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訥々ながらも生きる。
君は海を見たか 最終回
発症以来明日で3ヶ月になる。一郎は治る可能性があると考えていたが、木口先生はバッサリ否定。「そろそろ気持ちの準備をなさって下さい」。多少の咳や血尿が見られたらすぐ連絡するよう言われる。「一度出たら今度は進行が早いと思います」。入院後は痛み止めの麻薬を撃ち続けることになる。一郎はそうやって患者を生かし続けることが本当のヒューマニズムなのか、身体の痛みではなく絶望的な苦痛を根本的なところから取り除くことこそ本当のヒューマニズムではないかと訴える。「すいません・・・私取り乱してます」。佳子との関係を心配している立石にも新居の完成を急ぐよう詰め寄る。「3ヶ月だ・・・宣告されて明日で3ヶ月目になるんだ・・・正一に万が一見せられなかったら・・・万一間に合わなかったら」。この3ヶ月何も起こらなかった。そして4ヶ月目に入る。しかし
貯金の残高は数百円しか残っていない。立石に紹介された医師から3ヶ月持てば半年持つ、半年持てば1年持つと言われている
。その後も正一は全く変わりなし。極めて元気。定期健診の結果、肺の影の進行もストップしている。正一が学校へ行きたいと言い出したことから木口先生も許可、3ヶ月ぶりに登校する。ある日の早朝、立石が新居の完成を知らせに訪れる。一郎は正一を叩き起こすと新居へ直行。子ども部屋はヨットのキャビンそのままに作られていた。正一は感激のあまり一郎に胸に飛び込んで泣きじゃくる。一方、立石は職人たちと涙を流しながら淹れ立てのお茶を飲んでいた。その後、一郎、弓子、立石、正一の四人は新築祝いのパーティーを企画する。会場はもちろん新居。洋子や佳子も呼ぼう。「ねパーティってダンスもするの?だって僕ダンスしたことないもん」。正一は立石に手を引っ張られてダンスを踊り出すが、おしっこがしたくなりトイレに駆け込む。「行って参ります!」。その間、三人は正一が本当に治る可能性が出て来たのではないかと話す。一郎は先日秩父のある寺を訪れたことを打ち明ける。患者の家族から教えてもらい、その寺で祈願すると命にかかわる病気でも救えるとのことだった。「立石、もし正一が治ったら・・・俺は神様の存在を信じる。もしも・・・このままあいつが」。その時トイレから正一の声が聞こえる。「パパー来てごらんよ早く!弓子おばちゃんも!」「どうしたんだ?」「すっごくきれいなんだ!トイレの中でさ!僕のおしっこ真っ赤なんだよー!」。凍りつく一郎、弓子、立石。そして十月。「十月十日、正一の野辺の送りを済ます」。邦ちゃんが焼香に訪れ、一郎を飲みに誘う。一郎は大石先生から正一に海を見せたことがあるかと言われた時のこと、正一と一緒に沖縄へ行って初めて夕日を見てショックを受けたことを話す。「僕がショックを受けたのはそのきれいさではなかったんです。年中沖縄の海を見ながら、たぶん日没も年中見ながら、それをきれいだなんて思いもしなかったんです。その海をきれいだとかそういう気持ちで・・・一度も見ていなかったこと」。一郎は大石先生から言われたことを噛み締めていた。「自分は子どもに海を見せていなかった・・・それは極めて当然の話だ・・・僕自身が海を見てなかったんですから」。帰宅すると大石先生から手紙が届いていた。大石先生は一郎に対して生意気なことを言ったと後悔していた。しかしこの3ヶ月のあいだに起こった正一の変化を報告することが自分の義務とも思っていた。封筒には
正一が描いた沖縄の展望塔と青い海の絵、大石に宛てた手紙が同封されていた。「先生!僕は今沖縄に来ています!パパと二人だけの初めての旅行で沖縄のオクマというビーチにいます。沖縄の海は真っ青でお日様がきらきら光っています。昨日僕たちは遅くまで二人でいろんな話を寝るまでしました。パパは僕が二十歳になったらバーに連れて行くと約束してくれました。その頃僕には恋人がいるそうです。パパは大人と話すみたく僕にいろんなことを話しました。お前はもう一人前なんだよとパパは僕に言ってくれたので、僕はうれしくて泣きそうになりました。僕は大きくなってサッカーの選手になることをパパと指切りで約束しました。先生、海の絵を描いたから送ります。海の真ん中で光っているのがパパの作った水中展望塔です。二十九日に東京に帰ります。では先生くれぐれもお体を大事に。さようなら。八月二十八日 増子正一」。沖縄の海に正一の書いた字で詩が綴られる。
生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ日がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと
生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン=シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと
生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこがて産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎていくこと
生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくもり
いのちということ
君は海を見たか 第十回 2021年12月19日
君は海を見たか 第九回 2021年12月17日
君は海を見たか 第八回 2021年12月16日