33jp/20110705/1309865748 この話を、人間の意識の捉え方から考えると興味深い。觔斗雲(きんとうん)とは、闇をつくる覚醒意識のことで、覚醒意識上の自由とは、実は制限された自由であって、闇の上での自由を意味している。 覚醒意識上の自由は、それよりも広大な潜在意識を超えることはできない。 このことは、服装上のおしゃれが、それを着る人間全体の外見を超えることができないのと同じである。全体の外見があるからこそ、服装上のおしゃれが意味をもつ。 人間の知識とは所詮、そのようなものなのである。 例えば、全体の外見を考慮しない服装上のおしゃれは単なる野暮でしかない。 そのような限定された知識により、人間は、無謀にも、宇宙全体を闇で覆い隠そうとするような暴挙に出るので、人間は、光の国での闇ウイルスとなり、神は、人間以外の生物や光の維持のために、人間を闇の世界(現界)に追放した。 そして、「この出来事により、人間は必ず死ぬようになり、男には労働の苦役が、女には男に支配され出産の苦しみが、もたらされるようになった。蛇は神の呪いを受け地を這いずることになった。」 つまり、人間は、光の子でもあり、闇の覚醒意識だけでは存在できないので、眠ることで、肉体から抜け出し、潜在意識を通じて宇宙とつながり、徐々に闇を捨てていくことで、最後は、覚醒意識の死を迎える存在となれる。 闇から生まれた覚醒意識は、光と対立するしかないので、知識という闇を基にして、男には、闇の獲得における競争原理という労働の苦役が課され、女には、闇の支配が課され、人間が、闇を捨て去るには、この世に転生することが必要なので、闇のなかに闇を持ち込むから、共鳴して、苦しみがもたらされる。 そして、蛇は、闇の世界から出られず、光とは相容れないものだから、天にはいけずに、闇という地上を這いずり回り、人間を唆して闇のなかで支配するしかなくなる。 これが原罪である。 この原罪への報いは、本当の愛を知ることで、キリストがタオとして示した赦す行為といえるだろう。 例えば、「一方の頬を打たれたら、もう一方の頬を差し出しなさい。」とキリストは述べているが、これは、陽には、陰を割り当てなさい、ということにも思えてくる。 「タオコード」の著者も述べているが、タオ、つまり老子と、キリストの説く意味は一致している。 知識に対して、知識で応じれば、対立を生むだけで、悪魔の介入を招くから、知識を捨てなければいけない。 闇の所有ではなく、愛を感じる能力、光の吸収、受容が、人類の次の課題となるだろう。闇を所有し続けてきた人類は、いま愛の不感症状態といえる。 宇宙の愛を感じられないのは、それを感じる能力を自己教育していないからである。開発していないからである。 このことは、「タオコード」という本を読めば明らかになる。 人類は、競い合って闇の知識を獲得してきたので、益々盲目になり、不感症になってきた。自然破壊をなんとも思わない人類の増殖、特に日本人の少子化問題は、日本人の自然への不感症のせいといえる。 出口王仁三郎は、人間は精霊といっているが、「タオコード」のなかの叡智に満ちた老人も、人間を精霊といっている。人間は、空間から生まれるのである。 古代では、精霊に富んだ空間は、女性器に喩えられてきた。だから、男性器と同様に、女性器のように、人体を、宇宙の愛を感じる感覚体に変えることが、人間の課題とされたようだ。 それは古代エジプトでも同じで、古代遺跡の奥には必ずといってよいほど、性の象徴が描かれている。 人間は、精霊に富んだ空間から生まれるが、それは自然の愛のことであり、女性は、その愛を感じることで、自らのなかに女性器をそのまま形作った。だから、女性器は、花弁にそっくりなのである。植物の花弁は、宇宙の愛を感じる形で、能力なのである。 対して、男性器は、天に通じる柱といえる。先が丸いのは、宇宙の回転の中心を意味するのだろう。すなわち、天を象徴化したものだ。 だからこそ、闇の知識などよりも、光を感じる愛の能力が人間には必要なのである。 闇の知識のために、人類が次第に馬鹿になり、盲目になってきたことを続けて紹介していく。
2012年08月16日
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続けて、『日月神示』から推測される厳しい立て替え・立て直しのプログラムを抜書きしていく。 +++++++++++++++++++++++++++++++++ ある日突然始まる日本の2度目の立て替え われわれは今、平和で豊かな社会の中にどっぷりと漬かっている。 ただ日常の雑事にのみ追われ、国家のことだとか、世界のことだとか、人類のことを考え、その行く末を案じている人というのは、それほど多くはない。 しかし、最近になって、ごく普通の人の中にも、日本人の傲慢で刹那的な生き方に疑問を抱き、経済的繁栄の代償として、何か大切なものを失ってしまったことに気がつく人が増え始めている。 このままでは済まないのではないだろうか――というような、危機的な何かを感じ取る人もいるようだ。 実際には、われわれ人類は大峠の坂を登りつつある。そして、ある日突然、日本の2度目の立て替えが始まる。 この大峠を乗り切るには、身魂が磨けていなければダメだという。では、その身魂を磨くとは具体的にどういうことなのか。 また、神示によれば、大難は小難に変えることができるという。では、どうすれば大難を小難に変え、悲惨極まる地獄絵図を見なくて済むのか。 これらに対する解答は、すべて出口王仁三郎の唱えた主張や『伊都能売神諭』あるいは『日月神示』などのなかに盛り込まれていると言ってよい。 無政府状態と生活基盤の崩壊 『伊都能売神諭』は、来たるべき社会的大混乱を見通し、こう予告している。 天が地となり、地が天となるぞよ。天災地妖が続いて起こるぞよ。目も鼻も口も開かぬようなことが出来るぞよ。餓鬼が段々と増えるぞよ。思わぬ国替を致す人民も沢山あるぞよ。段々人気(ひとけ)が悪くなるばかりであるぞよ。医者と坊主と葬式屋の豊年は続くぞよ。米は段々騰貴(あが)るばかりで、何程金銀出しても手に入らぬ事になるぞよ。用意が肝心であるぞよ。(大正7年12月25日) 少しでも食物の用意を致さねば、後で地団駄踏んでも追いつかぬ事になるぞよ。四ツ足の餌の奪(と)り合いが始まりて来るぞよ。未と申とが腹を減らして惨たらしい酉合いが始まるぞよ。今までの世界の人民の苦しむ大戦争を喜んで、結構な事になりて金銀を積んで高ぶって居りた人民は気の毒ながら、真っ逆様に地獄のどん底に落ちて苦しむぞよ。(大正7年12月22日) また、『日月神示』には、さらに厳しいことが記されている。 神は気(け)もない時から知らしておくから、よくこの神示、心にしめて居れよ。一日一握りの米に泣く時あるぞ。着る物も泣く事あるぞ。いくら買い溜めしても神のゆるさんもの一つも身にはつかんぞ。(昭和19年6月30日) 政治も経済も何もかもなくなるぞ。食べるものも一時は無くなってしまうぞ。覚悟なされよ。(昭和20年6月12日) 一握りの米に泣くことあると知らしてあろがな。米ばかりでないぞ。何もかも、臣民もなくなるところまで行かねばならんのぞ。臣民ばかりでないぞ。神々様さえ今度はなくなる方あるぞ。(昭和20年8月27日) 日に日に厳しくなりて来ると申してありた事始まっているのであるぞ。まだまだ激しくなってどうしたらよいか判らなくなり、あちらへうろうろ、こちらへうろうろ、頼る所も着る物も住む家も食う物もなくなる世が迫って来ているのざぞ。(昭和19年12月12日) こうした神示は、いずれも終戦前に出されたものだが、日本の一度目の立て替えにあたる大東亜戦争による敗戦のことのみを指しているとも思えない。 日本の二度目の立て替えでは、国家社会は無政府状態に陥り、国民は上から下まで、日常の生活基盤を失うことになるだろう。貨幣は何の価値もなさなくなり、衣・食・住は完全に欠乏する。 特に食べ物に関しては、“一握りの米に泣く”ような、非常に厳しい状況となるようだ。飽食の時代に生きた日本人、中でも高度成長期以後に生まれた若い世代には、到底耐えきれない試練である。 われわれは今、日の恵み、月の恵み、地の恵みに対する感謝を忘れ、天地から授かった食べ物を、“当たり前のもの”と思い、毎日飲み食い三昧に明け暮れている。 そんな中、大食糧難が突如として起こる。その時に現出する社会的混乱は、まさに修羅場と呼ぶにふさわしいだろう。 ところが、神示には、これもすべて“行”だとある。 今度の行は世界の臣民皆、二度とない行であるから厳しいのぞ。この行出来る人と、よう我慢出来ない人とあるぞ。この行出来ねば灰にするより外ないのぞ。(昭和19年8月14日) 今は神の力は何も出ては居らぬのざぞ。この世のことは神と臣民と一つになりて出来ると申してあろがな。早く身魂みがいて下されよ。外国は○、神の国はゝと申してあるが、ゝは神ざ、○は臣民ぞ。○ばかりでも何も出来ぬ。ゝばかりでもこの世の事は成就せんのぞ。それで神かかれる様に早う大洗濯してくれと申しているのぞ。神急けるぞ。この御用大切ぞ。神憑かれる肉体沢山要るのぞ。今度の行は○を綺麗にする行ぞ。掃除出来た臣民から楽になるのぞ。どこに居りても掃除出来た臣民から、よき御用に使って、神から御礼申して、末代名の残る手柄立てさすぞ。(同上) われわれが、大峠を目の前に何をすべきかということは、ここに挙げた神示の中にすべて盛られていると言ってよい。 つまり、これからは一人ひとりが本当の意味で神憑かれるような身魂にならなくてはいけないということだ。神(ゝ)が人の肉体(○)に憑かり、神人合一となることによって、初めてその人は救われ、世もまた立ち直るのである。 「今度の行は○を綺麗にする行ぞ」とある。肉体を掃除することこそが、行であり、身魂磨きであるというわけである。 ○にゝが宿った者のみが救われる さて、それでは“身魂磨き”の具体的な方法とは何か。どのようなことを実践すれば“肉体を掃除”することができるのか。 これについては様々な説が取り沙汰されている。すべてに対して感謝と反省の気持ちを持つことだとか、朝夕の礼拝を欠かさぬようにすることだとか、いろいろなことを言う人がいる。そうしたことも無論大切なことと思われる。 だが、神示や神諭によれば、最も重要かつ最優先すべき“身魂磨き”の方法とは、正しい食生活を実践することである。 日々どんなものを食べ、血肉としているかによって、肉体を掃除することもでき、また逆に汚すことにもなり得る。正しい食べ物を正しく食べることの励行こそが、最も肝心の身魂磨きである。『日月神示』には、そうしたことが明確に示されている。 食い物大切に、家の中キチンとしておくのがカイの御用ざぞ。初めの行ざぞ。(昭和20年12月7日) 正しき食べ物正しく食べよ。更に喜びふえて弥栄えるのぢゃ。自分の喜びを進め進めて天国へ入ることできるのぢゃ。悪い食べ物悪く食べるから悪くなるのぢゃ。(昭和27年1月30日) 衣類も家も土地も、みな神から頂いたものでないぞ。あづけられているのであるぞ。人民に与えられているものは食べ物だけぢゃ。日のめぐみ、月のめぐみ、地のめぐみだけぢゃぞ。その食べ物節してこそ、ささげてこそ、運開けるのぢゃ。病治るのぢゃ。人民ひぼしにはならん。心配無用。‥‥ツキモノがたらふく食べていることに気づかんのか。食物節すればツキモノ改心するぞ。(昭和27年6月9日) 泉田瑞顕氏は、その著書である『世の終りと神示の生活革命』(言霊社)の中で、大本の筆先に基づいた“身魂磨き”の方法として、まず「体霊」の浄化から始めるべきだと説いている。 体霊とは、肉体を養い、守護する霊のことで、衣食住に対する欲望や、男女間の性欲などはみな体霊の働きであり、この体霊を浄化して正常化していくことが、身魂磨きの第一歩だと断言している。 出口聖師(王仁三郎)は、この体霊のことを副守護神と申され、人間が肉体をもってこの世に生まれ出た時から付与されている正霊だと説明されている。ところが副守護神には後天的に憑依した邪霊がいる。 この邪霊が人間本来の副守護神(体霊)の正しい働きをゆがめて、人間を体主霊従の動物的生活に陥れる元凶である。現代社会に生活している人間はほとんどこのような後天的憑依霊、すなわち邪霊に災いされて、天賦の霊性を発揮出来なくなっていると神様は申されている。 そこで身魂磨きの第一歩は、この後天的憑依霊、俗に言う“つきもの”を改心さして、各自の肉体から追放することである。そのためにまず第一に必要なことは、食生活を改め、食生活を規制することだと申されている。 日本人には日本人に適合した正しい食べ物があり、正しい食べ方がある。この原則を無視して、無茶苦茶なものを無茶苦茶に食っているから次第に血液が濁り汚れて動物化し、日本人に付与された天賦の霊性を発揮出来なくなっているのである。(中略) 要するに、世の終りに対処する日本人の身魂磨きの方法は、神示に従って日本人に適した衣食住の生活をやることである。特に食生活を改めるということが最も重要である。 以下は省略。+++++++++++++++++++++++++++++++++ 要約すると、日本人は、根本に還れということに思われる。根本に還るには、ガイヤの法則と、古代イスラエルの文化を考察することが肝要に思われる。 出口王仁三郎の説く様に、日本が世界の雛形かどうかは定かではないが、たとえ悪魔の仕業とはいえ、戦争を利用してマネーゲームで大儲けしたロスチャイルド、東アジアでのロシア南下を食い止め、権益を維持できたイギリスなどに加担して、国民の多額の税金を湯水の如く使い、肥えた三井・三菱・大倉・安田などの死の商人たちや、戦争の最前線に行くことなく、これら資本家と癒着し、多額のポケットマネーを個人の懐に入れた日本の腐れ政治家達らを、人類のなかから、特に日本人のなかから出してしまったことは、人類の恥で取り返しのつかないことであるから、必ず、神の裁きがあることを覚悟しなければいけないだろう。 自分たちの利益のために大量殺戮に加担したことはもはや人間と呼べるような行為ではなく、獣である。 このような連中と癒着した魂が、靖国神社に祀られ、政治家の票稼ぎに利用されていることだけでも、日本人の魂が、腐敗している証拠といえる。 日本人は大いに反省すべきときにきているように思える。 このような悪魔を蔓延らせた責任は、日本人にあり、悪魔により与えられた知識や競争原理や所有の概念の獲得にある。人類同士で対立してどうなるのだろう。悪魔の支配を容易にするだけだ! いま、この悪魔による知識の支配を克服すべきときにきている。その切欠を与えるのは、私のみるところ、ガイヤの法則であり、タオコードにより世に出された古代アトランティスの文化だと思われるタオへの回帰に思われる。 次回に、改めて紹介したい。
2012年08月15日
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王仁三郎の説くように、日本は世界の雛型なのかという疑問が残る。 世界の大陸を、日本列島に縮約させた図(北海道=アメリカ大陸、本州=ユーラシア大陸、四国=オセアニア大陸、九州=アフリカ大陸)をみると、なんとなくそのような気もしてくるが、それなら、日本の出来事と世界の出来事がリンクしていないとおかしい。 唯物論で考える限り、日本の出来事と世界の出来事がリンクしているとは思えない。 そこで、もう少し、王仁三郎の考えに深入りしてみる。 王仁三郎は、「ユダヤ人の3分の1は良く、3分の2は悪いので、これがフリーメーソンをやっている。今の戦はこれがやっている。」と述べていたそうだ。 例の伊達宗哲著「王仁三郎と日月神示のひな型神劇」には、王仁三郎の太平洋戦争への動機と思われるものが書かれている。 「日米開戦の真実は、ルーズベルトを使役して、世界支配という長期的戦略のもとに大日本帝国を挑発し、その動向を十分把握していながら日本を真珠湾攻撃に誘い込んで欧州戦に参加し、魔の世界支配に歩を進めた。 王仁三郎の考える「神の経綸」は、「現人神天皇による世界の雛型国(大日本帝国)の支配体制を崩壊させ、次いで、殺戮略奪文明を崩壊させ、主神信仰を回復し、至仁至愛文明を建設することであった。」という。 王仁三郎は、これに基づき、『世界支配者層(イルミナティ-メーソン等)及び大日本帝国の権力中枢を挑発し、皇道大本を弾圧させて、その雛型神劇の移写拡大の変革力をもって、天皇制絶対主義国家を崩壊させ、「神界の序列」を回復させたという。』 王仁三郎は、「これからは神道の考え方が変わってくるだろう、国教としての神道がやかましくいわれているが、これは今までの解釈が間違っていたもので、民主主義でも神に変わりがあるわけではない、ただほんとうの存在を忘れ、自分に都合のよい神社を偶像化して、これを国民に無理に崇拝させたことが、日本を誤らせた、特に日本の官国幣社の祭神が神様でなく、唯の人間を祀っているのが間違いの根本だった」と述べていたそうだが、これは暗に明治政府を否定する発言ともいえる。 天皇の人間宣言は、メーソンによるものだが、王仁三郎の考える「神の経綸」の象徴といえるかもしれない。 現に、明治政府は、メーソンの傀儡のようなところがあり、米国政府は傀儡であるから、太平洋戦争は、魔と魔を対峙させ戦わせたようなものである。それにより両国の政財界は金儲けに走り、魔は増大したが、帝国体制は終焉を迎えた。 王仁三郎の大本の考えでは、日本に帝国のような独裁体制ができると、世界に独裁体制が広がることを意味するので、大日本帝国は潰すしかなかったわけで、太平洋戦争が、その絶好の機会と考えたようである。 ともかくも、王仁三郎の考える通りに進んだと思われるが、なかには、王仁三郎は、メーソンの日本破壊を手助けしただけではないのか?という疑問をもつかもしれない。 この回答は、天皇は神の祭祀者であり、神ではないから、祭祀者を神と偽って利用していたメーソン(表向きはクェーカー教徒)に問題がある。天皇をキリスト教徒にするなどは、メーソンと同じ神に成り代わる悪魔的発想である。 王仁三郎は、日本に古代イスラエルの流れがあることを十分に認識していたように思われる。多くの国民が犠牲になったなかに、財閥のような連中も生き残ってきたわけで、神の裁きはまだ終わらないのだろう。 さて、王仁三郎の大本の考えが正しいのなら、いずれ、第2の弾圧と、大日本帝国の遺産の清算される時期が訪れる。 王仁三郎の、その考えは、日月神示に引き継がれているようだ! 興味深いのは、昨年起きた東日本大震災である。世界の大陸を、日本列島に縮約させた図でいえば、東北の被害の場所は、ロシアや中国辺りになる。 どのような転写が起こるかは不明だが、王仁三郎の説く大本が正しいのなら、次の予言は重要な意味をもつだろう。以前、紹介したサイトから抜書きする。+++++++++++++++++++++++++++++++++ 地球規模の大激変と“みろくの世”の実現 日本は世界の雛型であるが故に、地上世界の立て替えは、まず日本から起こり、それから世界へと拡大移写していくのが順序である。 王仁三郎は、「日本は世界の床の間であるから、まず床の間から掃除を始めるのである」と語ったという。 その世界の大掃除が始まる時期について、『霊界物語』にはこう書かれてある。 天に王星顕はれ、地上の学者、智者の驚嘆する時こそ、天国政治の地上に移され、仁愛神政の世に近づいた時なので、これがいわゆる三千世界の立替、立直しの開始である。 世界の立て替えに関する予言についても、『大本神諭』や『伊都能売神諭』よりも、その続編であり、完結編とされる『日月神示』の方がより詳しい。 次は、『日月神示』に示された世界の大峠に関する予言のごく一部である。 外国から攻めて来て、日本の国丸つぶれというところで、元の神の神力出して世を立てるから、臣民の心も同じぞ、江戸も昔のようになるぞ。 元の世に返すというのは、たとえでないぞ。穴の中に住まなならんこと出来るぞ。生の物食うて暮らさなならんし、臣民取り違いばかりしているぞ、何もかも一旦は天地へお引き上げぞ。 立て壊し、立て直し、一度に成るぞ。立て直しの世直し早うなるかも知れんぞ。遅れるでないぞ。立て直し急ぐぞ。立て直しとは、元の世に、神の世に返すことざぞ。元の世と申しても泥の海ではないのざぞ。中々に大層なことであるのざぞ。 地震、雷、火の雨降らして大洗濯するぞ。よほどシッカリせねば生きて行けんぞ。 月は赤くなるぞ。日は黒くなるぞ。空は血の色となるぞ。流れも血ぢゃ。人民四ツん這いやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ。大地震、火の雨降らしての大洗濯であるから、一人逃れようとて、神でも逃れることは出来んぞ。天地まぜまぜとなるのぞ。ひっくり返るのぞ。 三分の一の人民になると、早うから知らせてありたことの実地が始まっているのであるぞ。何もかも三分の一ぢゃ。大掃除して残った三分の一で、新しき御代の礎と致す仕組ぢゃ。三分むづかしいことになっているのを、天の神にお願い申して、一人でも多く助けたさの日夜の苦心であるぞ。堪忍の堪忍、我慢の我慢であるぞ。 今の肉体、今の想念、今の宗教、今の科学のままでは岩戸はひらけんぞ。今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ。一度は仮死の状態にして、魂も肉体も、半分のところは入れ替えて、ミロクの世の人民として甦らす仕組、心得なされよ。神様でさえ、このこと判らん方あるぞ。大地も転位、天も転位するぞ。 半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物質の肉体とならねばならん。今のやり方ではどうにもならなくなるぞ。今の世は灰にするより他に方法のない所が沢山あるぞ。灰になる肉体であってはならん。原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ。今の物質でつくった何物にも影響されない新しき生命が生まれつつあるのぞ。岩戸開きとはこのことであるぞ。少し位は人民つらいであろうなれど、勇んでやりて下されよ。 大掃除はげしくなると、世界の人民皆、仮死の状態となるのぢゃ。掃除終わってから因縁のミタマのみを神がつまみあげて、息吹きかえしてミロクの世の人民と致すのぢゃ。 神世のひみつと知らしてあるが、いよいよとなりたら地震、雷ばかりでないぞ。臣民アフンとして、これは何としたことぞと、口あいたままどうすることも出来んことになるのぞ。四ツん這いになりて着る物もなく、獣となりて這いまわる人と、空飛ぶような人と、二つにハッキリ分かりて来るぞ。獣は獣の性来いよいよ出すのぞ。火と水の災難がどんなに恐ろしいか、今度は大なり小なり知らさなならんことになりたぞ。一時は天も地も一つにまぜまぜにするのざから、人一人も生きては居れんのざぞ。それが済んでから、身魂磨けた臣民ばかり、神が拾い上げてミロクの世の臣民とするのぞ。どこへ逃げても逃げ所ないと申してあろがな。高い所から水流れるように、時に従いて居れよ。いざという時には神が知らして一時は天界へ釣り上げる臣民もあるのざぞ。人間の戦や獣のケンカ位では何も出来んぞ。くどう気付けておくぞ。何よりも改心第一ぞ。 このような地球的規模の大激変を通じて、地上界に存在するありとあらゆるものが大掃除を受ける。そして物質のすべてが質的な転換を起こし、次元的に高い波長の「半霊半物質」に昇華して再生し、ここに“ミロクの世”、すなわち地上天国が顕現することになる。 それまでに十分な身魂磨きができておらず、この物質次元の急激な転換についてこれない人々は、結局淘汰されることになる。 『日月神示』から推測されるのは、そのような厳しい立て替え・立て直しのプログラムである。 +++++++++++++++++++++++++++++++++ 以上のような予言は、以前紹介したガイヤの法則と被ってくるように思える。
2012年08月15日
