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間に合わず、少し粗相をしてしまった後でチラッと私を見たなんとも表現しがたい悲しそうな顔を私はずっと忘れない。
そういえば、母は三十年以上もの間何回も、生死を彷徨った人だけど、どんな時でも絶対にトイレには自分で行くと言い張ってきかなかった。そこで死のうとも下の世話は受けたくないと。
それが最後に入院した時は、最後の一週間か二週間、はじめてベッドで皆の世話になった。ほとんどの世話を一手に引き受けていた上の姉は、プライドゆえか、それだけは何十年拒んできた母のその姿に、その時はじめて、今度は死んでしまうんだな~と思ったんだそうだ。一切を整理して入院を選んだ時、そういう世話をかけることに諦めがついていたのだろうし、先生に内緒で薬をもう捨てるように私達に言いつけた時もそれはそうだったのだろう。
母はあの世の誰かとの約束を果たそうとしたのだろうし、お告げももらえたから全てを整理して入院し、最後は自分の部屋の畳の上で死ぬ許可も貰って子供たちに囲まれて逝ったわけだが・・・
あの母でさえ最後の最後には下の世話を誰かにさせたということは結構頭に残る。
やはり朝、では行ってきます、と靴を履きながら逝ってしまったという、、、ああいう逝き方が良いと思う。斑鳩にぽっくり寺があるが、ぽっくりって大往生のことだ。