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#3

女はしきりにありがとうございましたと言った。
そして、ぼくの手から紫色の植物を取り上げ、草食動物のようにそれをムシャムシャと頭から食べた。
相変わらず無表情に見えたけれど、彼女はきっとおいしいと思ってこの植物を食べているのだろう。
3本を平らげ、ほっと息をついた。
そして、ぼくたちはその日別れた。


翌日、ぼくはまた河原に立っていた。
薄紫の空に、薄紫の大きな雲がいくつも浮かんでいた。
川岸の向こうに細長い山が噴煙をあげていた。
重そうな水の音が少し先から聞こえてきた。

女が近づいてきた。
女はまた無表情で遠くを見ながら、川を渡ってください、申し訳ないけれどとぼくに告げた。
わかりましたとぼくは言った。

そして女はぼくに口づけをした。
ぼくは川を渡った。
川をどうやって渡ったのかは相変わらずよくわからなかった。
不思議であることは事実だったけれど、不思議の度合いが昨日よりも小さくなっていた。

川向うでまたぼくは我に帰り、紫色の植物を見つけた。
でも、前日は気づかなかったせいかもしれないが、その日は相当息が上がっていた。
それに、川霞はますます激しくぼくの視界を奪った。
ぼくはできるだけ近くの植物を3本摘み、また川に入った。

女はありがとうと言って、3本の植物を次々に平らげた。
そして、またぼくらは別れた。


翌日も、またその翌日も、ぼくは河原に立ち、女が背後から現れ、そして無表情に遠くを眺めた。
ぼくらは毎日一度だけ唇を合わせ、そしてぼくは川に入った。
そして植物を3本だけ摘み、女は無表情のままその植物を食べた。
ぼくはそのたびごとに徐々に息苦しさを増していった。

来る日も来る日も、ぼくは河原に立ち、背後から現れた女と口づけをかわし、そして川を渡り、植物を摘み、それから女はその植物を食べた。
休んだ日など一日もなかったし、休みたいとも思わなかった。
でも、水と戦う物理的な苦しみは、気のせいか日に日に増していくように感じられた。
女はそれを知ってか知らぬか、ぼくが戻ってくるとぼくと目を合わせることもせず、ただひたすら植物をむさぼった。

あるとき、ぼくは女に告げた。
——おそらくこの川を渡るには、もうぼくの体力的な限界に達しているみたいです。もうそろそろ、ぼくをお役御免にしていただけませんか?

女の表情がたちまち曇った。
もちろん、それはほんのわずかな変化であったけれど、表情の作り方を知らない女からしてみれば、上出来の部類なのだろう。

——お願いです!続けてください!お願いします!私はこの植物がなければ生きていけません!
——それなら、ぼくの代わりに誰か、もっと体力がある人を探せばいいんじゃないですか?
——それはできません。ご承知のとおり、ここに人がやってくることなんてありません。お願いです!私にはあなたが必要なのです!あなたしかいないのです・・・あなたしか・・・

女は泣き始めた。本当に悲しそうだった。
そのうちうずくまって、声を殺し切れない感じで嗚咽し始めた。
悲しいというよりも苦しんでいるみたいだと思った。

どうやらぼくにとって一番苦手な展開になってきた。
やり方がフェアじゃないと思った。
本当の意味で泣きたいのはあなたではなく、ぼくのほうだと思った。
でも、苦手な展開になってしまったが最後、ぼくには言いたいことも言えなくなってしまうのだ。

——わかりました。そこまで言うのなら、できるだけ頑張ります。
——行ってくださるんですね?
女は急に安心したようにぼくを見上げた。

——しばらくは続けます。でも、さっきも言ったように・・・
「だれか別の人を探してほしい」と言おうとしたが、また女が泣きそうなくらい悲しげな表情をしたので、そう伝えるのをやめにした。

——とにかく、これは大変な労働なんですよ。それだけはわかってください。でも、大丈夫、すぐにやめたりしないですから・・・

女はぼくにすがりながら、しきりにありがとう、ありがとうと繰り返した。

それからまたこれまでと同じように、紫色の空の下にぼくは立ち、女は必ず現れた。
そしてぼくは紫色の川を渡り、紫色の植物を3本摘み、それを女に与えた。

ありがとうと、女は心からそう言っていた。


ところがある日、ぼくが河原に立っていても、一向に女は現れなかった。
どうしてかはわからなかった。
どういう理由でもよかった。
それより何より、今日は苦しまなくてもよいのだと思うと、やっぱり少し安心した。

翌日、いつものようにぼくは河原に立った。
女を待っているのか、そうではないのかは自分でもよくわからなかった。
その日、女は再び現れ、ぼくに口づけをした。

川に入ると、ぼくは肩で息をしなければならなかった。
少し油断してしまえば、あっというまに流れの餌食になってしまったはすだ。
でも、ぼくが頑張らなければ女は死んでしまうと思うと、不思議と最後まで頑張り続けることができた。
女を死なせるわけにはいかないような気がしていた。

ぼくは呼吸器系疾患の罹患者のように荒い息をしながら、震える手で女に植物を手渡した。
それでも女は植物を食べ終えたあと、何事もなかったように「ありがとう」と言い、そしてぼくらはいつものように別れた。



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