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太平洋戦争に至った経由を掴むために、出口王仁三郎の大本教を簡単に紹介する。 大本教は、「大本」であって、教をつけないそうだが、私は大本教の信者ではないので、大本教とする。 大本教については以下のサイトを参考にしたので、紹介する。 http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/bookstand-onisaburo.html 大本教は、その名の「大本」からわかるように、 「日本で起こる出来事は、世界で規模を大きくして起こるので、日本が『大本』である。」というような考えに基づいているようである。 上記のサイトから抜粋すると、+++++++++++++++++++++++++++++++++ 日本が世界の雛型(相似形)であるということは、最近では多くの人が知るところとなっています。その地形が世界の縮図のようになっているだけでなく、日本で起こることがやがて規模を大きくして世界のどこかで起こると見られています。 そのことを早くから明らかにしていたのが、神霊世界の大巨人と言われる出口王仁三郎でした。そして、当時は「世界の雛型である日本で起こることは、まず大本で起こる」と言われていたのです。神霊界からの導きでそのことを熟知していた出口王仁三郎は、世の立て替え・立て直しの模型(かた)づくりの意図を持って、官憲による2回に及ぶ大本の弾圧を誘発したと見られています。 その1回目の弾圧が模型となって、日本は第二次世界大戦に破れ、原爆の投下という形で悲惨な終戦を迎えます。しかし、大本の2回目の弾圧が1回目とは比較にならないほど徹底的な破壊を伴う激しいものだったことからして、それが日本に移写された場合は、1回目をはるかに上回る悲惨な形になると見られているのです。そのことが、出口王仁三郎が「自分の死後にトドメの予言が降ろされる」と予告した日月神示によって、いま明らかにされています。+++++++++++++++++++++++++++++++++ このサイトによると、王仁三郎から、弾圧を仕掛けたように書かれている。 王仁三郎は、自分に対する弾圧から、背後の存在を確認したのかもしれない。王仁三郎は、伊達宗哲著「王仁三郎と日月神示のひな型神劇」のなかで、弾圧について、以下のように述べているそうだ。+++++++++++++++++++++++++++++++++「外国と交際する間は金がいるから、大本検挙は、メーソンの命令であって、その事はシンガポール陥落に際し、秘密文書が手に入って憲兵隊に納められた。それによれば、日本の本部は東京と神戸とにあり、東洋の本部は上海にあって、命令が来て、日本本部の総大将齊藤実。その部下池田成彬、若槻、美濃部、などでロンドン、ワシントン条約、天皇機関説に反対したとの理由によって弾圧したと記されてあった」 齊藤実 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E8%97%A4%E5%AE%9F 池田成彬 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E7%94%B0%E6%88%90%E5%BD%AC 若槻 禮次郎 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A5%E6%A7%BB%E7%A6%AE%E6%AC%A1%E9%83%8E 美濃部 達吉 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E6%BF%83%E9%83%A8%E9%81%94%E5%90%89+++++++++++++++++++++++++++++++++ 上記の内容から、齊藤実、若槻 禮次郎は、ロンドン海軍軍縮条約への賛同者、美濃部 達吉は、天皇機関説、池田成彬は、三井財閥(ロスチャイルド系)であることから、王仁三郎は、ワシントンの海軍軍縮条約と天皇機関説に反対していたので、弾圧する理由がよくわかる。 特に、池田成彬と若槻 禮次郎は、大蔵省と関係していることが、ウイキペディアからもわかる。日銀も大蔵省にも、ロスチャイルドの魔の手が伸びているわけである。 王仁三郎は、以前紹介したような考えをもつので、反フリーメーソン運動を展開したという。例の本から以下に紹介する。 フリーメーソンは、皇国の政治を政争に巻き込み皇国の主権を破壊する。 これは、つむじ風を起こして、つむじ風を巻き込むというメーソンの格言に相当する。 フリーメーソンは、帝王国、宗教(信仰)、軍隊を破壊し帝政を崩壊させる。 イルミナティの設立の目的である、悪魔の世界統一から見れば明らか。 他に、欧米列強よりも、メーソンの魔の手が問題で、GHQの有名な3S政策もメーソンのものだとしている。 このような王仁三郎の活動をみると、王仁三郎自らが悪魔を煽っているようにみえる。 さて、大本教が説くように、 「日本が世界の雛型(相似形)である」のかどうか? である。 もし、そうなら、王仁三郎の言うように、日本に起こったことは、世界に起こるはずで、つまり、王仁三郎が、悪魔を煽ることで、日本を壊したなら、それは世界にもいずれ起こることになり、悪魔は、自らで自らを破壊することになり、自ら墓穴を掘ることになる。 王仁三郎の狙いは、悪魔は悪魔故に、墓穴を掘るという一点にある。 日本が世界の雛形(相似形)である証拠は、シュタイナーの地球正四面体説を思い起こさせる。 シュタイナーは、地球は元々正四面体で、それは地球の火山帯を観測すればわかることで、4つの頂点は、日本、南極、メキシコのコリマ山、ハザールで有名なコーカサスにあるとしている。日本は、4つの頂点のうちの最頂点とも述べているようである。 王仁三郎は、地球の支配には、日本と、中東が重要であると述べているそうだが、この中東は、コーカサス近辺と考えれば、シュタイナーの説とも類似してくる。 シュタイナーの地球正四面体説 http://plaza.rakuten.co.jp/5dolphin/diary/201101210000/ 他に、シュタイナーと王仁三郎に共通した見解として、国際連盟で有名なウッドロウ・ウィルソンを、悪魔の如き存在として忌むしている点である。 ウッドロウ・ウィルソン http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%B3 王仁三郎の言葉を、例の本からかりて紹介する。 「支那の帝政を覆し、露国の君主制を滅ぼし、次いで独逸他の君主国を破壊したガガアルの悪神の御魂は、米国に渡りて、ウィルソンの肉体を機関として世界を乱し、九分九厘で世界の王も一人も無いようにして、わが世界に唯一の王の王になろうとの巧みな裏をかいて、艮金神が手の掌を反して、ウィルソンの肉体を出直しにしても、悪神の方はまだまだ沢山の貯え柱があるから、油断は一寸もできぬ。」 つい最近だと、ブッシュ(父親)に受肉したともいわれた。天皇の晩餐会で吐いて、気を失ったのは、その証だともいわれている。 王仁三郎にとっては、悪魔を滅ぼすために、悪魔を利用するには、日本が、悪魔に滅ぼされる必要があり、そのために、太平洋戦争を起こしたということになる。 では、日本の未来は一体どうなるのだろうか? 続いて紹介していく。
2012年08月15日
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太平洋戦争の背後で2つのラインルートが暗躍していたことを紹介してきたが、上層部は、アルバート・パイクの書簡からわかるイルミナティの以下の戦略で進められ、 「第二次世界大戦は、『ドイツの国家主義者』と『政治的シオニスト』の間の圧倒的な意見の相違の操作の上に実現されることになる。その結果、ロシアの影響領域の拡張と、パレスチナに『イスラエル国家』の建設がなされるべきである。」 下層部においては、2つのサタンエリートのラインで進められたことがわかる。これまでは、パワーエリートラインを紹介してきたが、もう1つのオカルトラインを紹介する前に、このオカルトラインの理解は非常に困難なので、前置きを紹介する。 出口王仁三郎は、例の伊達宗哲著「王仁三郎と日月神示のひな型神劇」を読むと、この流れを充分把握していたように思える。そしてあえて自分が悪魔となって、悪魔との戦いに挑んだ節がみられる。 どうしてそのようなことをしたかといえば、私なりの解釈のその回答は、最後に譲るとして、いまは、王仁三郎が指摘してきた売国の守銭奴悪魔たち、つまり、日本人なのに、フリーメーソンとなって悪魔崇拝に加担して贅を尽くした連中たちを挙げなければいけないだろう。 そこで、王仁三郎の発言から考えていくのがわかりやすいので、以下に伊達宗哲著「王仁三郎と日月神示のひな型神劇」から抜粋していく。+++++++++++++++++++++++++++++++++ 悪魔教に身を捧げる魔のエリ-ト群 王仁三郎は、霊界の二極性について、「神霊界には、正神界と邪神界の二大区別がある。そして正神界は、至善至美至真なる神人の安住する聖域であり、邪神界は至悪至醜なる鬼畜の住居する暗黒界である。 邪神界は常に正神界の興隆を羨み、これを破壊し攪乱しようと、あらゆる力を尽くすものであり、かつまた正神界を呪い、自らの境遇を忘却して、邪神界にいながら、自ら正神界の神業を立派に奉仕しているように確信している。」 霊界物語 http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm450002 地上現界は、正神界と邪神界の精霊の憑依力と人間(善悪両面を併せ持つ精霊)の相克葛藤劇の舞台であり、そして地上は、「魔(悪魔)」の憑依による地獄の修羅場と化し、人類は九分九厘まで体(肉体)主の霊(精神)従、つまり尊体(肉体)卑心(精神)の魂に堕落してしまっている。 地獄界とは、霊界だけにあるものでなく、この地上現界こそが、まさに「地獄界」そのものであった。 王仁三郎は、地上現界の実相を、霊界物語の登場人物に、以下のように語らせている。 『ヘン、地獄が聞いて呆れるワイ。地獄と云へば、目のあたり現界に現はれてゐるのだ。他人の国土を占領したり、或は大資本家が小資本家を押倒したり、大地主が小地主を併呑したり、沢山の軍人を抱へて、武装的平和を高唱したりしてゐるのは、皆地獄の行方(やりかた)だ。極楽なんて云(い)ふ所があつてたまらうかい。勝てば官軍、敗くれば賊と云ふ事があるぢやないか。最凶悪のすぐれた者が地獄界の覇権者だ。死後の世界なんか、心配するにや及ばぬ。呑めよ騒げよ一寸先や暗だ、暗の後には月が出る、月は月ぢやが嘘ツキぢや、と云ふぢやないか。』 http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm4701 従って、この世界は、「最凶悪のすぐれた者」が地上世界で力を発揮し、金と権力を支配し、人生の成功者、勝者となってきたのである。 この地上世界では、「優勝劣敗・弱肉強食」の獣性原理こそが最大の真理であり、「生存競争」をただ1つの真理とするのが、「地上現界の真理」であった。 この地上世界は、今や魔の巣窟と化して魔に染め上げられた世界となりはててしまった。魔の憑依機関たる「イルミナティ」が、世界支配の実効力を発揮し金権力を握り締めることができてきたのは、この世が「悪でなければ立って行かない」地獄の世界であったからである。 この魔の世界支配に対し、大本教の教祖の出口直は「今日は獣類の世、強い者勝ちの、悪魔ばかりの世であるぞよ。世界は獣の世になりておるぞよ」と神が警告したと述べ、「三千世界の大掃除、大洗濯を致して、天下泰平に世を治めて、万古末代つづく神国の世に致すぞ」と宣言した。+++++++++++++++++++++++++++++++++ 王仁三郎は、この出口直の宣言を引き継いでいるようである。 以前も紹介したように、このことに対する王仁三郎の発言を再度掲載する。 それは『出口王仁三郎の大警告』から、ある程度明らかになる。+++++++++++++++++++++++++++++++++ 『「悪魔の霊的集団と、ユダヤ人の人間集団とは、存立の次元が全然ちがう」(P.59) 「フリーメーソンを道具に使っているアメリカの地下政府は、ユダヤ人ではなくてオロシヤの悪神即ち悪魔(サタン)である。若しかりにその“見えざる政府”の中枢が、ユダヤ人で構成されているとしても、そのユダヤ人は体主霊従的悪魔の使徒であって、純粋なユダヤ神教の信奉者ではない。」(P.75) 「伊都能売神諭には、この悪魔の大将のことを「ガガアル」の悪霊と示されている。ユダヤ人の各国にある地下政府組織を「ケヒラ」という。このケヒラは地球上の各地にあるが、その最強最大のケヒラは、現在アメリカのニューヨークにあるケヒラといわれている。そのケヒラを牛耳っている陰の帝王が即ち「ガガアル」である。」(P.75)+++++++++++++++++++++++++++++++++ つまり、まとめると、ロシアの悪魔(サタン)のガガアルが、各国にあるユダヤ人の地下組織のケヒラを牛耳り、その最大のケヒラがニューヨークに存在し、体主霊従的悪魔の使徒で、ユダヤ人を使い、フリーメーソンを道具に使っているという。 また、伊達宗哲著「王仁三郎と日月神示のひな型神劇」のなかでは、「世界に十六魔王があり、スターリンや蒋介石や王精衛もそれだ」と述べているそうだ。 汪兆銘 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%AA%E5%85%86%E9%8A%98 このような王仁三郎の考えは、当然の如く、危険思想とみなされていたようで、1933年の国際連盟脱退で、国際社会から孤立してゆくなかでも、当時の日本の支配者層は、陸軍の強引な満州政策に押されつつも基本的には欧米協調路線であり、国際社会への復帰の道を模索し、欧米との全面対決を避けていたようなので、王仁三郎が標的とされていく。 日本支配者層は、孤立化の責任を、世界紅卍字会や王仁三郎に丸投げし、弾圧することで、欧米協調路線をアピールしようとしたわけで、無責任で、非常に姑息な悪魔の遣り口に思われる。 続けて紹介していく。
2012年08月14日
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前回紹介したように、太平洋戦争の真珠湾開戦に至る2つの流れを続けて紹介する。 1つは物質的な対立を誘導するパワーエリートのラインと、もう1つは精神的な対立を誘導するオカルトのラインである。 パワーエリートのラインの方は、主にイルミナティ-フリーメーソンを通じて流れるもので、以下のサイトが詳しいが、悪魔の動きがよくわかる。 http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/759.html 以下は上記のサイトからの抜粋である。++++++++++++++++++++++++++++++++++ 明治になり東アジアで台頭してくる非白人国の日本に対し、欧米諸国は脅威を感じるようになり、日清戦争のわずか2年後である1897年に、アメリカは日本を仮想敵国として、対日戦略プログラム 「オレンジ計画」を策定し、日本はまさしくこのシナリオ通りに開戦に追い詰められ、大敗を帰しました。 この 「オレンジ計画」を最初に策定したのは、アメリカ第25代大統領のウィリアム・マッキンレーです。 彼はフリーメーソンで、そのロッジはHiram Lodge No. 21, Winchester、その後Ohio州のCanton Lodge No. 60、同じくCantonのEagle Lodge No. 431に所属し、彼が亡くなった1901年には、ロッジの名前はWilliam McKinley Lodgeとなっています。 そして、その「オレンジ計画」を引き継ぎ、推進させていったのが、なんとテディベアでも有名で、優しく、親日家のセオドア・ルーズベルトJr.であります。セオドア・ルーズベルトJr.もまた、フリーメーソンでありました。 当時の欧米では優生学が流行り、人種差別が当たり前のように行われていた時代であり、そのようなな中で、劣等と思われていた有色人種の日本が、日露戦争で白人国のロシアに勝ったことは、欧米の白人達にとっては、脅威であり、黄禍論(イエローペリル)が、ドイツのウィルヘルム2世やアメリカなどで盛んに論じられるようになりました。 欧州勢に比べて、海外植民地政策に遅れたアメリカが狙う獲物は只一つ、阿片でしゃぶ漬けにしている中国ですが、この利権同じく狙ってくる日本は、アメリカにとって邪魔な存在であるしかありませんでした。 日露戦争では日本に味方してくれた米国はオレンジ計画で、 「日本とは現在友好関係にあるが将来極東支配を目論む日本の領土拡大政策が原因で衝突せざるを得ないとし、その場合日本はこの戦争に国力を総動員するであろうから、米国はマーシャル、マリアナ諸島に進行して海上封鎖を強めて日本の補給路を遮断する。そして艦隊決戦によって米国が勝ちを制して沖縄を占領し、最後は空爆によって生産施設を破壊して降伏させる。」 といった内容になっており、太平洋戦争はほぼこのとおりに推移しました。更に、1)中国と組んで反日宣伝を推進する2)日本の海軍力を削減させる3)日本の兵力を大陸に向けさせ消耗させる といった戦略を確実に実行に移し、中国全土の反日運動、度重なる海軍軍縮会議、中国に対する援助等、すべてこれらのプログラム通りに実行に移しました。 そして、「オレンジ計画」は、武器の発達と共に、修正が加えられ、1941年9月27日に日本とドイツ、イタリアが三国同盟を結ぶと、アメリカは新たな対日戦争計画「オレンジ5」を策定しましたが、 その内容は、日本は資源を求めて領土拡大を図るだろうから、補給路を断ち、制海権を握って日本の海上輸送を封鎖。沖縄を占領し、空爆によって日本本土を爆撃。戦闘能力を奪って日本を孤立させ、無条件降伏を迫るというものであります。 アメリカはそのために海軍を増強しましたが、真珠湾攻撃が始まる2ヶ月以上も前のことであります。アメリカは、日米開戦の前に、日英同盟の解消、海軍主力艦の制限、ブロック経済、対日禁輸など、日本の封じ込めを図り、日本をアメリカとの開戦に誘導したふしがあり、確実にアメリカと戦争をするように仕向けたと言っても過言ではありません。 日本はアメリカの対日圧迫政策を回避するために、中国や南洋へと資源を求めて進出するという、まさに、アメリカが描いたシナリオどおりに進み、1941年12月8日の真珠湾攻撃につながり、その結果もたらされたのが「新型爆弾」である原爆の投下であります。 そうして、原子爆弾を日本に落とすための、「マンハッタン計画」を強力に推し進めたのが、フリーメーソンのフランクリン・D・ルーズベルト、しかしながら1945年4月12日に脳卒中で死亡し、実際に日本に原爆投下の支持を出したのは、フリーメーソンのトルーマン大統領です。++++++++++++++++++++++++++++++++++ 以上は、パワーエリートラインの典型的なもので他にも沢山ある。 例えば、伊達宗哲著「王仁三郎と日月神示のひな型神劇」では、ルーズベルトの側近の海軍諜報部極東課長のアーサー・H・マッカラム少佐が作成した「戦争挑発行動八項目覚書」などを紹介している。 またルーズベルトが、バーナード・バルークやヘンリー・モーゲンソー・ジュニア等に操られていたという証言もある。 バーナード・バルーク http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%AF ブレントン・ウッズ会議 https://sites.google.com/site/uranenpyou/home/brenton-woods-conference 上記に紹介した以下の3つの戦略1)中国と組んで反日宣伝を推進する2)日本の海軍力を削減させる3)日本の兵力を大陸に向けさせ消耗させるのうちの1は、メーソンの蒋介石を通じて行われたことが以下のサイトからわかります。 http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/683.html2は、ワシントンの海軍軍縮会議で、 ワシントン海軍軍縮会議 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E8%BB%8D%E7%B8%AE%E6%9D%A1%E7%B4%84 伊達宗哲著「王仁三郎と日月神示のひな型神劇」によれば、ワシントン会議のアメリカ代表ヒューズ国務長官は、ロックフェラーのスタンダード石油の顧問弁護士で、イギリス代表のバルフォア卿は、ロスチャイルドの代表にしてシオニストである等、いずれも国際金融資本の代理人たちだった。 日本側の代表は後にフリーメーソンで有名な幣原駐米大使だった。 幣原 喜重郎 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%A3%E5%8E%9F%E5%96%9C%E9%87%8D%E9%83%8E 上のウイキペディアでも、幣原と三菱の関係が浮かび上がるが、ロックフェラーと三菱との関係は、山本五十六とフリーメーソンとの関係にも一致してくる。 最後の3の「日本の兵力を大陸に向けさせ消耗させる」は、ABCD包囲網でも有名ですが、メーソンの蒋介石と、上海のサッスーン財閥との関係を、以下のサイトなどから調べればわかるでしょう。 http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/683.html http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/621.html#readmore 出口王仁三郎は、上海を英国ロスチャイルドのメーソンの拠点と考えていたようである。対して米国系メーソンは、中国北部に浸透していく。続いて紹介していきたい。
2012年08月14日
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悪魔イルミナティ(フリーメーソンの中枢組織)が、世界に3つの大戦を起こす事で自分たちに都合のいい新世界秩序を基に世界統一を果たそうとしていることを紹介してきた。 新世界秩序とは、悪魔(悪霊)を頂点とする階層奴隷制度を用いた人類乗っ取り計画でもある。人類乗っ取りとは、人類を神から切り離し、悪魔の下に跪かせるということである。 こんなことを書くと、頭がおかしいと思われるだろうが、実際、そのような連中がいることは、連中の息のかかった独裁者が世界につくられてきたことから、伺えるところである。 紹介してきたアルバート・パイクの書簡からわかるように、次の大戦が起こらないように細心の注意を払うべきである。 「第三次世界大戦は、シオニストとアラブ人とのあいだに、イルミナティ・エージェントが引き起こす、意見の相違によって起こるべきである。世界を統一するには3回の戦争が必要であり、1回目はロシアを倒すために、2回目はドイツを倒すために。3回目はシオニストとイスラム教徒がお互いに滅し合い、いずれ世界の国々もこの戦争に巻き込まれ、それが最終戦争に結びつくだろう」 この書簡から、恐らく、ロスチャイルドとロックフェラーの意見の相違によるイスラエルとパレスチナの戦いが想定される。 日本は、イスラエル-米国とパレスチナ-ロシアの戦いに巻き込まれないように注意しないといけない。特に中国との争いに注意しないといけないように思われる。 さて、第2次世界大戦の裏でどのような闇の勢力が蠢いていたかは、これまで紹介してきた太平洋戦争の経緯から、ある程度明らかになる。 日米開戦が生じた経緯は、伊達宗哲著「王仁三郎と日月神示のひな型神劇」を読むとよくわかる。 以前抜粋した以下の内容 「ベルリンの高位のオカルトグループがもっとも強力な日本のオカルティストと接触した。両方のグルーブは悪魔的な力に頼った。高位のオカルトグルーブがロスチャイルドとヒトラーの背後で結合した。すでに私が著書の中で明らかにしているように、アドルフ・ヒトラーはロスチャイルドの血縁である。サタン主義のナチの指導者を助け、供応し、日本が真珠湾で米国を攻撃するように励ましたのはドイツの陸軍であった。真珠湾攻撃を引き起こすために、他にも〃エリート〃の沢山の秘密の陰謀組織があったが、この記事の中では多すぎて取り上げる事は出来ない。」 から、真珠湾攻撃に至る2つの流れが浮かびあがってくる。 1つの流れは、「ベルリンの高位のオカルトグループ」、これはトゥーレ協会で、主にカール・エルンスト・ハウスホーファーのことだろう。 カール・エルンスト・ハウスホーファー http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC このハウスホーファーが、グルジェフ-チベットを経由して、世界紅卍字会を介し、「もっとも強力な日本のオカルティスト」の出口王仁三郎と接触した流れである。 そして、もう1つは、悪魔に忠実な僕を使った工作ラインのことで、例えばドイツ陸軍のSSは、トゥーレ協会の悪魔養成エリートのことで、「〃エリート〃の沢山の秘密の陰謀組織」とは、フリーメーソンやスカル・アンド・ボーンズなどが養成する、悪魔に忠実な僕のことである。 「パワーエリート」という名はそのまま、悪魔に忠実な僕という意味になる! エリートは、ヒエラルキーの下しかみえない。上はみえず命令しかない。上に歯向かうことは、同時に下をも失うことを意味するから、ヒエラルキーから脱落する。これは悪魔と同じなのだ! つまり、出口につながるオカルトラインと、フリーメーソンに代表されるパワーエリートラインの2つの流れが、真珠湾攻撃を実行させる経緯となった。 パワーエリートラインの方は、フリーメーソンを通じて、日本の米内-山本五十六に、以前、紹介したように真珠湾攻撃のレクチャーとして行われる。 このラインは戦争中や戦争後に利益を享受した連中を調べれば明らかになる。 以前紹介した内容からの抜粋では、 「戦争を利用してマネーゲームで大儲けしたロスチャイルド、東アジアでのロシア南下を食い止め、権益を維持できたイギリス、そして国民の多額の税金を湯水の如く使い、肥えた三井・三菱・大倉・安田などの死の商人たち、そして戦争の最前線に行くことなく、これら資本家と癒着し、多額のポケットマネーを個人の懐に入れた日本の腐れ政治家達」 三井・三菱・大倉・安田などの死の商人たちは、フリーメーソンに入会したことから明らかになっている。海軍の犬塚機関が調査していたが、横槍が入って、組織解散となった。 戦後の財閥解体は、売国の情報抹消ということで考えれば辻褄があう。 このような売国奴たちが、国家を裏切り金儲けに走ったわけで、自分の犯した売国の無間地獄でさぞ苦しんでいることだろう。いまも増税という看板の裏でせっせと売国している悪魔が、この神国日本に沢山寄生している。 次回も、この2つのラインを続いて紹介していきたい。
2012年08月14日
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前回紹介したサイトの解説を続ける。 「ベルリンの高位のオカルトグルーブ」とは、トゥーレ協会のことか? だとすると、ディートリヒ・エッカルトのことだと考えられる。トゥーレ協会とチベットとの関係は以下のサイトが興味深い。 http://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hss/b1fha803.html このサイトによると、ナチスとグルジェフとチベットはただならぬ関係であるが、あくまでも推測にすぎないので深入りできない。 さて、もう一方の日本側の、「もっとも強力な日本のオカルティスト」とは誰だろうか? 恐らくフリーメーソンで御馴染みな大東社が、その類から関係があるように思われるが、どうやら、上のサイトによると、「緑龍会」という組織らしい。 緑龍会とは謎の秘密結社で、「地政学」の父と云われるドイツのハウスホーファーが入会していることで有名のようである。 このハウスホッファーは、以下のサイトにあるように、日本について興味深い見方をしている。 http://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hss/b1fha200.html 「なお、彼は、日本民族の起源を南太平洋の「海洋遊放民族」に求め、その最初の国家は瀬戸内海地方に建設されたと主張していた。太平洋=大洋州の各地の“天地創造”がそれを裏付けていると、彼はいうのである。更にかつて太平洋は「中心の盆地」であり、日本人の祖先である海洋民族はインドの島々からアメリカ大陸の太平洋海岸地方にまで、結合的な文化圏を築いていた、と推測していた。」 この考えは、出口王仁三郎の大本教と共通するものである。 色々とネット検索していくと、「もっとも強力な日本のオカルティスト」は、出口王仁三郎を意味するものに思えてくる。 どうやら、ナチス-グルジェフ-チベット-世界紅卍字会-緑龍会という関連が浮かぶ。面白いのは、世界紅卍字会で、この秘密結社を調べると、 ≪主な会員≫● 内田良平 … 「黒龍会」主幹。● 笹川良一 … 戦後、マスコミにはファシスト、右翼、また政財界の黒幕としても扱われ、「日本の首領(ドン)」とまで呼ばれた。1974年(昭和49年)、アメリカのタイム誌のインタビューでは「私は世界で一番金持ちのファシストである」と答えている。(岸信介氏、児玉誉士夫氏、統一教会、安岡正篤氏などと繋がりあり)● 植芝盛平 … 合気道、パインタラ事件。● 五井昌久 … 宗教法人白光真宏会を開いた戦後の宗教家。● 安岡正篤 … 国維会、自民党政治家のアドバイザー(北一輝氏、笹川氏などと繋がりあり)が浮かびあがり、戦中、戦後の日本の中枢の人物たちが名を連ねているのである。 出口王仁三郎がユダヤの連中のことをどう思っていたのかは、「世界紅卍字会」を調べると、ある程度明らかになる。 『「悪魔の霊的集団と、ユダヤ人の人間集団とは、存立の次元が全然ちがう」(P.59) 「フリーメーソンを道具に使っているアメリカの地下政府は、ユダヤ人ではなくてオロシヤの悪神即ち悪魔(サタン)である。若しかりにその“見えざる政府”の中枢が、ユダヤ人で構成されているとしても、そのユダヤ人は体主霊従的悪魔の使途であって、純粋なユダヤ神教の信奉者ではない。」(P.75) 「伊都能売神諭には、この悪魔の大将のことを「ガガアル」の悪霊と示されている。ユダヤ人の各国にある地下政府組織を「ケヒラ」という。このケヒラは地球上の各地にあるが、その最強最大のケヒラは、現在アメリカのニューヨークにあるケヒラといわれている。そのケヒラを牛耳っている陰の帝王が即ち「ガガアル」である。」(P.75)(『出口王仁三郎の大警告』(心交社 1987年)より)』 このような思い込みから、鬼畜米英やロシア(ソ連)に対する参戦を決意するようになっていったのだろう。 さて、断線したので、話を例のサイトの抜書きへと元に戻す。++++++++++++++++++++++++++++++ 要点はこうである、我々は日本を第二次世界大戦にひきずりこむためのイルミナティの舞台裏の動きを、巧みにぽかしている映像を見せられているのである。イルミナティの指令の下にあるアメリカ政府は日本をコーナーまで追い詰め、日本がしやにむに攻撃してくるだろうところまで意図的に怒らせた。 日本は1941年10月7日に和平とアメリカが望むどんな和平の条件も聞くという意志を表明した。アメリカ政府は彼らが次に何をするかを国民には知らせなかった。ルーズベルトと他のイルミナティは日本の和解の提示を鼻歌を歌いながら無視した、そして、日本が必ず戦争で答えなければならないような最後通牒を送って拒絶した。 これは今となっては良く知られた事である。 1つには彼らは日本をあなどっていた。日本人の知性と技術力を過少評価していたのである。ルーズベルトは真珠湾の被害を聞いた時、泣き出したと言われている。さすがイルミナティでもいくらかは人間の心が残っていたのだろうか。彼の死はその自責の念と関係しているのかもしれない。これについてはまだいろいろと不思議な情報がある。 ルーズベルトが日本に作戦行動をさせるなどと言う事があり得るだろうか。軍事国務長官ヘンリー・L・スティムソンは、彼の1941年2月15日の日記に秘密事項として、「間題は、我々の方に余り多くの損害を受けずに、いかに奴等(日本)に最初に手を出させるかだった。それはなかなか難しい間題だった。」と書いている。 ヘンリー・L・スティムソン http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/stimson/profile.htm (このサイトにもあるように、悪魔崇拝の秘密結社のスカル・アンド・ボーンズのメンバーである。) 読者は『ワシントンの戦争の君主たち』(真珠湾の秘密)という陸軍大佐力-チス・ダルとのインタビューを読まれると良い。(出版社Institute for Historical Review) (力-チス・ダルは検索にかからず、不明) スティムソンと他のイルミナティたちは公に知られずに、日本を怒らせた事が、どんなに巧妙なやり方だったかに、誇りを感じていたに違いない。 ルーズベルトは彼の出来る限りのやり方で日本人を怒らせた。そしてルーズベルトから出たと思われる命令によって、日本の航空関係者は真珠湾への重要な旅行を許可された。そして真珠湾のどこが攻撃しやすいかを教えられ、アメリカの係官たちはオアフ鳥は、どうすれば航空機による攻撃が最高の成果をあげることができるかを詳細に説明するツアーを提供した。 これは珍しい証言である。 当時の日本軍関係者はこのツアーをどう思っただろうか。「アメリカ人とは開けっ広げで警戒心のない連中だ」と思ったのだろうか。わざわざ敵に自分を攻撃する最良の道を教えるなど本当にあったのだろうか。しかし、真珠湾の事件は初めから彼らの作戦だったのである。ただ、少しばかり誤算だったのだ。 その少しばかりの誤算がアメリカの若き3600人の命だったのである。彼らを殺したのは日本人ではない。彼らの大統領、そしてそれを動かしているサタンのヒエラルキーであった。++++++++++++++++++++++++++++++ いつの時代も犠牲になるのは貧しい国民である。
2012年08月13日
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イルミナティという、その名の通りの悪魔のやり口を知るべきときにきている。悪魔のやり口に乗らないというのが人類の次の段階への意識改革なのだと思う。 さて前回、イルミナティの悪魔の計画を紹介した。謀略論そのものである。表現の自由を保証せずに謀略論と罵る者は、悪魔の味方であることは疑いの余地はない。 謀略論を裏付ける面白いサイトをみつけたので、紹介したい。 http://www.geocities.co.jp/technopolis-Mars/5614/zas15.html+++++++++++++++++++++++++++++++++ 明治以降日本を育ててきたロスチャイルド 「近代史において英国はサタン・エリートのセンターであった。ロスチャイルドの力の下にあった大英帝国は世界の皇帝を引き下ろすことを決定した。ロスチャイルドはロシアのロマノフ王朝の皇帝(ツァーリー)に照準を定め、来るべき日露戦争でロシアに決定的な傷を負わせる機会を見いだしていた。英国情報部は日本にロシア軍や艦船の配置の優秀な情報を提供した。 +++++++++++++++++++++++++++++++++ 前回のアルバート・パイクの以下の書簡から明らか。 アルバート・パイク http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%A4%E3%82%AF+++++++++++++++++++++++++++++++++ 「第一次世界大戦は、ツァーリズムのロシアを破壊し、広大な地をイルミナティのエージェントの直接の管理下に置くために仕組まれることになる。そして、ロシアはイルミナティの目的を世界に促進させるための“お化け役”として利用されるだろう。」+++++++++++++++++++++++++++++++++ 1904年2月8日 日本はロシア太平洋艦隊を攻撃して世界を驚かせた。日本はその2日後に宣戦布告を行った。日本艦隊は英国の情報を使って、さほどの困難もなくポート・アーサー小艦隊とウラジオストック小艦隊を全滅させてしまった。この2つの小艦隊が太平洋艦隊を形成していた。ロシアはバルチック艦隊を太平洋に派遣したが日本はこれも粉砕してしまった。 日本はアジアに陸軍を派遣し激しい戦闘の末、ロシア陸軍を十分かつ完全に打ち負かしてしまった。日本はロシアとカイザルの政府を軍事的勝利で屈服させたけれど、彼らの戦争継続能力が限界に来ており、和平を獲得しなければならないことを知っていた。日本政府は秘密理に、セオドア・ルーズベルトに和平の場を整えてくれるように要請した。 1905年にはルーズベルトは日本を好んでいたと言われ、日露戦争の裏側についていくつかの報告は知られているが、当時(も今も)イギリスを支配していたロスチャイルド家が、日本を将棋の駒のように操り、イギリス惰報部の高度のインテリジェンスの成果を与える事によってロシア艦隊を撃滅したとする、ような報告にはあまり接していない。 しかし、もちろんそれだけの能力が日本にあると言う事を彼らは知っていたのである。また日露戦争の、誰も見向きもしなかった戦争債を買った(ヤコブ・シフの)クーン・ロエブ商会はもちろんロスチャイルドの手のものである。 他にも日本を助けた大統領がいる。第18代大統領ユリシーズ・グラントである。彼の本名はヒラム・グラント、メーソンの神ヒラム・アビフから取られた。グラントはロスチャイルドと堅く結ばれていた。どういうルートで、またどれくらいグラントがロスチャイルドと緊密であったかは分からない。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88 しかし、貧民窟の酔っ払いから大統領へ彗星のような浮上した陰には、イルミナティからの隠された引き綱があった事は確かである。彼の任期は汚職でも悪名高い。中国と日本がいくつかの島の領有権を巡って争った時、ロスチャイルドがグラントに仲裁に入る事を許すように決定した。ロスチャイルドの忠実な僕である事を当然としていたグラントは、日本のためになるように取り仕切った。 ロスチャイルド家は一貫して中国より日本を好んだ。一つには彼らが日本をもう一つのイギリスと見ていたからである。イルミナティは東京を重要なイルミナティの首都にしたかったのである。 彼らは、もし中国(清)がもっと長く存在し続けるなら、彼らの本部をロンドンから移転する積もりだった。その時には日本の東京かイスラエルのエルサレム(またはテルアビブ)が候補地だった。 日本にはどんな役目が課せられているか ロスチャイルド家は日本と共に働き続けた。最近(?)の事では、1960年代にユプリン・ロスチャイルドが日本と極東に多くのビジネス旅行をしている。エブリンは高い評価を受けている経済誌『エコノミスト』の議長である。 ロスチャイルド家の1人は同身分の日本人の女性と結婚している。ロスチャイルド家はゴールドマン・サックスを通して日本に大きな影響力を持ってきた。ゴールドマン・サックスは他のイルミナティー3家族の1つフリーマン家と堅く結ばれている。加えてゴールドマン家とサックス家はイルミナティと共に働く典型的なサタン的ユダヤ家族である。 ゴールドマン・サックスは日本の証券取引所の主要なやり手である。ゴールドマン・サックス社は株の陰の取り引きも盛んにやって来た。日本の大蔵省は3つの証券会社を日本の為替取り引きに接近する事を許した。その一つはロスチャイルドのゴールドマン・サックスである。ゴールドマン・サックスと共に、モルガン・スタンレー、ンロモン・ブラザースがいる―ウォールストリートジャーナル1991年3月18日。 これらの3つ全てはユダヤ金融資本である。ゴールドマン・サックスは日本の長期国債を日本政府がかなり還元することを見越して沢山買った。ゴールドマン・サックスは2つの中期ファンドも準備して居る。 日本の住友銀行はゴールドマン・サックスに5億ドルの資本投資をしたように、すでに明治時代からロスチャイルドとイルミナティは日本に注目し、利用し、育てて来たのである。日本の金融など彼らの前には子供銀行のようなものであろう。金融恐慌も戦争も革命も思いのままに起こす事ができる彼らは、やがて、もっと大きな仕事のために日本を戦争にひきずり込む事になる。 日本を太平洋戦争に誘引したユダヤ ロスチャイルドの極東・日本地域の代理人のひとりはヘクター・C・バイウォーターであった。ヘクター・チャールス・パイウォーターは海軍公文書保管所の准会員であった。彼は1921年に日本対アメリカ海軍の深い比較研究をした。その研究は『太平洋の海軍力』という名で出版された。 その本は、実際にはイギリスで印刷されたのに表紙にはボストンと書いてある。この研究は奇妙である。というのも、第1次世界大戦は、全ての戦争を終わらせる最終の戦争だと公に信じさせよう、としているからである。 ヘクターは、この研究のなかで、もし日本とアメリカが戦争をすればどうなるかというデータを集めるのに非常な努力を払っている。そして、1925年、このロスチャイルドの代理人は『太平洋大戦争』と言う本を出版した。それは基本的に20年後に起こった太平洋におけるアメリカと日本の衝突を描いている。この本は真珠湾攻撃を含む太平洋における日本の計画の根拠と基礎となった。 太平洋大戦争 http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E5%A4%A7%E6%88%A6%E4%BA%89%E2%80%95%E9%96%8B%E6%88%A616%E5%B9%B4%E5%89%8D%E3%81%AB%E6%9B%B8%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%9F%E9%A9%9A%E7%95%B0%E3%81%AE%E6%9E%B6%E7%A9%BA%E6%88%A6%E8%A8%98-%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E6%96%87%E5%BA%AB-H-C-%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4774702951「バイウォーター,H.C. 1884年、ロンドン生まれ。幼少時から軍艦マニアで、十歳の時に日清戦争における日本海軍の行動について投稿した論文が専門誌に掲載される。渡米後は「ニューヨーク・ヘラルド」紙の記者となり、第一次大戦中は英国海軍の諜報員として活躍した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)。」 ウイリアム・H・ホナンの本『醜間の幻― ヘクター・C・バイウォーターはいかなるジャーナリストだったか、語られざる物語』は、上記の関係を暴露した。この本はエスタブリッシュメントの注意を引き、彼らはワシントンポストとニューヨークタイムスで、この本の評論をした。 (残念ながら、ウイリアム・H・ホナンという人物はネット検索にはかからず不明の人物) 日本の真珠湾攻撃を指揮した山本五十六は、パイウォーターの本を学んだと信じられている。山本五十六はフリーメーソンであったと、故久保田政男氏の『フリーメーソンとはなにか』に書かれている。しかし、我々の誰が、パイウォーターの名を知っていただろう。 そして、かの有名な山本五十六がもしかすると売国の徒であったかもしれないなどと言う事を、日本人の誰が信じるだろうか。信じられない話のついでにもっと信じられない話をしよう。 前の本を読んだ読者からとんでもない電話があった。それは山本五十六が非常に高齢にな り最近まで生き、そして日本フリーメーソンの中心的存在だったと言うのである。 山本五十六はあのブーゲンビルのジャンクルで死ななかったと言う話を間いたのは、私(サイトの管理人?)は、これが2度目だった。私には分からないが、どちらでも構わない。 一方、ヨーロッパではもっと複雑な計略が練られていた。それはヒトラーと言う謎の男の登場である。この研究者はヒトラーがユダヤの血を引く、それもロスチャイルド家の血縁だと言うのである。なぜ、ナチスが生まれ、ヒトラーが同胞を殺したのだろうか。 それは秘密中の秘密である。それはイスラエルと言う国を誕生させるための血の犠牲だったというのである。しかし、それについてはまだ私には十分な確証がない。ここではただ日本との関わりについてだけ研究者の言葉を聞こう。 「ベルリンの高位のオカルトグルーブがもっとも強力な日本のオカルティストと接触した。両方のグルーブは悪魔的な力に頼った。高位のオカルトグルーブがロスチャイルドとヒトラーの背後で結合した。すでに私が著書の中で明らかにしているように、アドルフ・ヒトラーはロスチャイルドの血縁である。サタン主義のナチの指導者を助け、供応し、日本が真珠湾で米国を攻撃するように励ましたのはドイツの陸軍であった。真珠湾攻撃を引き起こすために、他にも〃エリート〃の沢山の秘密の陰謀組織があったが、この記事の中では多すぎて取り上げる事は出来ない。」+++++++++++++++++++++++++++++++++
2012年08月13日
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たまたまTVをつけていた流れで、池上彰の戦争の番組を何の気なしにみていたが、新世界秩序悪魔の宣伝洗脳番組かと思ってしまった。独裁者が悪いのは確かだが、その独裁者を、どういう意図で作り出したのかには全く触れずに、民衆の熱気のせいにしていた。 例えば、召集令状という赤紙がどういう意図で送られていたかを調べれば、戦争を起こした連中がわかるはずである。皇室関係者や金持ちには、召集令状が送られていないという噂もある。暗黙糧に徴兵逃れをしていたわけである。戦時中も金持ちがいたことがわかっている。金持ちがいるというのは、戦争を利用して金儲けしているということを意味するわけだ。 そのような不公平をとりあげず、民衆の熱気のせいにされ、全てを死んでしまった独裁者のせいにするのは、再度、同じような手口で戦争が起こされるということを意味している。 独裁者がどのようにつくられていくのかは、代表とされるヒトラーを考えてみればわかる。池上彰の番組では、ドイツが第1次世界大戦で負け多額の負債を負い、その返済のために、銀行が紙幣を増刷したために、インフレに陥ったという後付けの情報のみしか紹介しなかった。 その裏にあるイルミナティの野望などは全くの無視である。 そこで、以前紹介した話をとりあげる。++++++++++++++++++++++++++++ 第一次世界大戦後、ドイツの中央銀行であるライヒスバンク(ドイツ政府出資ゼロ、100%ロスチャイルド系民間銀行)が、政府や国民の意思を無視して、狂ったようにドイツマルクを印刷・発行し、史上空前のハイパーインフレーションが起こりましたが、1923年で約20億円に相当する貯金を持っていたドイツ人は、1年後にその価値は1円になっていたのです。 そして何が起こったか、ユダヤ系ハゲタカファンドが、ドイツ人の土地、建物、工場、数々の資産をただ同然に、買い漁ったのです。 ちょうど、1980年代に好景気に沸いていた日本経済を、日銀が金利を急激に3倍近くに引き上げ、好景気であった日本経済を強引に崩壊させ、90年代に長銀をはじめ、大手銀行、民間企業、不動産がただ同然に買い漁られましたが、全く同じ手口です。++++++++++++++++++++++++++++ この後に、ドイツにヒトラーが現れ、日本ではコイズミが現れました! なぜ、ドイツの民衆に反ユダヤの熱気が起こったのかは、「ユダヤ系ハゲタカファンドが、ドイツ人の土地、建物、工場、数々の資産をただ同然に、買い漁った」事実から明らかでしょう。 しかし、反ユダヤの運動は、直接金持ちのアシュケナージと呼ばれるユダヤ人たちには向かわず、スファラディと呼ばれるスペイン系の貧しいユダヤ人に向けられます。アシュケナージ系は巧く英米に逃げているわけで、情報操作が行われているわけです。この情報操作を行ったのが、ヒトラーです。 アシュケナージとスファラディの選別が裏で行われていたのかもしれません。アシュケナージの逃亡ラインは、ドイツが敗色濃厚になったときに、ナチスの高官の逃亡に使われたという噂もあります。ヒトラーも使っていたかもしれません。当時スパイだったベラスコの本によると、ヒトラーは南米で生きていたといわれています。 あくまでも仮定だが、アインシュタインがアメリカに亡命できていなければ、日本に原爆は落とされていなかったでしょう。数百万の尊い命は失われずに平和な暮らしを送っていたでしょう。支配者たちの金銭欲や名誉欲のせいです。 さて、情報操作は、約10年前の日本のコイズミの公的資金による銀行救済から明らかでしょう。そのせいで、リーマンショックが起こりました。 さて、イルミナティの世界秩序悪魔馬鹿たちが、何を考えていたのかは、以前、紹介した話からわかります。 ++++++++++++++++++++++++++++ アルバート・パイクが1871年にイタリアの革命指導者ジュゼッペ・マッチーニに送った書簡が有名なので、紹介したいと思います。 この手紙には、次のように書かれていました。 「世界を統一するために今後3つの世界大戦と3つの大革命が必要だ」 「第一次世界大戦は、ツァーリズムのロシアを破壊し、広大な地をイルミナティのエージェントの直接の管理下に置くために仕組まれることになる。そして、ロシアはイルミナティの目的を世界に促進させるための“お化け役”として利用されるだろう。」 手紙が送られたのが1871年。第一次世界大戦が始まったのが43年後の1914年です。 第一次世界大戦では、ロシアは連合国の一員として、ドイツ・オーストリアと戦いましたが、敗北を重ねて領土深くまで侵攻されました。 そして、第一次世界大戦中の1917年に起こったロシア革命でロマノフ王朝は倒された。この時、ロシア革命を起こすべく、地下深くで活動し、革命勢力に資金援助を行ったのが、ユダヤ国際金融財閥のロスチャイルドと、日本政府から送り込まれた諜報部員の明石元二郎陸軍大佐です。 「第二次世界大戦は、『ドイツの国家主義者』と『政治的シオニスト』の間の圧倒的な意見の相違の操作の上に実現されることになる。その結果、ロシアの影響領域の拡張と、パレスチナに『イスラエル国家』の建設がなされるべきである。」 第ニ次世界大戦が始まったのが1939年。 手紙が送られた68年も後のことで、「ドイツの国家主義者」をナチス、「政治的シオニスト」をユダヤ人に置き換えると、歴史はその通りになっている事が分かります。 「第三次世界大戦は、シオニストとアラブ人とのあいだに、イルミナティ・エージェントが引き起こす、意見の相違によって起こるべきである。世界を統一するには3回の戦争が必要であり、1回目はロシアを倒すために、2回目はドイツを倒すために。3回目はシオニストとイスラム教徒がお互いに滅し合い、いずれ世界の国々もこの戦争に巻き込まれ、それが最終戦争に結びつくだろう」 というものですが、まさに今日の中東情勢をみると、その通りに進んでおり、イラン問題から、日米英豪vs中露の構図ができあがり、尖閣諸島・台湾問題を引き金に日本と中国が戦争になる可能性も十分にありえます。 ++++++++++++++++++++++++++++ つまり、イルミナティは、「第二次世界大戦は、ナチスとユダヤ間の圧倒的な意見の相違の操作の上に実現されることになる。その結果、ロシアの影響領域の拡張と、パレスチナに『イスラエル国家』の建設がなされるべきである。」と考えていた。 ナチスがヨーロッパで暴れることで、ロシアが介入し、軍事的支配を拡大するというわけである。逃亡に成功したユダヤ人を基にパレスチナに、ユダヤ国家を建設するという目的が成就している。その主役がヒトラーとスターリンで、脇役が、チャーチルとルーズベルトだったわけだ。中国の毛沢東がどこまで絡んでいたかは謎だが。 過去の大戦をみれば、民衆が独裁者を望んでいるのではなく、支配者が望んでいることがわかる。民衆は同士討ちさせられ、利用されているだけである。 それは1%の金持ちが全てを支配する現状から明らかだろう。しかし、自分の死は支配できないことを知るべきだが、連中は悪魔に魂を売ってしまったので、死なないとでも錯覚しているのだろう。 さて、戦争はなぜ起こされるか、充分に人類は賢くならなくてはならない。戦争に幸福などないことは明らかである。戦争は、人類から幸福を奪うもので、だからこそ、戦争は起こされるといえる。戦争により、幸福を奪うことで、偽の幸福がつくられるわけだ。 もし太平洋戦争がなければ、日本は、米国の軍事的な植民地にはなっていなかっただろう。 戦争を起こせば、全てが失われ、一部の地獄行きの金持ちたちだけが、権威の下に胡坐をかいて贅沢な暮らしに現を抜かすだけなのだ! そして人類は益々悪魔の奴隷となっていく。 もはや戦争を起こさないように細心の注意を払うべきである。 同じ人類なのだから、国家がどうのこうのよりも、金持ちたちの、自分たちのことしか考えない精神的腐敗度や、精神的未熟さや利己心をなんとかしなければいけないだろう。 下らない物質主義や国家主義、民族主義などは、いい加減もう止めにして欲しいものである。来るべき水の文明への回帰を考えるべきだ! 下らない島如きで、日韓の若者たちへの友好を失ってはいけない。たかがスポーツの順位などで、闘争してどうするのだ! 負けは負けで、相手を尊重し、スポーツのことはスポーツだけの話にすべきであろう。オリンピックは平和のためにするものだろう。友好を保ちながら、4年後に勝てばいいのだ! 友好を失えばスポーツどころじゃなくなるよ。相手の強さを認めることが、スポーツの外交に思える。昨今のサッカーをみていると、負けた後のエール交換がないのが寂しい。確かに悔しいことはわかるが、スポーツというのは、平和だからこそ意味があるわけで、観衆に感動を与えることが本位だと考えるべきだろう。 勝って喜びすぎるのも、日本の武道精神に反する。「勝って兜の緒をしめろ。潔く自分の負けを認めろ。」というのが大和魂なのではないだろうか?
2012年08月13日
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前回までの話を少しまとめると、人間の内と外をつなげるのが、タオとのつながりで、タオとつながると、超感覚的意識をもち、宇宙原理を快楽として実感するという。これが幸福となる。 考えてみれば、快楽は、通じることで生じることがわかる。人間の内と外が通じるのは、至上の快楽とも思われる。また男女の営みも、お互いの気持ちが、外から内に通じるから、快楽なのである。 秘教では、人間の内部は高次元世界につながっているといわれている。だから、外の世界をどこまでもいくと、人間の内部に戻ってくることになる。地平線の先には、人間の内部がある。だから地平線をみると、なんだか懐かしく感じてしまうのだろう。 この宇宙の原理を知らないから、外の世界の有限性に現代人は拘ってしまうのだろう。現代人は、いわば3次元思考の信者といえる。4次元世界を考えれば、外に進めば、内に返ってくることは容易に理解できる。 さて、前回の最後のアメノウズメとサルタヒコの関係についてだが、タオの宇宙原理を表現しているように思える。 サルタヒコ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%92%E3%82%B3 上のウイキペディアには、「天孫降臨の際に道案内をしたということから、道の神、旅人の神とされるようになり、道祖神と同一視された。」とあるように、タオと関係深いことがわかる。 道祖神 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E7%A5%96%E7%A5%9E 上のウイキペディアには、道祖神が、「男女一対を象徴するものになっている。餅つき(男女の性交を象徴する)などにもその痕跡が残る。」とあるように、また、サルタヒコの鼻が長く、男性器の象徴でもあり、天狗を意味することから、タオの父性を表していることは明白だろう。 つまり、アメノウズメとサルタヒコは、男女の営みを表現しているように思える。 例の「タウコード」の著者も、真の老子(タウ)を伝承させられた師から、文明の変革の前には、人間の男女の性の営みの変革が先行すると教えられたと述べている。 「サルタ」は、古代ヘブライ語では、「サル」は「外に出る、去る」で、「タ」は、「泥土」という意味になるので、「泥土から出て去る」という意味になる。残りの「ヒコ」は、「日子」で、太陽神の子になる。 だから、土の文明から、出て、海女の渦目(アマノウズメ)の水の文明へと、太陽の子が生まれるということになるのだろう。 とにかく、土の文明である物質文明が崩壊していくわけで、かつての古代アトランティス時代は、水の文明で、シュタイナーによると、当時の大気は、ミストサウナのような水蒸気の空気だったのが、次第に大気が、空気と水に分離するようになり、現在の大陸と海水に分かれていったという。 だから、今度は、土から水の文明に回帰するので、古代アトランティスの大洪水の逆になるはずで、大陸が次第に流動化するようになっていくはずである。実際、地震や集中豪雨なども多発化し、土地が水没化していることでわかる。 そもそも、原子力は、核分裂を利用するので、分裂を増加させることになる。プルトニウムをつくりだすということは、不安定な元素をつくりだすということになり、固体の液状化、気化に等しいわけだ。人類は、自分の首を自分で絞めていることに気づくべきだ! 核の安定の基に、固体の物質文明があるわけで、核を不安定にすれば、固体の物質文明の死を意味することになる。 また、男女の性の関係も、草食系といわれるセックスレスな現象が起こっているのをみれば、以前よりも、両性具有化していることを思わせる。 さて、「タオコード」の著者に、老子を伝授した師は、現代社会の警告を行っているので、その部分を抜書きしたい。++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 「私は短い間であったが、現代文明社会を体験している。そこには、私たちの村にはない不幸があることも知っている。そしてそれがどこから来るものであるかも、私にはわかる。 性は命の原点であるだけでなく、宇宙自体の脈動だ。この脈動通りにそれが働くとき、性は決して欲望とはならない。宇宙のリズムからはずれることによってのみ、それは欲望に変わる。 宇宙の脈動から性をひきはがすもの、それは、自然のリズムに反する社会のあり方だ。現代人のもつ性表現や性欲は、現在の不調和な社会機能に直結している。社会機能と観念は車の両輪のようなものだ。観念が社会機能を形作り、社会機能がまた、人々の観念を形作る。そして同じく観念も性も車の両輪だ。 性に関する潜在意識は、そのままその人の観念の全体を形作る。そしてまた観念が性のあり方を決定する。こうして、社会システムと性も、車の両輪の関係にある。片方の変化は必ずもう一方をも変容させる。」++++++++++++++++++++++++++++++++++++ つまり、宇宙原理に従わない現代人の観念と、現代社会のあり方に問題がある。 「大道廃れて仁義あり」とは、宇宙原理という大道に従わないと、現代社会のように、利己的な仁義が無駄に矢鱈と盛んに議論されるようになるということでもある。人間たちの単なる取り決めが、宇宙に対して何の意味をもつのだろうか? それを元に戻す方法が、神道に隠されたタオであり、アメノウズメとサルタヒコの結婚にあるのだろう。 さて、以前紹介した、神道のサイトから、更に抜き出してみる。++++++++++++++++++++++++++++++++++++F.神の概念 神道の基礎となるのは、「信仰の対象になる神」に対する信仰ではなく、むしろ、霊的な世界が存在し、そこにはより高く、強く、清く、賢く、ゆかしい方がいらっしゃるに相違ないという、素朴な感覚です。それはまさに感覚と呼ぶのにふさわしいもので、決して、知識や知恵、あるいは理解というようなものではありません。これは、神様のみ姿に似せて造られた、霊的存在者としての、人間の本性の発露、本能の現れです。神道そのものは、本来、偶像というものを持ちませんし、持つことを拒否します。今日でも、どこの神社のどの神殿を調べても、物質的な礼拝の対象物を見つけることはまずありません。「何者がおわしますかは知らねども、ありがたさにぞ涙こぼるる」という句が、このような神道の性質をよくあらわしています。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 上記の『「何者がおわしますかは知らねども、ありがたさにぞ涙こぼるる」という句が、このような神道の性質をよくあらわしています。』というように、目にはみえない存在に対してまでも、イメージできることが、神道の極意である。 この神道の極意は、タオにつながることができなくなった現代人の感覚では理解困難で、かつての超感覚意識を再び獲得しなければ、到底掴むことが不可能なわけである。 なにより、巫女のように、アメノウズメのように、自然の母性のリズムにあわせることが鍵となる。 少なくとも物質感覚を超えて、感性を磨くことが重要となる。タオは、感覚を磨けと人間に呼びかけているようにみえる。 では、日本人の感覚とは何なのか? それ回答が、神道のなか眠っているタオである。先のサイトから抜書きする。++++++++++++++++++++++++++++++++++++G.影響 神道的感覚は、日本人の心理の奥底に深く根付いていて、生活のあらゆる面に、その影響を見ることができます。特に、地方の生活共同体の中においては、神道的な習慣、伝統、様式といったものを無視しては、通常の日本人としての生活をすることさえ無理なほどです。大多数の日本人にとっては、自覚こそしてはいないものの、神道的な伝統、習慣、様式を受け入れることこそ、日本人としてあたりまえのこと、つまり、日本人のアイデンテイテイ、日本人であることの証明なのです。これは、同じように広く行き渡っている仏教には見られないものです。++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 上記の「神道的な習慣、伝統、様式といったものを無視しては、通常の日本人としての生活をすることさえ無理なほどです。」とあるように、超感覚的意識の再獲得が現代日本人に求められる。 再び宇宙原理のタオにつながること。巫女の舞を踊ることが、古代イスラエル人の再来の日本人の役割であることが、神道のなかに眠るタオの秘儀を通じて明らかになってくるものと思われる。 また、「タオコード」の著者は、「タオの法則」という書籍も書いている。上記の関連から、その1部を抜粋したい。++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 誰かにあこがれ 何かにトキメキを感じた その深さと質の分だけ あなたは誰かのあこがれとなり 何かの光となる 自身が外界を認識した通りの認識で自身が決まる。多くの偉大さを観る人は、いずれ、多くの人から尊ばれるだろう。誰かに強くあこがれる人は、いずれ、誰かにとって強いあこがれの対象となるだろう。 どんなに素晴らしい人間が目の前にいても、心がときめかなければ、いないに等しい。自身には何の変化も起こらないからだ。心がときめく瞬間に、その対象と目に見えない糸で結ばれる。 この見えない糸があってこそ、内なる発動が起こり、輝きが生じる。輝く人は、輝きを観ることのできる目をもっているがゆえに輝くのだ。 幸せな運気の人はすべてが輝いて観え、すべてが感謝の対象に観える。++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 幸せとは、幸せを感じる能力にある。
2012年08月10日
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つづけて、タオと、神道の共通点を探っていく。 前回紹介したサイトによると、++++++++++++++++++++++++++++++++++++D.性格 神道は集落社会に始まる居住共同体の宗教です。古来、日本では、それぞれの集落が自分たちの先祖としての神、すなわち産土神(氏神)を祭っていました。この氏神は、それぞれの集落に繁栄と安泰、調和と平和をもたらすものでした。すべて、その地域で生まれたものは、その地域の氏神の子孫、すなわち氏子として自動的に受け入れられ、受け入れられている本人も、受け入れられているという事実を、これまた自動的に感受していると受け取られているのです。たとえ、外部から転入してきた者でさえも、その地域の共同の行事に参加し、しきたりを受け入れ、地域の一員として機能を果たしてさえいるならば、まったく平等とは行かないまでも、自動的に氏子と認められるのです。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 上記の抜粋からわかるように、 「神道は集落社会に始まる居住共同体の宗教です。たとえ、外部から転入してきた者でさえも、その地域の共同の行事に参加し、しきたりを受け入れ、地域の一員として機能を果たしてさえいるならば、まったく平等とは行かないまでも、自動的に氏子と認められるのです。」 というように、外見よりも、地域の一員として役割を果たしているかどうかが、居住共同体として認められる用件となっている。 この感覚は、シュタイナーの以下のタオの解説 「タオは古代アトランティス時代の人々には、身近な存在だった。当時の人間は神的な源泉と結びついていた。私たちの祖先の、このアトランティス人たちは、現代人のような発達した知性を持たなかったが、代わりに、タオによる高度な夢の感覚意識を持っていた。 その感覚意識による生活は、本能的な形で営まれていたので、計算能力は不得手だった。彼らの見る夢は、現代のように混乱しておらず、明白な意味をもっていた。当時の人間の魂は、はっきりとしたイメージを持ち、周囲の外界の出来事を、夢のなかで、明確にイメージ化して体験できた。」 から、現代の人間の外に対する意識とは全く逆の内向きな意識に通じるものにみえる。 つまり、居住共同体になるには、共同の行事に参加して、しきたりを受け入れ、共同体の機能を果たすことが重要で、居住の中心の産土神(氏神)を祀り、氏神に通じる氏子になればよいのである。 この産土神(氏神)が、タオに同化する。タオの道の父性というよりは、この場合、徳の母性に同化するような感じにみえる。神殿に喩えるなら、神官よりも、巫女の機能を果たすことに相当するのだろう。 さて、面白いことに、産土神(氏神)は、「ウブスナ(ウジ)」カミと読むが、どことなく、「インブリ、イブリ」と聞こえなくもない。恐らく、東北辺りの訛りで、読むば、「ウブスナ」は、「インブリ、イブリ」となるのではないだろうか? 「インブリ、イブリ」を古代ヘブライ語で解釈すると、ヘブライ人のことを意味するようで、「(ユーフラテスの)彼方の地方」という意味をも持つという。また「彼方」が、「移民」という意味をも持つようになったそうである。 また、日本語には、夷(エビス)という言葉があるが、訛ると「イブス」と聞こえなくもない。 つまり、「ウブスナ」=「インブリ」=「イブス」と、タオが3つに分かれていったようにも、思えてくる。 少しこじ付けにも聞こえるかもしれないが、「イブス」は、「イブ」のエヴァにも通じる気もしないでもない。エヴァは、キリスト教でいう母性崇拝を意味するので、母性という点で意味は通じている。 面白いことに、「夷振」という舞があるそうだ! 「振り」は、古代ヘブライ語でも、「舞」を意味するそうで、「インブリフリ」は、古代ヘブライ人(移民)の踊りのことを意味するそうである。 夷振 http://filologos.diarynote.jp/200902171949147334/ 彼方の移民を、タオに関連して考えると、古代アトランティス人のことを意味しているように思えるし、下界からみた、天界の舞を、彼方の移民の舞と捉えることもできる。 以上をまとめると、神道の、「居住共同体になるには、共同の行事に参加して、しきたりを受け入れ、共同体の機能を果たすこと」というのは、タオに通じるための、天界の舞を踊ることなのではないか?と思う。 天界の舞を伝承してきたのが、古代ヘブライ人で、この舞を踊れないと、ヘブライ人としては認められないのが、形骸化して、日本人の悪い意味での、村八分などにつながってきたのではないか? ユダヤ人は、ユダヤ教を信仰する人というユダヤ人の定義は、このヘブライ人の舞を誤解して適用したものに思われる。 つまり、日本人が精神的に閉鎖的で内向きなのは、このヘブライ人の舞の伝承である神道のタオへの特性にあるのではないだろうか? 上記に紹介したサイトの夷振のなかに、下照姫(シタテルヒメ)という神道の神が出てくる。 下照姫 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%BF%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%92%E3%83%A1 上のウイキペディアによると、卑弥呼(日巫女)に関連するようだから、アメノウズメとも関係するのかもしれない。夷振の舞のなかに、下照姫がつくった以下の歌があるが、日本語では意味不明なので、恐らく、古代ヘブライ語なのだろうか? 「あめなるや おとたなばたの うながせる たまのみすまる みすまるに あなだまはや みたにふたわたらす あぢしきたかひこねの かみぞや」 この歌の作者である下照姫が神道の神であることから、タオ=ヘブライ=日本人を思わせるような感じがしてくる。続けて、例の神道のサイトから抜粋する。++++++++++++++++++++++++++++++++++++ E.歴史 原始的な形の神道は、6世紀半ばに至って、漢字の普及に前後して入って来た仏教に接触するまで、何世紀もの間、文書のないまま、儀式、習慣、文化として伝承されてきました。それは、素朴で未発達なものであったにせよ、一般民衆と貴族社会の共通の信仰でした。このような形態を残している神道を、神社神道と呼んでいます。++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 神社には、神官と巫女がいて、神道は、上記のように、「文書のないまま、儀式、習慣、文化として伝承されてきました。」というのは、タオに通じる舞の伝承としては、そもそも文書化困難なので、当たり前といえば当たり前である。 神官と巫女が謡い舞う、タオに通じる方法の伝達は、現代においても、文書ではほぼ不可能だろう。ビデオならある程度可能だが、それでも、精神的な内面を記述することは不可能である。 日本文化は、歌舞伎や能をみても、文書なんかよりも、儀式、習慣、文化として伝承を重んじていることがわかる。日本文化には、師の弟子への伝承に際して、「道」がつけられるが、そもそもタオの舞の伝承を意味しているのではないか?とも思える。 例えば、舞で有名な能の世阿弥は文書でも伝承しているが、能の原型は猿楽だという。 猿楽 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%BF%E6%A5%BD 猿(サル)といえば、アメノウズメとの関係のサルタヒコが思い浮かぶ。 「サル」という言葉を、古代ヘブライ語で解釈すると、「勇気をもって出て行く」という意味をもつそうだ! どことなく「捨てる」にも通じるような気がする。自己を捨て、宇宙に通じるというような感じをもつ。また、楽(ガク)は、神楽(かぐら)の「神への捧げ物」という意味をもつようなので、「神のために、自己を捧げる」という意味なのだろう。 つまり、猿楽とは、自己を神霊の表現の場にするということなのだろう。だから、タオとのつながりを意味する。
2012年08月10日
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さて、前回まで、シュタイナーの講義を再び転載したわけだが、シュタイナーが述べるタオを、以下に再び抜書きすると、 「タオは人類が仰ぎみることのできた至高の存在である。この存在は、人間の内部に、神性の萌芽として担われ、いつか人間の本性の奥底から見事な花となって咲き出るような至高の存在と考えられていた。タオは魂の奥底に隠れている根源であると同時に、崇高な未来をも意味していた。 タオは、その言葉の意味を知る者にとっては、口にするのさえ畏れ多く、その存在を考えるときでさえ、畏怖の感情を呼び起こした。タオ教の教義は、発展(進化)の原理に基づいていた。 タオは、古代アトランティス時代の人々には、身近な存在だった。当時の人間は神的な源泉と結びついていた。私たちの祖先の、この古代アトランティス人たちは、現代人のような発達した知性を持たなかったが、代わりに、タオから生じる高度な夢の感覚意識を持っていた。」 というように、いまから、約1万年前の古代アトランティス時代の人々は、自らのなかにあるタオと結びつき、タオとの共有意識から、生活を送っていたことがわかる。 そして、古代アトランティス時代は、大洪水という破局に遭い、タオと通じていたノアだけが、古代アトランティス時代の高度な夢の感覚意識を遺したまま生き残った。 ノアの感覚意識は、ノアと少数の者だけに伝授され、宗教の秘儀参入と呼ばれるようになっていく。タオと結びつく方法として伝承されていく。 大洪水後に起こった古代インド文化では、タオの存在と結びつく方法は、ヴェーダ文学とヴェーダンダ哲学として伝承されていった。そして、仏教や後のキリスト教と分派していく。 だから、現代の宗教のほとんどが、タオと結びつく方法を伝承した薄破れたコピーにすぎない。 しかし、最近、例の「ガイヤの法則」の著書が書いた「タオコード」なる本を読むと、どうやら、再びタオと結びつく方法の極意が、老子のなかに眠っているような気がしてくる。 その本によると、老子とは、実は、宇宙の根源の魂と結びつく方法を述べている書なのだと説いている。 タオとは、全宇宙の快楽を司る源泉でもあるという。男女の性交は、その一部でしかないという。タオと結びつけば、現代脳科学でいうところのドーパミンを永遠と無尽蔵に流される存在となるそうである。 どうも、次の135度の水の文明は、古代アトランティス文明の再来なのかもしれない。とすると、現代の物質を中心とした土の文明を、根底から破壊していくものとなるだろう。 現に、財務省や売国奴たちのせいで、日本社会は滅亡の危機に瀕している。連中は、既得権益を守ろうとしているだけだと思っているが、それが従来の土の文明を基にしているから、破壊につながっていることが理解できていない。宇宙の根源の力が大転換していることに気づいていない。 タオが変化しているのである。再度、古代アトランティス時代のように、タオを感じる感性をもたないといけない。タオに通じることで、幸福な未来を招きよせないといけない。神に逆らっても、馬鹿をみるだけなのだ! 東日本大震災や福島原発事故が水害で起こされたように、大洪水等により、物質文明が破壊されていくように思える。全ては水に流されていく時代を迎えつつあるのだろう。 水に流すといえば、神道を思い浮かべる。神道と道教は良く似ているように思える。 いまは全てを捨てるときにきている。特に従来の物質的価値観を捨てないといけない。苦悩や苦痛になるだけだ! 「タオコード」によると、老子には、二重の意味が隠されているという。老子自体が、陰陽の意味をもっているそうだ。道は、男性の父性を意味し、徳は、女性の母性を意味するという。 男と女、つまり陰陽が対立するのではなく、相通じて、更なる高みの快楽へと昇華しないといけないという。 徳とは、水の如く、女性が男性に献身に尽くすように、自分の身を委ねることだという。自分の生を相手に委ねることで、相手を生かすことが、徳である。 道とは、徳に応じて与えるということなのだろう。水が高みから低きに流れて浄化していくように、全ての土を水に変容させていく。固体を液体に変えていく。 タオの宇宙原理に通じることが、タオを直接実感することが、なにやら神道にも隠されているようである。 そこで、神道の簡単な解説のサイトを以下に紹介する。 http://www.geocities.jp/tillich37/missiology.shinto.1.html このサイトの管理者は、神道を以下のように考えている。++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 『神道とは「高き方の道」、「高き方への道」もしくは「高き方をたずねる道」「高き方を求めるこころ」と、いろいろな解釈が可能ですが、多分、最後の解釈がもっとも妥当ではないかと考えます。』++++++++++++++++++++++++++++++++++++ シュタイナーは、タオを、人間のなかの「至高の存在」としていた。だから、「高みを求める心」は、タオを実感することと同じになる。 タオを実感することで、超感覚意識を獲得し、自分のいまの人生だけでなく、過去や未来の人生をも霊視でできるようになるというわけだ。輪廻転生を知れば、魂の本来の目的がわかる。そして、永遠の生命に目覚めることができる。 恐らく、これまでの土の文明は、人間の魂が闇を知るため、陰を知るために必要だったのだろう。 上記のサイトの内容は、シュタイナーのタオの解説と非常によく似ている。 タオに通じることから、様々な宗教が生まれたと、シュタイナーは解説しているが、上記のサイトの「教え」とほとんど同じ内容にみえる。++++++++++++++++++++++++++++++++++++C.教え 本来の神道は、教えるということはしません、というより、教えることを拒否します。そこには神学や教理などというものは存在し得ません。これは、人生のすべての面で優しく育まれていることへの感謝の気持ち、雨を降らせていただき、太陽を昇らせていただき、四季を楽しませていただき、豊かな実りを与えていただいていることへの、お礼の気持ちの表現です。また同時に、人間の力ではどうすることもできない天変地異に対する恐れと、それを支配することができるかもしれない、より高い力を持つ者に対する懇願の表現でもあります。ただし、時代を経るにつれて、神道は仏教、道教、儒教、陰陽道さらにはキリスト教などに触れて変化を遂げ、それぞれ触れた宗教の教えを内包する神道も起こってきました。++++++++++++++++++++++++++++++++++++ このように、次の文明は、下からの民衆からの至高の存在への献身という形で現れていくはずで、現在の権力者や上層部は、その流れに取り残されて、終には次の水の感性をもてずに、自分たちだけの感覚に閉じ篭り、宇宙原理の孤児として地獄のなかへと埋没していくように思われる。 ヨハネの黙示録によれば、人類は善人と悪人にはっきりと分かれると書かれているので、その兆候が生じているように思えてくる。土でできた自分の殻を破り、再び高みの融合を目指す魂と、自分の殻を破れずに、対立のなかで、埋没し、孤立し、消滅していく魂に分かれるのだろう。 反原発運動はけっして無意味ではなく、宇宙の原理の転換に共鳴する行為なのだろう。それは、お伊勢参りなどからわかる現象である。
2012年08月09日
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続けて、シュタイナーの講義を再び転載する。++++++++++++++++++++++++++++++++++ 人類進化の第三段階は、「死者の書」として伝えられてきた古代エジプトの先史的、歴史的物語の中に示されている。そこには、二元性に加えて、第三の存在が現れてくる。 人々は太陽の光が地上を照らし、光線が地中にまで浸透し、そして大地の中に眠る種子や生物たちを目覚めさせ、そして根源存在が、必ず実り豊かなものになっていく様を見た。 この三つの統一、母なる大地と受精と新しい生命とは、象徴化され、オシリス(太陽や光の神)、イシス(物質)、ホルス(発展していく生命)として表現された。これが古代エジプトの三大神となる。 この三元性が、後の全ての宗教の叡智の核心となる。 父と言葉(ロゴス)と聖霊、イシスとオシリスとホルス、アートマとブッディとマナス、というような三位一体として、様々な宗教の中に神性が現れてくる。様々な宗教の中に、三元性が現れる。人智学は、その源流を認識した。 その源流は、アジアにおいてもエジプトにおいても、宗教的な絵画や像や言葉の中に示されている。同じことは、ギリシア=ローマ世界の中にも、アウグスティヌスの場合にも、さらに中世においても見つけることができる。 中世においては、原音という表現も用いられた。原音は、人間が生じさせた根源でもある。人間は現在の姿にまで進化を遂げ、そして今、本性が求めるまま、未来へ向かって努力している。 古代の霊界探究者たちは、この努力の中に人間の三元性を見た。未来において、より完成した状態に到達したら、今日の人生を可能ならしめた力、人間内部の隠れた根源の力が表面に現れ出ることだろう。 かつて人々はみずからの内にある、その力を、言い表し難き神の存在と感じていた。それは、いま三つに分かれた世界の最初の存在と同質だった。更にまた、現在、人間の中の至高の存在に向かう努力、換言すれば、今人間の中に働いている神ロゴスから生まれた言葉、父に由来する子をも、感じとっていた。 「父なる神から子なる人間が生じた。」 この父なる神が未来においては、より完成された人間を形成する。そして過去においては、第二の人間本性であるブッディを創造した。ブッディはまだ完全ではないが、人間が完成へ向けて努力できるのは、このブッディの御蔭なのである。 これは人間における第二の本性である。 しかし過去においても、この父なる宇宙原理は働いていた。かつて、眼に見える人間が父なる宇宙原理によって創造されたように、今日の眼に見える人間のなかで、形態として輝いている存在もまた、同様に過去に根源の存在から現出し、そして今、出来上がった存在となっている。 色、音、匂い、触感の中で知覚する万象に眼を向けると、それらはみな、言い表し難い根源の存在から湧き出たものである。このような点で、人間という被造物のために現象している、この根源存在を、キリスト教の意味でも、聖霊と呼ぶことができる。 しかし宇宙は、究極的な創造にまで至っていない。宇宙はまだ萌芽の段階であり、自らの内の、未来への意志を担った存在もいまだ萌芽であり、子なる存在である。だから、この努力は、言葉、ヴェーダ、エッダと呼ばれた。 第二の存在は、今日の人間の内なる力であり、未来において、人間の中に知覚されるものである。それは、人間凡ての魂の奥深くに存在している万有の父なる根源なのである。 この根源を実感すること、内なる表象の内容にすること、それは三位一体を実感することである。ペルソナとは仮面であり、外観であり、隠蔽である。それ故、今述べた真理の核心を、宗教は霊、言葉、父という三つの異なる仮面の中で示している。 こう述べることで同時に、キリスト教に通じる宗教信仰にふれたことになる。もし、このことを本当に理解しようとするなら、この宗教真理をキリスト教信仰の中にも見ることができる。 最深の福音書のヨハネ福音書の中でも、人間の形姿をとって現れた崇高な意識との結びつき(religare)について理解し、受肉したロゴス、人間化した子なる神、現在の神についての教えの本質を知ることができるようになる。 人間化した神キリストは、過去から現在まで働いている神霊と、現在の世界の中で未来へ向けて創造活動を行っている父なる神という、他の二神と共同で生きている。 このように子なる神は、父なる神から発し、同時に神霊と結びつき、今、人々を父なる神へ導こうとする大いなる予告なのである。このことは、「何人も、私によらずに父へと至ることはない」という言葉が示唆している。 その「私」とは現在の神の本質的な核心のことである。更に、子なる神は、今日既に世界に存在している霊の本質的な核心である聖霊を送る、と示唆している。 「私は世界の終末にいたるまで常にあなた方のそばにいる」というキリストの言葉が真実であるように、彼が再び来る、ということも真実なのである。 キリスト教全体は、新しい宗教のための1つの準備だった。 今のところ、認識や科学を超えた形で、霊が存在している。今のところ、宗教として、過去に教えられてきた通りに教えられている。宗教の様々な文献が、手もとに残され、神学者たちは、それらを研究、解釈し、教義を立てている。 今のところは叡智ではなく、神学が中心となっている。人智学とは「叡智と真理」であり、神学とは「叡智と真理についての教え」という形になっている。かつて、神学は、霊学から生じた。今、神学はまた霊学に戻らなければならない。 これまでは、あらゆる教育施設で、プラトンやアリストテレスなど古代賢人の著作が頼りにされてきた。そこには、研究者ではなく、解釈者がいるだけだった。 人間が、直接、自然から学ぶようになった後世から、神学が中心だった時代のことを考えると、もはや、神学者の時代のことは、理解できないだろう。当時は文字に記されたものへの信頼が絶対だった。 例えば、神経は心臓からではなく、頭脳から発している、と或る自然研究者が主張したとき、神学者は、「アリストテレスは別のことを言っているから、彼よりもアリストテレスの方が正しいにきまっている」、と言ったのだった。 たとえ、当時の自然科学者の主張の方が事実に即していた、と思えたときにも、神学者は解釈を優先した。 今日の多くの人々が、天文台や実験室で、感覚世界の様々な事象を確認するのと同じ方法で、霊界の様々な事象を、確認する研究所や研究方法が存在する、とは思わないだろう。 しかし、近年、人類の霊的な研究所というような場所が存在することが言われるようになった。人智学者たちは、ヘッケルが「これはこういうことだ」と発言するのと同程度の確かさで発言している。 ヘッケルの主張が、研究を通して証明できたものだと考えるのと同様に、宗教原典の記述は、事実を通して真実であると判明したものだ、と人智学者は考える。 また、人智学徒の中には、宗教原典の典拠にまで遡っていくことのできる人物たちもいる。人智学は、霊学センターが存在し、そこには霊学研究者たちが働いていることに注意を促す。人智学は超感覚的な事柄について経験を通して語る。 かつての霊界探究者たちが内的な経験を通して宗教原典を創ったのと同じである。四百年前に自然科学が再び復活できたように、今日の人智学は直接的な霊的研究の復活を意味する。 現在、人智学は、タオから偉大な人類救済主にいたる共通の真理の核心にたち返るべき段階に立っている。以上、人智学と、様々な宗教が共通している真理の核心との関係を取り上げた。 (中略) 人智学の行おうとしているのは、共通の真理の核心を様々な宗教、宗派の現存する文献の源泉にまでたち返って見つけ出すことなのである。その源泉に立って考察すれば、現存する文献を、よりよく理解できるはずである。 そうすれば、新しい生命が人類の中に流れ込む。キリスト教は、人類の未来のために用意された宗教で、「子」の宗教といってよいが、「父」をも同じ途上で見つけ出すことのできる宗教なのである。キリスト教を理解することは、人智学の最重要な課題の1つである。 だからこそ、凡ての宗教の中に真理の核心を求め、キリスト教の中にも同じ真理の核心を見つけ出そうとするわけである。宗教は子どもっぽい考え方から生じたのではなく、最高の叡智から、霊的な探究を通じて生じた。 人間は、科学の高みに立ちながら、同時に宗教的人間でもありえる存在である。このことが認識できれば、百年以上前の秘教学者の1人、ゲーテがかつて呼びかけた言葉を、実感できるはずである。 その言葉は人類にとっての素晴らしい命題を表現している。それは、真の科学からの認識こそが、宗教上の真理を正しく受容でき、凡ての宗教が、人類の最高の目標の核心部分を担っている、と教えている。 科学と芸術を持つ人は、宗教を持っている。 それらを持たぬ人は、宗教を持てばよい。
2012年08月09日
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続けて、シュタイナーの講義を再び転載する。++++++++++++++++++++++++++++++++++ 古代インド人は繁茂する植物界と共に生きていた。当時の人々は、植物の御蔭で、夢想的な生活をしていたので、外的な道具や文化をあえて発達させる必要はなく、現代人とは異なる形で、宗教生活を営んでいた。 平穏な生活をしていると、機械の中で働くときとは違った考え方、感じ方が現れてくる。地上の様々な地域で、外なる自然も、そしてまたそれ故に、人間の内なる魂の生活も様々なものとなり、様々な宗教が、外の自然と人間内部を結びつける絆を求め、師たちは、この絆を見つける方法を、諸時代の諸民族のために各々異なる形で教えた。 この絆を確かなものにするため、古代アトランティスのタオヘの最初の探求の道は、古代インドのガンジス地方に現れた宗教だった。それは太古の聖仙たちによって与えられた宗教で、その崇高な教えは素晴らしいヴェーダ文学と人間理解力の最高の段階を示す古代婆羅門たちのヴェーダンタ哲学との中に、その面影を響かせている。 (ちなみに、シュメールの神官は、アトランティス時代後の文明の東側推移を、シュメール文明のエリドゥ→インダス文明のモヘンジョダロ→ガンジス文明→唐文明→明石・淡路?とし、西側推移は、インダス文明のモヘンジョダロ→シュメール-メソポタミヤ文明→ギリシャ・ローマ文明→ロンドンの現代文明としている。 シュタイナーのアトランティス時代後の文明の推移は、この西側推移とほぼ一致している。) この二つは壮大な形で、万象の根底に統一的な宇宙原理が働いていると語っている。その宇宙原理はブラフマン、パラブラフマン、バガヴァッド等々の名で呼ばれた。ヴェーダ文学の内容は、次のように言い換えることができる。(シュメールの神官の話だと、一元的な宇宙原理は、円とその中心で象徴的に表せるので、三位一体の原理は、中心と、円の直径(半径)と、円周の3つで表現できることになる。恐らく、その各々を、ブラフマン、パラブラフマン、バガヴァッド等で呼んだのだろう。) 「かつて神々は根源の存在の周りに集まり、あなたは何ものなのか?とたずねた。 根源の存在は言った。もしも私が私自身によるのでなく、別の誰かによって同定されるのなら、私は私だとはいえないだろう。 君たちが、ある事柄を特定するとき、まず先に、そのための高次の概念を見つけようとするだろう。例えば、獅子、鷲、犬、狼のような個々の動物たちを同定するためには、猫科、犬科、鳥類などの上位概念を用いなければならない。 確かに、この世のどんな事柄も、その上位に当る名称をもっている。しかし私は、自分の上位に当るどんな名称ももたない。私は私であるところのものなのだ!」 これが人間の出発点であり、到達目標である。古代インドにおいても(上位への進化)が問題になった。「進化(発展)」という言葉は、人間が目標を見つけ出すための呪文だった。今日の人間の立っている地点にまで人類を導いてきた何かが存在していたに違いない、と宗教は語る。 神的な源泉から現在の世界の、今の私たちの立っている通過地点にまで下降しようとする願いが、かつて存在していた。そのような願いが必然であり、真実であるように、この世の果実を再び神的源泉にまで連れ戻す力が存在することも必然であり、真実なのである。 この力は神の願いによって人間の願いを克服し、神の目標によって人間の目標を純化する力でもある。今日では太古の時代とは全く異なるものが宗教だと思われている。 今日では内面に開示される神ではなく、外から啓示を与える神が求められている。なぜなら、人間は内と外との間に断絶を生み出さざるを得なかったからである。その結果、人生を「生きる力」の代わりに、今日の意味においての「言葉」が現れる。 ヴェーダというのも言葉の意味に他ならないが、その言葉を通して、人間の根源と目標について、凡ての世界の原理について、賢者たちが語った。そう語る古代人は、現代人とは全く違った考え方を、「言葉」に対して持っていた。 後の「言葉」となる「ヴェーダ」、「ロゴス」の本質を語る古代の人々は、その時何を感じていたのか? 1つのイメージを作ってみる。人間は事物に名前をつける。これは何で、あれは何である、という風に呼ぶ。しかし、人間の口が、そのような事物の名を発するとき、その事物は、人間の口から生じるのではなく、その事物の名はかつて、神的な「根源の魂」が自ら語り出すことで、事物を創造したときと同じ名なのである。 人間は事物を見、その後で名前を声に出して言うが、かつての根源の魂は、はじめに名前を語り、その後、その名前の言葉に従って、事物をつくり出した。 このように太古の時代には、創造の言葉を発する根源の魂が存在した。 根源の魂の言葉は、そのまま事物になった。そして人間の魂が、その後、神性によって組み入れられた言葉を、事物の中から取り出した。いわば眠れる言葉を、事物の中から再び目覚めさせた。言葉に対して、いわゆる宗教感情を持っていた古代インド人は、言葉を通じて、神との関係を展開した。 従って、自然を奥深くまで洞察できる人の生き方は、文字通り、言葉と結びついていた。そのような人は、自分の語る言葉の中に、かつて神が、宇宙の中に吹き込んだ神性を、直接鳴り響かせることができた。そのような人を、人々は、秘儀参入者だと感じた。 古代インド人にとって、聖仙たちは普通の人間ではなく、不死の力を獲得していた人だった。彼らの魂は感覚世界ではなく、高次の天界の中に生き、宇宙の根源である神霊たちと交わりを結んでいた。 このような形で、自分の内にタオを発展させた秘儀参入者を、仰ぎ見ていた人々は、いつか凡ての人がそのような段階にまで達することを知っていた。輪廻転生の教えは、このことと結びついていた。 かつて仏陀が弟子たちに、「私は一つの人生、二つの人生、三つ、四つ、十の人生、百の人生を回顧する」、と語った言葉は、仏陀の思いつきではなく、実際の知覚体験から語ったものだった。 現代人が、1つだけの人生を語るように、仏陀は、百の人生を語った。 そのような繰り返される人生の中で、仏陀は単なる感覚世界の経験からだけでなく、超感覚世界の経験から語り、人類に超感覚世界のことを告げ知らせた。超感覚の認識こそが、凡ての宗教の根源要素だった。 再度、タオを体験した諸民族のことを考えてみる。その人々は宗教を通して、自分を神と結びつけたのではなく、自分を、神の衣裳、もしくは莢だと思っていた。実際に、直接、神を意識していた。その人々は、現代人のように思考できず、賢くもなかったが、自分自身が、ちょうど果実が種を覆い包んでいるように、神的な核心を覆い包んでいる、と直接意識していた。 その人々は、この核心を見、感じ、この核心を通して過去を回想し、未来を予見した。それによって自分の中に輪廻転生の教えを感じとった。 秘儀参入者たちは、当時このような意識をもっていた。古代インド人にはじめてブラフマ文化を与えた彼らは、輪廻転生を実感していた。だから、この地から出た様々な宗教全ては、輪廻転生を教える。人間の様々な活動のなかで、タオが感じとられた。 現代人の魂は、外から来る強大な力により、切り離されているので、当然、転生の体験を実感できず、限定された魂の体験しか知らない。古代インドに続く進化段階以降は、古代ペルシアの宗教から始まり、北方へと拡がっていった人々の意識の中から、人間の魂が、永遠に転生を続ける核心を包む莢である、という認識が消えてしまう。 意識は生と死の間の頂点だけに向けられ、宗教(religare)もまた、誕生から死までの間だけを求めるようになった。統一性の代わりに、二元的対立がはじめて強く感じられるようになった。 古代アトランティス時代のタオの人間は、根源との関係を実感し、古代インドのブラフマンの人間は、人間の内と外で一様に存在するブラフマンを呼び起こそうとした。そして、次のペルシア文化期の人間は、先ず二元性を感じとり、人間の中から生じた内と外との、根源存在と、現在の人間の外見の容姿との対立を感じとった。 (アトランティス時代後の文明の東側推移のインダス文明→ガンジス文明→唐文明の流れを、インダスがタオの老子の道教の伝承で、ガンジスが仏教の伝承で、唐文明が、孔子の儒教の伝承ととらえることもできる。) 万物を発する根源の、植物、動物、人間の物質形姿を生んだ言葉に眼を向けるだけでなく、根源から離れた調和的でない存在にも眼を向けた。人間は後者を、根源の神からの堕落と感じた。光と闇、男と女のような、互いに対立し合う二極原理が人間に与えられた。 それは根源の存在を表現すると同時に、そこからの逸脱の濃縮をも表現している。これが人類進化の第二段階だった。
2012年08月09日
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「理科離れ」が報道される度に思うことがある。 そもそもそんなに理科が必要なのか?ということである。 実は理科系出身の私は、いま文系分野とされる勉強に夢中になっている。そもそも、どんな学問も究めれば、ギリシャ哲学に到達するのだから、初等レベルの分野をああだこうだといっても無意味なのではないかと思う、恐らく、理科系教師が生徒が少なくなると困るから宣伝しているのだろう、と疑っている。 必要と思うのなら、自分で学べばいいだけだ! 問題は、学ぶ姿勢ができているかどうか、自己教育する気持ちがあるかどうか、だと思う。 初等教育レベルでいうのなら、むしろ理科なんかよりも、日本語の国語離れや日本史の社会離れの方が深刻だと思う。日本社会で生きるのなら、初等レベルでは、話が通じない。だから、世代間のコミュニケーション不足などが生じるのだろう。 つまり、国語や日本史が初等レベルでは、せっかく日本人として生まれてきた意味、日本文化を理解する意味が薄れてしまうように思う。 それは現代の政治家の嘘発言や官僚の無味乾燥な魂のない発言をみているとつくづく思う。日本文化を蔑ろにする発言である。どんな社会でも、嘘や心無い機械的発言は蔑視される。日本語が幼稚だから、社会的な信用をなくすわけである。東電の対応などは、科学以前の日本語の幼稚さにある。 対して、初等の理科などは、興味をもったときに、学べば理解できる。文系科目を究めれば、東洋哲学だけでは片手落ちで、これまたギリシャ哲学に到達するので、その過程から、理科が必要になることは自ずとわかるはずだろう。 事実、私の経験でいうなら、私は初等理科がまるで駄目だったし、高校のときの物理、数学は零点をとったことさえある。それが逆にあまりに情けなくて、理系に進む理由になったことは確かだが。 むしろ、文系科目から、アリストテレスの哲学に進み、理科を勉強するほうが、西洋史の根底にある歴史的な流れがわかって、自然であり、批判するだけの妙な科学信仰に陥らなくて済む。 理科系に進むと、英語、数学、理科が特に重要視される分、国語、社会は疎かになる。国立大学を目指さない限り、古典や日本史を勉強する機会は少なくなる。大学の教養課程でも勉強する機会がつくられるが、そのときにはほとんど興味は薄れてしまうことが多い。 日本社会で暮らすには、国語と日本史が初等レベルでは、お粗末であろう。過去の人たちが、どうやって日本社会をつくってきたのかが、わからないと、いまの日本社会の有り難味がわからないからである。外国に出てから、日本社会の有難さがわかるのでは、初等以下なのである。 とにかくも、初等レベルで、ああだこうだといっても無意味だから、できるだけ自分で勉強する姿勢や自己教育の環境づくりが必要であろう。 環境は充実しているが、広い視野がなく、低レベルなので、自分で課題をもち、能力を開発していく意欲に欠けるのだろう。これは子どものときから、我儘を言って、親からなんでも与えてきてもらったせいであろう。自分で掴むという意欲に欠ける。だから幸福感がない。 学習塾や予備校などをみていると、商業主義による学問の劣化、教育の機械化、荒廃が行き着くところまでいった感がある。自分にとっては死んだ役に立たない、他人のつくった知識などいくら収集しても、どんなに金持ちになっても、心が貧しい人間と遜色がない。自分の人生で知識を生かさないと意味がない。頭に眠らせていれば、益々痴呆になるだけだ! 真実を探求する姿勢は、学問の種類によらない。疑問に思ったなら、自分でできるだけ探して学び解決する。それは、さながら犯人捜査のような醍醐味がある。 例えば、仕事柄パソコンについて聞かれることが多いが、日本語ができていない人が多いのには閉口してしまう。パソコンの操作よりも、日本語の操作を巧みにしてから、質問して欲しいと思うことばかりだ! つまり、パソコンに操作されてしまっている人ばかりで、トラブルがあると、自分で解決できずに、すぐに他人に頼ろうとする人が多い。マニュアルも読まないから、トラブルに遭うとパニックに陥ってしまう。マニュアルは日本語で書かれているのにも関わらず、読もうとしないから、読解力もなくなる。 トラブルに遭うのは、日頃から、自己教育に乏しいせいなのだ! 科学の基本は、トラブルの原因を仕組みから発見して、解決することにある。だから、トラブルに遭遇するのは、自分が進化する切欠なのである。理科を学ばなくても、自己教育ができていれば、なんの問題もない。自分に何が欠けているのかを明らかにしてくれる。 それよりか、専門家に頼ることは、自分を専門家の奴隷にしてしまうことを意味する。果ては、自分の人生を生きていないことになる。だから占い師や似非宗教家などが繁盛してしまう。 また、知識だけ集めて、生かすことを知らない知識馬鹿も多い。現実の社会に生きずに、観念のなかに生きて、自分の価値観だけに自己洗脳されている人も多い。そのような人生の果ては、権威に取り入り、権威の道具や奴隷となるだけで、生きていても死んだも同然である。 どうしてこんなに迷惑な人が多くなったのだろうか? 日本語の国語教育と、日本史の教育が初等以下なのが原因に思う。日本語で、高度に表現できることは、日本人の心遣いが理解でき、日本文化の美を体現することになる。 英語がネイティヴにしゃべれても、日本語でしっかりと伝達できなければ、日本社会では迷惑千万なことを自覚すべきである。 理科離れよりも、日本語離れ、日本史離れ、更には、自己教育の乏しさを問題にすべきだろう。また大学生をみていると、自己教育の乏しさを痛感する。大学生が遊ぶのは結構だが、学問のなかだけにして欲しいものだ。
2012年08月09日
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「ガイヤの法則」の著者は、「老子の法則」という本も出している。老子のいわんとしたことが簡便に書かれている。 その内容のなかで、私が気づいたことは、後々このブログに書いていきたい。 その前に、シュタイナーが、人智学で説明しているタオについて、以前にも、このブログに転載したが、改めて考察するために転載したい。 「ガイヤの法則」と「老子の法則」を読んで、神道とのつながりが、わかるようになったからでもある。 実は、神道(しんとう)は、「しんタオ」なのではないかと思ったからである。「しん」は古代ヘブライ語では、「深い」、「正しい」という意味をもち、日本語の「浸透」にも聞こえるからである。 つまり、タオが深く浸透したのが、神道なのではないか?というわけである。 では、シュタイナーの講義を再び転載する。++++++++++++++++++++++++++++++++ 太古の偉大な宗教創始者たちは、同一の中心地から送り出された。ヨーロッパの学者たちが驚嘆した古代バラモン教の叡智もまた、そのような創始者たちが、太古のインドにもたらした叡智の残像である。この同一の中心地から、様々な仏陀が、アジアに派遣され、様々な宗教の信者たちに、その福音をもたらした。 同じ中心地から、ヘルメスがエジプトヘ派遣されたが、ヘルメスのもたらした素晴らしい教えについて、ある人物がソロンに向かって次のように言った。 「あなた方の知っている教えは、我々の秘儀参入者の叡智に比べれば、子ども騙しのようなものだ!」 ギリシア民族の偉大な教師ピタゴラスもまた、この中心地から派遣された。また、将来、キリストの教えとして普及していくイエスもまた、この中心地の出だった。 このように様々な宗教が、かつて最高の人智を育てた中心地の存在を指し示している。諸宗教の各々の特質が、このような中心地の存在を確信させる。諸宗教の様々な教義の中に、共通したものが見い出せるということは、近代の実証主義的な文化史家たちによっても、認められてきた。 ゾロアスター教、古代のインド教、仏教、それどころか古代アメリカに栄えた宗教でさえも、その凡ての中に、素晴らしい一致を示す共通の要素が見られる。しかし学者たちは、この一致を外的な事情によるものと誤解している。その一致を解き明かすための鍵が失われてしまったので、十分に深く問題を掘り下げることができないでいる。 けれども、諸宗教の根底に存する叡智の核心に本当に出会うことができれば、諸宗教の各々の教義を通じて、この一致が外的な事情によるのではなく、同じ叡智の核心から発していることを確信できるだろう。宗教の教義は、各々の民族のもとで、異なる時代に異なる形で、この核心を表現してきた。 アジアに眼を向けると、今日の感覚からは、宗教とは考えられないような、太古の宗教の生き残りが見つかる。それは中国の不思議な文化の中に見つけられる宗教である。 それは、孔子の儒教でも、インド、中国で普及した仏教でもなく、古代中国の宗教の生き残りである「タオ」の道教である。 この宗教は、人間を、タオに向けさせる。タオとは、目標、もしくは道と訳されるが、この訳語からは、この宗教の本質について明確な観念を持つことはとても困難だろう。 タオという言葉が表現するもの、そして既に数千年前に、人類の大部分のために表現されていたものは、人類が仰ぎ見ることのできた至高の存在なのである。 この存在は、人間の内部に、神聖の萌芽として担われ、いつか、人間の本性の奥底から見事な花となって咲き出るような至高の存在と考えられていた。タオは魂の奥底に隠れている根源であると同時に、崇高な未来をも意味していた。 タオは、その言葉の意味を知る者にとっては、口にするのさえ畏れ多く、その存在を考えるときでさえ、畏怖の感情を呼び起こした。タオ教の教義は、発展(進化)の原理に基づいていた。従って、その教えに従う者は次のように語る。 「いま、私の周囲に存在するものは、いつか克服すべき段階の1つである。いま私が立っている、この発展(進化)段階は、崇高な目標を目指し、私の中にも、その目標であるタオに至ろうとする衝動が生きている。 私は自らの内に、そのような大きな力を感じる。しかも私だけでなく、凡ての存在が同じ目標に向かって進んでいる。私の中の、この力は大自然の力でもある。同じ力が風からも吹き、石からも鳴り響き、稲妻からも輝き出て、そして雷鳴から響いてくる。 その力は太陽から、光となって送られてくる。その力は植物においては生長力となって現れ、動物においては知覚や感情となって現れる。その力は、あの崇高な目標に達するまで、大自然の中で諸形態を生み出し続ける。 私は、その力を通して全自然と1つになる。私が息をするたびに、その力が私の中から外へ流出し、内に流入する。その力はまた、自らも進化を遂げる至高の霊の象徴であり、生命でもある。この力を私はタオと感じている。」 この宗教では、彼岸の神については、特に何も語らず、また、その世界の外の事柄についても語らない。ただ人類の進歩のために役立つ力だけについて語る。 タオはアトランティス時代の人々には、身近な存在だった。当時の人間は神的な源泉と結びついていた。私たちの祖先の、このアトランティス人たちは、現代人のような発達した知性を持たなかったが、代わりに、高度な夢の感覚意識を持っていた。 その感覚意識による生活は、本能的な形で営まれていたので、計算能力は不得手だった。彼らの見る夢は、現代のように混乱しておらず、明白な意味をもっていた。当時の人間の魂は、はっきりとしたイメージを持ち、周囲の外界の出来事を、夢のなかで、明確にイメージ化して体験できた。 当時の人間の魂の世界は、現代人の魂の世界とは全く異なっていた。今日の人間は、周囲の世界について、できるだけ詳しく知り、理解しようとする。対照的に、当時の人間は、魂の内部に生命力をもって現れる象徴的、比喩的なイメージを体験した。 今日の人間が誰かに出会うとき、その人間が善人か悪人か、賢いか愚かかについて、明確な概念を得ようとし、冷静に外側から見て、その人間を説明するのに適した概念を得ようとする。 このようなことはアトランティスの時代の人間にとっては、あり得ないことだった。その時代の人間の心の中には、イメージが浮かび上がり、今日の知的な概念などは浮かび上がらなかった。 アトランティス人たちが悪い人間に出会うと、心の中に濁った暗いイメージが生じた。その知覚内容は概念的には把握されなかったが、このイメージに従って身を処した。明るく美しいイメージが夢のように魂の前に現れたとき、出会った相手に信頼を寄せることができた。黒か赤か褐色が現れたときには、そのイメージから相手に恐怖を感じた。 真実は、いまのように、知的な形ではなく、直感として閃いた。彼らは、そのイメージを通して、自分の内部に神が生きている、と感じていた。その神は、吹く風の中で、木々のざわめきの中で、または魂の内部のイメージとして、自らを語っていた。 そのようにして神は、未来の崇高な目標に眼を向けるように、と人間を促し続けた。アトランティス人はその神を、タオと呼んだ。この人類の後に続いた現在の人類は、異なる形で神と向き合っている。現代人の直感力は、かつての力を失ったが、その代わり、知的な思考力を発達させた。 その思考力は、かつての直感力に較べて、見方次第で、高いとも、低いとも言える。現代人は周囲の外的な対象について鋭い理解力を持つ点では、当時の人間よりも高い場所に立つが、神的なタオの力との関係を感じることはもはやできない。 従って、現代人の知る世界は、自分の魂の中に現れる限りでの狭い世界なのだが、その一方では、鋭い理解力を働かせ、この世界に対峙している。対して、アトランティス人は神的なイメージを自分の内に感じていた。 現代人は外なる世界に眼を向け、そして耳を傾ける。その場合の外と内は対立し、両者を結びつける絆はどこにも見つからない。このことに気づくことが、人類の進化にとって大きな意味を持っている。 大洋の海水が諸大陸を覆ってしまった後で、大地が再び隆起するようになって以来、人類は内部に感じるものと外界に現象するものとの間の絆を再び見つけ出したいと願っている。 religareというラテン語は、「宗教」の意味を正しく言い表している。すなわち、それはかつて結ばれ、今は別れているものを、つまり、世界と自我とを、再び結びつける、という意味なのである。 (「結ぶ・繋がる」を意味するラテン語「religare」が「religion」(宗教)となった。ちなみに、古代ヘブライ語で読むと、「re(レ)」は「見る」、「lig」(リング)」は、「円形、走る」で、「gare(ガレ)」は「表明」で、「回転として現れるのをみる」となり、「循環を捉える」という意味にも考えられる。) 諸宗教の教義による様々な形式は、この結びつきを再び見つけ出すために、偉大な賢者たちによって、その都度教えられてきた道であり、手段なのである。 それゆえに、その諸形式は、様々な形でつくられ、各々の文化段階の人間に理解できるものになっている。(人間の内部と、外の宇宙とをつなげるのが、次の文化となる。)
2012年08月08日
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「ガイヤの法則」で、シュメールの神官は、自分たちの文明が、約1万年前に存在したことを語っているが、恐らく、その文明とは古代アトランティス文明のことだろう。 古代アトランティス文明は、シュタイナーの講義の紹介でも、何度も述べているが、人智学でいうところのエーテルの文明である。 現代文明を、物質文明とすると、秘教では「土」で表すので、エーテル文明は、「水」の文明といえる。 このシュメールの神官が述べているように、縄文人が、一度つくった土器や土偶を、一定期間過ぎると、壊して土に埋めるのは、水の文明の遺産といえるわけで、いわゆる現代でいう循環の思想である。 循環の思想で有名なのは、老荘思想である。 シュタイナーは、老荘思想は、古代アトランティス文明の遺産のようなものであると述べているが、古代中国や日本文化に根強く残っているのは、中国人と日本人が、その末裔であることを意味しているのだろう。 循環の思想は、特に風水として残っている。家康と懇意だった僧の天海がつくった日光東照宮の建物にも、この循環の思想が生かされていることがわかる。完全に完成させずに、一部未完成なままにしておくなどである。 例えば、「見ざる、聞かざる、言わざる」の猿などは、見ても見ない、聞いても聞かない、言っても言わないなどの、陰陽の老子の教えを体現しているように思える。陰には陽を、陽には陰を補完することを意味している。 老子は唯物思考ではわからない、現代の一方通行的な教育では捉えられない叡智だからである。女が益々女らしくなることで、男が益々男らしくなることを意味するからである。男が、女らしさを教えることはできず、女が男らしさを教えることもできない。自分とは違う存在、自分にないものは教えられない。 シュタイナーも、教育というのは、結局、自己教育しかありえないと説いている。 シュメールの神官によると、人間が人間を教育するのは自由に反するのと、未熟な者が教えることはできないので、現代のような教育は行われてなかったという。全ての生活の場は、円形を基本につくられたので、円周状に並んで、共に中心にある神々を想定して踊ることで、空間から情報や知識を得ていたという。 つまり、シュメールでは、知識は、空間にあり、その知識が必要なときに、必要な手続きの踊りを踊ることで、再現していたという。 だから、現代人が経験などを言語等の情報という知識に一度置き換え、論理などを構築して、間接的に活用することに、一種のまわりくどさを感じるようである。 シュメール人は、経験はそのまま空間に、いわば記憶として残っているので、記憶として遺した行為と同じような行為を通じて、経験が甦ると考えているからである。 例えば、キリストを甦らせるには、キリストと同じ行為をすればいいわけだ! これとは逆に、現代人の多くは、過去の多くの行為を、論理というフィルターを通すことで、私物化して構築した観念を絶対だと盲信させるような宗教を普及させ、自分が教祖となり、他の信者や奴隷を支配するために主張する。 そのような宗教家は、観念のなかだけに生き、日常生活を超えて一体何の修行があるのだろうか? 人智学のエーテルの概念を理解すれば、このシュメールの神官が言っていることが理解できる。 このことは、例えば、人間の脳を考えればよくわかる。脳は、人体から、あらゆる情報を取り出してきて、覚醒意識を土台として、イメージやヴィジョンを形成しているわけで、脳が、人体から行っている、この映像構築を、人体ではなく、そのまま、空間にあてはめて考えてみればよい。 人体が脳に情報を提供する感覚器官になっているから、人間は思考ができるわけで、人体の外にまで、その感覚領域を拡げていけば、思考が制限されることはない。 つまり、逆説的にいえば、脳は、自らの理念に沿う情報だけを取り出して思考手続きを行っているわけで、だから思考自らが、思考を制限していることになる。 だから、未知な対象に対して、思考は沈黙もしくは、無視する他はなくなる。 実は、ソクラテスは、このこと、つまり思考自らが思考を制限することを、無知の知として表現した! つまり、思考自らが思考を制限している限り、その思考にそぐわない思考は拒絶、もしくは対立せざるをえなくなるわけである。 このことを現代人の多くは理解していない。 だから、このシュメールの神官もいうように、思考を超えないといけない。 思考を超えるには、まず感覚領域を拡げることで、思考の先にくる理念、感性を拡げることにある。 ヘーゲルの弁証法は、このことを利用している。つまり、自分の意見と全く正反対の意見に出くわせば、自分の思考の限界に出会うことを意味するので、自分の意見を捨てればいいのである。 思考を超えるには、現代の思考が直線的な線形からなることを理解すべきで、円の感性へと飛躍しなければならない。つまり、円熟する必要がある。老子が説くのも、この点にある。 この円熟に到達するには、少なくとも人体の感性を超えないといけない。 空間全てを感じないといけない。だから、シュメール人は踊って感性を身につけた。空間のなかに躍動する精霊とともに踊った! 古代の巫女は、幼いうちから、空間の霊たち、自然の精霊たちと踊ることができたそうだ。それを可能にするのが、献身の姿勢だという。 巫女が、自然と戯れることで、地上の自然の母性の感覚を霊的に発現させ、神官が、神殿をつくり、宇宙の秩序の父性の感覚を、神霊として降ろしてくることで、神霊と巫女の交わりから、子孫を産むことで、霊的感覚が継承されてきた。 だから、霊的感覚は、血の純化が必要なので、同族婚により継承されてきた。 霊的感覚のことは、現代のスポーツ選手が、人体を超える感覚を手に入れていることからわかる。例えば、プロ野球選手が、グラブやバットやボールの野球道具を、鍛錬から身体の延長上の感覚として獲得するように、ダンサーが、鍛錬から、空間を直接の感覚として獲得することもできるはずだ! 音楽家のもつ絶対音感や数学者のもつ数式感覚などもその類である。 また他の喩えで、歴史上の出来事の目印として、記念碑などを設置するのは、古代人が、空間から、記憶を取り出していたことの遺産なのである。だから、古代人が歴史的な遺産や記念碑のある場所や空間にいくと、その出来事が甦ってきたそうだ。古代人は、地上全体が感覚器官だった! 現代人が、歴史的遺産を甦らせることはできない。もはや唯物思考に染まってしまい穢れたからだ! ただただ現代的にアレンジするしかない。嘘で塗り固めるだけだ! 日本列島が穢れていることを感覚を通して理解できないのは、自然破壊を平然と行っていることからわかる。そこに罪悪感などはない。地震は大地の悲鳴である。現代人よ! 罪に気づきなさいという怒りと鼓舞である。 現代人は、思考することで、束縛されている。だから、自らの思考に埋没してはならない。 来るべき日本の水の文明は、古代アトランティス時代の水の文明の再生でもあるが、次回から、ガイヤの法則を基に、そのことを、老子や神道から読み解いてみたい。
2012年08月08日
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さて、サッカーのナデシコが快進撃を続けている。シュメールの神官が言っているように、現代文明の終焉において、母性への回帰が求められている一つの象徴なのかもしれない。 そこで、ナデシコをウイキペディアで検索すると、ナデシコの花言葉は、「純愛・無邪気・純粋な愛・いつも愛して・思慕・貞節・お見舞・女性の美・など女性的なイメージが強いが、才能・大胆・快活なども。ヤマトナデシコ(カワラナデシコ)の花言葉は、可憐・貞節である。」 とある。なにやら、前回の伊勢参りと通じるような気がしてくる。 ナデシコを例の如く、古代ヘブライ語で解釈すると、「ナレ・シト」と分解すれば、「転換を知らせる」という意味になる。「ナレ」は、ナレーターの「ナレ」で、「ネギ」、「ナギ」と捉えると、通告者や、禰宜の神官という意味になる。 「シト」は、使徒に通じるし、「シコ」は「四股」とも取れる。 どうやら、ナデシコは、巫女を彷彿とさせる。 来る次の文明は、淡路島周辺を中心とする水の文化であると、シュメールの神官は、ガイヤの法則という本のなかで述べている。 水とは、アクエリアスの水瓶座の文明である。占星術を知っていれば、これまでが魚座の文明で、これからはじまるのが、水瓶座の文明であるといわれている。ただし、はじまる年については様々な解釈がある。 さて、シュメールの神官は、現在の男女の関係を、欲望の下に対立した穢れた関係だと警告している。特に悪しき平等主義のために、男女間の愛情は冷め切っているというようなことを述べている。その最後の砦が、日本文化に秘められている母性であるという。 確かに、日本人女性は海外でも人気である。国内ではわからないが、海外の人にとっては、日本人女性に、なにかしらの母性を感じているのかもしれない。 タレスは、万物の根源は水であると説いているが、シュメールの神官に言わせるなら、水は献身であり、母性なのだから、万物の根源は、母性である、というようなものなのだろう。 献身とは、宇宙の神に身を委ねることで、全面的な信頼がないといけないそうだ。 ガイヤの法則では、母性の象徴として、巫女を挙げている。巫女(みこ)は、御子で、神の子を意味する。 日本で有名な巫女といえば、卑弥呼(ひみこ)である。卑弥呼は、日の御子とも呼ばれ、天照大明神の太陽神でもある。 しかし、シュメールの神官によれば、卑弥呼よりも古い最高の巫女は、アメノウズメであるという。 アメノウズメ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%8E%E3%82%A6%E3%82%BA%E3%83%A1 アメノウズメは、岩戸隠れの際に、天照を外に誘い出すために踊った女神であるという。 単純に連想すると、アメノウズメは、天の渦目とも書ける。つまり、大宇宙の中心の渦を表しているのではないだろうか。 前回、イサクが、「最高の笑い」という意味をもつことを書いた。イサクの燔祭が、伊勢参りや祇園祭りにつながると考えれば、イサクを、アメノウズメと考えてもおかしくはない。 イサク=アメノウズメと捉えると、父性の男性文明の晩年に生まれる母性の女性文明の子である。シュメールの神官によると、水の文明なので、なんらかの海運業と関係をもつようでもある。海女という文字が思い浮かぶ。 物質文明の晩年の子で、精神文明の申し子で、アメノウズメが芸能の女神であることから、宝塚歌劇団が連想される。宝塚歌劇団を中心に、巫女の舞の文化が起こってくるのだろうか? そこで、視点を変えて、淡路島という文字に拘ってみる。「淡」といえば、荘子の「君子の交わりは淡として水の如し」で知られる。 水のような淡い交わりとはどういうものなのか、というなら、水を連想すればいい。シュメールの神官も言っているように、水はあらゆる創造活動のために、自らを犠牲に奉仕するし、変化に暇がなく、絶え間なく献身している存在である。 例えば、母親が子育てに献身している姿は、水のように淡いものと考えられる。淡い交わりとは、母性を通じた交わりであることがわかる。 また、ネット検索していると、海軍の水交社が出てきて、淡交社も出てくる。この淡交社は、京都で、茶道の書籍を出版しているらしい。すると、茶道が、次の精神文化の基盤となるのだろうか? ともかくも、ガイヤの法則の本にも書かれているように、献身の母性回帰のためには、やはり天皇が、京都に戻ってくることがターニングポイントになるのではなかろうか。
2012年08月07日
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ガイヤの法則は、簡単にいうと、万物は渦の如く回転しているというものだ! イメージとしては、独楽(コマ)を考えるとよいだろう。チベットなどに行くと、マニ車と呼ばれる柱を回転させるような道具に出くわすようだが、これはガイヤの法則を理解するための簡単な道具なのではないか、と思われてくる。 人智学では、マニは、マヌで、聖書のノアのことだといわれている。マニは、アトランティス時代の生き残りの賢者で、7人の弟子を育成したことから、7聖仙の伝説が残っている。 マニ車と、マニのつながりはわからないが、ガイヤの法則を説いているようにみえる。 万物は流転するので、流転にあわせていくことが恐らく幸福につながるという教えなのだろう。 「流転にあわせる」というと、物質的な回転ではないので、目にはみえないから、唯物論では認識できないので、近代文明の観点では、忽ち批判の対象となり、対立を生み出してしまう。 しかし、日本人には、場の空気を読むという精神が古くから尊ばれ、四季に応じて身なりを整えるのが基本とされてきた。いってみれば、場の空気を読むことの表現が、礼儀作法や、踊りなどのいわゆる日本文化として定着してきた。 「ガイヤの法則」のシュメールの神官は、これまでの言語や論理思考の伝達の文化とは異なり、次の文化は、このイメージ感性の伝達を基本にしたものになると説いているそうである。 つまり、場の空気というのは、目にみえない時空間でできた一種の独楽(コマ)の回転とイメージすればよい。場のなかに人間がいることで、人間も場の回転の影響を受ける。 余談だが、このような場に張り付いた回転などを、数学で記述するには、ファイバーバンドルというような関数を用いて記述する。 ファイバー束 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E6%9D%9F 日本人は、場の空気を重要視する傾向にあり、この姿勢は、シュメールの神官がいう、目にはみえないが、ガイヤの法則を重んじてきたイメージ感性が形骸化したものと考えられる。場には、目にはみえない渦の作用があり、その作用を読み、中心である渦をみつけることが重要視されてきたように思える。 場の作用を読み解く能力をもつ者が、例えば、古くは陰陽師などという存在で、恐らく、場の作用を陰陽で表現したのだろうが、中心である渦をみつけることが、陰陽師の能力といえる。 例えば、日本人は、人格をよく度量で表現し、器が大きい、小さいという慣用句を用いる。例えば、独楽(コマ)の回転が達する領域が大きい場合を、器が大きいと表したのではないかと思われる。中心の渦をみつける能力をもち、渦の回転の範囲を見渡せるから、より影響力があるともとれるし、責任感が大きいともとれる。 宇宙は、様々な渦の組み合わせからなるから、自然や人体も渦であり、いま解説している人智学的医学でも、人体が、様々な渦、少なくとも、上部と下部の渦からなることが説かれている。 渦を読み解き、渦を制御するのが、日本文化の礼儀作法や踊りや舞で、医療的にいえば、歌詠み等が、渦を読み解く診断で、礼儀作法や踊りが、渦を制御する治療に相当するのではないかと思われる。 話題が逸れるが、「つむじ風を起こして、つむじ風をまきとる。」というのは、フリーメーソンに伝わる格言で、これは、渦を起こして、渦を融合していくというような一種ガイヤの法則を利用した技術なのではないかと思わせる。 渦巻きには大小があり、個人の人格に関わる小さなものから、地球規模の、果ては宇宙規模の大きなものがあるわけで、中心の渦を一致させることで、つまり共鳴させることで、渦巻きを融合していく原理を現しているのではないだろうか。 余談だが、渦は、数学的には特異点で記述されるが、特異点の周りの物理量を記述するのには複素積分が用いられる。特異点の周りで、テーラー展開という変分原理を用いて、無限大の積分に変換していく。日本人にはどこか、そのような場に対する数学(幾何)的なイメージが眠っているような気もする。 それが、阿波踊りなどに現れているのではないか?と思う。 「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損損」というのは、渦をみているのではなく、渦を起こさなければ意味がないと言っているようにも聞こえる。 フリーメーソンが、上の格言で、フランス革命を起こしたように、阿波踊りには、どこか革命のような匂いがする。阿波踊りを調べると、実際、江戸時代には一揆につながるとして禁止されたことがあり、戦時中も禁止されたようである。 どうも大地の怒りを潜在的に感じた民衆がそれを表現したようにも思える。 日本の近年では、ちょうど明治維新に、「ええじゃないか」踊りの民衆運動が起こった。この運動は、1867~8年に起こり、シュメールの神官が説く72年周期説では、その72年後は、1940年で、太平洋戦争突入の前年にあたる。 この「ええじゃないか」運動の原点は、お陰参りと呼ばれる伊勢参りにあるという。 ウイキペディアによると、「神符がまかれ、ヨイジャナイカ、エイジャナイカ、エイジャーナカトと叫んだ」という。「ええ」や「よい」を古代ヘブライ語で解釈すると、「IAH・NA」(IpfH・NA)で、「それは実に相応(ふさわ)しい」、「実に美しいもんだ」という意味をもつようだ。 日本語の「や」「よ」は、ヤハウエ神を意味し、「いい」は最高を意味するようなので、「やい」や「よい」は、「最高のヤハウエ神」と讃えることになる。 「ええじゃないか」運動は、最高神を讃える運動で、王政復古によって止んだといわれているので、民衆の支配権が、幕府から朝廷に移る予兆に捉えることもできる。 この運動の源流が、伊勢参りにあり、伊勢参りが60年周期で行われていたことから、伊勢参りの源流が、古代日本の神殿参拝にあることが伺える。 60というと、72に12年足りないわけで、この12は、12菊花紋を思い起こさせる。また72=12×6で、民衆が12を基準にして時間を捉えていたことがわかる。干支の12支は有名である。 つまり、12×5=60年毎に神殿に参拝することで12年単位で、新しい神の言葉を聞いて、それにあわせて新しく生活を整えていくという文化が伺える。いまでも易経などをみれば、干支の12支が、霊的なイメージを表していることがわかる。 伊勢神宮が、そのような生活情報の中枢センターになっていたわけなのであろう。 伊勢参りは、別名「御蔭参り」と呼ばれていたそうで、蔭(カゲ)は、恐らく「神楽(カグラ)」を意味し、古代ヘブライ語の「カグリャー」は「ヤー(ヤハウエ神)に捧げる祭典」という意味をもつそうだ。 伊勢(イセ)は古代ヘブライ語で「神の救い」を意味する。だから、伊勢参りは、神に捧げものをもって、神の救いを求めに行くもので、例えば、神は、「世の中は~のように変わる」と神殿で儀式を通じて言い伝えるわけで、その神の言葉に応じて、民衆は自分の土地に帰って生活を改めてきたのだろう。 この風習は、イサクの燔祭を思わせるところがある。 イサクの燔祭 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%82%AF%E3%81%AE%E7%87%94%E7%A5%AD イサクという名を、古代ヘブライ語で解釈すると、イイ(最高)-サク(笑う、開花する。)という意味をもつという。 アブラハムは、神に、自分の晩年の子イサク(神楽)を生贄として捧げることを命じられ、その通り実行に移すが、神は子羊としては受け取らず、代わりに、雄牛として受け取った。 その意味は、イサクは、父アブラハムの晩年の子なので、父の男性文明末期の子を意味する。牛の文明に続くのは羊の文明で、つまり、神は古い文明を打ち倒し、新しい文明を与えるという意味をもつのだろう。 牛とは、モーセにあたり、羊は、キリストのことだろう。だから、預言にもなっているが、父の男性文明に続くのは、母の女性文明であり、陰陽の転換を意味している。 伊勢参りは、イサクの燔祭にも通じるものがあり、更には祇園祭りにも通じる。祇園祭りはシオンの祭りで、牛頭天王を祀ることから、モーセやアブラハムの父性の祭であることがわかる。ちなみに「シオン」は、古代ヘブライ語では、「従順な」という意味をもつそうだ。 だから、伊勢~祇園に通じる理念は、神に忠実な、従順な、忠誠を誓う、何より献身を尊ぶ祭りであることがわかる。 さて、面白いことに、シュメール神官の72年周期説を採用すると、1940年の次の72年後は、2012年の今年になる。 つまり今年、過去の伊勢参りに似たような現象を探してみると、反原発集会が挙げられる。反原発運動は、恐らく、日本列島の浄化運動として展開していく気がする。それだけ、日本の国土は汚染され、日本の神々が起こっている証拠なのかもしれない。 天変地異が多発していることでもわかる。 次回は、シュメールの神官の発言から、来るべきアクエリアスの水の文明が、淡路島を中心にして始まるような予感を述べてみたい。
2012年08月07日
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流感等に対しては、また別の、もっと複雑な事情も考慮しなくてはならない。人間の律動活動は、次のような状態にある。 人体の個々の器官は、いずれも器官自体で、統一的にリズムを形成しながら、全体のリズムを絶え間なく継続するように形成し、そのリズムが呼吸のなかの粗雑な頭-胸間のリズムとして現れ、更には、睡眠と覚醒間のリズムにも影響されることで、これらのリズム全てが一緒になって、更に、律動組織全体のなかに、1つの統一的なリズムを形成している。 (最近読んだ「ガイヤの法則」を体現している。) だから、上部の頭-胸リズムが弱くなることで、下部のリズムが相対的に強く働く場合も起こり得る。上部のリズムが弱くなりすぎ、正しい状態から逸脱する場合、下部のリズムにより、更に不規則にさせられる傾向を持つようになる。 脾臓他の活動から発する下部のリズム(後に更に述べる)があまりに強く、上部に作用しすぎると、あらゆる合併症を伴い、上部に消化過程(プロセス)による肥大が引き起こされるような素質が作り出される。 すると、またも、ある下等生物の生育環境に適した領域が作り出される。全体像として現れることは、上部機構のなかに、炎症的で、麻痺等を起こさせるような領域が侵入する。しかも、この上部機構のなかに器官の奇形化や新形成などの発端すらみられ、ジフテリア[Diphtherie]の病像が得られる。 ジフテリア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%95%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2 これは、上から下へと起こるチフスの突破とは逆に、下から上への突破と呼べるもので、本質的に、前回述べた、リズムの不規則性によって引き起こされる。 勿論、年齢を考慮に入れなければならない。幼年期においては、上部と下部の完全な共同作用、つまり上部と下部を媒介する律動活動は、後の年代とは全く異なる状態でなくてはならない。幼年期においては、例えば、後年よりも、ずっと強く上部の作用が下部に及ぼされる必要がある。 実際のところ、子どもは大人よりも遥かに「思考する」。奇妙に聞こえようとも、このことは事実である。 ただ、子どもの思考は意識されず、人体のなかに入り込んでいき、人体組織の発達や形のなかに現われる。とりわけ、幼年期には、人体の形成力として、思考活動が用いられる割合が非常に多い。人体の形成力をあまり多く用いる必要がなくなると、人体が、形成力を抑制し、抑制された形成力は、記憶の為の基礎力となる。 従って、記憶は、人体組織が形成力を用いることが少なくなってからはじめて現われる。記憶の基礎力は、器官的な成長力、形成力をつくりかえたもので、幼年期における人体組織の彫塑化(成長)のために特に多く用いられる。 根本的に、全ては、メタモフォーゼ(変容)に基づいている。霊的なイメージとして現れてくる記憶等は、元々、物質のなかに引き込まれ、物質として作用していたものが、戻った現象にすぎない。従って、幼年期においては、安定した意識活動のために、下腹部で生じる形成過程(成長)に対して強い抑制(抵抗)力をもたなければならない、という事実も納得できるだろう。 下腹部には特に、天の作用、つまり地球外的な力が現われる。そこで、地球外の、他の惑星に対する太陽の位置から生じる特殊な星位が、下腹部に反映した結果が、どうなるかを考えてみる。 上部と下部との間の律動的活動に、ある安定がもたらされている大人の場合には、ほとんど意味を持たないが、子どもの場合、下腹部への宇宙の星位の反映に対して、強い抑制(抵抗)力が生じなければならない。 つまり、子どもの場合、特に宇宙の星位により、下腹部が非常に強く刺激されるので、下腹部に対して、上部が強く抵抗(対抗)せざるを得なくなる。子どもの上部組織において、本質的に、それほど強く用いられるべきでない力が、不自然にも、あまりに強く用いられると、流行性脳脊髄膜炎[Meningitis cerebrospinalis epidemica]などが生じる。 髄膜炎 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%84%E8%86%9C%E7%82%8E 従って、このような律動活動から、外にある自然から、力が、どのように人間に送り込まれるか、が洞察できる。直観力を駆使し、物質の背後にある霊力に対する洞察を獲得できれば、頚筋のこわばりなどの、髄膜炎の全体像を描くことができる。 このような上部組織の緊張が、子どもに起こることで、脊髄膜や脳膜に炎症症状が発症することがあり、更に、その結果として、他の症状も誘発するような具合に進展することもある。 第一に、人間の4つの構成要素(自我、アストラル体、エーテル体、肉体)の相互作用に関連し、更に、人体内と、地球外の自然も含め、人体外との相互作用に関連し、人間を、全体的に見ることが不可欠となる。 以上のように、人智学から、明らかになる多くの事実関連から、非常に馬鹿げた星占い等の類が増加して欲しいなどとは全く思わないが、このような事実関連の由来については、充分に意識して欲しい。治療の際に、このような意識が不可欠であることが、いずれわかってくるだろう。 例えば、ある天体とある天体の矩象(互いに90度の位置関係)により、あることが起こる、と言うような予言めいた占いは、全く重要ではない。確かに、場合によっては、人体のなかの、宇宙的な作用の診断のために役に立つこともあるが、重要なことは診断ではなく、治療にあるからである。 まさに、これまで行ってきた霊的な観察から、次回以降は人間の外の自然のなかの物質、人体組織のなかに送り込まれてきた宇宙の天体の力に対して、抵抗力をもつ、いわゆる抵抗物質を霊的に観察することに進んでいきたい。
2012年08月07日
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フリーメーソンとか悪魔の物質文明の根底は、仏教でいう分別知を基本にした直線的思考観念であると、ガイヤの法則から、シュメールの神官は明らかにしています。 そのような分離的な思考を採用することで、自らも対立概念へと埋没することに気づいていないところが、いかにも現代人の浅ましい知性の幼稚さにあることを、そのシュメールの神官は説いているそうです。 私が、この「ガイヤの法則」を読んで最も驚いたことは、男女が融合し、両性具有となれば、人間の死はなくなると、このシュメールの神官が語ったところです。 本来、宇宙の神は、人間の死を望んでいないそうで、死は、永遠の生に対する通過点にすぎないそうです。 シュメールの神官が、その証拠に挙げた例が、全く驚くべき事実なのですが、大腸菌や粘菌は、死なないことで、そのような下等生物から構成される人間も、本来死なないはずで、その証拠は、ガン細胞が死なないことからわかるではないか、と著書に語ったところです。 確かに、ガン細胞は死にません! ガン細胞の厄介なところは、ガン細胞以外の他の細胞が死んでしまうから、全体として増殖してしまうところにある。 シュメールの神官によると、ガン細胞は、近年の物質文明に良く似ているという。ガン細胞は、人体に特異的に表れた不死性であって、本来の細胞は、皆、不死性を根底にもっているという。 考えてみれば、菌が耐性を獲得するのは、人間の免疫にも関係していることで、人間の免疫は、菌の耐性獲得と似たようなものだから、本来、人体が、ガンに対して、耐性を獲得することだって可能なはずである。 つまり、免疫の意味で、人体の免疫細胞が、ガン細胞から、耐性を獲得すれば、ガン細胞と共生するための耐性ガン細胞として、他の細胞も同時に生きることが論理的に可能になるはずである。ガン細胞を元にして、他の細胞全体が、その増殖周期に合わせればよい。 虎穴に入らずんば虎子を得ず、というか、ガン細胞に身をゆだねることで、ガン細胞に対する免疫を獲得することが論理的に可能になる。簡単にいえば、全身全てが、ガン細胞になればよいというわけである。 ガン細胞の増殖を可能にしている酵素は、テロメラーゼとして知られている。テロメラーゼを、全般的に出すような指令を与えればよいのだが、果たして、そのようなことが可能なのか? その証拠は、不死性の存在に、二元性はないというもので、例えば、大腸菌や粘菌に性はないが、性がある生物には死がある。 だから、不死を獲得するには、シュメールの神官は、それには、男女の性の秘密を知らないといけないという。 性の秘密を妄りに乱用すると、人類破滅を招くばかりか、潜在意識に大きな損失を与えるようである。だから、秘密にされてきたという。 シュメールの神官によると、不死性を獲得するには、母性への回帰が必要になるという。男女の一致、つまり二元性から、一元性への母性への回帰が必要だという。 男女の一致といっても、単なる男女の一致では意味がないという。 宇宙の神を通じた母性への男女の一致でないといけないという。 つまり、宇宙全体に流れる渦の回転に共鳴した男女の舞の一致でないといけないという。 男性のなかの女性性と、女性のなかの男性性の一致も含むものでないといけないという。 古代の神殿では、不死性、いわゆる永遠性の獲得のために、舞が行われていたという。その舞の主となるのが、女性の自己献身愛にあり、巫女の役割だったという。 神殿で、神官が、高次の世界から、神を降ろしてきて、巫女が、神官に身を委ねることで、交わり、永遠の生命を獲得しようとしたという。 古代の神話にある、半神半人などは、この神殿のなかの行為から生まれたものなのだろう。だから、巫女は純血でないと意味をなさないという。神話をみると、古代人が異常な長寿であることからもわかる。 重要なのは、交わりと同時に相手の霊性をも受け入れることにあるという。現代人は、この認識を無くした為に、著しく堕落腐敗したという。古代でも、巫女が、貞淑を保てずに、神殿の外で、交わってしまったため、霊性が失われたという。そして、古代文明末期になると巫女による神殿以外での交わりも公然と行われるように腐敗したという。 このような腐敗が形骸化して、一夫多妻などが形成されたという。 人智学では、同族婚が霊性の保持に重要であることがわかっている。 どうも、男女の交わりに際しての、各々がもつ、渦の回転軸の一致性と、宇宙全体に流れる渦の回転軸の一致性に、生まれる子の寿命が関わっているように思われる。いずれ、性差がなくなっていけば、人間の死も克服されるのかもしれない。とても、現代の物質文明のなかでは、想像できないが、草食系男子や、女性の男性化をみれば、あながち、嘘でもなさそうである。 ともかくも、直線的な対立思考から、曲線的な円的な融合感性へと、近代の文明を克服していく必要がありそうである。 太古の文明で行われていた神殿での舞を、個人の肉体という神殿のなかでの舞に置き換え、時間や空間を、つくりかえていくことが大切なようである。 対立から、和解や、融合への献身的な姿勢が鍵を握るようである。 また、この「ガイアの法則」という本を読みながら、気がついたことを自由に書いていきたい。(それにしても、「わいせつ、もしくは公序良俗に反すると判断された表現が含まれています。」というブログの掲載拒否なんとかならないのか? 真面目に書いているのに、侮辱された感があり、不機嫌この上ない。)
2012年08月06日
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これまで、イルミナティ、フリーメーソン、ロスチャイルド、ロックフェラーといった悪魔の文明を紹介してきましたが、この「ガイヤの法則」によると、そろそろ、それも終焉を迎えるということです。 それは地球の回転からわかることで、近代の物質文明は、経度0度のロンドンを基準に発展してきたからで、地球の変容により、次の文明は精神文化から生まれ、それは東経135度が基準になる、ということを、このシュメールの神官は述べているそうである。 東経135度というと、日本の臍にあたり、淡路島辺りに該当する。人智学でも、地球を正四面体に置き換えると、日本の淡路島辺りは、頂点に当るそうだ。このことは以前、このブログで何度も書いた。 淡路島ではないが、徳島の阿波踊りなどは、巫女の舞を受け継いでいるようにも思える。つまり、舞の文化が、この辺りを基点として生まれるのではないか、と思う。 阿波踊りでは、「ヤットサー」という掛け声を発するらしいが、これを古代ヘブライ語で解釈すると、「ヤットー(IYT`)」とは、「ヤハウエ神、装わせ給えり」で、「サー」は、「主権者」という意味をもつそうで、「ヤット・サー」は、「主であるヤハウエ神のお陰」という意味になるようで、感謝の意味をもつらしい。 だから、「ヤットサー」は、「神様ありがとうございます」という感じか? また、シュメールの神官によると、「あ」とは、アラーの神でも有名なように、宇宙の主を表すようである。宇宙の回転運動の中心であり、太陽系の中心でもあり、太陽の中心でもあり、地球の中心でもあるそうだ。 その中心が、人間の中心として現れると、「わ」になるという。だから、「あ」と「わ」をつなげると、「あわ」となる。 この「あわ」を古代ヘブライ語で解釈すると、「感じる」、「顕現する」、「自覚する」という意味をもつという。 なので、阿波踊りとは、古代神殿で巫女が行う、神の創造行為を感じる舞だったのではないかと思うわけである。 だから、阿波踊りは、渦の回転運動を基本にしているのではないだろうか? 「神の渦の回転運動を感じて、自己の中心を時間や空間と同一化しなさい。」という意味を、「ヤットサー」という掛け声にかけているのではないだろうか? 渦の回転運動は、中心を一致させることで、大きな効果をもたらすそうだ。共鳴の現象である。 このシュメールの神官も述べているが、例えば、太陽、水星、金星、地球が、惑星直列すると、地球に大きな生命力が与えられ、144年毎に、直列が起こるそうである。また、夜の12時前後の睡眠が、最も回復力を与えるのは、太陽と地球の直列にあるからだという。 陰陽を考えると、144年の半分は72年で、シュメールの神官によると、72年周期で、地球規模の天災等の脈動が起こるそうである。 この数の神秘性については、例えば、呼吸は成人の場合、平均1回約4秒で、1分間に平均18回とされている。脈拍は呼吸の4倍だから、72回となる。 人間の1分間の脈拍が、地球の脈動に相当するわけだ! 人智学ではもはや、お馴染みだが、人間は1日に、18回×60分×24時間=平均25920回の呼吸をする。これは、地球の歳差運動の1回転の25920年にあたり、1プラトン年と呼ばれている。 また、このシュメールの神官は、宇宙は16ビートで進行するといっているそうだ! 例えば、24時間は1440分で、1/16は90分になり、睡眠のリズムといわれている。 等々、宇宙の渦の回転から、人間まで、なにかしら渦の回転が反映していることがわかる。 また渦のことを、日本では、「目」と呼ぶ。目とは、人智学では、自我のことを意味する。 人間の中心の自我を目と呼ぶなら、神の目は神目(シンメ)で、英語のシンメトリーの対称性を意味する。神の目は、円の中心となり、中心が少しでも歪むと、全体に大きな揺らぎをもたらす。 宇宙の渦の回転が16ビートの進行であることを、象徴化するのが、十六菊花紋だという。 この菊花紋は、天皇家の紋章である。シュメールの神殿では、16菊花紋が使われていたが、民間では、12菊花紋が用いられたというから、16菊は皇室内での使用、12菊は、対外的に用いる日本の風習と一致しているようにみえる。 さて、阿波踊りだが、私は音楽に詳しくないので、何ビートだかわからないので、ネット検索してみたら、最近の打楽器だけで奏でられる拍子が、4拍子の16ビートに聞こえるという人がいるそうだ。 シュメールの神官は、16ビートに共鳴することで、人体は快感を感じるそうである。最近の音楽、特にジャズとロックの融合のフュージョンでは、16ビートを基本にしているようである。 宇宙の渦の回転に共鳴するには、4・4・4・4の16ビートが必要で、その象徴が、天皇家の16菊花紋だというわけだ! つまり、阿波踊りを基本とした16ビートの舞が、精神文化として、これから広く創造されていくのではないか、と思う。自我を、宇宙の中心の16ビートにあわせることが、なにより必要なのではないだろうか? また、シュメールの神官によれば、建築物も、16菊花紋を象徴とする大黒柱を中心とする円形や球形につくられるようになるという。 円形のドーム状の建物で、有名なのは、シュタイナーのゲーテアヌムの建物と、バックミンスター・フラーのジオデシック・ドームなどである。 勿論、円形や球形の中心は、神でなければならない。日本語が、神の数を「柱」と表現するのは、シュメールの叡智の遺産だという。自我を、宇宙の中心に一体化させると、人体のなかに神柱ができるそうだ。 つまり、16菊花紋は、自我が、宇宙の16ビートに呼応したときの象徴図なのではないか、人智学でいうマナスの霊我を表すのではないか、と思う。 16菊花紋を簡単に省略すると、日月神示で有名な、円(丸)と中心の点(チョン)の図になる。この円に中心の点(チョン)の図から、私はなぜか、フリーメーソンのマークが思い浮かんだ。 コンパスと三角定規と、その中心に万物を見通す目を意味するG(ゴッド)のマークである。このマークは、ほとんど直線から成っているが、本来は、日月神示で有名な、円(丸)に点のマークを、西洋風にアレンジしたようにみえたわけである。 コンパスは、円を描くためのモノで、三角定規は、三角形の内角の和が180度であることを象徴化しているし、また、円内の角度を測るモノでもあり、3つの頂点は、円の中心と円周と半径の3つの要素を意味し、三位一体をも表す。 そして、中心のGが、神の目である。 だから、フリーメーソンのマークは片手落ちで、本当は、日月神示の円に点を表すべきだろう。 シュメールの神官は、フリーメーソンが築いた0度の物質文明は、直線的思考観念の産物で、その文明は、次の円的な文化、文明により克服されなければならないというようなことを述べているそうだ。 そのことを西洋の国旗の直線性と、日本の円的な日の丸との比較から述べているそうだ。 次は、西洋の直線的思考の克服という面から、ガイヤの法則を簡単に紹介したい。
2012年08月06日
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「ガイヤの法則」でネット検索すれば、すぐにその本に御眼にかかれます。 この本の著者は、妄想という前提で、かつて人類がもっていた叡智の「ガイヤの法則」を紹介しています。 どうやら、著書は、スウェデンボルグと似たような経験を、シュメールの神官から、霊的に獲得したようです。私はそれでも、まだ半信半疑といった印象を持っています。 それでも、この「ガイヤの法則」を紹介するのは、学んでいる人智学とも一致する点が多く、更に現代物理学の究極理論に対する回答らしき記述もみられ、なにより私が探求してきた知見と多くの共通性をもつことにある。 ガイヤの法則を端的にいえば、宇宙は、スピンと呼ばれる回転運動により成立する、というものである。 スピンは、現代物理学でいうところの素粒子等がもつ内部角運動量のことで、物質的な拡がりをもたない数学的は無限大のアノマリーを生じる質点の回転運動のことである。 簡単なイメージを用いると、時空間の渦と捉えるとよいだろう。かってシュタイナーの人智学を紹介するときに、私のイメージできたものと同じである。 あらゆる現象を、時空間の渦のスピンで記述しようとする理論は、ペンローズのツイスター理論に近いものである。超弦理論は、渦ではなく、トーラス状の弦で記述する点が少し異なる。 重要な点は、渦が第一義で、時空間が二義的な副次効果である点にある。 無の質点に渦がつくられることで、空間と時間が生み出され、生命的な躍動、つまり変容が行われる。 中心の渦が、高次元とつながり、回転運動による円を階層的につくりだし、時空間を生み出している。このイメージから、日本人なら、日本書紀の天地創造の下りを思い出すはずである。 『ある時、天の神様たちは、イザナギノミコトとイザナミノミコトに「この海の中にふわふわと漂っている国をしっかりと固めて完成させてほしい。」とおっしゃって、天にあるりっぱな矛(ほこ)をお授けになられました。 そこで、イザナギノミコトとイザナミノミコトは、天からつながっている浮桟橋(うきさんばし)までやって来て、矛を降ろして、下界の海水をゴロゴロと掻き回してから、引き上げてみました。その時に、矛の先からしたたる海水が重なってできたのがオノゴロ島(淡路島)です。 イザナギノミコトとイザナミノミコトは、その島に天から降り立って、天の神聖な大きな柱をお立てになり、その柱を中心として大きな御殿を作られました。そして、イザナギノミコトは、妻のイザナミノミコトにお尋ねになりました。 「あなたの身体はどのようになっていますか?」 「私の身体は、すっかり美しく出来上がっていますが、一カ所だけ出来きれていないところがあります。」 とイザナミノミコトがお答えになられると、 「ほう、私の身体もよく出来上がっているが、一カ所だけ出来き過ぎたところがあります。では、私のからだの出来すぎたところをあなたの身体の出来きれないところに刺して、塞いで、この国を生みたいと思うのだが、どうだろうか?」 「それがよろしいでしょう。」 とイザナミノミコトもおっしゃいましたので、イザナギノミコトは、 「では、私とあなたはこの天の御柱(あめのみはしら)を回って出会い、男女の交わりをいたしましょう。私は、右から回るので、あなたは、左から回ってみてください。」 と約束されてから、お回りになったときに、妻が先に 「まあ、本当にすてきな男性ですね。」 とおしゃって、その次に夫が、 「やあ、本当に美しい女性ですね。」 とおっしゃいました。それぞれが言い終わった後に、イザナギノミコトは、 「どうも女が先に言うのはしっくりとこない。」とおっしゃいましたが、ともかく暗い場所で子をお生みになりました。しかし、この子はとても醜くい子であったので、葦の船に乗せて流してしまわれました。次に淡島(あわしま。四国の阿波地方=現在の徳島県を指す)をお生みになりましたが、これも子どもとはみなされませんでした。」』 という下りを、ネット検索から、抜粋してきました。 つまり、日本列島を、渦の回転運動により生み出した下りが書かれているわけです。 さて、現代人も、地球が自転しているのは知っていますが、何故に自転しているかの理由がわかっていないわけです。それは、宇宙も自転しているからで、宇宙が、渦から生み出されているのだから、全てが自転しているといっても過言ではないわけです。 全ては回転運動によりつくりだされている。 というのが、ガイヤの法則を簡便に述べた表現です。 だから、生命は流転するわけで、地球も生命体であることがわかります。ヘラクレイトスが言ったとされる「万物は流転する。」は、万物は回転する渦から生まれる、ということになるわけです。 回転するということで、重要なのは、一元的な渦の中心が、二元的な半径と円周に分かれることです。数学的にいえば、1次元の点が、極座標の、半径と角度の2次元座標に置き換わるわけです。いわゆる、一元的な無から二元的な陰陽に分かれるわけです。 一元から、二元に分かれる変換を、人智学では、運動霊と表現していますが、神道的な表現でいえば、「舞」となるでしょう。 日本語でいうなら、「和の舞」です。 このガイヤの法則を念頭におけば、「大和魂」という言葉の意味が大円を描く舞であることがわかります。「円」といえば、日本の通貨単位でもあります。 この著者が紹介するシュメールの神官がいうには、シュメールの叡智は、かつての古代日本文化の子孫であり、また、日本文化は、シュメールの叡智とユダヤの叡智の子孫でもあるそうだ。 この神官の言っていることは、古代ヘブライ語が、日本語と似ていることからもわかる。私は、この古代日本の文化は、イシュタルと呼ばれていた女神信仰にあるのではないかと思っている。 日本文化は、舞の文化といってもよい。日本人は、神々のために踊ることに熱心である。 神々の舞により、時間や空間がつくられているのだから、時空間には遺伝子と呼べるような記憶が眠っているはずで、その記憶を引き出すために、舞うのである。時空間の記憶は、人智学では、「アカシャ」として表現している。空間それ自体が記録媒体になっている。 シュメールの神官は、舞により、人間も時空間を創造できると述べているそうだ。 舞うことにより、二元的な陰陽を、一元的な中心に帰すことが、これからの人間の役割であるという。空間や時間を、踊ることにより、中心に帰すこと、それは数学的にいえば、三次元の直線世界を、四次元の円の世界に、対立を融合へと変えることにあるそうだ。 中心にむかって舞い踊り賜れ! 地球は生きている。地球が生きているのは、地上の空間、時間が回転し、躍動し、陰陽を刻んでいるからである。まず、その陰陽と一体化しないと、生命の根底には参入できないという。 さて、文化や文明も地球の回転から生じるわけで、地球にもガイヤの法則をあてはめて考えないといけない。 地球上の文化文明の栄枯盛衰も、ガイヤの法則にあるというから、次に文化文明の渦の回転運動を紹介していく。
2012年08月06日
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前回までの抜書きから、まとめてみたいと思います。妄想といえど、ロスチャイルドが、秘密結社に資金を融資することで、利益を上げてきたことが明らかになります。 現代の宗教団体の多くが金銭目的なのと同じです。本来、神を信仰していたら、金銭目的などは、考えられません。つまり、連中が無神論者であることが明らかです。 ロスチャイルドが融資したイルミナティの3つの大戦の目的をみると、第一次大戦が、ロシアの乗っ取りであることがわかります。 このシナリオに沿って、日露戦争が起こされたのがわかります。 日本の伊藤博文や井上馨は、明治維新前から、ロスチャイルドの世話になっていることは、副島氏のロスチャイルド本から明らかなことです。 ヤコブ・シフを通じて、高橋是清に日露戦争の戦費が調達されますが、同時に日本は多額の借金を背負うことになります。 そのことは、日露戦争に勝ちながらも、賠償金がとれなかったことから、明らかになります。 要するに、日本は多くの人命を失い、借金を背負わされただけだったわけです。実質、経済戦争に負けたのです! それは講和条約に反対する運動が、日本各地で起こったことでわかります。 抜書きからわかるように、本当の勝者は売国奴たちで、「この戦争の本当の勝者は、戦争を利用したマネーゲームで大儲けしたロスチャイルド、東アジアでのロシア南下を食い止め、権益を維持できたイギリス、そして国民の多額の税金を湯水の如く使い、肥えた三井・三菱・大倉・安田などの死の商人たち、そして戦争の最前線に行くことなく、これら資本家と癒着し、多額のポケットマネーを個人の懐に入れた日本の腐れ政治家達」だったことがわかります。 つまり日清戦争のときから、予測されたことです。そのことに気づいた明治維新の連中は、暗殺されていきます。このときの伊藤博文はその代表です。 そして、日露戦争の講和条約への不満が、太平洋戦争につながっていくわけです。その不満を上手く利用したのが、悪魔イルミナティといえるでしょう。 イルミナティの第二次世界大戦の目的を抜書きすると、 「第二次世界大戦は、『ドイツの国家主義者』と『政治的シオニスト』の間の圧倒的な意見の相違の操作の上に実現されることになる。その結果、ロシアの影響領域の拡張と、パレスチナに『イスラエル国家』の建設がなされるべきである。」 とあるように、ユダヤ人と、その他の悪魔的な選別にあると思います。実は、ヒトラーは、ロスチャイルドのドイツ系の隠し子という噂があります。ヒトラーがオーストリア人なのか、ドイツ人なのかは、いまでも議論の的になっているように、明らかでないのは、イルミナティの戦略をみれば明らかでしょう。 さて、太平洋戦争ですが、抜書きしてきた内容から、日本海軍がイルミナティに洗脳されていたことが伺えます。特に真珠湾攻撃は、ヤラセの匂いがプンプンします。大反対されていた真珠湾攻撃を遂行できたのは、アメリカ側の罠があったのではないかと思います。 例えば、イラク湾岸戦争時に、クェートに侵攻しても、アメリカは介入しないようなことを、フセインに匂わせておいて、即座に介入した事例を何度ももつのがアメリカの手口です。日本の南インドシナ侵攻によるABCD包囲網も、この手口に似ています。 それは、「戦争を仕掛け続けるアメリカ」として抜書きした通りです。 東京裁判では、海軍が裁かれてないことで、フリーメーソンの関与と、アメリカのロックフェラーの石油戦略に沿って、海軍が動かされていたことがわかるでしょう。山本五十六は、実は死んでなく、生きていたという噂もあります。 つまり、日本陸軍はロスチャイルドに洗脳され、日本海軍はロックフェラーに洗脳され、代理戦争をさせられていたように思います。それはいまでも、三井住友が英国ロスチャイルド系で、三菱が米国ロックフェラー系であることからもわかります。日本人にとってはどちらも売国奴に変わりありません。 残念ながら、日本は、2度の大戦とも、対応としては大失敗に終わっていますが、それでも、日露戦争では、欧米植民地政策に対してのアジアの独立という名目はあったように思いますし、太平洋戦争では、数百万人もの人が、日本のために犠牲になり死んでいった尊さにあるでしょう。生き恥を曝した売国奴の数よりも遥かに多くの人が日本に忠誠を誓って死んでいったわけです。日本人なら忘れてはいけないことでしょう。いまでも盛んに売国している日本の上層部は恥を知るべきでしょう。 そして、悪魔イルミナティは、世界に次の大戦をもちかけてくるでしょう。 「第三次世界大戦は、シオニストとアラブ人とのあいだに、イルミナティ・エージェントが引き起こす、意見の相違によって起こるべきである。世界を統一するには3回の戦争が必要であり、1回目はロシアを倒すために、2回目はドイツを倒すために。3回目はシオニストとイスラム教徒がお互いに滅し合い、いずれ世界の国々もこの戦争に巻き込まれ、それが最終戦争に結びつくだろう」 それを行わせないためには、あらゆる宗教教団の撤廃と、宗教の融合が必要となるでしょう。宗教の融合といっても、既存の宗教では駄目で、かってあった、古代の文化を再認識させるような融合でないと駄目でしょう。 西洋と東洋の融合ともいえる古代文化の再認識のためには、日本は非常に重要な役割を担うような気がします。 そのような役割を担う可能性は、紹介してきたサイトのなかで出遭った「ガイヤの法則」という本をみつけたからでもあります。 次から、その本の内容を手短に紹介したいと思います。
2012年08月03日
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話の脈絡が混沌としてきたので、元に戻します。そもそも妄想なので、脈絡はないに等しいのですが、ともかくも、紹介してきたサイトをまとめることで、太平洋戦争に対する私見を述べたいと思います。 その前に、これまで紹介してきたサイトのなかで、重要な人物に関して抜粋します。++++++++++++++++++++++++++++ ジェイコブ・シフ ジェイコブ(ヤコブ)・シフは、イルミナティとフリーメーソン大東社の結社員で、日露戦争の時、日本が戦費の調達に困っていたとき、融資をしてくれたのが、名門クーンローブ商会のシフと、ロスチャイルドであります。結局、4回の起債により、日本は日露戦争の戦費の約70%に相当する資金を調達をする事ができました。 シフと、ロスチャイルドがこの時融資をしてくれなければ、日本はロシアに勝利する事はできなかったでしょう。 日本政府は、この功績に報いるため、1906年春にシフ夫妻を日本に招待し、明治天皇が晩餐会を催して、わざわざシフを謁見しました。 ジェイコブ・シフはフランクフルト生まれのユダヤ人ですが、初代ロスチャイルドのマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、フランクフルトでいくらか裕福になると、 「グリーン・シールド(緑の盾)」 と呼ばれる家に引越しました。 その家の半分はロスチャイルド家が住み、もう半分はシフ家が住み、後年シフ家はロスチャイルドの代理人として、重要な役割を果たすことになり、他のロスチャイルドの代理人と同様に大富豪となり、政治的にも重要な有力者となります。 ジェイコブ・シフは日本の幕末の1847年にフランクフルトで生まれ、ロスチャイルド=シフ人脈によりアメリカに派遣され、1865年(慶応元年)にニューヨークに到着しました。 1865年といえば、日本では坂本龍馬が貿易商社の亀山社中(後の海援隊)を設立した年にあたります。 ニューヨークについて10年後に、彼はイルミナティ系クーン・ローブ商会の共同経営者となり、その10年後には社長となり、アメリカにおけるロスチャイルドの総支配人の地位にあり、セントラル・トラスト・カンパニー、ウェスタ-ン・ユニオン、ウェルス・ファーゴ・カンパニーの取締役でもありました。 日露戦争の戦費を調達するために、高橋是清の前に現れたジェイコブ・シフとは、このような人物であったのです。 高橋是清は、ロスチャイルドに融資をお願いに行き、一度断られていますが、これは当時ロスチャイルドがロシアのカスピ海にあるバグー油田の利権に関わっていたので、正面を切ってロシアを敵に回すような事ができなかったからであります。 しかしながら、当時ロシアではユダヤ人迫害が激しく、これに激しい怒りを感じていたロスチャイルドは、直接日本の公債を引き受けるのではなく、代理人を立てました。 ロスチャイルド家の口利きで登場したのが、ニューヨークで「クーン・ローブ商会」を経営するユダヤ人資本家ジェイコブ・シフでありました。 日本は戦争を遂行するには、1億5000万円の外貨を支払わねばならないのに対し、手元にある資金は5200万円。 シティで調達した500万ポンド(約5000万円)とシフから融資を受けた500万ポンド(5000万円)で何とか戦争が出来るようになりました。 シフは、全米ユダヤ人協会の会長で、ユダヤ人を弾圧するロシアを懲らしめるために、日本に協力したのです。 こうして、日本の公債1000万ポンド(1億円)は、アメリカとイギリスで発行されることとなり、ロスチャイルド銀行は下請けに入って手数料を稼ぎました。 戦費の調達のメドがついた日本政府は、戦争の長期化を予想し、その後もポンド建ての外債を発行しました。第3回と第4回目の外債発行には、ロンドンとパリのロスチャイルド家が発行団に名を連ね、調達総額は約8億2000万円。その資金で武器、弾薬、戦艦を購入し、ロシアとの戦いを勝ち抜く事ができました。 しかし、シフとロスチャイルドにとっては、これはあくまでもビジネスであり、単にロシア憎しだけでは、日本の戦時公債を引き受けたのではありません。 当時の公債の金利相場は、年2~3%であったのに対し、4回の公債発行のうち、初回の2回分の金利は6%、後2回は1905年元旦の旅順陥落、奉天の戦いの勝利、そして日本海海戦の勝利を受け、それぞれ3000ポンドを4.5%の金利で引受けられ、ロンドンとパリのロスチャイルド家が発行団に名を連ねています。 しかしながら、戦争に勝ちながらも賠償金をとれなかった日本に於いて、国民は政府に腹をたて、講和条約に反対する運動が起こり、東京・横浜・京都・神戸などの都市では、大きな騒ぎが起こりました。 そして、ロスチャイルドグループから多額の借金をして、ロスチャイルドグループのヴィッカースなどの兵器会社から高価な戦艦や兵器を購入し、そして戦争後は勝利したにも関わらず、多額の金利支払いに苦しめられることになりました。 すなわち、この戦争の本当の勝者は、戦争を利用したマネーゲームで大儲けしたロスチャイルド、東アジアでのロシア南下を食い止め、権益を維持できたイギリス、そして国民の多額の税金を湯水の如く使い、肥えた三井・三菱・大倉・安田などの死の商人たち、そして戦争の最前線に行くことなく、これら資本家と癒着し、多額のポケットマネーを個人の懐に入れた日本の腐れ政治家達であったといえるでしょう。 ともあれ、こうして日本は朝鮮半島と満州(中国東北部)の権益を得ることになり、一方のロシアは敗北をきっかけに極東での南下政策を断念し、進出の矛先を再びバルカン半島に定めます。 これがドイツやオーストリアとの対立を招き、イギリスは仮想敵国をロシアからドイツに切り替え、ドイツはそんなイギリスに敵対意識を抱き、世界情勢は「イギリス・フランス・ロシア」の三国協商と「ドイツ・オーストリア・イタリア」の三国同盟の対立へと向かう事になります。++++++++++++++++++++++++++++ 太平洋戦争ではなく、日露戦争ではないかと突っ込まれそうですが、太平洋戦争は、日露戦争が要因になって起こったことは、少し勉強すればわかることでしょう。
2012年08月03日
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続けて、イルミナティが目論む3つの大戦を抜書きします。++++++++++++++++++++++++++++++ 3つの世界大戦 何度も繰り返しますが、フリーメーソンは世界最大の秘密的結社ではありますが、何ら怪しいものではなく、あくまでも真理の追究、他の人々の尊厳と自由と権利を認め、自由・平等・博愛を実践してゆく団体です。 しかしながら、世界のトップクラスの政財界の多くの人々が入会している事実からも、世界の政治・経済にまったく影響を及ぼしているものではないと言えば、それは非現実的であると思います。 弁護士、詩人、作家として活躍していた、多才な南部連邦の将軍、いくつかのインディアンと協定を結び、「KKK」の創始者でもある アルバート・パイク将軍は、1857年に秘密結社イルミナティの最高幹部(最高位33階級)にまで登り詰め、「黒い教皇」と呼ばれるようになった人物です。 西洋社会では、ラッキーナンバーとしての7(メソポタミアのシュメール文明の七曜から来ている)、トリニティの3(キリスト教の三位一体)、不吉な13の金曜日(アダムとイヴが禁断の果実に手を出したのが金曜日、人類最初の殺人アベルがカインに殺されたのが13日の金曜日、イエスキリストが磔刑が13日の金曜日)と、数字が何らかの意味を成しています。タロット占いで13番目のカードは、死神です。 フリーメーソン組織は33階級ありますが、33という数字を聞いて思い浮かなければならないのは、ユダヤ教のシンボリックな存在のソロモン神殿が建設されて33年間ヤハヴェ神の神殿として輝きを放っていましたが、その後ローマ帝国の兵士に破壊された事、またイエスキリストの生涯も33年間でありました。 ちなみにフリーメーソン日本支部のグランドロッジが東京の浜松町にありますが、その隣にそびえ立つ東京タワーの高さは333メートル、竣工は昭和33年の天皇誕生日です。 少し話がそれてしまいましたが、 アルバート・パイクが1871年にイタリアの革命指導者ジュゼッペ・マッチーニに送った書簡が有名なので、紹介したいと思います。 この手紙には、次のように書かれていました。 「世界を統一するために今後3つの世界大戦と3つの大革命が必要だ」 「第一次世界大戦は、ツァーリズムのロシアを破壊し、広大な地をイルミナティのエージェントの直接の管理下に置くために仕組まれることになる。そして、ロシアはイルミナティの目的を世界に促進させるための“お化け役”として利用されるだろう。」 手紙が送られたのが1871年。第一次世界大戦が始まったのが43年後の1914年です。 第一次世界大戦では、ロシアは連合国の一員として、ドイツ・オーストリアと戦いましたが、敗北を重ねて領土深くまで侵攻されました。 そして、第一次世界大戦中の1917年に起こったロシア革命でロマノフ王朝は倒された。この時、ロシア革命を起こすべく、地下深くで活動し、革命勢力に資金援助を行ったのが、ユダヤ国際金融財閥のロスチャイルドと、日本政府から送り込まれた諜報部員の明石元二郎陸軍大佐です。 「第二次世界大戦は、『ドイツの国家主義者』と『政治的シオニスト』の間の圧倒的な意見の相違の操作の上に実現されることになる。その結果、ロシアの影響領域の拡張と、パレスチナに『イスラエル国家』の建設がなされるべきである。」 第ニ次世界大戦が始まったのが1939年。 手紙が送られた68年も後のことで、「ドイツの国家主義者」をナチス、「政治的シオニスト」をユダヤ人に置き換えると、歴史はその通りになっている事が分かります。 「第三次世界大戦は、シオニストとアラブ人とのあいだに、イルミナティ・エージェントが引き起こす、意見の相違によって起こるべきである。世界を統一するには3回の戦争が必要であり、1回目はロシアを倒すために、2回目はドイツを倒すために。3回目はシオニストとイスラム教徒がお互いに滅し合い、いずれ世界の国々もこの戦争に巻き込まれ、それが最終戦争に結びつくだろう」 というものですが、まさに今日の中東情勢をみると、その通りに進んでおり、イラン問題から、日米英豪vs中露の構図ができあがり、尖閣諸島・台湾問題を引き金に日本と中国が戦争になる可能性も十分にありえます。 シナリオはこうです。アメリカ背後に、台湾は独立宣言、中国は台湾をミサイル攻撃、アメリカの戦闘機が日本の米軍基地から飛び立ち中国攻撃、中国は日本を攻撃、日本は応戦、そして日中戦争に拡大。 今、世界の冨は、日本と中国に集まっており、この地球上では、長く続いた白人支配は終焉を迎えようとしていますが、彼らがそれを時代のトレンドだといって、簡単に認めるとは思えません。ここで、中国と日本が戦えば、工場を潰しあい、欧米の産業界は復活のチャンスを迎えます。 また冷戦後、リストラの続く欧米の軍需産業にとっては、この金持ちの両国の戦いには、笑いが止まりません。さらに、中国と日本の国力が疲弊すれば、再び白人支配を取り戻すことができます。 また、中国にとっては軍事的に日本支配をするチャンスでもあり、資本主義経済で大金持ちになった中国の富裕者層にとっては、この混乱に乗じて中国共産党を倒すチャンスでもあります。 なによりもメリットが大きいのはアメリカで、この混乱に乗じて、得意の圧倒的軍事力を行使でき、世界制覇も不可能ではありません。それと、天文学的な借金を、ドルを暴落させチャラにし、金兌換?の新通貨AMEROに切り替える大きなチャンスでもあります。 中東発の世界的な大混乱は、まさしく第三次世界大戦を引き起こす引き金となり、宗教的にもハルマゲドンにより、救世主マフディ(イスラム教)、イエスキリスト(キリスト教)の降臨を実現させ、ミレミアムキングダム(至福の千年王国)の到来を待っているのが、今日のイランのアフマディネジャド大統領と、アメリカのブッシュ大統領です。 第三次世界大戦の後には、何があるのでしょうか。それは世界統一宗教(フリーメーソンのような啓蒙思想的な擬似宗教含む)と、世界政府による「新世界秩序」であると思われます。 「これらの混乱の時から、我らの目的、新世界秩序は現れることが出来るのだ。」 +++++++++++++++++++++++++++++++このような悪魔に魂を売ってしまった連中が、1%の金持ちの正体といえるでしょう。
2012年08月03日
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戦争をするには、戦費が必要なのは、常識ですが、日本人にはなぜか、日露戦争は愚か、日清戦争、ましてや戊辰戦争時にも、どうも、そのような知識には乏しかったようです。 それは日本が年貢制で、土地を略奪して返せばいいというような発想が根底にあったからとも思われ、戦争といっても、せいぜい国内の小規模な戦いで、関ヶ原の戦いといっても、所詮武士階級のイザコザにすぎなかったからだと思われます。 秀吉の朝鮮出兵が対外的戦争という反論も考えられますが、豊臣政権の安定のための反乱分子の駆除という面が大きく、結果的には、大失敗して、徳川家康の政権を譲ることになるわけです。 だから、太平洋戦争のような大規模な戦争を想定することなど露とも思わなかったでしょう。この無謀な試みが、太平洋戦争を起こしたといえます。 実際に、日清戦争でさえも、日露戦争を想定できていなかったように思えます。日清戦争を起こしておいて、日露戦争以前の伊藤博文の親露の行動をみれば明らかでしょう。戊辰戦争でさえも、外国から借金することで戦費を購い、勝った後で、江戸幕府から略奪すれば済むものと皮算用していたようです。 実際は、坂本龍馬の背後でグラバーが暗躍していたように、経済的な植民化が、連中の狙いで、日本全体が、まんまと罠に嵌ったといえるでしょう。 官軍は負けも想定していなかったわけで、勝海舟は、明治政府の財政能力の無能さを嘆いています。 つまり、日本人には大局的な見地に立って判断する能力に欠けるところがあります。また、太平洋戦争を起こしてしまったのは、日本人の財政能力のなさにあるのではないかとも思います。 結局のところ、国内だけで、論争していても無意味なわけです。 そこで、大局的な見地に立つために、現文明の源流の影の主役となったイルミナティとフリーメーソン、ロスチャイルドの関係を、これまで紹介したサイトから抜書きします。++++++++++++++++++++++++++++++ イルミナティ 「イルミナティ」は、1776年5月1日、南ドイツのインゴルシュタット大学法学部教授、アダム・ヴァイスハウプトによって創設されました。 この秘密結社の創設にあたり、資金援助を行ったのが、ロスチャイルド財閥の祖、マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド(1744-1812年)です。 日本の徳川時代初期に、ハプスブルグ家の神聖ローマ帝国とカトリック教会に支配されていたヨーロッパでは、30年戦争(1618-1648年)と呼ばれる、カトリックvsプロテスタントの宗教戦争が勃発しました。 この戦場となったのが、北ドイツとボヘミア地方で、長期にわたる戦争により、ドイツの国土は荒廃し、他のヨーロッパ諸国に対して、ドイツの発展は約200年遅れたと言われています。 この戦争の結果は、カトリックのハプスブルグ家の神聖ローマ帝国の敗北となり、1648年のウェストファリア条約によって終結を見ましたが、神聖ローマ帝国は分割され、約300に及ぶ領邦国家の分立状態となり、その分割国家でプロテスタント信仰も認めさされることになりました。 オランダという国がありますが、このウェストファリア条約によって独立が承認された国家であります。 この戦争を機に、ハプスブルグ家は衰退し、ヨーロッパの覇権はフランスのルイ14世が握るようになりました。 中世ヨーロッパでは、キリスト教会の力が強く、自然科学も教会の教えに反していると、容赦なく迫害を受けました。しかしながら、大航海によりアジアの歴史や文明を知ったヨーロッパの人々は、必ずしも教会の言っている事が正しいとは限らないことを知り、純粋な知的好奇心から、いろんな事を知りたいと思うようになりました。 また、1760年頃からイギリスで始まった産業革命による自然科学の発達もあいまり、暇のある貴族たちの間ではサロンが開かれ、知的会話が好まれるようになりました。 当時、ルイ15世の公妾、ポンパドゥール夫人が芸術家や啓蒙思想家たちを呼んでサロンを開いていた事も有名です。 17-18世紀になると、ヨーロッパでは啓蒙思想が興ります。 啓蒙思想とは宗教ではなく、理性を中心に据えて思考する事の普遍性を主張するものです。 自然の光(ラテン語:lumen naturale)を自ら用いて超自然的な偏見を取り払い、人間本来の理性の自立を促すという意味です。 当時、ユダヤ人差別や迫害があり、ユダヤ人の哲学者モーゼス・メンデルスゾーン(1729-1786年)はユダヤ教とキリスト教の信仰の違いが人間的価値に差異をもたらすものではないとしてユダヤ人の法的解放を訴える一方で、閉鎖的なユダヤ教の側にも改革の必要性を感じ、ユダヤ教内部での啓蒙活動である「ハスカラー」を展開しました。 タタタターンで始まる結婚式の定番になっている「結婚行進曲」を作曲した、モーツアルトと並ぶ天才ユダヤ人作曲家フェリクス・メンデルスゾーンは、モーゼスの孫であります。 このようなユダヤ人差別をなくすべく、ロスチャイルドがメンデルスゾーンやヴァイスハウプトに資金援助していたのは、啓蒙思想が盛んになった当時のヨーロッパでは何ら不思議ではありません。 「イルミナティ」という言葉は、サタン(ルシファー)に由来し、「光を掲げる者」という意味を持っています。イルミナティの目的は、知的能力を実証された人々が世界を治める「世界単一政府」を生み出すこととされ、文学・教育・美術・科学・財政・産業の分野でもっとも聡明な人々を含む2000人もの結社員を集めました。 結社結成の日、ヴァイスハウプトは「Novus Ordo Seclorum」というタイトルの本を出版していますが、このラテン語の意味は「新世界秩序」で、ヴァイスハウプトの掲げたイルミナティの行動綱領は以下の通りです。1、すべての既成政府の廃絶とイルミナティの統括する世界単一政府の樹立。 2、私有財産と遺産相続の撤廃。 3、愛国心と民族意識の根絶。 4、家族制度と結婚制度の撤廃と、子供のコミューン教育の実現。 5、すべての宗教の撤廃。 この危険な思想のため、彼は弾圧され、世界最大の秘密結社組織「フリーメーソン」に逃げ込むようにして入会を果たし、その後ヴァイスハウプトは、フリーメーソンのロッジでも最高位に登りつめ、フリーメーソン内にイルミナティ組織をつくり、フリーメーソンは変質してゆく事になりました。 フリーメーソン側も、この危険思想のヴァイスハウプトを追放しようともしましたが、時既に遅く、既に強大な力を持ったヴァイスハウプトを追い出すことはできず、1782年7月16日にイルミナティとフリーメーソンの間で会談が行われ、協議の結果、イルミナティは正式にフリーメーソンの中のひとつの派とすることになったのです。 フリーメーソン思想の原点は、古代エジプト神話のホルス神の万物を見通し真理を追求するもので、古代イスラエルのソロモンの知恵、ギリシアのピタゴラス学派につながる真理の追究、建築・数学を重視し、「自由・平等・博愛」を説く極めて平和的なものであり、 それが「石工組合」に伝承され、中世ヨーロッパで石造建築が行き渡り、建設需要がなくなったあたりから、石工ではない政治家、貴族、学者たちが入会することになりましたが、ヴァイスハウプトの危険な「イルミナティ」を内側に取り込んでしまい、政治色や革命色を帯びてくるようになりました。 本来、フリーメーソンは宗教の自由を説いているのに、やたらと革命・陰謀・ユダヤのキーワードと、フリーメーソンが結びついてくるのは、このユダヤ人ヴァイスハウプトの「イルミナティ」に原因があるのです。 実際、フランス革命は、イルミナティに乗っ取られたフリーメーソンが主体となって起こしたもので、革命後に独裁・恐怖政治を行ったジャコバン党の実体は、イルミナティでした。 だから実際、バスチーユ広場の周辺には、ユダヤのシナゴーク(教会)だらけなのです。 また、ヴァイスハウプトの罠にかかり、革命の露と消えてしまったのが、悲劇の王妃マリーアントワネットです。++++++++++++++++++++++++++++++
2012年08月03日
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全ては妄想にすぎないといえばそれまでですが、妄想にしては出来過ぎの感もあります。 たとえ妄想としても、太平洋戦争を読み解く鍵はフリーメーソンにあることは疑いの余地がないところでしょう。 フリーメーソンは友愛を説く奉仕団体とされていますが、何のための友愛なのかといえば、第三者的な見方をすれば、その上層組織イルミナティへの忠誠ということになるでしょう。 イルミナティは、その名の通りのルシファーで、つまり悪魔崇拝ということになるでしょう。やっていることをみれば一目瞭然です。 それは、「その1」で紹介したサイトの以下の抜書きからもわかります。+++++++++++++++++++++++++++++++ 戦争を仕掛け続けるアメリカ まだ記憶に新しいイラクへの侵攻、最後には大統領のフセインを穴倉のネズミのように引き出して殺し、アメリカは勝利した。果たして戦前にいわれたようにイラクは大量破壊兵器を所有していたのか。戦後の調査でも、その様なものは発見されなかった。 だが実際のところアメリカにとって、それはどうでもよいことだった。何故ならば、根も葉もないことで、言い掛かりをつけて戦争を仕掛けるのは彼らの常套手段だからだ。 第二次大戦が勃発し、ドイツ第三帝国の電撃的な攻勢の前に、ヨーロッパ諸国は忽ち占領されてしまう。ただ一国、大英帝国のみが命脈を保っていたが、それも風前の灯である。チャーチルはアメリカに援助と参戦を求めたが、アメリカは動けなかった。 何故ならばルーズベルト自身がヨーロッパの戦争には参加しないと明言していたからだ。しかも第一次大戦で多くの若者を失った合衆国の世論は、反戦一色に塗りつぶされている。 元々からアメリカは国土が広く、多くの州から成っているために国内で多くのことが完結してしまっているから始末が悪い。スポーツやミスコンの国内大会を「ワールド」と呼ぶ国柄だし、外のことには余り興味がない。 そこで一計を案じたルーズベルトは、その頃に目障りに成りつつあった日本を戦争に引きずり込むことにした。国務長官ハルが無理難題を日本に提示し、譲歩を示されても無視し続けた。その甲斐があって、日本は真珠湾を奇襲する。 そしてルーズベルトが不意打ちを吹聴すると、単純な民衆は忽ち参戦へと傾倒して行った。これでルーズベルトは世論の追い風を受けて、待望の戦争へと舵を切ることに成功した。日本とヨーロッパでの両面の戦争になるが、日本の方はすぐに型がつくと考えていたのであろう。 また1898年にアメリカとスペインが戦った戦争では、キューバの支配権を巡ってアメリカは策略を弄している。キューバへ多額の投資を行っていたアメリカは、その経済的支配権をキューバの宗主国スペインから奪うべく思案を巡らせていた。 戦争を仕掛けるにしても、自分達が悪者となっては成らない。そこで自国の戦艦をハバナ港で自爆させ、それをスペインの仕業として喧伝した。 この時もアメリカ国民は政府のプロパガンダに嵌り、開戦の機運が高まった。これを背景にアメリカはスペイン軍のキューバ撤退を求めたが、スペインは宣戦布告でこれに応えた。 しかし一方でスペインからの独立を宣言したフィリピンの声明を認めず、戦争になりアメリカはこれを支配下に置いてしまった。 さらにベトナム戦争も同様な手口で、自国の駆逐艦を自沈させ、北ベトナムの仕業と決め付ける汚いやり口を使っている。 この様にアメリカは自らが望んだ戦争であれば、如何なる謀略を以ってしても相手から先に仕掛けさせるという手段を取っている。また、その以前には、戦争も止むなしという世論と空気を作り上げることも忘れない。 イラク戦争では中米大使の娘に偽証をさせ、それを全世界へと報道させ世界を騙し、自国の戦争を正義の戦いに見せ掛ける工作を行っている。 アメリカやイギリスの身勝手な正義を他国に押し付ける、このやり方は彼らが昔から使い続けているイカサマである。真に危険なのは彼らであり、決して彼らと戦った他国ではなく(ナチス・ドイツを除いては)アメリカ・イギリスであると私は思っている。 冷戦時代にはソビエトが対極の敵として設定されていて、それ故に国防費もふんだんに使えた。兵器産業を中心に、アメリカ経済は潤っていた。 そのソビエトを誕生させたロシア革命の策源地は、アメリカにあったらしいという話しは知られているところであろう。 日本も戦後の独立は形ばかりで、歴代の政権はアメリカの御用聞きのようなものであった。3.11の大災害でもアメリカの原子力専門家?連中が総理官邸に常駐させろと、政府に迫ったのはその証拠である。 現代日本の国民生活を省みない政治家たちは、アメリカを観ているのだ。その結果、多くの点で行き詰まり、一年ごとに首相が変わるなどと馬鹿げた現象として現れたのだ。 あらゆる点で納得が行かない政府の態度の裏には、まずアメリカ在りきという愚かな想いが存在しているのであろう。 彼らの汚いやり口に最も染まっているのは、他ならぬ日本である。私達はアメリカに盲目的に追従することを止めるべきである。こんな汚いやり口は、いつか世界の反発を招くに違いない。++++++++++++++++++++++++++++++++ 最近読んだ副島氏のロスチャイルド本によると、アメリカはロックフェラーの意向で動き、全てをロックフェラーのせいにしているが、第3者からすればどっちもどっちで、同じ悪魔に代わりはない。むしろ、同じ悪魔の存在として捉えたほうがわかりやすい。 日本では、確かに、ロスチャイルドVSロックフェラーという構図で捉えるとわかりやすい面もある。 かつての日本陸軍の北進説が、ロスチャイルドの洗脳で、海軍の南進説がロックフェラーの洗脳というように。問題は、独自性を日本がもたないことで洗脳されやすい点にある。
2012年08月03日
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前回、紹介したサイトで、省略したところで重要に思われるところを以下に紹介します。++++++++++++++++++++++++++++ 第一次世界大戦後、ドイツの中央銀行であるライヒスバンク(ドイツ政府出資ゼロ、100%ロスチャイルド系民間銀行)が、政府や国民の意思を無視して、狂ったようにドイツマルクを印刷・発行し、史上空前のハイパーインフレーションが起こりましたが、1923年で約20億円に相当する貯金を持っていたドイツ人は、1年後にその価値は1円になっていたのです。 そして何が起こったか、ユダヤ系ハゲタカファンドが、ドイツ人の土地、建物、工場、数々の資産をただ同然に、買い漁ったのです。 ちょうど、1980年代に好景気に沸いていた日本経済を、日銀が金利を急激に3倍近くに引き上げ、好景気であった日本経済を強引に崩壊させ、90年代に長銀をはじめ、大手銀行、民間企業、不動産がただ同然に買い漁られましたが、全く同じ手口です。++++++++++++++++++++++++++++ 続いて、欧米人(資本家)が、日本人をどうみているかは、以下の抜書きからわかります。++++++++++++++++++++++++++++ 日本ではあまり知られておりませんが、メリーランド州ボルチモアにある、ジョン・ホプキンズ大学は、医学の分野で、ハーバード大学と双璧をなす名門校であります。 心理学や哲学の分野では、フロイトを輩出したウィーン大学や、デリー大学の哲学科が世界の超一流とされていますが、ジョン・ホプキンズ大学の心理学研究も世界に知られており、「麻薬によって人間をロボット化する研究」、「電磁波を使って人間の脳をコントロールする研究」、「核兵器の恐怖により人間を支配する研究」などが有名です。 また第二次世界大戦では、「日本人の戦意を喪失させる研究」を行い、東京大空襲・広島長崎への原爆投下の計画は、ジョン・ホプキンズ大学で練られたもので、これは「一般市民が、どの位、大量虐殺されれば、その国の国民、軍部が戦意を失うか」という心理戦争の効果を実験・検証するもので、この作戦は 「プルデンシャル一般大衆爆撃」と命名され、作戦の指揮をとっていたのは、ルーズベルト大統領直属の「心理戦争局」の局長エイブリル・ハリマン(ハリマン銀行社長)であります。 脳みその足らないメディア関係者が、よく東京大空襲や原爆投下は民間人を対象としたホロコーストではなかったかと、まるで大それたことでも発見したかのように騒ぎ、議論しておりますが、小学生でも分かる当たり前の事です。 こんな程度で、職業としてお金を稼げるのだから、楽な商売だなと思うと同時に、いつもながらに、あまりのアホさにあきれ返るばかりです。 東京大空襲、また原爆を落とせば、大量の民間人が死傷することくらい、アホでも分かりますが、アメリカは「プルデンシャル一般大衆爆撃」で、プルデンシャル生命保険の研究員達を現地にスパイとして潜入させ、東京大空襲、広島、長崎への原爆投下の後の社会心理調査を行い、ジョン・ホプキンズ大学の心理戦争の効果を実験、検証していたわけです。 フリーメーソンであったルーズベルト大統領の直属組織「心理戦争局」の局長が何故ハリマンかと言えば、黒人、日本人等の黄色人種を「絶滅」させるため、エイズ、天然痘、コレラ等の生物兵器を研究してきたニューヨークのハリマン優生学研究所を、そのまま大統領直属の組織に編成したものであったからです。 優生学研究所の研究員エルンスト・ルーディンは、アドルフ・ヒトラーの下でアウシュビッツのユダヤ人大量虐殺を「直接指揮」したナチスの「人種衛生局局長」で、「衛生」 の意味は、黒人、日本人をはじめとする黄色人種を「バイ菌」と呼び、その「バイ菌」を絶滅させる事を「殺菌消毒」すると呼び、「衛生管理」すると呼んでいた事実から来ています。 日本人を絶滅させるなど、馬鹿げていると思われる人も多いかと思いますが、アメリカ大陸に渡ってきたイギリス人たちが、ネイティブ・インディアンに何をやってきたか、思い出して見て下さい。米大陸に約5000万人いたとされるインディオは、虐殺で約3万人にまで減っており、99.94%のインディアンが虐殺されているのです。 アメリカは、先住民のインディアンを虐殺し、土地を奪い、ただで手に入れた土地の上に鉄道を敷き、その鉄道と駅周辺の商業により、その土地は価値のあるものとなってゆきました。 当時は、政府が線路周辺の土地開発権を、鉄道業者に無料で開放したため、鉄道業者が石油、石炭、鉄鉱石などの資源開発により、莫大な利益を得ました。 その過酷な鉄道建設には、中国からの苦力(クーリー)と呼ばれる奴隷が使われました。過酷な重労働を行わせるために、阿片が与えられ、阿片中毒とさせ、逆らえば阿片が与えられない、という、阿片を用いて中国の苦力を従順な奴隷とし、ただ同然の賃金で働かせていたのです。 1823年に、米国の阿片輸入専売会社であるラッセル社が作られましたが、中国の広東で、阿片と中国人奴隷の輸出入を担当した取締役が、ウォーレン・デラノで、そのデラノ一族は阿片の利益で大統領を輩出しますが、その大統領が第二次世界大戦中の、親中反日のフランクリン・D・ルーズベルトです。大統領は、中国の阿片・奴隷密売人のウォーレン・デラノの孫にあたります。 ラッセル社の経営陣に、ダニエル・コイト・ギルマンがいましたが、この一族は 「阿片でいかに人間をコントロールするか」 の研究に没頭し、それが後に心理戦争の概念に発展し、心理戦争の専門研究機関である、ジョン・ホプキンズ大学が創立されることになります。 ジョン・ホプキンズ大学の創立資金は、全額ラッセル社から出資され、ダニエル・コイト・ギルマンは、1865年にジョン・ホプキンズ大学の初代総長に就任しました。そして、ギルマン一族は阿片で得た財産を、「フーバー研究所・フーバー財団」の形で残しました。 フーバー研究所は、レーガン政権で極端な核兵器の軍備拡張をプランしたことでも知られているところですが、これはまさに核兵器による心理戦争を受け持ったわけであります。 現在のアメリカ大統領のブッシュ一族は、このラッセル社の監査役を担当していましたが、イギリスが中国に持ち込んだのがインド阿片であったのに対し、ラッセル社はトルコから阿片を輸入し、中国に送り込み、麻薬中毒にした中国人奴隷を、ハリマン社などのアメリカの鉄道建設に従事させていました。 トルコで、ブッシュ一族の阿片農園を経営していたのが、後にナチスを創立した、ドイツのゼボッテンドルフ一族で、よくブッシュ一族がナチスに支援していたと言われますが、このトルコ阿片でつながっており、ブッシュ政権では露骨な親トルコ政策が行われているのは、この阿片利権と無縁ではないでしょう。 このトルコのゼボッテンドルフ一族の農園を警備し、ゼボッテンドルフ一族と競合する業者を殺害するために雇われていたのが、イスラム過激派テロ組織のアサシンであり、テロ組織アサシンへの阿片提供の見返りに、ブッシュ一族はアサシンに警護され、阿片ビジネスをトルコで安全に行っていたわけです。 アサシンは、現代ではアルカイダとなり、9.11テロでも話題となりましたが、ブッシュ一族とアルカイダの一体化、またそれはアサシンとの一体化を回帰させるものであります。 また、CIAスパイ養成所と知られる、名門イエール大学はラッセル社の阿片利益で創立されましたが、イエール大学の秘密結社スカル&ボーンズは、ブッシュ一族と関係が深い事でも有名であります。 スカル&ボーンズの創設者は、ダニエル・コイット・ギルマンで、創立メンバーはギルマンの他、ウィリアム・ハンティントン・ラッセル、アルフォンソ・タフトなどがいます。 この秘密結社は、テンプル騎士団、フリーメーソン、円卓会議ネットワークなどと密接に結びついていて、スカル&ボーンズのシンボルの髑髏マークは、聖堂騎士団などブラザーフッド系悪魔主義結社の儀式に用いられる髑髏に由来しています。 麻薬・奴隷密売業者ラッセル社の船の旗には、この髑髏マークが常に翻っていました。髑髏の下に322という数字がありますが、これは英国では、オックスフォードやケンブリッジやエディンバラなど、各大学に強力な秘密結社が存在しており、強固なネットワークを形成していおり、スカル・アンド・ボーンズは、1832-1883年頃にドイツの秘密結社の第322番支部として合衆国内に設立されたことに由来します。 当時は「死の兄弟団」と呼ばれていたらしいのですが、コネチカット州にあるイエール大学に「墓」と呼ばれる窓のない建物を、スカル&ボーンズは拠点としており、今日の世界政治を動かしているのは、東部エスタブリッシュメントの彼らであります。 スカル&ボーンズを創立したダニエル・コイット・ギルマンは、麻薬で得た財産を減らさないよう、後にロックフェラー財団やカーネギー国際平和基金など、免税権を持つ「財団」制度をアメリカに作りあげました。 スカル&ボーンズには、誰でもが入会できる事は無く、「レプティリアンの遺伝子を受け継いでいるかどうか」が問われます。 イギリス最大の銀行HSBC(香港上海銀行)が中国の阿片ビジネスの利益で創立されたように、アメリカも、中国人を奴隷化した阿片ビジネスで、莫大な富を得ました。 ラッセル社の経営陣の1人にクリーブランド・ドッジがいますが、世界最大の銀行シティバンクは、このドッジ一族とブッシュ一族で経営されていたものです。 戦後の日本経済を復興させる代償として、米軍を常駐させ、日本を中国とロシアに対峙させる政策のドッジラインは、デトロイト銀行頭取のジョゼフ・ドッジが立案したものです。 また、ラッセル社創立時の取締役に、ジョン・フォーブスがいましたが、世界の富豪を紹介する雑誌「フォーブス」は、彼の一族が創刊したものであり、2007年の大統領選挙でブッシュと戦った、民主党のジョン・フォーブス・ケリーも、フォーブス一族です。 名門プリンストン大学も、このラッセル社に協力しながら、単独で阿片を密売して利益をあげたグリーン一族が創立したもので、コロンビア大学もラッセル社の役員をしていたアビール・ロウが阿片の利益で創立したものです。 ラッセル社役員のジョセフ・クーリッジは、クーリッジ大統領を輩出した名門ですが、彼もまた阿片で儲けた利益で、中南米で奴隷を使ったバナナ農園開拓に乗り出し、奴隷たちが反乱をおこさないように、強力な軍隊でスパイ・監視する弾圧組織をつくりましたが、この組織が後にCIAとなってゆきます。 話を日本に戻すと、第二次世界大戦後、トルーマン大統領直属の心理戦争局局長には、ハリマン銀行会長エイブリル・ハリマンが就任し、ジョンホプキンス大学と連携をとりながら、日本が二度と立ち上がって来れないように、日本人をいかに洗脳し、コントロールするかの研究が行われました。 そうして、こんな簡単なことも洞察できず、いとも簡単に彼らにのせられてしまい、戦争に勝った側に媚びへつらい、尻尾をふっているのが、情けなく、脳みそが足らない、アホ丸出しの反日左翼主義者たちなのであります。+++++++++++++++++++++++++++以上などから、太平洋戦争が、仕組まれた悪魔の仕業であることがわかります。ブッシュ家といえば、もはや悪魔の代名詞です。いまはクリントンが、その悪魔の役目を担っているようです。
2012年08月03日
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